日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

曇りの日が続いています。

2017-07-28 08:36:09 | 日本語学校
曇り。時々薄日が射しています。

お日様が隠れると、気温も少し下がり、学生達の表情も緩んできます。暑いと、それは大変ですね。二年生はどこかしら慣れた様子で、普通に「暑い、暑い」と言いながらやって来るだけなのですが、今年度来たばかりの学生達はそういう余裕はありません。こわごわやって来ています、特に来てから一週間も経っていない学生は。そういう一週間単位での差が、表情にも態度にも表れているから面白い。4月に来た学生は、もちろん二年生と比べるとまだまだ初々しいのですが、7月生と比べると、やはり初々しいの最初の「初」がとれているような感じ。

もちろん、面白いなんて言っちゃ悪い。向こうは緊張しているのですから。

朝はセミの声が忙しなく響いていますし、帰りは夏の虫たちが鳴き始めています。けれども、夏らしくないお天気が続いています。前線の影響とか、台風の余波がとかいう声も聞こえてくるのですが、心配なのは、8月2日のお天気のこと。

昨年は悪天候で、富士山の五合目は、1㍍先の人の顔も見えなかった…。

富士山が近づいていたのに、バスの中では「富士山はどこ」。五合目に着いても、富士山の中に入っているというのが理解できず、見晴台からも青木ヶ原も何もかも霧で見えませんでしたから、狐につままれた顔つきでみんな帰っていきました。まあ、白糸の滝へも行きましたから、そこで少し気分転換はできたのでしょうけれども。

今年もそうなってしまったら、特に二年生は可哀想という気がしてなりません。一年生は来年があるけれども、二年生はこの学校にいた間、近くで富士山を見たことがなかったという記憶しかもてないのですから。

学生達にとって「富士山」は特別な存在で、「富士山へ行った」で、初めて「日本へ来たことが本当になった」ような、そんな気がするのでしょう。

特に南アジア圏の人たちは、こういう時代になっていても、日本のことを何も知らないのです。知っているのは富士山だけ。

日本人から見れば、在日外国人の数も増えたし、外国人の旅行者も大勢来ている…のでしょうけれども。トヨタは知っていても、日本とはどのような国であるのかわからない。

もっとも、『初級』で、地図を開かせ、一つ一つ教科書に出てくる国をチェックさせていくと、彼らが如何に自国以外のこと、国名すら知らないことがわかります。これは日本語云々ではなく、他国は関係ないのです。ただ、この国に留学するつもりで来ているのに、日本のことを何も知らないなんて、不幸だなと思ってしまいます。

中には、知る気もない人もいます。日本語学校が外国で金を作るには一番手っ取り早い。行けば日本語は話せるようになるだろうし、専門学校で少しばかりの技術を身につければ、どうにかなるだろうくらいのレベルで来ている人も、いることはいる。以前に比べれば、随分少なくなりましたけれども。

それなりに勉強していけば、他国に来ているわけですから、自然と視野も広がるものなのですが、2年いてもアルバイトで使えるくらいの生活日本語から発展していなければ、自国にいるときと大した違いはありません。もともと自国しか知らないわけですから、他国が見えないのです。まあ、それも幸せでいいのでしょうけれども、外国に来たら、学ぶべきでしょうね、そうでなければ意味がない…と思うのですが、こういう人ほど、「関係ない」と思ってしまうようです。いくらこちらが資料を提供しようと、話しかけてみても、変われない人は変われない…のでしょう。

年というのは、彼らの国では大きい。既に25くらいになっていれば、「生活」を考えて動きますから、「知識」とか「見聞」とか「技能」とか、こちらがいくら言っても、「何のお題目を唱えているんだ」くらいにしか受け取れないのでしょう。

ただ、日本語学校で、「N2レベル」まで至れた人は、それだけ多くの文章を読むことができますし、DVDなどを見ても聞いてわかるわけですから、この弊害から逃れられるような気がします。アルバイト先で日本人と話すだけでなく、書物や映像などを通して、日本を知り、世界を知り、現代を知り、歴史を知ることができれば、日本のみならず、自国のことを知る機会も増えるからでしょう。

