日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「漢字」が読めるようになると、気持ちも、随分変わってくるようです。

2021-06-23 09:28:21 | 日本語学校

曇り。

今日は、涼しいそうな。「空梅雨」と言えないにしても、(「入梅」という言葉から連想されるような)シトシトと降り続く「梅雨」という感じはしません。

けれども、今朝のようにどんよりとした空だと、やはり、今は、「梅雨」は「梅雨」なんだと、思ってしまうから不思議です。

空が曇ると、草木の蔭の線が曖昧になって来ます。ここからここまでという線がぼやけてくるのです。こういうモノの「暗さの線」に、親近感を持つようになったのは、年のせいなのでしょうか。

20年ほど前に行った山に、今行けば、また違った感慨を持つかもしれません。

若い頃は「華やかさ」や「きれいさ」に、心を奪われたものでしたが、今では、同じものを見ても、その「華やかさ」や「きれいさ」の裏に、何かを見ているような気がするのです。感じ方が違ってきたのでしょうか、それとも生きとし生けるものに対する「思い」が変わってきたのでしょうか。

咲き誇る花は美しい。降り積もる雪は白い。これは見れば、だれでもそう思う。それらを見たことがない人でも、花は美しいもの、雪は白いものと知っている。ただ満開のその花は、盛りの時に、既に萎え、衰えるものを秘めているとか、青く見える雪もあるということは、学んで得られる知識です。

そう見えて、あるいは、知識としてなにがしかのものを知っていても、それから後は個人の世界になります。

この、個人の世界が、曲者なのです。

人は年を取れば、自然と経験も増えていき、以前見たものと同じものを見ても、以前とは違う感覚を味わったりする。前には気にも留めなかった部分に心打たれたりする。

モノの中に潜んでいる「暗さ」というのも、その一つなのでしょう。「闇」ではなく「暗さ」にす。

どうも、このような天気の日には、モノの持つ「暗さ」の方に心が惹かれていくようで。ちょっと困りますね。

さて、学校です。

この学校に来たばかりのころは、蚊の鳴くような声で話していた学生が、今では、二階の教員室にも響いてくるような声で話しています。笑い声もよく聞こえてきます。まあ、休み時間の時だけなのですけれども。

漢字が読めるようになると、こんなにも違ってくるのかと、ちょっと驚いています。

日本の中学校では、在籍していたから、ある意味で、さまざまなことに既視感はある。学校での習慣ですね。皆、こんなふうにしていた、先生はこう言っていたとかいう。

ただ、漢字が読めなかったから、授業には、ついていけなかった。読めないということは、そもそも、書けないということですし、見ても意味が判っていなかったということでもあります。

来たばかりのころは、(漢字を)見れば書けますから、これほどの大ごとであるとは思っていませんでした。ところが、そうではなかった。書いていたのは、いわゆる(意味も判らずに)写していただけだったのです。これでは、そもそも、試験問題が読めるはずがない。ということは、答えが書けるはずがない。で、授業中は小さくなっているしかなかった。

今は一歩一歩ですね。もうすぐ、週一の漢字テストの「N3」が終わります。それが皆、合格すれば、今度は「N2」の漢字に入ります。最初のうちは時間がかかったけれども、彼女だけ、週に三回、二枚ずつすることにしています。尤も、最近は、自分から、今日もやると言ってきていますから、もう少し早く「N2」漢字に入れるかもしれません。

日々是好日

「梅雨入り」…こんな天気で(?)と思っていたら、今日も雨になりそうです。

2021-06-16 09:27:08 | 日本語学校

曇り。時々雨。

関東地方でも、「梅雨入り」になったとか。「花の季節」が終わり、今は「新緑の季節」となっています。田もそう。どこまでも拡がる優しい緑は、それだけで、見る者の心を慰めてくれます。

こういう緑の田も、春が来て、雨をもたらす雲が空一面に拡がり、慈雨となり…から始まり、そして、そこには、風景としての人がいる。

「生まれかわり 死にかわりして 打つ田かな」(村上鬼城)

人は、
「蟇(ひき)歩く 到りつく辺(へ)も ある如く」(中村汀女)

の如く、倦まず弛まず、生きてきたのでしょう。そして、

「つひにいく 道とはかねてききしかど きのふけふとは 思はざりしを」(在原業平)

と、突然の死を迎える。、

達観と言うべきか、諦念というべきか、そしてまた、

「今日はまた 明日の昨日なりぬべし 幾クタビカ 看シ 滄海ノ枯レタルヲ」

という気持ちにもなってしまうのでしょう。

ただ、そうは言いながらも、毎日を切り取ってみれば、

「昨日勤皇 明日佐幕 その日その日の 出来心」

なのでしょう。

「明日ありと 思ふ心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」

という思いを常に抱きながら。

さて、学校です。

今、この学校にいるのは、在日の人たちがほとんど。真面目に勉強しています。もちろん、留学生が多かった時も、真面目は真面目でしたが、毎月、お金をはらって通ってくるのと、日本に行くのが目的だったという人たちとは、微妙な差がある…ような気がします。

日本について、ある程度の知識があって来ているか、というのも違いになるでしょう。在日の人の中には、日本に来るまでほとんど白紙状態であったという人も少なくないのです。

だから、日本語にしても、真っ白で、どこから囓ったらいいのか判らない状態。若い子はともかく、中には、(聞いても)なかなか聞き取れない、(読んでも)意味が掴めないという人も、少なくはありません。

