日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「新しいクラスのための『クラス編成』」。

2012-06-29 08:45:43 | 日本語の授業
 曇天。今朝、西の方から薄墨色の雲が流れてくるのが見えました。それが、30分もしないうちに、空の、ほぼ八割を覆い尽くし、わずかに除く青空から光の漏れを感じるくらいになった時、これは雨になると思いました。

 ところが、それでも雨にならないのです。今度は、だんだん墨色が引きのばされ、雲の厚みも薄らぎ、今では、白っぽい灰色一色になっています。

 昨日までの寒さは感じられません。予報では24度から20度とのことですが、少しばかり「ムシムシさん」が戻ってきたようです。

 さて、学校です。
「Bクラス」までは、クラスが編み直されるということがわかっているようですが、「Cクラス」の一部や「Dクラス」では、それがあまり理解できないようで、担当の教員は手を焼いています。

 昨日まで、「午前のクラス」と言っていたのに、今日、聞くと「午後のクラス」の方がいいなんて言う。「初級のⅠ」をやりたいと言っていたのに、今日になると、「いやだ、Ⅱの方がいい」なんて言う。出来ていないことをやり直すというのではなく、だれかがいるから嫌だとか、あるいはアルバイトとかの関係で動こうとする。

 これはさすがに半年以上を過ごしてきたクラスではあまり見かけられないことですが、日本にいる時間がまだ短い人たちは、何をするために日本へ来たのかをもう一度問い直さなければ、なかなかにそれがわからないのです。

 とくにそれが甚だしいのが、高校を卒業して直ぐに来ている人達。やはり、大学での四年間、だてに過ごしているわけではないようですね。高校を出てから直ぐに来ている人達は、何が何だか解らないのです。勿論自分のレベルもわかりませんし、

 「この教科書はやった。だから次の教科書を勉強する」と言うのです。その教科書の内容が理解できていないから、もう一度やらなければならないと言っても、そこのところがわからないのでしょう。何を言っても、「もうやりました」としか言えないのです。もしかしたら、彼らのところでは、理解できていようが出来ていまいが、お構いなしに上へ上がっていき、また教師の側でも、それに特別の疑問を抱かないというのが「慣習としてある」のかもしれません。

 もっとも、中には、「もう一度やりたい」と言って来る学生もいないわけではないのですが、そういう学生に限って、だいたいできているのです。それで教師の方が反対に、「だいたい、できているから次へ行ってみたほうがいい。それでもわからなければ、その時考えればいいから。下に下がるのはいつでも出来るけれども、上へ行くのはタイミングを外すと難しい」と説得しなければならないのです。

 新しいクラスでの勉強が始まるのは、「日本語能力試験」が終わってから。つまり来週からなのですが、月曜日になったら、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりの「旧C.Dクラス」の迷子さんが続出するかもしれません。

日々是好日
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「『努力をすれば、酬われる』が、なかなか…わからない…。」

2012-06-28 08:52:51 | 日本語の授業
 薄日が差しています。昨日は晴れで、「梅雨」を忘れてしまいそうでした。

ただ、「日本語能力試験」を前にして、模擬試験があったということで、学生達は、それどころではない…はずだったのですが、どうでしたろう。どうも、今年の「Aクラス」の学生達はのんびりしていて、一向に、「試験だ。試験だ。試験だ。頑張ろう」という言葉が効きません。

 勿論、内心は違うでしょう。けれども、彼らには、試験を受けて、成功したとか、頑張ってあるものを手に入れたとかいう、そういう「成功経験」が、彼らには稀薄であるような気がするのです。経験がないから、あと少し頑張ればというところで投げやりになってしまうのです。

 どちらかというと、「日々を真面目に(事なかれ主義に近い)過ごしている、それだけでいいじゃないか」という感じなのです。「出る杭は打たれる」で、打たれないように首を竦めて生きている感じがしないでもないのです。齷齪したところで、どうにかなるものでもあるまいと、そう思っているのではないかと勘ぐってしまいます。

 そのくせ、希望を聞くと、とてつもないようなことを言ったりするのです。この人達が育った国というのは、私たちの感覚からいうと、「歪」であるような気がしてなりません。

 とにかく、生まれてきた環境でそれなりに生きていく(日本でも最近問題になり始めた状況と非常によく似ています。けれども、彼らの国ではそれが問題視すらされないのです。当たり前すぎて)か、それとも僥倖(政府の偉い人と知り合いになるとか、大金持ちに好かれるとかなのでしょうが、本人の力とは全く関係のないところでのもの)を夢見るか。

 普段は普通の人たちですから、何と言うこともなく普通に会話をしています。けれども、何かの調子で、少し内側に入ったことを聞いたり、あるいはそうせざるを得ないことがあって、彼らの気持ちを聞いたりした時に、ハッとすることがあるのです。

 これは日本人が宝くじに夢をかけるという種類のものとは全く違うのです。どこか、「歪やな」と感じさせるようなものなのです。そんなこと、自分で努力すればどうにかなるじゃないかと、多分日本人なら言うでしょう。

 日本人にはわかりません。想像もできないことですが、彼らの国では、どの地域に生まれたか、あるいは親がどのような地位にあるかで、全く彼らの人生が決められてしまうのです。それを、個人の力ではどうしょうもないということを、彼ら自身が完全に知っており、それ故に、常に力のある、あるいは金のある他者を「見つめて」しまうのです。自分もそういう人達の仲間入りが出来るわけですから。

 やはり、これは「歪」です。

 とはいえ、彼らも日本で生活していくうちに、頑張れば、認められ、生活できるほどには収入も得られ、そのうちにそれ以上のことができるのだということがわかってきます。時間はかかりますが、そうなると、考え方も少しずつ変わっていきます、普通は。ただ、変わっていくけれども、やはり「氏より育ち」といいましょうか(ちょっと変なのですけれども)、国で「刷り込まれた、やるせない、モヤモヤした気分」というのは、折に触れ出てくるような気がします。

 勿論、そうは言いましても、留学を目的に来日できる学生というのは、彼らの国ではまだまだ恵まれた層なのです。借金をするにしても、借金できるだけのものがあると見られているわけですから。

 日本では余程のことがない限り「個人から借りる」ということはしません。たいてい銀行から借ります。が、ここへ留学してくるような学生達の親は、銀行から借りるなんてことはしません。個人から高利で借りてきます。どうして銀行から借りないのかと聞いたことがあるのですが、皆、苦笑いをするだけです。当たり前すぎて言いようがないのです。

 彼らの国では、そうやって、政府とは関係なく、お金は回っているようです。個人と個人の貸し借りですから、それが時々ものすごい喧嘩になることもあります。ある時など、学生の親同士の間で貸し借りがあったようで、一方は返せ、一方はまだ期限が来ていないで大げんかが始まりました。貸し借りできるような親しい関係であっても、金銭が間に入りますと、途端に惨く、汚いものになってしまいます。

 「人の情」というものが、金という形で計算され、表されてしまいますから、日本人にはなかなか馴染めないのですが、彼らはあっさりしたものです。習慣になっているから気にもならないのでしょう。「人に金を貸すな。どうしても貸さなければならない時には返してもらおうなんて思うな」。大半の日本人がこのように聞かされて育ってきたのではないでしょうか。特に友人間ではそうです。

 勿論、(日本でも)事業を起こすに当たっては、友人連が援助する場合も、皆で少しずつ金を出し合って、やるということもあるでしょう。その時は責任の一端は貸した側にも生じますから、いわば、一蓮托生です。金を返せれば、その人(事業を起こした人)にとって(も義務を果たしたというよりも)、自分を信じてくれた人への感謝の気持ちであったり、自分の夢が正しかったことがわかったことになり、その自分の幸せのお裾分けをさせてもらうという意味合いも入っているでしょうから、それはそれでうれしいものでしょう。

