日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

満開です。街はピンク一色になりました。

2015-03-31 11:34:19 | 日本語学校
 晴れ。青空。

 街は桜色一色に変わりました。変化も早いですね。ほんの2,3日前は、まだまだ木枯らしのような色をした幹ばかりが目立っていましたのに。今がちょうど満開なのでしょう。あちらを見ても、こちらを見ても、濃いピンクや薄いピンクの花がふわりと浮いて見えます。春ですねえ、長閑です。やはり、一年に一度はこういう時を過ごさないと、どこか落ち着かない、何か忘れ物をしたような気がしてきます。

 もちろん、これは「サクラ(桜)」に限ったことではありませんが。ただ、春というと、一年の初め(年度)ですから、明るい方がいいでしょう。で、淡いピンクのこの花になるのです。

 ただ、これまでは、「サクラ」はもちろんなのですが)それ以外にも、田を一面に染め上げる「レンゲ(蓮華)」の赤や、土手や野原に、これまた一面に広がっていた「ナノハナ(菜の花)」の黄なども、春を象徴するものでした。が、最近は「レンゲ」畑なんて滅多にお目にかかれませんし、「ナノハナ」はわざわざ地方公共団体が、種を地域に配って植えてもらおうとしたりしているほどですし。皆、自然に見られるものではなくなっています。

 思えば、「スミレ(菫)」も、花びらが紫の濃いものは、本当に少なくなりましたし、「タンポポ(蒲公英)」も舶来のものが増え、何がなにやら判らなくなっています。

 とはいえ、舶来のものを貶める気持ちは毛頭ありません。ここは島国ですから、大陸と分かれる前は、大陸にあるものがそのまま生えていたのでしょうし、島となってからは、各地から風に飛ばされたり、鳥に運ばれたり、海流に乗ってやってきたりしたものが少しずつ増えてきたのでしょうし。

 それがわかっていても、人というのは悲しい性をもつもので、自分の心の原風景にとらわれてしまうのです。子どものころに遊んだ樹や草花、そして所の風景が、どうしても今よりも勝って感じられるのです。こういう面では人はなかなか変われないようですね。

 さて、学校です。

 昨日、卒業生が、一人、学校にやってきました。

 彼は2004年にやってきました。当時、口数の少なさで教員の記憶に残っているという学生。口数の少なさは、やはり、変わっていませんでしたねえ。スリランカ人はいらぬこと、内容のないことまで、いつまでも、とりとめなくしゃべっている人が、多かったのですが、彼は、全くその反対。いつも「何も言いませんねえ」と顔をのぞき込まれるというタイプでした。

 だいたい、何を聞いても、答えない。それで、つい、「判っていますか」と念押しをしなければならない。その時の答えもいつも決まっていて、「判っています。けれども、言いたくないこともあります。それに、言わなくてもいいと思ったときは、何も言いません」。
まあ、そうでしたろう。彼は彼なりに、いちいち聞く教師を「うざったい」と思っていたのかもしれません。礼儀正しいので何も言わなかったのですが。

 昨日は、以前と違って、受け答えがスムーズで、問答が自然にできたので、「おやおや。やはり地道に日本で働いていると、こういうふうになれるのだな」と驚きました。スリランカでも、あまりしゃべらなかったと言っていましたので。

 相変わらず、自分から話を進めていくということはありませんでしたので、話が途切れ途切れになるのですが、言いたいことはよく判りましたし、話が聞き取れていることもよく判りました。一人の教員が「接続詞がきちんと使えている」と言ったので、思わずでしょう、苦笑いしていました。

 これからは日本人として生きていくとのこと。その報告に来たそうです。これまでは、仕事もある程度限られていたのですが、これからは、仕事にせよ何にせよ、外国人としての制約がなくなる。どんな仕事についてもよくなった。それで、このあたりの会社に面接に来た…そうで、三年、四年と、他の地域で働いていても、やはり、知り合い(シンハラ人)があまりいないところでは寂しいらしい。
   
 彼が面接することになっている会社は、この学校にいた時にアルバイトしていたとのことで、合格すれば、こちらに引っ越しすことになるのでしょう。そうなれば、またご近所さんになります。
 
 行徳に限らず、葛西とか、浦安とか、この近所には、案外、卒業生達が住んでいるようです。きっと、いろいろな国から来た人たちが多いので、気が紛れるのでしょう。

日々是好日
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五月中旬の暖かさ。補講に真面目に来ています。

2015-03-30 09:06:00 | 日本語学校
 晴れ。

 昨日のお天気は変でした。

 朝のうちは青空が広がっていたのに、(予報通りです)昼過ぎから雲が出始め、危ない、危ないと洗濯物を取り込むと、ほぼ同時にシトシトと雨が降り出しました。春のお天気も、秋同様、本当に困りもの。

 今日は、五月中旬ほどに気温が上がるそうで、夜になってもその暖かさは続くそうですから、夜桜見物にはばっちりですね。昨日のような雨はサクラの開花を促す雨だそうで、そういえば、土曜日にはまだ固いつぼみだったのに、今朝見ると、遅いものでも三分咲き、早いものは七分咲きほどになっていました。

 ただ、ご近所の「シダレザクラ」、今年はどうも花数が少ないような。枝の間が透けて見えるようで、ちょっと、寂しいかな…。

 さて、学校です。

 二名のスリランカ人学生に補講をしているのですが、この二人の学生達…本当に、真面目です。もっとも、真面目でなければ、補講なんてしません。「してもらっている」と思っていることがよく判ります。以前も、「補講したほうがいい」ようなスリランカ人学生はいたのですが、してみると、「来てやっている」態度が露骨に見えて、「してやっている」こっちが「頼んできてもらっている」ような感じになったので、やめにしたことがありました。
 
 「珍しいですね」。そう言うと、一生懸命同国人をかばおうとします。「かばっても無理ですよ。今この学校にいるスリランカ人を見れば判るでしょ」と言うと、困ったような顔で、見合っています。

もちろん、同じ国の中にも、いろいろな人がいますから、一概にこの国の人はどうだと、決めつけることは誤りです。けれども、あらかじめ、そういう心づもりでいると、振られたときに楽なのです。どうして、どうしてと親切の押し売りみたいなことをせずとも済むのです。ああ、やっぱりなで終えることができるので、それが、心のゆとりにつながるのです。

ところが、この二人、休み中というのに、勉強時間に合わせて、アルバイトも調整していました。以前のクラスの担任に聞くと、「あのクラスの学生達は、昼ご飯抜きできていたから、つも、おなかがすいていた」とか。普通、スリランカの学生は、こういうまじめさはあまり見られないような気がするのですが、偏見でしょうかしらん。ちょっと日本人的な真面目さを感じてしまうのです。

 もちろん、補講も、ギリギリ、この(二人の)レベルまでです。この二人以下ですと、下のクラスでもう一度やったほうがいいということになってしまいます。そういう学生達は、得てしてアルバイトもそれほど恵まれませんから、休み中はアルバイトに励んだ方がいいのです。

 スリランカ人学生は、ベトナム人学生と違い、文の構造自体にはそれほど悩まなくてもいいので、新たに、文型を入れていけばそれだけでいいのです。もとより、漢字の問題はあるのですが、これは、個人作業で覚えていくしかありません。それよりも、こういう時の雑談が、役に立つ。

 日本語学校を卒業してから何をやりたいのかと聞くと、二人とも大学へ行きたい、そして、一人は映像を学びたいし、もう一人は機械をやりたい。一番やりたいのは飛行機であるけれども、学費が高いので、車でもいい、新幹線でもいい…。

 話を聞いていても、今一つやりたいことの的が絞れないのです、私には。彼らの頭の中には漠然とあるのでしょうけれども、それがうまく私には伝わらない。これはどうも、言葉の問題だけではないのかもしれない…。

 映像をやりたいという学生は、母国で「黒澤明」の映画を見て、日本へ行こうと思ったと言う。では、やりたいのは映画かと問うと、違うと言う。では、CGかと聞くと、否、それも違うと言う。

 機械をやりたいという学生も、機械といえば飛行機か車ぐらいしか、イメージがないような…気がするのです。ロボットはと聞くと、「いいえ、いいえ。違います」と言う。日本では工場でも機械化が進んでいて、もう機械とは言えぬロボットのような機械が人間と一緒に働いているのですが、多分、そういう「図」は、頭の中で描けない…らしい。彼の頭の中では、機械すなわち、飛行機や自動車なのです。

