日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「新しいモンゴル国からの学生」。

2011-10-31 19:14:45 | 日本語の授業
 晴れ。早朝は曇っていましたが、今は見事な晴れになっています。
ところで、土曜日にモンゴル国から一人学生がやってきました。三週間ほど遅れて授業に参加することになるわけで、少々かわいそうだとは思うのですが、しっかりした青年ですので、頑張れるでしょう。

 私の方でも、一二時間目の授業が終わってから、面倒(「初級」の教科書は12課まで、「四級漢字」の導入も後半に入っていますから)をみるつもりで、11時に来るように言っておいたのですが(授業は11時に終わります)、まだ同室者と顔合わせもしていないと言います。

 慌てて、先に来て、自習室で勉強をしていたルームメイトの学生を呼んできます。彼は新しい学生を見るなり「大きい」。確かに。186㎝は、今いる学生の中では一番大きいでしょう。

 日本に着いた土曜日は、教師が、一ヶ月ほど先に来ていた、同じくモンゴル国の女子学生と、中国のモンゴル民族の男子学生とを連れて迎えに行っています。それに、着いてからも、彼女ともう一人モンゴル民族の学生が、どこで買い物をしたらいいのかとか、近くの百円ショップとかを教えてくれたようです。それで、それほどは寂しくなかったでしょうが、日曜日は、初めて来た日本で、ひとりぼっちで過ごしていたわけです。

 で、「Cクラス」から、一人と、「Aクラス」から四人、同じく中国のモンゴル民族の学生を連れてきます。まあ、一人じゃないよというくらいのところでしょうか。最初は、中国のモンゴル民族の学生たちは、怖ず怖ずとしていましたが、少し話してみて、相手に通じたと見るや、なんと「わあ、先生。私の言ったことがわかったみたい」で大喜び。そして相手が何か言うと、「先生、わかった、わかった。わかる~。先生、言っていることがわかります。嬉しい~」でまた大騒ぎ。

 私たちから見ると、同じモンゴル人だし、話しているのは、同じモンゴル語のはずですから、わかり合って当然と思いがちなのですが、既に二つの国に分かれて久しいし、おまけに一方は中国の中の一つの民族、もう一方は、旧ソ連の影響を濃厚に受けてきたということで、そう簡単にはいかないのでしょう。それに、同じモンゴル人と言いましても、部族が違えば、多少なりとも言葉も違っているのかもしれません。まあ、これは今のところすべて類推の域を出ないのですが。

 こういう大騒ぎは、いつまでも続いていそうでしたので、「はい、はい、それまで。次の授業が始まりますよ」と教室に戻します。その時、ちょうどフィリピン人の学生が下りてきましたので、挨拶をさせます。まあ、上のクラスの学生たちには、顔つなぎをさせておいた方が、いいのです。

 ただ残念なことに、課外活動は終わったばかり。次の「紅葉狩」まで、まだかなり時間がありそうです。

日々是好日
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「『受験シーズン』の始まり」。

2011-10-28 08:23:31 | 日本語の授業
 晴れ。今朝も秋晴れです。毛糸のセーターが恋しく感じられたくらいですから、気温もかなり低かったのでしょう。とはいえ、昼には20度くらいになるそうですから、体調を管理するのも、難しいことでしょう。風邪をひいた…という学生もチラホラ出てきているようですから。

 ふっと思います。異郷で、異文化の中で暮らすというのは大変なことなのだなあと。

 社会の慣習がそれほど違わないところであったら、まだ言葉の問題で済みもするでしょうが、そうではなかった場合、特にここでは毎日叱られると言う目に遭うことだってあるのですから。

 これも、教師側の意図をくみ取れる人が、あちら側に一人でも生まれていれば、一ヶ月ないし二ヶ月の間に、なんとか、それなりのルールができるのです…が、一つの国から来た人達にクラスの大半が占められてしまうなると、教師の側の肉体労働たるや、ただ疲れたでは終わらなくなってしまいます。夜、何度も目が覚めてしまう、あるいは寝られないということにもなり、不機嫌な顔で彼らと対さなければならなくなってしまいます。

 まあ、不機嫌な顔くらいは何とでもなるのですが、これが、疲れや睡眠不足から、声が出なくなってしまいますと、授業にも差し障りが出てしまいます。

 だいたい、わからない人には、いくら言ってもわからないのです。ただ嫌われたくないという気持ちが、(彼らの側に)強いというのが救いでしょうか。最後は、そこから攻めていくしかないと思っているのですが。それでも、少しでも手を緩めると、教室中が溶けたバターのようになってしまいます。それを締めるのにまた、大声を出さねばならなくなるのですから、油断大敵(私の大声が聞こえないほど、大声で私語する女性というのを私は初めて見ました)。

 小学校から高校、また短大まで、同じように、授業中、大声で私語したり、(テストで)人の答案を見るのが当たり前という世界で育ってきた人たちには、そうしてはいけないという一事を教えこむでも、気が遠くなるような思いをさせられてしまいます。

 その上、彼らには、どうして(それが)叱られなければならないようなことなのかが、全くわからないときているのですから、大変です。しかも、私はそれを説明できる言葉を持っていません。(当然のことながら、日本語はだめです)ただ、彼らの国の言葉が話せたとしても、理屈として彼らにそれを理解させることができるかというと、私には自信がありません。

 まあ、それにしても、同時に、受験を控えている人たちの面接の準備があります。これは金太郎飴のように、皆同じことを同じような表現で言えるようになればいいというものでもなく、彼らの人柄や日本語での口癖、物言いなどを活かした表現を考えてやらねばなりませんから、それはそれなりに、時間(彼らとの対話)が必要になってきます。

 彼らが、これまでどんな人生を歩んできたのか、そしてどういう思いで日本へ来たのか、また日本へ来てからどういうことがあったのか、その上で、来日を今後悔しているのか、それとも、それなりの葛藤を経て、今では前向きに考えることができるようになっているのか。

 この最後の段階まで、彼らの内部でたどり着ければ、多分、面接のための準備は95%終わったと見ていいでしょう。

 後は、それを、彼らの性格、能力、癖などを考慮して、まとめていけばいいだけですから。

 今日は、また一人、8時頃に来ることになっています(まだ来ていませんが。もう一人は昨日までの作業が終わり、今頃は、願書を持って大学へと急いでいることでしょう。午後には大学院の先生へお願いに行く学生もいます。

 まだまだ、彼らの後ろには何人も控えています。つまり、今日が、受験シーズンの始まりなのでしょう。

日々是好日
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「秋晴れ」。「『学校の物は学校の物。私の物は私の物』という感覚」。

2011-10-27 09:33:44 | 日本語の授業
 秋晴れです。雲一つありません。ここの今日の気温は、11度から18度と出ていました。

 とはいえ、お陽様の光がこんなに強くては、寒さを感じるよりも、先に眩しさを感じてしまいます。そう言えば、昨日、「木枯らし、一号」が吹いたそうです。 それに比べれば、今朝は風がありませんから、まずまず。歩いていれば、身体がポカポカしてきます。

 さて、学校です。

 「Dクラス」の学生は、あまりに物をなくすので、昨日は、「なくしても、『大丈夫、大丈夫』と言うのはやめて下さい。借りられる物は借りてくる。コピーするものはコピーする。そしてコピー代を払いなさい」と、とうとう(耐えきれずに)宣言してしまいました。

 「『なくなった』と言えば、先生が貸してくれる。それに、なくなったって大したことはない」という根性で物を言うのはやめにしてくれということです。もちろん、皆が皆、そうというわけではありません。

 彼らが「なくした」という物は、「教科書」であり、「教材」であり、「授業で使うもの」なのです。「彼らの国では大したことはない」で、すむことなのかもしれませんが、日本では、学校に来ているのに、教科書がなくなったと言って、授業中、人のを覗き込んで、それでずっとすませることなんてできないのです。