 そういうものがなければ、単に、金と金の関係ということですから、日本人は銀行から(金を)借ります。ところが、最近は、そういう銀行の方でも、企業を育てようとか、町おこしをはかろうとかそういう気持ちを表に出してくる所もあるそうなのです。そうなりますと、一緒に儲かりましょうということになりますから、またこれはこれで、一蓮托生ということになります。こういう気持ちでやると、失敗しても簡単に切れない(銀行の方でも見捨てられない)でしょうから。

 学校と学生の関係もそうです。(私たちがその学生を)知らなければいざ知らず、知ってしまうと、そしてこの学校の学生となられてしまうと、もう捨てられないのです。向こうがそれでも逃げてしまう場合もあるのですが、それはこちらから見れば「日本の豊かさに目が眩んだ。コツコツを勉強していくのが馬鹿らしくなった。ずっと働けば全部が自分の金になる」といった、もともとそういう目的出来ていたが、私たちの力が及ばず換えられなかったとしか言いようもないものなのです。

 自分の人生を長期的に見ることができない(本来なら、この学校にいる二年間にそれを育てていかねばならないのですが、学生の中には、「今、楽しければ、それでいいさ」という考え方の人もいるのです。二十数年間を彼らの国で育っているわけですから、いくら私たちが言っても、簡単には変えられません。それでも、毎日学校に来ていれば、(それを)聞き続けることになるわけですし、またいろいろな機会を利用して、それがわかるように指導しているので、よほど屈折していたり、頭が固くて入らない場合以外は、だいたい素直に卒業してくれます。

日々是好日
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「クラス分け」。「『喚き勝ち』、『ごね得』の習慣」。

2012-06-26 14:06:10 | 日本語の授業
 晴れ。見事な青空です。梅雨の合間のこういう空が拡がると、心までがすっきりしてきます。勿論、これも「アジサイ(紫陽花)」の姿を見るまでは…なのですが。

 去年買った「アジサイ」は、直ぐに萎れてしまい、今年も復活を果たしていないのですが、それを見た知人は、ベランダの日当たりがよすぎるからだと言います。そう言われてみると、確かに、自分の好きな草花は、(日当たりのいい所には向かない)水のそばや、日陰を好むのが多いようです。

 生き物にとって、お日様は欠かすことのできない存在ではありますが、人間は勝手なもので、あればあるで、強すぎるだの、弱すぎるだのと、好き嫌いを言い始めます。雨にしてもそうで、もしかしたら、お空の神様は、わがままな奴らだとあきれ顔になっているのかもしれません。

 とはいえ、日本人は梅雨時の「鬱陶しさ」が、それほど嫌いではないのです。勿論「ジメジメムシムシ」は嫌なのですが、この季節ならでのはものが、それらを計算に入れてもなおかつ素晴らしく、それゆえ、やはり「梅雨」季は、日本人にとって、なくてはならないものの一つなのです。もとより、たまのお日様も、いいのですが。

 いろいろ言ってはいますが、寒かった6月も最後の週となりました。7月になるとこれがごろりと様相を変えて、「夏-ッ」というふうになるのでしょうか。

さて、学校です。

 来週から、皆、新しいクラスに入ります。中には一人で他のクラスへ行かなければならない者も出てきます。前に一度行かせてみたのですが、その時は2日で逃げ帰ってきました。いくらレベルがあっていなくても、もとの仲間の方がいいのでしょう。けれども、そろそろお尻に火のつく頃です。そうとばかりは言っていられません。本人もやっと納得?できたのでしょうか。新しいクラスに入るにあたって、未習の部分をどうしたらいいのかなどと聞きに来るようになりました。

 この「クラス分け」、学ぶためには、一番いいやり方だとは思うのですが、日本語学校で学んでいる学生達の大半はアルバイトなしには生活は成り立ちませんから、アルバイトとの兼ね合いが少々難しいのです。工場や店の方で、(留学生という立場を理解してくれて)午前と午後とを取り換えてくれれば、いいのですが、時には、なかなか同意してくれず、アルバイトを失うことを恐れて工場の方に申し込めない学生まで出てくることがあります。

 それで、そういう場合には、学校の方から「お願い」を出して、それを学生に持っていかせるようにしているのですが、まだ二人ほど返事がもらえていません。本人も不安でしょうが、それでも、そのままのクラスにいてもあまり上達は期待できないとあれば、詮無いことですから、また新たにアルバイトを探さねばならないかと腹を括っているようです。

 そういう中、気にくわない人がいるから、または友達の部屋に入りたいから寮を出たいとか、ベトナムの女の子同士の喧嘩やらが始まっています。特に女の子の喧嘩では、あっちが悪いと二人とも言うのですが、いったいどうしてこの喧嘩が始まったのかさえ、二人とも定かではないのです。

 誰にも虫が好かない人はいます。小学生くらいまででしたら、あるいは中学生でも我慢できずに、他の人たちに訴え続けるということはあるでしょうが、それを20歳を越えた女性同士でやり合うのですから、それを聞く我々としてもたまりません(周りの友人達もたまらないでしょう)。叱っても止まらないのです。まあ、始まってから一週間にはなっていませんから、吐きだしてしまうまで待っているしかないのでしょうが。

 以前、スリランカの女性達の場合もそうでした。後から考えてみれば、この騒動、つまり三人いたら、二人で後の一人を苛めるというのでしたが、これもある一人の女性を中心に起こっていたわけで、その女性がいなくなってみれば、後は至極安穏に事は運んでいるのです。

 その時はそれに気がついていませんでしたから、「スリランカの女は三人いれば必ず一人を排斥する。何て根性だ」なんて堪らなく思っていたものでしたが、これも「一人だけの特殊な問題」だったのでしょう。今にして思えば。

 ベトナムの女の子も、多分そんなものかもしれません。周りでもやりきれないようで、特にそのうちの一人がその他の学生に電話でかけ、訴えまくっているようで、こうなると、そういうことをしない学生の方が必然的に悪者になってしまいます。その学生の彼氏(この学校です)には、「女の喧嘩に男は出るな。そうすると二対一になり、相手の女の子はどういう思いをするかそれを考えろ。それがわからぬか」としっかりと言ってはいるのですが。

 こういう言い方をしては何ですが、以前の中国人もそうでした。「喚き得」とでも言ったらいいのでしょうか。正邪を問わず、善悪を問わず、大きい声でしつこく言い続けたものが勝つのです。普通の神経の持ち主であったり、ある程度の教養を備えた者であったら、そういうのに耐えられませんから、直ぐに負けてしまうのです。

 それが「習い性」となり、とにかく中国人は欲しいものがあったらそれが手に入るまで喚き続けるというのが、ある時までの定説でした(日本人のみならず、知り合いの欧米人もそう言っていました)。つまりルールがないのです。「これは規則です」とか、「これはこう契約で書いてあります」というのが通じなかったのです。

 多分この国では声の大きい者が常に勝ってきたのだろう、だから道理というものはなく、「欲しい、欲しい」と赤子のように喚けば勝てるという習慣が培われてきたのだろうと、当時、中国にいた私たちは思っていました。勿論、今にして思えば、自分の身を守るためにはそうせざるを得なかったのだとは思います。けれども、そういうことが我が身に降りかかってきますと、もうそれは耐えられることではありません。しかも大の大人がそれをするのですから。

 その習慣でもって日本でもやろうとするのですから、堪りません。周りは冷たい目で見ているのに気がつかないで喚いているのです。「これは『決まり』です」で、終わりのようなものなのですが。ベトナム人学生も、そう言うところがあるようですね(一年くらい経てば日本語が話せるようになってきます。そうなると我意を通そうと、彼らの習慣でもってやり始めるのです)。思わず、以前の中国人のことを思い出してしまいました。

