日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「『頑なさ』を持つ『困ったさん』の、もう一つの『すばらしさ』」。

2009-04-30 07:35:23 | 日本語の授業
予報通り、いいお天気が続いています。今朝もくっきりと晴れ渡っています。昼は暑くなるとのことですが、朝晩は、肌寒いほどです。なんと言っても、旧暦でしたら、まだ、卯月の上旬といったところなのですから。

 ところで、「頑なさ」についてです。こういう仕事をしている関係もあるのでしょうが、初めは、そういう人に対して「困ったなあ」とため息をついていました。しかしながら、最近、それを、否定的に見ることに、ためらいを覚えるようになったのです。

 勿論、学生があまりに「頑な」で、言語の拠って立つ所の(日本の)文化を無視したり、日本語に対する勘が悪すぎるとなると、私とて、腹が立つのは事実です。ここは日本語を教えるところで、日本語を学びたいと来ているはずなのですから。
 が、それとは別の面で、「ま、いいか」という心が生じてきたのです。

 これまで、この学校にも、「どうして『日本語学校』に来てしまったのだろう」と、こちらが不安に駆られてしまうような人が、時々、入ってきていました。この人達は、別に学習能力が劣っているというわけではないのです。理解力は人並み以上にある人もいました。ただ、「他者の言語」を学習するに、「適さない」のです。

 既に親しんでいた言語(母語)に、頭の先からつま先までどっぷりと浸かっていて、よそ者が入り込む余地がないのです。言語に関する限り、「融通無碍」のはずの心が、新参者を敵視し、排斥しようと躍起になっているとしか見えないのです。

 その上、残念なことに、そういう人の大半は、自分の日本語が、日本人にうまく通じていると思い込んでいます。実際は、通じていないのにも拘わらず。彼らの思考回路は、本当に見事に、日本人のそれとは、重なり合わないのです。思考回路が、どうも交わるところなく、平行線で進むか、或いは立体交差で、ずれてしまうようなのです。
 私にしても、「なぜ(彼、或いは彼女は)こう言うのであろうか」と、さんざん頭を捻った挙げ句、それから、「ああ、こう考えて、それで、ああ言ったのか」と、間の抜けた頃に合点するくらいなのですから。

 外国人とそれほどの交流がない人だったら、「いったい、どう言うつもりなのか」と、きっと宇宙人を見るような目つきで見てしまうことでしょう。

 これは、注意すれば直せものであるかというと、そういうものでもないようなのです。このような回路を一本ずつ、「この時は、こう。あの時は、ああ言う」というふうに配置し直さねばならないのです。が、それとても、四六時中、私たちが彼らの傍にへばり付いているわけにもいきませんから、見落としも多いのです。帰納的に考えていくことが、(言語においては)うまくできないようなのです。全くこれは、どうしてこうなるのかと、こちらの方が歯がゆくなってしまうくらいなのです。

 もっとも、当人は、通じていないことすら、わからないようで、アッケラカンとしています。自分の話す日本語が、日本人にわかっていないということを知ったら、きっと驚いて腰を抜かしてしまうかもしれません。

 けれど、これを別の面から見ますと、どこへ行こうと自国の文化を「カタツムリの殻」のように背負っているわけですから、すばらしいことだと言わざるを得ないのです。日本語学校に、日本語を勉強すると言って来たのが間違いだったと言うだけのことで、「流行に流されない」とか、「利害得失に左右されない『頑な』な頭脳を持っている」というのは、ある意味では、自国の文化を後世に伝える得難い素質を持っている人と言えるでしょう。

 私は、これまで、日本は島国で、しかも小さい国だから、何でも、相手に合わせようとしてしまうのだと思っていました。けれど、日本よりも小さい国なのに、また、大海に孤立する島国であるにも拘わらず、そういう国民性を持っていないという所が少なくないのです。

 口では、いかにも相手に従うかのようでありながら、また、優しく、自己主張が全くないように見えながら、一皮むくと、岩盤のような殻に包まれた「自国の言語、自国の文化、自国の風土に適した思考方法」が、逞しく存在を誇示しているのです。

 恥ずかしながら、私は中国語を学んでいる時、相手に呑み込まれないようにするのが、やっとでした。「死ぬのは日本じゃなければ嫌だ」と思っていましたし、「日本人のまま」でいたかったからです。つまり、努力しなければ、「日本人たる自分」を維持できなかった部分があったのです(勿論、これは、考え方だけです。他国にいたわけですから、他国の人が嫌がるようなことは、しないようにしていました。相手に合わせる必要があったのです。それが嫌な人は、帰ればいいのです。大半の人には、自分の立派な国があるのですから)。

 しかし、「頑な」な人は、何も無理をしなくても、「生まれ育った国の人」のままでいられるのです。もしかしたら、地球が、英語に席巻されているかのように思われる今も、そして、将来も、自国の文化を守り、言語を守っていくのは、こういう人達なのかもしれません。
 「頑なさ」というのは、「バベルの塔」を憎んだ神が、人類が存在する限り、あらしめようと決意した、一つの「毒の種」なのかもしれません。けれども、考えようによっては、人類を救うことになるかもしれない「多様性の種」なのです。私には、そのよい面しか、今は考えられないのですが。

日々是好
コメント

「『藤棚』の写真からの偶感」。「『何でも見せる』上での心構え」。

2009-04-28 08:07:30 | 日本語の授業
 今朝も上天気です。一週間はこのお天気が続くそうですから、金曜日、横浜も、きっとすばらしいお天気で、私たちを迎えてくれることでしょう。

 さて、今年も、この頃になりますと、「あしかが(足利)フラワーパーク」の広告(見事な「藤棚」の写真)が、新聞に挟まれて、やって来ます。なんと言っても「足利」ですからね、学生達を連れて行くには、少し遠い(一日仕事になります)。しかし、この写真だけは、いつも彼らに見せています。本当に惚れ惚れするくらい見事な「藤棚」と「藤の老木の姿」です。

 こういう罪のない「写真」に限らず、学生達に紹介するのは、何でもいいのです。日本語を学ぼうと日本へやって来ている学生達には。
 私は、自分がいいと思ったら、何でも拘りなく、彼らに見せています。日本へ来て、日本語を学んでくれている人達です。彼らにとって、いったい何が、日本を理解していく上で役立つのか、実際のところ、私にも、わからないのです。

 勿論、日本と彼らの国との間の、いわゆる「歴史問題」もあります。彼らが、それぞれの国で受けてきた「教育の程度の差」もあります。彼ら自身の「資質」も関係してきますし、「各民族の文化や習慣の違い」も考慮せねばならぬでしょう。
 私が言っているのは、それらを、肚の底に、しっかりと入れた上での、「何でもいい」なのです。

 つまり、それが原因で、何か厄介なことが起こっても、「受けて立つ」くらいの「肚」を据えていなければ、軽々に紹介するのは、避けた方がいいと思うのです。そうした上での、「何でも紹介する」でなければならないと思うのです。「何でも見せてやる」でなければならないと思うのです。

 「人と人との関係」というのは、傍から見ているよりも、ずっと微妙なもので、それがきっかけで、恨まれたり罵られたりするのが怖かったら、何もしないほうがいいのです。所詮、外国人同士なのですから、自分と同じことを感じて(考えて)、ものを見てくれているとは思わぬ方がいいのです。

 ただ、このように腹を据えた上で、つきあっていきますと、驚くほど心の交流が出来ることがあります。

 そのためにも、私たちは、常に相反する二つの面を考えながら、仕事をしていかねばなりません。
一つは、互いが、異なった風土で生まれ、(自分たちとは)異なった文化・宗教の下で育てられたきた者であるということ。
もう一つは、「どのような事があろうと、同じ人間だ」と腹の底から思い合うということ、そして、それを行動で示すということ。

 これは、どちらが欠けてもいけません。片方だけでは、互いにこころよくつきあうことは出来ないのです。

 ただ、学校では、日本の習慣のほうに、寄り添ってもらいます。彼らは日本にいるのですから、この風土の中では、日本の習慣を守った方が暮らしやすいのです。勿論、常に彼らは、無理をしているのだということを忘れないようにはしていますが。

 それに、一言加えますと、こうできるのは、今、自分の手元にいる学生に対してだけです。私とても、自分の手を離れている学生には、手は出せません。今、彼らが、どういう気持ちで生きているのかを、もう察することができないのです。