 それに、だからといって、学校の教科書をずっと借りっぱなしというのもあり得ないのです。学校に置いてある、そういう教科書というのは、たまたま忘れたという人用のであり、それを一人が独占していいはずはないのです。

 一般的に、アジアの国々においては、「公私の別」という感覚が稀薄のように思われます。「それは、会社のであり、個人のではない」という言い方が通用しないのです。彼らの国においては、例えば、課長は、あたかも自分のものであるかのように、平社員に、会社の物を貸し与えるというのもよく見られるようです。そういう習慣がついた平社員は、年長けて課長になったら、同じように、自分もそうやって平社員に貸し与えます。あるいは、一旦ある組織に属してしまったら、会社の物は自分のもの、自分のものは自分のものという感覚になってしまうのかもしれません。

 「一事が万事」というわけでもないのでしょうが、そういう考え方でいると、日本ではやっていけません。あれは「公のもの」であり、これは「私の物」であるという感覚がないと、至る所で、バンバンと打たれ、手負いのイノシシのような状態になりかねません。

 同国人ばかりの工場で働くというのなら話は別でしょうが(いつまで経っても、彼らの国のムードです。切り替えができないままです)、日本語を学びたいし、上手になりたいし、そのための努力もするつもりなら、日本社会が覗けるようなところでアルバイトをしてみた方が良い。その時に問題になるのが「公私混同」の習慣なのです。

 子供扱いしていると言う事なかれ。これがために、日本でにっちもさっちもいかないような状況に追い込まれる人だっているのです。

 とはいえ、しばらく、何も言わないと彼らには言いました。実は、私の方が声を上げたり(それでも向こうには聞こえない。聞こえたとしても、何とも思っていない。もちろん、他の人は不愉快です)、説教を垂れたりするのが、嫌になったのです。だいたい疲れましたし。それで、様子見です。私の言っていることの意味がわからないのは、どうも二名くらいに減ってきたようですし。それに、他の人は、どうやら、普通のやり方でも、静かにさせられるようですし。

 そうはいいましても、彼らが「悪い人」というわけではないのです。まず日本の習慣(日本だけではないと思うのですが)、つまり、テスト中はカンニングをしない、授業中は大きな声で無駄話をしない、奇声をはり上げない、勝手に席を立って、どこかに行かない…などができないだけなのです。

 けれども、そういうことはすべきではないし、するのはおかしいという共通認識だけは作れたように思われます。

 昨日、「先生は、もう、いちいち言いません」と言った後に、「もう、疲れました」と一言付け加えましたところ、この言葉の方に彼らは敏感に反応して、「先生、疲れた?かわいそう」と本気になって心配してくれたのです。

 もう、本当に何と言っていいかわかりませんでしたけれども。

日々是好日
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「『秋晴れ』から、『秋の色』」。

2011-10-26 08:27:23 | 日本語の授業
 晴れ。やっと秋らしい一日になりそうです。

昨日の朝は濃霧の中で明けましたから。もちろん、昨日も、学生が来る頃には晴れたのですが、まるで夏が戻ってきたような気温でしたから、また「秋の気配が遠のいた」ような気分になっていたのです。

 ところが、今日の最低気温は14度で、最高気温も18度にしかならないとの予報が出ていましたから、「すっかり、秋!」です(おかしな言い方ですが)。これくらいですと(おまけに秋晴れです)、「カキ(柿)」の黄みがかったオレンジ色が、空に映えて見えますし、「ハギ(萩)」の花にも全くよそ者感がありません。

 不思議なものです。日本人の、色に対する「こだわり」というのは。

 もっとも、これも、日本人に限らないことのようで、なぜかはわかりませんが、タイでも色に決まりがあるようです。

 先日、中学生を送ろうと玄関に立っていた時、彼女がめざとく私の靴下の色を見て、「先生、きょうは日曜日じゃないのに。赤はだめ」と一声。

 ほんのすこし赤が入っているだけだったのですが。タイでは赤は日曜日と決まっているそうで、そして日曜日だけではなく、それぞれ曜日毎に色が決まっているのだと言います。私は聞いて直ぐに、「へええ」で忘れてしまったのですが、彼女はすらすらとそれを言ってみせました。とはいえ、自分だって、曜日とは関係のない色を身に付けています。それを言いますと、向こうは向こうで「へへへへへ」と言ってごまかします。

 彼女が、タイを出て日本に住むようになったのは、中学一年生の頃と聞いていますから、小学生の頃から、既にその習慣だったのでしょう。

 それが何によるのかは、わかりませんが、どちらにしても宗教的なものか、あるいは歴史文化から来た習慣ででもあるのでしょう。日本のように季節感から来ているようなものではないような気がします。

 日本の場合、梅雨を一つの季節とみて、五季という考え方もあるますが、感覚的には、その方がわかりやすいのです。

 昔は、四季で着るものの色を分けると言うよりも、それぞれの時期の、花や葉の色、水や空気、山や田畑の色で分けていたような気がします。

 昔の貴族達の屋敷には、源氏物語を待つまでもなく、四季折々の草花が季節の雰囲気を取り込むように植えられていました。それは想像の世界に遊ぶように造られた、全く草花を排した庭でも活かされています。当時の人々にとって、山野というものは、現代の私たちよりも、もっともっと身近なものだったでしょうから。だいたい、元の姿を知ることなしに、石や砂を見て、想像なんてできませんから。

 今の私たちであったら、その土地の野山に遊んだことがなければ、(その土地の)美を知ることはできないでしょうし、その中に溶け込んで生きるということもできないでしょう。もちろん、溶け込むことを拒否する(人工的なものに美を見いだすという)考え方もあるでしょうが、多くの人はその中で生きることを望みます。自然と喧嘩するのには、体力も気力も必要になりますから。

 今時の人たちは、そういうところで喧嘩したくないのです。それぞれの、人間の社会で、気張って生き、それだけで精神を病むほどの疲れを感じている人が少なくはないのですから。

 さて、今日の色は何でしょう。不思議なことに、街が、これほど色に溢れているように感じられますのに、相応しくない色、見てハッと気づくような不似合いな色というのはあるのです。どこか変だと思われたら、この秋の空気から外れているのです。それは春にも、夏にも、そして冬にもいえることですが。

 おっと、受験を控えた学生が約束通り、八時に来ました。ちょっと相手をしてきます。

日々是好日
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「霧の朝」。「課外活動で」。

2011-10-25 18:10:01 | 日本語の授業
 どうも夜が明けない…と見ていましたら、どうやら霧がかかっているようです。あちこちが深い谷の底に沈んでしまったかのように見えます。

 こういう日は、人が車が犬や猫が、霧の彼方から湧いて出てくるようにも見え、物語が始まりそうです。幻想的な光景でもあります。確かに、秋や春には、ときたま見ることが出来る風景ではありますけれども。

 霧というよりも、重い雲が建物の上に覆い被さっているようにも感じられます。霧が晴れれば晴れたで、またいつもの通りの光景が広がり、その中で人は動いていくのでしょうけれども。

 さて、学校です。

 最後までアルバイトが見つからないと嘆いていた、「Dクラス」の学生に、やっと、アルバイトの女神が微笑みかけてきたようです。この女神というのは、「Bクラス」の先輩のようですけれども。

 先日、課外活動で「皇居周辺散策」に行った時に、「まだ、アルバイトがない」という彼の嘆きを聞いた、この学生が、どうも自分のアルバイト先の人に頼んでくれたようです。

 この「課外活動」というのは、教員から見れば、疲れるは、準備も必要だは、授業時数が減るはで、大層荷厄介なのです。が、学生にとっては、都内の様々な場所に行くことができ、気分転換(学校とアルバイトとの往復の毎日ですから)になるばかりではなく、知識は増えるは、地下鉄などの乗り方がわかるはで、後から考えてみれば、よくぞ連れて行ってくれたと、感謝されるようなものなのです(実際に大学へ行った学生から、感謝されたことが度々ありました)。 

