日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

専門学校へ行った学生の方が、日本語が上手になっている????

2019-07-19 07:49:05 | 日本語学校

曇り。

今朝、大雨になっているだろうと思っていたのに、お日様が出ていました。もっとも、それも長続きせず、今は、随分雲が厚くなっています。

昨日、一昨日と卒業生がやって来ました。3人とも、同じ専門学校に通っています。その時、少し話をしたのですが、随分、話せるようになっていたので、びっくり。彼等は「10月生」で、受験のときに、例の、語学の、グッと伸びる時期がまだ来ていなかったので、心配しながら、専門学校を受けさせたのです。

ところが、聞くと、「難しいけれども、日本語の勉強をちゃんとさせてもらっている」と言います。授業中はちゃんと聞いていると聞くと、「怖い先生のときはね」と笑います。専門学校も大した者じゃないかというのが、感想です。実は、当時、日本語が思ったほど伸びていなくて、最後の手段といった感じの、ある種の悲壮感が、こちら側にもあったのです。母国でほとんど学んできていない、ほぼゼロで始めたわけですから、彼等も大変だったと思います。教えながら、「時間だな、時間だな、時間が足りない…」という思いがありました。こればかりは無理が利きません。時間がいるのです、普通の人たちですから。

その、(彼等の日本語に)驚いたというのにも、理由があったのです。ちょうど、その2、3日前でしたか、ある大学へ行った学生から、暑中見舞いのハガキが届きました。その日本語の酷さが、職員室で話題になっていたのです。これまでは、大学に行った学生は、そこそこの文が書けていました。勿論、向こうの教員が目を通していたのでしょうが。

簡単な漢字を間違えて書いているわ、文法もおかしいわ。…大学へやったのに、これはないだろう。この学校にいたときの方がずっとレベルは上だった。だって、こんなみっともない間違いはしていなかったもの。

大学と言っても、外国人の多い大学では、面倒は余り見てもらえないのかもしれません。かえって、頑張っている専門学校の方がずっと、日本語のレベルを上げてくれるのかも知れません。

今は、大学、大学と考えなくてもいいのかもしれません。本人が特に希望しないのならば。

数年前までは、大学へ行った学生と、そうではなかった学生には、歴然とした差がありました。半年ほどで、目に見えるほど出ていました。そのたびに、やっぱりねえ、と言い、やはり大学へやらねばと思ったものでしたが。

進学を控えている二年生に、「あそこはきちんと面倒を見てくれそうだ」と言えるところができ、少々ホッとしています。

さて、土曜、日曜、月曜と、2人で台湾へ行ってきます。

日本の大学や専門学校が募集のフェアを開くそうで、その様子見です。以前、ベトナムのフェアに参加したときに、千葉工大の先生と話す機会があり、学生をひとりやることができました。なにせ、私たちは、皆、文系で、理系の大学のことなど、何もわからなかったのです。で、どうして調べていいのかも、よくわからず、あれは本当にいい機会でした。

戻ってから、早速学生に話し、すぐにオープンキャンパスに参加させ、学生が同意したので、受験させました。今度も、学生のための大学探しが主になります。東京近辺の大学をあたり、良さそうなところには、オープンキャンパスに参加させたいと思っています。

日々是好日

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「進学」を控えて。

2019-07-18 08:44:41 | 日本語学校
曇り。

「台風」が、列島に近づいています。が、どうなのでしょう、台風が近づいていることよりも、いつ梅雨が明けるかと言うことの方が話題になってしまいます。

さて、学校です。

「2年生クラス(A・B)」では、「Bクラス」の方から、進学の話を始めました。「A・Bクラス」共に、学生達の出席率はよく、100%、99%、98%というのが、ずらりと並んでいます。こうなりますと、91%とかいうのがグッと、目立ってしまいます。ひとり、午前のクラスのときに、91%まで落ちたのですが、午後のクラスに変わってからは、毎日遅れずに来ていますから、通学に1時間ほどもかかっていたというのが問題だったのでしょう。

この学校は小規模であることから、目が行き届き、だれが今日来ていないのか、すぐにわかります。普通は、皆、寮に住んでいるので、同じクラスであれば、すぐに(だれかに)訊けます。昨日も、(Aクラスで)ひとり、そういう学生がいました。来ていないので、他の学生に、どうしたのかと聞くと(前にもこういうことがありました。寝坊です)、ひとりが自転車がなかったと言います。すると、もうひとりが、アルバイトから戻っていないのかも知れない。そう言っている間に、もうひとりが、電話をかけています。

かけた学生が、笑いながら、「寝ていました」。またか…。やっと二十歳になった学生で、同じ二十歳の「前は毎日、10時間寝ていました。でも日本では8時間しか寝られません」と不平たらたらのベトナム人学生とどっこいどっこいなのでしょう。それを聞いたときは、彼、笑っていましたが(同じだ…と思っていたのでしょう)。大慌てでやって来たのですが…顔を洗っていないな…。すぐわかります。

「Bクラス」に、ひとりだけ、出席率が芳しくない学生がいたのですが、彼の場合、やはり国に帰った方がいいのであろうということで、最近帰国してもらいました。彼以外は、ひとり、90%を切りそうな学生がいるのですが、「今日は雨が降ったから遅刻するかも…」という予想のもと、スタッフがすぐに呼び出しの電話をしてくれるので、どうにか90%台は維持できそうです。アルバイト先からそのまま来るそうで、遅刻したときは、(…まあ、急ぐという習慣が乏しい国から来ていると言うこともあるのでしょうが)だいたい、「電車で、寝てしまった…。西船橋まで行ってしまった…。ごめんなさい」というところ。しかしながら、それが重なってしまいますと…ちょっとね。

出席率が悪いと、なかなか日本語も上達できません。それで、彼には、(今日から「N3」教材に入っていく)「(今年の)四月生」クラスに、9月からですが、入ってもらうように話しています。

ところで、進学のことです。いくつかの学校をこちらが紹介することもあるのですが、先輩が行っているとか、友だちがそこの学生とかいうところを、彼等の方から言ってくることもすくなくありません。早速、「Bクラス」で、説明会に行ってきた学生が、「ここを受験したい」とやって来ました。

原則としては、彼等が「受けたい」と持って来た場合、断らないことに、今はしています。

実は、以前はそうではなかったのです。やはり日本語のレベルが高い学生や知的好奇心が強い学生、意欲のある学生には、大学を勧めていました。数ヶ月にわたり説得したり、(日本にいるからでしょう)見聞きすることもあり、ベトナム人学生などは、私たちの言うとおりにしてくれるのですが、ネパール人学生は、まだ、そうはならないようです。

「2年で働ける(彼等の持ってくる専門学校はだいたい二年制です)」、「友だちが楽しいと言っている」、「ひとりは嫌だ(同国人がいない)…。」それぞれ、彼等なりの理由があるのはわかります。けれども、こちらの説得に、動かないですね。

大学には大学の良さがあり、専門学校には専門学校のよさがある。しかし、それをわかった上で選ぶというのではなく、もっと単純な理由から、選んでいるのです。

彼等に聞くと、「(日本の学校で学ぶようなことは)みんな、勉強した(だから、日本語の問題だけだ)」という言い方をする人もいます。しかしながら、彼等の勉強してきたことは、「日本ではテレビを見てまねをしたら、できるようになったくらい」のことでしかない場合もあるのです。でも、それを言っても、わからない。

