日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「一人で外国にいるということ」。

2009-10-30 08:45:30 | 日本語の授業
 今日もよいお天気です。先日は「今日辺りから寒くなる」などと学生に言っていましたから、きっとこういうことだけはよく覚えている「嫌み」サンが早速言いに来ることでしょう。
「先生、困りましたね。今日は暖かいです。ウフフフフ」
まずは、心の準備から、しておかねばなりますまい。

 今朝は、朝の六時二十分ごろに、学生が一人やって来ました。
「眠れない。ご飯も食べられない…。」
 大半の学生は、一人で日本へ来ています。国でいろいろな事があっても、ほとんどはメールか短い電話でしか、その様子を知ることはできません。

 その上、他の人からの、いわゆる人づての情報などが、それに加わってしまいますと、おいおいにして、その情報も正確さを欠いてきます。ひどい時には、感情的な部分もそれに加わってきます。そうなりますと、本来ならば、笑って済ませられるようなことまでが、それでは済まされなくなり、怒りや哀しみのために眠れなくなってしまうこともあるでしょう。

 その上、互いに、長い間、直に会っていないわけですから、以前のようであるのかどうなのか、互いに疑心暗鬼にもなってしまうというもの。そうなってしまいますと、勉強するために日本へ来ているはずが、勉強どころではなくなってしまいます。何もかもが負の方向へ進んでいくような気にさえなってしまうでしょう。

 こんな時は、一時しのぎの慰めなどは役にも立ちませんし、却って無責任と罵られることにもなりかねません。

 つまりは、互いが「頭を冷やして、落ち着く」状態になるまで、こちらとしては待つしかないのです。少々やるせないことですが…。

日々是好日
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「『留学生試験』の準備」。「午後の学生を待ち構える『達磨』さん」。

2009-10-29 07:08:52 | 日本語の授業
 雀たちが電線の上で、じゃれ合っています。空は青。いつものように鳩の群れが大きく旋回を始めました。なかなかきれいなものです。どこのお宅で飼われているのでしょうか。

 今は、毎日「留学生試験」の準備に追われています。受け持っているのは、「日本語」と「現代社会の導入部・国際・地理・歴史」。苦手な「経済・政治」などからは解放されているとはいえ、「高校」や「中学校」の教科書を利用しながらですから、わっさかもっさかと準備に追われてしまいます。必要な部分を「ポイント攻撃」するだけなのですが、これが結構面倒なのです。

 毎年のように、データは変わります。歴史にしても何にしても、社会科学的な分野は、その当時の政治や様々な思想の影響を受けやすく、論者の観点もその影響から逃れることはできません。
 と言うわけで、「高校」で学んでから何十年も経っている私にとっては、論の進められ方、教科書のまとめられ方の違いに、驚くこともしばしばなのです。

 多分、日本もグローバル化の渦の中で踊らざるを得ないという情況は、昔に比べ、誰の心にも、はっきりと誰にも認識されており、その線でしか、まとめざるをえないのでしょう。しかし、それよりも何よりも、私には、昔は、様々な主張があり、膠着状態にも似ていた「歴史認識」が、かなり自由になってきたと見えるのです。

 「当時のもの」に比べれば、昨今の教科書は、偏りが少なく、しかも「お話風」で、これなら「教科書嫌い・本嫌い」の子供もついて行けるでしょうし、勿論、外国人でも楽しめるでしょう。特に「資料集」や「図説」がいいのです。教科書は買わせなくとも、資料集は買わせたいと思わせるほどですから。

 と言うわけで、「留学生試験の準備」に、高校の教科書を使わせていただいております。何と言っても、「日本語の教科書」に比べ、ずっと内容はあるのに、「安い」のです。

 もう一度、と言うわけで、昨日は、朝、ブログを書く時間がありませんでした。学校に着いたのは、いつもと同じ(最近は、もう6時前ということはなくなりましたが)6時半前。それから、ワッセワッセと「地理」の教材の作成にとりかかりました。一応チェックはしていたのですが、決めたのは、昨日の朝でした。まあ、ないよりはマシくらいの出来でしかなのですが、やらないわけにはいきません。

 で、九時前には、教室に行き授業をし、10時からは、「第三回目の試験」実施。終わってからは、午後の授業が始まるまで、採点に追われます。

 午後のクラス、「Dクラス」も、「中級」に入ってからは、「ヒアリング」「会話・文法」「読解・文法」に分かれ、しかも、(私が)入るのは「後半(の授業)」ですから、誰が早くから来て、誰が遅れてくるのかというチェックがなかなかできません。つまり、目を光らせて、必要な時に随時注意を促すということが難しいのです。遅れてくる学生がいると、クラスの雰囲気も乱れます。みんな、それでもいいのかという気になってしまうのです。

 それに、今までちゃんと来られていたのに、来られなくなったというのには、普通何か理由があります。早め早めに手を打っておかないと、みんな若い人のことですから、問題を自分で抱え込んでしまい、こちらが気がついた時には、打てる手がなくなっていたということにもなりかねないのです。で、「午前のクラス」が終わってから、午後の授業が始まるまで、教室で達磨さんになって、居座っています。別の言い方をすると、「Dクラス」の学生たちを待ち構えているのです。

 勿論、教師がいるのですから、「先生、読むから聞いて」と言ってくる学生や、何か話そうと仕掛けてくる学生がいる反面、ギョッとして逃げ腰になる学生や、本当に逃げてしまう学生など、彼らの「身体表現」は、なかなか面白く、私もちょっと癖になりそうな気がします。が、まあ、学生がこの状態に馴れてくれるまで、しばらく続けてやろうかと思っています。

 試験の結果ですが、上の学生(去年の「7月生」)達は、大体安定してきました。国立を狙っても、それほど恥ずかしくはないでしょう。「10月生」や「1月生」は、やはり可哀想ですね。もう少しこの学校で勉強できたら…とも思うのですが、一年で「留学生試験」に臨むのは、一年で「意能力試験一級」に臨むのよりも、ずっときついことなのです。中には、来日した時、まだ「4級」レベルにも至っていなかった人もいますから。

 とはいえ、この「A・Bクラス」として残っている彼らのいいところは、挫けないし、なによりもまじめに勉強に向かってくれることなのです。

 というわけで、教師の方も、「リキ」が入ります。結果はどうであれ、これまで頑張ったということは、これからの日本での生活でも励みになることでしょう。

日々是好日
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「『修士試験』合格の知らせ」。「まずは、『真っ白な心』で学ぼう」。

2009-10-27 08:34:11 | 日本語の授業
 昨日の帰りには、かなり強い風が吹いていました。時折、傘を真っ直ぐに立てられないほど激しく吹いていました。で、今日のことが思い遣られていたのですが、運良く、今朝は全くといっていいほど風が吹いていません。
 今年は11月の最初の日が日曜日で、一週間も早く、「留学試験の日」がやってくるのです。こうなると、一日でも貴重です。この前の時のように、台風で電車が止まり、学校に来られないということにでもなってしまったら、本当に大変でした。

 日本語学校では、長くて二年しかいられません。しかも「留学試験」は11月の第二日曜日、また「日本語能力試験」は、12月の第一日曜日と決まっていますから、「10月生」にとっては、一日たりとも疎かにはできないのです。来日後、一年ほどで、「高校」レベルの文章を30分の間に、20問ほども読まなければならないのですから…。

 まあ、焦ってもしようがありません。ともかく、今日は晴れましたから、上々吉と言ってもいいでしょう。お日様も射しています。目を空に転じれば、引きちぎられたような小さな薄い雲が、青い空のあちこちに散らばっています。真っ白いのから、黒っぽいのまで、様々です。一点に留まっているかのように見えるこれらの雲も、目を凝らして、じっと見つめると、ゆっくりと風に流れているのがわかります。上空は風があるようですね。

 今朝は、朝早くから、庭や玄関先で落ち葉を掃いている人たちの姿を見かけました。以前には、それを当たり前のように思っていましたが、今では、得難いことのように感じています。中国でも、ヨーロッパでも、そういう仕事をする人がいるです。お金持ちや、多少お金のある人たちは、こういう「仕事」はしないのです。日本のように、各家庭、また各企業が、自分の責任でやることではないのです(しかも、命令されてやるのではなく、自発的にやるのですから)。
 もしかしたら、これも「文化」と言えることの一つなのかもしれません。「格差」が拡がる傾向にある昨今、「これも文化である」と声を大にして叫ぶ必要があるのかもしれません。

 さて、学校です。
 昨日、今年の卒業生が「修士試験の合格」の知らせを携えて、お菓子を持ってきてくれました。お菓子は「饅頭」と「チョコレート」です(饅頭はともかく、チョコレートはおいしかった)。しかしながら、包装紙を開いてびっくり。紺のシックな箱には、大学名がしっかりと書かれていました。しかも、箱のみならず、中身を覆っている袋にまで、大学名が入れられていたのです。さすが、超有名大学です。これこそ、頭のてっぺんからつま先までというヤツなのでしょう。
 頑張ったね。まずは、よかった。おめでとう。

 しかしながら、これからは、もっと険しい道が待ち受けています。ものに動じない神経と楽天的な性格で乗り切っていくしかありません。合格してから直ぐに奨学金が出るそうで、アルバイトはやめて、勉強に集中するのだと言っていました。これまでは、レベルが低すぎるとのことで、教授のゼミにも出してもらえなかったのだそうです。しかし、合格後は、ゼミに参加させてもらえるので、嬉しいと言っていました。
 「上」を知らなければ、それで止まってしまいます。「上」があることが判れば、それ故の謙虚さも学んでいけることでしょう。中国人の学生にとって、これがなかなか難しいことのようですが。

 今年の「四月生」たちも、「自分たちの能力は、大したことがないのだ」ということが、少しずつ判ってきたようです(勿論、大半の学生達は判っていると思うのですが、判っていないと思える学生が、若干いたのです。例年に比べ、その数が多いような気がします)。

 大体、「アルバイト捜し」すらままならないのですから。田舎であっても大学を出ている、或いは国では一流と言われた高校を出ている、ただそれだけの理由による自信です。外国で、しかも日本で、やっていけるはずがありません。中国のいい大学を出ていても、日本の大学院受験で、ギャフンと言わされる人だって少なくないのですから。勿論、この人たちは、日本語のレベルは、「一級」には到達しています。つまり、専門分野で、そうやられてしまうのです。

 何事によらず、勉強しに来るのなら、まずは、「真っ白」で、来てもらいたいものです。その人に対する評価を下すのは、その人自身ではなく、第三者であり、その分野の専門家なのですから。まだ、勉強中であるのに、自分を「一廉の者である」と思い込み、それに基づいて、他者との対応をしようとするのですから、とんでもないことです。これでは、反感と軽蔑を買うだけです。

 アルバイトであれば、その人の評価をするのは、面接したその店の人です。日本語学校であれば、教師です。その人が入るべきクラスを決めるのは、教師であって、その人ではありません。本人は「中級」であると思っていても、教師にそう思えなければ、「初級」からやってもらいます。

