日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「一つ単語がわからないとなかなか先に読み進めないんですよねえ」…判りますけれども、不利だなあ…。

2016-10-26 08:35:13 | 日本語学校
昨日は、朝は青空だったのに、だんだん雲が厚くなってきて、そしていつのまにか…雨。パラパラ、シトシトくらいのものでしたけれども、「雨が恋しくなった」なんて書くんじゃなかった…。

今朝も晴れ。但し、この晴れは続きそうですけれども。

「サクラ(桜)」の葉が、本当に美しくなっています。日本の秋は、この「紅」でもなく「黄」でもなくという色合いが本当に美しく、慕わしい。そのまま額縁に嵌め込んでしまいたくなってしまいます。

周りの風景は日ごとに美しくなっているのですが、お天気は、特に気温は不安定で、今日は夏日になるとか。朝は15度くらいで、昼には25度くらいにもなるそうです。

そして、こうなりますと、ますます「風邪引き」さんが増えてきそうなのが悩みの種。マスク姿が増え、学校に来ても「頭がいた~い」なんてことになる。だいたい、フラフラしても、体温計で測るという習慣のない国の人も少なくなく、赤い顔をして、頭が痛いというので、風ではないかと、熱を測ってみると、「あれあれ」ということになる。

病院に素直に行ってくれればいいけれども、中には「国から薬を持って来ているから、それを飲めば大丈夫」などと言って、行かない人もいる。「国は、寒くないでしょう。冬がないでしょう。病院に行って診てもらったほうがいい。行きなさい」と無理に行かたりするのですが。

彼らの国の薬はじんわりと効いてくるという民間薬が多いのです。だから軽いときとかはいいけれども、熱が高くなってしまえば、あまり効かないのではないかと心配されるのです。それにのんびりとした国のようですから、病気だといえば、いつまでも休める…だれも文句は言わない…でしょう。それも日本とは違いますから。

例の「『靴下穿け』いたちごっこ」は既に始まっていますが、だいたいが「持っています」(持っていても穿かなければ役に立たない…)。あるいは「気持ち悪い」(慣れないのですねえ)。

毎度の事ながら、病気になるまで待つしかないか…。

そして、授業です。

どうも些末な事に気を取られ、なかなか全体まで目が通せない学生という学生がいて、苦労しています(日本にもいます)。昨日も、「母親」というコトバが出てきたものですから、「『母』と『母親』は、どう使い分けたらいいか」という質問。まだ「N4」に毛の生えたような状態では、こういう「コトバの使い分け」を説明するのは、甚だ難しく、勢い、「同じです。どちらを使ってもいいです。あなたが書いた文章を見て、ふさわしくなければその都度説明します」としか言いようがないのです。

言うまでもなく、こういう質問をしてくる学生は真面目でコツコツ型が多く、それ故か、小さな差異にも神経質になってしまう傾向にあるのです。もちろん、私が「今は話してくれそうにない」のが判りますから、ますます、もやもやは拡がっていくようで、授業に専念できなくなる。

それからの「はい、暗記」の時にも、「漢字の練習」のときにも、そのことが気になって、気になって、集中できない。頭から離れないのです、「母」と「母親」が。

順番に読ませているときも、気が取られているので、ハッとして、「先生、ごめんなさい。できません」などと言うのです。

「コマッタナ」で、まあこういうときは気分転換をさせるに限るというもので、早速「集めます」の漢字の説明を面白く言って見せてやります。「『隹』は『ふるとり』と言い、その下は『木』ですね。木の上に、鳥がたくさんつどっている。だから『集まる』という漢字になった」なんてやってやりますと、そちらの方に気が向いたらしく、「ああ、そうですか」なんて、急に明るい声になったりする。「判った」という「気分」が大切なのでしょう。

とはいいましても、「気分転換」、今とらわれていることから解放させるのが、なかなか大変で、彼の場合はこの手が一番いいことが、判って来たので、それを使えたのですが、中にはそれをやってしまうと、ますます混乱してしまうという人もいますから、この手が誰にでも使えるというわけではないのです。彼にしても、半年くらいは「困ったな」くらいのもので、暗中模索状態でした。いくつかの手の内、これが「たまたま効いた」に過ぎなかったのです。

こういう人は往々にして、文章を読むとき、判らない単語が一つでもありますと、そこで止まってしまい、先へ進めなくなってしまうのです。もちろん、いい面もあります。時には、このレベル(N4かN3)で、よくそんなところに気がついたなと褒めてやりたくなるような「発見」をしてくれる時もあるので、一概に否定はできないのです。が、ただ困るのは試験の時なのです。

