日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「蘭の花が咲きました」。「よくチャトラの猫が遊びに来ます」。

2013-03-22 08:14:02 | 日本語の授業
 晴れ。風はないけれども、少々肌寒い。天気予報では今日の最高気温は20度近くまで上がり、四月中旬並とか…で、薄手のコートで来たのですけれども…朝はやはり寒かった…。失敗です。

 とはいえ、学校に着き、カーテンを開けると、東側の窓から燦々と陽は降り注ぎ…暖かい…。ただ、私たちの席はちょうど反対側で、朝来て少しの間は、亀さんならぬ、甲羅干しならぬ、ただ暖かいところに座っていたいだけ…というような気になります。

 ちょうど一年中、竹にしか見えていなかった蘭の花が満開になっていますから、それを見ながら、ちょっとの間、体を温めています。お湯が沸いていればのんびりとできるのでしょうが、それは、まず無理な話。というわけで、学生達の姿は見えぬまま、朝は何やかやと忙しく過ごしています。

 最近、チャトラのネコがよく学校の外にいます。まだ大人になりきってはいないようです。あどけない仕草や可愛い顔をしてこちらを見ていることがありますもの。先日など、一階の授業をしている教室の、ちょうど窓の辺りで、跳んだり跳ねたり、また毛並みの手入れをしたりと楽しませてくれました。

 以前はここに駐車場があって、春になると、午前はキジトラ、午後は黒猫とこの辺りを縄張りにしている雄猫が日当たりのいいところに寝そべっていたものですが、マンションが建つと同時に、いなくなり、とても寂しい思いをしていました。

 鳥にせよ、犬にせよ、猫にせよ、また虫にせよ、生き物が人以外はいない地域というのは、あまりに悲しく寂しい。周りに草花や、花木、実生の木などがあると、生き物が寄ってきて、何だか自分まで豊かになったような気がするものなのですが。日向ぼっこをしている猫というのは、その頂点にいるような存在なのでしょう。あの猫にしても、あまり家猫のような感じがしませんもの。

 とは言いましても、この学校の学生達は、あまりペットとして猫を飼う習慣のない人たちが多いようで、こういう日本人の気持ちはわかってくれそうにありません。

「猫?外にいる。家に入って来たら、追い出すよ。なんだか、悪いことが起こるような気がするってみんな言うし」
「猫?役に立たなくなったら、食べるだけ」

 本当かどうかわからない…ていう顔で最初は彼らを見ていたのですが、どうも、そういう存在でしかないようです。

 南では、他の動物たちと同じようなものなのでしょう。日本よりもずっと動物の種類が多く、見ることも多いようですから、何も猫が特別なわけではないのでしょう。それよりも猿の方をよく見かけていたりするのでしょうし。北では、役に立つと言ったら犬とか馬でしょうから、猫なんて野良しかいないのでしょうし、それも遠慮がちに夜中に徘徊するくらいのもので、昼間、ゴロゴロニャンと、人と同じように服を着せられ、我が子同然にネコッカワイガリされているなんてのも、理解してくれという方が無理なのかもしれません。動物は動物、人は人なのでしょうから。

 さて、今日で「Fクラス」の補講も終わります。日一日と、学生の数が減っていくような気がしているのですが、今日はどうでしょう。「日本語が上手になりたい」と思い、「真剣に」日本語に対している学生もいれば、それなりに真面目にしている(本人の気持ちでは)だけの学生もいる。また、まずは、出席率だけと考えている人もいるでしょう。中には慣れぬアルバイトで疲れ果て(以前の中国人の働きぶりから考えると嘘のようなのですが)、時々動けなくなる人もいるようです。

 そうは言いましても、四月、桜の候です。日本では、なにやら心が浮き立つようなとよく言われる候なのですが、彼らにとってはそれどころではないのでしょう。

 ただ、今年は、桜の開花が早く、四月の8日まで待ってくれそうにありません。例年ですとどうやらこうやら間に合って、千鳥ヶ淵で、桜を楽しめるのですが(ここ二年ほどは花吹雪状態でした)、今年は花見なしで新学期が始まりそうです。

日々是好日
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「三分咲き、五分咲きの桜」。「銚子へ行ってきた卒業生」。

2013-03-21 08:40:22 | 日本語の授業
 晴れで春の嵐…と言いたいところですが、この強風、かなり身体に堪えます。春の嵐とは、ちょっと言えないくらいに。慌てて冬のコートを引き出したくらいですから。

 この、桜の花の咲く頃というのは、暖かくなったり、寒くなったりと、本当に人を悩ませます。時には1週間ほどもポカポカ陽気が続き、安心しきっていると、突然、雪が降ったりすることさえあるのです。日本という国は、本当にお天気情報から目が離せません。

 こういう予報が出されなかった頃、人々はどうしていたのでしょうね。山や海のそばであったら、夕方や朝方の雲を見て、明日はとか、今朝はとか言えそうな人はいるでしょうが、街中では、こういう方面で頼りになる人はいそうにありませんもの。

 さて、昨日は「春分」ということもあり、多くの人が花見に出かけたようです。まだ五分か三分咲きのようでしたけれども。ここ行徳の桜はまだまだです。自転車でふらりと廻ってみたのですが、その時の感じでは「この分では、確かに今週末かな」くらい。

 ところが、今朝の寒さです。一昨日昨日の暖かさでパッと開いた分も思わず身を竦めていることでしょう。10年以上も前には、4月になって桜の咲いている時に雪が降ったことがありました。

 お花見を今週末に予定している人達は、きっと

「春風の 花を散らすと見る夢は 覚めても 胸の騒ぐなりけり」  西行

でしょうね。西行は、いつも桜の咲く頃にご登場願う「桜の歌人」なのですが、その他にも優れた詩歌をたくさん残しています。本当に生得の歌人とは彼のような人のことを言うのでしょう。荒法師、文覚も一目置いたほどの武人だったそうですけれども。

 とはいえ、今年は足がまだ回復しておりませんので、「桜」は学校の行き帰りに見るくらいで十分。今年は「桜狩」の代わりに、蕾がかなり膨らんできた「カイドウ(海棠)」狩でも致しましょうか。そして連れは、パンくずでも撒いて

「雀どの お宿はどこか 知らねども ちっちょっとござれ ささの相手に」  蜀山人

と雀殿でもご登場願いましょうか。

 さて、学校です。実は、先週の金曜日の昼、卒業生(中国・モンゴル民族)が、「銚子」に遊びに行ってきたと、「犬吠埼ストーリー」と「名物 銚子 濡れせんべい」というお土産をもってやって来てくれました(あいにくのお天気だったようですが)。

 銚子から戻って、そのまま来てくれたのに、折悪しく、私も授業がありました。で、「久しぶりだね。一緒に授業を受ける?」と彼女を「初級」のクラスへ引っぱっていきます。ちょっとはにかんでいましたが、さすがに先輩「大学はとても楽しい」と、ちゃんと話してくれました。

