日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

2回目の「模擬試験」を実施しました。結果は…。

2019-06-28 08:40:42 | 日本語学校

曇り。

台風が来つつあるとのことですが、早朝の雨もすっかり止み、このままの状態が続いていくかな…とも思われるのですが、夕方にはまた降り出すとのこと。

台風の影響なのか、それによって前線が活発化され、雨が降っていたのか、まったくよくわかりません。「台風」の進路ばかりを気にしていても、どうにもならないと言うことなのでしょう、きっと。ああ、複雑です。

昔の人は、森羅万象から、知恵を授けられ、冷静に観察することによって、私たちが思いも寄らぬような判断が下せていた…。それを思うと、科学が発達すればするほど、ヒトは、己の退化を身に沁みて感じなければならなくなる…。

さて、学校です。

昨日、「N3」と「N2」の「模擬試験」を実施しました。2回目です。確かに少しずつ伸びている…ように見える人達にとっては、この「対策期間」が無駄ではなかったということなのでしょう。とはいえ、安全圏内とは、まだまだ言えません。

もっとも、「Bクラス」は、まだ受験対策を行えるようなレベルではないので、平常通りの授業プラス、文法と漢字の復習を少々取り入れている…くらいなので、それで結果を出せと言うのは、ちょっとかわいそうかな。

あまりに成績が悪いと、辛くなって学校に来たくなくなるかもしれません。それは困る。成績はともかく、皆、きちんと、毎日、学校に来て、授業に参加してくれるので、それが強みのクラスなのです。

それぞれ、クラスによってタイプは違うのですが、このクラスは、ヒアリングに難ありの人が多めで、それゆえ、本を見てどうこう説明しても、あまり役には立ちません。右の耳から左の耳へとなりやすく、その形では、ちとまずい。それで、教科書の文章を読みはするのですが、その説明から話し合いの材料になるもの、あるいは彼等から質問を受けたことなどを利用して、「互いに話し合う」という形の進め方に、今、やっと落ち着いて来たところ。

まずは「聞き取り」です。聞き取れないと、何を言っても、川の中に言葉を投げ込んでいるようなもの。激流か、チョロチョロ川かはわかりませんが、ともかく流れていくのは確か。どこかで、とどまってくれないかなと期待してもとどまってくれません。

こちらの表情を見ながら、だいたいで、「はい」「はい」と言ってはいても、聞き質していくと、全然違っていたなんてことも、ザラなのです。

まずは、言いたいことを言う。言いながら、ほかの人の意見なり、チャチャなりを受け止め、また発言する。これに参加出来る人を少しずつ増やしていき、できれば、早く本に戻す。…これは、即席のテスト用の勉強とは言えませんよね。けれども、少しずつでも、力はついていきます。もう少し、聞き取れるようになれば、文法の勉強をしている時でも、「ああ、これがあれだったのか」と思えることもあるでしょうし、次はこの言い方をしてみようと思うこともあるかも…しれません。まあ、それを期待しているのですが。

彼等、「気配りが出来て、腰も軽い。明るく、誰とでも仲良く出来る」。…でも、なかなか思うような点数がとれない…。みんな同じように授業に参加しているのですけれどもね。

確かに、漢字の覚えはそれほどよくはない。しかも、暗記も苦手ではある。とはいえ、授業の時に時間をかけて繰り返しやらせていくと、出来るようにはなるのです。家で少しでも勉強してくれると、この点は変わってくると思うのですけれどもねえ。

それが…できない。

これは、本当にかわいそうなのですけれども、家で学習する習慣が培われていないのです。本人は聞くと「した」とは言いますけれども。多分、私たちが「した」と言えるほどのことは「していない」のでしょう。本を読むという習慣もですけれども。「N3」くらいになって来ると、人によっては、かなりの時間、うちで勉強してこなければ追いつけなくなってきます。国ではそれくらいのやり方でどうにかなっていても、ここではどうにもならないのです…。

最初は、国と同じように、教室で机についているだけ(「初級」では、復習をかねて、宿題を出してあります。やったところだけですが。字をあまり書く習慣がない人にとっては、それだけでも大変。『Ⅱ』になると、ズルをする人もでてきます)…。でも、「初級」が終わると、宿題はでなくなる。予習や復習がそれに取って代わることになるのですが、予習復習をやったことがない人達には、…やれないですね。写すはいいけれども。せいぜい、今日勉強したところを見ておくようにというのが精一杯。でも、見ていないなあ。復習しなければ、「聞き取った」文を「書き取る」ことはできません。これが出来ると、復習をちゃんとしたなということがわかるのですけれども。

今は、「Aクラス」でも、「どこを出すか」の7割り方、先に言ってあります。すると勉強する人がいるのです。もっとも、その日の授業の直前にですけれども。

それでも、適当に日本語が聞き取れるようになって、しかも勘がついて、「N3」どころか、「N2」まで合格出来る人も出てきます。そういう人を見ていると、「漢字は書けなくてもいいんだなあ。適当に意味が判ればいいんだなあ」と思ってしまいます。

だって、コツコツ漢字を覚えて来た人の方が「N3」で苦労するということも、すくなくありませんから。

「勉強の時だけだよ。努力が報われるのは」というのが、本当になればいいのですけれども。

日々是好日

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「もうちょっと、頑張る」。「もうちょっと、自分を変える」。もうちょっと…これが難しい…。

2019-06-27 08:29:22 | 日本語学校

晴れ。

台風化した熱帯低気圧が近づいてくるとか、いや、もう台風になったとか、なかなか賑やかなことです。

今年の梅雨は、ジメジメムシムシは例年通りなのですが、雨とか風が極端化してしまったようで、どうも、それらに対する心の準備が遅れ気味になっています。いつもなら梅雨の終わりに集中豪雨に襲われて云々と来るのですが…。どうでしょうか、梅雨の終わりごろとはならないようですし…もしかしたら、これも思い込みなのかしら。

いずれにせよ、地球温暖化が進んだ結果なのでしょう。

さて、学校です。

無愛想で、なかなか表情が読み取れない(嬉しがっているのか、嫌だと思っているのか、わからないのです。それでも来た時に比べれば、随分増しになったとは思うのですが)という女子がいます。しかも、いわゆるお尻が重い。

他の人が言われたことをサッサッとやってのけるに対して、自分に言われているのに、「…へ。私がするの」という表情。この表情のまま、ぼうっとしているので、かたわらの同国の女子が、それと察して、手を出してやってやる。しかもそれがいつもと来ている。傍目には、それをいいことに、いつも一人だけ何もしていないと映る。印象が、とんでもなく悪くなってしまう。

先日、そのことについて、注文を出しました。まず、「言われたことは自分でする。ほかの人は手伝ってはいけない」と。他人にさせているのに、いつも同じ表情で、不機嫌そうに見えるのです。多分、アルバイト先でも日本人はこの人と、どう対していいのかわからないだろうなと思われるし、だんだんイライラしてくるのではないだろうかと不安になっても来るのです。

もちろん、外国人でも旅行者なら話は別です。嫌な人だなと思われても、すぐにいなくなる人だからと思えば済むことですし、まあ、商売ですから、多少のことは目を瞑るでしょう。その場凌ぎのことなのです。

ところが、彼等はお客さんではなく、生活者として存在しています。その上、アルバイトをせねばならぬ身の上です。互いに気持ちよく働きたいし、彼等にしてみれば、近場でストレスのない職場に行けた方がいい。

しかし、この様子では、同国人はともかく、他国の人は声もかけないでしょうね。この学校の教師のように、「それじゃ、だめだ。改めた方がいい」など、文句の一つもつけないでしょう。面倒なことですし、それよりも、ほかの人を雇った方がいいということになってしまいます。

もう、随分前から注意してきたのですが、本人は意に介さない…それが、困る。…おそらく、困ったことがないからなのでしょう。小さな輪っかの中にいれば、そこにいる親切な同国人の知り合いに助けてもらえば済みます。けれども、いつまでもそれが出来るかというと、無理なこと。いつかは自分でしなければならなくなる。なにせ、異国にいるのですから。

一つは、これまでこれで済んでいた。だから、それを大ごとだとは思っていない。それから、困った状況に陥っているのに、本人がそれと気づかない、別に鈍感だとは思えませんが、その部分における感性が鈍磨しているような気がするのです。

日本人は、皆、同じだと思っているので、私も(他人に)してもらったら、ありがとうと謝意を示しますし、向こうもしてもらった時には、同じように謝意を示してくれます。これには親疎の別はありません。親に対しても子に対しても、友に対しても親しくない人に対しても、そうするべきだと思います。「親しき仲にも礼儀あり」が広く解され、習慣になってきたのでしょう。また、そう出来なければ、まず、親の躾が悪い(大人であったら、礼儀知らず)ということになってしまいます。

だいたい、アルバイトに限らず、上の者に言われても平気な顔をして動かないと言うことはふてぶてしいとも見えますし、印象が頗るよくない。すぐに、動けるということは、とても大切なことで、特にアルバイトのように単純作業が多い仕事では、それ一つで評価されることもあるでしょう。

行徳のあたりでは、コンビニやストア、レストランなど求人も多いというのに、電車で行かねばならぬ工場での仕事からなかなか脱出できない。というのも、それが原因…。これまでは、おそらく、その方が、気分が楽だったのでしょう。単純作業ですから。ところが、もう一年近くも続けば、深夜の仕事はもう嫌だ…でも、今度はどうすればいい…。

自分から望んで、深夜のアルバイトをしていた時には、別に何とも思っていなかったでしょうが、他の仕事のことを考え出した時には、このままではにっちもさっちもいかないということに気づくでしょう…。いや、気づいて欲しいのですが。