試験の時、わからない単語は絶対に出てきます。それが運悪く、1行目であったり、2行目であったりすると、そこで止まってしまいますから、それで終わりになってしまう。「無視して飛ばせ」が苦手なのです。「そこで止まってはだめ。とにかく、先を読んでいけ」が判っていても、なかなかできないのです。

こういうのは、試験ですから、文書の大意が判ればそれで済むことで、「些末な単語一つ一つにかかずらっては負け(コトバは悪いのですが)」なのに、それがやれないのです。

気がつけば、何も答えを出せずじまい…ああ、もう終わってしまった、どうしよう、何もできていない…。そこで気が動転してしまい、他のものまで間違えてしまう。

結局は、己の実力が出せずじまいになってしまうという不幸な結果になってしまうのです。おそらくはこういう人たちも自分のその「欠点」が判っているのでしょうが、なかなか「判っていてもやめられない」。

彼が真面目で、不器用な人であるだけに、気が揉めます。

日々是好日
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先週の金曜日、皆で、上野の「動物園」に行ってきました。

2016-10-25 08:23:53 | 日本語学校
あっという間に、草木は秋色を通り越して、冬の装いになりつつあります。人も同じですが。

晴れ。

「ハギ(萩)」の花が咲いています。「キンモクセイ(金木犀)」は、日向の方は、もう散り始めているようですが、学校のは、まだまだ健在。

この花が咲くたびに、「あの、においのいい花はなんという名か」と尋ねた内モンゴルの学生のことを思い出します。男女にかかわらず、草木の様子を尋ねたり、名を訊いたりしたのは、この民族が一番多かった…。

今年、秋の初め、雨が続いたものですから、そのときは、秋晴れの空が恋しかった…。けれども、一転して、晴れの日が続くようになりますと、なにやら雨が恋しくなってしまいます。

木々もそうでしょうね、きっと。

さて、学校です。

先週の金曜日、皆で上野の「動物園」へ行って参りました。上野の森は名の通り、木々に覆われています。街中にこういう場所があるのは、ちょっといいですね。気持ちが落ち着きます。空が木々の間から透かして見えるほどですもの。

ただ、外国人が多いのにはびっくりいたしました。二年ほど前にも来ているのですが、そのときは、学校の留学生達が、ちと目立っていました。それが、今回は埋没しているのです。肌の色やコトバが違っている彼らが、そこにいても、少しも違和感がないのです。

日本人といえば、おそらくご近所の幼稚園さんの団体、そして小学生(課外活動でしょうか)や中学生(修学旅行かな)が目立つくらい。これも皆団体で、ひっそりと動物を見に来ている日本人は思ったほどいなかった…。

学生達は、いつの間にか、列もだらけてしまい(入り口では、きちんと2列になっていました)、まあ、それはそれでいいのです。仲良しと楽しんでくれるのが一番なのです。が、中には迷子になってしまったものも出たのではないかと心配してしまいました。

ところが、猿山のあたりで、私の方が皆とはぐれてしまい、気づいたときには、誰もいなかった…。電話をしても、だれも気づいてくれなかったし…(まあ、そうですね。学生達を相手にしていることですし)。ですから、出口に行って、皆を待つしかないと思い極め、出口(入り口と同じでしたけれども)のベンチに腰を下ろして、帰ろうとしている人たち、あるいは入ろうとしている人たちを見ていました。

ところが、じっとしていると、見失っていたはずの学生達を見つけるのですよね。で、河岸を移して、お土産屋さんの所へ行って、前のベンチに座っていますと、学生達があちらこちらからそこへやって来るのです。で、彼らがぬいぐるみの品定めをしているのを見ていました。

言われたとおり、買ってはいなかったようですが(「きちんとお金が稼げるようになってから買った方がいい。今は、日本の物価もよく判らないし、お金がないときだから、買わない方がいい」と言ってあります…お土産屋さんには申し訳ないのですが、全ては出世してからということで)、それでも、「かわいい、かわいい」を連発している学生も少なからずいました。欲しかったでしょうが、ちょっと我慢していてね。