 ただ、やはり「初級」の授業は退屈だったのでしょう、途中で「先生、帰りたい…」。勿論、直ぐに解放してあげました、「また、大学の話をしてもらえる?その時が来たら連絡するからお願いね」と言って。

 彼女は本当に(日本の)大学生活が楽しいらしく、「よかった。あのとき(一昨年の原発の時)戻ってきて、本当によかった。国にいても何もすることがなかったし、第一何もできなかった。日本に戻って大学に入れて、本当に良かった」と何度も言っていました。

 「外国人が少ないから、どの先生も直ぐに覚えてくれる」そうで、しかも(話を聞くと)いつも前に座り、出席率も100%。成績は前期よりも良かったそうで、思っていたよりもかなり多く「S」(成績)があったらしい。ドイツ語も英語も「S」をもらったそうです。で、奨学金がもらえるかなあ…とかなり期待しているようなのです(うまくいくといいですね)。

 そうか、この学校にいる時も休まなかったしなあ…。結局は、頑張れる人の方が、あとで楽になれるのでしょう。彼女の場合も、家庭がそれほど経済的に恵まれてはいませんでした。最初は日本語ができないので、電車を二度ほど乗りかえなければ行けないような所にある工場でアルバイトをしていましたし。ただ辛くとも、学校を休むようなことはありませんでした。多分、これも、国で、そういう家庭教育を受けていたからでしょうが。

 そのうちに、学校と寮の中程にある所でアルバイトをすることができるようになり、それが今でも続いているのです。すっかり古株ですから、店長よりも怖そうですけれども。

 彼女が持って来てくれたお土産のうち、「犬吠埼ストーリー」は、多分外国人でも食べられそうですので、一生懸命に聞き取ろうとした「Fクラス」の学生達に食べてもらいましょう。勿論、今日、来た人だけですが。

日々是好日
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「ここ数日の暖かさによるのでしょうか、街の中は、一斉に春の花で満たされています」。

2013-03-19 08:29:41 | 日本語の授業
 晴れ。風もなく、暖かく、穏やかな朝です。

 昨日、ちょっと用事があって、11時頃、小学校の脇を通りました。風は強かったのですが、小学校の校庭には、様々な春の花が咲き乱れていました。特に小学校というのはいいですね。教育的な観点からそうなされているのでしょうし、また地域の要でもあるからでしょうか、いつも四季の花に満たされているようです。

 中には、ポツンと群れから離れて咲いている「スイセン(水仙)」なんてのもありました。子供が植えたのかもしれません。「ボケ(木瓜)」の花も咲いていました。「ボケ」はきれいな花木ですのに、こういうひどい名がつけられているのは、いつまでも花が咲いているからだなんて聞いたことがありましたけれども、本当なのかしらん。

 街路樹の下にも、「ホトケノザ(仏の座)、「オドリコソウ(踊子草)」、「ナズナ(薺)」、「タンポポ(蒲公英)」、「ハコベ(繁縷)」…そして、「コデマリ(小手毬)」なんてのもありましたから。こういうのは種が飛んできたわけでもないでしょうから、花運びの人が、コッソリと植えていったのでしょう。

 そう言えば、今週末、桜が見頃を迎えるそうで、花見に行けば、いつもそこには、「オオアラセイトウ」や「ツクシ(土筆)」などが咲いていたものでしたが、今年はどうでしょう。まだ「スミレ(菫)」も「レンゲ(蓮華)」も見かけていないのですが、この辺りに乏しいだけで、他でしっかりと花開いているのかもしれません。

 私が子供のころには、春の庭には、「コデマリ(小手毬)」、「アマリリス」「マーガレット」などがよく植えられていたものでしたが、最近はちょっと違うようです。品種改良が進んだからでしょうか、それとも輸入された種が増えたからでしょうか、子供のころに見慣れた素朴な花というよりも、一風変わった花の方が多いようです。一株だけで存在感を示せるような豪華なものとか、花がたくさんついている華やかなものとか。こうなりますと、却って、昔ながらの目立たない花が恋しくなってきます。

 さて、学校です。
 他のクラスの学生達がみんな春休みに入ったというのに、一クラスだけ、昨日も授業があったという「Fクラス」です。一人、時間を間違えて朝にやってきました。でもしょうがない、だって、「Fクラス」なんですから。

 「Eクラス」から「Fクラス」に降りて、もう一度やり直したいというベトナムの学生、三人も、ちゃんと謂われた通りにやって来ました。その中の一人は女子学生です。

 実は先週の木曜日、ある焼き鳥屋さんの店長が「アルバイトをしたいという学生はいないか」とわざわざ学校に来てくださっていたのです。その時の話では、「この学校からアルバイトに来た中国人学生が二人とも、本当によく働いてくれたし、感じがとても良かった。だから人が足りなくなった時に、この学校のことを思い出したのだ」ということで、思わず先輩学生に感謝。

 けれども、彼らの日本語のレベルと、今、大半を占めているベトナム人学生の日本語のレベルとではかなりの開きがあり、却って失望させてしまうのではないかと心配になって、「今は、ちょっと…。日本語のレベルが低すぎるので…」というような言い方をしてしまいました。

 ところが、「日本語の方は大丈夫。今は下手でも、上手になるものだから(きちんと学校に来て、日本語の勉強をしているはずだと思っているのです。申し訳ないような気分になりました)。それよりも人柄が大切。日本語の方はある程度できれば大丈夫だから」と却って慰められてしまいました。

 それから、戻ってきた教員と相談して、卒業式や何か催しがあった時に、いつも手伝いに直ぐ来てくれて、しかも働きぶりのいい女子学生はどうかということになり(ただ、日本語のレベルはやっと「初級」がどうにかといったくらいなのですが)、学生に話してから、焼き鳥屋さんに、今から面接に行ってもいいかという電話をかけました。ついでに先輩学生の方にもかけておきます。「もし大丈夫だったら、面倒をみてね」というふうに。

 「もう、営業が始まっているけれども、お客さんがまだ来ないから、今ならいい。急いできてくれ」ということで、私は自転車、彼女は走りで行きます。途中、自転車の私は「急げ、走れ」とハッパをかけます(可哀想だと思ってはいけません。急がなければならないのです。お客さんが来てしまえば、もう忙しくて相手にしてもらえませんから)。彼女はそれに応えて、サンダルをペタペタいわせながらついてきます。

 着いてから、「面接をするから、中に」ということで、彼女を置いてきたのですが、それから後、(彼女に)電話をかけてみますと、「まだ日本語のレベルがちょっと足りないので、まずは洗い場から。そして時間は四時間ほど、明日来るようにいわれた」ということで、一応、ホッ。

 そして、昨日、どうだったのかと尋ねると、「みんな親切だった。大変だけど、大丈夫。それからKさんに会った。親切にしてくれた」という返事。先輩は、親切に後輩を指導してくれたようです。ただ、この先輩、相手のことを思いすぎて、時々きつくなるのです。中国人にはいいけれども、それがベトナム人にはどうかなと思っていたのですが、この後輩は、誰とでもうまくやっていけるようで、多分、日本語の関門さえクリアできれば、日本人ともうまくやっていけることでしょう。

