日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

久しぶりの「秋晴れ」です。

2018-09-28 08:53:08 | 日本語学校

晴れ。

久しぶりに、青空が広がり、雨だった昨日がウソのよう。早朝の西の空には、白いうっすらとした月が懸かっていました。

虫の声も、心なしか、しめやかになり、ちょっと寂しい。2日続いた「冬」に、やられたのかもしれません。ポトリと落ちたか、そのままバタリと倒れたか…。これから、秋らしい日が続くとしても(来週は秋雨前線と、台風で終わってしまうかもしれませんが)、もう蘇ることはないでしょう。

喧しいと言ったのが申し訳ないくらいの短さでした。

さて、学校です。

昨日の帰りでのこと。買い物しようとスーパーに立ち寄ると、突然、卒業生に呼び止められました。近くのホテルに就職している学生なのですが、住まいは二駅ほど遠くに引っ越しています。ニコニコ顔で、「いとこが二人、来ます」。「どこに来ますか」。「えっ。私たちの学校です」と当然のように言う。「へえ、ここは厳しいし、怖い先生がたくさんいるのに」。「へへへへへ」。慣れたものです。

そう言いながら、二人、エスカレーターで二階に行くと、急に、また、向こうから「先生」と大きな声で一人。見ると、梅酒のパックを抱えています。

「こら。お酒を飲むのか」と一喝しても、少しも動じません。「これはおいしいです」。

訊くと、この二人の他に、今年の四月生が三人、で、男五人で食事をするのだとか。その時に、あのおいしい梅酒をだれか買ってこいということにでもなったのでしょう。「アルバイトは9時からです。まだ時間があります」とうれしそう。

彼等のバイトも、この卒業生の紹介によるもの。みんな一緒に梅酒を飲みながら食事なんていいな。

そして、卒業生と、今度申請するという彼のいとこの話をしていると、この在学生が、また満面の笑みで「私の妹も来ます」。「どこに?」。「えっ。ここに」。「どうして、言わないの?それに、この学校は勉強しないと大変でしょ。大丈夫?」「大丈夫。妹はよく勉強します」。小声で「…先生に言うと、厳しくされるかもしれないから」。

卒業生も、「今、二人は25課くらいを勉強しています。今度N5の試験を受けます。来年の四月までに、N4を終わらせます」と言う。

この学校のやり方を知った上で、卒業生や在学生が、自分のいとこや兄弟姉妹を呼んでくれるのは、本当にありがたい。インド圏では、ここは「女性でも安心だから」と、とんでもない兄弟姉妹を呼びたがる人が、時たまいるので、(それを聞いた時には)ちょっと身構えたりすることもあるのですが、ベトナム人はほとんどの場合、身内を呼んで、困ったと言うことはありません。一人、学校に来なくなった人もいましたが、(日本でアルバイトすると、母国では考えられないようなお金が手に入るので、それで、どうも、駄目になってしまったよう)その卒業生が責任を持って、ビザのある内に連れ帰ってくれました。

ベトナムに関して言えば、最近は「『大学に入りたい』。しかも1年目にして『留学生試験を受けたい。できれば数学も』」なんていう学生も出始めています。もちろん、こうなりますと、数はグッと減ってきます。最初は、学校に来させたり、起こしたりするのに苦労していましたのに、今では、そういう心配はほとんどなくなりました。

これも、とにかく言い続けてきたことが功を奏しているのかもしれません。

「勉強する人が欲しいのだ。できれば、大学に入って勉強するような人が」

当時、学校を休みがちな人が多かったにせよ、中には、きちんと言われるとおりに勉強して、大学などに行ってくれた人もいました。そして私たちもとにかくベトナムに行った時に、面接を通して、たとえ日本語のレベルがそれほど高くなかろうとも、「勉強したい、あるいは勉強できそうな」人を探してきました。

最初の頃、確かに探し方もよく判りませんでしたから、偶然、メールが来たり、連絡があったりした学校に、失敗しても元々という覚悟で訪れていたのです。

今は、ベトナムに関して言えば、ほとんどの学生がきちんと『みんなの日本語Ⅰ』は終え、大学に入りたいと言う学生は『Ⅱ』冊目も終えてきていますから、発音とヒアリングだけが問題という段階にまでなっています。そこが他国の学生達とは違うところなのかもしれません。やはり中国文化圏内と言ってもいいからなのでしょう。