学生達の大半は母国ではそれぞれが何不自由なく育ってきています。欲しいものはすぐに買ってもらったり、手に入れてもらったりしてきているのです。

それが日本に来ると我慢するということを学ばなければなりません。この「我慢」が学べないと、おかしな道に逸れたりしてしまいます。

彼らにとってこれがとても大変なことのようで、なかなかこの習慣が変えられない人もいるのです。

まあ、最初は、何事によらず、じっとしていることから始めた方がいいのでしょう。日本語がある程度、話せたり、読めたりできるようになってからですね、事を始められるのは。それまでは、人の言うことをよく聞いて、それから考えて行動していくことです。

自国の人のコトバに軽々しく惑わされないこと、これがある意味では一番大切なのかもしれません。

日々是好日
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「『10月生』の入学式」

2016-10-18 07:56:45 | 日本語学校
虫の音が静かに聞こえてきます。秋らしい一日の始まりです、晴れ。

「サクラ(桜)」の樹が色づいて、本当にきれい。「サクラ」の紅葉は派手派手しさもなく、穏やかで優しい。この「色づき」というのも、「紅葉」の「紅」と、「黄葉」の「黄」とが混じり合ったような色だから、ゆったりとできるのでしょう。自然体で。

さて、昨日は「10月生の『入学式』」でした。午後は大半が一年生。一番の先輩が4月生ということもあり、「さて、『歓迎の言葉』をだれに言ってもらおう…」。午前の学生達は皆、授業が終わるとアルバイトに散っていきますから、頼むのはちと難しい。けれども聞いてみると、一名だけ、「来てもいい、してもいい」と言ってくれた学生がいました。で、来てもらうことにしました。

最初は3時からと頼んでいたのですが、みな1年目の人たちでもあり、準備に手間取るのではないかとの不安から30分繰り上げて、2時半開始と変更。それを伝えたのですが、そのときに、つい、日頃のくせから、「(のんびりしているから)遅れたりして…遅れると、みんなが座っている中を…。ちょっと恥ずかしいなあ」とやってしまったものですから、彼女「えっ。それは嫌。2時に来る…」

脅しすぎたかと慌てて訂正したのですが、もう後の祭り。「二時、二時」と言いながら帰っていきました。

そして2時10分頃にやってきました。やっぱりね。きっちりというわけにはいかないなあ。と見ていると、手には何か荷物を抱えています。聞くと「『ミャンマーの服』。着替えたい。どこで着替えたらいいか」。

一人、きれいな民族衣装で、新しい人たちを歓迎してくれました。人は、やはり、その民族服を着たときが一番華やいで美しい。

だいたい、ちょっと引っ込み思案で、あまりこういうことが得意ではないであろうに、服まで持って来てくれて、お疲れ様でした。

真面目に聞いていたのは、あまり日本語がわからない「10月生」たちよりも、来日後半年ほどが過ぎた「4月生」のようでした。おそらく彼女の話の意味がわかって、合点したのも彼らの方だったでしょう。

日々是好日
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「初級」から「中級」へには、壁があるかも…。

2016-10-13 08:19:15 | 日本語学校
曇り。

今日は最高気温も20度を超えないそうです、ブルブルブルブル…。この分で行くと一気に秋が深まるかと思いきや、これは今日だけのことらしく、また明日からジワジワッと秋になるらしい。ジワジワッというのがいいですね。何事も急激な変化というのはいただけません。

さて、「初級」、「中級準備」を経て、やっと「中級」に入った今年の4月生。1課が終わっても、まだ戸惑いが隠せないようです。

「初級」の間は、具象的な単語を、「見て・覚えて・言えれば」事足りたものを、「中級」では、「なぜ」だの「どうして」だの聞かれ、果ては「だれが」「だれに」という質問まで飛び出してくるのですから、たまったものではありません。

「テキトー」にやって「テキトー」にできていた人たちは、戸惑ってしまいます。…こんなはずじゃなかった…というところでしょうか。おまけに、うろ覚えでも字数が少なかったのでどうにかできていた漢字の読みも、一日に勉強する数が増えてくると、現場で(みんなが言っているのを聞いて)覚えて、それをテキトーに口に出すという裏技が利かなくなってしまう。きちんと覚えていないというのがバレバレになるので、面白くなくなってしまうのでしょう。

結局は、今、「初級」での積み重ねがきっちりできているかどうか、それをやれるだけの忍耐力があるかどうかが見える形で試されているようなものなのです。「面白いからやっている。できるから面白くて言っていた。ただ、勉強は教室の中だけで」という、小学生のような勉強のやり方が通らなくなっているのです。