 これは、「大声で、相手を脅せば、(偉そうに見えるから)皆、言うことを聞く」という習慣のもとに成り立っている「論理」で、「大声で相手を脅せば、皆この人は教養のない人だと馬鹿にする」という「習慣のもとに成り立っている国」では、成立しないのです。

 勿論、言うまでもなく、どこの国であろうと、そういう「習慣」には動かされない人たちはいます。私がここで言っているのは、そういう人たちのことではなく、普通の、その国における一般大衆のことなのですが。こういう彼らが、日本に来て、自分の国と同じようなことをやった時の、周りの冷ややかな目を、いつになったら感じるようになるのだろうと、思います。

日々是好日
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「鎌倉散策。雨のち曇り」。

2012-06-25 13:47:19 | 日本語の授業
 曇り。冷たい風が吹いています。21度から16度とネットには載っていましたが、体感温度はずっと下。もうすぐ文月ですのに(水無月に入りそうなときにも、こんなことを言っていましたっけ)。

 今年の学生達は、梅雨の蒸し暑さとは無縁であるというのも…、いいような悪いような。贅沢な言い方をしてしまえば、夏は暑い、冬は寒い、そして梅雨は蒸し暑い方が落ち着くのです。

 とはいえ、そう感じて、ブツクサ文句を言っているのは、人間だけなのでしょう。自然界では、鉢植えではありますが、ベランダにおいた鉢植えの「キキョウ(桔梗)」の花が、無事に咲きはじめました。去年、これはもうだめかと思っていましたのに、逞しく葉を茂らせ、蕾が垂れるほどについています。暑い、寒いと文句を言っている人間を愚かしいと嗤っているのかもしれません。

 さて、金曜日、皆で「鎌倉」へ行って参りました。数名参加しなかったのですが、参加した者は雨の中、別に文句も言わず、それなりに楽しんでいたようです。

 彼らの、こういう「旅行」は、駅に集合するときから始まっています。いつもと違うことをするで、いつもと違う気持ちになれるのです。今度行くところはどんなところだろう、どんなものがあるのかな、どんなことが出来るのかなと考えているからというよりも、「いつもと違うことをする、電車に乗っていつもと違う所へ行く」のが、ウキウキドキドキなのです。たとえアルバイトで疲れていようと、やはり若いというのは素晴らしい。

 皆が集まった8時20分ごろは、まだ雨でした。大手町(東京駅)で、JRに乗り換えて、「いざ鎌倉」です。時間がかかるから、一つでも空いたらそこに座るように言っても、いつも「同じ車両に乗る」習慣がついているからでしょうか、なかなか散ることが出来ません。それを教員が空いている席のある所まで連れて行って座らせます(この時もすいていましたから、車両も二つくらいで足りました)。学生達は強く言わない限り、教員が座るまで座ろうとしないのです。けれども、二年生は空気が読めるようになっていますから、すぐに「はいっ」と言って座ります。それを見ていた新入生も、「あれっ。座っていいのかな」という顔をして座っていきます。

 鎌倉まで(行徳から)約一時間半くらいでしょうか、熟睡していた学生もいたようでしたが、ずっとおしゃべりを続けていた学生も少なくなかったようです。今年はひとりぼっち(同国人が一人もいない)はいなかったので、母国語でおしゃべりが出来るというのも楽しかったことでしょう。

 まず、鶴岡八幡宮へ行き、お参りを済ませてから小町通りを通って鎌倉駅にもどり、そこから江ノ電で長谷駅へと参ります。そして鎌倉の大仏様の顔を拝んでから、昼食です。途中、雨が上がりはじめ、やはり天気予報は当たったと皆で大喜び。雨のせいなのでしょう、いつもに比べて観光客が少なく、雨は確かに困るけれども、でも、ゆっくり見られてラッキーと、皆、いい方いい方に考えて、にこにこ顔。

 食事が終わって少し休んでから、長谷寺へ、「アジサイ(紫陽花)」を見に行きます。「アジサイ」は、今ひとつというところでしたが、皆、お寺から見えた海に歓声を上げていました。

 それから、歩いて由比ヶ浜へ行き、しばらく自由に遊びます。海に入り波と戯れる者。ひたすら砂浜を走りつづける者。海に入らずに写真を撮ることに夢中になっている者、皆それぞれ、自分たちなりのやり方で海を楽しんでいます。海を見ると心が伸びやかになると言うのは本当なのでしょう。けれども、帰ると言うと、今年の学生達は素直に海から上がってきてくれました。

 海へ上がってから、また江ノ電で、江ノ島駅まで行き、モノレールに乗り換えて大船駅へ。そこからJRで東京駅へと向かい、東京駅からは学生達は行徳へと戻り、私たちは7時過ぎに来るスリランカの学生を迎えに成田空港へ。

 ぎりぎりで間に合いました。着いてから20分も経たぬうちに学生が出てきて、本当に危ういところでした。一台遅れていたら、一人ぼっちで待っているところでした。

 成田空港からは電車で行徳に向かいます。成田で電車を待っている時、顔の長い電車が走ると、「あれは新幹線ですか」。そうか、新幹線は有名なのですね。ここには新幹線は来ませんと言っても、期待に満ちたまなざしで電車を見つめています。1日早かったら、みなといっしょに鎌倉に行けましたのにとも思いましたが、台風だったから、どちらにしても無理でしたね。

日々是好日
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「雨ですが、鎌倉へ行ってきます」。

2012-06-22 07:50:10 | 日本語の授業
 雨。本格的に降り続いています。
 朝三時半ごろ、気になって、こっそりと窓を開けて見てみたのですが、その時にはまだベランダが濡れていませんでした。「「オッ!この分で行くと、もしかして…」と、雨、雨、雨と予報では一週間前から雨マークが続いていたのに、当日になるとなぜかそれが消えていた…という、去年のあの不思議の日々が、甦ってきます。

 けれども、それもつかの間の夢。そうそう、うまくはまいりません。四時を回っていたでしょうか、ハッと気がつくと雨の音が聞こえています。やはり…。とはいえ、低気圧ですからね。いくら梅雨前線とお友達になってやって来ようと、台風ではないのですからね、小降りになってくれないかなあと、神頼みするような気持ちで、お空を見つめてしまいます。

 アルバイトが落ち着いている学生達は、雨の予報が出ていようと、「先生、どこかへ行きたい」と言います。自分達だけでは行っても知れているでしょうし、だいたいどこへ行けばいいのかもわからないのです。生活が落ち着いてくると、(日本の)どこかへ行きたいと言う気持ちが湧いてくるのも、思えば当然のこと。

 今回も雨かもしれないと、その時、言ったのですが、「Aクラス」では、一人を除いて、「雨だったら、今度はどこへ連れてってくれるの」と期待に満ちた目で私たちを見つめています。

これがアルバイトが安定していなかったり、遠くへのアルバイトで疲れている学生ですと、学校がないのなら、「寝たい」となって、どこかへ行くどころではないのでしょうが。

 お天気予報によると、昼過ぎから雨の勢いは弱まり、だんだんと止んでくる…らしいのですが、この「お昼過ぎ」というのが、微妙なのです。できれば、それがもう少し早まって、由比ヶ浜辺りに入ったときに小雨くらいになってくれるといいのですが。何と言っても、モンゴル地帯から来た学生達は、海に入って、あの波を体感できるのを何よりも楽しみにしているのですから。

