日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「今日も、曇りのち雨、雨のち曇り」。「白地図」。「雑談の大切さ」。

2010-07-30 07:49:04 | 日本語の授業
 涼しい風が吹き抜けています。まるで秋頃の、台風一過といった感じ。昨日、豪雨が休みなく続いたというのに、お空はまだまだ泣き足らないようで、今日も油断は出来ないそうな。とはいえ、朝はまだ降っていませんでしたから、安心して自転車で出勤しました。

 私事ですが、部屋はまだまだ片付いていません。多分一ヶ月は見ておいた方がいいでしょう。考えてみれば不思議なことなのですけれども。大した荷物もないし、大きな部屋ももない。それなのに、どうしてなのでしょうね。部屋に戻っても、片付ける気にはならないのです。ぼんやりしています。

 「勉強しろ」とか、「(寮の部屋を)片付けろ」とか言われても、それが、なかなか、できないでいる留学生達と同じ気分です。彼らは、学校での勉強に、そして、アルバイトにと、くたびれ果てているのです。一日の体力は、それで、消耗され尽くし、新しい課題が一つ増えただけでも、増えたということに(何もしなくても、その事実だけに)疲れを感じてしまうのでしょう。

 本当にその通り。私の今の状態が、多分、それなのです。しかしながら、自分が出来なくとも、相手の状態がわかっていても、(教師というのは)言わねばならぬという責務がありますから、学生達には言いますが、全く、教師というのは因果な商売です。心では、学生たちに、非常に同情しています。あまりにわかりすぎるし、自分もそうですから。

 ところで、一昨日のことです。家に帰ってから、空気の入れ換えとばかりに、窓を開けましたら、ちょうど蝉が飛び込んで来ようとしたところだったらしく、もろに蝉とぶつかってしまいました。もう蝉が鳴くような季節になっていたのです。

 そういえば、気づかぬうちに、梅雨が明け、小中学校の夏休みに入り、猛暑が続いていましたっけ。

 迂闊な話ですが、雨が降って急に(時間の)流れが途切れてしまうと、前のことをすっかり忘れてしまいます。覚えているのは、今のことだけ。ただ、これは子供の時からのことですから、個人的には気にしてはいませんが(周りはたまらないだろうとは思いますが)。

 とはいえ、これはもう、いい年をしている私だから言えることであって、学生達はそういうわけには行きません。

 実は、「上級で学ぶ日本語」が終わってから、あまりに彼らが20世紀の世界の情勢に疎いので、そのDVDを見せながら説明を加えていくつもりだったのです。休み時間の30分ほどを取り込んで。この30分というのは、形の上では休み時間となっていますが、この学校では基本的に休み時間は10分だけということにしています。

 必要ならば、(その間に)個々に取るということにしているのです。「初級」「中級」までは、この30分を利用して、「非漢字圏」の学生、並びに中国でも、漢字を自分達の文字として学校教育を受けてこなかった人たちの漢字指導の時間に当てています。

 それも、「初級」、「中級」の間は、それなりに流れていくのですが、「上級」ともなると、読み取れないのは、漢字がわからないからではなく、彼らに別の問題があるからだということがわかってきます。読み物の中に、かなり社会性を含んだ内容が出てくるのです。当然のことながら、普通は、さらりと流してしまいます。まだ「上級」レベルでは、こういう問題を扱っても、何語で話すかということにもなりかねませんから。そもそも、彼らには、それが問題であるということが、そして、なぜ問題になるのかということが、頭の中に無いのですから。

 その上、そのころには、留学生試験が迫ってきますから、穴(彼らに欠如している部分)が、次々に発見されていきます。なぜなら、一応の常識、あるいは、世界の情勢が何故にこうなっているかについても、わかっていなければ、解けない問題もあるからです。

 中国人の学生は、「斯くあった」ということは知っていても、その知識のほとんどは、試験用の「箇条書き」のようなもので、日本ではアニメーションやマンガで子供でも知っているようなヨーロッパ各国の関係というものさえ、かなり頭のよい学生たちの中にも入っていないのです。

 もちろん、どの国にもそういうことに関心を持っていない人はたくさんいます。(その人達が知らないのは、別に気にならないのですが)そういう国際関係、また環境問題、社会問題などに強い関心を持っていながら、その流れのよって来たるところを知らないが故に、判断を誤ってしまう学生を見ていると、私の方が焦ってしまうのです。

 というわけで、「世界史」、それも「近世」と言われる部分は、少し早めにやって置いた方がいいということで、「上級」が終わるとすぐに、「第一次世界大戦」の直前までを見せながら解説していったのですが(30分の休み時間を、つまり漢字の時間を利用して。上級が終わった後は、彼らには別に一こま漢字の時間を設けていますので、この時間がフリーになったのです)、同時に、授業では、「現代社会」に入っていました。

 すると、この「科目」の時に、またボコボコと穴が噴き出してきたのです。「知らない」のです。知らなければ、知っていることを前提にして、語られている内容は入っていくはずがありません。

 で、急遽、「世界史」を中断して、高校、或いは中学校で、現代の社会問題を認識させるために取り入れられているような方法をとることにしました。そうした方が、「南北問題」を語る上でも、「南南問題」、「ジェンダー」や「格差」。「異文化」を教えていく上でも、便宜上、役立つと感じたからです。

 それと同時に、「白地図」の色塗りです。これは、私たちにとっては「幼稚園」「小学校」そして「中学校」と続いた、非常に親しいものです。ただ、この作業をすることによって、世界が広がってきたような感も、なきにしもあらずという、「遊び」兼「学習」の一環…なのですが、これを、今、少しずつ始めているのです。

 まず、世界の白地図を用意します。一枚は世界、そして、ヨーロッパ、アフリカなどと地域によって分けたものを用意します。それからは、無理をせず、その日の授業で出て来た国を随時色分けしていきます。彼らは、どこだ、どこだとざわつきながら捜します。彼らの話を聞きながら、あまりに方向が違えば、ヒントは出します。中には、ヨーロッパの国なのに、南アメリカを見ていたりしている学生もいますから。しかし、これもまた面白い。みんなでそういう学生をからかいながら、私は、これらの国で、かつて、どんなことが起きたか、また今どういう状態にあるのかを、世間話のようにして語っていきます。時には学生の間から質問が出ることもありますし、学生が説明してくれることもあります。

 相互に欠けていた知識を補完し合うということも大切で、知識を持っていた学生は、それを日本語で語ることによって、新たな単語を獲得していけるわけですから、全く無駄にはなりません。しかも、これは正規の授業内容というわけではありませんから、肩の凝らないものです。楽しんで色塗りをしながら、楽しく話したり聞いたりするだけのこと。忘れても良いのです。ただ、案外こう言った雑談というのは忘れられないもののようで、「授業で教えただろ」と、私がきつく言わなければならないもののことは、きれいさっぱりと脳裏から消えているのに、何かの折りに、「先生、あれ、この前話したでしょう」と言われることもあるのです。

 私たちが、両親や周りの大人たち、また、友人やマスコミなどから、ごくごく自然に耳に入れていたこれらのことを、留学生達に語ってやる時間が、如何に大切であるかを、今、感じています。

日々是好日
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「ゲリラ豪雨」。「『教師』が先か、『日本語』が先か」。「『自分の目を信じる』ことの大切さ」。

2010-07-29 08:36:28 | 日本語の授業
 いやあ、すごい雨です。まるで南国の「スコール」のようです。しかも、一番の「降り」の時に、歩いていたのですから。あと10分早く(段ボールを、シコシコと畳んだりせずに)、家を出ていれば、自転車で来られたでしょうし、余裕で、いつものコンビニでお弁当も買えたでしょうに(十字路のところのコンビニは、スパゲッティと焼きそばしかありませんでした…グスン。本当は、「米の飯」が食いたかったのです…)。

 とはいえ、驚きましたなあ。ここは、いつも、近接の東京、所属の千葉が雨であろうと、曇りくらいでしたし、他の近接の地域を、台風が通過しようと、直撃しようと、なぜかここだけには、静かさが漂うといった風情でしたから。そんなこんなで、天気予報で、「降ったり、止んだり」マークがついていても、高を括っていたのです。それが、それが…。しかも、雨の予定は、夕方でしたのに。

 学校に着いてからも、激しい雨は続いています。しかし、暑い。久しぶりに歩いたので、汗が湧き出してきます(如何に、いつも、ズルをしているかがわかります)。ということで、降り込まないように(方向を見定めながら)窓を開け放ちます。ところが、また、ザーッと来たなと思っていると、あらぬ方の窓を、雨粒(と言うより鉄砲玉)が、矢のような勢いで、打ち付けてきたではありませんか。風が回っているのです。あわてて、開け放っていた方へ飛んでいくと、「時すでに遅し」、雨が降り込んでいました…。とにかく、走り回って閉めていきます。

 スコールは続かない…はず…と、そのまま、じっとしていたのですが、少し経つと、さすがに暑くなってきました。で、とうとう冷房を入れる羽目に…。

 実は、ここ、三・四週間ほど、冷房のお世話になりっぱなしだったのです。帰るとすぐに冷房、そして、家を出る時には(冷房を)切るが、日課になっていました。けれども、けれども、冷房は身体によくはないのです。その空間だけは涼しくとも、外に出れば相変わらずの灼熱地獄なのですから。そんなわけで、いつも(学校で)皆が来るまでは、1時間か2時間ほど、涼しい海風を楽しんでいたのです。ところが、閉めきってしまうと、そうは行きませんね。

 あれ、少し小降りになっています。と思うと、またすぐに、音が高くなる。もしかしてこれは今日一日中続くかもしれません。となると、「Aクラス」の学生達は良いとしても、不器用で、速く自転車を漕ぐと、途端に転んだりする、担任と似た癖のある「Dクラス」の学生達は、また転んでしまって、病院にお世話になる者が出て来るかもしれません。(ホントのところ、私はずっと、中国人と自転車は切っても切れない関係にあると思っていたのです。が、この「Dクラス」にいる中国人達は皆、見事に日本に来てから自転車を習い覚えたというのですから、びっくり。しかも、私とどっこいどっこいか、それ以下なのですから、全くもって、面白い。

 さて、学校です。
 
 昨日、先日、(本校の)女子学生達がお世話になった川村学園女子大学の学生さんが「卒論の参考に」と、アンケートを取りにやってきました。二人とも、先日、一生懸命に模擬授業をしていた学生さんだったということで、私たちもこころよく請じ入れたのですが、留学生達の現状がよくわかっていなかったので、集計するにしても、大変でしょうね。

 彼らを指導しているのは、現場で日本語教師をしていた人です。ですから、(指導教官が)現場のことがわかっているという点では、彼らは恵まれていると思います。

 なにせ、大学で教えているという人の中には、「日本語」だけしか知らず「教育」の部分が抜けている人が多いのですから。しかしながら、現場にいれば、まず、「『教師』乃至『教育』ありき」であって、「『日本語』ありき」ではないのです。つまり、後ろから、数学であれ、世界史であれ、物理であれ、「科目」が来るのです。

 こういう人たちは、「私は、もう、三十年も四十年も外国人達を教えてきた」と言うでしょうが、それは、いわば、(学生相手に)話してきただけのことであって、教えたことにはなりません。面白いことに、以前、そういう人たちと同じ学校にいたことがあったのですが、彼女たちが教えている教室を覗くと、教師は教壇に、学生達は、一番後ろの席に固まっているという図が毎日のように続くのです。それに対して、何の手も打たないのです。真ん中の三列くらいは全くのだれもいません。果たして、これで、授業をしたということになるのでしょうか。

 おそらく、そう言われても、「学生達のレベルが低いから、(日本語の知識の宝庫たる)私の話を聞かない」、或いは「学生達が悪いから」と言うだけでしょう。こういう人たちには、「学生達がそういう状態なら、あなたはどういう働きかけをしなければならないか」という教師としての視点が欠けているのです。

