日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

日本語学校で教える『日本語』の範囲?

2008-11-28 08:01:44 | 日本語の授業
 秋は移り気。一日のうちにゆっくりと晴れから曇り、そして雨へと移っていく。今日は晴れ、明日は雨かというのがなかなか見極められないのです。まるで定めなき人生のようです。

 今日もそうです。出始めに止んでいた雨が、途中から急に強く降り出し、びしょ濡れで学校に着きました。今日、本来ならば、「紅葉狩り」に出かけられたはずなのに、それも延期。一番美しい季節を見ぬまま、冬に突入してしまうのではないかという焦りすら感じてしまいます。

 先日、学生達に「日本庭園」の紹介をするついでに、「紅葉(こうよう)」と「黄葉(こうよう)」、そして「紅葉(もみじ)」についての話をしました。「錦」をいう言葉を使えば、日本人の頭にはすぐに「秋」の山容が浮かびます。中国人も全く同じかというと、そうでもないのです。中国の人とは、同じ漢字を使ってはいても、お互いに勘違いしていることがよくあって、いざ、書き表してみると、何が何だか判らないということも少なくありません。

 上のクラスでは、現在、「日本語能力試験(一級)」に備えて、ヒヤリング・文法・単語などの他に、読み物教材を問題集の中から拾ってやっているのですが、これが難物なのです。一見、漢字が羅列して、中国人は楽だろうと見えるものでも、内容を掴みにくいものがあるのです。

 「一級試験」で、350点近くいくのではないかと思える人でも(まだ勉強し始めて一年経っていない場合)、分野によってはかなり手こずってしまうのです。

 「グラフ」や「表」から、内容を読み取るのは、苦手であるというのは、判っていたのですが(何となれば、そういう教育を受けていない)、日本人の思考回路に対する理解度、或いは、専門とは異なった分野における思考回路の理解度が要求されるような文章になると、手間取ってしまい、変な答えを出してしまうのです。

 彼らの反応から気づいたわけでもないのですが、日本には、いわゆる「良質の『入門書』」が溢れており、その気になれば、学歴の低い者でも、専門家ではない者でも、それを見て勉強できる情況にあるのです。こういう「入門書」は、その道の「一流の人」達によって書かれており(つまり、責任を負える人達)、しかも、それを読む人が大勢いるということは、ある意味では驚くべき事です。

 これは、普通の国では、まず、あり得ないことです。一般大衆はこのような事に関心を持ちませんから、また、持つ習慣もありませんから、こういう本は売れません。商業ベースに乗らないのです。それ故、知識のある人は、象牙の塔に閉じこもり、わけの分からない連中とは断絶した関係になってしまいます。専門的な知識は、エリートだけのものであり、彼らと一般大衆の間には明白な階層分断とでもいうべき亀裂が入っているものなのです。

 日本のように、「一流の人」達が、その道に「疎い人」達のために、このように平易で、しかも「上等」の知識・技能を分け与えるということは、他国ではほとんど見られない現象です。しかも、その道に疎い「一般大衆」も、必要があれば、当たり前のようにそれを読み、知識・技能として生かそうとするのですから。これは、おそらく世界的にも誇っていい日本的な現象でしょう。

 しかし、これが、今、他国から来た学生達を悩ませています。勿論、一年程で「日本語能力試験(一級)」レベルになるには、かなりの能力を必要とすることですから、外国から来た学生すべてがこういう事で悩めるかというと、そういうわけでもありません。ここで言っているのは、能力の高い学生においてということです。

 かれらにしても(いくら能力が高くとも)、母国はそういう情況にありませんから、困ってしまうのです。「日本語」だけじゃないのか…とわけの分からないことを呟いてしまうようなことにもなるのです。勿論、何でも日本語で書かれたものは「日本語テスト」に入ります。いい問題集というのは、「『入門書』レベルである。平易で簡単に書かれているから、理解せよ」と、こう押しつけるものです。

 日本語を学んでいる、せいぜい「能力試験(一級)」レベルの人間から見れば、これはとても難しいことです。同じ日本語であっても、(個人的な差というよりは)科学者には科学者として共通の考え方の回路があり、経済学者には経済学者共通の考え方の回路がある。美術家も然り。文学者もまた然り。なのに、それを理解しなければならないわけですから。

 しかし、これも、まず、一歩ですね。日本語を学んでいるのですから、こういう「関」
を、いくつか越えていかねばならないでしょう、これからも。

 以前、ドイツ人の友人から、
「日本は、ドイツ同様、科学技術の大国である。みんな科学が解ると思っていた。然るに、見たところ、おまえは、カメラでさえ自由に操れない。日本人は『科学』が解らないのに、どうして、日本には『ホンダ』や『ソニー』があるのだ。世界屈指の科学大国と言われているのだ」と言われたことがありました。その時の私の答えはこうでした。
「私のような、『科学音痴』、『技術音痴』の者でも、操れるよう車の技術は開発されたのだ。私のような者が大半だからこそ、これ以上判りやすくて、使いやすいものはないだろうというくらい簡単な技術が開発されたのだ」

そこには、もっとわかりやすく、もっと使いやすくという(「売らんがな」の面もありますが)サービス精神が宿っているのです。

 学問にしてもそうです。学問というものは、結局のところ、みんなのためにあるのです。その共通認識がなければ、だれも応援しません。孤立してしまうだけです。その意味からも、大衆に開放されてしかるべきなのです。日本で学んでいくというのは、こういう精神も学ぶということなのでしょう。

日々是好日
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タイ人の青年。「メモをとる」習慣。

2008-11-27 07:37:38 | 日本語の授業
 今朝は曇り。まだ夜の闇の残る薄明かりの中で、「サクラ」の紅葉だけが色をつけて見えています。「緑」も、「赤」もみんな黒く見えますのに、「ピンク」は見えるのですね、色が。

 車の運転をやめて久しいのですが、以前、初めて車を買いに販売店に行った時、お店の人からこんなことを言われました。

 「運転に自信がなかったら、他の人に『見つけてもらいやすい色』にしたらいい」。

 彼が勧めてくれたのは、きれいな「黄色」の車でした。あまりに「きれいな黄色」で、思わず、逃げ腰になってしまいました。この人が、用いた言葉は、遠慮がちな「見つけてもらいやすい色」でしたが、言葉を換えていえば「目立ちたい色」です。やはり、ちょっと、いくら何でも、無理でした。

 ちなみに、「赤い色」というのは、だめなのだそうです。夕方、ちょうど「誰そ彼時」に、この色は消えてしまうのだそうです。私は、「えっ。目立たない…消える…」で、衝動的に、この色を選んでしまったのですが。どうせ、夜なんて、「出来れば運転なんかしたくない」ですし。

 この販売店の人が行った通り、「モミジ」も色が消えます。黒としか見えないのです。思えば不思議ですね。こういう錯覚の下で、絵画は描かれたきたのでしょうし、文学もそうでしょう。人間の感覚というものは、汲めども尽きぬ泉のように錯覚に満ちあふれています。

 さて、昨日、タイ人の青年が、ご両親に連れられてやって来ました。来たばかりで、「ひらがな」も「カタカナ」も書けないし、何を言われても判らないとのこと。少し説明した後、「初級Ⅱ」のクラスで勉強している、先輩格のタイ人の青年の所へ連れていき、いくつか尋ねてもらいました。

 ご両親は「本人が勉強したいと言っている」とおっしゃったのですが、実際のところはどうなのかを、ご両親がいないところで聞きたかったのです。

 実は、これまでにも何人か、タイ人の青少年がご両親や、通訳の人に連れられてやって来ました。けれども、続かないのです。まず、「学校に定刻に来られない」から始まって、休みがちになる(当然、休んだ日の所がわからない)、宿題が出せない、単語が覚えられない…毎日、「きちん、きちんとやっていく」という根気が続かないのです。みんな、いい子はいい子で、礼儀正しいし、おとなしいし、誰に迷惑をかけるでもないし…その点では何も文句はないのですが。