漢字一つ取ってみても、「N3」文法一つとってみても、教室の中だけでというやりっ放しは効きません。たとえ、毎日、復習作業として、(皆一緒に)既習の「N3」文法を読み上げていても、読めるようになろう、覚えようという気が無ければ、テキトーに誤魔化して読んでいる振りをしているだけということになってしまいます。まあ途中で疲れて声が出せなくなるという人はいますけれども。

アルバイトで時間がないからこそ、学校で復習の時間をとっているのです。もしそれすらやるつもりがないのなら、勉強したいという人たちだけに合わせてドンドン先へ進めていってもいいのです。ただ「初級」段階からそれをすると心が痛む。「中級」前段階であっても、まだ心が痛む。

日本の公教育のいいところ、あるいは弱点というのは、常に教師に底上げを要求するところでしょうか。下の人たち(これは何も頭が悪いとかそういうことではなく、諸処の理由で勉強していない、あるいはする気が無くて現在に至っているという人たちのこと。つまり結果として成績が悪いのですが、これはあくまで「成績」のこと)に判らせるために努力しなければならないということなのです。

だいたい、勉強する人はほっといても勉強します。…これもいけない考えですね。そうは言いましても、やはり指導した方が伸びは早いし、興味関心も拡がっていくものなのです。

私らもその癖が抜けきらないものですから、20歳を過ぎてもフラフラしている人達にはついつい、きつい言葉が出てしまう。なんと言いましても「勉強する」という誓いの下に、来ている人たちなのですから。

ということで、復習がその時間の4分の1から3文の1くらい。それが終わってさて、本時の授業に入るという段になっても、困ることが次から次い出てきます。

ベトナムやスリランカ、ネパールなどから来ている人たちは、どうしても知識などの幅が狭く、知っているものとして授業を進めていると、最後に「ええ!あれを知らずに聞いていたのか」と愕然とさせられてしまう。「道理で話が通じなかったはず(理解力、読解力不足と簡単に処理していた)」と慨嘆するのは、もう一度でいいと思っていても、何度も同じようなことをくり返してしまうのです。

「ここは知るまい」と想像できることは何とか準備するのでいいのですが、それと気つかぬことも少なくないので、困ってしまいます。私たちの常識が通じない事もありますし。で、結局は経験がものを言う世界になるのです。自分の時には気づかずに通り過ぎていても、ほかの人がその課をやったとき、あるいはほかの教材でもそのことについて、「聞いていくと何々を知らなかった」という話をしたりする。

(それを聞いて)「あちゃああ、しまった」ということになり、どこかでそのクラスにはその映像を見せねばと思って、準備をしていても、クラス替えなどで、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりしてしまいますと、もうどの人に何を見せていなかったかさえ、判らなくなってくる。おまけに、最短の人たちはここを卒業するまでに、一年三ヶ月ほどしかありませんから、余裕もない。

ただ、DVDを見せ始めると、それは勉強に関係がないとばかりに、寝る時間、あるいは雑談の時間と決めてかかっている人もいて、見せたからわかるようになる(知識も増える)というわけでもないのです。一概にそうとは言い切れない。本当いお国柄です。人民の教育、好奇心を持たせないように、作為的にしているのかとさえ思うことがあります。

日本だってそうでした。「由らしむべし、知らしむべからず」でしたもの。…今でもそうかな?

でも、きっと、まだそういう国は多いのでしょう。部分的に、でも。

日々是好日
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ハノイへ面接に行ってきました。

2016-10-12 14:55:55 | 日本語学校
晴れ。

二泊三日で先週末からハノイに行ってきました。戻ってくると、こちらは既に秋になっていました。

近所の「サクラ(桜)」の樹は、葉を黄に染め始めた…どころか、路肩には落ち葉が散っていました。早朝の気温も20度を切った日もあったようで、「秋ですから…」(ハノイの人の弁)とは言いながら、30度超えのハノイとは大違いです。でも、あの時、出迎えの人たちも薄手のセーターを羽織っていた…から、彼らにしてみれば、肌寒いくらいの感じだったのでしょう。二、三日前は40度近かったそうですから。

今度のハノイは、新しい学校、2校が加わっての面接だったのですが、教育力、意識における差を如実に感じさせられたものとなりました。

ベトナムからの留学生を受け入れ始めた最初のころは、玉石混淆で、おそらく、それほどの金を工面できた人が留学生志望として紹介されていただけのことだったのでしょう。ベトナムの学校の方でも、きっと「この人達は金が払えたから紹介した」というだけのことで、問題が起こるたびに、連絡されても、迷惑と思っていたかもしれません。金銭的なつながりだけであったなら。