 2年前に連れて行ったときなども、靴を脱いで、恐る恐る、海に入り、入ったら最後、「波が来た、それっ(とジャンプ)」を繰り返し、飽きることを知らぬげに見えましたもの。「そろそろ帰るよ」と言ってもやめないのです。私などは海に入ると疲れると、入る気にもなれなかったのですが

 彼らは海に入って遊ぶと、(楽しいけれども)倍以上も疲れると言うことを知らないのです。彼らにそれを言ってもわかりません。けれど、この疲れというのは、どこかしら「達成感」を伴っています。とても「いい種類」の疲れなのです。

 いち早く、海から上がり、辺りを探索していた学生が、海へと流れ込んでいる、小さな流れで小魚を見つけ、早速それを私たちに見せにきました。すると、陸へ上がっていた学生のなかから、「魚!」という歓声が上がります。それを聞きつけた「波乗り(確かに波乗りです)」をしていた学生達が、バシャバシャとやって来こうとします。ところが、この「バシャバシャ」が面白かったらしく、「先生、海はおも~い」と向こうでもこっちでも大騒ぎ。よほど、この波を蹴立てて歩くのが面白いらしく、何度も音を立てては大笑い。いやはや見ている私たちの方が幸福になってくるほどでした。だって、あんなにうれしそうな反応を示してくれたのですもの。いつもは「しれーっ」としている学生までが童心に返って喜んでいましたもの。

 また空が一層暗くなりました。少し前までは明るい白でしたのに、今は薄墨をスッと流し込んだような色になっています。と、黒雲が切れたのでしょう、また少し明るくなり、雨も小降りになってきました。もしかしたら午前中、ずっとこういう具合なのかもしれません。
 
 傘が重荷に感じられたらいいのですけれど…。

 と、一時書くのを止め、今は7時50分。雨が止んできました。このままでいてくれないかなあ、小鳥も囀り始めたことだし…。

日々是好日
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「次の台風」。「遅れてきた時に、静かに入ってくることができない学生」。

2012-06-20 12:17:01 | 日本語の授業
 台風が過ぎたかと思ったら、また次の「五号」が、虎視眈々と日本列島を狙っています。この分でいきますと、どうも金曜日が当たりそう…なので、雨だったらどうするかと、いろいろ相談しているのですが。

 去年までの、「課外活動の日は、必ず晴れ」が、前回崩れ去って、今年の学生たちの中には、どうも雨女雨男がいるらしいということがわかったのですが、それが台風と結びつきますと…どうもね。

 日本人だけであったら、「アジサイ」を見に、わざわざ雨の日を選んでいくなんてこともあり、なのですが。それを言いますと、「嫌です」と、きっぱり断られてしまいました。「先生、何てったって、台風ですよ!」。そう、確かにそうですね。

 さて、学校です。今、学校では新たなクラス編成の件で少々揉めています。これがアルバイトの時間をかなり自由に変えられるような工場ですと問題はないのですが、新しく始めたばかりであったり、店の時間が決まっているような所ですと、なかなかうまい具合にはいかないようなのです。

 彼らにしても生活がありますから、せっかく見つけたアルバイトを出来れば袖にしたくはありませんし。

 とはいえ、ベトナム人の学生を教えるのは大変です(ここで言っているのは、ごく普通の学生のことです)。頭のいい学生はどこの国にもいます。ベトナムから来ていても、他の国から来ていても同じです、差はありません。教えやすいのです、自分で考えることができますから。こちらは手を添えるだけでいいのです。こういう学生を教えるときには、こちの知識が必要なだけであって、教授法に関するテクニックなどはいりません。

 ベトナムの学生は、考え方が少々幼いことを除けば、ごく普通の人たちです(学校を休まずに来ようとしますし、休むときはそれなりに理由があります。もっとも時間の使い方がとても下手で、遅く帰っても直ぐにご飯を食べて寝てしまえばいいものを、だらだらと音楽を聞いたり、遊んだりして三四時間も過ごし、明け方寝て、起きられないという学生もいます。もっとも、これはスリランカから来た学生もそうでしたが)。

 ただ、スリランカなどとは違い、発音の問題がかなり大変なのです。日本語の音がなかなか出ないというだけではなく、音自体が掴めないのです。聞いてもわからないのです。ディクテーションなどで、別の音を書いたりしていますから、多分、本当にわからないのでしょう。

 「単語を覚えていさえすれば、勘が働いて書けるはずなのに」とか、「文法的なことは、耳だけに頼らずに、(頭を働かせば)こうなるはずだくらいはわかりそうなものなのに」とか、こちらとしては考えてしまうのですが、学校以外にそれほど勉強をするという習慣がないとみえて、そこがなかなかできないのです。

 ベトナムでは「普通に」勉強し、「普通に」遊んで過ごしていた学生たちなのでしょう。アルバイトで疲れていれば、宿題までは手が回りません。なんといっても、学校で勉強する以外に、家で勉強できるほどの体力はないのです。眠ければ、授業中であっても、眠ってしまいます。起こしても、眠らずにいようとすれば騒ぐしかありませんから、隣近所に話しかけてしまいます。それが迷惑で、相手にしないとか、静かにとかいう習慣はベトナムの普通の人たちにはなさそうで、話しかけられた相手も、一緒になって話し始めます。しかも小声で話すという習慣もないのです。

 だいたい、遅れてきたときには、授業の迷惑にならないように、コソコソと教室に入ってくるという習慣がないのです。これ見よがしに大声で「こんにちは」と言ったり、何か一言か二言言ったりします。勉強している者から見れば非常に邪魔だし迷惑のはずなのですが、多分これはベトナムにおいては、普通の習慣なのでしょう。三ヶ月から半年くらいは、まずベトナム人はほとんどこれをします。

 授業の時に遅れるのが二人いれば、二人ともこれをします。彼らの態度からは、「悪かった、ごめんなさい」というのは感じられません。これでは普通の人たちより10分か20分ぐらいは毎日損をしている計算になるのですが。その間、勉強にならないのでしょうから。本人はいいとしても周りに迷惑をかけているということもわからないらしい。もしかしたら、わざとやっているのかなという気がしないでもない人もいましたが、大方は自己正当化でやっているようです。これでは日本の社会では弾かれてしまうと思うのですが、アルバイトなどでは、うまく立ち回っているようです。だってそうせざるを得ないでしょうから。なにせお金をもらう側になるわけですから。

 何度注意しても、遅れたときは、いつもこれをやります。これをやると、その度に、笑いながら答えたり、よけいなことを言ったりするベトナム人がいるので、どうしてもそれが恥ずかしいことだということがわからないのです。

 さすがに「Aクラス」になりますと、他の学生(ベトナム人ではありません)が、私たちの言わんとするところがわかりますから、相手にしません。気のいい学生は、板挟みで如何にも困ったような顔をしますが、そんな時でも私たちの表情を見ますと、こういう学生を無視しますから、相手がいなければ彼らとても何も出来ません。

 一番まずいのは、ベトナム人が半分以上を占めているクラスであり、彼らと同じような生活習慣のある国から来ている学生達がいるクラスでしょう。

 ただ、これも、日本語のレベルが上がるにつれて、消えていくはずであり、またそうなるべきなのですが、中級に入っても、まだそれをやっているようですと、これはもうだめなんじゃないかなという気が私たちにはしてきます。

日々是好日
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「台風近し」。

2012-06-19 17:06:02 | 日本語の授業
 大気が水に満たされているような感じです。まだこちらでは雨が降っていませんが、午後から降り始め、日付が変わる頃にピークを迎えそうです。午後遅く、アルバイトから戻ってくる学生もいるので少々心配です。大半の学生は寮から近くの工場か、彼らの住んでいるところから近いところでアルバイトをしているので、交通機関が止まっても、いざとなれば歩いて帰れるので、それほど心配はしていないのですが。

