日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「エノコログサ」の穂が白くなっています

2015-08-31 08:37:06 | 日本語学校
 曇り。

 小雨…もう霧雨と言うべきでしょう…。

 涼しい…涼しさを通り越して、肌寒いと言ったほうがいいくらいです。今年は「お盆」のあとの残暑がありませんでした。きっと「暑中見舞い」でなく、「残暑お見舞い申し上げます」の方を出すつもりだった人は、オロオロしていることでしょうね。

 郵便局も、「残暑見舞い」のハガキが売れ残って困ったことでしょう。けれども、こうも、25度以下の日が続くと、夏野菜はどうなるのか、あるいはお米のできはどうだろうかと先走って考えてしまいます。きっと今年も野菜が高くなるでしょうね。

 二日ほど見なかっただけで「エノコログサ(狗尾草)」の穂が白くなっていましたもの。ずっと、お日様のお顔を拝していないような気がします。

 さて、学校です。

 学校は今日からです。一人、8時前から来ています。一時間、間違えたのかなとも思われるのですが、なにせ、「七月生」ですから、(思っていても)何にも言えず、「おはよう」と声を掛け合うだけで終わってしまいました

 でも、8時になっても皆が来なければ、「あっ。間違えていた」と気づくでしょうね。

 彼は先週の月曜日にも来ましたから、もしかしたら、「うっかり屋さん」なのかもしれません。「七月生」というのは、本当に不利ですね。来日後、一ヶ月も経たぬうちに、、長期休暇が始まるわけですから。

 まだ、「聞き取り」で単語がきちんと書けるほどではありませんから(ひらがな、カタカナを使い分けて)、休み中に、根こそぎ持って行かれてしまう人も出てきます。

 「初級Ⅰ」の担任は、学生達の顔を見るまでは、どうしても落ち着けないのです。

 もっとも、これが、半年ほども(日本で)学んでいる学生には、「休み中忘れるのは、自分が悪い」と突き放すことができるのですが。

 その基礎が定かではない人たちは、一人でやろうにもできないのです。だから、今日からは復習を入れながら、進んでいくという形になるでしょうね。ただ、そう言いましても、前に勉強した分をきっちり覚えている人もいるので、できない人にそうそうは合わせていられません。結局は自己責任ということになってしまいます。

 初級の間は、予習よりも復習の方が大切なのです。そのことが判っていないと先走りして、「初級」が終わったときに、何も覚えていないということにもなりかねません。ということは、…「宿題が大切なのですよ。初級クラスの皆さん」。

日々是好日
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寮に行くと、みんな出てきました。

2015-08-28 10:37:06 | 日本語学校
 曇り。午後から雨になるということですが、今のところ、まだ耐えていますね。

 昨日、「セミ(蝉)」の声がしないと書いたあと、昼頃、スタッフと「少し蒸すね」等と話していると、遠くから蝉の声が聞こえてきました。

 道には、ポトリポトリと力尽きた蝉の死骸も見られていたのに、まだ頑張っていたのがいたのかとちょっとびっくり。もっとも、暑さを感じたのは一時だけで、すぐにひやっとした風が吹いてきましたけれども。そして、それと同時に、蝉の声も風に吹き飛ばされてしまいでもしたかのように止んでしまいました。すると、辺りは、シ~ンです。

 ただ、夕方、草むらからは弱々しくとも、確かに秋の虫の声が聞こえてきました。もっとも、今日も寒いようですから、元気にはなれないでしょうね。

 人間(服でも調節できますし、それでもだめなときには、冷暖房があります)でも、適応が難しいと言われたこの二週間、皆、大変だったでしょうね。酷暑の次(ゆっくりと季節が移る)がなくて、途端に秋でしたもの。