 この課外活動のメリットの一つが、普段は午前と午後に分かれていたり、一階と三階に分かれていたりで、あまり会って話をする機会のない学生たちが、同じ学校であるという認識を持てることなのです。その上、普段は追い立てられるように、勉強に、アルバイトにと駆け回っている学生たちが、のんびりと一緒に歩いたりしているうちに、友達になったりすることもあるのです。

 この場合もそうなのでしょう。これはアルバイトでしたが、共通の話題があれば、話が弾みます。先輩(学生)たちは、いろいろな情報を提供してくれます。同国人に(例えば、インド語圏であれば、バングラデシュやスリランカの人たちは、ヒンディー語がわかりますから)話してもらって、初めて判ったということもあるのです…。

 ここまで書いている時に、もう願書の準備をしなければならない学生がやってきました。つきあわなければなりません…。

 途中で授業に行ったりしている間に、カンカン照りになってきました。明日からは寒くなるそうですが、きょうは夏のように暑い一日でした。そうなのに、今、「雪や こんこん」(灯油販売の車が流すのです)のメロディが聞こえて来ます。これが聞こえてくると、もう冬だという気になるのですが、こんなに暖かいと…売れないでしょうね。なんともお気の毒です。寒くなると、いつもお世話になるのですが。

日々是好日
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「カラスに頭を叩かれた…」。

2011-10-24 12:17:52 | 日本語の授業
 明け方の空は、一面、厚い雲に覆われています。このまま曇り空が続くのでしょうか、それとも、雲間から明るいお日様が顔を覗かせてくれるのでしょうか。

 この時期のお天気はまことにわかりにくく、雨が降るのか否かさえも定かではないのです。が、それよりもっと困るのが、気温のこと。暑くなり、そのまま帰りまでもつのか、それとも、帰る頃(これはもう夜になっていますから)には、北風がビュウビュウと吹くようになるのか。

 帰りに、北風ビュウビュウとなるならば、あと一枚は持っていなければならないでしょう。夕方からのバイトに、教科書やノート(これは重いと、よく学生が愚痴るのです)に添えて、上着を一枚、余分に持っていかなければなりません。しかし、それは嵩張るし、本心を言えば、多少寒くとも、持っていきたくはない…とは学生たちの弁。

 夏は夏で、暑くて大変なのですが、涼しくなった秋は秋でまた、予測がつかないところから、困ってしまうようです。

 ところで、話は、全く違うのですが、先日、「カラス(鴉)」に、頭を叩かれてしまいました。一瞬何が起こったのかわからず、焦ってしまいました。それはそうですよね、何にも悪さをしていないのに、叩かれるなんてほうはありえませんもの。しかしながら、どういう経緯でそういうことになってしまったのか、今でもよくわかりません。が、ともあれ、羽で、どつかれたのは、事実です。

 それは、ちょうど、学校へと道を急いでいた時のことでした。
向こうの方で、カラスがガアガアと騒いでいたのです。仲間内での喧嘩らしく、くちばしで突き合ったり、足で蹴りを入れたりしている様子が見て取れました。それで、用心しいしい、できるだけ、彼らと目線を合わさないように、そろりそろりとその下を通って行ったのですが。

 どちらにしても、私は地上の人間で、彼らは主に樹や電線の上で生活をしている存在。互いに縄張りは侵さないということが暗黙の了解…のはずです(向こうでもそれはわかっていたと思います)。条約を締結したわけではありませんが、視線を合わすか合わさないか(人の方が避ける)、彼らがゴミ場に出没している時には、(人間の方が)遠回りして歩くとか、そういう非常に消極的なやりかたではありますが、彼らの方でも、人間の情けなさくらいはわかっていたと思います。

 つまり、平生は棲み分けがうまくいっていたのです。ですから、何事か起こったとしても、我が身には降りかかっては来るまいと、いわば対岸の火事めいた気持ちでいたのです。

 それが、ぶったたかれたわけですから、驚いたのなんのって…。

 彼らが喧嘩していたところの真下は、うまく通り抜けたのです。ホッとして、足を速めようとしたところで、後ろから羽ばたきがすると思った瞬間、バサッと羽でどつかれたのです。ほっぺたにまで羽の感触が残ったくらいでしたから、これは、ちょうど上から下へ羽ばたいたその過程で私に当たったということなのでしょう。

 ただ、うまくやり過ごした時に、つい、「喧嘩ばかりしていると人間のように馬鹿になるよ」などと言ってしまいましたから、思わず、あれが聞こえたのかしらんとギョッとしてしまいました。

 もしかしたら、負けた方が、慌てふためいて逃げる時に、運悪くトロトロ歩いていた私にぶち当たってしまった…だけだったのかもしれません。どちらにしても、追いかけられて、くちばしで突き回されはしなかったわけですから、単なる(彼らにしても)事故だったのでしょう。

 まあ、私にしても、文句を言う筋合いはないのですが、喧嘩はカラスたちだけにして欲しいものです。たまたま下を通りかかった私がとばっちりを受け、叩かれるなんて、とんでもないこと。だいたい、私だって、別に仲裁に入って、どっちにもいい顔をしようなんてつもりはなかったのですから。

 先ほど、彼らが喧嘩していた辺りには、まだ数羽カラスが残っていました。はっきりとそれとはわかりませんでしたが、その中の一羽が私のいる方(もしかしたら、負けた鴉が逃げた方)を睨んでいるような気がしました。何度も叩かれては堪りませんから、私としては逃げの一手です。大急ぎで学校の方へと逃げていきました。

 そう言えば、ずっと以前に、山道を歩いているとき、上の方から鳩が顔を覗かせたかと思うと、バラバラと小石が落ちてきたことがあります。これもまた、たまたま彼らが歩いていてその時に石が落ちただけと言えば、そう言えるのでしょうけれども、その時友人と大きな声で話していましたから、雉鳩に「うるさいぞい、静かにせんか。ここはおれっちの縄張りだぞい」と言われたような気がしたのです、なんとなくですけれども。

 都会で生きるのも、山で生きるのも、お互いに大変なようで、相手の気に障らぬように、もっと声を潜めて生きていかねばならぬのかもしれません。。

「こおろぎの この一徹の 貌(かお)を見よ」    山口青邨

日々是好日
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「萩の花」。「静かにするということ」。

2011-10-21 09:40:38 | 日本語の授業
 曇り。夜になってから雨が降るそうです。今朝も昨日にひき続き、寒い…。
「キキョウ(桔梗)」も、「オシロイバナ(白粉花)」も、「ツユクサ(露草)」も、季節外れに感じられるこれらの花は、きれいに開いていても、どこかしら寒々しく見えてしまいます。

 ところが、「ハギ(萩)」の花は、今が「盛り」と見えて、逞しく伸びた枝いっぱいに葉が拡がり、溢れんばかりに花がついています。そして、その下には、既にこぼれ落ちた花が濃い紫に変色して大地を染めています。

 「萩の花 暮々までも ありつるが 月出でて見るに なきがはかなさ」 源 実朝

 「たわわ」としか表現できないような、萩の花を目にしてからは、どうも実朝のこの句がピッタリ来なくなりました。あれは、生命力溢れた野生のもので、王朝貴族の雅の世界とは無縁のもののような気がしてならないのです。もしかして、荒れ果てた屋敷裏にでも咲いていたのでしょうか。それならば、わかるのですが。