 暖かい所で、のんびりと暮らしてきた人達には、この北東アジア式の「毎日、定刻に学校に来る」という、(私たちから見れば)当たり前のことを続けていけるだけの気力がないのかもしれません。なんといっても、来ないからと言ってだれかが困るとようなものでもないし…。「お金は払っているんだから、勉強しなくて、困るのは自分だけであって、学校側は何も言うことないでしょ」とでもいうところなのでしょうか(みんな若いので、お金を払っているのは、彼らの父母です。当然、ご両親は悲しいでしょう。身銭を切っているのですから)。

 もっとも、そこまで考えているとは思えず、ただ惰性で起きられないとか、宿題をする習慣がついていないとか、そんなところなのでしょうが。

 「あなたが、勉強したいと思っているのか」という問いも、思えば愚かなことです。けれども、聞かざるを得ないのです。今までのタイ人の青少年も、みんな「勉強したい」と言いました。けれど、「きちんと、毎日」勉強していくということができなかったのです。

 この北東アジア式の勉強方法ですが、学生達を見ているとすぐに解ります。たとえ肌の色や顔つきが同じであっても、すぐに解るのです。

 中国・台湾人は、先生が何か重要なことを言ったなと思うと、たとえ(教師が)板書しなくとも、すぐに、ペンを走らせます。インド人・タイ人・スリランカ人は、何もせず、先生の顔を見ているだけです。

 一度、インド人の青年に、どうして授業中大切なところを書かないのかと尋ねたことがあります。

 その青年曰く、「いつも先生の顔を見ていなさい」と教えられてきました(スリランカ人の女性が、「そうだ、そうだ」と言っていましたから、彼らの国でもそううなのでしょう)。

 それで、覚えられるのなら、それでもいいのでしょうが、翌日には日本人や中国人と同じように忘れています。それほどの記憶力は、たとえインド人といえども、ないのです。勿論、常に「メモを取って忘れないように」と、子供の頃からしつけられてきた民族に比べれば(書くという習慣がないのですから)、暗記力は、習慣上、勝っているはずです。しかし、その記憶力が、「並」であった場合、もう救いようがなくなるのです。覚えてもいないし、どこかにメモもしていないのですから。

 こういう人達に、日本の大学や会社で、うまくやっていけるようにさせるためには、まず、メモを取ると言う習慣から始めなければならないのかもしれません。

「板書だけ写して事足れり」としていては、常に受け身ということになります。今は、教師の話の中から、社会に出れば、会議の中で、自分に必要な情報を取捨選択しながら、メモをしていくという習慣は、たとえコンピュータ時代が現在よりも充実したとしても、何らかの形で残っていくものなのではないでしょうか。

日々是好日
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教室の中も「多国籍」。

2008-11-26 08:20:40 | 日本語の授業
 今朝、学校へ来てすぐに、窓を開けて、空気の入れ換えをしておりますと、急に救急車のサイレンが聞こえてきました。あっという間に消えてしまいましたから、出動の時だったのでしょう。「朝未き」のこの時間は、危険といわれている時間帯の一つです。大事に至らなければいいのですが…。

 今朝も「何を書こうか」と思案顔で、ぼんやりしていますと、運悪く、風もない。「ピュー」の「ピ」の音さえ聞こえてきません。代わりに「ピー、ピー」やら、「キャ、キャ」という短い叫びにも似た小鳥の鳴き声などが聞こえてきました。その時、ふと気づいたのですが、この辺りでは「キジバト」の「ポー、ポー」という、どこか間の抜けた、とぼけた声を耳にしませんね。以前、住んでいた所ではどこでも、この声が聞こえてきて、ホッとさせられたものでしたが。

 さて、日本語学校です。日本語学校とひとくくりにしてしまいがちなのですが、同じような日本語学校でも、「一つの国から来た人が、学生の大半を占めている学校」と、この学校のように、なりは小さいくせに、「学生達の出身国の数が多いもの」とは、多少、様子が違います。

 学生達の心理状況が、違うからです。

 同じ国から来た人が多いと、当然、自分たちの「お国言葉」が、日本語を凌いだ「共通語」になってしまいます。つまり、話す時に、「相手に判らせるためには、どうしなければならないか」という「知恵を絞る時間」が、学校では極端に少なくなるのです。

 アルバイト先では、日本語を話さなければならないでしょうが、学校では、日本語を話すための「脳のその部分」が、お休みということになりやすいのです。「いつも日本語では疲れるから」が、彼らの弁でしょうが。

 『初級Ⅰ』や『初級Ⅱ』においては、まだ「考えるレベル」まで至れる人は、それほど多くないので、授業中は、とかく、教師を「まねる」だけで終わってしまいがちです。「話をする部分の『脳』を絞る」のは、本来ならば、異国から来たクラスメート同士のはずなのですが、同じ国から来た学生が多いと、休み時間になった途端、彼らのお国言葉が氾濫するという事態になってしまうのです。

 ただ、教師側でも、一国だけを主に考えればいいのですから、授業構成も楽だし、人間関係もそれほど悩まなくていいので、メリットはないわけでもないのですが。

 翻って、出身国が多種多様になりますと、教師の側は大変です。「母語」の差があり、授業も一様には進められない部分が出てくるからです。しかしながら、「初級」段階では、出身国は多いほどいいというのが、私たちの感想です。授業にメリハリを持たせやすくなるのです。

 勿論、「漢字圏」と「非漢字圏」の問題は、歴然としてありますが、「ひらがな」と「カタカナ」さえ、書けていれば、『初級』のうちは、問題という程の問題はおこりません。
しかも、同じ国同士で、「どこの国から来たか」なんて聞けないでしょう。メリットの方がずっと大きいのです。それに、漢字の授業は、別に毎日組んでいますから、教室とは関係なく、個人の努力次第です。

 それに、メリットの最たるものは、学生達の変化にあります。『上級』が終了するまでに、学生の国際化が少しずつ進み、「脳」も柔らかくなってきていますので、当今の国際問題にせよ、国別の社会問題にせよ、授業で取り上げる場合、入りがよくなっているのです。特に、大学進学や、大学院進学を控えている学生たちを教える場合、随分楽になるのです。

 同じ国から来ている学生が圧倒的多半数を占めている場合、力のない教師が教える場合(日本や世界の常識が通用せず)、彼らの国の常識が、「教室内の常識」となってしまうことがあります。そうなってしまうと、「ニュース」を扱う場合でも、かなり面倒なことになってしまいます。大学や大学院をめざす学生は(全部とは言いませんが)、ある意味で、自国の教育理念がたたき込まれています。そういう学生の中には、自分の国に不利になった途端に、騒ぎ出す者さえいるのです。「あなたは間違っている。そんなことはなかった」と。そして、方向違いの「討論」になってしまうことさえあるのです。

 現実が見えず、いえ、見ようとせず、理念の世界に安住したいのであれば、外国に来なければいいのにと思うのですが、本人には自覚がありませんから、どうしようもありません。

 しかし、いろいろな国から来ている学生が多い場合は、教室内では、いわゆる「自分の国」は消えてしまいます。それに、騒いでも誰も同調してくれないのですから、よほど愚かでない限り、「(自分の考え方が)変だ」ということに気づくはずです。そして、授業を受けているうちに、変われる人は変わっていけるでしょう。それは、早ければ早い程いいのです。早く見えるようになるということは、それだけ知識も増すということなのですから。

日々是好日
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モンゴル人の「幼児」

2008-11-25 07:36:59 | 日本語の授業
 昨日は昼過ぎから、雨が降り出しました。冷たい冬の雨です。この雨が、どうやら今朝まで続いていたようです。この雨にやられたのでしょう。見かけた桜の樹もすっかり華やぎを失い、うらぶれた姿となっていました。もうすぐ、影のように「黒」一色とあなってしまうことでしょう。