こういう人の中には他者に責任を転嫁する人もいるのです。向こうが悪い…と。その時に、いつも私たちは、「あなたが悪い」と言います。「努力しないから悪い」と。

電車で行かねばならぬところは、往復に時間がかかりますし、戻ってきてから、ふろに入り、メールをし、ご飯を食べなどしていると、あっという間に時間が過ぎて(時間の使い方もまだ下手な人が多い。母国で暮らしていたように、タラタラと生活している人もいるのです)、わずかしか寝られぬまま、学校に行かなければならなくなってしまう。

日本語がある程度出来たら、自転車で10分もかからないようなところに、いくつもバイト先があるというのに。

こういう人を見ていると、こちらの方が焦ってイライラしてしまいます。もっと楽な暮らしが出来るのにと言いたくなってしまう。けれども、そういう(楽ではない)暮らしをしていても、「頑張れば…」という、「『自分』が頑張る」という様子が見られないのです。

こちらから見ると、「『頑張れば、○○ができる』。『頑張れば、給料がいい職場に行ける』。『頑張れば、日本語が使える職場に行ける』。『頑張れば、人に嫌われない』。」なのに。

でも、つまり、この、もう、ちょっと「頑張れば…」が出来ないのです。

外国に来て、「(生活費くらいは稼がなければならない状況にあったら)、そりゃあ、もっと頑張らなければならないでしょう」と、こちらは思うのですが。

まず、本人が、それと、自覚しなければどうにもならないのです。彼等のつもりでは、すでに、それなりに頑張っているのですから。

日々是好日
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「日本人のイスラム教徒はどのくらい(いるの)?」この近在には(外国人の)ムスリムの人が少なくないので、そう思うのでしょうね

2019-06-26 08:43:26 | 日本語学校

晴れ。

早朝、日が翳っていて、少々焦りました。今は晴れ間が戻っています。とはいえ、晴れるのは今日まで。明日からまた雨の日が続き、沖縄あたりの熱帯低気圧が台風に変わるかもしれません。10日予報では、明日からずっと雨傘のマークが続いていました。暑くて、湿度の高い日が続きそうです。

これまで、暑かったり寒かったり(涼しいを通り越していました)した日が続き、学生達は、「暑い」と言ったり、「寒い」と言ったり、大忙しでした。けれども、そうやって、だんだんこんなお天気に慣れて行き、不自由を感じなくなるのでしょう…かな?。

ここは、小さな学校ですが、よく卒業生達が、「妹を頼む」とか、「友だちが来たいと言っている」とか言って、親類縁者知人を連れてきてくれます。また、この学校で学んだことがあるという人に紹介されたと言って、地域の方がみえることもあります。
 
つくづく、この地は外国人が多いのだなあと思います。

東西線で、日本橋まで25分ほど。勤めるにも便利だし、都内に比べれば、物価も家賃も安いときている。それに、いろいろな国のコミュニティーがあるようで、それが家族連れで来日している人にとってはこの地を選ぶ理由の一つなのかもしれません。

先日、在日の方が、「引っ越さなければならなくなった。残念だが、学校をやめなければならない」と言いに来ました。彼女は聡明なだけでなく、クラスの誰とも仲良く出来、私たちにしても別れるに忍びなかったのですが、ご主人の仕事の都合とやらでどうしても引っ越さねばならなくなったのです。

引っ越し先を選ぶとき、まず考えたのが、同国人のコミュニティーがあるかどうかだったと言います。その地が、ご主人の職場からも遠いので、なぜかと聞くと、コミュニティーがあるから…と答えてくれたので、わかりました。もちろん、職場のある地が、交通が不便だと言うこともあったのでしょう。が、だからといって交通の便は数段上だけれども、コミュニティーがない地を選ぶとはならないようです。

私もここに来たばかりのころは気がつかなかったのですが、行徳にはモスクもいくつかあるようで(マンションの一室だったりするのかしら、外から見てもわかりません)、お祭りの時やラマダンが終わった時など、人で一杯になるので、それと知れるくらいのものなのですが。こんなにイスラム教徒がいるのかと驚いてしまいました。ほとんどは外国人ですが。

前に、教室で、宗教を扱ったことがありました。そのクラスには、仏教、イスラム教、ヒンズー教、キリスト教を信じている人がいました。もちろん、微妙な問題が絡むだけに、少々仲が軋んだりもしたのですが、イスラム教徒の一人から、「日本人で、イスラム教を信じている人はどれくらい?」と聞かれて、ちょっと困りました。「知人にはいないなあ。多分、とても少ないと思う」と一応答え、「ヒンズー教はもちろんのことだけれども、キリスト教徒もそんなに多くはないと思う」と言ったのですが(後で調べたら、キリスト教徒は1%以上いるようでした。これは少ないと言ってもいいのかしら、それとも思ったよりも多いと言った方がいいのかしら)。

ただ、あのモスクの賑やかさをしれば、(イスラム教徒は)少ないとは思えなかったでしょうね。もっとも、ほとんどは一見して異国の人とわかりましたから、近所の日本人の中には、こういうとき、ちょっとおっかなびっくりになってしまったかもしれません。

日本人は、仏教も「異国の神」として受け入れ、多くの人は、「神は多ければ多いほど、御利益がある」くらいに感じているので、その信徒が、唯我独尊にならない限りは、そのまま日本に滞在しても構わないと思っています。石や川、山や海も神になるくらいなのですから。それにだいたいが、「死んで仏(ほとけ)になる」というように、死んだら、もう人間界の存在ではなくなるのです。つまり自然の一部、神の眷属になる…と言ってもいいのかしら(そこはよくわかりませんが)。

そういう考え方は、多分、理性では扱えないものとしか言いようがありません。地震、津波、火山の噴火、台風といった天災の、何でもござれの国では、理性で考えたら、どうしても受け入れられない「人の死」というものが、日常茶飯事に存在しています。何にでも向かって祈りたくなる、そういう気持ちが、こういう諸々の神々を生んだのかも知れません。

そして、それに多くの人は何の不満も感じていないのです。

それが、一柱の神だけを信じるという人達から見れば、わけのわからない国の人達となるのかもしれませんが、しかしながら、だからこそ、様々な神を受け入れてこられたのでしょう。

ただ、その人達が自分を主張し始めると、摩擦が生じるかもしれません。この地で暮らそうと言うのならば、やはりこの風土で生まれ、育ち、生きてきた人達の知恵を学ぶべきだと思います。もちろん、神は個人の心の問題ですから、他者の口出し出来ることではありませんが、なんと言っても、それには、原因があり、そして結果(現状)があるわけですから。

日々是好日
 
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「ちょっと疲れた『波』」、「話したい『波』」、「やる気十分『波』」、「眠たい『波』」…いろいろな波が学生達を襲います。でも、頑張ろう。

2019-06-25 08:19:28 | 日本語学校

曇り。

涼しい風が吹いています。過ごしやすい一日になることを期待しているのですが、「梅雨」季に入っていれば、ムシムシからは逃れられないことでしょう。…この涼しさも、今だけかしら。

さて、学校です。

「Aクラス」の学生達は、受験期らしくなっているけれども、「Bクラス」の方は、やや疲れ気味のようです。あと二回模試があるのですが、耐えられるかしらん。会話の時間になると途端に元気になるのですけれども。そちらの方で知識や会話力を広げていった方がいいのでしょうね、このクラスでは。この、「対策期間」が終われば、教科書によるものだけでなく、彼等の関心を引きそうなものを、少しずつ引いてきてやっていくつもりなのですが、いかんせん、最低レベルの「N3」に合格出来ていなければ、何もできないのです。

会話をしていこうとしても、単語が足りない、気持ちを表していく文型も足りない、ないないづくしでは何も出来ない…。

とはいえ、あと二週間、この形でいくより仕方がありません。試験は待ってくれないのですから。

「『N3文法』は、だいたい覚えた。しかしまだ実践向きではない」というところなので、毎日の文法テストは欠かせませんし、「読解」も、「問題集」をするよりは、日々の教科書を進めた方がよさそうなレベルなので、そちらから攻めていくだけです。「N3漢字」は復習に入っているようですし、頑張っている人もいますから、万事、それに期待するしかありません。

もちろん、こんなことを言っていますけれども、今年の二年生は、例年になく、真面目で、欠席もほとんどなく、よく勉強してくれます。日本語がすぐに上達するかどうかというのはさておき、真面目なのが一番なのです。

まず、何はともあれ、学校に来て、皆と一緒に勉強すると言うこと。教科書だけでは収まらないような単語も、あるいは文も、人が多ければそれだけの数、広がることだってありますもの。

語学なんて、特にヒアリングというのは、時間が解決してくれる面も少なくなく、しかも、彼等は学校で毎日勉強し、新しい単語やら文型やらを学んでいるのです。人によっては半年ぐらいの差(すぐに話せるようになる人もいれば、半年か一年近くかかる人もいます)が生じるかもしれませんが、一見、足踏みをしているように見えても、それは、実は、力を蓄えている期間なのです。今の状態から、落ちるということはありませんもの、毎日、勉強を続けてさえいれば。

聞き取れたり、あるいは自分が語りたいという時に必要な単語や文型を毎日、繰り返し学んでいるのですから。

試験の結果はどうであれ、少しくらいなら、疲れた波、やる気十分の波、ちょっと話したいの波…いろいろな波が来るのは認めて、それなりに対応して行くつもりでいます。

もっとも、勉強に関して言えば、「譲れない一線」というのは、ありますけれどもね。

とはいえ、私たちの目的は同じ。日本語が上手になりたい、日本語を上手にさせたい。だから、共に頑張れると思うのです、どのクラスでも。

日々是好日
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「日本語の文章を読んで、意味を掴む」というのは、こちらが思っているより、彼等にとっては、大変なことのようです。

