日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「近くて遠い、イスラム圏の人々」。

2013-10-31 14:09:48 | 日本語の授業
 晴れ。快晴です。秋はこうでなくっちゃ。
天気予報図にも、遠慮がちに「洗濯日和」マークがついていましたから、少し乾燥しているのでしょう。でも見ているうちに、風邪引きさんの喉が、痛くなりそうです、あのマークは、「乾きますよ」と言っているようなものですから。

 さて、学校です。

 中国に留学していた時に、中近東のイスラム教徒の留学生達と同じクラスになったり、あるいは友人の友人、友人の友人の友人という関係で、一緒にバレーボールをしたり、話をしたり、食事をしたりしたことがありました。その時にも、自分が日本で描いていた「イスラム教徒像」というものが、かなり偏ったものであったと感じさせられたものでしたが。

 ここ、日本でも、この日本語学校に、留学生というわけではなくても、インド圏や東アジア圏のイスラム教徒の人達が、日本語を習いに来る時があります。そうした人達と接することによって、また考え方をあらたにしたこともありました。

 結局は、同じなんだと。

 これは、「人間だから、皆、同じ」というのではなく、「どの宗教も同じなんだ」と(こう言うと、宗教家からどやされるかもしれませんが)。

 宗教というのは、人がそれを必要としているから存在しているのでしょう。宗教というのは、心、弱った人に、(心を強くするための)何らかの力、何らかの作用を及ぼせるが故に、尊いのでしょう。

 困難に直面した時に、最後に頼りにするのが、宗教、いわゆる神なのでしょう。最後に自分に帰れる人は、本当に強いのです。普通の人にとっては、「だれか」、乃至、「ある存在」が必要なのです。それ故に、同じ宗教の「教徒」であっても、それほど、今、必要としていなければ、宗教や神は、日本人のそれと同じようと、「民俗」の中に存在しているにすぎないのだと。

 もちろん、おかしな言い方ですが、「異なった国」、「異なった民族」、「異なった宗教」の人と接する時には、「違う」を前提にしていなければ、大きな摩擦が生じてしまいます。ですから、最初は「皆、違う」と思っていた方がいいのです。実際、違うのですから。

 ただ、どうも、日本人にとっては、イスラム教徒いうのは、特に遠い存在で、しかも、中学や高校で習った時には、「左手にコーラン、右手に剣」で、闘いながらイスラム教を広めた式の理解の仕方しかありませんでしたし。いわゆる戦闘集団といった感じです。

 もちろん、長じるにつれ、おかしいな。矛盾しているのではないかと感じることも多々ありました。中世ヨーロッパは暗黒時代と呼ばれ、ユダヤ人などを排斥するだけではなく、同じキリスト教徒同士で、魔女狩りや戦争などに明け暮れていたのに、戦闘集団と言われたイスラム教徒の国では、(彼らにとっては異教である)ギリシアの哲学を発掘し、学び、発展させ、優れた文明を築き上げていたのですから。

 ただ、時代は変わり、現代では、貧しい国や内戦が頻発している国に、イスラム教徒が多いと言われています。それ故に、原理主義的な部分が、ニュースとして報道され、日本人にとっては、「おっかない宗教」と認識されているのかもしれません。

 けれども、私が知り合ったイスラム教徒の人達は、2、3の例外を除いて、非常に穏やかな人達でした。

 とはいえ、宗教や民俗というのは、非常に敏感な部分で、人の心を扼しています。どれほど、親しくなっていようとも、自分のやり方で彼らと付き合おうとすれば、その関係にヒビが入るだけでなく、問題が生じることになるかもしれません。今、学生達は、私たちを、教師として大切に扱ってくれているのですが、時には、薄氷を踏むような思いがすることもあるのです。

日々是好日
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「異郷で、頑張れる人。反対に、ズリズリとずり落ちそうになる人。留学にも、向き不向きがある…」。

2013-10-30 08:04:52 | 日本語の授業
 曇り。陽が射してきましたから、今日はきっと晴れるでしょう。書いている間にも、青空が広がってきました。きれいな「青」です。北京の友人に送ってやりたいような「青」です。

 地面がしっとりと濡れ、空気も清々しい…いい朝です。それなのに、咳は出る、鼻水はズルズル、微熱もある、痰も絡む…出物腫れ物ではありませんが、皆にがまんをしてもらっているような次第。

 「Bクラス」の学生達も、交代でもするかのように休むので、「先生、シフトです」というのが、ここ、2週間ほどの、決まり文句になってしまいました。「ふんふん。今日は○○の番なのね」というふうに。

 ところが、昨日。それも、まずいかとでも思ったのでしょう。一昨日来ていた学生が、昨日休んだ時、「先生、シフトじゃない」と、ヤケに真面目な顔をして言う学生がいたのです。「大丈夫、そんなこと、思っていないから…」と言ったのですが…ちょっと、安心したかな。

 「Bクラス(二年生)」と「Dクラス(一年生)」の、スリランカの学生達を見て思うのですが、異郷での暮らしが、心身を鍛え、強くなれる学生がいる一方、それに潰されて、安易なほう、安易な方へと流れていき、果ては、同国人に騙されて、素寒貧になることもあるのだと(外国で安易な方へ流されるというのは、決して良い意味ではありません。世の中に「楽して得できる」ような、うまい話なんて、あるわけがないのですから)。

 といって、この「二年生」達が、皆、同じ時期に来て、ずっと助け合ってきたのかというと、そういうわけでもないのです。

 去年の一月に、一人。四月に二人。六月に一人。そして今年の四月に一人(他校からの転入生です)というふうに、バラバラに入ってきたのです。ところが、これが、皆、仲が良い。それに、学校を休まない。休む時は、病気か、あるいは、余程よんどころない事情のあるときです。しかも後で、理由を言ってくれるので、すぐにわかります。

 その上、彼らの共通点は、頼んだら、すぐに働いてくれることです。よく動いてくれるのです(これは、いすや机の移動といったものだけではなく、新入生のアルバイトの紹介とか、通帳作りとかも入ります)。手伝ってというと、直ぐにしてくれます。

 以前のスリランカの学生のように、「えっ。私がするのですか」と言って、腕組みをしたまま黙っているというようなことはないのです。彼らは、多分、日本へ来て、アルバイトを通して身体を鍛えていったのでしょう(国では働いたことがない人たちですから)。だから、働けるように身体を作っているのです。

 ところが、今年はちょっと(彼らに比べると)脆弱かなという感じの学生が多いのです(身体は今年の学生達の方がずっと大きいのですが)。勉強ができると、鳴り物入りで入ってきた学生もいます。けれども、弱い。この種の弱さは、日本では、特に男の子の場合、ちょっと馬鹿にされるタイプのものであるような気がするのですが、面白いことに、彼はそう思っていないようで、その弱さ、軟弱さを、まるで錦の御旗でもあるかのように、振り回しています。

 男のくせに、「疲れた、疲れたからできない」とかを、偉そうに触れ回ったりするのは、「彼らの国では当たり前のことなのかな。軟弱な奴だと馬鹿にされないのかしらん」と、却ってこちらの方が心配になってしまいます。もちろん、疲れているのは事実でしょう。だって、これまで働いたことなんてないのですから。ただ、それは、日本語学校の留学生だったら、皆、同じこと。その中で頑張れる人は頑張るし、そうではない人は、まあ、適当なところへ行くのでしょう。

 よく「(親は)こんな、いつも言い訳ばかりしているような男子を外に出したなあ」と思います。お蚕ぐるみで家の中に囲っておいたほうが良さそうなものなのに。

 今の「Bクラス」にも、一人、日本へ来た時には、本当に細っこい男子学生がいました。先に留学したお姉さんの尻に敷かれているような、最初はそんな感じだったのですが、ある日、急に気がついて、「ちょっと、大きくなったんじゃない」と言うと、照れくさそうに「へへへへへ…」。来日後、既に半年ほどは経っていましたか、「これは自分で探したアルバイト」とか、急に「自分で」を強調し始めた頃でした。

 少しずつお姉さんから独立して、自分の意見を言うようになり…多分、働いて、自分で稼げるようになったことで、自分の力に自信がついてきたのでしょう、他の学生たちのように。

 この学生達のようにできるなら、乳母日傘の男子でも、外国へやって、苦労させるというのもいいことなのでしょうけれども。

 何でも、向き不向きがあるのです。同じようなチャンスがあり、同じように学んだり、働いたりしていても、何が原因なのかはわからないのですが、いつの間にか、道を異にするということも、間々あること。

 スリランカなら、多分、遊んでいても、親のそばにいれば、適当に生きていけるでしょう。苦労が似つかわしくないというか、不向きな人を、日本のような国にやるのは、ちょっと考えた方が良いのかもしれません。

日々是好日
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「急に寒くなった」。「母国での『尾っぽ』」。

2013-10-29 08:25:28 | 日本語の授業
 曇り。時折、まだ陽が射してくるような。とはいえ、空をぐるりと見渡すと、空の端には、どうも雨雲としか思われないような雲がかかっているようです。しかも、昨日と同じようにかなり寒い。

 今日は、関東地方は「時々、雨」との予想のようですから、きっとそうなるのでしょう。昨日はカラリと晴れて、青い空がどこまでも広がっていたのに、今日は、雨が降らずとも、薄曇りの一日になりそうです。秋はやはり青空が恋しい。

 今朝、自転車に乗ろうと、ふと隣のマンションを見ると、つい先頃まで、姿を見せていた「フヨウ(芙蓉)」の花が、すっかり消え失せ、それどころか、葉まで生気を失って項垂れているではありませんか。近くの薬屋のフェンスには、きれいな青の「アサガオ(朝顔)」が先週まで咲いていたのに、今は見る影もなく縮こまって、まるで乾き切った海藻のようにフェンスにへばり付いていますし…。

 台風が過ぎ去った後、慌てて秋を運んできたのでしょうか。それにしても、急に変わってしまった風景に途惑っています。

 さて、学校です。

 学校の伝統というのも、伝えてくれる人がいればこそ。一度途切れてしまうと、なかなか新たにそれを創り出すというのは、難しい。

 この学校では、午前「3クラス」、午後「2クラス」があるのですが、午後と午前と分けることで良いこともあれば、ちょっと困るなと思われることもあるのです。

 同国人が二つに分かれた場合です。今、「二年生」が午後、「一年生」が午前となっているのですが、これがうまく噛み合っていないと、ちょっと面倒になってしまうのです。同じ午前の部であれば、「新しい同国人が来た」と、彼らは直ぐに様子を見に行きます。それで話が始まり、関係がついていくのですが、今は、午前の学生達が帰ってから、午後の学生達が来るようになっていますから、彼ら同士、話をする機会もなかなか持てないでいるのです。

 「二年生」は、もう1年以上を、この学校にいて、私たちと共にいるわけですから、私たちのやり方も、気持ちも、ある程度わかっています。ですから、「言われた通りにする」ことができるのですが、それが「一年生」にはなかなかできない。「国の尾っぽ」が長すぎるのです。しかも人によっては、異国にいると言うことで、自己防衛が始まり、この要らざる「尾っぽ」がますます堅牢になってしまうこともあるのです。