その点、スリランカやネパールなどのインド圏の学生は、とにかく「N5」の試験に合格出来ればいい(日本に来られる)というわけで、基礎をあまり重んじた日本語教育を受けてはいないように思われます。中途半端な所くらいまでで「上がり」としているので、来てからが大変です。まず、「ひらがな」「カタカナ」がきっちり入っていない。

ネパールでの面接からもそれがうかがえました。紹介者も、そういう状態でも入れる日本の学校が少なくないからでしょう。そんなレベルの人を面接に連れてきて平然としています。ネパールには行きましたから、申し訳ないが、この人は無理だと、ばっさばっさとやると、帰りには「自分の所には、他にいい学生がいる。七月にはその人を紹介するから入れてくれ」なんてことを言いに来る。

日本人も甘く見られたもんです。あのレベルでも入れてしまう学校が(多い)から、ここもそうだろうと高を括って、連れて来たのでしょう。「きちんと勉強する人でないと、来てもらいたくない」と思っている(しかも、先にメールでもそう言い送っているし、現地でも言っている)のが、判っていないのです。

名前を書かせてみると、同じ字を四人とも同じように間違えて書いている。これは明らかに向こうの学校の教師の問題です。この字は違います。この字も違いますと名前に出てきた字だけでしたが、言ってやると、これからは自分が教えるから、入れてくれと言う。無理なことを言いますね。そうやれるくらいなら、最初から自分でどうにかしているはずです。

経験からも、こういう普通の人は一度ついた癖を改められるほど強くはない、それほど書くと言うことはできないものなのです。つまり、まず、あり得ない。で、やんわりと、強く断りました。

まあ、自分が行っているのが、ベトナムとネパールだけなのですが、その時、言いにくいことを言えば、その語気や雰囲気で、紹介者のみならず、学生にも、こちらの気持ちは伝わります。それで申請することになった学生も、ちょっとは締まってくれるかもしれません。

日々是好日

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通気のために窓を開けようと言い、そうする度に、冷たい視線に晒される…。

2018-09-27 08:03:53 | 日本語学校
小雨。

雨模様の日が続いています。「秋の長雨」とはよく言われるところではありますが、今年は、この言葉通りの年になってしまいました。そう、和歌に出てくるところの「秋の長雨」です。

平安朝の昔であれば、「みやびやなあ」で、終わっていたかもしれず…。もっとも、下々はそんな悠長なことなど言っていられなかったでしょうが。農作物も雨が続けば不作となるでしょうし…。まず、だいたい、道が歩けなくなる。泥はねもひどかったことでしょうし、荷物の運搬にしても、水たまりや穴ぼこに落ちてしまえば、そこから抜け出すだけでも一苦労だったことでしょう。

日本は、今、おおよそ、その不自由さからは解放されています。とはいえ、一つが解決すると、また新たな問題が噴出するというわけで、不満の塊たる人は、私たちの救世主であったものにまで、非難の矛先を向けてしまいます。

アスファルトの道路が熱を吸収してしまい、「夜になっても涼しくならない」とか、雨水が(アスファルトを)浸みていかないから、「少しでも雨量が増えると、すぐに水の都と化してしまう」とか、言われっぱなしの道が、思えば哀れ。それなりに、私たちは恩恵を被っているというのに、不満たらたらで、そんな道を見てしまう。

そんなこんなを思っても、だからこそ、人々の知恵は増し、科学は発達して来たのでしょうね。不自由を、そのままにしてはおかじと、ねじり鉢巻きで、工夫することによって。そうして、人々の生活は、より便利なものへと、より快適なものへと変化してきた…。。

昨今は、その被害から人々を救うために、水が浸みていくような道路、また熱を吸収しない道路などが、少しずつ実用化されているようですが、なにさま、まだ高い。普及するにはもっと時間がかかることでしょうね。

そう言えば、都市の緑化にしても、かつては「土」が問題であった。新しいビルの屋上ならよいけれど、古いビルはそれほどの重さに耐えられないので、土が入れられない。そういう問題の解決に、軽い土や浅くとも植物が育つ土などが開発されてきた。工夫は力なり。ただし、盲目的に飛びついてしまうと、原発の二の舞です。人々を苦しめることのない開発というのは無理なことなのでしょうか。開発は力であることをわかった上での、欲深い願いなのですが。