日々是好日
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「桜の開花宣言が、ここでも出ました。そして春の嵐」。「人間の可能性は、人知を遙かに超えている…」。

2013-03-18 08:46:27 | 日本語の授業
 三月も後半に入り、気づかぬうちに、「コブシ(辛夷)」の花が咲いていた…と思ったら、先週の土曜日には関東地方でも「サクラ(桜)」の開花宣言がなされ、もう完全に春です。

 そして、今日、また「春の嵐」が吹き荒れています。先日のように砂塵が舞う…なんてことにならなければいいのですが…。折悪しく、月曜日の今日は、この地区では「プラスチックごみ」の収集日。

 「可燃物」「不燃物」「空き缶」「紙類」「衣類」などに比べ、ずっと軽量級。ネットを被せていないとか、特定のごみ収集場がないとかいった所では、もしかしたら置かれた収集袋ごと、風に持って行かれてしまうかもしれません。それくらい強くなりそうです。

 というわけで、今日も、朝から15度くらい…と聞けば、春だ、春だと叫びたくなってしまいます。もっとも、「スギ(杉)」や「ヒノキ(檜)」の花粉が、まき散らされるのだけは…御免被りたいのですけれども。

 実は、「Fクラス」を除いて、今日から「春休み」になります。この「Fクラス(一月生クラス)」には、去年の10月に来た学生が2名、4月に来た学生が1名、入っています。10月に来た学生2名は、来た時から、懸命に勉強していたのですが、それでも、去年の4月から来た学生達と一緒に勉強というわけにはいかず(十月生は数が少なくて一クラス作れなかったのです)、やはりもう一度やり直したいということで、このクラスにいるのですが。真面目に勉強していると、やはり違いますね。動詞の活用もスラスラと出てきますし。

それに何よりも、こちらの意図を汲み取れるようになっているのです。不思議なことで(いえ、決して不思議でもなんでもないのでしょうが)、学校に欠席がちでアルバイトに精出している学生には、私たちの価値観が通じません。ですから、新入生が入ってきた時に通訳をしてもらうわけにはいかないのです。

 留学生にとって何が一番大切か、特に玉石混淆のベトナム人学生には、特にこれが必要なことなのです。

 それに、大卒にも軽々に通訳してもらうわけにはいきません。中には、「先生、この人達にそんなこと言ったって無駄ですよ」と言って、端っから訳そうとしない学生だっていたのですもの(無理に訳させようとしたら、適当なことを言ってごまかす…言葉はわからなくても、それくらいはわかります)。素直に私たちの言っている意味を受けとり、それに、私たちの気持ちをも加味して、新しい学生に言ってくれる、そういう人に、通訳して欲しいのです。

 最初っから、言ったって無駄だなんて思っていたら、人を教えていくことなんかできません。無駄だと思っても、この人ならこれくらいで終わりかなと想像できても、それでもやっていくのが、いわば仕事であり、義務なのですから。

 それに、人間の可能性というものは、人知を遙かに超えています。私たちに予測のつくのは、学生達の能力のほんの一部分だけでしかないのです。それを肝に銘じながら、教えていくしかないのです、教員というものは。

日々是好日
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「今週末にも、ここでも、もしかしたら、『サクラの開花宣言』が出るかも…」。

2013-03-15 08:21:40 | 日本語の授業
 大空の周りグルリに、白い雲が薄くフンワリとかかっています。そして、今日は青空です。春の青空です。

 気温も平年並みにもどり、日の寒さとはお別れ。そして明日からはまた暖かくなるそうですから、今週末には関東でも桜の開花宣言がなされるかもしれません。

 もっとも、もう桜を見ちゃいました。若木のようでしたが、やはりいいですね。「モモ(桃)」の花の色とも、「ウメ(梅)」の花の色とも違います。自転車で通勤途中に幼稚園のお庭に咲いていたのを見たのですが、白ともピンクとも言えぬ、つまり桜色の花でした。この「サクラ」の花というのは、不思議なことに、「ウメ」や「モモ」の花のように「花が一輪」で独立しているような感じがしないのです。

 「サクラ」の木に、「サクラ」の花が咲く、雲が拡がっていくように。

 花びらと花びらとの境目がないかのように見えるのです、この「サクラ」という樹の花は。互いに溶け合って、雲のようにも見えるのです。そして、一つのサクラの樹の花となる。だから、美しいのでしょう。

 さて、初級の「Fクラス」を除いて、今日が、今年度、最後の授業となります。

 今年は休み中に「サクラ」が咲いて、そして散ってしまいそうなので、残念なことに皆と一緒の「桜狩り」は、楽しめそうにありません。けれども、学校のすぐそばの公園の桜も、花見客が出るほどの美しさですし、都内の電車に乗っているだけでも、いろいろな駅の桜が楽しめるでしょうし、ま、いいかという気もしています。

 もうすぐ東京中というか、日本中に、天気予報で言うところの、「桜前線」の北上が、はっきりとわかるほどに「サクラ」の花が咲き始めます。ドンドンドンドン北上していって、北海道で終わり。その頃には関東は青葉の季節になっていることでしょう。

 「サクラ」の花が咲き始める寸前、ちょうど今頃なのですが、桜の木自体が、上気したようにポッと赤みを増してきます。私たちにはそれが感じられるのですが、本物の「サクラ」の木を見たことのない外国人学生にとっては、この裸ん坊の木の、どれが「サクラ」でどれが「サクラ」でないのやら、全くわからないのです。

 遠くから見て、赤味を帯びてボウッと霞んでいるように見える木が、サクラの樹だよと言っても、ポカ~ンとしています。言い方が悪いのかなと思っても、この、木が赤味を帯びるというのが、どうも感覚的に理解できないようなのです。

 しかしながら、こういう「サクラ」の木を見る毎に、「樹も私たちと一緒である、生きているのだ。物語るのだ」という気がしてくるから、不思議です。

日々是好日
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「春の嵐」。「『江戸城』について」。

2013-03-13 08:11:37 | 日本語の授業
 春の嵐。強い風が吹き、空は青一色です。

 この暖かな風が、雨雲を連れてくるとか、日付が変わるころからグッと冷えてくるといいますから、暖かな風に連れてこられた雨雲が冷気を伴っていることになるのかな…?

