日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「浅草散策」。「(卒業生の)就職報告」。

2010-03-15 08:50:45 | 日本語の授業
 今朝は曇りがちではありますが、まだ暖かく、朝のニュースで、札幌がマイナス10度というのを聞きますと、何やら嘘のように感じられてしまいます。小さくとも細長い国、日本は、(その国土から言えば)北方に属することになる関東地方でさえも、北海道などと比べますと、かなり暖かい地であることがわかります。

 さて、「ヤナギ(柳)」の木の芽が随分膨らんできました。離れたところからでも、その「膨らみ」は見て取れます。「緑の玉簾」の時期になったのです。こうやって次第に春は深まりゆく、のでしょう。そういえば、つい先だって、「ウグイス(鶯)」の初音を聞いたと思ったら、今度は「メジロ(目白)」の番のお出ましです。冬場は「カラス(烏)」の声しか聞こえなかったのに。華やぎますね、何もかも。

 さて、金曜日の「浅草散策」のことです。
 散策に出る前に、確認をとってみますと、「Eクラス」は初級クラスでありながら、すでに(浅草には皆で)行ったそうです。「Dクラス」は大違い。「Dクラス」の学生達は、学校が連れて行かない限り、どこへも行けないタイプのようで、予告すれば、自分達の計画(アルバイト先に許可を得ておく)の中に組み込み、楽しみにしてくれています。授業の時には活気に乏しく、不満に感じることもあるのですが、こう言うのを見ると、やはり、学校側がしっかりリードしてやらねばと思ってしまいます。

 行きの電車の中では、今年の大学受験を控えた女子学生が二人、頻りに日本の大学のことを聞きます。卒業生の様子から、「千葉大」や「横浜国立大学」などの、「国立大学」がかなり難しいということがわかったのでしょう。地方の国立大学であれば、(日本人が受験するのとは違い)外国人学生にとってみれば、それほど難しいというわけでもないのですが、こういう(都内や近隣の)国立大学は、やはり難しいのです。東京近隣にすでに住んでいる外国人留学生は、あまり地方へ行きたがりませんもの。

 ある意味ではこれはいいことです。いつまで経ってもそれがわからずに、長く(日本語学校に)いれば、どこであろうと入れると(自分のレベルを考えに入れることが出来ずに)思うような学生に比べれば、格段の進歩です。自国で自分の学力というのは、わかっていると思うのですが、こういう学生はわからないのです。不思議なのことに思うのですが…。

 しかしながら、それも電車の中だけのこと。浅草に着いてしまえば、写真やら見物やらで、直ぐにいつもの子供に戻ります。

 「浅草」についたら、まずは、「吾妻橋」へ。そこから、「東京スカイツリー」を見上げます。まだ半分ほどでしょうか。そして写真を撮ったり川を見たりしているうちに、一人が「先生、あれ、あそこ。サクラが咲いている」で、皆は大騒ぎ。去年の四月に来ていた学生は、課外活動で「千鳥ヶ淵」へ行っていますから、サクラを知っています。けれども、「七月生」、「十月生」、「一月生」は見ていません。中にはその少し手前に見えた黄色い花を「あれ、あの黄色いの」なんて言っています。

 ホントにもう、黄色い「ウコンザクラ(鬱金桜)」はなかなか見られないの。珍しいの。普通、東京の川岸に植えられているのは、「ソメイヨシノ(染井吉野)」で、白っぽいピンク色をしているの。ここで、また一つ勉強、「サクラは雲のように見えます」。

浅草・雷門

そして、「雷門」で写真を撮り、美術系を専攻したいという学生には、「雷門」脇の「和紙の店」を紹介しておきます。

 「仲見世」では、自由にさせます。インドやスリランカから来た女子学生は、豪華な着物地で作られたパーティ用のバックにうっとり。帰国の時には、自分用に買って帰りますと言っていましたし、かわいい姉様人形にも、これはお土産用と区別をつけていました。

 「お水舎」で、手を浄め、口をすすぎます。それから「お参り」なのですが、その間にも、誰かの、「えっ。飲めるの?」という声と、中上級者の「日本の水は飲める」という答えが聞こえてきます。そうしているうちに、一人のスリランカ人学生が、あの寒空に靴まで脱いで、足を洗おうとしているのを見てしまいます。これも、彼らの国の流儀なのでしょう。寺院には、足を洗い、裸足で入っていくのです。