 とはいいながら、この寂しげな樹を、ある人は「春の準備に余念のない姿」と見、またある人は「すべてを削ぎ落とした清々しい姿」と見ます。私には「影のようになってしまった姿」としか見えないのに。

 「描かれたもの(絵)は、もやは『事実』ではない。見る人の心が投影されたものでしかない。この世には客観的に描くなどということはありえない。あらゆる描かれたものの陰に、その人の心が潜んでいる」

 このような意味の言葉を、随分若い頃に見た記憶があります。その時はそういうものかと思っただけでしたが、やはり、心に残っていたと見えて、いつの間にか、ものを見た後や書いた後に、そう見えた自分の心を透かし見るという習慣がついてしまいました。

 「人の心は広い。宇宙と同じ程広い」とよく言われます。だからこそ、「文学」も「絵画」も「音楽」も、いわゆる「芸術」というものは、常に新しい姿を我々に見せ、その種も絶えることがないのでしょう。

 さて、話は変わって、今、日本語を習いに来ているお母さんに連れられて、四歳になるモンゴル人の子供が、毎日顔を見せています。

 最初は、挨拶はおろか、ニコリともしません。笑うのは「男の沽券に関わる」とでも思っているような具合で、「無愛想男」そのままの姿なのです。この学校の学生の中に、一人モンゴル族の女の子がいるのですが、それほど話せるというわけではないので、謂わば、彼は、一人で、言葉の分からない「敵地にいる」ような気持ちだったのでしょう、初めのうちは。

 みんな、初めは、どうやって対処したらいいのか判らずに、戸惑っていました。一人でおとなしくしているので、教室(勉強)の邪魔になると言うわけでもないのですが、こんなに小さい人がそんなはずがないという思いが皆の気持ちにあったのでしょう。どうにかしなければと焦っていたのです。

 ところが、まず、自習室で勉強していた学生達が、彼と友達になりました。中国人の男性は子供が大好きです。どうやら最初に、彼が、この子を笑わせたようです。職員室にいた時、突然、降って湧いたように、幼児の明るい笑い声が聞こえてきたので、みんなびっくりししました。その時、だれかが言いました。「あの子でも笑うんだ…」。

 それからは、階段の「通せんぼ」を覚えた彼と、皆が親しみ始め、笑い顔をよく見かけるようになりました。

 そのうちに、若い先生の一人が、彼と相撲を取り、負かしたのです。「相手が誰であろうと、負けてなんかやらない」と豪語(?)していた通り、どんなに彼が責めてきても負けずに、とうとう彼の尊敬(?)を勝ち得、それからは、彼女が来るたびに、隣の席でいい子にして、絵を描くようになりました。

 この彼の表現力が、なかなかにすごいのです。「言葉」は誰とも通じません。判ってもらえるのは、一生懸命勉強をしているお母さんだけです。このお母さんも見上げたもので、彼が何か問いかけようとすると、「バシッ」。うるさい、邪魔をするなとでも言うところなのでしょう。それで、覚えたのが、「手振り」と「顔の表情」、特に「目」で、「『自分の言葉』が判らない『連中』」に意志を伝えるという方法です。

 人間というのは、どのような所であっても、「意志」さえあれば、生きていけるものなのですね。彼を見ていて、つくづくそう思います。「自分の意志を伝えたい」という思いは、このように幼い者であっても持っており、また、それを伝えるための手段というものも、考えつけるものなのです。

日々是好日

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「会話クラス」がいいか、「普通クラス」がいいか。

2008-11-21 07:46:17 | 日本語の授業
 今朝も、少々風が出ていました。頭上には残月が薄くかかり、目の前には、柿の木。そして、その下には落ちてつぶれた柿の実。「喰われ残りの鴨」をもじれば、「残月や 喰われ残りの 柿一つ…ポトン」というところでしょうか。

 秋も半ばを過ぎ、晩秋に至ろうとしている…くらいでしょうか。風が吹くたびに、力を失った木の葉が一枚、また一枚と落ちていきます。イチョウも姿を「黄」に染め始めました。そろそろ「秋の東京散策」にいかなければ、「『黄葉』の秋」を楽しめぬまま、冬に突入してしまいそうです。

 さて、昨日、自習室に残っていた学生とちょっと話をしました。彼は今年「日本語能力試験(一級)」に参加を予定しているのですが、この学校で「初級」から教えたのではなく、他の日本語学校からの「転入」組です。

 もう、随分、日本で、日本語の勉強をしていると言います。しかも、まじめ。けれども、一番大切な「初級文法が入っていなかった」のです。その理由は、一言で言えば、前の学校で「会話」のクラスに入っていたからなのです。私たちから見れば、「文法」が入ってなくて、どうして「会話」が成立するのだというところなのですが、とにかく「会話」「会話」ということで、系統立てられた「文法」を学んでいなかったのです。

 今となっては、「付け焼き刃」的な手段しか残されていません。「問題」をしながら、「初級文法」を確認していくだけです。

 彼が属しているクラスは、もう「一級対策」に入っていましたから、一人で、「初級」の確認をやってもらいました。4・5日でそれを終え、少しは判った気がすると言っていましたが、どうでしょう。

 彼は、「(この学校に)来るのが遅かった」と繰り返していましたが、私、考えますに、彼の、まず一番の過ちは、前の学校で「会話クラス」に入ったということです。

 漢字圏の国から来た人は、「話せればいいや。日本語文法なんて見れば判るから」と思うようです。韓国から来た学生は、それでも、何とか話せているようですが、中国から来た学生は、そこで、大きく躓いてしまうのです。

 「文法」だけでも、役立たぬように、何事も「読んで、聞いて、書いて、話して」がそろっていなければ、ひねこびた形の言語になってしまいます。

 しかしながら、普通、日本の日本語学校で、日本人教師による授業を受けるということは、「文法」もさることながら、日本語の「拠って立つ所」に、常に触れざるをえないということにもつながります。

 例えば、「日本語学校で勉強した。日本語が適当に話せる。」で、日本人とうまく交流が出来るかというと、できない人も少なくないのです。もちろん、就学生の場合、長くても二年という期間が決まっていますから、「一級レベル」で終わりになると、後は一人でがんばってくださいということにもなるのですが。(当然のことながら、資質の差もありますので、そこにまで至らない人も少なくありません。これは、彼らの「母語」のレベルの差です。毎日、遅刻しないで学校へ来る、宿題をするなどができるかどうかということも、本人の「能力の一つ」だと思います。自分の国でそれができなかった人は、日本でも、出来ないでしょう)

 本当は、「一級」レベル(一応、日本語の本や新聞が読める。日本人と会話が出来る。ラジオ・テレビのドラマやニュースが聞き取れる)になってからが、おそらくは、日本語学校としての「勝負」なのでしょう。

 もちろん、これは、大学や大学院に行きたいという人の場合です。適当に「話せればいい」という人だったら、「会話クラス」などでなく、「普通クラス」に入って、地道に勉強して、少しでも早く「一級レベル」になればいいし、それで終わりで結構です。

 ただ、大学や大学院へ行きたいという人は、入った時に既に、ある程度の「常識」と、わずかばかりの「知識」も要求されているのです。若い大学生や院生達と話す時の「常識」、学ぶ上での「常識」です。新聞やニュースなどで、さんざん報じられていることに全く無知であったら、誰も話し相手がいなくなります。

 先生の講義では、専門の分野だけでなく、話が脱線することもよくあります。日本人はギリシアやローマの歴史が好きですから、そのことも出てくるでしょう。今はアフリカ問題が下火にはなっていますが、第一次世界大戦のことに話が及ぶかもしれません。カンボジア内戦のポルポト派についても、或いはベトナム戦争についても、話が進むかもしれません。

 日本のものは、アニメやファッションだけではないのです。また、それを理解するためにも、日本のことをある程度知っておかねば無理でしょうし、また、世界の中で木の葉のように揺れる日本の立場ということもわかっておかねば無理でしょう。

