日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「東京成徳大学・日本伝統文化学科見学」。「楽しい思い出が、また一つ増えました」。

2014-09-30 15:28:14 | 日本語学校
 晴れ。朝のうちは曇りで、かなり涼しかったのですが、すぐに雲はどこやらへ行き、暑くなってきました。

 さて、今日は、午後の学生達(一年生)は、お休みで、二年生達(来年の三月卒業予定)は、東京成徳大学への見学に行きました。  

 見学といいましても、学生達の目的は、「平安装束」を身にまとうことであり、「鎧」を身に付けることなのです。

 というわけで、いつもより早めに行徳駅に集合します。少しばかり遅れた学生はいましたが、予定通り、8時半の電車で、東葉勝田台へ向かいます。この時間のものですと、乗り換えは一度だけで、東葉勝田台に着いてからは、スクールバスに乗りかえます。駅のバス停には、東京成徳大学の学生さんが一人、迎えに来てくれていました。

 乗っていたのは、だいたい、15分くらいでしょうか。

 着くと、早速、教室で、学科の紹介とか、入学試験についての説明を受けます。それがすむと、すぐに体育館に向かい、着付けが始まります。

 学生達はあらかじめ配られていた写真を見ていたので、何を着るかを決めています。ただ、重なるものもあったので、その時は、待ちです。待つ。先に来た人が、着替えるまで、その人を焦らせることなく、ひたすら待つ。

 勿論、時間に制限がありますから、最後になったときには焦るのではないかと思ったのですが、そういうこともなく、最後になっても、それなりにおっとりと着せてもらい、写真を摂ってもらうと、またにっこり。
 
 驚いたのは、皆、自分に似合う色、似合う装束を知っていたこと。学生達の出身国は、スリランカ、ベトナム、フィリピン、日本の平安時代の装束について知っている人などいなかったでしょうに。本当によく似合っていました。

 もとより、着付けがうまい人が着せてくれたからでもあるのですが。

 着付けが終わり、全体写真が終わると、早速着替えて着物を畳んでいきます。これも初めての経験で、着物というものが反物でできているのがよく判ったと思います。糸を外せばまた元の反物に戻るということも。

 片付けが終わると、すぐに皆で学内を見学し、食堂へ。そこでお昼をご馳走になり、それが終わると、また図書館の見学へ。そして最後はまた教室に戻り、質疑応答と、いろいろなお話を聞きます。〆はミッキーマウスの声のお見送り。

 皆で感激した一日でした。

 日本伝統文化学科の先生方、学生さん達、本当にありがとうございました。学生達に忘れられない思い出がまた一つ、できました。

日々是好日

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「知恵とは何だろう」。「『ジコチュウ』はいけません。『ジコチュウ』は」

2014-09-29 09:32:56 | 日本語学校
 晴れ。

 秋晴れです。雲一つありません。

 御嶽山が噴火して死者も出たというのに、ここがこんなに穏やかで、爽やかで、いいのかしら。

 日本は本当に災害の多い国です。

 とはいえ、人が知恵を持ち始めると、できるだけ棲みやすくしたいと考えるようになりました。そこから、肉食獣と闘っていた時の記憶が甦り、「自然と闘う」なんて愚かなことを言い始めるようになったのでしょう。昔は(自然を)畏れ敬い、どうにか人間の棲んでいける処を見つけ、居させてもらうくらいの気持ちしかなかったでしょうに(自然と神とは同一でしたもの、どの民俗においても、太古は)。

 「闘う」のも嫌なら、「征服」なんてのも、嫌な言葉です。「津波がここまで来るから、、皆、ここから下(しも)には住むな」。人は体験を経験に変えて、後世の人達に伝えていったはずなのに、気がついたら、古文書は埋もれ、神社や寺の「津波の印」も苔に覆われて、刻まれた文字さえ判別できなくなっています。

 そして、調べたら、己の住んでいる場所が、昔は津波によく襲われていた処であったり、沼地であったりしたことが判るのです。けれども、もう生活は始まっています。今さら、大枚をはたいて、違う土地に家を建てることも、仕事を変わることもできません。

 始めっから、そこが、そういう土地であることが判っていたらとその時は思っても、「数百年に一度」という言葉に惑わされて、結局はその(危険な)土地に居続けることになるのでしょう。

 時々、「知恵とは何であろう」と思います。「津波はここまで来た。だから、ここより上(かみ)に住め」というのが知恵なのか。高い防波堤を延々と築き続ける技術が知恵の結晶なのか

 最近はよく「粘菌」の知恵(?)を使っての、科学技術の開発を耳にも、目にもするのですが。「粘菌ね…」何かあったとき、どちらの方向に逃げればいいのか、人よりも粘菌の方がずっと良く察知し、行動できる…ならば、人とは何なのだろう。「霊長類」なんて烏滸がましい名前は避けて通った方がいいのではあるまいか…とも思ってしまいます。

 人というのは本当に悩ましい存在です。

 さて、学校です。

 「Aクラス」では、だいたい私たちの言わんとするところが判るようになってきました。先日も、このクラスで、「シッポ」の話をしたのですが。

 日本人もこの地で生まれ、この地の習慣やものの見方、考え方などの「シッポ」を持っています。けれども、異国へ行ったとき、それが通用しないことが多いことも判っています(なぜか、日本人は自分達の考え方、見方が他国の人達とは違うはずだと思っていますから。…変ですけれども)