「国で、ビジネスを勉強した」とも、よく言います。「ビジネスってなに?」。「売ること」。「そう。じゃ、例えば何を?」

彼等の頭のなかにあるのは、小さな自営業の店で物を売る、彼等の国でよく見かけるそういう風景です。

相手のことを知らなくては、ビジネスができない…。ビジネスレターにしても、基本の形は、確かにある。しかしながら、成功するには、「相手によって書き方を考えなければならない場合が多々ある」とは考えられないのです。

勿論、これは彼等、個々の問題ではなく、おそらくは彼等の国の問題。経済と国の政策とがセットになって語られることからわかるように、国という大きな枠の中でしか動けないのが国民なのですから。それに見聞も限られています。
うt
とはいえ、せっかく日本に来たのだから…とも、思います。が、それがなかなか伝わらない。下のクラスであればともかく、上のクラスになっても伝わらない。これは、彼等の頭の中には、強固な先入観があって、それが邪魔しているのです。日本語の問題だけではないのです…。話していても、「岩盤だな。これは岩盤だな。掘るにはもっと強力な掘削機がいる」と、心の中で呟いてしまうことがあります。

「国際ビジネスをやりたい。」「…英語ができれば、やれるの?」「ハア???」…わけがわからない顔をします。専門の知識もさることながら、一般教養に類すること、文化や地理、歴史…など、実際にその職に就いてからしか、何を学べばいいのかはっきりしないこともありますが、基本は知っておかねばならない。これが、よくわかってくれない。

外国人がよく行く専門学校で、それが学べるかというと、まず、無理でしょう。夢は大きいけれども、それを手に入れるためには、夢を見ると同時に多くを学ばなければならない…。この「学ぶ」が、彼等の常識で言うと、すでに「知っている部類」になるのです。

国で大学を出た者が、日本の専門学校や大学のオープンキャンパスに行って、「みんな知っていることだった。できることだった。日本の大学って、たいしたことない。」で、そこを軽んじる。入口ではなく、出口を見ないのです。2年後、あるいは3年後、四年後にどこまで知識や技能が膨らんでいるかを見てはいないのです。もっとも、それを彼等に期待するのは、無理でしょうが。

人は安易につくもの、また己を正当化するもの、自己満足で終わっていれば、結局は何も学べないのです。

この学校では、そういう芽が出そうなときには、叩き潰しています。ただ、それは日本語の分野における…という限界があるのも事実。自分はできるとか、自分が一番だとか思い出した相手には、「鳥無き里の蝙蝠」、「猿山の猿」とばかりに、どんどん上を示し、あるいは見せ、まだまだ足りないと思わせていかねばなりません。それができなければ、教壇には立てません。

勿論、頭ごなしにではなく、納得の上でです。だいたい、頭がいい学生というのは、知識欲があり、その餌を与えてやれば、いくらでもついてきます。一番難物なのは、勉強する気のない学生。この学校では、そういう学生に対しては、それほど対応できないのです。ゆえに、そういう学生は入ってもらっては困ります。誰にせよ、どこにせよ、「守備範囲」というものはあるのですから。

もちろん、同じようにできないにしても、真面目に一生懸命勉強している学生には、いくらでも手当てしています。日本語を嫌いにさせない、今より上手にさせるというのが、目的なのですから。

日々是好日

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「ビザの更新ができなかったので、帰ります」と言いに来た学生。…どこか、やりきれない思いがします。

2019-07-17 08:01:02 | 日本語学校
曇り。

まだ、時折、小さな雨粒が、はら…はら…と落ちているようですが、今日はお日様がお顔を覗かせる時間帯もあるそうな。それ故にでしょうか、だんだん、ムシムシしてきました。このところ、ずっと梅雨寒で、20度ちょっとという気温が続いていましたから、梅雨季であるとはいえ、どこやら慣れないような、感は否めません。

昨日、卒業生が、ビザの更新がだめだったとやって来ました。すぐに帰国するそうです。「帰国してから、どうするのか」と聞いてみると、「多分、今度は韓国に行く」と言うのです。

この類いの話は、ベトナムの卒業生からも聞きました。

だいたいにおいて、出席率も95%近くで、勉強もよくする。然る上に、規定のアルバイト時間を超過して働いていたという学生は、教師の我々から見て、「体力もある、頑張れる、いい学生」なのです。

大学に行きたい、専門学校で勉強したいという進学が目的。根っこの方では、これがあるから崩れないのでしょう、辛くても。勿論、その後は日本企業での就職です。彼の場合は、七月生ということで、もう一つ、日本語能力試験の「N3」に手が届かなかったのですが、それでも、超過して働いていたこと以外は何も悪いことはしていません。

「(来日時に)借りていたお金もまだ返せていない」と言うので、心配すると、「大丈夫。家から借りたから」。

彼の言う、「家」とは何のことだか、はっきりとはしないのです。両親に借りたということなのか、祖父母に借りたのか、多分、そんなところなのでしょう。家族の絆の強い人たちですから。

こういう人たちが、日本を追われて韓国に流れていくのかなあと、残念になってきます。週に28時間というのではなく、土日の分を入れられたら、日本語もしっかりと勉強している人たちです。それ以外の悪事に手を染めているわけでもない。しかも2年近くを共にして、真面目であることは、日本人にも伝わってくる。そのような人たちが、日本を離れ、隣国へ行ってしまう…。もったいない。そして日本では、人手不足と言いながら、日本語のわからない人たちを直接入れようとしている。

彼等は、金を払って、日本語を学んでいる、あるいは「いた」のです。そして、(自分の金で)専門学校や大学へ進み、その過程で、語学だけでなく、日本社会への理解も一定量培ってきたのです。教室だけで日本語を学ぶのではなく、アルバイトをすると言うことは、そこで既に日本社会との接点ができているということです。

最初のころは、電車の乗り継ぎもできなかったでしょう。それがバイトへ行くうちに、パスモやスイカなどを使って自由に乗り継ぎが出来るようになり、店での買い物も日本語でやれるようになってきた。

アルバイト先では嫌な思いをさせられることもあるでしょう。その一つ一つが日本社会への理解を深めていくことになっていたのは、学生からの質問で知ることができます。

「こんなことがあった。これはどうして?」「こんなことを言われた。その時どうすればいい?」2年目に入る頃から、学生達はバイト先での様々なことを質問し始めます。できる限り、彼等に納得のいくように説明しているのですが、時々、辛いなあと感じるときがあります。

外国での生活は、困らされたり、嫌な思いをさせられることも多々ある。しかし、それは外国で「生活」しているからこそ、味わわされること。旅行者には決して経験できないこと。しかも、それを経験しながら、単刀直入に問いただせる相手(私たちのことです。言いにくいこと、聞きにくいことも聞いてくれます。つまり、日本人から見れば、悪口です)もいる。そうやって、苦労した上で、日本企業に就職するのだから、直接やって来た人たちとは随分違う。良きにつけ悪しきにつけ、彼等には数年の「過程」がある。これは、異国(日本)で暮らしていく上での「財産」です。