さて、学校です。

猛暑の夏が続くかと思いきや、昨日、今日と10月下旬、11月並みの寒さが続き、教室に入る時も大変です。

90分、締め切ったままの教室は、開けると、ドヨヨンンとした空気に満ちているようで、どうもいけません。で、入る時、「ちょっと、開けておいてもいいですか」と訊くと、たいてい「寒いです」という言葉が返ってくるのです。厳しい視線と共に。

そのたびに、「でもね、空気が悪いから」とか「通気のため」とか言って、開けてしまうのですが、どうもそう言った人の目はそれを許していないようで、そこに南国の人達との差を感じるのです。

このドヨヨンンとした空気を、ドヨヨンンではなくて、「暖かい」と感じてしまうのでしょう。その中にいれば、「脳は働きを止め、眠気が人を襲う…」とは、思い至らないようですね。心地よいと感じ、その中にどっぷり浸っていたいと言うふうに思ってしまうのでしょう。

「そうなる前に、窓を開け、空気を入れ換える。そして、シャキッとなって勉強を始める。そうしなければならぬ」という東アジア的考え方は、どうも、彼等には通用しないようです。唯一の味方が、この一年あまりで10キロ以上体重が増えたという男子学生だけなのですから、あまり説得力も無いようですしね。

日々是好日
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金曜日に立ち、月曜日、カトマンズから戻ってきました。香港経由です。

2018-09-26 08:29:40 | 日本語学校
曇り。

午後過ぎから、冷たい雨が降り始めるとのこと。この冷たい雨というのも、よく判りませんね。体感温度という曲者が、人の判断を導いてしまいますもの。。とはいえ、10月下旬どころかもっといった頃ということですから、ホントに「冷たい雨」なのでしょう。

昨日も、確かにもう夏ではなかったけれども、日本には、「湿度」というのがありますから、どうも「ムシムシ」というのが「蒸し暑さ」という感覚を引き出してきます。「カラッと」していれば、「冷たさ」を芯から感じるのでしょうけれども。

さて、先週の金曜日からカトマンズに行ってきました。金曜日は、着いたのが現地時間の夜中ですから、日本ではもうお化けの時間。それなのに、日本時間で目が覚めてしまいますから、どうも疲れは取れません。そしてその日は、3校と面接がしました。

2校はもう、勝手知ったる仲。初めての頃の「きつさ」が、(自分でも)かなり無くなっているかな…と感じられはするものの、でも、遠慮はしません。少しでも遠慮すると、「(この学校は)だれでもいいんだ」と誤解されてしまいます。要求は要求として出していかないと。向こうも、それを窺っているのがよく判ります。

そうやって選んでも、それでも、お国柄というか、土地の人たちの共通理解というか、日本語学校で2年間、専門学校で2年間、それから働いて帰る…というのが抜けないのです。
 
現に、今いる学生達、いくら大学進学を勧めても、この「四年の壁」は揺らぎません。

かといって、私たちも、むやみやたらに、「大学、大学」と言っているわけではありません。専門学校で多少なりとも技術や知識を身につけた方がいい人もいます。それほど勉強の習慣もないし、やる気も無い。ただ人はいい。アルバイト先などでも重宝されているような人は、その人が満足いくような道を進んだ方がいい。もう、「いまさら、勉強???」なのです。それより、「生活」の方が大きいのです。だいたい、来日の、彼等の目的もそうなのでしょうし。ある程度、つまり生活できるくらいの日本語力は身につけたい。けれども、それで終わり。それ以上は「必要ない」のでしょうね。

こちらがとやかく言っても始まることではなし。高校卒業後、数年経っている人は、特にその傾向が強いのです。、

それに比べ、高校卒業後、すぐ来ている人は、できれば大学に行って、視野を広げて欲しいし、知識や技術ももっと身につけて欲しい…と、そう感じてしまうのです。勉強の習慣が、ある程度あり、また日本語のレベルも、こちらが、「今の時期、これくらい」と想定しているだけのことができていれば、多分、大学に入っても頑張れる…。