 「こりゃ、まず、いろいろなものを見せて、頭をほぐしていくしかないわいな」と、90分ほど勉強した後、30分から一時間ほど、DVDを見せてようと思い、まず、何が見たいのかと聞くと、一人は日本の建物が見たいと言い、もう一人は…多分、何を見たらいいのかイメージがわかないらしい。それどころか、実際のところ、時々眠くて顔を洗いに行くくらいですから、本当は少しでも早く帰って寝たいのでしょう。

 最初は見せるだけでいいか(説明してもそれほどの意味 )くらいに思っていたのですが、もちろん、最初はそばについて様子を見ます。その時に、この「日本の昔の建物」が見たいと言った学生、説明を加えると、メモをし始めたのです。見るだけでは、やはり判らないと言う。きちんと見るつもりがあるのなら、やはりそばについて説明を加えたほうがいいだろうということで、結局、この、見せるときもそばについて説明を加えることにしました。

 去年も、それなりに頭のいい学生はいたのですが、こういう真面目さに欠けていました。それで、陰で私たち、そうだ。暑いところの人は真面目にやったら死んでしまうもんね。だからみんな適当にやってしまうのだろうと言っていました。だから、てきと~にやる人が多くても、私たち、カッカカッカしません。免疫があるのです、こういう人たちには。

 とはいえ、真面目に勉強してくれる学生がいると、うれしいですね。もっとさせたい。もっと見せたいとなってしまいます。

 こうなった方が、お互いに幸せなのは言うまでもないことなのですが、ギリギリのお金で日本へ来ている人もいますから、こういうことができるというのも、ある意味では、恵まれていると言ったほうがいいのかもしれません。

日々是好日
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引っ越し

2015-03-26 09:01:54 | 日本語学校
さむ!…晴れです。けれども、寒い…。

数日前に「シャガ(著莪)」が咲いているのを見ました。「スノードロップ」も滴のような花を咲かせています。

「サクラ(桜)」のころになると、木の花だけでなく、小さな草花が目立ってくるので、街が足下から華やいでくるような気がします。

さて、学校です。

 卒業時、あるいは在学中の引っ越しで、その都度、「いらないから、置いていった」という人が多くて困ります。

「どうして置いていくの。持って行きなさい」「いりません」「いらないなら、自分で捨てなさい」「先生、お願いします」「…」

もちろん、「自分で捨てなさい。自分のものでしょう」と言うのですが、その時によく聞くのは「いいえ、○○さんのでした」「でも、もらったんでしょう」「でも、私のじゃない」

 子どもの理屈のように感じるのですが、そこには何かが頑としてあるのです。だから、こちらの言うことが、肚に落ちていかない。通じていないもどかしさを感じさせられてしまいます。

 とはいえ、こちらが言えば、不満ながらも、やらなければならないことだとして、片付け始める学生は、いつかそれが判るでしょうね。いつかわかるとしても、その時は、お互いに腹立たしいと思ってしまうのです。

 私たちは私たちで、片付けるのが常識(立つ鳥跡を濁さず)と思っているし、彼らは彼らで、置いていてもかまわないが常識と思っている。

 だいたい、皆、捨てるときのことを考えないで、服とか機器類だとか靴とかを買っているわけで、壊れたり、嫌になったり、使わなくなったら、もう部屋の中に「ポイッ」。それが、卒業時の引っ越しの時に山のように出てくる。

 部屋は三人か四人で使っているのですが、その中の一人が出るときに、(その人が)いらないものを置いていく…らしい。ところが、残っている人は、それに対して、だれも「持って行け」とも、「おまえが捨てていけ」とも言わない。部屋が狭くなって嫌だろうと思うのですが、ほっている。じゃあ、もっと狭い部屋でいいのかとも思いたくもなるのですが、それはまた違う話のよう。

 そこに住んでいない人の物がいつまでもあれば、嫌だと思うのですがね。それに、人にはある程度の空間の広さが必要だと思うのですけれどもね。どうも、そこら辺の感覚が分からない。

 新入生が入ってくる日まで、おそらくこのドタバタは続くでしょう。毎年のことなのですが、いくらこっちがチェックしても、最後までだれのものか言わないので(判らないと言って)、(自分が片付けなければならなくなるまで)同じことが続いてしまうのです。

 彼らが入ったときには、掃除の人も入れて片付けてもらった部屋でしたから、きれいだったはず。「汚い部屋に入るのは嫌でしょう。自分が日本に来てはじめて住むことになる部屋がこれだったら、どう思う?人の身になって考えてね」は、彼らにしてみれば、無理。「私はその人じゃない」ですから。

 そして、一昨日、母親に連れられてきた、11歳の小学生。昨日が第一日目でした。

 実は私は子どもに教えるのが苦手なのです。まあ、様子を見たりするのは、教員として当然のことながら、適当にできるのですが、それでも、せいぜい、どれくらいで飽きるかなとか、ここまでは判っているなとかいったことくらいなのです。

 ところが、子どもを扱うのに慣れている人は、遊ばせながら覚えさせていくのが上手なのです。手慣れたものです。だから、やはり専門の人に任せた方がいいのです…。といっても、こういう小さい子どもに、日本語を教えてくれる専門家が日本にどれほどいるのか、これがわからない。「教えた」ことがあるという人はたくさん居るでしょう、けれども、成果が上がっているかどうか、また成果が上がっていたとしても、子どもの資質が高かったからに過ぎないこともある。

 たとえば、日本人の学校に置いても、小学校と中学校では違う。中学校でも、一年生と三年生とでは違う。使っていい言葉も違う。

子どもというのは、大勢の子ども達の中に放り込んでおくというのが一番いいやり方だと思うのですけれども。最初は、大変かもしれませんが、子どもというのは生きるための本能が、大人よりもあると思います。ぼうっと突っ立っていることに耐えられなくなって、人の輪の中に自分から近づいていくものです。中には向こうから声をかけてくれるということもあるでしょう。そして向き合う。それが始めです。それさえできれば、後はどうにかなる。それからは、自分の力で友だちを作っていけるでしょう。

 たた、周りの大人の方が辛い。それが待てないのです。用意周到にして、万端相整ったにしてやらねば、子どもが辛い思いをするのではないかと、考えてしまうのです。けれども、自分を大切に思ってくれる親がいるのですから、子どもは踏みとどまれると思うのです。この子もそんな感じがするのですけれども…。

日々是好日

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春休みには先生達は遊んでいると思っている留学生達…先生達は仕事をしています。

2015-03-25 09:40:13 | 日本語学校
 晴れ。

 空の色がこんなに優しいのは、きっと水分が多いからなのでしょうね。とはいえ、今日も「寒の戻り」が続いています。

 今朝は北風が強く、咲き初めた桜が震えています。寒い日がないと桜は花を咲かせないと言われていますが、開き始めた途端にこれですもの。いったんは開き始めた身を縮めているかもしれません。

 予報によると、今日、明日はまだ冬将軍が居座っているような感じですが、週末の最高気温は、20度くらいになるとか。一気に(桜が)満開になるかもしれません。

 さて、学校です。
 昨日も忙しい一日でした。

 まずは、8時半ころ卒業生から、電話が来ました。「先生、学校にいますか」。聞くと、もうすぐ行徳駅に着くと言う。何の用事かと尋ねても、着いてから話すと言う。まったく、彼は学校にいたときからそうでした。思った通り、空振りでしたね。四月から就職するつもりであり、その手続きとか書類について聞きたいことがあったらしい。

 学校に着くなり、こういう勝手をするから無駄足を踏むのであると、皆から攻撃を受けたのですが、ニコニコしています。そして、今の専門学校はだれも叱ってくれる人が居ないと言う。まあ、この学校に戻ってくれば、かつてのように勉強しないとか、勉強の仕方が悪いとか、彼を叱る材料には(文句をつける)事欠かない(それは山ほど見つけられます)のですが、このかつての学生、叱られて、(ほっとして)うれしいのでしょう。

