日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「『富士山一日旅行』の事前指導、そして歌」。

2012-07-31 16:43:55 | 日本語の授業
 またまた、暑い。夏は暑いもの、寒かったら、それこそ問題だなんてことは、わかりきっています。とはいえ、最近は、会う人ごとに「お暑いですね」…本当に暑いですね。

 けれど、もう、そろそろ、「夕立」でも降らないかしらん。パアッと降って、パアッと止んで、皆に、「いいお湿りでしたね」などと言われたいような気にならないかしらん。夕立の神様、そろそろ、出番ですよ。

 さて、学校ではいつも通りの勉強が続いています。違うのは、富士山1日旅行に備えて、事前指導が始まっていることくらいでしょう。先週は、「富士山紹介」でした。で、今日は、スケジュールの説明でした。

 「集合場所と時間」の確認を皮切りに、各「パーキングエリア」の様子や「五合目」の郵便局やら店のこと、それから「風穴」や昼食を取る「河口湖」、「白糸の滝」、そして帰りのバスから見えるはずの「横浜か東京の夜景(交通事情によってルートを運転手さんが考えてくれるのです)」など。そして最後に「with you(ゆず)」「マル・マル・モリ・モリ(薫と友樹、たまにムック)」「桜の木になろう(AKB-48)」、「少年時代(井上陽水)」、「世界に一つだけの花(SMAP)」のさわりの部分の練習。 

 歌は、とにかく声を出した者の勝ちです。クラスによって全然声の大きさが違います。これは日本語のレベル云々ではなく、多分、やる気度や興味の有無によるのでしょう。

 というわけで、『初級Ⅰ』のまだ「6課」にしか達していない学生達にも、ハッパをかけて、さて、練習です。五曲全部を歌うとなると結構な時間がかかります。まだこのクラスの日本語レベルでは、見ながら歌うということは少々きつい。それでも頑張って、歌いながら歌詞に書き込みをしている学生もいます。このクラスはどちらかというと、真面目さんクラス。本当に頑張れ、頑張れです。

 これが「BCクラス」となりますと、歌が大好きで大きな声で歌ってくれる学生が、二、三人いるのですが、これがあの、音階が少しずれるのです。で、(他の学生達が)その度にクスクスやらガハハハやら、特に女子学生が如何にもおかしそうに、コロコロ笑い転げていますから、眠くっても寝ている暇がない、いや、寝そうになっても目が覚めてしまうという次第。

 しかしながら、こんな準備をしていると、少しずつ「富士山」が身近になってくるようです。

 そして、八月三日に、いよいよ、富士山へと出発します。

日々是好日
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「寮内の引っ越し」。「『10周年記念』兼、初めての『同窓会』」。

2012-07-30 08:08:30 | 日本語の授業
 先週の金曜日は、例の喧嘩の続きで、授業が終わるや否や引っ越し。それも、「今は嫌だ、アルバイトが終わって帰って来てからする」『絶対にだめ。私が帰った時に荷物があったらみんな外に捨てる」と、言い合っているのを宥めすかし、最後は叱りつけての引っ越しでした。思えば、これまでにも、女子同士の喧嘩で、幾度かこういうことがありました。他の国の人たちでしたけれども。そしてそれは喧嘩というより苛めに近いものでしたけれども。

 男子学生の時には、こちらから見て、無理かもしれないなと思えても、学校の事情とかも考慮してくれ、そこは理性的に我慢してくれるのですが、女子はどうもそれが不得手のようです。

 男子の場合、多分「今だけだ。後、何ヶ月したら、コイツとは一緒じゃないからな。見てろよ」という気概も、またそれに耐えるだけの体力もあるのでしょう。

 さて、そんなこんなで、うろうろさせられている金曜日は、「十周年記念」兼「初めての同窓会」の前日であったのです。私がオタオタして他のことに振り回されている間に、いつの間にか、きちんと会のための手続きやら、準備やらが着々と一つ一つ済まされていました。本当に申し訳ない。もっとも、こんなに大変だとは思わなかった…とため息と共にポロリとこぼされてしまいましたけれども。

 会は二時からでしたが、手伝いに来られる人は来てねという呼びかけに、11時前には既に10人以上が集まってくれていました。名前を書いてプレートに入れ、現在の住所やら電話番号、メール番号やらを書いてもらってから、さて、買い出しやらテーブルの準備やら…そして、また、買ってきたものを切ったり並べたり…。それから、在学中は卒業式やら入学式やらの飾り付けをいつもきれいにしてくれていた女子卒業生を中心に、花を作ったり、また飾り付けをしたり。その途中にも、「今から仕事だからその前にこれを」と言って、挨拶かたがた、花やお菓子を持ってきてくれた卒業生もいましたし。

 そして二時、彼らが「初級」の時に使っていた教室がパーティ会場です。ぎっしり席は埋められていました。教員や卒業生達の挨拶が続いている間にも、池袋の営業先から駆けつけたという卒業生や試験中(いいのかな。でも何名もいました。どうしても欠席でいない学生達の集まりがあるからと途中で退席したのは1人だけだったのだけれども…よかったのかな)にもかかわらず、それを感じさせない学生や…まあ、いろいろな人達が来てくれました。