2019-06-24 12:13:50 | 日本語学校

雨。

本格的な、「梅雨」時の雨です。「あじさい」の葉に打ち付ける雨の音に懐かしささえ覚えます。子供の頃は、この音を聞くと、すぐにそばに寄ってみたくなったものでしたが、今は、遠くから眺めて、音を想像しながら楽しんでいます。もちろん、傍によってしみじみと見つめているのもいいのですけれども。

さて、今日、途中で、「キョウチクトウ(夾竹桃)」の花が満開になっているお宅を見つけました。歩いてきたからでしょうね、いつもとルートが違うと、景色も違ってきます。

色は珍しい(?)深紅。よく見かけられる赤とは全然違う黒がかなり入っている色です。

「キョウチクトウ」が咲いていると…もう夏休みになったような気がしてきます。「カンナ」の花もそう。もっとも「カンナ」の場合は、休みの終わり、どこかさびしげな雰囲気が夕暮れ時と重なって思い出されてくるのですが。

けれども、「ホタルブクロ(蛍袋)」はまだ見かけませんね。やはりもう育てるのを止めたのかしらん。今は、見たくなれば、里山を歩きに行く…というふうにはなれませんから、よけいそう感じてしまうのかもしれません。やはり山野草はいい。特に梅雨の頃のものは。

さて、学校です。

「Aクラス」の「『N2』の読解」は、引き続き、私が持っているので、学生達は慣れたもの。ヘラヘラして授業を受けています。ところが同じクラスでも「『N3』の読解」の方は、別の教員が持ち、クラブ活動並みに締められています。まあ、いい経験です。

今年、ベトナムに行った時、ハノイでは日本の予備校から派遣された人達が、日本並みの日本語教育をし始めていると感じたのですが(数年前からその傾向はあったのですが、チャンスと見たのでしょう、すぐに、その人達は起業していました)、その時の話。

ここと同じように「読解力」をつけさせるのに悩んでいるとのこと。

日本では、ある意味、本好きな子がクラスに何人かいて、別に試験勉強などをしなくとも、国語のテストだけは点が取れることがあるのですが、ベトナムでは、そういうこともないようで、読解力をつけるのに、苦労していました。

これは、別に、ベトナムだけの問題ではありません。インドもネパールもスリランカもパキスタンもバングラデシュもフィリピンもタイもミャンマーもそうでした。

中国でも、(同じ東アジア文化圏だし、漢字の国だからと安心していてはなりません)中には大学を出ていても、指示語や内容を問う問題に答えられない人もいました。とはいえ、中国人は漢字を拾い読みするだけで、ある程度は意味が掴めますから、他の国の人達と比べることはできません。

「Aクラス」でも、かなり苦労しながら教えているのですが、それでも、やっと1か月ほどで、指示語の近くにあるものであったら、三分の一くらいは、それが指示するものを言えるようになりました。ただ、なりはしたものの、どうも見ているところ、確とした自信はないようなのです。それに、主語などを聞いた時、最初はとんでもない答えが返っていたのですが、最近は、どうもコツを掴んだようで、一応、答えは出る。ただ。このコツというのが、どうも怪しくて、多分このあたりだろうな程度の勘で言っているのではないかと思われるのです。しかも一人が言えばすぐに何人かが争って言ったりするので、間違っている時は、さあ、大変。この、答えるというのも、もしかしたら、反射神経の然らしめているところなのかな…。

ただ、「文意を掴む」だけは、こんなのではできません。しーんと静まりかえってしまいます。よく、とんでもない答えが出てきたりするのですが、それは、接続詞、指示語、主語などを確認した上で、訊いても、そうなる場合があるのです。

ベトナム人の場合は、単に、読書が足りないからと思うだけなのですが、時々そうではない国の人がいて、苦労します。

これは日本語力というよりも、知識が欠如しているが故の課題なのでしょう。思い込みからの答えであったり、時には、他国と自分の国とはいろいろな部分で異なっているということや、それらに対する考え方の相違がわからなかったりして、誤答が生じるのです。しかも、そういう「知識が欠けている」ということ自体を認められない者も若干名いるので、そうなると、少々面倒になってきます。もちろん、1年以上も学校に通っていれば、折に触れ、指導はしてあるので、かなり数は減ってきているのですが、まだそれが呑み込めていない者も残っているので、「N3」や「N2」の読解の指導の時に、障害になってきます。

もとより、自分の国に誇りを持つのはいいことです。自分の国に自信が持てずに異国で暮らすことほど辛いことはありません。どこの国にも他国に勝るものがあり、それが文化であったり、自然であったり、人情であったりするのですが、ただ、むやみやたらと「自分の国は優れている。他国(ここは日本)より上だ」というのが表に出てくるのはいただけません。そういう気持ちで文章を読めば、それは、自然と文意がゆがめられてしまうでしょう。だいたい、日本人が書いた文章ですもの。彼等の国を個別に意識なんぞしてはいません。

「N2」くらいまでは、大して文章は読ませられていません(説明しなければ、読めませんもの)し、アルバイト先で知り合う日本人とも、それほど深い話なんぞはできていないでしょう。それで日本人を判断し、「日本人はあれも知らない、これも知らない」と己を誇ってみてもどうしようもないこと。それが判らない人もいるのです。それゆえ、授業中、その時々で、教室で彼等に知らしめていくより術はないのです。これは国籍を問いません。そういう人は日本にもいるでしょうし。

ただ、母国で生活している分には困らないし、母国で、それを喚けば、同調する者も少なくはないでしょう。その国の人にとっては心地よい言葉ですから。

今、「読ませる、意味を掴ませる」という作業をしていると、普通に授業をしていては見えないものも見えてくることがあるのです。ちょっと困るかな…。

日々是好日
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中国人にとって「N3」合格は大したことではなくとも、「非漢字圏」の学生にとっては、そう楽なことではありません。

2019-06-21 08:42:32 | 日本語学校

曇り。

まだ、涼しい風が吹いています。昨日もこんな感じで一日が始まり、そして陽が高くなる頃からムシムシが始まり…雨は降っていないけれども、梅雨だなあという天気に…。今日こそ騙されまいぞという気分です。

学生達は、一日にこういう変化が起きるということが、まだ、なかなか納得出来ないようで、午前の学生など、分厚い上着を羽織った者から、ペラッペラのTシャツを身につけただけの者まで、…まるで、一年が、ここに凝縮されているみたい…。

さて、学校です。

「D(初級)クラス」でも、『みんなの日本語Ⅱ』が後半に入り、7月の三週目ころには、終われそうです。それから、『N3』入門編に入るのかな。

留学生の中には、大学進学を目指している者もいますから、「非漢字圏」の学生とはいえ、頑張るしかありません。また在日の方の中にも、「N3」合格を目指したい(今年の12月実施です)という人がいるようですし。

このクラスの在日の方の国籍は様々で、フィリピン、ネパール、中国、インド、タイ、中国。これに、留学生の国籍、中国、ベトナム、ミャンマーと併せると、七カ国の人達が、一つクラスで、日本語を学んでいるということになります。

在日の方の、日本語を学ぶ理由は様々です。

「日本で仕事をしている(同国)人と結婚したから、来日した」、「夫が、あるいは妻が日本で仕事をすることになったから」、また、「会社に日本で仕事をするように言われたから」。それ以外にも、「親が日本で働いていて子供を呼んだ。けれども、子供は日本語が全然話せない。まず、日本語を学ばせたい。それから後のことを考える」、また、「子供が大学生になり、手を離れた。自分の時間が持てるようになったので、これを機会に日本語の勉強をしたい」。

そういう中国人の一人に、
「『N3』は『非漢字圏』の人にとっての(日本語を学ぶ上での)入口のようなもの。いわば中国人にとっての『N2』と同じ」と言うと、ちょっと驚いていました。どこからこの感覚は育ってきたのでしょうね。中国人にとって「N3」に合格しても人に誇れるようなことではありません。喜べば白い目で見られ、「N2」に合格してから喜べと言われるだけでしょう。それくらい、大したことではないのです、基本的な漢字が読め、書ければいいだけのことですから

漢字の読みは、「N2」くらいから、ちと面倒になってきます。幾種もの読みがあり、それぞれ意味が違ってきますから。中国人が「努力した」と、人に言えるのは、「N2」くらいからでしょう。

それほど、「漢字圏」の人が学ぶのと、「非漢字圏」の人が学ぶのとは違うのです。また、ヒアリング力のある「インド圏」(もしかしたら、「非漢字圏」と言った方がいいのかもしれません。けれども「非漢字圏」でも、音がとれないベトナム人が多くいるので、ここに「非漢字圏」とは書きにくいのです)の人が学ぶのと、「三重苦(ヒアリング、発音、文法)」のベトナム人が学ぶのとも違うのです。

中国人なら、中国語と(日本語)は文法は違っていても、漢字という文字はほとんど共有していますから、読めば、だいたいの文意は想像できます。もちろん、「初級」レベルは大変です。「ひらがな」「カタカナ」が主ですから、漢字を探し出し、拾い読みして、文意を探ろうにも、一つか二つの漢字では、いったい何が書かれているのやら、全く想像もつかないでしょう。ただ、「耳」よりも「目」を大切にするお国柄は共通(日・中)ですから、読みは速い。これは「漢字文化圏」の長所でしょう。

「インド圏」の学生は「耳」ですね。ヒアリングだけで生きているようなところが感じられます。誰か日本人と会話しながら日本語をマスターしていくのです。ですから、誰と話すかで差は出るでしょうし、文字(漢字)を見ても見ぬ振りをするくらい大切にせぬと言うか、最初から諦めているというか、そういう傾向があるので、読み物も、勘でやるしかないのでしょう。ただ、ヒアリングだけは、2年も経たぬうちに「N1」レベルになる人が少なくない。もちろん、「N1クラス」で授業を受けていればの話ですが。

ところが、ベトナム人の多くは、日本語の音が聞き取れない。一つの単語を、20回くらい発音して、一回正しい音で言えたとしても、繰り返しているうちにまた別の音になってしまうという人までいます。もちろん、そういう人でも諦めることなく勉強を続けていれば、2年目の12月に「N2」に合格できましたから、結局、「雨垂れ、石をも穿つ」のたとえ通りと言うところなのでしょう。

ところで、この「雨垂れ、石をも穿つ」ですが、子供頃、何からそういう話になったのかは忘れてしまったのですが、「蟻の思いも天に届く」という言葉を言われたことがありました。子供のころのことですから、小さな真っ黒い「蟻」の姿と、蜃気楼のように海の向こうに見える儚げで美しい「天」の様子が、ずっと心に残っていたものでした。同じ意味とは言いながら、受ける感じは違いますね。そういえば、留学生の一人がどこで聞いたのでしょう、「精神一到何事か成らざらん」なんて言っていましたっけ。だれに聞いたのかな?