 在校時のクラスメートの話をひとしきりして、それから、「帰ります」と言って帰って行きました。勉強が好きな学生でしたが、どうも決断力に欠けるところがあって、考えれば考えるほど失敗の確率が増すというタイプ。かといって、考えずに行動を起こせば、これまた失敗してしまう。人に聞いて、指導を受けながら、その通りにしていくのが一番いいと思うのですが、聞いても、(悩んだ末)彼が選ぶのは、恐ろしく失敗の確率が高いも方。変えていくのは、もう…難しいのかもしれません。

 おそらく、母国でそうやっても、どうにかなっていたので、(やり方が)変えられないのでしょう。彼らの国では、自分より上のもの(学生なら、教師)を信用しない方がうまくいっていた(たとえば、大学合格などに代表される成績)。だから日本でもそれをしようとするのです。

 もちろん、日本でも独学で何事かを成し遂げた人は居ます。けれども、それはほんの一握りの才能豊かなセンスある人。ほとんどの人は、独力ではたいていのことは成せないのです。またそれを知っています(否応なく、判らせられていると言った方がいいのかもしれませんが)から、成したいことに長けた人に教えを請い、その通りにしようとします。そのとおりにしようとするあまり、萎縮するのは間違いであるけれども、自分は国でもうまくやってきた、だから日本でもそれができるというのは、多分、思い上がり以外の何物でもないのではありますまいか。

 異国では、自国の文化習慣、社会通念といったものが異なっており、己のみ尊しとしていては、岐路に臨んだときに失敗してしまう…でしょうね。

 彼が帰ってから、また一人、在日でこの学校で一年ほど学んだというフィリピンの人が自分の子どもを連れてやってきました。今回は三ヶ月ビザであるけれども、できるだけ早く日本に連れてきたいと言う。その時に困るのが日本語である。子どもに日本語を教えてくれるところを探しているけれども、ない…で、相談に来たというのです。

 以前は留学生と一緒に、小学生を教えていたこともありました。けれども、それは、学生の少ないときのこと。四月からの学生は人数も多く、それ故に問題のある人も出てくる可能性が高いのです。その時に子どもの面倒まではちょっと難しい…。何となれば、子どもに教えるやり方と大人に教えるやり方は違います。

 子どもに文法を覚えろと言っても、まず無理です。意味を言い、単語や文を繰り返し言い、そして覚え、少しずつ使えるものを増やしていく。もとより、ひらがな・カタカナは必要ですが、まず話せること、話したいと思わせること、それが必要になるのです。

 それに、授業も、90分どころか60分ももたないでしょう。飽きてしまいます。(教師がかかわると、他の学生が困ってしまいます)遊びながら教えていく、楽しみながら覚えさせていく、そういうやり方をとらざるを得ないのです。

 留学生達は既に高校を卒業していますから、欠席したり、遅刻したりすれば、(理由を聞いたりしながらも)時には厳しく叱責しなければならないこともあります。子どもは、それだけで勉強が嫌になってしまいます。

 いろいろなことは後で考えることにして、まずは五日間だけ、教えてみることにしました。少しでも言葉を覚えていれば、日本へ来た三ヶ月は無駄にはならないでしょう。

 午後は午後で、卒業生やら在校生やらが話や相談に来たり、勉強に来たりしました。

 勉強に来てくれるのが一番うれしいのですけれども。

日々是好日
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シダレザクラが咲き始めました。

2015-03-24 11:22:46 | 日本語学校
 晴れ。

 昨日の帰り、近所の「シダレザクラ(枝垂れ桜)」が一分咲きになっているのに気がつきました。この樹が花をつけると、もう「春本番」という気になってきます。

 ところが、今朝は寒い。10度ありません。「寒の戻り」と天気予報で言っていましたが、本当にそう。今は風もなく、穏やかですが、北風マークがついていましたから、陽が高くなるとビュンビュンと来るかもしれません。

 さて、学校です。

 昨日、寮の点検(部屋を出る予定の人も、既に出た人もいます。汚いと四月に新入生が来た時に困ります)に行くために、各部屋の学生達に連絡を取ってもらい、誰かしら部屋にいるときに行くことにしました。

 学校が寮として借りているアパートは四カ所です。昨日行ったのは、そのうちの1カ所、ここでは四部屋を借りています。

 一部屋目、ドアをノックしようとすると、中から掃除機の音が聞こえてきました。思わず(見に行った)二人で笑ってしまいました。3時半に行くと伝えてあったのですが、多分、5分ほど早かった…ちょっと、間に合わなかったのかな。けれども、きれいに使っていてくれました。二人がこの三月に出ましたので、今、いるのは一人だけです。その彼も出る予定です。

 ところが、引っ越しの件で、今、悩んでいると言う。行徳には、一緒に住んでくれるような友だちがいない。友だちは電車で行かなければならないところにしかいない。そこに住むと、今のように遅刻もせず、毎日来られるかというと、ちょっとその自信がない…。で、悩んでいる。明日、そこを見に行ってから、それから考えますと言う。

 出ないのなら、早く言っておいてくれないと、学校ではその部屋が空くものとして、新入生の配置を考える…からと言うと、ちょっと気の弱そうな表情になってしまいました。

 一年ほどもいたけれども、一緒に住んでもいいというような友人ができなかったということなのでしょう。人というのは表面的には親しげに見えても、やはりいざとなるまではわからない。多分、彼はそう思っているでしょうね。毎日、頑張って学校に通っていても、毎日顔を合わせていても、そう、一緒に住むというのは特別なことですから。それに、皆、経済的にはそれほど楽ではありませんから、助け合える人でないと…ちょっと難しいのかもしれません。

 その隣の部屋へ行くと、土曜か日曜日に引っ越ししたなというふうで、まあ、いろいろ残っていましたね。この女子学生、電話では、「まだ片づけていません。お願いします」…??だったのですが、とんでもない。自分のものは自分で捨ててください。私たちに片付けさせないでくださいということで、見ただけです。

 そして、下の階に行きます。真ん中の部屋では、三人が待っていました。ニコニコしながら「きれいでしょ」。隅の机に教科書が広げてありましたから、「だれのですか」と聞きますと、10月に来た学生を指さして、「○○さんです」。教えてくれた学生に「君は勉強しないのですか」。すると「先生、休みよ」。

 アルバイト先に、どうも女性が多いらしい。彼の言葉には、女言葉が混ざって出てきます。この部屋の人は四人とも出ないので、部屋をきれいに使っているかどうかを見ただけで済ませます。一人が、「来年の二月に一時帰国したい」と言う。「大学に合格していても、卒業式まで、帰国しないように。ビザの申請の時に、出席率が下がってしまうから。(今のところ、98か97%くらい)。また卒業式後も、そのころ(3月中)に、大学からオリエンテーションやその他の連絡が来るだろうし、引っ越しやその他の手続きなどをしなければならないだろうから(帰らない方がいい)。

 「どうしても帰りたくてたまらないのなら、大学一年目の夏休みに帰ればいい。一番いいのは、(大学生活にも慣れた)二年生の夏休みだと思うけれども」と言うと、考え込んでいました。本当は、今すぐにでも、帰りたいのでしょうね。けれども、大学に行くまでは我慢我慢。頑張れ。  
         
 で、隣の部屋です。「隣の部屋は誰もいません」そう言って、私たちが見に行くのを心配そうに見ています。そう、先生は(この部屋の二人に)怒っています。
           
 この部屋の住人は、頑張れない人たちです。けれども、私たちは、それでも、せっかく日本に来たのだから、なにがしかのものを身につけさせたいと思っていました。日本語も、同期に来た人たちに比べると格段に劣っています(毎日休まずに学校に来て勉強している人たちは、やはり一年分の蓄積があります)し、疲れるとがんばれないので、すぐに休んだり、遅刻したりします。
    
 学校でも、「だめよ~。つかれたぁ」などと言いますから、他のまじめな学生達の失笑をかっていたのですが、この二人のベトナム人学生、休みでないにもかかわらず、帰国していました。帰国した日も二人の教員(その日に成田へ行くと言うことを知らなかった)が、学校に来るように、それぞれ迎えに行っていました。他の学生達の倍ほども手間も時間もかけられてきたのです。そのエネルギーを、毎日学校に来ている学生達の方に割いた方がずっとましでした。ここは学校で、勉強したい人が来るところですから。

