日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

今日は、学校の「大掃除」の日です。

2018-12-26 09:04:58 | 日本語学校

曇り。

風はないけれども、少々寒さを感じます。明日から寒さが増していくそうで、今日がラストチャンスなのかもしれません、大掃除の。

というわけで、今日は大掃除の日。学生達には、今日は来ないように言ってあります。来たら、お仕事が待っているからねと、脅すつもりで言ったのですが、中にはニコニコと、「手伝います」と言ってくれる人もいて、困ってしまいます。

こちらが期待している反応は、「いやだ」と言って逃げる…だったのですが。

大掃除が終わると、午後から会議です。そのあとは1年の締めくくり

…今日はだめだと言っていたのに…。学生から電話です。「学費を払いに行ってもいいですか。半分だけです。残りの半分は1月に払います…」。むむむっ。大掃除手伝ってね。これは冗談ですが。

日々是好日
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一昨年の一月生は、ビザがあるのに、一時帰国しなければなりません。部屋は?アルバイトは?右往左往させられています。

2018-12-25 14:51:22 | 日本語学校
晴れ。

土曜日は「曇りのち雨」。で、日曜日は「曇り一時晴れ」。晴れはいいけれど、北風ビュービューでした。

この、北風「ビュービュー」とか、雨が「ザァーザァー」とかを使うと、学生達は大喜び(よって、疲れたかなと見えた時に言ったりもするのですが)。だいたい、「『ビュービュー』だって」ですものね。リズムをつけてまねしたり、「なになに」とこちらを見たり。

勿論、こちらもどんどん声も大きくなり、従って動作も大げさになって行きます。「トントン」だったものから、「ドンドン」へ行けば、そりゃあそうでしょう。身振り手振りよろしく、つま先だって「ツンツン」と歩いてみせたり、象さんかゴリラさんになって「ドンドン」と歩いてみせたり…。だんだんこちらも面白くなっていくから困ってしまうのですけれども。

動物の鳴き声も面白いらしい。いえ、面白いと言うよりも、いとも安易に、こういうことを口にするはずのない、いわゆる教師なるものが、まねして言うのが面白いのでしょう。

私の父なんどは、こういう言葉がだめで、「どうしてそんな子供みたいな言葉を使うのかね」。でしたものね。多分、父の時代には宮沢賢治も童話作家に過ぎず、そういう目でしか見てはいなかったのでしょう。

私の父は子供のころから映画好きで、姉の婚家先のお父さんが、(それを聞いて)「あんたんとこのお父さん、不良やったんかね」と小声で訊いたことがあったそうです。映画が好きというのが、即「不良である」ような時代の人でも、この「シトシト」「バチャバチャ」などを書き言葉としてというのは勿論のこと、話の中に入れても、ちょいと抵抗を感じてしまうような具合だったのでしょう。…それも遠い昔のことですが。

さて、この擬音語・擬声語なるもの、なかなか面白いのですが…、難しい。「形容詞(物事を形容するもの、多分修飾するもの、あるいは比喩と言った方がいいのかもしれませんが)は、すぐに古びるとはよく言ったもので、雨の音ですら、「ザァーザァー」ではなく、別の擬声語を探してしまうよ。同じ音でも、楽しい時には楽しげな音に聞こえるはずで、それをどう表すか。同じように、悲しい時には悲しげな音に聞こえるはず、…ならばどう表すかということになるのでしょう。

人は飽きっぽいのかもしれませんね。最後は動詞だというのを聞いたことがありますが、おそらくそれは本当のことなのでしょう。最後は、動詞。名詞でも華やかな形容詞でも、理屈っぽい接続詞でも、感嘆詞でもなく。

さて、学校です。

金曜日に、ビザの更新のために学校に来て、ひとしきり書いていった学生達。来た人達は、「あっ。写真、忘れた」とか、「せんせ~、パスポート~」(つまり、忘れたということね)とか、言いはしたものの、書くべき物は書き、(持ってきた人は)コピーすべきものはコピーし、…そして忘れた人は、今日持ってくることになっています(冬休みに一時帰省する1名を除き)。

約束通り、来られる人はいいのです。そして遅れても(どうしても1名、寝坊助さんがいる。同室者が揺すぶって起こそうとしても、起きない。下手をすると共倒れという仕儀にもなりかねないので、最後には捨てられてしまう。…だめですね。この人は金曜日も、いつも通り、遅刻で、目一杯嫌がらせを言っても、平気ときている…応えていないなあ。処置なしです。専門学校へ行ってもそうなのかも…。国でもそうだったのでしょうし、親も皆、特別視していたのかもしれません。どうも、彼女や、彼女の周りの同国人の様子を見ていると、そんな気がするのです。いくら言っても無駄と思っているのか…。親が中途半端に金を持っていると、「こうなってしまう」といういい例なのかもしれません。

そんなこんなしているうちに、昨年の一月生がやって来ました。一時帰国しなければならないので、早めに『文集』用の作文を書き上げてしまわなければなりません。かわいそうに思うのですが、彼女はいたって明るく、ビザが下りたら、またすぐに来ると言いながら、「大好きな国、ニッポン」というタイトルで作文を書いていました。

こういう、日本が好きな学生が、大学に入るためにまたやって来られるといいのですけれども。

語学留学で、日本に来て、日本語を学び、そして大學を目指し、きちんと合格したという異国の若者が、日本にとってどんなに得がたいものであるか、それを判ってもらえるほどには、外国人を身近に感じていない人達が、決めた法律で右往左往させられる。

彼等にはその理不尽さが私たちほどには感じられていないようで、尚更、こちらが切なくなる時があります。

「待っているからね」と言ったら、「28日にもまた来ます」と言われてしまいました。この明るさが失われないことを祈っています。

日々是好日
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「N2」の漢字や文法を覚えるより、駅から家までの地図を書く方がずっと難しい…らしい。

2018-12-21 12:52:18 | 日本語学校

晴れ。

どうも自転車が変。自転車が変なのか、自分の技術が劣っているのか、わからないけれども…。私を次々に追い越していく自転車を横目に、どうも自分が皆の流れとは別に流れているような気がしてなりません。他の人達は滑るように走らせているのに、自分だけは、19世紀の自転車に乗ってでもいるかのように、ギクシャクしているのです。それどころか、ギーコ、ギーコと、適度なリズムで明治の音までしてきそうなのです。