「こいつはいける。濡れ手に粟だ」という学校もあったかもしれません。来日した学生に聞いてみて、私たちが要求していない課外活動費などまで集金していた学校もあったくらいでした(そのお金はどこへ行ってしまったのでしょうね。当時は課外活動のたびに、交通費は学生が払っていましたし、入園料なども団体割引の実費を集めていましたから)。

しかも、入管の許可がでてから、(ベトナムの学校、あるいは中間業者に)渡す金が、後で聞いてみると、私たちの1年分の学費よりも高かった…。

これでは、いくらこちらが学生のことを考えて、お金を抑えようとしても、焼け石に水。向こうで桁違いにぼられて、そして来ていれば、(学生が)アルバイトに時間を取られるのを変えることはできません。

それでも、負けずに勉強を続けた学生もいれば、端っから彼らを送り出した学校と同じように、金を稼ぐのだとしか考えていない学生もいました。疲れて勉強なんぞできません。

国自体がまだそういう状況にあるからしょうがないと思うか、それとも君たちから変わっていけと思うかで違いが出てくるのでしょうが、すでに私たちがそう思う先を進んでいた学生もいましたから、人は、他者の力なしにでも進んでいけるものなのでしょう、環境さえある程度整えば。

今回は、最初と最後に、初めての学校が連れてきた学生達と面接をしたのですが、最初の学校との時には、「ベトナムの日本語学校も変わった」と感じさせられました。選んで連れてきているのです。以前よく見られた、「屋台で働くよりも日本へ留学させた方が金が稼げる」から留学させるというのではありませんでした。まだ、初級レベルですから、それほど話せたわけではありませんでしたが、目をきらきらさせ、話したい、理解できるようになりたいという気持ちがズンと伝わってきました。

また引率してきた教師も「来年の4月までには『N4』まで定着させる。責任を持つ」と言い切っていましたし(まあ、資質的に見ても、大丈夫という感じでしたが、それよりも、教師のほうがそういう気持ちでいてくれるということに感じ入ったのです)。

この人は事務方ではなく、教える方だなという感じでしたが、その反対に、(連れてきた人が)教育の方(教えている人)ではないなという学校もありました。普段は書類を書いたり、通訳をしたりで、教育には係わっていないと思われました。しかも、連れてきたのは一昔前の留学希望者然とした人たち。面接の順番が来るまで携帯で遊んでいたり、席を勝手に替わってざわついていたりしていました。おまけに連れてきたスタッフまで、彼らと一緒に携帯で遊んでいるのですから、仕事で来ているという意識もなかったのでしょう。こりゃあ、たまらんなという感じ。ただ、一度は付き合ってみなければ、実際のところはわかりませんから、何とも言えないところはあります。まずは様子見です。

今のところ、ベトナムへ行って、学校へ出向いて少しも嫌な気持ちがせずに済むのは、一校だけ。これも向こうに住んでいる教育関係の日本人が選んでくれたからかもしれません。ベトナム人の目だけでというのは、存外に難しいのかもしれません。以前、中国人ともそうでしたから。

向こうは胸襟を開いて(?)くれているつもりで、「お互いにうまくやろう」と言うのですが、こちらは反対にむかっ腹が立つばかり。彼らの「うまくやろう」は、「学生を使って、お互いに金を儲けよう」に決まっていたのですから。それが、いわゆる公教育の立場にある者まで、おおっぴらに言うのですから。

あの頃は(中国では)大学の教官でも、うまく立ち回れたものがあぶく銭を手に入れ、研究や学問に勤しむものは割を食っていました。だからその中間層が焦って、「(小銭を貯めている学生を使って、あるいは借金ができるヤツを利用して)一旗揚げよう」となっていたのかもしれません。一緒に食事をと言われても、不愉快になるばかりでした。もとより向こうはせっかくのうまい話を持って来たのに、なぜ不機嫌な顔をしているのだと首を傾げていたかもしれませんが。

…ハノイでの慌ただしい面接が終わり、戻ってきてから、いろいろなことを考えてしまいました。どのような国でも、そういう(何事かの「途上」という)時期はあるのでしょうし、あったのでしょう。ただお国柄とかその国の人気(じんき)とかは、微妙に違いますし、風土の厳しい国、歴史的なもの、あるいは国内的な諸事情から格差が日本人が考えられないほどある国では、普通の日本人が考えられないようなこともありえます。

私たちが漠然とでも想像できるというか、そう感じられるには、ある意味で、地域の幅に限度があるような気がします。もちろん、単なる知り合い、友達であるだけであれば、同じ人間ですからなんと言うことはないのですが、そういう人たちに責任を持たねばならない立場になると、簡単には「はい、いいですよ」とは、なれない部分も出てきそうな気がするのです。

日々是好日

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ゲンコ(拳骨)は、かわいい????