いずれにしても、皆が希望する道に進めることを祈るばかりです。

日々是好日


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「やっと、現実が見えてきました…」。頑張ってきたから見えてきたのかも…。

2019-06-20 08:51:01 | 日本語学校

曇り。

早朝、窓を開けると涼しい風が吹き込んできました。暑さも一段落かな…と思っていると、天気予報では昨日と大して変わらないような「今日の最高気温」が予測されていました。…喜ぶのはちと早すぎたかしらん。

梅雨時特有の、ムシムシは、不快も極まれりというところなのですが、もっとも、それだからこそ、咲く花があり、緑の木々が輝きを増すこともあり、その上、見る人々の感性も磨かれてくる…のでしょうけれどもね。

以前、書道の先生の言に、「湿度が高いと書の擦れがうまく出る(つまり、下手でもうまく見える)。だから、乾燥した地で書くように頼まれた時の口実として、『ここは○○ではありませんから』というのがある。また、書には水も関係する。故に『ここは○○の井戸の水ではありませんから』というのもある(それでも、断れる)」。ホントかしら。でも、下手でもいいのでしょう、書いて見せなければ、まがい(偽物)モノかどうかなんてわかりませんものね。

さて、学校です。

だんだん日本語のレベルが上がり、語学だけでなく、知識もある程度要求されるようになってきますと、自分の学力に不安を抱く学生も出てきます。

特に「日本留学試験」の「総合問題」を受けようとした学生に見られることなのですが。

これは「日本語」でも「英語」でも可。つまり「日本語」のレベルを問うというようなものではないのです。学力を見ようというもの。これは「数学」「化学」などでも同じで、英語圏の人にとっては、学力を問われるだけでしょうが、非英語圏の学生にとっては、まず「日本語」のレベルが問われ、次に「高校までの学力」が問われるわけですから、簡単ではありません。

もっとも、これが皆、母語で受けられたら大丈夫かと言いますと、そうでもないのです。

以前、ベトナムの大卒の学生に、ベトナムで本屋に連れて行ってもらったことがありました。その時見たベトナムの歴史の教科書の無味乾燥であったこと(怒られるかな?)。文字だけなのです。絵もなければ、写真もない(今はどうか知りませんが)。内容はわかりませんが、「見たくもない」と言った彼の気持ちがよくわかります。

その時、いかにも「ふん、ふん。言ったとおりでしょ。私が出来ないのは私のせいではない」と言わんばかりに、「面白くなかったから、だれも真面目に勉強しようなんて思わない。大学に入るために覚えただけ。本当に面白くなかった。すぐ忘れた。(自分と)関係ない」。本当にそうかな。歴史の勉強はとても大切なんだけれどもなあ。

日本では、私の時代でも、さすがに教科書に載せられていた写真(高校です。小学校の教科書は子供向きですから、もう少しカラフルでした)は、カラーではありませんでしたが、学校で用いる資料集にはカラーの写真が一杯載せられていました。肖像画や地図、建築物、芸術品、表など、今考えると、それでも贅沢でしたね。当時、日本はそれほど豊かではありませんでしたから。

特に昨今は、如何に、歴史の嫌いな子供に興味を持たせられるかに重点が置かれ、歴史好きの子から見れば、低レベルとでも言いたくなりそうなほど、イラストや写真など、もろもろが盛りだくさんに詰め込まれています。

それに、教養番組といえないような日常のテレビ番組においても、説明が必要な部分には、ご親切にも事細かな解説がなされていて、ボンヤリ見ているだけでも、いつの間にかフランス革命やアメリカ独立戦争の概略がわかりそうな気になってきます。頭ではなく、目が覚えると言ったものなのでしょう。だから、後で学んだ時に、別に抵抗なく入ってくるのでしょう。

彼曰く、「(私のところでは)覚えるだけ。○○○年、なになに。これだけ、すぐ忘れた」まあ、そうでしょうねえ。日本では年代も、歴代首相の名前(明治期です)も覚え方がありましたし、覚える時にも先生が、各首相のエピソードとかをおもしろおかしく話してくれていましたから、よく笑ったものでした。世界史でもそうでした。だいたい歴史が好きな人は、知っていることを話したがるものです。政治の流れも、本来ならシビアなものなのでしょうけれども、数百年経ってから見ると、なぜかそうならねばならなかったような必然性まで見えてくるから不思議です。

それに、江戸時代の文化などを学ぶ時には、歴史の先生でしたが「狂歌」や「俳句」の説明が面白く、今でもその時に習ったものを覚えているくらいです。黒板の端から端まで、余すところなく一杯に書いていましたっけ。。

日本では「数学」の計算も、紙と鉛筆でやると決まっているのですが、国によっては、「計算機」(本人はそう言うのですが、確としたことはわかりません。どちらにせよ、計算ができる道具なのでしょう)を持ち込んでやっていた…ようで、だから、紙に鉛筆を用いて計算せよとなると、一応出来るにしても、「えっ?どういうこと?」となるようなのです。

数学が得意だったという学生(高校を卒業してすぐに来日しています)に、高校の「数学A」の問題集を渡し、やっておくように言っておいたのに、返事だけでなかなか持って来ない。聞くと「まだしていない」と言う。それで、「一緒にやるか」とやり始めてみると、「ここがわかりません」と言うのが出てくるのです。

数学でも、最初の部分は、言葉は必要ないはず。「例」のところの「計算式」を見、「表」を見、「グラフ」を見さえすれば、大概、見当はつくだろうと簡単に思っていたのですが、それが大きな間違い。本人はそれを見ても、どうしていいかわからず途方に暮れていたのです。かわいそうでした。

そして、グラフの書き方(二次関数)を聞かれてしまいました。y=2(x-1)二乗-1のグラフです。今度は私があっけにとられてしまいました。…どうやってグラフを書いたらいいかわからない????。どうしてわからない???

国によっては、名は同じ「数学」でも、学ぶ分野が異なっており、日本の子供たちが学んできた分野の問題が、それを学ぶ機会がなかった彼等に、簡単に出来るとは思えません。

数学にしてからそうですから、況んや物理や生物などにおいてをや。

けれども、いいことが一つありました。この学生はよく勉強をし、漢字も中国人と競うくらいすぐに覚えられ、だからでしょうか、どうも、日本語を軽く考えていたようです。それが、「総合問題」で、天狗の鼻を折られ、しょんぼりしてしまい、「私はどうしていいかわかりません」状態になってしまったのです。

昨年の「N3」合格以後、「私は、今度は『N1』を受けます」なんて、如何にも楽勝ふうに言っていたのが、下を向いて、何も言わなくなりました。それどころか、反対に「N2」は難しいなんて言い始めましたもの。そして数日前、テストが終わった後、何か言いたげに残っているので、相手をしてやると、最初のうちは愚痴ばかりでしたが、最後に「私は現実に戻りました」なんて言う。

こちらはヘラヘラして、「そうですか」。すると、ムキになって「本当です。現実がわかりました」。「そうですか。じゃあ、まず、『N2』ですね」。「本当に、私は何も知りません。どうしたらいいですか」。「どうしましょうねえ。勉強するしかないでしょうねえ。勉強して、もっと日本語のレベルが上がり、必要があれば、世界史の一部なりとも扱うことがあるでしょうし」。

彼が思っているよりも、日本での大学の四年間というのは、充実していると思います。今、焦って学ばなくとも、その間に足りなかったものを補うことも出来るでしょう。

とはいえ、今くらいがちょうどいいのかも。他の国から来た学生達は、まだ「自分の国はすごいです(せっかく異国に来たというのに、そのプラス面に気づいていないのです)」で、終わっているようなレベルですから。

日々是好日
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「おしゃべりの波」が「Bクラス」にもやってきた。

2019-06-19 08:52:30 | 日本語学校

晴れ。

晴れていることは晴れているのですが…。どうなのでしょうね。いくら晴れていても、まだ「梅雨」季。油断はできません。

学校の近所に、植木屋さんらしいお宅があるのですが(一度、植木を乗せたトラックを見たことがあります)、そこの、道に面した側の、築山というか、土手の如きものというか、そこに、幾種類もの「アジサイ(紫陽花)」が植えられているのです。

色も、白やらピンクやら紫の濃いのやら、藍やら様々で、そして色だけではなく、花びら(萼かしら)の形も、房というのか塊と言うべきなのかわかりませんが、その形も様々のものが、所狭しと植えられているのです。よくぞこの狭さに植えているなと思われるのですが、そこはプロなのでしょうね。春先には「シャガ(著莪)」があったところにも、「アジサイ」が見えていました。