 「それは無意味だ」ということを伝えようにも、接点(関係)がない場合、だれも好きこのんで、こんな罪作りな「火中の栗」を拾おうとしはしないでしょう。

 それで、時には一年生(だいたい、来てから1か月から3か月くらいでしょうか)が、母国で自分がやっていたのと同じことを、暇つぶしにしようとしたり、母国で皆にチヤホヤされていたのと、同じことを私たちに要求したりするのです(これは、「暗に」ですが、感じ取れるものです。直ぐにふざけるなという気持ちにさせられるのですが)。

 「二年生」と、関係がある者は、まず、こういうことはしません。それが空しいということがわかるのでしょうし、直ぐに彼らがアルバイトを紹介してやりますから、忙しくてそれどころではなくなるのでしょう。いろいろな所で、下手に(自分を)買いかぶっている自分を叩きのめされたりしてしまうからです。

 例えば、スリランカ人。スリランカ人は、ヒアリングがいいものですから、直ぐに話せるようになります。これは、「初級Ⅰ」の最初の方であろうと、変わりません。簡単な初級レベルの単語を組み合わせて、ある程度の意思の疎通が直ぐに図れるようになるのです。

 そうすると、初めて彼らと出会った日本人は、皆、驚きます。「すごいねえ」と褒めそやします。それを聞いて、その人は、直ぐに「日本人は、みんな、私が上手だと言った」と吹聴し始めるのです。そう思い込んでしまった彼も可哀想ですけれども、聞かされるこちらも大変です。「スリランカ人は、皆、そうだよ」と、いくら言ってやっても、舞い上がっている彼には聞こえません。あたかも自分だけがすごいのだと思い込んでしまうのです。もちろん、これは、人、皆、同じで、聞きたいことだけしか聞こえないものですし、嫌なことは耳を素通りしてしまう…それが常でしょう。

 小さい国の中、あるいは小さい村の中で、家族や親類縁者、あるいは、村の人達から、子どもの時、「神童」とか「天才」とか言われていても、広い世界に出てみれば、なに、ただの人にすぎないのです。

 「十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人」は、どこの国、どこの民族でも見られる、ごくごく普通のことなのです。もちろん、当事者にとってみれば、「悲劇」なのですが、こういうことを(当人が)早く気づかなければ、哀れな「喜劇」になってしまいます。

 ただ、スリランカ人にはこの傾向がかなり強いような気がします。面白いですね。もしかしたら、インド圏は皆、そういう傾向があるのかもしれませんが。日本人は自分を卑下しすぎるとよく聞かされるところなのですけれども(ホントかな)。

 以前、随分以前のことですが、あるスリランカ人の学生が、「スリランカの高校の数学のレベルはとても高い。世界一だ」と言っていたことがありました。(私は)聞いたことがなかったので、ちょっと驚いたのですが、彼は、それを固く信じ、日本の数学のレベルは高くないと、多分、暗に言っていたのでしょうね。

 彼の高校というのが、いったい何をさしているのかが、私にはよくわからなかったのですが、日本には、普通高校もあれば、商業高校、工業高校(高専もあります)もあります。普通高校では、理系の大学に進む人もいれば、文系の大学に進む人も、芸術系に進む人も、皆ごちゃごちゃにいます。

 しかし、彼らの国では、中学を出ると、既に選抜され、工業系の高校とか、商業系の高校とかに分かれるようで、その工業系の高校の、数学の成績を以て、他の国の普通高校と比べて、勝っていると誇っていたのかもしれませんが、それは、客観的な意味も価値もないことです。だいたい、比べて良いのかどうかさえわかりません。

 しかしながら、これがいつの間にか一人歩きし、自分達はすごいとなってしまうのでしょう。もとより、こんなことは彼らだけではありません。日本でも、他の国でもよく見られることです。

 もちろん、各民族が長年の風土の影響を受け、培われてきた習慣などによる、得手不得手はあるでしょう。例えば、馬術に優れている民族とかは、あり得ることだと、皆、直ぐに得心がいきます。これは誇っても良いことだし、皆がその分野で彼らを尊敬しているのも事実でしょうから。

 外国に留学したからには、一度は、母国での「自分」を捨てるべきだと思います。「自分は、皆に『これこれだ』と言われて褒められていた」とか、「自分は皆に『これこれだ』と言われて貶められていた」とか、こう言ったことをすべて、ガラガラポンにして、やり直すべきなのです。

 多分、本当に優れたところがあるならば、他の国の人もそれを認めてくれるでしょうし、母国で人に貶められていても、(全く先入観のない人たちなら)その人の勝っているところを見つけてくれるでしょう。

 人というのは、短所だけで成り立っているわけでもないし、長所だけでもない。頭が鋭すぎるのがマイナスに働くこともあれば、プラスに働くこともある。「鈍」と言われていることが、あながち悪いとは言えないように。

 ただ、母国での「尾っぽ」を、いつまでも、ひけらかしている人だけは、どこの国の人達からも嫌われることでしょう。

日々是好日
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「アルバイトが捜せないのは、『(自分の)日本語力の問題ではない』と言い張っていた学生」。

2013-10-28 08:01:59 | 日本語の授業
 忙しかった「先週」が、終わりました。おまけに風邪まで引きこんで。学校の職員の間で、風邪のリレーが続いています。バトンを手渡したから、もう安全になったかというと、そうでもない。

 「台風が続いて、気圧が下がったのが原因だ」とか、「寒くなったかと思ったら、急にグッと暖かくなり、それが忙しないので、体調管理ができないからだ」とか、まあ、風邪引きさん達は、様々なことを言っていますが、結局、風邪を引いたという事実だけしか残らないようです。

 というわけで(と言うわけででもありませんが)、今朝は「肌寒い」ではなく、「寒い」候となりました。空は、晴れ渡っています。快晴です。

 「ススキ(薄)」の、伸びた穂と「猫じゃらし」の耄けた姿を見る度に、「猫じゃらし」が茫々としてくると、多分「ススキの時代」が始まるのだろうと、そういう気がしてきます。どちらも、いわゆる「野におけ」といわれる部類の「野草」に属しますから、いつもすぐそばに生えているのです。

 これは、適当な「管理」では、だめのようです。近くのスーパーのお向かいにある、どこかの会社の庭でも、定期的に草刈りは行われているようですが、やはり「時期」になりますと、「猫じゃらし」が生え、「ススキ」が伸びなどしてきます。

 もっとも、「猫じゃらし」も「ススキ」も、風情ある日本の「風景」には欠かすことのできない植物で、子どもの頃から身近な存在でした。そしてそれは、今の子ども達にとってもそうだと思います。親の世代、祖父母の世代が親しんだものは、いくらそれが影を薄くしているとしても、子ども達の脳裏にしっかりと「ある」と思います。

 それが伝統というものであったり、あるいは、単に「懐かしさ」を感じさせるだけのものであったりするのでしょうけれども。

 ただ、これは年が長けてきたときに、急に浮かんでくるようで、一日があっという間に過ぎていくような、そういう頃には、浮かんでなど、きはしないでしょう。思えば、昔は時間があったのでしょうね、貴族階級というのには。だから、月を詠み、俗事にかまけたりせずに(かまけたいけれども、それが許されない)、心を宙に置くことができたのでしょう。

 もっとも、人臭くなると、それも終わりになり、地上に降りてきてしまうようですが。

 さて、学校です。

 今年になってから、いくら「あなたの日本語のレベルが低いから、アルバイトがないのだ」と説明しても、全く聞く耳を持たなかった学生がいたのですが(アルバイトがないのは、「学校が紹介しないからだ」とか、「自分よりもレベルの低いTさんにはアルバイトがあるのに、自分にはないのだから、日本語の能力の問題ではない」などと言って)、こんな学生は本当に珍しいのです。

 素直に学校で勉強をし始めるか、「はい、そうです。けれども、アルバイトがないから勉強する気になりません」と堂々巡りを始めてしまうかするのが、普通なのです。

 「自分の問題ではない」と思えるから、他者に責任を押し付けることができるのでしょう。そして、大きな顔をして、「(だから)お前がどうにかしろ」と言うことができるのでしょう。今は、苦笑いしながらも、「ああ、また、やっている(性根は変わりませんから)」と、遠くから見ることもできるのですが。

 あの頃は、毎日がこれですから。うるさいのなんのって。自分に責任があるなんぞは、端っから考えようとしないタイプなのですから、ある意味では幸せなのでしょうけれども、傍にいるものは、かなり迷惑を被ります。

 しかし、面白いですね。彼女を見ていると、本当に面白くなります。まるで「喜劇」を見ているようです。「自分は日本語ができる、よくわかっている」と言っているくせに、授業中、一言一言、だれかに聞くのです。聞かれた相手こそ、いい迷惑。彼女に付き合って、答えている間に、勉強が進み、今度はその人が他の人に「今、どこ」と聞かなければならないのですから。見かねて、こちらが「どこが判らないのか」と聞くと、判で押しでもしたかのように、「全部、わかっている」と答えるのです。わかっていないから聞いたのでしょうに。

 実は、こういうタイプには、これまでお目にかかったことがなかったものですから、あの国の一つの典型なのかななどとも思ってしまうのですが。これからベトナム人学生が、同じようなペースで来日するようですと、もしかしたら、同じような学生が来るかもしれません。何と言いましても、同じ国から来ている学生達は彼女と、普通に接しているのですから。日本人だったら、普通は煙たがられて、避けられてしまうと思うのですけれども。

 とはいえ、良いですね。私たちには、彼らが、彼女を、本当にはどう思っているかなんてわかりません。どちらにしても、ほどよく、罪作りをせぬほどに付き合っているのは確かなのです。外国にいて、孤立するほど寂しく切ないことはありません。特に同国人がいる場合は、それなりに「輪」の中に入れてもらえれば、「和み」もするでしょう。

 以前には、完全に同国人の間で浮いてしまった学生がいました。もしかしたら、ベトナム人女性というのは「くせが強い」のかもしれません、他の国の人達に比べて。

日々是好日

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「進学をどうするか。できれば、大学に行ってほしいのだけれども」。

2013-10-25 14:27:30 | 日本語の授業
 曇り。

 まだまだ台風が来ません。関東地方は「今日の昼過ぎから、明日にかけて大雨」の予想が出ていました。けれども、台風による災害が…と言われ始めて、もう数日経っているような気がします。

 突然、ひどい目に遭うのも嫌ですが、こうやって、「来る。来る」と言いながら、なかなか来ないのを待つ身というのも、なにやら、辛い。いいものなら、それなりに待つ「甲斐」もあるのでしょうが。

 今朝、学校に来る時に(雨になるかもしれないということで、自転車ではなく、歩いて来ました)、「ケイトウ(鶏頭)」が、花をつけていました。空気がしっとりとして、まるで梅雨時のようです。ただし、嵐の前の静かさなのかもしれませんが。

 さて、学校です。

 昨日、卒業を控えた二年生の二クラスに進路指導をしました。もちろん、これまでにも、各クラスで随時行っていたのですが、「江戸川大学見学」が終わって、改めて、3人でしようということで、やったのです。

