日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

藤の花が満開です。

2018-04-25 12:12:19 | 日本語学校
雨。

昨夜か早朝、かなり強い雨か風が吹いたようです。街路に植えられている「ツツジ(躑躅)」が、引き千切られでもしたかのように花を散らしていました。

私が出てくる頃は、雨風共に、それほど強くはなく、帰りだったら自転車で行けるかもと思うところだったのですが、もうかなり重い雨が降っています。でも、聞くところによると、一日中というわけではないそうな。今頃の、このようなぐずつきがちなお空を「タケノコ梅雨」と称するそうなのですが、そういえば、最近タケノコ御飯のCMをよく見かけます。

さて、学校です。

先日、新聞に「足利フラワーパーク」の大「フジ(藤)」の写真が入っていたので、学生に、それを見せ、「フジ」の花の説明をしました。

皆「きれい、きれい」と大騒ぎ。挙げ句には、カレンダーの4月のページ、「シダレザクラ(枝垂れ桜)」の絵を見て、「これ、これ」と言い出す始末。それは「『シダレザクラ』、桜です」と言うと、こんな桜もあるのかとこれまたびっくり。

ただ、まだ留学生にとって、交通費や入園料などを考えると、かなりお金のかかるところなので、「みんなが進学して、ちゃんと勉強して就職できてから、行ってみよう。それまでは、写真を見るだけね」ということに。

知識というか、たとえ、写真であろうと、見たことがあるということも大切で、この学校にいる留学生のほとんどは、自分の国、自分の町、自分の村のことくらいしか知らないのです。ですから、「私の国にはたくさんの外国人が来ます」と胸を張って、それで終わり。如何に自分の国が素晴らしいかを、おそらくは国の教育でしょう、それのみを言い、足らざるを言えないのです。

もちろん、それを非難することは簡単です。けれども、他の国にも素晴らしい風景、自然、町があることを見せることの方が、先なのでしょう。日本に限らず、どこの国であってもいい。おそらくは、共に学んでいる互いの国の風景(自然や人々、町の様子)である方がいいのでしょう。

少なくとも、どこの国でも、人々は同じように食べ、同じように生活し、学んでいることがわかります。

そうすれば、自分の国の方がすごいなどと無用な張り合いをせずとも済みます。

自分、あるいは自分の国に対する自尊心を持つことは、もちろん大切です。しかしながら、それ以上の、せっかく外から自分を見る機会を得たのですから、足らざるを思う、できればもう少し建設的な考えを持てるようになって欲しいものです。

日々是好日
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明日の「浅草」は、延期になりました。

2018-04-24 09:02:11 | 日本語学校
曇りのち晴れ…。

夕方には水分をたっぷり含んだ雨雲がやってくると言うけれど…。今、陽が射してきました…。いいのかな。尤も、空は淡いグレーの厚い雲に覆われているようですけれども。

明日、皆で「浅草」へ行く予定だったので、一週間前から天気予報を見ては、ヤキモキしています。1日ずれていれば…と思うのですけれども、どうも明日の朝、激しい雨になりそう…という予報は、ぐらつきません。

だいたい、少しずつずれていって、一週間ぐらい前の予想と1日か、6,7時間か、どうにかなってくれているものなのですけれども。それがそのままというより、もっと悲惨な状況になりそうです。

そう言えば、5,6年前でしたか、内モンゴルの学生が多かった頃、集合時間前から土砂降りで、どうしよう、これでも行くか?というような状態。急に来た…という感じでした。まあ、近場の水族館だからいいだろうと行ってみれば、その日は休館。弱り目に祟り目とはこのこと。で、急遽「フジテレビ」でしたか、お台場の方へ 行ったのですが、確か「ワンピース」とかの漫画の模型があり、男子学生達は大喜び。向こうでも有名だったようです。「魚を見るより、こっちの方がいい」だったのでしょう。

この「魚」のことなのですが、以前、中国人の友達が、「娘がスーパーを怖がる」と言うのです。理由は「魚が怖い…」。なるほど、日本人が中国や台湾に行って、「ブタ(豚)」の頭が飾っていたり、「ニワトリ(鶏)」の頭がちょん切られているのを見て、怖じるのと同じ理由です。「魚が私を見ている…」。なるほどね。

内モンゴルの学生のことを思い出していたら、またまた彼等のこんなことを思い出してしまいました。当時、彼らの寮としていたアパートに、大きな虫が入ってきて、大きな声で鳴く。気持ち悪いと言うので見に行くと、正体は「セミ(蝉)」。彼等の住んでいたところ(母国の)には、いなかったのでしょう。そうか、蝉が不気味なのか…。言われてみれば、確かに図体はでかい。もし、これが「ゴキブリ」で、大きな声で鳴かれたら、確かに私だってビビります。

彼等の中には、子供のとき、草原で、大きな犬と共に狩りをしていたという学生がいました。当時は背が隠れそうなほど草が伸びていたそうです。そこで小動物を狩っていたのだそうですが、そういう人でも、ああいう虫を不気味と思うのかと、ちょっと驚いたものでしたが、考えてみれば…そりゃそうですが。

異国で暮らすということは、そういう小さな恐怖に、常に晒されているということでもあります。同国人の先住者がいれば、心が落ち着くはずです。学生達を思うとき、彼等が、同国人がいなくて寂しいと言う時、その言葉以上の何かも含まれているのでしょう。

と、呟きながら書いているとき、結局、明日の「浅草」は、延期。来週行くことになりました。どうも今年は「強力な雨女・雨男」が数人いそうな感じです。少し遠出になる、「鎌倉」や「富士山」は、大丈夫かしらん。

日々是好日
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「夏休みに帰りたい」には、…戻ってきたときには、日本語も忘れているし、お金もスッカラカンになっている…と言ってとめるのですけれども

2018-04-23 11:22:39 | 日本語学校
曇り。時々、ぽつりぽつりと来るらしい。

昨日に比べて、グッと冷えているという感じですが、これが今頃の、本来の気温らしい。夏のような暑さに茹だったかと思うと、急に「まだ4月である」ことを意識させられる…おかしな具合です。

けれども、自然は正直なもので、「アヤメ(菖蒲)」が咲いています。「ポピー」なのでしょうか、それとも「ヒナゲシ(雛罌粟)」なのかしらん、あちこちで風に揺れています。「ハルジオン(春紫苑)」や「ノゲシ(野芥子)」も背高く花開かせていれば、「タンポポ(蒲公英)」は既に綿毛を飛ばしています。…とはいえ、今日は冷える。

さて、学校です。

去年の四月生が数人、夏休みに国に帰りたいと言いに来ました。気持ちはよく判るのですが、(日本に)戻ってきてからのことを考えますと、「はい、いいですよ。楽しんできて」とは言えません。

8月に2週間なり、3週間なり帰省して、戻ってきたときには日本語は既にチグハグなものになっている。漢字なんて、これまでの努力はどこへ行った?状態になっている。そして何よりも、お金がなくなっている。…後期の学費はない(この学校では2年目からは半年ごとに払うことになっています)。で、「待ってください」が続く。そのうちに9月か10月ごろから専門学校の入試がやって来る。合格しても入学金が足りない、学費は全部納められない…で、揉める。

