日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「『漢字』を残している国は、中国以外では日本だけ」。

2014-06-03 09:59:43 | 日本語の授業
 曇り。

 日中、30度を超すような日があっても、(海近くのこの辺りは)朝晩は、かなり涼しいのです。が、今日は、また特に涼しい。

 雨雲が西日本を襲い、少しずつ関東地方に近づいているとのこと。そのせいもあるのでしょう。けれども、それほど蒸し暑いわけでもないのです。

 昨日は、午後、とうとうエアコンのお世話になってしまいました。が、今日は、多分大丈夫でしょう。エアコンの冷風が苦手な人たちもいるので、冷房の手を借りなければならないような時期になると、教室の中で見えない闘いが始まったりして、ちょっと困る時もあるのです。

 つまり、座席が…なのです。2列目というのが、一番人気があるのですが、今の「初級Ⅰ」教室には、2列目の席は、五つしかない。ということで、今でも、男子学生一人と女子学生五人が取り合うということになっているのです…。

 寒い間はそれでも、それはそれなりに落ち着いていたのですが(遅れた者が、4列目に座る)、例年ですと、冷房を入れ始めた途端、それが表面化するのです。

 つまり、冷房を入れると、どうしても、冷気の流れの処の席が最後まで空いてしまう。で、最後に来た学生が、暑がりならまだしも、寒がりだと、冷房を止めてくれということになる(どうしても2列目に座りたいので)。すると、端っこの4列目や3列目の学生達が(ドアのそばだと、出入りがあるので、冷気が逃げてしまうのです)「ここは全然涼しくない。止めないでくれ」となる。

 時々、かなり気の強いというか、ジコチュウの学生がいて、勝手に切ったりすることもある。で、揉めたりするのですよね。すったもんだで、一応、曲がりなりにもそれぞれのクラスで形が定まるのに、一ヶ月ほどはかかる。なにせ、大人同士です。こちらから「こうせい」とは言えません。口を出すにしても、助言程度のものです。

 ただ、相互理解が進むと、「あの人はこうだから」と、相手のことを思い合えるような余裕が生まれてくる。だんだん皆が譲りあえるようになってくる。それまでは、こちらも我慢です。異文化理解なんてのも、結局は、どれだけ相手(個人)を理解できるかにかかっているわけで、何事も力尽くはいけません。

 こんなことは放っておいた方が良い場合が多いのです。時々、「先生が決めてくれ」なんて救いを求めるような目で見られることもあるのですが。そこもそれ、我慢です。子どもじゃないんだから、考えてごらんとしか言えません。もちろん、病人や体の具合が悪い人は別ですが。

 ところで、今度は「Aクラス」です。

 昨日、学校で、短文を作らせていると、一人のベトナム人学生が「私たちにとって、官僚は悪い」という文を作り、おやおや…(「官僚は、悪だ」と言いたかったのでしょうね)。

 漢字の国、中国では、「官僚」という単語は、あまりよい響きをもっていなかったので、初めて(その意味で使われた文を)聞いた時には、「おやおや」と思ったものでしたが、彼等(中国人)にしてみれば、「官僚」という言葉に色のついていない日本語の方が、きっと「おやおや」だったのでしょう。

 ベトナムでも、中国同様、あまり言い響きがないのかなと思いはしたものの、彼の国は漢字文化をとっくの昔に捨てているはず。漢字には、その一つ一つに意味があるものが多い由を伝えますと、驚くくらいなのです。

 先だって、ちょうどベトナムのお正月の時に、ハノイのお寺を訪れたのですが、そこで中国の、おそらくは、「春联」のような感じででしょう。年初に、人々の要望に添うような、おめでたい言葉を選んで「対聯」を書いて、売っている人たちがいました。

 中には稚拙な漢字を書いている人もいたのですが、見事な漢字を書いている人たちと同じように売れていましたから、ベトナムの人たちには、もう書道の巧拙が判らなくなっているのではないかという気がしました。

 ベトナム戦争の頃には、日本人とベトナム僧侶との間で、筆談が出来たというような話も聞いたことがありましたのに…。もっとも、ベトナム語は中国語に近いそうで、ベトナム人は中国語を簡単に習得してしまいます。しかも、一度習得してしまうと、あまり忘れないのです。日本人なんて、「介詞」を忘れたり、語順を誤ったりしてしまいますから、文字こそ違え、やはり言語の流れはあちらなのでしょう。

 以前、「中級」クラスで、ベトナム人学生達を教えていた時、「漢字二字の熟語」の意味を日本語で説明しますと、少しして、2、3人の学生が、ああ、あれだと言い、ベトナム語で確認していたことがありました。それ(彼等の言葉)が、ほぼ中国語の発音だったので、驚いてしまいました。つまり漢字二字を中国語で発音したような感じだったのです。

 ただ、彼等には音は判るのでしょうが、漢字の意味が判らないので、他のスリランカやミャンマー、タイの学生達同様、漢字を覚えるのに、苦しむということになってしまいます。日本語を学ぶ場合、漢字を見ても判らなければ、結局は、他の「非漢字圏」の学生達同様、音から入るしかないのです。

 中国人が日本語を学ぶ場合や、日本人が中国語を学ぶ場合とは全く違います。両者とも、まず「目」から入っていきます。目で覚えようとしてしまうのです。中国人の場合は、もし、皆、(日本語が)「ひらがな」や「カタカナ」で書かれてなぞいますと、もう諦めきったような氷上になってしまうのですが、それが一つでも漢字が入っていますと、途端に元気付き、それを基に文章の意味を類推したりし始めます。

 日本人の場合、中国語は、皆、漢字ですから、もっと簡単になります。同じように古代中国文化の影響を受けていても、漢字を残しているといないとでは、かなり違ってきます。

 考えてみますと、古来から日本人は、中国文明の影響を受けてきたと言いましても、別に武力で占領されて否応なく従ったというのではなく(日本とは反対に、韓国やベトナムは武力で支配された時期、あるいは力に屈した時期が長かった)、知識欲や好奇心から、あるいは憧れから、(中国文化を)入れてきたのです。

 しかも、実際の中国人に影響を受けたというよりも(古代は別です。戦乱の中国や朝鮮半島から逃げてきた人が多かったでしょう)、「輸入された文物を通して」影響を受けてきたのです。だから、理想化した部分もあったでしょうし、その反対に、適当でない部分は切り捨てたということもあったでしょう。そういうことが、積もり積もって、100年、200年…、1000年と経ちますと、海を隔てていただけに、かなり違ってくるのは当然です。

 それにまた、中国や、中国を支配した異民族に対する、屈折した感情は、日本にはありません。モンゴル族が(日本に)攻めてきた時以外は、対岸の火事のような捉え方しかしていなかったのでしょう。気の毒に中国はまた異民族に支配されているといった具合に。だって、大半の日本人に取って、中国というのは文字を通してしか知りようのない国だったのですから。

 とはいえ、いまだに漢字を残している国は、中国を除けば、日本しかありません。日本語の文字がこの世界に続く限り、漢字は、ひらがな、カタカナと同様、消えることはないでしょう。やはり、古代中国文明と、日本の文化は深く結びついているのです。

日々是好日
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「昨日に引き続き、今日も「... | トップ | 「寒い時の食べ物と、暑い時... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日本語の授業」カテゴリの最新記事