 それを不服に思い、「もうこれは国でやった。簡単すぎる」などと、勉強しないでいると、せっかくの機会が活かせないまま、半年が過ぎてしまうということにもなりかねません。こういう人には、先に、よくよく説明するのですが、その説明も、彼らの心の底には落ちていかないのでしょう。なにさま、自分は「大した者」であると思い込んでいるのですから、その心の中にはなかなか入ってはいけません。(テストをして判らせるという方法もありますが、「点数」には表れない「評価」を判らせるのは難しいのです)。
 「三級」までは、「非漢字圏」の人でも、「理解力」がない人でも、それほど難しいことではありません。根性を以て、丸暗記すればいいのです。ただそれ以後は、「学ぶ力」があるかどうか、また「やる気」があるかどうかが、一番大切になってきます。

 こういう人が、それなりに「身の程」を悟り始めるのは、だいたい半年ほども過ぎてからでしょうか。まあ、判るのに、遅すぎるということはありません。自分が「大した者ではない」ということを自覚したところから、すべては始まるのですから。「学びに向かう姿勢」が築けるかどうかが大切なのです。

 しかしながら、これとても、人それぞれですね。
何も言わずとも、直ぐにひたむきに学びはじめる人もいますから。ただ、そうできる人はいいのですが、そうできない人を放っておくわけには行かないのです。勢い、口喧しくなってしまいます。言わなければ出来ないのですから。また、言っても、おいそれとはできないのですから。中には、二年が経ち、この学校を出る頃になっても「自分はすごいモンである。それが判らなかったコイツらは、とんでもないヤツらであった」と思っていたように見受けられた人もいましたから。

日々是好日

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「『上野動物園』で」。「『一級合格』後からが、本来の勉強」。

2009-10-26 07:27:32 | 日本語の授業
 今朝も雨が降り続いています。台風の影響でしょうか。
 金曜日の「課外活動」の時は、あんなにいいお天気だったのに、土曜日もお八つ時には降り始めていましたし。その後、日曜日には、いったん止み、それが夜から、またシトシトと降り始め、そして今に至っています。

 一雨ごとに寒くなるというのを、そのままに、昨日からグッと寒さが増してきました。何でも今日は11月中旬ほどの気温とか。学生達も震え上がっていることでしょう。風邪を引かなければいいのですが。
 秋は足早に通り過ぎ、直接冬に入っていきそうな感じさえしてきました。

 ところで、「上野動物園」をメーンにした「上野散策」は、何事もなく、無事に終了いたしました。みんなに楽しんでもらえて、教員一同嬉しい限り。
 特に「留学生試験」、「日本語能力試験(一級)」、そして「大学入試」を控えた「ABクラス」の学生達は、思いっきりはしゃいでいました。久々に羽を伸ばせたとでも、思っていたのかもしれません。あの日ばかりは、よほどのことをしでかさない限り、私たちが叱らないというのを、経験から知っているのです。

 ただ、「先生、おんぶ」には参りました。「私は、膝が悪い。治療院に通っているのだ」といつも言っているのに、んもう、直ぐに忘れてしまうのです。一人が飛びついてきたので、「やめてくれ~」と悲鳴を上げ、「足、あし、あ~し」と言うと、ハッとして飛び退くのですが、少しすると、別のが「おんぶ」と言って来ます。「鬼ごっこ」も、この年になると、少々きつい。できれば、勝手にやってくれと言いたいところですが、逃げてきたのが、私の後ろに回り込むと、引っ張られ、引っ張りで、ゴムのようになってしまいます。で、これも、「こらあっ」と叫べば、また蜘蛛の子を散らすように逃げていきます。

 本当に、中国人の女の子たちは、20才になっているというのに、まるで日本の中学生のようです。まあ、「キリン」にも、「カバ」にも「ホッキョクグマ」にも、「ゴリラ」にも、「ペンギン」にも、「サル」にも、何でもかんでも、それなりに好奇心旺盛に楽しんでくれていました。ですから、またきっと、今日からの勉強にも、頑張ってくれることでしょう。

 こういう「課外活動」には、「午前のクラス」も「午後のクラス」も、一緒に全員で行きます。この時に、特に「初級」や「中級」のクラスで、「お山の大将」になっている連中は、もう自分の日本語がどれほどのモノであるかが判って、威張れなくなります。得てして、途上国や、田舎から来ている学生は、上を見ることが出来ずに、下ばかり見て、自己満足に浸る場合が多いのです。個人的な資質にもよるでしょうが、特に中国人は、漢字がわかることもあり、(私たちから見れば、判っていないのは歴然としているにも拘わらず)聞けば、必ずといっていいほど、「判る」という答えが返ってきます。実際は、判っていないのですが、字面だけを追い、判ったような気になるらしいのです。

 これを改めさせて行くには、日本人が読んでいる普通の文章を読ませていくより他ないわけですが、如何せん、「一級合格」までは、「中学生」レベルにも至っていないわけですから、どうしようもないのです。つまり、レベル云々は言えないほど、日本語力はついていないのです。とにかく、「一級合格」までは、(授業は)駆けるしかありません。といっても、学生が勉強を望んでいなければ、それとても、できないことなのですが。
 ですから、私たちは、一定の資質を持ち、学びたいという意欲がある学生が欲しいのです。

 そうすれば、日本人が読んでいるものを読ませ、見ているものを見せていくことができます。これは、知識を増やしていくだけでなく、日本的な思考の流れ(うまく言えませんが、日本的な、いわゆる「日本人的な常識」の流れというヤツです)を感ずかせていけもするでしょう。
 本来ならば、大学や大学院へ行く前に、そういうことを半年なり、一年なりはやっておきたいのです。そうしておけば、日本の大学や大学院へ行っても、それほど恥を掻かずに済むでしょうから。

 日本語学校には、日本語を教えるという役割の他に、大学や大学院、また、日本の会社で働きたいという人のために、そういう場所で通用する日本文の読み取りやそれに必要な知識を習得させるという役割もあると思います。

 その、後者のための勉強は、すべて「一級合格」後のことなのです。

日々是好日
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「『課外活動』の意義」。「『西郷』さん、『不忍池』、『上野動物園』へ」」。

2009-10-23 07:56:25 | 日本語の授業
 今朝も早くから、「チィチィチィ。」「チチチチチチ。」「チチラチチラ。」「ピーッピィーピィーッ。」「チヨチヨチヨ。」小鳥達が何やら語り合っています。
 日本橋まで、地下鉄で20分の所にいながら、まるで小鳥達に占領されてしまっているような、そんな気分にさえなって来ます。

 この学校の直ぐそばに、「野鳥の森」があるからでしょうか、季節の変わり目には、雁行しながら、渡っていく鳥たちを見たこともありますし、お天気がいい時には、多分声の数だけの小鳥達が、この近所に来て遊んでいるのでしょう。

 考えてみれば不思議なことです。この辺りには大木もないというのに。きっと、あれもこれも、かつて「お狩り場」であったという歴史的な存在意義のある場所が近くにあるからなのでしょう。
 いつか、テレビで見たことがあるのですが、そのお狩り場を「キジ(雉)」がケーンと鳴きながら飛んでいたのです。その時、私たちがいるその近くを、『桃太郎』に出て来る「キジ(雉)」が、今歩いているというのが、あり得べからざることのように感じられました。「キジ」ですよ、「キジも鳴かずば打たれまい」という、あの「キジ」なのです。

 さて、鳥たちの天国、「野鳥の森」から、今日は課外活動で「上野動物園」へと移ります。
 まず、西郷さんの銅像を見て、「不忍池」へ寄り、多分今は紅葉が見頃なのかもしれませんが、春にはサクラで世人を喜ばせるという「桜並木」を通り抜け、最後に「上野動物園」へと参ります。

 これも、初めの頃は、「教育的意義」などというのに、がんじがらめになっており、その選択先にも、日本の文化を伝えるとか、四季を見せるとかいうのから離れられないでいました。学生達は、それでも、往復の電車の中や道すがらを、適当に楽しんで息抜きをしていたようでしたが、今から考えてみれば、学生達を連れて行く時の目的が「楽しむ」だけでもよかったのです。

 学校が、いろいろな所に連れて行かなければ、せっかく日本に来たというのに、ただアルバイトと勉強だけで終わりだったということにもなるでしょう。おそらく、日本語学校にいた二年間、どこにも行ったことがなかったという学生もいたはずです。

 大学や専門学校の面接の練習をしてやればすぐに判ることですが、
「日本に来て、どこかへ行ったことがありますか」
「日本に来て、何が一番楽しかったですか」
 この時、学校が連れて行ったところしか答えられない学生が多いのです。この学校に、二年もいれば、かなりの場所へ行けるということになります。

 1年に二度の「一日旅行(8月は「富士山」か「日光」。12月は「ディズニーランド」か「ディズニーシー」)」の他にも、「鎌倉」や「横浜」、「NHK」や「明治神宮」。
 その他にも、学生達が見た方がいいと思われる「催しもの」がある時には、「美術館」や「博物館」にも連れて行きます。

 確かに、連れて行くからには、こちら側も勉強しておかねばなりませんし、(彼らの)路上での行為にも油断できませんし(常に「来日一ヶ月に満たない者がいますから)、電車の乗り降りや乗り継ぎにも、落ちこぼれが出ないように気を配らなければなりません。つまり、教室内で勉強させるのとはまた違った苦労があるのです。けれども、学生達の楽しそうな顔を見ると、たとえこちら側が多少疲れたとしても、連れて行っただけのものは、彼らが受け取ってくれているのがわかります。

 今日、連れて行く「動物園」というのもそうなのです。以前は、この時期、「国立博物館」へ連れて行ったこともありました。卒業を控えた学生達に、いろいろな「モノ」を見せたかったからなのですが、しかしながら、結局のところ、「博物館」を楽しめる学生は、そういませんでした。彼らの大半は、途中の「動物園」という看板の方に惹かれていたようでした。「博物館」に着いても、何人かは、もう(館内のモノは)見たから、早く出て動物園に行ってもいいかと聞きに来ていたくらいでしたから。

 そして、今回です。これは、あの時の経験があったからというわけではなく、別の理由があったからなのです。
 授業の時には、「読み物」や「ヒアリング」などの教材の中に、動物の名前が多く出てきます。そこから「『動物園』や『水族館』に行ったことがない。テレビや写真で動物の顔を見たことはあるけれども、実物を知らない」という学生達の姿が浮かび出てきたのです。「水族館」は、まあそうだろうと予測はついたのですが、ああ、「動物園」もか…。という気分でした。

 彼らは、子供の時に、「カバ」さんの大きな口を見たことも無いのです。「キリン」さんのナガ~イ首や「ゴリラ」の思索に耽っているような「哲学者の風貌」も知らないのです。日本人が、子供の時に「動物園」で、様々な動物たちに出会い、一緒に遊ぶ夢を見て豊かな時間を過ごしたり、将来の仕事に選んだりするのとは違います。既に子供の時に、その可能性の一つが失われていたのです。