でも、そこで「四年の壁」です。

母国で待っている人達の意向もあり、本人も決められないのかなとも、初めの頃は思っていたのですが、豈図らんや、その人自身も、その考えにどっぷりと浸かっており、それ以外の道があるなんて思いもよらぬ…みたいです。

学生によっては、大学の方がいいと、明らかにそう思われますのに、どうにもなりません。

今回もネパールの学生のうち、最初から「大学。絶対に大学に行く」と言っていた一人以外は、皆、専門学校へ行きそうな流れです。

そう言えば、ベトナムも初めの頃はそんな感じだった…ような気がします。いえ、ベトナムの場合は、(最初の頃だけですが)私たちの方で,大学を勧めるなんて思いも寄らなかった。「来た」はいいけれど、半年も経たぬうちに、「とにかく、無事、どこかへ行ってくれ」と思わされるような人が何人もいた…。それが次第に、大学を勧められるようになってきている…。

これも、たとえ多少しんどくても現地に足を運び、面接で、言いにくいこともいい、嫌われようがどうしょうが、自分たちの方針を曲げずに、やってきたことが、いい人達との出会いを引き寄せた…のかもしれません。

とはいえ、体調不良や諸般の事情で、行くのを抜いた時には、また戻ってしまいますもの。

「敵」も然る者、軽々しく相手を妄信してはならぬ、決して、手を緩めてはならぬと言うことなのでしょう。

日々是好日
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『健康診断』も、昨日、無事、終了しました。外国人相手でも、慣れているんですね。

2018-09-11 09:23:15 | 日本語学校
曇り。

時折、陽が射してくるという点では、同じ。ただ随分涼しくなり、今朝など20度に至らなかったとか。猛暑の次に、すぐこんな風になってしまうと、体調を崩してしまう人が出てしまいます。

「日本の天気はわかりませんねえ」としたり顔で言ったりする、年齢不詳の若者も出てきたりして、困っています。おそらく、バイト先のおじさん、おばさんの口調に染められているのでしょう。

友達はやはり同じ年代の人を選ばなくては…などと思ってしまうのですが、彼等はこれが、案外気に入っているようで、これもまた、困ってしまいます。

さて、昨日の健康診断。

思いの外にスムーズに行きました。

女子と手伝いの学生は九時に登校。男子は10時に登校…。

レントゲン車、また学校でするのは初めてだと言うことで、少々準備に手間取ってしまいましたが、それでも、だいたい予定通りに終わり、ホッといたしました。

実際に検査をするのは、一階だけで十分だと言うことで、三階の教室は待合室とし、順番がくるまで、女子の時は女子だけ。男子の時は男子だけで待っていてもらいました。その付き合いは、私と言うことで、私も三階の教室に。

女子の第一陣は、手伝いを買って出てくれた人たち、次は10人ずつ、二陣、三陣とし、しかしながら、待っている間も、女子は楽しそうによくおしゃべりしていたこと。ただ、最初の一陣の検査を通して、こちらが先に準備しておかねばならなかったことも判り(例えば、「腰まである髪を結わえておく」とか、「吸って、吐いて、止めて」を練習させておくとか)、待たせている間に、その練習などもしておきました。

女子の第三陣が一階に下りた頃、そろそろと男子がやって来たのですが、10時に来ていたのは、手伝いに来ていた六人を除き、たったの三人。むむむむ…。で、来ていた学生達に、「すぐに、まだの学生達に電話をするように」と言うと、「今、歩いています」という答え。

なるほど。この日は、レントゲン車が停まること故、自転車で来ないように言っておいたので、時間がそれだけズレたのでしょう。その後、10分以内に、5人を除き皆来ていましたから。結局、最後の10人が後片付けまでするという羽目に。

早く来ていればよかったと思ったことでしょうね。

ともあれ、無事に終わりました。

皆様、お疲れ様でした。

日々是好日
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今日は、「健康診断」の日です。

2018-09-10 08:52:10 | 日本語学校

曇り。

青空に、うっすらと灰色の雲がかかっています。今日、時々雨…らしい。

この辺りでは、虫の音が、しきりに聞こえはするものの、それほど種類が多いとは言えず、多分、大半は「コオロギ」でしょう。ところが、鷲宮などの田園地帯へ行くと、いろいろな虫の音が聞こえてきて、それこそ、大合唱という感じ。