山に行くと、「ガクアジサイ」や「タマアジサイ」ばかりが目についていたのですが、街中は違いますね。それこそ、一色とは参りません。

春、「サクラ(桜)」の花が終わっても、その他の木々の花はまだ散っておらず、そのうちに、「バラ」や「ボタン(牡丹)」「シャクヤク(芍薬)」などの花の季節が始まり、そして「梅雨」に至ると、「アジサイ」の花が街を彩るようになる。

この時期特有の、「ジトーッ」とか、「ジメジメ」とかいった鬱陶しさも、雨に煙る「アジサイ」の花を見たり、その、大きな葉に打ち付ける雨粒の音を聞いたりしていると、どこかしら、気持ちが和んできます。プラスマイナスゼロどころか、プラスのほうに行きそうな気さえしてくるから不思議です。

さて、学校です。

昨日は、「能力試験」準備の始まり…だったのですが、どうも「Bクラス」では、別の流れが始まりかけたような…。

毎年のことなのですが、クラスを持つようになると、気づくことの一つに、急に学生がおしゃべりを始め出すというのがあるのです。おしゃべりが好きな学生が「一人で、勝手にペラペラと」というのではなく、同じ話題について、自分の意見や感想を、クラスの皆がそれぞれ、言い始めるのです。「Aクラス」では、数ヶ月前に、その「波」が来ていました。それが、「Bクラス」では、昨日来たようなのです。

本当は試験を前にして、クラスの全員を締めなければならないところ。ところが、いかにも楽しそうに、「えっ。○○さんの国ではそうなの」「いやいや、私の国ではなくて、△△さんの国」「違う、違う、××さんのところはもっとこんなの」。

話し手が、あっちに行ったり、こっちに行ったりしています。教科書を読んでいるときには、あまり話が出来なかった人まで、話に加わろう、何か言ってやろうと、「虎視眈々と」(そう見えただけです)きっかけを伺っています。

そして、誰かが話すたびに、笑い声が響きます。話のバトンが、一人から一人へ、そしてまた別の一人へと、ちゃんと繋がっているのです。

このクラスでも「『N3』に合格したい」と懸命に(漢字が大の苦手の学生が、この漢字の右は、あの漢字と同じなどと言えるくらい)勉強しているのですが、それでも、昨日は、本当に埒のない、こんな話が、よほど楽しかったらしく、話はなかなか止みません。

それで、本来なら、話をやめさせて授業に戻らせるべきところなのですが、こんなに皆の話が続くことは珍しい…ということもあって、時々口を挟むくらいで、あとは成り行きに任せておきました。

この「波」が来ると、俄然、ヒアリング力は増して来るのです。「波」が来ないと、話したがる人は散発で出てきても、クラスとしての話が続きません。一対一という話になってしまいます。悪くすると、学生一人と教師一人の話になってしまい、どうも面白くない。

ある一事について、皆がそれなりの知識を披露し、それに対する意見を述べ、感想を言い合う。同じ話題についての話で、人をあげつらったりするのとは違います。もちろん、それほど時間は割けませんから、適当なところで「お仕舞い」にしたのでしたが、その時の残念そうな顔のこと。

もっと話したい…。

でも、そのためには、もっと単語力をつける必要も、文法の知識も必要ですからね。それからにしましょうね。

日々是好日
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「『日本語能力試験』対策週間」の始まり。頑張れるかな。

2019-06-18 08:40:25 | 日本語学校

晴れ。

梅雨なのに、晴れ。いい天気です。昨日に続き、今日も「洗濯日和」。あちこちで洗濯物が風に誘われて、ゆうらゆうら。

その風も心地よいくらい…。昨日は「満月」が話題になっていましたし…。長閑ですね、世間は。

さて、昨日の「模擬試験」を皮切りに、今日から、三週間の「日本語能力試験対策週間」が始まりました。

「Aクラス」の「N3」では、試験の前に、「時間配分」のことを再確認し、後、試験監督のついでに学生達の様子を見てみますと、だいたい、守っていたようです。ちゃんと言われたとおりに、「読解」に入っていました。

「N2」の教室は覗かなかったのですが、結果から見ると、一名が、「文字語彙・文法」を続けていた…でしょうね、読解が悪すぎましたから。あとはだいたい守っていたようです。

実際、前回の模試の時、「どうしてこんなに『読解』が悪いんだ」と、予想と大きく違った結果に驚いて聞いてみますと、「N3」を受けた学生も、「N2」を受けた学生も、「そこまで行きませんでした。…。

そういえば、例年、2年目の学生達の、この頃は、模擬試験の前に、時間配分のことを確認していたものでしたが、前回は私が出張でいなかった…。それで、テストを返却する時にも、そして、今回のようにテストの数分前にも、「時間配分」のことを諄く言ったのです。

特に真面目な人が多いクラスは、じっくりと前からやっていくので、気がついた時には、「あれー!もうこんな時間!」ということになってしまう。

「できる」と言っても、「非漢字圏」の学生のこと。文章を読むのにも、日本人や中国人のように漢字からスラスラと意味が判るというわけにはいきません。一度読んで、接続助詞に注意しながら、意味の確認をし、それから答えを探していく…。これにかなり時間がかかるのです。

そして、やっと「読解」問題にたどり着けたとしても、進めば進むほど、問題の文章が長くなるときている。よく読めば判った…でも、試験時間は決まっていますから、じっくりと読むわけにはいかない。

大変ですね。

ただ、「時間配分」は、私たちから見れば、お尻を叩いて急かしているようなもの。文字語彙は「知らなければできない。考えても答えられない。無から有は生み出せない」…こう言うと学生は笑うのですが。

もちろん、文法は毎日読ませ、出来る学生は皆暗記しています。けれども、そのまま出るわけではありません。コツもいる。このコツというのは、教えればある程度はわかるものなのですが、どこかで「ストーンと」落ちるところがないと、結局、「コツを知っている」だけになってしまうのです。

それに、日本に来るまでの知識の量が、国によってはかなり違っている…。

これに気づくのも、「N2」や「日本留学試験」の「総合問題」などで、苦労した者くらいでしょうか。だいたいは、ここまで行けずに、卒業となってしまうので、「我が国の教育はすごい」という御山の大将のまま、進学すると言うことになってしまうのです。

日々是好日
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同国人の「おいしい話」には、詳しく聞いてから、反応すべし。

2019-06-14 08:37:06 | 日本語学校

晴れ。

今夜から「荒れそう」という予報が出ていますが、今のところ、昨日同様、青空が広がっています。いい天気です。

随分前に、アスファルトの隙間から、芽を出し、見事な姿になった「根性大根君」が話題になりました。話題になりますと、あちらでもこちらでも、「根性君」が発見され、一躍、街を賑わし、それを見守る人々の姿が映し出されました。邪魔者という感じではなく、自分たちの姿を投影したものとして。「私たちにとっても辛い世の中だけれども、君はその環境の中で必死に生きている」。涙ぐましい存在として見るようになったのです。

そして、今年、学校の周りでも、春から梅雨にかけて、いくつかの「根性君」の姿が見られました。アスファルトの端っこを食い破るようにして、きれいな花を咲かせていたり、石垣の割れ目にも隙間なくセメントが塗り込められているというのに、そこからも芽を出し蔓を伸ばしていたり。

すぐに感情移入してしまうのは、国民性かもしれません。植物に対しても、もちろん、動物や虫に対してもです。

習慣で、「ワン子さんが来るから…」とか、「ニャンちゃん、何を考えていますか」とか、呼びかけたり、話しかけたりしているのを見て、外国人学生の中には、「猫に『さん』をつけている」と言って笑う者もいました。

ところが、慣れというのは恐ろしいもので、いつの間にか、笑っていた当のその人が、「先生、あの角に、猫さんがいた」なんて言っていましたもの。そのたびに、「しまった」と半分…ほど思うのですが、それと共に、まあ、いいか、それを聞いて親しみを感じこそすれ、嫌な思いをする日本人なんていないだろうから…なんても、思ってしまいます。

さて、学校です。

外国で生活するというのは、本当に大変なことで、それまでは親がやってくれていた「掃除・洗濯・炊事」などはもちろんのこと、「勉強」も「アルバイト」もしなければなりません。まめな人も、たまにいることはいるのですが、まあ、ほんのわずか。たいていは音を上げ、掃除(ゴミ出しも含めます)が最初にいい加減になってしまいます。

そんなとき、随分前に来日して、今は日本で働いている同国人の話(月給)などを聞き、「それくらいのお金で十分。そんなに頑張らなくてもいいか…」となってしまう、というのもわかることはわかるのですが。

けれども、それが「いつ、どんな仕事をしてもらっているのか」を詳しく聞けば、ちょっと考えを変えてしまうかもしれません。

この学校にも、日本で働いている外国人が「日本語を教えて欲しい」と来ることがあります。その時、詳しく話を聞いているのですが、たいていの場合、そういう人達の仕事は「夜勤」なのです。

「実際に日本で仕事をしてみると、メールの返事を書く時に、敬語やら、特殊な言いまわしやら、専門用語やらに苦労してしまう。それらを勉強したい」。

これは、こういうところでは無理でしょう。専門の言葉というのは、既に分野が決まっていれば、専門学校で学ぶか、それらに関する専門の本を読むかして学ぶしかないのです。こういう人が言っているのは、おそらくビジネス用語なのでしょう。それは、日本語学校を卒業した学生達が、ビジネスの専門学校に行って学んでいます。特化してものは、普通は日本語学校の守備外です。それがなかなかわかってもらえない。

その上、時間を聞くと、なかなか難しいのです。だって、仕事をしながらですから。この学校は、土曜と日曜は開校していません。そういう人は仕事があるので、土日にと希望するのですが、それは無理です。すると、朝来て勉強すると言うのです。仕事先からそのまま来ると言うのですが、そう、言われるたびに、「ちょっと無理でしょう。仕事先で日本人の友だちを作って、その人に教えてもらった方がいい」と、やんわりと断っています。