 街では、春の花が、あちらこちらで、見られるようになりました。春を告げる花ではなく、春真っ盛りの時の花です。「サクラ(桜)」が咲き、散ってしまうと、春を惜しむような気分になってしまうから不思議です。「サクラ」が咲いている間は、「春」なんですけれども、終わってしまうと、何となく晩春というような気分になり、次は風薫る「初夏」で、木の緑の鮮やかさの方に思いは行ってしまいます。

 さて、昨日、残留組の二人に、「江戸城」のDVDを見せたところ、ウトウトとし始めました。文句を言うと、「日本の音楽が悪い…(私たちの責任ではないというところか)」。まあ、確かに日本の三味線などの音は、不幸や恨みを語るとか、静かさをより一層深める方に威力を発揮するようで、彼らのお国柄からみれば、威勢のいい音とは聞こえないのでしょう。バッチリと「バツ」なのかもしれません。

 それを、今日は「模擬試験」の後に、「Eクラス」で見せるつもりでいます…大丈夫かな。けれども、このクラスは、インド、バングラデシュ、スリランカ、タイ、中国、ベトナム、ミャンマーと七カ国から来た学生達からなっていますから、どこかの国の学生の心に、引っかかってくれるでしょう、…かもしれません。

 「江戸城」と言いましても、今は「皇居」と呼ばれ、かつての威容を誇った天守も焼失していますし、櫓もそれほど大がかりに見えはしないでしょう。石の国から来た人達に、こういうものはどう映るのでしょうか。

 一応、かつての家康、秀忠、家光の三人が建てた「天守」をCGで見せ、それから歴史を逐って語りが入るというような内容なのですけれども、日本の歴史については、彼らは真っ白状態ですから、それに興味を持ってくれるとは思えませんし。テストが終わってからの残り時間で見せるわけですから、あまり説明を加えるわけにもいきませんし、加えるとしても、一点か二点でしょうね。

 とはいえ、「侍だ!」、「着物を着ている!」で興奮してしまうような段階で、何ほどの説明を加えることができるでしょうか。甚だ心許ない限りではあります。結局は、「(こういうものを)見たことがあった」という、「目の肥やし」の、肥やしの一つ、鰯一匹くらいの物でしかないのでしょうが。

 DVDなどで、(彼らに見せて、それなりの意義があったという意味で)定番になる物は本当に少ないのです。クラスのレベル、学生達の資質、好奇心の多寡、興味の対象となるかどうかなどによって、全く違ってくるのです。

 まあ、どちらにせよ、明日は皇居見学に行くわけですから、「見せずばなるまい」というところでしょうか。

日々是好日
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「ジンチョウゲ」。「お金の計算が、いったい、いつになったらできるのかしら」。

2013-03-12 12:45:15 | 日本語の授業
 晴れ。きれいな青空です。白い雲が一片、ゆっくりと流れていきます。

 「ジンチョウゲ(沈丁花)」の花が咲きました。香りが漂っています。窓を開けて、インド人学生に見せますと、直ぐに彼は故郷のことを思い出したようです。故郷の街では、春になると、街中がある花の香りで、むせるようになるのだそうです。身振り手振りよろしく、如何にその花の香りが素晴らしいかを語ります。

 こういう愛国心はいいですね。インドに関する悪しきニュースも、日本には届いていますが、花の香りで街を語り、その愛郷心を伝えられると、フッとその美しさが心に残ります。拳を突き上げたり、喚いたりするのよりも、よっぽど、その人は故郷を愛しているのだということがわかります。

さて、昨日は卒業式でした。

事前に教員が電話連絡をしていたからでしょうか、ほぼ定時に学生達は集まり、計画通りに終わりました。

 最初に、東日本大震災の犠牲者に向けて、皆で黙祷を捧げ、それから式を始めます。教員達の話に、この2年間の自分を重ねていたのは、何も学生達だけではありません。私たちもこの二年のことを静かに思い出していました。

 とはいえ、学生達のことです。これは、お国柄だねなどと笑ってすませられるようなことではなく、彼らの想像力が日本の社会に追いつけないでいるからか、あるいは、金銭感覚が鈍いからなのか、来日後、二年近くたっていても、まだお金の計算ができないのです。

 アルバイトで、月に13万くらいを手に入れると、もうそれだけで、お大尽気分になってしまうようなのです。これも、物価が違いますから、最初はそうであってもまだわかるのですが、二年近く日本にいても、まだ、(お金をたくさんもらっているから)どうにかなる意識が抜けきらないのです。

 これだけのお金では、日本では何もできないということが、なぜわからないのでしょう。勿論、学校でも幾度となく説明をしていますし、個人的にも説明を加えているのですが。

 それに、学校が寮費とか光熱費の払いを要求すると(言わずもがなのことながら、寮費は毎月決まっています。毎月アルバイト料が入ったら、最初に引いておけばいいのです。日本人はそうします。また光熱費は自分たちが使った分です。日本では高いといっても、給料だって高いのです)。

 多分、彼らも、いつも言われるのは嫌でしょうが、私たちだって言いたくないのです。
ベトナム人学生には、(私たちとてもやりたくないのですが)もしかしたら、他の国から来た学生達とは別のルールを考えておかねばならないのかもしれません。

 以前も(何十年も前のことですが)、似たような中国人が大挙して来ていた時期がありましたが、それでも彼らは、私たちが説明した後、きちんとお金の計算ができましたし、光熱費も、1月の分の請求が翌月に来るというのが理解できていました。ところが、このベトナム人学生達(全員ではありません)は、なかなかそれが理解できないのです。それどころか、「言っているのが先生だから、まあ、わからないけれども払ってやるか」式の態度を取ることさえあるのです。これはガス会社に払う分であったり、電気会社に払う分であったりするだけで、私たちとは全く関係がありません。

 「もう、自分たちでやらせよう、電気が止まって初めてわかるのだろう。止まったら可哀想だからと、お金がないと言えば貸してやっていたこちらのやり方も間違っていたのかもしれないし」ということで、4月からは、自分たちでやらせることにやり方を変えていこうということにしました。

 勿論、ただ放り投げるというのではなく、部屋毎に責任者を決め、お金を払う人を順番に決め、然る後に、自分たちでやらせるというのです。これは新学期から、つまり4月からということですが。

 これで、私たちも、少なくとも、光熱費の問題は彼らが自分たちでやるということで、イライラが減ります。アルバイトはしていますし、それだけのお金は手にしているはずです。節約をしなければ何もできないということが、本当にわからない人達なのです。だいたい、日本にいて、あれっぽっちの金で遊べると考えている方がおかしいのです。一年あまりを日本で過ごしていて、まだこのレベルなのですから。

 お金にルーズな人は、日本社会では受け入れてもらえません。こんなこと、日本ではなんていわなくても、どこの社会でも同じであると思うのですけれども、ベトナムはお金を必要としていない、物々交換の国なのかしらんと思うことさえあります。

 お金のことについて知識が足りないのです。物であれ、形にならない知識や技術のようなものであれ、それを持っている人について学ぶしかありません。それにはそれに相当するだけ金銭が必要になります。まだそれが理解できない社会なのでしょうか。知識のある人とない人の区別がつかないのでしょうか。

 (以前、中国でも、そういうことがあって、「ああ、これが、いわゆる『共産主義』とか、『社会主義』とか言われるものの『悪平等』であるのだな。能力のある人もない人も皆同じ。働く人も、ボウッとしてしゃべっているだけの人も皆同じ。同じ給料なんて」と思ったことがありました。今は資本主義社会の理屈が少しは入ってきているようですが、ただ、この国はまだまだ「裏口から入る人」が大部分のようで、それが中国にいたことのある人間としては悲しいところなのですが)。

