日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

四季の別があろうとなかろうと、時間はゆっくりと流れていく…ことは流れていくのですが…。

2017-01-31 08:17:58 | 日本語学校
晴れ。

昨日は20度くらいありましたのに、今日は一転して冬に逆戻り。昨日より10度ほども低くなるそうな、最高気温が。

というわけで、烈風の中を自転車を漕いでやってきました。…それほどのことはないか…。

昨日があまりに穏やかでしたので、今朝の寒さと風が堪えます。とはいえ、テレビに「ロウバイ(臘梅)」の花が映っていました。「ロウバイ」の黄を見ると、春の足音が感じられてきます。蝋細工で作りでもしたような、そんな黄ですもの。

などと言っている場合ではない…と、寒さに震えながらやって来た道すがら、今朝のような寒さには、「スイセン(水仙)」の花の方がよく似合う。

「こんな季節には、云々」と、こういう感覚は、四季の、比較的はっきりとしている所、あるいは北国でなければ、少し不自然さが感じられてしまうものなのかもしれません。

もちろん、日本人の方からすれば、常夏の国、あるいは常春の国では、何を以て、時間を意識するのか、時の流れを意識するのかなどという疑問が、ふっと頭をもたげてきます。

そういえば、ある友人が、「沖縄で暮らすと、時間の観念が、というより、時間という意識自体が失われてしまう」などと言っていましたっけ。北国では冬に備えて備蓄しなければならないものがたんとある。蓄えておかねば飢え死にしてしまいますから。ところが、四季を問わずいつでも、何かが実っているような所ではそんなことをする必要がない。その気になれば何かがあるのだから…と。

学生達もそんな国から来た人たちが多いので、何十回、何百回となく書いて覚える(漢字)なんて、けったるくてやっていられないのでしょう。それより、楽しく過ごした方がいいと。会話だけなら、すぐに適当に言えるようになりますから。ただ、これもレストランなどのアルバイトでよく使う言葉だけです。 それで、自分は日本語が上手だなんて思われても困るのですがねえ。

さて、学校です。

大学の方から(入試の)過去問をもらい、その問題を懸命に解こうとしている学生がいます。それに忙しくて、どうも二、三日、学校を休んだらしい。

このクラスでは今、漱石の「坊ちゃん」をやっているのですが、昨日来た彼に、問いを発してみると、案の定、答えられない。そして帰りに、大学の入試の過去問は難しいから…とのたまった。

「坊ちゃん」を読んでの問いかけにうまく答えられるようになっていれば、ああいう問題はそれほど難しいとは思わないでしょうねと言うと、ちょっと驚いていました。よく呑み込めなかったらしい。

問題の出し方というのが、国によって違うのです。「読解力を養う」という項目が、こういう日本語学校に来ているような学生達の国では、あまり大切にされていないような気がします。だから「生まれつき」で、対そうとしてしまうのです。もっとも、それでもできる人はできるのですが、そういうものが苦手な人にとっては、培われていないと、ずっとできないまま…で終わってしまう。

養成できると思うのです。そんなものは。ただし、そういう所では、初等教育において、そういう意識もないらしい。

もちろん、いろいろなやり方はあるでしょう。けれども、「読解力」を養うためにはどうするかという意識が教師の側になければ、「単語の説明をした、何回も読んだ」で終わりになってしまうかもしれません。だから(日本に来て)授業の時に、問われて困るのでしょうね。そんなこと考えたこともなかった…でしょうから。

けれども、そういう一つ一つがわかれば,糸を解きほぐしていくのと同じこと。知恵の輪の方がいいかしらん。最後には筆者の言わんとするところが見えてきたりする。その繰り返しでしょうね。こういう勉強(訓練)というのは。

とはいえ、こういうのも全て「問題集」にかかっています。日本人が読むに堪えるような文章、何度読んでもいいような文章、それが必要なのです。理解する必要もないようなものであったら、教える方だって、ちと辛いのです。本当に、早く問題集の方に移りたいなあ。去年来た学生達を教えながら、そんなことを考えています。

日々是好日
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春雨のような雨が降ったようです。

2017-01-30 08:37:06 | 日本語学校
晴れ。

昨夜か早朝、雨が降ったらしく、地面が濡れて、ふんわりと春の草木のにおいがしていました。

春雨が降った…としか言いようがないようなにおいです。昼には17度くらいまで上がるとか。もっとも夜になると7度とか6度とかになるらしいのですけれども。

こんな雨の降った日の朝は、「サクラ(櫻)」の樹がピンクの色をグッと増すでしょうねこの幹のピンクが溢れて、そして滴るような、あの花びらの色になるのでしょう。

春ですねえ。こう暖かいと、「スミレ(菫)」とか、「タンポポ(蒲公英)」などの花を目が求めてしまいます。でも、まだ1月、春はずっと先のことなのでしょうけれども。

さて、学校です。

ひと頃はベトナムから、留学生をまだ募集しているかという電話がひっきりなしに続いていましたが、最近はそれにネパールからのものが加わったようです。電話中にまた同じ国からの電話が鳴るということも珍しくありません。

