日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「午後の受業が終わって…」。

2012-10-31 08:07:55 | 日本語の授業
 朝、5時半を過ぎた頃、東の空がわかるかわからないかくらいに少し白んできただけ。本当に夜明けが遅くなり、日暮れが早くなりました。

 今、「午前クラス」が三つ、「午後クラス」が一つあるのですが、午後の学生達が帰る頃には、もう、辺りは薄暗くなっています。下の階から玄関まで階段を上ってくるときに、元気な声がするので、「ああ、もう終わった」と大慌てで、玄関に出て「お見送り」です。

 もっとも、「お見送りする」と言いましても、学生達に歓迎されているか否かについては……定かではないのですけれども。宿題をして来なかった学生や「ひらがな」や「カタカナ」をよく間違える学生、それに漢字をなかなか覚えられない学生などは、また何か言われるのではないかと、最初の頃はコソッと帰ろうとします(こういうチャンスは決して逃しはしませんからね)。

 ところが、この、七月生主体のクラスも、もう4ヶ月ほどが過ぎ、「初級Ⅱ」も「34課」くらいにまで進んでいますと、この「文句をいわれる(彼らの意識では)」ことにも慣れ、何とかこれで遊ぼうとします。言葉の遊びが少しは出来るようになった生がポツポツ出てきているのです。

 それに、教師の方でも、「(この学生は)何曜日と何曜日は疲れていて宿題ができないな」という事が分かってきていますので(その事情を加味しながら文句を言うことになりますから文句も)、どこかしら「勘所」を得たものとなります。

 もちろん、それだけではなく、(学生の方でも)日本語が、話したり聞き取れなかったりすると、アルバイト捜しにも支障が出るということが肌身でわかるようになって来ていますから、叱責であれ賞賛(まずはあり得ない)であれ、個人的に日本語で話しかけられるというのを歓迎する学生も出てきます。授業中はなかなかそうはいきませんから。

 こういう話は、休み時間と登下校時だけくらいでしょうか、普段は。彼等も忙しいのです。南国からの学生の中には、日本の食事にどうしても慣れることが出来ずに、料理のための時間が彼らの生活の中で大きなウエートを占めてしまうという場合も少なくないのです。
 
 まずは、「彼等が食べられる料理の食材探し、そして買い物でしょ。それから作らなければならないでしょ。それに時には母国から友人が食材を持って来てくれたりするので、受け取りに行かなければならないでしょ」というふうに、忙しいのです。

 だから、教師と雑談をしたいと思っていても、なかなかそれが出来ないという場合もあるのです。けれども、この下校時は話すといいましてもほんの数分、しかも私たちも(文句は言っても)、暗い気持ちで暗い道を返したくはありませんから、最後は笑って家路につけるように心がけていますもの。ですから、多分、中にはこのやり取りを心待ちにしている学生もいるようなのです。

 授業が終わると、解放感で学生達は、パッと明るくなり、声も一段と大きくなり、そしてそのままドヤドヤドヤと階段を上がってくるのです。その時が、遅刻した学生や、普段話せない学生達との交流の時(ただし、いつまで経っても話せないし聞き取れない学生には、「さようなら」くらいしか言えません)。とは言いましても、直ぐにアルバイトへ行かなければならない学生もいますから、いつも皆と話せると言うわけではないのです。

 学生達は薄ぼんやりと暗くなった道を自転車で帰っていきます。彼等の帰る道には「エノコログサ(狗尾草)」が白く固くなって伸びています。この葉も実も、もうすぐ散ってしまうことでしょう。けれども、まだ、あちこちに、白や赤、淡いピンクなどの野草の花が咲いています。あるものは花を、またあるものは実をつけ、街を彩っているのです。

 花や実があると、それだけで街は明るくなります。仲間と別れ、家路を急ぐ彼等の心もそうでしょう。おそらく気づいてはいないでしょうが、彼等の心が孤独に苛まれていない理由の一つに、この、日本の自然の優しさがあるような気がしてならない…時もあるのです。

日々是好日
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「紫の花」。「接続詞」。

2012-10-30 10:46:21 | 日本語の授業
 今朝は優しく明けました。柔らかなピンクの色に染められた空を見ると、心までが落ち着いてきます。

 最近、時折、路上で、紫の小花を目にすることがあります。大輪の「キク(菊)」も確かに、見事としか言いようのない美しさなのですけれども、紫の花には、特に控えめに咲いている小花には、言うに言われぬ心惹かれるところがあります。

 紫の色が入っていますと、緑の中、赤や黄の中で、そこだけがホッと灯火が灯ったような感じになるのです。

 とはいえ、一年で一番過ごしやすい頃となりました。気候としては今が一番いいのでしょう。毎夕、月を見ながらのんびりと帰っています。昨日もきれいな月が出ていました。そろそろ満月かなと思っていたら、昨日の天気予報でそれが今日と言う。やはり秋は月の季節。人は見るべくして見ていたのですね、月を。

 さて、ある程度、日常会話で困らないようになってきますと、教室では、「接続詞」の存在が重くなってきます。どうも彼らの国の(もしかしたら「話し言葉では」ということになるのかもしれませんが)、言語の中には接続詞というものがそれほど大きな位置を占めていない…ように思えてくる時があるのです。

 500字程度の作文を書く練習をするとします。長々と100字以上を連ねて一文とするというのが中国人学生によく見られるところなのですが(中には、200字以上も書き連ねる猛者がいます。多分、本人もわけがわからなくなっていると思うのですが、話しているつもりで、ついついダラダラと書いてしまうのでしょう)。「続助詞」や「接続助詞」の使い方が不適当であるため、いわゆる文と文とが、「て」乃至「と」、あるいは「が」、「ので」などで意味もなく重ねられ(ここで「て」だったから、次は「と」とするという気配り?さえありません。本当に、話しているつもりで書いてしまうのです。だから不用意に「ね」とかもつけてしまうのでしょう)、最後の「句点]に至ったとき、読み手には、「???」しか残らないということになってしまいます。

 日本人でも一文の長さが50字を越えてしまうと、ちょっと切ろうかなという気になってくるのが普通なのに、それが外国人の文(長くても)ですから、読まされる方はたまりません。

 とはいえ、中国人でも、こういう人ばかりというわけではありません。半分以上は普通に書けます。ただ、この恐ろしく長く、解読に困難を要する文を書く人が、まず他国の学生の中にはいませんので、目立つのです。他国の学生では、大半が「書く」前の、「読む」という作業で引っかかってしまいます。

 というわけで、「接続詞」の指導が大切になってくるのです。中国人学生の時は、「中級」になった頃から、「並列」とか「添加」とかも少しずつ入れていたのですが、最近では、大きく「順接」「逆接」「要約」「対比」そして「その他の重要接続詞」とに分けることにしています。