彼等の一時帰国は、飛行機代だけではないのです。お土産代だけで、この一年稼いだ分は吹っ飛んでしまいます。

それに、一般的に、一時帰国したいと言いに来る学生は、それほどレベルの高い専門学校に行けないのです。それで、ますます大変なことになって来る。なぜなら、普通、そういう学校から、埋まっていきますから。「受けたい」と言っても、「もういっぱいです」と言われてしまうのです。そういうところでは、当然のことながら、先にお金が払える人から入れていきますし。

これらの事情を話しても、なかなか判ってはくれません。帰りたいという気持ちが先走っていて、戻ってきてからのことなんて、どうにでもなるくらいにしか考えられないのです。実際には、どうにもならないという場合が多くて、最後の最後まで決まらないという人も毎年出てきているのに、「自分は別」という意識から抜けきれない。

そういうのは、大学合格を目指して、「N2」に合格出来るような人(非漢字圏)くらいなのですが、「N4」レベルでも、そう考えていることが怖い。

学校で数度テストをしているので、自分のレベルというのは判りそうなものなのですが、他者と比べるという習慣がないからか、判ってくれないのです。もちろん、他者と比べて劣等感に陥るということがないので、それはそれでいいことだとは思うのですが、日本で進学を考えるとき、こういう人はちと困る。

「私の家はあの人の家より金持ちだ(あるいは階層が上だ)」だから、「あの人が大学に行って私が行けないはずがない」に、どうしてなるのか(テストで決まるというのに)、私にはそれが判らない。総じて、甘やかされて育っているなと感じさせられる場合が多いのです。

よくできていなくても、「よくできる」と褒めそやされて育てられている人が多いので、(日本でも)褒めることはますます自意識過剰にさせるだけ。現実が見えなくなるだけなのです。日本でも、私の国とおんなじだとなるのです。高を括っている人には「あなたのレベルはここ。これくらいしかできていない。頑張らねば、合格出来ない」と、鼻面に突つきつけてやるのですが、それでも、認識を変えることができない人もいて、進学時にはそれが一番の苦労、面倒なことなのです。

10年くらい前の、「簡単に入れて、(学費が)安い専門学校だったら、どこでもいい」という人が大半を占めていた頃も大変でしたけれども。

日々是好日
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「ラーメン屋さんのニュースを見たら、ラーメンが食べたくなりました」なんて、うれしいこと。

2018-04-19 08:28:51 | 日本語学校
曇り。

空はうっすらと雲がかかっていますが、じき晴れるでしょう。これも霞のようなものの一種なのかもしれません。風は少々ヒンヤリしていますが、どこやら暑さが忍び寄っているような感じがします。

街は「フジ(藤)」の花が花房を伸ばし始め、「ボタン(牡丹)」お花は、今がまさに満開。「フジ」は住宅街でも、小中学校でも、あるいは幼稚園や神社などでも見られるのですが、「ボタン」は、どうもこの地に合わないのかもしれません。近所では見かけませんもの。

とはいえ、少しでも郊外へ行けば、大きな「ボタン」の花が、あちこちのお庭で、我が世の春を謳歌しています。そういえば、そういうところで、「クチナシ(梔子)」も咲いていました。昨年は、探しても探しても「ない、ない、ない」と寂しく思っていましたのに…。やはり「クチナシ」は根強い人気があると見えます。

こう見てくると、確かに「初夏」です。昨日の雨で、また見事に新緑が復活しました。「ボタン」や「フジ」の花が終わると、光り輝く「新緑」の季節に移っていくのでしょう。

さて、学校です。

ここ、2,3日、寒い日が続いて、学生達は冬の服に戻っていました。でも、靴下は穿いていないのですよね。どうも(寒さに対する)感覚に差があるようで、秋から冬になるころには、ある程度、時が経てば、靴下を穿くようになってくれていたのですが、それが冬から春になる途次の、一時的な寒さのときには、元に戻ってしまい、なかなか「少しでも寒かったら、靴下を穿く」が徹底できません。

まして、「四月生」が入ってきて、母国の匂いをプンプンさせてしまえば、わずか一年足らずの彼等は、スッと母国人に戻ってしまいます。風邪をひかなければいいのですけれども。

で、話は変わりますが、昨日のことです。

12時半、午前の授業が終わり、「Aクラス」の学生達が、どっと出てきた時のこと。階段でいつも渋滞になるのですが、その時、ネパールの学生達が、「ラーメンが食べたくなりました」とかなんとか、まるで日本のおじさんのようなことを言いながら帰っていくのを教員が聞きつけ、「あれ?」。訊くと、ニュースの授業で福島のラーメン屋さんが出てきたとのこと。「見ていると、食べたくなりました」。で、これから何人かでラーメン屋さんに行くらしい。

職員室ではその話で持ちきりでした。

ネパールの学生は、「(日本料理は)食べられるけれども、食べない」という人が多く、やはり習慣というか、宗教的なものがあるのだろうと思っていたので、皆一斉に「へ~え、(変わったな)」。

やはり、来日後一年を過ぎると、「日本に馴染む」というのが、そういう形で出てくるのかもしれません。レストランでアルバイトをしている学生もいますし、ある程度自由に話せるようになると、日本人の友達もできるでしょうし…。で、日本料理を食する機会も出てくる…のも当然のこと。…いいことです。

もちろん、何年日本にいようと、日本人と接触する機会が少なければ、みな母国にいる時と同じ。付き合う人も、彼等を包んでいる文化も習慣も、日本のものはあまり入っていきません。

以前、何の話でそういうことになったのか忘れてしまいましたが、やはり「Aクラス」での授業の時でした。「日本の食べ物で一番すきなものは何か」と尋ねたことがありました。するとスリランカの男子学生が、「マグロ(鮪)」と言ったのでびっくり。だいたいインド系の人たちも、生で魚を食べるということがだめで、彼等がお腹を下して休んだ時は、「ああ、スシか、刺し身を食べた」か、「肉を食べた」でしたもの。

抵抗感なく、日本のものが食べられるようになるのは、やはり日本語能力がある程度必要で、日本語が話せると、(日本にいるのですから)見えてくるものが違ってきます。同じものを見ても、感じ方、考え方が異なってくるのです。ほとんどの学生は、大学なり、専門学校なりを卒業してから、日本の会社で仕事をしたいと考えています。そのためにも、できるだけ早く日本に馴染んだ方がいい。

ラーメンが食べたくなった…で、「少し安心した」というと変ですが、これは実感です。

そして、午後。私が下の階で授業をしているときのこと。お腹いっぱいになって幸せそうな顔をしたネパールの学生が5,6人、戻ってきました。こっちが授業をしているのに、お構いなしに、手を振っています。自転車を取りに来たのでしょう。みんなニコニコしています。いいですね。日本語の勉強だけでなく、きっかけは何でもいい、日本のものに少しでも馴染めれば、日本で生活することが苦でなくなる。