 この「理解度」には、当然のことながら、「個人差」はありますし、わずか二年足らずで何が出来るのかと言われる向きもあることでしょう。

 けれども、それを「知っておく」ことは出来ます。そのために、短期間で、「一級レベル」にしてしまおうと、カリキュラムを練ったり、対策を講じたりしているのですから。

 ところで、話が元に戻りますが、彼には「東京散策」には、必ず、参加するように言いました。前回、参加していなかったのです。

 毎日、懸命に勉強しても、それに見合う成果が上がらないことがあります。特に、彼のような場合はそうです。「来るのが遅かった。遅かった。もう間に合わない」と必死に勉強するのはいいのですが、心にも頭にも、栄養が行き渡らなくなっているのです。どこかで詰まっているような感じなのです。これを除去するためには、半日でも、一時間でもいいから、何もしない時間を作った方がいいのです。その方が効率が上がるのです。特に今回は「美しいモノを見に行く」のですから。

日々是好日
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日中の言葉(同一漢字)の持つ「温度差」。

2008-11-20 07:37:56 | 日本語の授業
 今朝はグッと寒くなっています。南の国から来た学生達が「重ね着ルック」を早く楽しむことが出来るようになるといいですね。今のところ、(おしゃれなくせに)彼らの「重ね着ルック」は、どこかしら「ぎこちない」のです。

 さて、先日、ある人と話し合っている時に、「日中」の「言葉の使い方」、或いは「受ける印象」の違いについて、話が至りました。

 中国の人は、すぐに「社会へ貢献する」とか、「社会のために」ということを口にします。私は、中国へ留学している間に、いつの間にか、この言葉が大嫌いになってしまいました。「社会への貢献」という言葉まで、手垢に塗れた「紛い物」のように見えてきたのです。言葉に罪はないのですが、今でも、この言葉を口に出す中国人は、あまり好きになれません。「不誠実に」思えるのです。

 「奉仕」とか「貢献」などと、偉そうに口に出しながら、「金は欲しい」「いい暮らしはしたい」「給料のいい仕事を探したい」なのです。私にはこれが「偽善」に思えてなりませんでした。

 けれども、あの渦の中から、日本に戻って来て落ち着いてみると、中国人の「あれ」も、日本人の「(まずくとも、招待してくださった相手への礼儀上)おいしゅうございました」などと言うのと同じ、一種の慣習であり、とやかく言うべきものではないし、思うものでもないと考えるようにもなりました。

 「する」ことと、「口に出している」ことと、違っていても構わないわけです。半分以上、遺伝子に書き留められた習慣なのですから。

 日本で、大上段に「社会に貢献する」など、はした金を寄付したくらいでは言える言葉ではありません。普通の人は、すぐに「世のため、人のために『一身をなげうつ』」宗教者のそれを、思い浮かべます。そんな言葉を口に出す人が、「金も欲しい」、「いい暮らしもしたい」など、とんでもないことです。身銭を切って「社会のために尽くす」どころか、「自分のものは社会のものである」というくらいの気持ちで、社会に差し出すのが当然なのです。

 だから、普通の人は、この言葉を、口にしません。いえ、できないのです。せいぜい「なにか、他の人が喜んでくれることをしてみたい」とか、「少なくとも社会に不利益になるようなことはしたくない」くらいのことしか言えないのです。

 私たちは、子供の頃から、学校で、こう習っていきました。「あなたが幸せになったら、それでいい。ただ、人様の迷惑になるようなことだけはするな。自分の好きなことを見つけ、それを全うしていけば、きっとだれかが喜んでくれる(助かる)」。

 日本では、「社会のために奉仕する」など、自分はいい暮らしをしながら、「のたまえる言葉」ではないのです。

 ですから、普通、日本人はこの言葉を聞くと、驚き、次に疑わしげな視線になります。「こんな言葉を、平然と口に出せるおまえは、いったい何者なのだ」と。口にした以上、責任が生じますから。

 「社会」も「奉仕」も漢字です。しかも、「語」の持つ意味も大して違いません。しかし、用いる時の心づもりが全く違うのです。当然、響きも異なってきます。

 中国では「孔子」も「学んだ後は必ず社会のために使え」と言いました。「そうでなければ、学んだことが無駄になる」と言いました。それで、「中国人」は、(実行する気があってもなくても)、「建前」で言う習慣が出来たのでしょう。しかも、みんなが、「こんにちは」と同じくらい、それほど思い入れもなく、口に出せるのですから、「おおっぴら」に言っても、恥ずかしいことでもなんでもありません。習慣なんですから。

 日本では、普通、こういう言葉は気恥ずかしくて言えるものではありません。「本当にそう思っているのか。ぼろを身にまとってもいいと思っているのか。そうじゃなくて、いい暮らしがしたいと思っているのじゃないのか」と馬鹿にされるのがオチです。まず、第一、恥ずかしくて口に出せるものではありません。「人のために尽くしたい」というような気持ちは「心」奥深くに潜め、「そういう機会があった時に」誰にも知られないようにすべきことなのです。

 そんな気持ちは口に出さずに「自分のすべき仕事を黙々とやり遂げ、それがひいては人のためになる」。それが、おそらくは、日本人の「理想」とする「社会奉仕」なのでしょう。

 もっとも、グローバル化が進む現代、そういう個人の心の問題ではなくなりつつあります。政府や大企業が声を大にして、社会を、弱いもの達を、守っていかねばならなくなっているのです。

 こういう新しい形が、日本のこれまでの伝統と、どう折り合いをつけていくのか、日本人にしても、まだ試行錯誤の段階なのでしょう。

日々是好日
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「非漢字圏」の学生の、「漢字学習」上の注意。

2008-11-19 07:46:56 | 日本語の授業
 早朝、肌を刺すような寒風が吹いていました。夜来の風が、吹き荒んだ後でしょうか、小学校の桜並木も葉を大部分落とし、いかにも寒そうに突っ立って見えました。あと少しで黒いだけの姿となり、木々も冬の眠りにつくことになるのでしょう。

 その代わりと言っては何ですが、賑やかになったのが、垣根の「サザンカ」たち。赤と白の色合いも、ニコニコ笑っているような花の開き具合も、紅白まんじゅうのような按配で、見ているうちに、可笑しくなってしまいます。

 冬には「冬の花」が咲き、この辺りが殺風景になってしまうということは、決してありませんので、日本に来たいという南の方は安心してください。南の国の方はどうしても、「日本には冬がある。だから、雪が降る。だから白一色のはずだ」という思考回路から抜け出すことが出来ずに、「冬の花」のことを語ると、決まって、「えっ。冬でも咲く花があるのですか」と驚いてしまうのです。

 さて、昨日、「初級(Ⅱ)クラス」で、「どうして宿題をする時には、既に習い終えた漢字を書かねばならぬのか」を説明しました。三人ほど、インドから来た学生がいるのですが、漢字の試験には、いい点数を取れているのに、宿題にはひらがなばかり書いてしまう傾向が見えたからです。

 「初級(Ⅰ)」を学んでいた頃には、まだ「『ひらがな』と『カタカナ』と『漢字』という区別が、日本語にはあるのだ」ということが判ったくらいで、あたふたとしていただけでしたが、『初級(Ⅱ)』の教科書もだいぶ進んできますと、付いてはいけない知恵も付いてきます。「な~んだ、全部ひらがなで書いてもいいんだ。日本人にはわかるんだ」という知恵です。

 もし、彼らが、この学校の初期の学生達のように、努力できないようでしたら、(ひらがなだけでも、中国人と同じくらいのスピードで書けるわけですから)良しとしなければならないところでしょうが、けれども、この三人は大卒でもあり、努力をある程度は出来るのです(この「努力」というのは、「(覚えるために)書く」ことを嫌がらずにやるという意味です。もっとも、この中の一人は、それを一応納得させるのに、三週間程かかりましたが)。