 若い先生を中心に、動物園でのコースが考えられています。
「これは見なくっちゃ」
「ここへ行ってしまうと、あれが見られないから、注意しなくては」

 「10月生」は、まだ互いの意思の疎通が出来ませんから、迷子にならないように注意してやらなければなりません。同じ国から来ている人に頼んではいるのですが、それでも、こぼれてしまう人が出てしまいます。教師の目の至らないところは、先輩連に頼んでおきます。この点、既に一年をこの学校で過ごしている人たちは、本当に頼もしい。

 中には、頼もしすぎて、面の皮が「カエル(蛙)」さん状態の人もいます。
「先生、迷子にならないようにちゃんとついてくるんですよ」などと言う輩から、
「動物園へ行きますね。安心してください。連れて行ってあげますから」などと言う学生まで、「育って」います。

 「行徳」へ戻る時もそうです。学校が借りているアパートは、大体が駅の近くですし、自転車で10分くらいかかるところでも、駅の近くの学校へ自転車を置いておけば大丈夫ですから、「行徳駅」へさえ戻れれば、「10月生」であろうと、家には帰れます。

 「10月生」が戻る時には、先輩連に頼んでおきます。
「この人は、『浦安』で降りるから、お願いね」「この人は、アルバイトで『東陽町』で降りなければならないから、頼むね」
 大体が、自分たちの方が、先生たちよりも頼もしいという自信(?)がある連中ですから、一つ返事か、まあ方向音痴でも、二つ返事で引き受けてくれます。

 さて、そろそろ風邪気味の学生達へ電話をしなければならない時間になりました。
 昨日、風邪気味の学生が「Dクラス」に二人ほどいたのです。学校へは、無理をしても出て来るけれど、「動物園」へは、ちょっと…と言いに来た学生達です。様子を聞いて、無理のようだったら、やめさせるつもりです。

日々是好日
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「素直に学んでいく者が、一番早く上達する」。「日本の大学院を受験するには」。

2009-10-22 11:49:55 | 日本語の授業
 今朝も穏やかです。今朝の空は、透明感がありません。お天気はいいのですが、さて、水色の絵の具にどれほどの白を混ぜたら、この空の色になるのでしょうか。
 あちこちで小鳥達がさざめくように鳴き始めました。まるで水の輪が拡がっていくようです。

 最近は中国からも、大学は卒業したものの、適当な職はないし、とにかく留学して箔でもつけるかという大卒者がやってくるようになりました。以前もいたのですが、大学の数が少なかったので、国内でちゃんと分配できていたのです。それは、どこの国でも同じことですからいいのですが、さて、きたものの、困るのが、大学院で(具体的に)何をやるかが言えない人たちが多いということなのです。

 (自分たちは)大学を卒業しているから、どうにかなるだろうとでも、考えているとしか思えないのです。日本では、別に大卒者は珍しくも何ともないので、実際のところ、どうにもならないのですが、それが、いくら口を酸っぱくして言っても、なかなか判らないという、中国からの大卒者がかなりいるのです。(専門にもよるのでしょうが、相対的に知識量が違います。本当に少ないのです。つまり、専門分野に関する書籍をあまり読んでいないのです)

 高校までの中国の学校教育がどうであるのか、私も経験したことがありませんから、何とも言えない部分があるのですが、日本の「全人教育」を目指すというのとは、違うことだけは確かのようです。

 それ故、高卒者のばあい、中国の教育方法とは相容れず、能力を伸ばせなかった者が、来日後は、そんじょそこらの(中国の)大卒者が及びもつかないような好成績を残すことがあります。
 それで、私たちは、(中国の)大学を出ているから、能力が高いとも、(中国の)大学に進学できなかったから、能力が低いとも、一概には見てはいないのです。そうはいいましても、基礎学力ということもありますから、「高考」で、350点に及ばなければ、ちょっと逃げ腰になってしまいますけれども。勿論、技術を学びたいという学生は別です。そういう人たちとは、日本へ来る前によく話し合っておきます。ファッションやエステ関係、またデザインなどを勉強したいという場合、数学や物理などの成績はそれほど関係ありませんから。

 そういうわけで大学を目指しながら、「高考」で500点に至らず、来日した学生が何人も、この学校にもいます。最初に、「先生、日本の小学校や中学校では、学校で料理も教えるの!?」とびっくりしたおしゃまさんたちもそうです。
 現在、その中の一人は、普通の(中国の)大卒者が上げられないような(日本語の)成績を上げています。志望は理系であるにも拘わらずにです。彼女の場合、最初の授業(去年の7月に来た時には「ひらがな」も「カタカナ」も書けなかった)の時から、他の子とは違うなということは判りましたが、これほど伸びようとは思ってもいませんでした。

 「留学生試験」でも、「一級試験」でも、普通、「読解文」では、「(大卒者と高卒者の間の)4年間」の差はなかなか埋めることができずに、大卒者の方が点数の上では上なのですが、中国の有名大学を出て来日している人たちよりも(過去の学生達の成績をも含めて)、彼女の方がかなり上なのです。
希望する総合大学に入れたら、何でも勉強したいと好奇心旺盛な彼女たちのことです、自分の専門分野に拘わらず、様々なことを勉強していってくれることでしょう。できれば、サークル活動などを通して、人間関係も拡げていって欲しいものです。

 おかしな言い方かもしれませんが、こういう好奇心旺盛な高卒者たちには、色がついていないような気がするのです。中にはへっぴり腰の学生もいますが、素直に、私たちが学べと言うものを受け入れ、ドンドン世界を広めていこうとするのです。

 しかしながら、(中国の)大学を卒業してから来日している学生の中には、すでに好奇心も勉学の意欲も枯渇しており、「勉強はもういい。勉強しても、得にならない」と考えているようにしか、見えない学生も少なくないのです。日本のように自由に何でも学べるところに、せっかく来たというのに。
 それでいて、大学院へ行きたいという。とはいえ、大学院で(具体的に言えなければなりません。大学へ入る時のような大ざっぱなものでは困ります。しかも、研究計画書も書かなければなりません)何を学びたいかが言えない。もう一つは、簡単に専門を変えたいと言う。しかも、プライドばかりが高いのです。能力も知識も大してないくせに、あると思い込んでいることからくる、おかしなプライドです。

 大学を出ているかどうかというよりも、自分の能力と限度をある程度知っているということの方が、日本では大切です。大学院に入りたいという場合、特にその能力が要求されます。子供ではないのですから、知らないのに知ったか振りをしても、それが通用する世界ではないのです。

 「日本語能力試験(一級)」に合格(専門分野の能力はあるとして)していようと、(国立大学の大学院を目指す場合)よほどのことがない限り、修士試験には受かりません。(日本人の受験生と比べて)読書量が全く足りないのです。受験の時に、重視される卒論にしても、中国のものは、半年くらいで書き上げて終わりというものですから、日本の大学の、半期ごとのレポート提出と同じくらいのレベルでしか見なされないのです。それが、四年間の大学生活のまとめということですから、継続して学問の道に入りたいと言っても、「はい、そうですか」というわけにはいきません。

 それで、普通は、研究生となって、大学本科の三年、四年の授業を受けながら、修士試験を目指すということになるようなのです。これも、私たちから見れば、大学側の温情です。勿論、大学院にもいろいろなレベルがありますし、教学方と事務方との連絡がうまくいっていないところもありますから(教学側は、余りにレベルの低い学生は入れてもらいたくない。一方、事務方は、日本人は誰も希望しないから、レベルが低くても外国人でも入れないことには、大学が存続できないと思っている)、どこでもいいと言う場合は、(つまり、どこでもいいのでしょうから)お金さえ、ある程度あれば、それから、運がよければ(その年に日本人の入学希望者が全然なかったとか)、入れるでしょう。

 ただ、これまで、この学校にも、優秀な大卒者が来ています。好奇心旺盛で、いろいろな事を学びたいと思って来日してきた人もいます。けれども、総じて、優秀な高卒者のほうが、日本に順応しやすいようなのです。年齢も関係しているでしょうが、大学四年間というのは、短いようでいて、とても長いのです。その間に、不必要なおかしなプライドとか、とんでもない理論とかを植え付けられていて、勉強の方のマイナスになる人も少なくないのです。

 日本の大学では、勉強がしたければ、それ以外のことには(勿論、生活がありますから、アルバイトは必要でしょうし、日本に来るまでの勉強の量というのがありますから、それが足りなければ、苦労はするでしょうが)、時間を割かなくてもいいのです。思ったことを書き、思ったことをいうことが出来るのです。くどくどしく、政治的なことを考慮したりする必要がないのです。

 日本の大学で、そういう学生生活を送った人と、普通の中国の大学(特別レベルの高い大学ではありません。聡明な人は、だいたいにおいて柔軟性があります。性格は頑固であろうと、学問の分野、つまり、知的な分野においては、必要な事はすっと理解できますから、私たちにしても、それほど困るということはないのです。どこでも学んでいけます)で、それなりに四年間を過ごした人と、差が出て来るのは当然でしょう。勿論、これは、向き不向きということもありますし、本人の資質ということも関係がありますが。

 今、学校では、「留学試験」を控え、特別授業が続いています。そういう授業が、すでに一週間くらい過ぎたわけですが、同じように授業を受けているにも拘わらず、この一週間だけでも、かなり差が出てきました。素直に注意されたことに気をつけて、勉強していく人が伸びるというのは、当たり前の事でしょうが、そういう人は、自然に集中力もついてきます。そのためにも、学生には「澱」があまりついていない方がいい。そう思うのは、私たち学校関係者だけではないでしょうが。

日々是好日
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「『試験』ストレス」。「『お医者さんが怖い』病」。

2009-10-21 07:50:16 | 日本語の授業
 今朝は風もありません。いいお天気です。いつもの癖で頭上を見ると…雲もない…と言って、秋晴れとは言い難いし。今朝のお空さんは、優しい水色に装われています。

 昨日は、学校で、病人が一人、出ました。朝のクラスで授業をしていると、いつもいる子が、いないのです。あれ、来ていたはずだがと思っていると、戻ってきました。で、また見ると、いないのです。行ったり来たり…。どうも、トイレで吐いていたようなのです。

 聞いてみると、「今朝、ご飯を食べて直ぐに薬を飲んだから、それで、気分が悪くなった」と言うのです。普通なら、食前、食中、食後と、あとは寝る前というふうに、薬を飲む時は決まっています。食後直ぐに薬を飲んだから、気分が悪くなった…?と怪訝そうな顔をしていると、「中国の薬です」と言う。

 「とにかく、直ぐに病院へ行きなさい」。すると、「病院は怖いです」と言うのです。中国で、何か怖いことを経験したのかと思って聞いてみたのですが、そうではないようなのです。どうも、前に、日本の病院へ行って、そこで、「『あなたの病気は、もうずっと直らない』みたいなことを言われた」と言うのです。

「???」

 日本のお医者さんが、そういう、患者が不安がったり、恐怖に駆られたりすることを、しかも外国人の女の子に言うはずもなく、これまた、(私が)不審そうな顔をしていると、ムキになって、「本当です。だから、怖いです。行きたくないです」と言う。

 彼女は、アレルギーがあるので、それで病院に行ったらしいのですが、日本人の私たちから見ると、遺伝性のアレルギーというのは、なかなか直るものではなく、かく言う私とて、「花粉症」で、毎年、1月の末頃から、病院の厄介になっています。アレルギーなら、まあ、悪くすると、一生それと付き合わなくてはならないと言われたというのも、頷けます。

