日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

学生11名と教員で「八景島」へ行ってきました。「Dクラス」は授業です。

2020-10-21 08:38:37 | 日本語学校

晴れ。秋晴れです。

10月に入ってから、雨が続いていたような…秋の長雨とは言うけれど…これは、ちとあんまりではないか…だったのですが、昨日、今日と「晴れ」が続いています。

おかしなことに、「晴れ」だと、どこか違うような気がしてしまう。本来なら、秋とは「秋晴れ」が普通で、台風さえ、来なければ、「晴れ」が続いて当然のはずなのに(頭の中では)。まあ、雨続きの10月ではあったとしても、今日は、とにもかくにも、晴れです。気持ちがいいくらいの「晴れ」です。

温暖化が進み、時の移ろいの中に、季節感が薄らいでいるとしても、それが己の中でもそうであるということに驚かされてしまいます。夏が突然に来て、突然に去ったと言うよりも、バタンと絶えたような、そんな「四季」になっています。こんなふうに進んでしまいますと、冬はどうなるのかしらんと恐ろしくさえなってきます。

人の心のみならず、草花にしても、そうであるような(これも、心の持ちようがそうだからでしょうか)。花にしても何にしても、ちぐはぐで、姿が見えていても、どこかしらギクシャクした感じになってしまう。人間の方がついていけていないのでしょう。

でも、昨日、「ハギ(萩)」が、わんさか葉をつけて、しかもその間から濃いピンクの蕾がたっぷりと見えているのに気がついて、それでやっと、すんなりと、今年の「秋」を感じることができました。それでも、すでに10月の下旬です。

で、秋です。

先週の金曜日、学生たち11名と教員4名で「八景島」へ行ってきました。行徳駅集合です。留学生9人のうち、1年生は1人だけ…交通機関の利用になれていない彼だけが遅れました。でも、よくよく考えてみれば、彼は、今年の4月からこの10月までどこにも連れて行ってもらっていないのです。だから、電車も乗り換えが大変だったのでしょう。聞くと、快速に乗ってしまい(行徳駅では停まりません)、西船まで行って、また戻って、そしてまた快速に乗ってしまったらしい。それで遅れてしまった。

駅の改札を出たところで、皆で待っていたのですが、なかなか来ない。それで連絡しても、まだ日本語が不自由ということで、今一つうまく意思の疏通が図れない。で、同じベトナムの学生に頼むと「今、原木中山だ」と言い、快速に乗ってしまったという。では、次ので来るかと思って待ち構えていたのですが、出てこない。いったいどこまで行ったのだと皆でブツブツ言っていると、あらぬ方へ行ったらしい、で、また乗り換えて…。ともあれ、構内で無事に会えたとのこと。それだけで万々歳です。それで私は学校に戻りました。

学校では10時半から「Dクラス」の授業です。この「Dクラス」は、全員が在日なので、勉強をした方がいいのです。留学生とは違います。留学生の場合は、学校がどこかへ連れて行かなければ、学校とアルバイト先を行ったり来たり、三角形の線の中だけの、日本の生活となってしまいます。予定では四月から、3カ所は見学できていたのにね。ちょっと可哀想です。

もっとも、私は引率は卒業です。学校の階段の上り下りがこれ以上辛くなったら、授業も卒業と言うことになるでしょう。よくぞ、これまでついて行っていたと思います。もう限界が限りなく近づいているという感じです。

で、月曜日、学生達に「どうだった」と聞くと、「楽しかった」の一言。いつもは人数が多いせいか、解散後はベトナム勢はベトナム人だけで行動し、他国の人を入れないと言う傾向があったのですが、今回は解散後も皆で行動したとのこと。閉園までいて、それから皆で西船で夕食を摂るつもりが、それがダメだったので、行徳に戻って食べたと言います。最後まで一緒だったと聞き、驚いたのですが、驚く方がおかしいのかもしれません。

乗り物も、1人に聞くと、「あれには2回乗った。これには参加乗った」と言います。誰に聞いても同じことを言うので、乗るのも皆一緒だったことが判り、思わず笑ってしまいました。仲のいいのはいいことです。引率されて行ったのは、ベトナム、中国、フィリピン、スーダンの4ヵ国の人たちで、一緒に行動すれば、これからの勉強もよりいっそう楽しくなることでしょう。

日々是好日

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忙しい毎日が続いていました。ぐっと年を取ったような気がしています。

2020-10-08 08:37:10 | 日本語学校
雨。

台風の影響と言うよりは、台風にせっつかれた前線のせい。パラパラと小雨が降っては已み、勢いを強めては弱めなど、しているようです。

学校の「キンモクセイ(金木犀)」の花が咲き、香りを漂わせています。もっとも、コロナ禍の中では、だれも、香りを楽しむという余裕はなく、窓を開けているのも、空気の流れを作るため。どうも無風流な生活が、習慣になってしまっているようです。

とはいえ、学生達も、手洗い、マスクの生活が慣れ、来てすぐの手洗い、マスクのチェックなど完全に不必要になっています。

夏の一時期、「暑くて辛い」とか、「『マスクかぶれ』で、ブツブツができて痛い」とか言っていた学生もいて、ちと可哀想だなと思うこともあったのですが、そこはそれ、「室内ではマスクは必要不可欠です。互いのため…ですから」と、我慢させていました。

ただ、今年は、四月から留学生が来られなかった(1名の四月生だけは、滑り込みで来ることはできたのですが)ということで、教室内での席と席の距離が、ある程度保てているので、授業を休む必要はあまりありませんでした。それに、一クラスを除けば、夏休みもなしということで、やれましたし。

不思議なことに、留学生達が来なければ来ないで、地域から勉強したいと言う人たちを入れることができたので、学校として、どうにかやれているような気がします。もっとも、在日の人たちは、中国人を除けば、「N1」合格までと言う目的を持った人は少なく、だいたいは「初級」レベルで終わり、せいぜい「N3」くらいで疲れてしまう人が多いので、それほど叱咤激励する必要もないのですが。

中には「読むこと」が不得意な人が多いときもあり、その時には「会話」や「ヒアリング」で読解力をつけた方がいいのではないかとやり方を変えたりしています。

日本での生活に、基本的に、問題ない状態になれればいいわけで、苦手な文字を追わせて
(長い文章を読ませて)苦しめる必要もないのです。基本的なもの(文字、もちろん漢字も入ります)さえ判っていれば、あとは個々人の必要の程度に応じてやればいいこと。人によっては、「N3」合格を目指す人もいるでしょうし、「N2」合格を目指す人も出るでしょう。その時は留学生クラスに入ればいいのです。