 勉強する気が無いのなら、本当に戻ってこなくてもいいのに、人がそういう気持ちでいると言うことも判らないのです。

 本当にとんでもないベトナム人です。彼らのせいで、他のまじめなベトナム人達も悪く言われているでしょうに。反則しても、だれも咎めない。盗みをしても、いつも通りにつきあっている。だから、この国はそういう人ばかりだと思われてしまうのです。そうではない人もいるのに。それ故に、ベトナム人は割を食っているというのに。

 面白いことに、同国人が盗みをして、それが公表されたりすると、中国人はすぐに「中国人の恥だ」とか言うのに、そういえば、ベトナム人はそう言う人はいませんね。もっとも、バレなければ、「あいつはすごい(うまく盗んだ)」と言う人が多いのですけれども、中国の人も。

日々是好日
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桜の季節となりました。

2015-03-23 10:08:42 | 日本語学校
 晴れ。

 どこまでも青空が続いています。「サクラ(桜)」が似合う青空。いいですね。

 「レンギョウ(連翹)」も「ナノハナ(菜の花)」も、「ユキヤナギ(雪柳)」も「モクレン(木蓮)」も咲き、あとは「サクラ(桜)」を待つばかり。

 で、東京は、明日が「開花予想日」。

 こう聞くとなんか変、と思ってしまうのは、既に、早咲きの桜が、あちこちで咲いているからなのでしょう。この近所でも、「シダレザクラ(枝垂れ桜)」こそ、まだまだ当分咲きそうもない…様子ですが、他の桜は、もう満開。既に散り始めたものもあるくらいです。

 今度の土、日、上野公園は、きっとお花見の人でごった返しになるでしょ。土曜日に日比谷線に乗らざるを得ない私は、この線が上野を通るものですから、その都度、ひどい目に遭っています。いつもなら、楽勝なのに、このときばかりは、「人混み」というのが、電車の中にまで入ってくる。もっとも、あと、花火のころというのもあるのですが。

 とはいえ、行徳駅前公園の桜もきっと満開になり、公園は花見会場と化すことでしょう。

 さて、学校です。

 金曜日、課外活動で、お台場へ行きました。曇り空でしたが、風はなく、まずまずの行楽日和でした。ソニーの会場を出てから、海浜公園へ行ったのですが、そこでのんびりと海でも眺めるのかと思いきや、海に着くなり、「みんな、写真撮るよ」の一言で、大騒ぎ。皆で、一斉にジャンプし、それを撮ろうというのです。

 ただ、団体行動に不慣れな彼らのこととて、皆で歩調を合わせるという意識が、全くない。てんでばらばらにジャンプして、「はい、終わり。ジャンプしたよ」となる。

 写真を構えていた教員が、「こうでしょ」とか、「一、二でこうで、三でこうして」と懸命に指導するのですが、それが…伝わらない。中には「皆を撮す」と言っているのに、その、「皆」の前面に立ちはだかり、ジャンプをするものだから、半分ほどの人の顔が写らなくなる。

 それを言うと、「どうして、私がジャンプしているのに、写してくれない」くらいにしか感じていないらしく、悲しそうな顔をして、後ろに行こうとする。教員が、慌てて、…そうじゃなくて、一緒に写ります…。ここで写りますと、引っ張り出さねばならなくなる。

 それを見て、「おっ、外国人が面白いことをやっているぞ」とでも思ったのでしょう、おじいさんの写真家軍団、愛好家達の集団なのでしょうか、気がつくと、写真を撮ろうとしている教員の後ろにずらりと並び、思い思いの格好で、それを写そうとしている。もっとも、なかなか揃わないので、待つことに飽きたらしい、ぞろぞろと帰って行きましたが。

 写真も撮ったし、遊んだし、で、解散となったのですが、皆は、そこで食事にしようとなったらしい。その時、一人しかいない中国人学生の世話をベトナム人学生に頼んだのですが、ごく自然に彼らのグループに入っていき、ほっと一息。

 今週から、春休みに入ります。花休みのようなものです。一年目は、四季折々の花を愛でるだけの余裕もなかったでしょうが、二年目に入ろうとしている学生たち。日本文化は日本の四季を見ていないことには、なかなか感じ取れるものではありませんよ。暇があったら、野山とまではいかなくとも、近所を散歩してみてください。きっと、いろいろな発見があることでしょう。

日々是好日
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お台場に行ってきます。

2015-03-20 08:22:29 | 日本語学校

曇り。

今日も、10度くらいから、17度くらいとの予報。

今日は、お台場に行ってきます。

台場駅から、ソニー・エクスプローラーサイエンスへ行きます。途中、レインボーブリッジなどを見ながらゆっくりと歩いて行くのですが、多分、いろいろなところで止まっては、皆、写真を撮るでしょうね。それから、海浜公園へ参ります。

ここは人工の砂場です。人工の砂場というのは、やはり人が砂浜はこうあってほしいと思って作っているわけですから、やはり、それなりに美しいのです。鳥も来ますし、散歩している人たちも多い。

のんびりしてきます。

そして、補講生を除き、大半の学生達は、明日から春休みに入ります。

日々是好日
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「呆れ果てたベトナム人学生」「四月から、二つのクラスが合併します」

2015-03-19 09:35:07 | 日本語学校
 曇り。 

 早朝、霧が出ていました。昨夜しっかりと雨が降ったようで、緑がみずみずしい。これはいいなと学校へ。少し肌寒かったのですが、着いてから、授業の準備をしていると、突然ザァーッと来ました。そして、すぐにピタリ…と。早く出てきてよかったとほっとする遑さえありません。

 けれど、…「霧」はまずかったかな。どうも「霧」という言葉には、秋が連想されて困ること甚だしい、花曇りとか、花雨とか、どこかに「花」をつけないと落ち着かないような、そんな感じがするのです、春の朝のお天気は。

 気温は、朝で、もう、13度。ただ昼はそれほど上がらないようで、ここ二日ほど続いた、20度というのは、つかの間の夢だったみたいです。

 さて、学校です。

 授業があるというのに、無断で帰国していたベトナムの学生二名。あとで判って、えーっという感じです。もうあきれて口もきけません。病気になったと聞いては見舞いに行き、遅刻がちであるので、そのたびに電話をかけ(来るように促し)、それでも続くと教員が呼びに行きということまでやっていたのに…。全くこういう人には、いくら手をかけてやっても…、無駄ですね。

 帰国したという日にも、迎えに行っていました。一人の教員が寮に迎えに行ったのですが、この二人のうちの一人がいたので、(学校に)来るように言うと、あとで行くと答えたという。その話を聞いて、これはきっと来ないなと思ったので、10分ほどして、今度は私が行きました。すると風呂に入っていました。

 30分ほども外で待っていたのですが、最後には隣の部屋の学生に見に行ってもらうと、布団をかぶって寝ているという。そこで、上がっていったのですが、てこでも動かない。

 多分、このときには、困ったな。飛行機の時間が迫っているとでも思っていたのでしょう。まったく、してやったこちらの方が馬鹿みたいです。

 それから、月曜日、ハノイに戻っているという連絡が入ったので、驚いて親に連絡してもらうと、親は、彼は一週間前から韓国に旅行していたはずと答えたという。そのころにはこちらが病気見舞いに行ったりしていましたから、あり得ない話です。親にまで嘘をついて、何をしに帰国していたのでしょうね。

 勉強はしない。だから、日本語が下手。下手だから、いいアルバイトはない…ないない尽くしです。

 送り出し先に連絡すると、困った学生ですねめいた返事がきました。責任は…たぶん、向こうの方が重いような気がしますけれども…。(この人とは)短いとは言えないつきあいですし、日本で大学院まで出ている人ですから、もう少し、社会意識があってもいいような気がするのですが、そこがベトナム人の限界なのでしょうか。

 ベトナムも日本と同じように小国であり、貿易によって国を栄えさせていくしか道はないはず。それにはまず人材。人材育成を自国の力でできないのなら、他国に頼ってでも、やらねばならぬ。そういう意識を持っている知識人はどうも少ないようですね。それとも、まだ私たちには出会う機会がないだけなのでしょうか。

 ベトナム人留学生の場合、知識の方面での、「好奇心」というのが本当に培われていない…。これは実感です。まじめな学生で勉強はよくする。しかし、ビデオを見せようとしたり、ちょっとでも話が抽象的なものになると、途端に雑談を始めてしまう。興味がないのです。