アルバイトや勉強で大変な学生達が、少しでも寛げる時を(日本のものの中で)見出せれば、私たちもうれしいのです。

日々是好日。
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新学期が始まりました。新しい人たちが来ています。さあ、勉強です。

2018-04-13 09:17:28 | 日本語学校
晴れ。

冷たい風が吹いていますが、「タンポポ(蒲公英)」の黄色が勝るようになりました。「ナノハナ(菜の花)」の黄色とは、近いようで微妙に違うものなのですね。それに、「青き小花」というと、以前は「オオイヌノフグリ」でしたのに、最近では「ハナニラ(花韮)」の方が目立っています。

そして、「サクラ(桜)」。もう木陰を作れるほどに葉が茂っています。晩春。「行く春や…」と吟じても、今日は暖かいとは言えませんし、風も強く、春の終わりと言った情緒はありません。きっとネコも部屋の中で蹲っていることでしょう。

さて、学校です。

今日から新学期。昨日の報告では、昨日、スリランカからの学生が2名着く(連絡を受けたときにはまだ着いていなかった)とのこと。残りの1名は、…まだはっきりとした知らせはありません。

日本で申請が通っても、現地で許可されるかどうかわからない。現地で許可されても諸般の事情があり…ということで、来られないこともある。

全く、蓋を開けてみなければ、全員の顔が揃うかどうかも判りません。

4月に入って、始業式までに来られた学生は、ある意味では運がいいのでしょう。この運を生かして、頑張ってもらいたいものです。

とはいえ、日本に来たら来たで、事務的な手続きが必要になります。来てすぐに、学校で説明を受け、先輩が彼等を連れて、市役所へ行きます。それからは…、ハンコを買う、銀行へ行く、電話会社へ行く、自転車を買う、安いスーパーを教えてもらう…。

学校では勉強とはまた別に、日本に慣れるための指導が一歩一歩始まります。もちろん、寮に入ることになっている学生は、入ったときから、始まっているのですが。それが、学校に来て、共に数時間を過ごすようになりますと、見えてくる部分も多々あり、そのたびに指導をしていかなければなりません。

スリランカやベトナムの学生に関しても、そして最近増えてきたネパールの学生についても、それぞれ、個性というか特徴があり、最初のうちは、こちらもそれに振り回されていました。しかしながら、それも一年に四巡(一年に四回募集しますので)もすれば、そして、それが、二年、三年と経っていけば、見えてくる部分も増えていき、オタオタすることが少なくなってきました。

人は、何事であれ、納得できなければ、守れません。それを説明しようにも、共通の言葉がないのですから、どうしょうもありません。初めの頃は、現地の学校に頼りました。ベトナムで、それがしっかり指導できる学校が見つかった時、本当にホッとしました。肩の荷が半分ほど下りたような気がしたくらいです。そういう学生が日本に来るようになって、1、2年経てば、今度は彼等が後輩を指導してくれます。

ネパールの学生が、丁度今、それが始まったような感じでしょうか。彼等の場合、現地での面接の時点で、かなり厳しい指導を入れてあります。…まだ向こうの学校には頼れません。ベトナムの学生の場合も最初のころはそうでした。今は、あまりそう言うことをしなくてもよくなりましたが。

…学生が来始めました。二年生は、やはりそれなりに二年生です。新しい学生達と比べると、やはり…古い、馴れているというか。こういうとすぐ怒られてしまうのですが。

日々是好日
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昨日、ベトナムから五人やって来ました。

2018-04-12 09:21:11 | 日本語学校
晴れ。

早朝は曇り。お日様が出ても曇り。今は、青空が広がっていますが。…こういうのが春なのかもしれません。疾うに「サクラ(桜)」は終わり、「ハナミズキ(花水木)」も満開になり、街路の「ツツジ(躑躅)」の花も、もう咲き始めていますけれども…。

今朝、学校へ来る途中、数年ぶりに、「ジゴクノカマノフタ」を見かけました。どこに隠れていたのかしら。まっ、…そうでもないか。自転車でサッと通り過ぎていれば気がつかぬのも無理からぬこと。おそらく、毎年決まった場所に同じような時に咲いていたのでしょう。紫色の、地面にへばりついているような野草です。本当(?)の名前は、多分「キランソウ」。子供のときからそれを「ジゴクノカマノフタ」と呼んでいました。漢字で書けば、おそらく「地獄の釜の蓋」なのでしょう。

草花の名前というのは、聞けば、それだけで物語が始まってくるような気がしてきますから、面白い。もちろん、見かけから来るものも多いのでしょうが。これが樹木になりますと、厳つくなって、なかなか面白いとはいかず、どこやら襟を正さねばならなくなってきます。

さて、学校です。

寮に入る予定の人たちは全て揃いました。後はバングラデシュの人が二人、15日に成田に到着の予定です。迎えには親戚の人が行くことになっていますから、これも心配なし。この、親戚の人は三人申請し、ビザは三人とも下りたというのに、現地で、一人が、結局は下りなかった。来日予定の二人は、もう一人の許可が下りるのを待っていて、遅くなったらしいのですが、残念なことに、彼等だけで来ることになってしまいました。

それから、スリランカの学生は、三人来ることになっているのですが、さていつ来るのやら。現地の学校の方で、成田への迎えや来日後の住居など手配することになっているので、別に心配はないのですが、ただ「入学式」は、皆が揃ってからの方がいい。それで、こちらはヤキモキして、一緒に暮らすことになっている在学生に訊いているのですが、彼女も済まなそうに「わかりません」と言うばかり。「あちら時間」、「あちらのやり方」、なのでしょうねえ。

昨日成田に着いたベトナムからの五人、早速日本式の洗礼です。同じ学校(現地の二つの学校から来ています)から来た五人が迎えに行ったのですが、行徳駅に着く前に電話があり、「先生、荷物が多い」。「荷物は極力持たないで来るように言ってある。持って来たのは自分が悪い。自己責任だから自分で持たせなさい」。「タクシーの方がいいです」。「歩いてきなさい。近いんだから」。

と言うわけで、まず駅に迎えに行きます。十人がそれぞれ一人分としか思えないような荷物を抱えて出てきました。「どうして、こんなに荷物を持ってきたの!勉強道具?ですか」。迎えの学生が言います。「違うと思う…」。

「一人で二人分としか思えないような大荷物を抱えて…、だれも迎えに行かなかったら持って来られたと思うのか」。言葉は判らないながらも、荷物を指しているし、怒っているみたいだから…荷物のことで文句を言われているなとわかるようで、五人とも、困った顔をしています。迎えの学生は知らん顔。…それを見て、私は腹の中で「君たちも去年、同じことを言われたんだよ」…まあ、「因果は廻る糸車」ですから、いいか。

「早朝着いて、大荷物を抱えて、疲れた…でしょうけれども、さあ、自分で持って学校へ行こう」と言いますと、迎えの学生が、「タクシーにしましょう」とまだ言い募ります。「だめ!」。だめと言った手前、私の方も手伝わざるを得なくなり、乗ってきた自転車はどうにもこうにも重い…私には持てない…荷物の方に貸し出します。迎えの学生が一人、大急ぎで自転車を取りに行きます。彼女を待って、一人が二つの荷物を手に駅のベンチに腰掛けています。