で、大半の人は、つまり、「聞き取れ」「意味が判り」、「それに応じた話ができる」ようになれば、一応は、「まっ、いいか」となるようです。「学校などからの連絡が読めるようになりたい」という人は、「N3」くらいまでの漢字さえ、わかっていればそれだけでなんとかなるでしょう。。

大学合格を目指すという留学生達とは、いきおい、授業のやり方も内容も異なって当然なのでしょう。これは、自分にとっては「新しいやり方」になってくるのですが。

だいたいが、「学生あっての教師」であり、「学ぶ人たちのそれぞれに合わせての授業」なのですから、学びたいという人たちを彼等に合わないやり方、内容で、別に苦しめる必要もないのです。

とはいえ、文法の基本(「N4」)くらいまでは、どうにかして知っておいてもらわねばなりませんから、最初は少々辛いことに…なるかもしれません。在日の人たちは年齢も、母国での教育レベルも、背景も、本当にバラバラなのですから。

日々是好日
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お久しぶりです。暑いやら、忙しいやら、本当にナンジャモンジャの日々でした。

2020-09-11 08:31:25 | 日本語学校

晴れ。けれども、これからどうなるか、分かりません。もちろん、これはお天気がです。

いやあ、忙しかった、忙しかった。だいたい、夏休みなんてなかったもの。

電車通勤の教員は、ラッシュを避けるために、ためしに時間差出勤にしてみたり、それが功を奏さないということになり、いっそ休みの日を設けてみるかと、そうしてみたり…これは今でもそうですが…。

自転車でやって来ている者は、二名。ということで、フル回転で、ナンジャモンジャという状態。なんといっても、学生達は進学を控えているし、在日の人でも「日本語能力試験」の参加を考えている人もいますから。

コロナ禍で大変な期間は、在日の人は皆「休みます」ということになり、これはまたこれで、致し方のないこと。けれども、それでも、留学生は、密を避け、隔日で学校での勉強を続けていましたから(四月からの一時期)、忙しいのは同じです。それで、夏休みはなしということになり、六月からは、みんなそのまま勉強が続きました。今は、電車通勤の教員が週3休であること以外は、元に戻っています。これを嵐の前の静けさと言うべきか、それともコロナとの付き合いに長けてきたと見るべきか、それは分かりませんけれども。

皆、手洗い、マスクが習慣になり、こちらが何も言わずとも、来校後はすぐに手を洗いに行っています。ただ、かわいそうなことに、コロナで肌荒れになったというか、吹き出物ができてしまい、「痛い、痛いからあまりしたくない」という者もいるにはいます。が、それでも、口頭での練習の時は「つけるべし」です。一応のマナーですから(もう、日本ではそうですね。本当に、いつこれがマナーでなくなるのでしょう)。

今年の四月、十月の留学生は、申請が通っていても、飛行機にまだ乗れませんから、来られません。その代わり、「Aクラス」、「Bクラス」でも、在日の人が勉強を続けてくれているので、平常通りの授業ができています。隔日でやっていたのは、いわゆる「特別な期間」だけです。

だいたい、「A」も「B」も、現在一クラス、7、8人で、密になることもなく、間隔を空けて座れますから、まあ、これが不幸中の幸いと申しましょうか。もしこれが、昨年のようであったら、クラスを二つに分けねばならないところでした。却って大変なことになっていたでしょう。

そして、今年の新しいクラスです。「Cクラス」は、もともと在日生2人から始めていたものの、「春休みあり、コロナを恐れての休みあり」で、3か月くらいでしょうか、中断があったのは。本来、留学してくる4月生に合流させるつもりで、早めに勉強してもらっていたのです。それが、(留学生が)来られないことがはっきりしたことや、他にも勉強したいという在日の人が何人か出てきたことなどで、六月から再開していました。新しく勉強を始めた人たちは、午前のクラスで、「あいうえお」から勉強し、いつか、「Cクラス」に合流させるつもりでした。それでも、ここには16才の少年がいたので(若い子はやはり覚えが早い)、彼には、上のクラスの授業にも参加させていたのですが、それを見ていた他の人たちも、自分たちも両方受けたいということで…、頑張り始めましたね。

今では、どうにか形なりとも追いついているようです。もちろん、時間が必要な部分は別ですが。それでも、理屈は分かっているので、あとは時間が解決してくれるでしょう。毎日学校に来て、繰り返し練習をしていればの話ですが。

今では、このクラス、7人(一人を除いて、皆、在日の人です)になっています。もっとも、「Bクラス」にも出ている学生が二人いることはいるのですが。

そして、新しい「Dクラス」。初めはフィリピンの青年1人だけでした。彼が勉強を始めて、二週間後に一人、三週間後にまた一人、二人と、そして一昨日また一人というふうに、勉強したいと言う人が続き、今では4人になっています。もちろん、日本語学習歴ゼロの人もいますから、このクラスは前後二つに分け、初めての人は早めに来て「あいうえお」から勉強し、後に、フィリピンの青年と合流させています。先日、もう一人、中国の人が、今月末から勉強したいと来ましたから、5人になる予定です。

もともと小さな学校なのですが、こうしてみてみますと、申請が通っている四月、十月生を除けば、現在の構成員は、留学生12人、在日生12人ということになっているようです。

留学生の場合、国で「N5」レベルか「N4」レベルまでは勉強してきていますから、来日後は、基礎はさっと流し、問題があるところだけ重点的にやるという形をとっていました。それが、在日の人の場合、「まっさら」というのが当たり前と考えていた方が良く、教えるにしても、なんだか昔に戻ったかのよう、新鮮な気分になっているようです、初級担当者は。

余談ですが、暑いとは言え、帰るころには、虫たちの声も聞かれるようになっている今日この頃…と思っていたら、今朝、自転車の前の籠にお客さんが。このお客さん、ツンツンと突いてみても、鎌を振り上げて降りようとはしないのです。先住権はオイラにあるというところでしょうか。子供のころ、「カマキリ」に噛まれた覚えがあり、「カマキリ」と「ハチ」だけは、どうも掴めない。ということで、そのまま乗せて出発することに。

途中、信号で停まった時に、近くに伸びていた草を千切って、「ほれ、ここに」とやったら、素直に移ってくれました。やはり礼儀を尽くすべきでしたね。

「『トンボ』がうちに来たら、お客さんが来る」とか、よく言いますよね。カマキリが自転車の籠にやって来たら、何が起こるのかしらん。ちょっと楽しみです。

日々是好日
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「読解」は難しい。

2020-07-16 08:59:19 | 日本語学校

曇り。

朝は、またパラパラと小糠のような雨が降っていました。昨日は、しっかりとした(?)小雨で、学校に着いた時には、髪から滴は垂れているは、袖を絞れば水がポトリポトリと垂れてくるはで、なぜ一番まずい時に出てしまったのかと後悔させられたのですけれども。