 けれども、もしかしたら、彼らは日本に来たかっただけ、日本に来てアルバイトすれば儲かるし、簡単に大学に行けるという話を聞いて、日本に来たかっただけ…なのかもしれません。

 お金を貯めるまでになるには、かなり働かなければなりませんし、日本語もうまくなっていなければなりません。それに体力も必要になります。勉強しなければ、どの道も鎖されたままであるということを、いつになったら理解できるのでしょうか。

日々是好日
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「卒業式」。

2013-03-11 17:49:06 | 日本語の授業
 これから、日本の社会に出て行く学生達に、これからは良く耳にするであろう「異文化」について、ちょっと考えてもらいたいと思います。

 「文化」を考えるのではなく、「人」を考えると思えば、「異なっている」のが前提ではなく、「同じである」というのが前提です。「同じである」と思っていたから、「違っていた」のに、「はっとする」。その、「思ってもいなかった違い」が忘れられず、大したことでなくても、何かあれば、やっぱり「違うのだ」と思ってしまう。

 一度「違うのだ」と思い込んでしまうと、何でもかんでも「異文化」と呼び始め、「違う」から、「しょうがない」、「自分のせい」ではないのだと、そこで思考がストップしてしまうのです。

 本当なら、そこで「他者」との違いについて考えてみるのがいいのでしょう。けれども、もし、「他者」との違いについて、考えるのは「嫌だ、無理だ」と言うのなら、広く浅くで、その時には他の多くの国の人達と自分とを比べてみたらいい。直接聞いてみた方がいいのかもしれません。その時、もしかしたら、他のみんなから、「あなたの感じ方の方が変だ」と言われるかもしれません。

 「人は皆同じである」というのは、言い過ぎであっても、人が「自分の大切な人に対する思い」というのは同じはずです。表し方に違いがあっても、です。

 よく「自分たちの方が…」と自分の民族を、グンと他民族よりも上に据え、そう言い募る人がいます。けれども、ちょっと考えてみてください。それは、ただ単純でわかりやすい形であるに過ぎず(もしかしたら、「がさつ」であると見られるかもしれません)、他国の複雑な社会、慎みのある文化社会では、ストレートに表すことは控えられているだけかもしれないのです。

 その地の人達に、そういう習慣があるのには、必ず理由があるはずです。歴史を繙かずに、また風土を理解せずに、短絡的に、己こそ正しいと思い込み、それを吹聴するのは、愚かさを人に触れ回っているのと同じこと。特に他国にあっては、それだけで、人との関係を狭くしてしまいます。

 自分にとって判りやすいものを「是」とし、理解できぬものを「非」としてはならないのです。そういう時は、ちょっと心のタンスにしまっておくといいのです。時間が経てば自然にわかるようになるものかもしれませんから。一番いいのはその国の「大衆小説」を読むことでしょうけれどもね。

 昨年度、皆さんが、課外活動で、学校を出ていろいろな場所に行き、見聞を深めた時、思えば、一度も雨が降りませんでした。一週間前の予報で雨だったら、当日は曇り、曇りだったら、晴れというふうに、お天気に恵まれた年でした。

 この学校を卒業してからも、皆さんの人生に、常にお日様が照っていますように。そして、お日様に向かって歩いて行けますように、願ってやみません。

日々是好日
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「『冬』から『春』、『春』から『夏』へ」。

2013-03-08 11:15:44 | 日本語の授業
 今日も昨日に引き続き、「春」です。今日は朝から、寒くはなかった…調べてみると、11度とのこと。そして昼は、多分…20度とのこと。こうなると、却ってこの「春」が去った時のことが怖くなってきます。

 一度、ぬるま湯の心地よさを知ってしまうと、なかなか元に戻れません。冬の寒さがぶり返した時には、耐えられないほどの寒さに感じるかもしれません。とはいえ、毎年のように繰り返される、春と冬との鬩ぎ合い。鬩ぎ合いながらも、冬は少しずつ春に道を譲り、春は秘やかに冬の陣地を占めていく。まるで人間の世界のよう。

 ただ自然の畏るべきところは、この地球がある限り、それが繰り返されるということ(おそらくはですが)。春から夏へ、夏から秋へ、秋から冬へ、冬から春へ、そしてまた春から夏へと…。気が遠くなりそうです。

 人というのは、この世には、ほんの仮住まい。遠くへ旅立つまでの少しの間、夢を見させてもらっているようなものなのかもしれません。

 で、現実世界でアップアップしている学生達のことです。

 皆、同じ人であるとは言いましても、どうしても「お国柄」とか「民族的な部分」とかいうのは、こういう仕事をしている限り、嫌でも目についてしまいます。地球のどの辺りで生まれ育ってきたか。その地は紛争の多い土地であったかどうか。年中、暖かいのかそれとも四季がはっきりしているのか、あるいは寒さの中でほんの少しの期間、夏を楽しむことができるだけであるのか。その風土から制限を受けて、人は生活を構築してきたわけですから、その制限がある故に却って豊かになった部分はあるにせよ、何万年も経つうちに、人の性格というものにも、風土に根ざした違いが出てくるのは当然です。

 実は、新潟に転勤した友人から、電話があったのです。「寒いところの人達はやはり勤勉である」と、南国生まれの彼女はため息をついていました。

 同じ日本であっても、南と北どころか、雪の多い日本海側と快晴の続く大平洋側では、そこに住む人々の性格も暮らしぶりも異なってきます。冬支度に追われる日本海側では、ボウッとしているうちに、殺人的な「どか雪」がやってきますから、油断している時間などありません。「それ、働け。やれ、動け」になるのでしょう。が、冬でも、何もせずに生きていこうと思えば、どうにかごまかせるような南国で、しかも大平洋側であったなら、それはそういう「ケセラセラ」という根性になったとしても不思議ではありません。

 勿論、これは、「だから、怠け者だ」とか言っているのではありません。寒いところの人達は考えなければならないことが多く、暖かいところの人間は、それほど先のことに心を砕く習慣がないということなのです。何か嫌なことを言われた時、心にグサッとくるのは寒いところの人達でありましょうし、暖かいところの人間は、一見弱そうでも、それほど心に刺さっていかないので、案外平気であるのかもしれません(人というものは、他者にそんなにひどいことを言うはずがないと信じ込んでいるような面があるような…気がするのです)。もっとも、これも想像力の問題であるのかもしれませんけれども。

 雪に覆われることの多い地方の出身であるならば、作家は、あらん限りの力でもって想像力を羽ばたかせ、色彩を多用しようとすることでしょう。けれども、暖かいところでは、年中、花が咲いている(咲き乱れるとまではいかなくても)わけですし、色彩は自然の中に溢れているのですから、人間が殊更に想像力を働かせて創る必要などないのでしょう。見ていて、目の前にある色を写せばいいわけですから。