その間も、私は文句を言いながら、学校へと皆で向かいます。

女子学生の部屋は駅と学校の中間にあるので、彼女にはそちらにまず荷物を置いてくるように言います。前にそこに住んでいた学生が付き添います。

学校の外で待っていると、女子学生が追いついてきました。それでまた十人で、寮に向かいます。途中、迎えの女子学生が、「(私たちの)部屋に近い」とニコニコしながら言いました。寮として新しく借りた部屋は、彼女たちの部屋の近くだそうです。

鍵を渡して、まず男子四人を、部屋に入れます。荷物は、一旦、全部台所に置かせておきます。次に、靴箱と冷蔵庫の位置を定め、それから、部屋の使い方を説明します。最後は、荷物置き場です。押し入れを四つにわけ、だれがどこを使うかを決めさせ、そこに何か本人のものを置かせておきます。一場所残りましたので、それは後で考えることにしておきます。

それから、学校へ戻ります。まず道を覚えてもらわなければなりません。十人でワイワイガヤガヤ言いながら学校へ。学校での手続きが終わると、「アルバイトが2時から」という一人を除いて、九人で(市役所の)支所に向かいます。4時近くになっても、戻ってきません。連絡もないので,(支所に)様子を見に行くと、学生は誰もいません。

学校に連絡すると、「ついでに買い物して戻る」という連絡があったとのこと。なんでも、迎えの学生も、家で食事の準備をしている者と、彼等に付き添っている者とに分かれていたらしい。付き添っていた学生曰く「新入生はドンキホーテで買い物途中、友だちに会って話して込んでいる…」。そこで「買い物を止めて早く戻ってきなさい」と言ったという。渋々戻ってきたかと思いきや、明るく戻ってきました。なぜか人が二人増えている…。

ドンキホーテで出会った友人もこの輪の中に入っていたようです。きっと一緒に食事するのだろうな。で、彼等にも手伝ってもらいます。すると、「はい、ありがとうございます」と言いながら、反対方向に行こうとする輩がいる。こっち、こっちと言うと、「へへへ、先生、私の家はこちら」。

買い物の袋やら、布団やら、大荷物を抱えて、寮へと戻っていきました。「明日は10時に学校に来るように」と言っておきましたが、さて、起きられますかしらん。また、起きられても時間を守れますかしらん。

日々是好日
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多分、またテストの時、大変でしょうね。

2018-04-11 09:50:47 | 日本語学校
曇り。

昨日は暖かくて、「ネコ(猫)」が丸くなって日向ぼっこしていそうなお天気でしたが、今朝は曇っていて、お日様がいない(!)。いえ、実際のところ、雲の中から白い太陽が、見えている…と言うより、白い光が時折見えてはいるのですが、実感として お日様は感じられません。今日、昨日よりも気温は上がるとのことですが、さて、体感温度としてはどうですかしらん。

さて、学校です。

昨日は、新学期に備えて、全体会議のあと、クラスごと、科目ごとの話し合いがありました。というわけで、学生達が遠慮していた…かどうかは判りませんが、午後いつも勉強に来ていた二人も来なかったようです。それとも、上の階にいた私たちが気がつかなかった…それで、帰ったのかしら。

後2日で新学期が始まります。今日もベトナム五人、ネパール一人が成田に着くことになっています。バングラデシュは15日ということですが、判らないのはスリランカ。一緒に住むことになっている女子学生が、スリランカから連絡が来たら、すぐにこちらに知らせてくれるように頼んでいるのですが、例年のことながら、「明日学校へ連れて行きます」という事後連絡しか、届かない。まあ、自分たちで迎えに行き、自分たちの部屋へ入れるので、自己完結していますから、それも仕方が無いのでしょうが。ただ、入学式に間に合うかどうかというのもあるので、ちと気になる。

だいたい、例年、来日後、授業が始まってから、一、二か月ほども経ちますと、だんだん皆も慣れてきて、それなりに授業がしやすくなります。あくまで教室内でのことですが。Aという学校から来た学生は、「『カタカナ』さえ、判るようには書けないる」とか、同じ国でも、「Bという学校から来た学生は、かなり学んできている」とか、そういうことが教師のみならず、学生同士でも判ってくるのです。

そして、言葉は悪いけれども、「呑み込み八百長」が始まります。すぐに助けてしまうのです。悪くするとカンニングめいたものも始まります。彼等にとっては、日本人が使うズルという意味での「カンニング」という言葉は存在せず、「助け合い」でしかないのでしょう。

小さい声ではありますが、声に出して訊くので、前にいる私にも聞こえてきます。隣や後ろの学生に見えるように答案用紙を置くので、これも判ります。身を乗り出して覗き込んでいるのですもの。

人のを見たり、あるいは訊いたりするのではなく、自己完結性のカンニングもあります。スリランカの学生はいつもこういう人がいるので、きっと彼等の国では普通なのだなと思われるのですが、膝の上や机の中に、本やノート、あるいはプリントを置いてそれを見て写すのです。巡視すれば、ササッと隠すので、怪しいとすぐに判ります。彼等の国でも、教師はそれが判っていたでしょうに、注意された経験がないのでしょうね。注意すると「呑み込み八百長」をしないこちらを非難するような目で見ます(恨めしそうな目ではありません。きつそうな目です)。膝の上に置いておけば、前からでも後ろからでも、白い紙が見えるのは当然だと思うのですが。

例年、それが判っているので、ベトナム人でも、スリランカ人でも、ネパール人でも、やっているなと判るたびに、どうして「してはいけない」のかを説明しているのですが、そういうまどろっこしいのは嫌なのでしょうね。

「これは、私たち教師が、皆が判っていない点を理解するためにするのだ。それを授業で生かしていくためにするのだ。できていないところが判らねば授業は上滑りのものになってしまう」。

もちろん、簡単な言葉で言います。初めのうちは、真面目な学生(見せる側。できている学生)でも、なぜ自分まで叱られるのだろうと不審に思うようですが、それが回を重ねていくにしたがって、見せたり、見たりしても、「してはいけないことをしている」「見つかったら叱られる」と思うようになります。そのうちに、多分、これは自分に対する言い訳なのでしょう。彼等の国では答えを聞かれて答えない方が「悪」であるらしいので。

「先生、答えを訊かれたけれども、見せなかった。見せたら、悪いんですよね」。
「そうです。見せる必要はありません。今のレベルを知りたいだけですから。もし、内容が判っていなかったら、もう一度やり直した方がいいでしょ」

しかとは、意味が判らなくとも、してはいけないことが判っていけばいいのです。「頑張らないで、誤魔化せば非難される」ということがわかっていくだけでもいいのです。それはつまり、頑張ればどうにかなるということにつながっていきますから。

日々是好日
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新しい「クラス」の、確認の電話を入れました。始業日も覚えているかしらん。