浮いていますね、自分だけ。

これも、休みに入り、授業準備などがいらなくなったので、30分から1時間ほども遅く家を出てくるからなのでしょう。この時間帯は通勤通学の自転車が多いのです。いつもなら、犬の散歩の時間か、ジョギングをしている人くらいにしか会わないのに…、違いますね。信号待ちをしていると、すぐに4、5人(自転車に乗っている人)が並んでしまいます。自転車ですからね。「この人達が皆出払ってから、出発」なんて考えていると、歩行者の中に突っ込むことになる。私の技術ではうまくやり過ごせるかどうか…、少々難しい。皆急いでいますから。こうなると、いつも通りの時間に家を出るか、自転車を引いて歩くかのどちらかになってしまう。いやはや、いいことばかりとはなりません。

さて、学校です。

昨日、大学入学の手続きやら、高校受験の勉強やらで、数人学校にやって来ました。それから、寮費や学費を持ってきた人もいました。

大学入学の手続きで、かわいそうなのが、地図を書かねばならないこと。地図を読むことにも、慣れていないのに…。駅から家まで、カクカクとした線を引いて終わってしまうか、ぐるりと曲線を引いて何が何だかわからない図形になるかの、どちらかですもの。中には必死に書いたのでしょう、四角がゴチャゴチャと並んでいて、「はは~ん、家が並んでいると言うことだな」までは判るのですが、だからと言ってこれを見て駅から彼の家に行けるかというと、…おそらくは行けないでしょうね。

高校入学を目指している学生、数学と英語を一人残って、勉強しているのですが、時々、ぼんやりしているなと思って訊くと、「落ちたらどうしますか」。異国で、まだ若いから、どうしても心配になるのでしょう。「大丈夫。こういうときは落ちるということは考えない。そのために頑張っているのだから」。けれども、ほかの人に(この学校のスタッフではありません)言われたらしいのです。それがどうも頭にへばりついていて、離れてくれないらしい。

かわいそうに。「人事を尽くして天命を待つ」。「天は自ら助くる者を助く」。こういう言葉を言っても、「…知ってる。でも…」…なかなか笑ってはくれません。

けれども、本当ですよ。「天は自ら助くる者を助く」ですからね。

日々是好日
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昨日の「ディズニー・ランド」、皆、最後まで残って楽しんだようです。

2018-12-20 11:36:34 | 日本語学校
曇り。

 昨日は、いわゆる「ディズニー日和」。学生達は、午前8時過ぎであるにもかかわらず、ゲートに大勢の人が並んでいるのにびっくり。けれども、私たちから見れば、昨日は、それほどの人ではなかった…のですけれどもね。最後の「スプラッシュ・マウンテン」のところでも、入る時には70分待ちとのことでしたが、10分かそこら早く出てこられたようでした。少なかったのかな。だいたい、この入口のところにまで、いつも人が並んでいて、入る前から、皆「すご~い」というのが普通でした。

昨日、学校では、8時半に「ディズニー・ランド」の入口で、というのが「お約束」でした。ネパール組は、8時には、舞浜駅に着いていましたから、この人達が主体になると、時間厳守とそれほど言わなくても済みそうです。時間にルーズなスリランカ組が主勢力になっていなかったからでしょうか。それとも、真面目な学生が増えたからかな。彼等でさえ、よく、時間を守っていましたもの。もっとも、二年生というのに、バスを降りてから「ディズニー・シー」のほうに行ってしまい、慌てて「ランド」にやって来た人がいたようでしたが。思わず、一緒にいた一年生が気の毒になり、「ねえ、二年生なのにねえ」と横目で(二年生を)睨みながら慰めてやると、さすが分かったのですね。「はい、私が悪かったです」。

そして、ベトナム組です。この人達は大雑把に時間を捉え、守らないつもりはないようなのですが、でも、…遅れるのです。現在の状況から言いますと、ベトナム組は「目覚まし代わりの電話」にも、出ない。その上、女子であれば、化粧や服装に時間をかけ、人を待たせても平気。国で、それほど非難されなかったからなのかわからないけれども、そうするのです。

以前は、スリランカの一部の女子もそうでした。ばっちり化粧をしてくるのです。服もばっちり。スリランカの男子が文句を言わないから、国でもそうなのでしょう。そのつもりで(日本でも)人を30分待たせても平気。非難すると、意味が判らないので、「私は悪くない」と泣く。すると、周りがこちらを責めるような目で見る…だいたい、このパターンでした。

ネパール組も、こういう課外活動では精一杯おしゃれをしてきます。「写真、命」なのでしょうかしらん。今は国外に送るのも、随分楽ですから、きっと親兄弟のみならず、友人知人にも拡散していることでしょう。

閑話休題。

で、ほぼ予定通りに荷物検査を済ませ、そのまま入っていきます。今年は「ワールドバザール」内の「クリスマスツリー」が、いまいちでしたね。いつもは、ここでなかなか動こうとしない学生達に苦労するのですが、今年はあれがツリーだと気づいていないようで、素直に「素通り」してくれました。で、そのまま「シンデレラ城」へ。

途中、ピノキオやピノキオのおじいさん、姫君達や王子達が、あちこちに出没していて、学生達は写真を撮るのに大忙しでしたが、さあ、さあと集めて、皆で「ミッキーのフィルハーマジック」に並びます。ここは相当面白かったようです。途中水をかけられて、「ギャー、ギャー」叫び声を上げたりしていましたし。出てから、面白かったというのが感想。よかった、よかった。今年は去年よりも充実していて、皆、十分楽しめたようです。

それから「イッツ・ア・スモールワールド」に並びます。学生が、皆と一緒に並んでいる私をチラチラ見ては、「大丈夫」と気遣うので、私の足のことを言っているのかなと思っていたのですが、一人が、「怖いです。大丈夫?」と聞いたので、「ハハーン」です。

この「ディズニー・ランド」の事前授業の時、この紹介に「かわいい」と言っていたので、よく内容を知らない学生が、どうも「かわいい」を「こわい」と捉えたらしい。それほどこの「怖いよ」に興味をかき立てられていたのでしょう。一人以外は「怖いの好き。大好き。どれが怖いのですか」と自由行動になってからも聞いていましたから。