 「漢字だけ書けても『日本語能力試験』の『二級』には合格できない」。
「ええっ!」という驚きの声あり。また「そうだ。『二級』は難しい」という声あり。

 「なぜ漢字の練習をしているかというと、『日本語の文章』を読めるようになるためだ。まず『漢字』を読めるようになり、次に書けるようになり、それから、その字を覚えなければならない。そのためには、常にそれを『書いておかねばならないし、目にしておかねばならない』のだ。そういう訓練をしておかねば、決して『日本語の文章』は読めない」。

「つまり、面倒でも、宿題は漢字で書くようにせねばならぬし、ディクテーションの時に既習の漢字を用いなければならぬということだ」。

 そう言いますと、「でも、先生。漢字を書くと遅くなります。間に合いません。『ひらがな』だったら、大丈夫です」。

 それは判るけれども、「みんながいるのは、中国人もいるクラスです。中国人はそれが出来ます。『彼らは漢字の国から来たからできる、私たちはそうじゃないからできない』、それで終わっていたら、永久に『二級』には合格できません。宿題にも漢字を入れて書くし、ディクテーションの時にも既習の漢字を書くようにしなければ、せいぜい『三級』で終わりです」。

 面白いものですね。以前はすぐに「漢字」でつまずき、そこから這い上がれずに「ひらがな」や「カタカナ」までも、見失うようになった学生達に、どうしたら、最低限のことができるようにさせられるかと、そういう教材ばかり考え、作っていましたのに(ということは、非漢字圏の学生たち用の漢字教材のストックはかなり出来ているということです)、今は、「できた、できた。満点だ」と思っている学生に注意を与え、「上へ、上へ」と視線を上げさせることに、心を砕かねばならぬのです。

 素質が彼らくらいだったら、(がんばれば、つまり、私たちの指示に従うことが出来れば)この「7月生」のように「半年程」で、『初級(Ⅰ)」『初級(Ⅱ)』の教科書を終えることは出来るでしょう(つまり、「三級レベル」にはなれるでしょう)。けれども、問題はそれからです。『初級』を勉強している時に、『中級』を見せておかないと、すぐにお山の天狗になって、「次は『二級』ですね」なんて、軽く言ってのけるようになるのです。

 これも、中国人学生が、半年で「二級」試験を受けるからでしょう。「彼らは半年、それは当然。彼らは漢字がわかるから。けれど、ならば、我らは一年か」ぐらいの感覚なのです。

 ですから、「二級」試験のことは、三年くらい見ておいた方がいいと言うと、釈然としない顔つきをしたりするのです。しかしながら、現在、その難しさが多少なりとも解ってきたということは、やはり、かなり日本語が上達したということなのでしょうね。

日々是好日
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「ブログ」の中国語翻訳。

2008-11-18 08:08:27 | 日本語の授業
 言葉というのは不思議なものです。

 このブログの一部を「天山来客」さんが、翻訳して中国語の方に載せてくれているのですが、時々「単語」で揉めることがあります。

 前後の文脈から考えて、「翻訳のしょうがないもの」が出てくるのです。こちらもプロの作家というわけでなし、仕事の前に書くので、時間の制限もある。その上、話し言葉の訳ですし、その気持ちまで考慮すれば、日本語の意味というのは無限大に意味を失っていく可能性もあります。そのとき、残ったものは「掴み所のない、淡々とした雲のような、あるいはもっと希薄な霞のような気持ち」だけということもあり得るのです。

 言葉は「思考」を表現すると同時に、「心」をも言い表すようにつくられてきました。話者の「頭の中の筋道をたどる」ためには、言語を用いざるを得ないのです。しかし、これも、なかなかに難しい。

 言わんや、話者の「心の流れを見つめる」言語においてをや。

 「源氏物語の頃の単語」と「現代の単語」は(文化土壌はそれほど変わっていなくとも、社会構造が全く違ってきていますから)、「同じ単語」であっても、「意味の取りよう」が異なってきます。

 その上、「心の流れ」という奇妙奇天烈なものが対象となるわけですから、「髪の毛を掻き毟る」のが当たり前ということになってきます。今だってそうです。書くそばから、言わんとするところが、ポロポロと零れていき、だんだん正体の分からぬものに成り果てています。

 日本語というのは、とても弱々しく、あわあわとして、心の襞を言い表すには、最適の言語だと言われてきました。確かにそういう部分はあるでしょう。だから、普通の人の文章であっても、その人の考え方、感じ方が「和的」であれば、翻訳は難しいと思います。

 そういう日本語に比べれば、中国語は「がっしりと丈夫」で、多少のことがあってもぶれたりするようには見えないのです。ある意味では、「心の襞」を切り捨てて、事実だけ、つまり、目に見えるものだけを言い表すに長けた言語であるような気がするのです。それを逆手に取ったのが、名文と言われる『戦国策』の春秋の筆法であり、司馬遷の『史記』なのでしょう。

 「歴史」を表しながら、人々の怒り、憎しみ、喜びなど、荒々しい古代人のすべての感情までを、読む人の心に蘇らせてくれます。しかし、これは、文章語が文章語として成立していた時のこと。現代中国語でどれほどのことが言い表せるのか、しかも、かつての人々が持っていた格調と品格を失わずに、となりますと、まだまだ未知数のような気がします。

 「天山来客」さんの専門は「日本語」ですから、専門を異として、必要上日本語を学んだだけの方とは違い、「日本語の霞のような」部分もよくご存じで、その上で、「霞」を「がっしりした檻のようなもの」閉じ込めようとするのですから、大変な作業でしょう。

 とはいうものの、こちらには、気安さと、まあ、適当に考えてくれるだろうといういい加減さがあって、ついつい「天山来客」さんを悩ませてしまっています。ごめんなさい。最近は、奥さんまでこの作業にかり出しているとか、奥さんのOKあっての翻訳なのだそうです。申し訳ない。

日々是好日

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「志」、「恒心」、オバマさん。

2008-11-17 07:23:15 | 日本語の授業
 今朝は、少し町に霧がかかっていました。来る途中、また雁行して飛ぶ「鳥」を見ました。西から東へと、頭上を飛んでいきました。右手には白い残月、左手には鳥影。二十年程前に覚えた中国語の中に「魚肚白」という言葉がありました。この言葉の中に、この景色を入れてみると、なかなか味わい深いものがあります。

 「オバマ」さんが、次期アメリカ合衆国大統領に決まってから(日本人もなぜか大いに浮かれたのですが)、日本人は少し内省的になっているような気がします。

 「志」という面で。それに、「恒心」という意味からも。

 「彗星のように現れた」とよく言われましたが、本人からすれば「彗星ではなかった」でしょう。一歩一歩の歩みがあり、それがあの「語り」を生み、「人々の心を揺さぶった」のでしょう。

 彼は「吠えて」いません。「獅子吼」していないのです。勇ましいことはあまり言っていないのです。大国の人が大好きな英雄ではないのでしょう。かといって、小国の民が喜ぶような、相手に阿るような、つまり「迎合」するようなことも言っていません。

 では、「聖人君子」かと言いますと、「ヒラリー」さんとの争いの時に見せたように「(インテリめいてはいますが)海千山千」の面もはっきりと見せつけています。勝つための「計算」もできるのでしょう。

 もちろん、彼だけではなく、民主党のヒラリーさんもすごかった。最後まであきらめないで、すごい意地を見せた。ここには、「どうあっても大統領になって、この国を動かしたい、世界を動かしたい。しかも、それができるだけの知識も能力も、自分にはある。自分以外の誰にそれができるのだ」という強い自信があったからでしょう。

 人には、二年間も、そういう「戦い」を続けるだけの力があるものなのでしょうか。お金も足らなくなるでしょうし、激しい「心理戦」も続くのです。凡人の出来うることではないとつくづく感じてしまいます。

 翻って、日本を見ると…、日本人は「ああ、やっぱりだめだ。」と思ったに違いありません。「アメリカの制度を、そのまま日本に当てはめることはできない」ということは判っていても、やはり、みんな「アメリカに負けた。アメリカはすごい」と思ったに違いありません。

