日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「毎日が『舞台の初日』。なれない、なれない」。

2011-02-28 08:30:49 | 日本語の授業
 今日も快晴といきたいところですが、今日は雨、この降り方ですと、一日中雨ということになるかもしれません。
 
 さて、今日で2月とも「おさらば」です。全く何と早く過ぎ去ろうとしていることでしょう、如月という月は。2月が始まったと同時に、行事やら何やらかにやらが、目白押しにやってきて、で、押されて押されて、頭の中が何ともかんとも判らぬうちに、どこぞへ追いやられしているような案配です。そして3月になる…のです。とはいえ、3月も「去る」ですからね。もしかしたら2月よりも、もっと速く過ぎていくのかもしれません。

 先週はとても忙しかった…。その上、土曜日に治療院に行ってからは、グッタリとしてしまって、友人の「どこかへ行こう」という誘いも、「申し訳ない。またいつか」と断ってしまいました。こういう友人の誘いは、おそらく自分からは出ることなどしないであろう私のような性格の者にとっては、得難いことであるにもかかわらず(大体、できる限りは応じることにしているのですが。出た方がいいというのは事実ですから。ただ急は困る)。

 というわけで、部屋でぼんやりとすごしてしまいました。といって言われた治療などせずにです。どうも動くという気力が湧かないのです。困ったことです。日曜日は、一日中、ウツラウツラしているだけ。まるで、このまま終わりが来てしまうのではないかと毎週思ってしまうほどなのですが、不思議なことに学生の顔を見た途端、シャキッとしてしまうのです。

 学生はまた学生で困っているでしょうね。ボウッとしているから、「よし、今日は大丈夫だ」と思い込んで近づくと、バッサバッサとやられる。狐にでもつままれたような気がしているかもしれません。

 まあ、そんなこんなで、この仕事をしている限りは、「五日は人並み、二日はどこかへ
半分足をつっこんだ」状態で続けていくことでしょう。

 その上、百年生きようと、千年生きようと、今日という日は永遠に舞台の初日のようなものですから、大変です。なれません。毎日に、「常に失敗の思い」がつきまといます。

 ところで、日本の政治というのは、私たちに一番身近で、その善し悪しで私たちの幸福度も増したり減じたりするものであるにも拘わらず、私たちの視線は、日本の政治からは遠く隔たっています。あるいは隔たっているように感じられるだけなのかもしれませんが。

 何となれば、国民は、数年に一度、自分達の権利を行使することが出来るからです、曲がりなりにも。ただ、これにも「ごまかし」があって、たとえ投票率が10%に過ぎずとも、その10%のうちの1%しか支持されていなくとも、「万歳」という声は毎回聞こえてきます(つまり、誰かが必ず当選しているのです)。

 国民も「おかしい」ということは勘づいているのですが、本来、それをどうにかする、またしなければならない人達が、自分達に都合のいい、この形を変えるはずもありません。別の機関が決めた方がいいでしょうに、その権限も譲ろうとはしません。これでは、他の国の人達から「やはり、日本人は民主主義がわかっていないのだ。それに、その形をよくしていくこともできないだろう。なぜなら、できるようにしてやっていても、それを利用できないのだから」と言われても仕方がないのです。

 自分の国への不満を言いながら、北アフリカで起こっている反政府運動を見ています。「自由」や「民主」という言葉は、自分達から遠く離れているときは、本当に美しく、憧れてしまうものなのですが、いざ手にしてしまうと、どう扱っていいのかわからず、放り出してしまうものなのです。そうではありませんか。自分の国を見るまでもなく、大体、突然に「自由」や「民主」などを手に入れた国は、そんなものです。「民度」が熟していないのです。

 「憧れている」ときには、その言葉に含まれている、ある意味では劇薬、あるいは毒とでも言った方がいいのかもしれませんが、「義務」や「責任」なるものが、見えていないのです。ですから、その存在すら気づいていないのです(知っていたら、独裁の方がいいと言うかもしれません。みんな「混乱」は嫌なのですし、「努力」も嫌なのです。もちろん「義務」も「責任」もしたくないのです。

 「さあ、民主主義国家になった」と言われても、それは形だけのことであって、「これで自由になった。何をしても良い。さあ、仕事をくれ。平等なんだろう」と言うことになってしまうのです。

 「何を以て平等とするか」が欠けているのです。知識も技術もない。そういう人と知識も技術も見識もある人とが同じ給料というわけがないのです。その知識や技術を獲得できるだけ(研修や学習)の時間を、そういう個々の人に与えようとしても、その人は、待つことができないのです。待てないので、「民主主義になったのだろう?平等になったのだろう?だから、くれ!今、欲しいのだ」と叫ぶだけでしょう。

 いやはや、「民主」とか「自由」とか言うものは、つくづく手に負えない代物だと思います。そういうものを考えついた「ヒト」という動物は、元来、オオカミやライオンの持っている能力を何一つ持っていません。鋭い牙も爪もない。強い力も敏捷な行動力もない。人が百獣の王たり得ているのは、ただ単に「多くの人と協力する」力を備えているだけのことなのです。しかるに、それも往々にして忘れてしまう。

もちろん、これは他人事ではなく、己を顧みてもそうなのですが。

日々是好日

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「機体工場見学」。

2011-02-25 08:51:37 | 日本語の授業
 今朝は晴れ、と言いたいところですが、よくよく見ますと、わずかに、青空に薄い雲がかかっています。そして、気温はなんと、現在13度。昼には18度くらいまで上がり、四月並みになるとか。こうなりますと、寝ぼけた「カワズ(蛙)」が冬眠から這い出し、慌てた桜が綻び始めるかもしれません。

 ところで、昨日は、午後から、「羽田空港」のそばにある「機体工場」へ見学に行ってきました。時折、雨がぱらつく中での行き帰りでしたが、大手町でJRで乗り換え、浜松町へ行こうとした時に、ここでちょうど人身事故に出くわしてしまいました。事故に遭われた方はお気の毒でしたが、学生達の中には10名ほど一月から日本語を始めた人もいたので、最初は何が何だか解らなかったようです。

 それに、事情がわからなかったので、自分なりにいろいろ解釈したクリスチャンの学生など「自殺は行けないことです。どんなことがあっても、頑張らなくてはなりません。先生、この人には友達がいなかったのでしょうか」など、頭の中で一人歩きし始めた空想が様々な事を彼に考えさせ、それをいちいち報告してくれるものですから、それでなくとも忙しいのに、またさらに忙しくなってしまいました。

 で、急遽、東西線に戻り、日本橋まで行って、それから浅草線で浜松町へ行き、モノレールで機体整備工場まで行くことになりました。ただ残念なことに既に説明は始まっていて、ビデオ説明は半ばから参加ということになってしまいました。

 工場は17人毎に一グループということでしたので、三つに分かれます。皆は大きな工場にびっくり。ガランとした空間に立っていますと、人の小ささを感じてしまいます。

 見学が終わって工場から出てきたのは、既に4時半を過ぎていましたか。それから写真を撮ったり、お土産を買ったりする学生もいましたから、急がせて帰るというわけにもいきません。といって、ここはいつもの見学ルートとは違い、歩かなければならないところもあり、地下鉄やモノレールの利用など交通も複雑でしたから、「Aクラス」か「BCクラス」の学生が一緒でない限り、下のクラスの学生だけを帰すというわけにもいきません。

 そんなこんなで、結局、帰りは、みんな一緒にモノレールに乗り、大門駅まで行くことになりました。

 しかし、学生達は元気ですね。私など、「行きはよいよい、帰りは怖い」の口で、行きは元気一杯だったのですが、帰りなどグッタリしてしまいましたのに、最後まで元気におしゃべりしています。

 「一月生」のうち、何人かは、この日初めて、「A、B、Cクラス」の学生達に会ったのでしょう。「二年生組」が「先生、知らない学生がたくさんいます」などと言っていました。

 「二年生組」は、もうすぐ卒業です。今年も、最後までがんばらなければならない人が何人かいます。とはいえ、おおかたは進路が既に決まっています。決定してはいなくとも、おそらくは大丈夫であろうということで、どこか落ち着いています。

 それを見ていますと、「一年生組」と「二年生組」の差というものを感じてしまいます。やはり、慣れるまで時間はかかるものなのですね。彼らも、去年の今頃は、やっとこの学校にも慣れたかという程度でしたのに、今ではもう10年以上も日本に住んでいる人のように振る舞っています。大半の者が日本人の表情も、その場の雰囲気も読めるようになっています。これなら、これからもどうにかやっていけるでしょう。