皆、ボートに乗ってから、キョトンだったでしょうね。「怖い」と思って、ドキドキ、ウキウキしていたのに、かわいい人形達が躍りながら歌を歌っていたのですから。

それから、「蒸気船マークトゥエイン号」へと移ります。途中、昼のパレードが始まるということで、一旦、パレード見物の方へ行きます。パレードが終わってから、また船の方に戻ってきます。船が大好きな学生が、目をキラキラさせながら、「あれにも乗りますか」と、カヌーを指差して言います。大きな船もいいけれども、あれも捨てがたいという風情。だいたい、日本に来て、箱根で海賊船に乗るまで船に乗ったことがない人ばかりでしたから。自分でカイを操っている姿(本当はディズニーのキャストが漕いでいるようですが)に憧れたのでしょう。

そして、降りてから、最後の「スプラッシュ・マウンテン」です。待っていると、突然、学生が姿を現し、怖かっただの、面白かっただの言ったあとで、ファストパスの取り方はどうするやら、お化けのところはどこなのかなどを聞いてきます。私としては、「えっ。もう終わったの。まだ70分経っていない…」。でも、キャストが何人も近くにいましたから、「さあ、聞いておいで」と彼等をやると、キャストはたちまち、10数人の外国人に取り囲まれていました。ちゃんと話せたのかな。

多分、大丈夫だったのでしょう。意気揚々と戻ってきましたから。そしてファストパスをとってから、食事にするとのことで、そこで解散。

学生達は、皆、22時まで残ると言っていました。これも数年前とは大違いですね。前は、「さあ、自由行動」と言った途端に、家路につくという感じでしたもの。

今日、学校に来た学生二人に聞いてみますと、二人とも最後まで残っていたそうです。うち人は(ベトナム人)戻ってから、皆でパーティをしたと言っていました。近所迷惑になったのかと案じ顔したのがわかったのでしょう。「大丈夫。○○に行ったから」。彼等の先輩がアルバイトをしていた店の名をあげたので、まずはホッとしました。

楽しめたようで、私たちもうれしいです。

日々是好日
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明日、皆で、ディズニーランドへ行きます。楽しんでくださいね。

2018-12-18 08:26:51 | 日本語学校
晴れ。

あちこちで葉を散らした裸の木々の間から、陽が透けて見えます。輝いて見えるから不思議。晴れると、葉のない木々も、華やかで美しくなるものですね。

クリスマスが近づくと、キリスト教とあまり関係があるようにはみえない、この日本でも、クリスマスの、イルミネーションやら、プレゼントやら、ケーキの予約やらで賑わってきます。異教徒の国なのに、なぜかと問われれば、おそらく皆、「なんでもいい。楽しいことはいいことだ」と言うだけでしょう。もとより、商才に長けた人々の、仕掛けに躍っているだけではないでしょうが。

人というものは、どこかに明るさを恋うる心を秘めているもの。光に向かって歩きたくなるし、そういうものに、手を伸ばしてみたくなるもの…のような気がします。暗くてジメッとしているのを避けるのと、ちょうど反対なのでしょう。

人との付き合いも同じこと。明るく見える人の方が好かれやすい。暗くジメッとしていると、黙っていても、その人が「来るな、来るな」と発しているようで、人は近づきにくくなる。それでも、近づくと、「どうして来るんだ。好奇心か?同情か?」などと罵られそうで、怖い。暗いとか、ジメッとしているとかレッテルを貼られた人が、そういう自分に嫌気がさし、全く自分を知らない世界へ行きたいと思って他国へ出発するということも、もしかしたら、あるのかもしれない。自分を素直に受け入れてくれる人々を探そうとして。でも、ある程度豊かな世界では、それは難しい。自分が変わらずして、は、難しい。

勿論、これは衣食足りて、然かる後のことなので、生活に不自由しない人の贅沢なのかもしれません。日本だって貧しかった頃、人は助け合うしか生きる術はなかった。他者を拒否することは、すなわち、自分のみならず、自分に関わりのある人の生活をも脅かすことに繋がった。

さて、閑話休題。学校に戻ります。

明日の、ディズニー・ランドを控えて、卒業生クラスで、日本の正月(各地の松の内の行事)のDVDを見せたのですが、面白い…とはならなかったようです。終わってから、「先生、ディズニーの映画が見たい…」。なるほど。気の毒なことに、映画となると、90分では終われない、勢い、次に引き継がなければならなくなる。だって、紹介もしなければなりませんから。

ディズニー映画のキャラクターのことは知っていても、彼等が出た映画はほとんど知らない。『バンビ』や『白雪姫』『ピーターパン』など、古いものはさておいて、3,4年前のものだとて、見ていた者は、よほどの映画好きの家庭に育ったか、完全にアメリカ文化の下にある国から来た人と決まってくる。

とはいえ、こういう文化を知らなくても楽しめるのが、ディズニーランドらしい。キャラクターの背景を知らなくとも、ぬいぐるみが出てくれば、大喜びで写真を撮ろうとするし、キャラクターのグッズを買おうとする。さすがですね。

戦に負けてから、米国崇拝熱の高かった日本人は、日本昔話と同じくらいこういう欧米の昔話や童話に親しまざるをえなかった。その連鎖の一環としてディズニーはあったのでしょう。勿論、ディズニー映画は技術もすごかったし、ストーリーも楽しく、皆がすんなり溶け込めた。

で、留学生です。彼等はディズニーランドやディズニー・シーで楽しんでから、ディズニー映画に親しみ始めるのでしょう。そこで見た、あるいは一緒に写真を撮ったという理由で。戻ってから、映画を見ると、きっと、「あっ、これ、知っている」となるのです。

「それも、また可なり」です。だって、東京ディズニーランドは、浦安市にあり、ここ市川市の行徳から見れば、お隣さんですもの。

日々是好日
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アルバイト時間が、28時間と決まっているのなら、夜勤しかないし、遠くの工場しかない…。