 それから、お香を焚き、願をかけながら、その煙を身体にかけます。事前に、「身体の悪い処に、このお香の煙をかけるとよくなる」と言っておいたからでしょう、皆は煙の流れていく方へ流れていく方へとクルクルと回っています(煙が風の向きで回るのです)。で、結局、若い先生に「何度もやっていると、元に戻ってしまうよ」と言われてしまいました。

 「お参り」を済ませると、さて「おみくじ」です。この浅草の観音様の「おみくじ」には「凶」の札が多いのです。しかも内容が皆違うのです。かく言う私も、また「凶」を引き当ててしまいました。勿論、「凶」は「観音様」にお返しします。それから、次から次に「おみくじ」をひいて持ってくる学生達に、彼らのレベルの言葉で説明をしてやります。おかしな言い方ですが、学生達の今の様子をそのままに描かれてあったりする札もあるのです。あまりに合っていると、説明しながらも、妙な気分になってきます。勿論、「凶」をひいてしまった学生には、説明して、観音様に身代わりになってもらいます。

 「お参り」を済ませてから、元来た道を戻ります。途中、「伝法通り」に寄った時のことです。そこの店の看板に、「おおもり櫛店」と書いてあったのですが、一人の男子学生が、にやにやしながら、「これはわかります。私と関係がありますね。私はいつも『おおもり』です」。こちらとしては、「へっ。なぜ櫛と彼が関係あるのだ?」くらいのものだったのですが、「いいですね。『大盛り』ですか。たくさん食べられます」で、わけがわかって大笑い。どうも、その「おおもり」がひらがなだったので、勘違いしたらしいのです。店先には櫛が並んでいたのに、まったく、どこを見ていたのやら。ホントにもう、いつもトンチンカンなんだから。けれど、負けず嫌いの彼は、「でも、『もり』です。私と関係があります。私が専攻したいのは、『森』ですから」と言い張って聞きません。

 とはいえ、相変わらず、みんな写真が好きですね。あっちでポーズ、こっちでポーズです。ところが、面白いことに気がつきました。中国人学生なのですが、普通、漢族の場合、男性は女性のための「写真撮り係」に徹します。女子学生から、「写真撮って」と言われれば、それこそ大喜び。言われなくとも、「撮ろうか」と自分から売り込みにかかります。ところが、モンゴル族の男子学生は違うのです。漢族の女子学生が頼んでも、迷惑そうな顔をしています。どうも「我が道を行く」で、やりたいらしい。「なんで俺が」くらいの感じなのでしょうか。見ていると、どっちも面白い…図なのですが。

 それから、「雷門」の処で、皆と別れます。もう一度「仲見世」に寄って買い物をしてから帰りたいという学生は、来た道を戻ります。アルバイトの時間が迫ったという学生はアルバイト先へ直行します。どちらにしても、「道がわからない」という学生には、誰かが声をかけてくれますので、助かります。途中で、食事を済ませ、学校に戻ると、学校で勉強していた学生が出迎えてくれました。土曜日の大学入試に備えて、勉強していたのです。

 そして、卒業生のお客さんです。ちょうど約束通りに、3時にやって来ました(出かけていたので、下のシャッターを降ろしていたのです。戻って、ガラガラと開けた時、そこに立って、うろうろしていた彼を見つけてびっくりしました)。

 実は、木曜日にも、一人、卒業生(スリランカ人)が来ていたのです。彼の場合、(この学校を出て)本当は自動車の専門学校へ行きたかったのですが、試験が難しくて、最初は行けずに、IT系の専門学校へ行ったのです。そして、そこを卒業後、本来の希望通りに再度受験し、合格して「機械・自動車」を勉強して、今回、無事にそこを卒業できたという次第。そして、機械の会社に就職が決まったので、その報告に来てくれたのです。

 で、金曜日に来たのは、バングラデシュから来ていた卒業生でした。就職先はIT関係の会社で、現在は日本と上海とでやっているそうですが、将来的にはインドや香港も視野に入れているとのこと。先の学生の場合は、友人が紹介してくれたのだそうですが、彼の場合は、一人で頑張って捜したのだそうです。20社ほども受けたと言っていましたから、大変なのは、日本人も外国人も同じのようです。

 こういう「うれしい報告」は、いつ聞いてもうれしいものですね。

日々是好日
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