チチチチチ…、スイッチョン…、スイッチョン…、ジリジリジリ…、チュルチュルチュル…、チイチイチイチィイ…、ジージージー…、「カネタタキ(鉦叩き)」やら「スズムシ(鈴虫)」、「マツムシ(松虫)」、「クツワムシ(轡虫)」、「カンタン」やら…。草むらからならぬ、木の上からも聞こえてきたようだったので、これは一体???何だ…。調べてみると、木の上で、鳴くような虫もいたようで、なかなか賑やかなことです。

それに、駅の階段の上の方に、なぜか「コオロギ(蟋蟀)」が転がっていましたし…。

さて、学校です。

今日は健康診断。レントゲン車がやってきて、それから始まりです。お手伝いの二年生が男女、六人ずつ9時に来てくれることになっています。

日々是好日
 
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「台風一過」、涼しくなるどころか、夏に戻ってしまいました。…ホントに変ですね。

2018-09-05 14:43:10 | 日本語学校

曇り。時折、強風。でもたまに日が照ったり…しています。

なんともはや。昨日、帰りに、一階のクラスで授業をしていた教員が、「飛んでいた雀が落ちた…」。これを、みんなで目にしたそうな。それくらい、強い風がここで吹いていたようです。学生達が帰るとすぐに私たちも学校を後にしました。「台風21号」は、どうも、「雨台風」ではなく、「風台風」だったようです。

そして、今日。直撃を受けた大阪の様子が幾度もニュースで流れてきました。まるで、地震の後のよう。アメリカのハリケーンの様子を見た時、「ハリケーン(台風)で、こんなことが起こるなんて…」と唖然としたことがありましたが、本当にそうなるのですね。満潮時の高潮での被害も凄かった。関西空港は雨に弱いと言われていたけれども、「雨」どころではない、「潮」の怖さも実感させられました。

ここ、行徳の辺りでは、風はずっと吹き荒れていましたが、早朝、雷が鳴り始めたなと思いきや、地震です。震度は「3度」くらいのもので、大したことはなかったのですが、「台風」に、「雷」に、それに加えて「地震」…か。2年後の夏はどうなるのでしょうね。どこかの都合ばかり考えて、この「地(日本)」のことを考えないと、もっとひどいことになりそうな…まあ、これは、いつも最悪を考えてしまうような日本人のいいところ(?)なのかもしれませんが。

だいたい「サマータイム」など導入せずに、(マラソンのことがよく例に出されるので言うのですが)一番、スポーツをしやすい時期にオリンピックをすればいいのです。そして選手が一番負担の少ない時間帯に(マラソンならマラソンで)走れるようにすればいいのです。どこかの顔色をうかがって、それで金を儲けようなんて、そういう了見自体が問題なのかもしれません。

選手達は一生懸命に頑張っていても、周りが「黒い霧」どころか、変なものでドロドロになっていると、選手まで、だんだんそういう気持ちの人が増えていくかもしれません。スポーツをする人の根底にあるはずの、「(スポーツは)楽しい。それを楽しみたい。そして、その楽しみを皆と分かち合いたい」という気持ちまでもが、色褪せていきそうな気がします。だいたい、何のために、オリンピックが始まり、現在まで続いているのでしょう。

ヒトラーの頃は、「国威」がどーんと全面に据えられ(もちろん、国歌とか国旗掲揚なんてありますから、いつも多かれ少なかれ、出てきますけれども)、それが、戦後一時を経て、「商業主義のもの」となり、金が稼げて、しかも「国威」を示せるものと成り果てた…感が無きにしも非ず。

だんだん、選手達も、見ている人も、オリンピックも金勘定をし始めるようになるかもしれません。

「金」が、「かね」でも「きん」でもいいのですが、「上手」であったり、「強かったり」すれば、すごいなあと思い、元気になる人もいるでしょう。練習には、場所にしても、用具にしても、金がかかる。それなら(したい人がいて、楽しみたい人がいるなら)、国民のために税金を取っている国家がそれを準備するのは当たり前のこと。無条件にすべきなのでしょう。特に、昨今のように、いろいろな問題が続出して、人々が滅入ってる時にはなおさらのことです。