2018-12-14 08:44:30 | 日本語学校

晴れ。

今朝は星がよく見えました。乾燥しているのでしょうね、洗濯日和。

昨日、いつもより少し早く出てきますと、陽が当たって、ビルが黄味を帯びたピンク色に染まっていました。「早起きは三文の得」、目の果報でした。

とはいえ、午後のクラスの学生達は、夜勤(業種によってはかなり時給が違うのです。しかも行こうと思えば自転車でも行けますし、帰ってから、寝ようと思えば、6時間か5時間は寝られます)が多く、「早起きは…」とは言えません。午前のクラスの学生も、人によっては夜勤のバイトをしていることもあり(22時から5時まで、業種によっては25%アップのところもあるのです)、同じように「早起きは…」は通りません。

勿論、できうることならば、夜は寝た方がいい。もっとも、…これは無い物ねだりでしょうね。生活費は稼がなければなりません。…アルバイト時間に上限があるならば、時給は高い方がいい。…というわけで、学生達は、2時間かけても、遠くの工場へ行ってしまうのです。

当然のことながら、午前のクラスの学生で、夜勤が入ってしまいますと、勉強に集中できません。集中できないというよりも、眠くて眠くて仕方がない…の、はずです。ところが、そういう学生でも、出席率が95%を超えるくらい学校に来ていますと、日本語力は伸びていくから不思議。まさか、睡眠学習の成果ではあるまいし、とも思うのですが、おそらくは、「挫けない『ド根性』」の然らしめるところなのでしょう。

「毎日、学校へ来て勉強する」という習慣がついていることが大切なのです。この習慣がついていない人は、学校としても…ですね。彼等の国に行っての面接で、異国人である私たちでも、それとなく感じるところがありますのに、同国人である彼等の紹介者が(教えている人か、またその学校の経営者であることが多いのですが)「いえ、真面目な人です」というのは、おかしい…。でも、こう言うのですよね。

まあ、高卒の学生は別として、大卒であったり、結婚していたりしますと(来日が決まってから、結婚する人がいるので、これが困るのです)、目的は違ってくるかもしれません。

けれども、これはもう私たちにはどうしょうもありません。彼等の国や民族の問題でしょうし、また、彼等個人の問題であるかもしれないのですが。私たちは、きちんと真面目に学校に来て、勉強する人であればそれでいいです。だって、学校ですもの。勉強する気のない人が来れば、ほかの人に影響してしまいます。

実際、そういう影響も出ているのです。高校を出たばかりで、それほど意志の強い人でなかったりすれば、人は易きにつくもの。アルバイトで疲れて帰ってきて、また宿題をしなければならないとか、眠いのに学校へ行かなければならないとか、国にいた時から習慣になっていなければ、それはしんどいでしょう。

一度働きに出たことのある人や、大学で楽な生活を送ってきた人は、急に真面目にやれと言われても無理でしょうね(頑張れる人もいたことはいた。でも本当に少なかった)。

頑張れた人は、たいてい、日本で大学に行くと決めてきた人や、学びたいことがある人です。

日本も、これからは働きたいという外国人をかなり入れるようです。そういう人が、来日して、仕事を始めてみれば、きっと日本語の不足を感じることになるのでしょうが、反対に、語学留学生として日本に来て、『初級』なりとも勉強し、それで、それなりにアルバイトができている人は、彼等ほどには日本語の必要性を感じていないのかもしれません。

日本語を学びたいと学校にやって来たインド人の話をすると、びっくりしていましたもの。

その人は大学で「N2」までとって、来日したのですが、ネットでの日本人とのやり取りに困って、訪ねてきたのです。彼の言う「業務用の日本語」というのは、単なる「国語力」とは違い、仕事によってかなり違ってくるもの。それぞれ特有の言い回しや単語もあります。それは私たちには手に負えません。やはり各会社で覚えていくしかないのです。あるいはマニュアルがあるかもしれませんが。

そこへ行く前の、基礎部分を日本語学校は担っているのです。日本人とのやり取りも、基礎がわかっていれば(この基礎には、日本人の習慣なども入っています)、あとは、会社の人々の様子を見たり、あるいはそこの日本人に聞いたりして、身につけていくしかないのです。日本人の若者だってそうしていますもの。

これらは語学学校で学ぶようなものではないのです。

将来、日本で仕事をしたいと言っている学生達、ここのところがよくわかっていないような気がしてなりません。

日々是好日

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単語一つにしても、文化的な背景が異なってくると、なかなか伝えにくい。

2018-12-12 12:01:18 | 日本語学校

小雨。

「氷雨」といった方がいいような冷たい雨です。散らずに頑張っていた「秋バラ」が頭を重たく垂らしています。こちらでも「サクラ(桜)」の紅葉は終わりを告げ、数えられるほどしか樹に残っていません。これから、幹は、春に向けて力を蓄えることになるのでしょう。「サクラ」なるものが、この地にやって来てから、延々と続いている営みです。人たるものが人がましきものになってから、そして「サクラなるもの」を観賞する力を得てから、どれほどの年月が経ったことでしょう。

こんな感傷も「サクラ」にとっては、我がことに非ずでしょうかしらん.

さて、学校です。

最初は、ノホホンと構えていたのに、だんだんと日本で暮らしていくうちに、頑張れるようになった…人もいる。この、「頑張れる力」というのは、先天的なものに非ずして、後天的なるもの。祖国にいる限りは、親の庇護を受け、地域社会のそれなりの階層に守られ、それなりの立場でいられたのに、ここでは全く違うのですから。

中国にいた頃にも、同じような人がいたのを覚えています。その人は、日本にいる留学生達とは全く反対のことを言っていたのですが。

「私は、○○だ」と、如何にも偉そうに言うのです。日本の若者は「だから、何?」とキョトンとしている。文化の違いというのは恐ろしい。多分、彼等の国、あるいは彼等の文化圏では、その、「○○」が異常なる効力を発揮していたであろうに、日本人は「無知」ですから、「だから何なんだ。お前は大したものじゃないだろ」で、終わり。下手をすると、「変なことで威張っている、おかしなヤツ」くらいになるかもしれません。