 「添加」と「並列」の区別がつけられない学生が多いということもその理由の一つなのですが、「逆接」だけはスッと入っているので、それなら、この二つにしてしまえば、文意をとりやすくなるのではないかと、ある(受験を前にした)大学予備校の知恵をお借りしてしてしまったというわけなのですが。

 それから、「まとめ」の意味で、「つまり」とか「一方」とかいう言葉は、「留学試験」や「日本語能力試験」の時に答えを導き出しやすいということから、「要約」「対比」もいれることにしたのです。こういうのも、繰り返して覚えさせるを基本に、「A3」を三枚ほども継ぎ足し、「順接」「そして、また、その上など」「マーク」「例文」を書き、折に触れ(毎日)読ませ、とにかく、覚えさせてしまうことにしました。

 やっているうちに、自然に、「その上」とか「つまり」とかいう単語が出て来るといいのですけれども。ただ、これは最近やり始めたことで、まだ実験段階です。ただ言えることは、それをやる前の学生、今の「Aクラス」なのですが、今ひとつ接続詞を遣った文章が、文の流れが読み取れていないのです。

 出来のいい漢族が多い頃は(読むのが嫌い、勉強が苦手という人は、漢族でもどこの民族でも同じです。多分、母語で書かれた文章もそれほど読んではいないでしょうから)、こんなことは考えずに済みました。簡単にこれは「並列」あれは「添加」といえば、漢字を見ればわかることで、それ以上の説明なんて本当に蛇足だったのです。

 ところが、今、多くいるベトナム人学生(だけではありません。スリランカもインドもタイもミャンマーもいます)は、ちょっと、それでは、どうにもならないのです。ああやって暗記させていっても、もしかしたら、来年の「留学試験」や「日本語能力試験」ではそれほど用をなさないのかもしれません。しかし、日々の活動では、「『つまり』が、あるでしょう。だからここでみんなまとめている」ということを繰り返していくより仕方がないのです。

 それから、出来るだけ、日常会話や、授業の時、「接続詞」を多用するようにしています。ただ、日本人との話の時にもその癖がつい出てしまって、「理屈っぽい奴だ」なんて思われたりすることが、困りものなんですけれども。
                                
日々是好日
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「幼稚園ではおやつもあったし、お昼寝も出来た…」。

2012-10-29 16:10:14 | 日本語の授業
 昨日は、あんなに寒かったのに、今日は陽が出たからでしょうか、これだけで、暖かく感じられます。もっとも暖かいというのは、三階の「Aクラス」の教室だけで、あとは日中、陽が入らず、「暖かいとはなんぞやな」くらいだったのかもしれませんが。

 先日、「Aクラス」の学生達と雑談をしていた時に、一人が、「実は、幼稚園から小学校に上がった時に、幼稚園に帰りたいと言って、親を困らせたことがあった」と言い出したのです。みんな、「そうか。そうか。やっぱり小学校は大変で、嫌だったのだろうな」と同情顔で見ていますと、「だって、お昼に寝ないし、ご飯も出ないでしょ」。

 あっけにとられて、苦笑どころか大笑い。「幼稚園」とか、「小学校」とか言ったのが、1㍍90くらいありそうな大男の学生でしたから。直ぐにミャンマーの女生徒が(彼女は小さくて1㍍55くらいかな)、「あなた、あそこの幼稚園へ行きなさい。ちょうどいいよ。服だって同じだし(彼はジャージの運動服を着ていました)」。

 どうも、どの国の幼稚園も同じようですね。そしておやつやお昼寝の習慣がなくなるという小学校も。こういうことが一つ一つ重なっていくと、だんだんに互いが同じような経験をして育ってきたような気になって、「同志」に見えてくるから不思議です。

 さて、今日は「留学試験」の練習問題と「記述」の練習をしました。「非漢字圏」の学生達は大変です。「記述」でも、「漢字は覚えたけれども、それを使って書く」となると、まだ頭の中でそのイメージが作れない…のです。ベトナム人の一人は、ジッと鉛筆を握って、問題文を睨んで、一言、「書けない…」。

 「考えもしないで、書けないなどと言わずに、まず『私』とでもいいから書いてごらん」と言っても、「できねえ…」。それで、いろいろと問いかけてみます。そうすると、出てくることは出てくるのです、言葉が。ただ、それを「書けない」。「話せば、それだけ言えるのに、どうして書けない」。「書けねえ」。ついには「私は日本人じゃないから、書けません」。

 結局、三行で終わりになってしまいました。こういうのも、もしかしたら、もう少し時間が必要なのかもしれません。彼も、ベトナム語だったら書けると言っていましたから。私にせっつかれたり、意地悪をされたりして、負け犬の遠吠えみたいに悔しさのあまり言った…だけ…には聞こえなかったのです。

日々是好日
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「漢字」。「ひらがな」。「カタカナ」。

2012-10-26 08:23:42 | 日本語の授業
 晴れ。

 今朝、学校へ来る途中、「オシロイバナ(白粉花)」がきれいに咲いているのに気がつきました。枯れ色はどこにもついていません。そのまま、かわいらしく咲いています。けれどもどこかしら淋しさを感じてしまうのは、もう街の色が秋に染められているからでしょうか。

 まあ、この「オシロイバナ」を見ているうちに、ふと「残花」という言葉と「残んの花」という言葉とが心をよぎりました。同じ漢字を用いていながら、音としても、文字の姿としてみても、受けるイメージが微妙に違うのです。

 「ひらがな」が発明されてから、日本語は確実に進歩しました。また歴史的に見ても、それを縦横に使いこなせる人々に不自由しなかったせいもあるでしょうが、言語として、深みを増し、幅も拡がりました。軍記物などは、威勢よく漢文調で書き、それを読み上げ、和事めいた心の微妙な移ろい、動きなどは和文調で、しんみりと描き出し…・それに明治以降は、翻訳調というのも加わりました。欧米の小説や哲学には、日本の風土や民族性、歴史文化などと相容れないものが多々あり、それを表すために先人達はこういう文体を考えついたのでしょう。その上、この時、それらの言葉を表すために「カタカナ」も動員されました。

 欧米の思想を表す単語一つにしても、(翻訳に)さぞかし困ったことでしょう。漢字を当ててみても、どこかおかしい、チグハグである。思い切って「ひらがな」にしてみても、どこやら、ずれている。そう感じられるどころか、噴飯物である。結局、その言葉を「カタカナ」でそのままに表すしかなかった…というところなのでしょう。カタカナであれば、異国の言葉であるというのがわかりますから。ちょいと日本語としては「括弧」つきのような感じなのです。

 けれども、これがよかった。当時の人達が如何に優れていても、社会は「時代」に支配されていますから、それを確実に理解し、使いこなすのは並大抵のことではなかったでしょう。また、その人達が、たとい、出来たとしても、それを読むことになる、当時の一般大衆に理解せよというのは土台、無理な話。