実際に、いい会社なら、必ず、どこかで、そういう彼等の姿を見ていてくれる人はいるはずです。

懸命に物事に取り組んでいる人を、天は見捨てるはずがない。帰国しても必ず道は開けると思います。ただ、今は辛いのでしょう。「もう、日本には来ない」と言っていたのが、とても、寂しいのです。

日々是好日
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「日本語能力試験」が終わって数日経ちました。しょんぼりしていた学生も、元気を取り戻しつつあります。

2019-07-12 08:35:16 | 日本語学校

小雨

「梅雨」が、なかなか明けません。今日も降っています。…とはいえ、シトシトと霧のような雨です。大丈夫かなと自転車で来たのですが、着いた頃には、グッショリと濡れそぼっていました。

日曜日の「日本語能力試験」が終わってから、ずっとしょんぼりしていた学生も、どうにか心の整理がついたのでしょう、いつも通りの明るい顔に戻ってきました。

こればかりは、本当に、どうしようもないのです。平常点でどうにかなるというものでもありませんし…。

そう言えば、中学校の現場にいた頃、あまりお勉強ができない男子生徒が、一緒に掃除をしながらですが、「(高校の入学試験の時に)掃除の点とかが、あったらいいのにねえ」と言っていましたっけ。

真面目ですが、気が弱い。でも、優しくて、気がよくつく。友だちにも教員にも、重宝がられていましたっけ。何でも、すぐ気がついて手伝ってくれるのです。掃除なども手を抜かずにしていたのですが、高校受験が近づくと、やはり、いつもにも倍して気弱になったのでしょう。

学業だけで、人を評価するのはおかしいとだれもが思っている。とはいえ、だからといって、ほかに何があるか。せいぜい、その他の要素を遠慮がちに加えるくらいしかありません。まして、将来のことなど、だれにもわかりません。

「鳥の目」で人を見ることの難しさ。そこには、時空を越えてみるという意味も含まれているでしょうから。それこそ「神の御業」に類する作業なのでしょう。「ヒト族」のうち、できる者などいるのでしょうか。それが、子供でもわかっていたから、愚痴が出たのでしょう。

留学生の場合、日本語学校を卒業後、専門学校に進むにせよ、大学に進むにせよ、多くが希望しているのは、日本で働くこと。日本での就職なのです。試験に合格したいというのも、そのために必要だからなのです。まずは進学のため、次は就職のため。

言語など、地道に努力していれば、必ず上達していきます。「漢字」が苦手な学生ほど(ここで言えば、「インド圏」の学生ですが)ヒアリング力があるので、すぐにペラペラと話せるようになります。中国人は漢字に頼って(目に頼って)なかなか「聞く作業」ができません。頼るものがあると、ヒトという生き物は弱いものですから、そちらに流れていきます。すぐに(本を)見てしまう。聞いて書いてみようとはしません。これには勇気がいる。できないことが明白になってしまいますから。

「どうしたら『聞く力』がつくか」と訊かれたら、「まず文字を見ないこと。テレビでなくラジオの方。初めての文章よりも、学んだ文章を何度も聞いてみること」と答えています。そうしているうちに音がとれるようになり、音がとれると既習の単語が、言葉の群れの中から区別できるようになり、単語が聞き取れるようになると、基礎の文法さえ入っていれば、意味は判るようになります。使えるようになるかどうかはそれからのことです。

「耳」さえ、尋常に活動できるようになれば、ここは日本ですから、聞くもの全てが学習材料になります。しばらくするうちに、町で耳にした言葉を繰り返せるようになってくるでしょう。

ただ、留学生は、アルバイトをしていますから、レストランや店での活動は、「耳」の「筋力を高める運動」をしているようなもの。同じ言葉を聞くことも多いでしょうから。それがいいのです。

この点、工場で働いている人は、なかなか、この「トレーニング」ができません。

「インド圏」の学生は、友だちの引きがあったりして、割と早い段階で、「レストラン」などでアルバイトをすることが多いのですが、ベトナム人は「工場でのアルバイト」からなかなか抜け出せません。勇気があったり、好奇心がある学生が、「えいやっと」ばかりに、(募集に)応募するのですが、「3回目にやっと合格出来た」とか言って帰ってきます。

最近はこの学校でも真面目な人が増えてきたのですが(これは現地での募集の時に、相手が辟易するようなほど、睨みつけながら面接をしているからかもしれません…顔の筋肉が固まって人相が悪くなった…と思われるほど)、それと、この種の「勇気や好奇心」というのとは、別物のようです。

どちらかというと、おっとりしていて、自分から何かに向かっていくというタイプではないですね。こちらでは、懸命に「やってみろ、やってみろ」とお尻を叩いているのですが、それが過ぎると、「せんせい、もう、いいです」と嫌われてしまいます。

多分、工場などには、同国人も多く、それ故に、ベトナム人に(工場の日本人も)慣れていて、嫌な思いをせずに済む、それがなによりなのでしょう。でも、勉強の事を考えると、もうちょっと冒険してもらいたい…。だって、せっかく日本に来ているのだもの…。

日々是好日
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「日本語能力試験」から、数日経ちました…しょんぼりしていた学生も、元気を取り戻しつつあります。

2019-07-12 08:33:36 | 日本語学校

小雨

「梅雨」が、なかなか明けません。今日も降っています。…とはいえ、シトシトと霧のような雨です。大丈夫かなと自転車で来たのですが、着いた頃には、グッショリと濡れそぼっていました。

日曜日の「日本語能力試験」が終わってから、ずっとしょんぼりしていた学生も、どうにか心の整理がついたのでしょう、いつも通りの明るい顔に戻ってきました。

こればかりは、本当に、どうしようもないのです。平常点でどうにかなるというものでもありませんし…。

そう言えば、中学校の現場にいた頃、あまりお勉強ができない男子生徒が、一緒に掃除をしながらですが、「(高校の入学試験の時に)掃除の点とかが、あったらいいのにねえ」と言っていましたっけ。

真面目ですが、気が弱い。でも、優しくて、気がよくつく。友だちにも教員にも、重宝がられていましたっけ。何でも、すぐ気がついて手伝ってくれるのです。掃除なども手を抜かずにしていたのですが、高校受験が近づくと、やはり、いつもにも倍して気弱になったのでしょう。

学業だけで、人を評価するのはおかしいとだれもが思っている。とはいえ、だからといって、ほかに何があるか。せいぜい、その他の要素を遠慮がちに加えるくらいしかありません。まして、将来のことなど、だれにもわかりません。

「鳥の目」で人を見ることの難しさ。そこには、時空を越えてみるという意味も含まれているでしょうから。それこそ「神の御業」に類する作業なのでしょう。「ヒト族」のうち、できる者などいるのでしょうか。それが、子供でもわかっていたから、愚痴が出たのでしょう。

留学生の場合、日本語学校を卒業後、専門学校に進むにせよ、大学に進むにせよ、多くが希望しているのは、日本で働くこと。日本での就職なのです。試験に合格したいというのも、そのために必要だからなのです。まずは進学のため、次は就職のため。

言語など、地道に努力していれば、必ず上達していきます。「漢字」が苦手な学生ほど(ここで言えば、「インド圏」の学生ですが)ヒアリング力があるので、すぐにペラペラと話せるようになります。中国人は漢字に頼って(目に頼って)なかなか「聞く作業」ができません。頼るものがあると、ヒトという生き物は弱いものですから、そちらに流れていきます。すぐに(本を)見てしまう。聞いて書いてみようとはしません。これには勇気がいる。できないことが明白になってしまいますから。