そうなると、同国人が気ぶっせいに思えてくるようで、それも一つの過程なのかもしれません。年をとればそういう自国民がかわいらしく愛しく思えてくるのでしょうけれども。

とはいえ、ここにいる間に、学べることはみんな学んで欲しいものです。いい機会なのですから。

日々是好日
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朝、豪雨でした。アルバイトの学生は、大丈夫だったかしらん。

2017-07-26 08:41:43 | 日本語学校
雨。

豪雨の中をやって来ました。あと15分待っていたら…。本当に残念。野菜屋さんのところを過ぎたところで、雨が急に小降りに、下の階の窓を開け、職員室に戻ってきた頃、止んだような気がします。あああ、もう少し耐えていたら、自転車で来られたのに。長靴を持っていないので、いつもの突っかけで水の中をかいくぐるようにしてやって来ずともすんだものを。

しかしながら、強い雨の中を歩いてみると、道の傾きはひどいもの、T字路のあちらでもこちらでも水が溜まっていて、自転車が通るたびに、水しぶきが上がっていました。

まあ、こういうことでもない限り、雨の日は、この道のこの辺りを通るべきであり、あちらのあの道では、あの辺りを通るべきである…というのがわかりません。自転車であったなら、多少の傾きくらいなら、そのまま突っ走れますもの。

とはいえ、二度ほど滑って転びそうになりました。が、ほっと無事を確認しながら思ったことは、恥ずかしながら、自分の自転車の技術が上がっていたこと。思い起こせば、数年前まで、あっちでひっくり返り、こっちでひっくり返りをやっていましたもの。

ひっくり返るにしても、小学生や中学生がいるところほどバツの悪い思いをさせられるところはありません。なにせ、転べば、バラバラとちっこいのが、ランドセルを鳴らしながら駈けてきて助けてくれるのですから。礼を言いながら、もうこの道はしばらく通れないななどと考えてしまいます。

図書館のそばにある、中学校の前で車道から自転車道に上がれずに転んだときも、茶髪で、どこかブイブイと言わせていそうな少年が三人、すぐに駆け寄ってきてくれて「大丈夫ですか」。本当に人は見かけによりません。いい子たちでした。でも、それからはしばらく遠回りして図書館に行っていました。だって、恥ずかしいですから。いえ、なに、向こうは覚えていなくても、こちらが変に気を遣ってしまうのです。また転んだらどうしようと。

さて、学校です。

午前中はいいのですが、午後、下のクラスでは暑さで、ぐたっとなってしまい、授業が成立しない日がありました。で、エアコンでは埒が明かぬとばかりに、水まきやらしてもらったのですが、午前中の冷気のたまりも三時頃には尽きてしまい、「勉強が出来ない」の口実が、「暑いですから」となっていました。

そこで、昨日、「そういえば、扇風機があった…」。聞くと「二台ある」。早速探してもらい、二台、下のクラスに投入。回り始めたときの学生達の嬉しそうなこと、嬉しそうなこと。「先生、ここ、ここ」とこっちに置いてくれとばかりに、言い始めます。

「これ、いいです」ニコニコ。「なんですか、それ」ニコニコニコ。

これは「扇風機です」と、なぜか誇らしげに答えてしまう私。多少ブンブンと音がするのもあったのですが、暑さから救われた学生たちは、何の文句も言いません。

この日は久しぶりに暑さとお別れして勉強が出来たような気がします。まずはよかったよかった。

日々是好日
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曇りです。雨が降りそう…ではありませんけれども。

2017-07-24 08:42:06 | 日本語学校
曇り。

昨日も曇りで、時折パラパラと雨が降っていましたが、それもお天気雨程度のモノで、雨らしい雨ではありませんでした。

とはいえ、お日様のお姿が見えないと、暑さもグッと違ってきます。陽にさらされるというのは思ったよりも、ずっと体力を持って行かれてしまっていたのですね。

というわけで、今日は、午後クラスの、一階のエアコンは安泰ということになります。

室外機がお日様にやられてしまいますと、もうそこが火を噴くように暑くなってしまい、ものの役に立たなくなってしまいます。で、葦簀をかけ、お日様の光を出来るだけ遮断できるようにしているのですが。それでも、教室の中は汗をかきかきやらねばならぬこともあります。その場合は、葦簀に水をかけ、冷やしてやらねばなりません。