 後世の人々に任せるしかないということで括弧付きになったのかもしれません。後世の人間達が自分たちより、少しは理解力があるであろうと希望することが出来た、幸せな時代でした…。

 頭の程度はたぶん彼等の方が上でしょう。気力胆力も。ただ、私たちは彼等に比べれば、遙かに多くの西欧的な物に囲まれて育ってきています。何と言いましてもグローバル化が進んだ時代ですもの。何が自分達のものであったのかさえ、わからなくなっているのですから。

 とはいえ、それに気づける瞬間というのはあります。自分たちが当たり前だと思って何気なく行動していることに、異を唱えられた時。あるいは、他者の行動を見て、違和感を覚えた時。

 私たちは、いつもその渦の中にいる(学生はみんな外国人ですから、異文化に取り囲まれているということになります)わけですから、ストレスがないわけではありません。ところが面白いことに、周りが違っていることが当たり前となってしまうと、そうでないのが、却って、異様に感じられてくるのです。

 本当に馴れというのはおもしろいものです。

日々是好日
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「卒業生のお土産(高尾山に登ったこと)」。

2012-10-24 08:50:28 | 日本語の授業
 強い風に、木の葉が乾いた音をたてて揺れています。昨日、散り敷いていた「キンモクセイ(金木犀)」の花はどこへ行ったのでしょう。姿が全く見あたりません。

 今朝の空は青く、一片の雲もありません。ニュースによると、スカイツリーから富士山の姿がくっきりと見えたそうです。富士山の姿が東京からも望めるようになりますと、「ああ、冬になった(まだ早いのですけれども)という気がしてきます。

 昨日、卒業生がやって来ました。二つ用事があったようで、まず一つ目は、「はい、お土産」。

 一昨日、大学の休みを利用して、アルバイト先の友人達と「高尾山」に登ったのだそうです(お土産は高尾山で買ったのだそうです。名前は「天狗の鼻くそ」と「栗チョコクッキー」です。在校生の数を聞いて、足りるかしらんと気にしていました)。「今日は足が痛いかなと思ったけれども、大丈夫だった。私は元気」なんて冗談を飛ばしていましたが、残念なことに富士山は見られなかったとのこと。

 私が以前登った時には、実に見事な富士の姿を見ることができ、ここからだとこんなに富士は大きくなるんだと感動したことがありましたっけ。とはいえ、高尾からでも富士山を拝むことは難しいようです。私だとて、何度も高尾山には登ったことがありますのに、まるですぐそばにでもいるように見えたことは、あのときのただ一度だけでした。

 「卒業生の中で、私が一番(学校に戻って)来るんじゃありませんか。何だかいつも来ているような感じ」と言いながらも、大学の様子、友達のこと、先日この学校の10周年記念のパーティや二次会で会った人のことなど、話は尽きません。

 そういえば、前回は、在校生に大学の話をしてもらったんでしたっけ。昨日も言っていたのですが、「大学に入っても、最初はカリキュラムの見方もわからなかったから、どうしていいかわからず、本当に不安だった。けれども、今はよくわかる。来期は何をとるかもう考えている」。

 彼女の場合、直ぐに友達もでき、学生生活は充実しているようです。日本へ来て本当によかったと言っていました。勿論、頑張っている人はどこへ行っても大丈夫なのでしょうが。ちなみに彼女は中国人です。

 日本のビザが下りたのに、中国社会の目を気にして、来日を諦める人がこの学校にも出てきました。せっかくの勉強の機会を無にすると本当に残念でなりません。

 他国から来ている人達のことなのですが、大学で、勉強を大してやって来なかったし、専門に関する本もほとんど読んだことがないという人なら、いざ知らず、真面目で、それなりに大学で指定されたものはやって来ているというのに、知識の量が圧倒的に少ないのです。

 大学で何を勉強したと聞けば、「何でもやった。みんなやった」と言うのですけれども、浅く、広くというくらいのことで、結局は、専門に関しても「この専門分野にはこんな人がいた。だいたいこんなことを研究した」くらいのほんの入門編くらいの知識でしかないのです。

 それで、大手を振って、日本で、大学院を目指そうというのですから、大変です。大学生活と一口で言いましても、この間、日本では真面目にやっている人であれば、かなりの量の本を読んできているのです。この四年間の差は大きいと言わざるを得ません。

 中国だけではありません。本を自由に見ることが出来ない(手に入れることができないとか、図書館がそれほど開放されていない、量も少ないとかいうこともあります)国というのは、日本人が思っているよりずっと多いのです。かつて魯迅や日本留学組は、日本で、そして日本語に翻訳されたもので、世界中の、彼等が必要としていた知識を得ていました。これは欧米へ行った留学生達も同じです。彼らの国では得られなかったものを他国で得ていたのです。そして、それは今でも同じであるような気がします。

 自由に本を手に入れることの出来る(例外もないわけでもありませんが)国に生まれていることを、日本人の多くは気がついていないのですけれども、外国人学生達を見ていると、本当に彼我の差に驚かされてしまいます。

 彼等が、日本で、大学に入り(四年間、安定した身分でいられることは必要です)、先生方や友人達によって、本の世界に導かれ、様々な知識を身に付け、世界の広さを実感してもらえればと願ってやまないのですが、それに気づくのにも個人差があります。出来るだけはやくこのことに気がついて、そして多くの友人や先生方に恵まれますように。

 卒業生が来て、いい話をしてくれますと、何だか、怒りの虫が治まってしまいます。いつもは怒り虫でいるのですけれども。

日々是好日
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「キンモクセイの花が散る時」。「授業中、肩が軽くなった時」。

2012-10-23 08:56:52 | 日本語の授業
 「キンモクセイ(金木犀)」の花が、道に散り敷く候となりました。風の吹きだまりなのでしょう、あちこちに溜まっています。思いがけない場所でオレンジ色の塊を見つけたりするのもこの頃の楽しみです。木犀の木は、このような街中でも、時々三、四㍍もありそうなものがありますから、普段は気がつかないのです。しかも、モクセイの花ばかりは風に運ばれて、遠征するようですから。まるで落ち葉のようです。

 そういえば、木の葉もかなり散り始めました。こうやって秋は深まりいくのでしょう。

 ところで、授業中、フッと肩が軽くなったような気がする時があります。それまでは、「重い、重い。まだわからぬか」とばかりに、試行錯誤、紆余曲折していた道が、スッと一本道になったような感じなのです。

 つい先日、「Aクラス」がそんな感じになったと話していたら、昨日は「BCクラス」がそうなったという話。毎日教えていると、余程大きな変化でなければ気がつきにくいのでしょうが、週に二回ほどしか教えていなければ、その変化が如実にわかるようなのです。