 「午前のクラス」は、ベトナム人学生が大半を占めています。もう一つは、「午後のクラス」で、スリランカ、ミャンマー、中国、インド、バングラデシュといった、どちらかといえば、インド圏の学生達が主となっています。

 実は当初、スリランカの学生達が江戸川大学へ行きたいと行ったので、連れて行くことにしたのですが、昨日の説明の後、「午後のクラス」の方では、大学進学を目指したいという学生の数がグッと減り、スリランカの何人かはやはり専門学校の方へ行きたいというのです。もちろん、来日直後から、「大学へ行きたい」と言っていたスリランカの学生は、志望を変えていませんでしたが、他の学生は、そうでもなかったのです。

 一方、朝の「ベトナムクラス」、このクラスでは事情が全く違っていました。

 スリランカ人学生に日本の大学を見せたいと言うことで、考えていた江戸川大学。けれども、どうせ連れて行くなら、「ベトナム人クラス」でも、真面目に勉強し、大学を志望していた学生は連れて行こうということになったのです。それが、蓋を開けてみると、状況は全く違っていました。

 最初は、大学進学という看板を一度も下ろさなかった二人だけを予定していました。けれども、私が授業をしている時に、一人の学生がジッと私を見ていて、その眼が何かを訴えているように感じられたのです。それで、「行くか」と聞いてみると、やはり「行きたい」と言うのです。

 この学生は、去年の10月に来ました。ですから、他のベトナム人学生に比べ、半年ほど遅れています。それで、ちょっと無理かなと思って外していたのですが。ただ、彼も勉強をよくしていました。それから、行く前日、急に二人のベトナム人学生が、自分達も行きたいのだと担任の所へ言ってきたので、急遽、江戸川大学の方へ連絡し、許可を取ってから、この二人も連れて行ったのです。

 それなのに、午後の「スリランカ人クラス(正確に言うと他の国から来ている学生も含まれているのですが、江戸川を希望していた者が、最初はスリランカからの学生だけでしたので)では、(今のところ)江戸川大学を希望している者が、スリランカ二人、ミャンマー一人だけ。一方、午前の「ベトナム人クラス(この中には今年、来た学生も含まれています)では、三人プラス、連れて行かなかったもう1人の女子学生まで、「行きたい」と言い出したのです。

 考えては何なのですが、ここに、「新興国の勢い」みたいなものを感じてしまうのです。ヒアリングや会話力といった分野では、スリランカ人の方がずっと上で、ヒアリング力に劣り、それ故に、なかなか会話が上達しないベトナム人を、総合的な日本語能力では遙かに凌駕しています(しかし、ベトナム人学生の方が、地道な勉強のやり方をするのです、もっとも、これは「この学校においては」と、「最近は」という枕がつきます)。

 ところが、どう言ったらいいのでしょうね。スリランカ人の方は、それほど「頑張ってまでして、大学に入りたくない」というか、「入っても頑張らなければならないなら、入らなくてもいい」というか、そういう、どこか「適当さ」が感じられるのです。それに比して、ベトナム人の方は「大学に行きたい」という気持ちの方が、先に感じられるのです。

 これまで、アルバイトにかまけていた学生まで、来日時の「初心」を思い出し、「初志貫徹」みたいな気分になっているのです。

 進学を前にして、なんだか、そうなんだ、わかっているようでいて、やっぱりわかっていなかったんだなと、改めて感じ、そういう目で、改めて学生達を見ています。

 とはいえ、台風が来る、かなり強い台風が来ると、言われていた今日。かなりやすんでいます、どのクラスも(だいたい、今、薄日まで射しています。台風は、どこへ行ったんだ)。いったい、どう言うことなんでしょうね。彼らの気持ちは。またまた、わからなくなってきています。

日々是好日
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「観光と生活するのとは違う」。「(台風で)休校を期待する二年生達」。

2013-10-24 15:13:29 | 日本語の授業
曇り。今朝はもう、雨になっていると思っていました。けれども、「まだ」曇り。昨日よりも肌寒く感じられます。

あれほど華やかに咲き誇っていたの花がすべて散り、うそ寒げな姿で立ちつくしている「キョウチクトウ(夾竹桃)」の樹。空き地には「ススキ(薄)」の穂が出始め、市井の「キク(菊)」の小花が咲き始めています。

いよいよ秋本番。ところで、秋本番というと、今なら、いったい何月くらいになるのでしょうか。やはり「モミジ」のころでしょうね。とすると、まだもう少し先ということになります。

それどころか、今年は、「秋台風」の年になりそうです。これはあまりうれしいことではないのですが、地球がそれを望んでいるのなら、それに従わざるをえないのかもしれません。所詮、地球という惑星の中でしか生きていられないのですから。けれども、それでも、人は、その中で知恵を尽くし、助け合い、どうにかして幸せになりたいと思っている生き物のようです。

 己一人の幸せや家族、一族の幸せの追求だけではなく、多分、自分のそばにいる人達、皆の幸せを願うことができるのも、もしかしたら、人だけなのかもしれません。

 子どもの頃、小学校で、「最初は、自分、次に家族、その次に友達、そして近所の人、それから偶然そばにいた人へと話を拡げ、結局は、目に見えた人のうち、だれか一人でも苦しんでいたら、(いくらその時、自分が幸せであっても)本当には、幸せになれないのだということを勉強したことがありました。

 「心が揺れてしまう」のです。見ると嫌だから向こうを向いて、見ないことにしようとしても、結局は、心がそういう人達から離れられないのです。そして、それが「人」というものなのだと。だから、人は、遠くにいてはだめなのです。近くにいなければならないのです。

 遠くにいる(見えない)と、その人達がどんなに苦しんでいても、その苦しみが、わかりません。想像力の貧困と言ってしまうのは簡単なのかもしれませんが、しかし、それは、逃げの言葉なのです。

 そうしても、終わりにならないのです。心の片隅に、澱のように沈んで、残ってしまうのです、知らん顔をしてしまったという悔いが。

 留学生を見ていても、時には本当に可哀想だなと思うことがあります。
国では、過不足なく幸せな生活をしていた彼ら。けれども、日本へ来て、勉強とアルバイトと両立させることは、なかなか難しいことです。たいていはアルバイトに重きをおかざるを得ないということにもなってしまいます。時には、心が途中で折れてしまうこともあるでしょう。それでも、異国での経験は得難いものだと思います。その経験がなかった人たちに比べれば、遙かに視野が広がったことでしょうし。

 彼らが日本ではなく、他の国に行ったとしても、行くだけでは、どれほどのものも得られないでしょう。観光と生活とは違いますから。それに大枚を持って、異国で生活するのと、ぎりぎりの生活をするのとでも違いますし。

 旅行では、「行った、見た、買った、帰った、忘れた」で終わってしまうこともあるでしょうが、生活するとなると、それだけでは終われません。もちろん、プラスだけでなく、マイナスの意味もあるでしょう、でも、それでも良いと思うのです。ぎりぎりまで助けない。それが彼らの若い力の源となることだってあるのです(適当に割り切って、アルバイトに精を出している人は論外です)。

 さて、学校です、
 昨日、久しぶりに(2週間ぶりです。週一ですので)、「十月生クラス」へ行ってきました。一昨日から大連の人と、台湾の人が加わり、ちょっと雰囲気も変わった感じ。ベトナム人とスリランカ人とでは、勉強の仕方について、なかなかこちらの思うところが通じなかったりするのですが、東アジア人は、その点、楽です。

 ただこの二人、日本語については、全くの「白紙」での参加です。他の学生達に追いつくには、1週間か2週間ほどかかるかもしれません。でも、まあ、「漢字圏」の学生だから大丈夫でしょう。

 そして、この二人を迎えた「十月生」たち。早速英語がわかる台湾の学生のお世話に汗を流しています。もともと、親切ですからね、スリランカの学生は。それに教えてやることが大好きなのです。もっとも、これがミニテスト等の時、困るのですが。

 一方、ベトナム人学生達の隣に座った、大連の学生。ベトナム人学生は、スリランカの学生達のように、「耳が良い」わけではありませんから、世話のしようがない。しかも、彼の隣にいるスリランカの学生は、おじいさんのようにダラリとしている。ということで、(私が)このスリランカの男子学生に、「おじいさん」、「50才さん」と呼びかけますと、さすがに嫌らしく、困ったような顔をします。そして、言われまいと、大きく口を開け、はっきりとリピートし始めます。「うん、うん。やっと『40才さん』くらいになった」。…まだまだ、若くしようと、頑張っています。

 その様子を見ているうちに、子猫が大きな口を開けて、あくびをしている姿が浮かんできました。どこやら似ているのです、どこがどうというわけではないのですが。ニヤニヤしながら見ていると、他の学生達も気づいて、ニヤニヤしています。結局、彼以外の者、皆が、彼を見て、ニヤニヤし始めるという感じになってしまいました。

 とはいえ、彼は自分のどこがどうで皆がニヤニヤしているのかわかりません。不安だったのでしょう、またまた、前にも増して、口を大きく開けて大きな声でリピートをし続けます。そうすれば、私が彼を見て、ニヤニヤしなくなるとでも思っているかのように。

 別に、からかっていたわけではありませんが、「初級」、しかも、「初級Ⅰ」の授業で、皆と一緒にリピートしないということ自体、問題なのです。手段を講じて、絶対に教師の言うことを聞くような姿勢をとらせ、リピートすべきところは、リピートさせていかねばならないのです。

 まあ、そうは言うものの、新入生のクラスというのは、大変です。ある者は母国で「11課」までを学び、ある者は「25課」までを学んできた。ある者は、既習の単語や文法をきっちりと身に付けているが、ある者は、習ったとは形だけで、「ひらがな」や「カタカナ」まで、うろ覚えと来ている。共通しているのは、ヒアリングに難ありということで、3か月前に来た学生達のクラスに入れるには、「ちょっと」と言う学生達が大半なのです。

 で、いつも、「もうできる、わかっている」という人達と、「もっとゆっくりやって。カタカナが覚えられない」という人達が、同じクラスにいるということになってしまいます。

 中国人学生の場合は、難は「リアリング」だけ(後は母国と同じ。母国で国語の成績がよかった者は、同じようにできますし、国語が苦手だった者は、これまた、同じように読解文に手を焼いている)。だから、時間に任せておいていいのです。

 これが、スリランカやベトナムの学生となりますと、そうはいきません。スリランカの学生達の場合は、「漢字」が最大の難関になります。書いて勉強するという習慣がゼロに等しいと感じられる人が大半なので、これは難物ですね。どうしょうもない場合が多いのです。一方、ベトナムの学生は、ヒアリングと漢字の攻撃に晒され、撃沈する者数知れず、という状態が続きます。最近、やっと、そうでもないという学生の姿がチラホラ見られるようになりましたが、まだ、日本語学校にくるような学生の大半はそうなのでしょう。

 ところで、昨日、この「十月生クラス」を出ようとした時、一人の学生が、「再来週、台風が来ます」と私に言ったのです。彼はまだ「カタカナ」が覚えられていません。しかも、見たところ、どうも「『ひらがな』が覚えられた自分はすごい、すごい。『カタカナ』まで要求する方が間違っている」とでも思っているかのよう。

