日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「ネパールの有名人はブッダです」と、明るく言う人たち。

2018-02-27 08:48:23 | 日本語学校
曇り。

冬の間、ほぼ毎週と言っていいほど、電車の中から、富士山を見ていました。その富士山も、二月に入ってからは見えない日がありました。ということは、春になったのかな…。

冬は乾燥して、それが問題になることもあるのですが、その、空気が乾燥していると言うことはまた、ものがはっきり見えると言うことでもあり、まあ、一長一短というところでしょうか。冬の富士山は遠くから見ても、美しい。やはり富士山に似つかわしいのは女神ですね。山ですから雄々しいのでしょうけれども。

さて、学校です。

昨年から急に増えてきたネパールの学生たち。頼りなくて、時々、本当に気の毒になることがあります。「そんなんじゃ、この国であっても(もっとひどい国もありますから)大変だよ」と言いたくなってしまうのです。

叱られて、半べそになったり、それでもすぐに笑顔になったり…。「書く」「読む」ということさえ考えなければ、コツコツと勉強する必要性さえ、私が忘れていれば、本当に、素朴でいい人達だなあと感嘆して終わりになるのですが。

スリランカの学生にも、ベトナムの学生にもいいところはあります。ただスリランカの学生は扱いにくい。これは日本以上に島国根性が「発達」しているからでしょう。おまけに室町期から植民地であったということも関係しているのかもしれません。

自分たちの文化を誇っているかと思うと、無意識に従属しているような気がするのです、かつての宗主国に。そこに、より近づけた者が尊敬されるというおかしな廻り舞台で一人芝居をしているような、そんな感じなのです。もちろん、アメリカの庇護下に、今でもあるような日本人が言えることじゃないと思いもするのですが、それでも、日本人よりももっとひどい。そのことについて、まず問題意識なんてないでしょうし。いえ、それどころか、そこから離れている人の方が珍しいような気がする。まあ、これまでに知り得た数少ない人たちから感じただけの話ですが。

その点、ネパール人にはその臭みがない。自国の文化を誇りすぎるというのは、まあ、これは習慣だからしょうがないのでしょう。インド圏の学生全てに言えることですし。

以前、素朴な、ある中国人学生はもっとすごいことを言っていました。何でも「中国発」になっていて、ブッダまでそうでしたもの。「仏教発祥の地は中国だ」と真顔で言っていましたから。これはさすがに学生達から、「違う」と非難されましたけれども。

きっと、そのころネパール人学生がいたら、怒っていたでしょうね。何をおいても、「ネパールで有名な人はブッダです」と言いますもの。しかしながら、これも考えてみれば面白い。ベツレヘムの人が「ここで生まれた有名人はキリストです」と言うようなもの。日本人からして見れば、あれっと少し戸惑ってしまうのですが、彼等にしてみれば、そう言っても違和感がないのでしょう。そういう時間の流れの中に生きているのかもしれません。

彼等を見ていると、「勉強しろ」、「漢字を書け」。「その前段階の『ひらがな』さえできていないじゃないか」などと、文句を言う必要がないような気が、(文句を言いながらも)してしまうのです。そのたびに、「これじゃあ、いけない」と、気を取り直して、そういう気持ちを押し殺して、言っているのですが。

私などから見れば、彼等は私にはない美点を数々持っている。これは、得ようとして得られるものではなく、そういう風土で、そういう人たちに囲まれて育ってきたから得られたとしか考えられないのです。

つまり、これが、困るのです。彼等がそういう土地に、今でもいて、そういう人の中に包まれていれば、何も言うことはないのだけれども、ここ、日本に来てしまっている。来たときは、「わあい、来られた。うれしいな」くらいは思ったかもしれませんが、すぐに現実が突きつけられる。

日本に来るための資金は家族が用意してくれても、日本に来てからの生活は自分の力でやっていかなければならない。勉強と両立できるような器用な人たちではないし、おそらくそういう根性も希薄でしょう。…そんな気がする。「頑張れ」が、少し可哀想で言えないのです。無理かなあ…。

たくさんの法律があって、それを守らないと罰せられる。彼等が言うルールとは、だれでもがすぐに判るようなルールであって、私たちが言うところの法律ではないような気がするのです。法律という言葉は簡単にルールと置き換えて彼等には言っていますけれども。

「どうしてこれがいけないの。私たちは悪いことはしていないし、だれにも迷惑はかけていない」

時々、日本における法の存在について考え込んでしまうことがあります。

書面で書かれたような法がなく、だれでもすぐに判るようなものであって、しかもそれを監視する人も罰則もなく、皆が、だれも傷つけないように暮らしていけたらいいのにと。

日々是好日
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「ひらがな」にそんなに苦労するかなあ…。

2018-02-26 09:04:54 | 日本語学校
曇り

もうすぐ「弥生」の月がやって来ようというのに、今朝は寒々とした光景が広がっています。お日様がお顔を覗かせないのが原因…と、一言で言ってしまえば、それまでなのでしょうけれども。

「寒いなあ、寒々しいなあ、なかなか『春、遠からじ』とは思えないなあ」と、ゆっくり自転車を走らせながら、来たのですが。…角を曲がって、ほっ。花の香りです。学校の「ジンチョウゲ(沈丁花)」の花は、まだまだ蕾なのに、もうこの角のお宅では七分ほどが咲いていた…。