「どうしたら『聞く力』がつくか」と訊かれたら、「まず文字を見ないこと。テレビでなくラジオの方。初めての文章よりも、学んだ文章を何度も聞いてみること」と答えています。そうしているうちに音がとれるようになり、音がとれると既習の単語が、言葉の群れの中から区別できるようになり、単語が聞き取れるようになると、基礎の文法さえ入っていれば、意味は判るようになります。使えるようになるかどうかはそれからのことです。

「耳」さえ、尋常に活動できるようになれば、ここは日本ですから、聞くもの全てが学習材料になります。しばらくするうちに、町で耳にした言葉を繰り返せるようになってくるでしょう。

ただ、留学生は、アルバイトをしていますから、レストランや店での活動は、「耳」の「筋力を高める運動」をしているようなもの。同じ言葉を聞くことも多いでしょうから。それがいいのです。

この点、工場で働いている人は、なかなか、この「トレーニング」ができません。

「インド圏」の学生は、友だちの引きがあったりして、割と早い段階で、「レストラン」などでアルバイトをすることが多いのですが、ベトナム人は「工場でのアルバイト」からなかなか抜け出せません。勇気があったり、好奇心がある学生が、「えいやっと」ばかりに、(募集に)応募するのですが、「3回目にやっと合格出来た」とか言って帰ってきます。

最近はこの学校でも真面目な人が増えてきたのですが(これは現地での募集の時に、相手が辟易するようなほど、睨みつけながら面接をしているからかもしれません…顔の筋肉が固まって人相が悪くなった…と思われるほど)、それと、この種の「勇気や好奇心」というのとは、別物のようです。

どちらかというと、おっとりしていて、自分から何かに向かっていくというタイプではないですね。こちらでは、懸命に「やってみろ、やってみろ」とお尻を叩いているのですが、それが過ぎると、「せんせい、もう、いいです」と嫌われてしまいます。

多分、工場などには、同国人も多く、それ故に、ベトナム人に(工場の日本人も)慣れていて、嫌な思いをせずに済む、それがなによりなのでしょう。でも、勉強の事を考えると、もうちょっと冒険してもらいたい…。だって、せっかく日本に来ているのだもの…。

日々是好日
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「日本語能力試験」が終わり、次は、学校選びです。オープンキャンパスの話が出始めています。

2019-07-10 08:22:38 | 日本語学校

曇り。

今日は久しぶりに、「晴れマーク」が出ていました。けれども、今日が過ぎれば、また「曇りマーク」か「雨マーク」、あるいは「曇りのち雨マーク」か「雨のち曇りマーク」が続くのでしょう。「梅雨」だから仕方がないか…と思いながらも、「例年、『梅雨』って、こんなに長かったっけ、寒かったっけ」と溜息が出てしまいます。

さて、学校です。

行徳周辺には、外国人が多いことから、様々な国から来た人たちが、この学校にやって来ます。大半は、『みんなの日本語(Ⅰ)』か、『(Ⅱ)』で、それなりに出ていくのですが、今年の四月生(在日で二月から勉強を続けていた人も含まれています)は、そのまま、「N3」の試験の日まで続けたいと言い、頑張っていくようです(在日の人です)。

留学生は、2年という時間がありますから、2年目の12月で、「N2」まではいけるはずというのが、私たちの考えですが、中には、どうしても「N3」止まりになってしまう人も出てきます。これは、「頭の善し悪し」が関係するというよりも、「向き不向き」とか、「速いか遅いか」くらいのことなのでしょう。

理路整然と話せる人であっても、200字くらいの文章を読んで、「なぜ日本人がそう考えるのかがわからない」という人もいました。「解答」を見てもそうなのです。

また、「頭が固い」としか考えようがない人もいて、「自分の国はこうだ。だから日本人もこうだ」から抜けきらないのです。一年も日本で暮らしていたら、ある程度、察知できるであろうにと思われるような所でもそうなのです。あまり観察していないのでしょう、異国にいるというのに。自国の人とばかり話し、その輪っかから抜け出せないのです。

発音が難という国(国か地域か民族か)の人もいました。音がなかなかとれなくて、ヒアリング力が伸びないのです。だから会話も難しい。覚えても、練習すればするほど発音が日本のものから遠ざかってしまうのです。毎日聞いているであろう言葉であっても、聞き取れないので、繰り返しが出来ないのです。この克服にはかなり意思の力が必要となります。勿論、時間が経てば、それほどの問題ではなくなるのですが。そこは頭でどうにか出来るものではなく、「聞き取れた!」という瞬間を待つしかないのです。

漢字がネックになる人もいます。

学校では、漢字の導入をするときに、象形文字から入れ、その形の説明などもしているのですが、これは形式的なものに過ぎないでしょう。漢字に対する知識がゼロの人にそれを説いたところで、すぐに理解出来るはずもなく、一応しておくだけのこと。時々それで判る人も出現しますから。

人というのは不思議なもので、言い続けていると、ある日、急にストンと「肚に落ちる」日が来るのです。「N5」の漢字が終わり、「N4」の漢字導入をする際にも、これはしておきます。「N5」で、「木」とか「ウ冠」「口」「日」「言」などの漢字が入っていますから、ここで、一応、正式に「部首」をいくつか言っておきます。それを「N4」の終わりでもやっておくと、「N3」からの漢字の導入が随分楽になります。

「N5」の段階では、カタカナで入れていくしかありませんし、それ以外は、「サッと」とか「スウッと」とか、「ちょん、ちょん、ちょん、ちょん」などの擬声語を利用するくらいのもの。

最初は、「ごんべん」、その後は「売る」という漢字さえ覚えていれば、「読む」などすぐに出てきますもの。覚えられるかどうかは、練習次第。これは個人作業です。やっている人は、週一の漢字テストでそれなりに合格出来ますし、そうでなければ、再度挑戦ということになります。テストで合格出来ていても、ササッと持ち前の器用さを利用してその日覚えただけであれば、その日のみの漢字になります。明日には消えてしまうでしょう。それは、文章を読んだときに、自分でもわかることです。

それぞれの、学ぶ上での問題はあるようですけれども、今の学生はよく勉強してくれます。来日前、「『日本の日本語学校なんて、眠っていればいい』と聞いていた」という学生も、「ここは眠れない。この学校に来てよかった」と言ってくれますし。

これからは、オープンキャンパスですね。友だちが行っているところに行ってみたいと言いに来た人が二人、専門から(学校が)行ってみるように勧めた専門学校へ行ってみると言った学生が一人。行動を始めるのは速いほうがいいのかもしれません。勿論、学費なども関係しているとは思いますが、まず、行って見てみることが一番大切です。そして、そこにいる学生の話を聞くこと。これも忘れないようにね。

日々是好日
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『試験はどうでしたか」。反応は分かれましたが、おそらく結果は逆でしょうね。

2019-07-09 08:38:25 | 日本語学校

曇り。

昨日も曇り…でした。けれども、おそらく、また、雨が降るであろうと思っていたのに、昼から、わずかとは言え、陽が射していました。陽が射すと、さすがに急に気温が上がり、朝とは別な感覚になっていきます。