最近は、本当に信用ならない。ということで、1000年前の人のように、空を見て、辺りを見て、判断するようにしているので、本当に当たり外れが激しい。ここ数日はうまく行っていたので、己を過信していたせいもあるのかもしれませんが。けれども、不思議なもので、皆が来るころには、だれも気がつかなかったので、乾いていたのでしょう。もっとも、服にはそれなりに(座っていたので)、皺の後が歴然とついていましたが。

さて、学校です。

昨日は、「Bクラス」の教室に入るなり、「寒い」、「寒い」と言う声が。スーダンからの学生は、30度近くあっても、「寒い」を連発するので(セーターこそ着てはいませんが、羽織っているモノから推察するに、秋口の格好ではありませんね。もっと秋は深まっています)、無視するとしても、暑さ寒さに鈍感な(に思える)、ベトナムの学生までが、「しゃむい(寒い)」と言っていたので、かなり寒かったのでしょう。じっとしていたからかな。

最近、「Aクラス」の学生も、「Bクラス」の学生も、なにか一つ乗り越えられたような気がします。もちろん、昨年の4、7月から来た人たちは、ですが。何故にかと言いますと、在日の人たちが何人も入っているので、一概に、クラス全体が伸びたとは言えないのです。ここには、ある程度の差があり、それがやりにくさとも、ある意味伸び代とも言えるのですが。

少し前まで、「指示語」が指すものを言わせても、目の前の文をそのまま読むくらいで、指示語に繋がっている動詞まで気が回らなかった(完全に意味が繋がっていないのです)。それが、もちろん、「Aクラス」の方が先に楽になったのですが、最近は「Bクラス」の方でも、「あれ???」と思わされる事があり…。…こう言うと叱られるかもしれません。「できないと思っていたのに、できていた」なんて言うと。

もっとも、途中で入ってきた人は、なかなか…ですね。しかし、答えが出ているので、皆ができずに、し~んと静まりかえっている教室で勉強するよりは、楽でしょう。「ほかの人はできている、どうして」となってくれるかもしれませんし。

クラスの中で6割できるようになれば、黙っていても皆伸びてきます。それが2割だとちと難しい(おっ、始まったかなといった芽生えを感じる程度)。4割方できるようなりますと、少々明るい希望が持てる…というところでしょうか。「Bクラス」もそんな感じになってきました。

と、肩の荷が下りたような気分で、午後の「Cクラス」に行ったのですが、そこで、ガーンですね。このクラスはまだ『みんなの日本語(Ⅱ)』に入って1か月ほど。

このクラスの構成員はと言いますと、学び始めてから、途中、1か月ほどお休みしていた人が2人。4月生を待っていたのに、結局来られなくなって待ちぼうけを食わされていた学生が1人。それから、6月から始めた(「あいうえお」からです)学生が、(『みんなの日本語(Ⅰ)』を学ぶと同時に)このクラスにも来ている(午前は『みんなの日本語(Ⅰ)』を2時間しています…この学生は、6月に始めてからずっとこのクラスにいました。まだ17才なので、頑張れば着いていけるだろうと入れたのです)学生が1人。それから、同じように6月から始めていたけれども、もう1人が参加するなら自分もと最近来だした人が1人。

というわけで、3人は、始めからだいたい同じくらいでした。6月から来始めた1人が最初は足を引っ張っていたものの、最近やっと揃ってきたなと思われていたのに、また1人、入ってきたので、バラバラに…。

クラスというのは面白いもので、小社会ですから、互いが何となく判るまで、つまり、「この人はこんな人なんだな」と判るまで、ちょっと落ち着くのに時間がかかるのです。判ると、「待てたりする」のですが、判らない間は、どこか空気が落ち着かない。

日本語のレベルでみると、やっと4人は揃い始めたか…と見ていた時に、乱入してきたような感じ。もちろん、最後の1人は、年齢的にも上ですし、参加ではなく、聞くだけと言ってはあるのですが、お国柄でしょうね、大きな声で参加し、しかも言いたいだけなのか、動詞の活用形も適当です。いいところは、間違っていても平気なところ。

最初は、「えっ!?」という顔で振り返っていたような「Cクラス」の人たちも、参加が二回、三回と増えるにつれ、「そうなんだ」という感じで、それなりに認め始めているようです。朝のクラスも、勉強では『(Ⅱ)』に入っていますしね。それほど突拍子もないことは言わなくなっています。

で、話は元に戻ります。

なんのことはない、「Aクラス」も「Bクラス」も、読解の授業が少し楽になったと、ルンルンだったのに、「Cクラス」に行って、「読み物」の授業でがーんときたというだけの話。

重文や複文になると、固まってしまうのでしょうね。それに、「困る」という動詞一つにしても、どういう状況下での「意味」なのか、それぞれが(ネパール、ミャンマー、ベトナム、パキスタン、スーダン)母語や半英語での理解で捉えているので、そこもまた難しいのでしょう。

感覚を表す言葉、感情、気分を表す言葉は、なかなか別の言語に仕切り直すことは難しい。で、この場合の「困る」は、こういう、あるいは別の時に(と、いくつかの例を出しながら)感じるものであるから…と始め云々とは言いましても、この私の用いた日本語のどれほどが理解できたでしょうね。おそらくは私の表情、仕草からそれとなく感じただけなのでしょう。ともあれ、何となく一応、嵐は過ぎた…感あり。あまりいいことではないのでしょうけれども。

ただ、「わからない」とはっきり言ってくれるのが救い。言ってくれれば、どこが判らないのか、あるいはどう説明していったら、少しはましになるのか、こちらでも考えられますから。

日々是好日
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コロナ禍で、学生数は減っていても、だいたい毎年同じようなことをしているようです、この学校では。

2020-07-13 08:36:22 | 日本語学校
小糠雨。

「糠」、そのものといった雨が、サラサラと降っています。「霧雨」であったら、気づかぬうちにグッショリと濡れそぼってしまうことにもなりかねないのですが、この、春の(もう、いつの間にか、夏になっているのですが)小糠雨は、落ちるなり蒸発してしまいそうなほど頼りない…もの。それでも、雨は雨。

日曜日は、地域の清掃日でありました。皆でゴミを拾ったり、公園の草を刈ったり、フェンスに巻き付いている蔓草をとったりと、30分ほどでしたが、かなり汗を掻きました。

この公園の、垣根というか、フェンスがあるから、垣根というと変なのでしょうけれども、フェンス下には、いろいろな草花が植えられています…多分、誰かによって。

変なところから、きれいな花が顔を覗かせていたりするのです。それが、まず、面白い。昨日気がついたのは白い「クチナシ(梔子)」の花。春先は何でしたっけ?この清掃日でもない限り、ここに行くことはないので、すぐに忘れてしまうのですが、春、夏、秋と清掃日が巡ってくるたびに新しい発見をして、ちょっとうれしくなってしまいます。「お久しぶり」と声をかけたくなってしまいますね。