「どうして、こんなに日本語は難しいのか」と、「N4」が終わった頃から思い始めるようで、その頃から日本語を、そのまま母語に置き換えられないという人たちが出てきます。

「N4」くらいまでなら、「『鉛筆』はわたしの国の『○○』」と理解(?)できたのに、「N4」を超えた辺りから、そうはいかなくなる。

動詞の「行く」にしても、さまざまな単語があるし、言いまわしも少なくはない。…でも、意味は「『行く』だから、意味は『行く』」で、どうにかできていたものが、だんだん、そうは行かなくなってくる。なにせ「行く」一言で終わっているわけではありませんから。

大雑把な理解はできても、一文の中に、文法事項が三つ、四つと重なってしまうと、こりゃ、大変。ベトナムの人にとっては、その中に、一つでも「比較」が混ざっていると、途端にごちゃごちゃになってしまう。

ということで、文法は暗記が一番なのです。判らなくなっても、常にそこに返っていけば、あとは時間が解決してくれる。これを等閑にしておくと、もう、読み取れなくなってしまうし、聞き取れなくなってしまう。

もちろん、語学方面に才能のある人は、何をやっても、同じほどにはできるでしょう。が、そうではない人が、大半ですし、それに母国での初等教育の問題も絡んでくると、もうこれは言語だけの問題ではなくなってしまいます。

もし、彼等が日本文化とか、日本の国自体に興味関心があるならば、そこを取っ掛かりにして、どうにかやっていくこともできるでしょう。ところが、案外、日本のことを何も知らぬまま、来日しているという人も…多い。そして、そのまま言葉の壁にぶつかってしまうと、手も足も出ずに、三すくみのようになってしまう。

日本という国は、日本人が思っているほどには、外国では知られていないのです。それを前提に、いろいろな国の人と付き合っていかないと、うまくいくはずのものもいかなくなってしまいます。

結局は文化かと、時々、思ってしまいます。

日々是好日

「川村学園女子大学」の学生さんが、今日、日本語学校の学生達との交流のため、来校します。

2021-06-03 08:43:20 | 日本語学校
晴れ。

暑くなりました。

近所の植木屋さんの「ブーゲンビリア」が、満開です。この暑さにはよく似合っていますね。わたしが子供の頃には、夏真っ盛りというと、「ヒマワリ」か、「カンナ」の花でしたのに。そういえば、「タチアオイ」の花ももうてっぺんまで咲いていました。

この暑さのせいで、もう「アジサイ」が、へたっています。「アジサイ」を見るたびに、雨が少ないのが気の毒になるのですが、明日は、雨になるそうですから、一息つけるでしょう。

そういえば、こちらでは「アジサイ」がもう旬を越えそうなのに、東京の天気予報の人たちの間では、「『アジサイ』が咲いているのを見たか」というのが挨拶用語になっているようです。向こうよりもこちらの方がかなり「暖かい」ということなのかしらん。もう盛りを過ぎそうだよと言いたくなってしまいます。二つ駅を越えれば、東京なのに、そんなに違うものなのかしらん。

さて、学校です。今日、「日本語」を選んでいる「川村学園女子大学」の学生さんが、この学校の学生たちと交流するために来ることになっています。

今、留学生が一人しかいないので、ちょっと気の毒なのですが、その代わり、在日の方で日本語を勉強している人がいますから、彼等の事情も多少はわかるようになるでしょう。それに彼等のためにもなると思います。こういう人たちは、日本の若者との接点が、思いの外、ないのです。

それで、自国で子供を大学にやりたいと思うか、それとも、子供が育った日本で、大学にやりたいと思うようになるか、まあ、すぐに決められることではありませんから、じっくりとでも考えるきっかけになればと思います。

そして、「Cクラス」です。やっと『みんなの日本語・Ⅱ』が終わりました。今日から、「N4」のまとめに入ります。

中国人学生が多かった頃には、「N2」からでしたね、受験するにせよ。それが、中国人学生がいなくなってから、「N3」からになり、そして在日生が主となった今年は、「N4」となりました。

しかしながら、実際、来日後、初めて日本語を学ぶような人たちにとっては、この「N4」に合格できるまでになることが、とにもかくにも重要なのです。それが、こういう人たちを主に教えだしてからよく判りました。

どうも、しばらくの間は、「漢字圏」の学生に教えていた頃の「名残」というか「残滓」が消えず、「N4」を軽んじていました。それに、「非漢字圏」でも、留学生ですと、「N3」の合格、そして「N2」というのが、常道でしたから。

今、このクラスの学生達は、一文の中に「尊敬語」あり、「使役」あり、「修飾被修飾の関係」ありで、「あ~あ」とか、「もう、嫌です」状態。もう少し落ち着くと(慣れてくると)自然に読めるようになるのでしょうが、それも「N3」を目指しての勉強をしていってからでしょう。

ただ、残念なことに、在日の人たちは、いつやめるかわかりませんし、いつ帰国することになるのかもわかりません。「一応、日本人との交流ができる」くらいの日本語を身につけたいと思っているだけ…という人が大半なのです。このクラスの学生達は、真面目ですから、できれば、「N3」くらいまでは頑張ってほしいと思ってしまうのですが、それも無い物ねだりになるのでしょうか。

日々是好日