今日も、早朝は、曇りながら今にも雨になりそうな空模様であったのに、今、お天道様が顔を覗かせています。こういう「梅雨季」、お日様の光を感じられるだけでも、どこかしら、ホッとします。やはり、地球上の生物は、太陽抜きにしては語れません。

さて、学校です。

「昨日はどうでしたか(日曜日の『日本語能力試験』)」

学生の方でも、聞かれるであろうと思っていたでしょうね。もちろん、心の準備が出来ていない人もいるにはいましたが。

3回の「N2」模擬テストで、それなりの点が取れていた人に限って言えば、「だめでした」。甚だしきは、話しているうちに「もう一年、この学校にいたいです。だめですか」。勿論、だめです。

それが、あまり点(3回の「N3」模擬試験で)の取れていなかった学生、なぜか朗らかに、「二つあった」「三つあった」と言い、「きっと、大丈夫です」と答える。

そうか、出来る学生は、出来なかったところがわかるだけに、それが気になって、「だめだった」と肩を落とし、そうではない学生は、答えが一つでもあったら、大喜びで、それしか頭にない故に「出来た」と言う。

これは古来から、変わりませんね。

おそらく、よく勉強していた学生は、対策期間が終了した日に、「九月から『N1』の漢字と文法が始まりますね。3ヶ月で大丈夫ですか」と聞きに来たことと関係があるのでしょう。

中国・韓国の学生ならいざ知らず、ベトナムの学生が、日本語学校在籍中に、『N1』試験を受けられるまでになることはかなり難しいこと。普通は、12月で「N2」受験です。勿論、母国で「N3」くらいになっていれば別ですが、普通、留学生は「N5」の試験に合格してから留学します。

来日してからは、「ひらがな・カタカナ」の文字のチェックと同時に、『みんなの日本語Ⅰ』から始めますから、最初の頃はまどろっこしかったかもしれません。が、学習内容が、「N3」から「N2」に至った頃から、様子(軽く見ていた日本語)が違うことに気がついたようです。

「知らない単語がたくさんある…」「意味が判らない文章がある…」

多分、『日本留学試験』の「『総合問題』対策」で、「経済」やら「歴史」やらを読んだり、説明を受けたりしているうちに、現時点における実力のほどが、ある程度わかったのでしょう。大したものではない…。

それまでは、他の学生に比べて「出来る」と思っていたのに、それはあくまで主観的な評価で、客観的には、「ここも出来ていなかった」「あそこも知らなかった」ということが自覚出来たのでしょう。

これはとても大切なことで、特にこの学校のように「非漢字圏」の学生が多いところにいる中国人学生は、この落とし穴に嵌まりやすいのです。

大卒者などはいいのですが、高校を出たばかりで日本に来た者は、「非漢字圏」の学生達が、漢字に必死になっているのを見て、「自分はできる」と思い込んでしまうのです。大人から見れば、笑い話にすぎないのですが、彼等にしてみれば、優越感を味わえる数少ないチャンスであって、公然と「いい気」になれること。もっとも、その分、自分が不足しているところを勉強するかというと、それはしないのです。慢心のなせる故か、それとも、もともとそういう習慣が母国で培われていなかったからか。

若いうちは、ヒアリング力でも、ある程度「非漢字圏」の人達に遜色ありませんから、よけいそうなるのでしょう。文章を読ませると、漢字が読めないにもかかわらず、決まって「でも、意味は判る」と言います。意味がわかるのは当然のことであり、わからなかったら問題ということが、よくわからない。では、自分ができないところ、漢字の読みを覚えるように努力すればいいものを、それはしない。そして、いつも同じ言葉を繰り返す。

「大学を受けるなら、相手は『非漢字圏』の学生ではなくて、中国人だから、彼我の長短は同じだよ」と、いくら口を酸っぱくして言ってやっても、…やりませんね。地道なことが苦手な人が昨今の中国人学生には多いようです。人はいいのですが…。

何事であれ、己の至らざるところに気づくのは難しい。気づいた後、実際にそれを改めることは輪をかけて難しい。地道にコツコツと勉強していくことも難しい。それが中国で培われていなければ、日本に来て急に様変わりするかというと、損なことはありません。そう思う方が間違っている。

この、今回、「N2」を受けたベトナムの学生は、既に己の至らざるところに気づいています。それだけでも、高卒の学生にしては得がたきこと。ただ、マイナス思考が強く、完璧でなければ、参ってしまうようですね。これからは、「テキトー」を覚えていかなければならないでしょう。そうでなければ、ストレスに弱いままで終わってしまいます。

何事をやるにせよ、ストレスに弱いと続きません。…と言いかけて、彼の、隣の学生を見てしまうと、これが困った。何があっても、あっけらかんとしている。プレッシャーやストレスに強すぎても問題だ…という気になって、何も言えなくなってしまうから面白い。

本当に「足して二で割ったほうがいい」ような人が隣同士でいる。仲がいいのも、互いにそれがよくわかっているからなのでしょう。根の部分では共通した聡明さがあるということも条件でしょうけれども。

まあ、9月の発表までは宙ぶらりんですね。しばらくは、胃が痛そうな顔を見続けていなければならなそうです。

日々是好日


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昨晩は、『七夕』さまだったのに、あいにくの天気でした。でも、二人に、皆の願いは通じていることでしょう。

2019-07-08 08:14:43 | 日本語学校

曇り。

昨日もずっと雨が降り続いていました。その雨も、今日は、一旦、止めてやろうかな…くらいのものでしょうか。

「梅雨寒」の天気が続いています。7月というのに、最高気温が22度とは…。それに、梅雨ってこんなに雨の日が続いていたっけ…。もう少し、お日様の顔が拝めたような気がするのですが…。それに…。

数えていけば、いくつもいくつも浮かんでくるような…そんな例年とは違う…ような気がする、今年の「梅雨季」です。

ところで、先週の木曜日にした「七夕」様。せっかくきれいに飾り付けていたのに、昨日の夜は雨で、残念なことでした。笹も飾りも願い事もすっかり濡れそぼっていました。

とはいえ、中には、きれいに折りあげた「織り姫」や「彦星」を、そのまま置いていくのは忍びない…という学生もいたようで、「持って帰って、部屋に飾る…」。

…「そんなら、八月七日に、願い事も書いて、飾ったら。旧暦ではその日がちょうど『七夕』様のようだから…」。

さて、学校です。

年中行事ですね、こうなると。昨日は、例によって、七月第一日曜日、「日本語能力試験」の日でした。

今年の試験場は、「N3」の学生は「明海大学」で、ここは自転車でも行けるところ。きっと何人かは自転車で行ったことでしょうね。勿論、道を知らない者が、試験当日に、初めて行くのは冒険と言ってもよく、避けた方がいいのですが、どうですかね。行ったかもしれませんね。

寮の学生は、一緒に行ったでしょうから、心配はしていないのですが、自分たちで(部屋を)借りている学生は、ちょっと心配ですね。今日来たら、聞いてみましょう。

それから「N2」の学生の試験場は「千葉大学」。中国人はまず心配はないとして、ネパールの二人は寮暮らしで、一緒に行くでしょうから、大丈夫。ベトナムの一人は、慎重な方ですから冒険はしないでしょう。もしかしたら、三人で行くかもしれません。…でも、ちょっとタイプが違うかな。