 さて、学校です。

 昨日、教員が寮に住んでいる学生達に光熱費の請求の紙を渡すべく、メールを打ったのですが、すぐにやってきた学生がいました。教員が「おっ!速い」と驚いたくらいでしたもの。普通は(学生から)先に何時に行くと返事が来て、それからおもむろにやってくる…ものなのですが、来たばかりの七月生は、それが難しかったようです。裏(学校の裏のアパートを借りています)からすぐに「先生、なに?」とやってきました。

メールを打ったり、電話したりする方が大変なのでしょう。

 やってきた学生、元気いっぱいです。勉強はと聞くと、ちょっと元気がなくなって、「はい、大丈夫」。

 七月生は、例年、来るとすぐに休みになってしまいますから、ちょっとかわいそうなのです。来日後、一ヶ月も日本語の勉強をせぬうちに、夏休みに入ってしまいますから。何かあったときに先輩に頼るか、わざわざ学校に来るかしなければなりません。これが四月生ともなりますと、わずか三ヶ月ほどの違いなのにかなりの余裕が出てきて、アルバイトにも励めるようなのですが。

 以前、ベトナムの学生達は日本へ来てから、やっと日本語の勉強(もともと、日本へ行くことが目的であっただけで、他は何も考えていなかったのでしょう。日本語の勉強をするという表看板の陰で、本当の目的を考えていただけだったのでしょう)を始めるという人が多く学生が多く(つまり、きちんと勉強するという習慣がない)、まず勉強の習慣をつけさせることが大変でした。。

 最近は『みんなの日本語Ⅰ』を終えてくることはもちろん、『Ⅱ』の中ほどまでもやってくる学生もボチボチ見られるようになりました。そうですよね、「25課」までやっていないのに、「N5」の試験に受かったなんてこと自体、おかしなことです。

 しかしながら、こうなってきますと、漢字やヒアリング(ベトナムの学生は一般的に、ヒアリング力が他の国の学生に比べて劣り、それ故に話せないし、文法が定着しないのです)の方に力を注げるので、彼らにとってもいいことですし、まず何より、アルバイトで断られることが少なくなるでしょう。

 生活が安定しないことには、不安で不安で、勉強どころではなくなってしまいます。

 昨日、そのほかにも用事があって、四時頃、もう一度寮に行ってみたのですが、私たちが行くと、その声を聞きつけて、その時部屋にいた学生たちが、皆、出てきました。アルバイトから戻ってきたばかりの学生もやってきたので、皆が元気でいることが確認できてホッとしました。ただ、日本語は怪しくなっていましたけれども。

 こんなふうに、「先生が来た。行こう。お話ししよう」と出てきてくれる学生が多いのは、私たちにしてもうれしく、これだけでも、変わったなという気がしてきます。ベトナムもかなり落ち着いてきたのかもしれません。誰でもいいから日本に送り込んで金儲けをしようという業者が、少なくなってくれると、私たちの本来のやりかたである「勉強したい人に教える」というのが、迷いなく実行できるのですけれども。

日々是好日
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まるで、秋です。

2015-08-27 09:09:19 | 日本語学校
曇り。

夏なのに、急に「秋」になってしまい、うろたえているのは、人間ばかりではないようです。

突然、「ツキミソウ(月見草)」の黄や、「ユウガオ(夕顔)」のピンクなど、花の色がなくなってしまいました。彼らの姿が認められていた空き地には、今、「エノコログサ(狗尾草)」の尾っぽが風に揺れて点々としているほかは、その他諸々の丈高い草ばかり。

思えば、若葉の頃の浅い緑から、真夏の夏真っ盛りといった濃い緑を愉しむ時間さえ、ありませんでした。気がついたら、もう、あの、深い緑ではなかったのです。なんだか、疲れたような緑でしたねえ。

虫たちも哀れで、「お盆」が終わってから、ゆっくりと、しかしながら急激に下がった気温と続く曇り空のせいで、蝉の声があっという間に絶えてしまい、それからは野原や木々は沈黙を守っています。