 日本人なら、そう言われたからといって、「もう自分はだめだ」などとは思わないでしょうが(普通は、「あああ、しょうがないな」くらいは思うでしょうが)、外国人である彼女は、そのニュアンスがわからず、文字通りに受け取り、それでショックを受けたのかもしれません。

 今時、日本人で、何らかのアレルギーを抱えていない人など、ほとんどいないと思うのですが。つまり、大半の人にとって、アレルギーは、一生のお友達なのです。それに、日本では、高校で成績がとてもよかったら、その人に、(教師は)「うん、これなら『医学部』へ行けるぞ」と言うでしょう。これは、中国では考えられないことでしょうが。つまり、医者のレベルもそれだけ違うのです。ですから、「安心して病院へ行きなさい」と言い、聞くと保険証を持っていると言うので、直ぐに近くの病院へ連れて行きました。

 本当は、予約が必要だったのですが、予約なしで連れて行きました。この病院の方たちは、とても親切で、優しいのです。この「優しさ」というのも、相手の身になって考えることができる優しさであるように感じられました。

 日本でも、とかく医者は、難関(大学試験)を突破し、ペーパーテストの成績がいいだけで、対象が人間であるということを忘れた存在であると見なされがちですが、この病院では、そういう感じは受けません。

 彼女は、この7月に、既に「日本語能力試験(一級)」に合格しています。しかしながら、(医者の方が)日本人に言うような感じで、日本語で説明してしまうと、(まだ微妙なニュアンスがつかめるレベルには達していませんから)学生の方が誤解して、それがストレスになるということもあるのです。
 その点、この病院では、看護婦さんも、お医者さんも、相手の身になって考えてくれ、言葉や態度を変えてくれますので、私たちも安心して連れて行くことができるのです。

 学校を出る時は、不安で不安で、涙がポロポロと出ていた彼女。病院へ行く途中でも、「先生は、病院へ、よく、行きますか。私は、行きません」と、完全に逃げ腰。引かれていく子羊のようでした。が、着いてみると、やはり、周りがいるということで、(涙は見せられません。気は決して弱い方の学生ではありませんから)シャキッとなって、ちゃんと受付の方と応対しようとしています。ところが、保険証を出した時、「これは期限が来ています。新しいのは?」と聞かれ、ガーンとなって、また、「先生、どうしましょう」とオロオロしています。

 けれども、様子を見た受付の方が、「大丈夫。今日は自費ということで払ってもらって、今月中に保険証を持って来てくれたら、その時、払い戻しますから、大丈夫ですよ」といてくださいました。で、ほっとして、「先生、私は一人で待っていますから、先生は学校へ戻って仕事をしていてください」と気丈なことを言います。

 それで、順番が来たら、必ず電話するように伝え、また、受付の方にも頼んでおいて、学校へ戻ったのですが(この病院は、歩いても、2,3分くらいのところにあります)、学校へ着くなり、「先生、私の順番です」で、また、大急ぎで病院へ戻り、一緒に、血圧を測り、質問に答える部屋に入ります。

 その時の看護婦さんに、彼女は病院が怖いと思っているということ、それから、前に日本の病院に行った時にどうも(日本語の問題で)不安を味わわされているということを伝えました。その看護婦さんが、きっとお医者さんにそれを伝えてくれたのでしょう。お医者さんも、彼女が不安がるようなことは何一ついわず、態度もいつにも増して親切で、診察が終わって待合室に戻った時、彼女の顔はすっかり明るくなっていました。

 彼女の病気はお医者さんが言うところの「胃の風邪」。胃腸炎だったとのこと。ストレスも原因の一つでしょうともおっしゃっていましたが。もうすぐ「留学生試験」があります。その二週間後には「一級試験」(とにかく300点以上。そして、どれだけ上乗せできるかです。普通、高卒の学生が一年と半年足らずで、350点までいけるのは稀なのです)があります。そして、「留学生試験」と「一級試験」の間には、「(大学の)願書」も書かねばなりません。ストレスを感じていない方がおかしいのです。

 まあ、そういうわけで、私は先に戻りました。彼女が戻ってきたのも、それから10分とは経っていなかったでしょう。大学入試を控えていると先に伝えていましたので、順番を早くして、学校に戻してくれたのかもしれません。戻ってくると、また、続きの授業を受け、授業のあとは、しっかり自習室で勉強し、いつも通りに帰っていきました。きっと親切なお医者さんや看護婦さんの応対で、彼女の「お医者さんが怖い、病院が怖い」病は治ったことでしょう。

日々是好日

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「春風?」。「『書いて覚える』文化」。

2009-10-20 13:37:59 | 日本語の授業
 今朝もいい天気です。けれど、10月には、まるで似つかわしくないような、春めいたお天気なのです。風まで、「もしかしたら、これはそよ風なの?」とでも言いたくなるほどなのですから。こういうお天気だと、この風景の中に、「モンシロチョウ」でも飾りたくなってしまいます。学校の金木犀は香っていますものの、「モンシロチョウ」とくれば、「菜の花」です。「菜の花」と「モンシロチョウ」、もう完全に、頭の中は春です。

コスモス


 とは言いましても、大地は正に、「秋真っ盛り」一歩手前といった按配で、あちらでは色とりどりの「コスモス」、こちらでは「オミナエシ(女郎花)」の「黄」そっくりな色の「セイタカアワダチソウ」、そして、あそこには「カキ(柿)」のオレンジが青空に映えている、のです。この「セイタカアワダチソウ」にしましても、ひと頃は外来植物の代表として憎まれ役だったのですが、今では、すっかり日本の秋の風物詩となっています。


 空を見上げれば、「ヒツジグモ(羊雲)」くずれか、或いは、「ヒツジグモ」になりかけの雲が、そのままの姿で風に吹き飛ばされています。今朝の天気予報によると、九州地方で、10月としては17年ぶりの「黄砂」が観測されたとか。これもゴビ砂漠の辺りでは、雨が例年よりも少なかったことによるのでしょう。関東地方は、優しい風ですし、「黄砂」も感じられていないので、鷹揚なものですが。

 そういう風に飛ばされてしまったのでしょうか、ふと見ると、「サクラ(桜)」も「ハナミズキ」も、もう葉の大半を落としているではありませんか。特に「サクラ」は、春(の花)と秋(の紅葉)と、二度楽しめると言われていますのに、やや残念。今年は花だけしか楽しめませんでした。

 さて、「中級クラス」です。「非漢字圏」の学生達は、文章の「文意」を汲み取るどころか、「漢字」に四苦八苦しています。いくら彼らが覚えられないからといって、授業中に、(彼らのためだけに)何時間も、漢字の「書き」時間をとり、他の学生達に自習をさせるというわけにはいきませんか、(「教師が必要な部分は教師がするけれども、一人で出来ることは、一人でする」というのが、鉄則です)、当然のことながら、各自でそれなりの努力をして、授業に参加するということになります。

 家庭学習の習慣が、それほどない人(で、非漢字圏)、「書いて覚える」という習慣が全くと言っていいほどない人(で、非漢字圏)、或いは「具体的に言わないと出来ない」人(で、非漢字圏)など、様々な理由から、一人二人と授業に参加できずに、落ちていきます。

 けれども、皆が皆、そうというわけではないのです。しっかりと漢字の練習をして、
「漢字を書く練習をする。」→「漢字のパーツがわかるようになる。」→「少しずつ漢字の意味を類推できる。」→「漢字の読み方を覚える。」→「本文が読めるようになる。」→「意味が少しは判るようになる。」→「質問に答えられるようになる」
と、この段階を踏んで、わずか二年か二年足らずの間に、それなりの本(二級レベル)が読めるようになった人もいるのですから、

 教師の側としましても、注意は与えますし、彼らの素質にしても、それほど普通より劣っているとは思えないのですが。そういう習慣がないというのは、(日本語などの勉強をする場合)完全に不利です。中国人や日本人の場合、「書くな」と言われても、(外国語を)習ったら、直ぐに書いて覚えようとします。「書くな。書くな。聞いて覚えろ」といくら言われても、書かねば、何か忘れ物をしたような具合になって、落ち着かないのです。

 こういう日本人の習慣は、(外国語を学ぶ場合)マイナスであると、ずっと思っていました。けれども、「非漢字圏」の人が日本語を、こうやって(それほど書く練習をせずに)覚えようとしているのを見ると、これは問題だと、ついつい思ってしまうのです。特に、「聞いて覚える」学習経験しかない人たちが、手を動かして覚えるという勉強方法を軽んじて(三級までの漢字は、実際のところ、それほど苦労しなくとも、どうにかなるのです)いるのを見ると、「中級」以降が思いやられて、ため息が出てしまいます。いくら言っても、想像が出来ないのでしょう、適当にやってしまうようなのです。

 それを見るにつけ、これまで「書く習慣」から離れなくて、苛立っていたのは、ある意味では、贅沢だったと言えましょう。

 こういう勉強方法も、文化であると、すばらしい文化の一つであると、そういう文化圏から来ていない人たちを見て思うのです。

 まあ、こういう人たちは、私たちが(外国語を学ぶ時に)苦しんだように苦しんで、(私たちと反対に手を動かして)漢字仮名交じり文を覚えていってもらうしかありません。

日々是好日
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「馴染めなくなった『中国詩歌』」。「毀誉は他人の主張」。

2009-10-19 08:46:36 | 日本語の授業
 今朝もいいお天気です。チュンチュンと雀の声がしているだけの、のどかな朝です。10月も中旬を過ぎますと、お日様の光もすっかり角がとれ、ギンギラギンの激しさがなくなってきました。しばらく前までは、近くのマンションのガラス窓から来る、光の反射で、カーテンが開けられなかったのが、嘘のようです。

 土曜日は、例の如く、わっさかもっさかと、授業の準備に追われていたのですが、昨日は、久しぶりにゆっくりとしてしまいました。本当に何週間ぶりでしょうか、本当はそうもしていられなかったのですが、先週、ちょっと立ち眩みましたので、用心したのです。

 それで、午前中に、たまっていた一ヶ月分の新聞を整理しました。
授業に使えるもの、また自習室において彼らに読ませておくべきものとに分け、それを済ませてしまうと、何だか所在がなくなってしまいました。そんなわけで、随分長い間、忘れていた中国の詩歌などを、久方ぶりに手に取って見てしまったのです。

 すると、不思議なものです。もうだめなのです。馴染めなくなってしまっているのです。遠い、「外つ国」の言葉としか感じられなくなっているのです。日本人からすれば、これも日本語で書かれている、古典と言える存在でありますのに。
 子供の頃は、日本の詩歌と同じくらいに親しいものでしたのに。

 それが、いつの間にか、自分の心の流れと寄り添えなくなっていたのです。

 中国の詩歌には、余韻というものも、当然のことながら表現されています。けれど、それをさっ引いても、まだ、「起承転結」の、「結」が、強く感じられてしまうのです。どこかしら、強いのです、どんなに嫋々としていても。