足音を忍ばせながらであっても、春は確実にやってきているようです。…よかった。

とはいえ、学生達には、これから一荒れか二荒れするかもしれないから、油断はしないようにと、言っておかなくてはなりません。

ところで、この「ゆだん」。漢字で書けば「油断」。非漢字圏の学生達は、始めは判らなくても、説明を聞けば、それなりに納得してくれるのですが、中国人の学生の中には、時々、なかなか納得してくれない人が出てくるのです。漢字がわかると言うことからくるマイナス面かもしれません。

さて、学校です。

ネパールの学生達の「ひらがな」に参っています。同じインド圏であっても、「インド」と「パキスタン」からの学生は一人ずつであり、共に漢字に興味を持っているようなので、問題はないのですが。

今、この学校で一番多くいる、ネパールからの学生が、漢字の前段階、「ひらがな」に問題が多々あり、これがどうしても、修正が利きません。「ふ」など、アヒルが首をもたげ、羽根か足が、かなりの水面下で足掻いているような感じの字。

きっとネパール人の日本語教師がこう書いて教えていたのでしょうねえ。これは困ると、昨年の4月生を見て、向こうへ行ったときに、シャカリキになって言ってきたのですが、どうも向こうの方で甘く考えているらしい、文字の国ではないのでしょうねえ。

だいたい、一度付いた癖はなかなか変えられない、変わらない…もの。以前は、ベトナムの学生もそうでしたが、きちんと指導できる学校を見つけて、今では、漢字の指導までしてくれています。文字の資料も、最初はその学校に、こちら側が書いて持って行ったりしたのですが、利用してくれているかはともかく、来た学生を見れば、注文通りに改めてくれているのがわかります。

ところが、ネパール。教師も甘く考えているし、そういう人に習っている学生も甘く考えているのでしょう。当然ですね。日本へ行って、専門学校で適当にやってどうにかなっていたのなら、そうなるでしょう。今はそういう時代ではないのですがね。

「日本に行ってしまえば、こっちのものさ。適当に、どこか、入りやすい専門学校に行けばいい…」。

彼等が来日してからの一年間、能力が少しでも高そうな学生には、「大学進学も考えるように」とか、「(同じ専門学校でも)日本人が多い専門学校の方を考えるように(同国人、あるいは外国人が多い専門学校は、教師の方もやる気をなくすような状態のところが少なくないのです)」とか、言ってきたのです。

これも、却って罪作りだったのかもしれません。そういう学校を目標に入れれば、少しはがんばって勉強するか…と思いながら言っていたのですが。

だいたいが、母国では、教室に座って教師の話を聞く…だけで、事足りていた人たちです。(彼等は違うと言いますけれども)このグローバル化が進んだ世界で生き抜くための、また科学技術が日進月歩の世界で生き抜くための、それほどの知識は必要なかったのでしょう。文章を読んで、意味を自分なりに考え、解いていくという習慣に乏しいのです。これは、頭がいいとか悪いとかの問題ではなく、これまでの習慣が、そうせしめているのでしょう。

それが、できそうな人も見られるのですが、あと一歩の所で、気を抜くのです。だから、毎日同じことを言われなければならないということになってしまう…。

「ひらがな」なんて、ディクテーションのものも、宿題のものも、同じ字を毎回毎回訂正されて、それでも同じように書く。もう「N3」の内容に入っているというのに。これでは、来日してから1か月目とかいう学生にしているのと、同じようなことばかりしている…ような気になってくる(実際にしているのです)のも当然でしょう、私の方が。

多分、学生の方では、「聞いて判るからいいじゃないか。『い』が『り』に見えようが。『ほ』が『し』と『ま』に見えようが、『ツ』『シ』が同じだろうが」のにという気分なのでしょうねえ。文句を言われたり、毎回、赤い字が書かれているのは嫌にしても。

スリランカの学生が多かったころも、「漢字」ではなくて、「ひらがな」「カタカナ」の問題は確かにありました。けれども、彼等は、ヒアリングがネパールの学生達よりもよかったので、「できないこと(する気が全くないこと)を要求してもしようがない。どちらも嫌な思いをするだけだから」と、「一」「二」「三」までで、「四」からは書けなくても、耳で覚えさせる方に重点をおいていました、最初のころは。(だって、漢字を毎日、一時に付き、20回書かせても、毎回意味の確認をしても、覚えられないのです。そのための時間は無駄でないにしても、あまり意味のないことでした)

とはいえ、耳だけだと、アルバイト先で必要される単語や文法くらいで終わりになってしまうのです。なんと言っても、日本は漢字文化圏の一員ですから。「言葉」が判らなければ、「日本の文化」も、それによってたつところの「日本人の習慣」も「日本人の考え方」も(彼等はわかると言っていましたが)判ってもしれたものだったでしょう。

ただ、そのうちに、スリランカからは漢字も勉強する学生が何人か来るようになり、もう「ひらがな」「カタカナ」で止まっているという学生は、チラホラで終わるようになっています。だから、ベトナムやミャンマーなどの学生とある程度は同じようにできていたのです。

このように、留学生にしても、いくつかの波、国のですが、ありました。最初は中国、次にスリランカ、それからベトナム、そして今はネパールです。

多分、同じことの繰り返しなのでしょう。

中国人は別にして、スリランカもベトナムも同じように、最初は大変でした。けれども、一年、二年、三年と経つうちに、こちらも、少しばかり上のことを教えられるような学生がやって来るようになり、2年目の12月には、「日本語能力試験『N2』」受験、そして合格出来るような学生も出てきました。

ネパールの学生もそうなってくれるかしら。とはいえ、まだしばらくは「ひらがな」「カタカナ」で苦労しそうですけれども…。こちらがですね。

日々是好日
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卒業生が来て、学生達に話してくれました。

2018-02-22 09:57:37 | 日本語学校
春のあられか、あられ混じりの雨と言うべきか…。

朝、カーテンを開けたとき、ベランダが濡れていて、しかもじっと見ていると、その濡れたところに打ち付けるものがある…、雨?