日々是好日
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「春の兆し」。「勉強に集中できる環境」。

2011-02-24 09:00:52 | 日本語の授業
 今日は曇り。時折、雨がぱらつくかもしれないとのこと。先週までは「雪がぱらつく」でも可笑しくはなかったのに、不思議な天気です。「木の芽時には云々」というのは、こういうお天気からも来ている言葉なのでしょう。

 とはいえ、昨日はポカポカ陽気でした。と言いましても、室内にずっといた私にはその実感はなく、外から来た人や、外から戻ってきた人が、皆「暑い、暑い。汗かいちゃった」と言って入ってくるので、「ああ、そんなものか」と思ったくらいで、ストーブとの友達関係は切れません。つまり、外から来た人は「ストーブを切りたい」、私は寒いので「切りたくない」で、心理戦での遣り取りが始まります。

 教室でも、エアコンをつけたり、消したり、下げたり、上げたりを繰り返していました。が、それが「職員室で」ともなりますと、それは当然、居座っている者の方が強いですから、私一人が「だめ。ストーブを消してはだめ」と喚いて終わりということになってしまいます。皆は不服顔で上着を脱いだりしていましたが。

 春の兆しは至る所で見受けられます。帰省していた時には、「ホトケノザ(仏の座)」を見つけ、「おお、春だ」と感動したものでしたが、関東はまだそれほど春が近づいてはいないらしく、このあたりでは「ホトケノザ」は見あたりません。とはいえ、学校の台所の隅に、少し芽を出し、だんだんそれが大きくなりつつある植物が植わっている植木鉢を見つけたのです。あれはきっと「アマリリス」か「チューリップ」に違いないと勘をつけているのですが、どうでしょう。

 去年の春には、玄関にチューリップがあったようななかったような、アマリリスがあったようななかったような記憶しかありませんから、しかとは言えませんが、どちらにせよ、もう少し葉が伸びないことには分かりません。

 スーパーや園芸店では、「上巳の節句」に備え、やや早いかなと思われるものの、鉢植えの「モモ(桃)」の木などが売られています。そうなのです。早いもので、来週はすでに「桃の節供」、三月三日なのです。月日は、本当に矢のように過ぎていきます。ついこの間、「鬼は外」と皆で叫んでいたような気がしていますのに。

 ところで、学校です。
 先日、マレーシアから来ている学生が、「日本語能力試験」の通知を取りに来ました。彼は、併せて半年くらいでしょうか、この学校で勉強していたかのは。家庭の事情が許さず、続けたり、途切れたりだったのですが、学校との縁が切れておらず、前回の「「N4」もこの学校で申し込んでいたのです。そのとき彼が話していたことですが、
「私は、本当に勉強したいのです。けれども、お金も時間も足りない(お子さんが一昨年生まれています)。妻は今、博士課程にいます。再来年には卒業できるでしょう。そうしたら、私と交代です。私が大学院へ行き、妻が子供の面倒をみます」

 彼の場合、奥さんが学会で(日本国内だけではありません)、「やれ、ベトナムだ」、「やれ、ヨーロッパだ」と行くのですが、(これもお国柄でしょうか)そのたびに、親子揃って行くのです。これでは当然、お金が足りなくなるでしょう。飛行機代もかかりますし、ホテル代もかかりますから。日本にいる費用だけでしたら、奨学金だけでも、どうにかなるでしょうが、一年に数回、外で出るとなりますと、交通費、宿泊費などがかさみますから、それだけではどうにもなりません。

 というわけで、彼の場合、奥さんが博士課程を無事卒業するまで、じっと我慢の子と決めているようなのです。

 実は、彼がこの学校で勉強していた頃には、まだお子さんは生まれていませんでした。彼は、まず日本語を勉強し、それから大学院を目指すつもりだと話していました。ところが、子供が生まれ、費用が嵩み、どんどんその目論見は外れていきました。ただ彼が勉強したいという気持ちは本物だったと思います。

 大学院へ行きたいという学生の中には、「(国では仕事がないので)何でもいいから箔をつけるために(どこでもいいから)日本の修士か博士の学位を取りたい」くらいの考えで来ている人もいるのですが、彼の場合は、「勉強したい」「研究したい」という気持ちの方が強いということが、(教えている時にも)はっきり感じ取れました。集中力が違うのです、日本語を勉強している時でも。

 ですから、気の毒なのですが、子供がいて、しかもそういう生活をしていれば、それもしようがないことなのかもしれません。もっとも、そういう生活を、私たちが思っているほどには、不満にも思っていないようなのですが(勉強ができないことだけが不満なのです)。

 日本語の勉強をしている時も、奥さんのレポートを英語訳にするのをいつも手伝っていたようでしたし、そのためか、寝不足の顔で教室に来たこともありました。が、赤い目をしても、勉強は必死にやっていましたから、試験を受けた時、学校来られた時と、学校に来られなかった時とが歴然としてわかりました。これほどはっきりしている人も珍しいと思われるほどでした。

 普通、日本語学校に留学生として来る人は、ほとんどが独身ですし、また私たちもそれを望んでいます。もちろん、結婚は個人の自由ですし、産む産まないも二人の問題です。ただ、留学生としてこの学校に申し込むに当たっては、もし既婚者であるならば、勉強に差し支えないかどうかを、必ず、確かめます。なんとなれば、ここは学校でありますから、当然、勉強したい人(能力は問いません、頑張れる人であれば)が来るところですし、勉強できる人(そういう環境が準備できる)に来て欲しいからです。

 無理なことなら、しない方がいいのです。お金も大してない。才能も際だってある方ではない。しかも子供も欲しい。その上、二人とも大学院へ同時に行きたいというのは、無い物ねだりに等しいのです。何かを手に入れれば、何かを失うことになりますし、ある期間、我慢しなければならないことにもなるのです。

日々是好日
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「英語のレベルチェックと、クラスの仲間の助け合い」。

2011-02-23 08:17:48 | 日本語の授業
 快晴です。雲一つありません。中天に、昼の月とも言いたいような、薄い半月がかかっています。

 さて、私はこの冬、鉢植えの花を三つ買いました。一つは「バラ(薔薇)」、一つは「ツバキ(椿)」、そして、あと一つは「シャクナゲ(石楠花)」です。「シャクナゲ」はまだまだ堅いつぼみですから、店頭で言われたように淡いピンクになるのかどうかはわかりませんが、「バラ」と「ツバキ」は色がはっきりしています。「バラ」が赤で、「ツバキ」が白なのです。

 今朝、この二つの花を見ているうちに、なんだかだんだんおかしな気分になってきました。どうして、この色の、この花を買ってしまったのだろうかと、不思議な気分になってしまったのです。

 私は「『ツバキ』というのは、寒椿のことであり、赤に限る」と、ずっと思っていましたし、「バラ」「バラ」で、「『バラ』の赤は強すぎる。ピンクは軟弱だ。白に限る」と、これもまた、そう思い込んできたのです。ところが、買ったのは全く反対、白い「ツバキ」と赤い「バラ」だったのです。気の迷いだったのでしょうか。もっとも、花に罪はありません。白い「ツバキ」など、すっくりと伸びた茎の先に白い花が咲いているのはなかなか見応えがあり、それはそれできれいですし、赤い「バラ」も小花であるからでしょうが、圧迫感はありません。

 とは言いましても、人というのはおかしなものですね。ずっと思っていたことと全く反対のことを、不意にしてしまうのですから。花なら、それはそれなりに楽しめるでしょうが、花のようなものではなかった場合、かなり厄介なことになってしまうでしょうね。

 早朝から、とりとめもないことを考えてしまいました。おかしなものです。

 さて、学校では、この四月から、上のクラスになる人達に、週一で英語の授業を入れることになりました。「国際関係」や「語学」を大学の専攻に選ぶ学生には、英語はどうしても必要になりますし、そうでない学生でも、一応英語の「イロハ」くらいは入れておいてやらないと、大学で困るだろうとの思いからなのですが、なかなかこういう学校側の気遣いは学生には伝わりにくいものらしく、それぞれがそれぞれの思いでとらえてしまいます。

 それは、自分の英語の力の程度というのが判らないことからはじまったり、母国でろくな教師がいなかったことからくるアレルギーであったりするのですが。一番大きいのは、自分の程度を過信していることから来る思い込みでしょう。日本人ならかなり英語ができる人でも、上があることをよく知っていますから(これが大きいのです。これは、遠慮から来るものでも、謙虚さから来るものでもないのです。上があることを知っているかどうか、その判断ができるだけの力があるかどうかが肝心要なのですが)、なんとかなるのですが、そこまで行っていない人達は、やや厄介な存在となります。