 ただ、日本も昔は「藩」なんてのがあって、その時はこの藩が「他国」でしたから、「他国者はわからん」なんて言っていました。今は、大半の人達が、小学校、中学校、高校、大学と上がるにつれ、その交際範囲が広がり、人に対する理解も深まっていきます。自分と違う人が多いぞということで、人に対する「既知」が減り、「未知」が増えていくのです。

 世界が拡がるにつれ、違う考え方の人達に出会う機会も増えていきます。急激に他者を理解するのではなく、少しずつ、まずは自分の国の中で、そういう経験を積み重ねていくのです。

 外国へ行っても、最初は、この「しっぽ」は硬く、大きく、色も濃い。しかも、何事かをなそうとするときに、すべて以前のやり方でやれと人に命令する。己の考え方がすべてであると決めつけ、他者の考え方を理解しようともしないし、そういう違う考え方があることを受け入れようともしない。

 それが、その地の言葉に習熟していくにつれ、その「しっぽ」はだんだん柔らかくなり、相手を受け入れられるようになっていく。透明とまでは行かなくとも、「色」も薄れて、形も曖昧になっていくのです。

 その国、その民族の「微妙な」言葉の遣い方がわかり、また使えるようになってくると、の話なのですが。

 これは、話せるだけでは難しい。そう思います。その国の書物が読めるようにならねば、やはりその国のこと、その民族のことはわからないのです。その国の言葉で書かれたものは、その民族の「叡智」であり、「宝」でありますから。それでも、これは相対的に判るだけのことでしょうが。

 10年、その地にいても、20年いても、やはり、生まれたときからの「シッポ」が薄れない人がいます。つまり、「水が欲しい」とかは言えても、相手を感じる言葉は遣えないのです。日本語は「感じる言葉」であり、「考える」と「感じる」は、日本語に於いては同義であるともいわれています。この「感じる」がないと、日本で暮らすことは難しいのです。もっともどこの国でも同じでしょうが。

 多様な歴史、文化・習慣を持つ人達が一緒に住むという考え方には反対ではありません。何事も一色はよくない。いろいろな国の人がいて、互いに尊重し合い、様々な意見を出しあった方が、社会は豊かになり、文化も発展していくと思います。が、ただ、日本人がやっとの思いで築き上げてきたものを、全く理解できない人は困るのです。自分(自国)流のやり方で、この地でも押し通そうとする人は、困るのです。その上、そういう人は日本人とだけではなく、他の国の人達とも摩擦を起こしがちになるものなのです。何事においても、「ジコチュウ」は、いけません。

日々是好日
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「日本語学校での勉強は、言葉だけではありません」。

2014-09-26 08:51:29 | 日本語学校
 晴れ。
昨日の雨が嘘のように晴れ渡っています。青空。

 さて、学校です。
 「10月から勉強したい、させたい」という在日の方からの問い合わせが、夏休み頃から数件ありました。

 中には遠い所からの方もいました。その場合は、まず毎日が試練になります。日本語を『初級Ⅰ』からやろうという人の大半は、電車のラッシュになれていないのです。来日後すぐとか、一か月か二か月後という人が多いのです。そういう人が毎日、たとえ30分でも電車に揺られ、学校に通えるかというと、疑問符がついてしまいます。多くは友だちが欲しいからとか、異国で一人ぼっちで一日を過ごすのに耐えられなくなったからとかいう理由で、日本語でもという気になる場合が多いようですから。

 それで、(友だちがいて、ここがいいと言った場合は別ですが)近くの日本語学校を教えて、そちらに見に行ってみるように勧めることも少なくありません。

 その他にもご主人が、「今度来る妻に日本語を学ばせたい、ついては云々」という場合もあります。その時には「奥さんが来られてから、二人で考えて決めたほうがいい」と言うようにしています。一つは旦那さんが決めた路線のままに歩くのが嫌だと言う人もいますし、勉強が苦手の人もいますから。それに、同国人がいなければ嫌だという人も、もう近くに同国人の友達がいるから、寂しくないので勉強なんてしたくないという人もいますし。

 結局は、その人(勉強する)の気持ち次第なのです、こんなことは。学ぶと言うことを看板に掲げた留学生であっても、とにかく金もうけのできる外国へ行きたかっただけという人も少なからずいたくらいでしたし。

 もとより、卒業生であったり、他所で教えたことのある学生の紹介や彼等の身内であった場合は、そのまま素直に受け入れています。ここのやり方(私たちのやり方)を知っている人なら、大丈夫だろうということで。それでも、途中でどこかへ行ってしまったり、ここにいるときに真面目に勉強しなかったりした人の場合は、ちょっと確認をとってしまいます。「本当に頑張れる?」と。

 それでも、二度来たり、教材を買ったり、あるいは既に学費を払ったりしている人も、数人いるようです。その他にも、来ることを決めたら、9月の末にはもう一度電話をくれるように言っておいた人もいますから、もしかしたら、10月生クラスは、在日の人の方が多いということになるかもしれません。

 というわけで、「Aクラス」は、上の階の大きい方の教室を「10月生」に譲り、こじんまりとした東の教室へ引っ越しせねばならなくなりました。

 こう告げると、「ブウブウ」とお決まりの文句が出たのですが、「あの教室で勉強できるのは一番上レベルの人達だよ」で、一瞬、し~ん。「だって、2年いたって、最後までついてこられる人ってのは少ないからねえ」で、また、し~ん。「中国人が多かった時だって、1年で『一級』レベルへ行ける人ってのは多くはなかった。その人達も最後はここだったからねえ」。何となく化かされたかなと見渡すと、一人が、「先生、去年の『10月生』もあそこだったね」。よく覚えていましたねえ。そうでした。