 以前、スリランカの学生もそういう人が多くいました。他の国でも同じです。興味がないと言うより、そういうのに触れたことがないからどうしたらいいのかわからない。だから、寝るか騒ぐかしてしまう。だから、こちらも、彼らには無理だで、見せるのをやめてしまう。それよりも漢字を一つでも書かせた方がいいし、単語を覚えさせた方がいい。その時はやるのです。

で、ここにいても(中国人学生で、大学へ行く人たちがほとんどのころには、7月の
「N1」以降はこういうものを見せながら授業をしていました)何にも、知らない判らない人たちが大量に出ていくという結果になってしまう。

 今、「Cクラス」の留学生は半数くらいがベトナム人で、彼らの嗜好を、どうしても、授業に反映させざるを得ないのです。こういうものは、本当は、見せた方がいいし、そこで、ちょっと立ち止まらせて話し合わせた方がいい…でも、そう思われるところでも、見せることをやめています、時間の無駄ですから。だって、すぐにごそごそ始めるのですから。よく勉強しているので、見せておきたいと思う学生まで、同じなのです。その点ではこのクラスのベトナム人はひとくくりできます。

 もちろん、見る前は「見たい」と言います(勉強よりは自由だと思っていますから。本当は反対であるのに)。けれども、全く彼らには意味がないのです。きちんと見て、考えればきっと有益になるであろうと思われることや、知識を増やすことになると思われることも、すぐに飽きて、私語を始めたり、携帯を見たり(大卒でもやりますからね。それどころか、大卒が率先してやりますから)、。
 日本語が難しいから寝てしまうとか、飽きてしまうからとかいうわけではないのです。知的な関心を、これまで感じたことがないし、それを養成するような教育を受けてきたことがないのでしょう。そうとしか考えられません。もちろん、生まれつきもっている人はいます。ただ、一般的な、いわゆる普通の人は、学校や家庭でそれを培われていないと、ずっとそのままになってしますのです。

 その反対が、「Dクラス」のスリランカ組。去年までは、スリランカ人には何を見せてもだめ。すぐに大声で騒ぎ始める。だから、とにかくうるさくなったら漢字を書かせる…だけだったのに。今年は、知的好奇心を持っているスリランカ人が目立ちます。

今度、四月から、この二つのクラスが合併して、一つのクラスになりますから、ちょっと面白くなりますね。これまでは「Cクラス」の人で、いろいろ見たいと言う人がいても、絶対的多数のベトナム人男子学生が、面倒なので、見せていませんでしたが、これからは見せることができるでしょう。見ないのは放っておけます。ニュース担当の先生が、本当に困っていましたもの。よかった。よかった。

日々是好日
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引っ越しましたから、「学費はありません」。彼らの国では、それで通るんでしょうね。

2015-03-18 09:48:37 | 日本語学校
 早朝は、濃霧が立ちこめ、暖かくなったと実感。日が出ると共に、この霧も晴れ、今は青空が広がっています。

 小学校のそばを通ったとき、「ハクモクレン(白木蓮)」が既に満開なのに気がづきました。今年はまだ「コブシ(辛夷)」も見ていないのに、もう「ハクモクレン」の季節になってしまったかとがっかり。

 「ヒヤシンス」も紫の花を咲かせています。というわけで、道ばたをよくよく見てみると、「ペンペン草(薺)」も、かなり背が高くなっていますし、「ホトケノザ(仏の座)」も「オドリコソウ(踊り子草)」花をつけています。…春ですね。今日も昨日に引き続き、暖かい。昨日ほどにはならなくても、朝が、11度くらいでしたから、昼には16度か、17度くらいにはなるかしら。

 関東地方の「桜前線」は、今月の24日くらいにやってくるそうで、最近はぐっと暖かくなったからでしょうか、歩いている人が、足を止め、まだ枯れ木状態の、桜の木を見ています。きっと花を探しているのでしょう。

 「サクラ(桜)」の花も、梢の方ではなく、幹の低いところに、ほとんど幹にくっつくようにして、咲いていることがあるのです。こういう花を人より先に見つけると、「春、めっけ」となるのです。なぜだか、とても贅沢な気分になれるから、うれしい。大金持ちですね。

 さて、学校です。

 クラス分けのテストをすると、やはり、引っ越しや一時帰国などをせずに、頑張っていた人の方が成績は上がっています。学校に来て勉強をし、アルバイトに行くだけで、本当は精一杯のはず…それなのに、おぼつかない日本語で、また規則などもわからぬまま、部屋を借りたりすれば、余計な手間もお金もかかってしまう。それは明々白々のはず。そういう時間を勉強に振り向ければいいものを、こっちの方が安いとか言って、すぐに目先の利益に引きずられてしまう。

 専門学校や大学に進めば、当然のことながら、引っ越しをせねばならなくなるというのに、あと一年で。それとも、もしかして、どこに行けるか判らないのに、ずっとそこに住んでいるつもりなのかしら…。(そこを)出なければならないとき、どうするのでしょう。なんとも思っていないのでしょうね、ルールがあるというのに。こういう日本のルールを、日本語学校にいる間に覚えさせるということも、アパートを借りて学生達を住まわせている理由の一つであるのに。

 それをいくら言っても判らない。だめと言っても、やってしまうわけで、もう処置なしです。けれども、こうやって落ちていくのでしょうね、成績が。

 日本語学校には、目的が、半分以上出稼ぎという人が、時々紛れ込んできます。来日前に、そういう人を見分けるのは、とても難しい。中にはかなり日本語を話せる人もいて、そして日本文化の勉強が目的なんて言いますから。、

 だいたい、来日の目的がはっきりしている人(ここで目的というのは、出稼ぎや金稼ぎというのではなく、進学が目的の人という意味です)は、話がスッと通じます。大学に行きたい人は引っ越さないで、学校の近くに住んでいてくださいと言えば、すぐにその考え(引っ越し)を引っ込めます。出稼ぎ目的の人は、あっちのアパートの方が二人で住めば安いと、一人しか住んではならないところに、黙って二人で住み込もうとしたり、誰かの部屋に転がり込もうとしたり、ルール無視の行動を取りがちです。

 大学に行きたいと口では言っていても、それだけの能力がなかったり、気持ちがそれほどなかったりすれば、こういう出稼ぎ目的の人たちの言葉に簡単に流されて、私たちの言葉が耳に入っていきません。部屋を借りれば、部屋代だけでは終わりません。洗濯機も冷蔵庫もいるでしょうし、そのほかの家具もいるでしょう。そのお金や、引っ越しの時間などを考えれば、最初に住んだところ(学校の裏)に住んでいるのが一番いいのです。

 ここに住んでいれば、学校まで2、3分で来られるので、ギリギリまで寝ることができるし、何かあったときにすぐに私たちが駆けつけることがでるというのに。それがわからない。

 判らないからと、口を酸っぱくして説明しても、「引っ越す」ということに、心がとらわれていますから、結局は、「はい」と言っても、知らぬ間に寮を出ている。

 こういう人は、来年、どうするのでしょうね。

 それを、判っているのかしら…。

日々是好日
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まるで春のような陽気です…けれども、ベトナム人学生を教えるのは…本当に大変…。

2015-03-17 10:44:01 | 日本語学校
 晴れ。

 昨日、明日の朝は、湿度が高く、霧が出やすいであろうという予報が出ていました。が、今朝はすっきりと晴れています。 暖かい。今朝は暖房とつけていません。

 こんな天気の日は「タンポポ(蒲公英)」とか、「スミレ(菫)」とか、そういった春の野花が懐かしい。野山に出て、「踏青」でもしたくなります。

 やはり、春は心がウキウキとしてきます。

 ところが、学生のことを考えると、そうとばかりは言えなくなってきます。

 一週間ほど風邪で寝込んでいたベトナムの学生。直ったはずなのに、それからも教室に姿を見せません。しかも前日の休みの時には、他の(私たちが知らない)ベトナム人とどうやら町を歩いていたらしい。

 昨日も来ていなかったので、教員が起こしに行きました。ところが、「来る」と言った…のに、10分ほど経ってもやってきません。それで、今度は私が連れに行きました。…風呂に入っている…。ドンドンと叩くと、ドアを開けてくれた学生がいます。隣の部屋の学生です。彼の部屋では、二人がアルバイトに、一人が学校に行っているので、寂しいから、どうも遊びに来ていたらしい。