 ここ(この学校)にいる間は、自分(教師)の出来ることをしていくが、ここを「(彼らが)卒業」したら、学んだことを生かしながら、それぞれの道を歩んでいってもらいたい。また、そうできるようにしておくのが、本来ならば、教師の仕事というものなのでしょう。

日々是好日
コメント

「クラス作り」。「『常勤』と『非常勤』の差」。

2009-04-27 08:02:47 | 日本語の授業
 今朝も、晴れです。
 昨日の大風が嘘のように凪いでいます。昨日のような大風が、もし北京なんぞであったなら、もうそれだけで、服は真っ黒、顔も煤で汚したようになるでしょうが、東京は楽です。外出して戻ってきても、「ああ、風が強かった」で、別にどうということもないのです。
 運悪く、公園や幼稚園、小学校のそばなどが、そばにありますと、(「砂場」が遊び場にありますから、その砂が飛んできて)悲惨なことになりますが、そうでない限りは、まあ、洗濯物も風に吹き飛ばされないようにしっかりとつけるのは面倒ですが、別にいつもとは変わりません。

 ただ、海岸沿いにある「東西線」だけは、だめです。「これくらいの風で、根性なしが」と呟きたくなるほど、風に弱いのです。(直ぐ海に注ぐ)川の上を走っているからでしょう、それも一つというわけではありません。少し風が吹くと直ぐに「徐行運転」に早変わりです。

 私も、ここ(行徳)に来て初めて、「風による徐行運転」なるものがあることを知りました。「葛西」あたりで地下に潜ってしまうので、風は関係なくなってしまうのですが、地上に出てくると、途端に風の強さに左右されてしまいます。科学技術がいくら進んでいると言っても、所詮、こんなものです。

 さて、学校です。
 新入生が多く入ったクラスでも、新入生だけのクラスでも、それぞれ少しずつ「クラスらしく」なって来ています。あともう少しといったところでしょう。

 これらのクラスに属している人達、つまり、「就学生」と「在日生」ですが、このうち、新しく入った「就学生」は、(四月に来たので、「四月生」と呼ばれます)は、これから、二年間、ここで勉強することになります。別のビザで日本にいる人には、この(「就学生」ゆえの)期間の制限というものはありません。

 ただ、在日の方であろうと、ここは、「学校」ですから、「○○教室」と言われる所とは、違うということをわかってもらわなくてはなりません。
 「○○教室」のように、「行きたい時に行く。お金を払っているのだから、遅れようとどうしようと、それは私の勝手でしょう」は通じないのです。ルールは守ってもらいます。

 「○○教室」ならば、教師は決められた時間に講義ないし、技術の実演を見せたりしているわけで、遅れたら、それだけ勉強できないだけのことです。遅れようが、不熱心であろうが、「互いに関知しない。よそ様のことだから」で済みます。「みんな頑張ろうよ」など言う気のいい人がいるかもしれませんが、それだけのことです。

 教師にしても、「クラス作り」などという面倒なことはしません。彼らは「専門家」であって、「教育者」ではないのですから。まず、「教えていくためには、どうしなければならないか」とか、「環境(これは抽象的な意味です)作り」とかを考えたりしません。専門に関する知識や技能がありさえすれば、それで事足りるのです。また、そこへ通う人もそれだけを必要としているわけで、あとはそれぞれの教師のお人柄というところでしょうか。それさえ十分であれば、人は集まります。散っていくのも早いでしょうが。

 ところが、「学校」と称される所に常勤している教師は、「それ」だけでは、いけないのです(「非常勤『教師』」は別です。その人達には、別に責任はありません。なぜなら、私がこれから言う意味での、期待はされていないからです。まず、条件は「毎日いて、学生を知っている」ということなのです)。

 「非常勤『教師』」は教室に行って、言うべきこと為すべきことをすれば、それでも十分なのです。それ以上は、学校側も要求すべきではないのです。毎日いて、学生指導まで担当しているわけではないのですから。彼ら(学生)の進路までの責任はないのです。与えられた「部分」を、そつなく教えることが出来ればそれでいいのです。
(本来、それはとても難しいことなのです。この場合、その教科書全体の流れは、自分のものではないのです。他者の流れの一部分とならねばならぬのです。私でも、その流れを自分のものとして引き戻すのに、10分くらい、時として、30分ほどもかかることがあります)。

 そういう「非常勤」という立場の教師でも、楽に授業が進められるように「クラス作り」をしておかなければならないのです。それをするのが、学校に常勤している教師の最初の仕事でもあるのです。

 今、「最初の」と言いましたが、ある意味では、これは「上がり」でもあるのです。
 なぜなら、これが一番難しいからなのです。「最後」に、また「ここ」へ帰ってくるのです。「クラス作り」が出来るほどの教師であれば、まずは「上がり」のレベルにいると言ってもいいでしょう。そういう人には、こちらといたしましても、何も文句は言えません。こういう業界では、それができない人が大半なのですから。
「(自分の知っている日本語の知識を)しゃべっていれば、それでいいのだ」と勘違いしている人が、多くを占めていると言っても過言ではないでしょうから。

 勿論、人生、明日、何が起こるかわかりません。しかし、どのような事があろうとも、「人事」は尽くしておかねばなりません。「天の力」をそれによって引き寄せることができる場合だって、ないわけではないのですから。

 ただ、この尽くせる「人事」も、教師によって、「天と地」ほどの開きがあります。その人の能力によって見える「高さ」が違いますから、当然、出来ることも違ってくるのです。それに、問題なのは、それに対する教師の理解力です。それらの能力がないか、まだ備わっていない人には、能力がある人の行動というものが、普通、理解できないものだからです。

日々是好日
コメント

「『俗謡』とは、人の心の虫を捕らえるもの」。

2009-04-24 08:05:08 | 日本語の授業
 今朝の空は、昨日のように「真っ青」とはいかないようです。夜中には雨も降り出すようですし。ただ、まだ日差しはあります。この、いいお天気も、今日までということになりそうです。

 私事になりますが、何となく、やるせない時、『梁塵秘抄』や『達節小歌』、『閑吟集』などの、いわゆる「小唄」が口をついて出てくることがあります。
 大上段に振りかざした「詩歌」と称される「正統派」もよいけれど、人の心に巣くう虫は、どこかしら、それでは解決できない思いを抱いているようです。

 「ただ 人は 情(なさ)けあれ  夢の夢の夢の  昨日(きのふ)は今日(けふ)の いにしへ  今日(けふ)は 明日(あす)の むかし」

 「憂(う)きも 一時(ひととき) 嬉(うれ)しきも  思ひ覚ませば 夢候(ぞろ)よ」

 「思うたを 思うたが 思うたかの  思はぬを思うたが 思うたかよの」

 刹那の感情というものを、言葉で切り取るというのは、非常に難しいことです。ポロポロと落ちていくどころか、時によっては、塊りで、網を蹴破るように落ちていきます。
 しかも、落ちていったもののほうが、残されたものより、真実の分量が多かったなどという笑えない話もあることですし。

 言葉にならぬ「思い」を、全く今の気持ちとは関係のない「事象」、或いは「場面」で表すという、一種の「追い詰められた」表現方法があります。それが、時として、当時の人々の真実を窺わせることにもなります。
 仮託された「思い」というのは、言葉の枠を超えていくものです。千年の時を超えるものとしては、その方がふさわしい場合も少なくありません。

 こういう「小唄」をよみ、心の中で、数を数えるようになぞっている時、心は時を超え、いつしか、当時の人々と心を通わせ、その「場」に座しているというような感覚に陥ることもあります。もちろん、これを「手前勝手な言いよう」と嗤うこともできるでしょう。

 戦乱の続く世、しかも、今、保たれている命が、一時(いっとき)後には、失せているかもしれないような時代に生きた人々の「刹那的な感情」に支配されていた「生き様」と、平和であるがゆえに、「最低限の、ここに『ある』ことすら、幸運と感じる」ことが、わからなくなっている「現日本人」とは、本来ならば、繋がりようもなく、それは、ただ「そんな気がする」だけに過ぎないのかもしれません。当時の人々の感性と、我々のそれとは、また、全く違うでしょうし。