 さて、昨日は、皆で「旧江戸城辺り」を散策しました。

 数人、声が大きく、同じように来ていた小学生達が静かにしているのと対をなして、どうも少々恥ずかしかったのですが、当人達は注意をされても、その意味が判りませんから、平気です。私の注意を興を削ぐものくらいにしか感じていないのでしょう。
 
 一人話が通じそうな学生がいますので、彼には、教員が静かにしなさいと言っている所では、騒ぐべきではないと言っておきましたが、どうも田んぼの真ん中で騒いでいるのと同じような気分でいるようです。

 人と人とが、かなりの近さで生活をしなければならないところでは、彼ら自身が大声を出しているつもりはなくとも、ガンガン響いてきます。それが隣三軒両隣、筒抜けとなりますと、周りでは、眠れないし、休めない。いい加減にしてくれと言いたくなりもします。ところがそれを言っても、わからない、「この人、変」くらいにしか思えないのです。

 道の真ん中で、大きな声で携帯電話に向かって話している姿というのは、誰が見ても、美しくはないのです。もちろん、日本人でもそうしている人はいます。けれども、そういう人を見る周りの人の目というのは、冷ややかなものです。その人が、止むにやまれぬ事情で、そうしていても、です。小さな声で周りを憚って話していれば、これほど冷遇されはしないでしょうが。

 たとえ、この国の人間であっても、皆から「育ちの悪い人」めいた見方をされてしまうのです。また子供達から見ても、「まったく、躾の悪い大人」ということになってしまうのです。

 できるだけ早く、そういうことをわかってもらいたいのですが。

 もちろん、そうは言っても、彼らが悪い学生というわけではなく、普通に気のいい若者達なのです。ただ喧噪の中で育ったか、或いは大声で隣の人を呼ばなければならない環境で育ったのかはわかりませんが、どんな時であろうとも、大声で人を呼び、話し、叫ぶという習慣から抜けきれません。

 その度に、こちらも、それに負けぬような大声を出さなければなりませんから(聞こえないのです、相手に。気づかないのです、大声でなければ)、それだけで、疲れ果ててしまいます。

 これは根気比べのようなもので、年からいっても、体力からいっても、本来なら、二十歳前後の若者に叶うはずはありませんから、体力を消耗しているのは私の方です。しかも相手は一人ではないのですから。時々、余りにきついし、空しいからやめようと思うこともあります。誰か、気がついた人が言えばすむことですし、改めないのなら、それで、彼らが嫌われればすむことですから。

 とはいえ、そうも言っていられないので、また気を取り直して言い立てるということになってしまいます。こういう人たちが、道のまん中でも、教室の中でも大きな声で私語を話していれば、クラスのまじめな学生たちが困ります。落ち着いて勉強ができません。うるさいし、邪魔です。外を歩いていても、あの学校の学生たちは、ギャアギャアといつも騒いでいると毛嫌いされることになります。

 一体いつになったら、「騒いではいけない時や所がある」ということがわかってくれるのでしょう。今は、「叱られるから、黙る」の繰り返しにすぎず、叱らなかったり、私の姿が見えなくなれば、また騒ぎはじめてしまうのです。まるで『モグラたたき』をしているようで、疲れるのはこちらだけと来ています。

 これも、まずは、搦め手からと考えて、周りの学生を一人ずつ潰していこうと思っているのですが、だいたい、彼ら自身、彼らの国では(このようなことが)問題にはなっていないようで、なぜ町中で大声を出して騒いではいけないのかがわからないらしいのです。

 電車で中学生の女の子達がキャアキャア言っていると、あの人達も大声を出していると言い出す。「あなたはもう二十歳をいくつも出ている。自分を中学生と同じように思っているのか。」この、子供の頃はそうであっても、だんだん「場所柄」をわきまえるようになるということ自体が理解できないのでしょう。まだしばらくは続くことになりそうです、この「闘い」は。ただ、時々、自分まで彼らと同じようなレベルになってイライラさせられているような気がして、本当に耐えられなくなってくることがあるのです。

 普段ですと、授業中、騒いでいる学生がいるとき、ふっとこちらが黙るという手もあるのです。が、それがわかる相手ではないのです。つまりそうすれば、これ幸いと、ますますいい気になって大声で私語を始めてしまうのです。普通の学生にやるやり方ではだめです。通用しません。口で言わなければわからないし、その時は黙っても、ものの五分と続かないのですから。

 こんなに苛つかされるのは、本当に数年ぶりのことなのですけれども。

日々是好日
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「課外活動、『皇居周辺』散策」。

2011-10-20 08:32:45 | 日本語の授業
 曇り。今日は「課外活動」の日です。「皇居周辺」へ参ります。

 昨日の朝の天気予報では、早朝に雨が降るかもしれないと出ていたのですが、学校の「晴れ女・晴れ男」が、「雨女・雨男」を凌いだと見えて、今朝はぎりぎりの曇り空で明けました。

 今日いっぱいは、お天気がもつらしいので、まずは、楽しく過ごせるでしょう。

 以前、皆で行った時に、ずっと雨で、カメラを抱える手が濡れていたのが気の毒でした。雨の皇居は、緑が映えて、それなりに美しいのですが、見学となるとまた話は別のようです。何せ、「写真命」の人たちもいることですし。

 昨日、帰りに、自転車置き場の所でなにやら揉めているのに気づき、窓を開けて聞いてみると、ネパールから来ている「Bクラス」の女子学生が、
「先生、『Bクラス』は、みんな行きません。Kさんが行かないと言うので、Tさんも行かないと言います。だから私も行きません。寂しいですから」と言います。

 彼女は、課外活動の日をいつも楽しみにしてくれていて、今度の「皇居周辺」散策も、「いつですか。行きます。ねえ、一緒に行きましょうよ」と言っていたのです。

 それが…、「う~ん。にっくきKめ」

 すぐに、「来なさい」
「はい、私も行きたいです。でも二人は行かないと言います。だから寂しいです」
「Kには先生が電話して行かせます。大丈夫だから来なさい」
「はい」
「二人共ですよ」

と言うわけで、Kに電話です。そういえば、私が一階の窓を開けた時に、さっと姿をくらましたような気がしました。影が走ったのです。いつもはトロトロしているくせに、こういう時だけはすばしこいのだから。

 素直に出てきます。何を言われるのか判っていたのでしょう。
「はい、判りました。行きます」
「Tさんへは、Kから電話をして、行くと言っておきなさい。本当に全くなんてヤツだ」
なぜか向こうの方が苦笑いをしているのがわかります。

 来日後一年以上も経ちますと、勉強したいと強く望み、またそれなりに努力を怠っていない学生同士の間では、不思議と、密接な関係が生じてきます。時々アルバイトに疲れて休みがちになる学生もいるのですが、「この人は勉強したいと思っている」とか、「この人が適当に過ごしている」とかいうことが、毎日きちんと来ている学生にも判ると見えます。つまり、彼らの間でも、休みがちでも大らかに受け入れることができる人と、そうではない人とが生まれてくるのです。

 休みがちでも、「頑張っている者同士の一員」として認めることができるのでしょう。

こ れはクラスの主な人々が「勉強したい」と思い、「進学を目的として頑張っている」から、なれることなのでしょう。辛いのは皆、同じですから。

 それが、サボるのが当然。学校に来ても、判らないから騒ぐという人たちが、クラスの中で幅をきかせるようになると、教師の方でも、表面的な小手先の作業に追われて、なかなか根本的なところにまで手が回らなくなってしまいます。「その日がどうにか過ごせればいい」になってしまいがちになるのです。