 「あれ、ここで苛つかなくてもいいんだ」くらいの感覚なのでしょうが、これ一つでも教える方としては楽になります。同じ時間内にもっと別のことを、勿論、上のレベルの内容とは限りませんが、入れることが出来るわけですから。

 教える時に、このクラスでは(今現在)ここまでわかればいいという「本時の目標」が、ちょっとずつ深められたり、拡げられたりするのです。すると、それまで、無理に枠に嵌め込んでいた分、その教師が本来持っていた良さで授業を展開できるわけで、教師にとっても、学生にとってもいいことなのです。

 教師が面白がって授業が出来れば、当然相手にもおもしろがって聞いてもらいたい、理解してもらいたいと思いますから、(地道な作業はしていても)どこかしら余裕が出来てきます。そうなると双方向で発展していけますから、意外な展開になったり、思いがけないブラックホールが発見されたりと、教えること、学ぶことの醍醐味が味わえたりするのです。

 何と言いましても、異国の人達は、私たちとはいろいろな意味で違うのです。だから教える側にとっても、ああこうだったんだと発見があり、面白く続けられるというわけなのですが。

日々是好日
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「金曜日の『課外活動、上野動物園』でのこと」。

2012-10-22 18:20:47 | 日本語の授業
 晴れ。
 19日は、どうにか晴れ。陽が出てからはどんどん気温も上がり。早朝、あんなにやきもきしたのが嘘のような上天気になりました。

 学生達もそれぞれ、それなりに楽しめたようです。ただ、最初にパンダ館に行った時には、寝転んでびくともしないパンダを見て、「あれは何」。それから、フクロウやタカなどの猛禽類を見、ライオン、そしてトラなどのところへ行きます。インドライオンのところへ行った時、ちょうどライオンが雄叫びを上げました。するとすかさず、インドの学生が、「今、『よくいらっしゃいました。どうぞ中へ入って下さい』と言っています」と紹介。「私はインド人ですからインドのライオンの言葉がわかります」

ミャンマーから来た学生は、フクロウが首をクルクルと回しているのを見て、「オオ-。すごい。首が回っている…」。そして、ゴリラ館です。皆、ゴリラの大きささにびっくり。とはいえ、なかなかこちらを見てくれません。「かわいそうですね。森に帰りたいです。人間が周りにいます。うるさいです。私たちの顔を見たくないから後ろを向いています」。しきりに同情する学生がいます。そのうちにエサの時間になったらしく、上の方から、ナスや大根などが投げられます。それをゆっくりと拾って食べています。(今日、どんな動物が心に残っていますかと聞くと、「Aクラス」の学生達は、ゴリラがよかったと言います。ゴリラはどうも「動物」と言い切れないものを感じたらしく、ついでに「森の哲学者」という言葉を入れておきます)

 小鳥館の入り口にコアリクイがいました。皆はその可愛らしさにびっくり。これはいったいなんぞやと長い口を見つめています。そのうちに器用に木に登り始めました。見ると上の方に一匹、こちらに背を向けて丸まっているのがいます。

 それから、熊や象、猿を見て、へばっているホッキョクグマを見ます。「暑い、暑いと言っています。大丈夫ですか」。そしてアザラシ。ちょうど、魚を投げ与えている様子を見ることが出来ました。このアザラシの動きが大層面白かったらしく、皆はなかなか動こうとしません。

 そして橋を渡り、不忍池の方へと移っていったのですが、この頃になると、「済みません。そろそろアルバイトの時間です。帰ってもいいですか」という学生が出てきます。その都度、帰りたいという新しい学生を連れて行ってもらいます。

 で、ペンギンの辺りで解散です。本当はキリンやサイ、カバやシマウマなどが先の方にいたので、そこまで連れて行きたかったのですけれども。ただ、皆疲れ果て、しかもお腹の方がグーグーと鳴き始めたようで、「お腹が空いたあ」が始まっていました。

 私たちは、皆が帰ったのを見届けてから、食事を済ませ、そのまま「第一工業大学」の方へ見学に行きました。先生方のお話を伺いながら、以前、自分たちが苦労した時のことを思い出していました。

 来日している学生達は、資質も、そして母国での教育も皆、同じではありません。資質があってもそれほどの教育を受けることが出来ずに来ているものもいれば、ある程度の教育は受けてきていても、勉強する気がほとんどない者もいます。それが皆一つの教室で勉強をするのですから、これは大変です。真面目な人は「知らない」、不真面目な人間は「こんなこと知ってる」ですもの。

 日本語学校を卒業して、専門学校へ行ったとしても、二年では何も勉強することができません。かといって大学へ行くほどの力はない。でも、まだ日本にいたい。一番いいのは就職すること。でも、就職できませんから、また専門学校へ行く。それを繰り返している外国人学生も少なくありません。それなら、最初から四年と言うことで、二年か三年ほどは、ある程度落ち着いて、技能か技術を勉強した方がいいのではないか。そう考えたとしても少しも不思議ではないのです。専門学校へ行くその都度、入学金はいるわけですから。

 後は学生の我慢ですね。どれほど根気が続くかです。日本にいたいからいるのではなく、せっかくいるのだから、それなりに技術を身に付けなければならないという覚悟がどれほどあるか。先生方は一生懸命であるのはよくわかりました。自分たちの姿と重なって見えたくらいですもの。烏滸がましいかもしれませんが。

日々是好日
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「青空が見えています。上野動物園に行ってきます」。

2012-10-19 08:10:31 | 日本語の授業
 早朝、雨が降りました。ああ、やはりと思いながら、ふと気がつくと、雨はきれいに止んでいます。そして、今、時折、陽まで射してきました。

 涼しさを通り越して、寒ささえ感じられる…ような気がするのですが、贅沢は敵です。雨が止んでくれただけでも、ありがたい。これでやっと動物園へ行けます。

 南国の人達は、当然のことながら、動物はというと、彼等の身近にいる野生動物しか頭にない人たちが多いような気がするのです。動物園へ行ったり、テレビや動画などで、普段は見られぬ変わった習性や姿をした野生動物に親しむという感覚が乏しいと、どこかで話していてもちぐはぐな感じがしてくるのです。

 日本でも、マスコミは、常に動物界でスターを求めます。人間界にそういう人が稀であり、またそういう人がいたとしても、簡単にはマスコミの餌食(商業世界においそれとは出てくれない)にはならないでしょうから、それが一因なのかもしれません。

 どこやらを睨みつけているな、なんと恐ろしい顔をした鳥であることよと見ていると、単に餌を求めてジッとしているだけであったり、ふとした仕草があどけない幼児のようであったり。

 彼等の欲というのは、生存のためのものであり、人のように「あるが上にもまだ欲しい」というものではないのです。お腹いっぱいになれば、獅子でさえも、他の動物を殺したりはしません。傍らを通っても、チラとも見はしません。喰わんがために殺傷をせざるを得ないという生き物の業の世界でさまよっているだけなのです。