教室にいる時には、皆、仲良く出来るのですが、特にベトナムの学生には、どこか自国の者だけで群れる癖が強いような気がします。開放的な方ではない…。

日本人にもその気は確かにあるのですが、日本人の場合、「来る者は拒まず(…というより、他国の人に自分から近づくのは怖いのでしょう。来てくれるなら、大丈夫といったところあり)」の感じなのですが、ベトナムの学生は、一般に、排他的な傾向が強いようです。「他国の人と一緒」というのは、ちょっと怖い…という感じではなく、「入れない」という感じ。

自国の者同士は強固に助け合うようなのですが、他国者はあまり受け付けられず、「同じクラスの友だちだから」と近づいていった他国の学生が(心を)傷つけられるということが、たまにあるようです。

これが、互いに集団だと逃げ場があって傷も浅くて済むのですが、この学校では、学んでいる者の国籍が様々なので、時折、同国人がいないということもあって、その時が大変です。普段は、課外での活動においても、教室においても、教師が目を光らせているので、問題はないのですが、教師がいない場所での付き合いにおいて…となりますと、少々困ってしまいます。

訴えに来られた時には、慰めるしかありません。これも、お国柄というか、個性の一つなのかもしれませんし。

その点、昨年も、今年も、スリランカの学生は開放的で助かりました。独りぼっちだなと思えた時には、スリランカの何人かに頼んでおけば、ディズニー・シーやランドに行った時にも、富士山や日光に行った時にも、すぐに呼んでくれ、一緒に行動してくれていました。

ところが、今、スリランカ、ネパール、バングラデシュからは来られないのですよね。それで、スリランカの学生は、今、三人だけ、しかも昨年の四月に来た三人だけというわけで、いつもと反対に、彼等を他の学生に頼まねばならないのです。二人の男子は、ちょっとタイプが違いすぎる…もちろん、二人いますから、最後のところでは大丈夫でしょう。女子の方は、ネパールや中国の女子が声をかけてくれますし、明るいタイプの学生なので、問題はないのですが、男子は、どうかな。同じクラスの男子はベトナム人なので、ちょっと一緒の行動は難しい。

八月一日に皆で「日光」に行くのですが、その時のことを今から、ちょっと…心配しています。

日々是好日
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「今日は何曜日?明日は?次は?試験で~す」。嫌なヤツだなあ。自分で言っていてもそう感じます。

2019-07-05 08:30:52 | 日本語学校

曇り。

時折、陽が差し込んできます。夜まで雨が降りそうに…ない…かな。

さて、今日は金曜日で、明日は土曜日、そして、すぐに試験の日曜日になります…。

今週の水曜日。四時限目が終わり、下りてきた「Aクラス」の学生に、「今日は何曜日?」と問いかけてやると、?????。そりゃあ、戸惑ってしまったことでしょう。『初級』ならいざ知らず、二年生に(向かって)、それはないだろう…。

とはいえ、戸惑いながらも、「…火曜日」。「明日は何曜日?」。すると、もう、俄然、元気になって、「水曜日で~す」。「明後日は何曜日?」「木曜日で~す」。学生は、にこにこ顔です。「次は?」「金曜日で~す。へへへへへ」。「次は?」「土曜日で~す」。「次は?」こうなると、聡い学生は、敵の意図を察知して、逃げ腰になってきます。が、そこは逃さじとばかりに「テストで~す」とやってやりました。「は~い。知ってま~す」と大急ぎでくるりと背を向け、逃げていきます。

皆が一斉にばっと下りてくると、これはできません。けれども、パラパラと下りてきますから、前の学生の災難を知りません。一様に引っかかり、最後の学生、「もう、いいで~す」と帰っていきました。

翌日、もう、この手には引っかかりませんね。「今日は何曜日?」「は~い。知ってま~す。日曜日はテストで~す」。如何にもしてやったりとばかりに言い、余裕綽々で帰っていきます。

もうすぐ、「日本語能力試験」なんだけれどもなあ。どうして、こんなに明るいのかなあ?

尤も、一人だけ、試験が近づくにつれて、ドンドン暗い表情になって来た学生がいます。彼は「N2」を受ける予定で、多分合格圏内には、いると思うのですが、「疲れました。何だか調子が悪い…」が、ここ、数週間続いています。

彼と仲がいい同じベトナムの学生、毎日学校に来るのはいいけれども、文法は覚えていない。漢字テストでは、そこそこ点は取れ、合格はするけれども、それで文章が読めるかというと、お粗末な限り。で、読めない…。でも、明るい。試験のことなど、頭の端っこ、隅っこにも、ない。おそらく、引っかかっていないのだろうなあ。でも、明るい。

彼を引き留めては、どうしようかなあ…としみじみ見ていると、そっちの魂胆など知れているぜとばかりに、愛想笑いをしながら、ズリズリと後退りしていく…。逃げ支度です。

映画が大好きと言うし、暇があれば、ずっとスマホで映画を見ているくらいだと言うし、それなら、その関係の専門学校を目指してもいいのではないかとも思うのですが、本人は趣味と仕事は別と割り切っているらしく、仕事が探しやすい専門学校を考えているようです。

そのためには、この7月に「N3」には合格しておいた方がいい…ということ(計画は立てているのでしょうね)で、学校は休まない。けれども、少しでも手綱を緩めると、どこに行ってしまうかわからない。風に吹かれて飛んでいく奴凧みたいな学生です。

それが、この、眉間にしわを寄せて、「大変です。疲れました」と常に呟いているような学生と仲がいい。

多分、互いに、プラスとマイナス、マイナスとプラスの部分がうまく噛み合っていて、一緒にいると楽なのでしょうね。それに、フラフラしているとは言いながらも、これ以上はだめだと言う境界はわかっていて、そこは越えない。そういう聡明さはあるのです。

とはいえ、もう少し地道に頑張ってくれないかなあ。

そういえば、まだ「対策期間」だというのに、「次の旅行はいつですか」と聞きに来た学生がいました。「その前に、(試験が)あるでしょ」。「でも、教えて」。…8月1日、日光です。

楽しみにしてくれるだけでもいいかと、一応は思ったのですが、他の学生はそれどころではないのにね。

まあ、昨日は「七夕」で、「願い事」を書き、「七夕飾り」も作ったりしましたから、気が緩んだのかも知れません。器用な学生が多く、しかも「これも作りたい」「あれも作りたい」と積極的に参加してくれていたようでしたから、もう「試験後」に気分は飛んでいるのかも知れません。

日々是好日
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課外活動、「たなばた」。

2019-07-04 08:21:57 | 日本語学校
雨。

まだ、「本降り」とは、なっていません。今朝の天気予報も、局によってかなり違い、はて?どれに基づいて行動したらよいかしらと悩んでしまいました。

今朝、起きた時も、おそらく土砂降りとまでは行かずとも、かなり降っているだろうなと想像していたのに、降ってはいませんでした。テレビをつけても、どうもはっきりしない。こうなると一点予報しかないのですが、それとても、馬の背を分けることすらある雨のこと、どこまで信じたらいいのやら。

勿論、(今日も)雨は降るでしょうが、その「どれくらい」が問題になります。…と、言いましても大したことではない。自転車で行くことが出来るかどうかということに過ぎないのですが。