 で、その彼が「再来週」と言ったものですから、まず「よく覚えた」と驚いたのですが、「再来週のはずがないだろう」と、しばらく、次に何を言い出すのかと見てやります。ところが、いくら待っても、「再来週」を繰り返すばかり。これはどうも、「再来週」に絡め取られており、いつまで待っても埒が明かないだろうと思われましたので、「『再来週』ではなく『今週』でしょう」と言いますと、他の、普通の学生達が、パッと振り返ります。「今週」と「台風」に反応したのでしょう。

 「今週、台風が来るかもしれません。クラスの先生が『来ます』、『来ません』を言います。毎日、クラスの先生の話を聞いてください」と言っておきました。クラスの中には、言語分野においてですが、勘の良い学生が2、3人います。彼らが、「台風」、「先生」「毎日」「聞いてください」の言葉を捉えて、繰り返していましたので、きっと他の学生達にもそれは伝わったことでしょう。

 「十月生」達の、このかわいい反応に比べますと、「Bクラス」などの、二年生は「先生、金曜日は休みですか」と休校を期待した聞き方をしますからね、思わず「まだまだ、わからん」と言ってしまいました。

 彼ら、前回の台風の時、休めなかったので、「今度こそ」と思っているのでしょう。このクラスは午後で、休校は「午前のクラス」だけでしたから。

日々是好日

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「新入生の生活指導、通訳を頼んだ学生から見えたこと(ベトナムとスリランカ)」。

2013-10-23 08:10:05 | 日本語の授業
 曇り。今日も、お日様は、あまり期待できないようです。台風27号と、台風28号が相次いで発生しています。先週、26号が大島に大きな被害をもたらしたばかりというのに。

 海は、比較的変化が見られないと思い、海に守られているような、ノホホンとした気分でいた日本人は、今、相次いで強烈なしっぺ返しをされています。思えば、これも水俣の海から続いていたような。「近代とは科学である。科学の発達こそが近代である」とはよく聞くところですが、それを誇らしく語って良いのかどうか…。

 人間というのは、作ることまではできても、それが害をなすものであることがわかった時、あるいは不要になった時に、どうやって、そのモノを「なかったこと」にできるのかが、わからない。戦争を、いつ終わらせなければならないのか、その時期を考えることができずに始めてしまった人達(本来の、例えば戦国時代の、合戦の上手な武将たちとは違った人種のようにさえ感じられます。この人達まで、日本人であると言うだけで、「サムライ」というのは、強烈な皮肉にも感じられるのですが)と、今の人達は、結局は同じ穴の狢であるのかもしれません。

 魚なら、焼いて食べてしまえば、それで終わり。骨は油で煎ってせんべいにし、内蔵は肥料にしてしまえば余すところなく、魚の「生」をいただいたことになる。和紙なら書き物をして、それから襖の下張りにでもして、それからクシャクシャにして捨てても、少し経てば、大地に帰してしまう。

 海水温が上がったから、台風が日本に多くやってくるようになったのだと言います。海水温が上がったと言っても、それも1度程度のもの。それでも、こうも大きな被害を人や生き物に与えてしまうのかと愕然とした思いに駆られます。

 海水量は、地球上の水分の97%、地球の海の総面積は、地球の70%を占めるとか。それだけの量が、水温を1度上げると言うことは、大変なことなのです。そして、もう、上がってしまっている…。

 今日の天気予報図を見ると、土曜日頃に二つが重なり合って、関東の近くに来ているような、そんな具合なのですが、それでも、予報では、28号はそれると言う。本当かな。それると見せて、パッと進路を変えて来たたりして…どうも、最近は、何を見ても疑心暗鬼になってしまいます。

 土曜日は、学校は休みですが、学生達のほとんどは、土日に、しっかりとアルバイトをして頑張っています。店で働いている学生はお客さんが来なくて困るかな。工場で働いている学生は、電車が不通になって帰れなくなるかもしれないな…などと考えてしまいます。

 もっとも、そのすべてを日本で経験して、彼らは逞しくなっていくようですが。

 さて、学校です。

 一昨日、新入生(十月生)に、遅ればせながら、生活指導を致しました。学校の時間割を、改めて知らせ、それと同時に、パスポート、在留カード、通帳、携帯などを人に貸さないとか、交通事故に遭った場合のことなどを話しました。そして、ついでにと言っては何ですが、最後に、アルバイトや進学のことなどの話もしました。

 新入生はベトナムとスリランカからの7人ですので、午前の「上のクラス」から、それぞれ通訳に来てもらいました。こういう、通訳をしてもらったりしてみますと、学生達の(日本語の)進歩の度合い、また、それぞれの「人となり」などが、授業の時とはまた違った感じで、伺われて、なんとなく面白いのです。

 もちろん、通訳に来てもらうくらいですから、彼らは、午前のクラスの同国人の中では、まず真面目で日本語がうまいだけではなく、こちらの意(日本人の考え方)を汲み取ることに長けている学生と言えましょう。

 (私が)同じことを言っていても、時には、反対の意味に理解され、そう通訳されてしまうこともあります。ですから、通訳してくれる人が、この学校のやり方を理解し、そのやり方に従って、伸びてきた人であることが大切なのです。通訳者は、(言われた通りに通訳しているようであっても)、そこには、必ず、自分の意見が入ってしまうものです。ですから、私たちが大切だと言っているのに、なぜ大切かがわからず、通訳した内容に付け加えて、「でも、必要ないと思う」などとやられては元も子もなくなってしまいます。

 通訳してくれた学生のうち、ベトナムから来ている学生は、来日後1年半ほど、スリランカから来ている学生は、9ヶ月ほどです。特にベトナムから来ている学生は、授業中は、真面目でよく勉強するくらいにしか感じられていなかったのですが、こうやって手伝いをしてもらうと、彼のいい面がドンドン出てくるような気がしまう。チームリーダーになれるタイプだと思われるのです。

 まず、周りの状況が掴めること(ここでは、新入生達の資質なども関係してくるでしょう。よく二年生などにこういう通訳の仕事を頼んだ時、新入生を一見して「先生、こういう人たちにそんなことを言っても無駄だと思う」なんて、言われることもあります。もちろん、私たちは、新入生達に、日本の、その状況がわかるにせよ、わからないにせよ、言ってもらわないことには始まりませんから、無理にでも通訳者に通訳してもらうのですが)。

 そして、その中で、私たちの話を聞きながら、相手に理解してもらうための、一番いい方向を、あるいはその方法を自分で考えることができるということ。ちょっと欲張りすぎるかもしれませんが、いつでも、だいたい、一人か二人はこういうことができる学生がいるものなのです。同じ国から、まとまった数の学生達が入ってくる頃には。ベトナムでは、政府公認の短大や四年大を出た人と、普通の高卒者とでは、こうまで差があるのかという気がすることがあるのですが、彼の場合もそうなのかもしれません。不思議なことに日本ではこうまで差を感じることは稀なのです。これも、日本では、普通教育が、ある程度整備されているからかもしれません。

 今度も、通訳してもらっているうちに、次第に新入生たちが彼に、わからなかったことを聞き始めました。年も、彼らから上だから、彼にしても言いやすかったのでしょう、だんだん、上司が新採に説明するような感じになっていました。

 彼にしても、日本語がそれほど巧みでなかった頃には、こういう、もともと、持っていた良い面もあまり出せていませんでした。しかしながら、日本語が上達してくると共に、彼のうちにあった「本来の自分」が表れてきたのです。それがいい面だったのが、彼にとっても、そして私たちにとっても、幸いなことだったのですが。

 今年の梅雨の頃でしたか、学校に遅れないように、日曜日の夜勤が終わる時間を他の人より1時間早めにしていたのだということを聞きました。こういう目に見えない小さな努力、あるいは配慮が、少しずつ実を結んできたのだと思います。ただ、残念なことに、それがまだ、「日本語試験(留学生試験や日本語能力試験)の『点数』」という形で、目に見えるところまではいっていないのです。が、多分、大学に入れれば、きっと伸ばしていただけると思います。

 そして、来日後まだ1年に満たない、スリランカ人の彼女。やはり、ベトナム人の彼と比べれば、半年以上の差は大きい。しかし、それでも、懸命に通訳し、そして聞かれたことに応えているようでしたが、急に私の方を振り返って、
「先生、大学と専門学校はどちらが偉いですか」
と、聞くのです。

 大学と専門学校は成立自体からして違いがあり、求められているものが違う。日本人の場合、あまり迷わずに選択できるものなのですが、彼らは、どうもそれが理解できないようなのです(他の、上のクラスのスリランカ人に聞きますと、判ると言っていましたから、彼らだけの問題なのかもしれませんが)。いろいろ詳しく説明を求められて、どうも彼女の手に余ってしまったようなのです。もっとも、彼女は、大学進学を希望しています。

 以前は、スリランカで大学を出ていた人も来ていましたから、彼から話してもらったりしていたのですが、寮に住んでいない学生は、そういう学生達との接点がなかなかとれないと見えます(スリランカ人学生が多く住んでいる寮の近くに、その卒業生も友達と一緒に住んでいて、今もよく交流があるようです。時には、彼に「余計なことを教えるんじゃないよ」などと言うこともあるのですが、面倒見の良い、気の良い男性です)。

「(あなたも)わかりませんか」と聞き返しますと、
「わかります。私はわかっています。でも、先生。○○○さんのお姉さんは、大学を出てから専門学校へ行きました」

 ああ、あれか。困ったな。実は、「Bクラス」の学生のお姉さんが、大学で日本語を専攻した後、コンピューターの専門学校へ入っているのです。

 彼女は、かつて、大学で日本語を専攻するつもりだと聞いた時に、「あれっ」と思ったことがあったくらい、文系の学生ではありませんでした。大学を卒業後、コンピューターの知識が必要だと感じて、コンピューターの専門学校に入り、「面白い!こんなに面白かったのか」と目を開かれたそうですから、その時は「それは良かったね」で終わっていたのですが、それが、こういう形で出てこようとは。

 私が説明しても、もとより、来日後半年の彼女の日本語のレベルではそれが理解できるかどうかも危うい。しかも、優しい言葉でとなると、私にも自信がない。午後のクラスには、来日後、1年半のスリランカ人学生が何人かいますから、彼らに頼むことにしようと、その話を一応打ち切っておきました。とはいえ、そのことを彼女に聞いた新入生のうちには、まだカタカナも書けないし、勉強する気さえなさそうな、マッチョな人もいました(何のために親は出したのかな)。彼は大学云々のレベルではなかろうと思われるのですが。

日々是好日
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「江戸川大学へ、先生二人が、学生11人を連れて行ってきました。ありがとうございました」。

2013-10-21 08:49:37 | 日本語の授業
 朝、窓を開けた時、目に入ってきたのは、霧に沈んだ街でした。見えたのは、霧を載せ、色を薄めた屋根だけ。思わず見とれていると、遠くから汽笛の音がボウッと…。そうであった、ここは海に近い街であったと、なぜだか、懐かしくなってしまいました。