2016-10-03 08:08:27 | 日本語学校
曇り。

また台風が近づいています。それが秋雨前線を刺激しているからなのか、昨日久しぶりにお日様を拝めたと思ったら、また元に戻ってしまいました。曇りのち雨とのこと。曇りや雨の日が、当たり前になって、どうもいけません。もちろん、「秋の長雨」という言葉もありますから、春から夏、そして夏から秋という季節の変わり目には、常に「雨」がつきまとうものなのでしょうけれども。

「今」を、夏の終わりとみるべきか、初秋とみるべきか。すでに中秋の名月も終わったというのに、なにやらはっきりいたしません。しかしながら、巷では、「サクラ(桜)」の樹に、黄の葉が混じりはじめていますし、気づかぬ間に、「ジンチョウゲ(沈丁花)」は黄金の花を散らしはじめています。

さて、学校です。

「Cクラス」の学生達は、「日本語の音」が、なかなかとれません。真面目であればあるほど、一生懸命単語を覚えようとするものですから、(言われたとおりに)くり返して言っているうちに、どうも違う音になってしまうようなのです。それで、適当に日にちをおいて、書かせてみることが必要になってくるのですが、今日から「中級」に入れば、自然と今迄のようには時間がとれなくなってきます。またおかしな言葉を言い始めるのだろうァと、それでもまあ、半分楽しみながら聞いているのですが。

これも、間違えると嫌になって言わなくなる…というのではないから、できることなのでしょう。だって、あっちでもこっちでも間違えるのですから、ほかの人を小馬鹿になんてできません。火の粉はすぐに飛んできますもの。適当な刺激になっていいのです。皆アルバイトで疲れているでしょうが、誰かがまた間違えて皆が笑ったりしていますと、おちおち寝ていられませんもの。

なかなか「東西南北」が覚えられないスリランカの学生がいます。彼女はヒアリングはいいのですが、苦手があるので、ヒアリングの悪いベトナム人学生も落ち着いて、彼女に対していられるのです。だって彼女が判らないときには手伝ってあげられますもの。そのときは頼りになるのです。

皆、一長一短。違っているから助け合えるというところでしょうか。一人が先生に苛められる(こちらはそのつもりはないのですが)と、皆で共同戦線を張って、こちらに対そうとするようなときさえあるのです。これも面白い。

先日、一人の女子学生がゲンコで隣の男子学生を叩いたのです。共にベトナム人。「ゲンコはだめ」と注意しますと、すぐに「これはかわいい」とゲンコをつくって見せます。「ゲンコがかわいい…????」と、その途中で、中国人女子学生が「こえ~クない」。これが「怖い」の口語、「こええ」の否定形に聞こえましたので、ゲンコの方はほっといて、「汚い言葉は使いません」とそちらと向き合います。

二件とも同時進行という形でしたので、ちょっと紛らわしく、向こうと言い合ったり、こっちと言い合ったりして、いますと。他のベトナム人学生が、「先生、違う、違う」と言い始めました。あっちと話している時に、当事者と話したのでしょう。

それで、改めて聞いていきますと、中国人女子学生、「声」と「音」を間違えて、しかも、助詞抜きで、言った…ということが判明して、もう、こちらはため息。つまり、「(彼女のは、ゲンコでも)音がしないから、痛くない」。だから「先生が注意する必要はない」。「私の方のゲンコは音がするから、本当に痛いのだ」と、言いたかったのです。

それを聞いて、ベトナム人男子学生が一人、「ホント。痛い」。そういえば、彼は彼女の前の席で、叩かれていましたっけ。そのとき、いい音がしていたのかもしれません。でも、叩く方も痛いでしょうに。
 
つまり、ゲンコ一つとっても、感じ方が違うのだということ。日本人は「拳骨」に強く反応しすぎているのかもしれません。ゲンコはベトナムでは女の子が使って、かわいさを強調するものであり、日本とは違うと言うこと。これまでは、彼女らを「荒い人たちだ」と思っていたのですが、なんとも「女の子らしさ」を協調するものであったとは。なんともはや…これも立派な異文化ですね。

日々是好日
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