 とはいえ、このような人を責めてもしょうがないことです。彼らは「教育学部出身者」でもなければ、「師範学校出身者」というわけでもない。日本語に興味を持って学んできただけのことですから。同じように日本語に興味を持ち、勉強の習慣もついており、しかも、母国でも優秀な学生であったという人が相手であれば、講義するだけで済むことですから、大丈夫でしょうが、いわば、(生き馬の目を抜くような)現場では役に立たないのです。その中には、大学院を出ている人にも、また小学校レベルの人にも、同じ話し方をし、同じ教え方をするという、教師としては、あるまじき行為をする人もいるのです。本人は気がついていないでしょうが。

 「まだ若く、(来日した)目的もそれほど定かではない。しかも、アルバイトなど母国ではしたこともないことをしながらの勉強でくたびれ果てている。毎日、一人で決まった時間に起きることも出来ない…」などという「ナイナイ尽くし」の学生達を、「毎日学校に来させるようにし、勉強の習慣もつけ、ややもすると挫けそうになったり、寂しさの故に同国人の悪い誘いに乗ったりしがちな学生達を、そういうものから守ったり」といった勉強の環境を整えることからやっていかねばならないという「教育者(これは気恥ずかしくて、いつもは使えないのですが、ここでは、便宜上、使わせてもらいます)」たらんと欲する者の、当然せねばならぬことが、すっぽり抜けているのです。

 つまり、現場で育てられていないというのは、そういうことなのです。

 今の日本語教師になりたいという人たちは、「教育学部」にいるわけではありませんから、「教師」としては、育てられていません。それに気づいた、現場育ちの教官が、個々に努力をしているだけに過ぎないのです。これは結構大変なことだと思います。

 もし、教育学部の中に含まれていれば、「教師」予備軍としての世界に取り囲まれているわけですから、自分よりも優れた者、やる気に溢れている者、児童生徒をグイグイと惹き付けていく不思議な素質に溢れている者などを目にする機会もあるでしょう。実習に行けば行ったで、付属学校で、優れた現場の教員たちと出会ったり、児童生徒達が如何に自分達の手に負えない存在であるかに、大学生のうちから気づくこともできるでしょう。

 まず、自分(私)の事から言えば、現場に出た時、それまで学んできたこと、自分の頭の中で築き上げてきたことを一度、きれいさっぱりと捨てるということが一番難しかったように思います。大学で学んだことは、(それだけであったら)全く役に立たないという認識が一番大切でした。

 現状の方を、自分の頭の中に近づけてはならないのです。現実は、現実なのですから。自分の方から現実に寄り添うようにしなければならないのです。うまくいかないというのは、自分に問題があるからであって、学生に問題があるからではありません。自分の方がやり方なり、考え方なりを、変えねばならぬのです。現実をこじつけて変えてしまおう(これは出来ませんから、徒労に過ぎないのですが、やろうとしてしまうのです。現実を認めたくないからでしょう)、また自己を正当化するために現実をねじ曲げよう、他の人のせいにしようなどと、考えてしまいがちなのですが、それをやってしまうと、すべてがメチャクチャになってしまいます。建設的なものは生まれてこないのです。

 これは教育界だけではなく、どの職業においても同じでしょう。まず、現実を見、そこから手段方法を考えるという態度が一番大切なのです。屁理屈を付けて現実を解釈しても、物事は解決しません。まず変わるべきは、相手に寄り添わねばならぬ教師の方なのです。とはいえ、相手に合わせて、水のように形(教え方なり、対処の仕方なり)を変えていくというのは、そんじょそこらの教師に出来ることでもありません(が、理想は理想です。持つべきです)。

 しかも、皆、教師に向いていると言われるほどの素質があっても、それなりに経験も努力も学習(周りにいる優れた教師のものを盗むということです。教師も、どの職業でも同じ、職人さんとおなじような学び方をせねばならぬ部分も少なくないのです)もしてから、やっとそれなりの形(教育という)が作れているのですから。しかも、何事も同じでしょうが、努力は、その仕事を放棄するまで続けていかねばなりません。

 教師にとっては、「今回、失敗しても、また、来年があるさ」で、あろうとも、学生達にとっては、たった一度の機会なのです。ですから、そのことを、よくよく噛みしめ、たとえ、失敗しようとも、その失敗を補えるほどの熱意や努力を示すことが大切です。そうすれば、それなりのものは、学生達に伝わります。そうでなければ、失敗だったとされる学生達は浮かばれないではありませんか。

 大学での勉強の意味、また価値に気づくのは、多分現場に出てから数年後でしょう。それまでは、理論の世界、仮想の世界で築いてきたものを一つ一つ現実世界によって、潰され、あるいは潰し、また壊され、壊していくので、忙しいのです。全部更地にされて初めて、現在の情況を、理論で歪まされた目でなく、見ることが出来るのでしょうから。それでも、100%ということはありませんが。そうして初めて、大学での勉強が生かされていくのです。現状の正しい認識なくして、なにが理論、知識でしょうか。

 「個々の学生に、個々に対応できる」というのも、大学での勉強あってのことなのです。

日々是好日
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「『猫ちゃん』への返事」。「『猫ちゃん』達に出来なかったこと」。

2010-07-28 08:30:52 | 日本語の授業
 暑い。今日も、雲一つない晴天です。夏の青空です。ただ、朝は、昼の灼熱地獄とは比べものにならないほど、過ごしやすく、今もカーテンを揺らして、涼しい風が部屋の中を吹き抜けていきます。

 ところで、6月8日に、コメントをくれた、「猫ちゃん」、御免ね。本当に申し訳ない。
昨日、ブログ管理者が、やっと気がついて、あわてて、猫ちゃんのコメントを印刷し、「ごめん。コメントに気がつかなかった」とメモ付きで、私の机の上に置いておいてくれたのです。おかげで、久しぶりに猫ちゃんに「会えた」というわけなのですが、もう一度、ごめん。

 本当にごめんね。けれども、今更、返事を書いても、すでに一ヶ月以上が過ぎているわけですから、もうそこには目をやらないでしょうし…ということで、ここに書きます。

 猫ちゃん、お元気で何より。読んでくれているそうで、何やら照れくさいですね。「以前の学校」にいた時には、週に三回か四回一緒にいたわけですから、「実際に『見合って』」話をしていたわけで、機械による文字を通しての「会話」となると、本当に気恥ずかしい。猫ちゃんは、相変わらず、大好きな魚を「猫のように」食べているでしょうけれど、専門はコンピュータ。問題なく、出来るでしょうけれど、私はどうも、だめですね。文章が硬くなったり、変だったりしたら、それは、このせい…です。悪しからず。

 これは、何と言おうか、つまり、コンピュータを学んだことのある人と、私のように、いわば「縄文時代の生き残り」みたいな人間との差なのですぞ。

 ところで、「猫ちゃん」、この学校のホームページに、インターネットのメール番号が載っていますよね。あれで、連絡してください。ブログ管理者が、あちらにも気をつけていてくれますから、私がボケッとしていても、大丈夫。注意して教えてくれると思います。そうしたら、こんなに待たせてしまうようなこともなかったでしょう。

 実は、私の携帯は、あの時の携帯ではないのです。壊れてしまい(古すぎ)、ショップに持っていったら、「ちょっと…」と言われてしまいました。中の情報も(何せ、暗証番号を忘れてしまったので)取り出せませんでした。これは、本当に申し訳ない。せっかく帰国前に連絡してもらっていたのに。

 猫ちゃんは、今、上海ですか。上海から来た人も、この学校には、いましたよ。今は、途切れているかな。この学校の近所に住んでいた人が身内を呼んで、その人が上海だったり、コンピュータの仕事で来日した人とか、その人の奥さんとかが、上海人でした。

 猫ちゃん達を教えていた時には、(猫ちゃん達の就学期間は)一年でしたから、それほど、教えることができませんでした。が、今の学校は、学生達を二年間(最長)教えることができるので、いろいろな事ができます。だいたい、「漢字圏」の学生なら、「イロハ」から始めて、一年で「N1(前の日本語能力試験、一級です)」レベル、「非漢字圏」なら、一年で「N2(二級)」か「N3(三級と二級の中間くらい)」レベルが目標なのですが、問題はそれ以後なのです。

 大学や大学院へ進学したいという人の場合、日本語学校にいる時に、「現代日本語」のみの習得に終始し、「社会学」的なこと、或いは、「サイエンス」、日本語でも「古典」などが入っていないと、進学してからが、大変なのです。もちろん、ちゃんと勉強しなければならない大学へ入った人の場合です。

 何と言っても、日本人の話について行けないのです。私たち、日本人にとっては、それはちょいと気をつければ、普通のテレビで流されているようなことなのですが、(中国語を日本語に置き換えれば済むということではなく)内容自体全く知らないということも少なくないのです。

 もちろん、今、私がいる日本語学校は、(学生数がそれほど多くないので、手をかけることが出来る反面)細かなクラス分けというのが、それほど出来るわけではありません。けれども、どんなに人数が少なくとも、常に四クラスは作ってありますから(募集は4月、7月、8月、12月と四回あります)、どこかのクラスには入れるでしょう。

 「上級で学ぶ日本語」が終了してから、一年あると(実際は、10月くらいから大学入試が始まりますから、まずは半年くらいと見ているのですが。この入試が始まってしまうと、個別の対応になってしまいますから))、大学に入ってから、まず一年くらいは、レポートの提出にしても、ゼミの発表にしても、それほど困らないくらいの常識的なものは入れることができます。

 猫ちゃん達の時には、わずか一年でしたから、いわば、日本語だけで終わっていたようなもの。それが本当に心残りだったのです。あまり勉強したくないという学生もいましたが、勉強したいと日本へ来ていた人も、猫ちゃんを始め、何人かいましたからね。

 実は、今年の三月に、卒業生と一緒に、初めて、「奈良・京都一泊旅行」に参りました。疲れましたね。こちとらは、年ですから。けれども、その前に、日本史(中心は、「奈良」・「京都」ですが、ついでに「室町」も入れて)をやり、注意して見ておくべき、観音像や文物なども教えておきましたから、ガイドさんがついた法隆寺でも、ガイドさんの「飛鳥時代」云々とか、「斑鳩の里」なんていうのにも、学生が反応してくれたので、本当にほっとしました。

 この時も、「上級で学ぶ日本語」終了後、彼らの専門に関わりのある「世界史」や「環境問題」「経済・経営」などの授業を多くやり、「日本史、(特に古代・中世)」は脇に追いやられていました。とはいえ、「鎌倉時代」は鎌倉へ行く時に、「江戸時代」の初期は、「日光東照宮」へ行く時に、「江戸時代」の中期・後期は「江戸東京博物館」へ行く時に駆け足で(授業を)やりました。が、やりはしたものの、あの頃は、学生達もまだ日本語がそれほど判ると言うわけではなかったので、聞いただけで終わっていたのでしょうか。 。
 私は、「歴史」が好きでしたので、歴史に関するDVDを眠い目をこすりながら集めていました。が、世界史に関するものは出番が来ても、「日本史」に関するものには、なかなか出番が来なかったのです。

 「日本史」の○○○時代だったら、こういう切り込み方をしたほうが、●●●国の、△△△学生達にはわかりやすいだろうとか、考えていないわけではなかったので、ずっとどこかが欲求不満状態だったのです。それが、やっと今年の三月に、わずかながらでも出番が来たということで、最後まで学校に来て勉強を続けていた(三月の初めに卒業式がありましたが、それから、奈良京都旅行までの二週間も、学校へ来て、私たちが言った勉強を続けていました)学生達に教えることが出来たので、少し鬱屈していた思いを、些かなりとも晴らすことができました。

 実際問題として、今年の卒業生の中には、「世界史」を専攻したいという学生がいました。そして、かなり良い大学に入れたのですが、ところが、「(世界史に関する)知識が、大学で専門にやりたいという人が持っているべきレベルの知識がない(まず、映像で見ていませんから、イメージが貧困なのです)、知識どころか、日本では中学生でも見知っているようなことを、中国国内の学校やその他で学んだことがない」で、焦っていたのです。

 それらは、どうにか、個別に対応し、夏休みを使ったり、アルバイトなどがない日を利用させて、DVDを渡し見るように言ったりして、凌ぎましたが、出来ていないことも、少なからずあったのです。