水をかけるときも、周りのアスファルトやセメントにもかけるのですが、そのとき、如何にこういう場所が熱を持っているかがよくわかります。水を打っても打っても、すぐに蒸発してしまい、三巡か四巡せねば収まりがつかないのですから。

思えば、去年はこういうことはなかった。「一階のクラスはいいねえ、三階は暑くてかなわない」という状態が続きました。それが三階に最新のエアコンを入れた途端、立場が逆転し、三階は暑さ知らずとなり、一階は午前の授業が終わっても、窓を開け空気の入れ換えができないと感じるようになりました。

温暖化が進み、もう私たちなどの旧日本人が感じる夏の暑さではなくなったのでしょう。

ただ、救いは、学生達が「暑いです」とは言うものの、同時に「先生、大丈夫」と言ってくれること。彼らの国では、エアコンというのはそれほど普及していないからかもしれません。「暑いときは暑い」。それが自然であり、別に文句を言うようなことでもないのでしょう。

時々、ああ、そうであったなと、子供のときのことを思い出してしまうことがあります。

今のようにエアコンは普及していませんでしたが、団扇、扇風機で十分涼しいと思えました。もし、よく冷えた「マクワウリ」やかき氷、スイカなどがあれば、御の字、難の不満もありませんでした。

犬やネコの子のように、木の下や風通しのいいところへ行き、のんびりと昼寝をする。それが自然でもありました。

けれども、もうエアコンになれてしまいますと、エアコンがなかったら、もうだめですね。

つくづくヒトは劣化するのが速いと思ってしまいます。

もちろん、以前の夏の暑さと今時の暑さとはかなり違っているようですが。

日々是好日
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「セミ」の声が聞こえています。

2017-07-21 11:00:46 | 日本語学校
晴れ。

先週の終わり頃から、早朝「セミ(蝉)」の声がか細く聞こえていました。梅雨明け前から、「セミ」が啼いていたわけで、今年は「セミ」も健在と、まずは一安心。数年前、「セミ」の声が聞こえない夏がありましたから、それ以来、夏らしい暑さが続き始めると、「セミ、セミ、セミ」と気になってしまうのです。

「セミ」が、ポトリと落ち始めるのとほぼ同じ頃、「カナブン」もよく階段に落ちています。どうしてかわかりませんが。

最近、街では子どもの姿をよく見かけます。学校があるころは、外では見られないし、授業が終わってもクラブ活動などで帰りは遅くなる。そんなこんなで、普段はあまり見かけないのでしょうが、最近はよく見かけます。特に小学生が多い。

近くのプールへ行くのでしょうか、それとも友だちと公園へ行くのでしょうか。

それと共に、自転車が気になり始めます。

通勤の時に若い人がものすごい勢いで自転車を飛ばすのも怖いし、携帯で話しながら自転車を漕いだり、音楽を聞きながら走らせているのも怖い…のですが、子どもともなると、またこれは別物。これから夏休みが明けるまで要注意ですね。でも、自転車は必要ですから、乗らないわけにも行きません。

新しい人たちには、自転車のルールをテレビで放送していましたから、それをみせることにしているのですが、なかなか時間がとれません。聞き取れなくても、見るだけでもいいと思うのですが。

さて、7月生は、一昨日の学生で、だいたい一区切りがついたようです。あと二人来るはずの学生がいるのですが、これも彼らの国の事情でどうなるかわからず、のんびりと待つわけにも行きません。

『初級Ⅰ』のクラスは、夏休みまでに「12課」までやることになっています。他の一年生クラスは、それぞれ、出来るだけ早く進めるということですが、これとても、クラスの学生のレベル、素質、勉強の習慣、アルバイトの具合、既習未習などが関係してきますから、一概に速めればいいというものでもありません。

「Cクラス」と「Eクラス」は速く進められても、「Dクラス」には、初めてと言ってもいいネパールの学生が6人もいますし、それに、初めてのインド人と中国人学生が一人ずついますから、普通の速度でしかできないのです。

もっとも、もうインド人学生はネパール人学生を追い越しているようですが。

その点、二年生はいいですね。彼らの様子を見ながら、少しずつ、ニュース番組を入れたり、テレビの録画を見せたりすることもできます。「ぶっちぎりで勉強」の時間は少し減らして、常識(日本人が思うところの常識ですが)めいた知識を入れることが必要になってきているのです。これも、知識の不足から読解問題が解けないということを減らしていくため…、なのですが、数をこなしていけば、進学しても、困るということは、少なくなくなるでしょう。