 うちを出た時も一直線に続く道の向こうが霧に霞んでいるのです。幻想的と言えば幻想的。心なしか、いつもより、行く人が少なく感じられました。

 さて、学校です。

 実は、先週の金曜日、教員二人が学生、11人を連れて、「江戸川大学」へ見学に行ってきました。ここへは先のオープンキャンバスの時に、スリランカの学生、三人が、お邪魔して、楽しい時を過ごさせていただいていたのですが。

 その(オープンキャンバスの)時の話。

 授業の時に、行った学生に、どうだったと聞くと、
「いろいろあった」、「いろいろ見た」、「面白かった」という返事。
「それで、何か、みんながしなければならなかったことがあったでしょう?」
「ありました。サインしました」。「何かアンケートを書くように言われました。」
「で、書きましたか」
「サインはしました」「(アンケートも)書きました。でも、他のイベントの所へ行っていて、戻ってきた時には、集めている人がいなかったので、出せませんでした」
「書いたのに、出せなかったのですか。では、次に行った時に出しましょうね」

 それから、一人の学生が、
「オープンキャンバスは、先生、面白いですね。また、行きたいです。他の大学がありますか」
「良いですよ。たくさん見た方が面白いかも。東京には、本当に、近いところにいろいろな大学がありますから(見聞を広める意味でも)、行って見た方が良いでしょう」

 けれども、彼は、「ロゴのついたボールペンとかファイルとか、そんなものがほしい」だけのようでしたが。

 どこでもいい、一つ(大学を)自分達で行ってみると、「知らないところ、しかも、大学の構内へ入る」という「怖じ気」が消えるのです。まず、それから始めなければなりません。そうでなければ、大学へ行った方がいいと思われる学生も、「皆が行くから」ということで、専門学校へ行ってしまうのです。

 それから、大学とはなんぞやということがよくわからない人たちに、とにかく目で感じてもらうことが大切なのです。「それほど敷居が高くはない大学もある。育ててもらえる大学もある」と言うことを、身を以て、感じてもらいたい…。

 そういうのが、最初の目的なのです。それには「江戸川大学」のような、漢字に難のある学生に対しても、きちんと応対してくれるような、そして、大学に入れば何が学べるか、何ができるようになるかをはっきりと言ってくれるような大学がいいのです。

 大学によっては、まず、「えっ。中国人じゃないの!それじゃ、漢字が判らないだろう。無理だよ」とばかりに、木で鼻を括ったような応対をする(有名大学であればあるほど、けんもほろろの応対をする)所があるのです。

 問題は漢字だけであり、彼らの人格でも、能力でもないのに、それを見てくれようとはしません(その時は、私たちも、「受ける必要はない。向こうは見る目がないのだ。そういう学生の能力を引き出すだけの能力がないからそうするのだろう」と考えるようにしています)。

 それで、金曜日のことですが、教師が一人、6時過ぎに戻ってきました。
「良かったよぉ。みんな喜んでいたし、先生達は、彼らが何もできないことを前提にして、丁寧に指導してくれた」「学生達は皆、うれしそうに、名刺を作り、中にはお母さんの名刺まで作った学生までいた」。「普段の表情(教室で、授業を聞きながら、ウトウトしている生気のない)とは全く違って、楽しそうに、活き活きと制作していたし…」。

 皆、大喜びだったで、連れて行っただけのことはあったと、教員のほうでもうれしそう。

 何よりも、できないことを前提に、「じゃあ、どう育てていくか」と考えてくれるところが助かる。

 実は、これは、私たちの学校のやり方でもあるのです。

 中国人が多かった時代は、楽でした。ドンドン教材を難しくしていけば、それだけで事足りたわけで、できないのは、「彼らの問題」で終われたのです。(東アジアと一括りにするのは問題があるのかもしれませんが、まず、「文字を書いて覚える、音読する、授業中は黙って教師の話を聞くなどが常識である」など。共通点は山ほどあります。これも漢字を用いて、それぞれが、文化を築いてきたからなのでしょう)。高学歴の者は、直ぐに「N1」レベルの文章を読みこなしますし、読解力がない者は尋ねてみると、皆と言っていいほど「中国でも苦手だった」と言うのです。

 ところが、非漢字圏の学生達はそうはいきません。

 それに、今、多く在籍している、ベトナムの学生と、スリランカの学生とでも、全く違うのです。教え方を変えてやらねばならないのです。一番、気の毒だと思われるのは、ベトナムの学生。発音の問題があり、聞き取りが怖ろしくできないと言う人が少なくないのです。もちろん、性格も関係しているのでしょうが(内向的であるとか、あまり話すのが好きではないとか)、それをさっぴいても、やはり、民族の問題であるように思われるのです。

 それに比べれば、スリランカの学生は、一般に、ヒアリングが良いので、こちらの話すことが直ぐにわかるようになります。後は単語を入れ、文法を教えていけば(それも文法や単語は、日本での生活の中でかなり入ってきますから)、それほど大変ではありません。彼らの問題は、「漢字を覚える際の根気」だけなのです。漢字で脱落する人が、脱落するならですが、まず(他の理由によるのではなく)100%近いのです。

 漢字さえ、頑張って覚えられれば、こちらの言う通り、書いて、書いて、覚えていけば、後は漢字の意味と生活で覚えた単語の意味が繋がれば、ストンと日本の文字が入っていきます。

 ただ、それができるかというと、どうも、彼らの国の文化には、こういう学び方がないようで、…できないのです。直ぐに飽きてしまうか、諦めてしまうのです。それも早いですね、中には20字ほども行かないうちに(つまり、「耳」とか、「足」の段階で)、匙を投げてしまう学生もいるのです。

 でも、ヒアリングが良いし、全く意味が判らなくとも、長いものでは、50字ほどの文を、オウムのように復唱できる学生までいるのです。繰り返して言いますが、全く意味は判っていません。ですから、単語を入れ替える(たとえば、「病院」を「図書館」と入れ替えたり、「田中さん」を、「イーさん」と入れ替えたり)ことはできません。けれども、オウムのように繰り返せるのです。言った後、直ぐは。

 日本人にとって、これは希有の才能と思われましたから、最初は驚き半分、後は期待しました。ドンドン難しいことを入れていくことができると。ところが、それで終わり。意味なんて何も考えておらず、ただ繰り返していただけだったのです。その時は、期待は泡と消えてしまいましたけれども。

 最初、スリランカからの学生も、ベトナムからの学生も、「テストというのが成立しない」という点では同じでした。見るのです、そして見せるのです。ベトナムの学生は、しかもテスト中、声を出して聞くのです、普通の声で聞くのです。最初は、こちらも、腹が立つと言うよりも、呆気にとられてしまいました。

 それから、「(彼らの国では)そうなんだ、彼らの国ではこういうことをやっていても、罪悪感がない(これは変ですね。この学校でやっているのは到達度を見るだけで、授業の復習に役立てる、あるいはクラスを落としてもう一度勉強させた方がいい人を見るくらいの意味しかないのに)、普通のことなんだと思うようにしました。人が多いので、ベトナムの常識が教室の常識になってしまうのです。

 そのうちに、ベトナム人も増えてくると、カンニングするのもさせるのも嫌だという学生も出てきました。それで、「そうなんだ。国全体が、こう(それが常識)というわけではなくて、そういうレベルのベトナム人しか、今まで入ってきていなかったのだ」ということがわかり、今は、新しく提携するベトナムの日本語学校には、「その眼がある」学校を選ぶようにしています。

 もちろん、二つの国の人とも、アルバイトをしなければ、進学も生活も覚束ないという階層の人が大半です。とはいえ、彼らの国では中流、または一目置かれている、あるいは知識のある階層出身なのです。もっとも、日本人だって、留学先で馬鹿なことをしてしまう人もいますし、金を溢れるほど持っていても、飲んで喰って、馬鹿騒ぎをして、果ては放逐されるなんて人もいますから、アルバイトに、そして学校にも頑張って来ている彼らを責めることなんて出来ないのです、私たちには。

 そして、その中でも、頑張って来た学生には、「もう一頑張りして、大学に行ってほしい。知識を獲得するだけではなく、視野も広げてほしい、これまでは知らなかった人達との繋がりを作ってほしい」と思うのです。

 今の彼らの日本語のレベルで行ける大学、そしてきちんと教育という理念から彼らを育ててくれそうな大学、私たちが安心して任せられる大学を、私たちも見ていたのです。これは卒業生が勧めてくれなければ、私たちには、判断のつかない部分もあるのですが。

日々是好日
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「『厚い(暖かい)布団は嫌、靴下も嫌、気持ちが悪い』と言う南国からの学生達」。

2013-10-18 08:19:51 | 日本語の授業
 晴れ。とはいえ、雲が多く、秋晴れとは言えません。しかもこの雲、どこやら雨を含んでいるように灰色っぽいのです。湿度が高いのかなとも思います。

 昨日の帰りも、空を見ると、お月様が朧月になっていましたもの。笠こそ被ってはいなかったものの、まるで春のおぼろ月夜です。…まあ、秋の朧でもいいっか。

 今日の気温は、「14度~20度」と出ていました。んんったく、寒くなりましたね。この分で行くと、秋は駆け足で過ぎ去り、直ぐにでも、冬になってしまいそうです。「大寒、小寒」という歌が思わず口をついて出てきそうな、そんな朝です。

 さて、学校です。
 実は、一昨日、台風で、午前はお休み、午後だけ授業をした時のことです。電車が運転見合わせになり、定刻に来られない先生がいたので、後半、皆で、アニメーション映画『となりのトトロ』を見ました。やはり、頑張って来ると良いことがあると見えて、その途中、先日のベトナム土産の差し入れがありました。その時、ちょっと驚いたことがあったのです。

 この日、集まったのは、午後のクラスですから、「Cクラス」と「Bクラス」。中国、スリランカ、フィリピン、タイ、ミャンマー、バングラデシュ、ベトナムからの学生達です。

 このうち、「Bクラス」で、一番人数が多いのは、スリランカからの学生達。男ばかりで五人います。彼らは、普段、こういう差し入れがあった時も、口では偉そうなことを言っているのですが、特に女子学生がいた場合、口とは裏腹になかなか手を出そうとはしません。午後のクラスですから、中にはアルバイトが終わって、昼食抜きで走ってきた学生もいます。時々、空腹に耐えかねて、先に手を出すこともあるのですが、女子学生とそれがぶつかった場合、先に退いてしまうのは彼らの方なのです。「いえ、いえ。いりません。大丈夫、大丈夫」と言って。

 それが、一昨日は、一人フィリピンの男子学生が入っていたとはいえ、1列目は全員スリランカの学生だけ。しかも一人は女子学生でしたが、後は皆男ばかり。

 そうすると、普段の「しとやかさ」はどこかへ行ったと見えて、お菓子のお皿が一巡すると、後ろに手を伸ばし、堂々と余ったお菓子を頬張っているではありませんか、我が物顔に。

 普段は、「残ってもしょうがないから、食べなさい」と言っても、グッと退く身になって、後ずさりをすることが多いくらいなのに、そうか、同国人ばかりであると、「地が出る」んだと、ちょっと面白かった。