本来なら、平行して、少しずつ聞こえてきていたはずの虫の声が、全然聞こえてこないのです。晩夏の虫の声もなければ、秋の虫の声もしない。虫たちも、まだどこかしら、出ていっていいのかしらんと躊躇っているのかもしれません、本当に朝晩が静かなのです…。

さて、そういう静かな学校にいますと、明るい声がほしくなってきます。

まだ夏休み中ということもあり、本来ならこだましているはずの若者たちの声がしませんもの。賑やかになるのは来週からですから、しかたありませんね。…ところで、来週から新学期というのをみんな覚えているかしらん。

夏休み中に連絡のあった人たちには、電話やメールの終わりに、「さて、来週からですね」とか、「学校はいつからですか」なんて送っていたのですが。

いつも長期休暇中でも、始業日、つまり授業の第一日目が近づくと、少しずつ不安になってきます。日本人と同じように、中には、休みの習慣が抜けきれずに、勉強が嫌になる人が出てきたりするのです。

前は、長期休暇中に、アルバイトで金をもらうことの楽しさを覚え、学校を忘れてしまった人がいました。けれども、考えてみれば、彼らは、元々、来日の目的が勉強ではなかったのでしょう。だから、最近の学生達の様子を見る限り、大丈夫だとは思うのですが、習慣というのは怖い。やはり、大丈夫かなと不安になってしまいます。

特に、新学期から新しい教科書に入っていくクラスはそうです。教科書の配布もありますし、代金の知らせもありますし、最初の説明の時にいないと、それがそのまま祟っていくのです、その学期中。

まあ、大丈夫とは思いますけれども、一年生は。

大変なのは、二年生で、大学にいきたいと言っていた学生達も、アルバイトとの両立はやはりできないらしく、それに、大学へ行かずとも適当に金が稼げるからと、専門学校の方に目移りしていまったりしています。こちらが聞かない限り、言わないので、連絡して初めて、こちらも「あれ?」ということになってしまいます。

ただ、勉強したいと、あるいはどんなことがあっても大学にいきたいと言っていた人は変わりませんね。学校に来て勉強するという習慣は失ってしません。約束は守りますし、連絡もきちんとしてくれます。

こういうことができるから、異国で大学に行けるのでしょうね。

とはいえ、他の人たちはちょっと不安です。けれども、蓋を開けてみれば、なんと言うことはない、いつも通りの顔ぶれで、いつも通りに来ているのでしょう。

日々是好日
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夏休みにどこかのオープンキャンパスに行ったかしらん

2015-08-26 09:44:15 | 日本語学校
雨。

「台風15号」の影響だそうで、今日は昼過ぎまで雨が降るとのことです。今の気温は17度ちょっと。最高気温も23度ということで、平年ですと10月並みの気温だとか。

過ごしやすいので、いいことはいいのですが、正直な話、少し不安になってきます。

沖縄、九州を直撃した「台風15号」は風速にしても降水量にしても、各地で記録を塗り替えているようですし、既に列島から去っているというのに、未だに、関東甲信越に強い影響を与えているようですし。

酷暑は嫌だと言いましても、夏が涼しいのは困るのです。ホント、困る。

さて、学校です。

夏休み中、大学や専門学校のオープンキャンパスに行った学生が幾人かいたようで、専門学校の先生から連絡が来ているそうです。…ただ、名前が分からない…。

 こちらとしても、行くと言いながら、行かない人もいますし、行かないと言っても、誰かにくっついて行ってしまう人もいるので、名前を聞かないことには誰が誰やら判らないのです。しかもスリランカ人の名前というのは、日本的に言えば、佐藤・花子・太郎・剛・千代・云々といったような、名前が七つ八つあるのが普通なので、私たちが、たとえば、ジョンさんと呼んでいるのに、向こうから聞こえてくる名前はマリンさんだったりする。しかも、ジョンという名前も、マリンという名前も、四五人の名前の中には入っていたりする。で、ますますわからない…。