オリンピックに出たいと頑張っている人がいる、その数が増えれば増えるほど、お金は必要になってくる。規模が大きくなればなるほど、今度は国のメンツを考える向きも出てくる。そのうちにそれが当然となってきたりする。そうなれば、その流れに嫌悪を抱く人も出てくる。するとアンチオリンピックみたいなものも出てくるかもしれない。

嫌なものですね。台風が来て、大きな災害が起こってしまうと、国家にとって国民の命を守ることが喫緊の大事じゃないかと思ってしまう。それよりも大切なことなんてあるのだろうか。それができなければ、国家の意味なんて無いのじゃないかなどとも思ってしまう。

悲惨な状況にある人々を見るにつけ。

もっとも、そんなことを学生に話しても、みんなぼんやりしているだけなのです。

あまりに国と人々との距離が遠いのでしょうね。日本はまだ文句を言えるだけましなのかもしれません。

日々是好日
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「台風21号」がやって来ます。この辺りはちょっと逸れそうですが、どうなるかしらん。

2018-09-04 07:51:01 | 日本語学校

小雨。

時折、「小糠雨」としか言いようのないような、細く、細かい雨粒が降ってきます。そう、でも、切れ間があるんですよね、雨の。そこで、その隙を突いて、自転車を飛ばしてやってきました。周りを見ると、それでも、大半の人が傘をさしている。私も1時間ほど早めに出てきたのですが、皆、考えることは同じと見えます。尤も、台風の直撃を受けそうな所とは違い、交通機関は運休とか、間引き運転とか、何にも言ってはいませんでしたが、この辺りでは。

「秋雨前線」や「台風」の接近などにより、いつもにも増して、湿度が高いのでしょう。それ故か、昨日の帰り、空き地の前を通った時、それこそ、久しぶりに、耳をつんざくような虫たちの声が、突然沸き起こったかに思えました。いや、「つんざく」と言っても決して不快というわけではなく、ちょっと驚いたのです。

だって、今年は「蝉時雨」なんていう夏の風物詩も記憶になく、あっという間に、蝉たちは姿を消してしまい、夏は過ぎにけり…。今年は、「蝉」と「秋虫」の共演なんてのも、ほとんどありませんでした。

「…ありませんでした」なんて言うと、ちょっと寂しいですね。まだ、本格的な「秋」にはなっておらず、「夏」の名残を引きずっていると言った方がよい頃ですから。

さて、学校です。

「Aクラス(N2)」クラスの学生達、きれいに「N2文法」が暗記できなくなっていました。「今期、最初の授業だから、見ながらでいい。まずは、正確に」などの温情は必要なく、見なければ言えないのですもの。7月の終わりには、大合唱だったのに、こうまでスッカラカンになっていようとは。それでも、始めは、諄く繰り返しながらやってみたのですが、すぐに方向転換。舵を切った。やってられないよというところ。

まずは、全部を、一緒に読んでいく。…そうすれば、記憶の端が生きてくるかなあ…期待半分で。

そうやっているうちに、何人かはちょこっと「ここ、覚えてる」てな気になった人もいたようです。結論、「そうか、夏休みに一度もプリントを開いていなかったのね」。それが、よ~くわかりました。

ちょっと見れば思い出せる程度には、7月に覚えていたのです。しっかり(揺さぶられても崩れない程度に)グチグチと文句を言ったので、「参った」表情の人が半分ほど。あとは…まあ、いつも通りの顔でした。

それにひきかえ、「B・Cクラス(N3)」は、かなり言葉が出てきましたね。休み中、見ていないのは同じだと思うのですが…。言葉を換えて言えば、それほど「N2」文法は難しいと言うことになるのでしょうか、「非漢字圏」の彼等にとっては。

そして、「Eクラス(七月生)」では、「Dクラス(四月生)」から、「(今の進度では判らないから)もう一度やりたい」という人が、三人ほどやって来ました。7月にも(このクラスを開設する時に)一人来ていましたし、昨日また、新たに、「自分ももう一度やりたい」という人が出たようで、結局、四月生が五人、「7月生クラス」で一緒に勉強することになりました。