 風呂に入っていた学生、中から「先生、帰って。後から行くから」と何度も叫びます。私、「早く出なさい。一緒に行く(まで帰らない)」と言ったからでしょうか、なかなか風呂から出てきません。

 (風呂から)出そうになったので、外に出ます。そして、隣の部屋の学生と話しながら、待っています。すると、彼がドアを開けて、「先生、帰って。明日行く。今日は行かない」と言います。

 「休んでいたら、ビザがとれないでしょ。一緒に行くから」と言って、まだ待っています。ところが、出てきません。服を着替えているかと思っていたのに、どうもそうではないらしい。それで、また隣の部屋の学生を呼んで、中に入って呼んでもらいます。出てきて、(隣の学生)「…寝ていました」。

 それで、エイヤと気合いをかけて入っていくと(入り口の土間が高いのです。それで足の悪い私はどうも、上がれない)、本当に間仕切りのガラス戸を閉めて、寝ています。「もう、病気ではないのだから、学校に行きなさい。勉強するために日本へ来たんでしょ。このままだったら、判らなくなってしまう」。

 何度、一緒に行くように言っても、「行きません。今日は行きません。明日、明日」と言って、布団にかじりついています。がっしりした体格の学生なので、力勝負では負けてしまいます。こちらも、布団を引っぺがそうとしているうちに、だんだん息が上がってきました。

 「とにかく来なさい。このままでは大変だから」と言って、学校に戻ってきたのですが、今朝、その学生、昨日のうちに成田からハノイへ戻ったという連絡が入ってきました。

 高校生から、そのまま日本へ留学した学生です。やはり根性がないと言えばそうなのでしょうが、もう一つは、ベトナムの社会(働いたことがない)を知らないからなのでしょう。

 ひところに比べれば、ベトナムから来た学生達も、経済的には少し楽になっています。何が何でも金を稼ぐんだみたいな感じは、それほどしない人が増えてきました。とはいえ、ベトナムに帰って仕事があるかというと、それはちょっと、難しい(高卒ですから)。

 以前、津波の時に、大挙して帰った中国の学生の大部分が戻ってきたのですが、そのうちの一人が、「(中国に)帰ったけれども、何にもすることがなくて、辛かった。一週間も居たら、飽きて、暇で、どうしょうもなかった。アルバイトもないし、高校を出ただけなので、働けるわけでもないし。ほんとにつまらなかった。日本は大変だったけれども、アルバイトはあったし、給料(生活できるだけの)ももらえたし、勉強もできた。やれることがたくさんあったから、充実していた(だから、また、戻ってきた)」と言っていました。

 多分、ベトナムの状況も似たり寄ったりでしょう。韓国ほどではないにしても、財閥とか金持ちえの親でももっていない限り、そのままぶらぶらとしているしかないのでしょう。高校を出ただけでは。

 ベトナムの学生の中には、こういう人が半分ほどはいます。「私は頑張っています。他の人が頑張れるのだから、私も頑張れます」と、いかにも私はすごいみたいな顔で言うのです。けれども、彼の「頑張る」には、私たちがしてほしい「頑張る」は入っていないらしい。

 最初は「どっか変…」くらいの受け止め方だったのですが、彼が頑張っているのは、「アルバイト」でであり、ビザを取る(そして次の専門学校へ行く)ための「出席率」であるだけで、「日本語の勉強」の方ではなかったのです。

 もちろん、このような学生にしても、眠くないときは勉強に積極的に参加しようとします。けれども、学校で、眠っていた時間が、半年かそれ以上も経っていますと、もう勉強も、判るどころの話ではなくなっているのです。

 「初級Ⅰ」レベルなら、国で少しやってきていたから、何とかなる。「初級Ⅱ」も、アルバイトで日本人と話すこともあるし、「出席率命」ですから、毎日学校へ来ているので、うつらうつらしながらでも、聞いているので、途切れ途切れでも耳に入っているしょう、だから、チョボチョボわかる。

 けれども、「N3準備」レベルに入って、「文法」やら「読解」やらになると、もう歯が立たない。まじめにやっていても、ベトナムの学生は「読解力」が他の国の学生に比べて格段に劣っているので、大変なのです(ここまで手をかけねばならないという国の人も珍しい)。

 これまでは、一クラスにほんの少し(ベトナム学生)でしたから、それほど注意していなかったのですが、ところが、去年の4月生は、皆、毎日来るので、それで、彼らがわかっていないということがよくわかったのです。ああ、彼らにとって、日本語とは、これほど難儀であったのかと、今更ながら、驚かされたという次第。本当に面目ないことですが。

 文が長くなると、もう万歳なのです。それで、長い文を細切れにさせて、それから、たとえば「『A』という意見が出ると、『B』という答えがかえってきた」みたいにまとめて、やってみたのですが、それでもわからない。「みんなが子供のときはどうだった。こうだったでしょう」と、それぞれの経験に添わせてやってみても、そのことはわかるけれども、また戻る(と長い文になる)と、途端に、「はてな????」となってしまう。

 昨日は、私の引き出しがなくなってしまいました。二人ほどは、だいたい判ったようでしたから、それで「可し」として終わらせてしまったのですが、もう一度、確認は必要でしょう。もっとも、彼らの、これまで(ベトナムでの)の読書量も、圧倒的に少ないのではないかと思われます。結局、量,をこなさせるより方法がないのかもしれません。

日々是好日
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試験を受けた学生が、ニコニコしながら戻ってきました。

2015-03-13 09:36:16 | 日本語学校
 晴れ。

 剪定もしていないであろうに、なぜか近くの公園がすっきりと明るく見えます。春だからでしょうね。春の光は、やはり違います。同じ晴れであれ、冬とは違います。

 今日は、風もなく、穏やかな朝です。少し、寒いか(ダウンを着てこなかったので)と思いながら出てきたのですが、昼には南風が入ってきて、ぐっと気温が上がるとか。北風という声を聞く日が、めっきり減ってきました、そう、「南風(はえ)」という声です。

 学校の「ジンチョウゲ(沈丁花)」は手毬状に小花をつけているのですが、これが一つ一つゆっくりと茶色に変色し、縮んでいっています。まるで老いがジワリと進んでいくようです。

 香りが強いので、秋の「キンモクセイ(金木犀)」と比べられがちなのですが、「キンモクセイ」の場合は、花が「サクラ(桜)」や「ツバキ(椿)」と同じく、すぐに散り落ちていきますよね。それに比べれば、ちょいと、寂しい木のような気もしますし、一方、このしぶとさを、見上げたものと感じることもあるのです。

 さて、人はどちらの方がいいのかしらん。

 昨日、卒業生(3月10日が卒業式でした)のうち、残っていた二名が、大学の入学試験を受けに行きました。

 こちらの言った通りのことをやってくれないと、腹立たしいし、(後で困ることが目に見えていますから)イライラするのですが、試験後、「終わった」と学校に報告に来たときの、うれしそうな顔を見れば、何となくイライラが消えて、ほっとしてしまします。

 「まっ、いいか。今日だけは怒らないでおこう」。…でも、思わず、ゲンコで小突いてしまいました…もっとも、撫でてもらったくらいにしか感じていないようです、デカイ奴らですから。小突かれたのに、ニコニコしているのです…あああ、処置無し。

 こちらがいろいろ言っても、結局は、彼らは、彼らなりのことしかできないのです。日本人と同じようなことを要求しても要求する方が間違っているのかもしれません、彼らが言うように。

 もちろん、(私たちが)言ったときには、「できない」とも、「嫌だ」とも言いません。「はい」と言うだけ。それで、「できないなら、なぜあのとき、できないと言わなかった!。できないと判っていたら、他の方法を考えたのに」と声を荒げてしまうのですが。

 彼らの方から見れば、「『できない』とか、『嫌だ』とか言えば、どちらにせよ、ひとしきり叱られるだろうな」と思うから、「まあ、嵐は避けるに超したことはあるまい」くらいの気持ちで、そうしているのでしょう。