 その一つが「古典」でした。「一級」後、一年あったとはいえ、「古典」は、こういうものだ(つまり「レ点」とか「白文」とかいう言葉は入れましたし、少しは読ませることも出来たのですが)大学入試が始まってしまうと、「小論文」書きの指導やら、「留学生試験」ではなく、「各大学の独自の試験」対策やらに追われて、「教養」段階のものを、ゆっくり説明しながら、教えていくことが出来なかったのです。

 当然のことながら、大学に入ってすぐに、昭和初期の漢文調のカタカナで書かれた報告文を読まねばならぬことになり、SOS信号を送ってきました。専門は「世界史」で、「日本史」じゃない。だから、こんな文章は読みたくないと、いくら言っても、「必修」の二文字があります。抜けられません。

 おそらく、どこの国でも、各専門領域において、「バイブル」的な専門書、あるいは文献はあるでしょう。日本語の場合、それは主に、こういう漢文調の文章で書かれていますから、一年生のころから、その洗礼は受けて置いた方が、確かにいいのです(が、本人は困ったようですね。「日本人だって、読めな~い」などと、学校に来て騒いでいましたから)。

 それが証拠に、一回目の時は、放課後、9時過ぎまでかかっていたのが、二回目には、もっと少ない時間で済むようになり、三回目には、余裕があったといえば大げさですが、それほど、頭を抱えなくとも済むようになりましたから(一回目は、ため息をつくやら、愚痴をこぼすやら、大変でした)。一番それがわかったのは、最初は「意味は判るけれど、読めない」と言っていたのが、「意味もよくわからない」と言えるようになったことです。この「わからない」のが、「わかる」というのは、研究書を読み進めていく上で、一番大切なことなのです。

 漢字が判りますから、中国から来た人は、本当のところ、あまりわかっていなくとも、解ったような気になってしまい、それで押し通そうとしてしまいます。それ(それほど理解できていないこと)が、相手の教授にはお見通しですから、当然、嫌な気分になるでしょう。そうすれば、一事が万事で、うまくいけるはずのことまで、ギクシャクしてしまいます。それゆえに、それだけは避けさせたいと、この学校でも、徹底的に改めさせていたのですが、それでも、その残片は残っていたのです。

ところが、大学に入った最初から、ゼミという形で、徹底的にしごかれているのですから、、嫌でも思い知らされたでしょう。

 しかしながら、一年から、これをしてもらえれば、三年から始まる「卒論」に困らなくて済みます。読解力は自然に身につくでしょうから。とはいえ、「先生、2.26事件って」とかには面食らいました。そりゃあ、無理ですよ。外国人相手に、それを入れながら講義をされても、学生が戸惑うばかりです。それで、説明するより速いだろうと、DVDを渡し、見てみるように言っておきました。一言言えば、これは、決して早く帰りたいからとか、手抜きとかではありません。念のため。

日々是好日
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「『就学生』から『留学生』へ、資格変更」。

2010-07-27 08:26:19 | 日本語の授業
 昨日、午後の学生達を送り出してから、空が黒い雲に覆われているのに気がつきました。ここ数日、北関東では、「雷様を伴った夕立」というのが、ニュースになっていましたから、すぐに、「いよいよか(こちらにやってきた)」という気分になります。それと共に、心がやけに素早く計算を始めます。「早く出ないと、自転車で帰れない…(連日の忙しさで、疲れている)歩きたくない。しかも、最小限の生存に要する物を買って帰らねば、今日の食糧がない…。雨が降り出す前に…自転車…買い物…)というわけで、いつもは何事にも、とろい私が、サッサと職場を離れます。

 しかしながら、運の悪いことに、スーパーを出た途端、ポツッ、ポツッ、ポツッ、ポツッ、と大きな雨粒が落ちてきました。スーパーから吐き出された人たちが大急ぎで駐輪場から自転車を引き出し、物凄い勢いで出ていきます。私も心が急ぎます。雷様が鳴りだしたらどうしよう…。慌てふためいて自転車を漕ごうとするのですが、こういう時に限って、信号待ち(時間)が長いのです。

 こういう時、嫌なのは、自転車が上手な人たちは、スッスッスッと一定のリズムで自転車を漕いで行くということです。そこに私が混じると「破調を来たす」ということになり、焦るのです。そのつもりはなくとも、一度止まったら、次の一漕ぎがうまくいかない私は、電車の中のお地蔵様状態。申し訳ない、アッチッチ、ここでも後ろとぶつかった。また次の一漕ぎをしようとして、またまた、後ろから来た一人とぶつかった…で、大変でした。

 考えてみれば、後ろから来る人も、「前の人が自転車に乗った、よし。(大丈夫)」というつもりで来ていますから、まさか(その前の人が)ヨタヨタするとは思っていない…というわけで、実際は大した降りではなかったのですが、帰るつくまでに疲れ果ててしまいました。

 決まった道を決まったように帰れれば、余裕も出てくるのでしょうが、この分では、慣れるまで、しばらく時間がかかりそうです。雨は降って欲しいけれども、人が多い時にはちょっと「クワバラ、クワバラ」ですね。些か微妙な心境です。

 さて、今日、この7月から「就学生」が、「留学生」資格になったということで、「資格外活動許可」の書き換えに、教員が一人、入管へまいります。

 これまで、(就学生は)一日に4時間しか働けないということで、他の資格で来日している外国の方に比べて、(仕事捜しは)かなり不利でした。大手は避けるのです、就学生を。もちろん、相手の身になって考えれば、4時間であろうと、8時間であろうと、交通費はかかる。しかも、説明して、「さあ、やってもらおう」と思っても、実質三時間ぐらい働いて、はい、それまでよということになる。それなら、「人手はたくさんあることだし、わざわざ就学生を雇わなくともいい」ということになっていたのでしょう。

 もちろん、日本語がある程度出来ていれば、少しはましでしょうが、大半は「四級」か、少しましでも、「三級」レベルといったところでしたから、アルバイト捜しが大変だったのです。昨今のように、日本人であってもなかなか見つからないとあっては、言葉の問題や習慣の違いなど、彼らが、越えねばならないハードルはドンドン高くなっていきます。

 以前も、学生達が面接に行くと「就学生は、4時間しか働けないから駄目」と言われたことが、何度もありました」。当時は、日本人と同じように、自由に働ける日系人も多かったし、また、日本語がそれほどできなくとも、専門学校生は、一日8時間働けましたから、その人達の方に仕事を持って行かれていたのです。

 それが、一日の労働時間が、4時間という制約から、一週間に28時間ということになったわけですから、土・日に多く働き、平日は余裕を持って授業に望むことも出来ますし、金曜日にまとめて働いても良いし、各自の生活パターンに合わせて、活用していくことができます。

 その上、夏休みなどの長期休暇になりますと、ますますその利点が生かされます。一週間に28時間から、一日8時間まで合法になったのですから。

 私たちも、「休みの間は、セッセと働いておくように。来学期は、やらなければならないことが山ほどあるから、そのつもりで少しお金を貯めておくんだよ」と(来年の三月卒業予定者に)言うことも出来ます。人間忙しいと、他の方向(勉強とアルバイト以外)へ心は向かないものです。暇だから、勉強しておこうとは、なかなかならないのです。

 アルバイトがまだ見つかっていない人、あるいは、暇だという人には、学校へきて勉強するように言っておきます。お盆休み、土日、祝日以外は、教員の誰かが、必ずいます。先にいっておけば、学校でDVDを見てもいいし、勉強をしてもいい。一人で寮に籠もっているよりずっと良いものです。それに、学生も一人が来るようになれば、もう一人、二人とドンドン来るようになります。皆、誰かと楽しく話したりしていたいのです。その上、この学校には、常に、十ヶ国以上の学生達がいますから、だれが来ても、いつも、日本語で話さねばなりません。

 夏休みに、勉強の習慣が消えないようにと、(例年、宿題というのは、あまり出してはいなかったのです)若い人が多い、今年の「四月生」には、宿題を山ほど出しておきました。不思議なことに、あまり、嫌がっている風には見えなかった…のです…。

日々是好日

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「猛暑」。「教師としての立場の自覚」。「二年間を『この学校で過ごす』ことの意味」。

2010-07-26 08:02:35 | 日本語の授業
 暑い毎日が続いています。けれども、どこか、変なのです。「梅雨」が終わると同時に始まった、この「猛暑」。こんな暑さは、以前は、8月に入ってからではなかったでしょうか。それも、「お盆」前後をさし、「残暑」という言葉が似つかわしくないほどの暑さ、と言っていたような気がします。

 ところで、今日は土用の丑の日とか。「ウナギ」を食べて、夏の暑さを乗り切ろうという日なのだそうですが、「ウナギ」をあまり好まない人間はどうしたらいいのでしょうね。子供の時は、「アナゴ(穴子)」を焼いて、たれを付け、皆と一緒に食べたものでしたが(見てくれはほとんど同じです)。

 さて、私用で、てんやわんやし、何が何だかわからなくなるほど疲れてしまいますと、なぜか学生の気持ちに添ってしまい、何も言えなくなってしまいます。

 ああ、この人も、同じなのか。大変なのだろうなと考えてしまうのです。教師が学生達と同じ立場に立ってしまいますと、注意や指導が出来なくなってしまいますから、あまりいいことではないのですが(もちろん、例外はありますが)。

 私が大学を出て、二年目のことでした。50代の先生と話している時、その先生がさりげなく「まだ学生としての立場から生徒を見ているね。それでは指導はできないわ」と言われたのです。確かに、そうでした。自分でも、わかってはいたのです。

 当時、私の周りは、(私以外)一番若い教員でも45,6才でしたから、圧倒的に生徒の方が年が近かったのです。自然、考え方もよくわかりました。何せ、私は3月生まれですから(卒業後二年目)、中学3年生とは、8才しか違っていません。

 それから、私も年を取り、年を取ると共に経験も、良いか悪いかはわかりませんが、積まれていきます。次第に年相応の指導が出来るようになってきたのですが、自分が、できない事が山ほどあるものですから、教壇に立って「教師の顔」をかぶっていない時には、ホロホロとぼろが出てしまうのです。

 自分ができない事を、偉そうに、人に「やれ」とは言えません。しかし、言わねばならぬこともあるのですから、厄介です。とは言いましても、留学生とは、二年のつきあいになりますので、来日から半年乃至一年くらいの間に、「今、どうしてやらねばならぬ」と、私が言っているのかなどを、諄々と説いていく時間はあります。

 日本語だけの勉強をしていればいいと言うのではないのです。そういう指導を、折に触れ、繰り返してきているから、一年を同じクラスで過ごしてきた学生達は、逆境に強いのです。余裕が出来ているのです。

 国で、「二級試験」や「一級試験」に合格しているからと、途中からそのクラス(来日後、すでに一年が終了し、だいたい「二級」から「一級」レベルの学生達がいるクラス)に入ってきた学生達とは、日本に対する理解度や、自分に対する認識などにおいて、大きな隔たりがあります。これも、殊更に作ってきたというのではなく、現場で学生達が悩んでいたり、葛藤していた時に一つずつ話し合って、培われたものなのです。

 やはり、いろいろな確執・矛盾を経験するための一年というのは、捨てがたい。もちろん、苦しまずに済むものなら、不必要な苦しみは経験しない方がいいに決まっています。けれども、それを経験しているからこそ、強く、しなやかになれる部分というのはあるのです。

 来日後、一年ほどは、ギクシャクし、特に大卒は、わけのわからないプライド(実力があれば別ですが、実際のところ、ないのです。しかも、世界に関する常識も日本人ほどはありません)という、固い鎧を纏い、何を言っても(耳にも)入っていかないような状態なのです。それが、この学校にいる間に、少しずつ、こなされて、柔らかくなり、現状を、そのままに見ることができるようになるのです。それから、大学なり、大学院なりへ行けるのと、そうではないのとは、全く意味が違ってきます。

 現状を掛け値なしにみると言う力や心の持ち様が育っていなければ、(大学や大学院へ)行っても、どうにもならないだろうとは思うのですが、彼らの目的は、知識や技術を学ぶことではなくて、「修士」という学位を獲得することだけですから、煎じ詰めて言えば、「専門は何であろうと構わない」のであり、簡単なら簡単なほどいいのです。

