日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「昨日の『富士山旅行』」。「富士山の中で、『富士山はどこ』」。

2010-08-04 16:43:33 | 日本語の授業
 今朝も晴れ。猛暑は、しばらく続きそうです。

 さて、昨日は「富士山一日旅行」でした。
 朝6時45分出発、「行徳」に戻ってきたのは、もう暗くなってから、夕方の7時50分でした。途中、それほど渋滞に悩まされることも、学生達を捜しに走り回ることもなく、至極真っ当に進み、「(富士山の)五合目」「河口湖」「氷穴」「白糸の滝」では、予定よりも多めの時間をとることが出来ました。

 その上、ガイドさんと運転手さんが、去年(日光一日旅行)と同じペアで、(学生達が)外国人だからという気遣いもせずにすみました。だいたい、初めてのガイドさんは「これはわかりますか」と、簡単なことを聞くのです。また、その反対に、彼らにとっては非常に難しいことを、(日本人なら子供でもわかるから、簡単だと思い)口にしたりもするのです。日本語を学んでいる外国人が何をわかり、何をわからないかという勘がついていないのが普通なので、こちらも気を遣うのです。

 とはいえ、今回、「富士山」では、雨に泣かされました。
 「東京」は上天気だったのに、「富士山」の山懐に入ると、お天気は一転して、ポツリポツリと雨が窓ガラスに付くようになりました。それがいつの間にか、線に、そして、それが、流れにと変わっていきます。そうなりますと、皆はもう気が気ではありません。雨雲が切れた時に、バスの中から雲海を見て、幻想的な気分になれても、心はすぐに「五合目はどうだろう」になってしまいます。

 そうして着いた五合目は…、雨でした。しかも、あいにくなことに本降りになっていました。というわけで、集合写真を撮ることも出来ず、お参りを済ませた後は、店に入ってお土産を買うか、郵便局から富士山スタンプのある葉書を送るかするしかありません。皆はせっせと三四軒あるお土産屋さん巡りをしています。私も皆と一緒に回っていましたが、そこここで中国語が聞こえてくるのに驚かされました。みんな、中国にいる時と同じよううに、大声で話しますから、実際の人数よりも多く感じられます。中国人留学生までが、「中国人、うるさい」と言っていましたから、本当にそうなのでしょう。(かれらの)ガイドさんまで中国人のようでしたから、日本の習慣とか注意事項とかをどこまで伝えられているかよくわかりませんし。

 まあ、今は、日本も不況ということで観光業界は中国人観光客が落とすお金を頼みにしているようですが、(こういう節度のない観光をさせていますと)、この(不況)時期が終わってから、後遺症が出てくるかもしれません。観光というものはお互いに相手の文化や習慣を重んじながら行うべきもの。それをお互いにわかっていなければ、中国人観光客がお金を落とさなくなった時に摩擦が生じるかもしれません。
 まあ、日本も昔は、ヨーロッパへ買い物に走っていましたから、あまり偉そうに言えませんけれども。

 ところで、「富士山」から「河口湖」へと向かっている時のことです。バスの中で、7月に開講したばかりの「Eクラス」の学生や4月に来た「Dクラス」の学生が、「先生、『富士山』に行きますか」と、(本人にとっては真剣な)問いかけてきました。「今、ここが『富士山』です。みんなは『富士山』の中にいるのです」。…キョトン(「どういうこと?『富士山』を見ていないのに…)。

 それから、『河口湖』で昼食です。『富士山』は、(ここからでも)黒い雲に覆われ、姿を見せてくれませんでしたが、雨は降っておらず、お日様の下で食事ができました。

 昼食を摂ってからは、これも定刻より少し早く出発して、「氷穴」に向かいます。一時ひんやりとした空気を楽しみ、それからまた地上に出てきます。それでも「富士山」の写真が撮れなかったので、このまま帰るのは心残りなのでしょう。学生達は何度も「残念です。『富士山』が見られませんでした」と言っていました。

 「『富士山』に行った」では駄目なのです。「『富士山』を見た」でなくてはならず、当然「『富士山』の(あのなだらかな三角形の)姿を写真に撮った」でなくてはだめなのです。