もっとも、きちんと見てくれればということなのですが。

日々是好日
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梅雨が明けました。明けた日も、明けなかった日も、晴れだったのに?…でしょうね。

2017-07-20 07:47:01 | 日本語学校
晴れ。

昨日、関東地方の梅雨が明けました。やっとという感じです。今年の梅雨季は、少雨という言葉に代表されるようで、各地のダムの貯水量は、あまりはかばかしくありません。あんなに空梅雨だったのだから、しょうがないかというところですが、雨は降ったら降ったで困るし、降らなければこれまた当然のことで困る。

この世はままならぬもの。

さて、昨日、ネパールから一人やって来ました。バンコクで乗り継ぎ、初めての国外旅行、しかもたった一人、その上乗り継ぎまである…。心配で心配でずっと寝られなかったそうです。でも、空港で、先輩に会えて、ネパール語で話してもらって、ちょっと安心したでしょうね。

日本に来たばかりのネパール人学生は、スリランカやベトナムの学生とは違い、日本語力はかなり劣っているものの、素直さが目立ちます。こちらの言うことを素直に聞き、その通りにしようとするのです。出来ないことも多いのですが、それでも努力しようとする。この素直さは、外国語を勉強していく上で、大きな武器になります。

ただ、ネパール語と日本語との文法上の違いはどうなのでしょうね。スリランカでは、タミル民族は日本語とほとんど同じと言いましたし、シンハラ族も「文法は同じ、だから困らない」と言っていましたけれど、ネパール人は単語のみならず、文法もなかなかわかってくれないところがあって、どのように取り組んでいったら、まだ考えがまとまっていません。

今のところは力尽くで、とにかく、「繰り返し言わせて、暗記させる」という「非漢字圏」の学生を教える場合の常套手段でやっていますが、漢字は少しやり方を変えて、もう少し諄く、読みを繰り返させた方がいいのかもしません。どうもその方が書く練習をするにしても、スムーズに出来ているようです。

もちろん、日本に来てしまったからには、毎日学校へ来て、毎日の宿題をこなしていくよりほかないのですが。

日々是好日
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日本の生活は大変でしょうねえ、いえ、勉強だけではなく、諸所にわたって。

2017-07-19 08:08:41 | 日本語学校
曇り。

暑さは続いていますが、まだ梅雨は明けていないと言います。でも、これって真夏ですよね。日本を知らない新しい人たちは、日本ってこんなところだろうという顔つきで、我慢の時には我慢をしています。却って日本人の方がこの暑さに参っています。

けれども、いつの間にか、「アサガオ(朝顔)」が朝を彩り、「キョウチクトウ(夾竹桃)」の花が咲き、野草の蔓が伸びています。「アジサイ(紫陽花)」の花を、それほど楽しんだという記憶はないのに、既に花はひからび、色を失っています。これを見ても今年は梅雨らしい梅雨ではなかったというのがわかります。

でも、まだ明けていないんですよね。関東地方の沿岸部は雨らしい雨が降らなかったのに、列島の南では、豪雨が、町を村を打ちのめしています。梅雨の終わり頃にはいつも、確かに集中豪雨がやって来ていた、でも、これほどではなかった…というのが、偽らざる心境。何だか、日本じゃないみたいです。それに新たな気象用語を子どもまでが覚えるようになっているとは。

さて、学校です。

今年の4月生たちの表情が曇りがち。いえ、明るい顔つきでいられる人たちと、繭にしわを寄せている人たちとに分かれはじめていると言った方がいいのかもしれませんが。もちろん、中間層もいますし、どちらでもないと言った顔つきの人たちもいます。わずか20人ほどのクラスですのにねえ。

繭にしわを寄せている…そう見える…というのが、いわゆる、日本での勉強、生活のリズムに、アップアップしている一群。なにせ、ネパールからの学生達は、ここでの勉強がいわば初めての日本語の勉強みたいなもの。国で覚えてきた「ひらがな」「カタカナ」から、日本人教師に文句を付けられ、「テ形」を中心とする活用形が、少しずつわかり始めてきたとは言え、いまだにどこか茫漠たるもので、実体が掴めない…。