 日本の詩歌には、終わりがありません。切れ目がありません。どこまでも「想い」は続いていきます。自然にしても、自然に委託した「想い」にしても。激しく畳みかけ、強く言い切っても、まだまだ、心は太い血管の中をドクドクと流れているのです。尾っぽが切れてしまわないのです。
 
 帰国後、それに馴染んでしまったのでしょうか。その中に浸りすぎてしまったのでしょうか。もう、私の心は、漢詩にはついて行けません。また、文学としても、馴染むことも出来なくなっています。中国は、随分遠い国になってしまっているようです。

 まるで終わりのない長い旅をしているかのように、心に切れ目がつけられなくなっているのです。日本の詩歌の流れたるや、ただ、ドクドクと太く、その太さが、まるで棍棒のようであったりします。しかしながら、表に出て来る形は、大半が「呟き」であったり、「ささやき」であったり、また「ため息」であったりするのですから、子供の頃には、その形が、見えなかったのも当然のことなのかもしれません。

 日本人でさえ、こんなことをこの年になってやっと感ずるくらいですから、外国の人がわからないというのも無理からぬことなのかもしれません。爪の先ほども感じない人もいるのですから

 日本の詩歌などという高尚なものが判らずに、「こんなもの簡単だ」と言ってのけるのなら、まだ「ああ、そうだろうな」と理解できもするのですが、「日本語が簡単だ」と言いきれるのは、どうなのでしょうね。日本語に限らず、他国の言語というのは、生半可な勉強で、どうにかなるというものでもないはずです。けれども、これとても、本人の感性や能力が関係してきますから、「日本語なんて簡単だ」などと豪語する内モンゴル人がいても不思議はないのかもしれません。

 また、それはそれで放っておいてもいいことなのでしょう。その人は日本語、特にその最たる日本文学とは、無縁の人でありましょうから。そういう人に一年もかけて、教えようと「簡単だ」と思い込んでいるわけですから、意味のないことなのでしょう。こちらとしても、やりがいのないことですし。

「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張。我に与らず、我に関せず」
と言ったのは、勝海舟でありました。
 これは、甚だ便利な言葉で、海舟くらいの大物が言えばこそのものでありましょうが、小物でも、自分を大物と思っていれば、これくらいの気持ちでいるのかもしれません。

 高校卒業して、直ぐ来ていれば、日本という地にも習慣にもだんだんと馴れていくでしょうが、そうでなければ、蝸牛の殻を引きずって、自分の気に染まないことがあれば、その中に引っ込んでいれば、いいわけです。そうすれば、自分も傷つかないし、他人にも愚かな自分の姿を見せずに済むというものです。けれども、こういう人は、あまりこういうことで傷つきはしないでしょう。周りも諦めて取り合おうとはしないでしょうし。

とはいえ、
「憎まれて世に住むかいはなけれども、かわいがられて死ぬよりはまし」
ですからね。うんと、こういう人に憎まれるようなことをした方が、教師としては正しいのかもしれません。

日々是好日

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「課外活動のお知らせ」。「あと少し。受験生の『ガス抜き』」。

2009-10-16 07:55:19 | 日本語の授業
 今朝も上天気です。学校の「キンモクセイ(金木犀)」も、甘やかな香りを放っています。この分で、お天気も大きく崩れることなく、来週の動物園までいけるといいのですが。
ところで、この動物園のことで、きのう「Aクラス」のおしゃまさんの一人が、文句をつけにやってきました。

「先生、来週、動物園へ行くのですか」
驚いて、
「行きますよ。まだ言ってなかったっけ」
と言うと、
「まだです」
ときっぱり。すると、横から、若いE先生が、
「掲示があるでしょう」
「あります。見ました。でも、他のクラスの人には言ったでしょう。どうして、私たちには、言ってくれないのですか。私たちは、私たちだけは、動物園へ行かないで、学校で勉強をしなければならないのかと思いました」

聞いているうちに、「難癖だ。あら探しだ。こいつ等、また、イチャモンをつけに来たな」ということが判りましたから、こちらも強気に出ます。
「字が読めるだろうが」
「でも、他のクラスでは、親切に言ってあげたのに、私たちには言ってくれません。先生は意地悪ですから、私たちを連れて行ってくれないと思いました」
また、隣にいた、おしゃまの一人が、
「そうだ。そうだ。先生は意地悪だ」
と、彼女の後ろに隠れながら、合いの手を入れます。

「そうだね。行ってしまうと、もう帰ってこなくなるから、行かない方がいいのかな」と言うと、慌てて、
「行きます。行きます。……でも、どうして?」
と直ぐに引っかかるのです。
「だって、お里帰りしたら、戻りたくなるでしょう」

「ええっ。ひど~い先生。プンプン、もう話してあげない。プンプン」
と、教室へ戻ろうとします。すると、あちらで、E先生が、
「ほらほら、Gさんここにいるよ。(傍にいて、援護射撃をしていた)Cさんは、こっちかな」
と、動物たちの姿を見せてやります。
「違います。私じゃない」「私じゃない」
と、結局、二人は尻尾を巻いて逃げて行ってしまいました。

 まったく、幼稚園さんと話しているようです。しかし、なにかと理屈をつけては、言いにくる彼らは、まるで、まとわりついてくる子供のようです。もっとも、そのついでに、用事を言いつけられるか、返り討ちにあってしまい、すごすごと引き下がってしまうのがオチなのですが。

 とは言いましても、この人たちも、国立を目指して頑張っています。

 多分、勉強に、アルバイトにと、本来の力以上に、張りつめた毎日を過ごしているのでしょう。彼らは高校を卒業して直ぐに来た人たちですから、時々、その我慢が堰を切ったようにほとばしり出てしまうことがあります。ほんの些細なことで、職員室で大泣きしたりすることもありましたから。

 今は、携帯電話やコンピュータなどを使っての友達とのおしゃべりが、以前に比べ、かなり容易になり、前のようには、孤独感に苛まれるということはなくなっているようです。しかしながら、異国で頑張っている人たちには、そういうことをして、気分転換をはかる時間もお金も、それほどはないのです。よく頑張っていると思います。文句を言いに来たりするのは、一種のガス抜きなのかもしれません。やっつけられても、それなりの気分転換が出来、「面白かった。また頑張ろう」くらいの気分にはなれているのかもしれません。そうやって、気を張り続けて、来年の三月の発表までは、頑張っていくしかないのです。

 ただ、今度の課外活動の場所、動物園は、大声で騒いでも、走り回っても、何をしても許されるような空間ですから、子供に戻って、大いにはしゃいでもらいましょう。そして、次の週からの勉強に備えてもらいましょう。
 勉強は、ますます、内容も難しく、量も増えるということになっていきますから。

日々是好日
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「初級から中級へ」。「中級から中級へ」。「己のレベルを知る」。

2009-10-15 11:38:21 | 日本語の授業
 今朝も鳥の声が聞こえています。昨日、この辺りで騒いでいた鳥たちの声が、遠くから響いてきます。その声も、近づいたり遠ざかったりしていますから、電線に止まっての会議ではないのでしょう。聞いているうちに、
「ねえ、あっちへ行く?ねえ、一緒に行こうよ」とか、「嫌だよ、一人で行けよ」。「待ってるからさあ。みんなで一緒に行こうよ」。「そうだよ。そうしようよ」。
 まるで、人声のように聞こえてきます。

 古来から、木々が風に揺らされて軋む音も、風の渡りとして、人声に聞こえてきたりしていました。

「世を捨てて 友だち 多くなりにけり 月雪花に 山ほととぎす」
 
 江戸の「狂歌」という記憶はあるのですが、だれの作だったかは忘れてしまいました。「狂歌」にしては毒がないものの、こういう平易なものも、それなりにいいものです。人は四六時中、感動し続けていることはできませんから。

 「処世術」というのは、面倒なものです。
 小難しい理屈をつけて、あれこれ言ってみても、結局は、生来のものに左右されてしまいます。何も学ばなくとも、「ドジョウ(泥鰌)」のように、世間を泳ぎ渡っていける人もいますし、反対に、あちこちの角に頭をぶっつけながら懸命に泳ごうとしたところで、沈没の憂き目をみてしまう人もいます。

 そういう人でも、自分の心を映し出す物言わぬ友ならば、ただ「美」に心をたゆたせていけばいいだけですから、楽なのかもしれません。とはいえ、何ものであれ、「友」と認知できる存在がいるだけでも良しとせねばならぬのでしょう。

 さて、学校です。
「Dクラス」は、9月の最後の週に、「中級」に入ったわけですから、まだ一ヶ月とは経っていません。「初級」の間は、一日に五つから七つほどの漢字を覚えるだけで済んでいたのが、「中級」に入った途端、それでは済まなくなります。

 「文」レベルで終わっていたのが、急に「文章」になったわけですから、難しさも倍増したでしょうし、その中に現れる漢字が、一日に五つということはあり得ませんから、いくら直ぐに忘れるとはいえ、当座は覚えておかなければ、(授業に)ついて行けないのです。
 こういう授業の進度についていけるかというと、そういうわけでもなく、「非漢字圏」の人にとっては、かなり辛いものであるであろうことはわかります。しかしながら、そうかといって、ゆっくりやれば、判るようになるかというと、そういうものでもないのです。

 で、この学校では、「非漢字圏」の人は、最初は、漢字を覚えられなくとも、皆と一緒に授業を受けておくのです。「漢字圏」の人たちと同じようにはできなくとも、その時には、単語の意味や文法などの確認などは、しておけますから、そうしながら、少しでも日本語に馴れておく。

 とにかく初めは、サラッと流してしまうだけであろうと、同じクラスにいて、何を勉強しなければならないかを判っておいてもらうのです。そうでなければ、漢字が全然書けなくても、本が全然読めなくても、大学に入れるという思い込みから解放できない人がいますから。
 そして、「初級Ⅱ」がきちんと入っている学生は、「中級」の終わりか、「上級」に入った頃に、もう一度、「中級」をやり直させるようにしています。

 この時には、すでに単語の確認も出来ていますし、文法も、大体二回目には使いこなせるようになっています。しかも、漢字は書いた記憶があるということで、文章読みに集中出来るのです。

 私も、以前は、何でも「基礎が大切」というのは、ある程度の学力がある人間なら、だれにでも判ることだと思っていましたし、そうしないのは、却って損だと皆思うはずだと思っていました。

 けれども、そうではない人も少なくないのです。

 多分、日本人は、そう聞くと驚いてしまうでしょうが、本当なのです。
つまり、同じ一年勉強した。だから、あなたと私は同じであると、そうとしか考えられないのです。同じ一年で、あの人は一級に合格できた。けれども、あなたは出来なかった。このクラスは一級以後のクラスであるから、あなたには向かないということが、どうも納得できないのです。

 「大丈夫」と言うのです。不思議ですね。本当に日本語が上手になりたいのでしょうか。アルバイトなどの都合で、「午前がいい」とか、「午後がいい」とかは言えるのに、(レベルを)上げるという観点からは、それがすっかり抜けているのです。同じ一年分の学費を払っているのにです。だれもが、レベルが上すぎるクラスに入れられるのは、苦痛だし、不満に感じると思うのですがす。