その前の、スリランカの時もそうでした。現地の人からの電話が続き、それが途切れると、スリランカ人の友達の件でと、日本人からの電話が来るのです。けれども聞いてみると、その友人ではなく、その人に頼まれて、その知人の件でという。その人の年齢とか学歴を聞き始めると、全く何も知っていない…。そうか、頼まれただけなのねという感じで、そういう人には、いろいろなことを教えて差し上げているのですが。

一応、ここは学校であり、入国管理局からの許可がなければ、留学生として入国できない…。それに、いい人だからと、または友達の知り合いだからと、かなり年齢が上の人を紹介されても、そういう場合は、観光なりで来てくださいとしか言いようがないのです。

学生達を見ていても、日本で考えているよりももっと学習に適した年齢の幅が狭いのです。もちろん、学習の目的がはっきりしていれば別ですが。24、5才くらいになりますと、それでも日本語の勉強を頑張れるという人は、これ迄の人を合わせても、数えるほどしかいないのです、特に男性は。

来て半年経つか経たないかのうちに、きちんと学校に来て勉強するということができなくなる。アルバイトに精を出してしまうのです。高校を出てすぐであったら、彼らの国では文字を書いて覚えると言う習慣がないから漢字はだめなのだろうな(覚えられる人もいますが、それほどの気力というか根気がない人が多いのです。もともと漢字に興味をもっているわけではないでしょうし)と、考えられないこともないのですが、日本は面白いのでしょうね。

金を貯めてどうにかするというよりも、アルバイトで稼いだ金で、だらだらと遊んでしまうのです…。スリランカからの学生がひと頃は多かったので、そういう学生が目立ったからでしょうか、そういう印象が拭いきれません。

最近は女性も増え、少しはマシになっていますが、それでも毎年、何人かは、あっちの部類だなと思われる人がいます。そういうのは、こちらできちっと固めて行かねばどこへ飛んでいくかわかりません。もともとそれほど頑張って生きていくという民族ではないのでしょうから。

ベトナムの学生は、まあ、頑張っています。ベトナムもちょうど境目で、中国文化の影響を強く受けてきたということで、漢字に対する気持ちの持ちようが、やはり南アジアの国とは違います。苦手意識がない人もかなりいます。それどころか、覚えたいという気持ちの持ち主も少なからずいる…。

ミャンマーは大卒か、大学中退の学生ばかりですから、それは勉強します。知的好奇心も強いし…。

日本語も「N3」以上となりますと、(レベルは)漢字で決まりますから、漢字を覚えるという努力ができるかどうかで、その人がどこまで行けるかが決まってくるのです。

「漢字は難しいですから…」と言って、当然という顔つきをしている間は、まあ、どうにもなりませんね。

日々是好日

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昨日、「恵方巻き」作りに挑戦しました。

2017-01-27 08:44:59 | 日本語学校
曇り。風強し。

今朝の風の強いこと。自転車を走らせ(つもりでした)ながら、隣を歩く人の速さに負けている自分に気がつきました。も~う、えいやっと「ヨッコラショ、ヨッコラショ」、そして「がんばれ、がんばれ」と小声で呟きながら、どうにか学校にたどり着きました。

着いても、時折窓の外を吹き荒れている風の音にどきっとさせられてしまいます。久しぶりですね、こんなに強いのは。

さて、昨日は「恵方巻き」を二年生で作りました。説明の後、各自、まず1本作り、写真に撮った後、皆でそれを食べ、それから午後の学生達の分を作りました。巻き寿司を食べるのも慣れた様子で、少しも違和感がありません。ところが、それをもらった一年生は、そうは参りません。

2年が過ぎようとする学生たちと、来日後10ヶ月、7ヶ月、4ヶ月、2週間ほどの学生達との差は、こんな食べ物からでもうかがえますのですね。酢飯がどうも食べられない人がいるのです。酢のにおいに、「う~ん、ちょっと」と言って、手に取ろうとすることもなく、海苔巻きの入った皿を次の人に回しています。今年は特にその傾向が強かったような気がします。

ところが二年生ともなりますと、「刺身も大丈夫、特にマグロ(鮪)はうまい」なんてケロッとして言ったりします。一年生はまだ眉をひそめたりする人がいますのにね。

で、せっかく一年生のために作ってくれた「恵方巻き」でしたが、残りは、バングラデシュの男の子(彼は食べたことがあり、うまいと言っていたのでお持ち帰りです)と、私たち教員が夕ご飯代わりに食べてしまいました。おいしかったよ。

日々是好日
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「この日は何をするんですか」…きょうは二年生が「恵方巻き」を作ります

2017-01-26 08:35:29 | 日本語学校
晴れ。

朝の月を見ると、昨日はもっと高かったような気がするのに…などと思ってしまいます。カーテンを開ける時間がわずかばかり違っていただけなのに、一日でこんなに大きな差になってしまうんだと感じてしまうことが面白い、違和感を抱くこと自体面白い。いや、…面白くもないか…。