この、「文化」というか、「伝統」というか、いわゆる「階層」で相手を威圧しようというのは、日本人には全く馴染めません。「そんなもん、知らん」で「上がり」です。

中国人は「政治」に敏感ですから、「大統領の親族」というのは効くでしょうけれども、日本の若者には、ちょっとね。まあ、面白がるような若者はいるかな。でも、それで「得をしよう」なんていう思考回路は、おそらく持っていないでしょうから、言うだけ損です。

インド圏は、東アジア文化圏に比べて、そこが面倒なのかもしれません。何かの拍子にそういうことが、ひょいっと出ることがあるのです。

日本人は欧米の人達から見ると、「個人が確立していない」ようですが、(日本人の)「生きとし生けるもの、皆、同じ」という思想は、私には得がたいものと映ります。

日本も、長く封建社会でありましたのに、どうしてでしょうね。確かに、会社に属する人には、ありがちなことではありますけれども、普通の社会においては、主従関係というのに、馴染めないのです。

ペットに対してもそうです。バシッとやれない人が多いのです。すぐに、「良いお友達」になったり、「兄弟」「子」「孫」の関係になったりしてしまう。

先日、学生から、「ほかの人の家で、家事をしたりする人を何というか」と聞かれて、「う~ん」と困りました。彼等が聞いているのは、彼等の社会でのそういう人達のこと。ごく普通の家庭にも、たいていいて、非常に安い賃金で働かされている人達。選択の余地なんてあまりありません。その人が辞めても代わりはいくらでもいるのですから。

日本ではそうい仕事をしている人達は少ないし、お金持ちでも、他人を家に入れて、家事をしてもらうというようなことはあまりやらない。普通は、そういう会社があって、そこから、何時間とか何日とかで人を派遣してもらう。もしずっとやってもらっているとしたら、そういう仕事がプロとしてできるわけですから、賃金は、留学生のアルバイト代よりもずっと高い。そう言うと何が何だかわからないという顔をしている。

彼等のところではそれは主従関係に近くなって、言われたことは何でもやらされるのでしょう。お友達とはならない。

似た状態(主従関係に近い)と言えば、家元のところの徒弟とか内弟子とか言われる人達くらいかしら。けれども、そういう人達の家は貧しくはないだろうし、伝統的な技術や心構えなどを伝授してもらうために、そういう先生の元にいて雑用もしたりしているのだろうから、もしかしたらもっと厄介な関係なのかもしれない。

こういう「家事」で、「人を使う」と言うことが、現代の日本人は苦手なのかもしれません(戦前にはありましたね。階層がかなりはっきりしていましたから)。どうも「皆、同じ」と見てしまう。だいたい、教育レベルだって大差はないし、何の能力もない人が、そういう仕事ができるとも思えないし。

彼等の国では学校教育を受けられる人の数も限られているだろうし、女性の地位も低いと言われる日本人から見ても、まだずっと低いだろうし。

適当に単語を伝えるだけなら、簡単なのですが、それの意味するところが違ってくると、安易に伝えるわけにはいかなくなります。結局、相手の文化、慣習などをある程度知っていなければ、単語すら伝えられなくなってしまう。彼等が自分たちの国と同じだと考えてしまうと大ごとですから。

日々是好日
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「卒業してから…」に向けての授業が始まりました。

2018-12-11 08:28:51 | 日本語学校
晴れ。

今は、きれいに晴れ渡っていても、西からお天気は崩れてくるそうで、午後になるとまた鬱陶しい灰色の雲に覆われてくるのでしょうね。

さて、学校です。

最近、急に活発に授業に参加し始めた二年生が、「Aクラス」にも一人、「B・Cクラス」にも一人。この「参加しはじめた」というのも、理由はそれぞれ違うようです。

まず、「B・Cクラス」の女子学生。

これまでは、学校には毎日ちゃんと来ているのだけれども、「(参加していた」というより、聞いているうちに)ウトウトしていたと言った方がぴったりくる…というような学生だった…のに、最近はうって変わって、(漢字の時だけは)目がキラキラとお星様状態。

もっとも、この「目、きらきら」は、「N3漢字」の復習が終わり、「N3文法」の復習になった途端、また元の「どんより」になってしまうのですけれども。

この「N3漢字」。人によっては3回目にもなるのでしょうか。彼女にとっては、2回目ですけれども。1回目は、毎日学校に来ているわけですから、その都度、漢字の練習はしたことはしていた。ですから、「しんにょう」とか、「さんずい」、「うかんむり」「きへん(このクラスでは、きと言う人の方が多いかな)」などを、覚えているか、覚えていないかはさておき、一応、毎日のように聞いていたので、「耳胼胝」状態であったころは確かでしょう。

というわけで、これが復習には俄然、強い味方となる。

まずは、一ページ毎に復習です。

最初は、上の絵を見て、そこに書いてある漢字を読ませてみる。これが、彼女、うまいのです。他の、毎日コツコツと覚えてきたような学生は、自分の記憶を辿ろうとするので、言うのが遅れがち。ところが、それが真っ新に近い…彼女は、さっと下の漢字・熟語部分を見て、素早く見つけ出し、口にする。勿論、これも能力。「よし!」です。これで、彼女にとっては、活躍の場を一つ「見っけ」です。

それから、そのページの漢字、熟語などを一緒に読む、次に意味の確認。これは既習ですから、思い出すための一助というだけのこと。そして、次はいよいよ「書く練習」です。「増」なんてのは、言いやすいから、楽勝なのですが、

「最初は?」
「つち」、「つちへん」(この、へんまで出てきたら、御の字。よく忘れてしまうのです、このクラスでは)
「次は?」
「そ、カタカナの『ソ』」
「次は?」
「た(田)」
「次は?」
「ひ」「にち」
で、書けます。いつもは「わからない~、いや~」と言っているような学生でも、こうやると楽々に書けるので、ありがたいですね。時々、上のレベルの学生には別の注意をしていきますが、度が過ぎると、やる気のない学生の方が、飽きてくるので、慎重に…。

毎日、学校にさえ来ていれば、練習して(いるかにみせて)書くだけであっても、学校に来ず、つまり、(漢字を)見てもいないし,書いてもいなかった学生よりは、遥かに「強力」です。