 ただ、「イロハ」から二年間、この学校で頑張ってくれた人は、その差が、少しずつではありますが、わかってくるようです。「そのようなレベルでは、日本では通用しない」と。「研究生」になってから、よほど勉強しないとついて行けない(これは、母国で同じ専攻を四年間学んできた学生がそう感じるのです。それすらわからない人は、自国の大学でのんきに過ごしてきたように、日本で研究生を一年か二年やり、至極当然に「修士」の試験に落ちるだけのです。落ちるまで気づかないのです。いくら私たちが口を酸っぱくして言っても、判らない人は判らないのです。

 なぜか、中国人学生は、最後までこれがわからない人が多いようです。自国で簡単に違う専門の修士に合格できるから、日本でもそう考えてしまうのでしょう。日本では、その専門を大学で学んだ人間が、それでも研究や勉強を続けたいと思って行くのであって、大学での勉強の重さが、全く違うということが、「修士試験」に落ちるまでわからないようなのです)

 …疲れています。学生達が来れば、少しはシャキーンとなるのでしょうが、人間、慣れないことをせねばならぬ情況に追い込まれてしまいますと、頭の働きが鈍ってきます。時にはストップしてしまうようです。口先では一丁前のことを言いながら、すでに頭の中では、脳みそならぬ、ただの水がチャポンチャポン音を立てているような具合なんですから。

 多分、日本で初めてアルバイトやら、日本語の勉強やらに明け暮れることになった留学生達も、そういう状態だったのでしょう、最初は。

 国ではやったこともないアルバイト。それも、なかなか見つからないのですから、焦ります。やっと見つかったとしても、慣れない作業、しかも、言葉の壁もあります。その上、月曜から金曜日まで、学校へ行かなければなりません。疲れたと言って休んだら、先生からの電話、乃至、家庭訪問。

 日本語の勉強にしてからが、漢字(読んだり、書いたり)などという、覚えたり、賢かったりすれば、その片手間で出来るような代物ではない文字と格闘しなければならないのですから。頭の機能が、時々プッツンしてしまうのもよくわかります。それを、1年以上、二年近く継続していかなければならないのですから、賢さだけでは、やり遂げられることではありません。

 体力と根気。体力だけでも駄目なのです。粘り強さだけでも駄目。夏の、この、茹だるような暑さとも闘っていかねばならないのですから。如何に日中暑くとも、木陰に入ったり、日が沈むと凌ぎやすくなるような国から来た人たちにとっては、なかなか簡単に慣れるというわけには行かないでしょうが。

日々是好日
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「日本での生活に安心しきっている学生。けれども、油断大敵」。

2010-07-23 08:21:58 | 日本語の授業
 今日も「今日も暑い。」という言葉で始まってしまいました。ところが、昨夜か早朝に雨が降ったらしく、地面が濡れているのです。普段なら、「いいお湿りでしたね」くらい言いたいところなのですが、どうもそういう感じではないのです。少しも涼しくならないのです。スッキリしないのです。

 すでに、朝、六時の路上は、ムワァーとした空気に包まれています。汗が滴るどころの話ではありません。本来なら、早朝と夕暮れ時の「水打ち」は、清々しさを伴うものであるはず。しかしながら、日が落ちてからの水打ちはいざ知らず、少なくとも早朝は、却って、だらけた気分になってしまいそう…。この「ムワァー」が悪いのです。「暑いなら暑いでもいい。水の助けなんか借りるな」と、あろう事かお天道様にまで刃向かいたくなってしまいます

 この、水を打ってどうのこうのというのも、まだアスファルトなどが敷かれていなかった時代への、ノスタルジアなのかもしれません。昨今のお天気を鑑みますに、どうも、水を打つなら、夕方だけにした方がよさそうです。

 ところで、今、職員室では、今年11月の「留学生試験」の申し込みと、「富士山一日旅行」の申し込みとが、同時進行で進められています。そのほかにも、(この日本語学校には、在日の方が多いので、)学費を払ったり、また、留学生なら、税金や国民健康保険の支払いの相談やらで、引きも切らずやって来て、係の教員は席を温める暇もありません。

 先日、こんなことがありました。
「富士山一日旅行」の費用を払いに来た学生が、領収書を受け取ると、すぐにスタコラサッサと出ていこうとしたのです。それを、ひっつかまえて「だめ、だめ、先生を信用しないで」と、記録用紙に丸を付け、支払った日にちを付け、私の判を押すまで見届けさせました。

 私は、それを習慣づけさせようと、必死なのですが、学生の方では、それを面白がっているようなのです。
「先生、先生、大丈夫、大丈夫」ニコニコニコ。
「大丈夫じゃない。先生が忘れたらどうするの」焦って。
「フフフフフフ、大丈夫よ」
「大丈夫じゃないから、言っているの。黙って、よく見る。良いですか。ここまでやれているかどうか、チェックしておかなければ駄目」
「先生、本当に大丈夫。」ニコニコニコ。

 日本に暮らして数ヶ月も過ぎますと、おしなべて、日本や日本に対する警戒心がぬぐい去ったように消えてしまうようなのです。

 特に、こうした金銭的な方面での警戒心が消えてしまうのです。いわば、ダラッとしたタコみたいになってしまうのです。本来は、ここは(彼らにとって)外国ですから、もう少し気を張って生きていた方がいいのに。

 私が、中国にいた時なぞ、全く、気の張り通しでした。油断なんて出来るような環境にはなかったのですから。私としては、気のハリハリで、(我ながら)すごいくらいに思っていたのですが、それでも、ドイツ人の友達からは、中国で「ぼけっと突っ立っているのがいたら、日本人だ」なんて言われていました。

 どうも、こういうことから見ると、留学生も、すぐに環境に慣れて、周りの日本人のようにボケッとなっているということなのかもしれません。

 とはいえ、無警戒は危険です。何があるかわからないのですから。

 もちろん、日本では、中国とはまた違った部分で緊張が続いています。ただ、治安に関しては、まず、安心で、「夜遅く、女の人が、一人で道を歩いている」というのは、どこの国の学生にとっても、大きな驚きのようです。それを、いの一番に、携帯で親に報告したという学生もいましたから。

 こういう生活に慣れ親しんだ学生達が、中国に戻った場合、どうなのでしょう。うまくやっていけるのでしょうか。すでに大学や大学院を出て来日した場合は、大丈夫でしょうが、高校を出てすぐに、日本に来ていたりなどしますと、大変でしょう。日本の習慣(仕事や生活)が本人の習慣になっていますから。

 地下鉄に乗り降りする時、またエレベーターに乗る時のルール、店で買い物する時においても、違います。以前、大学に合格してから、一時帰国した上海から来ていた学生がいました。学校にいた時には帰りたいとよく口にしていましたので、一時帰国して戻ってきてもそれほど不満は言わないだろうと思っていましたが、もう帰って来るなり、怒り爆発です。

 「先生、私はデパートに入ったの。お客様でしょう。それなのに、あの人達の態度は全くひどいです。私をお客様と見ていません」

 日本人にとっては、中国人のあの、客を客とも思わない態度の方が新鮮で、面白いのですが、日本で「お客様は神様です」式の洗礼を受けてしまった学生にとっては、それが、もう許せないことに映ったようです。けんかしたと言っていましたから。


 よく、日本人が他の国に旅行に行く時に、旅行社から注意されるのは、ひったくりとか安全面に関することなのですが、外国の方が日本に来てしまうと、反対に、もう、治安面に関しては、ゴムの伸びきった○○○みたいになってしまうのです。

 その落差を、私たちもある程度わかっていますから、彼らが帰国することを考えて、それから、日本でも万一ということもありますから、確認とかチェックというのを、学校にいるときから、習慣づけておきたいのです。ところが、彼らは、なかなかその意を汲んでくれません。

 ただ、そういう彼らも、日本では、ご多分に漏れず、嫌な思いをしょっちゅうしているようです。今年の4月に来た学生が、一人、「先生、アルバイトをやめた」と言いに来ました。理由を聞くと、日本人のアルバイターのいじめに遭ったのだそうです。これが、日本語が少しでも出来ると、相手の非を訴えることも出来るでしょうし、その人と話し合うこともできるでしょう。が、何せ、まだ、来日後四ヶ月しか経っていませんからね。「う~ん、う~ん」と唸っている間に、相手はどこかへ行ってしまうのでしょう。

 本人もそれをわかっているようです。アルバイトをやめた途端、午前の授業が終わると、一人自習室に残って勉強をしているようですから。

日々是好日
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「暑さにぐったり…」。「白地図で国名と位置を確認」。

2010-07-22 08:51:51 | 日本語の授業
 昨日は、さすがに皆、(暑さに)バテバテでした。特に午後のクラスでは、「先生。暑い~」と、バターのように溶けていました。

 それで、男子学生に、図書室においてあった扇風機を一台、持って来てもらうことにしたのですが、「自分達でいい方向を選んで、置きなさい」と言ったのがまずかったらしい。それなりにやるだろうと、高を括って、他の用事をしていると、あちこちから、「先生!○○さんが…。自分だけ涼しくしている」「扇風機を取った」という声がしてきました。驚いて、見ると、一人の女子学生が扇風機を抱え込んでニコニコしています。「ああ、涼しい。良い気持ち」

「全く、もう、何というヤツだ」で、早速取り上げ、「この辺りかな」とか言いながら置いたのですが、焼け石に水。後ろの列では、なかなか涼しくはならないようです。ただ、学生達は「暑い、暑い」と言いながらも、まじめに勉強してくれていましたので、私の方としても、何か方法を考えざるをえない。…で、どうするか。

 「そういえば、もう一台、使っていない扇風機があったっけ。あれを持って来て…、それから、え~と…」と、あれやこれや考えているうちに、即断即決の教員が、さっさと段取りを付け、行動に移しています。よかった。よかった。これで、今日は、少し、楽になる…。

 とはいえ、例年、こんなに暑かったったかしらん…と、ついつい考え込んでしまいます。年のせいで、(わたしは)暑さに我慢がきかなくなったと思っていましたけれど、もしかしたら、そうではないのかもしれません。どうも、誰にとっても、この暑さは厳しいもののようです。

 こんな暑さが続くことさえ、怖ろしいのに、もうすぐ夏休みが始まります。暑さにバテて、(アルバイトは行くでしょうが、そのほかは)部屋で、グウタラやってしまうかもしれません。そうすれば、たちまち(やっとついた)勉強の習慣が途切れて、跡形もなくなくなってしまうかもしれません。

 学校は土日祝日、盆休みを除いて、ずっと開放していますから、特に小論文の練習をしたり、面接の準備をしたりしなければならない学生達は、学校へ来て勉強したほうがいいのです。これは、初級の学生達も同じです。テープを聴き、漢字の練習をする。教科書が終わったら、問題集もありますし、トピックもあります。だいたい、ほとんどの学生は、自転車で(学校まで)10分以内の所に住んでいるのですから、来ようと思ったら、いつでもすぐに来られるはずです。

 ところで、今、上のクラスでは、「上級で学ぶ日本語」の教科書が終わり、(日本の)高校の(社会科の)教科書を使って授業をし始めたところなのですが、この時に、まず何よりも先にしなければならないのが、国名と位置を確認させるという作業なのです。これが出来ていませんと、「世界史」や「国際関係」の授業が、(何を言いましても)チンプンカンプンの世界に入ってしまうのです。

 極端な話、自分の国しかわからないという学生も少なくないのですから。

 ということで、白地図を開いたまま、教科書を読み進めるということになります。新たな国が出現しますと、すぐにその国に色を付け、国名を脇に書かせていくのです。なんだ、簡単じゃないかとお思いになるでしょうが、これに、結構、時間がかかるのです。たとえ、ヨーロッパの国(西欧です)であろうと、彼らにとってはそれほど親しいものではないのですから。まして、アフリカや中南米、東欧の国であったりすると、地図帳のあらぬ方を捜すということにもなってしまいます。