思いも寄らなかったので、驚きながらも、「うん、大したことはなさそうだ…」ということで、のんびり構えていたのですが、これがなかなかやみません。…しょうがない、出るか。

しかしながら、傘をさしていくほどでもなかろうと、自転車にしたのですが、顔に当たる雨に、今日は固いものがある…。どうも、雨の中にあられめいたものが入っていたようです。

ところが、学校について、少しばかりして外を見ると、明らかに白いものになっている。春の雪ですかしらん。だって、立春は疾うにすぎている。

雨の滴はもう、フワフワした雪に変わっています。子供のころは、このように柔らかな大きめの雪のことを「牡丹雪」と言っていたのですが、それを北国の人に言ったとき、どうも受ける感じが違っていることに気がつきました。同じ呼び名でも、全然違う…。

こちらのは、大きめでも淡く、大地に積もることなどはなく、「ネコ(猫)」が喜んでじゃれても、その手の中でスッと消えていくものです。そんなのが「牡丹雪?」というのが北国の人の感想だったのかもしれません。きっと北国では春とは名ばかりの寒さが続いているのでしょうね。

さて、学校です。

先日、大学をもうすぐ卒業という本校の卒業生が二人、やってきました。卒論書きに大変だったそうですが、それも無事終了したとのこと。彼等曰く「大学の先生の方がもっと大変だった。朝から晩までずっと付き合ってくれたから」と、先生に対する感謝の言葉が尽きませんでした。

で、来たついでに、学生達に話をしてくれと例のごとく、教室に連れて行きます。来てくれたのは午後でしたから、午前の学生には間に合いませんでしたが。

二人とも、大学でゼミの発表とかもあったでしょうに、緊張気味です。日本人の前で発表するよりも、外国人の前で何か言うことの方が、却って緊張するのかもしれません。

で、一通り話してもらった後、質問タイム。ところが、学生達、聞きたいけれども聞けないという表情で顔を見合わせているだけ。在校生の方もまた緊張していたようです。

共に外国人であるとはいえ、もう大学で四年近くも学んできた人たちです。当然のことながら、彼等の知らない言葉がポンポン出てきていました。学生達としては、おそらく、…わからん…だったのでしょうね。

スリランカの学生というのは、総じて、「できていない」というのが判らないのです。普通ならテストで「点数」が出てきますから、自分のレベルというのが判ると思うのですが、点数を鼻先に突きつけても、平気。結局、判っていないのです。

きっと点数とは無縁の世界で生きている…のだろうなと、思ってしまうのですが、彼等は、きちんと点数の世界のことは知っている…めいたことを言うのです。だから、こちらとしては、よけいに????ということになる。

というわけで、日本語も『みんなの日本語』レベルで終わってしまう人が少なくない…のです(アルバイトで使うような生活用語はすぐにできるようになるので、それ以上は、必要ないと思っているのでしょう)。それ以上のレベルのものは、単語にしても、漢字が増えてくるので、判らなくなる(漢字から意味を類推することができませんから)。それでも、アルバイトでは十分なようで、重宝されています。けれども、この、「重宝な存在である」というのが災いとなって、それだけで自分は日本語が上手だと思い込んでしまうのです。どうも「下しか見ることのできない人たち」だなというのが私の感想なのです、これまでの彼等を見ていて。

ですから、このように大学をもうすぐ卒業という学生に話してもらうと助かる。(大学に)できるつもりで行っても、だいたいそれは通用しませんから、いきおい、もう一度、己(のレベル)を顧みざるをえなくなる。大学では、彼等の周りは、ほとんどが日本人の学生。普通に日本人と日本語で話していますから、それがごくごく自然に現れてくる。在学生達の知らない単語や言い回しが出てきます。それを聞くと、あれ?くらいは思うでしょう。

しかしながら、この、聞き手の、この、クラス、ここのスリランカ人は珍しいことに、「日本語は難しい」と言う人もいて、私も、今のところ、それほど強い言葉を言わずに済んでいます。この意味では、本当に珍しい。

これで、もっと頑張ろう。漢字の練習もせねばと思ってくれる人が出てきてくれるとうれしいのですが。スリランカ人だけでなく、ネパール人にも(うちの学校は現在、ネパール、ベトナム、スリランカの学生が多いのです。ベトナム人はよく漢字の練習をしてくれるので、漢字に関しては、別格です)。

日々是好日
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「非漢字圏」の人が、日本で暮らすのは大変ですね。学生達を見ていて、実感しています。

2018-02-20 09:05:38 | 日本語学校
晴れ。快晴

早朝は、一時、雲が多く見られ、予報ではカラリとした青空が…と言っていたのにと、少しばかり不信感を抱いていたのですが、それも7時頃にはもう予報通りのカラリとした青空になり、なぜかホッとしてしまいました。