 日本語の中にも他国の言葉はカタカナ語として、かなり入っています。が、その知識だけで「私は英語がわかります」と言う人はまずいないでしょう。けれども、そのカタカナ語程度の英語力しかないにもかかわらず、「わかる。わかる」と、そう叫ぶことの出来る人もいるのです、国によっては。

 その上、あくまで「聞く」「話す」中心の英語教育を受けてきている人達は、日本式の「読解力」を問う英語教育のやり方にはあまり馴染めませんから、「話せ」と言われれば滔々と英語で話し続けることが出来る人でも、さて米英の文学者や識者の書いた文章を黙読させ、英語による問に答えを書かせていこうとすると、はったと筆が止まってしまうのです。

 そういう人達が一つの教室の中で、同時に学んでいくことになるのですから、教える方はなかなか大変です。時間を区切って、それぞれのレベルに合わせてやるしかないのでしょうが。

 ただ、救いはクラスメートの仲がいいことです。昨日、英語のレベルをチェックするために、クラスに入ってもらったのですが(私も同席していました)、英語が全く分からなくて、悲しんでいた学生のそばには、フィリピン人の学生がぴったりと寄り添い、「先生、大丈夫。いつも漢字を教えてもらっているから、今度は私が英語を手伝います」と言って彼女を力づけてくれていましたし、いつもは遠くに座っている学生同士でも、いざ相手が自分を必要としていることがわかると、すぐにそばに行ってくれました。

 こういう学生達を見る限り、この一年間は無駄ではなかったのですね。この中には三名ほど、違うクラスから来ている人もいるのですが、すぐにクラスの雰囲気に馴染めました。これも、彼らの前のクラスと同じ雰囲気だったからでしょう。こういう意味からも、クラス作りというのは大切なのです。みんながちゃんと前向きに勉強しようとしている。それを互いが判っている。そしてそれぞれの辛さ、問題点も(一年ほどを共に過ごせば嫌でも分かるようになりますから)わかる。こうなってくると、教師は「教える」だけでよくなるのです。

日々是好日
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「日本の活力。日本文化の活力」。

2011-02-22 08:52:28 | 日本語の授業
 優しい雲がお空に浮かんでいます。白に縁取られた少し灰青色がかった雲です。もう冬を表すような厳しい雲ではありません。春遠からじですね。

 現在「Dクラス(去年の4月生)」に、新しい学生が三名入っています。皆、「N1」までは合格したいと去年に続けて残った学生達です。時間が許せば、それも出来ます。もっとも、普通の留学生達は二年しか日本語学校にいられませんから、それも不可能なのですが。

 在日のフィリピン人の学生は、お父さんが「日本で大学にやりたい。今のレベルでも入れるだろうが、『N1』まで取らせて、どうせならいい大学にやりたい」と居残りを決めさせたのです。フィリピンでは、全て英語で授業を受けてきていましたから、英語は問題なかったのですが、日本語が一年ほどの学習では、それほどの成績を残すことが出来なかったのです。彼女の場合、日本語学校で勉強しながら、通信で高校卒業の資格も取るために頑張っていましたし。

 普通、留学生ですと、最長でも二年間しかありません。一年で「N1」レベル(漢字圏の学生です。非漢字圏の学生は「N2」レベルくらいでしょうか)にし、それから出来るだけ新聞、DVD、時には高校の教科書などを用いて、一般的な知識を注入していくくらいで、その知識の下に、「考えさせる」、つまり「考える力を養う」までにはなかなか至りません。

 国によっては、ただ「暗記するだけ」という勉強方法で育てられているところもありますし。「考えさせる」教育法は、派生的に、自分の力で現状を見つめ、認識し、それを改善させていこうという力をも養成してしまいます。それが、ある種の国の政府にとっては不都合ならぬ恐怖になるのです。

 「現状を認識する」ということは、その国における「不公平」や「不条理」に対する批判となりますし、現状を変えていこうとする力は、反政府運動などとも繋がりやすいのです。

 日本の場合はどうでしょうか。今の日本人には、そういうバイタリティは見られません。日本人は内向きに、内向きにと視線を己の中へ注ぎ込んでいるように見えます。もちろん、それが悪いこととは、一概に言えないとは思いますが、国や人々の活力、活気というものは、しおたれた空気の中で埋没して見えます。これも、いつの間にそうなってしまったのかわかりませんが。

 かつては、リュック一つを担いで、ヨーロッパを一人旅している若者がたくさんいました。時には政情の不安定なアフリカやラテンアメリカを旅している人も見かけることがありました。みな「自分探し」や「世界を見てみたい」という欲求のもとに、島を飛び出して、外の世界を放浪していたのです。

 それがいつの間にか、わざわざ外へ行くまでもない、つまり「みんな知っていることだ」、「みんな見たことがあることだ」に変わり、「見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん(『平家物語』)」でもありますまいが、野狐禅の生悟りの境地にでも至ったようで、どうもいただけません。

 平和が続けば、江戸期のように、文化の爛熟期を迎えてもおかしくはありますまいに、日本の文化は、どんどん、ひしゃげて薄っぺらいものになりつつあります。その反対に、異文化に飛び込んだ人達のほうがずっと元気で、彼の地の文化を日本的に色染めして、彼の国の人達に認められています。

 どちらの文化のほうがエネルギーがあるのか、当然エネルギーがある方が、「主」となり、弱い方が「従」となります。日本文化には、それらを吸収する力が既に失われているのかもしれません。あくまで、添え物、色つけの材料の一部、酒のつまみにしかすぎぬのです。

 とはいえ、これも運命、「滅びるほどのものなら滅びてしまえ」とまでは、割り切ることができませんが、せめては、自分の世界では、「日本でいたい」と思うようになりました。

 もっとも、そういう自分が外国人学生の中に埋まって日々を過ごしているということ自体、強烈な矛盾のように思われないこともないのですが。

日々是好日
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「春の花が咲き始めました」。「

2011-02-21 08:40:36 | 日本語の授業
 もう二月も下旬です。昨夜も雨が降りました。「ロウバイ(蠟梅)」が終わりに近づき、水戸の偕楽園では、「梅祭り」が始まりました。伊豆では「カワヅザクラ(河津桜)」が咲き始めたとか。

 花の話題で巷は盛り上がっています。いいですね。ふと学校のベランダを見ると、「サザンカ(山茶花)」が頑張っている、その傍らで、「ジンチョウゲ(沈丁花)」がぐっとつぼみを膨らまし、赤みを増しているではありませんか。今週も中盤から、暖かくなると言いましたから、もしかしたら、一つか二つはかわいらしい花を見せてくれ、かぐわしい香りをたててくれるかもしれません。

 昨今のように、やれ不況だ、やれ(就職)氷河期だとかいうことばかりみみにしていますと、花の写真やら話題やらを見たり聞いたりするだけで、心が和みます。これからは雪ではなく、花が「列島」を支配していくのでしょう。こういう「支配」なら、誰でも大歓迎です。

 北アフリカで、自由を求める人達のデモが続いています。インターネットをいくら規制しても、ここまでグローバル化が進み、他国へ留学、あるいは仕事で行く人達が増えてしまうと、却って「国家による規制とはなんぞや」ということになってしまいます。

 もちろん、国民の大半が貧しく、他国へ行くなど夢のまた夢であったり、教育を受けるという権利さえ侵害されている国の民なら、どうかはわかりませんが。今時、西欧に近い北アフリカで、どんなに教育をうけていなくとも、人間は目で見、耳で聞くことができますから、(国家権力が)壁を作ろうとしても、それは無理なことです。

 国家の指導者からしてみれば、ここがなんとも切ないところでしょう。「自国を強国にしたい。世界で尊敬されるような国にしたい。」と、そう、国の指導者が思うなら、国民の資質を上げて行かなければなりません。とはいえ、何事も形からですから、そうなりますと、いちばんてっとり早いのが知識を与えていくことです。資質や国民性は一朝一夕には変えられません。しかしながら、そうなりますと、国民が自分の意見を持つようになり、「主張」し始めます。指導者にしてみれば、これは困る。言いなりになる国民が彼にとってはいい国民なのですから。

 では、どうするか。エリートには徹底的に「高いレベルの教育」を施す。けれども「『支配されて然るべき民百姓』には、『中程度の教育』しか施してやらない」という二極分割を政策の一部としてやるのです。