 中には本当に卒業以来初めてという学生も何人もいて、最初は、「君、だれ?」「ええっ、本当」と驚かされるような人もいたのですが。ただ、名前を聞くと、学校で勉強していたときの顔にすぐ変わってしまうから不思議です。彼らの表情もそうなのでしょうが、私たちの脳裏にもそれが刻み込まれているのでしょう。

 自己紹介が終わってから、食事をしながら、各年度ごとのDVDを見ていたのですが、その間にも、叔父さん連中が(かわいそうですが、卒業したばかりでまだ大学生のピヨピヨちゃん達と比べると、どっしりと貫禄があって、まだ若くとも、どうしてもおじさんイメージ。多分これは仕事に対する自信とかも関係しているのでしょうが)、名刺交換やら仕事の話やらをしています。

 今年、社会人になったばかりの中国人学生の「みんな親切にしてくれるけれども、寂しい。みんなに会いたい」という一言から始まった初めての同窓会でしたが、彼ら共々、楽しい時を過ごすことができました。

 私たちにしても、元気そうな彼らの様子に安心出来ましたし、また他の卒業生達の様子も聞くことができましたし。

 ただ、私自身、だんだん居心地が悪くなってきました。私は、日々の営みに追われるように、毎日やっていただけのこと。改めて何かを言われてしまうと、そこまでやっていないとか、いやいや感謝されるようなことは、もしかしたら何一つ、やっていないのではないかとか、そういう気持ちになってくるのです。

 その上、「非漢字圏」の学生達の中には、「上級」まで教えることが出来なかった学生達もいます。一応「上級」まで教え、「旧一級(現N1))」か「旧二級(現N2)」かが、視野に入るくらいにまで達していれば、あとは自分でもできると言って送り出すことができたのでしょうが、そこまでやってやれていなかったのです、大学で、また専門学校で最初の一二年はどんなに辛く大変だったか、そのことが思いやられると、忸怩たる思いが嵩じて、罪悪感まで感じられてしまいます。

 だんだん、困ったな、ここは自分のいる場所ではないという気がしてきて、この場を逃げ出したくなってきました。どうにか、彼らと話しながら気を紛らしていましたけれども、そうしながらも、居心地の悪さは募るばかり。みんながいるし…どうしよう、いまさら逃げるわけにもいかないし…の堂々巡りです。

 その時に「サプライズ」と言われ、教員に花束とプレゼントが贈られました。困ったなの極致でした。

 人というのは本当に厄介なもの。皆の顔を見、久闊を叙し、思い出話に花を咲かせるまでは楽しいのに、感謝されたりすると、やっていなかったことのほうが強烈に思い出され、辛くなってしまうのです。穴があったら入りたいと、居場所を失ってしまううのです。途方に暮れていたといったほうがよかったのかもしれません。

「生きかはり 死にかはりして 打つ田かな」(村上 鬼城)

日本での暮らしに慣れてしまった、あるいはずいぶん慣れたように見えた卒業生たち。この句のような営みを続けていってほしいものです。

日々是好日
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「言葉の暴力」。

2012-07-27 08:22:02 | 日本語の授業
 26度から32度。暑いです。堰を切ったように流れ落ちる汗に、栓をしたいのですけれども、それがうまくいかないのです。

 この蒸し暑さですから、大気中の水分も並ではないのでしょう。汗は身体に留まったままです。天気予報図が真っ赤っかに見えてきます。

 さて、「ことばの暴力」について考えています。

 喧嘩というのは、先に手を出した方が、絶対に、悪い。そして男と女であった場合、男の方が、絶対に悪い。プロの武術家と悪人とであっても、けがをさせたら、プロの武術家の方が悪い。つまり、その結果、強い方が、どういう状態になったとしても、誰もその人には同情しないのです。

 その前提の下で、言うのですが、「言葉の暴力」です。

 手を出されてけがをした場合、けがをした方に皆は同情します。けれども、耐えきれなくなるくらい、汚い言葉を浴びせられた方には、だれも同情しません。けがは一目で見てわかりますが、言葉による「きず」というのはわからないのです。

 同じ言葉であったとしても、受け取る側の、当日の精神状態によっても、またその人の神経が繊細であるかどうかによっても、全く、その傷の深さが異なってくるのです。言葉というのは本当に恐ろしいと思います。

 録音していても、全過程を残すことは出来ませんから、大方の人にはわかりません。わかりませんから、目に見える形で残ったものに反応します。大半の者は、「それを言ったのは、悪いにしても、我慢すればいい」と言うでしょう。一方的に、「手を出した方が悪い」と結論づけて終わりです。それがわかっていますから、けがをした方が、ある意味では勝者になるのです。

 そして、その人間が、しつこく、ねちっこい性格であったとしたら、いつまでも、けがをさせた相手に嫌がらせをしてやらうと思うでしょうね。何かにつけて、また同じような言葉を浴びせかけることでしょう。

 特に、耐えきれなくなって手を出した人間が、神経質であったりすればするほど、効果覿面ですから、相手の嫌がるのを見て快感を味わうことができるでしょう。「私にあんなことをやったのだから。ざまをみろ」くらいは思うかもしれません。しばらくの間は、「あまりにしつこくやりすぎて)悪いかな」などとは思わないでしょう。

 人は誰でも、自分の苦しさ、悲しさしか見えないものです。他者が苦しんでいることに気づいても、それに憐れみを感じるようになるには、まだかなりの程度の時間が必要なのでしょう。