学校でも、いつの間にか鉢植えの「シラウメ(白梅)」が幾輪かの花をつけています。もっとも、植木鉢の中でのもの。少々寂しげに見えるのも仕方がないことなのかもしれません。

さて、学校です。

市役所やら、彼等のアルバイト先やらから、いろいろな書類が送られてきたり、また手渡されたりしているのですが、学生達は、何じゃこりゃと思っている間に、どこへやら行ってしまった…という場合も少なくないようです。

まず、何より、来日してから1か月ほどは、「漢字交じり文」が読めないのです。来日後2週間ほどで、「ひらがな」「カタカナ」の導入、「拍」などを終え、それから「漢字」の勉強を始めるのですが、これがなかなかに難しいのです。それゆえ、来日して半年ほどであれば、知っている漢字もしれていますし、懸命に書けるように努力していても、せいぜい書けるのは300字程度でしょう。それが、もし、ただ学校に来て、言われるがままに練習していた…だけであったりすれば、100字ほどを読めるかどうかさえ怪しいものです。

それに、彼等の国にはそれほどの厳密なものがない、あったとしても、高校を出てすぐの学生たちには、給与明細だの源泉徴収だのに全く馴染みがない。それどころか、認識がないと、言った方がいいのかもしれません。

かといって、来日直後にそれらのことを説明しても、おそらくはどうにもならないでしょう。せいぜい、「市役所から来たもの、会社からもらったもの、それに、郵便で送られてきたものは、捨てないで学校に持ってくる…」くらいしか言えないのです。「なぜか」ではなく、「こうする」で対処するしかないのです。

私たちには彼等の言語もわかりませんし、よしんば、判っていたとしても、相手に、そういう概念がなければ説明のしようがないのです。

というわけで、昨年来た学生のみならず、一昨年来た学生達も、あっちゃこっちゃへ行っています。

先の(もう止めたけれども)アルバイト先でしょ、それもいくつか。それに常に記帳していたわけではありませんから、銀行でしょ…。銀行も、次のアルバイト先で指定がある場合は、別の銀行に口座を作らなくてはなりませんから、一つでやっていけるとは限りません。

留学生達は、来日直後は、まず、日本語ができませんから、アルバイトも近くでは探せません。それで、先輩や派遣会社を頼りに、電車の乗り換えが必要なほどの所の工場へ行くしかありません。けれども、多少、話せるようになると、いくつかのレストランやコンビニ、あるいはチェーン店などの面接に行き始めます。普通は先輩がいるところなのですが、面接3回目でやっと合格したという人もいました。

もちろん、最初のアルバイト先にずっといるという人もいることはいますが、それは稀なこと。だいたいは、来日後3ヶ月くらいで、まず一度換わり、それからだんだん学校や寮の近くに移ってくるというのが普通なのです。中には、1か月ほどで換わり…を繰り返していた学生もいました。

これはある程度は仕方のないことで、日本語の力が付いてくると、より時給の高いところへ、自転車や徒歩で通えるところへとなるのです。だいたい通勤時間に1時間もかかっていたり、夜勤が多かったりすると、勉強に支障が出てくるだけでなく、健康にも問題が生じてきます。もともと頑張れるような北国の人間ではありませんから。

というわけで、給与明細書が必要であるとなると、「捨ててしまった」というのが一番多く、次に、「(要ると言われたけれども)1ヶ月しか働いていなかったのに、賃金台帳をくれるかしらん」とかで悩んでしまうのです。

私もこういうことが苦手ですから、学生の気持ちはよく判ります。確かに一つ一つ必要なことなのですが、こういうことに疎いものは、本当にどうしていいのか判らないのです。

昨年来た学生達、この学校を卒業するまでに慣れてくれるかしらん。一刻も早く慣れて、きちんと持っていて、「持って来て」と言われたときに、すぐに持って来られるようになってくれるとうれしいのですけれども。

日々是好日
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「N5」、「N4」レベルの漢字が読めないし、書けないという人は、「N3」の「文章」は…少々きついですよ。

2018-02-19 08:53:42 | 日本語学校
晴れ。

晴れとは言えないまでも、まあ、晴れでしょうね。うっすらと雲がかかっています。

先日、郊外の駅で、時間が来るまで、見るとはなしに、今はまだ裸の「サクラ(桜)」の樹を見ていました。ここは、線路沿いに「サクラ」の樹がたくさん植えられていて、春になるとお花見ができるほど美しいのです。その上、駅の向かいには、土手に「ナノハナ(菜の花)」が一面に植えられていて、「サクラ」の前に、「ナノハナ」で春を楽しむことができるという場所でもあるのですが。

この小さな土手は小川の両側にあって、川の中には「アシ(葦)」が植えられていて…というか、自生でしょうね。そこで、「アシ」に止まった小鳥を見つけたのです。

「難波の葦は伊勢の浜荻」とよく言われるように、所によって名も異なってきます。この草を「アシ」と呼ぶか、「ハマオギ」と呼ぶか、はたまた、音を憎んで、「ヨシ」と呼ぶかは、人に依るのでしょうが、私は、「アシ」と呼んだ方が、しっくりきます。