ともかく、少し降り出したところで、自転車でやってきました。自転車に傘の人もいることはいましたが、まあ、そんな危ないことはできないので、傘なしで突っ走ってきました。

今日、「七夕」をやる予定ですのにね。ちょっと学生達がかわいそうかな。外での「はい、パチリ」はできません。室内でやることになるでしょう。

今は、学生数が少ないので、例年のように午前と午後に分かれてやることはできません。あまり数が少ないと、面白くないのです。ワイワイガヤガヤをある程度できる…というのが、こういう活動の面白いところ。それが、シーンとしてしまっては、楽しくない。

ということで、午後の学生に、10時45分までに来てもらい、一緒に「七夕」をすることに。

「全体説明」が終わった後、三階と一階に分かれて、作業です。願い事を書いたり、「七夕」の飾り付けなどを作るのですが、二年生と一年生とが一緒にやりますので、…どうかな。二年生なりの「偉さ(強み)」を見せることができるかな。

日本語の、語学の面では一日の長があっても、紙を折ったりする「器用さ」やら、「聞き取る・見て取る」力やら、後片付けなどの「整理力」やら、また、判らない人に教えてやれる「親切さ」や「教える力」など、これらは、ちょっと「語学」とは違いますからね。

話を聞かずに、騒いだり(最近はこういう学生は、まず、いません)、面倒だなと小馬鹿にしてメールを見たり(こういう学生もいません)する人は、日本の生活は、ちょっと難しいでしょうね、一事が万事と申しますし。

午前の学生は「七夕」の飾りつけが終わり、写真を撮ってから放課となりますが、午後の学生には、まだ授業が残っています。そのまま、学校で、昼食をとってから、5,6時限を受けねばなりません。真面目な彼等は4時45分まであると思っていたらしく、半分で放課と言うと、嬉しそうな、こちらを感謝するような顔をしていました。何だか、いいことをしてやったような気分。本来なら、どうして、朝、来なければならないのかと不満を言われるようなところでしょうに。

試験対策期間のことではありますが、ちょっと息抜きで、楽しんでくれ、また願い事が叶うように祈ってくれさえすれば、それで、まずは成功。

二年生達には、日本人の宗教観なども話すことがあるのですが、一神教で頑なになっている人には、これは「文化である」と、さりげなく流れていく日本での生活の「メリハリをつける」文化の一つであると、そういうとらえ方をするように指導しています。

まあ、そういう頑なな人であっても、日本で日本語を一年間も学んでいますと、どこかしら柔らかくなってきます。そして、日本人のように、ごく自然に、「自然」を見、対応出来るようになっているような気がするのです。

災害の多い国ですが、それだけに自然は優しく、豊かで、多くの恵みを住人に与えてくれます。そこでの「お話、お話」で、でも、願い事だけはしっかりして、今日の日を終えられたらと思います。

日々是好日

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「10年後の自分とは」。

2019-07-02 08:27:26 | 日本語学校

小雨。

九州南部では「豪雨」が続いています。「線状降水帯」という言葉を覚えたのは、もう何年前になるかしらん。「気象用語」というのは、実際に災害が起こりそうな時、また発生してから、幾度となく使われることによって、一般大衆の耳にも馴染んでいくもの。こういう言葉を覚えずに済むなら、それに越したことはないのですが。如何せん、日本では嫌と言うほど、災害が起こります。

「深層崩壊」「海底地滑り」など、覚えたくもない言葉が、いつの間にか、しっかりと耳に残り、惨状とともに目に焼き付いています。

そういえば、「液状化現象」なんてのも、子供のときには聞いたことがなかったような気がしますが、今では小学生でも知っています。これは怖いことですね。日本は、つくづく災害の多い国だと思います。それなのに、こんなにも住人が多い。もしかしたら「苛政は虎よりも猛なり」だからかしらん。だから、人は日本に居つくのかしらん。

勿論、この国にも、不満はあります。「もう少し、こうなったらいいな」とか、「どうしてこうなんだろう喪」とか、小さいものから数え上げれば、キリがないほど。ただ、どの主義者・主張者が政権を握ったとて、それほど大きな変革はできないのではないか、そんな気もします。これも、この学校に来ている国々のことを少し知っているからかもしれません。

普通、多くの日本人は、北欧諸国や先進国と比較する目しか持っていません。しかしながら、我々は、将来この国で働きたい、知識・技術を身につけたいと来日している人達といつも一緒にいるのです。彼等の国を通して、日本を見ることも多いのです。

どの国で生きていても、人々が欲するものは、やはり「希望」でしょう。日本人だって、そう。日本人には、まだ体力があります。けれども、これが、10年後、20年後にもあるかと言えば、それはわかりません。もしかしたら、もうギリギリなのかもしれませんし。

今は苦しくとも、多少の苦しさは、皆、我慢出来るのです、まだ。夢を語ってさえくれれば、そしてそれが実現可能な未来だと、わずかなりとも、信じることができれば。

為政者に必要なのは、「これを乗り切れさえすれば、どうにかなる。特別明るいものではないかもしれないが、この国に生まれてよかったと、やや安心出来るような未来が来る」。そう、人に信じさせるような力なのでしょう。

今はカメラの性能もよくなり、語る人にその信念がなければ、すぐに人は、「コイツは紛いモンだ」と思うでしょう。バレバレになってしまうのです。

政治家に俳優並みの演技力があれば別ですが、それはそれで怖いこと。もっとも、人は政治家に、そんなことを要求してなどいません。その人が、熟考を重ねた末、こうすれば、この国の人は幸せになれるということを見つけ、その人もそれを信じることができ、その実現のために政治家を志す。これが、当たり前のルートでしょう。なってから考えてもらっちゃ困りますね。国民の税金で学費を払ってもらうなんてのは、贅沢です

それから、その信じる道へ人々を誘っていけるだけの力があるかどうかなのでしょうねえ。

とはいえ、まずは「夢を語るだけの力」がありませんと、どうにもなりません。

そして、これの、ずっとスケールを小さくしたものが、教師にも求められています。次の進学先のことではなく、10年後の彼等の姿を思い描けるように、引っ張っていくということです。

来日直後は、彼等の日本語力もお粗末なものですし、日本のことも何もわかっていません。ただオロオロし、先輩にバイト先を紹介してもらい、学校とバイトとの二つの点を行き来するだけ。今日のことしか考えられません。

実は昨日、「Bクラス」の学生達に、「日本へ来て、(国で)聞いていた日本と違うなと思ったことはあるか」と聞いてみたのです。

すると、一番先に「ある、ある。たくさんある」と答えたくせに、ベトナムの学生、具体的には何も答えられません。すると、それを見ていたスリランカの学生が「電車が遅れることがあった」と言ったのでびっくり。

「どの国の電車でも遅れることはあるでしょう」と聞き返すと、「国にいた時、日本に留学したことのある人が、『日本の電車は絶対に遅れない』と言っていたから、遅れた時はびっくりした。この前も、人身事故で遅れて、慌てて店長に電話したら、スマホに事故のことが出ていたから、わかっていると言われて、ホッとした」