 その間、カッとなってやってしまった人間にとっては、どんなに辛い時間となるでしょう。とはいえ、黙って我慢するしかないのです。同じことは二度と繰り返せませんから。

 相手が何も出来ないと思えば、言葉の暴力はエスカレートしていきます。一度被害者になったとしても、その人は永遠に被害者であるはずもなく、既に、ある意味では被害者であると同時に加害者でもあったのですから。

 ただ、喧嘩両成敗と言いましても、双方に、話が通じればいいのですが、それがわからないレベルの人が相手であれば、それは常識的な人間の方が負けです。そんな相手と喧嘩するなとしか言いようがないのですが。

 「言葉の暴力」などを知ることも、考えることも出来ずに、それを何度でも、人に浴びせかける人がそばにいるということは、耐えられないことです。

 ここは日本語学校です。言葉の学校です。自分の国で汚い言葉しか使えない人に、日本語で普通の言葉が話せるようになるでしょうか。きっとこういう人は、日本に滞在する時間が長くなれば、男言葉の罵り言葉を、多分、直ぐに覚えてしまうでしょう。自分の言葉と対応させた方が覚えやすいはずですから。そしてそれを、頻繁に遣いはしないかと、今はそちらの方が心配になっています。

 喧嘩の後ですが、普通の神経の持ち主、ナーバスな方が、却って傷つく、それは避けさせねばならないと思います。

日々是好日
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「喧嘩。強い方が、立場が弱いという『理屈』」。

2012-07-26 08:19:37 | 日本語の授業
晴れ。今日も暑くなりそうです。

 「Aクラス」では、二日か三日毎に、「富士山まであと一週間ですね」と言われます。「まだまだです」それが、「えっ。まだ一ヶ月もあるの」から、今ではもう「えっ。まだ10日もあるの」に変わってきました。

 本当にこんなに課外活動を楽しみにしてくれると、準備をしている教員もやりがいがあるというもの。

 特に「転校生」に、その気持ちが強いようで、「いい、とってもいい。私なんか、『花見』と言われて行ったのは、近所の公園だけだったのよ。でも、この学校に来てから(4月)、『千鳥ヶ淵』でしょ、『水族館』でしょ、『鎌倉』でしょう…、そして今度は『富士山』でしょ」と言って、ハッと気づいたように「みんなは去年に来てから、もっといろいろな所へ行っているんでしょう、いいなあ」。

 大丈夫です。まだまだいろいろな所へ行きますから。もちろん、「留学生試験」とか「日本語能力試験」で忙しいときは、その月は行けませんけれどもね。

 こういうふうに、「課外活動」で、いろいろな所へ行くのを楽しみに出来るというのは、精神的のみならず、経済的にも余裕があるからなのです。まず最初の頃は、経済的にも逼迫している学生が多いので、日本人の給与から見れば、「安い」と思われるような、わずかな交通費であっても、交通費を聞くと、愕然とするようなのです。

 ですから、一日を要するような旅行、つまり隔年ごとの「富士山」と「日光」、「横浜」と「鎌倉」以外は、毎回、往復でも500円くらいに抑えてあります。近場でそれなりの所へ行けるというのも、ある意味では地の利を得ているからかもしれませんが。

 と、のんきなことを考えているときに、昨日騒ぎが持ち上がりました。

 もともとは女子同士の喧嘩、それに注意していたにもかかわらず、男子が出てきたから堪りません。最初は、だれが悪口を言ったとか言わなかったとか、またそれに返するに、ひどい言葉を発したとか発さなかったとか、そんなことから始まったようでしたが(なにせ、2人とも日本語力に限界があるのです。他の同国人達も、正確なことはわからずに、とにかく、う~ん)、それがエスカレートしていき、昨日、1人が顔を腫らして登校。聞くとただ泣くだけ、というような事態にまで至ってしまいました。

 この言葉の遣り取りに、他者の「手」まで入ってきたから問題はこじれてしまったのです。決して女子の言い争いに首を突っ込むなと言ってあったのに。

 授業が終わって、周りの人に聞いてみます。当事者のうち、1人は休んでいました(やはり叱られる、まずいと思ったのでしょう)。やられた方は聞くとまた泣き出します。けれども、授業はちゃんと受けていました。書くように言った時にはきちんとノートに書いていましたし、その提出したノートを見ても、言われたところはすべて写していましたから。

 ただ 先に罵ったのは、彼女の方だったようです。その、罵りの程度も、私たちにはわかりません。同国の女の子に聞くと、「とてもとても汚い言葉」、上のクラスの同国の男の子に聞くと、「言えません。とても汚い言葉」。

 罵った方は、もうすっかり忘れて、私は一方的に被害者という顔をしていますから、なかなか話は進みません。まだ話がわかる方を責めるしかないのです。あなたまでいったいどうしたことなのか。彼女と同じレベルにまで下がって、一緒になって喧嘩するなんてというふうに。本人もわかっていたようで、小さくなっていたそうです。

 彼らの国では、「言葉の暴力」という単語自体がないのかもしれません。言葉も、手足による「暴力」と同じくらい、人を傷つけるものであるという自覚はないでしょう。

 やられなければわからないのです(いや、言われても判らないかもしれません。ああいう言葉、多分ひどい罵り言葉の中で育ってきたのでしょうから)、言葉がどれほど人を傷つけるものであるかが。とはいえ、手を出した方が悪い。しかも男が女に手を出したわけですから、どんなにひどいことを言われたとしても、それは一方的に男の方が悪い。