 それゆえに、生きんがためではなく、その他の欲に駆られて、ある時は人を騙し、ある時は人を貶めたりしてしまう人間は、彼等を見て救われたような気分になるのでしょう。人というのは、皆、自分のことは棚に上げて、人がそうであると、その姿を見るのに耐えられなくなってしまいます。様々な欲、煩悩に取り憑かれながらも、そういうものに辟易しているのかもしれません。

 というわけで、可愛い動物、怖い動物、そして私の苦手な動物などを見に行ってきます。学校にはいろいろな(動物の)名前(あだ名ですが)を持つ学生たちがいます。もしかしたら、私も含めて、もう仲間と離れたくないような気持ちになる人も出てくるかもしれません。それを楽しみに…行ってきます。

 学生達が私たちの気持ちを汲み取って、皆、来てくれるといいのですけれども。

日々是好日
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「ムラサキシキブの紫の実」。

2012-10-18 14:19:02 | 日本語の授業
 曇り。昨日は昼過ぎから雨になり、今日も、おそらくは、ずっと雨…。これも、みんな、W台風のせい。とはいえ、「秋は長雨ですからね」と乙に構えているわけにもいかず…。何となれば、明日は課外活動で「上野の動物園」へ行くのです。

 二度あることは三度ある。いやいや、まだ一度っきり。二度目はまだない。これがまた雨で流れると、恐怖の「二度あることは三度ある」が、生きてきます。こうなったら、白いハンカチで「テルテル坊主」を作って、しっかりとした目鼻をつけ、つるしておくより他の手立てはありません。

 そう思って、今朝、予報を見てみますと、どうやら明日の朝は雨マークから逃れられそうです。前回もそして今回も(上野動物園のことを)さんざん吹聴していましたから、これでお流れは辛いのです。

 さて、街は随分と秋色に染まってきました。枯れ葉が散って道のあちこちに吹きだまっています。「秋バラ」が見事な赤に咲いているなと見ていると、その近くに「ムラサキシキブ(紫式部)」が古風な紫の実をつけていました。「キク(菊)」は今が出始め。学校でも、一階の段差を利用して幾色かの菊が植えられています。

 こうして雨が続いても、草木にとっては、やはり慈雨に属するのでしょう。土が干涸らびたように白茶けてしまうよりは、黒くしっとりと濡れている方がズンといいのです。

 今朝、テレビを見ていると「ドジョウ(泥鰌)」が、和歌山県で県絶滅危惧種に指定されたとか出ていました。そして「クツワムシ(轡虫)」も。ドジョウなんて泥さえあればどこにでもいるような気がしていたのですが。この「泥さえあれば」というのが、問題だったのですね。知らず知らずのうちに、清らかな水があるはずである。それは流れているはずである。そこには土があるはずであると思い込んでいたのです。

 用水路や排水路が整備され、泥が失われてしまえば、そこにあった諸々の自然も姿を消し、当然のことながら、住み処を奪われた小動物たちは生きる術がなくなり、消えてしまうしかないのです。明日は我が身。清らかな空気と水。この二つが失われてしまったら、もやは日本とは言えなくなる…日本の伝統的なものというのは、それらなくして成立しないものばかりなのですから…。


日々是好日
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「台風が二つ、関東地方を窺っています」。

2012-10-17 08:42:44 | 日本語の授業
 今年も、フッと力が抜けるような、抜いてもいいのだというような感じが、この「Aクラス」にもやって来ました。「無理をせずに、覚えられている、だから安心して進める」という感覚なのです。

 こうなると、多少飛ばして授業をしていっても、それほど重荷にはならないはず。勿論、これは、毎日学校へ来て、きちんと授業を受けていた学生にだけ通用するのでしょうが。

 例年、だいたい「上級」の教科書の9課辺りに来るとこういう感じになってくるのです。それまでは、少し背伸びをさせては、「ああ、まだ無理だった」と、(この伸びの部分を)引っ込める(そして時には、もう少し緩やかに進めていく)を繰り返していたのですが、それが、「あれ、まだ大丈夫だ」に変わってくるのです。ただそうは言いましても、この段階から二化けも三化けもさせねば、大学や大学院で、ある程度無理が利くようにはなれないのですが。

 さて、19日の課外活動、「上野動物園」行きを前にして、お天気が気になってきました。今、列島を窺っている台風は二つ。そのどちらも関東地方を狙っているように見えるのです。予報では、「近づくかな」というところで東にカーブを切って、海上に抜けていきそうなのですが、これがどこでどう気が変わってやってくるかわからないのです。

 前にも、「上野動物園」へ行く予定だったのが大雨、しかも寒かった…と言うことで急遽、同じ上野の森内にある「科学博物館」へ変更したことがありました。勿論、それなりにみんな楽しめたことは楽しめたのですが、春の「水族館」に続く、「動物園」で、母国で動物園が身近なところになく、楽しみにしていた学生達はちょっと気が抜けたようになっていました。そこにあった動物たちは、みな珍しいとはいいましても、剥製ばかり。写真を撮るのにはちょうどよかったのでしょうが、やはり生きていて動いているものを見たいというのが人情でしょうから。

 上のクラスの学生達は、教員と一緒に行く、こういう課外活動の一つ一つが、大切なものであることが少しずつわかってきています。ところが、下のクラスの学生達、つまり、「来日したばかりである」とか、あるいは「数ヶ月間、日本にいるけれども、様々な理由で、それほど勉強してきていない」という人達に、こういうことの大切さを説明しても、なかなかわからないということあるのです。

 中には日本語のレベルの問題ではなく、彼らの国の習慣から、おそらく日本でもそうであろうと考え、こちらの話が入っていかない、彼等の心には届かないという場合もあります(そんな人達でも、「Aクラス」に入れるほどになっていれば、こういう活動の意味、あるいは意義がわかり、それなりに楽しみ、学べたりするのですが。まあ、もっともいつであろうとも、例外はありますが)。

 ところが、それが理解できない人達は、こういう課外活動を、「学校でみんなと遊びに行く(活動)」と思っており、それを公言したりするのです。

「金曜日は遊びに行かなくてもいいですか。アルバイトの社長が仕事をしてくれと言っています」

 こういう反応が、そういう彼等からよく出てきます。いつどこへ行くかは遅くとも二週間くらい前には知らせてあり、それと同時に、もしアルバイト先で問題がある時には、(アルバイト先へ)お願いの手紙を渡せるよう、学校の方で準備をしているのにもかかわらず。

 とはいえ、最近は、半年を過ぎ、一年には満たないという人達でも、そういうことを言わなくなりました。折に触れ、「留学試験」との関係、また進学した先での日本人学生との交流、また進学先での先生方の話などを理解する上でも、こういうことは知っておいた方がいい、見ておいた方がいいということがわかってきたのでしょう。