 でも、不思議なもので、何となく一番上の人達はあそこへ行くのかという雰囲気になりましたから、よかったかも。

 勿論、慣れ親しんだ教室を出るのは嫌でしょう。けれども、小さい学校ですから、これまでにも、1,2度は移動しているはず。ある時は一階の教室へ行き、またある時は、三階へ。そしてまた一階に戻ったりと、みんなあちらへ行ったりこちらへ行ったりしていますからね、決めたら早いのです。いつまでも、言っても詮無いことを、諦め悪く、ぶつぶつ言うような学生は、多分、日本語がこのレベルまで来ているような学生のうちにはいないでしょう。

 言うまでもなく、人には様々な才能があり、皆が皆、語学に長けているから頭がいいというわけではありませんし、日本語の能力ですべてを決めてしまおうとしているわけでもありません。ただ、日本に来て、日本語学校に入り、そこで日本語を学んでいるうちに、日本のさまざまな事、これには、日本人の感じ方から考え方、ものの見方まで入ると思いますが、そういう知識も増えていくはずです。これが、2年いても、レベル的には「初級」から毛が生えたくらいでしかないと、私たちも話の持って行きようがないのです(つまり、そういうことを教えられないまま卒業と言うことになります)。

 日々のできごと、学生達との遣り合い(異国のもの同士では必ず摩擦が生じます)などを話し、それについての自分の考え方・見方を話すと共に、「あなた方はどう思うか」と問うて行かなければ、「N2」さえ合格できないでしょう。

 問題集をやらせながら思うのですが、「単語もわかる、文法も判る、内容も七分方わかる」であっても、最後の答えが違うのです。だから、またひきかえして内容を確認していかねばならないのです。どうしてそう思ったかを聞いていくと、そこには、「日本人ならそう思わないよなあ、絶対に」という感じ方をし、答えを出している場合が少なくないのです。それを一歩一歩磨り減らしていくようにしていかなければ、日本人の文章に対する答えは見いだせません。また、そうでなければ日本人とは、やり合えないでしょう。「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」ですもの。

 それが、下のクラスではそうは行かないのです。日本語のレベルが低いということは、そういう文章を読んだこともなければ、話も通じないということなのです(決まり切ったアルバイトの言葉は別です。同じことの繰り返しですから)。ある程度のところまで話せないし(判らせることは難しい)、まず、自分の国の尾っぽを引きずったままですから、それぞれの国の考え方で正邪を決める(己と違えば、「邪」なのです。)。それが1カ国であったら(一クラスが皆同じ国)、この国の人間はたまらんなあと、お互い(日本人と彼の国の人間と)、そう思い合っていれば済むことでしょうが、数カ国かあると、一つの国との間でそういうことが発生すると、他の国の人間は目引き、袖引きとなる。

 下のクラスで(クラスの中で)多少ともできていれば、こういう人は彼らの国でも上を知らない(自分より上のレベルの人を知らない)でしょうから、自国と同じことをやっていても、恥とも何とも思わない。「1年経っていてもこのレベルかよ」と思うのですが、欠席が多いので、学校としても手の打ちようがないのです。来ても寝ているか、携帯とにらめっこしているか、しかも一番前の席で。

 「『うっぷして寝る』くらいなら後ろに行くように」と言っても、「勉強するから前にいる」と言う。「でも、いつも、寝ているか、携帯で遊んでいるかでしょう(だから取り上げた)」。「私は夜寝ていない。あなたならこういう時どうするか」と言い返す。…だから後ろで寝ればいいのに。わけがわからない…。

 けれども、うっぷして寝たり、携帯でずっと遊んでいるなら、(2年目の学生)3列目か4列目に行くのが当然でしょう、他の人の邪魔にならないように。だって、どのクラスにも、どんなに眠くとも起きて勉強したい人がいるのですから。尤も、1年目の学生なら、4列目です。3列目までは真面目に勉強していますから、3列目で携帯を見て遊んだり、うっぷして寝たりしてはいけません。

日々是好日
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「見えたことしか、判らない。見えないことは…、知らない…かもしれないけれども。」

2014-09-22 10:20:06 | 日本語学校
 晴れ。

 早朝の雲が切れ、きれいな青空が拡がっています。

 台風が週の中ほどには関東地方に来るかもしれない、否、おそらく来るであろうと言われているのですが、今のところ、その影は見えません。

 草叢からの虫の声はすっかり秋色に染まり、樹々の姿も、静まりかえって見えながら、冬の準備に葉を落としたり、染めようとしたりして、どこかしら気ぜわしく感じられるのも面白い。

 さて、学校では、進学をしたいという割には、先のことを何も考えていない学生が何人かいて、(そういう人に)「先生に任せます」とか、「先生が決めてください」とか言われるたびに、ため息をついています。

 そして、もう一つは身の程知らずもいて、これも、また、困る。

 出席率が、かなり低く(しかも、それほど勉強ができない)、入管で問題視されるのではないかと思われるような人でありながら、「私は頭がいいから、大学へ行く」と言います。(学校に)来ても、スマホから離れられず、(随分遅れてきても、空いていれば、堂々と一番前に座るのです)ずっと(画面を)見て、ヘラヘラと一人で笑っているのです。何度注意しても、喉の奥で笑い、判りましたと言うばかり。言っても、2,3秒も経つとまた見ている。