 さて、学校です。
日曜日の「留学生試験」のことを聞きますと、一人だけ、「難しかったア」。で、その他の学生は、黙ってニヤニヤしているばかり。と、その中の一人が、「試験は難しかったけれども、作文はちゃんと最後まで書いた」と、ニコニコして言うのです。皆の反応を伺っている私に気を遣ったのでしょう。途端に皆が、「そう、そう。作文はそんなに難しくなかった」とニコニコ顔。

 「本当に心優しい学生達です」と、安心してはなりません。多分、試験という存在に困っている?だけなのです。馴染めない「試験」というものがやってきた。それなりに対応しなければならないけれども、どうも対の仕方がわからない。それでああいう「ほほえみ」になるのでしょう。どこかしら途方に暮れたような「ほほえみ」なのです。

 彼らは学校を休まないし、アルバイトもしている、つまり頑張っている方なのでしょうが、そうでもない学生もいるのです。最近の学生の中には、「『簡単に大学に行ける』と聞いて日本に来た」とか、「『お金を貯めておけば、(それで)どうにかなる』と聞いて来た」とか、半年が過ぎる頃から、ポツリポツリと言い始めます。多分そういう人もいるだろうなとは思いますが、それで「釣って」はいけません。人間、頭の良さというのはそれほど差がないのです。特に外国に来てどうにかなるというのは、「頑張り度」の有無であり、強弱なのですから。

 アルバイトも、勉強も頑張れないというのは論外ですが、アルバイトに力を入れすぎると、勉強の方が疎かになってしまうし、勉強の方に力を入れすぎるとアルバイトの方がうまくいかないというのが本当のところでしょう。

 まず、皆、アルバイトをするという習慣がないのです。それでいきなり日本でアルバイトをしなければならないということになるのですから、彼らの頭の中でも、シッチャカメッチャカになっていることでしょう。中には一日三時間ぐらいしか(アルバイトを)していないのに、どうして(学校で勉強しているとき、疲れて)死にそうな顔になるのかと聞きたくなるような学生だっています。アルバイトに行くだけで一仕事し終えたような気分になるのでしょう。

 グローバル化が進み、これほど日本に来たことがあるという外国人が増えているというのに、一番大切な部分がスッポリ抜け落ちているような気がします。

 「大変だよ。まず、日本語がわからなければアルバイトなんてないよ」。「あっても遠くへ行かなければならないよ」。「アルバイトが見つかるまでのお金を準備しておかなければならないよ」。

 こういうことがきれいに抜けているような気がするのです。だれでも日本に来て、日本語が話せなかったころは大変だったろうに。

日々是好日


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「ツキミソウ(月見草)、ユウガオ(夕顔)」。「ジメジメ、ムシムシの梅雨」。

2012-06-18 13:43:55 | 日本語の授業
 「ツキミソウ(月見草)」が咲く候となりました。ところが、毎朝、肌寒く、いわゆる「梅雨寒」なのですが、去年「梅雨」を経験していない乾燥地帯から来てる学生達には、わかりません。

「先生、今『梅雨』だって言ったでしょう。どうして毎日こうも寒い?」「先生は『ジメジメ、ムシムシ』と言った。でも、寒いだけ…」

 なるほど。けれども、やっと、「ジメジメ」やら、「ムシムシ」やらが、少し味わえることになりそうです。昨日もそうだったのですが、日曜日で顔を合わせていなかったので、言うことはできませんでした。

 南の国から来ている学生達は、毎日雨の降り続く「梅雨」でも、その「ジメジメ」、「ムシムシ」でも平気なのですが、初めてこの「ジメジメ、ムシムシ」を体験することになる学生達は大変ですね。

 思えば、日本は、それほど大きくない国でありながら、そのどれをも「四季」ならぬ「五季」で感じることができるのですね。

 そういえば、「ツキミソウ」の横に、「ユウガオ(夕顔)」の花が、蔓を伸ばしながら白い顔を覗かせていました。『源氏物語』を読んだことのない日本人でも、夕顔と聞けば、「夕顔の巻」。そして、六条御息所の「生き霊」に襲われて死に至る薄幸の美女、夕顔を思い出してしまいます。

 そういう先入観なしにでも、「ユウガオ」というのは、早朝に咲く「アサガオ(朝顔)」に比べ、ずんと影が薄く見えるから不思議です。

 さて、昨日は「留学生試験」でした。この試験のことを心配していたのは、「Aクラス」でも、たった一人だけ。「いくら何でも、いつもは、こうではないのになあ」という気分でそれを見ていたのですが、「どうにかなりそうだ」とか、「最後まで(読解文)が読めた」くらいになっていなければ、本人達にしても「頑張りようがない」のでしょう。

 今年の「Aクラス」は、よく言えば、のんびり屋さんが多く、おおどかで、それなりに頑張っていると思われるのですが、最後の「馬力」がきかないのです。

 ああ、聞くのが怖い……。

日々是好日
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「異文化」。

2012-06-15 13:53:54 | 日本語の授業
 晴れ。つかの間の晴天の一日になりそうだとのこと。そう言えば、来週の予報では、ずらりと雨マークが並んでいましたっけ。

 さて、学校です。
 来週の金曜日は「鎌倉旅行」を予定しているのですが、大らかにその日を待てるのは「Aクラス」と、まだアルバイトの決まっていない学生たちだけのようです。工場でアルバイトをしている古株(半年以上そこで働いています)の学生が、口ごもりながら「ちょっと…難しそう」。聞くと何人もその工場へ紹介したので、まとまって皆が休んでしまうと困ると言われたそうです。それで、学校から、工場の方へ、便宜を図ってもらえるよう「お願い」を出すことにしているのですが。

 この工場は、自転車で、10分から15分くらいの所にあるので、私たちとしてもありがたい限りなのですが、ただ皆がそこで働くようになりますと、課外活動の日などは(特に鎌倉へは半日で行って帰ってくるなんてことは出来ませんから)、工場の方に、ご迷惑をおかけすることになってしまいます。

 とはいえ、毎日を、学校とアルバイトの往復に明け暮れている学生達。一、二ヶ月に一度は、どこかへ連れて行き、勉強を兼ねて気分転換をさせてやらないと、息が切れてしまいます。今回は「鎌倉」ですから、鎌倉へ行って、お寺や神社を見、海を見、美しいアジサイを見(前回は、「鶴岡八幡宮」で、ちょうど結婚式が行われていました。皆がそこで止まってしまい、なかなか前へ進もうとしないので苦労しましたけれども)そしてまた次の週から頑張るというのが、この学校のリズムなのです。

 それに、そういう経験を積んでいないと、来日後何をしていたのかということになってしまいます。日本語の勉強だけだったら、母国で、ある程度できるという国も多いのです。日本で勉強するということの売りは、「日本を見る」「見ることによって学ぶ」「体験することによって知る」ができることなのですから。

 かなり日本語が話せても、来日後直ぐは、非常に不愉快な印象を相手に与えてしまったり、日本人に過大な要求をしたり(つまり自分たちの習慣の押しつけでしょうが)する人も少なくないのです。これは個人的な問題だなと感じる場合もないわけではないのですが、日本語がかなり話せて来日しているだけに、彼らが感じている問題がはっきり見えてくるのです(不満を言いますから)。

 勿論、見えたときは、注意したり、日本の習慣や日本人の考え方を説明したりするのですが(時には、あなたたちの国とは違うと言うことをはっきりと言います)、そうしておかないと、あとあと、彼らが困るのです。非常識(と思われる)要求を突きつけてくる外国人とは親しくなりたくないというのが、大半の日本人の考え方でしょうから。