時々、言いにくい漢字も出てきます。例えば、機会の「機」
「最初は?」
「き」、「きへん」
「次は?」
「いと」「いとへん」
「いと?全部?」
「違う」「『ちいさい』がない」(誰かが「すくない」などと言います。すると、また誰かが「違う」と言います。その時は必ず二つとも書いて見せます)
で、「いと」の上だけということに、
「いとのうえが二つ」
「はい、こう?」「次は?」
「長いいち」
「次は?」
「ひと(人)」
「次は?」
「う~ん」(わかるけれども…というところなのです、で、一緒に「う~ん」と言いながら、ぐにゃりとした線を書いていきます。すると「そうそう」で、「う~ん」と言いながら、線を引く、そして最後に「ノ」「てん」で上がり。

こういうふうにして、一ページ目が終わったら、「大丈夫?」「はい、大丈夫」で、「では、教科書を閉じて、ノートの書いたところを隠して。書いてみよう」。順に、練習した漢字か、熟語を言っていきます。

言われてすぐに書ける人もいるのですが、言われても、練習した字のうちの、どれであったかがわからなくなっている人もいます。「う~ん、う~ん」うなり始めたら、助け船を出します。「最初は何だった?」あちこちから「きへん」と言う言葉が出ると、「あ!わかります」。それから、また詰まってしまえば、「きへんの次は?」また誰かが答える。すると、書ける。その字が書けると、それなりに達成感を味わえるようで、顔が明るくなってくる。

だいてい、毎日来て練習していた人は、目も手もそれとなく覚えている。だから、書けるのです。書けると、うれしそうに「もう、大丈夫。覚えた」と言います。

「N3」の「日本語能力試験」も終わり、彼等にとっては、「これからのための授業」になります。漢字が苦手で、「Aクラス」の学生のように、「N2」を目指すことができなかった人でも、卒業までに「漢字嫌い」のままでいてはなりません。

勿論、これは「(日本語が)上手になりたい」と思っており、「楽しければ、やるだろう」と思えるような学生の話なのですが。「ゲーム感覚」でやっていけば、毎日、三ページくらいはやっていけるでしょう。けれども、無理は禁物、多すぎて飽きられてしまっては元も子もなくなります。腹八分目と言うでしょう。目的は、「漢字は出来る。楽しい」と思わせることなのですから。

もっとも、「漢字の練習」が終わり、次の「文法」のところでは、ぐったりして、もうだめなのですがね、彼女。

日々是好日
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この学校でも、始めの頃は、「一」「二」「三」までは良いけれども、「四」はちょっとと言う人がいました。

2018-12-10 12:07:38 | 日本語学校

曇り。

寒々とした冬景色が広がっています。通勤の人が多いのに、驚くほど静か。皆、下を向いて、あるいは前を向いて、駅に向かって急ぎ足で歩いて行きます。横を向いたり、誰かと話したりしている人がいないからでしょうね、この静けさは。

これがもう少し経って、小中高生が通学の時間となりますと、賑やかになって来るのですが。そして4月になりますと、まっさらなスーツを着て、一目で新入社員とわかるような人達が、おそらくは独身寮からでしょう、如何にもうれしそうに声高に話しながら、連れ立って駅へ向かっていきます。

子供とか、興奮気味の人達が、道行く時、一時賑やかな風が吹いているような気がするのです。だから、いい年をした大人が、大きな声で話したりしていると目立つのでしょうね。もっとも、職業柄、地声が大きくなったりする場合もあるので、一概には言えませんが。

さて、学校です。

進学先が、まだ決まっていない人が、数人。焦っているかなと思って見ていると、どうやらそうではなさそうな人が、その中にいくたりか…いるらしい。他をあたっているからか、あるいは自分は大丈夫と思っているからなのか。本当は、他の道はないと、了見を決めてくれた方がいいのですが。

進学先が決まった学生の中にも、決まってから休みがちになる人もいて…、大丈夫かな?経済的な問題とは別に、多分、学ぶという習慣に欠けているからかもしれません。映画を見せると、すぐにしゃべり始めたり、スマホを見たりする人たちとだいたい同じ顔ぶれですから。

その反対に、進学先が決まってから、肩の荷を下ろしたように、急に真面目に勉強を始め
る学生もいます。

この学校でも、過渡期なのかもしれません。

この学校ができた当時は、進学先が決まると、いくらこちらが、さまざまな教材を用意しようと、来なくなる学生が少なくありませんでした。無駄になった教材がたくさんありました。1年以上も経つと、「皆一緒に」が、やりにくくなるクラスもあるのです。その時は個別に釣っていくしかありません。

最初はスリランカ人。漢字も「一」「二」「三」まではいいけれども、「四」で躓くという人がワンサカいて、これはどうしょうもないなと、まあ、(日本に)来られてしまったからには、簡単に匙を投げるわけにもいかぬことながら、(気持ちの上では負けていなかったけれども)、溜息はよくつかされていました。こんな連中にでも、どうにか日本語を身につけさせなくてはならぬと、今から思えば、独り相撲のようなところもありました。それを学校の教員が皆で、やっていたわけですから、よくぞやってきたものです。

その次は中国人です。最初はひどかったけれども、数年後には、夏休みや春休みまで学校に来て勉強するような学生が来るようになり、こちらも、いい意味で教材作りに追われることになりました。1年ほどで「N1」に合格してしまえば、次は「文学作品」や「新聞記事」などを作らざるをえなくなりますもの。

そして、その大波が過ぎて、今度はベトナム人。この人達は、映画がだめなのです。集中力に欠けるというか、すぐに話し始めるのです。聞き取れないからなのでしょうが、他の国の人達の邪魔になり、少々険悪なムードになったこともありました。彼等の国では皆が騒ぐから、問題にもならないのでしょう。

次がネパール人です。おっとりとした人達が少なくなく(面接で半分以上をお断りしたからなのか)、勉強はそれほどできなくとも、こちらが不愉快になるようなことは本当に減りました。

出身国が違うと,教え方どころか教材まで換えなければならないことも多く、その都度、こちらの引き出しも増えていきました。

クラスの中での国ごとの割合、つまり、ネパールが何人、ベトナムが何人、スリランカ、インド、中国が何人と。これは大まかな分け方ですが、その他に、また彼等の一人一人の性格によっても多少変わってきますから、その都度、様子見をしながら、やり方を変えていきます。