 取り上げると、「お願いします、お願いします」と言い続け、授業になりません。私の方が無理難題を言って苛めているような感じになってしまう。だから、もう、何も、そして誰も相手にしません。暖簾に腕押し、豆腐に鎹、何をやっても無駄なのでしょう。ただ面白いことに、他の国の人は白い目で見ているのに、スリランカ人は何とも思っていないようですから、彼の国はこういう人でも、普通なのでしょう。こういう人間に対しては、(こちらは)…だったら、自分は特別だとか、頭がいいなんて思って欲しくない…なんて思ってしまうのですけれども。

 こんなのが大学に入っても、大学側が困るのではないかと思うのですが、金さえ払えば、どんな外国人でも入れるようなところへ行くのかしらん。まあ、捨てる神あれば何とやら申しますから、こういう人と波長が合う人も、ところもあるのでしょうけれども。

 ただ、私たちが大切に思っている(留学生を大事にしてくれ、育ててくれるという)大学には、決してやりたくないですね。最初は判らなくとも、入れてしまってから音を上げ、もう二度と(この学校からの留学生は)嫌なんてことにもなりかねません。そうなると、次の年からの留学生が行けなくなってしまいますもの。少なくとも、こちらの言うことを理解しようと努める、真面目で、きちんと勉強する人以外は、やる気にはなりません。

 大学というところは、四年間あるのです。その間に、視野を広め、彼らの国では経験しなかったことを通して、知識を広めていってほしい。それが一番大切だと思うのです。

 以前に、こういうスリランカ人の女子学生がいました。

 スリランカと日本の違うところと銘打って、「スリランカ人は、みんな家を持っています。けれども、日本人は、自分の家を持っていません」(へえ、日本人にはありませんか。と言うと、「ありません。でも、スリランカ人にはあります」と胸を張って言う)。

 次に、こんなことを言う人もいました。
「スリランカにいるとき、日本人は、頭もいいし、体も強いと聞いていた。けれども、日本に来てから驚いた。日本人は体も弱いし、頭もそんなによくない(つまり、自分の方が頭…ここで彼が言っているのは、レストランとかの仕事のことでしょう…もいいし、体も強い)」

「愚か者は自らの体験から学び、知恵者は、書物(他者の経験)から学ぶ」

 そこが限界なのかも知れません、彼等の。

 「頭もよくない、仕事もできない、体も弱い(力がない)日本人」が、どうしてこういう国を築き、「頭もいい、仕事もできる、体も強い彼等」が、どういう国であるかを考えないのです。

 もっとも、彼等が「愚か」であるというわけではありませんし、変な人というわけでもありません。ただ、いくら言葉を尽くしても、「理解してもらえない壁」というのがかなり早い時期から厳然として聳え立っているのです、一部の人には。

 せっかく外国に来ているのに、彼等はきっと、私たちが学んで欲しいことを学ぶことができぬまま、帰国し、自分の体験だけを語り、だから、自分は偉いで終わることでしょう。だから、変われないのです。どうやったら、よくなるかを考えないんだ…。どうしたらいいかを考えないんだ…。彼等を見ていると、時々身につまされることがあるのです。このままで行くと日本はどうなるのだろうと…。彼らの中にある自分が見えて、(彼等に腹が立つと同時に)焦ってしまうことがあるのです。

 まあ、これは学生達とは関係のないことですが。

 文字が読めない(漢字が多少読めても、文章の意味が全く掴めない)ということは、自分の周りの人々からしか、何も吸収できないということです。学校が僅かばかりの知識の拠点となるのでしょうけれども、机について学ぶことが、余り得意というわけではなければ、私たちが百万言費やしたところで、そのうち、どれくらいを感じ取ってくれるのでしょう。十くらいでも、判ってくれていたら、御の字と言わねばならないのかもしれませんし。

 勿論、これは、スリランカの、一部の人だけのことではありません。日本人だってそう。

 まるで、合わせ鏡ですね。

 多分、少しばかり日本人の方がマシであるにすぎないのでしょう。だれでも、自由に(国内旅行のような感覚で)外国へ行くことができれば、自然に視野も広がることでしょうし、国内にいても、国外の様子を楽しむことができるわけですから。最初はツアー旅行で行けば、何も肩肘張っていく必要はないのです。だから、簡単にスイッと行ける。ここが違うのかもしれません。

 世界には様々な国がある。ただ、何を見るか、見ることができるかです、要は。悪い所ばかり見て、己を尊しとするか、己の足らざるところを他者に見て、学ぶか。

 外国に行くだけでは何にもならないのです。「行った、見た、買った」だけでは。 

 勿論、将来、家庭を持ち、子どもに、「お父(母)さんは外国へ留学したことがあるんだよ」と言い、片言の外国語でも話してみせれば、子どもは親を尊敬するでしょうから、また、それも、無駄ではないのでしょうけれども。

日々是好日
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「昨日、実習生の研究授業がありました。終わってホッとしたことでしょう」

2014-09-17 17:23:07 | 日本語学校
 晴れ。

 薄く雲はかかっていますが、晴れ。秋らしく涼しく、今日はすごしやすい一日になりそうです。

 昨日、実習生2人の研究授業がありました。落ち着いて、いつも通りの姿で、授業ができていたと思います。学生達も、協力したい、いい所を見せたいと思っていたようでしたが、なにせ、日本語力が限られていますので、歯がゆい思いをしたことでしょう(留学生の方が、です)。

 ただ、彼女達の授業を見ていて、思い出したことがありました。

 そこは、ちょうど、学生達を四つの班に分け、代表者によるくじ引きで旅行先(京都、北海道、東京、富士山の四つ)を決め、そこでの活動を短文のかたちで作るよう説明していた時のことだったのですが。