 若いうちから、世の中を見、活動し、「こういう社会をつくりたいという『志』」を抱いて、それに向けて邁進する。「志」から生まれた「恒心」は、また彼の「志」に動かされた人と人との関係は、一旦築かれたら、なかなか崩れるものではないのでしょう。

 もっとも、彼とても人間ですし、しかも、報道の自由が他国よりも保障されているアメリカです。これからは「揚げ足取り」的なことでも、いろいろ出てくるでしょう。

 けれども、だれかが言っていましたね。「政治家として、私が何をしてきたか、或いはどんな人間であるかは、今のあなた方には関係ない。私が、これから『あなた方のために何が出来るのか』を見て欲しい」と。フランスの政治家でしたかしらん。

 けれど、日本にも「政治の志」があり、「腹の据わった」若者が、きっといるはずです。その人達が「どうやったら、国政に参加できる」のでしょうか。それを、そろそろ日本人も、本気になって考えていかないと、この「ぼろ舟」は、遠からず沈んでいくことになるのかもしれません。

 この国は、あまりいい国じゃないけれど、他の「あの国」よりもマシじゃないかと、下ばかり見たりせずに、よくよく考えなければならないのではないでしょうか。そうでなければ、自分で自分の首を絞めることになってしまうだけです。

 今の政治家にしても、「あなたのお父さんたち、おじいさんたち(政治家)は偉かった」といわれるだけで終わったら、腹が立つでしょう。身の程を考えて、生きてほしいものです。

日々是好日
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「土曜日」の授業。「払った以上のものを、持って帰る」。

2008-11-15 13:12:40 | 日本語の授業
 今日で「土曜日の授業」は終わりです。全部で18週間続きました。早いものです。

 これから、私も「週休二日制」の日々に戻ります。今は、学校に来たついでに、ブログを書いているのですが、これからは、土曜日はお休みです。

 この「土曜日の授業」は、マンツーマンでやっていました。この人の場合は、一度断ったのですが、二度目に他の人まで巻き込んでやって来たので、根負けして始めたようなものです(実は、去年も10か月ほどですか、「土曜日の授業」をしていました。この人は無遅刻無欠席、毎週一回のディクテーションはほぼ完璧。しかも「日本語能力試験(一級)」前の一ヶ月は、クラスに入って、他の学生達と一緒に一斉授業を受けていました)。他の人だったら、断っていたでしょう。

 今回も去年と同じようにがんばってくれましたし、何より考えながら学んでくれましたので(受け身一方の学生ではないのです)、どうにか怠け者の私でも、つきあえたとしか言いようがありません。

 「この仕事が終わった後、次の仕事が見つからなかったら、また、日本語学校の学生になります」と明るく言って帰って行きましたから、きっとここでの勉強(去年の分も含めて)は、彼にとって「無駄」ではなかったのでしょう。

 と言いましても、この人の場合は、去年の12月に「日本語能力試験(一級)」に合格していますし、去年学べなかった「聴解」の勉強を、この18週間でやってしまいましたし…ということで、来年の7月の「日本語能力試験(一級)」後のカリキュラムだったら、(日本・世界の歴史、地理、経済・政治など社会的なものから、テレビのニュースや生物、科学、或いはドラマや漫画まで入れて授業しますから)無駄ではないので、その頃また連絡してくださいと言っておきました。

 なんだかもう常連さんの雰囲気なのです(この人の他にもう一人、中国人の女性がいます。今は「翻訳」をしたり、「文学」を読んだりしているのですが)。けれども、この人の場合でも、確か、去年の2月か3月くらいから始めた日本語の勉強でした。初めは、「家族滞在のビザ」で出来ていた、この方の奥さんが、この学校で勉強していたのです。

 その奥さんが「先生、話がある。実は夫も日本語の勉強をしたいのだ。今年、『日本語能力試験(一級)』に、どうしても合格したいと言っている」と言ったのです。「平日は仕事をしているので、休みの時にしか来られない」ということで、会ってみました。レベルは「まだ三級には至っていない」程度のものでした。

 結局、土曜日に通うことになったのですが、「日本語の勉強をする」という話を伝え聞いたのでしょう、その時に何人かIT関係の中国の人も来ました。レベルが合わない(逆算するとどうしても中級くらいから始めなければ12月の『日本語能力試験(一級)』に間に合わなかったのです)人もいましたが、大半はただ日本人とペラペラ話したかっただけのようでした。

 こういう人は、しゃべり始めると止まらないので、「授業が進めない」のです。しかも、惰性で話しているような具合でしたから、こういう人の日本語は「『てにをは』はめちゃくちゃ」で、しかも、「文を切らないから、何を言っているのか分からない」のです。

 中国人だけでなく、他の国から来ている(就業目的です)人に多い、一つの「やまい」です、これは。勉強は、まず、「教師の話を聞く」ことから始めなければなりません。それなのに、「話したい」だけなのです。大卒か、それ以上の学歴を持っているはずなのに、「学ぶ」ためにここへ来ているのだということが分かっていないのです。

 話せれば、仕事が出来るとでも思いこんでいるのでしょう、相手の文化や習慣まで分からなければ、ただの「お客さん」で終わってしまうだけでしょうに。第一、文法が分からなくて、話せるはずがありません。子供ではないのですから、「考え」、「(意識して)覚えようとする」ことが、何よりも必要です。

 高校を卒業したばかりの若い人たちだったら、こちらも諄々と説いていくのですが、こういう人達に対しては、こちらとしても処置なしです。「学校に来るのではなく、自分で友達を捜せばいい。そうしたら、ただで話せる」と言って帰ってもらうしかありません。もちろん、そんな人にいい友達ができるとは思えませんが(「類友」で見つかるかもしれません)。

 けれども、これは本当です。「学び」に来ているのではなく、「話したい」だけなら、それが一番です。

 「学費として払った以上のものを、習得できたら、それは損ではなく『お得』なのだ」ということを、よく学生達にも言うのですが、就学生としてではなく、この学校で日本語を学ぼうと来ている人達にも、それは当てはまると思います。

 「払っただけのものは、(学費に相当する「知識」)持って帰る」。そういう覚悟で通える人には、この学校は向いていると言えましょう。

日々是好日
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日本の「安全」。

2008-11-14 07:53:07 | 日本語の授業
 ついつい、秋は「木の葉」に目がいってしまいます。つまり、放っておくと「上」ばかり見てしまうということになってしまうのです。これは困ったことだと、今日は目をぐっと「下」にして、学校へやって来ました。

 至る所で「菊」の花が真っ盛り。いつの間にこんなに豪勢に咲いていたのでしょう。あちらでもこちらでも、華やかなお宅になっています。「菊」の花は「有る程の 菊 抛げ入れよ 棺の中」という夏目漱石の句に代表されるようなイメージがありますが、それも根が大地に付いていれば、また違います。

 「日本は、本当に花がたくさんあります。道を歩きながら、見ているだけでも楽しい」と、以前ベトナムから来た学生が言っていましたが、その言葉を聞いて不思議に思う日本人は少なくないでしょう。

 ベトナムのような南国だったら、一年中、赤やら白やら黄色やらの花が咲き乱れているのではないかと。そんな国から来た人が何を言うのだと。けれど、実際問題として、課の国では、花にまで、心が行き届かないようなのです。

 急速に発展を遂げつつある振興国でも、大金持ちは「金目の切り花」や、一鉢、五十万円から三百万円ほどの「蘭」などを、これ見よがしに飾っているでしょうが、日本のように、普通の家庭が、庭先や、時には、路上を占領してまで花を育てているというのは、珍しいことのようです。

 彼女は、この「行徳」の町を、よくブラブラしていました。「いろいろな花がたくさんある。色も形も種類も見たことがないものばかり」だそうで、私たちからしてみると、そんなに喜んだり、驚いたりする程のことでもないと思うのですが。もちろん、褒められてうれしくない日本人はいないでしょうから、「ありがとう」とは言っておいたのですが、内心忸怩たるものがありました。