 昨年は「ロシアはどこ?」という、頼りない中国の大卒者がいました。「ロシアも知らないの。中国の北でしょうが」と言うと、「先生。わたしの専門はコンピュータです」と言う(よくわかりませんが、これで解決とばかりに、そう言うのです)。これではもう、しようがありませんから、無視して先へ進めていきましたが。

 ただ、こういう人がいると、インドがどこにあるのかわからなくても、フランスと言われて、南米を捜していても、皆、おおらかな気分になれるようなのです。「あっ、一緒だ」くらいの気持ちなのでしょう。ほとんどがわからないのですから。

 そうは言っても、毎日これをやっていくうちに、少しずつ覚えていくようです。母国語では知らないけれども、日本語であったらわかるとなるのです。ただ、これをさせる方は、根気が必要です。先へ進みたいのに、待たねばならないのですから。ドイツと言っているのに、アフリカを捜していたり、フランスに色塗りをしていたりするのですから。もちろん、これをやらせる場合、半年くらいは覚悟していますが。

 だからといって、これは、地図だけ見て覚えても駄目なのです。「環境問題の時に出てきた国だ」とか、「エネルギー問題の時にあった」とかいう感覚が大切なのです。国名というのは、変わることもあるし、国が新たに出来ることもある。けれども、かつてその国があったところで、起こった事実というのは、変わりません。だから、本を読みながら、覚えていくということが必要なのです。

日々是好日
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「冷房に慣れるということ」。「富士山のDVD」。

2010-07-21 08:27:20 | 日本語の授業
 晴れ。晴れ。今日も晴れです。梅雨の末期に豪雨が続いた地方には申し訳ないような気分ですが、こうも晴れが続き、しかも暑いとなると、何もしなくとも、ぐったりしてしまいます。その上、この暑さというのが、これがまた、ただ者ではないのです。なにせ、いつも両手には、じっとりとした湿度というヤツを伴っているのですから。

 子供の時には、どうしてこの夏の暑さと、ああまで親しんでいられたのでしょうね。暑さの夏であろうと、寒さの冬であろうと、そんなことには、全く頓着なしに、大喜びで外を駆け回っていたのですから。

 とは言いながら、最近の子供達は、どうも様子が違ってきたようです。本来なら、あの年齢は、夏の友達みたいなものでしょうに。冷房が普及し、小さいうちから慣れてしまうと、いろいろな器官までが退化してしまうのでしょうか。その機能が正常に育つ前に、「冷房」の世界に馴染んでしまい、そちらの方が「正常」と身体が認めてしまったのでしょう。
また、温暖化が進んだこともあり、この暑さも異常になっていますから、一概にそれがおかしいとも言えないのです。。

 というわけで、最近の子供は、子供でありながら、すぐに「冷房、冷房」と言います。
冷房が効いていないと、勉強できないと言われれば、親は従うしかないでしょうね。「外で遊んでおいで」とは、言いにくい時代になりました。また室内で遊ぶものが増えたということも原因の一つでしょう。

 子供が老人と同じような状態になっています。もう冷房なくしては過ごせない…。けれども、不思議なことに、人間はそういう状態に耐えきれなくなるようです。近代化しすぎた世界にいる人は、時々不可抗力の力に押し流されるように、そういうもののない世界へ誘われていく時があるようです。

 電化されすぎた世界に住み慣れた人にとっては、「ない」ということが、新鮮なのです。「(店の棚に溢れんばかりに並べられて然るべき)製品」もない、「(笑みこぼれんばかりに提供されるはずの)サービス」もない。そういう暮らしに惹き付けられるようなのです。

 とはいえ、これも、(試みてみるなら)若いうちがいい。元気なうちにやったほうがいい。年も50を過ぎ、60を過ぎ、70、80にもなってしまいますと、やろうと思っても身体が言うことをききません。まあ、今、70才、80才の人たちは、「戦中の何もない時代」や「戦後の混乱期」を知っていますから、(そんなことを)やる気にはならないでしょうが。

 年をとれば、快適な暮らし(必要な時には冷暖房の助けを借りて)で、楽をさせてもらった方がいいのです。また、先進国といわれるような国であれば、国民にそういう暮らしを提供できなければおかしいのです。

 冒険は、やはり、若いうちにした方が無難です。私が中国に初めて行った頃、皆に、どうしてあんなに何もないし、汚い国に行くのかと聞かれました。確かに、当時、中国は何もなかったし、汚かった。北京や上海でも、日本の清潔さに慣れた人間には、到底耐えられそうもないほどに、非衛生的で、汚かったのです。

 が、今では、当時、行っておいてよかったと思います。

 若いうちに冒険をしていない、また出来なかった人は、 年をとってからやりたくなってしまうのです。それも、一度経験してしまうと、もう嵌ってしまい、抜け出せなくなってしまうのです。

 私の親戚にも一人、60近くになってから、インドに嵌った人がいます。しかも行く場所が、半端じゃない。山の中とか、超田舎なのです。電車が5時間6時間遅れるのは当然の世界(そういう国は珍しくないでしょうが)。駅で待っていると、そこには、たくさんの人が地べたに転がったりしているそうなのですが、その転がっている人の中に全く動かない人がいたりする。それがどう見ても屍体に見える。その上、それが屍体であっても、驚かず、平然とそれを受け入れられるような気持ちになっている。

もし、そんなことが日本で起こったとしたら、もう国中大騒ぎで、テレビ局やら新聞社やらが駆けつけてくるに決まっている。けれども、それがあの世界であったら、あり得ることと思える。つまり、至極当たり前の、日常のこととして、感じられてしまうようなのです。

 私は、もう、ああいう世界には行きたくはありませんが。また、それを新鮮と見るような気分にもなれませんが。ただ、日本だけにずっといて、ここで平穏無事に暮らしてきた人であれば、そういう、いわば日本との落差の大きな世界へワープしたくなっても不思議ではないと思います。怖いことですが。

 さて、昨日の「富士山」DVDです。「Aクラス」で一番盛り上がったのは、富士山の雲を見た時でした。笠雲などに「おう」やら「わあ」やらの歓声が上がったのです。時間の関係上、午前の「BCクラス」と「Dクラス」には、そこをカットして見せていましたから、少々後ろめたい気分になってしまいました。

 そのちょうど前の時間に「Aクラス」では、「ラムサール条約」のことをやり、「知床」や「釧路湿原」のDVDを見せていたのですが、そこでも、富士山の柿田川と同じような湧水の部分があったのです。

 彼らが驚いたのは、その水の清らかさと水量の豊かさでした。そこからナショナル・トラストなどへと話が進めばよかったのですが、昨日は、時間切れになってしまい、残念でした。すぐに「留学生試験」の申し込みを一緒に書き入れていかなければならなかったのです。

 来年の4月には、大学や大学院、専門学校へ行こうという学生達にとっては、昨日は大忙しの日でした。授業はある。申し込みはする。その上、DVDは見なければならないし、「富士山一日旅行」の事前説明は聞かなければならないし…。もっとも、学生以上に忙しかったのは、教師の方でしたが。

日々是好日
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「本格的な夏」。「勉強は、まず教師の指示に従ってから」。「『富士山』の説明」。

2010-07-20 07:47:02 | 日本語の授業
 私用でアタフタと走り回っているうちに、梅雨は明け、本格的な夏になっていました。そういえば、土曜、日曜、月曜と、本当に暑かった。滝のように汗は流れ出、止まる時はありません。冷房の部屋に退避することもかなわず、たまたま入った「有名そば屋」も、冷房がほとんど効いて居らず、暑い……暑い、暑い。これでは、いつも行く中華のほうがずっとましだった。そこは、大してうまくもなかったし。有名であるだけで、人は入るものなのか…と思いはすれど、どうして有名なのか…わかりません。車だけは多かったけれど…。

 車が駐車場に、いっぱいだったとはいえ、自転車や歩きの客は少なかったようです。どうも、こういうところへは近所の人は行かないようですね。そりゃあ、行かないでしょうよ。外見ばかりで、大したことはないし。しかも、待たせる。畳はすり減っている。これは江戸っ子の心意気とはほど遠い。ということで、もう、ここは、食事のリストから外しことにしました。

 おかしなことですが、人が来ると、自然、食事に行くことになってしまいます。いつもは一人ですから、こういう所へは、一人では入りにくいということで、結局、総菜を買ってうちで食べるということになっていたのですが、ここしばらく、忙しい日が続き、よく手伝いに来てもらっていました。しかしながら、おかげで、近場の「お食事処」開拓ができました。

 この辺りは、漁師さんとか網元さんでしょうか、そういう方が多かった(行徳は塩で有名ですが)し、今でも少なくないのでしょう、江戸前かどうかはわからぬとしても、魚料理屋だけは、当たり外れがないようです。

 その上、外国人が多い町ですから、至る所に中華料理店や、タイ料理店、インド料理店、韓国料理店などが看板を掲げています。ところが、案外少ないのが、喫茶店とパン屋さん。

 そういえば、歩いている時、何度か、あるラーメン店の場所を聞かれましたっけ。私は全く知らなかったのですが、テレビで放送でもされたのでしょう。マスコミの力、畏るべし。ただ、本当に良いのかどうかは、わからない…でしょう、ね。

 この日本語学校のことをいうと、我田引水のようで、恐縮なのですが、例えば、切羽詰まってやって来た人には、いいと思えても、タラタラやる、つまり、身内から「日本語が少しくらい出来ないとまずいよ」とか何とか言われてやってきた、それほど勉強したくない人には、辛いし、楽な学校とはいえないでしょう。その人の希望は、とにかく、楽しく、暇つぶしができ、やったことに出来ればいいのですから。宿題だって、出されていなければ、まじめにやったという言い訳が通ります。出されていれば、やらなければ、「まじめにやっていない」ということになりますから、ここは、嫌だと言うことになってしまうでしょう。おまけに、勉強しないとせっつかれますし。

 ただお食事処は、「テレビで見たから、行ってみよう派」はいざ知らず、近所の人は、安くてよくなければ(味に見合う値段ということです)行きませんからね。多少高くとも、(毎日というわけではありませんから)、特別な日などには使います。つまり、ご近所さんが利用していなければ、それほどの所ではないということです。たとえ、マスコミなどが、書き立てようと。

 こういう日本語学校には、ここで勉強していた人に勧められたからという理由でやってくる人が少なくありません。中には、その人の能力や(日本語の)レベルと、あまり釣り合いのとれない要望を口にする人もいます。

 例えば、中国人が多いクラスの方が上手になるからと、中国人の多いクラスを希望する人もいるのですが、「初級Ⅰ」くらいならいざ知らず、「初級」も「Ⅱ」に入ってかなり経っていますと、まず「非漢字圏」の学生は本人が思っているほどには、楽に追いつけないのです(字を書くスピードからして、違います。しかも、この頃には「三級漢字」の大半は入っていますから、宿題にせよ、ディクテーションにせよ、既習の漢字を使うことを求めます)。

 「漢字を知っている人」達の、苦手な部分と得手な部分と、「漢字を見知っていない」人たちの、その部分とは非常に違いますから、自然、その手当も違ってきます。言語に関する能力も図抜けているし、その上、努力もするという二拍子も三拍子も揃った人であろうと、多分、かなり大変だろうと思います。

 教師は経験から、あなたはこちらのクラスでゆっくりやった方がいいと言うのですが、日本語はそれほど簡単にはできないということが、よく判らぬ人(つまり、自信過剰のなせるワザなのでしょうが)は、無理をしますから、結局は長続きできずに、いろいろと言い訳やらをしながら、諦めてしまうのです。

 自信過剰はインド系に多いな(私たちから見れば、彼らは天才でも何でもないのです、他の非漢字圏の学生達がかかるだけの時間はかかると思われるのですが)と思っていましたら、地域が違う所から来た人の中にもいました。

 ここで、勘違いされても困るのですが、曲がりなりにも、「初級」の二冊が、とにかく「漢字圏」「非漢字圏」で一緒にやっていけるのは、(クラスの学生達が)すでに数ヶ月を共に苦労してきたからなのです。急に入ってきて勝手なことを要求しても(まず、教師は認めませんが)、クラスの「世論」は納得しません。すぐにクラスから浮いてしまいます。