この、小鳥に寄られた「アシ」、風がそよぐ度に、揺れているのですが、よく見ていると、他の「アシ」達に比べて、揺れが遅い。小鳥に寄られている分、重いのでしょう。

あの小鳥くらいの重さでも、衆と異なってくる。…何やら考え込んでしまいました。

さて、学校です。

インド圏の学生達、スリランカ、ネパール…もちろん、インドからの学生もバングラデシュからの学生も、パキスタンからの学生もいますが、総じて、文字を書くことが苦手。

習慣がないのでしょうねえ。いくら言っても、なかなか徹底できません。

大卒者であれば、判るのかとも思うのですが、それもだめ。どうしても自国のやり方で押し通そうとしています。

大学院を出た学生は、「漢字は面白い」と覚えようとしますし、家族が日本にいる学生は、姉妹の様子を見て、漢字が書けなければならないことが判り、頑張ろうとするのですが、普通に彼等の国から日本に来た学生は、まず、「漢字を覚えよう」という気がない…という場合が多い。

実際、漢字が書けないし、読めなくても、「N2」に合格出来るという、「非漢字圏」の学生も多くはなくても、結構、いるようなので、切迫感もないのでしょう。

しかしながら、専門学校まではどうにか行けても、それから後の、「いざ、日本の会社に就職」という段になりますと、途端に篩にかけられてしまいますから、その時に「後悔する」ということになりかねません。

それが、判っているからこそ、先人(卒業生)の失敗(「N2」に合格していたにもかかわらず、漢字が大して書けなかったので、日本語学校でアルバイトをしていた時分と大差のないような会社にしか就職できなかった)や、日本の有名大学卒でも、漢字が書けないことが理由で就職できなかったから、改めて日本語学校で漢字だけ習いたいとやってくる英語の達者な外国人もいる(この場合は、断りました。だって、大学でもそういう授業はあったはずです。それができなかった、あるいは、しなかったような人は、別に少々金を払ってでも、もうマンツーマンで教えてもらうより他ありません。ここに来られると、却って在学生によくない影響を与えてしまう可能性があるのです。この学校では、できるか、できないかはとにかく、最初から「漢字、漢字」と、教師は徹底して言っていますから)ことなどを、折りにふれ、話しているのです。

留学生の場合、こういう学校では、特殊な場合を除いて、一斉授業の形をとっていますから、何度話しても、話しすぎると言うことはないのです。その都度、判る人が変わっていきますし、増えていきますから(たとえ同じクラスであっても、ヒアリング力は、一様ではありませんし、また最初に聞いたとき、判ったつもりになったとしても、何回も聞いているうちに、誤解していたことに気づくこともあるでしょう))

たとえば(毎年、同じようなことを言っているのですけれども)、1回目は、そういう折りがあって、話したけれども、みんなポカンとしていた。2回目は2、3人がどこやら判ったふうであった。3回目は、それが4、5人に増えた。けれども、何やらどこかはっきりしないところが見えた…というふうに、何かあったときに幾度となく繰り返さねばならないことなのです。こういうことは。

繰り返しているうちに、いつか、ストンと肚に落ちていくでしょう。なにせ、彼等は「手の文化」の国にいるのですから。

それほど、彼等にとっては字を書かねばならない、文字というのは書かねばならぬものである。書かねば覚えられぬものであるということはピンと来ないことなのです。

彼等の国の文化では文字というのは、いわば、「『ひらがな』で終わり」であるようなもの。それが、「カタカナ」があり、何やら画数の多い「漢字」まであるという、三つの文字があることが、なかなか納得できないのです(ローマ字は別にして)。彼等にしてみれば、「『ひらがな』が書けるから、それでいいじゃないか」というところでしょう。

スリランカの学生は、少々趣の異なった「分かち書き」めいた書き方をします、文を書くとき、マスを一つか二つ分空けたような感じで書くのです。日本人なら、そこに読点が来るはずと思うでしょうね。ただ些か多すぎるのですが、この読点らしき空間。それが、多分、意味のまとまり。だから、全部ひらがなであっても、彼らの言わんとするところはわかる。もし、日本人が、日本人の書き方で、全部、ひらがなで文章を書いたら、どこで切ったらいいのか、意味のまとまりが判りづらくて困るでしょうね。

ただ、いくら知恵を働かせて書いても、ぼろは出る。結局、漢字も頑張らなくてはならないのです。

日々是好日
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「耳の文化」、「目の文化」

2018-02-14 08:44:06 | 日本語学校
晴れ。

如何にも春らしい青空が広がっています。「青」が、硬質的なものではないのです。水彩画、水墨画に向いている風土なのでしょう。

今日は2月14日。なぜかこの日に「春一番」がよくやって来ているのだそうで、なるほど、それゆえ、「サクラ(桜)」の蕾が遠くからでも形がよくわかるほどに膨らんでいるのかと、思わず、見入ってしまいました。

さて、学校です。

アルバイトの規制が厳しくなり、学生達はオタオタし始めています。もちろん、留学生ですから、勉強が主。学びたいことがあって、そのために来日しているのですから、本末転倒になってはなりません。

さは然りながら、国や家によっては、財政的な事情で、来日後は本人の力に頼らざるを得ない人もいます。だいたい来日にしても、親類縁者、果ては誰か貸してくれる所から資金と提供してもらって、やっと来たという人もいるのですから。

頑張っている、その人達まで、十把一絡げにして、「金のない奴は来るな」と言ってしまっていいのかとなると、ちょっと切ないですね。頑張って大学に入り、卒業後は日本企業で働き、日本の力になっている人もいるのですから。