心なし、小鳥たちの声が喧しくなっているような気がします。今朝も無風。

教室のカレンダーの印を見つけた一年生、「あのマークは何?」「その日は何をしますか」と急に賑やかになってきます。小鳥たちみたいですね。

この教室、午前は「Aクラス」、午後は「CDクラス」が使っているのです。今、忙しいのは二年生の方ですから、皆「Aクラス」の学生たち用の「印」なのです。でも、見つけたのは一年生たち。

まず印のついた最初の日を指さして、聞いてきます。
「その日は、二年生が、日本科学未来館へ行きました。」
「私たちはいつ遊びに行きますか。」
「むっ。これは遊びではない。勉強です。みんなの今の日本語のレベルでは、行ってもわからないでしょう。だから、みんなは来年行きます」

次の印の日を指して、
「では、明日は?」
「明日は二年生が恵方巻きを作ります。海苔巻きです。海苔の上に酢飯を載せて、具を載せて、それからこうやって…(巻いてみせる)。で、できあがり」

あちこちで、「見た(ことがある)」、「見た(ことがある)」、「あれだ」。「ああ、あれか」とか言っています。

「でも、私たちじゃないですね」と念を押されてしまいました。

実は、1月中にもう一つマークがあるのです。それを誰かが聞こうとしますと、中で「だめよ」とか、私たちが遊ぶんじゃありませんね」(いや、勉強です)、「もう、聞いても無駄。関係ないもの」とかいう声が聞こえてきます。

スネ夫ちゃん状態になっているのが幾たりか…。

「これは、みんながもっと日本語が上手になって、先生たちの言うことがわかるようになってから…」とか言っても、自分たちを連れて行かない言い訳のように聞こえるのでしょう。プイッとなって、「もう、いいです」

まっ、いいか。

「CDクラス(昨年の4月生ですから、昨年来た学生の中ではレベル的には一番上です)」などを教えていて、やはり、1年の差というのは、馬鹿にできないとつくづく感じ入ってしまいました。

「Aクラス」などは毎日のように教えていますので、なかなかレベルが上がったことに気がつかないのですが、いざ、「CDクラス」などと比べる機会があったりしますと、やはり、がんばって勉強してきた人たちは違いまね。

「Aクラス」の人と話していて、急に「CDクラス」の人に向かってはなすことがありますと、つい同じような調子で話してしまいますから、相手をまごつかせてしまうということにもなりかねません。向こうも驚いて、「えっ。わかりません。どういう意味ですか」。

教員は、既習の語、あるいは既習の文法で、そのクラスの学生達とは話すようにしているものですから、学生も自分たちがそれほどうまくないということに気づいていません(特に初級)。

実は、それでいいのです。下手に苦手意識などが身についてしまうと大変ですから。ある程度のレベルまでは、自分は上手だと思い込んでいていいのです。レベルが上がってきますと、それほどではないことが自然と判って来るものです。

そのレベルの言葉ではわかっていた…それなのに、急に先生がわけのわからないことを言い出した…くらいに感じてしまうのかもしれません。

というわけで、でもないか、今日は「恵方巻き」を二年生が作ります。皆で食べたあと、一年生のためにもまた作ってもらう予定です。

日々是好日

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「今日、帰ります」「えっ、今日?…まあ、『帰りません』と言って帰る学生よりも、まだマシか」

2017-01-25 09:31:20 | 日本語学校
晴れ。

今朝は昨日ほど寒くはないような気がしますが、じっとしているとやはり肩のあたりがスースーしてきます。早く来るのはやめにしようかな…と、そんなことも考えています。

まあ、勝手に早く来ているので、勝手に皆と同じくらいの時間に来ればいいことですから、大したこともないのですが。

今朝、6時半過ぎごろ、カーテンを開けてみますと、東の空の際が赤い1本の線で、その上がわずかに明るく白み、そして頭上には細い三日月と星がくっきりと…見えました。真上は、まだまだ「夜」でしたから、こうきれいに見えたのでしょう。

この時間帯の、夜の部分は、本当にきれいな濃紺です。茄子紺というのでしょうかしらん。

で、ルンルンと片づけ、ルンルンとテレビを見、そしてルンルンと学校へと来たのですが、途中「スイセン(水仙)」を見かけて、またその上を行くようなルンルンとした気分になり…。と、ここまではよかったのですが、ブログを書いている途中、メールが来たので確かめると、「先生、ごめんなさい。今日帰ります。六日に戻ってきます」といる連絡。

「進学したかったら帰るな」というのを、諄くなるほど言っているのですが、事前に言いに来たのは二人だけ。そこから情報が漏れ?あと二人帰ることもわかったのですが、今日の連絡者は、知らなかった…。つまり、後の三人(今回の分も入れ)は、ちょっと困った人たちなのです。…これはベトナムの人たちのこと。

病気で休んだ…であれば、こちらも残したり、授業中他学生が作文を書いているときや、漢字の練習をしているときに、来られなかった分の手当をしてやるのですが、一時帰国して、「忘れた、あるいはわからなくなった」というのは、自業自得ですから、手段なしです。戻ってきてから本人がよりいっそうの努力をせねばならぬでしょうし、できなければ、下のクラスでもう一度やることになるでしょう。