 そうすれば、大半の国民は知識がないのですから、彼らの主張は誰が聞いても愚かな独りよがりのものとなります。「理路整然」とか、「客観的に」などとは無縁のものです。

 こうして国民を「教育」することは、それほど難しいことではないでしょう。皆が大学へ行きたいと言えば、大学はたくさん作ってやる。けれども、まともな教師や研究者をやらなければいいのです。大学さえ出ていれば大学生など教えるのは簡単と、誰でもある程度の(指導者達の望む)資格さえ備えていれば、教授にしてしまえばいいのです。

 そういう人達に育てられた人達は、そういう人達以上のレベルにはなれませんから(知識の上では)、国家は安泰というわけです。こういう国においては、義務教育においては、だれでも同じレベルの教育を受けることが出来るなぞとは戯言です。それ以上の教育においてをや。

 日々是好日
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「何かあったら、すぐに言いに来なさい。」

2011-02-18 08:23:28 | 日本語の授業
 今朝は雨です。家の中でも雨音がはっきり聞こえるほど本格的な雨です。まるで梅雨時の雨です。今週初めの、あの雪は、いったい何だったのでしょう。強く強く押され、固く固く作られていた雪だるまは、昨夜までしっかりとした原型を保っていましたのに、この雨できれいに流されていました。

 春が近づくということは、冬の姿が消えていき、それが面影と化すること。こんな道理、判ってはいるのですが。けれども、良きにつけ悪しきにつけ、また思い入れがあろうとなかろうと、あったものの姿が見えなくなるというのは寂しいものです。

 窓に打ち付ける、ビシビシという音を聞きながら、そんなことを考えています。

 さて、昨日、学生が一人、「先生、一昨日から耳が痛くて、眠れなかった。まだ痛い、触ると痛い」とやってきました。彼女は学校の近くに住んでいませんので、何かあったからといって、すぐに私たちが行けるわけではないのです。それで、初めは寝ていたものの、とうとう耐えかねて学校へ来たというわけでしょう。

 ところが運悪く、学校に一番近い病院は木曜日が定休日です。それで、彼女の帰りを考えて、駅の近くの病院へ行くことにしました。けれども、まだ昼休み。始まるのは午後2時半からです。それまでは、授業を受け、病院が始まる頃に行くことにします。

 学生達は(と言いましても、これは国内外を問わず、日本人でも同じことなのですが)、何かあった時にすぐに学校に言ってくる者と、その反対に何も言わない者とがいます。すぐに学校に言いにくる者にしても、自分で出来ることまで、学校側にやらせようとかかっている者もいれば、自分が出来ないから手伝ってもらえないだろうか、あるいは教えてもらえないだろうかとやってくる者もいます。

 なかなか学校を頼らない学生にしても、遠慮して来ないという者から、勝手に自国流を押し通し、最後に出来ないと泣きついてくる者まで様々です。在日の身内がいるから大丈夫かというと、そんなものでもなく、この身内からして、何年日本にいようと、自己流をただ押し通してきただけという人までいるのですから、大変です。下手に信用していると、学生まで大変なことになってしまいます。

 一人一人事情(背景)が異なり、しかも、それにそれぞれの性格までが絡み合って、時々ため息をついてしまうようなことが起こります。こちらの思いがうまく伝わらないというのも稀なことではないのです。というわけで、学生を大雑把に分けてそれで事足れりとするわけにはいかないのです。

 彼女の場合は、遠慮していたようで、「そんな遠慮は必要ない」ということをクドクドと、クドクドと言い聞かせました。学校が既に彼女を学生として受け入れたわけですから、在学中は学校が責任を持って世話をします。とんでもないことをしでかせば、また話は別ですが、普通の学生生活をしていれば、何かが起こったとしても、まずは学校が世話が出来る範囲内のことです。

 特に病気であれば、尚更のこと。(学校に面倒をかけるから、それで)申し訳ないとか思う必要など全くありません。だれかそのとき、授業のない教師が連れて行けばいいだけのことですから。そんなことを考えていて、手遅れになってしまったほうが、大事(おおごと)です。

 病院へ向かう道で、また病院の待合室で、繰り返し繰り返し、また様々な言い方で(例を含めながら)彼女に言ったのですが、さて、私の言わんとしたことは、ちゃんと伝わったでしょうか。
 
 まあ、診察の結果は病気などではなく、大したことがなくてほっとしましたが。

 日々是好日

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「国毎の違い。日本の大学院で、頑張れるためには」。

2011-02-17 08:38:05 | 日本語の授業
 今朝は曇り。夜には雨になるそうです。少し温めの気温。春遠からじなのですね、やはり。

 いつも三階からスカイツリーが見えていたのですが、今日のお天気では無理、どこか靄の中に包まれているような気分です。

 数年前のことでしたが、中国人の学生と話している時に、どうしても理解しがたいことがありました。国の政治体制というものは、瑣末な部分にまで影響を及ぼしています。

 私たちから見れば、大学を卒業したての者が、企業の中でそんな決定権を持っているはずがない…のですが、彼らはあると言うのです。しばらく考えて判りました。大体が個人が決定することなど出来ないのです。国が決めているのですから、全部、大切な部分は。

 日本では、地位が上がるにつれて個人的な裁量で出来る部分というのが増えていきます。これがかなり下の方まで国が決めていますと、だいたいからして小さなことしか決定できないのですが、それが個人の出来る最大のことですから、自分が全て決めたと言えたのです。

 自由主義国の怖さを感じました。中国や共産圏の国は、ほとんどの部分を全部国が決めてくれますから、楽と言えば楽ですね。自由の怖さ、責任、義務というのを感じずに済みます。

 それと似たようなことなのですが、中国人は「教授」という存在をそれほど畏れてはいないようなのです。大学の事務職員のほうが、ずっと地位が上だと思っているようなのです。彼らが言えば、教授は、その指示に従うほかないと思っているような節が多々あるのです。

 もっとも、中国では、大学(のみならず、全ての企業においてでしょうが)を牛耳っているのは共産党員による組織ですから、それも宜なるかな。出世すれば、(組織の上部である)事務局の方へいけるというわけで、中国人が日本の大学教授を、知識や技術はあるかもしれないが、大学内において力はないと思ってしまうのも、当然のことなのです。彼らの国が、だいたいそうだからなのでしょう、もちろん特殊な例外はあるでしょうが。

 こんなことで、教授の方を軽んずる彼らを責めてはならないのでしょうが、けれども、日本と中国は違うと教えておかなければ、まず、日本の大学や大学院で失敗します。日本の大学の教授会は、学内で力があります。個々の教授も彼らが思っているよりは力があると思います。

 本当に難しいですね。以前、バングラデシュの学生がこんなことを言っていました。「日本の大学の教授はやさしいし、学生を、まだ対等に扱ってくれる。自分達の国では、学生は教授の召使いか奴隷にでもなったかのように、家の用事でも掃除でもなんでもやらされる」。まさかァと思いましたが、実際、本当のことはわかりません。バングラデシュには行ったこともありませんし、また行けたとしても、そういう事態を目にすることはかなわないでしょうから。

 ただ、日本の教授がいくら親切そうに見えても、彼らの専門分野に関しては、決して譲らないと思います。同様に、自分の学生についても責任を持ちますから、学生の方でもそれに誠実に対さねば、先生に精神的に捨てられるということにもなりかねません。

 一般に教授と言われている人達は、その専門分野に大学生の頃から関わり、30年、40年と研究を重ねても倦むことを知らぬ人達と見るべきです(最近は、そうではない人達もふえているようですが)。特に大学院へ入りたいという学生には、自分と同じ気持ちをその専攻分野に持っているかどうかを見ます、普通は。

 つまり、日本語の能力が、それぞれの専門を理解するに足るものであること以外には、その分野に対する情熱が鍵となるのです。何でもいいから大学院に入りたい。何を選んでいいか判らないから、一番入りやすいものを選んだなどという学生に対しては、(まともな教授は)門前払いを喰らわせるでしょうね。専門分野に関する知識の有無、多寡は、それぞれの国のレベルで制約があるので、あまりつよく要求できないのですが、情熱だけは見て取れますから。

日々是好日
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「昨日の雪」。「一月開講クラス」。

2011-02-16 08:43:05 | 日本語の授業
 昨日は雪の中を、ヨチヨチ歩きで出勤したのですが、今日はまたなんと美しい青空でしょう。足下が悪いと、下ばかり見て歩いてしまいます。そして目の下に拡がっているのは、真っ白い雪ならぬシャーベット状の土混じりの氷、所々で固まっていますから、それこそ用心しいしい歩いて行かなければなりません。