 とはいえ、彼らには、この理屈が、なかなかわからないようなのです。

 前に、これは男同士のことだったようですが、アルバイト先で喧嘩になったようなのです(引っかけで知りました。本当に素直な学生で、ちょいと引っかけたら、「えっ、先生どうして知っているの。でも私は悪くない。実はこうこうしかじか」と自分から白状してしまったのです)。

 それで、体格において明らかに差がある、しかも強さにおいても同じように歴然とした差がある場合(先にひどいことを言ったのが向こう側であっても)、決して手を出してはいけないと叱ったのですが、彼曰く「先生。それは間違っています。これは男の誇りの問題です。男は罵られたら、相手に強さを見せつけて、二度とそういうことをさせないようにしなければならないのです。黙っていると、コイツは腑抜けだと、皆に思われて馬鹿にされます」。

 彼らの国ではそうなのでしょう。けれども、日本では一番強い人間(これは「腕力」でという意味なのですが)が、一番弱い立場にあるのです。

 数十年も前になります。私の友人のお兄さんが空手の有段者で、友人と酒を飲んで帰っていた時、やくざに絡まれた友人を助けるために、やくざと喧嘩になったらしいのです。やくざが先に手を出したにもかかわらず、警察に引っ張られたのは、友人のお兄さんの方だったそうで(まだ大学生でした)、かなりきつくやられたそうです。

 まず、どんなに腹が立っても、武術を学んで、しかも有段者であるならば、我慢することも覚えておかなくてはならない。それに、ただ、単に、生まれつき喧嘩に強いというのではなく、武術を学んだからには、素人と喧嘩するときに、手加減を知らなければならない云々と、諄諄と諭されたそうです。もとより、警察の人も武術は学んでいるわけですから、叱られても反論出来なかったでしょう。

 やくざにけがを負わせたのかどうか、またどういう結末になったのかは忘れてしまいましたが、そうか、武術の有段者というのは、「損だな」という記憶だけは残っています。

 しかしながら、いくら私がそれを言っても、「いいえ、先生。それは間違っています。男は馬鹿にされたら闘わなくてはなりません」で、終わってしまうのです。せいぜい、日本ではそれをしないと約束させることが出来ただけです。けれども、私たちの目の届かないところでは、何をしているかわかりません。私たちの前では、「先生、怒らないでね」と見かけとは違う、かわいいことを言ってくれるのですが。

 とはいえ、昨日、教員が、休んだ学生の所へ行き彼からも話を聞き(両方から事情を聞いておかねばなりませんから)、事後の処理に追われるということになってしまいました。今日、また話を聞いておかねばならないでしょう。本当なら、今日は「富士山一日旅行の事前指導第一日目」。楽しく過ごさせたいと思っていたのですが、重い気持ちで登校してくる学生が、2人は、いることになります。部屋の問題から、これからの対策など、いつになっても問題は尽きないようです。

日々是好日
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「ミンミンゼミの声。カラスウリの蔓、白い花」。

2012-07-25 17:43:18 | 日本語の授業
 晴れ。

 既にカンカンと強い陽射しが、ここそこに深い影を作っています。陽射しが強ければ強いほど、影は黒さを増して落ちてくるような気がします。

 今年初でしょうか。小学校の「サクラ(桜)」の樹の上から「ミンミンゼミ」の鳴き声が聞こえてきました。

 「セミ(蝉)」の声というものは、ある時は汗を止めたりもするのですが、まあ、街中で暮らしている限りは、汗を吹き出させる作用を起こさせるもののようです。

 というわけで、「あっ。ミンミンゼミ」と気づくと共に、ドッと汗が吹き出してきました。周りを見ると、笹や丈高い草、あるいは木々にしっかりと絡みついた「ツタ」が目立ちます。

 蔓を持った植物は、夏を象徴しているような気がするのですが、けれども、夕方、白い花を咲かせる「カラスウリ(烏瓜)」などは、「ユウガオ(夕顔)」や「マツヨイクサ(待宵草)」同様、哀れを誘う植物とも感じられます。盛夏、暑ければ暑いほど、昔は水を打ったあとの涼しさが、一層、味わい深く感じられたのでしょう。

 今となっては、白い花に気づくことさえ稀なのですが。

 さて、蝉の鳴き出した、行徳です。

 「Eクラス(初級Ⅰ)」でも、アルバイトを始める学生が出てきました。ちょっと早いという気がしないわけでもないのですが、皆、それぞれ家庭の事情があれば、懐具合も異なっていることとて、注意はしてもそれ以上のことは、なかなか…できません。

 留学生達が安心して勉学に励むことが出来るには、まず経済的な土台が必要なのです。一時帰国を繰り返すような学生は論外ですが(帰れば、稼いだアルバイトのお金だけでなく、その分日本語も忘れてしまうにもかかわらず。非漢字圏であれば、漢字、そして、何よりの強みであるはずのヒアリング力までも、消えてしまいます)、ほとんどの学生は生活費や教材費、そして進学の費用などの大半をアルバイトに頼っているのです。