さて、学校です。

「Aクラス」、「Bクラス」、「Cクラス」、「Dクラス」とクラス数だけはいつも通りなのですが、「Aクラス」は、現在8名(一人、お休みしています)。「Bクラス」は9人(但し、「Cクラス」と1名かぶっています)。そして「Cクラス」は4名(前述の「Bクラス」とかぶっている1名と「Dクラス」とかぶっている1名を入れてです)。そして「Dクラス」は3名。ここには、遅れて入ってきたので、前の部分を未習の(とはいえ、日本には長いので、かなり「聞く・話す」はできます)1名は、1時間ほど早く来て、その部分を習い、終わるとそのまま、「Dクラス」に合流しています。

こういう小規模の学校は、レベルに完全に合わせたクラスを、いつも作っておくということは難しい。それで、本人の希望を聞いた上で、二つを掛け持ちしてもらうこともあるのです。ただ、年齢がかなり上の場合、二つの異なったレベルの授業に参加することは、本人が思っている以上に困難なことのようで、だいたいは挫折してしまう。…参加するだけならいいのですが、人間、参加する限りは頑張りたいと思うもの。結局、「二兎を追う者は一兎をも得ず」となってしまうというのが落ち。ということで、十代の学生には無理をさせることはありますが、40代、50代となると、ちと考えた方がいいというアドバイスはしています。

それでも、参加したいと言う人には、「予習のつもりでね」と言い、こちらでも、(相手が)わからないからと言って、いちいち面倒は見ないようにしています。なにせ、皆、母語が違うのです。面倒を見始めたら、キリがない。それに、どうせ、1,2週間すれば、そこを(元のクラスで)やるのですから。

それから、漢字です。漢字の導入をせぬうちに、書かせてしまうと「適当に見て、書く」というとんでもない習慣がついてしまう。そうなると、お互いに後々困ることになる。…で、漢字の面倒は見ない。

と、まあ。人数は皆で23名…とは言いながら、在日の方の人数がほぼ半数を占め、いつも通りとは言いながら、こうだったっけという感じです。

今年はコロナ禍で、出入国もままならず、たぶん、コロナが続く間はこんな具合でしょうね。とはいえ、昨年も作昨年も、高校入学のための学生も入れて面倒を見ていました…どんなときでも、同じようなことをしているような気がします。

日々是好日

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「みんな、大変なんだなあ。」これは、人ではなくて、「国」が、です。

2020-07-01 07:55:31 | 日本語学校
曇り。

昨日の予報では…今朝、雨が降っているはずだったのです。それが、…降っていない。ベランダも、濡れていないどころか、乾いているところがチラホラ…。お天気の予報も、千葉県で見るよりも、東京で見て、だいたい間違いがないはず…で、テレビをつけて、東京を見てみます。やはり、降っていない。いつの間に変わったのでしょう。ま、いいかと、自転車で、出てきました。

けれども、降るのでしょうね、時間が経つと。雲が早く流れています。上空はかなり風が強いのでしょう。

だいたい、「雲を掴むような話」と言うけれども、雲は掴めないし、雲を走らす風も掴めない。風は雲を走らせて初めて、それと感じられる存在で、それだけであったら、空気ですから、見えはしない。汚染されていれば別でしょうけれども。

樹の葉を揺らす、煙をたなびかせる、顔に当たる…で、風の存在を知る。

何だか、とりとめのないことを考えているようです。

人の感覚など、制限をつけることはできないでしょうし、人の心も「ここからここまで」なんて、線引きすることもできないでしょう。それなのに、人は、決めたがる。支配したがる。相手を自分の判る範囲に置きたがる。わからないことを言われたり、されたりするのが嫌なのでしょうね。

けれども、本来、人は、わからないことをするから生き物であって、それ以外の何ものでもないのです。「ネコ」や「イヌ」が、わけのわからないことをすると、かわいいと褒めたり、チヤホヤする人が、どうして相手が同族であると嫌がるのでしょうね。

もちろん、人は「孤」では生きていけませんから、「社会」を作ります。その「社会」に生まれながらに存在していたり、あるいは後から加わろうとするなら、その「社会」の決め事は守らなければならないでしょう。嫌なら出ていけばいいのですから(ただ、今は、それが難しい国がたくさんあります)。

けれど、一般的にいえば、普通であるならば(これも難しい。何を以て「普通」と為すか)、「(その社会にいる)人を傷つけない」、これが約束事。人を傷つけたがるような人にとってみれば、それは余計なことでしょうけれども、大半の人にとっては、「平穏無事」というのが一番でしょうから、それを受け入れる。いわゆる「日常」です。

それに、もし、そこで「共同作業」をすることになったら、「時間を守る」とか、「順番を守る」とか、「必要な道具を揃える」といったことも、決められていくでしょう。

そういう風にして、年月が経っていくと、社会が、いつの間にか「そうあらねばならぬ」という、ガチガチの組織めいたものになっていくかもしれません。

「約束事」が、「制約」になり、「法律」になって、人を苦しめ出すのです。大らかに、「人が嫌がることをしてはだめ」と言われ、「そうだなあ。そんなことしてはだめだよなあ」と思い、育ってきた人までが、「何かすると捉まえるぞ」とか、「死刑だぞ」とか脅されるようになってしまうのです。

人は、確かに自分で自分を律するのは難しい、疲れる。子供のときからそう学んできて、半ば習慣になっていようとも、疲れる時がある。そういう普通の人は別にも、人が嫌がることをして喜んだり、優越感に浸ってしまうような、人としてあるまじき事をする人がいるから仕方がない…。本来なら、そんなことまで法律で「してはだめですよ。そんなことをすれば、罰金ですよ」と刑罰を入れなければならないなんて。

法律というのは、一つ入れる毎に、ますます増えていきます。煩雑になっていく。時代が変わっていく毎に、新しい法律を作らねばならなくなる。雁字搦めになっていくような気がする。もちろん、普通の人は法律とは無縁です。警察と関係が生じるのは、落とし物をした時くらいのもの。

ずっと同じ場所に住み、そこしか知らない人たちは、自分たちに輪っかがはめられているのに気がつかない。ゆっくりとごく自然に行われているわけですから、空気みたいなもの。馴れてしまうのです。

ところが、そこに風穴が開けられることもあるのです。それが同じ価値観や審美観を持っていない人たち、つまり「客人(まれびと)」の存在です。人は、そういう人たちを畏れながらも、その集団に問題が生じたり、社会的構造が錆び付いたりしていたときには、この「まれびと」を歓迎します。終われば、「よそ者」として追い出したり、危害を加えたりすることもあるかもしれませんが、年月が経つうちに、その影響の大きさに気づくでしょう。そこに「存在」しただけでも、おおごとなのですから。