 それには、まず、静かにさせて、勉強したいという人たちを重視し、大切にしているのだと言うことを(こういう人たちは、声を上げませんから)、皆に知らしめなければならないのです。もとより、その時に、騒いでいる人たちでも、態度を改めて、勉強をし始めれば、こちらも快く受け入れるということを、騒いでいる人たちにも判らせておく必要があります。彼らの人格を否定しているのではなく、そういう行為だけを否定しているのだということが判らなければ、彼らとしても救いようがないでしょう。こういう人に限って、傷つきやすい場合が多いのです。

さて、今日のことです。Kのことです。
「行きます」とは言いました、でもそれは昨日のことです。今日、素直に来るとは限りません。昨日だって、抵抗すれば、叱られるということが判っているのに、「行きません」とは言うはずもなし。

 集合は9時ですから、八時半くらいに念押しの電話をしてみましょう。どうせ、そのほかにも「起きろ」コールが必要な人たちも居ることですし。この点、殆ど近くに住んでいるからいいですね。出る時に寄っていけば足る人たちもいますし。

 駅で待ち受けて、電話をかけまくっている教員、手分けして追い出す教員。

 課外活動の朝は、ある意味で、普段の日よりも忙しいのです。

日々是好日
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「『クラス』作りがまだできない」。「母国からの習慣、カンニング」。

2011-10-19 10:28:19 | 日本語の授業
 今朝は寒い。窓を開けるやいなや、冷たい風が入ってきて、イヌの子のようにぶるっとしてしまいました。全く、秋という季節は…予測がつきません。天気予報を、毎日、見るには見ているのですが、どうも右の目は開けて、左の目を閉じるというふうにしか、見ていないようで、すぐに、あしたはどうなる予定(?)なのか忘れてしまいます。そして翌日は、「おおっ」とばかりに、寒さ暑さに驚き、この驚くという新鮮さにまた感動したりしています。

 今、空は厚い雲に覆われています。けれども黒ではなく、やさしげな色をしています。子供の時、図画工作の時間に、失敗して散らしてしまったような、青味を帯びた水彩の灰色の空です。こういう空には、確かに、ほのかに赤味や黄味を帯びた、近頃の木の葉が似合うようです。

 さて、学校です。
「テスト」や「ディクテーション」の時に、「隣の人に聞くな」とか、「隣の人のノートや解答用紙をのぞき込むな」とか言わなければならない…ということに、大きな疲れを感じています。

 しかも、相手は、子供ではなくて、大人です。母国で高校を出ている人たちです。学校で何をしていけないかぐらいかは学んでいるはずだと日本人が思ってもいい年齢に、既に達しています。「そういうことは、してはいけない」という考え方ができないことに、よけいにイライラしてしまいます。

 私の方では、こういう理由でイライラしているのですが、向こうは向こうで、「どうして、こんな、瑣末なことに、つまり、どうでもいいことに文句を言われなければならぬのか」と不満に思っているらしく、その様子がうかがえますから、それはそれで、またカチンときてしまいます。

 彼らの言い分というのはこうです。
「見たっていいじゃないか。双方が、損をするわけじゃあるまいし。それでいい点を取れば、教師の方だって、その場がしのげるし、文句はないはずだ」

で、それを聞いたこちらが、
「そうではない。皆も自分がどこがわかっていないかがわかるし、私たちも皆の問題点がどこにあるかがわかる。そうすれば、そこを強化すべく授業構成や内容を変えていける」

ところが、向こうは、
「そんなこと、関係ない。だいたいそれがどうして必要なのだ。いい点さえとっていれば、つまり形がでていれば、それでいいじゃないか」

「それでいいのではない。表面を糊塗したところで、本当の試験の時にはどうするのだ。そんなことは何の役にも立たない」

 そう言っても、相手は(本番試験でも)どうにかなるとしか思っていないようなのです。ただ、どうも、彼らは非常に無邪気で、いい点を取ったと言って喜びたいがために、そうしているとしか思えないようなところもあるのです。それが証拠に、悪い点を取るのは嫌だから、進学に必要であろうとも、「日本語能力試験」や「留学生試験」を受けない人もいるのです。多分、だれかが教えてくれていい点が取れるなら、受けるでしょうが、これは進学に有利とか不利とかに関係なく。

 実際、彼らの国ではそういうやり方でどうにかなる、そういうやりかたでなければ動かないような社会システム(?)なのかもしれません。あるいは、いわゆる「慣例」というやつなのかもしれませんが。

 だいたい、彼らの国には「カンニング」というくらい響きを持った概念自体がないのかもしれません。そうすることが当然であって、みんなそれをしていれば、「そんなことをするのは卑怯だ」とか、「そんなことをしたら、わざわざテストをする意味がない」などと考える人がいないでしょうから。

 というわけで、お互いに不愉快になって終わりです。幾度繰り返しても、平行線です。何が大丈夫かはわかりませんが、最後には必ず
「先生、大丈夫だから」と言います。

 私にしてみれば、敗北感に包まれたような徒労感を味わって終わりです。こういうのは疲れます。とても疲れます。大海に石を投げ込み、陸地にしようとするようなもの、あるいは、ひしゃくで大海の水を汲み上げ、海を干し上げようとするようなもの。

 去年から、あの国の学生が、入ってきていますから、一年前から、彼の国の学生たちと、延々と繰り返してきた「会話」を、今年も、またしているという勘定になります。無益ですかね。愚かしいと判っていてもしなければならぬことはありますし、言わなければならないこともあるのです。もしかしたら、100人いるうちの、一人でも判って変わってくれるかもしれませんから。

 ただ、そうは言いましても、同じことを毎日繰り返しているのは、互いに辛い。で、時々休みます。昨日は、カッカカッカと来てしまい、「これはいけない」、で、今日はやめるつもりです、よほどのことがない限り。

 なぜかといいますと、こういうことを続けているうちに、自分がどんどん嫌な人間になっていくような気がして、本当に、精神衛生上、悪いのです。しかも立場上、高圧的な態度をとらざるを得ない時もあり、もし、それが習慣になってしまって、普通の日本人に対して、そういうことをしてしまったら、それこそ私の方が友だちを失ってしまいます。

 ただ、また今年になって、一月、四月、七月、十月と学生が来ていますから、またその繰り返しを、飽きることなく続けざるを得ないでしょう。

 この18年以上を過ごしてきた彼らの国の習慣というのは、そんじょそこらの力で変えられるものではないことは、私でもわかっているのですが。どれほど口を酸っぱくして言っても、「そういうことは、いけないのだ」とは思えないようですから。ですから、私が見ているときにはしなくとも、見ていなければ直ぐにしますのです。ばれるようなやり方でしかできないので、直ぐに判ってしまうのです。またばれても平気なのです。それが常識になっている社会というのは、私たちから見れば恐ろしい。

 とはいえ、同じ国で、ご主人の仕事の関係で日本に来ているという大卒の女性が二人、この学校で勉強していたことがあるのですが、その二人とも、そういうことをしませんでしたから、この日本語学校に来ている学生だけがそうなのかもしれません。しかし、彼らだけがして、同国の他の人たちはしないというはずもありません。彼ら曰く、「皆同じ。みんなしているのに、どうして先生は文句を言うのだろう」

 違いは大卒かそうでないかだけなのかもしれません、彼らの言葉から考えますと。もしかして、大学に入れて初めてそういうことを学ぶのかもしれません、これは恥ずべきことで、してはいけないのだと。

 いくら言っても埒が明かないので、結局は、「そんなことをしたら、『留学生試験』も『日本語能力試験』も、採点してもらえない。即、退場で終わりだ」という脅しめいた言葉でしめくくるしかないのです、悲しいことに。

 難しいですね、こういうことは。日本人も彼らの国では皆と同じように、カンニングをしたり、させたりしなければならないのでしょうか。試験中、教えてと言われて拒否できるほどの力を、その国では異国人たる日本人が持てるでしょうか。「いいよ」と、つい、いい人ぶってしまい、そういうことを数年繰り返しているうちに、もう日本では使い物にならないような人間になってしまうのではないでしょうか。怖いですね、こういうことは。