 遠慮しないでいいというのは、(見ていて)気持ちのいいものですね。如何にも自然に、如何にもおいしそうに食べていましたもの。

 と言って、笑ってばかりもいられません。

 気温が一定していないせいもあるでしょうが、来日直後は、「日本はスリランカよりも暑い」とフウフウ汗を流しながら言っていた「十月生」たちも、早速、裸足を見咎められて、わけがわからずオタオタしています。

 これが次には、布団となるのでしょうね。暑い国の人達は、靴下を常時穿くとか、布団を重ねるとか、四季で布団を変えていくとかいった習慣がないため、何が何だかわからないうちに風邪を引いてしまったり、寒くて眠れないと泣き言を言ったりし始めるのです。

 いつか、ベトナムの学生でしたが、部屋に行ってみてびっくり。エアコンをガンガンかけて、薄い布団一枚で寝ているのです。早速安くて暖かい毛布などを買いに遣らせましたが、それでも、厚い布団は嫌だと言って使おうとはしないのです。布団を頭から被ると、巣ごもりしたようで、暖かくて気持ちがいいという記憶がないからなのでしょう。

 日本人など、冬、暖かいコタツの中で「極楽、極楽」と呟いたり、暖かい布団の中に、潜り込んでしまい、出るのが嫌でたまらなかったという経験があったりしますから、いくらエアコンがあっても、やはり布団は布団なのです。

 こういう楽しみが身体に染みついているらしく、暖かい布団を毛嫌いする彼らの気持ちがあまりわからないのです。だって、「嫌だ。気持ちが悪い」と言いますもの。

 とはいえ、節電。しかも長いこと日本に住むことになるであろう彼ら。暖かい布団なしには、冬を乗り切れません。これは靴下が必要なのと同じくらい大切なことなのです。

日々是好日
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「昨日、『午前のクラス』は、『お休み』、『午後のクラス』は、『いつも通り』で、やりました」。

2013-10-17 08:38:19 | 日本語の授業
 台風一過、きれいな青空が拡がっています。昨日の暴風が嘘のように静まりかえっています。

 「ムラサキシキブ(紫式部)」が、いつもの場所で、濃い紫の実をつけていました。今年も去年と同じ所に同じように実をつけているのを見ると、なぜかホッとしてしまいます。あるべきと思っていたものが、あるべき所に、あるべき時期に、存在していると、人というものは、どこかしら、安心してしまうもののようです。それが、我とは何一つ無関係のものであったとしても。もちろん、その反対も、「また、ありき」なのですが。

 人は苦しかったことを直ぐ忘れられるように、パンドラの箱に希望を残してあるのだと聞いたのは、小学生の頃。けれども、時々、それは本当ではないかと思うことがあります。とはいえ、苦しかったことを、なかなか忘れることができないでいるのも、事実。それでも、何か明るいものが見えてくると、その心に蓋をすることができるのも、人というものの力なのかもしれません。

 さて、昨日の学校です。

 午前中、「午後はあるのか」という問い合わせが、二件ありました。しかも一件は、遅刻常習犯の学生からですから、笑ってしまいます。実際、笑ってしまったのですが。しかも、電話があったのは、何と12時前。いつも、「寝過ごしました」が、口癖であった彼。

 「今日は早いですね(これは強烈な嫌味です)」
 「へへへへへへ。先生、今日は学校がありますか」
 「はい。1時15分からです。いつもと同じです」
 「(明らかに、『しまった。電話しなければ良かった』と悔いているなと感じられた沈黙が…)」
で、結局、彼は来ました。

 午後の二クラス(「Bクラス」と「Cクラス」)には、1、2限目は、授業をし、それから、3、4限目を使って、まだ見せていなかった『となりのトトロ』を見せることにしました。(教員が一人、電車が運転見合わせになり、来られなかったのです)。

 「Cクラス」は、『初級』が終わって、来週から『中級』に入る頃ですから、ちょうど良かったのですが、「Bクラス」は、『中級』が、後、2,3日で終わるくらいですから、ちょっと簡単すぎるかなとも思われました。それでも、「お化け屋敷」だの、「雨戸」だの、「注連縄」だの、「御稲荷さん」の「お狐さん」だの、説明し出せば、きりがありません……とはいえ、そこは簡単に、ちょっと触れるくらいにしておきます。ただ、ホワイトボードには、かなり書くことになってしまいました。もちろん、彼らの興が削がれない程度に、ですが。

 「Bクラス」で、休んだのは、風邪引きさんが三名、それから、1.2限目に遅刻したのが一名(彼も常習犯です。早めに電話すると、「フニャフニャ…」と言いながらも、目を覚ましてやって来るのですが、昨日は手が足りずに、電話しなかったので、きれいに1、2時間、遅刻してやって来ました。

 この学生、、遅れてくるにもかかわらず、いつも明るくて屈託がないのですよねえ。「はい、ごめんなさい。寝ていました」と、あるかないかの目を細めて言うのです。これではガンガンと怒るわけにも参りません。困ったものです。

 というわけで、台風で来られなかった学生には気の毒でしたが(?)、来た学生はそれなりに楽しんでくれたようです。もちろん、1、2限目の勉強も入れてですが。

日々是好日
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「台風で、『午前のクラス』は、『お休み』です」。

2013-10-16 09:54:19 | 日本語の授業
 台風がやって来ました。今年は台風の当たり年といった感じで、台風の話題に事欠かなかったのですが、とうとうこちらにもやって来たようです。しかも、それぞれが、「折り紙付き」の台風ときているのですから。今度の台風も、「ここ10年で最大級」とありました。

 今朝も、来る時に、すぐそばの交差点で渋滞が発生していました。大きなトレーナーが二台、曲がりきれずに止まったままだったのです。こうなりますと、歩く者も横断歩道から大きくずれていかなければなりませんし、自動車に至っては、まったく動けなくなってしまいます。

 来る時、ここも、暴風域に入っていたらしく、傘をどちらに向けてさしたらいいのか、わからないくらいでした。北向きにさせば、今度は風が東から吹いてくる。それで慌てて向きを変えれば、次は西から…いろいろな条件から風も渦巻き、傘の骨が折れそうに軋みます。周りには、傘をさすのを諦めて、「持って」歩いている人も、チラホラ。頭からスッポリ被れるレインコートが、「正解」とはいえ、風が強いと傘をさしていること自体、防衛策の一つとなります。それゆえ、本来の意味から言うと、役に立っていなくとも、やはりさしていた方がいいのです。

 学校に着いて、ウロウロしていても、ビュウビュウと逆巻いている風の音が聞こえてきます。電線も唸っています。

 というわけで、午前の授業は、近所の小中学校に倣って、お休み。昨日、『初級Ⅰ』のクラスには、電話連絡をしたのですが、一人だけ、来たばかりの学生には連絡がつきませんでした。

 一番いいのは彼女が同国人に電話で聞いてくれることなのですが、どうでしょう。電車が動かない、行くのを諦めたとなってくれればいいのですが。

 東西線は地上に出ている一部区間が運休になっただけのようで、彼女の最寄りの駅では動いているかもしれません。もしかしたら、その電車に乗ってしまうかもしれません。ただ東陽町からは電車が運転を見合わせているようですから、そこで立ち往生してしまうかもしれません。

 十月に来たばかりの学生に連絡するにも、こういう状況が発生してしまうと、困ってしまいます。来たばかりで、まだ携帯電話が買えていなかったり、年齢の問題で買えなかったりするのです。

 寮に住んでいれば、一人に連絡して、皆に言ってくれるように言えば、それで済みますし、寮に住んでいないにしても、同じ学校の学生が共に暮らしていれば、一人に連絡すれば、それで終わりです。たいていの学生は、学校の近くか、寮か、あるいは歩いて10分ほどの駅の近くに住んでいるのですが、中に数人、兄弟や親戚と共に住み、電車通学の者もいるのです。もちろん、そのうちの一人でも、ある程度、日本語が話せるようであれば、問題はないのですが、わけがわからない人が何人かで住んでしまうと、どうにもならないことになってしまいます。

 何事もなければ、それはそれでいいのでしょうけれども、地震が起きたり、何か異常事態が発生した時には、大変なことになってしまいます。学校の寮に住んでいれば、私たちも手の施しようがあるのですが。

 先の地震の時なども、遠くに住んでいた学生には、食べ物や水などにしても、あるいはガスや電気の問題などにしても、何の手助けもできませんでした。まあ、今度は台風くらいのことですし、彼女も一人ではありませんから、大丈夫でしょうけれども。

 昨日、寮に住んでいる一人に連絡して、他の『初級』クラスの学生達に伝えてくれるように言っていた時、電話の向こうから、聞き知った声が彼に頼んでいるのが聞こえて来ました。「午後は?午後も休みでしょうと聞いてくれ」と。どうも「Bクラス」の学生が「初級クラス(Dクラス)」の学生のそばにおり、ワイワイとせがんでいたようです。

 そう言われても、「初級クラス」レベルでは、どう(私に)対応したらいいのかわかりません。それで、聞き直したりしているのですが、それが全部聞こえてくるのです。それで、「だめですと言いなさい。午後は学校があります。君たちは勉強!」と大声で言いますと、向こうで、一斉に大笑い。その中に、「先生、わかったんだ」と日本語で言う声まで聞こえて来ました。

 もう、本当に。当たり前です。もう彼らとの付き合いは1年以上になります。こんな時にどう言うかなんてことくらい、ここの教員だったら、だれにだってわかります。シンハラ語で話せばわからないだろうなんて、安直なことを考えていたって、無意識のうちに部分的に日本語が入っているわけですから、それは直ぐにばれてしまいます。本当に、頭隠して尻隠さずとはこういうことです。もう、単純なのだから。

 しかしながら、困ったものですね。「Bクラス」では、同じ部屋の二人が風引きさんで休んだというのに。こういうことだけには、元気になってしまうのですから。

 9時を過ぎた今、だれも学校に来ていません。この分ではうまく連絡が廻っているのでしょう。こうなりますと、近くの学生がだれか来たっていいのになあなんて気分になるから、おかしなものです。来たら来たで、心配になるでしょうに。

日々是好日
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「ハノイに行ってきました。2日で、四つの学校を見てきました」。

2013-10-16 09:51:40 | 日本語の授業

 15日、静かで穏やかな朝です。風もなく、わずかに濡れた地面が早朝の雨を物語っています。

 11日の夕に成田を出て、14日の早朝に戻ってきました。駆け足でのハノイでしたが、それなりに、言いたいことは伝えられたし、見たいものは見られたと思います。

 昨今はベトナムからの留学生も多く、それ故にでしょうか、濡れ手で粟を目論む仲介業者も少なくないと聞きます。彼らの目論見では、ここ数年で(1、2年でもいいのでしょうが)彼らの国では、きちんと働いて稼げるような額ではない金を稼いでやれ。きっとそうなのでしょう。