2018-04-10 09:13:09 | 日本語学校
晴れ。快晴。

昨日は、家を出たときには無風状態だったのに、いつの間にか、また風が、嵐と見まごうばかりに吹いていました。さて、今日はどうかしらん。今のところ、吹いていないようですけれども。

東京で「サクラ(桜)」が終わり、今は北関東や北陸での「サクラ」が見頃。それが、5月になると北海道に渡って、そして今年の「サクラ」は終わりになります。樹の「サクラ」が終わると、今度は「シバザクラ(芝桜)」の季節となり、濃い桜色に覆われたいくつかの観光地が賑やかになります。

この辺りでは、もう新緑の季節となっています。その緑の美しいこと。電車も地下を行く間は、何も見るところなしなのですが、それが地上に出てくると、緑に目を奪われてしまいます。もちろん、雨に濡れた新緑は美しい。けれども、雨が降らなくても、陽光を浴びた新緑はきらきらとして美しい。でも、こうして目を奪われている間に、梅雨が始まり、猛暑がやって来るのでしょう。それは、ちと怖いですね。

さて、学校です。

卒業生が去った後、3月最後の「クラス分けテスト」の結果に準じて、「B・Cクラス」、「Dクラス」、「Eクラス」を、「Aクラス」、「Bクラス」「Cクラス」に分けました。新学期からはそれでやっていくことになっています。そして、今、少しずつやって来ている新入生が「Dクラス」を形成することになっています。「Cクラス」は、既に『みんなの日本語』38課を学び終えていますから、この中には入るのは少し難しいでしょう。

今年は、1月末ごろから、在日の方の連絡が続きました。この学校は留学生を主にしていますし、小規模校なので、なかなか在日の方の要望に応えることができません。「『ひらがな』と『カタカナ』は、書けるけど…」というのは、だいたい、一応書けるということで、ディクテーションなどすると、表を見て、探しながら書くと言うことになってしまいます。

これでは、多分、ついていけない。留学生は「N5」の試験に合格しなければ、原則日本に来られませんから。そういう人たちでも、「ひらがな」と「カナカナ」から始めます。母国で身につけた「ひらがな」「カタカナ」は、ちょっと読めないという形のものもありますから。他は、復習なので、急ぎ足でやります。

何せ、「日本語の試験」というのも、四択から選ぶだけのことですから、「ひらがな」が書けようが書けまいが、これでは判りません。それで、現地へ行ったときに、必ず、チェックはしています。書けるかどうか、それから文章題が読めるかどうか…。もちろん、話をしているときの相手の様子などを見るのが一番大切なのですが。

とはいえ、「ひらがな」「カタカナ」がやっと書けるという人(在日で、書けるという人)たちとは違います。それでも、頑張れる人はいいのですが、それが頑張れなくなると、不満が出てきます。在日の人に限らず、留学生でもそうなのですが、学校で座っているだけで身につくはずもなく、それなりの努力は必要なのです。これが判ってくれてから、始めるといいのですが。

日々是好日
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相手のことを思いやるのも、思いやり方の違いもあり、一言では曰く言いがたい。

2018-04-09 10:16:32 | 日本語学校
晴れ。

快晴です。先週はすごかった。金曜日、土曜日と春の嵐が続き、自転車を漕いで、前に進むのも、やっとの有り様。公園の砂場の砂が舞い上がり、枯れ葉色になった「サクラ(桜)」の花びらが渦を巻き、いやはや大変でした。

そして今日。うそのように静まりかえっています。

昨日は部屋から「カラス(鴉)」の喧嘩を見ていました。先日は小枝を加えた「カラス」を見ていますから、縄張り争いが始まっているのでしょう。それを見るたびに、以前、「カラス」に蹴飛ばされたことを思い出します。自転車に乗っていて、頭に留まられた人もいたそうですから、蹴られたくらいで終わったのを良しとせねばならぬかもしれません。

さて、学校です。

言語も文化も、川面に浮かぶ「花筏」のようなもの。そうはいうものの、これを「塵芥」と見るかも、その時々の人の心情による。

ただ、この「花筏」ないし、「塵芥」で、新しくそこに住む人の環境が変わってしまうということもありますから、それが怖い。その地の言葉が話せない…仲間はずれにされる。文化、つまり習慣が違う…それ故に誤解されてしまう。

留学生というのは「生活者」であり、「旅行者」ではありません。「旅行者」であったら、楽しむための経済的な余裕はある程度はある。それに上っ面だけ流していけば済むことですから、嫌な思いをすることもない。おそらくほとんど無い。

けれども「生活者」というのは、先住者や彼等の生活を、ある程度、尊重しなければなりません。だてに数万年、数千年その地で暮らしてきているわけではありませんから。相手を尊重しなければ、軋轢が生じるのは当たり前のこと。これはどこへ行っても同じことでしょう。まず自分たちのやり方では通用しない部分がかなりあると思っていた方がいいのです。

その上で、先住者も新参者に対する思いやりは必要になる。そう思っていた方がいいのです。

もちろん、これは新参者の方での態度。先住者はその逆で、互いに相手の立場を思いやるからこそ、うまくいくのでしょう。

ただ、これが異国人であると、なかなか日本人同士のようにはいきません。けれども、慣れてもらわなければなりませんし、それは、こういう日本語学校の、仕事の1つだと思っています。

日々是好日
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次々に、新しい花が咲いていきます。

2018-04-06 09:15:11 | 日本語学校
曇り。時々晴れ。

昨日、帰宅途中、わずかばかり、雨粒が感じられました。けれども、それだけのことでしたので、今朝、窓を開けて、びっくり。かなり地面が濡れています。

これで、草花も息を吹き返したことでしょう。何よりもまず、水ですものね。

「ソメイヨシノ(染井吉野)」が散るころ、「ヤエザクラ(八重桜)」が満開になります。今年もその通りで、今、「ヤエザクラ」は、如何にも重そうに花を揺らしています。高校生のころ、この如何にも重たげな花を、蔭で「ブタザクラ」と呼んでいました。軽やかな一重のサクラに比べると、どうも厚ぼったくて好きになれなかったのです。けれども、なんであろうと、それなりの美はあります。申し訳なかった、ヤエさん。

さて、代が変わって、街では、「ハナミズキ」、「ドウダンツツジ(満天星)」、「ツツジ(躑))」などがかなり蕾を膨らませてきました。「ツツジ」の場合、すぐ思い浮かぶのは、雨に濡れた道路と濡れてつややかさを増した、大振りの「ツツジ」の花。それも、もうすぐですね。

さて、学校です。

昨日、ネパールから四人やって来ました。迎えに行ったのも四人。今回はちゃんと四人揃って行けたようで、約束したとおりにきちんと電話連絡が入ってきます。「行徳駅に着いた」と言うことで、私は男子寮の方へ、もう一人は女子寮の方へ行って待ちます。二人の女子は、同室の学生が迎えの中に入っているので大丈夫なのですが、男子の方は、先に部屋に入っているのが、3日に来た新入生ということで、電話をまだ持っていない。つまり、「今、行くよ」という連絡ができないのです。