 日本人から見れば、当たり前のことでも、外国から来て、彼らの常識から考えてみると、全く思いも寄らないことなのでしょう。

 「夜も、あんなきれいな花を出しっぱなしにしていて、誰も盗まないのですか」「さあ…」時々、答えに窮するような事を聞いてきます。

 昨今は、日本でも、殺伐とした事件がよく報道され、「日本人は、『水』と『空気』と『安全』は、ただで買えると思っている」といった非難も、遠い昔の出来事のような感じがしていましたが、まだまだ、「日本の安全は驚異と見える」という国も少なくないようです。ただ、かつてはよく言われていた「花盗人は罪には問わぬ」といった気分は、今の日本人からは失われているような気がします。

 以前は、よそのお宅の庭の花を見て、「きれいですね。育てるのがお上手ですね」などと言おうものなら、そのお宅の人は大喜びで、庭に請じ入れてくれたものでした。そして花の話やら、育てる苦労やらを上機嫌で話してくれ、帰りに「聞いてくれてありがとう、そして、花を褒めてくれてありがとう」の気持ちの込められた花を何本か渡してくれたものでした。しかし、今は、そういうものはあまり見受けなくなったような気がします。

 みんな、少し、以前よりも自分の殻に閉じこもろうとしているのでしょう。私は私、あなたはあなたのような感じで。

 けれども、パキスタンから来た学生が「無人売り場」にびっくりしていましたから、他の国に比べれば、まだまだ安全でおおらかなのかもしれません。

 「一かご、二百円」とか書かれた野菜や果物などを売っている「売り手の姿の見えない売り場」のことです。私も山に登ったりしていた頃はよく利用させてもらいました。山里の人が、自分の土地に、小さな屋根付きの売り場を造り、そこに採れたての野菜や果物などを置いておくのです。多いと重くて持てませんし、少ないと値段のつけようがありませんから、いわゆる「お手頃」の、大きさと重さで、しかも安いし、採れたてなのですから、うれしい限りです。

 いけませんね。「思い出」の中にどっぷりと漬かってしまいそうです。この世界には、「今の人達」はだれもいませんから、「今のすべて」を忘れてしまいそうです。どうも心が「今」から外れてしまいそうで、いけません。

日々是好日

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「秋」を味わうには。

2008-11-13 07:46:00 | 日本語の授業
 今朝は優しい水色の空です。久しぶりに「いいお天気」になりそうです。ここ幾日か、黒い雲の下で、時には雨に降り込められたり、そぼ降る中を自転車で突破したりと、みんな大変だったのですが、今日は大丈夫のようです。

 「秋」は、少し深まりの色を見せています。ここ数日、寒さはかなり厳しかったのですが、木々の色は相変わらずでした。「秋」は歩むのをやめてしまったかのようでした。けれども、今日は違います。学校に来る道も、昨夜来の大風に吹き飛ばされたのでしょう、「サクラ」の葉が紅色の珊瑚のように吹き溜まっていました。もう少し、「イチョウ」が黄に染まると、秋も本番という感じになるのですが。


 街のこういう様子を見ますと、心に浮かんでくるのは、「秋山」の姿です。夏山の道は、雨に濡れて黒く、「秋山」の道は「錦」なのです。道の周りの木々も、確かに、色とりどりに染められて、きれいなのですが、様々な色合いの落ち葉に散り敷かれた道が、これまた見事なのです。

 これが、12月ごろになりますと、東京近郊の低山でも、氷に閉じ込められた「モミジ」の落ち葉を見ることができます。山清水に落ちた「落ち葉」の上に薄氷が張って、その上下を冷たい水が、日の光に煌めきながら流れていくのです。

 さて、そこまではいかないでしょうが、そろそろ「黄葉(紅葉)散策」並びに「紅葉狩り」の時節となりました。「いつ行ったらいいのか」をチェックするために、天気予報とにらめっこするのが、教員の仕事となっています。

 この辺りの「イチョウ」は、まだまだ黄葉していませんが、都心では、そろそろではないでしょうか。それからお天気がいい日がいいですね。先日の「NHK参観」は雨に祟られてしまったものの、活動はほとんど屋内でしたし、帰りの時は雨が止んでいましたので、どうにか楽しく過ごすことが出来ましたが、今度はそうはまいりません。

 お天気のいい日でなければなりません。これは、屋外で活動するからというよりも、「モミジ」の一番美しい姿を印象に留めておいてもらいたいからなのです。なんといっても第一印象が大切ですから。

 いくら映像で京都の「燃えるようなモミジ」を見せても、手に取ることが出来るわけではありませんし、それにモミジの傘(モミジの枝が傘のように広がっている様子)の下を実際に歩けるわけでもありません。モミジの葉の間から、お日様の光が透けて見えたという感覚を味わってもらいたいし…。初めて見るなら、どうしても、青空の下です。

 まあ、「一見は百聞にしかず」ですけど…。

 そういえば、二・三年前の学生の中に、「葉の色が変わるのですか。病気の木ですか」と、真顔で素っ頓狂な声を出した学生もいました。

 この学校は、とても小さいのですが、学生の出身は十数カ国に上ります。日本列島は、とても長く、冬でも「泳げる日」のある地方から、「流氷ウオッチング」のできる所まで続いています。

 そのため、日本の自然を紹介する時、クラスのだれかが見たことのない景色がどこかで入ってくるのです。そのためにも、一年を経験しなければ、日本を味わったということにはなりません。四季がない、或いはほとんど一年中同じ国から来た人に分からせるには、百万言費やすよりも、「行って、見て、手に取る」ということが、一番いいのです。

 「だから、あなたの国とは違う」と。だから「あなたの国とはやり方も違う」と。

日々是好日
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「段取り」。

2008-11-12 07:38:00 | 日本語の授業
 昨日は、「12月の寒さ」だったそうで、薄着の学生達への「物言い」も説得力を帯びてきます。彼らとて、もう生半可な気持ちでは聞いていられないでしょう、このように寒くなり、「グスン、グスン」が続くようですと。

 日本人だったら、「そいつは、『伊達の薄着』ってもんだ」と、笑って済ましてしまうところですが、相手が「無知」から来る薄着なのですから、始末に負えません。10月の頃には、いわゆる「馬耳東風」「蛙の面に何とやら」という按配でした。

 こういう学生達を見ていると、日本人の「結果から逆に(順繰りに)、『今』と対処しよう」という習性をつくづくと感じます。ただ、季節に関係しますから、これは期間が短く、せいぜい数ヶ月のものなのですが。

 「こういう格好をしていると風邪を引く」、だから、「今は、厚着をしなければならない」というふうに。

 私のように「段取り」が苦手な人間でも、ある程度は「追われるように」します。もうそれは習い覚えた第二の天性のようなものです。

 中国にいる時には、中国人が「計画を立てない」というのに驚きました。準備しないで、その時に「バアッと」やってしまうのです。オリンピックの時ですら、遅々として、少しも進んでいるようには見えませんでした。日本人からすると、どうも落ち着かず、ヤキモキしてしまうのですが、彼らは別に遅いとは思っていなかったようです。「ケセラセラ」なのでしょう。

 彼らと、一緒に何かをしようとする時には、「計画を立てておかねば安心できない」という日本人と、「どうにかなるさ」的な中国人の間で、いろいろなことが問題になったものでした。

 もっとも、日本人だとて、「何事でも計画、計画という『計画魔』」でも、自分の将来の事には至っていい加減で、大して威張れるものではありませんが。視線が短いのです。

 「時代を見る目」を、おそらく教育で重視してこなかったからでしょう。否、避けてきたということかもしれません。「時代を見る目」を養うためには、必ず「誠実に」過去と向き合わねばなりませんから。