まあ、結局は、「○○専門学校に行った人はだれですか」と新学期に聞かねばならないのでしょうけれども。名前が分からぬまま、「お世話になりました」というのも、ちょっと申し訳ないような…と言うのは、担当の教員の弁。

それから、進学を控えている二年生。休み中に電話があり、「来たい…。相談がある」。で、「おいで」。

すぐやってきました。

来ると、ある大学の名前を挙げて、「ここは、どうですか」友人が行っているそうで、安いと言う。もちろん、学費等が安いのが彼らにとって一番いいことでしょうけれども、四年という歳月を考えると、安いだけで選んでしまうと、あとで泣きを見ることにもなりかねません。

で、とにかく行って見てみるように言い、それから、できれば(漢字が苦手の学生なので)手に職がつくような所の方がいいのではないかと提案してみます。

真面目な学生、特に毎日学校に来るという習慣がついている学生は、どこに行っても頑張れる(相手校に迷惑をかけない)ので、大丈夫なのですが、本を読む、レポートを作成すると言った、そういうことばかりの大学に行ってまうと、保たないのです。それは眠くなります。もちろん、休んではいけないと言うことは知っているので、休まないのですが、多分、全然楽しくはないでしょう。友達もできないでしょうし。

それで、とにかく机について本ばかりを読むのでもないし、聞いてばかりでもないという、大学がいい…のです。これは日本人もそうでしょうけれども、卒業後の就職ですね、それも一緒に考えてくれるところがいい。

純粋に学問に生きたいと言う学生はあまりこういう日本語学校には来ません。やはり日本で就職したいというのが、彼らの最終目的なのです。そこから逆算して考えていただけるところがいいのです。ただ、学生達はまだよく判らないようです。入れればいいくらいに考えているだけでしょう。

日々是好日
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随分、涼しくなりました。

2015-08-24 10:47:59 | 日本語学校
 随分涼しくなりました。曇り。 

 やはり、一人、間違えて来ましたね。7月生は、日本語が分からないこともあり、(なんと言いましても、一ヶ月も経たないうちに、休みになってしまいますから)、教員が手で押したカレンダーの位置を見誤ったのでしょう。で、一週間前の今日来たのでしょう。

 この休み中、教員は交代で、それぞれ、5日ほど休みを取ったのですが、この間、日本語を学びたいといろいろな人がやって来ました。電話での連絡もあったのですが、近い人はそのまま連れて来てしまうのです。。 

 せっかく来ていただいたのですが、小さい学校ですので、もう一杯で入れられないのです。『中級』くらいになると、そこまで行ける人が少ないので、席はあるのですが、『初級1』となると、いつも満杯です。だいたい『初級』の「あいうえお」からとなりますと、在日の人が、半分ほどになる場合が多いのですが、その半分以上が三ヶ月とは続かないのです。で、すぐに一人減り、二人減りとなり教室はガラガラとなる。中には「お金の無駄だな、全然勉強しないし、座っているだけだもの」という人もいます。

 それほど急いで勉強の必要がない人は、学校でなく、ゆっくりと、どこかで勉強した方がいい、母国にいるときから、勉強の習慣がないという人もそう。

 こういう日本語学校というのは、一年半ほどで、大学に行けるようになりたいとか、非漢字圏でも、それくらいの期間で、「N2」に合格したいとかいう人もいるので、勉強の習慣がないとか、一人でいても気ぶっせいで、ただお友達がほしいだけとかいう人が(こういう学校に)来てしまうと、すぐについて行けなくなるのです。やはり、うちでも勉強(…特に『初級』のうちは)することが条件です。

 黙って、教室に座っていれば、日本語が上手になるというわけではないのです。宿題も出ますし、間をおいてテストもあります。宿題ができないとか、やる気がそれほどなかったりしますと、皆、宿題のノートを出しているのに、一人だけ出せない、で、嫌になる。また、テストであまりに低い点が出てしまうと、それだけで、あ~あ、もうや~めたになってしまう。