 まず、一つは個人作業で。
各自が、彼女達が用意した写真を見て、四つの短文を作ります。それから、旅行先でのことをいろいろ想像しながら、それ以外の、つまり自由な短文を六つ作ります。
 もう一つは、グループでの作業です。
皆で話し合って、各自が作った短文から、いいものを十選び、自分達の班の作品として、皆の前で発表します。

 学生達は、最初、途惑っていました。どうしていいのか判らなかったのです。旅行先も判る。短文作りも判る。ただ「四つ」と「六つ」と「十」が一人歩きし、何が「四つ」で「六つ」で、「十」なのかがわからない。

 これを、聞いただけで、理解するというのは、至難のワザ(なにせ、今年の四月に来たばかり。しかもヒアリング力の乏しいベトナムの学生が半分を占めている…)。図か絵を見ながら、説明を聞いて、それでやっと理解するという、つまり、視覚と聴覚の二つを総動員せねば、判らなかったのではないか。

 もちろん、後で学生達の机を巡視しながら説明を加えていたので、それはそれでよかったのですけれども。

 実は、私が言いたかったのは、実習生云々と言うことではなく、私も、今でも、同じようなことをしているというようなことなのです。

 特に、上のクラス(たとえば、「N2」クラス)の授業が終わった後、すぐ下のクラス(たとえば「N5」とか「N4」クラス)などへ行ったとき、こうなってしまうのですが。「あららら、君たちは『N5』だった…ごめん」となって内心ひやりとしてしまうのです。

 学生達は、こちらの言ったことを真面目に考え、理解しようとして、固まっていたりするので、すぐにハッと気がつくのですが。本当に、冷や汗ものです。訂正しようとしても、まだ聞き取れるほどではありませんから、正しく伝わるとは限りませんし、それに、却って判らなるということも、なきにしもあらずですし。ですから、余計なことを言わない方がいい場合も多いのです。あまり誠実ではないやり方ながら、そこで話を打ち切るなんてこともしばしば。

 それはさておき、授業はうまく行きました。学生達は、一生懸命考え、いい答えが出ていました。実習生の彼女達もホッとしたことでしょう。

日々是好日
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「もう、秋です」「ズルはだめ、本当にだめです」。

2014-09-16 08:43:40 | 日本語学校
 曇り。

 今年は、夏がゆっくりと移ろい、秋になったという気がしません。蟬時雨の後すぐに、涼やかな秋の虫たちの合奏がやってきました。夏の終わりを告げるヒグラシ(蜩)の声も、今年は聞いていませんし…。彼等は、いったい、どこへ行ってしまったのでしょう。今年は地上に出るのを諦めたのかしらん。それに、アカトンボ(赤蜻蛉)も、あっという間にいなくなってしまいましたし。

 秋って、ゆっくりゆっくりと来るものであり(それだけ、夏というものが、なかなか、去ろうとしなかったのです…)、「一雨毎に涼しくなって秋至る」はずでしたのに、「(関東地方以外は)豪雨だ、山津波だ」と災害のニュースに逐われているうちに、突然のように、「秋!」がやって来たのです。

 これって、却って、体が疲れてしまいそうです。「急に」というのは、楽なことであれ、辛いことであれ、あまりいいことではなさそうです。

 さて、学校です。

 学校は今、実習生を中心に回っているのですが、同時に、「日本語能力試験」の願書書きや、「N2」「N3」合格を目指しての勉強も始まっており、休みが少し増えてきた学生には、「今、休むと後が辛いぜ」と、ついつい、吠えてしまいがちになっています。

 もっとも、これも合格を目指して頑張っている学生だけになのですが。

 お国柄というか、国で18年以上を育てられてきたわけですから、その「培われてきた根性」というのは、いくら外国に来たとはいえ、そう簡単には変えることはできないのでしょう。勿論、私もそうですし、この学校の教師達も皆そうではあるのですが。ただ、教室では本当に困ることもあるのです。

 スリランカ人の、テストにおける、「ズル」は、どうしたらいいのでしょうね(何期か前までは、それがベトナム人でした)。隣に聞くから始まって、時には隣の答案用紙を手元に引き寄せ、丸写しする。その相手がいないときには、紙に答えを書いておいて、それを膝の上に置き、こっそりと見る。バレバレですのにね。

 取り上げる(相手は25才くらいです)、それも大人げない。それで、「できてもできなくてもかまわない。今、覚えているのを書けばいい(僅か10くらいのものです。しかも答えはあらかじめ言ってあります。だって10個なんですから)」」と何度繰り返し言っても、やはり写すのです。

 嫌なのでしょうか、点が下なのが。嫌なら勉強すればいいと思うのですが、「(勉強しても)覚えられない」というのです(練習したと言っても、「写した」だけだったら、何回書いても覚えられるはずがない。意味を理解していなければ。偏と旁の関係、それがわからなかったら、カタカナで押していってもいい)。

 フィリピンやガーナ、エジプトの人も覚えられたし、また、彼らの近くの国、パキスタンやバングラデシュでも覚えられた人はいました。勿論、スリランカ人でも勉強して、「N2」レベルの漢字を皆、覚えた人はいたのですから。

 もとより、苦手は判る。十のうち、覚えたのが、三つか四つであっても、一つであっても、それは文句を言いません。何事にも、いくら頑張っても苦手なことはあるし、やりたくないことだってあるでしょうから。