 ところが、今日のようにお日様が微笑んでくれていると、自然に上を向いて、「ツバキ(椿)」の蕾を発見したり、木の上の子猫と出会ったりと思わぬ発見が出来、心まで晴れやかになっていきます。とはいえ、よくよく考えてみますれば、この雪も、おそらく、春の訪れを遅らすべく、冬将軍が(春の)足を引っ張ってのことでしょう。もう「逃げる」の二月も中旬を過ぎました。今さら、冬将軍が何をしても、自然の流れ、春はやってくるでしょうに。

 昨日の朝、新聞を取りに、階段を下りることさえ出来ませんでした。それでエレベーターを使って新聞取りに行きました。情けないことです。しかし、階段の雪がシャーベット状になっていて、滑るのです。道もそうでした。それで一歩一歩踏みしめるようにして、学校まで来たのですが、ここでまた一難。階段がツルツル滑るのです。手すりにつかまりながら上がっていって、それから階段の雪落とし。

 上の方はいいのですが、下はそうはいかない。上から順繰りに落としていくので、下の方はかなり重くなっていて、氷が階段にしがみついているのです。まったく根性ものです。はがそうとして、押してみても引いてみてもびくともしません。それで、下の方は、やっとこさ足が下ろせるくらいのところで勘弁してもらいます。

 そうやって、どうにか一番下の段までいけたのですが、やはり素人はいけません。下まで落とした、これで終わりと思いきや、自分がまた上へ行こうとすると、滑るのです。落とし方が不十分だったようで、それが固まっていたのです。水気を全てぬぐい去るように落としていかなければならなかったのに、中途半端だったのです。それでまた押すようにして落としていきます。ところが、もうこれだけで汗びっしょり。本当に、これは難しいし、大変な作業です。

 わずか二三㌢の積雪でも、素人と玄人の差は歴然たるもの。雪国の人が、「屋根から雪を落とせばそれで終わりってもんじゃない。その前に、下ろす場所を下に作っておかなければならない。とはいっても、どこもここも雪、雪、雪。いったいどこに雪を捨てればいいというのだ」

 昨年末から今年にかけて、世界有数の雪国の各地で、記録的な大雪に見舞われていました。一日で1㍍を優に越え、中には2メートル近くも降ったところがあったそうですから、こんな日が何日か続けばすぐに5メートルか6メートルは積もってしまいます。雪を集め、雪を捨てるためのトラックがフル回転で往復しても、後から後から雪が降ってくるので、きりがないのだそうです。「雪に追われる毎日」の雪国。

 ところが、ここでは、わずか、二三㌢の積雪、そしてその後始末で、もう音を上げてしまっているのですから、全く情けない。私は階段だけでへばってしまいました。

 ところが、学校です。不思議なことに、昨日、一日中、雪の話題が学生達の間から出ませんでした。毎年のように、(学生達に)雪を聞かれ、いったん粉雪でも降ろうものなら、授業にならなかったほどなのに、思えば奇妙なことです。

 さて、一月開講のクラスです。このクラスでは、一日大体一課を目標に授業を進めているのですが、「初級1」はどうにかみんな頑張ってついて行けているようです。もちろん、一日でも休むと、すぐについて行けなくなりますが、そのことがわかって、頑張っている人も多いのです。

 まずは、教師の言ったとおりに勉強すること。この中には、宿題だけでなく、授業中の態度も姿勢も含まれます。こういう進度の場合、「個人で出来ることは個人でやる」式にならざるを得ないので、勉強をする習慣がついている人には向いていますが、家で勉強をする習慣がない人にとっては少々きついでしょうね。

 しかしながら、毎日、「ひらがな」や「カタカナ」を覚える作業を授業でやることほど、むなしいことはありません。それは各人の努力でどうにかなることであって、教えてどうにかなるようなことではないのです。学校で一斉に書き方や読み方を教えたあとは、各人の能力に応じて覚えていけばいいことなのです。それからは、毎日の宿題やディクテーションなどを通じて定着を図ればいいことで、それは一斉授業でやる範囲になるでしょうが。

日々是好日
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「今日、明日、明後日。『江戸東京博物館』から戻って」。

2011-02-10 12:27:49 | 日本語の授業
 今朝、早朝の風は、北西風のようでした。この時期、少しでも風が吹くと身体中の熱が奪われていくようで辛いのです。しかも、北西の方角からのものと思うと、「シベリアからかあ」と、そのシベリアという音に、体の方が勝手に反応してしまいます。。

 さて、昨日は、二年生グループの皆で、「江戸東京博物館」へ行ってきました。「纏」を持ってみたり、「人力車」に乗ってみたり、それから、江戸時代の「駕籠」に乗って殿様気分になったりと、見るだけではなく、あの時代の人になって楽しめたようでした。

 そして、最後には、三階の、ありとあらゆる「福」を飾り付けた「大熊手」の前で写真を撮り、世界中の福を独り占めにして、帰ってきました。まだ合格できていない人も、これで神様との縁ができたわけで、あとは人事を尽くすのみでしょう。

 この、「江戸東京博物館」というのは、例年、卒業を控えた学生達を連れて行っているので、私たちにとっては珍しいことでも何でもなかったのですが、館内で、ふと周りを見まわしてみますと、学生達は、あっちでもこっちでも、何かしら活動をしており、いすに座ってぼんやりしているという人は、いなかったのです。これまでは、必ず、何人かがすぐに飽きてしまい、つまらないと文句を言い始めたりしていたものですが、今年の学生の中にはいなかったようですね。これはいい傾向です。

そして、今日。昨日連れて行けなかった学生(一年生グループ)には、「昨日は楽しかったよ。来年は日本の歴史を勉強してから連れて行くからね」と言っておきます。写真が出来たら、彼らもそれを見るでしょう。そして来年になったら、今、写真を見ている彼らが、今度は、その写真の中の人となり、次の一年生グループに私がそれを話していることでしょう。思えば不思議なことです。

日々是好日
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「みぞれ」。「午後から『江戸東京博物館』へ」。

2011-02-09 10:19:02 | 日本語の授業
 朝、外を見てみると、「みぞれ」が降っていました。ここ二三日、寒さが緩んだなと思っていましたのに、その心の弛みを見透かされたようです。
 もっとも、今はもう止んでいますが。

 今日は、「午前のクラス」の授業が終わった後、「二年生グループ」を連れて、「江戸東京博物館」へ参ります。もちろん、午後にも「一年生グループ」の授業が残っていますから、教員は二手に分かれます。一組は学校に残って授業をします。全員で行けないのは残念ですが、「日本語も分からない。従って日本に関する知識もほとんどない。当然、日本の歴史なぞ知らない」と、まだそういう段階の人達であってみれば、わざわざ学校の授業時間を割いてまで、学校が連れて行く必要はありません。

 せいぜい「わあ、きれい。これ、面白い」で終わりです。それくらいなら、(学校に)残って、「一課」でも「何行」でもいいから、基礎の勉強を進めた方がいい。

 もっとも、「二年生グループ」であっても、「N2」レベルに、やっと届くかどうかという人達と、「N1」レベルにすでに届いたか、あるいは去年の7月段階で超えていた人達との差もまた、大きいのです。

 「日本語学校」という名前から、往々にして見逃されがちなのですが、教える内容も、そしてそのレベルも一律ではありません。どの学校も同じように、ただ「イロハ」だけを始終口にさせているというわけでもないのです。「英語学校」と同じように銘打っていようとも、レベルや内容が違うように。

 もちろん、これは、需要と供給の問題ですから、どちらがいいとか、悪いとかの問題ではありません。「緩やかに、教えていって欲しい。これまでも勉強で頑張ったことはないから。できれば、卒業してから、どこかの専門学校にでも入れれば、それでいい」くらいに思っている人達への教え方や授業の進度が、「どうあっても大学へ行きたい。一生懸命勉強するから大学へ入れるような力をつけて欲しい」と思っている人達へのそれとは、全く異なっているように、どういう学生がその学校にいるかで、変わってくるものなのです。

 本来ならば、「ゆっくり、のんびり」式を望む人達が行く日本語学校と、「頑張るんだ」式を望む人達が多く行く日本語学校との、棲み分けが、きれいに出来ていればいいのですが、そういうわけにもいかないというのが実情ですし。