ノックしてみると、二人のはずが四人います。3日に来た新入生が三人、そして、同じ学校から昨年来ていた先輩株が一人。みんな、「あれ、先生(どうしたの?)」という感じ。

新入生はにこにこ顔で「今からご飯を食べます」と、作りかけの鍋を見せてくれました。「今から食べますか。すぐに、新しい人が二人来ますよ」。そう言いながら、ついでに、部屋をチェックします。んん…。来たばかりだから、汚れているはずはないか。

まずは部屋の区分けです。「新しい人はどこで寝ますか?」「私たちはこちらの部屋、新しい人はあちらの部屋」。二人プラス一人、そして先輩を入れて、相談しながら答えます。「押し入れはどう使いますか?」「私はここ、彼はあちら。新しい人は、二人でこの大きい方を使います」。

3日に来た三人のうち、二人はこの、新しい部屋で、後の一人は昨年の学生達と一緒の、一階の部屋。この部屋が、3日に行ったとき、かなり片付いていなかったので、私が雷を落としたということもあったのでしょう。一人が、「今、きれい。きれいに掃除しました。その時、手をガラスで切りました」とバンドエイドを付けた指を見せます。彼は掃除をしなくてもいいのに、とはいえ、先に来た人たちが、掃除をするのをぼうっと見ているわけにはいかなかったのでしょう。

先輩株の女子学生(先輩といっても、昨年の10月に来たばかり)が、今から、3日に来た三人を銀行に連れて行くと言います。…ああ、それで三人は揃っていたのね。で、新しい人が二人来るまで待ってもらいます。少し気の毒でした。おなかが空いていたでしょうに。私がいたので、食べるわけにいかなかったのでしょう。

直に迎えに行った男子学生と二人が荷物を持ってやって来ました。この迎えに行った学生が、先日私が雷を落とした部屋の住人の一人。で、私の顔を見るなり、「先生、部屋に来て。見て。今、少しきれい。片付けたから」と言います。新しい二人が、パスポート、在留カードなどを用意するまで、彼等の部屋を見に行くことにしました。

台所も、先日よりもよほどきれいになっています。一生懸命頑張ったことをアピールします。三人で話していると、隣から眠っていた学生が起き出してきました。彼のベッドのそばにはタバコの吸い殻がたくさんあったので、これも私が雷を落とした理由でした。

「もう、タバコは止めた。本当よ、先生」「今度、また、チェックに来るからね」確かに昨日は吸い殻がありませんでした。

タバコの煙、お酒のにおいというのは、こういう団体生活では問題になりがちです。皆が皆、高校を出てすぐというわけではないので、彼等の国で既に働いたことのある人、あるいは、その時にタバコやお酒を嗜む習慣が出来ていた人などは、止めろと言われても、かなり大変なことなのかもしれません。

とはいえ、「タバコは部屋では吸わない」を徹底しておかねば、火事を引き起こしかねません。飲んで騒ぐのも、だめ。同室者が我慢できても、近所は我慢してくれません。行徳は外国人が多い町なので、比較的(部屋を)借りやすいのですが、それでも、近所との諍いは避けてもらわなければなりません。来日してから2年目に入る学生は、こういう話も理解できるはずです。

新しい人二人が準備ができてから、先輩一人と一緒に学校へ向かいます。そして3日に来ていた三人と、先輩一人が、銀行へ向かいます。

途中、周りを見たりしながら、たらりたらりと学校へやって来ます。着くと、先に女子学生が二人来ていました。こちらにも先輩女子二人がついています。

思えば、やっと、ネパールの先輩がネパールの新入生の面倒を見られるようになったのです。

昨年の四月生の場合、大変でしたね、三人の先輩のうち、一人を除いて、日本語がなかなか上手になってくれなかった。それで、この一人の荷がどんどん重くなっていったのです。在日の人にまで手伝いを頼まなければならないことさえありました。

それが、今では余裕です。却って、ベトナムの学生の方が大変になりました。人数が少なくなったので。ただ、学生達は、頼むとアルバイトを休んでも迎えに行ってくれます。それがうれしい。

日々是好日
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「気配り」と言うべきか、「忖度」と言うべきか。なかなか難しいところですね。

2018-04-05 08:51:52 | 日本語学校
曇り。

昼には晴れると言うけれども、今日は確かにまだ「春」。「春」に戻っています。慌てて春のコートを引っ張り出して着てきました。

今朝、「ヤマブキ(山吹)」の花が咲いているのを見かけました。九州では、世話が簡単な故か、どのお宅にでも植えられていた花でしたのに、こちらではあまり見かけませんでした。こちらでは、もっと華やかな花が好まれているのかもしれません。

この「ヤマブキ」も、私が見知っていたのは、「ヤエヤマブキ(八重山吹)」の方で、本来、「ヤマブキ」は一重のものが主であったらしいということを、以前は知りませんでした。こちらの低山によく登っていたころ、見かけたのは一重のものばかり。最初は違う種かと思ったくらいでした。八重のものに比べて大振りで、一重の方がずっと見映えがします。

さて、学校です。

三日に来日した新入生は、昨日、先輩たちに連れられて、市役所に登録しに行き、そのカードをもって、学校にやって来ました。ベトナムの学生もネパールの学生も、まだこちらが何を言っても、「コマッタナ」という顔をしています。けれども、国でがんばって勉強してきた人は、一音でも聞き取れると、何となくこちらが用いる単語が判るようで、「ああ(あの意味か)、○×△」と、彼等の国の言葉で、まだぼうっとしている他の学生に説明してやります。

その時の顔の、うれしそうなこと。わかると言うのは、こういうことなのですね。

これが言葉が判ってきますと、そこに「思索」というのものが少しずつ入ってきますから、こういう無邪気な顔はできなくなります。おそらく「初級」の、最初のころだけでしょうね、私たちがこういう顔を見られるのは。

ベトナムの学生のうち、一人は、私たちと話しながらも、ズリズリズリと後ずさりしていましたから、「ああ、もう、帰りたがっているな」。で、解放してあげました。話されるのが辛そうでしたから。もう一人は話しているうちに、聞き取れた言葉があったのでしょう、引く身だったのが、顔を上げだし、体が起き上がってきました。こちらの目を見て、聞き取ろうという態度がありあり…。でも、二人で来ていますから、もう一人が逃げたがっているのも判るようで、相手に合わせてでしょう、「帰ります」。

おもしろいのは、ネパールの学生の方。こちらは三人で、ベトナム人に比べて、ヒアリングにそれほど難がないはずで、それ故にでしょう、聞いているうちにかなり音と意味が一致してきたようです。もちろん、三者三様、かなりの差はあるようでしたが。

うち、一人は話すのがおもしろくなったのでしょう。「始業式までに、一週間ほどもある。勉強しておくのですよ」と言うと、「本がありません。だから勉強できません」と言う。「勉強しますか」と念を押すと、「します」と胸を張る。とはいえ、だいたい、そう言った、ネパール人のうち、部屋で勉強をきちんとしているのを見たことがない。それで「本を渡すので、明日から学校へ来て勉強しなさい」。