 アルバイトに精を出しているうちに、どうして日本へ来たのかという、本来の目的すら忘れてしまうことだってあるのです。

 来日前は、日本へ行けば、日本語学校で日本語が勉強できるだけでなく、アルバイトをしながら学費を貯めることもできるだろう。そうすれば、大学へ行くことも、専門学校へ行き技術や技能を身に付けることも出来るだろう。大学を卒業すれば、日本で働くことも出来るだろうし、国に帰って、日系企業で働いてもいいだろう。

 ところが、日本に来て、いざ勉強しながらアルバイトを始めて見ると、それがとても辛い。だって、国でそんなことなんてしたことがないのですから。とはいえ、一ヶ月、二ヶ月経ってみると、手元に残るお金がある。

 それを学費に充てたり、貯金しておけばいいものを、お金があれば、あったで、使ってしまうという習慣がある。計画性がないと一言で済ませられないものを含んでいるのですが。やれ、両親にプレゼントだ…、いやそれともお金の方がいいかな。で、送ってやるのと同じだけの費用をかけて送ろうとする。ついつい、いろいろなことをしてしまうのでしょう。そして光熱費が払えない。部屋代が払えない、本代が払えないとなる。

 すると、無理をしてまたアルバイトをするしかない。すると、勉強の方に差し障りが出てくる。もう悪循環です。

 日本の様子がある程度わかっていれば、そんななけなしのお金を送ってもらって、子供に苦労をさせて喜ぶような親もいないでしょうが、日本の生活の大変さがよくわかっておらぬようで、親の方でも、ニコニコとうれしそうにもらって、それで仕舞いなのです。

 いざ進学だ、試験だとなると、困るのは彼らの方ですのに。

グローバル化が進んでいるように見えても、来日している人がどんなに多かろうとも、やはりわからぬことはわからぬもののようで、本当にどうにもならないのです。

 私たちですら、そうなのですから、ましてや彼らの国にジッといる彼らの親においてをや…。子供の方でも、自分がどんなに大変かなどは言わないようですし。

日々是好日
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「思い立ったが吉日」。

2012-07-24 10:44:32 | 日本語の授業
 曇り。

 まだ「BCクラス」が落ち着きません。原因の一つは「旧Cクラス」が、まだアルバイトが決まっていない学生がいることでしょうし、「旧Bクラス」の学生の中に、出来ていないにもかかわらず、一度やったことは「やった」こと(出来るようになったとか、わかったということとは無縁です)としか、考えられない人がいることでしょう。これでは、せっかくのチャンスが活かせません。

 いつもは、二コマ目に入った時、前列か二列目に空席があると、三列目か四列目から一人か二人呼んで、前の空いた席に座らせるようにしているのですけれども、昨日は「旧Bクラス」の一人が(私が何も指示していないのに、行くと)、一列目の端っこに座っていました。

 彼の場合、意欲はあるし、学びたいこともはっきりしている…のですが、どうも、来日当初、「自由」を謳歌しすぎてしまい(数ヶ月が経過)、その間の遅れが取り戻せないでいたのです。

 今年に入ってから、だいぶよくなってはいたのですが(休まなくなっていたものの、時々爆睡してしまうのです。叩いても引っぱっても起きません。けれども、まず学校に来る習慣をつけることが大切だと、それでも文句は言いませんでした)、しかしながら、クラスが合併してから、やはり少し不満だったのでしょう、二度ほど姿を見せていませんでした。

 それが、前列に座り、「今からでも頑張れば、N2に合格できるだろうか」と聞くのです。勉強する気があるのなら、同じ教材を使っても、勉強の仕方は様々あります。それほど呑み込めないだろうと思われるクラスには、通り一遍というか、教科書に書いてある単語だけ覚えさせるようにしていきます。だいたい、それ以上の意味を覚えさせるのは無理なのです。却って混乱してしまうだけです。実際、ほとんどの場合、それでも荷が勝ちすぎると思われるくらいでしたから。

 ただ、二度目となると、少し深読みも出来ますし、知識の程度を少しですが拡げることも出来ます。漢字にしても、音読みだけでなく、その語に訓読みもあれば、それも意味の理解と共に学んでいくということもできます。

 彼の場合、簡単な指示を出せば、あとは自分で考えながらやっていけますので、一番前の席に座ってくれさえしたら、後は適宜に指導できると思います。非漢字圏の学生で、しかもまだ音が正確に取れていないのです。同じような状態で来日したにもかかわらず、彼より数ヶ月後に来日したのに、真面目に学校で勉強してきた学生達が、ヒアリングの授業の時に楽々と書き写しているのを見て、愕然としたことでしょう。こうなったら、言い訳はできません。

 日々の積み重ねとは、こういうことをいうのだと思います。何でも急にはよくはなりません。けれども、日々弛まずやっていれば、いつの間にか(本当に「いつの間にか」なのです)聞き取れるようになっているし、読み取れるようにもなるのです。

 勿論、何事にしても、遅すぎると言うことはありません。「気づいた時が、始め時」。これが続くことを祈っています。

日々是好日
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「相手の表情や態度から、相手の考えや気持ちを読み取ることの大切さ」。

2012-07-23 14:03:54 | 日本語の授業
 晴れ。

 いつの間にか梅雨が終わっていました。気がつかないうちに梅雨が終わり、夏になっていたのです。とはいえ、気がつかなかったのも当然のこと。だって、先週末は、本当に寒かったのですから。