 授業というのは一対一でやるものでもありませんし、クラスの世論と教師の意見とで組み立てられている行われるものなのです。皆がその人を認めないと、会話練習にしても、一斉の口頭練習にしてもうまくいかないのです。

 日本語学校で勉強をしようというのなら、まずは教師の意見を聞くべきでしょうね。後は経済的なことや許される時間とかを考えながら、どうするかを決めていった方が、うまくいくと思います。その点、留学生は、学校の決めたことに文句を付けられませんから、最初は一言あったにせよ、一ヶ月、二ヶ月と続けているうちに、確かに確実に上手になっていくのがわかりますから、それが体得できれば、何も言わなくなります。そして、何も言わないうちに上達していくのです。もちろん、休みが多ければ、この限りではありません。

 さて、今日、午前は「C・Dクラス」合同で、富士山のDVDを見ます。「Cクラス」に比べ、「Dクラス」は、まだまだヒアリング力が足りませんから、どこまでわかるか不安ではあるのですが、見せないわけにもいきません。8月に行く「富士山」は日本屈指の山であり、日本人にとっては、いわば霊山ともいうべき存在であるのですが、この山がまだ「お休みしているだけ」の火山であることも、説明していく必要があるでしょう。

 午後は「Aクラス」と、「Eクラス」です。何せ、この「Eクラス」は、この7月に始まったばかり。未だに「ひらがな」と「カタカナ」がごっちゃになる人が、若干名いるようですから、すでに1年以上を日本語の勉強に費やしている「Aクラス」と一緒というわけにはまいりません。「Eクラス」だけは、富士山紹介を15分足らずの映像で…見ておく…だけということになりそうです。

 これを見て、多少なりとも「フジヤマ」の輪っかから、はみ出してくれればいいのですが。

日々是好日
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「弁論大会(学生選び・録音)」。

2010-07-16 07:52:42 | 日本語の授業
 心地良い風が吹いています。これも直にいたたまれないくらい暑くなるでしょう。強い日差しが、もうカンカンと照りつけているというのに、空は青空をぐるりと取り囲むように鬱陶しい雨雲が犇めいています。おかしな、おかしな空模様です。異常気象は嫌ですから、もう「暑い、暑い」と、お天道様に文句は言いません。夏は暑い方がいいし、冬は寒くなければおかしいのですから。夏が暑いと文句を言うほうが、異常な天気を欲していることになります。そう、確かに、夏は暑くてもいいのです。また、暑くなければ困るのです。

 今日が「弁論大会」の締め切りです。それで、昨日は、みんなアップアップしていました。私が持ったのは、「Aクラス」の学生。「テープ録音」が、とにもかくにも終了したのは、すでに、夜の10時40分をまわっていました。最初は。学生の方が気を使い、9時までに終了させねばと焦っていたようでしたが、「大丈夫、12時までに終わることを目指そう」と言うと、少し楽になったようで、緊張も解けたのでしょう。

 土台、「イロハ」から日本で勉強しはじめた学生に、しかも進学を目指している学生に、その上、彼らは、日々、アルバイトにも励んでいるわけですから、そうそう、授業時間以外に拘束することはできないことなのです。

 まず、参加する学生を選ぶという作業にしても、出席率は95%以上(つまり、この学校において、己が為すべきことはきちんとやれていると認められた学生)でなければ、私たちだって、相手をする気にはなれません。もちろん、病気やけがによる休みもこの中には入っています。それから、張ったりをきかせようとしたり、不真面目な態度で臨もうという学生は、最初にカットです。

 ただ、今の、この日本語学校においては、ほとんどが、この条件をクリアしてしまうのです。

 それで、学校に近い寮に住み、アルバイトが週に一二回休みがあること(これは、土日を除いてです)、今年の卒業文集に出した作文において、自分なりの主張やそれに対する責任感が感じられたこと。それから、余裕が少しあること(これは、彼らの忙しい時間を割いてもらわなければなりませんから。それに、大学院へ進学するために、卒論をまとめたり、専門への思いを書かなければならない学生は、それどころではありませんから、最初から、選んでいません)。

 この学校で選んだ学生は、二名ともまじめで、これまで、一生懸命勉学に取り組んできています。「(主張も考えもないけれども)日本語の発音が良いから」とか、「見た目が派手で目立つから」とか、「本人が自信を持って出たいと言ったから」などという理由では選んでいません。自分なりの思いを書かせています。手は加えましたが、彼らの思いというものは変えていません。

 とにかく、終わった時には、両者共に、ホッとしました。一カ所怪しいところがあったのですが、金曜日の午前中はまたアルバイトということで、時間はとれません。昨日録音まで行っておかねばならなかったのです。昨日は、本来ならば、授業に参加せねばならぬところを、休ませてしまいましたから、できれば、今日はそれをしたくなかったのです。けれども、少々心苦しいのですが、今日も、清書のために、また一こま休ませなければなりますまい。

 もし、彼らがこういう境遇にいなければ、「弁論大会」に出るというのは、すばらしい経験となることでしょう。作文の練習にもなります(まず、思いついたことを一つ一つ箇条書きにしておく。それから、選択し、順序をつけていく。こう言った草稿作りというのは、ほとんどの国の学生が母国で学んでいません。すぐに書こうとし、そして、「書けない、書けない」と言うのです。彼らが書けるのは、決まり切ったことだけ。自分の気持ちや感性で書くということなんてないのです)。読みの練習にもなります。その時間は教師を独占して学べるわけですから、彼らのとってもプラスなのです。

 ただ、時間がないのです。日本語学校に通うというのは、つまり、日本語が学ばねばできないという段階なのです。ですから、できれば、弁論大会というのは大学生や社会人といった、すでにある程度の日本語力がついている人たちを対象にしていただけきたいのです。日本語学校では、「上級教材」が終われば、今度は知識面でのアップを目指して、「高校教科書」や「DVD」、「新聞や雑誌の記事」などを読ませていかねばなりません。時間がかなりあれば別でしょうが、日本語学校にいられる限られた時間内にそれらをしてのけなければならないのです。

 そうなれば、母国でかなりの程度、日本語を勉強してきた人が有利になり、そうでない人は不利になるということにもなりかねません。幾度となくカセットを戻しながら、録音し直している学生を見るにつけ、彼の勉強になったであろうことは確かなのですが、それでも、済まない気持ちになってしまいました。

日々是好日
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「ツユクサ」。「少数民族教育には、その言語で多数民族と同じだけの知識を提供できることが必須」。

2010-07-15 07:38:25 | 日本語の授業
 まるで台風一過です。窓から見える雲は物凄い速さで流されていきます。風はしっとりと湿り気を帯びてはいるものの、蒸し暑くはありません。今朝、「エノコログサ」や「シバ」の間に、涼やかに露を帯びた「ツユクサ」を見つけました。「キキョウ(桔梗)」がどこかしら「夕の花」めいて見えるのに対して、「ツユクサ」はどこまでも「明け方の花」です。そう思いながら見ていると、風鈴の音が遠くから、か細く聞こえてきました。梅雨もまだ明けていないのに、すでに秋になってしまったような、そんな気分です。

 今朝は、何匹も散歩中の犬を見かけました。正確にいうと、犬と犬に連れられた飼い主です。けれども、目は飼い主の方なんか向きはしません。犬の表情を追ってしまいます。今朝は涼しかったから、人も犬もぐっすり寝てしまい、起きられなかっただろうにと思ったのは私だけだったのでしょうか。猫まであちこちで見かけました。玄関先で毛繕いをしていたり、横断歩道を渡っていたりと、ホンにまあ、朝から賑やかなこと。
 こう涼しいと、ムシムシした天気が続いただけに、学生達が心配になります。寝過ごして、遅れてこなければいいのですが。

 さて、学校です。
 「Aクラス」で、やっと「上級で学ぶ日本語」が終わりました。中国人とはいえ、内モンゴルの人たちが多いクラスなので、漢字がネックになってしまい、予定を少々オーバーしてしまったのです。本当は「留学生試験」までに終わりたかったのですが。

 とはいえ、漢字の理解が出来ていないと、日本文の要旨が掴めないので大変です。まず漢字の単語の意味が掴めないのです。漢字は一つであっても、古代から綿々と続いて来た意味がいくつか含まれています。その漢字が二つで組み立てられていれば、また意味が異なってくる場合もありますし、歴史上の事件などにより、(その時だけは)違う意味が添えられてしまう場合もあります。現代漢語の、しかも話し言葉だけで使われている意味とは限らないのです。

 それが中国(漢族)や韓国、日本などでは(共通認識として)、高校までの古典教育である程度身についていますから、相互に便利なのですが、彼らの場合、そうはいかないという人も少なくないのです。中国語で、話すことは出来ても、さて書かれたものに対する理解度はどの程度かというと、怪しい…人が…あちらでこちらでも…出て来るのです。

 少数民族対策の一環として、彼らの言語で教育をするというのは、決して間違っていないと思うのですが、いくつかの必須条件が満たされていないと、「知の落伍者」を育てて終わるということにもなってしまいます。

 国内のどの民族も、必要とされるだけの知識を彼らの民族の言葉で出版していなければ、彼らには薄っぺらい知識の膜が与えられただけで、現代社会に生きるための教養なんて夢のまた夢でしょう。

 そういうものを知ることができるという環境作りが必須の条件なのです。これがないと、民族の言葉で、読んだり書いたりすることは一様出来るで、終わりという教育でしかないのです。今どき「読み書きそろばん」でもないでしょう。もちろん、これが基本であることは変わりないのですが。

 中国は国が広いので、一度にすべてを満たすことは出来ないというのも無理からぬところですが、共産圏の国でありながら、世界的な大富豪が輩出している現状を見ると、その金を吐き出させることはできないものかと思ってしまいます。金銭的な貧困地、知識的な窮乏地に住む人々の犠牲なくして、その富は築けないものでしょうから。

 資本主義国であれば、「善」とは見なされなくとも、「悪」とは思われないでしょうが、「表看板」に、「社会主義」とか「共産主義」とかを掲げていれば、人々(その地に住んでいる人達ばかりではなく、他国の人もです)は首をかしげざるを得ないのです。「変だな」と。「おかしいじゃないか。社会主義だろ」と。

 まあ、日本だって、首相がコロコロ変わるし、立派な政治家を育ててやろうというような長期的な視野でみてやれるだけのマスコミが育っていないわけですから、同じようなものなのですが。

 どの職業であろうと、三年やれば偉そうな「顔」はできます。つまり「ふりをする顔」が作れるのです、その方面ではプロだといわんばかりの、ド素人さんを騙すくらいの「顔」は、表情はできるのです。ただ実際問題として出来るかどうかは別です。政治家になるために選挙に出る前に、それなりの経験と訓練は積んでいて欲しいもの。

 そうでなければ、(お金がなくて)職業訓練所にも行けぬまま、毎日ハローワークに通わざるを得ない人たちは浮かばれません。当選してから、仕事を為すべく支給される金で、一から勉強させてもらいましょうなんて虫の良いことは考えてもらいたくないのです。

 人々のために政治家になろうと、頑張っている若者だっているのですから。

 日本にだって、学生のうちから政治をこころざし、人々の暮らしをよくするために必死に勉強したり、日夜活動したりしている学生がいないわけではないのです。その人達が、簡単に選挙に打って出たり、活動できるようなしくみはできないものでしょうか。

 政治家なんて、一部の中央政府でしかできない特殊な仕事を除けば、あとは地域の人たちが、自分達の仕事をしながら、できるようなものでなければおかしいのです。その人たちのうち、多少時間的金銭的余裕があり、バイタリティに富んだ人たちがボランティアの精神で、皆と協力しながらやるという形の方が、人々の生活に密着したものになるでしょうし、金を稼ぐためや安定した生活をするために親の後を継ぐなんて人は出てこないでしょう。