その点、スリランカの学生は文法が日本語に似ているそうで、楽勝です。

既習か未習かで、差が出るというのは、余りいいものではありませんが、勉強の仕方も違うから仕方がないと言うよりほかないのです。

授業が始まる前には教科書、ノートを、机の上に出しておくといった基本的なことから、字をきれいな書く(のが当然)といったことまで、日本での暮らしは、「さあ、大変」です。

「字をきれいに書かなければならないなんて、言われたことなどなかった」。

字だけじゃありません。数字もです。これは「G」なのか、「9」なのか、わからない。アルファベットと数字が混在していて、何がなにやらわからない。注意すると、皆で「日本だから、日本人がいうアルファベットを書こう」なんて言い合っています。これは日本だけじゃない。ネパール人だけがおかしなアルファベットと数字を書くのだ。他の国の人にはわからないと力んで言っても、人のよい彼らは、反対に、そういう私を気の毒そうな目で見ている。

本当にもう、こんなことを子供のときから現在に至るまで、何も言われずに育っていれば、確かに戸惑うのも無理はない話です。だが、国外に出てもずっとそうやられてしまうと、相手国の者が困る。4月生なら、2年間はこの学校にいるということになるわけで、書類など、どうやって書くつもりなのだと言いたくなってしまう。

というわけで、一事が万事であると。一つ一つを乗り越えていかねばならぬと。そうしなければ、文章が読めるまでには至れないと…私は思うのですけれどもねえ。

「ひらがな」や「カタカナ」が形をなしていなければ、「漢字」の説明を聞いてもわからないでしょう。だから、知識も何もかもそこで止まってしまうのです。それにアルファベット、数字、ひらがな、カタカナなど、たとえ、きれいに字が書けなくとも、きれいに書けるようにと、気をつけるべきなのです。そういう習慣が必要なのです。つまり、読める字を書くということ。

向こうもため息でしょうが、こちらはため息では終われません。大変です。毎日ノートを見なければなりませんから。教え方ひとつにしても、試行錯誤を繰り返しています。彼らの方じゃ気がつかないでしょうけれども。

日々是好日
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川村学園女子大学から、先生が実習生2名を連れてきてくれました。模擬授業です。

2017-07-14 08:42:03 | 日本語学校
晴れ。

まだ「梅雨明け宣言」は、なされていないけれども、暑い日が続いています。南国から来ている学生達も、ため息をつきながら、「暑い、暑い」を繰り返しています。

香港やタイなどから来ていれば、こういう暑さにも慣れているのでしょうが、スリランカやネパール、ベトナムからの学生はそうはいかないようです。

もっとも、2年目ともなりますと、「暑い」という一言にも、どこか余裕があるように見えます。初めて通る道は遠く感じられるけれども、二度目、三度目ともなりますと、そう遠くは思われなくなるのと同じことなのかもしれません。

さて、昨日、川村学園女子大学から、先生と二人の実習生がやってきて、二人が先生として、「テ形」と「ナイ形」の授業をしました。声も大きく、学生達に呑まれることもなく、迫力では学生の方が負けていたのかもしれません。学生の方も、17才くらいから三十才近くまでと、年齢層も広く、それはすぐに協力体制に入っていました。

「この『先生』は、どうして欲しいのだろう。どうしてあげたらいいのだろう」という気持ちも半分。そうは思っていても、「実力の然らしめるところ」でしか、協力は出来ませんから、歯がゆい部分もあったでしょうね。

このクラスはネパールからの学生が一番多いのです。今年の4月から入れるようにしたのですが、それまでは、クラスにネパール人が、一人か二人、そしていないということもありました。

彼らの先生である人たちにしても、『みんなの日本語Ⅰ』がきちんと教えられるかどうか、少々怪しい人たちもいるようで、これは行ってみなければわからないことでした。そういう人たちが、日本語を教え、日本での生活を語っていれば、学生達だってそういうものだと思って、そして来日したことでしょう。