 「梅雨寒」という言葉が吹っ飛んでしまいそうな寒さでした。その前は館林で、あわや40度というような暑さでしたのに。

 今日は久しぶりの快晴ですから(天気予報では曇りでしたけれども、この辺りは海のそばですので、またちょっと違うのです。東京の天気予報を見た方が近いのでしょうけれども、またそれとも違う。となると、後は勘頼みですね)、きっと暑くなることでしょう。

 さて、学校です。

 『初級』のうちは、勿論、話したくてもそれほど話せませんから、身体言語が主になるのですが。相手の表情を見て、この人はどう考えているのか、どう感じているのかなどを推測せねばならぬのですが、これが他国の言語を習得していく上で本当に役立つのです。

 これに長けていなくとも、「したことがある」程度であっても、経験したことのある人と、ない人とでは、天と地ほどの差が、『中級』や『上級』のヒアリング、または日本人との会話した時の理解度に出てくるのです。

 ですから、最初は、勘が悪くてもいいのです。下手で、なかなか話せないし、聞き取れない…でもいいのです。その、苦しんだ分は、別のことをトレーニングしているわけですから。これは、もうすこし日本語の勉強が進んだ時に生きてくるでしょう。

 下手に要領よくできてしまうと、言葉だけに頼ってしまうということになりがちで、相手の顔をよぎるちょっとした表情の変化とか、言葉以外のコミュニケーションが苦手ということになってしまっては困ります。悪くすると、他者との意思の疎通を図れないまま、終わってしまうことにもなりかねません。

 言葉によらず、何事もそうでしょうけれども、五年、六年と経ってしまえば、あの頃どうしてあんなに出来なかったのだろうと、自分で自分を不思議がるほど、皆。だいたいある程度までは出来るようになっています。この「ある程度」というのは、例えば、言語であれば、結局はその国や民族の文学にどれほど通暁しているかが問題になるでしょうし、専門分野であれば、その分野での仕事の内容にどれほど習熟・通暁しているかが大切になるでしょう。それの特別なことを別にしてどいう意味でです。

 最初にパッと上手になって、後は鳴かず飛ばずでいるか、あるいは最初は亀の子のようであっても、後でグッと伸びるかの違いでしかないのです。結果としてみてみれば、後で伸びた方が、多分、判るようになっている分、差は大きくなるでしょう。勿論、最初にクラスメートよりも上手に話せるようになっていても、コツコツ勉強していける人は別ですが。

 とはいえ、結局は同じなのです。こういう日本語学校へ来る人たちは、日本語を専門にしようという人たちよりも、日本で何かの専門について学ばんがため、その道具としての日本語を必要としているだけなのですから。

 まだ、学校では「初級」の最初の方しか学んでいなくとも、「聞く」ことに長けていると、ここは日本ですから、かなりの量の日本語が耳に入ってくることになります。その上、言語の当然のことながら、聞き知った単語や文を試してみたくなります。

 つまり、身体言語や相手の表情を見るという訓練を経ずに直接、日本語の世界に入ってしまうのです。これは非常に危険なことです。以前は、これが、それほど大切なことであるとは思っていませんでした。が、相手の顔を見て、態度を変えなければならない時も少なくはないのです。特に外国にいる場合がそうです。だって、何もわからないのですから。

 タブーを犯して、相手が怒っているのに、その怒りの程度がわからずに、平然と冗談を言っているくらいの態度でしか応じられない人。自分の国の調子で言い、それでいいと思っている人(時には非常に失礼な態度に取られても)。

 日本に来たばかりのころ、言葉がわからないが故に、必死に相手の表情や態度から、相手の気持ちを汲み取ろうとした、そう言う経験は、した方がいいのです。

 変に器用に日本語を操っている初心者を見る度に、いい気にならねばいいが(私たちの前であれば注意しますが、それでも、なかなかわからないようですね。国ではああいう態度でもいいのでしょう)と思ってしまいます。

日々是好日
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「年ごとに、変わる学生達の個性」。

2012-07-20 16:47:19 | 日本語の授業
 曇り。梅雨空が戻りそうです。けれども最高気温は25度とか、昨日よりも、もしかしたら10度ほども下がることになるのかもしれません。

 さて、学校のことです。

 私も、公立の中学校に、ほんのしばらくいた経験がありますから、年ごとに学生のレベルに差が出るということもわかっています。なぜか数年に一度、出来る子達が集まる年があるのですが、その時はお互いが刺激し合い、より以上の成績を残すという場合が多いような気がします。

 その反対に、ある程度の資質がある子供でも、クラスの大半がのんびりしていたり、あまり勉強に興味がなかったりしますと、(多分、影響されて)「まあ、いいか」となってしまうこともあるのです。

 日本語学校でも、同じようなものです。

 「この人がもう一年早く来ていればよかったのに」とか、「三年前だったらよかったのに」とか思える中国人が、以前は、時々、日本語を勉強したいと学校にやって来たりしていました。今は、あまりそう言うことはなくなったようなのですが。

 その時は、私の方でも、「今年は、学生の質がそれほど高くないから、教え方や内容があなたには合わないかもしれない」と、本当のことを言います。けれども、だいたいにおいて、能力のある人は、勉強の仕方も国で身についていますから、「構わない。まず、系統立てて日本語を学びたい。それ以外のことは、自分の方でも、ある程度は勉強できるから。わからないことなどを教えてもらえればいいから」などと言います。