 けれど、奥深いところで、共に存在している「虚無」的な要素は、とてつもなく、しっかりと手を握り合っているような気がするのです。

 日本では、「平和」は「1945年8月」から続いています。「朝鮮戦争」や「ベトナム戦争」などへの、日本政府による「貢献」はありましたし、後の中東戦争における「貢献」もありました。が、生まれた時から戦争や紛争、戦いというものを知らない人間が、この日本では、ゴロゴロしているのです。
 国家間や民族間の、宗教やイデオロギーによる戦争ないし紛争が、地球規模で広がっている現代においては、この国の有り様は、「奇跡」としか言いようがないでしょう。

 けれど、今、日本人の中に、この状態を「ぬるま湯」のようだと感じている人が数多く出ているのです。「平和」とは、「得難いものだ」と思わずに、何か、自分に枷を填めるもの、変わりたいのに、今の自分から抜け出せない、その原因ででもあるかのように、見なしているのです。

 人間の「本性」というのは、「戦い」を好むものなのでしょうか。あるいは、「戦いの世」を当然と見なすものなのでしょうか。
 人というのは、「すばらしい存在である」と思いはするものの、平和が続くと、荒々しい嵐を恋い慕い始める「危うい存在」にも思えてくるのです。

 全き平和の世に住んでいる人間と、いつ死が襲ってくるかもわからない戦乱の世の人間と、一見したところ、全く共通点がないようにも思われます。
 しかも、そういう時代に生きた人と、我々とは、ものに対する感性も違うはずです。
 その上、今の日本人は、本来ならば、何事かに、「追い詰められて」など、いないはずです。

 ところが、今の日本人は、何かに「飢えている」ようなのです。何かに「焦がれている」ようなのです。生きていることさえ、不思議であった時代と、その気持ちに、その一点で、つながりが生じているような気がしてならないのです。

 それを、人々の目の前に曝し、自分は、「ヒト」という「動物の尾っぽ」から逃れられない存在であることを気づかせるのが、いわゆる「俗謡」と称されているものなのかもしれません。

 しかしながら、言葉というのは不思議な存在です。ある言葉を発見し、それを遣ってみる。ぴったりだとその時は、誇らしく思ったり、感動したりするかもしれません。しかしながら、その時が過ぎれば、もしかしたら、それはもう「うそ」になっているかもしれないのです。それに、言葉を重ねれば重ねるほど、その人の気持ちとは遠ざかるということもあるのです。

日々是好日
コメント

「『五月一日、横浜散策』の準備」。「新しい『クラス』づくり」。

2009-04-23 07:37:19 | 日本語の授業
 今朝も晴れ。風もなく、いい「洗濯日和」となりそうです。

 さて、学校では、五月の一日に、横浜散策に出かけます。

 「わあい。遊びに行くぞ(本当は勉強です)」と、大喜びの学生達に比べ、教師の側は、インターネットを使ったり、雑誌を見たりと、「横浜」調べに余念がありません。
 若い先生は、「一日活動です。解散した後も、そこに残れる学生は、夜景を見るように言った方がいいし、それに、遊びに行けるところをいくつか紹介しておかなければ。お金が、かからなくて、楽しめるところはないかしらん」と、計画作りに汗を流しています。

 学生達には、こういう(人の)思いを、なおざりにしてもらいたくはありません。何事であれ、自分が、今、楽しめるのは、そうさせてくれている人がいるからだということを常に心に留めておける人になってもらいたいものです。「お蔭様」の精神を生かしてもらいたいのです。
 勿論、計画する側は、(横浜に)出かけたことで、将来、彼らに、何がしかの思いが残り、また、それが役立つことにも繋がれば、それでいいのです。気持ちにも、張りが出ることでしょう。

 しかも、今年は、「横浜開港150年記念」の年でもあるそうで、催し物が目白押しです。ただ、「横浜周遊券」は六月一日からですし、「巨大蜘蛛ロボット」など、学生が喜びそうな催しものは既に終了しています。どうも、日にちが合いません。
 とは言いましても、従来通りのコースでも、大丈夫。大半の学生は横浜が初めてなのですから。しかも、みんなでいくのですから、きっと楽しく、面白いと思うのですが、そこはそれ、調べる者にしてみれば、調べれば調べるほど、欲が出てしまうようなのです。
 
 ところで、教室での授業のほうでは、「(新入生達の)クラス作り」が、少しずつ進んでいます。
 「初級」のクラスは、在日の方が、途中から、(新たに勉強を始めるために)入ってくるということも多く、「勉強に目が向いている」クラスを早目に作っておかなければ、新しい人に引きずられるということにもなりかねません。

 そのためにも、「初級(あいうえお)」のクラスは、とにかく、「全員」一緒に、「大きな声」を出せ、しかも、その「声が合って」いるようにしておかなければなりません。これが習慣になっておくと、自然に一体感も出て来るのです。そうすれば、もうすべて「ウチの人」ということになります。勉強でも何でも、まずは「形」からなのです。

 ということで、放っておけば、同国人同士で、まとまってしまいがちな座席も、昨日で解体。異国で、しかも、同国人同士で、わかりきったことを、「ほう、そうですか」などとやり合う「ミニ会話」ことほど、興ざめなことはありません。日本に来て勉強しているというおもしろさも半減です。
 で、会話練習を、「同国人」とやり合うことのないように、並び替えたのです。
 
 実は、一昨日、試しにやってみたのです。その時、思いの外、和やかに授業が進んでいったので、あの形で、これから、頑張ってもらうことにしました。今年の四月生は、自己主張を、それほど常としない国から来ている人達が集まっているので、素直に対応してくれているのかもしれません。

 今年の一月生の時には、「初級(あいうえお)」からのくせに、一丁前に抵抗していましたもの。もっとも、教室で、しかも、授業の時のことです。当然のことながら、教師の指示には、例外なく従ってもらいましたが。

日々是好日
コメント

「すばらしい祖国」。「ヒトの業(ごう)と性(さが)」。「外国で暮らすためには、まず言語」。

2009-04-22 07:25:32 | 日本語の授業
 昨日の雨で、ホコリもすっかり洗い流されたのでしょう。緑がいっそう輝いて見えます。 こうして、しっとりと濡れた街を見ていると、日本に生まれた幸せをしみじみと感じます。

 とは言いながら、誰にとっても、生まれた国が一番いいのです。できれば、生まれた地で静かに暮らし、幸せというものを味わいながら、逝くことができたら、それが一番いいのです。
 ただ、人間は、幸せであればあるほど、それに気づけないという「業」を持って生まれてきてしまっているようで、ますますいろいろな「モノ」が欲しくなってしまいます。しかも、幸せが頂点に達してしまうと、却って、それに不満を抱き、自然に崩れる先に、自分から、ぶちこわしてしまいたくなるという「性(さが)」も備えているようで、なんともはや、「ヒト」とは、とんでもない生き物です。

 おまけに、欲深い「ヒト」は、多かれ少なかれ、好奇心という厄介者も抱えていますから、よほどのことが無い限り、現状に充足することはないでしょう。「身の程を知る」というのは、なかなかに難しいことです。「身の程知らず」のことを、数え切れないほど繰り返し、失敗するたびに、その可能性の半径を狭めてゆき、そうして、やっと、たどり着けるのが、「足るを知る」という境地なのかもしれません。

 ところが、今、学校には、日本に来て早々、あまりの変化に、角を引っ込め、首を殻の中に閉じ込めた「カタツムリ」状態になっている人がいます。
 国にいる時には、「どこでもいいから、外国に行ってみたい。日本は、テロもないし、紛争もない。先進国で平和な国だから大丈夫だろう」くらいに考えていたのでしょうが、湯水のように使えるお金を持って、日本へ豪遊しに来たのではありません。

 勉強し、知識や技能を習得する目的で、日本語学校に来ているのです。この学校にいる期間は、ルールに縛られ、勝手に休んで遊びに行くこともできません。まず何よりも、そうするお金も足りないのです。当座の生活費にと持って来たのが、国では数ヶ月分の給料に相当するお金であろうと、物価高の日本では、ケチケチしながら暮らしていくのがやっとです。学費は送ってもらうとしても、アルバイトしていかなければ、生活はできません。