 ただ、ズルはだめ。ズルをした方がいい点を取って、威張るというのはだめ。それはいけないことです。

 そうやって、ズルをして、多少ましな点(勉強していないから、写し間違いをするのです)を取って、それを人に見せびらかすという了見もいただけない。そういう「字」を私が訂正して返しても、見もしないでしょうから、勉強にもならない。試験はただの無駄、私にしても徒労となってしまいます。そういう人にとっては、その場がしのげればいいだけなのでしょうから。
 
 以前、ベトナム人がそうでした。「ベトナム人の特徴はカンニングだから、もうこれは身に染みついているのだろうな。変えられはすまい」と思っていたのですが、いつ頃か、人に見られる(テスト中に、見る人が多かったのです)のを嫌う人が現れ、あれれ、これはどうしたことだと驚いていうちに、最近は見ない(カンニングをしない)人の方が多くなっています。ただ、スリランカ人は変わりませんね。

 できなくてもいいのです。毎回、いい点を取るのは、きっと難しいことでしょうし。なぜなら、アルバイトをして、とても疲れるときというのはあるはず。そうであれば、その日は勉強なぞできないことでしょう。それもわかる。「先生、昨日はしませんでした」と困ったような顔をして言っても、だれも責めたりはしません。日頃、ちゃんと頑張っているのがわかっていますから。それだって、ご愛嬌なのです。

 本当に「ズル」はいけません。だって、頑張ったら頑張ったなりの点数がもらえるのは、学校にいる間だけなのですよ。社会に出たら、いくら頑張っても、認めてもらえないことが山ほどあるのですから。

 とはいえ、人は、よく見ているものです。

 成績は悪くとも、何事であれ、ひたむきにしている人は、だれかが見ていて、認めてくれるものです。また何事かをひたむきにしているうちに、人は、どこかで様々な技術や知識を身に付けていくものなのです。

 適当に、サボりながら、ズルをして、見かけを取り繕おうとする人は、いつまでも今のままのレベルで、さまようことになってしまいます。これでは、学校でだめなだけではなく、社会に出てからも認められないでしょう、信用されないという意味で。人は見ていないようで見ているものですし、鈍感なようで、案外に敏感なものなのです。

 本当に、ズルはだめです。「日本人は、学校(子供同士)でも、会社(大人同士)でも、ズルをする人が嫌いです」と、そう言うと、ベトナム人学生が、非常に真面目な顔をして、「それは日本の習慣ですか」と聞いて来ました。一瞬、言葉を失いましたが、「アメリカでもそうだと思う。イギリスでもドイツでもそうだと思う」。これは習慣云々じゃないのです。だって、「ズルをした人の方が点数がいい。給料がいい」なんて、嫌じゃありませんか。

 けれども、多分、いくら努力しても報われない国では、ズルをしない方が馬鹿なのでしょう。盗めるのに盗まない方が愚かなのでしょう。自分は貧しい家に生まれたから、あるいは自分は都市に生まれなかったからと、生まれたときから大きな差がつき、それが一生変わらないという国ではそうなのでしょう。

 とはいえ、留学できる彼等は、それほど貧しい家に育っているわけでもないのです。一応、留学に出せるほどの家に育っているわけですから、やはり、ズルをするのはおかしいのです。

日々是好日
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「蝉の声が絶え、秋の虫たちの季節になりました」。

2014-09-08 09:48:59 | 日本語学校
 曇り。

 昨日は、一日中、降ったり止んだりを繰り返していましたが、今日は、どうにか持ちこたえてくれそうです。

 蝉の声はぱったりと消え、秋の虫たちの声が、夕方になるとひときわ甲高く響いてきます。今までは上空からの声であったのに、最近は大地から響いてくるようで、こういうのにも、季節を感じます。

 さて、学校です。

 今日も、8時頃にやってきた実習生を見ると、ここへ来てから三日が過ぎ、何となく慣れてきたような感じがします。

 石の上にも三年と言います。何とかも三日やったらやめられぬとも申します。三日が過ぎ、落ち着いてきたのでしょう。

 私も、以前、新しい仕事に就いたとき、3週間、3か月と、こういうステップで、仕事に慣れていったような気がします。一応、様になるのは(レベルはともかくとして)三年だなと思ったのを覚えています。三、三、三というリズムで、慣れていくのです。

 ところで、学校の靴箱のことです。

 先週末、靴箱が新しくなりました。この学校も、つい、この間まで、肩ぐらいの高さの靴箱でそれほど問題はなかったのですが、最近は学生数も増え、しかも背の高い学生や体格のいい学生がいますから、ちょっと手狭になっていたのです。今度のは、天井近くまで段があります。上には大きなスリッパを置き、背が2メートル近くある学生には、そちらの方を取ってもらいます。

 朝は、そんなわけで、てんやわんやしていました。中には、これ幸いとそのまま裸足で入っていこうとする輩まで出てきて、これを捕まえるのに、また大騒ぎ。皆、9時1分前か、2分前ぐらいにやってくるので、それでなくても、いつも、玄関は団子になっているのです。

 帰りも、また、大変でしょうね。慣れるまできっと三日ぐらいはかかるのでしょう。

日々是好日
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「東京成徳大学から、実習生が来ました」

2014-09-04 08:31:35 | 日本語学校
 晴れ。快晴です。

 昨日は、朝、晴れかと思ったら、雲が出てき、ん?曇りかなと思ったら、また陽が射してきて、最後には、どちらでもいい、雨じゃないのだろうからという気分になってしまいました。