 色に飢(かつ)えると言うと、ちょっと大袈裟かもしれませんが、そういう学生は、今のところ見当たりません。のんびりと、目の前の光景を楽しんでいる、おっとりした人達がいるだけです。ただ、お金はあるのか無いのかはわかりませんが、あまり払おうとしない人達が多いようです。

 大きな声で「私はお金がない!だから、払わない!」などと騒いでいるのを見ると、心が痛むと言うよりも、「じゃあ、なぜ、留学したの?」と言いたくなります。「留学」という言葉の意味が、日本や先進国の人間が使う意味とは違うのです。そういう人達が多くなると、もはや、学校として存続していけなくなります。そういう人達は来日前に、教材費を一括して払える、そういう日本語学校に行ったほうが、互いに幸せではないかと思うのですが(なんとなれば、それ以上のお金がかかる、レベルの高いことは教えてもらえないでしょうから)。

 「もっと、もっと勉強したい(頑張れるのなら、上のレベルに行かせたいというのは教員皆の気持ちだと思いますが)」というのなら、それに見合った教材が必要になります。2年間、『初級』の教科書だけでいいというのなら、教材費はそれだけで終わりです。ですから、「(そういう学校では)『中級』の教科書を買ってください」とか、「『上級』の教科書を買ってください」とかは言いません。それは当然でしょう(学生のレベルにかかわらず、集めた教材費の範囲内で終わらせてしまおうとするのは。お足が出るようなことはしないでしょう、損になりますから)。教科書代を払う気が無いのなら、普通は勉強なんてできません。これはどこの国でだって同じだと思うのですが、どうして日本でそういうことをしようと思うのでしょう。本当に、不思議なのです。

日々是好日
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「『杉花粉』だけじゃない、『PM2.5』までやって来た」。

2013-03-07 08:59:18 | 日本語の授業
「18度にはなる。四月上旬か中旬の気温だな」などと、言われても、なぜか、春めいた気分にはほど遠いのです。「PM2.5」だの、「杉花粉」だのが飛び交う予報も、同時に出されたからでしょうか。

 思えば、ほんの200年ほど前には、こんなことに苦しまなくても良かったのです。「お天道様」だの「オオナマズ(大鯰)」だのの気分だけを伺っていれば良かったのです。それが、だんだんわけのわからない世界に迷い込んで、挙げ句の果ては「原発」です。「PM2.5 」です。

 「杉花粉」までは、「人間は退化したものだ」などと振っておけば良かったのですが、もう、それでは、どうにもこうにもできなくなっています。

 「空気が汚くなって、まともに呼吸が出来なくなった」、「お空から降ってくる雨水が信用できなくなって、浄化設備が必要になる」。なんだか、専門家以外では対処のしようがない世界に入り込んでしまったようです。

 「個人の力は小さいけれども、まとまれば偉大な力だ」なんて、今時、本当に思っている人がいるのでしょうか、人は。「個人の力は本当に小さい、小さい」で終わってしまうような世界に迷い込んでしまっているような気分なのですが。宇宙から見れば、小さい小さい地球ですのに、その中の蟻ん子よりも、もっともっと小さい「人間」から見れば、とてつもなく大きいのです、やはり、地球は、世界は。

 「平和で、安定していて」と、多分、世界の多くの国から見れば、そう思われている日本。そこに住んでいる日本人は、いつも、芥川龍之介のような「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」を感じながら、生きているのではないでしょうか。

 あのバブルの頃でさえ、

「世間(よのなか)は ちろりに過ぐる ちろりちろり 何ともなやなう 浮世は風波(ふうは)の一葉(いちよう)よ」 
「燻(くす)む人は見られぬ 夢の夢の夢の世を現がおして」
「何せうぞ 燻んで 一期(いちご)は夢よ ただ狂へ」

 舞い狂っている人達に、室町時代の「閑吟集」に表現されていた「刹那的な悲しさ」と「無常観」を感じた人は、当時、少なくなかったのではないでしょうか。

 もっとも、今、日本語学校に来て、勉強に、アルバイトにと励んでいる学生達には、「今」しかありません。中には本当に「今日のお金の計算」しかできない人だっているくらいなのですから。

 そういう人達に、「明日ことを思い煩うな、ただ今日のことだけ考えて(勉強しろ)遊べ」と言ったって、怪訝そうに「それはいつものことで、何も特別なことではない」と言われてしまうだけでしょうから。

 勿論、年齢の差による違いはあるでしょう。けれども、それだけではなく、南の国で生まれ、明日も今日や昨日と同じお天気が続くと、それに疑いなど抱かずに生きてき人に、

 「明日ありと、想うこころの、仇桜、夜半に嵐の、吹かぬものかは」
という日本人の心を説明したとても、おそらくはわかりますまい。日本人なんて、楽しそうに生活していたって、心の深いところは、常に何かに怯える心を捨てきれないでいるのですから。明日も今日と同じで、何事もなく暮らしていけるなんてことは僥倖であると、皆、思っているのですから。

 勿論、どの文章もそうであるというわけではありませんが、底に流れているこの伏流水に気がつかねば、筆者の意図が伝わらないことだってあるのです。

日々是好日
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「『日本留生試験』の申し込み」。「出る月を待つべし」。

2013-03-06 11:57:06 | 日本語の授業
 晴れ。今日は18度くらいになるかもしれないと予報がありました。それで、大丈夫かなとマフラーをせずに外に出てみたのですが…まだまだ冬です。朝は寒い。

 この寒さを、いつ「花冷え」と言って喜ぶことが出来るのでしょう。けれども、もう大丈夫かもしれません。「カワヅザクラ(河津桜)」も咲き始めているとの花の便りも届いていることですから。

 学校の花も、「メジロ(目白)」が訪なっていた「ツバキ(椿)」の花が終わり、「ウメ」の花も、花びらの下の方、萼近くの辺りが、もうピンクに染まるようになっていますから、時期は過ぎたと言えるのでしょうし。

 さて学校です。

 昨日、「Eクラス」で、今年の六月に実施される「日本留学試験」の申し込みを、皆で、書いたとのこと。「非漢字圏」の学生は、こういう試験はどうも苦手のようです。

 「日本語能力試験」であったら、レベルに応じた参加の仕方ができるので、皆もやる気が出るのですが。それなのに、「日本留学試験」のことを話しているのに、「日本語能力試験」のことを聞きに来るような、トンチンカンな学生まで出てきます。

 「日本留学試験」の中でも、特に「読解」と、グラフや文章を読みながらの「聴読解」が難物で、「模試」をしても、だいたい皆、達磨さんになって、笑うしかないという顔になってしまいます。人は本当に困ると笑ってしまうというのを、一年に二回も見せられてしまう私たちとしても、結局は、笑うしかないのです。

 勿論、日本の大学に入るのであったら、あれくらいはわかった方がいいのでしょう。ただ、グラフなどのデーターを見て考えたり、話を聞きながら、データーを理解していくというやり方を、これまで母国で経験したことがないという学生が多いのも事実なのです。