以前は、「働くのが目的だろう」と、来日後、一目で判るような人もいました。「初心」は、「なにかを学びたい、進学したい」であったけれども、日本に来て、「アルバイトでも簡単に金が稼げるのがわかった」ことから、方向転換する人、またせざるを得なくなった人もいました。だいたい、一部の例外を除いて、「25才くらいが限界かなあ」と、そのころの彼等を見ての実感でした。そのどちらが主となるかは。

よく南アジアの国などへ旅行で行った人が、「純朴だ」とか、「あの人達は悪いことなんかできっこない」などと言って、好感を持って来日後の彼等を見たりします。旅行者の目と、彼等と損得勘定の鬩ぎ合いをしなければならない立場とでは、正反対の感想が出てしまうということも少なくありません。

日本に来て変わる…これは「日本が悪いからそうなる」というのではなく、「それまで知らなかった、またできないと思っていた」ことが「できることがわかった」故の変化と言った方がいいのかもしれませんし、異国で心強く生きられるほどには、強くはなかったということから来ていると言ってもいいのかもしれません。

引きずられてしまう人が少なくないのです。つまり、だれか一人か二人、悪いのがいて、それが結構強かった。嫌と言えず、ズルズルと仲間に入っていった。そういう人がいますね。どこの国もそうでしょうけれども、割合が高いような気がします。

親には「勉強します。お金も送ります」と言って、国を出てきたけれども、家でコツコツ勉強した経験も、また習慣もない者が、漢字を覚えられるはずがない。

国にいたときと同じように、教室に行って座っておけば、いい点が取れるものと思っていた、その案に相違して、学校に行ったなり、そのまま国にいたときと同じようにしていたら、授業はどんどん進んでいき、気がつけば、わけがわからなくなっていた…。

それでも、「自分ができない」と判っているだけでも、私たちはそういう人は能力が高いと思います。だいたい、こちらから見れば「できていない」ことが歴然としているのに、「できる」と思い込めているのですから、たいていの彼等は。どうも始末に負えません。一事が万事なのでしょうけれども。

その「思い込み」によって全てのことを行おうとしますから、学校のみならず、いろいろなところで齟齬が生じてしまうのでしょう。ただ、アルバイトであれば、飲食店や工場ではだいたいが同じような言葉しか使いませんし、あとは適当に気働きができればそれで済むでしょうから、便利であることから「日本語が上手」などと言ってもらえます。

学校で勉強していれば、「(漢字が)読めない」ことから「文章が読めない」、それ故に「理解できない」ことがわかり、自分の日本語レベルが、それほどではないということが、納得できるはずなのですが、それでも判らない人がいる。「耳の文化」と「目の文化」の違いなのでしょうけれども、ここは日本ですから、…「でも、いいですよ」とはなりません。

普通は「あり得ない…」ので、こういう人についても、これは、もしかしたら、コンプレックスの裏返しで言い張っているのかしらんと思って、暴くのをさし控えていたのですが、本気であると言うことがわかってからは、だんだんこちらとしても言葉がきつくなっていきました。自分のレベルがわかっていないことには、教えようがないのです。小学生や中学生ではありませんから。

全然わからなくても、「上のクラスで座って授業を受けていればいい」、あるいは「自分が下のクラスで授業を受けた方が伸びるだろう」と言うことさえ(説明しても)理解できないのかもしれません。

だいたい「日本語能力試験」なるものも、こういう「非漢字圏」の人をターゲットにしているとは思われず、「N4」レベルの文章がそれほど読めずとも、「聞く」「話す」「話す」「聞く」…が、日本の社会で(アルバイトの世界ですが)できていれば、「N2」試験にギリギリでも合格出来る者が、一人や二人ではないのです。この小さな学校関係者のうちでも。

もちろん、頑張って合格している「非漢字圏」の学生もいますが、勉強していないのに合格している学生が、パラパラと出てきますと、なんとなくやりきれなくなってしまいます。「大丈夫だよ。きちんと日本の会社で働き始めれば、差ははっきりと出てくるから」と言って慰めていますが、こういう学生は大学に進みますから、「あと四年後(4年はかかるのかあ)」というのが感じられると、ちと辛いようです。

「先生、あの人は、勉強していないのに(学校で文章など全然読めないのに)合格している。頭がいいのね」などと彼等が言うのを聞くにつけ、それは違うだろうと思ってしまいます。

とにかく、「コツコツと勉強していく者が最後には認められる。だから、頑張れ」としか言えないのですけれども。

日々是好日

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ベトナムの卒業生が二人、顔を見せにやって来てくれました。

2018-02-06 08:16:36 | 日本語学校
晴れ。

「寒が明けた」というのに、寒さは続いています。「寒」と言えば、なぜか「ウメ(梅)」の花。「ウメ」の花といえば、なぜか「香り」。

最近は、真冬でもきれいな花が咲いているというのに。また野山には、もう黄や紅の花も既に見られるというのに。なぜかしら、この頃の花と言えば、まだ「ウメ」なのです。

『万葉集』には「ウメ」の花を詠った歌も少なくないのですが、私など、思い出そうとすると、決まって上の句か下の句だけで、全部がスラスラと出てくることなど、ほとんどないのです。覚えようとして覚えたものではなく、その歌の一部分が気に入って、ついでに何となく一首丸ごと繰り返し読んでいただけだったからかもしれません。