これは何でもそうでしょうが、勉強したいという人が多いと、クラスは「勉強のクラス」になりますし、適当にやる(だれも適当でかまわないという人はいませんが、鉛筆を保って何かをするという気にはならない。つまり努力はしたくない)人が多いと、そんな雰囲気のクラスになってしまいます。

 ですから、席に余裕があるときでも、最初に、「どうして日本語を勉強したいのか」ということを念を入れて聞いています。遊び半分で来られると他の勉強したい人の迷惑にもなりますから。

日々是好日
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この「熱」をどうにか利用できないものかしらん。

2015-08-07 10:31:01 | 日本語学校
 晴れ。

 猛暑は続いています。

 南国から来ているくせに、「暑い」を連発する学生達。そして「日本の夏が暑いって。日差しの強さが違う(そっちの方がずっと日差しは強い)でしょ」と言いたい私たち。

 「そりゃあ、暑いことは暑いだろうけれども、ロシアからの学生じゃあるまいし。暑い暑いと言うな、余計暑くなる」というのが、正直な(私たちの)気持ち。

 今日も「猛暑」になると言いますから、既に一週間、続いていることになります。

 毎朝、学校に着くとすぐに、職員室の窓を開け放ち、冷房を入れて、少し冷えるまで待つのですが、その間に、教室の窓を開けに回ります。今は夏休みですから、道路に面した一階の窓だけ開けにいきます。ついでに窓の外(そこだけですが)の植木の具合を見て、水をやっておきます。

 最近は、そうやって戻ってきても、職員室はまだまだ暑いのです。

 この「熱」を、どうにかうまく使えないかしら。「原発」なんて、大規模な施設などを造らずに、安くあげることができないかしらん。

 「東北大震災」のあと、巨大な施設を造らずに、村ごと、町ごと、区か市ごとに、自分たちが使うだけのエネルギーを、その地域で賄えるようにしようという声があったと思うのですけど、あれはどうなったのでしょう。「大規模な施設作り」が、大好きな人たちが消し去った、握りつぶしたのかもしれませんね。

 利権が絡んでいるのでしょうし、それになんと言っても、小さいものは金になりませんもの。だって、一つの村で必要な電力なんてしれていますし、町や市でも、地域によっては「地熱」の方がよかったり、「潮力」の方がよかったり、「風力」の方がよかったり、あるいはゴミ焼却の熱でやった方がよかったりするわけですから、そんなのは地域で考えた方がいいに決まっています。それでどうにもならない大きめの工場だって、最近は自家発電で自分の事は自分でできるところが増えてきていますし。

 民家だって、国単位というのが大きすぎるのなら、県単位、市単位で、補助金を出せば、太陽熱のシステムを導入できるし、それで、何%かはできそうな気がするのですけれどもね。もっとも素人考えと言われればそうなのでしょうけれども。


 ただ、政治家よりも研究者の方がずっと「人々の暮らしを便利にするためにはどうすればいいか」を考えているのでしょうね。人の役に立つ研究をするために、この道に入ったという、成功するかどうか判らぬような研究一筋の人たちが少なくないのですもの。

 そういう、50年後、100年後を見据えた絵を描くというのは、政治家にとっても、とても大切であるような気がします。それと、せいぜい5年後の姿ですね。100年後は楽になるからと言われるだけであったら、人というのは苦しい「今」に耐えられないのです。それが3年後は今よりも少し楽になっているかもしれないという希望を与えることができれば、耐えられる。人には「二種の飴」がいるのです。

 政治家なんて、それだけでいいと言うと語弊があるかもしれませんが、明確な展望を持ち、人の心を明るくできなければ、政治家業なんて廃業してしまえというのが、多分、今の人々の気持ちでしょうね。

 行政でもできるようなことを、政治家と言われる人たちがやっているところが、ちょっと辛い。こういうことは、慣れれば誰でも(大半の人は)できるわけで、そうではないところで頑張ってほしいのですけれども。「もう3年やったから、やり方はわかった。だから、また立候補する」というのであれば、役人並みの給料でいいはずです。