それなのに、その「まれびと」の集団の大国であるはずのアメリカでも、そういう人たちを否定しようとしている。もともと、そういう存在を許さぬような中国と、同じようなことをしている。

中国は、何かが怖いのでしょうね。偉大な指導者がいた時には、彼等の行動は「自在」に見えました。「自由自在」というよりも、「変幻自在」と言った方がいいほどに。それなのに、今は、自信がないからか、自分が傷つけられたり、利権が失われるのではないかと恐れているからか、やることなすことが、自分の逃げ口を自分で塞いでいるような気がしてならないのです。「非常口」がなくなったら、どうするのでしょう。どんどん世界が狭く薄っぺらになっていくしかないでしょう。その前に、自縄自縛になって、身動きできなくなってしまうかもしれません。

両国とも、大国で、何も恐れる必要などないでしょうに。アメリカにはアメリカの良さも強さもあるし、中国も同じです。問題が、どれほど山積していたとしても、穏便な方法でどうにかできないはずはない。だいたい、どこの国でも、問題は山ほどある。日本だってそう。

一個人に対してよく言われているように、欠点(問題)を、直そうなどとは思わずに、長所(持ち前の素晴らしさ)を伸ばしていく方に力を注いだ方がいいのではないか。それが、袋小路に入ったような「今」から抜け出せる唯一の道ではないか。

だいたい、金持ち喧嘩せずと申します。

日々是好日
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「ニュース」のこと。

2020-06-22 08:09:44 | 日本語学校
雨。

さっきまで我慢してくれていたのに、耐えきれなくなったのでしょう、パラパラと雨を降らせ始めました。降り始めると、途端に「梅雨」時の雨になってしまいます。空気がしっとりと雨を含み、匂いまで、雨一色です。この時の雨の匂いは、「アジサイ(紫陽花)」の匂い…「アジサイ」の花の匂いが雨を伝わって漂ってくるのか、それとも、目にするのが色とりどりの「アジサイ」の花と、大きな葉に打ち付ける雨音だからか、それはわかりませんけれども。

しかしながら、もう「アジサイ」も終わりでしょうね。

昨日、地域の公園の美化活動に参加しましたら、公園の低い垣根のあちこちから「クチナシ(梔子)」の花が白い顔を覗かせていました。もう「クチナシ」の季節です。そう言えば「ホタルブクロ(蛍袋)」はまだかしらん。毎年、同じ花を同じところに探してしまいます。それを見つけることが、私にとっての「季節」なのでしょう。公園の「クチナシ」は誰かがそっと植えたのでしょうし、「ホタルブクロ」は野の花、こういうのがいい。

さて、学校です。

6月に入ってから、「二年生クラス」で「世界のニュース」を週一で始めています。今の学生の大半は真面目に見ているようで、少し助かっています。わずか30分ほどですし、こちらも口喧しいことは言わずに、せいぜい最初に地図で国の位置を確認させるから見せているのですが、「Aクラス」にいる在日の方から、「日本のニュースは面白いですね」と言われてしまいました。

これは、どこが面白いというよりも、相手に理解させるように話しているから…なのでしょうし、できるだけ、子供に偏見を持たせぬように偏りなくするというのも、「こどもニュース」の特徴なので、それも関係しているのでしょう。もちろん、人のやることですから、偏りはどんなに注意しても生じてしまうことはあるでしょう。けれども、意図的にそれをやるか、それとも注意しても生じてしまっているのかの差は大きいのです。

それに、人に、ある主義・主張を強制的に注ぎ込もうというわけではありませんから、安心してみていられるのでしょう。もっとも、そういう国から来ている人にとっては、叫びたくなるほど偏って感じられるのかもしれませんが。

先日、テレビを見ていましたら、あるアメリカ人の発言でしたが、こんなのがありました。
「私達には財産を相続する権利がある。父祖が危険を冒して海を渡り、戦って手に入れたものだから」もちろん、同席していた人の多くから、「まだ、あなたのような考え方をする人がいるなんて」と反論されていましたが。

歴史が、たとえ100年ほどのものであろうと、歴史がある国には、必ずと言っていいほど血生臭い何かがつきまとっています。こういうのは、洗っても洗っても洗い流せるものではありません。ただ、人間である以上、どこかで、歴史のどこかで、どの国も、同じようなことをしてきているのです。

学生達が、日本で、自国の価値観とは違うものを見て、少しでも、「あれっ」と思うことがあればと思います。それが自国のものを見直すきっかけにもなるでしょう。

グローバル化というのは、少なくとも、こういう点ではいいものです。

日々是好日
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「梅雨」が急にやって来たような感じです。

2020-06-19 08:55:46 | 日本語学校
雨。

いかにも「梅雨」といった雨が降り続いています。明け方には、「これはしまった。自転車でも行けたかもしれないな」と思われたくらいの降りの時もありましたが、今は、もうそういう了見などどこかへ吹っ飛んで…います。というわけで、重い足を引きずって、テクテクとやってきました。着くと、ヤレヤレです。

「梅雨」と言えば、中国西部から来ていた友人が、来日後、一番嫌だったことに「梅雨時のジメジメムシムシ」を上げていましたっけ。本当に、耐え難いほど嫌だったのでしょうねえ。

もちろん、この季節に馴れた私達であっても、これが、いわゆる蛞蝓が這い回っているような程度(の湿度)であれば、「不快」と感じます。けれども、ここまでおおごとでなくとも、この友人の場合、嫌だったようです。私にとって、「これは、まだ『しっとり』だ」と、思われる程度であっても、「ジメジメ、ジメジメ、ジメジメ…」という風に感じられ、嫌だったようです。

それを、私は、「向こうは『カラッカラ』だからだな」と勝手に解釈していました。しかし、後で、「川もある。川沿いには樹もある」と否定され、言葉の上では、同じように「カラッカラ」であっても、体感としては、かなり違っていたのでしょうね。

人間誰しも、自分の生まれ育った土地が基準ですから、どこへ行こうとそこを基準にして感じ、また、考えるにしても、やはりそこが基準になる…ものなのでしょう。それと違えば、人によって感じ方に幅があるにせよ、時には不快感となる場合もある…。

この友人にとっては、向こうの乾燥した空気が慣れ親しんだもので、彼にとっては一番心地よいものだったのでしょう。

春から夏にかけての、雨にうたれる毎に、新緑の木々は緑を濃くしていく…。そして〆として「梅雨」がある。「梅雨」が終われば、もう完全に夏です(体感でですが)。そのための、ジメジメであり、ムシムシなのです。なんてことはない…と、私は思う。