凡河内躬恒の歌など「色こそ見えね 香やは隠るる」しか浮かびませんし、大伴坂上郎女の「飲みての後は散りぬともよし」などは、いつの間にか江戸期の狂歌とごちゃ混ぜになってしまっているのです。

どうも困ったものです。

さて、学校です。

昨日、ベトナム人卒業生が二人、久しぶりにやって来ました。一人は、就職は決まったけれども、そこで自動車の免許を取るように言われ、その手続きのためやってきた。そして、もう一人は既にベトナムに帰り、新しい仕事に励んでいて、出張で日本に来た。二人が久しぶりに会って、じゃ、ついでに学校に行こうとなったのでしょう。

久しぶりに顔を見て、元気でやっているのがわかると、なんとなくこちらも幸せな気持ちになってきます。

とはいえ、日本で就職が決まった卒業生など、大変です。「もう、(学校に)来ない」なんて思ったのではないかしらん。この学校に来ると、在学中も苛められていたのに、卒業してもまだ苛められる…。

「もっと、勉強しなくちゃ」
「漢字はどうなんですか。能力試験は受けた?」
「会社で使うビジネス用語がわからなかったら大変だよ」
鉄砲玉が、バンバン飛んできます。避けるのに必死です。

最後には、もう止めて!と悲鳴を上げていましたが、それもこれも、彼が働き者だから。彼のような人を採用できた会社は、本当に、「バンザイ。やったね」ですね。

労を惜しまず働くというタイプ。体を動かすことが好きというよりも、パッと、勝手に体が動いてしまうのでしょう。この学校にいたときにも、よく手伝ってもらいました。重いものでも、ヨッコラサと持ち上げ、サッサと運んでいきます。手順を考えて、素早くやってしまう。働き者でした。

机についての勉強というのは、少々苦手でしたが、言葉の問題を抜きにすれば、いい人を雇ったものです。就職となると、言葉よりも、働くかどうかの方が大切ですから。話すのは流暢でも無駄口ばかり叩いて、何も出来ないと言う人もいますし。

言葉なんて、仕事をしていれば、それに関する言葉など、それなりに自然に覚えられていくものです。それに、その人が、本気で日本語に力を入れようとするならば、周りには日本人がワンサカいるわけですから、学ぶのに困ることはありません。

最後はちょっと元気付けて、「もう、この学校、嫌!」などと言われないようにしておかなくちゃ。

それから、既に帰国していた彼女も、もう三重、四重、五重丸くらいの働き者でした。気働きもできるし、それに日本語も大したもの。ビジネス用語を覚えたいので、本を紹介して欲しいと言っていましたが、勉強も好きなのでしょう。これからどんどん発展して行けたらいいですね。

ただ、前回、去年ですが、メールの行き違いがあって、ベトナムで会えなかったことを、いまだに覚えていて、ブチブチと不満を言っていました。「どうして連絡しなかった…」。「したよ。でも、返事がなかった。」「私が悪かったけれども…ブチブチブチ…でも、会えなかった。今度は絶対に連絡してね」

そう言いながらも、彼女、年に3、4回は日本に出張するのだそうで、それで、また行き違いになるかもしれません。「だから」と声のトーンを高くして、「1か月前に連絡して」。「はいはい。仰せのごとくいたしまする」。そう言っておかないと、怖い、怖い。

元気に、またそれなりにやりがいのある仕事に就けているようで、本当によかった、よかった。けれども、学ぶこと、働くことに貪欲な彼女。もっと、もっとという気持ちはきっとまた出てくることでしょう。

日々是好日
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次は…「雪合戦」をしてみたい…。で、その次は?

2018-02-05 09:31:43 | 日本語学校
晴れ。

白い半輪の月がぼんやりとした青空にかかっていました。

もうそろそろ「梅祭り」や「椿祭り」が始まるころでしょう。

最近は数年ぶりの寒波がうねるようにやって来て、花の便りなんて遠い世界のことのように感じられていました。が、それでも、「スイセン(水仙)」の花は咲いてい明るい光を放っていました。

先々週、先週と雪が降り、あるいは小雪が舞い、寒さに縮み上がりながらも、十年か、あるいはそれ以上前だったかに、「サクラ(桜)」の花が咲いたその上に、うっすらと雪が積もっていたことなどを思い出していました。

外に出ぬ限りは、「雪は美しい」で終われます。 それが日々の生活と接点を持ってしまいますと、雪国ならいざ知らず、そうでなければ、あらゆるものが止まってしまいます。

雪掻き用のスコップは普通のスコップとは違う…。雪が降ったときに履く靴には一手間かけて、滑り止め用のものを付けるか、あるいはそれ専用のものに履き替えねばならない…。電車が不通になったり、遅れたりするかもしれない…。雪が積もったら、すぐに雪掻きをしなければならない。そうでないとすぐに凍って歩けなくなってしまう…。
何やかにやで、大ごとになってしまいます。

そういえば、雪国の人がこんなことを言っていました。東京に来て驚いた。東京の人は雪が降ると傘をさす…。…えっ、雪国では、雪が降ったときに傘をささないの…???。

学生達を笑えません。九州で生まれ育った私には、彼等と同様、変な思い違いも多々あるようで、雪国の人たちからは、呵々大笑されても仕方がない…ことも多いのです。

さて、学校です。

2回、雪を見た学生達は、多分、もう「『雪』『雪』『雪』」で、「北海道へ行きたい(雪は北海道しか降らないと思っている)」とは言わないでしょう。雪なるものを実際に体験したのですから。