 なにせ、向こう(外国人留学生)から見れば「日本は遠く、自分が行かんとする日本語学校がどのような学校であるのか、正確なところはわからない」でしょうし、こちらから見ても「彼らの国は本当に遠く、彼らの気持ちや望みが入学願書に書かれた通りのものであるかどうかは掴めない」のですから。

 というわけで、ほとんどの日本語学校では、せいぜい卒業までに「『上級』の教科書を終える」程度で、送り出すことになります。けれども、これでは、うまくいかないのです。そのレベルで大学へ入れたとしても、本人が、そこで、一年か二年は苦労することになります。

 まあ、日本語学校の教員はその方が楽ですからいいのですが。「上級後」を教えていくのは難しい。面白いと同時に難しいのです。そこには、必ず教えていく上での哲学が必要になります。哲学と偉そうに言ってしまってから、こう言い換えるのは少々面映ゆいのですが、要するに「考え」です、教えていく上での。

 そのためには、入学してから出来るだけ早いうちに、彼らが何を望んで日本へやってきたかを知らねばなりません。ところが、相手の心の内を察するのに長けている民族は、相手が望んでいるであろうことを言おうとします(こういう人に限って、自分の心を見失っており、人の気持ちや心を推察するには長けているけれども、己のことは全然判らないということになります)。

 「先生は、頑張って欲しいんだな」と察すれば、ニコニコして、さも頑張るんだというポーズを取って、「頑張ります」と言います。けれども、実際には頑張れませんから、すぐに崩れてしまいます。期待されているとわかると、その重さに耐えきれなくなってしまうのです。それに、根が正直ですから嘘はつけません。ただ、いい顔はしていたいのです、認めてもらいたいのです。「あなたは、あのとき、ああ言ったでしょう」と、非難されるのは辛いのです。

 こういう人はそれなりに毎日学校へ来てもらうだけでよしとせねばなりません。多分、それがこういう人が頑張るという姿なのです。少なくとも、人に嫌われたくないという気持ちはあるのですから。ただ「勉強は、頑張れない」。けれでも、考えてみれば、「勉強に頑張れないだけで、あとは適当にできるのですから、大したものです。嫌われないようにする、いい人と言われようとする努力はきちんと出来るのですから、それ以上望むのは愚かであると(もう日本に来てしまっているのですから)、我々としても己に納得させるしか手はありません。

 はじめの頃は、私でも、「学校へは行く。休まない。でも目的はアルバイト」という人を、一人一人捕まえては、一生懸命、説得したりしていました。「焼け石に水」と判っても、「(頑張らないで日本にいても何にも得られないことを)知っていて教えない」のは教員としての仁義に反すると思ってしまい、そんな馬鹿なことをしていたのです(やくざみたいですが)。

 もちろん、相手は日本語が出来ませんし、私にも相手の民族の言葉は分かりません(この相手というのも、アフリカのある国から来た人であったこともありますし、インド圏のある国であったこともあります)から、言葉を介在とすることは出来ません(とはいえ、私は日本語で押し通します)。けれども何度も何度も繰り返しているうちに、判るものなのです、不思議なことに。「先生は、頑張れ。勉強しろと言っている」と、私の表情なり動作なり、声の大小、調子などで判るようなのです。それにこちらの情熱も(多分、ド迫力で)。

 ところが、「通じたから、いいか」というと、問題はそう簡単なものではなく、今度は向こうが「(先生に)悪いことをしている。自分は悪い学生なんじゃないか」と思い込んでしまうのです。こういう学生は休みませんから、毎日学校へ来て勉強しています。そうすれば、少しずつでも上手になっていきますす。すると私たちもまた欲が出てくるのです。「大学は無理でも、短大には行かせてやりたい。そうすれば、大学へ行く道が開けるかもしれないから」とか、そういった、ある意味では相手無視の、勝手な、「余計なお世話式」の「独りよがり」なのですが。

 そうすると、学生の方では苦しくなるのです。「学校へ行けば、先生が『頑張れ。もっと勉強しろ。君なら、もっと頑張れる』と言う。でも、実際は、私は頑張るのは嫌いだし、頑張れない」。で、学校に来なくなることもあるのです。

 「頑張れる」人かどうか、「頑張れよ」と言っても大丈夫な人かどうか。それの見極めも必要になってきます。

 今はもう慣れましたが、日本人から見れば「ダラダラ」しているように見えるその行動パターンも彼らの民族性とか国民性から見れば、決して「ダラダラ」でも、「タラタラ」でもなかったりすることもあるのです。

 初めて迎える民族とか、国の人であれば、まずは用心して見ます。つまり観察期間。それが一巡すれば、それなりの迎え入れ方ができるようになります。もっとも、そうは言いましても、卒業させる頃になって、やっと気がついたなんてこともありますけれども。

 最近の例ですが、「中国人」と言えば、日本人は皆漢字で書かれた「漢文」が読め、理解できるものと考えます。けれどもそれがそうではないのです。たとえ大卒者であろうとも、二年間、私たちが日本語を教えた後では「中国語で書かれた文章を理解する力」よりも「日本語で書かれた文章を理解する力」の方が、すでに上になっているという「中国人」もいるのです。「中国人」という看板に踊らされて、漢字が判るものと思い込みで教えることの危険性を、やっと、この頃、気がついたのです。本当に情けない。

日々是好日
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「雨」。「ヒトと細菌。学習する粘菌。農業をする魚、虫。道具を使う鳥」。

2011-02-07 08:26:46 | 日本語の授業
 昨晩、雨が降りました。それも、小雨といった程度だったのですが、春先の雨は黄金よりも尊いとか。特に今年のように、「カラカラ予報」が出るような年には。しかしながら、久しぶりの潤いです。今朝の空気にも、心なしか雨の匂いが残っているようでした。

 実は、動物や自然を扱ったテレビ番組などを見ているときに、(私の)子供の時分とは随分違うことに気がつきました。私たちが子供の時見ていた、こういう番組では、「ごらん、世界にはこんな不思議な生き物がいる。そして、こんな変わった生き方をしているよ」とか、「ごらん、世界は神秘に満ちている。あなたの知らない世界は、こんなにある」とかいった風で、人々の好奇心をそそる、あるいは、憧れさせ、世界へ飛び出させようといったものでしたが。

 ところが、昨今のこういう番組は、視点が違うし、人々への訴えかけも違うのです。
 人も動物も植物も細菌も、この地球という星に育ち、存在しているものすべては、繋がっている。ここにある一つ一つは、存在していること自体が奇跡なのだ。それなのに、ヒトという1種類の動物がそれを傷つけ、破壊しようとしている。それでいいのか。

 そういう問いかけが表にも裏にも含まれているような気がするのです。もっとも、出来るだけ教育臭を与えないようにしながら訴えているのですが。もとより、一人一人にそういう自覚をもってもらうためには、押しつけになってはなりません。押しつけられたと、見る人が、少しでも感じたら、それは逆効果になってしまうでしょうから。

 ここ数年で、科学は進み、最近では、粘菌が学習することが確認されたり、人間以外にも道具を使う動物や鳥などが次々に発見されていますし、農業をする虫や魚などの存在も伝えられています。

 何を以てヒトは動物界の雄を叫ぶのか、その土台が揺るぎはじめているのです。これはヒトのDNAの解明が進んでいくと共に、霊長類と称すること自体が奇妙奇天烈なことではないのかと思う人が増えていることと連動しています。そして、昨今の、自然界、また科学の世界での度重なる発見です。

 今まで、下等動物扱いしていた細菌に祖先の姿を見たり、己と同質のものを感じたりする人が増えてきました。そうなると、もう、人々は「自分は一番」というかけ声だけでは動かなくなります。

 個人が「火事場の馬鹿力」で以て様々な分野を征服していくためには「自分はすごい。」と思い込む必要があるでしょうし、国単位で発展していくためには、「自分の国はすごいのだ。これも出来る、あれも出来る。自分の国が一番なのだ」と相手を見下げ、うぬぼれていく必要があるでしょう。

 成熟した社会では、たとえ、ある種の人々がそれを叫ぼうと、その様子を冷ややかに見たり、そうすること自体を愚かしいことと見ることの出来る、いわゆる知識人層が存在していますし、それをあらゆるメディアで訴える自由もあります。ですから、たいていの場合は、意見が一つになると言うこともないし、また個人にしても、己の限界をあらゆる機会に知らされていますから、謙虚になるのが普通なのです。