 私たちにしても、もし、「初級Ⅰ」段階であれば、二度やるということは、まず、考えません。ただ、同じ「初級」とは言いましても、「初級Ⅱ」レベルというのは、案外難しいのです。「中級」で伸び悩んでいる人たちの大半は、「初級Ⅱ」が、きちんと入っていないからなのです。
 これにはいろいろな理由が考えられるでしょうが、最近、「増上漫」が気にかかるようになりました。

 母国で、「三級」に合格してから来た。あるいは、「中級教科書」を終えてから来た。だから、自分はこのクラスでは不満であると、そういう態度なのです。「初級Ⅰ」の会話やリピートがほとんど出来ないにも拘わらずにです。
 今の「Aクラス」にも、去年「三級」に合格してから来ている人がいましたが、来るなり、「私はだめです。全く日本語がわかりません。初級クラスに行きたい」と言って譲りませんでした。

 けれども、その人は、何と言っても、漢族の人でありましたし、大卒の人でもありましたから、とにかく説得して、「初級Ⅱ」のクラスに入れ、「初級Ⅰ」は、馴れるまで同時に聞いてもいいということにしました。

 けれども、今年の学生には、この学生の態度と全く反対の人が目立つのです。またそれが一人というわけでもないのです。

 現実に、全く聞き取れないのに、どうして、そう思えるのでしょう。こちらとしても、いろいろと手を尽くしてその「天狗の鼻」を折るようにしているのですが、かれらの「増上漫」たるや、岩石のように硬いのです。爆弾を仕掛けて木っ端みじんにしてやろうとしても、これは「岩石」ではなく「鋼鉄」であるということがわかるだけでした。

 本当に不思議です。どうしてここまで思い上がれるのかわかりません。中には、こんなことを言う輩もいました。
「先生、他の人は日本語が難しいと言いますけれども本当ですか。難しくなるのですか」

 彼にとっては日本語は本当に簡単なのだそうです。読み方も、モンゴル読みで、日本語のリズムではありませんし、それを幾度注意しても、変えないのです。多分、文句を言う奴が間違っているとでも思っているのかもしれません。最初は、真剣に直させようとしていましたが、考えてみれば、彼は既に大学を出ていますし、来日後、半年は過ぎています。それでも、改めようとしないのは、もう本人の責任と言ってもいいでしょう。

 こういう人に、無駄な力を割くよりは、もっと他の人にエネルギーを向けた方がいいという見切り方を私も、今ではするようになっています。
最初はこう言う学生は、「非漢字圏」に多かったのですが、「漢字圏」でも出て来るようになったのですね。

 とはいえ、「漢族」ではありませんから、もしかしたら、「非漢字圏」と同じように見なすべきなのかもしれません。

 知性的な人であれば、そういうことは考えないのでしょうが、こういう民間の学校は、いわゆる「玉石混合」というやつで、そういうタイプではない人も少なくないのです。そういう人は、大体が声が大きいものですから、放っておくと、知性のある人が住みにくくなってしまいます。

 そこで、強権を振るう人間が、出張らなくてはならなくなってしまうのです。私としても、静かに授業を進めて行ければそれに越したことはなく、また、「強権を振るう」のは、私くらいの年になってしまうと、とても疲れることなのです。本当は、そんなことはしたくないのですが、「クラスを作る」ためには、それもせざるを得ないのです。

 ただ、彼らは子供ではありませんから、そういう、「井の中の蛙」的な「自己認識」は、プライドの上にへばり付いたヘドロのようなもので、ちっとやそっとでは削ぎ落とせないのです。
 けれども、放っておくと、皆は「触らぬ神に祟りなし」的な態度を取り始め、そういう人がそれなりの位置をクラスの中でも占めてしまうことにもなってしまいます。

 まあ、本当に厄介なことですが、一クラスに七ヶ国、民族で数えれば、九つにもなっているのですから、しようがないことなのかもしれません。個々人の個性以外にも、民族性も関係あり、多少手に余ることは余るのですが、そこはそれ、教員同士の連係プレーで、なんとか、そのヘドロを引っぺがすか、あるいは、そういう人が大きな面をできないようにさせるかしなくては、他の人が学校で楽しく勉強できなくなってしまうのです。

日々是好日 
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「迫り来る『留学試験』」。「大学の選択」。

2009-10-14 08:17:46 | 日本語の授業
 今朝は、風もなく、いいお天気です。「それなのに、ああ、それなのに」です。人間がいいお天気と思い、お散歩に出たくなってしまうように、ちょいとばかり開放的な気分になってしまった鳥たちがいるのです。
 今朝は朝から、外野がうるさくてたまりません。

 声は、野太く、重いので、きっと小鳥の類とは言えぬ「おおとり」なのでしょう。絹を裂くような声が聞こえてきたような気がしましたから、「ヒヨドリ」かもしれません。或いは、秋にこちらへやって来た「渡り」の鳥かもしれません。
 「パンパラパァー」というリズムで、声は「ギャンギャラギャー」。これがまた、はた迷惑なくらい、何羽もいるようなのです。小雀たちの「チチチチチッ」といった遠慮がちのさざめき声でもありませんし、ウグイスなどの美声の持ち主でもないのです。

 どこか、互いに小馬鹿にしあっているようなそんな声で、なにやら討論しているのです。「もういい加減にして。聞きたくもないそんな声を聞かされる身にもなってください」と私は訴えたいのですが…。

 と、そこまで書いた時に、パタリと音が止みました。思わず、「聞こえたかな」とポツリ。

 さて、学校では、来年の三月に「卒業」予定の人たちが、「進路」捜しに大わらわです。「大学」や「大学院」の選択を終えた人が約半分。勿論、受けてみなければ、行けるかどうかはわかりませんが、ここまでが、まず一苦労。中には、「国立」と「私立」の違いも判らない人もいますから、聞いてびっくりしてしまったこともありました。
 この歴史の浅い、しかもこんな小さな学校から、「東京大学」の研究生になった人が二人もいるのを知って、滑り止めに「東京大学」やら、「外大」などと言い出すのですから。

「あなたは、私立大学の『ここ』と、『東京大学』と、どちらが難しいか、判っていますか」
と聞いても、
「でも、先生。去年も一人行きました」。
「……。」

 誰もが「北京大学」や「清華大学」へ行けるというわけではないでしょうと言っても、彼らには「東京大学」や「京都大学」という名が、日本人の心に占めている「地位」がよく判らないのです。
 日本へ来さえすれば、どんなレベルの大学へも行ける(ある学生の頭の中では、「受験する」ことが、即ち「入学できる」ことに繋がっているのです)と思っているのかもしれません。かつての中国がそうであったように。自分たちだって、外国人なのだからと。

 以前、私たちが、中国へ留学していた時は、まだ「政府による分配」というのがありました。外国から中国の大学へ行きたい人は、政府の教育部により、「分配」されるのです。「国費」留学生や「私費」留学生にかかわらず、学生自身の「成績」や「能力」を考慮しているとは全く思えず、多分、「政治的な配慮」が大半を占めていただけでしょう。

 ただ、「私費」留学生は、入れれば、現金が入りますから、お金が欲しい大学は欲しがっていたようです。もっとも当時は「精神汚染」というのが、喧しく言い囃され、西側諸国の学生は、かなり肩身の狭い思いをしていました。
 中には、運悪く(?)北京大学へ回された、本当に高校を卒業できたのかどうか疑わしいような日本人もいましたっけ。けれども、こんな人でも、日本では、一応、「北京大学出」ということにはなるのです。誰も実情を知りませんから。
 今は、どうなっているか判りませんが、優秀な日本人でありながら、芸能文化や言語以外を、わざわざ中国の大学で学ぶという人がいるでしょうか。多分、多くはアメリカやヨーロッパへ行くでしょう。中国でもそうでしょうが。
 とは言いながら、中国に比べ、門戸を拡げ、情報も入って来やすい日本では、中国では学べない多くの事が学べます。

 ただ、試験があるのです。勿論、外国人用の試験ではあるのですが。そう簡単なものではないと思います。大学を受験する前に、「留学生試験」を受け、まず、ふるい落とされます。聞くところによると、これはアメリカのトッフルを模したものであるということですが、まだ発展途上なのです。

 この発展途上の「留学生試験」を紹介しますと、『日本語』の試験の中には、「作文」・「読解」・「聴解」・「聴読解」の四種があり、それで、学生の日本語力をはかります。それから、「文系」の人には「総合問題」で、社会科学、自然科学などの常識(高校まで)を試されます。これらも、それほどの知識は必要ないと言いながらも、全くなければ、手も足も出ないでしょう。とは言いながら、日本語の問題が読めれば、前後の文から類推はできるので、それほど難しいというわけでもありません。
 その他に、「国立」を目指す人には、「文系」であろうと、「数学1」が必要になります。

 また、「理系」の人は、「総合問題」ではなく、志望する大学が指定した受験科目(「数学2」と、それから、「化学」「生物」「物理」の中から二つを選びます)を受けなければなりません。

 ただ、これらも「大学」のレベルによって、多少の情状酌量の余地めいたものが、考慮されているようです。「私立」のレベルの低い大学は、いずこの国とて同じ、受験者が少ないのです。勿論、これとても、お金が準備できなければ、入ることはできません。日本では、大学の数は増える一方なのに、日本人の子供の数は減る一方なのです。「(大学)全入時代」とも言われていますが、学費や入学費などが準備できなければ、よほど優秀な人でない限り、大学へ入ることは、やはりできないのです。

 かなりの程度の外国人学生が入れるとは言いましても、学生のレベルが、あまりに低すぎますと、警察沙汰を起こされたり、日本語がわからないので手間がかけさせられたりします。大学側としても、非常に迷惑させられますから、まず、それに見合うだけのお金を要求してきます。これは、「学費」と言うより、ある意味では「担保」や「保証」のようなものなのかもしれません。

 どこでもいいから日本の「大学」へと思っている人ならば、そういうところを捜せばいいのでしょうが、残念ながら、そういう「大学」は、外国人にはあまり親切ではないのです。まじめに人を育てようという「大学」の方針や理念が感じられないのです。それも、お互い様ということなのでしょう。なんとなれば、まじめに勉強する気がない人が、多く行くのでしょうから。

 そんなわけで、「どこの大学なら、簡単に入れるか」と聞かれても、私たちには答える術がありません。普通、蛇の道は蛇とやらで、そういう人たちには、不思議なことにそういう大学の情報が入ってくるようなのです。なぜか、私たち日本人が知らないような大学まで知っていましたから。
 もっとも、今ではそういう学生たちもこの学校には来なくなっているので、そういう心配はせずとも、済むようになりましたが。

 人の能力というものは、千差万別で、外国語の習得に適した人もいれば、あまり適さない人もいます。しかしながら、日本語のレベルが低いから、その人の能力すべてが低いかというと、全くの大間違いで、語学の習得とその人の生来の能力とは、あまり関係がないということも少なくないのです。もちろん、これも「読解力」や「理解力」あってのことですが。