ベトナムの学生の時には、教科書まで考えさせられました。聞き取れないし、初めの頃は、国でほとんど勉強して来ていなかったのです(でも、「N5」には合格してきていましたから、…カンニングだったのでしょうね)

それ以後、非漢字圏の学生には…この教科書とこの問題集とこの参考書というふうにだいたい決まってきました。もちろん、また国の割合が変わってきましたら、考えざるをえないのでしょうが、この一手間があるからこそ、学生の方でも落ち着けるのでしょう。先が見えるというのは、本当に大切なことです。

二年生になったら、これくらい読める、話せる、聞き取れる、書ける…それが見えるからこそ、「学ぶ」の割合が増えてくるのでしょう。途上国から来ている留学生は、「学ぶ」に集中できる人はそういません。最初の学費は(親が)準備できても、生活費、また進学する際の学費など100%援助してもらえる学生はごく稀なのです。いきおい、アルバイトをしながら、生活費を稼ぎ、残りを貯めて、進学に備えていくという形になります。

先が見えてくると、将来生とか学びたいこととかで、進学を決めることができてきます。先が見えなければ、どこでもいいから日本にいられるところを探すだけということになってしまいます。良いように回り始めると、先の中国人学生達のように、レベルが上がっていけるのですけれども、なかなかそれは難しい。もちろん、難しいにせよ、最近はいい方に回り始めているような気がします。

日々是好日

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「社会問題」???隣の人のことしか、わからない…。それでも一歩。

2018-12-07 08:29:09 | 日本語学校
曇り。

昨日は寒かったのに、今日はそれほどでもありません。明日からまた冬に戻るそうですが、今日一日、暖かければ、それで良し…てな、気分になっています。一喜一憂するのが、少々馬鹿らしい。

人が蒔いた種で、「カラス(烏)」が害を被るなら、「カラス」に申し訳ないと思うけれども、人が蒔いた種で人が悩むのだから、それは身から出た錆、だれもかわいそうとは思ってくれないでしょう。「今日は暖かかった、よかったね」で済ませてしまおう…。もしかしたら、これって『梁塵秘抄』の頃と同じ…。

「浮き世は夢よ、ただ狂え」

「ゆっさ(いくさ)」が続いて、今日、生きていられるのが不思議。五体満足に過ごせるのが不思議。飯の種にありつけるのが不思議。…なんだか、いくさこそなけれ、そういう世界に片足突っ込んでいるような、そんな気分になっています。

さて、学校です。

ふるさとの親兄弟、親類などが亡くなったり、病気になったりで、家から送金できなくなった…。そんなさまざまな理由が本当にあったり、それが言い訳であるのかもしれませんが、二年生は進学を控え、アルバイトの時間を増やしているようです。

友人間での金の貸し借りはあるようですが、これも、むやみやたらな人からは借りていないらしく、親戚縁者か、同じ地域の人からかに限られているようです。

これで、「まともになった」と感じてしまうのは、自分の方が彼等の世界に片足突っ込んでいるからかもしれません。

以前、スリランカの学生が、空港で親切にされたことがあるという、ただそれだけの理由で、よく知らない人に金を貸したはいいけれど(彼等の世界では大金の部類に入るでしょう)、返してもらえず、専門学校の学費が払えなくなって、帰国せざるをえなくなった…ということがありました(帰るというので、挨拶に来たのです。その時の話)。

なりは大きくても、それまでは父母に守られて、そういう不届き者の存在を知らなかった…だから、簡単に信じては行けない人をつい信じ、用心しなければならないことを用心しなかった…。不用心といえば、確かにそうであるし、愚かと言えば、また確かにそうである。

けれども、彼等の世界は狭いのです。日本では個人の世界でも、情報が溢れかえっている。小中学校でも、率先して、いろいろな所へ子供たちを連れて行っている。広い世界を知らしめるというのが、教育の一環であるから、個人的には知りたくないと思っていても、自分の国の各分野における問題は、重箱の隅をほじくるようにして提供(?)されている…。

小学校でも、低学年の、住んでいる所から始まり、町から市へ、市から県へ、県から国、国からアジア、そしてより広い世界へと知識は広げられて提供されている。遠足や見学、修学旅行という形で、自分と異質のものに触れ合うことも少なくない。

もとより、それを心に留め置くか、あるいはそのまま過ぎ去らせてしまうかは、本人の資質や興味関心、生い立ちなどからの影響もあるでしょうが、学業と関連して行われているので、何かしらの思い出、経験とはなっているはず。

家庭でも国内旅行や海外旅行を普通にできる時代になっているということもありますし。

…それに比べ、留学生達の世界は本当に狭いのです。 は

数年前に、大学入試のために、社会問題の一つを書いて提出せざるを得ない時がありました。我々から見れば、ネパールには、問題が山積していると思われるのに、「なにも問題はない」と言うのです。「ネパールにいる時はそう思っていても、日本に来てから、自分の国のことで何か感じることはないか」と聞いても、何も言えないのです。

まずは、雑談から始めて、引っかかる点を探しているうちに、「近所の友達で私だけが高校へ行けた。他の女の子は学校に行けなかった」と言い始めたので(つまりは、自分の家は特別だと言いたかったらしい。私が何も知らないのかと問い詰めていったので、ちと腹が立ったのでしょう。「違う。自分は何者かである」と言いたかったのかもしれません)、女性問題について考えさせることにしたのですが、国ではどうだという事例が全く出てこないのです。では、県(相当)では、市ではと狭く狭くしていったのですが。これが答えられない。では、隣の女の人は…で、やっと「近所にこんな女の人がいる」という実例が出てきたのです。

「はあ、近所まで狭めねばだめだったのか…」。一応書き上げはしましたが、問題があることすら自覚はなかったのです。

自国にいる時には問題意識は育たないでしょう。周りが皆そうですから。教える側が、これは問題であると言わない限り。しかしながら、日本に来てもそうであるということは、ちょっと弱いですね。一般に、外国で学ぶことの意義は、自国を外から見る機会を得られたということであり、ひいては、国内にいては気づかぬことに気づくということだからです。