 一昨日は、久しぶりに蒸し暑く、会う人ごとに「また、暑くなりましたねえ」と繰り返していました、「夏の途中に、急に秋になったかと思ったら、また夏の暑さがぶり返してきた。これから残暑が始まるのかしらん」。多分、みんなそう思ったのでしょう。

 しかしながら、きっと、騒いでいたのは日本人だけだった…ようですね。来日後、一年、経つか経たないかの学生達には、それが、どうも、ピンとこないようで、(日本の夏とは)こんなものだという顔をして座っているのが、またおかしい。

 本当は違うのですよと言いたいのだけれども、これから彼等が日本で暮らして行くであろう日々を思うと、こちらの方が現実になるかもしれぬという気がしてきて、ちょっと怖くなってしまいます。

 さて、学校です。

 昨日から、実習生が二人、来ています。朝、早めに来た学生が、「あれ?」という顔をして、チラチラと見ているのがおかしく、ちょっと早めでしたが、早く来た学生に、ご褒美の感じで紹介してやりました。学生さんは、まだ大学生ですからね、知らない人(在日の方ですが)に、しかも外国人に話すとなると、心の準備がいるようです。緊張して、年長者に対するように、礼儀正しく、自己紹介していましたから。もっとも、彼女の方がずっと年が上だったので、それでよかったのですが。

 二人とも東京成徳大学の学生さんです。一度、先生に連れられて来ているので、上のクラスには、前日、実習生のことを話すと、「覚えている」と言っていました。

 とはいえ、実習の二人は大変ですね。二年生達は、異国暮らしの経験が1年ありますから、その間、外国人と話す機会、やり合う機会も多々あったことでしょうから、場慣れしています。あっちの方が上手(うわて)、彼女達の方が、慣れずにオタオタしてしまうことでしょう。

 これまで、何人か実習生を受け入れてきたのですが、その中でも、スッと外国人の中に入っていき、しかも、ごくごく自然に入って行けた人が一人いました。「構え」が、なかったのです。見ていると誰に対しても、そういう態度を取っているようでしたから、きっと、これは天性のものなのでしょう。今、この学校で教えてもらっているのですが。

 日々是好日

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「新学期…初日は、まあ、無事に過ぎていきました」

2014-09-02 09:51:06 | 日本語学校
 晴れ。

 久しぶりの快晴です。

 雲一つない青空がどこまでも拡がっている…勿論、電線やら電柱やらビルやらで、細切れに区切られてはいるのですが、時々、フッと辺りが拡がって見える所があるのです。

 通勤途中、信号の待ち時間にも、何気なしに、空を見てしまいます。朝は、青空や雲の形を、夜は、月や星(少ないのですけれども…。何と言いましても、地上が明るすぎるのです)を。勿論、羽田空港に近いので、飛行機を何機も、同じ空間で、見ることもあります。

9月…。空が美しく見えるとき。

 小学生の頃、友だちと雲の形で楽しんだことがありました。学校で習う雲の名称というのも、結構面白いのですが、それよりも風に流されて、どんどん形を変えていく時の方がずっと面白い。

 今から思えば、子供の時って、随分時間があったのですね。それに、何もかもが、面白かったような気がします。ハチが飛んでいても面白い。カボスがなっていてもおもしろい。なぜか、真っ白い雲の下で、笑ってしまう。

 青空の下、草の上に、寝転がって空を見上げていたり、木陰で涼んでいたり、子供の頃というのは、(何だか、いつも動いていたような覚えがあるのですが)本当は、ずっとぼんやりしていたときの方が多かったような…。

 そういえば、子供向けの公園なんてのか、近所に四つか五つありましたっけ、サッカーとかができるような。それに、日本では、子供だけが遊ぶというのも普通ですから、他の国と比べてみれば、かなり恵まれていたのかもしれません。

 さて、学校です。

 昨日は、休み明けの初日ということで、学生以上に教員の方が、ドキドキしていたような気がします。勿論、「Aクラス」や「Bクラス」では、「忘れずにちゃんと来るかな」くらいのものなのですが、これが、今年の4月生だったり、7月生だったりしますと、「単語を覚えているかな」とか、「活用が消えていないかな」というのが心配になってくるのです。

 昨日の段階で言いますと、「Aクラス」や「Bクラス」では、まあまあ。いつも通りといったところ。で、「Cクラス」や「Dクラス」はと言いますと、まるで休みがなかったかのように、ごく自然に、学校生活が始まっていました。…なかかないいな。

 勿論、中には、問題がある人も多少いたようですが、それでも、この「当たり前の日常」の形がきっちりしていると、そうではない人は弾かれていくので、これはとても大切なことなのです。つまり、その、あまり学校へ来ない、勉強もしないという人達が、どういう動きをしようと、大半の学生は、流されない。動じずに「普通の留学生生活。つまり勉強し、アルバイトをする」を続けていくことができるのです。

 「学校に来て、勉強することが、当たり前」。この、一見、普通すぎて、なぜこれが心配なのかと不審を抱かずにはいられないようなことが、留学生を持つ日本語学校に於いては、それほど普通のことではないのです。

 今は、この学校でも、それが普通になりました。出席率がそれほど芳しからざる学生でも、三人ほどを除けば、別に問題があるというわけではないのです。言葉を換えて言えば、「ただ、頑張れないだけ」ということで、「生活する」ということに疲れてしまっているのです、最初の一年間は。アルバイトがなければ(失職したときなど)、「今、アルバイトがないから、勉強をたくさんする」と言って、ニコニコと学校へやって来ますし。