「(日本の電車は)絶対に遅れない」と思っていたから、遅れて驚いたのです。これがいつも遅れると聞いていたら、驚きはしなかったでしょうね。最初から高いレベルを意識していると、要求はドンドン高くなっていきますから、少しくらい高くなっても、何とも感じなくなってしまうでしょう。思わず、自らの襟を正してしまいました。

次に、ネパールの女子が、「先輩が、日本語学校はずっと眠っていてもいいと言っていたのに、(ここでは)寝られない」。これには驚いて「いったい誰が」。すると、大慌てで、「別の日本語学校に行っている人。この学校じゃない」。…、そうか、そう思って日本に来たのね。外れて大変でしたね。

「じゃ、その学校に行ったら、よかったのに」「違う、違う。ここの学校がいい」。すると、スリランカの学生が「先生が優しいから」「へーえ。本当に優しいと思っている?」「…優しくない時もあるけれども、それは私が悪いから…」。ふん、ふん、よくわかっているな。

彼等には、折々に、「明日を考えずに、10年後どうしていたいか」を考えるように言っています。

国ではそれほど勉強した覚えのない人も少なくありませんし、目先のテストのことしか考えられなかったり、専門学校のことしか知らない(知人が専門学校にいていて、その情報しか知らずに来日した)人もいます。親しい人が専門学校に進み、日本で、それなりの給料をもらい、それなりの暮らしをしていれば、それが一番いいと思ってしまうのも仕方のないことかもしれません。

しかしながら、多少なりとも、それでは満足出来なそうな人や、はっきりと大学進学を目指して来た人には、「10年後」のことを考えるように言っています。急に、描くことなど出来ませんから、ボチボチとですね。それを聞いているうちに、考え始めたり、人に聞き始めたりする人も出てくることでしょうから。

ただ、いくら言っても、本人がそこに安住したいと思っていれば、それはよけいなことになってしまいます。しかしながら、とは言いましても、面白いことに、それを、近くで聞いていた人の方が、いつの間にか(それについて)考えるようになり、大学進学を目指すようになったりするようなこともありますから、皆に聞こえるように(わかってもわからなくても、聞く気があろうとなかろうと)話していくことは大切なことなのです。

日々是好日


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口幅ったいことを言わせてもらえば、「伝統」が消える…ということになるのかもしれません。

2019-07-01 08:24:27 | 日本語学校
曇り。

須臾、日が照ったのですが、あっという間に日は陰り、そして小雨がぱらつき…、今はどうなっているのかしらん。

予定が立てにくい毎日が続いています。いっそ、「今日は、雨」と決めつけてしまえばいいのでしょうけれども。それが、降りそうで降らないというお天気のまま、日が暮れてしまえば、自転車で出ればよかった…と、臍を噛んでしまう…ということにもなりかねない。

雨の日が続き、さすがの「アジサイ(紫陽花)」も色あせてきたかと見ていると、いつの間にか、「ムクゲ(木槿)」の花が満開になっています。

そういえば、同じようなものでありながら、「フヨウ(芙蓉)」と「ムクゲ」とは、全く印象が全く違います。「音」から来るのか、「漢字」から来るのか、わかりませんけれども。

「フヨウ(芙蓉)」の花といえば、美人・佳人を思うのに比べ、「ムクゲ」の花は、「道のへの馬」ですものね。誰もが、「ああ、芭蕉の、『馬にくはれけり』の、あれね」と言います。

まず、普通は目にすることもない馬を、サッと思い出せるというところが、天才のなせる力なのかもしれませんが、花にしてみれば、「甚だ迷惑」というところなのかもしれません。

さて、学校です。

今年の、四月生は、中国1名、ミャンマー1名以外は、皆、ベトナムから来た人達です。人数は9名。そして、七月生は、フィリピン1名、ベトナム1名 です。

これが本当に残念です。ネパール、スリランカ、バングラデシュの学生は、皆、許可が下りていません。今は、頼まれても、断るしかないのです。落ちてもいいから、出したいと言う人だけ、申請しているようですが。それでも、落ちれば、辛い。向こうも辛いでしょうが、面接をして選んだのは私たち。私たちも辛い。

ネパールの学生にしても、最初の年(2016年の終わりごろ)は、こちらも向こうの事情がよく掴めておらず、会ってくれと言われた人とだけ会い、彼等が連れてきた学生と面接しただけでしたが、それでも、半数ほどもご遠慮願いました。

もちろん、日本人同士であっても人を選ぶのは難しい。況して、言葉が通じないのですから、「見る」しかないのです。一番は、自分が指導出来るかどうかという観点からですが。未習のことであっても、こちらが説明した後、どういう態度で学ぼうとしているかとか、考えながら答えを探そうとしているかとか、そこは相手を見てから、面接のやり方を変える場合もあるのですが。

向こうの日本語教育にも難があったようで、信頼出来ると思われた学校には、こちらから資料を送ったり、学生が書いた「ひらがな」を、ファクスで送ってもらい、指導したりしました。もちろん、最初の面接の時には、役立ちません。最初の学生が来てから初めて、いろいろな問題が見えてきたのです。

で、二度目の時には、面接の仕方を変えたりしました。三度目の時にはもう、向こう側がこちらのやり方を呑み込んで、それなりの学生を連れてきてくれたので、私たちもそれほど言いにくいことを言わずに済みました。それが今の二年生(昨年の四月生)です。昨年は7月に一人通っただけで、ネパールの学生は、この二年生が卒業すれば、途絶えるということになります。

この「途絶える」というのが、学校側からすれば、本当に困ることなのです。

ベトナムの学生が初めて来たころには、ベトナム語で通訳してくれる人もいないし、学校の状況、また私たちの考えなどを説明してくれる人もいませんから、どこかチグハグな関係になってしまい、問題が山積してきて、こちらも疲れ果て、「もう、ベトナムはいいか」と言う気分になってしまいました。

それから、「休まないし、よく勉強する」という学生達が来るようになって、持ち直し、今では新入生が来ると、すぐに先輩たちが、迎えに行き、ハンコ作りやら、アルバイトの紹介やらをしてくれるようになっています。それに何よりありがたいのは、進学や生活の指導の時、手伝ってくれることです。

日本語がそれほど出来ぬし、不真面目な人に手伝ってもらえば、通訳とは名ばかりで、適当に言って終わりでしょう。だから、きちんと勉強している人に手伝ってもらわなければなりません・

一年生にしても、大学を目指せる(現在、今年の四月生はもうすぐ『みんなの日本語Ⅰ・Ⅱ』が終了します。この時点で、7月から、成績や日ごろの態度などを加味し、英語が必要になりそうな学生には、週に一度、午後残ることを勧めるべく、二年生に手伝ってもらったのですが、その時、私が語ったのが、2程度であったら、彼が話してくれたのは10かそれ以上。自分の経験やらも含めて話してくれたようです。

この伝統」がネパールもスリランカもバングラデシュもこの二年生で切れるということになります。あと、2,3年して、来られるようになったとしても、もう彼等の同国人の先輩はいませんから、彼等の国の事情を呑み込んだ上で、説明してくれるような人はいなくなります。大げさに言えば、これも「伝統」です。「伝統」が切れると言うことは、中にいる者にしかわかりません。

これは、政府の仕事であろうと、民間の会社の仕事であろうと同じこと。信頼関係を築き、「伝統」を創っていくために、日々、努力しているのですから。

日々是好日
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