こういう人は、年齢も、留学生達と違い、かなり上なのです。留学生達は、若さでどこか突っ走ることが出来るのですが、年が長けてしまうとそうは簡単には行かないでしょう。

以前、中国の人で、仕事を辞めて、まだビザのある半年ほどの間に、「N1」をとって帰ると言う人がいましたが、この場合は大丈夫でした。ただ、本人の資質の問題で、少々手こずりましたが。

留学生の中には、そういう詳しい話(苦労している話)は聞かずに、単に、「今、いくらもらっている」だけを聞いて、それなら、どこかの専門学校に行って、テキトーに働けばいいやと思ってしまうこともあるようで、一度それで躓いてしまうと、なかなか立ち直れません。

もとより、一番大切なのは、やりたいことがあること。それがまだ発見出来ていなくとも、知的好奇心があること。

それがなくなってしまったら、もう「おじさんだよ」と言ってあるのですが、留学生には。好奇心があるから、勉強し、わからないことを知りたいと思ったり、知らない世界を見たいと思ったりするのでしょう。「何か」が、なくては、人は動けないものです。疲れるか飽きるかして、投げやりになってしまうだけです。

それが嵩じると、勉強している人の邪魔をするしかありません。悪意ではなくとも、それは邪魔になります。授業に関係のないことを突然言ってみたり、話を勉強から逸らそうと皆の気を引くような面白い話を言ってみたりして、何かしてみたいのです。だって、自分以外は皆、授業に集中しているわけですから。

かわいそうですが、授業中は相手にできません。こういう学生が何を言おうと、関係なく、授業を進めていきます。すると、話しかけられたら応じなければならないという習慣がついている、そういう国から来た人達も、こちらの態度に従うようになってきます。授業中は教卓に就いている教師を見るという習慣はそれ以前につけてありますから。もちろん、授業中でなければ何を話そうと勝手なのですが、彼等も、直にそんなことはしていられなくなります(進学しなければなりませんから)。

そういう経験のない人達も、切羽詰まった状態のはずです。…まあ、それでも、最後までお国振りを「発揮した」ままの人も、いることはいるのですが…。

日々是好日
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「N2」まで、(非漢字圏の人が)勉強を続けるということ。

2019-06-13 09:49:19 | 日本語学校

晴れ。

一週間ぶりの晴れ。「旧暦」では、今は、「皐月」のうちなので、この晴れを「五月晴れ」といってもいいのでしょうね。みごとな青空です。

さて、「Cクラス(初級)」では、夏休み前に、『みんなの日本語Ⅱ』が終わるということで、それぞれ(在日生)が、どこまで勉強を続けたいかということを聞いてみたそうです。すると、何名かが、「これで終了にしたい」、そして何名かが「『N3』合格まで頑張りたい」と言っていたそうな。

このクラスは、今のところ、「在日生」の中に中国人はいませんから、『初級』が終わっても勉強を続けたいというのは、大したことなのです。普通は、これくらいで、「日常会話」ならできますし、簡単なアルバイトなら大丈夫でしょうから。

私たちにしても、「○○国の人は、だいたい『みんなの日本語Ⅱ』に入ってからやめてしまう」とか、「△△国の人は、「テ形」、「ナイ形」、「辞書形」にいったくらいで疲れてしまう」とか、なんとなく、そんな感じもあったのですが、最近は、学校に来る人達の国も増え、あまりそんな捉え方をすることもなくなりました。

普通、「子供がいて、勉強の時間がなかなかとれない」とか、「(高校)を離れて何年も経っているので、机についていると疲れてしまう」とか、そういう理由でやめていくのでしょう。これは国とかは関係ありません。ただ、「非漢字圏」の人で、まず「N3」や「N2」まで、勉強が続けられる人はそうはいません。勉強を続けるつもりであっても、家庭の事情で、一時帰国せざるを得なくなったりすると、もうそこで切れてしまうようなのです。1か月も(学校を)離れていると、忘れてしまう部分も多いでしょうし、その期間、(学校でも)勉強は進んでいますから、追いつけないのです。

これは、中国人であっても、そうでした。「そうか、定着する前だと、簡単に消えてしまうのだなあ」と、気づかされたことが幾度となくありました。学校で勉強を続けている分には、「できる。わかる」つもりでいても、(学校を)1か月でも離れていると、途端に「日本語」が記憶から遠ざかってしまうようなのです。「一級(旧N1)」なんて楽勝だと思われていたのに、一時帰国した後は、散々な結果になった人もいたくらいでしたから。

これが、「N3」とか「N2」のクラスに在籍している在日の方となりますと、違ってきます。「N3」クラスにいるような「非漢字圏」の在日の方は、たいてい、こちらが留学生達に「爪のアカでも飲んでみろ」と言いたくなるような人達ですし、それが「N2」となりますと、よく時間が作れるものだとあきれてしまうほどなのです。

留学生の場合は、2年目の「N2」受験までいけた人達、あるいはそれに準ずるレベルまでいけた学生達には、12月の「日本語能力試験」後は、進学してから困らないように、「文学作品」を少しばかり扱ったり(古典も含みます。中国人学生が多い頃は、漢文の入門編なども入れたことがありました。「レ点」や「上中下」、「歴史的仮名遣い」などには、溜息をついていましたが)、20世紀の歴史などを、DVDを見せながら、説明したこともありました。

このときに役立つのは、中・高の教科書であり、参考書。これらが、ある程度わかるくらいの日本語力を備えていないと、いくらこちらが準備しても無駄になってしまいます。もとより、各国には、各国の事情があり、自分たちに都合のいいようにしか教えられていないこともあるでしょう。歴史を歪曲とまでは言えませんが、「黙せば、素通り」と同じことですし。

日本でも、歴史には、それぞれに、いくつもの見解があり、学説というのも発表されています。彼等の国と違うのは、それが皆、発表されているということでしょうか。「政府見解」での歴史は、日本では成立しません。すぐに、異を唱えられてしまいます。門外漢にとっては、この「言い争い」自体が面白いのです。が、それがわかっていますから、誰も敢えて火中の栗を拾おうなんて思わない。拾いたがるのは学者や研究者くらいのものでしょう。また、始まれば、それを、待ち構えて、面白がる人も大勢いるのです、日本には。

だいたい、「正しい歴史観」なんてありませんもの。歴史観というものは時代によって作られる面もあるでしょうし。この「ある方向から見て」とか、「ある方面では」という数が増えれば増えるほど、歴史は立体的となり、立ち上がってくるものなのでしょうし。

とはいえ、「地図」は正直ですし、各国から集められた「フィルム」も正直です。編集の仕方に難癖をつけようとすれば、いくらでもつけられるでしょうが、「それでは、そうでないものを持って来てくれ」と言われれば、やはりそれはできないでしょう。プロパガンダのために作ったものは、必ず底が割れてしまい、却って信用をなくしてしまいますもの。

多分、そこが、「歴史を語る者」が畏れていることかもしれません。安易に主張することは、己の知識の浅薄さをあからさまにするようなもの。とはいえ、日本にいる以上、そしてこれから進学し、後には日本で仕事をしようとしている者にとっては、必要な知識であることは間違いありません。

ここ数年、こういうことができないまま、卒業させざるを得ない状態が続いていました。今年は、それができるのではないかと少々期待しています。

日々是好日
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出来なくても、「せんせい、大丈夫よ」。「大丈夫じゃないでしょ」。「ほんと、大丈夫だから」。慰めるな。努力せよ。

2019-06-11 08:40:23 | 日本語学校
曇り。

昨日は、いかにも「梅雨」といった感じの、本格的な雨が、一日中降っていました。しかも「梅雨寒」。涼しいを通り越して、…寒かった。

朝、教室の窓は、学生達が来る前に、いつも開けておくのですが、寒かろうが暑かろうが、こちらが開けておいたら開けたまま、閉めておいたら閉めたまま、学生達は教室に来ていても、なにもやろうとしない…。

昨日はさすがに、寒かったので、閉めているかなと思っていたのですが、やはりそのまま…。冬の格好をして、震えている。それで、すぐに、出窓の窓を閉めながら、「寒いですか」と聞くと、口ごもりながら、「涼しいです」。

季節感がなかなか育たない彼等に、「春は暖かい、夏は暑い、秋は涼しい、冬は寒い」を連呼するようにして教え込んだ報いかも。

「6月ですから、初夏と言ってもいいでしょうけれども…、今日のような日は寒いと言っても大丈夫」そう言うと、ホッとして、「少し、寒い…」。「暖房を入れましょうか」と聞くと、「大丈夫、大丈夫。入れなくても大丈夫です」と、2,3人の声がする。

そうか、「入れてください」とすぐに言うようなタイプは、まだ来ていないな…。で、黙ってエアコンのスイッチを入れると、ホッとしたように「暖かい…」と言う。

大変ですね。年中、同じような気温のところから来た人は。それに、四季はあると主張していても、それほどの気温の差ではなく、また乾季と雨季くらいのものであったりするところから来ている者もいる。ハノイから来た学生だけが胸を張って、「冬も夏もある」と言うけれども、5月の段階で、すでに40度超えでしたからね、こういう気温に振り回されるようなことはないでしょう。

授業が終わってから、「換気のために、ドアは、しばらく開けておいてね」と言いながら、(「はぁい」という声を確かに聞いた)ドアを開け、階段を一段下りるやいなや、こそっとドアが閉められた。どうもドアから吹いてくる風が冷たかったらしい。

5月は「風邪引きさん」が続出したけれども、6月はどうでしょう。ベトナムの学生は、夜ずっとエアコンをつけっぱなしで布団をかぶって寝るという習慣が改まらなかったようで、暑かった5月は、最悪だったようですが、こうも寒いと(昨日は最高気温が18度に至らなかったようです)、却って、「風邪引きさん」は減ってくるかもしれません。