とはいえ、「雪」を「体験」してしまいますと、次の「欲」が出てきます。…「雪合戦がしてみたい」。

「雪だるま」は、何人か、先々週の大雪の時に作ったようですし、作っていなくとも、皆、道で見た…そうです。話すと、「ああ、あれ」とか言っていましたから。だから、もういいのでしょう。

で、きっと「雪合戦」をしたら、今度は「スキーをしてみたい」とか、「スケートをしてみたい」と言い出すでしょうね。いいことです。長く日本にいれば、いろいろなことが体験できます。

どうしても、日本語学校にいる間は、大半の私費留学生は、遊ぶどころではなく、学校とアルバイトに明け暮れてしまいます。なにせ、次の専門学校、乃至、大学への進学を控え、貯金もしなければなりませんから、お金は貴重です。

学校では、留学生試験や日本語能力試験などがない限り、一ヶ月に一度、「課外活動」として、大きいものでは、隔年で、鎌倉か横浜、富士山か箱根(あるいは日光)、ディズニー・シーかランドに行きますし、その間にも、水族館や動物園、小石川後楽園や六義園、明治神宮外苑などへ行っているのですが、なにさま、どうしてもお金がたくさんかかるところへは行けませんから。

国内の、京都や沖縄、北海道などの旅行は、この学校を卒業してからですね。それまで、この学校でコツコツとがんばってください。

日々是好日
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今日も寒い。午前中、粉雪が降っていました。

2018-02-02 14:40:56 | 日本語学校
粉雪が舞っています。

今朝、起きてみると、屋根の上にうっすらと雪が積もっています。雪が降ると音が消え、本当に静か。しかも今朝のはうっすらとでしたから、先週の大雪(?)の時のように焦る必要もない。

出勤の時、一応、滑り止めを付けて来たのですが、却って邪魔でした。地面はもう雨に打たれて濡れた…くらいのものでしかありませんでしたから。

春先の雪はあまり積もらない…というのを雪国の人に聞いたことがあります。もう地熱が春になっているから…という話だったのですが、いくら立春の候とはいえ、それはちと気が早いでしょうねえ…。

さて、学校です。

一年生は1月のクラス分けのショックをまだ引きずっているような気がします。ギリギリの線上にあった人と、決して自分が下のクラスに行くはずがないと、なぜか思い込んでいた人が、そのような状態にあるようです。

上のクラス、「N3」に向けたクラスに入ったはいいけれども、今迄のやり方が通用しないことがやっとわかりかけて、戸惑っている…。「初級」のうちは、ある意味、覚えればいいようなもの。しかも、4月生であれば、時間的にも余裕があるから、復習を繰り返してきました。それがよくはわかっていなかったのでしょう。普通はもっと早くやってしまっている…。

これまでの分が、ある程度、わかっていたから、大丈夫のつもりでいたら、そうではなかった。速さについていけない…。初級のころのようにタラタラとは、やっていけませんもの。

「中級」ともなれば、自分でやらなければならないことが増えてきます。何でも手取足取りでやってもらえるはずもなく、ある程度は自分でやっておかねばならない。それなのに、…それができない。ほかの人ができるのが不思議という顔でぼんやり見ている。

勉強の習慣がついている学生は、「漢字のテストをするよ」と一声でもかけておけば、休憩時間や、練習の時間を与えたときに、覚えようと懸命にやります。けれども、その時間を、「えっ、試験。大変だ」とか「いやだ、できない」とか、言うだけでそのまま終わってしまうのです。そのたびに、「今、練習しなさい」ときつく言えば、書くのですが、すぐに隣の人のを覗き込んで、手は止まってしまう。

問題は、個々の能力云々ではなくて、やる気があるかないか。そして、やる気を出させるにはどうしたらいいかということ。10年後何をしていたいかとか、どういう立場に立っていたいかとか、そういうことから、今のやる気を導き出していくしかないのでしょう。

とはいえ、どうやったらそれができるか。私の話だけではなかなかイメージも湧かないでしょうし…。DVDを使ったこともあるのですが、あまりに彼等の世界とかけ離れていて、理解できなかったらしく、これは失敗でした。

日本について彼等が知っているのは、アルバイトの世界と、日本語学校の世界。それだけで、「こんなに(アルバイトで)お金をもらえた」なのです。それで、十分なのです。何をやりたいかなんて考えていないのでしょう。

1年ほどが過ぎた学生に、卒業したらどうしたいと聞きますと、専門学校へ行くと言います。専門学校で何を勉強したいかと聞きますと、何ができますかと聞き返します。知り合いがITの学校へ行っていれば、ITというでしょうし、観光やホテルであれば、そういうでしょう。だれもいなければ、わからないで終わるだけです。それだけの話なのです。

それを考えさせたりするには、オープンキャンパスに行かせたり、大学や専門学校へ見学に行かせたりするしかないのですが、(来日後)行くまでに1年ほどは経っている。この間、ノンベンダラリと過ごされてしまうのは、かなり辛い。

結局は、志あるものを呼ぶに尽きるのでしょうが、来てしまった人はどうしたらいいのでしょうね。

きっと、学生達は、教師がこんなことで悩んでいるなんて、考えもしていないでしょうね。

日々是好日
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