「Dクラス」は、『みんなの日本語Ⅱ』を終えてから来ている人もいましたし、40課くらいまでやって来日していた人が多かったので、タラタラとは授業を進めていけなかったのです。もちろん、「ひらがな」「カタカナ」から入りましたし、第1課から教えはしています。けれども、特に1冊目は「既習のものの確認」という感じで授業をしていますから、普通の(アルバイトもし、しかも勉強の習慣も彼等の国での普通並み、その上、スリランカの学生のように14課くらいまでしか教えられていない」学生にとっては、ちょっと大変だったのかもしれません。

昨日の感じでは(昨日は、第1課から18課までの復習)、彼等も楽しそうに「テ形」「ナイ形」「辞書系」を言っていました。「動詞」「形容詞」の単語もだいたい覚えていました。ただ、「ナ形容詞」の活用はちょっと弱かったかな。とはいえ、二度目というのは、彼等にとっては、楽しいらしい。できることを皆と一緒に言えるというのは、そうですね、楽しいものなのです。「盆踊り」が楽しいようなものかもしれません。連帯感も生まれることですし。

もちろん、見事に間違えてしまう所もありましたし、「そりゃなんだ」という顔をされることもありました。が、まずは「一緒に練習すること。わからないからといって、寝ないこと」です。人数も「Dクラス」に比べれば、半分ほどですので、ぼうっとしている学生には叱咤激励ならぬ、からかってやることもできます。

「からかわれ」ても、猫が「猫じゃらし」にじゃれているように、明るい顔を本人も周りもしてくれるところがいい。

『初級Ⅰ』なんてのは、普通、在日の学生が多く入ってくる傾向にあり、その人達と、すでに学校に慣れた人達とは、ちょっと気分が違うことがある。特に、来日後一年、二年と経ち、仕事なんかも始めている人とは、ちょっと違ってくる。

しかしながら、授業に参加し、一緒にこの雰囲気に染まっているうちに、その人達も、学校の学生達の気分と同じようになり、「差別されて文句を言われる」のと、「身内同士のからかい」との差を感じ取れるようになるものなのです。だって、みんな「え~、またァ」みたいな顔をして、「もう、せんせ~ぇ」とやっていますもの。文句を言われても目くじらを立てる必要なんてありません。

だいたい、教師も学生も、そういうものだとやっていますから。

日々是好日
 
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やっと、秋が始まった…ような感じです。風の音にぞ…なんて時代ではなくなったのかもしれません。

2018-09-03 08:41:08 | 日本語学校

曇り。

家を出てみると、ポツ……ポツ……と、何やら感じられるものがあります。自転車を漕いで、角を曲がった辺りから、ポツポツが、気ぜわしくなってきました。かといって、濡れた―というほどではないのです。微妙ですね。頭部の、上の方に何だか、落ちている…くらいのものなのですが、感じられることは感じられる。で、学校に着いてみると、やはり濡れている。ちりも積もればなんとやらでしょうか。

予報では、午前中は雨。けれども、この辺りは、これで終わりかなくらいのもの。もっとも、明日は、大雨のようですから、大変です。新学期始まってすぐの、雨。けれども、今日はかなり涼しいので、学生達は楽でしょうね。んんん。油断大敵、暑さが緩んで、涼しくなった途端に、眠りが深くなって…、その挙げ句が遅刻ということになるかも。特に午前の学生達は…。

さて、学校です。

今日から、東京成徳大学から実習生が2名来ます。一週目は、まずは見学、そして、2週目に研究授業の準備ということになりそうです。

「知らない人が…」。毎年のことながら、一年生にとっては初めての経験。二年生は、一年生の時に協力してもらっていますけれども…、彼等、去年のことを覚えているかな?

二年生というのは、言葉もかなり話せるようになっていますし、在日一年以上の人達ばかりですから、初めての人とのやり取りも手慣れたもの。「やはりなあ」と思わせてくれます。ただ、研究授業の対象クラスである一年生は、最初は、ちょっとドギマギしてしまうかもしれません。だいたい、互いに互いを見つめ合い、なかなか一言が出てこないものなのです。

尤も、だれかが、「あ」なり「お」なりを言ってしまうと、あとは大丈夫。ごく普通に相手になっています。なにせ、彼等の方が、外国人の相手は慣れていますから。

日々是好日
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