で、午後のクラスです。

授業の前に、毎日、「N3文法」の暗記と、「N3漢字」の読みをしているのですが、6月に入ってから、「(文法は)1ページ(全部で、3ページあります)を毎日、二回ずつ読む」ようにしました。その時、「1度目は見ても可だけれども、2度目は見てはならない」ということにしたのですが、これがどうもうまくいかない人がパラパラといる。

前列の学生は、頑張ってくれるのですが、2列目が、目がプリントから離れない。「○○、見てるな。顔を上げなさい」。言われると、さすがに顔を上げるのですが、すぐに「を」を「に」と、「が」を「は」に言い間違えたりする。単語を間違えることもありますね。

「もう、何ヶ月やって来たのだ。いままで真面目にやってこなかったな」。答えは決まって「先生、大丈夫よ」。「大丈夫じゃないでしょ。もう、1か月ないんだよ」。「大丈夫、大丈夫」…。

初めは、書いているものもよく読めず、よく読み間違えをしていました。けれども、「継続は力なり」で、これを3,4ヶ月も繰り返して来た結果、最初の一単語を言えば、スラスラと出てくる人も増えてきました、以前のクラスでは。ところが、却って、「Aクラス」から下りてきた人達が、そうはいかないのです。あのクラスは、すでに「N2」文法の暗記に入っていましたから、そっちが重点になり、「N3文法」はそれほどやったわけではありません。

「N3文法」の暗記文に比べ、「N2文法」の暗記文は、まず、すらすらと読めない。読めるようにすることから始め、読めるようになったら、節毎に暗記。それを繰り返すというようなやり方をとっていましたから、「N3」までは手が回らなかった。そこまでやってしまうと、自分の授業(読解)ができなくなってしまいます。で、それ(「N3」)は終わったことにして…というのが「Aクラス」のやり方でした。

もしかしたら、彼等、「N3」文法がうろ覚えのままだったのかもしれません。もちろん、大丈夫な人もいるのですが。

それに比べれば、元の「Cクラス」では、私がもった時には、まだ「N3文法」がかなり残っていた…。

今は、週一の文法の時間だけでは、試験に間に合わないということもあり、毎日授業に行く者が、軽く文法の説明と、暗記文の説明をして、すぐに暗記の練習をしているのです。そして、本格的な導入はそれを追いかけてやるというふうにしているので、きちんとした説明が入る頃には、一応、読めるようにはなっている。

この方がお互いに楽かな。

ただ、暗記もきちんと出来ていないのに、「せんせい、大丈夫よ。心配しないで」というのは、いただけない。その都度、「心配なんぞしているものか。怒っているんだぞ」と喚いているのですが、もうこちらのことは知れているらしい。その都度、コマッタナという顔をして、「本当に大丈夫だから」。

こっちを、あやすな。ホント、怒っているんだからな

日々是好日
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遠い山を見て、足元を見ようとしない…。結局、コツコツと漢字を覚える人の方が、文が読めるようになる…んだけれどもなあ。

2019-06-10 11:59:15 | 日本語学校
小雨。

「梅雨入り」した途端に、雨です。とは言いましても、今朝の雨はもう小降りになり、今は止んでいる…かな。

歩いてきて、失敗しました。「羮に懲りて膾を吹く」、そう、その通り。金曜日、帰ろうと階段を下りてから、自転車の鍵がないことにハタと気づき、探している間に、どんどん雨粒が大きくなって来た。大急ぎで、探し出した鍵を差し込み、大慌てで、いざと乗り出した…はいいものの、二漕ぎ、三漕ぎするまに、もう頭から滴が垂れてきた…。

一番ひどい降りの時に帰ったようで、うちについてホッとして、外を見た時、先ほどのザァーァは、いったい何だったのだろう???

「大雨になって出ていく 雨宿り」そのものでした。

いやあ、ひどい目に遭いました。帰りだったからよかったようなものの、これが行きであったら救われなかった…。というわけで、今朝は、歩きにしたのですが…。何のことはない…自転車でもよかった。レインコートでなくてもよかった…。

実際、世の中というものはこんなものなのでしょうね。なかなか思った通りには、いってくれません。

さて、学校です。

来日時の資料の上では、非常に優秀な学生のことです。国ではかなり優秀だった…高校の成績を見る限りは。しかしながら、来日後、どうもパッとしない。暗記は出来ますし、漢字テストでもソコソコとれます。ただ蓄積ができないのです。その場限りのことは他の学生達よりもかなりできるけれども、漢字一つ見ても、コツコツ、言われたとおりに練習してきた学生とは違う。

そういう学生は、もう一年それを繰り返してきているわけですから、何度も出てきたパーツを書き間違えることは、ほとんどありません。それに比べ、彼の場合は、どちらであっても同じなのです。

初めてであろうと、5、6回出てきたもの(その都度練習して覚えてきたはず)も、同じなのです。慣れていないというのがすぐに判ります。絵を覚える、形を覚える(意味が判らなくても、書いたことがあるで、やれるのでしょう)…とまでは言わなくとも、それに近い形で、その時は覚え、書けるのだろうと思います。これでは、せっかく覚えても、何にもなりません。終われば、忘れます。記憶の端っこにでも、どこかが残っていれば、それでいいだろうとくらいにしか、直に見られなくなってしまいます。

もっとも、それでも20字くらいなら、他の非漢字圏の学生達が、何度も練習しても正しい答えを書き間違えるのに対して、10分ほどの練習で、8割くらいは書けます。でも、それで終わり。その上、違うのです。たとえ正しくは書けていなくとも、それなりに練習してきたなと思える者が書いた字と、その場でチャチャチャと覚えて書いた者の字とは、明らかに違うのです。

このクラスで教えるようになってから、彼に聞いたことがあるのです。「これから(卒業後)、どうしたいのか」と。能力があるのに、勉強しない…不真面目でとか、邪魔をするとかいうのではないのですが、心がここにないのです。すると、「専門学校に行く。知り合いに専門学校に行って、月給を28万もらっている人がいるから」。このお金が魅力なのでしょうね。自分だったら、簡単に(専門学校に)入れる。それに「N3」くらいは簡単だと思っているのでしょう。多分、そうでしょうが。

知的好奇心がないわけでもない。ただ、まだまだ「N2」レベルに入りかけたくらいのクラスでは、彼の好奇心を引き出せるほどのものは見せられないし、関心があるものも見せられない。また見せて、説明しても、「知った」で終わりで、日本語の力とはなかなかならないでしょうし、また教室の一斉授業で彼のためにやるわけにもいきません。

他の学生は、出来るだけ早く「N2」までやり(中国人学生は「N1」です)、それから読ませられるものは読ませ、見た方がいいものはDVDなりをみせるようにしているのですから。

言葉は道具であり、日本にいる限りは道具である日本語を、ある程度、使いこなせていないと、何事も(母国で学んできたもの以上のものは)学べない…。それは判っていると思うのです、これまで諄いくらい何度も繰り返してきましたから。それに、もう、彼よりも(言語方面では)能力的に劣っていた者でも、それが、理解出来ているくらいにはなっているのですから。

席替えをして一番前に置いてみたり、「ひらがな」からやり直させたりしてみたのですが、その時はすぐに出来ても、すぐに元に戻ってしまいます。どうにかしようという気がないのです。このまま、適当にしていても、自分ならば、専門学校くらいなら、入れるだろうし、そして日本の会社に入れば、適当に稼げるだろうと思っているのがありありと見て取れます。

「やりがい」とか、「(仕事の)面白さ」などを話し、気を引こうとしても、なかなかうまくいきません。もっとも、彼に話しているうちに、他の学生達が追いついて、やる気になってくれたので、無駄ではなかったのですが。

残念でも、これが限界なのでしょう。上には上があるということもわからねば、「その場凌ぎ」でやれてきたという、変な自信から抜け出すこともできません。

学校で習った「副詞」をアルバイト先で用いてみて、「日本人だって知らなかった(だから、やる必要はない)」と平然としている。「文で言ってみなければ、わからない副詞もある」と言えば、その時は判っても、自分に都合の悪いことはすぐに右から左、左から右へ消えていくのです。

それよりも、力を入れて指導すれば、伸びる学生、やる気のある学生の方に目がいくのは当然なのかもしれません。

日々是好日
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すでに日本風の味付けをしながら、他国の文化の話を聞いている私。彼等がそうであっても責められない。

2019-06-07 08:17:14 | 日本語学校

曇り。

直に、雨が降り出しそうな、実際、降るとのことですが。もしかしたら、「梅雨入り宣言」が、今日にでも出されるかもしれないとのこと。そうでしょうね、これから雨の日が続くのでしょう。

今日は、まだ、予報されたようにムシムシはしていません。冷やっこい風が吹いているだけです。窓は開けた方がいいですね。閉めてしまうと、ムシムシが始まるかもしれませんし。

この「ムシ」ですが、「○○さんが何か変なことを言った」。「先生が『ムシ(無視)』しなさいと言った」。「漢字で、『ムシ(虫)』を習ったばかりだったので、『虫????』となった」。だいたい、こういう流れででしょうね、「無視」の意味が入るのは。

ちょうど「虫の漢字」を教えたか教えるかする頃に、「そんなの無視しなさい」という言葉を遣うような仕儀になり、で、遣う…。それを面白がって、四六時中、遣っているうちに、「無視」という漢字を学ぶ。

「同音異義」の漢字があるというのは、この頃には判っているのですが、この「虫」と「無視」なるものが同じ音というのが面白いらしく、虫を見つけると、すぐ「虫を無視しました」と言うので、これがまた、結構、面白い。わざわざ、私を呼び立てて言うのです。もう、判っていますよというところなのですが、そこはおつきあい。はい、はいと言って聞いています。