帰るなというのに、帰ったわけですから…。だいたい勉強目的で日本に来ているような人は、進学するための学費の問題等がありますから、よほどのことがない限り、だいたい帰りません。

もちろん、以前も今も、スリランカはこれよりもっとひどく、わけもわからず帰っていた…なんてこともよくありました。もちろん、ベトナムの学生同様、日本語のレベルが低い人たちに共通したことですが。

来日時に、通訳を入れてこの学校のルール、決まりを説明しているのに、それが理解できないのでしょう(大半は彼の地で面接の時に会っているので、そのときに、向こうの教師の立ち会いの下で、それを説明しています)。

聞いても、「へっ(関係ないや。行ったモン勝ち)」くらいに思っているのでしょうか。おそらく、言語の問題ではなく、自分の国のやり方でやって、それでやっていけると簡単に踏んでしまうような、そんな人たちなのでしょう。やっていけるかいけないかは、進学を控えたときにはっきりとするのですが。

もちろん、当方としてはあまり辛い思いはさせたくないので、できれば、嫌な思いをせずに済むように、頑張るようにさせたいのですが。とはいえ、そういう八方塞がりを経験しなければ、だめなのでしょう。「テキトー」が性になっているのかもしれません。

「金があるから、帰って何が悪い」と帰っていく人もいます。日本で稼いだ金を見せびらかしたい…で帰る人もいます。まあ、悪いことをしに帰るのでなければ、後は本人の責任だと知らん顔をしてもいいのでしょうが。本当にどうしたらいいのでしょう。一時帰国しないような人をこの学校に呼びたいのですが、それも難しいことです。向こうでは皆、一時帰国してはいけませんと言ったときに、「はい。帰りません」と言っているのですもの。

でも、帰りたいのでしょうね。それは自由(「学生なのに、学校の許可も取らずに、帰るということからして、あり得ない」と、当方は思うのですが)なのでしょうね。大して勉強していないのであれば、教師とのつながりは希薄になりますから。

勉強の上で支障がなければいいのですが、それほど日本語力があるわけではない人が多く帰るわけで、戻ってきてから、四苦八苦してしまうというのは目に見えている…その段階で、私たちは、4月生であろうと、「2年になったとき、Aクラスは無理だな」と思うのです。

そういうのは、どうでもいいのでしょう。日本にいられればいいのでしょうから。

日々是好日
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人の作った「枠」から出ることも大切。

2017-01-24 08:38:37 | 日本語学校
晴れ。

日本海側は大雪が降っているとのことですが、こちらは晴れてカラカラのお天気です。でも寒い。これで北風でも吹いてきたら、よりいっそう寒さを感じることになるでしょう。「(27度か28度くらいで)寒いときもあります」と、自国の説明をしてくる学生に、それは寒いじゃなくて、涼しいだろうと突っ込みを入れたくなる気持ちがわかるでしょう、こうも寒いと。

さて、話は変わります。

閉ざすことで「美」を全うする場合と、借景などの手段で、そこで、完結してしまいそうな「美」を壊し、あらたな「美」を作り上げていく場合と、完成させたものを見せるのではなく、見る者の心に「美」へのきっかけを与えるに留め、人それぞれの美を各自に作らせていく場合と…。

時々、こどもの頃に読んだ小説の中の一くだりが思い出されてきます。時代小説だったと思いますが。「天才的な庭師がもう作庭することをやめる。その理由を問われて、作ったときには完璧であっても、木々は生長する。もうそれは私の作り上げた『完璧なもの』ではなくなる。それが耐えられなかった」

「あの頃は何でも言うことを聞いてのに」と、親が子供を見て言う台詞。あるいは教師が学生を見て言う台詞。つまりあの頃は自分の言うとおりにしていたから、その人の目から見れば「いい子(学生)だった(つまり申し分のない者であった)」ということ。

けれども、人は成長します。木々も同じ。自然のものは必ず成長し、そして衰え、死を迎え、朽ちていきます。永遠のものなどありません。地球とて、宇宙とて同じこと。いい子(学生)がそのままそこ(そのレベル)に留まったとしたら、それことおおごと。木々が幹を太くし、葉を茂らせなかったとしたらその方が異常。

「青は藍より出でて藍より青し」と言うではありませんか。いつまでも教師の、その教師の幅に(学生が)納まっているとしたら、その方がずっと悪い。出て行けるだけの才も根性もないということですから。木々だって野性味を失ったら、もう樹じゃありませんね。丸太ん棒と言わざるを得ないでしょう。

ただ、人の場合で言えば、ある時期までは、教師の言うことが聞いておいた方が良い場合が少なくないことも事実です。何せ草木であれ、水遣りや日当たりを考えてもらわねば育たないということだってありますもの。ただし、ある時期までは、です。

それ以後は本人の力で伸びていけばいいのです。庭だって、「庭」ではなく、できるならば「野」のようになる方がいい。ある種の「完璧な美」に押し潰されるよりも、人にとって心おおらかに、自分に戻れる場として見える方がよほど互いにとって、都合がいいのではありますまいか。