 勿論、『初級Ⅰ』や『初級Ⅱ』までは、皆、同じようにやります。『初級』のうちは、却って、「非漢字圏」の学生の方が中国人よりも強いのです。中国人は日本人と同じで、目に頼り勝ちなので、覚えが悪いのです。それに比して、「非漢字圏」の学生達は、耳で勝負しようとしますから。

 私が言っているのは、主に『中級』の後半からのこと。レベルがある程度揃えば、かなりの勉強を大学入学前にしておけますが、もし学生のレベルがそれほどではなければ、そこまではやれないのです。

 今は、ベトナム勢が半分以上を占めていますし、非漢字圏の人数もかなり多く、彼らにしても、東アジア圏の人間の勉強の仕方とは違うやり方で、小中学校、そして高校大学と学んできているのです。それに、一口に、中国人といっても、民族が違えば、文化も習慣も違いますから、「やはり、違うな」と思わせられることも多く、以前のように、「それ行け、どんどん」とやるわけにはいかないのです。

 数年前、スリランカからの学生が大半を占めていた時もそうでした。それでも、何人かはいい結果を残してくれたのですが、そうではなかった人たちもかなりいて、『初級』程度のことを何度教えても、覚えられないのです。勿論、スリランカ人はヒアリングがいいので、直ぐに話せるようにはなります、聞き取れますから。けれども、それはレベルが高い専門学校や大学などで学ぶために必要な日本語とは、あまり関係のない日本語でしかないのです。

 表面的には、人当たりもいいですし、何を言っても「はい」と返事をするので、外部の人たちにも嫌われません。けれども、この「はい」というのは、「何でもいいから、『はい』と言っておけば間違いないだろう」という保身の術から来ている、いわば習慣の「はい」でしかなかったのです。

 勿論、いい結果を残してくれたスリランカ人学生は、おざなりの「はい」などは口にしませんでした。それで、スリランカ人で根性があるかどうかというのは、この、何でも適当に「はい」というかどうかにかかっていると私は思うようになったのです。

全然わかっていないくせに、「はい」と言ってその場をごまかそうとすれば、要注意。それを言わずに抵抗すればまず二重丸。もっとも、なんでも「はい」と言わない代わりに、他人の悪口ばかり言うスリランカ女性もいましたから、見る目はそれなりに必要です。

 とはいえ、こういう知恵がこちらにも付いたところで、スリランカ人が日本の日本語学校に来るのが難しくなりました。で、結局、今はわずかに来日してくる学生に、ひどい目に何度も遭いながらも身に付けた幾つかのワザをほそぼそと使うだけになっているのですけれども。

 そして、今はベトナムです。本当にあっけにとられるのは、彼らが授業中黙っていられないということです。遅れてきても平気です。わざと大声で自分の存在をアピールしようとしますし、それを誰も非難しようとはしないのです。大卒ででもそれをしたがりますから、もう、どうしようもないのです。

 ベトナム人がクラスの大半を占めていれば、同じように10分程度で集中力が切れてしまうような他国の学生や、自分たちの国でも、刺激がないので、何かしら変わったことがあれば気分転換に騒ぎたいという人もいないわけではありませんから、余程強く締め付けていなければすぐに箍が外れてしまいます。

 不思議ですね。日本人には、そんなことは変わったことでも、刺激的なことでも何でもないのですが。あんなことくらいで大騒ぎ(しかも、毎日のようにやりたがるのです)できるなんて、よっぽど田舎で、何もないところで育っているのだなと思ってしまいます。こんなことは、せいぜい、中学校か高校で、時々変わり者がいてやるくらいのもの。だいたい直ぐにみんな飽きて、「またやってる。能がないな」で終わりになりそうなものなのですが。

 日本は、多分刺激に溢れているのでしょう。ただ、(日本人であれば)大半は、(専門学校など)自分の稼いだ金で入っているので、そんなことで時間を潰されたら、勉強できない分、金を返せと叫びかねません。

 本来ならば、日本に来てから少しずつこういうこともわかっていってもよさそうなものなのですが、周りが皆ベトナム人であれば、それで不快になる国の人の方が多いということに気がつかないのでしょう。やはり同じ国の人間があまりに多すぎるというのは、問題です。勿論、一生懸命に勉強できるような人たちであれば、どこの国から来ていようが、同じ国の人間がどれほどいようが構わないのですが。

日々是好日
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「学級作り」。

2012-07-19 16:01:13 | 日本語の授業
 晴れ。

 梅雨時とは思われぬほどの晴天が続いています。けれども、蒸し暑い。身体を横にずらしただけでも汗が吹き出してきます。とはいえ、「冷房」派と、「それが嫌な」派とが、小さな教室の中で張り合っています。果ては「冷房を入れるなら、窓を閉めろ。入れないのなら、窓を開けろ」と、教師が指示を出さねばならぬようなことにもなってしまいます。