 きちんと日本語を教えるでもなく、日本を教えるでもなく、「行きたい?金はある?じゃあ、とにかく(日本語の試験に)合格すればいいから」

 それで、あろう事か、彼らが来日後、(私たちに)初めてわかるのは「エエッ。『N5』レベルに合格しているのに、ひらがなが書けない?」「『あなたの名前は?』がわからない?」という悲しさ。なぜ、合格しているのでしょうね。カンニングかな、試験官かだれかに金でも掴ませたのかな。

 もちろん、最初は「きちんとやろう」と思っていた仲介業者でも、簡単に金が儲かるとなると、1年か、2年か3年、これで金を儲けて、あとは別のビジネスをしようとなってしまうのかもしれません。が、こういう人と組まされてしまった日本の日本語学校の教師というのは、惨めですね。

 私たちの、この学校には、事務員というのはいません。また募集職というのもいません。教師が自分が教えるに際して、困らない人を呼んできたいという気持ちで、教務を取り、募集をしているのです。

 「しばらく、まともだった、あの機関がどうしてこういう人を寄越すのだろう」と不審に思っても、それに経営上の問題が絡むと、どうにも言いづらいところはありますが、片方に不信感が募れば、結局は、相互にとっていい結果になるはずもないのです。

 実際に、同じ機関から、年齢の高い、しかも全く勉強する気のない人が、何回も送られてくると、これでは、相手を気遣ってばかりはいられません。クラスでも「先生、ベトナム人は勉強できないね」とか、「いつも学校で寝ているね」「よく休むね」とかということになってしまうのです。同じベトナム人として、嫌じゃないのかな。外国で暮らせば、それは、他の国の人にとって、「あの人は」ではなく、「ベトナム人は」となることくらい、留学経験のある人ならわかりそうなものなのに。

 クラス経営の面から見ても、非常に好ましくないのです。

 年が長けていても、向学心に燃えているという人は少なからずいます。私の身近(日本人)にもいますし、他国にもいるでしょう。ですから、年齢で垣根を設けてはいけないと思うのが、日本人なら普通です。けれども、実際問題として、後発国では、そう考えては、こちらが不幸になる場面も少なくないのです。

 彼らが来日後、(私たちに)わかるのは、明らかに「勉強が目的ではない」ということ。それでも、日本にいるうちに変わるかもしれないと思って指導していた時代もありました。けれども、年齢が、(人が)変われるような時期を過ぎているのです。多分、彼らにとっては、日本へ行くことが、一つの生活の手段なのでしょう。それもわかります。わかりはしますが、ただ、そういう彼ら故に、日本へ勉強しに来た、他の真面目な留学生が不利益をこうむらされては困るのです。

 学校とは学びたい人が来るところであり、教えられる者が、そこで教えている処なのです。金を儲けたいが、日本へ来る術がないから、利用する所でもないし、儲けたいから、そういう人を日本へやりたいという機関が関係する所でもないのです。

 日本人だからといって、日本人のことがわかるかというと、そんなことはありません。だから、ベトナム人のことがベトナム人にはすべてわかるはずだとか、中国人には中国人のことが、スリランカ人にはスリランカ人のことが、全部わかるはずだなんて考えているわけではありません。

 けれども、そういう人が、一人二人ではなく、もう片手で余るほどになっていれば、ここはどうかなと思うのは当然のこと。金儲けの機関に堕してしまったかと。

 今度の「ハノイ行き」は、「初めて」尽くしでした。初めて行った学校が二つ。その、それぞれい、良い感触を受けました。これは教育機関だと、おかしなことですが、そんな気がしたのです。そのうちの、(紹介してくれた)一人とは日本でも会っていて、その人に頼まれて彼女が働いている学校を見に行ったのですが。こちらの注文通り、四年大か三年大卒の学生を四月からは準備しておいてくれました(一月生は、それが間に合わなかったとのことですが、明るいいい子でした)。

 (四月申し込み予定の学生達に)会ってみると、感じがそれぞれ異なりながらも、(通訳を介してですが)私の言う意味をわかってくれているのが感じ取れました。速いですね、大人は。高卒や、二年大卒の学生には、これがなかなかうまくいかないのです。わかったとは言うのですが、直ぐに忘れてあとは適当にするだろうなという感じ(実際に来るとその通りでした)。

 もう一人は、ホテルに、保護者と学生を同伴して来てもらったのですが、夏の「ハノイフェア」で会ったことがあるとか。最初は、学生が何の反応も見せないので、私の口調もかなり厳しくなっていました。で、彼を無視して、彼のお父さんのことを聞き始めると(通訳してもらいながら)、それを聞いているうちに彼に表情が出てきたのです。笑顔がいい。で、また彼の方に向き直り、話していくと、目的はしっかりしているということがわかりました。共産圏の学生は、ある意味では、学校の成績というのが、どこか信じられないところがあるのです。「道徳」とか「思想」なんて何じゃらホイなのです、日本人からすると。

「思想がしっかりしている」という評価を受けている学生と対してみれば、思い込みが激しくて、独り善がりであったりします。つまり「協調性が0」に等しかったりするのです。しかも、若いくせに偉そうな口調で話したり…ちょっと日本人には我慢できませんね。

 母国で学校の勉強が苦手でも、それはそれ。日本語の勉強はまた別の話。日本語はできるように、人の2倍か3倍、頑張ればいいのです。目的がちゃんとある学生なら、そのために、頑張れるでしょう。頑張れなかったら、来日の目的だった夢が終わるだけのこと。夢で終わるだけのことであったら、目的だと言わない方が良いのです。ただ、人より遅くとも、拙くとも、技術系なら、得意分野で生きていける。言語で生きていくわけではないのですから。

 というわけで、『初級Ⅰ』は全部、ベトナム人の先生に教えてもらってくること。文法と単語はみんな覚えてくることを約束して、受け入れることにしました。でも、本当に頑張れるかな。ただお父さんと、お父さんの知人の紹介者が目を光らせるというのが救いかな。

日々是好日
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「花に…気がつかない…」。

2013-10-11 08:51:23 | 日本語の授業
 早朝の雨は、降ったり止んだり…で、止んだ…その隙にとばかりに、自転車を飛ばしてきたのですが、何のことはない、それからずっと(雨は)止んだまま、そして、今、陽まで射してきました。
 
 ちょっとばかり、「キツネ(狐)」に化かされたような気がしています。
 
 ところで、「キツネ」と言えば、「タヌキ(狸)」の、その「タヌキ」のことなのですが、学校の直ぐ近くの「野鳥の森」に、「タヌキ」が生息しているとか。学校関係者も見たと言っていましたから、本当なのでしょう。

 「タヌキ」は、山里とか、あるいは東京の市街地なら、神社やお寺などの森があるところに住んでいると言われ、このように海の近くで見られるなんて…あまり聞いたことがないのです。

 これで、「タヌキたァ、何だ」と言っていた学生たちも、「タヌキ」たるものがどんな顔をしていて、どんなシッポを持っているかがわかるでしょうし、「見たかったら、『野鳥の森』の入口のところへ行って見てごらん」と言えますもの。何と言ったって、「キツネとタヌキの化かし合い」の説明が楽になる…。

 さて、学校です。

 学校の「キンモクセイ(金木犀)」が、やっと花を咲かせました。随分遅れて、しかも他の木と比べて、花数も少ないのですが。

 実は、学校で、花の名前を聞かれたことが、あまりないのです。南から来ている学生達が多いのも、その理由なのかもしれません。けれども、彼らの国の、南国の花と日本のものとはやはり違うと思うのです。特に、寒さの冬であっても、日本には花が咲いていますから、その時は聞いてほしいのですが。

 ただ、考えてみれば、以前、内モンゴルから来ていた学生が、聞いていましたっけ。皆で、横浜へ行った時も、学校に新しい鉢植えの花が来た時も、歓声を上げて、聞きに来ていました。彼らの土地では、あまり見られない風景だったのでしょう。

 日本では、山辺の自然林に、ごく普通に花があるというのが、不思議だったのかもしれません。それに蕾をたくさんつけていた鉢植えの花が、そこいらに、置いておくだけで、如何にも重そうな花を開かせるというのも、感動的であったのかもしれません。

 南の国から来た人達からしてみれば、彼らの家の周りは、きっと花だらけなんでしょうから、珍しくも何ともないのでしょうけれども。

 ところで、今日、夕方の便で、ハノイに行ってきます。そして、月曜日の朝に戻ってきます。少々強行軍なのですが、四つほど学校を見せてもらい、学生にも会ってくる予定です。もちろん、何人かは、一月や四月に来るのを遠慮してもらわなければならないかもしれませんが。

 実際問題として、「ひらがな」も書けない、「カタカナ」も読めなければ、日本に来てもどうしょうもないのです。だって、直ぐに「日本語」を使っていろいろなことをしなければならなくなるのですから。

 日本へ行けば、勉強なんて「特別なこと」をしなくても、自然に話せるようになる、書けるようになると、どこかしらで思い込んでいる人が、少なくはないのです。本人どころか、その親たちの中にも。

日々是好日
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「『西南アジア圏』、『東南アジア圏』、『東アジア圏』」。

2013-10-10 08:08:32 | 日本語の授業
 晴れ。秋晴れのようだけれども…湿度が80%を超えているから…、やはり、これでは秋晴れとは言えません。相変わらず、暑い…。

 昨日は南からの風がかなり強く吹いていた…だからでしょうか、これほど暑くは感じなかった…。今日は…暑い。朝、窓を開けに、ウロウロしている間に、汗を掻いてしまいました。とはいえ、自転車で来る時には、風は、秋なのです。

 何だか、シッチャカメッチャカな十月。

 神無月だから、神様が出雲に出張なさっている故に、監督不行届になってしまったのでしょうかしらん。

 さて、学校です。

 スリランカから来た「十月生」は、この暑さがたまらないようで、「こりゃ、たまらん。スリランカよりも、『暑い』」が口癖になっています。本当かしらん。いくら何でもねと、思うのですが

 ところで、最近の学生達を見ているうちに、時折、「幼さ」について、考えさせられることがあるのです。それは個人の問題と言うよりも、「圏」の問題なのかもしれませんが。

 19才の、図体のでかい学生が、何をしても、「私は、まだ19才だから」と言うのです。が、それは、傍から見ると、「私はまだ子供だから、何をしても許される」と言っているようにしか聞こえないのです。
 また、「私は男だから」という態度で、働かない(手伝わないで、見ているだけな)のも、個の問題も多少あるでしょうが、それよりも、彼らの社会の習慣から来ているように感じられるのです(もちろん、きちんと手伝える、彼らの国の人もいます)。これでは、アルバイトの時に嫌われますから、その都度、学校で注意は、しているのですが。

 彼らの「圏内」では、日本人が考えている以上に、女性に自由がない(「自由」という語では括れないのですが)。そして、そういう男の目、そのままの見方で、日本でやっていこうとするから、こちらが不愉快になるのでしょう。私など、時折、彼らが女子学生と話しているのを見て、ムカッとしてしまうことがあるのです。彼らは私たち教員にはそれなりの態度を取っています。ですから、私たちに対したときではなく、同じ立場の女性に対してなのですが。