日々是好日
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午前の二年生は、日本科学未来館(お台場)に行きます。午後の一年生は勉強です。

2017-01-23 09:52:24 | 日本語学校
晴れ。快晴。

けれども、「寒い~。寒い」なんて言ったら日本海側の人たちから怒られるかもしれません…だって、きっと今も大雪が降っていることでしょうから…。でも、寒いです。

この寒い日、二年生たちは、「日本科学未来館」へ行くことになっています。ちょっと寒いので、出は悪いかもしれませんが、行けばきっと楽しめると思います。特にロボットが好きな理系の学生達は楽しいでしょうね。

と言っているちょうどそのとき、電話が…。「先生、今日、お台場に行くのは私一人ですか…」と不安げな声。

行くのは二年生だけなので、一年生の同室者が行かないと言ったのを聞いて、「えっ???」となったらしい。

いつも行くときはみんな一緒でしたからね。一人かと思ってドキッとしたのでしょう。

今、学校はとても落ち着いています。課外活動で外へ行くときも、あまり待たずに済んでいます。定刻に出発し、着いてからきちんと見ることができています。問題行動もほとんどありません。あっても注意すれば済みます。どこの国でもきちんとしている学生はいるのです。そういう学生を呼ぶことができるかどうかが問題になるだけで。

スリランカとやり始めた時も、相手が掴めなくて困りました。ベトナムの時もそうでした。相手を、多分きちんと見ることができなかったのでしょう。国情、そして民族性が掴めていなかったということも関係していたでしょうが。

ネパールでは、その経験を生かそうとしてみました。言葉が通じなくても、「名前をカタカナで書け」とか、「今、習っている本を読んでみよ」とかいったことで相手を見られると思ったのです。

だって、「4課」しかやっていなくとも、「10課」までしかやっていなくとも、「ひらがなやカタカナが書けない。本が読めない。」であれば、「つまり、きちんと勉強できない」であって、「学習能力がない」と見做せると思ったのです。

スリランカやベトナムの時のように、「いい子そうだから」とか、「勉強したいけれども、勉強のチャンスがなかったんだ。気の毒に」などという甘い考えでいたら、相手に高を括られてしまいます。そういう日本的な甘い考えでは、ああいう国とはつきあえなかったのです。それをやっちゃったから、ひどい目に遭ったんでしょうねえ。もう嫌ですが。

ところが、この国では、また国情が違っていたのです。

彼らを教えている教師自体、レベルがあまり高いとは言えなかったのです。面接で「漢字が書ける」と言って、「電車」を書いた学生がいました。彼が書いた字、そのときの書き順などを見て、私たちのほうでは絶句したのですけれども、自分の周りに「漢字」がなければ、ナンジャモンジャの字であろうとも、「これが漢字だ」と言われれば、「そうか、これが漢字か」となってしまうのでしょう。

それくらいなら、ある程度学力のある人なら、早めに引き取って日本で教えた方がいいとなります。

もっとも、どうもネパールにもスリランカなどと同じ問題があるようですが。

「難しい」と言って、漢字の練習をしないのです(こちらが言えば、書きます)。けれども覚える気が無くて書くならば、それは徒労に過ぎず、百回書こうとも…無駄です。

「漢字は難しい」というのが、スリランカ人の常套句で、そういえば、許してもらえるとでも思っているようです(街で見かける日本人に言えば、「そうね」で、同情でもしてもらえるでしょうが)。

残念なことに、この学校ではアラブ人も、アフリカ人も教えてきました。彼らは頑張って練習して、「N2」レベルの漢字は書けていましたから、スリランカ人ができないというのは、(スリランカでこれまで)勉強する習慣が培われていなかっただけのことです。しかも、良く思われたい、頭がいいと思われたいとその意識だけは人一倍強く、漢字のテストもカンニングで済ます手合いが本当に多かった。ベトナム人も本当によくカンニングしましたけれども。

そういう人がだんだんに少なくなる…クラスのレベルが上がる…。みんなやらなくなる…本当のテストの時、大学や専門学校のテストに合格する。

まあ、そうそううまくはいかないでしょうが、こうなるといいですね。少なくとも、男も女もカンニングしている限りは、人も終わり。そういう人の多い学校もそれで終わりということになってしまうでしょうね。

また、電話がありました。「先生、今日は休みですか?」「休みじゃありません」「でも、朝は休んで遊びに行きます」「遊びに行きません。未来館に勉強に行くんです。それから、行くのは午前の二年生だけです。一年生は勉強です。休んだからだめですよ」「…そうですか」

わからなければ、電話で確かめる…それはいい習慣です…けれども、多分休みたかったから、そう思ったのでしょうね。


日々是好日
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「テト」でも、帰国しない方がいいのですけれどもね、ベトナムの学生は…。

2017-01-20 13:25:54 | 日本語学校
時折、白いものが、チラホラと降ってきます。曇り。

空の、あの雲は雪雲なのでしょうね、どんよりとした灰色の雲が、空一面に重く垂れ込めています。

暖房をつけて、もう一時間近く経つというのに、まだ足元がジンジンと冷たい。もしかしたら、この冬一番の寒さになるのかもしれません。なんと言っても、「雪」がちらついていますもの。