 日本社会も、当然のことながら、風土や歴史、そしてそれらから成った慣習を基にした、それなりのルールで動いています。そこで暮らしている人間(長期間日本にいる外国人も含めて)には、皆、ある程度の了解事があるのです。

 それを、時間が潤沢にあり、大半の時間を仲間内での挨拶やら、集まりやらに使ってきた国から来た人は、「日本人は冷たい、どうして来日したばかりの私に親切に話しかけないのか、隣の部屋の人は挨拶だけしかしてくれない」と文句を言います。甚だしきに至っては、「私は(その人の)隣に越してきたばかりだ。どうして近所の人は私を招いてパーティをしてくれないのだ。私たちのところだったら、隣に引っ越してきた人を皆は招いて歓迎してくれるのに」と(怒って)私に訴えてきたりします。私たちからしてみれば、初めて会った外国人に挨拶してくれるだけでも友好的だ…なのですが。

 もしかしたら、大方の学生達は、来日後直ぐは日本語が話せないので、そういうことを思っていても言えなかっただけなのかもしれません。が、彼らが少しでも日本語が話せ、聞き取れるようになっている頃には(だいたい三ヶ月から半年ほどかかっていますから)、日本の社会の様子も、アルバイトなどを通してわかり、それに親しい友達(特にクラスメートの存在は大きいのです。異国に来て共に苦しい中を毎日学校に来て勉強しているわけで、親しくなれないわけがないのです)もいますから、そういう不満が多少あっても、気にならなくなっているのでしょう。

 まあ、大半の学生達は、いろいろな経験を積み、その中には、異国で異郷の人に親しむということも含まれますから、だんだんに自分たちの考え方が「常識」なのではない、世界にはいろいろな考え方、ルール、慣習があるのだということに気づいているのだと思います。日本と自分の国とだけを比べ、文句を言っていた学生も、(日本だけではなく)他の国でも自分たちの国のルールが通用しないということがわかると、驚き、それから用心しはじめます。「日本人はおかしい」と叫んでも、他の国の人が「それが普通だ」と言い、彼の意見に同調しないのですから、少しずつ自信が揺らぐのでしょう。

 もっとも、これはどこの国の人であろうと、外国へ行って、そこに住むとなると起こり得る問題です。旅行なら、「行った。見た。食べた。よかった」で済ますことも出来るでしょうが、「生活する」となると、また全然違ってくるのです。そういう問題を一つ一つくぐり抜けることによって、学生たちは逞しくなるのでしょうけれども。

日々是好日
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「『がんばらなきゃ』で、思い浮かんだのは、(留学生試験ではなく)来週の『鎌倉旅行』」。

2012-06-14 10:03:20 | 日本語の授業
 今日は晴れると昨日の天気予報で言っていましたのに…昨日と同じく肌寒く、そして、朝は曇りです。

 文句を言っても始まりません。「ええい、雨なら雨になれ。どうせ今は梅雨だ。晴れがおかしいのだ」と、晴れなら晴れ、雨なら雨で、人間というのは、どうも始末に負えません。

巷では、『蛍袋(蛍袋)』が鈴なり?に花をつけ、『クチナシ(クチナシ)』がボッテリとした大きな白い花を咲かせています。梅雨入りが発表されると、途端に賑やかになってきた花々の中でもやはり一番は「アジサイ(紫陽花)」でしょう。この「アジサイ」の花も、雨が続くといちだんと華やかに見えてきます。

 御殿鞠のように美しいと言ったら、本末転倒ということになってしまうのでしょうが、「アジサイ」の美しさ、その美の移ろいやすさというのは、また格別の想いを、見る人々に抱かせます。三月の「桜狩り」から始まって、「ナノハナ(菜の花)」、「フジ(藤)」、「ショウブ(菖蒲)」、「アジサイ」…。

 人々は花を見るために集えるのですから、まだまだ、日本は平和な国です。

 さて、学校です。
 今度の日曜日が「留学生試験」であるということを、もしかしたら、「Aクラス」の嬢ちゃん、坊ちゃんは忘れているのではないでしょうか。先日、何かの話のついでに、「もうすぐだからね。がんばらなきゃ」と言うと、嬢ちゃん学生、「鎌倉ですね、先生」。「??(鎌倉は頑張らなくてもよかろうが)。試験。試験です」。「ああ、漢字テストですね」。「……」。 

 思わず「違うだろ!」と叫んでしまいましたが、「試験」という言葉から思い出すものなんて、各課終了毎にする漢字テストくらいしかなかったのでしょう。

 「Bクラス」の学生達(今回は「留学生試験」に参加しないのですが)、「ほう、試験ですか」みたいな顔をして、「Aクラス」の予定表を見ているのですが、それもそのはず、この彼ら、「中級」の文章を理解するのに、まだまだオタオタしています。説明していけば、なんとか、わかってくれるのですが、そのわかるまでが大変なのです。

 特に「主語」。前後の文脈から考えても、どこから考えても、絶対にありえないようなものまで持ってきて、(自信を持って)「これ!」。私の顔色を見るのに、最近は長けてきましたから、「どうも違うようだ」と察すると、今度は「犬も歩けば棒に当たる」とばかりに何も考えずに)「こっちだ」。それも違うとなると、登場人物を片っ端に上げていこうとする。

 これが、どうも、皆でやる協同作業になっているのです。一人が言って、間違っていそうだと思うと、直ぐに別の一人が別の名前を言い、また違っていそうだと黙ると、他の一人が別の名前を言う。時にはそれがみな出尽くしてしまうと、「先生、多分、田中さん」。こういう知恵まで付いてきました。私の方では、だんだんモグラ叩きでもしているような気分になって来ます。

 まあ、いいことは皆が何かを言いたがるということくらいなのですが、(彼らにしても)答えがわかり、その理屈が一応呑み込めると、その度に「そうかあ」とか、「オー」。

 まあ、いいような、悪いような…。彼らにしてみれば、日本語は難しい。私からしてみれば「難しいわけがない。外国人が読むようなものだし」

 これも、「言う」ということ自体が一つの練習。当てっこみたいにやって行くので変だと思われるかもしれませんが、如何にも勉強というふうにやっていけない場合もあるのです。こう思ってやっていけば、いつの間にか、勘が付いてくるでしょう。非漢字圏の学生で、それほど本を読むという習慣がなかった人たちが多いクラスであれば、こういうのも(本当に)訓練になるのです。何より、読むことに嫌気がささないようにさせて行かなければなりませんし…とはいいましても、あくまで勉強の一環なのですが。

日々是好日
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「日本語の『音』がなかなか出なかった場合…」。

2012-06-13 14:25:02 | 日本語の授業
 昨日に引き続き、今日も梅雨寒の一日になりそうです。ベランダがしっかりと濡れていましたから、雨が続いていたのでしょう。その雨も今は止んでいます。というわけで、今日は曇り。

 さて、学校です。
「聞く力」が、なかなか伸びない学生。これも「日本語の音」を発することが出来ないとなれば、当然、聞き取りも難しくなります。それでも、必死に単語を覚え、そして日本にいる時間が長くなるにつれて、頭で理解することが出来るようになります。そうなりますと、自然、緩やかながら、会話が出来るようになってきます。

 私もそうだったので、彼らの気持ちはよくわかるのです。私の場合も、中国語の音がなかなか捉えられず、故に文が聞き取れない…というものでした。けれども、そのうちに知っている単語の量が増え、文法を解せるようになってきますと、音は取れていないものの、おそらくはこの単語であろうと推測が出来るようになりますから、会話であっても、まあ、だいたいの意味は判るようになります。

 多分、彼もその道を辿っているのでしょう。ただ、休むのはいけませんし、学校で(如何に疲れていようとも)眠るのはまずい。そうしますと、せっかく勘がつき始めたところのものまで失われてしまいます。いったんそれが失われてしまいますと、それをまた構築するのに、時間がかかってしまいます。下手をすると、(その間に挫けてしまって)諦めたりする可能性だってあるのです。