 ただ、かなりの程度は、一ヶ月か二ヶ月でも、一緒にいればわかります。この人は、全般的に「学問」の分野に向かない人なのかどうかということくらいは。小学校でも中学校でも、また高校でも、勉強が嫌いだった人、あるいは、机について本を開くことに抵抗を覚えてきた人は、日本語学校でも、机について、一時間なり二時間なりを過ごすわけですから、続かないのです。飽きてしまうのです。

 そうでない人であれば、多少日本語が苦手でも、(能力さえあれば)どこかその人の得意な分野が判ってくれる大学があるでしょう。そのために面接があるのですから。

 自分が高校なりで、授業を受けていた時のことを思えば直ぐにわかることです。残念なことに、往々にして、このことを忘れている日本語教師を見かけるのです。学生は大人であり、日本語の能力がいかに低かろうと、子供のような扱いを受ければ、プライドが傷つきます。まじめに教員が言った通りに勉強を続けていけば、一年足らずで、自分の言いたいことを表現できるようになりますし、高校レベルの本でしたら読めるようになります。それまでは、いくら頭の中ですばらしいことを考えていようと外に表す術を持っていないのです。

 勿論、自分で出来ると思い込み、我流を続けていれば、結局は来日してから卒業するまで、レベルは横ばい状態のままということになるでしょうが。

 さて、二人目の学生がやって来ました。そろそろ授業の用意をせねばなりません。

日々是好日
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「コスモス」。「五里霧中の頃、手探りの頃、見当がつく頃」。「猿山の大将」。

2009-10-13 07:51:23 | 日本語の授業
 昨日が「体育の日」で、日本は三連休でした。が、こちらとしては、「留学生試験」を控え、そうそう休むわけにはいきません。けれども、学生の方はどうでしょうか。「鬼の居ぬ間に」を決め込んだ輩がいたかもしれません。

 もっとも、10月ともなりますと、だんだんとお日様が恋しくなるのは同然のこと。これまでは「陽の光」を避けながら歩いていた道を、「日溜まり」を選んで歩くような具合にもなってきます。

 毎週土曜日に、鷲宮まで、治療院へ通っているのですが、その途中の、電車の窓から見える景色も、すっかり「秋色」になっていました。通い始めた頃は、「サクラ(桜)」が咲きはじめる前でしたから、「ススキ(薄)」が風に穂を靡かせているようなこの景色を見ることになろうとは、全く以て、思ってもいませんでした。

 ところで、「ススキ」が、懐かしい日本の「元原風景」の一つであるとするならば、そのあとに上積みされた「原風景」の一つに「コスモス(秋桜)畑」があると思います。学校にも、学生達に「秋」を感じてもらうべく、買ってこられた鉢植えの「コスモス」が、玄関に二つ、並べられています。

 先週の金曜日だったでしょうか、「Bクラス」の学生、中国人のCさんが、この花をしげしげと見つめていました。さて、どうするつもりかなと思って、黙って見ていますと、急に手を伸ばして、それから、捏ねでもするかのように、花びらをいじり始めたのです。そして、私に気づいたのでしょう。
「先生、きれいな花ですね」
と言います。名を教えたあと、
「それ、本物ですよ」
ぎょっとして、手を引っ込めてしまいましたが…。

 どうも、造花であると思ったようです。触っても判らなかったのか知らんと思って、私も触ってみましたが、確かに、作り物と言えばそうとも感じられ、彼がしげしげと眺めた末に、思わず手を伸ばして触ってしまった気持ちがよく判りました。

 こういう学校(相手は外国人、しかも、そのサイクルは長くて二年)にいて、生活していますと、何か、こう、初めてのことがなくなって来るような、そんな不届きな気分にもなってきます。四六時中、こういう(異文化の)渦の中にいるわけですから、この渦が、謂わば、自分の土俵ということになってしまうのです。

 勿論、新しいことは、日々、次々に起こってはいるでしょうが、それを感じ取る感性が鈍ってくるような気がするのです。昨日もかくありき、明日もかくありなむで、終わってしまうのです。学年やクラスごとの(学力の)差は、ありますから、その違いにより多少の幅は出てきます。けれども、それとても、許容範囲に過ぎぬのです。どう対処すればいいのかは、ある程度見えているのです。

 この学校も初めの頃は、五里霧中という時期がありました。なにせ、来る人たちが、勉強は出来ない。しかも、やる気があるのかないのかわからない。つまり、言うこととすることが全く違うのです。しかも、そう言っても、埒があかないのです。

 彼らからしてみれば、「あなたが言ってほしいと思っていることを言ってあげた。そのどこが悪いでしょう」が、こちらとしては、「ごまかすな」です。こちらの顔を見れば、「先生たちは勉強して欲しいと思っている」くらいは判る人たちでしたから、ニコニコ笑いながら、口先では、「勉強したいです」というのです。心と裏腹なことでも一向に気にしません。

 彼らの国ではそうなのでしょう。「相手を嫌な気にさせる」ことのほうが、「嘘をつく」よりも上位の道徳的概念なのです。初めはそれにごまかされました。しかし、「(日本語を勉強したいと)日本へわざわざ来たのに、勉強したくないはずはあるまい」と、そう思い込んでいた私たちも、問題だったのでしょう。

 彼らは、日本へ行くためには、「就学生」として、入り込むのが手っ取り早かったから、(ここへ)来たに過ぎなかったかもしれません。それでも、何人かは、本当に勉強したかったようでしたし、本当に勉強に励んだ人もいました。そのうちの何人かは、ちゃんと大学へ行きましたし、専門学校でまじめに勉強し、すでに日本の会社に勤めている人もいます

 ただ、そういう、全体的には、よく判らない人たちに、日本語を勉強させるにはどうしたらいいのか。どういう教材を用い、どういう教え方をしたらいいのかという手探り状態が時期が二年ほど続きました。それから、まず、こういう人たちは、こういう人たちの行くべき処、つまり、勉強という「苦行」をせずに、働けるところを捜すべきであるということに(こちらも下手な努力をせずにすみます。彼らは義務教育の年齢ではないのです。もう25才くらいになっています。当然のことながら、自分の考えというのができあがっています。いいか悪いかは別として、利害得失で動く人が大半です)、落ち着きましたが。

 で、こういう人たちは、この学校には、向かないということを、あちらの日本語学校へ告げ(双方共に困るのです)、また同時に入管の審査が難しくなったこともあって、どうにか(ですが)、今では、だいたいうまく回るようになりました。

 ただ、これもある意味では、試行錯誤です。入れてみないとわからないというところもあります。私たちは、教員ですから、そういう目で見ます。彼らの国で会っても、日本ではどうなのかは見えないのです。彼らの国でどうであろうと、日本に来て伸びる人は伸びます。日本の教育方法や、日本の環境が適っている場合もあるのです。ただ、これには、本人の知性や感性の他にも、国や地域の環境、或いは習慣といったものも複雑に絡んできます。それを一度彼らの国で会ったくらいで、判るかというと、まず、判りません。

 知性や感性の優れている人はどこの地域にも国にもいます。私がここで言っているのは、大まかな傾向でしかないのですが、こういう仕事をし、経験(他国で学生だったことがあり、そこで、100ヶ国近い国の人を見、クラスメートとしても、30数カ国の人と付き合ったことがある。そして、今は教える立場にある)を積んできますと、ある程度は、「勘」というものが働きます。

 今から思えば、私は、留学する前、既に公教育に従事し、中学校で国語を教えていたからでもありましょうが、その(教員の)目で、留学した時も、クラスメートや留学生達を見ていたような気がします。これは、当時は、我ながら厄介で、彼ら(留学生)の中にどこかしら素直に溶け込めぬものを感じ、嫌で嫌でたまらなかったのですが、今となっては、あの時のああいう感じだという勘働きの一つの助けともなっているのです。

 今では、この学校でも、教員同士(若い人にはそれなりの感じ方もあるでしょう)で、いろいろと話し合い、この学校に適した人をだんだん絞っていくことができるようになりました。それに適わない人は、どれほど自分が優秀であると、勝手に思い込んでいようと、どうにもならない部分が少なくないのです。
 この学校の学生というのは、既に義務教育を終え、しかも、高校を卒業しているか、あるいは大学を卒業しているかしている人たちです。この学校で、(教員に教えてもらいながら)勉強するつもりがない人は、この学校に入っても、しようがないのです。どこの学校でもそうでしょうが。「俺は頭がいいんだ」と威張っても、すぐに見破られて、それなりの対応しかしてもらえませんから。

 「そんなことは、当たり前だ。何を今更言っている」とお思いになる方がいらっしゃるかもしれませんが、現実に、いるのです、どこの世界にもいるように。しかしながら、ここは、学校です。他の人ができて、自分ができなければ、「自分は頭がいい。皆は自分に一目置くべきだ」と思い上がれるはずはないと思うのですが、現実にはそうではないのです。できない事を分からせようと努力しても、暖簾に腕押し、糠に釘です。

 「己のいたらざるを知る」にも、おそらくは「知性」が必要なのでしょう。それが判らないということは、この「知性」が彼には欠けているのでしょう。それだけに過ぎぬのでしょうが、そうであっても、それを判らせようと努力せねばならぬのが、教員たる勤めの一つですから、こちらとしても、無駄と判っている努力をしてしまいます。三ヶ月経っても、半年経っても、それが判らない相手には、かといって無視も出来ませんから、勢い、言葉がきつくなります。しかしながら、彼には、この教員は不条理であるとしか思えないようなのです。だいたいが、そういう人の傍には、同じ国から来ているコバンザメがいて、それを煽っているのですから、困りものです。

 この学校には、勉強だけを目的に来て欲しい。その上で、進学が目的なら、二年くらいは、「忍耐」を信条に入ってきて欲しい。それに値するだけのもの(勉強の内容)も、助言も、学校側では用意できるのですから。

 猿山の猿大将だけは、御免被りたいのです。本当にそうなのです。つける薬がないのです。

日々是好日
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「台風一過」。「『天気予報』を見ることは、『日本文化通』への第一歩」。

2009-10-09 08:25:50 | 日本語の授業
 今朝も、強い風が吹いています。

 嵐の後に残されたのは強風のみというところでしょう。天気予報図には、はっきりと筋雲が映し出され、上空の風の強さを物語っていました。この分で行くと、今日一日この風は続くのかもしれません。青空のあちこちで、黒く、いかにも重そうな雲が角を突き立てるようにして浮かんでいます。日差しはかなり強くなっていますから、昼頃にはこの雲もどこかへ吹き飛ばされてしまうでしょうが、いかにも台風の去った後の雲という感じで、どこかしか、おどろおどろしいのが、何とも言えません。

 さて、昨日の続きです。

 昨日は「よかった。よかった。台風はどこかへ行っちゃったみたい。穏やかないい日になりそうだ」と、大喜びでブログを書いていたのですが、ふと気がつくと、いつの間にか、弱いとも見えない風が吹き始めていました。それが、7時を過ぎるころから少しずつ強くなり、8時を回ると、ずんと強くなり、たたきつけるような雨まで伴うようになりました。