雪の頃の「花」と言えば、「ツバキ(椿)」、それも「カンツバキ(寒椿)」でしょうね。この赤と黄、そして分厚い緑の葉の組み合わせが何とも言えません。それから「スイセン(水仙)」。お正月飾りとして、故郷ではよく「スイセン」の花を飾っていたのですが、買ったという記憶はありませんね。庭にあるもの、あるいは少し自転車を走らせれば、一面に咲いているもの、そんな映像しか覚えていないのです。そして、あの香り…。あの香りは冬の寒さの中に春を予感させるもの、そのものという気がします。

さて、学校です。

昨日は「お休みさん」が目立ちました。ぽっかりと前列が空くと、それまで後列でのんびり構えていた人たちがそれができなくなり、おかしな緊張感が漂っているのがわかります。バレバレになりますもの。

で、ベトナムの学生のことですが、テトで一時帰国したいという学生が数名出てきました。一時帰国しないようにと言われて来日したのを覚えている学生は、昨年の10月頃からちょいちょいとこちらの様子を伺いながら、それとなくにおわせていたのですが、全くそれを忘れている学生、「帰ります」としか言いません。一人は「ごめんなさい」をくり返していたので、少しはマシかという気がしたくらいです。

困るのは、「帰りません」と言い張る学生。時々こういう手合いがいるのです。高を括っているのでしょうね。

一時帰国に、学校の許可が必要なくなってから、何も言わずに帰るというのが増えてきました。困るのは自分ですのに。

特にベトナムの学生はヒアリングが苦手なので、そういう人が一時帰国して一週間なり二週間なりベトナム語の世界にどっぷりと浸かってしまいますと、戻ってきても、また一年前からやり直しと言いたくなるくらい発音が悪くなり、助詞が消えてしまうのです。

これまでは、あまり日本語のできない人たちでも行けるような専門学校がありましたけれども、それもだんだん狭き門になっています。結局は日本語ができなければ、就職の時にも困るので、同じなのですが。

こちらが、それを言ってもわからない。で、二年生の同国人に言ってもらうのですが、言っている方もそれほどの切迫感がありませんから、あやふやのまま伝えてしまう。当然うまく伝わりません。失敗した人がいいなと思って探しても、失敗した人は学校になんぞ寄りつきませんから、それもできない…。

もっとも、日本語がそれほど上手ではなくて、いい専門学校に行けなかった人でも、就職できた人はいます。今、日本はそれほど人手不足なのでしょう。で、その人がうまく行ったからと言って、皆が皆、うまくいくわけではありません。

人はほかの人がうまくいけば、あの人がうまくいったから自分もと、つい思ってしまうのですが、なかなかそううまくはいきません。それがわかるようになるのも、失敗をくり返さなければ無理…ということなのかもしれません。

日々是好日

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寒いですけれども…春の足音が聞こえています。

2017-01-18 08:40:31 | 日本語学校
快晴。

寒い、寒いと言われながらも、春の足音が聞こえています。

学校の「ジンチョウゲ(沈丁花)」の花が蕾をつけています。でも、ちょっと固そう。綻び始めるのはまだまだ先のようです。そんなことを話していたちょうどそのとき、学生が、お母さんに言われたからと、蕾のついた「サクラ(桜)」の枝を持って来てくれました。

一瞬、「えっ?もう『サクラ』…?」と思いましたけれども、幹は確かに「サクラ」です。「カワヅザクラ(河津桜)」だとしても、まだ早いよなあ。それに花の様子も、ちと違うし…。「モモ(桃)」かしらんなんて気もしましたけれども…。

街では、冬先、人々を愉しませてくれていた「サザンカ(山茶花)」が姿を消し始め、「ツバキ(椿)」の世となりはじめています。毎年のことですけれども、年を取ると、毎年ほぼ決まった頃に同じような花が咲いたり、同じような小鳥が鳴き始めたりするのが、うれしくなってきます。

もっとも、年を取ったからというだけでなく、災害の多い土地に住んでいる故の思い…なのかもしれません。毎年「桜狩り」をしていたのに、もう行けなくなった。毎年ここに小鳥が来ていたのに、何もなくなったから、来てはくれなくなった…そういうことが、おそらく何千回、何万回も、この地ではくり返されてきたことでしょう。

だから、同じであることの大切さ、同じであることのありがたさ、そんなものを、若い人でさえ感じているのかもしれません。

さて、学校です。

同じであること云々を四季の巡りがはっきりしている国の人間が言うのさえおかしいと思っているような国から来ている人たちがいます。一年中、ほとんど同じとしか、私たちからは見えないのですが、そんな彼らも、自分たちの国には四季があると言います。

ほとんど気温が同じじゃないかと思うのは勝手だが、少し寒いときもある…。へえ、あれが寒いねえ…。

こういう人たちに、「『寒かった』から、『暖かい』と感じるのだ」とか、「『暑かった』から『涼しい』と感じるのだ」とかいうのを、わかってもらうのは、なかなかに難しいことのようで、「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」なんてのも、「梅一輪 いちりんほどの 暖かさ」なんてのも、ちょっと無理でしょうねえ。」