 そうは言いましても、アルバイトがうまくいっていない学生は、それどころではなく、やはり、生活が安定していないと、勉強も何も出来ないということなのでしょう。

日々是好日
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「金木犀の花が咲きました」。

2012-10-16 12:49:45 | 日本語の授業
 昨朝、「キンモクセイ(金木犀)」の蕾が増えたと書いて、その昼には、既に花が開いて甘い香りが教室に漂ってきていたのだそうです。そういえば、昨日はいいお天気でした。お日さまの力は偉大なるかな。

 そして、今日も、雲一つなく空は晴れ渡っています。土曜日は富士山がくっきりと見えていましたから、もしかすると今日も見えているのかもしれません。乾燥する冬場は、富士が見える確率がグンと高くなると言いますから、もうすぐ、電車通学の学生達から「富士を見た」という報告がされることでしょう。とはいえ、今は、秋。紅葉や黄葉も、関東では、日光などでやっと染まり始めたくらいだそうですから、街に下りてくるのは、まだまだずっと先になるでしょう。『留学生試験』が終わった頃が見頃になるといいのですが。

 ただ、「イチョウ(公孫樹)」に代表される黄葉と、「モミジ」などの紅葉がなかなか期を一にしてくれませんので、それが悩みと言えば悩み。なんともはや、贅沢なこと。本当に、こういうのを贅沢というのです。

 さて、勉強を家でやる習慣がほとんどなく、しかも他国の言語を学ぶのが不得手であり、言語に関してはあまり勘もよくない。その上、読解力も母国でそれほどの訓練を受けていないことにより、どこをどう読んでいけば解答が導き出せるのかがよくわからない学生が多いというクラスのことです。

 勿論、ちゃんとアルバイトもでき、機転も利きます。つまり、生活用語と言いますか、生きていく上での言葉は、たとえ、他国のものであろうと、スルスルと入っていくのです。本当に言語能力というのは不思議なものです。言えば、直ぐに理解し、言われたとおりのことができるというのに。それがグラフや表を読み、答えを導き出さねばならなかったり、文章を読み、マルバツで答えたり、答えを書いたりせねばならなかったりしますと、途端に思考回路がどこかでプッツンと切れてしまうようなのです。もしかしたら邪魔な何物かが入り込んでいるのかもしれません。

 それで、こちらとしましても、接続詞を重点的に見させていったり、文と文との関係を図式化できるものは図式化してみたりと、いろいろ手を尽くしてやってはみているのですが、今のところはかなりの苦戦です。こういう人たちは、単語を(その課が終わるまでは)毎回読み合わせしていっても、やはり忘れてしまったり、読めなかったりするのです(これだけは覚えろ式に、線を引かせていったりもしているのですが)。本文だけの読みでも、一文ごとの練習は、おそらく、合わせれば7,8回はしたことになるでしょうに。

 かといって、投げているというのではないのです。普通に、まあ、非常に眠そうな人はいるのですが、おおっぴらに寝るというのではなく、船を漕いでいる程度ですから、彼等なりに気を遣ってくれているのでしょう。勿論、見るに見かねた場合は、「5分だけ寝てしまいなさい」(10分となりますと、もう起きられないのです)と寝させてしまうこともあるのですが。

 大きな問題は、文章を読んで自分で考えるというというよりも、先生が説明してくれるのを聞いて理解する式の教育をずっと受けてきたので、急には変えられないというところにありそうなのです。

 ふっと気がつくと、ちょっとわからない言葉や部分があると、そこで止まって、私の顔を見ているのです。そして教えてくれるのを待っています。「自分で考えなさい(その後ろに書いてあるでしょうとは、敢えて言いませんが)」と言っても、「ひどいことを言う人だ。あなたは先生でしょう。教える義務があります」態に自分で読み直したり、探したりせずに、「えっ。でも、わかりません」で、止まっているのです。

 まず、自分で考える。わからなくてもいいから、すぐに答えを聞いたりせずに、自分で考えてみる。この習慣をつけさせるのに、まだ大部かかりそうな人もいるのです。

日々是好日
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「草木は『秋』になっているけれども、どうも、そんなに追い込まれているような…気はしない」。

2012-10-15 08:49:23 | 日本語の授業
 二階の玄関に、コスモスが飾られているなと、見たのが先週末。その時にはまだ一階の教室の前に植えられている「キンモクセイ(金木犀)」の樹には蕾がほんの少しついているだけでしたのに、それが、今朝見ると、あちらにもこちらにもオレンジ色の小さな蕾がついているではありませんか。その上、大きく膨らんでいるのがいくつもあります。

 「秋だねえ」。思わず、ため息をついてしまいます。

 今年の学生達は、みんな、どこかしら、のんびりとしていて、来年の三月には卒業しなければならないというのに、ずっとここでの生活が続くつもりでいるのではないかしらん。「来年には出なければならないんだよ。わかっていますね。来年はここにいないんですからね」。幾度となくそう言っているのに、どこか他人事のような顔をして頼りなさそうに笑っています。

 「Aクラス」に、一人だけ、「留学生試験」やら、大学進学を真剣に考え(みな、それぞれに真剣なのでしょうが、行動を起こすまでには至っていないのです。どうも、嫌なことは先送りして済まそうという根性が見え隠れしています)、オープンキャンバスに行ったり、大学の資料を取り寄せたりしている学生がいるのですが、その他の学生は、本当に、どこかしら、のほほんとしていて、中には、「まだこの学校にいたいです。いいですか」なんて惚けたことを言う学生までいるのです。「いいえ。早く出て行きなさい」。何度も言っているんですがねえ。

 そのせいか、いつもなら、九月の新学期が始まると同時に、ざわつきはじめるはずの「Aクラス」でも、「えっ。『留学生試験』まで、あと一ヶ月…へえ、そうなんだ」とまるで他人事です。

 だからというわけでもないのでしょうが、私たちの裡でも、つまり、どこか精神的にも、季節感がなくなり(いわゆる「試験」に関する季節感です)、コスモスが咲いた。柿が出回り始めている。おまけに金木犀の花の香りまで漂い始めそうな。そんな、「秋真っ盛り」であるにも関わらず、どこやら、呆けているようなのです。

 本来なら、コスモスが咲き始めた頃には、最初の願書書きで、ねじりはちまきのはずですのに、今頃は。それが、「これからどうしますか。専門学校か大学か短大か、まだ何にも考えていない…どうしましょうね」くらいのものなのです。

 大学院へ行きたいという学生も、中国人であるにもかかわらず、とにかく、楽な方、楽な方へ流れたいという根性で、院がだめなら、専門学校でもいいです。そのココロは、頑張りたくない。つまり、今の、日本での生活が、それなりに性に合っているのでしょう。私たちから見ると、大変だろうと思われるのですが。ニートのような、現在の生活も、とにかくやることはあるわけですから。