 こういう人たちは、国では、やはりいい子だったのだろうなということが察せられます。日本でアルバイトをしながら、勉強するということに耐えられるかどうかというのは、彼らの国にいるときには、(私たちが彼らの国で面接しても)あまり見えてこないのです。

 「日本に行ったら、勉強だけではなく、アルバイトもしなければならない。その上、自分で掃除や洗濯もしなければならないし、料理も作らなければならない。大丈夫?」と、高校を出たばかりの若者に言っても、「はい、頑張ります」としか言いようのないことですし。

 来日後、親元を離れて暮らせるは、外国にいるはで、解放感に浸って、部屋で大騒ぎをする人も出てきますし、アルバイトに疲れて、部屋をゴミだらけにしてしまう人も出てきます。

 だいたい、普通に暮らして落ち着いてくるのが、半年から1年ぐらいでしょうか。時々、そのまま、流されてしまって、卒業という人も出てきますけれども。何と言っても、結局は、(いくら友人や学校の教師などが支えても)、自分と現実との折り合いを、一人でつけねばならないのですから。

日々是好日

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「新学期が始まりました」。

2014-09-01 09:48:11 | 日本語学校
 雨。

 早朝は降っていなかったのですが、「今日は一日中、雨」との予報に、慌てて早めに出てきました。が、五分ばかり遅かった…。出たときは、ポツン、ポツンくらいだったのに、小学校の角を曲がる頃には、それが、かなり大つぶになり、もう、それこそ急いで(私としては)速くペダルを踏んで頑張って来たのですが…濡れてしまった…(もう、乾きましたけれども)

 ところが、それが、着いて2、3分もすると、また小降りになり、そしてまた、止んで…。このときはガックリと来ましたね。それでも、また、降り始めたようですから、今日は、「5分降っては、5分止み」が、続くのかもしれません。

 さて、今日から新学期。忘れている人もいるでしょうね、今日から学校ですよ。

 休み中も、何度か学校に来て、勉強をしていた人もいましたが、その反対に、一度も顔を見せなかった人もいました。ということは…、皆が顔を揃えられるかどうかは…ちと怪しい…ということなのでしょうね。

 夏休みがあると、日本人であっても同じことでしょうが、新学期が始まっても、なかなか休み癖が取れない人もいますから。まあ、それが普通なのでしょうけれども。

 休みの時は、アルバイトの時以外は、自分の好き勝手に時間を使えた。普段は行けない友達の所へ、電車に乗って行ったり、秋葉原や銀座などへ行くこともできた。ところが休みが終わると、途端に、学校生活に戻らなければならない。毎日、苦手な、勉強と格闘し、その上、アルバイトに追われる生活が続くことになる。アルバイトはお金がもらえるからいいけれども、勉強はお金を払って、しかも文句を言われるのだからたまらない。あ~あ、こんなはずではなかった…。

 結局は、何をしに日本へ来たのかを忘れずにいられるかどうかなのでしょうね。国でも勉強が嫌いだった(ここで言う「勉強」というのは、学校でのことです)のに、何を好んでこんな目に遭っているのだろう…と、日本に来たことを後悔している人もいるのかもしれません(けれども、不思議なことに、誰に聞いても、「後悔はしていない」と言うのです。日本での生活は楽しいと言うのです。「アルバイトが大変でしょう。勉強も大変でしょう。なのに…」と言っても、そうなのです)。

 とはいえ、日本語学校で受ける日本語教育というのは、毎日学校へ来て、言われたとおりのことさえしていれば、そんなに苦手意識を持たずにすむ程度のもの。毎日学校へ来ないから、また、来てもずっと眠っているから、辛くなるのです。

 中には、「僥倖を期待し、何でも一気にできてしまう」と思い込んでいる人もいて、困りもの(そう思える理由がわからない。これまで、国でも、彼等が期待しているところの「僥倖」なんて起こらなかった。それが日本に来て突然に起こるなんてことはあり得ない…のに。こんなこと、少しでも考えれば判りそうなものなのに。もっとも、考えないから、期待できるのでしょうけれども)。語学に関しては、普通の能力しか持っていないのに、「来週、きちんとするから大丈夫」と言い放ち、やろうとしない人もいる。この「来週」というのは、永遠に続く来週のようで、いつ聞いても、「明日から」とか、「来週から」と言う。

 「普通の(能力の)人は、何でも、コツコツと、一歩一歩、歩いて行かねばならないのですよ」と言うのですがね、どうも、それが判るのにも、能力が必要なようで、これまた、大変。

 教室でそれを繰り返せば、お互いに不愉快だし、毎日それを聞かされることになる、他の学生達にとっても、堪らないこと。で、結局、誰も何も言ってくれなくなるのでしょう。これは、とても悲しいことなのですが、それも、よくわからない…ので、何とも思わないのです。

 そう、思っていると、夏休み中に遊びに来た卒業生が、こんなことを言っていました。彼は、IT関係の専門学校へ行ったのですが。

 「今、私は、一人で漢字の勉強をしています。日本語の勉強ができるのは、日本語学校のときだけ。だから、今、一生懸命に勉強すればいいのに、みんなはそれがわからないんですよ」

 …君も、ここにいるときはわからなかったんだろうが(ムカッ)。私の顔色を見て、

 「先生、後悔していますよ(あのとき、きちんと勉強しておけば良かったと思って)。だから、弟にはそうさせません。一緒に暮らして、ちゃんと勉強させますから」。

 そうですね、弟には同じ轍を踏ませないように、ね。

日々是好日
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