 日本は、高学歴の人が増えていますし、情報も多すぎるほど手に入る。だからその気になれば、かなりのことを市井のおっさん、おばはんでも知ることができる。それ故に、研究者とか知識人とかは尊ばれる。もちろん、皆、私心が入っていれば嫌われますけれども。

 あまりに暑いので、厚ぼったいことを考えてしまいました。また暑くなってしまいそうです。日常に戻りましょう。

日々是好日
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「日光バス旅行」

2015-08-05 11:13:18 | 日本語学校
 晴れ。

 五日続きの猛暑日だそうで、ため息が出てしまいます。こういう言葉は聞きたくない(なのに、使っていますが)…漢字を見るだけで汗が噴き出してしまいます。

 昨日、みんなで、「日光」へ行ってきました。

 予定では、「日光東照宮」を見学し、「中禅寺湖」で、食事をし、「華厳の滝」を見て、それから帰ることになっていたのですが、ちょうど「中禅寺湖」へ向かうためのパーキングに着いた時のことです。ゴロゴロと雷様の音がしています。どうしようかと迷いながらも、皆がバスを降りて集合したとき、雨がザァーッと降って来ました。目に白い線がはっきり見えるほどの大きさの雨粒です。

 みんな、大慌てでバスに戻ったのですが、頭からびしょ濡れになってしまいました。何人かは、慌てて、他のバスに飛び込んだらしく、遅れて、「ああ、恥ずかしかった」と言いながら、戻ってきました。結局、いつまでも止まない雨を恨めしげに見やりながら、バスの中で食事ということになってしまいました。

 スリランカとベトナムの学生達は、食べ物が日本のものと違っているせいか、なかなか日本のレストランで食べるということができません。いつも、誰かが何人分かを作ってきて、皆で分け合って食べていたようなのですが、今回は二台の車に分かれていたので、食べ物がない学生も出てきたようです。

 食べるときはバスを移ってもいいと言ったのですが、雨が降っているので、そうはいきません。友達同士分け合って食べていたようですが、足りない学生も出てきたのでしょう、二号車の方へ行ってくると言って、出ていった学生もいました。。

 そのうちに、二号車の方から、「雨が降っていても、滝を見に行きたい人はいるか?」と訊きに来ました。すると、「行きたい」という学生が、半数以上、手を挙げました。但し、傘は40人学生に対して、わずか10本ほどです。

 一本の傘に、二人か三人で入るようにと送り出したのですが…、最後に、一号車で、二人ほどが置いていかれました。一緒の傘に入れなかったのです(事情は二号車でも同じだったようです)。

 (日本人であったら、一度、滝の入り口に着いてから、他の人の傘を借りて、連れに戻ってくれるのですが、多分、そういうのを期待していたのでしょう)二人は、少しばかり、バスの乗降口で待っていました…が…誰も来ない。

 そのうち、あきらめて、席に戻ってしまいました。

 それから20分ほどして、雨が小降りになったので、二号車の教員が、行きたい人を連れて行くとやってきました。車内に残っていた二人は「行く、行く」と、喜んでついて行きました。

 で、二号車の方はと見ていると、聞いていたのは、二号車と同じ二人…のはずだったのに、ぞろぞろと10人ほども出てきました。あれれ、行きたくないと言っていたのでは…。

 30分ほどもして、戻ってきた学生の顔を見ると、一様に、ニコニコ顔。雨が降っても行ってよかったですね。夏はやはり、「滝」です。

 ただ、「中禅寺湖」の方は、行けませんでした。

 ちょっと、残念でしたけれども、大雨に祟られて行った「ディズニーランド」の時同様、きっと記憶に残ることでしょう。

 お疲れ様でした。

 ところで、新学期は「8月31日」からですよ。

日々是好日
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