 と言って、「日本語が話せない、聞き取れない」のでは、この不況の時代、いったいどこが雇ってくれるというのでしょう。

 来日の許可が下りて、はち切れんばかりだった風船状態の希望は、今や急速に萎んでいこうとしています。「金がなければ、人間の尊厳は守れない」という金言を吐いた歴史家がいましたが、資本主義が発達した国では、例外なく、そうでしょう。
 能力がいくらあっても、「伯楽」がいなければ、誰がそれを見つけ、買ってくれるというのでしょう。汚らしい馬小屋で、駄馬として扱われるのが関の山です。

 「人を求める」というのは、その「『人材』を見つけ出せる能力」がある人が言うのなら、わかるのですが、そういう「伯楽」だとて、そんじょそこらに転がっているわけではありません。「千里の馬」と同じくらい、稀な存在なのです。

 というわけで、外国の人は、勉強するにせよ、働くにせよ、まずその基本である、日本語の能力を高める必要性に迫られます。一つの階段を上れるだけの能力があることを試験で、或いは資格で示さねばならぬのです。

 こう書いてくると、就学生として、日本語を学ぶ目的で日本に来ている外国人は、来日後、日本語が話せないことで職を失ったり、冷や飯を食わされたりしている人に比べれば、ずんとマシであるように思われます。その間、身分を保障されて、日本語に集中出来るわけですから。

 しかも、学校で、(日本語の能力が、ある程度あれば)日本の歴史や日本人の習慣、また、昨今のニュースなどを学び、日本で生活する上での基本を身につけた上で、大学や大学院でより高度の知識や技能を身につけ、社会に出て行くことが出来るのですから。

 「日本語学校」というのは、「あいうえお」を教えるだけの場所ではありません。勿論、時間に制限のある就学生には、それで終わってしまうという不幸な人もいます。しかしながら、やる気がある人なら、かなりのことを学べる「場」でもあるのです。

日々是好日
コメント

「日本に来る前に、日本語のイメージを、身につけておくためには」

2009-04-21 13:16:45 | 日本語の授業
 今日も涼しい朝です。いつものように、四つ角の交差点で止められ、見るともなく道を見ていますと、ふと、あることに気づきました。
 ほんの一ヶ月か二ヶ月ほど前には、この道で、「カラス」や「小鳥」達が遊んでいたのです。それなのに、今ではすっかり車に占領されてしまっています。いつの間にか、私がここで見つめる対象は、「草花」や「鳥」たち、また「木々の影」や「月」から、無機質の車へと変わっていました。
 このように思いますと、「冬の早朝」というのも、悪くはないという気がしてきます。

 さて、「学校」です。
 「新入生」も、少しずつ落ち着いてきました。
 ただ、「四級」に合格せぬまま、日本へ来てしまった人達は、「日本語」の勉強の仕方に、少々戸惑っているようです。
 中には、最初の「ひらがな」と「カタカナ」を覚えるのに、アップアップしている人もいます。また、間違った「形」を覚えてきていて、改めるのに苦労している人もいます。
 何事によらず、最初は大変です。
 ただ、今回の学生の中には、「もう、日本に来てしまったのだから、関係ないや」という類の者は入っていないようです。

 こういう人が一番困ります。ここは、学校なのですから。「勉強目的」でない人が入ってきてしまうと、学校も、クラスも、乱れてしまいます。
 それで、私たちは、来日前に、しつこく「来日目的」を聞き、その「熱意」を確かめようとします。何か目的がある人は、来日後、不本意なことが発生しても、結局は頑張れるのです。また、すでにその「熱意」を、自国で表すことができた人は、日本へ来てから、「勉学」や「アルバイト」でも、楽なのです。

 「来日目的」も、勉強ではないし、また、それほどの「熱意(四級合格)」も示すことが出来なかったという人は、運良く日本へ来たとしても、一年か二年、日本に「存在しているだけ」で、覚えられたという「あやふやな日本語」で、何とかやってしまおうとしてしまいます。
 当然のことながら、異国の地で、嫌な目に遭うでしょうし、同国人で同じようなタイプである人しか、親しい人はできないでしょう。現地の言葉が、わからない人間が集まったって、何も出来ませんから、結局は、違法な行動に走るということにも繋がりかねません。

  勿論、そういう人達は、少なくなりました。この「四級」試験に「合格」しているかどうかが、「日本語を学ぶ『熱意』」の有無を見分ける、一つの「関」になっています。
 「アフリカ圏」や「インド圏」の人達が、ほとんど聞いたこともない「日本語」を聞き取り、彼らの文字とはおよそ似てもにつかない「ひらがな」や「カタカナ」を覚え、「四級」試験や「三級」試験に合格して来ているのです。 
 それなのに、「漢字圏」の人が、「『四級』試験は難しい」などと言うのは、誰が聞いてもおかしな話です。それこそ、「(何事かを学習する)能力がない」と見なされても、しかたがないことです。

 中国には、数多くの、「日本語学校」があります。どんなに低いレベルの学校であろうと、「四級」に合格させるのは、それほど難しいことではありません。時間をかければいいのですから。そうやって、半年か一年ほどもかけて、自国で「四級」試験に合格して、来日し、今この学校で、頑張っている若い人達も少なくはないのです。

 中国人の場合は、「聴解」が一つのネックになります。他はクリアしていても、「聴解」テストで躓いてしまうのです。これは、日本人も同じです。「表意文字」の国、特有の勉強方法が、身についてしまって、なかなか変えることができないのでしょう。こういう勉強の仕方を、彼らが母国にいる時に変えさせるのは難しい。教えている人自体、そうやって勉強して来ているのですから。

 言わずもがなのことですが、こういう教え方をされ、覚えてきた人でも(だから、「三級」テストで引っかかって、「三級」合格まで至らないのですが)、頑張って勉強を続けていれば、来日後、直ぐに「ヒアリング力」はつきます。
 ただ、こういう勉強方法をして、「二級」に合格してしまうと、今度は別の問題が生じてしまいます。「単語」や「文型」を、丸暗記しすぎていて、ものが言えなくなってしまうのです。何か言おうと思うと、どうも頭の中を、覚えた単語が飛び交い、選択することが出来なくなってしまうようなのです。

 この点、「歌」というのはいい。ただ聞いているだけで、日本語のイメージが掴めます。
 そういうわけで、内モンゴルの短大にも、「歌」のテープを一つ、持って行きました。まず、歌詞の紹介をし、読み合わせをし、そして、共に歌ったのです。テープは置いてきましたから、あとは先生が、随時、かけてくれることでしょう。彼らは、既に何曲か日本の歌を歌うことができていましたから。

 日本語の勉強をしながらも、日本語を聞くチャンスが、それほどないという人達には、(日本語の言葉の流れを身体で覚えるために)これが一番、手っ取り早くて、安上がりで、いいと思います。「歌」が嫌いなら、覚える必要はないのです。耳元で、流しておくだけでいい。まさか、「歌謡曲」のテープがなくて、「能」や「狂言」のテープならあるというわけではないでしょうから。

日々是好日
コメント

「一週間に一度の『季節の確認』」。「手と目に集中する『四月生(大卒)』」。

2009-04-20 07:43:57 | 日本語の授業
 今、土曜日毎に、足の治療に久慈まで行っているのですが、一週間に一度という、この回数は、季節を知るのにちょうどいい期間のようです。

 前回、鷺宮駅で見たのは、駅裏に広がる満開の「桜」の木々でした。
 ところが、今回は、全く花のない、樹木としての「桜」の姿。駅から治療院までの道すがら、目にしたのは、「シバザクラ(芝桜)」と、重たげに頭を動かす「ボタン(牡丹)」の花。

 今年の「桜」は、花期が長かったので、春から夏へ秘やかに移っていくという「季節の移ろい」を感じることもなく、それこそ、突如として初夏がやってきたというような按配でした。それが、如実にわかるような、一週間に一度の、「季節」との出会いです。

花水木


 この行徳でも、「ハナミズキ(花水木)」が満開になっています。この地の「ハナミズ」キは、かわいそうなくらいに枝を切られ、特に、華やかさを失う冬の間は、貧弱で、寒々しい姿を、皆の目にさらしているような具合なのです。が、それでも、春も終わりに近づくと、それなりに初夏を告げる座標となっています。
 不思議なことに、この木の花のつけ様は、まるで空中都市のようなのです。それ故にか、見る者をして、ある種の浮揚感さえ味わわせてくれます。
 