 日本人であったら、大学を卒業している年齢であれば、「正社員」ではないと焦るでしょうが、彼等は外国人ですし、ここにずっといる気もないでしょうから、万年アルバイターでいいくらいのつもりなのでしょう。

 そのような人達(一応、母国で大学、乃至それに準じるところを出ている)から見ると、日本での、日本語学校留学生としての生活は、日本語もある程度身に付けられるし、適当に金も稼げるし…多分、それだけで満足なのでしょう。その上、永住権でも得られれば、日本人のように自由に外国へ行くことも出来ますから、御の字なのでしょう。

 以前は、大学を出ていても、「母国では学べないことが数多くあった。母国にいた頃はそれすら気づかなかったけれども、日本に来て、それに気づいた。あれも学べるのか、これも学べるのか」と、知的好奇心に満ちた人達がかなりいたような気がします。中国からの学生でも、最近は、彼らの国との違いなどに気がつくだけのセンスが乏しいような気がします。本当に彼らの国と日本とは違うと思いますけれどもね。

 却って、高校を出たばかりの人であったり、出てから一二年国で働いてそれから来ている人の方が、根性があるような気がします。「学ぶ」ということに飽きていないのです。日本では、専門を先に決めて、大学を選ぶのですが(勿論、そうできない人もいますが)、そうではなく、(中国のように)大学を先に決めて、それから成績に準じて専門を決められてしまったりする(そういう人も少なくないと聞いています、本人から)と、(成績がそれほどでもなければ、好きでもない専門を四年間も学んでいなければなりませんから)それは「学ぶ」ということが面白くなるでしょう。

 もとより、何かを学びたいとやって来ている人達もいます。とはいえ、「いろいろなことを知りたいし、技術も身に付けたい。そのためにはどうしたらいいのか」といった、そんな、留学生としてのあるべき姿を保っている人は、どうも年々少なくなっているような気がします。

日々是好日
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「『個人面談』で、わかったこと」。

2012-10-12 08:51:17 | 日本語の授業
 予報通り、夜、雨が降ったのでしょう。ベランダが半乾きになっていました。砂漠の川よろしく、二筋の流れが残っています。これもまた一興。

 空は、見るからに柔らかそうな白雲の塊が半ばを占め、幾つかの「ちぎれ雲」がフワフワと辺りに漂っています。とはいえ、陽が高くなれば、この白雲もだんだんと姿を消していくでしょう。秋なのに、地の色は水の色。もう少し経てば、きれいな青になるのかもしれません。

 ご近所の「ハギ(萩)」が、だんだん勢力を増してきました。この「ハギ」は、山に咲いているのかと見紛うほど、野趣を帯び、逞しいのです。毎年、ワッサカワッサカと生え拡がり、そして花を咲かせるのです。その花も今は三分咲きほど。この花が満開になれば、「秋を満喫できる候」と言うことになるのでしょうか。

 さて、学校では、お尻を叩いてもなかなか、来年の三月にはこの学校を出なければならないということがわからない人達のために、個人面談めいたことを始めているのですが、それで幾つかわかったことがありました。

「卒業したらどうしますか」
「専門学校へ行きます」
「専門学校で何を勉強したいですか」
「コンピューターを勉強します」
「そうですか…」で、一度切れてしまうのです。

「コンピューターは好き?」「んんん…(小声で)嫌い」
「じゃあ、どうしてコンピューターなの」
「知っている人がいるから」
「一人はいや?」
「んんん…いや。日本語がわからないから」

それで、
「でも、確か、いつか、ファッションの勉強がしたいって言ってたよね」
「ん?そう(途端に、目がキラキラになります)。好き。ベトナムでも短大(三年制)で勉強していた。二年生の時に日本に来たから、卒業していないけれども」
「学費がそれほど高くないファッションの専門学校もありますよ」と言って、その学校のパンフレットを見せると、食いつくように見て、
「これも、勉強した。これも出来る」と言って、如何にもうれしそうに笑っています。好きなことだから、自信もあるのでしょう。

 一度、体験入学をしてみることを勧めると、
「でも、一人は嫌だ」と言います。「日本語が下手だから」と言います。確かにヒアリングはなかなか上達しないのですが、ベトナムから来た学生のうち、音が取れないという学生は少なくないのです。これは彼等の、その他の能力とは別です(実際には、言語能力は多少劣るけれども、その他の能力では、それを補って余りあるという学生も少なくないのです)。

 彼女の場合、それでも、「三級」までの漢字は読め、書けますし、「中級」に入ってからも頑張って課毎のディクテーションは、漢字交じり文で書けています。ヒアリングは慣れ。時間の問題でしかありません。日々、倦まず弛まず学校へ来て勉強を続けていれば、いつかは解決することなのです。しかも、母国の短大で、二年間もその専門を勉強してきているわけですから、真っさらで勉強を始めようという人とは違います。専門に関する物の名も、作業の名も、動詞も形容詞も、現場で作業をしたり、見ていたりするうちに、対訳が頭の中で組み立てられていくでしょう。だから、それほど心配しなくてもいいのですけれども。

 学費や入学金も他の専門学校とそれほど違うというわけでもないし、要は一番やりたいことをすること。これをもう一度よく言い聞かせて、返しましたが、もしかしたら、多くの学生は、彼女と同じような状態なのかもしれません。だから、「もう一年、この学校にいたい。この学校で日本語を勉強したい」と言うのでしょう。

 中国人学生の時には、「とにかく早く卒業しろ。そしてそこで技術なり知識なりを身に付けろ、いつまでも道具に拘っている必要はない」と、追い出すことばかり(ごめん)考えていましたが、中国人学生のように漢字が覚えられないことからくる苦手意識(これはどうしても個人差が出てしまいます。家でも練習をしなければ、学校で練習するのは、一字一字の導入にしか過ぎぬのだということが、なかなかわかってくれないのです。学校で書いているだけで十分だと思っている学生が、おそらくは大半を占めているだろうと睨んでいるのです。勿論、「Aクラス」の学生はさすがに違うようですが。

日々是好日
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「『スリランカ人と空手』で、思い出したこと」。

2012-10-11 08:18:03 | 日本語の授業
 陽が射してきました。ほんのつい30分ほど前には、空はどんよりとした灰色の雲に覆われていましたのに。朝はカーディガンが必要、昼は25度を超える夏日…大陸に住んでいる人達から見れば、それが何だと言われそうですが、穏やかな海沿いに住んでいる島国の人間から見れば、これでも日較差がありすぎの、異常事態なのです。