 とはいえ、今はまだ、彼は彼なりに努力をしているようで、ワークブックの「聴解」の部分は事前にスクリプトを見てきているようなのです。最初の方は言えるのに、後ろの方は霧の中という表情になってしまうので、直ぐにわかってしまうのです、「はは~ん。見てきたのはここまでだったのだな」という具合に。

 面倒でも、しばらくはそれをしておきますと、だんだん文が見えてくるものです。「耳」で理解できる人は音で勉強していけばいいし、それが難しい場合は、たとえ「聴解」であっても、文を頭の中で書いて、(頭の中の)それを見て、それから理解するというやり方でもいいと思うのです。もちろん、時間はかかりますし、面倒なのですが、しようがないのです。文を書いてみなければ、音が取れなかないのですもの。私だってできたもの、彼だって出来るはずです。毎日学校へ来て、毎回授業に参加してさえいれば。

 これは、「耳の問題」なのですが、もう一つ、「絵カード」が問題になるという人達もいます。本来ならば、理解を助け、覚えるためのきっかけになるものであるにもかかわらず、却って手間暇かけることになる場合だってあるのです。

 日本人は単語を、ともかく、書いて、書いて、覚え込もうとしてきました。けれどもそれが非難されて、だんだん、「絵」や「図」を用いて覚える方がいいということになってきました。それで日本語学校でも、よく絵カードを用いているのですが、ところが、中には、(もちろん、個人差はありますし、皆が皆そうだというわけではないのですが)この絵カードが即ち「現物・実物」に結びつくというわけではない人たちもいるのです。

 例えば「持つ」という単語を覚えるとします。その時、「絵カード」を使いますと、「絵カード」で覚えた「持つ」は、絵カードの「持つ」であって、自分たちが実際に「持つ」動作をするときの「持つ」には繋がらないと、こういう具合に。実際に何かを持ってみせ、「持つ」とやらなければ、一筋の線で結びつかないのです。「ああ、『持つ』か」となってはくれないのです。

 ただ、どうしても「絵カード」を使う方が便利ですから、使ってしまうのですが。何と言いましても、「活用形」の練習でも、「自動詞・他動詞」などの練習でも、この「絵カード」で覚えてくれていないと、諸処やりにくいことが起きてしまうのです。

 本当は「生活」しながら覚えていくのが一番なのでしょうけれども。勿論、大学などへの進学を考えなかった場合なのですが。

日々是好日
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「『口が重かったクラス』と、『しゃべりすぎのクラス』」。

2012-06-11 08:14:20 | 日本語の授業
 一昨日から梅雨入りだったはずなのですが、昨日は雨が降らず、(せっかくの「梅雨入り宣言」も)空振りのような感じでした。ところが、梅雨ともなりますと、さすがに雲の色が違います。陽が差しているときは確かに夏の陽ざしを感じるのですが、それでも空のどこかしらに、重たくて黒い雲があり、虎視眈々と(隙あらば拡がらんとばかりに)伺っているように見えます。

 今朝も地面は濡れていました。(昨日)午後になると少しずつ勢力を張ってきた黒雲がいつの間にか拡がり、おまけに強い風まで伴って、ハッと気がついたときには、お空を占拠してしまっていたのです。そして、梅雨の雨です。土曜日は一日中、降り続いていましたが、それとも少々違います。

 この頃は、陽射しが稀であるにもかかわらず、きれいな花がたくさん咲きます。もちろんいつもこうな(きれいな花はある)のですが。日本は寒いときがあるにもかかわらず、花の多い国であるとつくづく思います。この花を自由に味わってもいい国で、いつまでもいてほしいものですが。

 さて、学校です。

 口が、なかなか開かなかった「Aクラス」の学生たちは、かなりおしゃべりになってきました。先日、ある男子学生が、「先生、やっぱり男の人はすごいね。有名な人、偉い人はみんな男の人です」と言い出すや否や、女子学生が、「何をほざく」とばかりに、カッと彼を見据え、「男が偉いんじゃない。チャンスの問題」と切って捨てました。

 そうそう、頑張れ、頑張れ。チャンスを活かせるように。そして、その前に、チャンスに気がつくように。ある国から来た学生達にとって、日本に来られたこと自体が、運のいいことなのです。来ようと努力しても、来られないことが多いのですから。それゆえに、いったん来てしまうと、あだやおろそかには帰れないのです。日本人の大学生がアルバイトでお金を貯めて、いろいろな国に自由に行くのとは全く違うのです。こういうことも、彼らが進学したいと思っている大学が判ってくれるといいのですが。

 というわけで、このクラスも、もうそろそろ手綱を引き締めてもいいころでしょう。

 ところが、「Bクラス」です。「Aクラス」に比べ、軽いこと軽いこと。話したくてたまらない。口にチャックができないのです。「先生、どうして」が始まると、大変。最近では「あっ。今、質問してはだめ?」とか、「今は、単語(の質問)だけですね」とか、少しずつ言えるようにはなってきましたが、それでも、おしゃべり!だし、自分のことに直ぐ夢中になって、団体行動が取れないのです。

 それに、なかなか「言われたとおりに、すぐにする」という行動がとれません。全くそれが出来ないわけでもないのですが、一人だけできていても、その人がずっと待たざるを得ないわけですから、それは、馬鹿を見ているような気分にもなるでしょうし、話している者も、授業の内容に関心がないわけでなく、話している間に私が言ったことを、「先生、もう一度言って。なんて言ったの」なんて(彼らの話が終わってから)、無邪気に聞いて来るのです。そしてその度に叱られて…。ああ、全く懲りない奴らです。けれども、このクラスでは、最近、「ごめんなさい」が、非常に自然に聞かれるようになりました。これも進歩なのでしょうか、それとも、それだけ謝らなければならないことが増えたのでしょうか。

日々是好日
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「無駄口が多い」。「次の作業に移れない…」。

2012-06-08 10:04:13 | 日本語の授業
 晴れ。久しぶりに青空が拡がっています。陽射しも強く、少し歩くと汗が吹き出してきます。しかしながら、夜半には、関東地方でも、雨が降り出すとか。梅雨入りももうすぐです。

 ただ、今年は、春の終わりからズルズルと涼しい状態が続いていましたので、切れ目がないというか、「衣替え」の感覚がなかったのです。例年ですと、それが緩やかな年であっても季節と季節の境目はそれなりに感じ取れていましたのに。今年はそれがありませんでした。

 これからも、こんなふうに季節は移っていくのでしょうか。

 さて、学校です。

 「Aクラス」は、大卒者やそれに準じた年齢のものが多く、高卒者が多い「Cクラス」に比べると、かなり落ち着いた雰囲気になっています。とにかく教科書を進めなきゃという意識があまりないのです。

 それよりも「日本や、世界の、他の国に関することを知りたい。あるいは、世界の政治や経済状況、また科学や技術の進歩に関する知識を増やしたい」と、まあ、こんなふうな気持ちの方が強いようなのです。

 単語の説明などで、ちょっと(話が)横道に逸れますと、途端に「あれやこれや」が始まります。質問はまだいいとしても、私の国ではこうだなどということから始まって、あっちでもこっちでもわいわい…。とはいえ、話は必ず最後には「先生、日本ではどう?」に戻って来ますので、それはそれなりに自然に任せているのですが。

 最初、このクラスをもった頃には、「素直な学生たちだが、どうも覇気に乏しい」という印象を受けたのですが、それも今は昔。まあ、言うは言うは…。どうにかして口を開かせようと努力していた日々が、嘘のようです。