 それからもう一つ。
 机の上のごみを、手で下に払い落とす、その習慣も、説教の対象になるのですが、文句を言われても、その意味が掴めない人がいます。下がゴミだらけになるでしょうと言っても、机の上がそうでなければ、気にならないようで、平気です。そんなことをすれば、アルバイト先でも、進学先でも、日本人から冷ややかな目で見られます。

 おそらくそういう目で見るのは日本人だけではないでしょうが。

 もっとも、こういう生活上のことは、教員達みんなの力で、少しずつ変わってきています。が、学習に関することだけは、なかなか変えられないのです。「宿題」も、「漢字」も書かない、見るだけ。そして、「判った」と言います。「漢字は、いつも書かないと直ぐに忘れる」と言っても、「もう勉強した。できる」と言います。当然のことですが、試験の時には書けません。が、「どうして」とわけがわからないという顔をしています。

 その上、もう一つ。
「Dクラス」では、上のクラスから下りてきた人もいるのですが、教科書の問題を一緒にしているとき、10月生が考えているのに、大声で先に答えを言ってしまうのです。「初めての人がまだ考えているから」と言っても、不満げな顔をしてふくれてしまいます。それで、10月生が判るまで、ヒヤリングなどは繰り返し、聞かせているのですが、「もう判っている」とこれ見よがしに言います。何度か腹に据えかねて(どうして待ってやらなければならないのかという説明はもう先にしてあります。最初は相手のことを考えてあげてねというふうに言っていたものですが。私がそういう態度をとるのは、その後でです)、無視して進めたこともあります。が、そうしてしまったあと、これは私が気が弱いせいもあるでしょうが、どこかいつまでもそんなつまらないことが後を引いてしまうのです。

 こんなことをしていては、いつまでも「互いの立場を思いやりながら学んでいく」というクラス作りができないのです。「Dクラス」では二人以外はみな彼の国の人たちですから、どうしても、そういうやり方は日本では通用しないと言うことがわからないのでしょう。これは、彼の国から来た人達だけの問題ではありません。同国人の、クラスに占める割合が一定以上になりますと、どこの国の人であれ、出てくる問題です。。

 ただ、彼らの、こういう習慣も、彼らが変われる変われないにかかわらず、しつこく言っていくしかありません。この学校に来てしまって、居るのですから。

 まだまだ、精神的な疲れは続きそうです。できることなら、私が、もっとずっと嫌な人間になる前に、変わってもらいたいのですが。

日々是好日
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「高校の資料集」。「昨日までの暑さ」。

2011-10-18 12:27:42 | 日本語の授業
 昨日も、「暑いです」で、始まりました。しかも、お向かいから(マンションの建設工事がまだ終わっていません)ギーギー、ガーガ-という金属音が一日中響いていましたので、窓は開けられません。最初は、やはり(窓を)開けていたのですが(だって、暑かったのです)、「先生、うるさいです」というわけで、窓を閉めて、冷房をつけることにしました。

 ここしばらく、窓を開けても大事無い日が続いていましたので、そろそろ(終わり)かなと淡い期待を抱いていたのですが、それもまた「振り出し」に戻ってしまったような気がします。

 昨日のような天気で、昨日のような状況ですと、「暑いね」の次は、「うるさいね」で、そして冷房へと流れていってしまいます。あまりいいことではないのでしょうが、「うるさい」には勝てません。けれども、これでみんなやっと勉強に集中できました。

 狭い教室に、金属音が鋭く切り込んできますと、精神的にも、いたたまれなくなってしまいます。金属音は、空気を引き裂くばかりでなく、つんざくように脳天にまで響いてきます。

 聞かない振りをして過ごせれば、それが一番いいのでしょうが、こういう音だけは知らんぷりしようと思っても、できるものではありません。音と一緒に顔も引きつってしまうのですから。午後は、幾分ましになりましたが、それでも音は続いています。午後のクラスでも、「暑いね」の次は、「うるさいね」、そして窓を閉め、「冷房を入れましょうか」を繰り返してしまいました。

 さて、「Aクラス」です。
「Aクラス」の学生達は、どうやら地図を見るのに、「困った」さんにならなくてもすむようになりました。途中、夏休みが入りましたが、それでも、半年ほどはかかったという計算になります。

 今では、国名を上げれば(時には地図帳のページを言わねばならなくなる時もあるのですが)、その国を探すのに、それほどの手間を取らなくてすむようになりました。

 これも、初めは、どこの国でも、「世界地図」というものは、自分の国が世界の中心であるかのような作られ方をしているからであろうと善意に解釈していたのですが、実際問題として、一カ所でも知った国があれば、探すのにそれほど困らないはずですから、彼らは本当に他国のことを知らなかったのです。私が言う「他国」には当然、アフリカも中南米も含まれます。

 この学校で、こういうふうに、学生たちに、高校の地図帳を持たせたり、資料集を持たせたりするようになったのは、ここ数年のことです。どうしても、お金のかかることですから、無理強いはできません。最小限の経費ですむようにと日本語の教材も問題集も精選しています。この「高校の資料集」というのは、大学進学を目指す者に、参考として渡すわけで、日本語の授業には、一見関係なさそうにも見えるのですが、様々な情報を与えていく上で、本当に便利なのです。これらがあるとないとでは、彼らの知識の幅と深さに大きな違いが出てきます。

 以前は、教材ですら、あまりお金をかけたくないという人たちがいました。そういう彼らの状況を考えざるを得ないということもありました(もちろん、日本語の教科書や教材は別です)。けれどもそれ以上に、これほど彼らが世界の状況を知らなかったのだという認識が私たちになかったのです。

 ところが、実際に、国の名前も知らない、知っていてもどこにあるのかがわからない(ヨーロッパにあるのか、アフリカにあるのか、中南米にあるのかもわからない。いわゆる有名な先進国であってもです)というわけで、「これは困った。勉強させよう」とばかりに、いざ、白地図に色塗りをさせてみますと、あっちもボロボロ、こっちもボロボロで、ああ彼らは本当に他の国のことを知らないのだうことが判りました。いろいろ考えた末に、お金はかかるけれども、一番上のクラスはやはり持たせた方がいいということになったのです。

 蓋を開けてみると、思っていたよりも楽でした。一人一冊の地図帳は、随分気分を豊かにしてくれます。高校の地図帳の参考部分には、かなりのデータが添えられていますから、その気になれば自分の国のことも知ることができるでしょう。自分の国はこんなもののはずだと思い込んでいた人も、データを目にすれば、偉そうなことは言えなくなります。もちろん、日本を語る時にも、データは必要です。これで私も一回ごとに調べずにすみます。「はい、何ページの上から何行目」と言えば、それから後は、彼らが自身で見、それなりの判断を下せばいいことなのですから。

 本当は、もう少したくさんの資料集を持たせた方がいいのでしょうけれども、それは学生たちに日本語の力がどれだけついているか、また何に興味を持っているかで決まることで、老婆心で買わせても結局は使わず、あるいは使い切れず、つまり宝の持ち腐れで終わてしまうだけでしょう。

 私にしたところで、高校時代の資料集の数冊かは、ずっと持っていたのですが(今でも引き出しに入っています)、それも自分の興味のある分野に限られていました。同じことでしょう。

 ただ、「留学生試験」対策をしている時に、生物に関する問題が出ていれば「生物」の資料集があったらなあと思いますし、「物理」や「化学」、「地学」の実験や現象の話になった時には、それらの資料集があったら、一目瞭然なのにと思います。