小学校の時に、「学校で虫を育てていた」などと言おうものなら、彼等の頭には、「日本人も、ある国の人達のように(虫を食べるために)育てている」というイメージが湧くらしく、「好きだから育てる」、「『カブトムシ(甲虫)」や『クワガタ(鍬形)』は、かっこいいから人気がある」というのが、なかなか、スウッと入っていかないのです。

でも、確かに、中国にいた時、「スミレ(菫)」などを見かけた時、中国人の友人に「中国語で何というのか」と聞くと、たいてい「野草」という答えが返ってきました。あまり「虫」に関心がないので、「人気がある」とか「好き」とかのが、よく判らないのでしょう。「虫は虫」「草は草」なのです。

今週、「ラマダン」の終わりの、お祭りの日に、イスラム教徒の学生が休んだので、「あまり(教科書が)進めないな」と思っていた時、何からか忘れてしまったのですが、「蛇」の話になりました。

ネパール人学生曰く「ネパールの蛇はだいたい、毒蛇」。「大きい(太い)」と腕くらいの大きさだと言います。中には一人、「うちに蛇が来たことがあります」。これで、みんなが大爆笑。「遊びに来ました」。「お客さんです」。次から次に言葉が出てきます。言われた学生は、「違います。違います」と、真っ赤になっています。大丈夫、みんな判って言っているだけですから。

一人が「お母さんが噛まれて、入院しました」というと、また一人が「私のお父さんも噛まれました。大変です」と言います。彼等のところでは、別に特別なことではないらしい。それに驚いている私の方が、珍しかったのかもしれません。

思わず、「カトマンズにもいますか」と聞いてしまいましたが。曰く「いるのは、山の方。カトマンズは…さあ?」、カトマンズでは見たことがないのでしょうね。

「ベトナムも大きい蛇がいます。山の方です」。「スリランカにもいます」。すると、誰かが「(スリランカの蛇は)コブラです」。睨まれていましたけれども、コブラもいると言います。きっと、あのあたりの国には普通に見かけられるのかもしれません。

南インドには、蛇が多いのでしょうね。それも日本人が言うところの「蠎」が。しかも、色も、緑のやら白いのやら黒いのやら赤いのやら、いろいろ…というのが彼等の答えです。色も大きさも多種多様なのでしょう。

「蛇は神様です」という学生がいたので、「どんな蛇でも神様ですか」と聞くと、ある学生は「コブラだけ」と答え、また、ある学生は、「他にもいる」と言います。ネパールでも、地域によって、いろいろな姿の神様がいるのでしょう。で、日本でも、「蛇を崇め、神として祀っている神社がたくさんある」と言うと、すぐにまた「大きさ」を訊く。

彼等にしてみれば、蛇は「大きいから尊い」のであり、また「猛毒であればあるほど、畏れられてしかるべき存在となる」のであり、日本のように、小さくて細くて、しかも、毒を持っていないのに、神として祀られているというのが、どうも、ピンと来ないようです。

学生達を見ていると、もちろん彼等の背後には、それぞれの国の習慣や考え方などがあり、それが、私たちの考えとぶつかるということも、よくあるのですが、それにしても、こういう話を聞いていると、(彼等の国の)文化の豊かさに圧倒されることがあります。

様々な生物がいるからこそ、多種多様な存在が創られ、また話が膨らんでいき、文化の豊穣さに繋がっていくのかもしれません。

確かに、日本古来の神々の様子と、ヒンズー教の神々のそれとは違いますもの。日本人は、淡泊で清浄なそれを連想し、南インドの人々は、湿気が纏わり付くような、こってりとした神々を創造した。風土が育てたと言ってもいいのかもしれません。

その中にどっぷりと浸かってしまうのは、ちょっと…とも思われるのですが、日本にいて話を聞く分には、それなりに日本の色をつけて聞いていますから、なんということはない。安全圏にいて楽しんでいるようなもの。

多分、こうやって、日本の先人達は、海を隔て、お話として、異文化を取り入れ、取り入れた段階から既に日本の色に染めていった…と言ってもいいのかもしれません。

それぞれが、自分に都合のいいように話を聞きますもの。そして時間が経つうちに、日本的なとか、日本風のとか言われるものになっていったのかもしれません。

彼等の話を聞きながら、既に日本の味付けをしている自分に気づいて、そんなことを考えてしまいました。

日々是好日
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ベトナム人学生を教えるのに苦労したということも、「今は昔」のこととなりました。

2019-06-06 09:02:22 | 日本語学校
晴れ。

「梅雨入り」が、間近に迫っているというのに、梅雨時の花、「ホタルブクロ(蛍袋)」の花が、まだ見当たらない。例年、「このお宅の庭に咲いていたのだけれども…」と思って、通るたびに気をつけているのですが、…まだ見当たりません。もう、「ホタルブクロ」を育てるのは、止めたのかしらん。

「ホタルブクロ」を見るたびに、「宮沢賢治」の世界にスウッと入っていくのは、私だけではないでしょう。「アカマンマ」の花と言えば、中野重治であり、「ナノハナ」と言えば、山村暮鳥、「アジサイ」といえば、萩原朔太郎。自分勝手な思い込みですが、どうもそうなってきます。もちろん、他にも、「風」や「雲」や「裸の木々」などがあり、それが我々の心を豊かにしてくれる…。

さて、学校です。

一年も経つと、それぞれの個性が、生活面だけでなく、日本語の分野でもはっきりしてきます。理屈は苦手だけれども、体で覚えるタイプ。経験から導き出されるというのは苦手だけれども、文法で理屈づけていくと判ってくるタイプ。実生活から、帰納法ではないけれども、言葉を紡げていけるようになるタイプ…。

もちろん、なかなか日本語が伸びないと言う人もいますが、それでもひと頃のように、最後まで、「先生、『北海道は東京より寒い』、この文は正しいですか」と聞かざるを得ないような人はいなくなりました。

この学校では、もう7、8年以上前のことになるかしらん、それくらい前には、ベトナム人学生に、どうやって教えていったらいいのかと試行錯誤を繰り返していたものでした。真面目に勉強してくれる人も、中にはいたのですが、「ヒアリング難」「文法難」「発音難」の人が多かったので、教えるのも大変なことでした。よくて「5課」、悪くすれば「ゼロ」での来日。別に彼等を否定するわけではなく、いい人もたくさんいたのですが、教えるにはこちらの力量がたらなかったのです。

他の国の学生が、まっさらな状態で来日しても、一年ほどでどうにかなっていたのに比べ、ベトナム人学生だけは、本当にどうしようと悩まされていたのです。

なにせ、ここのスタッフは、皆、日本人。ベトナム人の先輩もいなかった頃、だれも彼等を助けてくれる人はいません。ベトナムに行った時に、ベトナム語の辞書や文法書を数冊買い、それを見せても、喜びません。文法書はかなり難しかったらしく、すぐ「見せて」とは言わなくなりました。その解読の方に時間がかかったのです。本を見ながら、4、5人で、ああでもない、こうでもないと討論会が始まってしまうので、そのたびに授業は中断してしまいます。

最初は、それを、「ベトナム人で、大卒の、見事な日本語を話す人に勧められたのだけれどもなあ」と溜息交じりに見ていたのですが、途中から見せるのを止めにしました。まだ私の説明の方が勝ると思ったからです。

また、辞書では、どうも同じ意味の訳語が多かったらしく、「AとBは同じか」と尋ねられても、答える私の日本語が、まず、わからない。双方、顔を見合わせて「『困ったなあさん』になる」という状態が続きました。

それで、当時、ベトナムの学生だけは、最低、「『みんなの日本語Ⅰ』を学んでから来てほしい。その中に出てくる単語だけは覚えてきて欲しいし、文法はベトナム語で説明しておいて欲しい。それから、できれば、『Ⅱ』までやって来て欲しい」などというお願いをすべく、現地の(ちゃんとした)日本語学校探しを始めました。

他の国の学生のように、来さえすれば、どうにかできるとは思えなかったのです。なにせ、来ても、他の国から来た学生達とは、一緒の授業が、なかなか成立しないような状態でしたから。とはいえ、それが出来るような現地の学校が見つからなかった…。

もちろん、これは当時の話です。今は、「N3」くらいまで教えられるという学校もザラですし、「N2」まで大丈夫という学校もチラホラ見受けられるようになりました。

もっとも、そんな学校が、見つかってからは、彼等も他の国の学生達と一緒に授業ができるようになりました。一応、理屈が判っていると、ヒアリング力が劣っていても、発音に難があっても、日本にいて、しょっちゅう日本語を聞いているわけですから、どうにかなっていくのです。それに、漢字だけは他の国の学生達よりも、頑張っていましたから。

ベトナムの学生達の能力が低いというわけではありません。彼等の国の言葉が、日本語と文の構造がかなり違う上に、既に漢字を捨てていたので、文法がわからなくても、漢字を拾っていけば、意味が判るという中国人のようにはいかなかったということもあったでしょうし、音がなかなか掴めなかったということもあったのでしょう。

聞き取れないが故に、せっかく日本にいるというメリットを活かすことが出来ない。暗記が出来ないのです。語順が狂ってしまうのです。単語自体もスッと入っていかないような感じなのです。

もちろん、個人差はありますが、ヒアリングがいいベトナム人学生は、それをよいことに、ベトナム人であっても、漢字を覚えようとしませんから、落ちていきます。当時、ベトナム人の強みは漢字だけでしたもの。

努力はするのですけれども、聞き取れないと、なかなかそれが活かされません。それが本当に気の毒でした。

もちろん、今はもう、それも「今は昔」のことです。

日々是好日
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