 さて、先週の金曜日、初めて「Dクラス」の授業に入りました。彼らは来たばかりの「四月生」ですので、日本語学校では、これから、一番長く在籍する学生ということになります。つまり、この人達は、今の「Aクラス」の学生達と同じように、先輩としての役割を担うことになるのです。それ故、勉学だけでなく、学校での生活や日本での習慣など、様々なの面において、しっかり指導していかなくてはなりません。

 ただ、今年の「Aクラス」の学生達に比べて、大人しいというか、かなり控え目なのです。多分、それは、今年の学生のほうが、「就学生」に「大卒者」が多いということにもよるのでしょう。勢い込んで、勉強に、また課外活動にと、参加していた、「高校を卒業したばかりの人達」に比べ、何事によらず、周りを見ながら、慎重に行動しているような感じがするのです。

 けれども、せっかく四季の美しい国に、しかも、桜の季節に、来たのです。「もっと弾けるように愉しんでもらいたい」のですが。しかしながら、現実には、早く日本語が上手になって、アルバイトをしたいと思っている者のほうが多いようです。

 高校を卒業したばかりの学生達は、(教師に)言われるままに、勉強に集中していましたが、既に母国にいたならば、就職活動を行っていたであろう彼らは、その前に「生活」を考えてしまうのかもしれません。

 ただ、日本語を学んでいく上で、一番難しい部分を、来日後直ぐに、学んでいるのだと言うことを、忘れてもらいたくはないのです。

 特に中国籍の「大卒者」にとって、一番大変なのが、まず、「日本語のイメージ」を身につけるということ、つまり、「初級」段階なのです。

 ここで、徹底的に、日本語を浴びせられておかなければなりませんし、また、がむしゃらに、(自らも)口にしておかねばならないのです。
 日本人も、その傾向が、「なきにしもあらず」なのですが、彼らもまた、私たちが何も言わなければ、中国にいた時と同じように、沈黙の世界で、見ては書いてを繰り返しているのです。

 毎年のことながら、「見るな」、「書くな」と、「聞け」、「話せ」を、口が酸っぱくなるまで、繰り返さなければなりません。ただ、彼らは、そういう勉強方法をとらぬまま、自国の大学に入ったのでしょうし、また、そのまま、自国で大学の四年間を過ごしてきたのです。そういう人達ですから、いくら日本に来てから、急に、それをやめさせ、自国で出来なかった習慣を身につけさせようとしても、なかなか思うようにはいきません。

 もっとも、もう少し経てば、それを、一番、悔しく、腹立たしいことに思うようになるのは、彼らでしょうが…。

日々是好日
コメント

「肌寒い朝」。「一週間で見えた各クラスの問題点」。

2009-04-17 07:34:12 | 日本語の授業

 今朝は曇り。久しぶりに肌寒さを感じています。今日の市川市における最高気温は、16度と出ていました。ここ数日、初夏のような暑さが続いていましたから、学生達も震え上がっていることでしょう。

 春雷が既に轟いた地域もあるそうで、いよいよ春も終わりかと一抹の寂しささえ感じています。
 つい、一週間前まで、サクラ(桜)の花が咲き誇り、白やピンク一色になっていた樹々は、今では、サクラの「サ」の字さえ無縁の存在となっています。華やかさも、秋の紅葉までお預けです。それまで、樹の力を養い、秋になって一挙に紅色に爆発し、そして、何ヶ月かの冬眠に入るのでしょう。それまでは、サクラともお別れです。

 多くの木々が、花を落とし、緑一色に塗り込められていくのを見ながら、今は、道野辺の草花が美しい。黄や薄紫、ピンクと、小さいながらも、自己主張がほの見えて、なかなか良いものです。

 さて、学校です。
 入学式が今週の月曜日でしたから、今日で最初の一週間が終わることになります。一週間も終わりに近づくと、各クラスの問題点が少しずつ見えてきます。

 「Dクラス(『あいうえお』から)」では、既習者(「ひらがな」「カタカナ」は書ける。『初級』の動詞の活用の前くらいまではわかる)と、未習者が混在していますから、大変です。
 しかし、これも、未習者に「やる気」があると、二週間か三週間くらいで追いつけるくらいのものですから、それほど大した問題ではありません。現に、早く「ひらがな」を覚えようと、授業とは別に、午前中に来て、教師に習っている学生もいます。
 中国人の学生は、この間に、「ヒアリング」の力をつけることに全力を注いでもらいたいものです。まだ、アルバイトをすることが許可されていませんので、午前中は、時間があります。学校でテープを聴いたり、授業の予習、復習をしたりして、上のクラスに追いつこうと頑張っている人もいます。

 「Cクラス(来週からは『初級Ⅱ』に入る予定です)」には、新しく六人入りました。「スリランカ人」が二人と、「中国人」が四人です。この「中国人」四人のうち、二人はモンゴル族ですので、「日本語」の「ミニ会話」の時には、「モンゴル」を強調して参加してもらっています。そうすると、地方の特色を生かした会話が成立しやすいのです。すでに、ガーナ人、インド人、タンザニア人がそれぞれ一人ずつと、フィリピン人が二人、中国人三人がこのクラスにいますから。

 このクラスの問題は、既習者の心構えにあります。母国で、既に日本語を何年間か勉強して来た人が、プライドを持ちすぎていることから生じるものなのです。勿論、既習者、皆が皆、こういう問題を抱えているわけではありません。性格にもよるのでしょう。
 「もう、私は『三級』に合格している」というのは、彼らの国では虚仮威しにでも使えましょうが、日本では何の役にも立ちません。日本語で話しかけても判らないし、ディクテーションでも、漢字(四級)が書けない。一月から、ここで勉強している、「インド人」や「ガーナ人」の学生が、「『生まれる』は、『学生』の『生』という漢字と同じ」と聞くだけで、さっと漢字を書いてのけるのとは大違いです。
 早く、この学校のやり方に慣れるように頑張らなければ、また、己の至らざるところに気づけるようでなければ、これからの二年間は辛いものになるでしょう。
 まず何よりも、外国で暮らす場合、適応力と柔軟性が必要になます。

 上の二つのクラスは、多少の変動があっても、もう『中級』と『上級』に入っていますから、問題はありません。クラスの大半が、私たちのやり方が判っていますから、新しく入る人は、皆のやる通りにやっていけばいいだけです。

日々是好日
コメント

「一期一会」。「高卒者の『日本語能力試験二級』から『一級』への壁」。

2009-04-16 07:22:33 | 日本語の授業
 街路樹の下に植えられている「ツツジ(躑躅)」が、蕾を膨らませてきた様子に気づいたのは、ほんの二・三日前でした。それなのに、今日はもう、チラホラと花の姿を覗かせています。一昨日の雨がよかったのかもしれません。昨日はお天気がよかったにしても、今日は曇りですし。しかも、空気が、かなり湿り気を帯びています。

 これからは、街も、一雨毎に、「春の装い」から「夏の装い」へと、姿を変えていくことでしょう。この期にしか、会えない「草花」や「木々」の姿。あと何回、こういう美しさの中で佇むことが出来るのでしょうか。いや、それよりも、今日、この時に、出逢えたこと自体を、奇跡であると考えた方がいいのかもしれません。「一期一会」、これは、人と人との出会いだけに限られたことではありません。

 さて、学校です。
 去年の四月は本当に静かでした。これで、大丈夫かしらと思われたくらいでしたが、五月、六月と日を追う毎に、在日の方の申し込みが増え、それなりに学校の様子を呈していました。そして、活きのいい「7月生」の登場です。どうして、こんなに頑張れる子達が、前回は不許可になったのかわかりません。ただ、高卒で「四級試験」にも合格していなかったから、たぶん、それだけの理由でしょう。
 彼女たちも、「四級」合格をひっさげて、7月に来日し、それからは若さ故のクソ力で「二級試験」もだいたい突破。しかしながら、「二級」レベルから「一級」レベルへ至る道は、このお嬢さん達にとって、少々予想外に厳しいようです。

 これが、母国で、既に大学を卒業している学生ですと、それほど日本語教師の力量がなくとも、母語のレベルで通過できてしまうのですから、なんとも怖ろしい。やはり、18歳くらいから22歳くらいにかけて、読まないようでいても、ある程度の本は読みこなしてきているのでしょう。この四年間の蓄積というのは馬鹿に出来ません。