 まあ、一年で「日本語能力試験(N1)」に合格できたとしても、大学受験対策などで時間をとられてしまい、一般教養めいた知識を提供するに足る時間は多分、多くて半年、少なければ三ヶ月ほどでしょうし、またその間に「紅葉狩」や、「ディズニーの生い立ちや当時のアメリカ、そしてオリエンタルランドの経営(ディズニーランドへ連れて行く前)」の勉強。そして「年越し」や「正月行事」などの説明や、「江戸博」へ行く前には、「歌舞伎」を含めた、江戸文化についても少々触れなければなりませんから、それほどの時間はないでしょう。こうなりますと、いつも、卒業間近になりますと、あれもしていなかった、これも教えておかなかったということが、次から次に出てきます。

 ただ、そうは言いましても、一年から一年半ほどの間に、せめて、「日本語能力試験」の「N2」ほどの日本語力がなければ、結局は「外国人用の教科書」で終わってしまうだけなのですが。

日々是好日
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「人の力の限界」。「日本の習慣に馴染むまで」。

2011-10-17 12:15:14 | 日本語の授業
 ここ数日、雨が続いていました。特に、土曜日は、止んだかと思うとまた降り始め、陽がさしてきたかと思うと、また途端に暗くなるといった具合でした。しかも、昨日の日曜日は、真夏に逆戻りしたような暑さで、もう少しで30度だったとか聞きますと、途端に汗が吹き出しそうな気分になってきます。
 
 なんといっても、先だっての寒さで、もう今年は(花は)終わりかと思われた「キキョウ(桔梗)」のが、また花を咲かせたくらいでしたから。

 さて、今日はどうなるでしょう。このどうなるかわからないという、予測がつかないことが、あるいはお天気のお天気たるゆえんなのかもしれませんが。

 みんな、お空の全部を支配できていると思っていた、つまり天気を予報できると思っていた…、科学の成果しか判らない、一般大衆の、愚かさをもう一度、考え直した方がいいのかもしれません。

 現場にいる専門家たちは、自然の恐ろしさと、人の力の限界とがわかっていたと、そう思うのですが(もちろん、そうじゃない人もいたでしょう、原子力発電所で、安全神話をぶっていた人たちのように)、彼らの迷った末の結果だけ、言葉で知らされていた一般大衆というのは、まるで科学が万能であるかのような、そんな気に半ばなっていたのです。

 自然の脅威は判っているはずの日本人でも、そうだったのです。情けない話ですが。

 天気予報を見れば、すべて明日のことがわかるくらいに思い込んでいたのです。よく外れていたのに。

 この世には、頼りになるものなど何一つないとくらいに考えて、何事も「眉唾、眉唾」としておけば、悲しむことも嘆くことも、呪うことも、恨むこともなく過ごせていいのかもしれません。

 自然は圧倒的な力を持っています。そのことだけを肝に銘じて、己の享受できる、その範囲内で、こそこそと生きさせてもらう…それくらいでいいのでしょう。

 閻魔様からお呼びがかかるまで、地球に寄宿させてもらっているくらいの気持ちでいた方がいいのかもしれません。

 もう少し年をとったら、テレビやインターネットなどから、情報を得ようと思うことなどをやめて、世間とは異なった時間の流れの中で、生きてみたいと思っていたのですが、それはそれで、周りの人達に迷惑をかけることになってしまうのかもしれません、こういう時代になってしまいますと。

 現代社会は、人と人とが繋がっていなければ、どうも互いに安心できないような具合になっているようです。

 隣人の名も知らず、顔も知らないような生き方をしているにもかかわらず、社会は、どこかで、社会と繋がっていない人を放っておくことはできないようです。また、そういう人を、気になるというよりも、不審とも、怪しいとも思うようです。どうも、困ったものですね。

 さて、秋です。秋は、何の気なしに空を見るということが、多くなってきます。
 夜など、月があればあったで、また雲に隠れていようとも、月に思いを馳せて見たりしますし、雨が降ったら降ったで、雨粒を辿って空を見上げたりしてしまいます。

 こんなことを言いますと、いかにも暇で困っているように思われるかもしれませんが、それはそれなりに忙しい時期なのです、10月も中旬を過ぎますと。そろそろ(大学、専門学校などの)受験が始まりますし、11月には『留学生試験』、12月には『日本語能力試験』がありますし。

 とはいえ、一歩一歩ですね。今年は、まだ焦るまで行っていないのです、自分の方が。人数が少ないからでしょうか、まあ、それだけでもないのでしょうけれども。

 実を言いますと、来年卒業する人たちではなく、もう一年ある人達のことで、走り回らされているといった方があっているのでしょうが。

 それも時間が解決してくれるでしょう。百万言、費やそうとも、思い込み、身体に染みついた習慣というのは、一朝一夕には変えられないことなのですから。毎日、繰り言とも取れることを言い続けていかねばならないだけのことなのでしょう、私たちが。

 とはいえ、雑用の方に振り回されると、ふっと、つまらなくなってしまうのです、時々。

日々是好日
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「『夏の終わり』と『秋』」。「やっと見つかった近所でのアルバイト」。

2011-10-13 09:24:11 | 日本語の授業
 晴れ。けれども、まだうっすらと雲がかかっています。陽射しはそれほど強くはありません。

 もう「ムラサキシキブ(紫式部)」も実をつけているというのに、白い「オシロイバナ(白粉花)」が、咲いていました。夏の花を見かけると、なにやら「食はれ残りの鴨が鳴く」ような気分になってきます。とはいえ、これは春の句。「春雨や」をちょん切って、無季のように使えば、オールマイティです。

「露の世は 露の世ながらさりながら」  一茶

 昨晩も、くっきりとした月が、天空から皎々とした光を投げかけていました。秋は、空が本当に高く見えます。特に夜、きれいに晴れていますと、尚更高く見えます。

 天上から虫の子たちが蠢いているような、この世を眺めていると、どんな気持ちになってくるのでしょう。子供の頃、つまらないことにこの世の中がひっくり返るほどの思いを抱いていた、そういう自分が、ふとかけがえのないような気持ちになってくる、そんな気持ちに似たものを、天上の存在は、感じているのかもしれません。生き物たちの、生きんが為の行為、その愚かさに、例えようもないほどの愛おしさを感じているのかもしれません。

 人とは愚かしいからこそ人であると思いますもの。ただそうは思いましても、

「我ながら 心の果てを知らぬかな 捨てられぬ世の また厭わしき」 藤原良経
で、結局は、
「おしかへし 物を思ふは苦しきに 知らず顔して世をや過ぎまし」 藤原良経 
と、してしまうのです。 

 あるいは、人がそれぞれの損得を勘定に入れて、うまく立ち回ろうとあくせくしている、そんな姿を風景のように見る癖がついているのかもしれません。

「吹く風の涼しくもあるか おのづから 山の蝉鳴きて 秋は来にけり」 源実朝

とはいえ、人は、なかなか、
「悠然として山を見る 蛙かな」   蕪村
のようにはいきません。

 陶淵明は、日本人が好きな中国の文人の一人ですが、そのもじりであるこの句は、かなり成功していると思われます。短歌に狂歌あり、俳句に川柳ありで、人はいつも気を張り続けるというわけにはいかないのです。適当に肩の力を抜かないと、疲れ果てて死んでしまいます。

 さて、学校です。

 卒業生が段取りをつけてくれたアルバイトの面接が、どうにか成功したようです。三名とも、ニコニコしながらやってきました。そのほかにも、あと一名いるのですが、彼は、去年の学生ですので、問題外。心配だったのは、今年の学生である、この三名の方でした。

 まあ、卒業生もいることですし、何かあったら、彼女が連絡してくれることでしょう。あとは、頑張れとしか言えません。つまり本人の努力次第なのです。辛くとも頑張って続けていれば、次に繋がる道ともなるでしょう。「今日は疲れたから行かない」などとやっていると、もう誰も相手にしてくれなくなります。そのことが判るかどうかなのでしょう、結局は。