体に染みこんだ、この感覚というのは、なかなか変わらないというか、変われないものなのでしょう。

もっとも、この友人が、日本の梅雨時に示した、どうにも耐えられない「不快感」というものを、私も香港で味わったことがありました。「ジメジメ、ムシムシ」には馴れているはずであったのに、香港の「ジメジメ、ムシムシ」には参ってしまったのです。…冷房の効いた部屋から出たくない…。

最近の学生は、大半が、ベトナム、ネパール、スリランカから来ていますから、だいたい湿度からすれば、日本の関東と同じようなもの(冬がなかったりはしても)でしょうか。中国北部や西部の人と接しているつもりで、「(この時期の)湿度には参るでしょう」と言っても、「はい」と返事はしますが、少しも応えていない風です。この「はい」は、考えてみれば、「お愛想」ですね。

もとより、皆、自国の気候の方が日本よりずっといいと思っていますから、違えば、多少不快を感じることはあるでしょうが、勉強に、アルバイトにと忙しい毎日で会ってみれば、そんなことを感じる暇がないというのが実情でしょうか。

日々是好日
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久しぶりのブログです。みんな、元気に学校に来ています。

2020-06-17 08:41:21 | 日本語学校
晴れ。

快晴です。湿度が53%くらいらしく、「梅雨」期にしては、かなりの低さ。いつもの、白っぽい水色ではないのです、空が。かといって、高山や砂漠地帯で見られるような、底の抜けたような青でもない。…でも、これで十分です。もっとも、今日で、「はい、さようなら」みたいですけれども。

さて、学校は、相変わらず、「学校でいます」。「コロナ禍」の中でも、隔日で、学生達は来ていました。そして、4月の新学期からは、予定通り、毎日、授業は続いています(ただ、在日の学生さんで、「保育園が休みだから来られない」という方はいますが)。

もっとも、今年、4月生は来日できていませんし(一クラス分の人数がいない)、二年生の数だって、ネパールの学生が皆だめだったので、前の年の半分くらいでしょうね。教室は席と席との距離をとっても十分あります。(なにせ、小さい学校ですから、一クラスの人数が多くない)。

「日本留学試験」も「日本語能力試験」も中止になったとは言え、学力が落ちては、次ぎに備えることができません。11月と12月の試験も、中止になるとは限りませんし。それに、専門学校や大学の入試がどのような形になるか判らないので、手を抜くことができないのです。

大學を目指している学生にとっては、この「6月の留学試験」が中止になったのが痛かった。「総合問題」で、一応の点数が採れるくらいの知識は必要なので、過去問を分野毎に勉強していたのですが、「結果はともかく、受けたかった」。それはそうでしょうね。一回で成功するとは限りませんから。というわけで、中国人学生は午前のクラスが終わってからも、居残りの勉強は続けています。(4月までは、同じクラスで、高校入学を控えた学生がいたのですが、今はいません。もっとも、在日の学生が、よく来るので、寂しくはないでしょう。居残りで頑張る人が、二人か四人はいますから。もちろん、「総合問題」を勉強しているのは彼だけです。)

この、学生達だけではないのですが、つまり、中国人だけではないのですが、こうやって「総合問題」の勉強を一緒にやっていると、いろいろな事に、「へっ?」と思わされることがあります。特に「歴史」分野で。

これは、主に共産圏の国から来た人になるのですが。…高校を卒業してから来ている人が多いので、おそらく国では、他の大部分の人たちも、彼等と同じくらいの知識であろうと推察されるのですが。

「えっ?ベトナムは中国と戦争したことがあるの?」。
これは何百年も昔のことではありません。アメリカとの戦争が終わってからのこと。こう言って驚いたベトナム人も、中国人もいました。だから、仲良くできるのでしょうね。国で、そういう教育はしてないのでしょう。これも国策でしょうかしらん。

それから、
「えっ?中国って、こんなに小さかったの?」。
歴史の地図を見て、そうため息をついた中国人の中学生がいました。かつての領土というのを、見たことがなかったようですね。そう、「後金」といわれた女真族が、「明」という「中国」に攻め込み、「中国」を植民地にして「清」王朝を建てた。この女真族が、チベットも内外モンゴルも東トルキスタンも青海も支配し、自らの一部とした。もっとも緩い統治だったみたいだけれども。だから、中国人は、「反清復明」運動をして、独立したかったのでしょう、当時。もちろん、かつては「元」と名を付けた「モンゴル族」の王朝もありました。これも、中国に攻め込み、彼等から見れば、「植民地」にした。

だから、それぞれの地域が独立したいというのも、歴史的に見れば、理由があるのです。

国が豊かになると、それぞれの独自性を求めたくなるのは人としての常なのかもしれません。イギリスにおける「スコットランド独立運動」もそうでしょうし、スペインにおける「カタルーニャ州独立運動」というのもそうなのでしょう。

「自分たちだけでもどうにかできる」とか、あるいは、「自分たちの税金がどこかへ持って行かれ不平等だ」とか、あるいは「同国内で蔑視された」とか、理由はいくつもあるのでしょうが、結局は同一体になりきれないものを人というのは持っているのでしょう。

また、その反対に、緩い統一、例えば、「EU」のようなものも出てくるのでしょう。一方向だけに流れるはずはありませんもの。世の潮流が右に流れ過ぎれば、かならず反動が起きてきます。それが左であっても同じこと。大きい政府を主張する人が増え、それが実現してみれば、問題も生じてくるわけで、その時に揺れ戻しが起きるのも当然のこと。

ただ、そうやって、だんだんにその揺れ幅が狭くなり、人の心も落ち着いてこられれば、それでいいのでしょうけれども。

人というのはチンパンジーやサルたちに近いとか。そうしてみれば、どうしても同族で殺し合うようにできているということになってきます。

口だけで戦うとか、スポーツやゲームで戦うというのが一番いいのでしょうけれども。

もう学生達が来るようです。みんなが毎日学校に来て、無事な顔を見せてくれるのが、一番うれしい。今は「できる」とか、「できない」とか、あまり言えません。

日々是好日

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「手洗い」、「マスク」、「三密」…。

2020-04-27 08:47:54 | 日本語学校

曇り。

自転車を走らせている途中、「スギナ(杉菜)」の姿があちこちに…。今年も「スギナの子」に気づかないまま、夏を迎えようとしています。思えば、「ツクシ(土筆)」を親しく見、「ツクシンボウ、見っけ」等と喜んだのはいつのことでしたか。

土・日は、皆と同じように、じっと家の中に閉じ籠もり、狸穴の「タヌキ」よろしく生活していましたが、今、平日は、いつもよりも一時間程度、遅く家を出、また一時間から二時間ほども早く帰るという生活を送っています。

本当は、皆さんと同じように、ずっと家の中にいたいのですが、外国人相手、しかもまだそれほど日本語が上手には話せない、聞き取れないという人たちがいますと(しかも、所属機関は我々です)、それもなかなか思うようには参りません。