 さて、昨日、スリランカ人の卒業生が、友達(?多分、知り合いと言った方がいいのでしょう、年齢がかなり離れている男性でしたから)を連れてきました。その人の娘さんが留学したいというのです。彼等が帰った後で話を聞き(私はずっと午前中は授業でした)、思わず、数年前のことを思い出してしまいました。その男性は、スリランカで空手の選手兼先生で、今回も試合を兼ねた練習のために、彼の学生達を連れて日本に来たというのです。

 当時、スリランカ人の学生は、この小さな学校にしてはかなりの数、いたのですが、なかなか勉強をしてくれず(出席率はいい方なのです)、座っているだけという人の方が多く、本当に、いわば、処置なし、どうしていいかわからないといった感じでした。

 勉強しなさいと言えば、不機嫌そうな顔や抵抗などはせず、困ったような顔をして「はい、はい」と頷くだけ。それどころか、それが重なると「どうしてあなたはそんなひどいことを言うのだ。私はちゃんと学校に来て座っているではないか」と言わんばかりの目でこちらを見つめたりするのです。「漢字をちゃんと練習して覚えなさい」と言えば、練習まではします。言えば、10回でも20回でも100回でも書くでしょう。そして「ああ、手が痛い」と痛む手をさすってみせたりするのです。ただ覚える気はありませんから、書いたで終わり。互いに徒労なのです。

 かといって、悪いことをするとか、不真面目であるというわけではないのです。単に、あまり「お勉強が好きではない」だけだったのでしょう。勿論、中には、頑張って大学に入ってくれた学生もいることはいましたから、こちらの方が、勉強したくない人にまで勉強を無理強いさせようとして空回りしていただけなのかもしれません。でも、おかげで非漢字圏の学生達に勉強させていくための、教材をいくつも開拓することができました。それを今、活用しているので、あまり文句を言えた筋合いではないのかもしれませんが。

 この、いわゆる「あまりお勉強なるものが好きではない」大半の学生達が、初めてやる気をみせてくれたのが、専門学校に入るための「願書書き」と「試験のための作文書き」の時でした。

 「願書書き」も、まず自分の住所と、学校の名前、住所が漢字で書けなければなりませんし、それに作文書きでも(テーマは決まっていました。幾つかのうち、選択で書くのです)、ひらがなだけというわけにはいきません。

 その時も、例えば「故郷」というテーマを選んだ学生には、彼等の片言の日本語から、こちらが、ある程度類推しながら、内容を膨らましていかなければなりませんから、書き始める前にかなり彼等と話し合いました。しかも、その時、その専門学校を選んだ学生が一人や二人ではありませんでしたから、それぞれに違う文章内容を考えていかねばなりません。それで、彼等との間で、その内容なるものを、調整するためにも、話が多岐にわたりました。

 その時、一人の学生が、高校の時に空手をしたと言ったのです。私たちから見れば、外国で、日本の武技を学んだことがあるのなら(オリンピックの種目にもなっていることですし、柔道の方が有名であろうから)、当然、柔道であろうと思っていたので、かなり驚きました。

 まあ、説明が諄くなりましたが、スリランカでは、本当に空手が盛んであると言うことを、改めて聞いて、驚いたというわけなのです。そして、ついでに、以前の学生達を思い出し、今の学生達のことを考えてしまったというわけなのです。

 当時の学生達に比べれば、今のスリランカ人学生は、学校を休みませんし、真面目に勉強してくれます。物腰もずっと穏やかで、国でも良い学生だったのだろうと思います。今はまだ一年生ですから、大学進学を考えているのは、四人のうち二人ほどですが、他の人が大学に行きたい、またそれを視野に入れ始めれば、あとの二人も変わっていくかもしれません。やはり、レベルはどうであれ、大学は大学なりの良さがあるのです。特に、それほど社会が広くないスリランカの学生達にとっては、大学に入って視野を広げることの方が、ずっと大切であるような気がします。

日々是好日
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「靴下を、『はく、はかない』」。

2012-10-10 07:57:41 | 日本語の授業
 秋晴れ。街行く人の服装が随分変わってきました。色もそして厚みも。

 ただ重い茶とはいかないようです。それに黒というのも。まだ街には白が似合いますし、オレンジ色というのも合う。完全に秋色とはいかないのが、今時の街の雰囲気なのです。

 学生達は、こんな中でも、素足に「突っ掛け」であったりするのですが(上半身は完全防寒です)。何度、「素足はだめです。靴下をはきます。そうしないと風邪を引きます。病気になります」と言っても、習いたての「気持ちが悪いです」という言葉が返ってきます。

 これも習慣なのでしょう。真冬でも、ガンガン、エアコンを入れて、薄手の掛け布団一枚で過ごしてしまおうとするくらいなのですから。これも、「電気代が高くなります。掛け布団は厚いのを買います。パジャマも厚いのを買います。敷き布団のシーツは冬用のにします」と言っても、なかなか応じてはくれません。慣れなくて、寝付けないようなのです。とはいえ、本当に電気代が高くなります。こういう国の人達は経済観念の発達した国の人達とは同室になれません。電気代の件で、直ぐに喧嘩になってしまいます。

 私などは冬用のシーツは、暖かくて、しかも、猫の毛のようにモコモコしているので、大好きなのですが。この好みを共有するとまでは至れないのです、なかなか。これも真冬でも素足で過ごすという習慣が変わらない限り、だめでしょうね。

 「風邪を引いて、寝込んでしまうまでは、言われていることの意味がわからない」のでしょう。ただ、最近は、彼等にも同国人の「先輩という存在」が出来たので(たとえ、一ヶ月でも二ヶ月でも、先輩は先輩です。南国から来た人間にとっては、冬を越した人間は、それだけでも、冬を語ることのできる存在なのです)、その「先輩なる者」に、話してもらうようにしているのですが、これがまた手強い。時には、この先輩の中にも、真冬に裸足で通したという、ツワモノがいて、我々の意に反して、「大丈夫」なんて、のたまうのです。もうっ。

 まあ、風邪を引いたり、変な病気になったりしなければ、裸足で過ごそうが、どうしようが、それはその人の勝手、自由なのですが、日本の寒さは乾燥地帯とは違い、下から来るのです、おまけに冬とはいえ、湿度はそれほど下がらないのです(日本人からすれば、冬は、カンカラカンなのですが)。冬に慣れている人たちでも、(当日の)気温を聞いて、高を括っていると、「おっと、寒い」ということにもなってしまいます。

 毎年のように、この時期、学校の玄関先で、学生達との闘いが始まります。「あっ。裸足、見つけた。靴下をはきます」。「…大丈夫」。「大丈夫じゃありません。病気になります」。「嫌、気持ちが悪い」。「(気持ちが)いい悪いの問題じゃない。靴下!靴下!」で、学生達は逃げていく…。

 朝晩が、急に涼しくなった(おそらく、冬のない国の人達は、寒くなったと感じているでしょう)昨今、この闘いはいよいよ厳しさを増していきそうです。

日々是好日
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