こういう、かそけき感覚とか、北国の春を待ちわびる心情とか、そういうのは頭でわかるものではなし。頭では「夏から秋の時が『涼しい』で、「冬から春の時が『暖かい」ね」と覚えても、いざとなると「春は涼しい」と言ってしまいます。。

2年目の学生にも、いまだに「春は暖かい。夏は暑い。秋は涼しい。冬は寒い」を時折くり返さねば、すぐに、「春は涼しい」になってしまいますもの。同じ気温であっても冬から春に至るときに感じるものと、夏から秋になるときに感じるものとは、違うのにねえ。

もっとも、2年目の「Aクラス」では、「枕草子」の冒頭部分を教えたこともあって、「春は」と問いかけると、「あけばの」の方が出るようになりました。とはいえ、「暖かい」の方を忘れられてしまうと、そっちの方が困るのですけれども。

日々是好日
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入学式。卒業生からの電話。

2017-01-17 08:43:02 | 日本語学校
晴れ。今朝もきれいな青空がどこまでも続いています。そして青の中に薄く白い残月がかかっています。

昨日、一月生の入学式がありました。

式後の茶話会では、ベトナム組(私たちを含めて2名で、ベトナム勢を見ていました)、スリランカ組、いろいろ組に別れて、「聞きたいこと。お願いしたいこと。あるいは注意しておいた方がいいこと。手伝えること」などを話してもらいました。

ジュースとシュークリームなどのお菓子を配るときには、「先生、二つ」と手を挙げる者やら、判るようにこっそり引いていこうとする者やら…。そのたびに叱られて、大笑い。

午後のクラスだけの参加でしたから、一番レベルが上でもまだ昨年の4月に来たばかりですから「N3」レベルです。とはいえ、遊ぶことだけはすぐに上手になってしまいます。一番下の人でも、19歳くらいけれども、やっていることを見るとまるで中学生。

思わず…君たちには、今年、「日本語試験」、「留学生試験」「大学、ないし専門学校、大学院などの試験や面接」が待ち構えているんだけれどもね…などと呟いてしまいましたが、確かにこういう息抜きも必要ですね。みんな、母語でワイワイガヤガヤやっていました。

彼らが相談していたのは、やはりアルバイトのことでしたね。ホテルの方なら紹介できるとか、南船橋の方だったら…などと、先輩はやはり頼りになります。ただ、まだ銀行の口座は開けませんから、そのことも先輩連が話していました。そして学校が終わり次第、まずは印鑑を作りに連れて行くとのこと。いい先輩たちですね。

そういえば、昨日の午後(昼休み時間ではありませんでした)、その日は講義がなかったのでしょう、江戸川大学へ行った学生から電話がありました。別に特別な用事などはなく、「声が聞きたかったから…」。気の毒ですね、鬼の私が出てしまって。どうも今、「悩み中」という感じでした。

最初に、「ちゃんと勉強してる?」と聞いたとき、言いよどんで、「あっ。○○さんもいます。先生、替わるね」ともう一人に振りましたもの。振られた方は、同じ質問に「は~い。もちろんです」と明るくきっぱりと答えていたのですが。

それは(大学に行けば)大変でしょうね、勉強が。特に電話を掛けてきた学生は、ここにいるときもそれほどきちんと勉強する方ではありませんでしたから。大学では、外国人ということで多少手加減はしてもらえても、あくまで「多少」ですもの。本人は一生懸命頑張っていても、そう見てもらえないこともあるでしょう。「大変だぁ」とため息の一つもつきたくなる…。それに、(大学に入って)現実が見えるようになって、自分では「何ほどかの者である」と思っていたのに、実は大した者ではないということも、判ってくるでしょうし。

ただ、単位は落としていないとのこと。すごいねえと褒めたら、ニコニコしているのが感じ取れました。それから、アルバイトの方でも頼りにされているとのこと。これもまたすごいねえです。過度の自信は困るけれども、自尊心は必要です。

試験が再来週から始まるとのことで、終わったら一度学校に来たいと言っていました。

卒業生も何もないときは音信不通で、何か悩みや問題事があると、この学校を思い出してくれます。それがいいのか、それとも少しばかり嘆いた方がいいのか…まあ、両方なのでしょうけれども、ま、どちらにしても、元気な顔が見られるというのは、私たちにとってもうれしいことです。

日々是好日
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「職人さん」になった卒業生が来てくれました。

2017-01-12 08:38:05 | 日本語学校
晴れ。

「寒波が『来るぞ、来るぞ』」と脅されていたのに、(来てしまっても)それほどの寒さを感じないというのは、もう「冬」に慣れたからなのか、それとも、実際は言われていたほど寒くないからなのか、あるいは、脅された分、身体が引いて感じているからなのか、本当に人というのは、不思議なものです。