日々是好日
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「『神』と、『人』と、『動物』と、『草木』と、『細菌達』と」。

2011-10-12 09:14:02 | 日本語の授業
 晴れ。
早朝は雲が垂れ込めているように見えました。半信半疑で晴れるのかしらんと思っていたのですが、六時を過ぎる頃から雲が割れて陽が差し込み始め、そして今は、天晴れな「秋晴れ」です。

 時々、キツネではないけれど、
「われは化けたと思えども 人は何とか思ふらん(『釣り狐』)」
と呟くことがあります。

 これは日本人だけに顕著に見られることなのでしょうか。そばにいるネコやイヌ、あるいは他の動物たちと自分とが区別がつかなくなることがあるのです。特にネコを飼っていましたから、夜、彼らと一緒にいるときなど、その感が深くなるのです。

 いったい何を考えているのかなと彼らの目を覗き込んでいるうちに、一体になっていくような、彼我が交錯するような、そんな感じになってくるのです。

 もしかしたら彼らの方でもそう思っているのかもしれません。こいつ、何を考えているのかなと小首を傾げながら私たち目を見つめているうちに、彼らの方でも、ネコか人か、あるいはネコが人で、人がネコなのか判らなくなっているのかもしれません。

 もっとも、ネコの世界では、私たちを人などと言わずに、また別な呼び方をしているのでしょうけれども。

「彼一語 我一語 秋深みかも (虛子)」

 これは人とだけではありません。高校生の頃、同じく動物好きの友人と、こんなことで話が盛り上がったものでした。彼女が飼っていたのはイヌでしたが、何か話しかけると、「クゥ~ン」とか「ゥワン」とか、必ず、返事をしてくれたのだそうです。

 私の方でも、我が家のネコに話しかけると「フンニャン」という返事だったり、「ゴロゴロ」と喉を鳴らして代弁してくれたりで、会話にならずとも、見つめ合っているだけで時の経つのを忘れてしまったものでした。これは誰もが味わったことのある至福の時とも言えるものでしょう。

 これを「癒し」と言う人もいるのでしょうが、彼我の間には、もっと積極的で、強い絆めいた、別な感情が存在しているような気がします。

 時には、道で会ったイヌやネコに話しかけたり、散歩中の飼い主に連れられた動物たちと話したりしたこともあるのですが、自分の家の動物たちとは明らかに反応が違います。手応えが違うのです。

 家の者同士ということで、互いに信頼関係があるからというような大上段に構えたものではなく、単に「いつも見知っているヤツ」だけの関係であるのかもしれませんが、それだけでも、全く違った心持ちになってしまいます。それほど声を毎日掛け合っている、毎日顔を見ているというのは、親しみの度合いが深くなるもののようなのです。

 人と動物を同じにすることに、我慢できないという人もいるでしょう(こう感じる人は、日本民族の中では、本当に少ないと思いますが)。

 けれども、日本人は、神であれ、人であれ、動物たちであれ、草木であれ、細菌であれ、みな同じ線上で生きていると感じている民族であるような気がします。それゆえに、一神教の世界の人々とは、なかなかに相容れないものがあるような気がするのですが、どうでしょう。

日々是好日
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「卒業生の紹介、『アルバイトの面接』」。

2011-10-11 07:57:09 | 日本語の授業
 晴れ。連休が続いています。

 先日、遊びに来てくれた卒業生に、「七月に来たのに、この近所に、まだアルバイトが見つかっていない学生がいる」と話すと、彼女のバイト先に、募集しているかどうか、聞いてくれました。そして面接してくれるということにまでなったのですが。今日がその面接の日です。自転車で行けば、二十分ほどの距離だと言います。

 ただ、これまで、面接に行っては断られた理由というのが、「日本語のレベルが、ちょっと…」ということでしたから、卒業生の好意を無にすることなく、なんとかうまくいけばいいのですが。

この工場は、学校の勉強がある時間はさけて仕事を考えてくれるようですし、あの辺りは工場地帯で、初めていくものにとっては迷路同然だということも判ってくれているようです。お願いしたら、10時の約束を11時に変更してくれたと卒業生が言っていました。

やはり持つべき者は卒業生、自分が苦労したことを忘れないでいてくれる卒業生です。

「相身互い」というのは、日本のみならず、世界共通のようです。

 留学生であるということを全く考慮せず、授業時間に連絡してきたり、その時間に来るように強制したりするような工場や会社もあるようなのですが、そうした点、この工場では、最初からきちんと応対してくれるので、助かります。

うまくいくといいですね。まず生活が成立していないと、落ち着いて勉強することもできません。毎日学校で勉強していても、どことなくアルバイトが決まって生活が安定している学生に比べ、どこやら不安げで、見ているこちら側としてもかわいそうに思えてきます。しかも、彼らの母国では、今年の台風の被害は甚大だとか。稲がみんなやられたので、今は送金を頼めないと言います。やはりどちらにしても、自分の力で歩めてこその留学なのでしょう。

日々是好日
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「新入生の手続き」。

2011-10-07 18:36:07 | 日本語の授業
 快晴です。
 昨日は、学生たちが登校してくる頃から、陽射しが強まりました。9時半頃、新入生を連れて市役所に行った時には、わずか十五分ほどの距離なのに、汗が滲み出てくるほどでした。一昨日とは全く違うこの天気の変化についていくのは、日本人であろうとも難しいところです。

 市役所でのこと。連れて行ったのはベトナムから来た新入生二名と、通訳を兼ねた世話係としてのベトナム人学生二名です。

 古参の学生たちは、歩きながらいろいろなことを話してきます。私の方も、彼らの言葉の使い方で、誤ったところがあれば、適宜、訂正、説明を加えていきます。と、急に女子学生が「おはようございます」と、市役所の入り口で車係をしていた日本人男性に声を掛けました。そして、そばにいた他の学生にも「挨拶をしなさい」と言っています。

 「ねえ、先生。挨拶は大切ね」
さすが。一年以上日本にいると、知恵がついてきます。人間関係の潤滑油たるものがなんであるか判っているのでしょう。そういわれて、今年の一月に来た男子学生は、慌てて後ろを振り返り「おはようございます」と一礼。

 中に入っていくと、「先生、こっち、こっち」と私を連れて行きます。「あのね、あっちの人の方が優しいの。親切なの」と、奥にいる女性を指し示します。

 「あの人だったらいいなあ。」新入生は、なんとなく「そうなのか」と、順番が、うまく彼女になるように、期待を込めたまなざしで彼女を見つめています。

 すぐ前の番号の、中国人女性が呼ばれて彼女の前に行った時には、「ああ。だめです」と、皆、明らかにがっかりしていました。ところが、その人がすぐに終わったのです。四人で「よかった、よかった」とすぐに彼女の前に行きます。私はすぐに戻らねばならなかったので、後を学生たちに託して、学校へと急ぎます。

 後で聞くと、ちゃんとできていたようで、やはり、先輩達は頼りになりますね。

 さて、新入生達です。

 午前中は事務手続きをし、午後は、授業、2日目です。一昨日は、挨拶や教室用語、「ひらがな」や「カタカナ」のチェックくらいでしたので、彼らにしてみれば、教科書を使っての、日本で最初の授業ということになります。

 後半の時間が私で、発音を主にして授業をしましたが、それと同時に宿題のやり方や、提出の仕方などの説明を一応しておきました。前からいる学生達はいいのですが、新しい人たちは初めて聞くことばかりで、しかも通訳を通しての話ですから、はっきりとはわからなかったことでしょう。それもこれも、一日一日を大切にしていけば、判ってくることばかりです。また、判ってくれることを期待しています。

日々是好日
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