 勿論、日本語が上達していれば、レストランやコンビニなどで、日本人と共に働き、日本人の働きから、経営の一端に触れることも出来るでしょう。が、大半の学生は工場で終わりですから、せっかく日本で日本語を学んでいても、(同国人が多い工場でしか仕事が見つかりませんから)学校以外は常に母語を話し続けているということになってしまうのです。

 それを、この学校にいる間に、どこまで教えることができるのか。あるいは訓練していけるかは、なかなか難しいところ。日本語の漢字でさえ覚束ないのに…。「漢字圏」の学生が多ければ、漢字などの習得に要する時間をこのように多く取らなくてもいいわけですし、読みも、「非漢字圏」の学生達のようにたどたどしくはありませんから、教える方としても楽なのですが。

 「非漢字圏」の学生達は、本人の能力を発揮できるまでに至らぬうちに、大学受験の候がやってくるのです。可哀想と言えば可哀想。中には「う~う~」言いながら、どうにかして自分が母国語で習得している理論を言おうとしている学生もいるのですが、なにさま、言葉が追いつかないのです。

 と、焦っているのは、教師だけ。いい教師というのは、待つことを知っている者のことなのかもしれません。

「出る月を待つべし。散る花を追うことなかれ」とは誰の言葉だったのでしょう。試験が近づくにつれ、待つことを学び、その時間を生かさねばと思ってしまいます。

日々是好日
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「啓蟄」。「『虫』ではなく、『虫さん』」。

2013-03-05 11:14:53 | 日本語の授業
 「啓蟄」の日の今日、お日様が燦々と照り輝き、「春ですねえ」と鼻歌交じりに言いたくなるような…、しかも風もないし…「本当に春ですねえ」。

 勿論、空気はまだ冷たく、春の足音は遅々として進んでいない…ようにも見えるのですが、それでも、明日から気温はグッと上がるそうで、20度も夢じゃない…らしい…のかな。

 思えば、幼稚園の頃、よく「虫さん」達のご厄介になっていました。私の方は「遊び友達」と理解していたのですが、彼らから見れば「とんでもない奴」だったのかもしれません。

 毛虫と出会えば、すぐさまコップやら空きかんやらを持って来て、収集を始めるのです。もっとも、なぜあの頃、あんなに夢中になっていたのか、今となってみれば、全く理解不能なのですけれども。

 今だって、「(虫を見て)きゃー」なんてことは言いませんが、毛虫にも、嫌な気分になる者がいることぐらいはわかるようになっています。特に「サクラ(桜)」の葉につく、あの青虫など。歩いていて滑った時など、思わず、ゾッとしてしまいます。この青虫、「サクラ」の若葉が出始める頃、「サクラ」の樹に、鈴なりにつくのです。そして落ちては人に踏まれ、車に踏まれするものですから、「サクラ」の木の下は、青汁でドロドロ、ネトネトになってしまい、滑るので、歩けなくなってしまいます。

 けれども、これも、子供の頃は、収集の対照にはなっていたはずです。ただ、これは母親には顰蹙もので、幾度となく叱られた経験があります。特に毛虫ならぬカマキリの卵を拾ってきて、コッソリと空き箱に隠していた時などは散々な目に遭いました。どうも私が遊びに行っていた隙に孵ったらしく、ある日、突然、カマキリの子供達がウジャウジャと家中を這い回っていたものですから、確かにそれは頭に来るはずです。帰った時には、既に大部分は始末されていたようでしたが。

 その時は、人は、どうして、こんなに可愛い虫たちを避けるのだろうと思っていたのですが、ところが、大人になってしまうと、やはり避けてしまうようですね。多分、これは彼らとの繋がりが、いつの間にか切れてしまい、それが長時間、続いた…からなのでしょう。遊び仲間ではなくなってしまったのです。残念至極…ではあります。

 さて、「虫」のことです。子供の時は、そして、今でも、時たま、「虫」ではなく「虫さん」と呼んでいる自分に気づきます。それどころか、周りでも、「猫」を「お猫さん」とか「ニャンちゃん」と呼んでいたり、「犬」を、「犬さん」とか「ワンちゃん」、「熊」を「熊さん」と呼んでいる人も少なくないのです。

 これは、他の国から来た学生には、なかなか理解できることではないらしく、最初は、皆、それを聞いて、「虫」ではなく、「虫さん」が名前なんだろうと思ってしまうようです。状況が掴めた後など、「なぜ『虫』が、『虫さん』なのだ。私だって『○○さん』なのに」といった不満を言う人さえ出てきます。

 日本人が、「虫」ではなく、「虫さん」と聞いて、急に、どこか、ギスギスした空気が和らいだり、あっという間に童心に返って微笑んだりするのとは大いに違います。この、人間ではない生き物を「さん」付けで呼ぶというのには、魔法の力があるような気がします。実務的な現実世界から、子供の頃の妖精がいた世界へあっという間に戻ってしまうのです。その繋ぎの、呪文のようなものかもしれません。

 「生き物すべては隣人である」というような、ご大層なものではないのですが、確かに子供の頃は、人とこういう生き物たちとの垣根はずっと低かったような気がします。そして、大人も、「生き物を殺すのは、(人の方が強いのだから)いけないことだ」ではなく、「虫さんが嫌がっているよ」とか、「虫さんもおうちに帰りたがっているから、放してあげなさい」とか、そういう注意のし方をしていたような気がします。多分、私も小さい人がそばにいたら、そういう言い方で注意をすると思います。

 「それは、川に汚いものを投げ込んではいけない。川の神様がお怒りになるぞ」というような、そういう言い方と同一のものなのでしょう。勿論、皆、小学校の高学年にもなれば、それは本当ではないかもしれないなどと、疑いを抱くようになるのでしょうが、子供の時の印象は強烈で、大人になっても、何かをしようとした時に、ふと心をよぎり、手を止めさせるほどの力をもっているのです。

 そして、それこそが、その「地の力」なのでしょう。その「地」に生きる人達が、その地を守るために、少しずつ作りあげてきた「力」なのでしょう。それを、連綿と受け継いできたのでしょう。又、受け継ぐ力のない「地」は、痩せていき、衰えていったのでしょう。その「地の力」が理解でき、共有できたとき初めて、その社会の一員になれるのかもしれません。

 人が、生まれた土地ではなく、自分のものとは異なった文化・歴史を持っている土地に住み、そこで生きることを決めるというのは、その人が思っているほど簡単なことではないのかもしれません。

日々是好日
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「雛祭り」。

2013-03-04 08:39:05 | 日本語の授業
 先週の金曜日、三月一日に、「雛祭り」を致しました。午前、午後のクラス共に、後半の90分ほどを利用して、「雛祭り」の由来や様子などを見せたり、説明したりした後、折り紙で「お内裏様」を作りました。