極端に言えば、「ひらがな」や「カタカナ」も適当でいい。「漢字なんて…(よく判らない)」くらいのものでしょうし。

それが、日本に来るなり(4月生の場合です。7月生は私たちの方が懲りたので、面接の時に随分諄く、指導をしてきました。学生が書けると言ったので、書かせた「ひらがな」も「カタカナ」も、そういう代物でもなく、はっきりと「あいうえお…」を暗唱でき、スラスラと書けるようなレベルでもなかったのです。

けれども、教師である人たちの反応は鈍いものでした。「適当に話せればいい…はずなのに(どうして)」。「書くことは大切じゃない、話せることの方が大切だ」と言い放った人もいました(そんな学生は要りません)。

留学生、皆が皆、そうであれば、こちらもずっとレベルを落として授業をします。けれども、できないのはネパールから来た留学生だけとなりますと、一斉授業が成り立ちません。ここは小さな学校ですから。

おまけに、遠くネパールまで面接に行く意味もありません。だって、(面接のために行ったのに、相手が)話せないし、書けないのですから。私たちは何もを以て判断できるのでしょうか。「N5」テストに合格していたって、「ひらがな」が書けない人がいましたもの。信用できません。

ただ、面接の時の私たちの話をどう聞いたかは、そしてどう指導してくれたかは、次の面接まではわかりません。少なくとも、7月に来た学生は、「ひらがな」も「カタカナ」も、面接の時と大して違っていませんでした。

まあ、これは余談。実習に戻ります。

夜勤明けで来ている学生が3、4人いて、それがちょっと実習生には気の毒でした。そういうわけで途中で疲れて、コックリしてしまったのが一人出てしまいました。夜勤は金か土にするように言ってはいるのですが、なにせ、来日後3ヶ月あまり、大して話せないのです。それゆえ、望み通りにシフトが組めるわけでもなく、あと、2、3ヶ月ほど、辛い日が続くでしょうね。

半年ほども経ってしまえば、日本にも慣れ、また4月生であれば、酷暑の時期も過ぎることから、少しは楽になるでしょう。日本での生活はまずは、「日本語力」。これに気がつけば、後発組の(今、ネパールにいる)学生達にそれを伝えてくれるかもしれません。

ベトナムの時もそうでした。最初に来ていた学生は、『みんなの日本語』五課くらいまでしかやって来ておらず、アルバイトは見つからないは、勉強はわからないはで、大変でした。

今は、(ベトナムの学校には)私たちの希望として、『みんなの日本語』50課までは一応、流してでもいいから教えておいてもらっています。ベトナムの学生は、ベトナム語で書かれている文法書の説明が読めないのです。単語の説明でも、首をひねっていることがあり、単語の説明から、日本語でせねばならず、本当に困りました。鉛筆とか、消しゴムくらいならいいのですけれども。

それで、とにかく、ベトナムで、ベトナム人の先生に、意味だけは説明を受けてから来るように、そうでなければ、練習どころではなく、単語の意味がわかるかで、下手をすれば30分ほども終わってしまうこともありました。そういう人が10人ほどもクラスにいると、適当なところで切り上げるというわけにもいかず、彼らが理解できるまでは授業を進めることが出来ませんでした。

今は、ネパールからの学生たちがその状態です。これがベトナムの時と同じように、どうにかなってくれれば、いいのですが。そうでなければ、ネパールの学生だけは、ズリズリと下のクラスに落ちていくということにもなりかねません。

日々是好日
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満潮?干潮?この海はどこまでですか?…困ります。

2017-07-12 08:16:43 | 日本語学校
晴れ。

今朝も暑い。風があると少し過ごしやすいのですが、風が止まった朝は、ちと辛い。

ネパールの学生など、海の近く(行徳)に暮らしているというのに、湖のそばにいるくらいの感覚しかないようで、満潮とか干潮とか言っても、ピンときません。

それで、「近くに橋(すぐに海に至ります)があるでしょ。川の水が海へと流れている時もあれば、海の水が上流へと遡っていく時もある。今度、橋を渡る時に注意して、波の様子を見てご覧なさい」。はて、見たでしょうか。半知半解といった表情でしたから、ストンと落ちてはいないでしょうね。