勿論、この「世界が狭い」というのが、悪いと言っているわけではありません。その方が遥かに幸福であるかもしれないからです。しかし、既に国を出ているのです。それならそれをメリットにしなければならないはず…と、考えてしまうのは、よくないことなのかな、彼等の顔を見ていると、そういう気になってくることもあるのです。

彼等の親のつもりは、多分、そうなることを望んでいないでしょうね、社会を批判的に見るというのは。「今」を批判的に見ることができるから、「今」にとどまることなく、社会を発展させていけるのだ…とは、考えていないでしょう。

国から出したら、もうその国とは違う色を纏うことになります。父母たちとは違う知識を身につけ、違う経験をし、違う考え方をするようになるものです。国を出たにもかかわらず。全く変わらないというのはあり得ないこと。

こちらでは、変わることを推奨し、向こうではいつまでも手の内にあることを願っている。

日本語学校在学中は、軋まなくとも、進学の時にそれが問題になることもある。大学か、専門学校か。同じ専門学校であっても、外国人ばかりが行くような所か、はたまた日本人が主のものか。自分を通そうとする学生は、ほとんどいません。それが限界かなという気がしてがっくりしてしまうこともあるのです。

日々是好日
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昨日、「明治神宮外苑」と「六義園」へ行き、「イチョウ(公孫樹)」と「紅葉」を見てきました。

2018-12-04 08:38:36 | 日本語学校
曇り。

「少しも寒くないのが、今年の12月…」とでも、ぼやきたくなってしまうのが今朝の気温。例年ですと、少しでも暖かかったら、「ほーっ、よかった」なんて言っていたでしょうね。

曇りなのに、寒くないのです。お日様が照っていたら、暖かいというよりも、どれほど暑くなっていたのかわかりません。夏日になるかも…なんて、昨日お天気予報の人が言っていましたっけ。今年(12月中)、もしかして、ダウンは必要ないのかもしれません。タンスの肥やしと化してしまうかもしれません。…なんか、変だなあ…。

さて、学校です。

日曜日は「日本語能力試験」で、翌日の昨日、月曜日。皆で「明治神宮外苑」のイチョウ(公孫樹)並木と、「六義園」の紅葉を見に行ってきました。

行徳駅の改札口を通って、プラットホームに整列できたのが、9時10分を少し過ぎたころ。本当に楽になりましたね。まず、9時前に揃う。言っておいたとおりに入園料が集まる。もう、それだけで感動です。

10年前どころか、5,6年くらい前までは、来させるのも大変、来てからも大変、途中の待ち合わせ(来ると言っていたのに、来ていなかったり、待っていると言ったところにいなくて、教員が探し回って、もうそれだけで…着く前に疲れ果ててしまったり)も大変。大変尽くしで、何のために課外活動をしているんだという怒りを覚えるほどだったのですが、様変わりしましたね。

昨日、イチョウ並木を見ている時、「Aクラス」のネパール人学生が、「この学校はいいです。一ヶ月に一回は旅行できます。みんなで行きます」と言って、学校を褒めてくれました。

勿論、「留学試験」と「日本語能力試験」までとの間隔が短い6月は行くのが難しいし(でも、アジサイは見せたいと言うことで行きますけれども)、だいたい、彼等は、「旅行」と言うけれども、私たちのつもりでは、勉強の一助であって、「見聞を広める」のが目的であるのですけれども。

昨日は、イチョウも、まだ黄色い葉が随分残っていて、しかも地面にも散り敷いていて、とてもきれいでした。これも運ですかね、行ける時が決まっていますもの。土曜日に見に行った学生によると、「(土曜日は)晴れていたので、もっときれいだった…」(まあ、それは言ってはだめです)。

角を曲がって、並木エリアに入ると、そこで、皆、動かなくなったのです。奥まで行ってみようと言っても、動かない。入ったところで、一人で、あるいは友達と撮りあったり、あるいは、あっち行ったり、こっち行ったりして、もうここだけで十分と言う感じ。最後は「奥まで行きますよ」と、教員が追い立てるようにして連れて行ったようですけれども、入口近くのベンチで待っていた私のところもまで、すぐに戻ってきました。

それから、「六義園」です。一昨年、入口の少し前で、皆を2列に並ばせて、チケットを待っていると、列がいつの間にか長くなっている…。慌てて最後尾に駆けつけてみると、見知らぬ日本人が、皆の後ろに並んでいた…しかも、幾組か。平謝りに謝って、「どうぞ、どうぞ。チケットはあちらで買えます」ってなこともありましたっけ。

人が並んでいると、自分も並ばねばと、ごく自然に日本人は思うらしい。最初から割り込みをしようなんて不遜な考え方をする人が滅多にいないということがよくわかりました。それで、昨日は、皆を2列に並ばせながらも、最後尾を常にチェック。学生にも、「もし後ろにだれか並んだら、先にどうぞと言ってね」。でも、すぐに入れたので、今年はそういう問題は生じませんでした。

学生達は、他の教員たちと池の周りをぐるりと回るようにして見学して行きました。その間、私は出口近くの椅子に腰掛け、待っていました。

じっとしていると、いろいろな人達が通り過ぎていきます。日本人の団体さんもいました。欧米の人も、アジア系の人もいました。都内にも、「紅葉狩り」の場所として、いろいろないい庭園がありますが、少しずつ時期が違う。昨日は、六義園だったのでしょう。

座っていると、隣のベンチに、いろいろな人が腰掛けにやってきます。日本人もいましたし、欧米人もいました。欧米と日本人のカップルという人達もいました。カップルは年がかなり上ですね。腰掛けに来るわけですから。

しかしながら、欧米の人達の話す日本語の流暢なこと。「この角度がいいんだ」。「気がつかなかったね。ここはいい」。落ち着いた話を交わし、また、ひょいっと去って行きました。中国人も確かに少なくなかったのですが、以前と違うのは、静かなこと。大きな声で我が物顔に振る舞うような人はいませんでした。おそらく、グループではなく、二人か、せいぜい三人くらいで回っていたからでしょう。反対に、東アジアの若者グループは喧しかった…。皆が静かだと顰蹙ものですね。特に、「紅葉狩り」の時には。でも、これも一つだけ。

まあ、日本の「紅葉狩り」の雰囲気を学生達も味わえたことでしょう。

日々是好日
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