 ただ、こうなって困るのが、授業はそれなりに進めていかなければならないという約束事のあること。「先生、教科書なんて、一人でもやれるから、もっと話をして」と言うのは、他の日本語学校から来た転校生。思わず、「一人でやるのと、先生に教えてもらったのとは違う」。

 きっとこの学生は、前の学校で(学校に通っていたにもかかわらず)、自分一人でやって来たという気持ちが強いのでしょう(多分、この学校であったら、彼女くらい真面目にやっている学生なら、そういう意識は持てないはずなのですが)。時々、話がどんどん広がっていくこともあります。皆日本の歴史にも関心があるようですし。

 とはいえ、さすが「Aクラス」。教師が「では、教科書にもどる」と言えば、直ぐに静かになって、パッと教科書を開けます。これが、「ベトナム人が多いクラス」になりますと、そうはいかないのです。彼らは、規律というのが、訓練されていないというか、習慣づけられていないような気がするのです。

 ベトナム人学生が四名ほどいる「Bクラス」では、既に一年近くも在日しているにもかかわらず、指示通りのことが、なかなかサッとできません。タラタラとして時間がかかるのです。他の話を隣の席の学生としていることもありますし、前のところを見ていることもあるのですが。

 これは日本語が聞き取れないからできないというのではなく、けじめがつけられないといったほうがいいのでしょう。前のことにダラダラとかかずらってまい、切り替えがうまく出来ないのです。

 こういう人たちが日本で暮らしていくのは大変だろうと思います。専門学校の中には、ベトナム人クラスを別に設けざるを得ないという学校もあると聞いています。それは、人数が多いからそうなのかというと、そう言うわけでもないようなのです、経験から言いますと。

 一人でもそうでしたし、二人いてもそう。出来ないという点では同じです。勿論、一人の時は、二人でいる時よりも静かであることは静かなのですが。もっとも、中には一人でまるで教師と一対一で勉強しているかのように、しゃべり続けるという学生もいます。無視して授業を続けていますと、それでも周りが見えずに(そのまま続けて)いろいろ叫んでいます。彼らは、ベトナムの学校でも、小学校の頃からずっとこうやって授業を受けてきたのではあるまいかなどと思ってしまいます。もちろん、きつい口調で叱れば、黙るのですが、それも一分とはもちません。黙っていられないのだろうなと、時々同情してしまいます。とはいえ、テープを聞いているときは邪魔になりますし、他の学生が発言しているときには、(チャチャを入れ続けるので)迷惑になります。彼らはそれを「囃子言葉」と見なし、言わなければならぬものと考えているのかしらんと思うことさえあるのです。

 二人いるときでも三人いるときでも、また十人いるときでも、一人が遅れた入って来ようものなら、先に来ていた者が必ずベトナム語でいろいろと話しかけ、騒ぎはじめ、そこで授業は切れるのです。「遅れてくるのは、先に来ていた者の迷惑になるから、静かに入ってくる」という日本の常識は通じません。静かにしなければならないときでも、それをしてはメンツに関わるかのように必ず一言か二言要らざることを言うのです。

 そのまま、黙って次の行動に移った方が楽であろうし、要らざる言葉を言う必要もないでしょうに。これは習性のようですね。勿論、上のレベルの人たちは、だいたいにおいて万国共通です。やりたいことがある人は、他の人と要らざることは話したりしないでしょうし、だいたいそんなことを言う時間もないでしょうから。

 そうはいいましても、この学校にいる間に、それは日本ではまずいのだということを少なくとも知らしめ、そして出来ればそういうことを言わずに次の行動が取れるようになっておいて欲しいもの。そのためには随分口やかましくならざるを得ないのでしょうが、それもまたしかたのないことなのでしょう。彼らが、日本に、これからもいたいというのならば。

日々是好日

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「頭が疲れて仕舞いました」。

2012-06-07 08:51:32 | 日本語の授業
今朝も涼しい風が吹いています。
 
 ブログに載せていなくとも、毎日、昨日のことを書いてはいるのです。が、学生たちが来はじめると、そちらの方の用事をしなければなりませんから、途中で筆を擱かざるをえなくなってしまいます。いつ頃からか、朝からこういうこともできなくなり、全く何が何だか判らないような日々が続いています。

 学校というのは、生きた人間同士の集まりですから、それぞれがそれなりの思惑があって集まっています。「思惑」と言いましても、決して全部が全部、悪い意味というわけではなく、「計画」といってもいいのでしょうが(時には、甚だしく目に見える形での「打算」としか思われない場合もあります)。それでも、また若い人たちですから、自分が今、確実に出来ること、頑張れば出来る可能性があること、おそらくは出来ないのではないかと他者から見えることなどの区別が付きません。

 おまけに、それぞれ、国情が異なっていますから、彼らの国では簡単にできることでも日本では難しいこと、またその逆の場合もありうるのです。

 本を買うこと、揃えることというのは、日本ではまず問題ありません。しかしながら、ある国では専門書を買うどころか見ることさえ困難を極めるということだってあるのです。彼らが進学するための書類にしても日本では簡単に手に入ります。引っ越しが簡単で直ぐに住所変更が出来るのと同じように。

 しかしながら、彼らが望みとする大学院に入るのは、決して簡単なことではありません。勿論、「N2」にさえ合格していれば、誰でも来てくださいという私立大学はあります(安くはないのですが)。そこなら、それほどの難しい手続きを経なくても、おそらくは入れるでしょう。けれども、日本人でも行きたいようなところとなりますと、彼らが考えているほど簡単ではありません。

 「大学を出たから、次は大学院に行く」だけの、「どうしてもその『専門』を学びたいという強い欲求」のない人は、普通、日本の大学院の先生方は「嫌い」です。

 「大学四年間、この専門を学んできた。けれども、まだまだ、学びたいこと、知りたいことが山のようにある。分け入っても、分け入っても、果てが見えないのだ。誰も教えてくれる人がいないなら、自分で研究していくしかない。私は、その道案内、道筋をつけてくれる人を求めている」。これくらいの強い気持ち、覚悟があるなら、また話は別でしょうけれども。

 本当に安易に考えられると困ってしまうのです。

 「法律をやりたい」とか、「経済をやりたい」。「教育をやりたい」で終わり。私たちからすれば、「それは大学に入るときのことだろうが」と思わずため息が出てくるのですが。彼らの国で大学を出ているにもかかわらず、それで思考が止まっている人が少なくないのです。

 まあ、国によっては情報に制限がありますから、いくら大学を出たといっても、日本の高校生ほどの知識がない人たちがいるのはしようのないことなのですが。

 「君たちが入りたいと言っているのは、大学ではなくて大学院なのだ。大学院に入りたいというのには、それなりのものが必要なのだ」と言っても、「へっ?」で終わってしまいます。彼らの腹の内では、「どうして?私は、ちゃんとした大学を出ているのに」なのでしょうが。

 これは国の責任でもあるでしょうし、彼らの国の社会の責任でもあるでしょう。

 もちろん、少しずつ変わってきているというか、波紋が広がりをみせるように、北京や上海では、もう常識になっているのでしょうけれども。そして、他地域ではまだまだ30年前の習慣で動いているだけというだけなのかもしれませんが。

 昨日はとうとう、頭が疲れたので、「これでやめ。後は明日」と叫んでしまいました。無から有を引き出すのは難しい。全き「無」というわけではなく、本人が気づいていないだけなのですが。しかし、私からしてみれば、どこにそういうものが潜んでいるのか、また具体的な「何」が潜んでいるのかさえ判らないのですから、手探り足探りで、泥の中を探っていくような感覚です。せめて「砂金」の欠けらでもあれば良いのですけれど。

日々是好日
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