さて、学校です。

昨日、卒業生が、「現場が近くだから、つい寄ってしまった」と、授業中に顔を見せてくれました。休憩時間だから大丈夫と言って(来たのは、12時ちょっと過ぎ)。

彼は、ほんの14歳か15歳の時に日本に来、そして親御さんに連れられて「日本語を学びたい」とやって来たのですが、そのときの頼りなげな様子をよく覚えています。

それがもう部下がいる、ちゃんとした職人さんになってやって来たのですから、驚きです。思わず、「おじさんになっている」と叫んでしまいました。だって、顔が大人の顔なんですもの。しかも職人さんで、責任を持たされていれば、顔つきも普通のサラリーマンとは違って、しゃきっとしています。もっとも、本人は…かなり、嫌がっていましたが。

彼がいた頃は、高校を出たばかりの学生達がまだ何人も留学生としていたときで、女の子が多かったものですから、彼はちょっとした遊び相手になっていました。課外活動へ行けば、「近くに○○があるから、(解散になってから)そこへも行こう」とか、「東京の一日切符を買ったおけば、それで一日いろいろな所へ安く行けるから、買っておくといい」とか、おそらく一人であったら判らなかったであろう知恵も、たくさんつけられて。

昨日も、「課外活動が楽しかった」と言っていましたもの。

学校をやめてからは、いろいろ苦労したようで、「苛められたこともよくあった…」。でも頑張ったから、今の彼があるのでしょう。

そのとき、ついでに、「『日本の先生はどうしてこんなに優しいの』って感動していたことを覚えている?」と聞いてしまいましたが、聞かれた本人、「えっ!」と絶句していましたけど。

当時、私たちは普通に、ごくふつ~に厳しくしていたつもりでしたから、言われて、ちょっと驚いてしまったのです。まあ、覚えていなくてもいいんですけれども…。

また、寄りますと言って現場に戻っていきましたが、そこで、その場にいた留学生達にちょっと説明。

日本では「職人さん」の地位が高いこと。この「高い」というのは語弊があるかもしれませんが、「尊敬」されているのです。というようなことなどを教えました。もちろん、「職人さん」と呼ばれるほどの、手にきちんとした職を持った人でなければだめなのですけれども。

これはなかなか判ってもらえないことで、ちょうどいい機会だと思って言ったのです。そうでなければ、生まれつきのカーストに縛られている人、金持ちかどうかで「偉い」かどうかを決めつけてしまう人などが少なくないのです、外国から来た人たちの中には。

こういのも、彼らがこれまで属していた社会の然らしめるところで、決して学生達のせいではないのですが、日本でこれをやられると、困りますからね。

日々是好日
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年は明けても、心までは…という人が若干名いるようです。

2017-01-11 09:22:42 | 日本語学校

なんともはや、あっという間に年は明け、「サザンカ(山茶花)」の花と「ウメ(梅)」の花が美の交代をする頃となりました。

晴れ。

連休、雨模様だったのですが、学校が始まると、一転、お天気予報ではずっと晴れの日が続いています。日本海側は曇りの日が多く、太平洋側は晴れマークが続く。そんな教科書通りのお天気が続きそうです。

そういえば、東北の山村から来た人が、東京は冬でも晴れているので驚いた…それを聞いた九州育ちの私は????。冬は晴れて乾燥しているものと、どこかで決めつけていたのでしょうね。

狭い日本、とはいえ、南北に長い日本。海に挟まれるようにして列島が続き、しかも背骨のところが山脈となっている、で、お天気もすぐに違ってしまうのです。

そういえば、馬の背を分けるなんて雨の降り方がありましたっけ。トンネルを抜けたら大雪だったなんてこともあったようですし…。

さて、新学期が始まりました。

この期は、二年生が進学を前にして、最後の追い込みをする頃。で、願書書きやら面接や作文の練習やらで忙しくなります。で、当然のことながら、教員たちも授業以外のことで忙しなくなってしまう…のですが、そこにまた、忙しないことが勃発してしまったようです。

寮生同士の仲違いです。少しでも我慢の利く人たちでしたら、せいぜい適当に無視し合うくらいで終わるのですが、我慢の利かない人たち、つまり国で甘やかされて育ってきた人たちが重なりますと、もう、少しでも思い通りにならないと、途端に爆発してしまいます。

一人が爆発しても、周り(あるいは言われた方)が「まあまあ」とやっていられればいいのでしょうけれども、その一人の言葉に棘や毒が含まれていますと、言われた方もそのままにはしておけなくなります。

しかも、こちらには彼らの言葉がわかりませんから、その毒や棘がどれほどのものなのかがわからない。ヘラヘラ笑ってやり過ごすことが出来ないほどのものなのかがわかりませんから、言った方にも言われた方にも、対し方が定まらないのです。

ただ今回は三人部屋のことで、喧嘩した二人は一年生で同国人であっても、もう一人の二年生が他国の人でしたから、このときも、彼女が「仲良くしてよ。私が出たらどうするの」とか言ってくれたようですし、それに、私たちが気づかなかったこれまでも、間に立って、努力をしてくれていたようなのですが。

一度こじれてしまうと、言葉がわかる者同士の方がかえって難しいようです。

日々是好日
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