一日おき、午前くらいは、彼等に来てもらいませんと、彼等の様子がまるでわからないのです(ほとんどは近くに住んでいます)。既に日本の会社で働いているならば、会社が次々に指示を出してくれるでしょうから、安心なのですが。

日本語もわからない、日本の状況もわからないとあれば、勢い、同国人に頼ってしまいます。頼りになる人たちがいればいいのですが、経験からいいますと、彼等は自分たちが簡単に納得できる流れにしか乗れない(これは当然と言えば当然です。来日後、長くて1年ほどしか経っていないわけですから)。それがいつか集団となるのが怖い。声を出す人が、経験もあり、常識的であるとは限りませんから。つまり、ベトナム人であれば、ベトナム的思考で、どんどんやってしまう傾向にあるのです。

春休みが終わり、新学期が始まった最初のころは、ハンカチの持参の有無を調べても、「ハンカチって何?…だれも持っていなかった…。マスクの着用、「どっちでもいい?」準備していた臨時のマスクを着用させました。手洗いも大変でした。なにせ、トイレから出ても手洗いの習慣がない人もいたのです。…二日ほどは、きちんと洗えるかどうか見張っていました。手を抜くと、「洗った、洗った」と言って、そのまま入ってくる学生もいたのです。

とはいえ、あれほど適当だった学生が、今では、「コロナ」の感染を防ぐための三密やら、マスクの着用、手洗いの意味やらがだいたい判るようになって、言われなくても、手を洗ってから教室に入ってきています。

ただ、どうしても、自分たちだけですと、集まって騒ぐ傾向にある国の人たちもいるわけで、皆が皆、日本が現在置かれている状況がわかるわけではないのです。

「上のクラス」であったら、それでも、二度ほど録画を見せ、説明を加えることが必要でした。「下のクラス」は、まだはっきりとは分かっていないような気がします(一日おきですし、きちんと来ない人もいます。多分、他の学校が休みだから、自分も同じようにしてしまうのでしょう。こういうタイプは、同国人に引きずられてしまいますね。他の学校の友達の言いなりになりがちなのです。ヒアリング力がないというのも、その一因でしょう)。

しかしながら、5月の連休までには、徹底を図っていないと、気が緩み、他の人たちまで、同国人に誘われて、パーティなんぞを開くのではないか。それが危ぶまれます。

連休の始まりまで、あと二回ずつあります(今日は「Bクラス」です)。今日は「10のポイント」か、「散歩の時の注意」「スーパーへ行く時の注意」のどちらかを見せ、説明するつもりでいます。明日は「Aクラス」にもそれを見せるつもりでいますが、今日、家に帰ってから、録画を確かめて、また考えることになるでしょう。

一応の「日常」が戻るまで、気が抜けません。

日々是好日
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アルバイトのこと。

2020-04-24 08:55:35 | 日本語学校
晴れ。

昨日はどうにか持ちこたえていましたが、やはり大気の不安定状態は続いているようで、今日も夕方から雨になりそうだということ。学生達のバイトの帰りが、ちょっと心配です。

今、ベトナムの学生達のほとんどは、工場にお世話になっているようで、以前なら、ある程度日本語が出来るようになったら、レストランやコンビニ、スーパーなどにバイト先を替えるという感じだったのですが、最近は、そのまま工場でのバイトを続けているようです。それどころか、レストランなどから、工場の方に替わる学生もいるようです。

これには理由がいくつかあるようで、まずは待遇がよくなったのでしょう。長く勤めていればそれだけ待遇がよくなる、これは大切なことです。それから、バイト代。これも、いいようですね。しかも、この学校のように(今はコロナ禍で、どこへも行けませんが)1、2か月に一回、課外活動で休まなければならないとあっては、自由に休めるところの方がいい。あらかじめ先方に伝えておけば、嫌な思いもせずに、休むことができるというのも、いい。

もちろん、それだけでなく、工場の方が親切であるとかいうことも、彼等が辞めようとしない理由なのでしょう。

以前は、深夜のバイトは時給が高いから、深夜にすると言う学生もいたのですが、今の学生は、平日の2時からと言います。こういう大きなところは、しっかりと週28時間というのを守らせますから、私達にとっても、ある意味、楽なのです。

「どこでバイトしていますか」
「○○です」
「ああ、じゃあ、守ってくれていますね」
で、終わり。

小さいところですと、ややもすると、「忙しいから来てくれ」とか、「急に休む人が出た。すぐに来てくれ」とか言われることもあったようで、学生の方は、言われたとおりにしなければ辞めさせられるのではないかと半ばびくつきながら、行っていたこともあったようです。もちろん、お金がもらえれば、それなりにうれしいのでしょうが、ビザがもらえなくなれば、元も子もなくなってしまいますから、困ったでしょうね。

最近の学生の多くは、以前のようにお金に「ガッツク」タイプではないような気がします。むろん、コロナ騒ぎで、経済的に困窮したという家もあるようですから、そうなると、また変わってくるかもしれませんが。

今までは、自分の生活費や進学費用に、ちょこちょこ貯めているだけでよかったのが、急に親にお金を送らざるを得なくなったという状況も生まれてくるかもしれません

しかしながら、彼等、それほどの体力はないような気がするのです。以前の学生だったら、夜勤で働いていても、「能力試験」などでいい成績を残せたし、学校でも眠らずに授業を受けられたでしょう。今の学生は、そんなことをしたら、すぐに病気になってしまいそうな気がします。

さて、ここまで書いてきて、最初の学生がやって来ました。今日は「Aクラス」の日。5人と高校生の一人、併せて六人です。消毒は済ませてありますし、少々寒くても、窓を開けて(東西南北)、間隔を空けて座って、授業をしてきましょう。

毎日、みんな何事もなくやって来てくれることが何よりです。

日々是好日
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「ニュース」を見て、ある程度理解するというのは、かなり難しいことのようですね。説明を加えているものを見せても。

2020-04-23 08:41:27 | 日本語学校
晴れ。

昨日は思ったほど、暖かくありませんでした。昼近くなると、「冷え込む」という感じで、窓を大きく開けているのが、ちとかわいそうになったほど。しかしながら、学生達も、「ちょっと寒い」と言いながらも、耐えてくれました。まずは、換気ですからね。
しい
「ハナミズキ(花水木)」の花も知らぬ間に咲いていました。いつもなら、街路樹として植えられている辺りを(自転車で)走らせることもあったのですが、最近は、うちから学校、帰りに時々スーパーへ寄る(帰り道にあります)くらいのもので、ちょっと大きなスーパーへはとんと行っていませんでしたから、咲く花を見て季節を知るというのも、ごくごく近いこの辺りでのこと。よって、気づくのが遅れてしまう。今年はどうも過ぎ去ってから、ああ、皐月だったんだなどと、感じてしまいそうです。