 ところが、「朝霧高原」を走っている時のことです。誰かが「見えた!『富士山』だ!」。その叫びを聞き、「まさか」と思いながらも、学生達が指さす方を見てみますと、「富士山」の頂上が雲の上から小さく覗いているではありませんか。学生達はこれ(小さな小さな三角形)でも大満足なのです。「『富士山』だ」という一声で、車内は興奮の坩堝と化してしまいました。

 もう、本当に大騒ぎなのです。写真に留めようにも、バスは走っています。人家が邪魔になります。樹々も迷惑です(撮せない)。人家や樹々が途切れたと思っても、次に(富士山が)現れた時には、また雲の中です。その度にため息が漏れてきます。もちろん、「写した」という喜びの声も混じってはいましたが(それでも、より美しく、より大きく、撮りたいと、皆、躍起になっているのです)。

 その、みんなの興奮の様子を見て、同情してくれたのでしょう、運転手さんがどこか良さそうな所に一時停車してくれることになりました。みんなは、またまた大騒ぎです。「道の駅」に停めてもらい、「展望台」へ飛んでいきます。すると、雲の衣をまとった富士山がわずかに頂きを見せて現れているではありませんか。バスの中では見えなかった裾野を長く引きずって。皆は、ここからがいい、いや、向こうの方がいいと場所を決めるのに必死です。とはいえ、瞬く間に、姿が雲間に消えていきます。…しまった。さっき撮るんだった…。で、またため息です。

 私は、少々飽きて、遠くから聞こえてくるウグイスの声に耳を傾けていたりしたのですが、学生達はそうはいきません。百点満点とまでは行かなかったようですが、それでも、富士山の頂上を見たということで、かなり満足はできたようです。運転手さんとガイドさんに感謝です。

 それからは、心満ちた様子で、「音止滝」と「白糸の滝」を見に行きます。バスから降りて少し歩いていると、左手から、ゴウッという滝の音が聞こえてきました。学生達は、バラバラと駆け寄ります。かなりの落差で水が迸るように落ちています。「音止の滝」です。見ると、そこにきれいな七色の虹が架かっていました。

 皆は「きれい」「すごい」の連発です。そして、お互いに撮ったばかりの写真を見せあっています。他の人の見事な写真を見ると、「私だって」と対抗意識が掻き立てられてしまうようで、「次へ行こうよ」と声をかけても、なかなか(「白糸の滝」の方へ)向かおうとはしません。中には、これが「白糸の滝」だと勘違いしていた学生もいたようで、「白糸の滝」はこれじゃないと言うと、「へ?」という顔をしていました。

 それでも、何人かを誘って、「白糸の滝」の方へ向かいます。階段を下りてすぐ、遠く白糸の滝が見えたところで、「おおっ」。小さな橋の上から、金色のニジマスを見つけて「おおっ」。中国人学生は、すぐに「食べても良いですか」とか「おいしいです」とか言うのですが、皆、清流と瀑布の音に感動したようで、いつもに比べて、そんな冗談を言う人は少なかったようです。



 内モンゴルから来た学生達は、一般的に漢族の学生達よりも環境意識が高く、樹や花などに対する感受性も鋭いような気がします。「白糸の滝」でも、滝ではなく水をじっと見つめていたり、「氷穴」においても、途中の「青木ヶ原」の「樹海」の樹々に感動していたりと、彼らが受け止めている「日本の美」というのは、もしかしたら「日本の自然の美」に他ならないものなのかもしれません。

 特に「富士山」は水の美しいことで有名ですし、「樹海」の樹々の、溶岩の上、土のないところにおける、苔に覆われた剥き出しの根の驚くべき力強さなど、これほど「生命」を強く感じさせるものはないでしょう。

 まあ、ともかく、事故がなくてよかった。みんなが楽しかったと言ってくれてよかった。車内のカラオケなどでも一人が独占することなく、多くの学生が歌い、しかも日本語の歌が多くてよかった。
 私たちも、くたびれましたけれども、学生達の嬉しそうな明るい顔を目にすれば、また次回も頑張ろうという気にもなってくるのです。

 きっと、昨日はみんな、ぐっすりと眠れたことでしょう。そして、明日からの活力を蓄えておいてください。明日からは、また勉強に、アルバイトにと頑張らなければなりませんから。

日々是好日
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