これも判ったようで、「あした?」。「はい、明日」。そこで、三人で相談です。彼等はあまり「この人は学校に来たくなさそうだな」とか、「この人は来たそうだな」とか、そんなことを考える習慣がないようで、「『先生が来い』と言った。だから行こう」くらいのノリでしょうか。「はい、明日来ます」と言って帰っていきました。

あまり相手の顔色を見ないで決めるところが、ベトナムの学生よりもわかりやすい。ベトナムの学生はもう少し、友達の様子を見て、いわゆる忖度をして決めるようですが。これもお国柄かもしれません。

日々是好日
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早速、悶着が起こりました。でも、一応、話し合って、納得してもらいましたけれども。

2018-04-04 09:35:52 | 日本語学校
晴れ。

列島は西と東で、お天気は真っ二つというところ。寒気団が北からジワジワとやって来ているようで、このあたりでは、昼間では南からの高気圧に覆われ、風も南風(ハエ)。ところが帰る頃になると、北風となり、昼の「夏」の気温から、「春」のそれに戻って、寒くなると言います。

この「寒くなる」という感覚も、外で活動すると、すぐに汗をかいてしまうようなお天気が数日続いていましたから、そう感じるだけのことであって、例年の気温に戻るだけのことらしい。

まあ、聞いていれば、「そんなものかいな」くらいのものでしょうけれども、実際に「寒く」なると、きっと応えるでしょうねえ。特に、学生なんて、ちょっとでも暑いと、すぐに自分の国が蘇ってきて、「もう、夏だ」になってしまいますから。

風邪をひかなければいいのですけれども。

さて、学校です。

昨日、ちょっとした悶着が、寮のある部屋でありました。新入生が来たのはいいのですが、彼が入ることになっていた寮の部屋で揉めているというのです。言いに来た学生の話を聞き、面倒を起こしているという学生を呼び出します。言いに来た学生は新入生と共に(彼の友人だとそうです)買い物に行くと言ったので、二人は行かせます。

で、呼び出した学生の話を聞いてみると、それもまたもっともなこと。彼曰く「とにかく部屋へ来てくれ」。タバコが嫌いで、タバコを吸う人たちとは同じ部屋で寝られないのだ。それで、別の部屋に一人でいるのだと言います。実際に、部屋へ行ってみると、あまり片付いてはいませんでしたね。部屋が汚れているということは「何か問題があるということ」というふうに、こちらは理解していましたから、新入生が来るというのに、確認をしなかったのは悪かったと反省してしまいます。

そして、「たばこはだめ。酒を皆で飲んだり、騒いだりしなければ、どの部屋に行ってもいい」と言います。

それでは、みなで話し合おうと、買い物に行っている学生も呼び返します。帰ってきた学生は、気が立っていて、これはちと難しいかもと思われました。が、新入生は、彼に引きずられることなく、黙って聞いています。出しゃばった様子もありません。落ち着いているようなので、少しホッとしました。

まずは、二人がいるところで、二人の言い分を確かめてみます。カッカ来ているのは、一人だけ、「私が言っても、だれも手伝わない」とか、おそらくこれまで溜まっていたものがバアッと噴き出しているのでしょう。とはいえ、後の二人は、平静ですから、彼が浮き上がって見えるのが少々気の毒。

一人で二人入ることになっている部屋を独占していると言われていた学生も、「大きい部屋に三人で住んでも大丈夫。一部屋に二人ずつでも大丈夫(彼等の部屋は、六畳一間と四畳半、そしてキッチン、トイレ、バスがついています)と言います。ではと、こちらからこうしてはいかがかと提案してみます(自分たちでは感情が先立って話にならないということもありますから)。二人が同意し(新入生は同意するしかないでしょう)、部屋の割り振りは、一部屋に二人ずつ。先に来ていた方が六畳の間ということで二人とも了解。押し入れも四人それぞれに場所を決めておきます。これも大丈夫。

それから、掃除です。「ここも汚い。あそこも汚い。食べたものは洗って、すぐ片付ける」。そう言うと、三人で片付け始めました。新入生はちょっとかわいそうでしたけれども、落ち着いた学生のようでしたから、気が立っていた一人も少し落ち着いたようです。

「問題があったら、すぐに先生に言いに来てね。そして話し合った方がいいですから」と言って、見送られてきました。

日々是好日
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学生が、「羽田空港」と、「成田空港」へ、新入生の迎えに行きます。

2018-04-03 09:32:07 | 日本語学校
曇り。

「花曇り」と言ってもいいのでしょう。昨日までの「カンカン照り」とは違い、どこか街も落ち着いて見えます。

もう空を切って跳ぶ「ツバメ(燕)」を何羽も見ました。「カラス(鴉)」が小枝を運んでいましたから、巣作りを始めているのでしょう。

さて、学校です。

今日、ベトナムから二人、ネパールから三人、日本にやって来ます。それぞれ、成田空港と羽田空港ですので、ちょっと学生達も大変かもしれません。自分が着いた空港は覚えていても、もう1つの方はちょっと…でしょうから。でも、でも、スマホがありますから大丈夫。これは学生の弁。

昨年の四月生も、随分頼もしくなりました。母国での教育が日本でのそれとあまりに違っていたせいか、授業中は金縛りにでも遭ったような感さえあったネパールの学生達。それが、今では、私の一言一言に日本語で抵抗してきます。

これも、最初はブチブチという感じだったのが、最近は普通の声の大きさで抵抗してきますから、思わず笑ってしまいます。だいたいは、「四の五の言わずにやる!」で、終わりなのですが、そういう時でも、また以前のブチブチに戻って抵抗しています。

こんな彼等も、最初の3ヶ月ほどは、本当に気弱く、儚げに見えました。言語の学校で、その言葉が判らなければ、人は宙に浮いているような、定めなき大地の上に立っているような、そんな不安感に苛まれてしまうのも無理からぬこと。それがいつの間にか生意気な口が叩けるようになったのですから、立派なもの。

昨年の四月生、七月生には、最初から「大学」を口にする者が幾足りかいました。特にネパールの学生は、これまで、いくら大学を勧めても、肯う人がいなかったので、だんだん変わってきたのかなという気がしています。

前の学生の中には、正直にこんなことを言った人もいました。「日本はおもしろい。日本語が判らなかった時には、いつも帰りたい、帰りたいと思っていたけれども、日本語が話せるようになると、アルバイトなどで日本人の若い友達ができてくる。その人達と話したり、いろいろなところへ行ったりすると、以前は知らなかったような世界が見えてくる。(卒業したら)新宿か池袋の専門学校に行って、遊びたい」。

いくら日本橋まで電車で25分というところに住んでいても、ここは繁華街ではありませんから、遊ぶようなところはほとんどありません。とはいえ、彼等の国に比べれば、日本は刺激に満ちて見えるのでしょう。 そして、もっとおもしろいところといえば…となり、新宿や池袋で暮らしたいとなるのかもしれません。