 というわけで、最近、この「おしゃまさん」たちの勢いも、少しずつ削がれてきました。これまでは、彼ら自身のレベルと相対していたのでしょうが、これからはそうはいきません。高校までの蓄積では対応できないような内容の文章を読まなくてはならなくなるのですから。
 例えば、「『遺伝子』や『情報』など、科学技術の分野における『光と影』」など。「先生、よく判らない」という呻きが聞こえてきます。よく判らない内容の文章を、それなりに読み取っていくには、若すぎるのかもしれません。
 こういうものは、読み、また、それに関する映像を見ていくうちに、自然と勘が掴めるものなのですが、そういう上での、経験も足らないのかもしれません。

 けれども、とにかく、私たちが読んでおけというものは、がむしゃらに読むこと。そうして、突っ走っていれば、知らぬ間に、いつか読解力はついてきます。

 「難しくなった」と頭を抱え込んだりせずに、毎日の復習、予習、そして何よりも、毎日の授業を大切にしてください。あなた達の頑張りは、きっといつか「形になる」ことで、報われることでしょう。少なくとも、ここに何人かの教師がいて、あなた方の頑張りを認めているのですから。

日々是好日
コメント

「五月晴れ」。「初めての教室で」。「『人を育てる』ということは」。

2009-04-15 07:22:23 | 日本語の授業
 今朝は、少々早めながら、「五月晴れ」とでも言いたくなるような、すばらしいお天気です。
 昨日、午前中は、お日様が差し、「あれ、また天気予報が狂ったかな」と思わせたのですが、昼過ぎ頃から、ポツリ、ポツリと、雨が降り始めました。夜の間中、降っていたようでしたから、久しぶりの重たい雨で、草木は充実したのでしょう。今朝は、雨水を含んだ緑が、生き返ったように潤んで見えます。

 さて、昨日は、大方の新入生にとって、初めての授業でした。しかも、昼頃に二名(全然日本語が分からないというタイ人とインド人)、在校生が友達を連れてきたり、市役所から紹介されて来たりで、教員室は、相変わらずのてんやわんやです。
 在校生が来ては、
「先生、教科書のお金…」
「先生、学費…」
と言いに来るのですが、この様を見て、
「また、後で来ます」
と、教室と職員室を行ったり来たり。それでも、慣れているのでしょう。ちゃんとみんな、帰りまでに払ってくれました。

 また、早めに来日していた学生達から、
「先生、私のスリッパがありません」。
で、大急ぎで、「Dクラス(『初級Ⅰ』第一課から)」へ直行です。すると、在日生が連れてきたタイ人青年の足に彼のスリッパが…。

 「それは、私のです」と、「Cクラス(『初級』第二十三課)」の学生(彼も一週間ほど前に来たばかりです)が、言うのですが、全く日本語が分からない青年は、首をひねるばかり。直ぐに彼を連れてきた在日生が、事情を説明すると、申し訳なさに消え入りたげな表情を浮かべ、大きな身体を折るようにして、タイ式の謝意を必死になって表していました。
 この青年、大きいし、太っているし、耳に大きな輪っかまでつけているしで、見かけは強面で悪かったのですが、謝る時は、赤子のような表情になっていました。

 新しい人達が来ると、三ヶ月前と同じことが繰り返されます。教室をきれいに使う。ゴミは持って帰る。ゴミを捨てる時は、分別する。使ったものは元に戻す。帰る時は椅子をたたむ。また、トイレの使い方など、一から説明していかねばなりません。

 そのたびに思うのですが、在校生達は、この期間に、そういうことができるようになっているのです。多分、こういうところに来ていない在日の人達は、日本人と暮らしていない限りは、何年、何十年、日本にいようと、相変わらず、自分の国の尾っぽを引きずっていることでしょう。自分の国とは異なった環境にいながら、自分の国にいた時と同じような行動をとっていれば、日本人とはなかなか馴染めないでしょう。

 私たちにしても、「日本で、どうにかやっていこう」、あるいは「やっていかねばならない」と思い定め、ここにやって来る人でない限りは、そういう指導は行えません。お金がかかることですし、ここは、本来、日本の大学や大学院へ進みたいという外国人を対象に作られた学校なのですから。日本語の勉強、そして、「留学生試験」や「大学入試」、「大学院に進むための指導」などだけでも、大変なのです。が、「地域の手助けも、出来る範囲で行うべきだ」という考え方から、在日の方達にも、来てもらっています。中には、勉強しているうちに欲が出て、大学院へ進みたいという人もいます。また、学生達にとっても、そういう本気で勉強したいという人がいることは励みにもなるのです。その上、いろいろな国の人とも友達になれるのですから。

 もう少し経って、五月になると、今度は「横浜散策」に出かけます。在日の方の中には、弟や子供を連れてきたり、中には親戚まで連れてきたりするので、人数が一挙に増えることもあります。みんながみんな、日本語が上手というわけではありませんが、それなりに楽しく、ひいては、日本で暮らす術を伝えることにも繋がります。
 ただ、人数が増えると、引率していく方は大変なのですが、そこは、古株の先輩達が、先生方のお手伝いを引き受けてくれます。自分たちが、前に私たちの指導を受けたように、
「日本では、そういうことはしてはいけないのだ」
と押さえたり、
「歩く時はこちら側を」
などと言ったり、切符の買い方を教えたりしてくれます。

 そういう時、本当に、「『人を育てる』と言うことは、自分たちを『助けてくれる人』を育てているのだ」ということに、改めて気づかされます。
「人を育てるのは、自分のため、学校(機関・会社・地域)のため、ひいては、社会のため」というのは、古くからの日本の哲学ではなかったでしょうか。「商い」の道においても、「学問」の道においても、また、単なる「人付き合い」の道においても。

日々是好日
コメント

「桜が散ると同時に現れた『初夏』」。「入学式での、在校生による『通訳』」。

2009-04-14 07:16:30 | 日本語の授業
 今年も、呆けたように「桜が散ってゆく。こうして、今年の春も過ぎていくのだ。ああ、お名残惜しや」と、どんどん花から葉へと移行していく「サクラ(桜)」の姿を見つめていました。
 ところが、ふと、「葉桜」というより、葉の中に、ポツリと花の残映が残っているような「ソメイヨシノ(染井吉野)」の傍らを見ると、「八重(ヤエザクラ)」が咲き誇っているではありませんか。だいたい、今年の「サクラ」は、ありきたりの時間の観念で考えてはいけません。完全に時間が失われていたのです。今年の春は、何事も皆、同時進行形で進んでいったようにしか思われません。

 春、桜が咲く頃に、日本を離れてしまいますと、戻ってからが、ほんに気忙しい。もう、「ハナ」に追っかけられているような毎日でした。そんなこんなで、今年は、正真正銘、「花に明け、花に暮れ」るようなことになってしまいました。

 しかしながら、今朝、階段を下りた時、目に、紫の色が、飛び込んできたのです。「フジ(藤)」です。「桜」に気を取られているうちに、いつの間にか、「フジ(藤)」の花も満開になっていたのです。辺りを見回すと、「ハナミズキ」も満開。なんと「モミジ(紅葉)」まで、花をつけているではありませんか。もう、街中、花だらけ。花どころか、木々もあちこちで芽吹き、どんどんその緑の丈を伸ばしていました。

「木々 おのおの 名乗り出でたる 木の芽かな」(一茶)

こうなってしまいますと、もう、春とは言えません。完全な初夏です。初夏の姿です。

 今年は、「サクラ(桜)」が「三分咲き」くらいになってから、一度寒さがぶり返しましたので、花の付いていた期間が長かったのでしょう。そんなわけで、時間の感覚がずれてしまったのです。
 どうしても、「サクラ」が咲いている間は、人々は「サクラ」に酔ってしまいますから、他の花のことはなかなか気づきません。
 もっとも、今の状態で、これですから、もし、温暖化が、これ以上進んでしまうとしたら、日本は、いったい、どういう春になってしまうのでしょう。「サクラ」に踊らされる日本人は、どうなってしまうのでしょう。考えてみたら、随分怖いことです。