さて、学校です。

昨日、高校生の宿題に付き合って、一緒に録画してきたニュースを見ていたのですが、その子よりも、今年大学受験の学生の方が、いろいろと聞いてきます。それはいったいどうしてなんだと。国ではそんなこと、先生も話してくれなかったと。

まあ、それは当たり前といえば、そうでしょう。国によって重視しているものが違いますから。同じ自由主義国であっても、違うくらいですから。

で、高校生と例の学生に、単語で判らなかったのはなかったかと聞きます。勉強したばかりの単語を聞く時は、恥ずかしげに。けれども、勉強したことを覚えているだけでも大したもの。「N2」くらいになりますと、単語だけでもかなりの量になってきます。母語であっても彼等の知らぬものが出てきたりもしますもの。

もちろん、単語だけでなく、ついでに、前後の流れを説明したりすることもあります。国と国との関係なんて、歴史をある程度知らなければ、判らないことも多いのです。また、高校で習った程度の知識では、知っているつもりであっても、どうしてそうなるかなんて、わけがわからないことが多々ありますもの。とは言いましても、そこは年の功。偉そうに、説明することもあります。一応、自分なりの知識で。

それに付け加えて、「最近は何が何だかわからないことが多いし、それに、最後は人が決めるわけで、政治家やその分野の専門家の個性が絡むこともある」などと、まあ、これは責任逃れでしょうか。

日々是好日
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「読解」で、「いつも同じような考え方」を要求されても、困りますね。「人は皆、違う」というのが前提です。

2020-04-22 10:50:19 | 日本語学校
晴れ。

こんな空の様子でも、雨になるとか。全く「春の空と何とやら」。寒くなったり、暖かさが度を超したりと、何が何だかわかりません。

とは言いながら、辺りはすっかり初夏めいてきました…と言うと、言いすぎかな。

「サクラ(桜)」の樹は、「サクラ」本来の力を取り戻したかのように、葉の緑を一層深めています。その根元はと言いますと、「ポピー」の花が明るく風に揺らいでいます。先日、久しぶりに小学校の裏手…正門の方なのですが、私のいつもの視点から言えば裏手…を通りますと、「ヤエザクラ(八重桜)」が終わりを迎えようとしていました。

何でも、青森の方の「サクラ」は、もう満開になったそうな。早いものですね。時々、冬のような寒さが襲ってきていたので、遅々として進まずとでも言いたくなっていたのですが、確実に、「夏」は近づいているようです。

さて、学校です。

隔日なので、「Bクラス」の学生達の「N3文法」の出来が、少々心配だったのですが、一応、それなりに(学んだことがあるという学生が数人いるからか)できています。上のクラスにいた時には、全く声が聞こえなかった学生も、一度も質問しなかった学生も、今は、大きな声が出始めた…ような気がします。

やはり「わかる」と感じられることが、一番大切なのでしょう。もっとも、「簡単」とは思わせないように、適度に、刺激を与えるようにはしていますが。それにしても、声を出してくれると、うれしい。反対に「日本留学試験」の読解問題を学び始めた「Aクラス」の学生達からは、「難しい…」というため息が聞こえてきます。

これは、単語がネックになっているというよりも、筆者の考え方、物事のとらえ方に戸惑っているからかな。負け惜しみに、「この単語の意味さえ判っていたら、答えは出せた」などと言っていますが、おそらく、そうではないでしょう。この点で、自由主義国の教育の方が勝っているような気がします。狭い枠の中で、それ以外の考え方を認めず、それだけで十分と教えられてきた人たちは、日本に来て大変ですね。もちろん、判らずともいいのですが、物事を考えずに済むような、そういう場所で働くならば。

もっとも、日本の教育界では、他国(欧米でしょうね)のようにもっと自由な発想を促せないかと四苦八苦しているのですが。

日々是好日
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もう一度、「三密」について。

2020-04-21 12:35:37 | 日本語学校
晴れ。

早朝は、靄が、やや出ていたようでしたが、今はすっかり姿を消し、お日様の光が、弱々しくはあっても感じられています。昨日は、とても寒かったのですが、今日は暖かくなりそうです。

昨日、「Aクラス」の学生に、クラスターのことを話しました。

実は、以前に「NHK」の録画を見せ、説明もその時に加えていたのですが、やはり、はっきりとは判らなかったようですね。昨日、彼等が来る前から、開けていた窓を、授業中寒くなったと見えて(暖房は入れていたのですが)、一人が「少し閉めてもいいですか」と言い出したのです。

それで、なぜ開けていなければならないかともう一度説明したのです。それでやっと判ったと見え、何も言わずに、前に座っていた一人が窓をすーっと開けたので、思わず笑ってしまいました。

「三密」の説明もしていたのですが、やはり理解には、時間がかかるようです。とはいえ、ある日、スッと判ったりするので、説明は、絶えずしておくべきなのでしょう

今日は、「Bクラス」の登校日。毎日彼らの元気な顔が見られるのが何よりです。

日々是好日

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今日は、「Aクラス」が登校日です。雨で寒いけれども、大丈夫かな。みんな近所だから、大丈夫でしょうね。

2020-04-20 08:53:30 | 日本語学校
小雨。
    
朝来て、教室や廊下の手すりなどを消毒し、授業の準備をしながら、学生達を待っています。今日は「Aクラス」の日です。「Bクラス」は部屋でじっとしていることでしょう。ただ、工場のバイトは続いているようです。在宅勤務が増え、また買い物に出歩くことも自粛となれば、勢い、宅配に頼むことになり、故に学生達の仕事は減りません。

彼らにとってみれば、どこへも行かず、部屋でじっとしているということは辛い。異郷の地にあり、また、日本語もそれほどできない身であれば尚更のこと。そうなると、多分、群れてしまうでしょうね、同国人同士が。

その点、一日おきであれ、学校があれば、気分転換にはなるでしょうし、おかしな情報に惑わされることも少なくなるでしょう。何かあった時、学校に来たついでに、教師なり友達なりに聞けばいいことですから。

マスクも工場で配られているようです。そうですよね、一人でも出てしまえば、大変なことになる。ラインもストップしてしまうでしょうし。

というわけで、今日、「Aクラス」の学生が5人、そして、高校に入学したけれども、学校は開かれず、宿題の山に途方に暮れているタイの学生が一人やって来ます。教室に学生がポツン、ポツンと座っているようですが、この学校ができた時も、そんな感じでしたから、なんということはない。

タイの学生に関しては、授業後、残らせて、高校から出された宿題の面倒を見ています。

今日も皆が無事にやって来られることを祈って。

日々是好日
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