そういえば、中国内陸部の友人が、満潮は1日に二度あるって本当?と言っていましたっけ。私などが雪国の暮らしにピンと来ないのと同様、山国の人たちは、海なるものを、なかなか掴めないようです。(先日、「かまくら」の中には何を入れているのか聞いて笑われました。だって、中でお餅を焼くのです。火を使っているのに、雪が解けないなんて信じられません。ですから、中に何か入れているものと、この年になるまでずっと信じていたのです。)

と、ネパールの学生を見つめて話していたのですが、ふと前に座っているベトナムの学生に、「わかるでしょ?」と聞くと、海を見たことがないからわからないという答え。「ええっ?どうして?。だって、(国では)海のすぐそばでしょ」と言いはしたものの、はっとして、「そうか、じゃあ、ここで見るね」。いえ、いえ、もう何度も見たはずです。鎌倉に行ったときには、ザブザブと入って、波が来る度にジャンプしていましたもの。

でも、やはり、ピンと来ないのでしょうね。

内モンゴルから来た学生が多かった頃には、「この海はどこまでですか」と聞かれて、「う~ん」。なんと答えていいかわかりませんでした。相手は本気でしたから。

日本人など、山の子でも、家族旅行で行くのは別としても、小学校の学期毎の遠足やら何やかやで、いろいろなところへ連れて行ってもらえる機会があり、海に行ったことがない、入ったことがないという人は、まず、いないでしょう。

ところが、彼らの中には、来日するまで、一度も自分の村から出たことがないという人もいるのです。留学が決まった途端に、結婚するという女性も少なくありません。留学するから結婚しないというのなら、わかるのですが、留学が決まったから、結婚?えっ?じゃあ、来日して何をするの?というのが、正直な気持ち。でも、こう考える方が彼らからしてみればおかしいのでしょうねえ。

「夫が来たから、勉強をやめます」という人もいました。それ(夫が来る)は端っからわかっていたことではないのかしらんとちょっと騙されたような嫌な気持ちになりました。

ただ、こういう国では、一人一人が自由に自分の望むことができるというものでもありません。国や彼らの社会の習慣というだけではなく、家庭の事情というのもあるのでしょう。

そういう人が、結婚相手のビザで自由に日本へ来ることができれば、こんな問題は発生しないでしょうし、日本で働きたいと思っている人が、そういうビザで来られれば、問題はないのでしょうけれども。

三ヶ月ほども一緒に勉強していますと、特に一生懸命に勉強している学生には、情が移ります。もちろん、だからといって、相手を縛るつもりはないのですが、今、ここでやめてもなあと思ってしまうのです。

三ヶ月ほど学べば、工場で働くくらいなら出来ます。半年学べば、ヒアリングのいい学生であったら、レストランやコンビニでも働けます。なんと言いましても、今、日本は人手不足ですから。

数年前であったら、「外国人?『N2』に合格してなければ」などと言っていたレストランや和食の店までが、募集をかけてきます。三ヶ月ほどでもレストランやコンビニで(責任がそれほどある部署ではないと思いますが)働いています。

だから、以前に比べて生活面での苦労は少なくなったと思うのです。その分、勉強に励んでくれればいいのだがなとも思うのですけれども。

日々是好日
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学生が交通事故に遭いました…。

2017-07-11 08:19:25 | 日本語学校
晴れ。

丸い雲が、青空のあちこちに浮かんでいます。端は、風に流されているのでしょうか、青に呑まれ、白とも灰色とも区別が付かないような色になっています。

このブログを休んでいる間に、いろいろなことがありました。入学式(7月生)が終わり、七夕が終わり、ホッとする間もなく、アルバイト帰りに、4月生が交通事故に遭い…。

何もなかった…ような時はないのでしょうね、こういう日本語学校では。

車に慣れていないと言うよりも、分離帯なるものに慣れていないと言った方がいいのかもしれません。近道をする…彼らにとっては当たり前のこと。日本人がしているのを見れば、同じようにしてみようと思うのでしょうが、日本人の場合、遠回りになる横断歩道でなく、近場の道をササッと通っているように見えても、「右を見、左を見、なおかつ見られていない」ことを確かめ、意識しながら渡っているものなのですが。

しかしながら、彼らは、「日本人が渡っていた」ということだけが見えるものですから、同じようにササッと渡ってしまおうとします。細心の注意を払い、なおかつ、いけないことをしているという意識の下に、日本人は渡っているのですが、それに気づけないのです。まあ、それは教育の違いでもあり、社会の違いでもあり、習慣の違いでもあることで、気がつかないのも無理はない。だって、そんなもの、見えませんものね。