 とはいえ、愚かしい操作によって、虚妄の発展を遂げていくのではなく、人も社会も豊かな発展をしていくためには、いったい人に何が必要なのでしょうか。

 まず己のレベルを知ること。これは痛いほど感じます。なぜ、どうして、こんなに自分を傑物だと思えるのだろう。努力もせず、また、現実に、数字や各種の結果が出ているにも限らず、それでも、その自信が全く揺らがない人がいるのです。

 それから、好奇心を持つこと。そして、何でもいい、好きなことを見つけること。

 これに尽きるのではないでしょうか。

 確たる証拠もないのに、己を人よりも図抜けた存在であると信じて疑わない人、その場にただいるだけで何に対しても好奇心を示さない人、好きなことを問われても何も答えられない人。そういう人が多すぎるのです。

 願わくは、彼らがこの日本にいる間に、己のレベルを認識できますように。また何でもいいから好きなことを見つけることができますように。できうれば、己の心を開いて、「好奇心」という宝物を潜在意識の裡から掘り起こすことができますように。

 本当に、それができなければ、日本にいても無駄だと思うのですが(おかしなものです。日本人は日本人のことをそういっているのですが、ある国の人を日本人と比較していくと、日本人の方がよっぽど、身の程を知り、好奇心があり、好きなものがあるように思えてくるのです)。

日々是好日
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「風邪…『鬼の霍乱』」。「(学生達が行く)近くの病院、やさしい先生」。

2011-02-06 14:44:41 | 日本語の授業
 さて、先週の金曜日、学校で、このブログを書いているときに、首から下の関節がガクガクしてきました。前夜、背中の辺りがゾクゾクッとしていましたので、「こりゃあ、風邪をひくかな」と悪い予感がしていたのですが、どうもそれが本当になったらしいのです。それであわてて友人に電話しますと、早めに学校に来てくれました。それから彼女の言うとおりに学校の傍の病院へ順番取りの電話をしたのですが、うまく出来ないのです。どうもあちらのコンピュータのせいなのか、それとも、私との相性が悪いのか、順番を告げられてそれで終わりかと思うと、病院へ来る人の人数に戻ってしまうのです。

 もう、こうなったら、行くしかないと、彼女が来た時に、病院に番号札を取りに参りました。四番。まあまあです。それからまた学校に戻り(歩いて二、三分の所にあります)、その日のブログを書き上げてしまいました。

 年をとると不思議なもので、風邪でも、「来るな、来るな」とわかりますし、ゾクゾク加減でどれほどの熱か勘を働かせることもできます。私はだいたい低温動物の類で、日頃でも体温が36度はありません。それで、37度を超えると、関節が痛くなるのです。私の姉などは平温が37度近い高温動物でしたから、38度でも平気で出社し、平然と仕事をこなしていましたが、私などはそんな芸当はできません。

 診察が始まる9時少し前に行って見ますと、何人か待合室に座っています。ここの良いところはいつでも予約が出来るということ、順番が判ると言うこと、そして今何番の人が診察しているかが電話で確かめられると言うことなのです(もちろん、受付の人が個別に対応してくれるわけではなく、コンピュータが応じてくれているのでしょうが)。

 看護婦さんに、先に体温を測るように言われ、測ってみますと、37度6分。自分の予想よりも少々高かったような気もしましたが、ある程度以上になりますと、もうわからないと言った方がいいのです。それから30分ほどして診察してもらいます。やさしいお医者さんで、以前学生を連れてここへご厄介になったときも、日本語の不得意な学生のために、わかるように言葉を選んで、しかも辛抱強く相手をして下さっていたのを覚えています。英語圏の学生には、少し遠いのですが、(学校から)歩いて五分くらいの病院に英語のわかる医者のいる病院がありますので、そちらに連れて行っています。

 昨夜ゾクッとしたこと。今朝、少々身体の節々が痛くて耐えきれなくなった事などを話しますと、風邪の引き始めであろうと、それでも既に37度6分あるから、熱冷ましも入れておこうと、咳が出ると言いますと、咳止めも入れておこうと、それから漢方を入れても大丈夫かと聞かれましたので、大丈夫と答えます。

 そして、4日分の薬を処方してもらい、薬屋に買いに行きます。それから、学校へ寄り、外から授業中の友人へ「帰る」と告げておきます。後は、いいように友人がしてくれていますので、安心なのですが、不安なのは自分です。

 いつもですと、これくらいの熱で、もう頭もやられて考えられなくなってしまうはずなのに、なぜか今回は頭だけはしっかりしているのです。とはいえ、身体は動かない。引きずるようにしてうちへ戻ります。それから胃の腑にものを入れてから、薬を飲みます。おそらくは既に38度は超えていようと、熱冷ましの薬も飲んでおきます。そのまま寝てしまい、目が覚めたのは2時半頃。少し気分がよくなっており、これなら何とかなるかと、また少し食べて薬を飲みます。ただ6時間経っていなかったので、熱冷ましの薬は飲みませんでした。

 どうも、これがいけなかったようなのです。寝ていてもだんだん頭がぼんやりしてきて、様々な生活音が入ってくる(多分小学生達が帰ってきたのでしょう)、それと共にいろいろな事が思い出されてくる、頭は重い、寝ていても眠れず、それでいて苦しい。身体がきついので、起き上がれないのです。そういう風にしていても、またいつの間にか眠ってしまったのでしょう、目が覚めた時には既に真っ暗になっていました。8時半頃でしたろうか。

 また少し食べようと思っても(食べなければ薬は飲めませんから)、今度は先ほどと違い、食べ物を見るだけで吐き気がしてくる。それでも何とか、うどんの一筋か二筋ほどを呑み込んで、また熱冷ましも飲みます。何度か友人から電話が入っていたらしく、受けたのは一度だけでしたが、どうも電話をするのも受けるのもケッタルイ。

 そして、土曜日。少し生き返ったような気分なのですが、やはり咳が止まりません。おかしいな、咳止めも入っていたはずなのにと思いはしたものの、ぼんやりとそのままにしておきました。この日も1日の三分の二は寝ていたと思います。けれどもきつい、全身で咳をするような案配なので、身体が休めないのでしょう。

 そして、日曜日です。朝、1種類の薬がやけに余っているので、ふと見てみると、一回につき二錠と書いてあるではありませんか。どうも咳止めの薬を一錠しか飲んでいなかった故の苦しみだったようで、全くなっちゃいませんね。

 で、学生達です。私が休んだことで骨休みできたでしょうが。そのことを、代わりに面倒をみてくれた友人に聞きますと、「早速言ったわよ。『鬼の霍乱』だって」。全く!全く!前日に節分で「鬼」を入れていましたから、さぞかし理解できたでしょうね。それから、「先生は『もう年なんだから』と言ったわよ。そしたら、学生達が、『私たちの口からはとても言えない』と言ってたわよ。ハハハハハ」

 何でも、授業の「つまみ」にしてくれるいい友人です。

 彼女は月曜日も辛かったら来なくてもいいと言ってくれましたが、このまま寝ていては何を言われるか判りません。己のためにも早く復活せねばなりません。

日々是好日
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「春の足音」。「『節分』と『巻き寿司』」。

2011-02-04 08:47:22 | 日本語の授業
 今朝も快晴。少しずつ春の足音が聞こえてくるような、そんな今日のお天気です。「ロウバイ(蠟梅)」の便りは二週間ぐらい前でしたろうか。最近はスーパーなどで、鉢植えの「スミレ」が売られているのを見かけます。「ナノハナ(菜の花)」も、先週、河原の土手で見かけましたし、今は「ウメ(梅)」が一輪一輪、綻んでいくのをのを待つばかり。

 どうも、日本人は、季節を先取りしたがります。「サザンカ(山茶花)」が咲くまでは、まだかまだかと焦らせ(花にしてみれば、うるさい奴というところでしょうが)、いったん花開いてしまうと、楽しむどころか、今度は「ツバキ(ツバキ)」はと、来てしまいます。

 そして、その時節に来るべきものが来ると、「ああ、冬は終わったのだ」という感慨を催すのです。時間は、カレンダーのとおりには過ぎるのではないのです。自然の中で、季節を感じ、そして初めて、時の流れを認めるのです。

 だから、「梅雨」がなかったりしますと、時間が失われたような気にもなってしまうのです。

 それを「非科学的」という人もいますが、これは、だ日本人がヒトであることをやめない限り続くでしょう。また、それ故に、日本人が日本的であるとも言えるのでしょう。カレンダー上の時間は、早く言えば、我々とは関係ないのです。便宜上用いているに過ぎないのです。私たちは、もう一つの五感で、生き、そして日本での時は刻まれているのです。