 ただ、「先生は怒っている」というのが、「自分を嫌いで怒っている」とは思っていないのは、私たちにもよく分かるのです。「『そうした方がいい』とか、『そうした方が学生が楽になる』と思って言っている」というのは、よくわかってくれているようなのです。とはいえ、「それは…無理。無理をしてまで、したくない…」なのでしょう。

 「あと、一歩の辛抱」とか、「あと、少しがんばれば」とかの、「あと一歩」も、「あと少し」も、彼らのしてみれば、「できない相談」なのです。

 そして、私たちにしても、最後は「そうね。暑いところは頑張ったら、死んでしまう。そこまで至らないにしても、病気になってしまう。だから、頑張らないという習慣がついているんだろう」となってしまうのです。そうやって、自分に納得させているのかもしれませんが。それで終わりにさせるしかないのです。

 けれども、彼らなりに頑張っているのは事実です。ただ、「進学を目指しているのなら、日本語の勉強から離れたら、目的は達せられないよ」というのが、腹にドスンとは、入っていないのです、甘く見ているのではないにせよ。

 日々是好日
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外国にいるのだから、勝手に高をくくってはだめですよ

2015-03-12 13:51:54 | 日本語学校
 晴れ。今日こそ、きれいな青空のままでいてほしい…ような。

 今日、二人、大学を受験します。

 あちらの大学は、先生方も非常に熱心で、親切で、しかも外国人のことをよく考えてくださるので、合格できたら、(そういう方にお任せできると言うことで)私たちも安心なのですが。

 日本に慣れるのに、かなり時間がかかる人がいます。また、何年いようとも、最後まで日本を認められない人もいます。

 結局、そういう人たちは、(やりようがないので)いつまで経っても、自国のやり方を踏んでやるしかないのでしょう。当然のことながら、何度も何度も失敗すると思うのですけれども。こういう人たちは、外国で失敗することの怖さが判っていないのかしらん。いくら親切に接する人が多いとしても、また、法を犯すとまではいかないにしても、規則や約束を破ったりすることが重なれば、それは、すぐに信用されなくなってしまいます。それについて不満を言ったとしても、相手にされないだけです。

 そのことが判らないのでしょうか。…これはどこの国でも同じだと思うのですけれども。ただ、こういう人は、いつまで経っても、(それを)大したことがないと高をくくってしまうのです。

 大したことであるのかないのか、それは国によって違うと思うのですけれども。

 自分たちの国では、こんなことたいしたことではなかった、だから大丈夫と考えてしまうのでしょう。

 「あなたたちの国では、あなたたちは外国人ではなかった。だから、何事もなかった。でも、ここでは外国人で、いろいろな制約がある…」ということが、判らないのです。困ったものです。

 せっかく、そういう注意から始めてくれる日本語学校に入学しているのだから(しかも、何度もです)、休まずに学校に来てほしい。一般的な傾向として、「読んで学ぶ」という教育方法をとっていない国の人たちは、ヒアリング力があるものですから、簡単に考えてしまいがちです。が、本当は、そこに落とし穴があるのですけれどもね。

日々是好日 
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卒業式、これまでの…二年間…。

2015-03-11 09:08:24 | 日本語学校
 晴れ。

 昨日の朝はそれほど寒くはありませんでしたが、今朝は、まるで真冬に逆戻りでもしたかのよう。昨日ぱらついた雨が、氷となって残っていました。

 さて、学校です。

 卒業式は、昨日、無事に終了いたしました。

 式の直前に一時帰国していたり、昨年中に早期帰国していたり、あるいは諸処の事情で、不在といった学生は例年になく見受けられました。また、それ以前の問題で、帰国せねばならぬ状況に追い込まれていた学生もいました。本来ならば、卒業式に参加すべき卒業生の数はもっと多かったでしょうに、読み上げてみると、こんなものかというような感慨さえ覚えました。

 この学年ばかりは、卒業までに、あちらでもこちらでも、ぽこぽこと穴が開き、無事に終われるのかしらんと、内心では思っていたのですが、卒業式が終わってみると、どうやら、どうにか形はつけられたような気がします。もちろん、一生懸命に勉強し、きちんと成果を上げてくれた学生も少なくないのですが、負の部分がとても大きく感じられたのです(わずか数人のために、この学年はそういう学年として記憶されてしまうというのも悲しいのですが。

 実際、私たちにとっても、ある意味では非常に勉強になった二年でもありました。外国人に慣れているはずだったのに、「これはないよな」とがっくりさせられたり、「ここまでするか」と嫌悪感さえ抱かせられたり、それはもう、いろいろなことがありました。

 が、ともかく、「卒業式」が終わりました。

 卒業式が終わっても、次の進学先に入学するまでに、一ヶ月ほど時間があります。この間にニコニコしながら遊びに来られるのは、やはり勉強して成果を上げることができた学生でしょう。

 学生の中には、「自分はがんばった。だから褒められて当然だ」と言わんばかりの態度で、私たちに接する者もいます。確かにがんばったのでしょうが、けれども、それは「アルバイトに」であって、「勉強に」ではない場合が多いのです。

 それがゴチャゴチャになっていて、特にスリランカの学生に多く見られることなのですが、「私はがんばったのに…」と、希望の専門学校に入れなかったことを恨む学生もいるのです。が、こちらに言わせると、「君のがんばったは、アルバイトででしょ。その専門学校は漢字が20字すら書けない人が…ちょっと入れるようなところじゃないんだよ」なのですが、それが通じないのです。あくまで、私はがんばったと言い張るのです(最後には「だからなんなんだよ」と言いたくなるくらいです)。

 これは、日本語レベル云々で起こることではありません。しかも、これだけでなく、一事が万事ですから、至る所で、これと同じような問題が出てきます。

 こういう人が多くいると、本当に大変です。留学生というのは、20歳から25歳くらいまでが大半なのですが、一人や二人ならともかく、すぐに三、四人が同調してしまうので、狭い部屋は声で圧迫されてしまいます。

 ま、それもこれも、終わってしまえば、忘れてしまえと言いたくなる(自分に)。

 昨年の学生達は、ちょうど正反対で、騒ぎそうなのは、まあ、2,3人いることはいますが、まず、同調者がいない(クラスが分かれています)。だから、声は一つだけ。それで終わりです。すると、ほっとけばいいということになる。そのうちに意味が分かって、騒がなくなるであろうと。ところが、こういう人は分からないから騒ぐのです。また、騒げるのです。ベトナムでもスリランカでも同国人は多いので、すぐに通訳してくれる人がいます。だから、そう問題にはならないと思っていたのですが、あらは探そうと思わなくても目につくもののようです。

 まあ、ともかく、昨日、無事に卒業式に参加して、証書と花とアルバムをもらった学生さんたち、おめでとうございます。これからも(?は)がんばってくださいね。

日々是好日
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「送辞」と「答辞」…ごく普通の感覚で。

2015-03-10 08:30:05 | 日本語学校
 曇り。

 だいぶ雲が切れてきました。今日はいいお天気になるとのこと。気温も14度ほどになるそうな。ただし、北風がかなり強く吹くらしく、体感温度はかなり下がるとか。

 それにしても、今日が雨でなくてよかった。昨日は、朝から少し雨を感じ、午後の学生達が来るころには、もうかなり降っていました。

 午後の一コマ目が終わり、さて、明日(10日)の準備にかかろうというころになっても、雨はシトシトと降っています。四名ほどの男子学生に、ジュースやお茶を買いに行ってもらい、残った学生達には、式場作りを手伝ってもらいました。机をしまうやら、いすを出すやら…、重労働です。けれども、男子学生が多いので、手際よく、さっさとしてくれます。そして…これは、「Cクラス」の方。

 午後のもう一つのクラス「Dクラス」は、パーティ会場の準備です。

 その後、皆で、花作り。

 おもしろがってやる学生もいれば、「できな~い」と紙に手を伸ばそうとさえしない者もいて、見ていると、それはそれなりに面白い。また、やれといえばやるところも、また面白い。

 今年は、卒業式を控えても、まだ受験が残っている学生もいて、私たちの方でも、そちらの方に引っ張られ気味でした。というわけで、「送辞」「答辞」も、いつものように手がかけられなかった…。