 7時半頃に、電話をかけてきた学生には、「台風の影響はあまりないようだから、学校へ来なさい。平常通りの授業をするから」と言っておいたのですが、こうなってきますと電車通学の学生は、来られないかもしれません。東西線は直ぐに止まりますから。そのうちに、教員の一人から「東西線が、西船橋~東陽町区間が不通になっていて、定刻に行けない」という電話がかかってきました。

 風はますます強くなってきます。雨もザーと強いのが来たり、それがパタリと止まったり、その繰り返しです。渦巻く風の中で翻弄されている雨雲の姿が目に浮かんできます。しかしながら、それにも増して哀れなのが、学校の中をバタバタと走り回っている、洗濯機の中の洗い物のような私です。

 いつも、来ると直ぐに、職員室の窓をすべて開け放ち、空気の入れ換えをしているのですが、雨が、まるで窓から部屋の中に引き寄せられてでもいるかのように降り込んでくるのです。また、上の階の窓は、7時過ぎにはいつも開けるようにしているのですが、その部屋や廊下の辺りからいろいろな音が、ガタン、バタン、ドスン、ガチャーン、パラパラと響いてきした。「さっきまで本当に穏やかなお天気だったのに…裏切り者め」とブツブツと呟きながら、あたふたと窓を閉めに走ります。

 あちらではゴミ箱がひっくり返り、こちらでは紙が空中を舞っています。カレンダーが吹き飛ばされ、展示物がひき剥がされいます。その中をやっさかもっさか上がっていった私は、まず、足の踏み場を選びながら窓に近づき、片っ端から閉めていきます。それから、片付け始め、です。

 それが、一区切りついた頃から、学生の姿がチラホラ見え始めました。
寮に住んでいる学生や、近くに住んでいる学生は、雨が止んでから、一人二人と登校し、自習室へ行って勉強しています。

 風こそ一日中吹き荒れていましたものの、雨が止んで、陽が射すようになってからは、学校に来た学生達も皆、「暑い、暑い」の連発です。それはそうでしょう、皆毛糸で来ていましたもの。

 実は、前日までは、「秋、真っ最中」というくらいの冷え込みようだったのです。それで、学生達も「寒い、寒い」と文句を言いながら、ドンドン服を着込むようになっていたのです。それが一転して、台風が暖かい空気を運んできてくれたものですから、まるで夏に逆戻りしたかのように、陽が出て来るにつれ、温度は急上昇していきます。

 「そこんとこ」いきますと、天気予報を見る習慣のついている日本人は、涼しい顔で夏服を引っ張り出して着こんでいます。きっと横目でジロリと見ていたことでしょう、学生達は私を…ホッホッホッホ。

 面白いことに、彼らは「天気予報」を見る習慣がないのです。日本人は、まず、なにはともあれ、朝は「天気予報」ですよね。それが、この異国から来た人たちは、母国で「天気予報」を見るという習慣がないものですから、日本へ来ても、見ないのです。

 それで、「ヒアリングのレベルアップを図るには、特に初期段階では、判っている言葉を徹底的に何回も聞き、それを脳裏に刻むのが一番よいのだ。そのためには、天気予報を毎日見ること」と口が酸っぱくなるほど言って、見るようにさせるのですが、それも、その時だけの「一過性」のもので終わってしまうようです。

 四季がはっきりしており、今日明日のお天気に一喜一憂し、一週間予報、三ヶ月予報、と続き、果ては今年の冬は暖冬か、今年の夏は冷夏かなどという話題で、酒場が盛り上がりを見せてしまう、日本です。こんなことは、他の国では見られない現象の一つなのかもしれません。あっても、それは「相場」や「株」など、金儲けに由来する故に見るのでしょうから、日本人の「天気予報好き」ともいえる国民性とは異なっています。

 けれども、お天気に関心を持つということは、日本人の心情、また、文化を知る上で、必要不可欠のことでもあるのです。一口に「風土」と言いますが、「季語」を重んじる文化、つまり「季語」を知り、使いこなせる文化人を尊敬するという「日本人の習い」は、一朝一夕では消えるものではなく、それ故に、日本に少なくとも一年以上は住み続けるのであれば、「『毎日』、見なければならないことなのだ」と言っても、決して言いすぎではないのです。

 それに、「お天気の話」は、何の話題もない時に持ってこられる「救世主」でもあるのです。その「場」を取り繕い、あるときは「助けてくれる」ものなのですから。

 と言いましても、
「雨が降ろうが風が吹こうが、自然現象に過ぎず、それを人間が見て、喜んだり泣いたりするのはおかしい」と思っている人、
「一年中、同じ天気だから、別に気にしてもしょうがない。日本人が水と安全がただだと思っているように、明日も今日と同じ天気なのだから」と思っている人、
「天気などで一喜一憂するのはおかしい。不都合な天気だったらロケットでも打ち上げて変えればいいだけじゃないか」などと思っている人など、
こんな小さな学校の中にも、いろいろな考え方をする人がいます。

 こういう人には、難しいですね。お天気は神様の領分。人間は喜んだり悲しんだり、或いは人生をそれに託すしか能がない存在なのだということを伝えるのは…。

日々是好日
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「台風襲来」。「『入学式』で。先輩、『おしゃまさん』たち」。

2009-10-08 08:12:27 | 日本語の授業
 台風が来ているというけれど、今、ここは晴れています。涼しげな風が吹いています。穏やかな天気です。しかも、台風の風が、湿った暖かい風を運んできてくれたのでしょう、昨日までの「寒い。寒い」が消えてしまいました。

 惜しかったですね。もう少し出るのが遅かったら、自転車で来られましたのに。今日は、台風が来る。被害はこれくらいになる」と、朝から実況中継が続いていましたので、窓の外のお天気と比べながら、首をかしげていたのです。けれども、「目」よりも「公共の耳目」を信じてしまって、失敗しました。

 出がけも、(自転車に乗るのに)無理をすればできないことはないくらいの雨ではありました…が、大事をとってしまったのです。それでも、ぎりぎりまで、空模様と格闘していました。で、とうとう「エイッ」とばかりに出て来てしまったのですが、それが、多分、5分ほども早すぎた…のでしょう。もう少し遅かったら、自転車でスーイスーイと来られたでしょうに。残念至極…です。

 とは言いましても、昨日の段階で、この近所の小中学校は、(台風による)休校となっていましたから、その面倒さ加減は、私たちの比ではありますまい。本当に教職員の方々はご苦労様です。子供たちも、今日の分は、どこかで「落とし前がつけられる」ことを、きっと知りますまいから、今日一日は幸せに過ごせるでしょう。

 で、この学校の学生達の事です。私たちも、昨日、「雨風が強かったら、来なくてもいい」と言ったのですが、この「強さ」をどう理解するかが問題です。それによって、登校してくる人数が違ってきます。学校が好きな学生や、根がまじめな学生は来るでしょうが、「休み」に違いないと有頂天になっていた学生は、宿題もしてないでしょうから、もしかしたら、「急病」になるかもしれません。

 まあ、来たら来たで、「先生は、明日台風が来ると言ったのに、来なかったあ」とか、必ず言うでしょうね。何とかこちらのアラを見つけて「イチャモン」をつけてやろうと待ち構えている彼らに、絶好の言質を与えてしまうことになったでしょうから。

 ところで、この学生達の反応についてです。特に、高校を卒業して直ぐに来た学生達は、私たちが驚くほど、すくすくと大人になっていっています。「物わかり」がよくなっているのです。毎日顔を合わせていますし、いつも同じクラスの中でしか会っていないので、それとは気づかないことが多いのですが、半年というスパンで見てみると、やはりこの変化の大きさに驚かされてしまいます。それが、最もはっきり見えるのは、来日後一年ほどもたった「入学式で」というところでしょうか。

 今週の月曜日にも、「(10月生のための)入学式」があったのですが、その時に、去年の「7月生」である、例の「おしゃまさん」たちにも「新入生への一言」を述べてもらいました。「式」に参加したのは、今年の「一月生」と「4月生」、そして「7月生」だけだったのですが、この日も、上の自習室で、「おしゃまさん」たちが勉強していたので、「ちょっと、ちょっと」と連れていったというわけです。

 つまり、来日後、幾段階かの期間が異なっている学生達がいたことになり、それぞれが自分の「一言」を、「新入生」たちに言ってもらうという予定だったのですが、今年の「4月生」は、そういう応用が苦手の人が多かったので、そこで、「先輩」に代役を頼んだというわけです。ところが、これを聞いている学生達よりも、却って、私たちの方が、いろいろな感慨を抱かせられてしまったのです。

 この「おしゃまさん」たちの言葉を聞きながら、去年の「おしゃまさん」たちの様子や、今年の4月に入学した学生達に言っていた言葉などを思い出していました。

 今年の4月には、いかにも背伸びをしているなという感じで、来日したばかりの「4月生」たちに「歓迎の言葉」を述べていました。しかしながら、大卒者が目立つ「4月生」に比べると、たとえ、8か月ほども前に日本へ来ているとはいえ、高校を卒業したばかりだった彼らは、いかにもあどけなく、初初しく見えました。先輩面をしての「歓迎の言葉」は、どこかしら実体と離れ、上滑りしているような印象を与えてしまっていたのです。

 ところが、今回は違っていました。日本語で、新入生たちにこの学校のことを紹介してもらったのですが、その時の彼らの態度も、言葉も、すでに今年の四月に来日した、年上の人たちを食っていました。

「みんなは、進学するために日本へ来たのだから、どんなに大変でもその気持ちを忘れてはだめだ」。
「そのためには、どんなにアルバイトが大変でも、勉強に来たという本分を忘れてはだめだ」。
「先生は厳しいけれども、みんなを大学や大学院に入れるために、そうしてくれているのだから、先生を信じて頑張らなければならない」

まるで、大人のような口調でした。しかしながら、実際のところ、彼らとても、今が一番辛い時なのです。こうして、先輩風を吹かしている時とは違い、その毎日というのは、相変わらず子供子供しており、特に大学を選ぶ時に、教師に叱られたりすると、大粒の涙をこぼして泣いたり、すねたりしていたのです。そんなわけで、あの人たち(おしゃまさん)に関しては、来日後既に一年が過ぎており、それに見合うだけの変化が起こっていたのだということに、ウッカリと気づかずにしておりました。

 彼らの言葉は、「4月生」により、それぞれ、中国語、ヒンディ語、シンハラ語、ネパール語に訳され、新入生に伝えられていきました。彼らの、今の自分たちの現状を映し出した真摯な「思い」は、きっと「新入生」たちにも伝えられ、いえ、それよりも、来日後既に10か月が過ぎた「1月生」や、半年を過ぎようとしている「4月生」たちに伝わったと思います。そして、来年の4月には、新たにこの「4月生」たちが、一番の先輩として、新たな「4月生」たちに、「おめでとう」という言葉と共に伝えていってくれることでしょう。

 壇上で、先輩面をしていた「おしゃまさん」たちは、今、一番大変な時期にあります。「留学試験」や「日本語能力試験(一級)」の準備の傍ら、大学の選択、そして、志望書書き、面接や入試試験の準備なども同時にやっていかなければならないのです。その上、彼らには、「一級試験」のあとも、「国立大学」を目指して、最後の最後まで勉強は続くのですから。

日々是好日
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