 さて、昨日は「入学式」でした。新しい人達は、スッキリとした表情で、私たちの話を聞いてくれました。「英語圏」の学生には、英語の先生が通訳を、「タイ人」の学生には、タイ人の在校生が、中国人の学生には、中国人の在校生が通訳をしてくれました。

 中国語の通訳を頼んだのは、例のおしゃまさん達です。私たちの話とほぼ同時進行の形で、言葉を換えていきます。いつの間に、こんなに上手になったのでしょうね。まとめ方も、なかなかうまい。なんだか、新入生にではなく、この人達に、ほろりとさせられてしまいました。

 とは言いながら、そろそろ、彼らの学んでいる日本語は、彼らが中国で学んできた知識を越えようとしています。これまでは、自分の知っている中国語に置き換えて、そのまま理解していたのでしょうが、これからは、そうはいきません。未知の領域になります。母語の世界を離れて、独り立ちしていかなければならないのです。

 そうなりますと、さて、どこまで、背を伸ばすことができますかしらん。

日々是好日
コメント

「初夏の陽気」。「宇宙、地球、身近な些細なこと」。「新入生のクラス分け」。

2009-04-13 07:42:46 | 日本語の授業
 随分暑くなりました。先週は、もう既に梅雨まで秒読み状態にでも入ったかのような暑さでしたし。二週間ぶりに、地下鉄に乗ったのですが、なんと冷房が入っていました。季節の移ろいの速さを実感させられてしまいます。6月まで、あっという間です。

 脳天気に、夏だ、梅雨だなどと騒いでいますと、怖いことに、日曜日、テレビの、太陽の黒点に関する報道を見てしまいました。何でも、四月に入ってから、一つも観測されていないのだそうです。おまけに、黒点が姿を見せなかった時の例として、17世紀のことが述べられていました。小氷河期とでも言うべき状態で、ヨーロッパでは、川が凍ったそうです。
 それ以外にも、地震が活発になったとか。それぞれ、データをあげて述べられていました。つい最近、イタリアでも地震がありましたから、地球は地震が活発になる時期に入っているのは確かなのでしょう。
 「地球号に乗っており、それぞれ憎しみ合いながらも、結局は一蓮托生である」とは、よく言われることですが、太陽に支配されている星でもあるわけですから、「宇宙家族の一員」とも言えます。

 話がだんだん大きくなってしまいましたが、私たちの日々は、「地球」や「宇宙」のことを考えながら、生きているわけではなく、小さな小さな「小宇宙」で、右往左往しているのが実情です。
 煩悩に取り憑かれやすいヒトは、「隣の人が、ちょっとした意地悪をした」ことに深い憤りや恨みを持ったり、「好きな人に優しい言葉をかけられた」ことに、有頂天になってしまったりと、なかなか身近な世界に影響を受けてしまいがちです。そんな自分自身の心に、否応なく引きずられてしまうのです。
「心こそ 心迷わす心なれ 心に心 心許すな」
判りながらも、ヒトは、本当に、小さな小さな宇宙で生きているのですね。
 本当に「小っせっえ、小っせえ」です。けれども、自分にいくらそれを言っても、変わることができない…のも事実なのです。

 さて、だいたい、4月生が揃いました。中国、スリランカ、タイ、ネパールと今回は四カ国くらいで収まりました。総勢14名。あと何人か、在日の方が申し込みをしています。しかし、「Aクラス」や「Bクラス」に入れるほどの学生は、2,3人程度でしょうか。就学生にはいません。
 皆「初級レベル」であると私たちはみました。もちろん、これは教員としての意見で、「そうではない、自分はもっと上だ」と、そういう思い込みをしている学生も、中にはいます。

 こう思い込んでいる人に、自分のレベルを、わからせるのは、それほど簡単なことではありません。特に「非漢字圏」、そして、いわゆる「第三世界」に属するところから来た人に多く見られることなのですが、「(その国では)、自分はエリートであった」と、それ故、「その国で『(日本語の)中級』を学んだことがあるから、日本に来ても、やはり、自分は『中級』に属するべきである」と、そう考えるようなのです。日本では、漢字に全く抵抗のない中国人も一緒に学んでいるというのに。
 
 私が、そう言うと「自分が国で、学んだ時、先生は皆日本人であった。だから、日本で学ぶのに、問題ない」とまで、言い張るのです。といって、できるかというと、「初級(第23課)」あたりの単語ですら、ほとんど漢字で書けないという始末なのです。

 私たちから見れば、「『三級』の漢字すら、ままならぬのに何が中級だ。だいたい教科書の『読解』すらわかっていないではないか」なのですが、そういうレベルの国から来た人に限って、己を実力以上に評価してしまうようなのです。
 もっとも、二週間か三週間、「中級クラス」にいれば、よほど愚かでない限り、わかるはずなのですが、判ったら判ったで、今度は無用なプライドに踊らされて、認められないようなのです。

 それにひきかえ、「『初級』第23課からでもよいが、できれば、もう一度初級のはじめからやった方がいい」くらいのレベルの中国人学生が、自分から、「基本が大切。日本で、最初からやりなおしたい」と言ってくるのは、どうしたわけでしょうね。
 多分「判っていないことがわかる」レベルと、「判っていないことが判らない」レベルとの「差」なのでしょう。

 そういえば、以前、「初級Ⅱ」レベルであったインド人の学生(彼は「三級までの漢字」も当時書けませんでした)が、「『中級』の後半」のクラスに入りたいと言って来たことがありました。仲の良い友だちがいたからなのでしょう。
 教科書を見せて、無理ですと言ったのですが、「大丈夫。頑張れば大丈夫」と言うのです。結局、「(日本語の)難しさが判らない」レベルであるということがわかりましたので、「だめ」の一言で終わったのですが、この学生は既に半年ほどもこの学校で学んでいましたので、気心が知れていたのです、お互いに。だから、(こちらの)言うことを素直に聞けたのでしょう。

 しかしながら、こういう「非漢字圏」の学生は、己のレベルを納得できるまで、遅い人では半年ほどもかかってしまいます。こういう己の現実を認めることができないという学生は大変ですね。彼らは彼らで、私たちが「(本人が思っている)実力」を認めないので、不満なのですが。

 もちろん、私たちは譲りません。だいたい、その方が彼らのためになるのです。二年という歳月は、「非漢字圏」の学生にとっては、日本語を学ぶ上で、決して長い年月ではありません。しかも、見栄を張って、わからないまま(そのクラスに)居座っていても、他の学生の迷惑になるだけです。漢字は読めても、文章の意味がわからないのですから(不思議にお思いになるでしょうが、そうなのです。外国人の子弟で、日本の小学校や中学校に編入したり、またそのまま、中学を卒業していたりしても、どうしても高校に入れない子供達がいるのですが、これも、彼らと同じような問題でしょう)。

 こういう国から来た、「彼らの国では、いわゆるエリートと見なされ、まず何よりも、そう本人が自覚している」という学生は、日本語を学ぶ場合、それが災いし、却って回り道をしてしまうようです。三級から二級までの道のりが長いのです。また、二級までは「ヒアリング」や「文字語彙」、「文法」などを必死に覚えて通過できても、「読解」が出来ていないので、なかなか「一級」の山を越えることができないのです。判っているはずがないのですが、判らないと言わないのです。単語の意味と漢字の問題さえ、事無く過ぎていれば、それで「事足れり」と、どうもそう思っているらしいのです。

 そういくら言っても、「私は出来る。私は頭がいいのだ。私はわかっている」と言い、あまりに手に余るので、大人げないとは思いながらも、最後は、テストの点数という形で、目の前に突きつけてやるのですが、中には、それを見せても、「おかしい。なぜそうなのだ。点数は悪かったが、私はわかっている」と言い張って、適当なクラスに行こうとしない人もいるのです。私たちの言うとおりにしていれば、一番早道で、楽なはずなのに。

 勿論、結局は、私たちの言う通りにさせます。ただ、本人が納得していないと「やる気を削ぐ」ことにも繋がってしまいますので、面倒でも、こういうことは慎重にやらねばならぬのです。

日々是好日
コメント

「春風の下で、大らかに育つ草木と、そして、人と」。

2009-04-10 07:29:00 | 日本語の授業
 「飛鳥」の頃のように、道の辺の草木を愉しむというわけにはいきませんが、華やいで感じられる方を見やると、必ずと言っていいほど、春の草花、或いは、花をつけた木々が微笑み返してくれます。