 だいたいからして、今どき、どのような職業でも、能力や体力がいるような仕事であれば、親は子供に後を継がせたがりません。本当は後を継いで欲しくとも、この子には無理だろうと考えるものです、このためを考えて。誰でもでき、しかも取りっぱぐれのない給料をもらえるような仕事でなければ、だれもかわいい子に苦しい思いなんてさせたくないでしょう。また、子供だって、親の苦労がわかるから、躊躇ったりするのです。

 政治家は、この国にはもう貴族院なんてないのだということを認識してもらいたいもの。世襲だけは嫌ですね。日本で政治家になるのは、楽だと世界に公言しているようなものですもの。だいたい能力がある人であれば、経営者であれ、その道の技術者であれ、その方面でも成功できるでしょうから、そこで頑張ってもらいたいものです。政治に関することは、一部を除いて、地域住民の話し合い(場を設定するのは地域行政ででも出来るでしょうし)で決めた方がいいのです。その方がお互いに責任も持つようになるでしょうし、自分が何をすればいいのかもわかるでしょうから。 教師と同じように「デモシカ」だけは困ります。

日々是好日
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「ミミズ、見っけ」。「よく遊び、よく学べ」。「『グローバル化』と『ローカル化』」。

2010-07-14 07:10:06 | 日本語の授業
 今朝の空も、どんよりと曇っています。日本列島(沖縄や梅雨のない北海道を除き)、皆「雨マーク」がついていますし、各地から続々と豪雨による被害の知らせが届いているというのに、南関東では、昨日も日中、雨が降りませんでした。いったいどういうわけなのでしょうか。こうも、降雨情報が空振りになりますと、何やら空恐ろしくなってきます。

 とはいえ、夜間から早朝にかけて、雨が降ったようで、地面は濡れています。アスファルトの上に押し出された「ミミズ(蚯蚓)」が一匹、弱々しく蠢いていました。今年初めての「ご対面!」です。ここは、海の近くで、土地も痩せていると思っていましたのに、「ミミズ」も住んでいたのです。公園かどこかのお宅で、(庭でも造る時に)山の土を入れたのでしょうか。

 ということは、多分、他にも虫はいますね。最近は、「カ(蚊)」とか「ゴキブリ」ばかり見かけるような気がして、少々腐っていました。子供の時に一緒に遊んだ虫たちが、ここでも見られると良いのですけれど。

 今、学校の玄関には、去年の四月からの課外活動時の写真が一部貼られてあります。「神宮外苑」「お台場のフジテレビ」「浅草」「鎌倉」。「豆まき」や「ひな祭り」の時の写真もありました。

 見ているうちに、「よく遊び、よく学べ」という標語が思い出されてきました。

 この「遊べ」には、当然のことながら、今どきの「ゲーム」は含まれていません。「『屋外』で、『土』や『木』や『小動物』を相手にしたり、『川』や『海』で泳いだりせよ」というくらいの意味なのでしょう。

 内モンゴルから来た学生たちと話している時、もちろん、全員がそうというわけではありませんが、彼らの遊びが、生まれ育った土地や父母の仕事と深いつながりをもっているということに驚かされます。

 20年以上も前には、タイの学生が「アラレちゃん」を知っていたのに驚かされたものですが、グローバル化がこれほどまでに進み、日本のアニメーションが世界的なものになっていることが一般常識として判っていますと、もう外国人が日本のマンガのことを知っていても驚きません。

 もう、そういう時代ではなくなっているのです。反対に、今でもまだ、彼ら独自の生活を知っているということに驚かされるようになったのです。

 どこの国でも(都市化が進んでいますから)、都市に住んでいる人達は、日本の都市に住んでいる人達と同じような暮らしをしていることでしょう。こういう人たちは、意識して、しかもお金や時間を使って、山や海に行かない限り、自然とは縁のない生活をしているのです。自然の中で、汗を流しながら働くことがなければ、自然の循環に従って生きる意味も失われてしまいます。人工的な時間の制御の下で、暮らしているのです。都市居住民はどこでも皆そうなってしまっているのです。

 「日の出と共に目覚め、日が沈むと同時に活動をやめる」などということは、もはや贅沢の極みなのです。

 しかしながら、ヒトは生きている限り、土から離れられないはずです。若い頃は人工的なものの中で暮らすことが出来ても、年をとると野山が恋しくなり、木々を見たくなり、その中で微睡みたくなります。そして、最期はまた、土に戻り、水に戻りするのでしょう。

 どのように「グローバル化」が進もうとも、「ローカルの灯」が人々の心から消えないというのも当然のような気がします。またそれが、ヒトが進化し続けられる一因であるような気もするのですが。

日々是好日
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「弁論大会」。「勉強に、アルバイトにと、忙しい留学生」。「作文を書く前に」。

2010-07-13 08:41:25 | 日本語の授業
 今朝は静かです。辺りは嘘のように静まりかえっています。天気予報によると、今日はこの地でも、大雨になるそうなのですが…。しかしながら、こうも静かですと、少々不気味になってきます。一体どんな大雨になることやら…。

 さて、「日本語能力試験」が終わってから、「弁論大会」へ舵を切っています。今まで「逃げてきた」のですが、今回だけは参加せねばならぬそうで、学生の大変な日常を知っている者からすれば、なかなか頼みにくい…のですが。結局、人のいいというか、断ることが苦手な学生に「白羽の矢」が「当てられる」ことになってしまいました。勉強やアルバイトの時間を調整し、それらをかいくぐっての参加です。しかも、日数は、参加者を決め、録音に至るまで、わずか十日あまり。はっきり言って大変です。もう学校でも、11月の「留学生試験」に向けて、「総合問題対策」が始めねばならない頃ですし。

 選ぶのも大変、書かせるのも大変、指導するのも大変なのです。しかも、参加する学生には、書くよりも何よりもまず先に、「話させ」なければならないのです。

 一般的に言って、就学生(今年の7月から「留学生」という呼称に変わりましたが)の境遇というのは、心穏やかに、弁論大会向けの作文の準備が出来るというものではありません。

 幾たびも、このブログで書いて来たことですが、一番長くこの学校にいられる学生でもこの弁論大会に出場できるほどには、なかなかなれないというのが実情なのです(4月に入ってから「あいうえお」の学習を始める学生です)。

 4月に来日し、半年ほどで「みんなの日本語(Ⅰ・Ⅱ)」を終え、4ヶ月ほどで「中級から学ぶ日本語」と「現代日本語コースⅠ・Ⅱ」を終えても(その間に「日本語能力試験」N2,N3,N4の指導も入ります)、まだまだ自分の主張を書けると言うほどには至れないのです。日本語の四分野から見ても、漢字圏であれば「N1」、非漢字圏であれば、「N2]ほどの実力がなければ、無理なのです。

 それだけではありません。「作文技術」が、中国を始め、おおよその中進国・発展途上国においては、それほど重視されていないのです。まず、「自分の心のまま、思ったとおりに書く」という「小学校の段階」すら到達出来ていないのです。

 特に、漢字文化を共有している中国人学生は、この「病」が重い。いつも、大学や大学院を受験する時に、作文指導をしているのですが、まず、「あのね、先生」からやらねばならないのです。「自分の本当の気持ちを書いてごらん。或いは、見たこと聞いたことを書いてごらん」と言われても、固まってしまうだけで、筆を動かすことができないのです。

 彼らが書けるのは、「私は、このようなすばらしいことをした。つまり、私というのはなにほどかの者である」という、彼らの実態から遠く離れた、「虚像」なら書けます。見事なほどに、あからさまな嘘です。ここまで徹底していますと、化けの皮を剥ぐとかそういう表現は使えません。却って、当方が不安になってしまうのです。「嘘の自分しか書けないのか」と。

 中には、そういう、面の皮が1㍍もありそうな「自己アピール」が書けない学生、いいわゆる「誠実、小心な」学生は、つまり固まって、書けないのです(少なくとも、こういう学生は、自分はそんな立派な人間ではないと思っていますし、また、自分で自分をごまかしてそう思い込むこともできないのです)。

 自己陶酔、あるいは嘘をつくことに慣れきっている学生は、いろいろな事を書いてきますが、多くは、一読すれば「嘘だろう」としか言えないような代物です。「本当のあなたはどこにいる」と聞けば、「今まで、これで通ってきた。だれもこれを問題にしなかった。」からでしょう、これもまた固まってしまいます。

 「『嘘を書く』というのは技術が必要だ。本当のことすら書けない人間に、嘘なんて書けるはずがない」という文章を書く上での鉄則が彼らには判らないのです。かなりの指導を加えても。

 だから、まず、「先生、あのね」なのです。

 去年、作文指導をした学生にも、(指導を加えるまでは)言いたいことが山ほど、心の中に潜んでいた…ことが判りませんでした。でも、書けない、書けないのです。「先生、書けない。何を書いたらいいの」と不安そうな顔で見つめます。「不安なんだ」ということが判ってからは、まず話すことにしました。書かずにずっと話すのです。

 そして、彼女が言う、一つ一つを肯定し、その中から、「その時の自分を書いてみよう」をやってみました。そのテーマで、「どんなことがあったか」を、まず書き、次に「自分の感じたことや考え」を書き、どうしてそれを素直に言えなかったのかを考えてみることにしたのです。

 もう、これは「『日本語』教育」からは、はみ出しています。けれども「日本語『教育』」の分野ではあると思います。いわば、一種の「心理学的療法」なのです。「砂」を使ったように、(日本語学校ですから)「言葉」を使います。「言葉による自己解放」教育なのです。

 自分が解放されていないと、「表現」は出来ません。自分で「これも駄目、あれも駄目」と、否定ばかりしていますと、「自分を表現する」ことが辛くなります。「表現して然るべき自分」が見えないのです。表す価値のない自分の姿しか目に入らなくなくなるのです。

 おそらく(彼らの)母国の教育でそれをやられ、感受性が強い学生ほど、その影響をもろに受けて来ていますから、自分で自分を否定してしまい、書けなくなっているようなのです。器用に自己韜晦をやってのける学生もいることはいるでしょうが、それに呑み込まれずにやり続けていくことはおそらく至難の業でしょう。

 何事であれ、「感じる」ことは自由ですし、「思う」ことも自由のはずです。それを口にしたからといって、非難されることがあるなんて、今の日本人には想像もできないことです。けれども、国中の大半の人がそう思っていれば、皆、当然のことのように「あなたがそう感じることは間違っている」と言うでしょう。

 「思うこと」「感じること」に、「間違い」や「正しい」など、あるわけがないのです(実行に移してしまったら、法的な不正や違法はあるでしょうが。人様の迷惑や人様に損害を与えるという意味において)。もちろん、その人の資質の高低、また経験や知識の多寡によって深浅はあるでしょう。けれども、そのどれもが「間違い」というほどのものではないのです。

 一度、この理屈が判りますと、次から次に書けるようになってきます。が、それだけでも駄目なのです。次の作業があります。「書くに値するもの」を、書く。「書くに値するもの」を、見つけるという作業です。つまり、判断力を養うのです。思ったり、感じたりすることは自由ですが、そのテーマは書く価値があるのか、今、考えなければならないことなのかということです。それがある程度出来るようになりますと、次は、深さと幅をもたせる作業が待っています。

 とはいえ、日本語学校で、そこまでやれるかというと、現実的にはできないのです。時間切れなのです。わずか二年にも満たない期間で、第二の作業まで一応やれるというのも、この学校では、やる気のある学生には、(必要がある場合)時間外にも教師がつくからなのです。

 いわゆる「日本語」を知っているだけという「教師」は、「日本語の知識を『言えば』、それで終わり」です。「人を育てる」という考え方も希薄でしょう。けれども、「日本語学校」は、あくまでも「学校」なのです。「教育」という視点から、学生を見られる人が、そこに存在していなければなりません。時には、「日本語」とは関係の無い所で、問題が発生します。その時に、「経営」面からだけ考えて対処してしまったり、「私は日本語を教えているだけだから」と逃げてしまったりすると、そこはもう「学校」とは言えない場所になってしまいます。

 学生というのは、「いい教師」が、手をかければかけるほど伸びていきます。反対に「自称・教師でも、相手のことを考えない、おかしな教師」が、手をかければかけるほどおかしくなっていくものです。「教師と呼べないような教師」は、反面教師として、そこに存在しておくだけにした方がいい。これは、「教育現場」云々と言うより、経営というか、組織のほうの問題でしょうが。