 けれども、よくしたもので、こういうときに限って、手がかからない人たちが、書くようにできている。卒業生代表については、(彼女の)来日後のことが、かなり判っていたので、話を聞いた後、少しばかり「提言」をすると、すぐにサラサラと書いてきました。まあ、少々漢字を忘れているなという気がしましたけれども、それは贅沢というもの。彼女の気持ちがよく分かって、いいものでした。

 在校生代表の方でも、日本のものに元々興味があったらしく、来日後も課外活動やら、伝統行事やらに積極的に参加していた…(この時初めてきいたのですが)。だから、書きたいことがあったのです。

 言いたいことがない人に、「言え」ということほど、心苦しいことはないものですし、言いたいことがないのに、「あるだろう、あるだろう」とせっつかれることほど、煩わしいことはないものです。

 以前、中国人男子学生が、思いのたけを、ぶちまけた…というようなものではありませんでしたが、それは、個人的なものというよりも、中国とそれ以外の国との差といったほうがいいのでしょう。南の国では、中国で暮らしていた人たちのように追い詰められるということが少ないのです。

 今年度の人たちの文章は、日本人でも、異国へ行けば、そう感じただろうし、書いただろうという、至極普通の感覚の文章でした。もちろん、今年度だけのことかもしれませんが、学生の様子を見ると、在校生は卒業生に比べ、手がかからないのです。つまり、日本人の常識で話しても、ある程度は通じるということなのです。

 特に、昨年の4月、7月に来た学生たちは、幾人かを除き、遅刻もしないし、休むこともない。授業に関係の無い話を突発的に始めて、皆の注意を引こうとしたり、こちらの、彼らのためにする注意を小馬鹿にしたり、判っていると言わんばかりに、ヘラヘラと笑ってごまかしたりすることもない。

 アルバイトで疲れている学生もいるのですが、まず休まない。ウトウトすることはあっても、学校で眠って当然というタイプは少ないのです。「大切なところだから、寝るな。起きろ」と呼び続けると、あがきながらも授業に参加する。もちろん、どうしてもだめそうに見えた場合は、「10分だけ」と寝かせることもあったのですが、だいたい、半年ほどたつと、それは必要なくなりました。

 何というか、毎日学校に来ることが一番大切なのです。そして次は授業に参加すること。その上の、宿題をしたり、漢字を覚えるとかいったことは、大学に行きたいというはっきりとした目的のある人に必要なことであって、それほど向学心のあるわけではない人には、あまり要求でいることではないのです。年が長けているとか、結婚しているとか、そういう人は、働けるだけの日本語は身に付けたいでしょうが、それ以上ではないのです。

 知識を増やしたいとか、できるだけ新しい技術を身につけたいとか、そういう目的で日本へ来たわけではないのです。

 彼らの目的は、日本語をある程度覚えて、帰国後、日系の企業に勤めたいとか、日本語を覚えながら、工場などで働き、帰国後の資金を貯めたいというのであって、「毎日学校に行って勉強すること」で仕舞いなのです。それ以上を彼らに要求し、しなければ非難するというのは、彼らにとってもたまらないことなのです。過重になるのです。

 こういう人は、休みさえしなければ、宿題をせずとも授業中、きちんと聞いてさえくれていれば、(日本語の勉強はその)片鱗になりとも、記憶に残っているでしょうから、それで上々なのです

 毎日来てさえくれれば、授業計画も立てやすいのです。「いつも、皆がいる」という前提の下で考えられますから。初級が終わって、次に進んだときに、たとえ彼らが「わからない」文があったとしても、句や文節に切って説明し(単文にして)、ここは「既習のこういう文があった」とかつて覚えた簡単な重文などを用いて、繋ぎながら説明すれば、「あ~あ。判った」と深浅はあっても、一応の理解は得られるものなのです。

 今年度の卒業生は、出席率に問題がある人が少なくなかったのですが、来年度は、そうならないことを祈ります。多分、大丈夫でしょう…そうかな。

日々是好日

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そろそろ、桜の時期が近づいているような…においがします。

2015-03-09 08:56:46 | 日本語学校
 曇り。

 時折、薄日が差してきます。昼から雨になるとか、お天気もまた下り坂になるのでしょう。夕方からは本降りになるとか。

 最近は本当によく雨が降ります。これも春になった証かしらん。例年、こんなに降っていたかしらんと思うほどに、今年は、雨を感じています。

 「ウメ(梅)」の花は半ば散り、「ジンチョウゲ(沈丁花が)」の花が、今、盛りを迎えています。「ナノハナ(菜の花)」も咲き始めました。もうすぐ、このあたりでも、「カワヅザクラ(河津桜)」が咲き始めることでしょう。2月の末に厚木では満開になっていたそうですし…。そして3月下旬には「ソメイヨシノ(染井吉野)」前線がやってくる…春です。

 さて、学校です。

 去年の4月生の中に、7月生を、三人ほど入れ、様子を見ています(一名は2月中旬に、他の二名は三月に入ってから)。未習の漢字があるので、中国人の時のように、文法さえ判れば、あとは本人の母語のレベルだからと割り切ることはできません…それが少々きつい…。

 4月生の方は、一応、「N3の文法」も入れてありますし、「作文」、「速読」、「ヒアリング」、「N3漢字」などを復習かたがた、ぼちぼちですが、「N3もどき」で、学習してあります。

 4月生の大半はベトナム人であり(留学生は、一人タイ人がいるだけです。四名いたスリランカ人学生は、皆、下のクラスに行きました)、新しくこのクラスに入ってきた7月生は、皆、スリランカ人です。

 スリランカ人は他の南アジアの国々同様、ヒアリングがいいので、ヒアリングと会話は、まず大丈夫。それに反して、ベトナム人学生は、文法も単語(漢字を含む)も、ヒリングも弱いのです。漢字を失った中国人学生のようで、他と比較した場合の、いわゆる「強み」と言えるものがないのです。

 もっとも、そうは言いましても、この人達の方が、一応、三ヶ月ほど先を走っていた…。スリランカ人学生の方が、あとから駆けてきた…。

 何でもそうですが、言語というものも、ゆっくりやった方がいい人と、駆けた方がいい人とがいます。ベトナム人学生の大半はゆっくりやった方がいいのでしょう、何せ、ヒアリングの問題がありますから。一方、そういうヒアリングの問題がない学生達は、駆けられるのかもしれません。ただ、この後、どれほど漢字が覚えられるのかで、決まってくるのですが。

 今のところ、7月生三名は、「ディクテーション」に音を上げているようです。4月生は、習ったけれども定着はしていないという漢字を、二度目にまた別の本で習うという形ですから、どこか余裕があるようですが、初めての人たちは、本文を読まねばならぬは、漢字は漢字で覚えねばならぬはで、まだ頭の中で整理がついていないのでしょう。

 とはいえ、「読解」は弱いですね。これが一番大変。

 このクラスには、他に、在日の、フィリピン人、中国人、タイ人の学生たちがいるのですが、7月生のスリランカも含めて、300字程度の文章を読んで、理解できないのはベトナム人学生だけなのです。この中には、かなり頭のいい学生も含まれているので、おそらくは、ベトナム語の文法と単語とが、霞のベールならぬ鉄の壁を作っているのでしょう。

 ベトナム語は、文法は中国語であり、文字はフランス語的。ということは、漢字が分かるが故の強みも無いし、モンゴル語やタミル語(スリランカやインドの一部)のような文法の強みも無い。ないないづくしで戦わなければならないので、ちょっと気の毒です。

 で、まじめなベトナム人学生のためには、文を、接続助詞のところで切り(時には文節で)、それを一行ずつホワイトボードに貼って、ずらしたり、足したり引いたりしながら、相互の関係を説明するというやり方を取らざるを得なかったのですが、(内心、これは下手をすると、かなり時間がかかるかなと危惧しながらも)やってみると、驚いたことに、あっさりと通過できたのです。

 きちんと、「みんなの日本語Ⅰ・Ⅱ」が入っていたからでしょうし、「速読」を教えた教師が、苦手意識をつけないように気をつけていたからでしょう。「ああ、分かった」と、いつも理解できるまで譲らない学生がそう言ったので、ほっとしました。

 もちろん、こういうことを3,4課ほど繰り返してやっていけば、直に、接続助詞と接続詞の関係が、こういう説明抜きでも理解できるようになるはずで、まあ、今のところはそれを期待しています。

日々是好日
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