 人は、長期間、寒さや厳しさの中に身を置いていますと、暖かさや安らぎが恋しくなってきます。そうしますと、よくしたもので、その人の心に応えるように、風も柔らかくなり、色彩や、それによって醸し出される華やぎが、おちこちに出現してくるです。
 まったく「お天道様」は、すばらしい。人の心と、季節の巡りと、どうして、斯くまでうまく繋がりながら、時は流れていくのでしょう。

 勿論、東京の辺りでは、冬の間でも、花の姿を見かけないわけではありません。常に、四季折々の草花が町を彩っていると言ってもいいくらいでしょう。けれども、春の花に対しては、また格別の思いがあります。

 烈風の下、可憐に、そして逞しく、花咲かす草木は、確かに見事な生き様を示してくれます。人は、それぞれの境遇に応じて、それに、心打たれ、共感し、懐かしく思うものはありますが、しかしながら、それと同じくらい、あるいは、それ以上に、人は、春風の下で、おおどかに笑むような草木を欲するものです。

 「草木」を「人」に置き換えてみても、同じでしょう。
 私たちは、どのように劣悪な境遇に置かれていても、それを跳ね返すような力強さで、逞しく生きている人に対して、畏敬の念を抱きます。
 けれども、また、恵まれた境遇の中で、素直にのびのびと育っている人をも愛します。どこかしら、無防備に己を信じ、人を信じるという所に、心の安らぎを感じるからかもしれません。

 天に「願はくは、我に七難八苦を与えたまへ」と祈った山中鹿之助のように、困難の中に自ら身を投じようという、そういう生き方も、確かにあります。だれも、それを否定することはできません。が、教師という立場からすれば、自分たちの学生がそういう立場になったら困るのです。出来るだけ、そういう立場には、置きたくないし、置かずとも済むように手段を講じなければならないのです。

 父母の元を離れ、何がしかのものを得ようと日本へやって来た。それが、技術であれ、学問であれ、あるいは、ただ単に、学位というものであれ、始めは自分に何が出来るのか、また、自分が何をやりたいのか、それすら判らないという人がほとんどなのです。日本で何が学べるのかさえ判っていないのですから。

 日本語学校は、日本語を教えるだけではありません。それでしたら、ボランティアの方々がやっている日本語クラスでも十分です。いろいろな国から、時には、かなり条件の劣った国から、日本へ、「日本語を学んだ後に、大学や大学院へ行って知識や技術を習得したい」という人達が来ているのです。日本語を学んだ後の、「その後」が大切なのです。その「彼らの希望を叶えられるようにする」、そこまでが日本語学校の役割なのです。

 日本の公的教育機関のように(ただ、ここでは日本語がそれほど自由に話せたり、読めたりしない人達が対象ですから、当然、最初は、日本語を教えることに専念します)、彼らの希望を聞き、進学先まで、心配してやらねばならないのです。日本語がある程度(一級レベル)ほどになったら、今度は、新聞なり、文学作品なりが、それほど困らずに読めるように、教えていかねばならないのです。

 彼らが日本へ来た目的を達成できるように、生活の面でも、勉学の面でも、目配りしていかねばならぬのです。つまり、春の草木や花のように、優しい春風の下で、おおらかに育ってもらうために、環境を整えていかなければならないのです。そこには、アルバイトや、個人の資質などの関係から、寒風如きものが吹くことがあるでしょう。けれども、学校の環境だけは(ルールや約束を守っている限りは)、春風でいたい。異国では、彼らを庇うものが少ないということを思うにつけ、勉強の環境だけは整えたい、また、ありたいと、この学校の教員は思っているのです。

日々是好日
コメント

「惜春」。「各段階で『教材』を揃える必要性」。

2009-04-09 08:02:02 | 日本語の授業
昨日、わずかばかり風が吹きましたから、そのせいでしょう。あちこちに出来た吹き溜まりには、そろそろ「サクラ(桜)」のピンクが混じり始めました。ひと頃の華やかな色合いとはうって代わり、「ハザクラ(葉桜)」の頃ともなりますと、花びらの色も色あせ、そこに「老いの影」さえ、ほの見えてくるようになります。

 しかしながら、「サクラ(桜)」としては、盛りを過ぎたとも言える「ハザクラ(葉桜)」からは、脈打つような不思議な力強さを人に感じさせる、何かが出ているような気もします。それは、何なのでしょう。

 「桜色」が、どんどん褪せてゆくと当時に、葉が少しずつ姿を現し、「サクラの花びら」が散ってしまう頃には、伸びた葉の、緑の色さえ逞しくなり…、そして、いつしか、この木に「サクラ」の花びらがついていたということさえ、人をして忘れしむる、そういう力なのでしょう。
 秋になって、緑の葉が「紅と化する」まで、人は、この木が「桜の樹」であったことを忘れているのですから。

 人の一生に似ているようでありながら、非なる点が、死(冬)の前の紅葉であり、再生(春の花)なのでしょう。よく人の一生にたとえられはするものの、人において、死の直前に、この木のような「華やかさ」を味わえる者は稀なのです。

 北欧の物語には、よく、老いた人が、死を目前にして、森に帰るという場面が登場します。そこで、人は「動かざる者」に姿を変えるのです。つまり、いつしか「物を言わざる者」に変化するのです。それを、「長い眠りにつく」と言います。「長い眠りにつく」ということは、「木々に姿を変える」という意味なのです。 
 子供の頃、これが不思議でした。木々は物を言うではないか。あれほど姿を変え、活発に動くではないかと。私の周りの木々はそうでした。人と同じように、笑い、物語し、そして、死ぬ者でした。

 けれども、考えてみれば、針葉樹が多い、一年の大半を雪に閉ざされているような国では、「循環」や「輪廻転生」などという「落葉樹の文化」はなかなか育つものではなかったのでしょう。日本のように、木々も一年を通じて姿を変えていきますと、木々の中にある「永遠性」は、あまり見えてきません。もし、そういう木があれば、「しめ縄」で飾られ、「神」として崇められてしまうでしょう。日本では、実際に「神」して崇められている樹は少なくありません。
 ここでは、木々もまた、老いた後に、死を前にして人が帰るようなものとしてではなく、人と共に老い、死んでいくものとして、とらえられているのです。「倒木更新」などという形で、子孫のために身を抛つものなのです。

 さて「惜春」などと、物思いに耽っているうちに、あらぬ方に話が進んでしまいました。

 昨日は「Aクラス」と「Dクラス」に、また一名、在日の方の申し込みがありました。「初級クラス」には、教科書のストックがあるので、あまり心配はないのですが、「上級クラス」ともなりますと、「人数プラス一」くらいしか、余分がないので、書店に連絡をする先生は、なかなか大変です。

 それに、「初級」からの人は(何も判らないからでもありましょうが)、こちらの言う通りに教科書を揃えてくれるのですが、「上級」まで、他の学校で勉強していたり、自分で勉強していたりしている人ですと、こちらの言う通りに教材を揃えてくれるのではなく、「それはいらない」などと、勝手なことを言う場合も少なくないのです。

 勿論、後で、必ずと言っていいほど、「欲しい」と言い出すのですから、二重の手間がかかってしまいます。なぜ気づくかと言いますと、「学校で勉強する」という意味が、一・二週間もここで勉強しているうちに判るからです。

 私たちは、無駄なことにお金は使わせません。学費以上のものを教えているつもりです。それを効率よく吸収していくために、必要な教材を買ってもらっているわけですから(要らないものなど買わせません。買わせれば、書店との連絡など、私たちの時間と労力が余分にかかるわけですから、そんなことをするはずもありません)、私たちが「必要だ」と言えば、「必要」なのです。

 ここで、「初級」から学んでいる人達は、もうその道理が判っていますから、先に聞きに来ます。「初級」の人は、「『中級』では、何が必要ですか」と。「中級」の人は、「『上級』では、何が必要ですか」と。「上級」では…、これは、学生達のレベルの問題ですね。レベルがある程度あれば、文学教材や、新聞、テレビなどの教材をどんどん入れることが出来ますが(つまり、「広く、深く」です)、そうでなければ、教材は変わっても、レベルは同じというものを入れるしかないでしょう。「広く、浅く」の方針に変わってしまいます。

日々是好日
コメント