それが、「大学に行きたい」に変わればば、単に遊ぶためだけではなくなります。目的を持って日本に来ているとも言えます。ただ、やはり怖いのでしょうね。「大学へ行きたいです。でも…」。「行きたい」。でも、「行けないだろうな」…。でも、「行きたい」。確乎とした「大学へ行く」ではないのです。「…大学では何を勉強できますか」なんて聞いてくる。そういう場合は、「どこでも良いから、どこかの大学のオープンキャンパスに行きましょうね。行けるのだったら、いくつか見た方がいい。おもしろいですよ」と答えることにしています。

不安があるということは、学生の身になってみれば、辛いことかもしれませんが、こちらにして見れば、一概に悪いことではないとも思えるのです。

以前、スリランカの女子学生で、大して勉強もしないくせに、大学に行きたいという人がいました。何を学びたいのかもはっきりしていないのです。もちろん、大学は勉強するところだということも、本を読まなければならないところだということも言いました。よく判らなかったのでしょうね。大学というところの、イメージがなかったのかもしれません。

しかしながら、私たちも本人が受けたいというのに、だめだとは言えません。一応の(その大学入試のための)勉強も、面接の練習などもさせました。させながらも、入れてもこんな(適当な)気持ちじゃ無理だろうなと思っていたのですが、受けさせてみると、合格してしまったのです。「よかったね」とは言ったものの、実際の気持ちとしては、「どうしよう」でした。ここの学校のように手取足取りやってくれるはずもなく、おそらくは途中でだめになるだろう…。「せっかく合格させてもらったのだから、頑張るんだよ」と言って送り出したものの、やはり不安でした。案の定、すぐに駄目になって専門学校に入り直したいと言い出す始末。

で、今では、「ここ」までやった学生でなければ大学は無理という線引きをしています。とはいえ、これは本人の問題ですから、あまりに強くは言えません。それに大学が「いい」と言うものを、こちらで「だめ」とも言えず、なかなか辛いところがあります。簡単に「受けたいなら、受けたら」とも言えないのです。合格出来たのに、一年も経たぬうちにどこかへ行ってしまわれたら、大学にも迷惑をかけることになりますし。

もとより、頑張っている人の背は押します。今は目に見える形で成果が現れていなくとも、「頑張り」はいずれ目に見える形になってきますから。

日々是好日
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学生達の引っ越しやら、新入生の部屋の用意やら…その間にも、日本語を学びたいという人が来るやら…。

2018-04-02 10:36:03 | 日本語学校
晴れ。

さて、4月になりました。「卯月」です。

テレビのニュースでは、大会社の入社式やら、幼稚園の入園式やら小学校の入学式やらで、賑やかなこと。しかしながら、これも大規模な入社式はニュースになるし、僻地の小さな幼稚園や小学校に入る姿は絵になるというだけのこと。ごく普通の会社や学校などのは…ね、ということで、取り上げられることは非常に稀。これも仕方のないことなのでしょう。

今年は入社式、入学式に「サクラ(桜)」がギリギリ間に合ってホッとしたところも少なくなかったようです。とはいえ、大半のところでは、卒業式には…まだまだだったし、入学式の時には…既に散ってしまっているか、あるいは見られても、「シベザクラ(蘂桜)」か「ハザクラ(葉桜)」になっていることでしょう。

この学校でもそうです。

今年の「入学式」は4月13日の予定ですから、多分、もう「サクラ」は散っていますね。これも年ごとに違うので、「私たちは去年『サクラ』を見ていない」と恨まれても、雪が見られなかったのと同様、「運ですね」としか言いようがない…。

実際、昨年の四月生はギリギリ間に合いましたから、ニコニコ顔で、七月生、十月生に「(サクラの花を)見たよ」などと言っていました。その前の年はどうでしたっけ?「サクラ」が間に合わなかった年が幾度もありました。だいたい、花が咲いていなければ、そこいらの木と見分けがつかず、辺りを見回して、…「サクラ」がないということになってしまうのです。

そして、「サクラ」が散れば、初夏~!

不思議ですね。例年というと語弊があるので、印象ではという言い方になるのですが、

「サクラ」という花は、「桜前線」が出現してからが、長い。なぜかみんな、自分のところを見ていながら、あっちはもう「開花宣言が出た」とか他のところばかり気になってヤキモキしてしまうのです。それに何事も予報通りということがありませんから、「一日遅れた」とか「三日遅れている」とか恨み言が続きます。そのうちに「開花宣言」が出されても、「花冷え」などがありますし、「菜種梅雨」のころでもありますので、遅々として進まず、で、「3分咲き」、「5分咲き」などとジワジワと花が開いていき、そして満開。満開になってからが速い。雨に打たれたり、風に吹かれたりして、見る間に散っていく…というのがお決まりのような気がするのです。

ところが、今年は、短かった。「開花宣言」の後、1日だけ寒い日はあったけれども、それ故にかパッと満開になり、満開だ、満開だと思っている間に、いつの間にかハラハラと散っている…気がつくと、もう花色よりも葉色の方が濃くなっています。

こういう時もあるのですね。

さて、学校です。

学校は引っ越しやら新入生の部屋の用意やらでバタバタしています。その間にも、日本語を勉強したいという人が何人もやって来ます。けれども小さい学校なので、席がなく、どうしても断らなければならないということも少なくありません。

「去年、3ヶ月ほど勉強した。また勉強したい」。3ヶ月勉強したと言うことは、多分『みんなの日本語(Ⅰ)』が終わったくらいでしょう。残念なことに、そのクラスは作れません。4月からの「初級クラス」は、「最初から」と、『みんなの日本語(38課)』からの2つしか作れないのです。

「『ひらがな』『カタカナ』がやっと書けるだけ。あとは全然できない。」こういう人はちょっと大変です。勉強の習慣がきちんとついている人なら、皆と競い合ってでも、頑張れると思うのですが、中には、「結婚して日本に連れてきたけれども、ここには友達がいない。一人で置いておけないから、学校に入れたい」という人を連れてくる人も時折いるのです。

そういう場合は、市役所で開かれている日本語教室などに参加して、友達を作っていった方がいい。そういうことを、奥さんを連れてきているご主人と話します。学費を毎月払っていくのも、ご主人にしてみれば、簡単なことではありません。奥さんの方に勉強する気があるのなら別ですけれども、そうでない場合というのも少なくないのです。少なくとも、夫婦のうちどちらかでも日本語が達者であるならば、日本のルールはわかります(既に何年も日本で暮らしているのですから)。ルールさえ守っていれば、それほど人に嫌われることもないでしょう。

日本で生活していれば、いつか日本語が必要だということに気がつくかもしれません。本人が勉強したいと思ったときに始めればいいのです。本人にその気がないのに、下手に周りがお膳立てしてやらせてしまうと、結局、日本語は面倒くさいということになってしまうのです。

とはいえ、日本語ができなければ不便ですよね。彼等の国でも日本語は学べるはず。多少なりともやってから来るべきでしょう。ただ座っているだけの人には、こういう学校は向きませんもの。

日々是好日

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