 同国人である女子学生も、必要以上の遠慮をしているように見られます。それも彼らの社会では当たり前のことなのでしょう。

けれども、それは別の民族、別の国、別の社会では、やはり、イライラ、ムカッとすることなのです。

 注意すると、「それは冗談だ」と言います。けれども、こちらから見れば、限度を知らない愚かな奴ということになります。彼らの国の女性は、それでも、我慢したり、譲ったりするのでしょうが(なにせ、「習慣」ですからね)、他の国の女性は、女性も男性と同じように生きている、あるいは、それ以上に立てられている国の女性は、そういう態度や言い方は許せません。言い合いになります、当然のことですが。それなのに、相手が自分のことが原因で怒っているということが、察知できないのです。

「なぜ、これくらいで文句を言う。お前は女だろう」というくらいの肚なのでしょう。

 もちろん、こんなことは、「一朝一夕に変われ」と言われても、変われるものではありません。ただ、言い争いになっても、君の方が誤っている(私たちは君の味方をしない)ということが、なかなかわからないのです。で、結局、最後には、途方に暮れたような顔になってしまう(これも、やっとこういう風になれたと見るべきなのでしょうが)

 君の方が、なぜかを考え、態度を変えていかなければならないということがわからないのです。これまで、国でそんなことを言われたことがないのでしょう。男であるというだけで、乳母日傘で育ってきたのでしょうから。

 女子学生が嫌がることを言ったり、(もしかしたら、時には、「非」は女子学生の方にあるのかもしれませんが)相手を頭ごなしに抑えつけるようなことを言ったりすれば、インド圏の女性ならいざ知らず、東南アジアでも、タイやフィリピン人から来ている女性は、男女平等意識がかなり高いので、直ぐに揉め始めてしまいます。

 それでも、気がつかない。

 日本では、会社で女子社員に嫌われる者は出世しないとか(これは別に阿った方がいいというわけではありません。そんな底の浅いのは直ぐに覚られてしまうでしょう)言われますし、まず、猛者は、自分よりも弱い者(男同士だとそうはいかないようですが)、つまり、子供とか、女性、あるいはお年寄りとかには、強い態度はとれないのです。

 中には、(そういう弱者に)どう対応していいのかわからない。だから、全部、譲ってしまうという人もいるくらいです。私が高校生の時の、柔道部の先生もそんな一人でしたし(高校の体育の時間、女子全員に「受け身」を教えるということで、やって来た先生。結局、柔道部の男子に模範演技をさせて、それでお茶を濁してしまいました。素人の女子にどうしてやったらいいのかわからなかったのでしょう。だから、私なんて、教えてもらった記憶はゼロです。けれども、困っている先生の顔の表情はよく覚えています)。

 だから、タイやフィリピン人女性が、時折見せる「わがままさ」とは、別な意味で、女性が立てられて(勝手ができる)いるのです、日本では。

 女性の方もは、相手の方が強いのを知っていますし、その強い相手が譲ってくれているのがわかっていますので、当然のことながら、だから、(お返しの意味でも)相手を立てたり、勝手をさせたりするのです。

 男性の方でも、相手の方が弱いのがわかっていますから、自尊心が傷つくことなく、(相手に)譲ることができるのでしょう。これが、同程度か、相手の方が強かったりすると、なかなかそうはいかないようですが。

 ところが、「自分の方が強いから、あるいは自分は男だから、お前の方が譲れ」となれば、日本では、やっていけないでしょうね。だれも認めてなんかくれないでしょうから。たとえ、それが、男であっても。

 それを、(自分の国と同じように考えて)あからさまにやったりすれば、すぐに(皆の)顰蹙を買ってしまいます。

 譲ると言うことは、こういう意味では、「幼い人」にはできないことなのかもしれません。

 そして、そういう意味での、「幼い人」が、最近、この学校にも、数人、入ってきているように感じられるのです。

 もちろん、前にもいました。が、それは、理屈っぽいから、女子学生に嫌われるとか、譲り方が、如何にも相手の方が誤っているのに、譲ってやっているんだと言わんばかりであるとか、そういうものでしたから、2者の間では軋轢があっても、傍から見れば「つまらんこと」と笑ってすませられました。つまり、個人対個人の問題だったのです。

 どういう人でも、悲しいことは悲しいし、うれしいことはうれしい。感情の表露の仕方に、多少の違いはあっても、皆、心は同じ。これには、民族とか、国とか、宗教とかの違いはありません。

 けれども、「是非」というのには、何が「是」であり、「非」であるかというのには、生まれた場所・歴史・習慣・宗教的な絡みなどが生じており、一筋縄にはいきません。

 以前、中国に留学していた時、外国人が集まって(当時、一クラスに十幾つかの国の人が含まれていました。先生も含めて)、皆で同じことをする、あるいは一つのテーマについて話し合い、それなりの結論を導き出すと言うことはとても大変なことでした。中国人の言う結論というのは、彼らの国の政府の意見であり、それは私たち、日本、英国、アメリカ、スウェーデン、タイなどの自由主義諸国から来ている者にとっては、とても納得できるものではありませんでした。しばしば、教師が導きたい結論には至らない、それどころか、全く違う結論になり、教師を慌てさせるということもありました。

 ただ、当時のその中国の大学には、国外で、短くとも3年、長ければ十数年にわたり、教鞭を執ったことがあるという教師も少なくなかったので、彼らが私たちと、国を出たことのない、国に対して一途な人達との間を取り持ってくれていたのです。とはいえ、ああいう国では、その限界というのも、なかなか厳しいものがありました。

 それに比べれば、日本で、留学生活をするというのは、随分楽なことです、勝手ができますから。けれども、そう勘違いして、自分の国のやり方で押し通そうとすれば、必ず軋轢が生じてしまいます。

 どうして他の国、他の社会ではそうではないということがわからないのだろうと思ってしまいます。まず、「違う」ということを、感じなければ、親しくはなれないのです。その上での付き合いなのですから。

 ただ、個人的には、皆、ごく普通の、気のいい青年であるのです。こういう人が、この学校で1年以上を過ごし、少しでも日本の社会に適応できるように、変われればと思うのですが、彼らの国で、彼らの社会のやり方で、うまくやってきた(それなりに認められてきた)人には、なかなかそれが通じないようです。

日々是好日

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「のびのびと育てない『ツキミソウ(月見草)』」。「入学式の『準備』」。

2013-10-08 08:19:42 | 日本語の授業
 晴れ。

 台風が沖縄に近づき、九州あたりから、グッと東北に向きを変え、下手をするとまた列島を縦断するかもしれない…のに、今朝は、晴れです。但し、湿度は90%を越えているようですから、かなり蒸し暑い。

 今朝、学校に来る時に、「ツキミソウ(月見草)」の花を見かけました。小さな小さな「ツキミソウ」です。もう、駐車場の隅っことか、フェンスの下の方とか、そんなところでしか見られなくなっています、この辺りでは。

 風にそよぐなんて、そんなこと、できそうもないような、ひねこびた姿で。哀れですね。大らかに、透明感の強い黄の花を、夕暮れ時とか朝焼けの中で揺らしてほしいものなのですが。もちろん、それでも、必死に、花を咲かせていました。

 とはいえ、今時、「ツキミソウ」か。「ツキミソウ」の花に気づくなんて…もう秋なのに。

 既に、「キンモクセイ(金木犀)」が、盛んに香りを風に運ばせていますし、「ハギ(萩)」の花もかなり紫がかった色を濃くしています。学校には「コスモス」が飾られるようになっていますし。

 つい先だってのことでした。軒端に、色鮮やかな「アサガオ(朝顔)」の花を見かけたり、学校に「リンドウ(竜胆)」の鉢植えが買われてきたりしたのは。季節が移るのはまことに速い。心の準備ができないほどに…。

 でも、でも、子供の頃には、季節の巡りを遅く感じたのではなかったっけ。速く感じたのは、休みが終わる数時間前だけだったような。これは、もしかしたら、地球の公転が速くなっているのかも。なんて、馬鹿なことを考えたりしています。

 時間なんて、ある意味では意識の外のものではない…のでしょう。人によって時間の速さも変わってきますし、季節の訪ないの感じ方も違ってきますし。まあ、それでいいのでしょうけれども。

 さて、昨日の、「入学式」。午前のクラス「Dクラス(七月生)」と「Aクラス(二年生と一月生)」が、新しい学生、7人を迎えました。それから、先に来るのが遅れ、「入学式」を経験していない二人の「7月生」も、「新入生」並ということで、「新入生」の列に並んでいました。

 ベトナムの、最後の新入生、一人は、昨日の朝、成田に着いたので、ギリギリ間に合うかとも思っていたのですけれども、やはり無理でした。10時10分の電車で成田を出るという連絡が入って(二人の二年生に迎えに行ってもらっていたのです)、どうかなと思っていたのですが、やっと茶話会に間に合うくらい。それでも、皆に知ってもらえたので、よかった。

 「入学式」の時に、「新入生」に、一言ずつ挨拶を言ってもらったのです。それで、彼にも言ってもらおうとしたのですが、急なこととて、日本語が出ず、頭が真っ白になってしまったのでしょう、固まってしまったようでした。

 すると、スリランカの「新入生」達が、「先生、彼は疲れています」。これは勘弁してやれということなのでしょう。まあ、第1日目ということで、勘弁して(確かに一昨日の夜中に出て、昨日の早朝着いたわけですから、眠いでしょうね。スリランカの学生達は、彼らは彼らで、来たのはごくごく最近のことですから、我が身に顧みて、きっと疲れて眠いだろうと思ったのでしょう)。

 ところで、こういう「式」の準備の時に、きちんと働けるかどうかを、私たちとしても、ある意味で「見ている」のですが、スリランカの新人は本当に働けない…というか、働こうとしない。だれか下々がやってくれるだろうとでも思っているような向きもある。で、雷を落としました。ベトナムの数人だけがよく動くのです。

 すると、その中でも、一番動こうとしなかったのが(口だけです、動くのは)、どうしたらいいのか、教えてくれないからだと言います。作業しているところには近づかず、雑談しているくせに何を言うかで、また雷が落ちます。

 どうも、耐えかねたらしい。とにかく、作業をしているところに近寄ってきました。この、まず寄ることから指導していかねばならないのですから、いやはや。この、スリランカの、でかい学生達は、家庭で何もさせられていなかったと見えます。

 日本では「乳母日傘」で、タラタラと暮らしていくことはできません。アルバイトを始めたら、途端にグロッキーになってしまって、学校を休んだり、気に入らないとプイと仕事をやめてしまったり(これは、さすがになくなりました。紹介者が先輩であるということも関係しているのでしょう)、そんなことでは、馬鹿にされてしまいます。

 まずは、独り立ち。学校でも「お手伝い」ができるということは、アルバイト先でも、様子を見ながら、指示されなくても、自分の判断で、「動く(働く)ことができる」ようになるものなのです。それがひいては、日本の会社で勤めている時にも、重宝されるということにもなるのです。「動けない、動かない人」は、日本では、まま、「働けない、働く能力のない人」と、同じように見られることもあるのです。

 それから、彼の名誉のために一言。片付けは、かなり積極的に動けるようになっていました。少しずつ、こういう働きができるようにならなければなりませんね。

日々是好日
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