それは、悪いことであるという意識がないのです。アルバイトで疲れているから、早く家に帰って寝たいから…で、そのままそういうところを通ってしまうのです。

学生達には、事故に遭った人も骨折をして辛い。入院しなければならないし、勉強もアルバイトもできない。けれども、(分離帯の樹木の間から)人が出てくるはずがないと思って(本当は注意しなければならないのでしょうが)運転していた運転者も辛い。人を轢いてしまった…と、金銭的なことだけでなく、罪の意識はこれからずっとついて回ります。

何回もお見舞いに来て、そして謝ったと言います。でも彼女は、今年の4月に来たばかりで、余り日本語がわからない。

教員が何回も行っているのですが、言葉がわかりませんから、同じ国の学生を連れて行かねばなりません。それも上級生でなければ意味がありませんから、彼らも休ませることになってしまいます。

交通事故はここ、10年ほどありませんでしたので、ちょっとのんびり構えていたのが悪かったのかもしれません。

慌てて、学生に聞いてみますと、そこでアルバイトをしている4月生がまだ5人ほどいました。言葉がわからなければ、そういうところでしか働けません。電車を乗り継いで、それからバスで行けるようになっている…というのですが、工場のバスの時間に間に合えばいいのですが、間に合わず、いつも駅から歩いているようなのです。寮の近くでも(自転車で行ける所)あることはあるのですが、どうも「仕分けする物」が重く、比較的軽作業となると、そういうところしかない…ようなのです。

ちょうど先週、他の工場の、アルバイト募集の方が来られて、そこで「通勤のバス」の話もちらとしていました。今週も来られるという話でしたから、もう少し「バス」のことを聞いてみたいと思っています。もしちょうどいい時間帯がありましたら、そちらの方を進めてみたいと思っています。本当は自転車で行ける所が一番いいのですけれども。

日々是好日
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外は蒸し風呂状態です。

2017-07-03 10:03:59 | 日本語学校
晴れ。

台風3号が発生しているようです。前線を刺激し、雨の地も多いというのに、こちらは晴れ。35度と予測されていますから、梅雨が明け、もう真夏になったかのよう。今晩は熱帯夜になるかも。

梅雨の季節とはいえ、雨の降らない日が続き、降っても大したことがないという日が続き、「アジサイ(紫陽花)」は、全く元気がありません。色も褪せたような感じで、やはり雨を好む花には、雨が必要なのですね。毎日、雨でも生き生きとしていますもの。

さて、学校です。

7月生のうち、初めからやる人、四人がやって来ました。お母さんと弟付きの人もいました。弟さんはもう小学校の四年生ですから、そばに小さな先生がついているようなもの。他の学生に比べて有利ですね。

今日、成田に着く新入生もいます。ネパール組がそうで、午前中に二人、午後にも二人到着します。それで、午前の部には、二年生のネパール人学生二人が、午後には二年生と4月に来たばかりの学生二人が迎えに行きます。

二年生がいつも迎えに行くのではなく、一年生も連れて行ってくれると、次はもう彼らだけで行けるようになります。それに、来るときには全く何もわからず、とにかく学校へと急いだ道も、こうやって迎えに行くときには心にゆとりがありますから、成田空港も落ち着いて見ることができるというもの。

とはいえ、失敗もあります。ちゃんと「成田空港の第二」と言っておいたのに、自分が日本に来たときの「第一」を「成田空港とはこれである」と思い込み、第一の方で1時間ほどもじっと待っていた学生もいました。

「もう出てきたのに、迎えがない」という新入生からの電話に、成田空港に着いたという電話がとっくの昔にあったのにと学生に電話しますと、思い込みがありますから、なかなかそれがわかりません。やっとわかってくれて、大慌てで第二に移動したということもありました。

やはり「第二」の方を赤でチェックしておけばよかった。大丈夫というのを信じてはまずかったと反省しきり(私の方です)。どうしても、自分たちの空港と同じに考えてしまうのです。これはしょうがないことなのかもしれませんけれども。

さて、今回はどうでしょうね。

日々是好日
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