 和紙の色や柄の選択などを見ていますと、もとより、人それぞれではありますが、しかしながら、そこにいくらかの民族的な色合いやお国柄などが感じられて面白いのです。

 この選択の時は、毎年、ワイワイガヤガヤと賑やかになります。次の、「折り」や、「はさみ」を入れたりする時までは、いつも、なかなか賑やかなのですが、最後の「髪型」を決め、「顔を描く」段になりますと、皆、途端に口数が少なくなってきます。「(絵は)不得手である」と言っていた学生達も、真剣に消しては描きを繰り返すようになってきます。

 「時間がありません。少し急いで下さいね」という教師の声も届かぬほどに、本人は一生懸命ですから、終わりにさせるのが大変です。そして、出来上がり。「傑作」は本人に持ってもらい、写真を撮って終了です。兄弟に妹か姉がいる者は、彼らのために、いない者は「お祭りですから、飾っておいて」と持って帰ってもらいます。

 そういえば、私も、子供の頃は、毎年、学校でもお祝いし、家でもお祝いをしていたものでした。今はどうなのでしょう。もっとも、何か口実を設けては、「日常とは違う『晴れの日』」を作ることに、人は、やぶさかではないはずですので、きっとこういうお祭りは続くことでしょう、簡略化しながらも。

 ただ、学生達にとっては、「お内裏様」の「女雛」の着物に、どうも馴染みが無く、少し戸惑ったようです。日頃、「これが(日本の)着物である」と思い込んでいた江戸時代のものとはかなり違いますから、それも当たり前と言えば当たり前なのですが。

 彼らを見ていると、自分たちがこれは男の色であり、女の色であると思っていたものが、単なる思い込みではなかったのではないかと考えさせられることがあります。また、女の顔、男の顔というものも、もしかしたら、思い込みにすぎぬのではないかと思わされることさえあります。

 今回もそうでした。思わず、襟が違います(男雛と女雛の襟を違えて切ることになっていたのです)と言うと、それが私が見てとった「男雛」ではなく「女雛」であったりしたのですから。

 しかしながら、学生達は自分たちの「常識」とは違う、学友達の「常識」に、歓声を上げ、面白がっています。私たちよりも、異文化の中にドップリ埋没させられている学生達の方が柔軟性はあるのかもしれません。もっとも、一年ほどを(日本で)過ごした学生や、アルバイトで日本人に触れる機会のある学生達は、なのですけれども。

 さて、学校の玄関の「ウメ(梅)」の蕾は、土日の間に、ほとんどが開き、かすかに香りを放っています。行徳の辺りは、一番寒い時でも、花の姿が見られるところですから、花が咲いたからどうだと言うことはないのですが、「ツバキ(椿)」や「ウメ」、「ナノハナ(菜の花)」や「サクラ(桜)」などは、ちょっと別格という気がします。季節の進行を教えてくれるからです。

 寒かろうが暑かろうが、災害が人々を襲おうが、平和に惚けていようが、律儀に日々は過ぎゆき、年月は失われていくことを教えてくれるのです。もしかしたら、それに気がつきはじめた頃から、人は植物に近くなり、そして土や石などの無機物へと姿を変えていくのかもしれません。

 そうはいいながらも、学生達は、まだ、寒風に身を晒しながら、花開く時を待つ「ウメ」の花のようなもの。

とはいえ、寒風にどのように苛まれようとも、

「我が身こそ 鳴尾に立てる一つ松 よくも悪しくも 又 たぐいなし」 (慈円)

という気概だけは失わないでいてもらいたいもの。

日々是好日
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「今日、春一番が吹くかも…」。

2013-03-01 08:49:16 | 日本語の授業
 「一月、いぬる。二月、にげる。三月、さる」の通りに、最後の三月になってしまいました。二月は本当に逃げるように終わってしまいました。「羨ましくも、返す波かな」。時を留めることが出来たら、また戻ることが出来たらというのは、多分、子供でも感じることなのでしょうが、大人になると、この思いは、切実を通り越して切なさ感さえ帯びてきます。とはいえ、「死が自分を追い越して振り返った」と感じた高見順ほどのことはありませんけれども。

 さて、今日は曇りのち雨とのこと。もしかしたら「春一番」が吹くかもしれません…これはうれしい便り。ところが、これと前後した頃から黄砂が日本にやって来ますから、中国発の汚染物質までが、美しい春の便りと共にやって来そうな気配なのです。春霞が汚染物質による汚れになってしまったら悲しい…。皆、戦々恐々としています。空気だけは、生き物、皆、必要なわけで、金持ちだから大丈夫だとか、政府の高官だから関係ないとかいうわけはありませんもの。

 しかしながら、この点が不思議なのです、一応、お金の有無による差ぐらいしか感じていない(勿論、お金の力はすごいとは思いますが)日本人にとっては。

 以前、中国で食の安全が叫ばれている頃、「政府高官だって食べ物が必要なはずだ。なのに、どうして放置しておくんだ」と聞いたら、「彼らは特別なルートから、安全な野菜や米を手に入れているんだ。だから、庶民の気持ちなんてわかるはずがない(本当かどうかわかりませんが)」と言われたことがあります。

 へえ…と、その時は思ったものですが。お金があれば高い物を買うことができる。それはわかります(資本主義国の人間たる日本人から見れば当然です)。けれども、職権を悪用して手に入れていたとしたら、それは許せないことです。ここのところが、彼の国と我々との考え方の違いでもあるのでしょうけれども。

 例えば、日本人で、食べ物の安全性が気になってしようがない人がいたとします。その人はきっと、衣服や住居の方のかかりを減らしてでも、そちらの方にお金をかけることでしょう。そのことについて誰も文句なんて言いません。それはその人の自由です。その人はその人なりに考え、自分が一番必要だ、大切だと思うことに、自分のお金をかけているわけですから。ただ、お金を出せば、安全なものが買える、そして、そういうものが、誰でも買いたいと思っている人に公開されているという約束事が守られていない国ではどうしょうもないことだと思いますけれども。

 そして、空気です。魚が日本の原発で苦しんでいるように、中国では政府の高官も金持ちも庶民も苦しんでいる…はずです。それを言ったら、「政府の高官(あるいは、彼らの家族)や金持ちは他の国に行って楽しんでいる。苦しんでいるのは庶民だけだ」という答え。北京は以前から夜も星が見えないし、空気が汚いところだとは思っていましたけれども、田舎の方に行くと、それはもうきれいな夜空で、星だって砂の数ほども見えたものです。その中小都市でさえも、大気汚染が問題になっているようでは、大変ですね。

 日本がやっと手に入れた(星のある)夜景や、東京からでもよく見えるようになった富士山の姿が、隣国からの汚染物質の侵入で消えてしまったら…本当に悲しいことです。あちらを助けることは自分の身を助けることにも繋がる。政治の問題は抜きにして、日本にも同じような歴史があったわけですから、その経験を彼らに伝え、共に協力して、この問題を解決していくわけには行かないものでしょうか。

 日本にも、多くの中国人が住んでいて、社会の仲間として活躍しているのです。

日々是好日
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