 「歴史を学ぶ者」の使命というのは、その時代の人々に「警鐘を鳴らす」ことです。

 「これまでの歴史」と照らし合わせ、「これから起こりうるであろう事」を、人々に告げることです。

 ある意味では「予言者」のようなものなのかもしれません。ですから、予言者につきものの、「孤独」と背中合わせなのです。強くなければ、歴史と、正面から向き合えるものではないでしょう。それほど、「人類」は、また「各民族」は、愚かなことを繰り返してきました。時代に先駆けて、「言葉」を発するわけですから、その人を理解する者など、いるわけがありません。もし、その人が「その時の人々」に理解され、歓迎されたとしたら、もう既に「予言者」ではなくなり、「時代に迎合する者」でしかないわけなのですから。

 けれど、「時代を見据える目」は育てなければなりません。しかし、これを培うことは難しい。簡単にできることではありません。歴史学者たりとも、眼前の研究対象に夢中になり、「人類に対する『本来の使命』」を忘れがちになってしまうくらいですから。

 これからは、専門家に期待するのではなく、個々人が、子供の時からそういう教育を受けるべきなのでしょう。

 子供は子供なりに、「『今を見る。過去を見る。そして、将来を見る。未来を見る』ことが出来る」ような教育が必要となっているのかもしれません。

日々是好日
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庭上の「鳥の変遷」。

2008-11-11 07:56:44 | 日本語の授業
 雲が重く垂れ込めた朝です。 どんよりとした空を見ている私の耳に、また、「スズメ」たちのおしゃべりが聞こえてきました。

 どうしていつも、ああも楽しそうに遊んでいられるのでしょう。先日は、三羽の「スズメ」が、列をなして、横断歩道を歩いているのを見ましたし…。もちろん、歩くといいましても、チョンチョンと横っ飛びの、両足スキップです。「カラス」が、「一人遊びの名手」で、公園の滑り台で「滑っては上り、上っては滑る」を繰り返すというのは有名な話ですが、スズメも人間共の分からないところで、遊びの世界を持っているのかもしれません。

 見晴らしのいい電線でのおしゃべりです。朝まだき、「カラス」も森の中でしょうし、怖い「ヒヨドリ」の声もしない、大安心で世間話が出来るというわけです。

 以前、実家にいた頃、母が急に庭にパンくずを撒きたいと言いだしたことがありました。ちょうど父が入院していたので、そういう心理も手伝ってのことかなと思っていましたが、却って、一人の時の自分も、随分慰められました。

 当時、母も退院したばかりでしたから、病院の夜の泊まりは私の仕事でした。庭に餌を撒きだして、どれくらい経っていましたかしらん、朝戻ってくると、賑やかな声が、ワアッと一度に空に散ってしまったのです。なんだか、心の中に、ポッと灯がともったような具合でした。それからは、家に戻る時も忍び足が習いとなりました。彼らが食事中は、猫も、庭の前の部屋は御法度です。影が映ると怖がってしまいますから。

 そうしているうちに、緑の翡翠のような「メジロ」もやってきました。初めてこの鳥を庭で見た時は、大喜びで、父にも伝えましたが、そういうものに全く関心のなかった父は、フンフンで終わり。しかしながら、「メジロ」の来訪を期にして、庭に半分に切ったミカンやらリンゴやら、果物が並ぶこととなりました。

 鳥の習性というのは面白いものです。じっと見ているうちに、まるで自分が彼らの中に入って騒いでいるような気分になってきます。

 けれども、何よりも興味深かったのは、わずか数ヶ月でしたが、ここでの「彼らの変遷」でした。

 まず、大衆の鳥、「スズメ」がやって来ます。集団で動くということもあり、無防備なのでしょう。餌を置けば、すぐにやってきます。「スズメ」の数がだんだんに増えてきますと、それに釣られて他の鳥も姿を見せるようになります。用心深い他の鳥たちも、ここが安全な場所であるということが分かったのでしょう。

 そうすると、次に大型のヒヨドリなんかが、現れて、あろう事か、こういう小さな鳥たちを攻撃しはじめます。啄んでいる小鳥達めがけて、矢のように飛んくるのです。「スズメ」や「メジロ」など小型のものは、抵抗できませんから、あっという間に追っ払われて、灌木の間に身を隠すということになります。そうして、小型の鳥たちがいなくなった後、「ヒヨドリ」は、置かれている餌を我が物顔に食べ始めるのです。

 けれども、「ヒヨドリ」の三日天下も、「カラス」の出現で終わりを告げました。

 何とも、人間世界と同じような図式で、却って寂しくなっしまいます。それもありましたし、母の「餌やりは冬の間だけでいい。餌が自分でとれるのに、人間が手を出すべきではない。生き物は甘やかしてはいけない」という言葉に従って、梅雨が終わる頃には、餌を撒くのをやめてしまいました。

 餌の乏しくなる冬の間には、助けねばならぬけれど、原則は「働かざる者、喰うべからず」なのですね。

 どの生き物の世界でも「生きていくためのルール」は同じようです。

日々是好日

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新聞の整理。現代社会の速度。

2008-11-10 07:20:15 | 日本語の授業
 今朝は、まだ暗いうちに、学校へ来ました。昨夜からの雨で、道はしっとりと濡れています。生身の木々か、その影か分からぬくらい、木々の影も濃いのです。時折、街灯のそばを通りますと、急に音が響いてきます。ほの暗い夜明けの明るさの中では、音までも、その光と世界を一にしているのかもしれません。「闇」は音を吸い込む力さえもあるのかもしれません。

 ところが、「サクラの葉」だけが、色をもって見えたのです。しかも、余の色ではない、ピンク色です。一瞬目を疑ったのですが、何度目を凝らして見ても同じ。却って、「木」全体が美しいピンクに染められて見えるではありませんか。他の木々が「闇」に同化しているというのに、「サクラ」はあらん限りの力を振り絞って、「末期の華やぎ」を見せてくれているのかもしれません。

 土曜日は、午前の授業が終わってからも、「日本語能力試験」の準備(「三級」、「一級」)をしているうちに、はっと気がつくと、既に五時になっていました。それでも、終わりません。飢えには勝てず、中途半端のまま、帰宅してしまいました。けれども、こんな生活ではだめですね。若ければ、それなりに魅力も感じるでしょうが…。ある意味では、仕事、兼、勉強という感じで。しかし、年を取ってきますと、そういうわけにはいきません。全く関係のない生活を保持していなければ、人間に潤いがなくなり、心に瘡蓋ができてきます。

 しかし、家に帰ってからも、仕事関係のものは続きます。録画のチェック、新聞の整理…。録画は先週チェックしたのですが、新聞は、一ヶ月ほどが山積みのまま。見るだけでげんなりしてきますが、何か使えるものがあるかもしれません。しょうがないので、まず、この一週間ほどの分を整理しました。

 見知っているページを捲るのですが、不思議な感覚です。自分が、その日にいるのか、或いは、過去を振り返っているのか、分からなくなってきます。わずか数日前のことですから、その時の自分の様子も、まだしっかりと心に焼き付いています。それなのに、もう「歴史の本」を繙いていくような感じでもあるのです。

 インターネットがいくら発達しても、また、朝夕のみでなく、随時、情報を得ることが出来るようになったとしても、紙に書かれた文字を目で追うというのには、また別の趣があります。人間の「錯覚」と言いましょうか、「時間差」の及ぼす心理状態とでも言いましょうか、そういう感覚は、「摩訶不思議」なものとしか言いようがありません。しかも、それを見つめているうちに、「己を見据えるもう一つの目」に気づかされるといった時もあるのですから。

 その上、現代社会の一週間というのは、過去の社会の一年か、場合によっては十年ほどにも相当するでしょうから(これは社会の進行の速度というよりも、それに追いつけない人間の感覚で)、どことなく思いを新たにしているような、そんな気分にもなります。

 もっとも、こうやって集めても、整理しても、無駄になってしまうことも少なくないのです。せいぜい「日本語能力試験(一級)」で終わりになるくらいでしたら、(こちらとしても)どれほどのことも出来ませんから。

日々是好日
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