 さて、そうは言いましても、妥協はせねばなりません。世界の時は、カレンダーに則って流れているのですから。

 昨日は、皆で「節分」を祝いました。
「一年生グループ」の一つ、「Dクラス(去年の四月に入学)」の授業をしている時に、隣の教室から「二年生グループ」の笑い声や歌などが聞こえてきます。実は、例年、「二年生グループ」だけは、特別待遇で、「巻き寿司」に挑戦しているのです。

 そのさんざめきに、どうもおかしいと思ったのでしょう、フィリピンの学生が、
「先生、隣の教室で、何をしていますか」
「今日は『節分』だから、『海苔巻き』を作っています」
「『節分』?」
「みんなには、後で説明をします。今は授業、授業」。

 で、ごまかしたつもりだったのですが、この学生、二時限目と三時限目の休み時間に、こっそりと覗きに行ったようです。そして、何か頼んだのかもしれません。帰りに、「二年生グループ」の、同じくフィリピン人学生が、作ったばかりの「巻き寿司」を手渡していましたから。

 一方、「一年生グループ」は、三・四時限目に「節分」の授業です。「節分」の由来、そして、その活動を、説明と同時にDVDで、勉強していきます。これは午後のクラスも同じです。勉強が終わると、「オニ(鬼)さん」役を選び、「福豆」を配ります。後の掃除のことを考えて、「たくさん撒いてはだめ」という注意を添えて。

 まあ、相手のことを考えて、軽く「鬼は外」とぶっつけるだけに止めて、「福は内」で(構いませんから)、教室に撒きます。これを二・三回繰り返してから、交代です。一応、皆に鬼になってもらいます。それが終わると、鬼の面を皆つけて、「はい、ポーズ」。かわいい鬼やら、かわいくない?鬼やらが笑いながら写真に写っています。と、そこへ「二年生グループ」の二人が飛び込んできます。
「先生、私も鬼になりたい」
「そのままで(お面はいらん)宜しい」
「いやだ。先生とは違う(先生こそ、お面なしの鬼)。私はお面をつけたい」

 というわけで、ガーナ人学生とネパール人学生の二人も、鬼の面をつけて写真に収まることになりました。

 とはいえ、先輩達は優しいですね。「一年生グループ」のみんなが、お腹をすかせているだろうと、まあ、中には、自分達がお腹いっぱいになったからという輩もいたでしょうが、下の階に、「巻き寿司」を持ってきてくれました。けれども、ベトナムの学生は食べませんね。食べられないのかな。以前、イスラムの学生が、一つ一つ具材と調理法を聞いて、そうでなければ口にしなかったことがありますが、ベトナムではそんなはずもないのですが。単なる好き嫌いかもしれませんね。

 彼らの成長の記録が刻まれていく、毎年の行事。次は三月の「ひな祭り」です。

日々是好日
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「『自然』を『畏れる』心」。「『節分』の『鬼』」。

2011-02-03 08:43:17 | 日本語の授業
 今朝も快晴です。ほんとに大丈夫なのでしょうか。いくら冬に乾燥はつきものだとはいえ、こうも、いいお天気が続きますと、少々不安になってきます。けれども、まあ、一月には何度か、払暁のころ、パラパラと来た日もあるようですし、贅沢なことは言えません。だいたいからして、「自然」のこと、人知の及ぶところではありません。人間ふぜいが、「要求」なんてできるわけがないのです。できるのは、せいぜい「お願い」くらいでしょうか。

 あくまで、自然が人間の上に存在するのであって、支配されているのは我々、人間の方なのです。これを忘れて、あたかも自分達が「全知全能の存在」であるかのように、人間の方が上位者であるかのように、教え込むという教育をされてしまうと、その人の一生はある意味では、台無しになってしまうのです。

 人として絶対的に必要なことは、「畏れを知る」ことではないでしょうか。それが自然に対するものであれ、人と人との関係におけるものであれ、その心を忘れた者は、人が「死に至る存在」であるということすら気づかぬまま、傲慢にただ存在し、いわゆる「成り下がり」の者で終わってしまうような気がするのです。

 人に親切にされる、それに(自分が)値する存在であるかどうか、それを常に考えろとは言いません。が、もし「御蔭様で」という気持ちが、その人の中に存在さえしていれば、自分が何物かによって生かされている、多くの人によって助けられているという心の持ちようだけはあるわけですから、救いはあります。どこかで、きっと、その心の報いは受けることは出来るでしょう。

 自分達の見栄のために、自然を操作して(ほんのわずか、爪の先程度にすぎぬのですが)、「私たちはすごいのだ。雨を降らせることが出来るのだ」とおめきまわるのも、見苦しい。少なくとも、どうして、「科学は」とならずに、それが「私たちは」となるのか。しかも、そこでおめき合っているいるのは、「科学の『か』」も知らぬ輩達なのだから。よりいっそう見苦しい(「科学」の成果を利用させてもらうだけの一般大衆と、「科学」の中にどっぷり浸かって人々のために尽くしてくれる科学者とは歴然とした差があります。まずその自覚が必要なのです)。実態は、すぐ近くの土地の空の上の雲を拝借してきたに過ぎぬわけですから、なおさらのこと。雲を盗られた土地には降るはずの雨が降らず、作物が実らぬということになってしまうのですから。

 そして今、日照りのために多くの作物が枯れ、飢饉が起ころうとしているにもかかわらず、何の手も打たない。いえ、結局、打てないのです。以前のあれは、単なる単発の○ノ如きものであって、それ以上の何物でもなかったということの証にしかならないのです。

 さて、これはこれ、ブツブツ、ブツブツの不平不満はさておいて、
今日は「節分」です。あっけらかんとして、楽しみましょう。今日のクライマックスはなんと言いましても、「豆撒き」です。一年の「邪気」を払い、「福」を呼び込まなくてはなりません。

 「二年生グループ」は、「海苔巻き」を作ります。まず、「すし飯」を作り、「巻き簀」においた海苔の上に「すし飯」と好きな「具」を並べていきます。それから、巻いていき、最後に「芸術的に」(皿の上に)並べていきます。

 この並べ方が各民族によって違うのです。きれいな花をあしらったり、何か判らぬものを添えたり、立体的な何物かの形にしたり、何か判らんと皆に首をかしげさせたり。そして、食べる前に、その「芸術作品」と彼らの嬉しそうな顔とを入れて、「はい、パチリ」。それが終わるまでは食べられません。

 一方、「一年生グループ」は、「節分」についての講義だけです。なんと言いましても、この中には、今年の「一月開講クラス」も入っています(去年の4月生、7月生、10月生が大半ですが)から、「(判らなくとも)日本文化は『目』で覚えるのだ」と、ギュウギュウと知識を入れていきます。それから、皆で「オニさん」を選んで、その「オニさん」に逃げ回ってもらいます。そして(痛くないように)豆を少少ぶつけてやります。「オニさん」になるのは、みんな嫌なくせに、終わろうとすると、「先生、先生、お面貸して」と、「オニ」のお面を借りにやってくるのです。

 「オニさん」の人気の高いこと、高いこと。それも、「いい鬼」や、「かわいそうな鬼」という知識を入れしているからでしょうか。

 日本人の、オニに対する心の変遷です。 
「オニとは悪いもの」→「いつも嫌われる」→「かわいそう」→「オニにも人と同じように心があって、寂しがっているのではないだろうか」→「もし人と同じ心があったら」と「嫌われているオニの気持ちになって考える」

 結局、日本の「オニ」は、人々の喜びや悲しみ、憤りや嫉妬、様々な感情を人々の代わりに具現したものなのです。人の心が海よりも宇宙よりも、ある意味では捉えどころがないように、オニもまた捉えどころがない存在なのです。ただ言えるのは、人の心と同じだけの広がりと深さをもっているということ。海の不思議は科学が発達していけば、ある程度は解けるかもしれません。が、人の心の不思議さは、数千年前の人の方が判っていたりするのですから、進歩というものとは縁がないのかもしれません。

 「今、この悲しみは、かつての人の悲しみ。今、この喜びは、かつての人も味わったもの」なのですから。

 さて、今日は、誰が「オニさん」になるかしらん。選ばれそうな人が、チラホラと浮かんできます。でも、こうやって豆をぶつけられると、己の裡なる「オニ」、つまり邪気がその数だけ払われていくような気になっていきますからね。邪気に溢れている人は、「オニさん役」に立候補しましょう。まずは、「4月生」組から誘いの水をかけていくつもりですが。

日々是好日
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