 話は元に戻りますが、いわゆる、こういう作業過程を母国で経験していない学生が大半なのです。

 学生達を見ていると、日本が、「平和」であり、「自由」な国であると、つくづく感じてしまいます。「平和呆け」して、その意味が判らなくなっているという、マイナスの面もないわけでもありませんが、自分で自分の心を縛らざるを得ないという、他国の若い人達を見る度に、自らをふり返れば、自分で自分の心を(彼らのように)縛らされたことはなかったと思います(もちろん、これは中国人だけではありません。一元的な価値で育てられますと、無意識のうちにそれが身についてしまうのです。これは主義であれ、宗教であれ、同じだと思います。全くそれに従うか、それに極度に逆らうか、あるいは沈黙してしまうか)。

 だからでしょうか、彼らには自分の能力が見えていないのです。どこかしら、自分はすばらしい能力をもっているはずだと潜在意識の中で信じ込んでいるように思われるのです。努力も要しない、いわゆる天賦の才があるという考え方です。おそらく、これも、今まで、何事か自分の好きなことに必死になり、必死になって頑張っても、他者に及ばないことがあるという経験がないからでしょう。

 自分の国では、親の収入とか、地域の差とか、党との関係とかで、自分は能力を発揮できなかっただけだ。日本は自由なら、自分の(そのようなすばらしい)能力が示せるとでも思っているように見える人もいるのです。

 いくら日本が自由な国であっても、だからといって、皆が皆、何でも出来るというわけではありません。日本人は子供の時から、少しずつ挫折を味わって育ちます。それがクラブ活動であったり、あるいは学科の音楽や美術であったりするのですが、生来の能力が災いする場合もあるのです(才能のある人には、相手の能力が判ります。だから、絶望することもあるのです)。

 ただ、そのことを悟らせるまでには、(この学校では)至れません。

 「上級で学ぶ日本語」を中心とする「上級教材」が終了するのは、普通、二年目の五月の末。それからやっと普通の(日本人が読むような)新聞記事や文学作品、或いは高校の教科書などへ入れるのですが、もうここまで走らせるのが必死で、他に割くことが出来る時間などないのです。

 そのほかにも、一二ヶ月に一回、「伝統行事」や、「鎌倉」や「横浜」、「明治神宮外苑」、また「博物館」や「動物園」、「富士山」や「日光」、「ディズニーランド」や「ディズニーシー」などへ、息抜き旁々、見聞を広めるために連れて行ったりしているのですから。しかも、その間に年に二回の「日本語能力試験」同じく年に二回の「留学生試験」があるのですから。

 日本語学校の力があるかどうかと言うのは、(公教育の世界から来たものからすれば)ひとえに、「教育」に関しては、およそ基本的に教育力を養成できていない日本語教師に如何に教師としての考え方や対処の仕方を身につけさせるかにかかっています。それをしていないと、知らぬ者は強いですから、すぐに「天上天下唯我独尊」になってしまいます。「教師」として大切にされることに慣れていない人は、「先生」と言われ、立てられてしまうと、すぐに「いい気」になってしまいます。私は、時々、どうしてこの人は「教壇に立つことに畏れないのだろう」と思うこともあるのですが。

 人は、皆、人に教えうるものを、生来もっていると思います。ただ「教授法」を知らないだけであり、「学生を見る目」が養われていないだけなのです。

 「教師」と呼ばれ、人様から「先生」と呼ばれることに「あぐら」をかいてしまっていれば、後は高転びに転んでしまうだけです。

 そのためにも、授業のための(教壇から離れた時)準備や人間洞察の力を養うことが大切なのです。もっとも、これは、そういう教育機関がないわけですから(不思議なことに日本語教師は、教育学部で養成されていません。つまり、彼らは教師としては育てられていないのです)、現場で先輩教師を見つつ、それを手伝いながら育ててもらうしかないのです。現場にそれほどの教師がいなければ、つまり、そのときは場所(職場)を換えるか、あるいは「往生する」しかないのです。

日々是好日
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「野分の朝(あした)」。「皆、『留学生』資格に」。

2010-07-12 08:29:33 | 日本語の授業
 まるで「野分」のような風です。これが山里であれば、乱れた夏の草花を踏みしだきながら出勤というところでしょうが、いつも通りの固いアスファルトの上を、そのままにやって来ました。

 「野分」というと、台風のこと。また梅雨も明けていないのに、時期的におかしいじゃないかと思われるでしょうが、それほどに風が強かったのです。とはいえ、唸りを上げて吹きまくる風に、大きく揺れながら軋む木々の音もしません。相変わらずの車の音、電車の音、工事現場の機械の音が響いているだけです。

 けれども、ふと立ち止まって考えてみれば、不思議なことです。梅雨もすでに後半に入ったというのに、まだ「カタツムリ(蝸牛)」を見ていない。「ナメクジ(蛞蝓)」も見ていない。「アオガエル(青蛙)」も見ていない。

「ホタル(蛍)」を見ることを諦めてから、ドンドン諦めなくてはならない花草虫鳥が増えてきました。一つ諦めると、どうして雪崩のように諦めなければならないものが増えていくのでしょう。最初、諦めたのは、たった一つであったはずなのに。

さて、学校です。
「就学生」身分から、「留学生」身分になるということで、アルバイトが随分楽になったようです。素早いアルバイト先では、夏休みの前に、証明書をもらっておいでと言っているようで、特に初級の学生など、こういう書類のことは判りませんから、「先生、あれ、あれ。あれです」で、何もかもやってしまおうという根性でやってきます。

 「あれでは判りません」「でも、あれです」
 まあ、いいですけれど…。一人がそういう話を始めると、その情報が入っていなかった学生が「何、何、なんのこと?」と、また聞きます。残念なことに、皆、母国語が違いますから、これはこうだとスッと納得がいくような説明はできません。

 それでも、相手の表情を見、手振り身振りの様子を加味しながら、相手が何を言わんとしているかを探り、また、それを自分の言葉で言い直そうとしています。最初はじれったいとも思い、焦り勝ちにもなるのですが、しかしながら、これは、もともと、外国で、外国語を学んでいく時には等閑にしてはならない作業の一つなのです。

 何でも対訳式でやってしまうと、この形が掴めなくなります。学生達は、皆、外国人ですから、判らないことは必ず、次から次に出てきます。その時に、(この「悩める形」を経験しておかないと)「だれか、○○語はできませんか」と他力本願になってしまい、自分の頭で考えなくなってしまうのです。ですから、教師は、こういう彼らを待たねばなりません。もっとも、授業時間が足りない時は、急かせてしまうのですけれど(反省…)。

日々是好日
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「祈り」。「『留学試験』申し込みの時に」。「今、何をしなければならないか」。

2010-07-09 08:39:13 | 日本語の授業
 昨日の青空は、梅雨のある日に夢見た「まやかし」のようなものであったのかもしれません。今朝の空は、雨こそ降っていないけれども、梅雨時特有のどんよりとした雲に覆われています。

 とはいえ、確実に季節は進んでいます。町の「アジサイ(紫陽花)」はすでに華やかさを失い、トップの座を、「ムクゲ(木槿)」や「キョウチクトウ(夾竹桃)」に譲り始めています。もう「真夏よ。いつでも来い」と言ったところでしょうか。後は「梅雨明け」を待つばかりです。しかしながら、この「梅雨の終わる頃」というのが一番怖い。地盤が、長く続いた雨のせいで、すっかり緩んでいるところへ、集中豪雨が一度でも「ざあっと」と来たら、あっという間に「土石流」の発生です。ヒトというのは、危険と隣り合わせでしか生きていけないものなのでしょうか。

 「安楽に」とまではいかずともよい、「恙なく、何事もなく」生きて行けたらというのが、万人の願いでしょうが。そんな願いも、「大自然」相手では詮無いこと。大自然の一拭きで吹き飛んでしまいます。だから、人は「神」というものを創り上げ、祈ってきたのでしょう。だいたいからして、「よすが」がなければ、頼るにしても、祈るにしても、どうして良いのかわかりませんもの。

 とにかく、「目に見える何か」が欲しい。人はそう思い、あるときは、それが「石」であったり、「鏡」であったりしたのでしょう。「海」という神があると言っても、「山」という神があると言っても、あまりにも茫漠としていて、捉えられないのです。自然はその圧倒的な存在で、人に迫っては来るものの、あまりに大きすぎたり、抽象的でありすぎたりすると、人はすぐに対象を見失ってしまうのです。

 「祈り」にしても、一人二人の祈りは空しく、その思いが千人一万人と多くなるにつれ、「天地をも動かす」となるのでしょう。とはいえ、「蟻の思いも天まで届く」と申します。いくら、か弱い人間の、それもたった一人の願いであろうとも、「本気」というのは強いものです。「天」にまでは行けずとも、頑なな「他者」を動かしうることもあるのです。

 さて、学校です。

 今年の「四月」に来た学生達も、はや三ヶ月が過ぎようとしています。「初級1」から始めた学生達にとっては、今が生活面でも一番苦しい時のようです。この時期を乗り切れば、三ヶ月後、半年後には、あの苦しさをふり返って見られるほどの余裕は出来るでしょうが。

 昨日、「初級」のクラスでも、「(11月の)留学生試験」の話(申込の締め切りが迫っているのです)をしました(実は、このクラスにも、この試験に参加しておいた方がいい学生、つまり、来年の三月に卒業を迎える学生がいるのです)。その時に、「試験料」の話もしたのですが…。

 その時に、まだ、完全には、日本の物価に適応出来ていない学生の口から「おう」というため息が漏れました。「来年、自分にそれを払うだけの力があるかしら」とでも思ったのでしょう。それで、「今が、(生活の面でも、勉強の面でも、そのほか日本での生活の面でも)一番大変な時期なのだ」ということ。それから、ただ、「大変だ、大変だ」と、生活のことばかりにかまけていると、勉強が疎かになる。そうすると、お金は十分にできた。けれども、日本語の能力や、総合的な知識(留学生試験の「総合問題」)がないために、行きたい大学からも門前払いを食わされるということもありうる。目先の大変さ(金銭的な意味で)に囚われてしまってはならないということなどを話ましました。

 この「初級クラス」は、二三の例外を除いて、見事に19才とか20才とかの学生が揃っているのです。それで、授業も、まるで「中学生」を相手にしているようで、楽しいのですが、何か一つでも辛いことがあると、すぐにみんながシュンとなってしまうのです。一人がシュンとなると、途端にみんながシュンとなります。どうして違う国から来ているのに、おんなじになってしまうのだろうと思われるほどなのですが、本当に全員が暗くなってしまうのです。

それで、教師としては、常に、明るい方を指し示してやらねばなりません。その浪に乗っていれば、暗さに気づかずに済むし、気づかぬ間に、大半の物事が順調に滑り出すということもあり得るのです。

 で、「留学生試験」の話です。そんなクラスですが、そういう風なことを話しているうちに、一番、目が「ウルウル」していた学生の顔が、少しずつ明るくなってきました。「そう、今が一番辛い時。頑張れば、大丈夫なんだ」と、思ってくれたかどうかは判りませんが、一応、「今は、勉強のことだけを考える」ようにしてくれたようです。元気に大きな声で繰り返していましたから。

 だいたい、半年後、一年後のことなんて、誰にわかります?「来年のために、こうした方がいい」と言っている、私からして、確かなことは、何一つ判らないと言っても良いほどなのです。

 彼らの日本語の力が、どれほどのものになっているか、大切なのはそれだけであり、確実なことは、そのために日々勉強しなければならないということだけなのです。それ以外のことは、その実力に応じて、上がりもし、下がりもすることなのです。だから、教師がそばにいる間は、学生は「(勉強に関しては)近視眼」でいいのです。そして、日々与えられた課題を律儀にこなしていけばいいのです。遠くを見ねばならぬ時には、教師が「望遠鏡」を取り出して、あちらを見ろと指示するでしょうから。

日々是好日
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