 一クラスに、10人ほどであれば、お互いを見ながら、そこは年齢が上である、そして女性ですね、彼女の指示に従うことになるようなのですが、教室の中の学生が、20人近くもなり、しかも合併したばかりというようなクラスでは、まだお互いの様子がわかりませんから(力関係がはっきりしていないのです。だから遠慮するにしても、どう遠慮していいのかがわからない)、主張を強く打ち出してくる学生が、皆の気持ちとは関係なく、勝手に窓を開けたり、閉めたりし始めてしまいます。

 日本語のレベルに応じてクラスの成員を換えていくということのマイナス面が出てしまうのです。日本語学校というのが、日本語を教えることが目的であるからには、これも避けられないことなのでしょう。クラスを作り直すことはとても難しい。このクラスの成員を、だいたい三つくらいのグループに分けて捉えてはいるのですが。

 一番いいのは、最初に一緒になった、同じクラスの人間が、同じように上達していけることなのでしょうが、それもなかなかに難しい。本人の資質やアルバイトなどが関係してくるのです。これは「漢字圏」であるからとか、「非漢字圏」であるからということではありません。国で勉強する習慣がついているかどうか、そして、来日後もそれを維持できるかどうかというのが、一番大切なことになるのです。

 『初級』が終わって、『中級』に入る頃が、教科書代が、一番かさむような気がするのでしょう。本当は、『上級』になった頃の方がずっとかさむのですが。『日本語の教科書』というのは、学生ばかりではなく、私たちも、「本当に高い」と思います。いくら買う人がそれほどいないからとはいえ、どうしてこんなに高くなるのだろうと思います。同じような厚さであるにもかかわらず、字数ももっと多く、しかもずっと知恵や知識が詰まっている、日本人が読む普通の本を見て、比べては、「わからん…」。

 これは、外国人は金持ちであるという占領軍がいた頃の日本人の感覚のままではないのか。だからいくら高くしても売れるだろうと思っているのではあるまいかなどと、勘ぐってしまいたくなることもあります。

 発売されて直ぐの頃は、元手がかかっていますから多少高くてもしようがないとは思いますが、既に10年ほども経っていれば、「元は、既にとっているのではないか。薬などと同じように安くすればいいのに」と学生達に代わってため息をついてしまいます。

 統計を見ていないので、確かなことはわからないのですが、日本語を学びたいという外国人のうち、経済的に豊かな人たちよりも、裸一貫できているような人たちの方がずっと多いのではないでしょうか。彼らのために一肌も二肌も脱いでやりたいという日本語の出版社や専門家がいてもおかしくはないのにと、いつもこの時期に感じてしまうのです。本来ならば、「進級」するのですから、うれしいことでしょうに、そうとばかりは言えないところが苦しいのです。

 日本語学校によっては、最初に(来日する時に)お金を集めてしまい、それで全部こなしてしまうというところもあると聞きました。けれども、人にはそれぞれ資質や能力などの違いがあり、一律に集めておくことはかなり無理であるような気がします。

 一年半いるけれども、どうしても『初級に』から上へいけない人もいれば、『中級』までは、どうにか来られたけれども、この中で溺れそうになっているという人もいます。その反対に、どんどん勉強が進んでしまい、果ては、外国人用の教科書ではどうにもならなくなり、日本の高校で使っている教材まで投入しなくてはならなくなるという人たちだっているのです。

 いろいろ書いていますけれども、実は、これも愚痴なのです。なかなか『初級』が終わらず、ようやくどうにか終えられたものの、『中級』へ入って、文ではなく文章を読むとなると、途端に、新たに問題が生じて、途方に暮れてしまう。

 これは、国で本を読むという経験がなかったからだろうとか、漢字が覚えられなかったからだろうとかいった、簡単に片付けられるようなものでもないのです。同じように非漢字圏であろうと、スルスルと日本語の文章を読みこなしてしまう人だっていたのですから。

 それに読んでもらったら(聞けば)、全部理解できるけれども、書いてあると全くわからないという人たちだっているのです。これは漢字が判らないからというのではありません。全部漢字は読めるし、意味も判っている、それでも読むとなると、頭が真っ白になるらしいのです。

 『初級』までは、皆、同じようにやっていけても、(『中級』になって)日本人と同じように文章を読んでいける中国人がその中に入りますと(彼らの多くは、文字を辿ればわかりますが、耳だけに頼っていたら、何を言っているのか全くわからないという人たちが多いのです)、小学校の一年生と、六年生を一つの教室に詰め込んだような感じになってしまいます。

 もっとも、一番大変であった人たちは、すでに別の教室で、授業方法で学んでいますし、上のクラスに行った方がいいと思われる人たちも、他のクラスに移しています。ですから、このクラスは、上と下とを取り除いた、真ん中のクラスであると言ってもよく、これで大変だと騒いでいるとバチが当たりそうな気もするのですが、それでも、やはり大変は大変。クラスのみんなの気持ちが一つになっていれば(一つのクラスであるという自覚)まだしも、クラス編成が終わったばかりですから、どこかチグハグなのです。多分、お互いの名前もまだわかっていないでしょうね。

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「ミャンマーから来た学生…寮に移りたい」。

2012-07-18 16:42:39 | 日本語の授業
 晴れ。昨日は猛暑日だったようで、来日して間もない人たちは耐えられないのではないかと思っていたのですが、皆、涼しい顔をしています。それで気がつきました。七月生の中に北から来ている人達はいなかった…。

 昨夕は、帰宅時に、辺りが、黄色い光に包み込まれているような感じでした。何となく、、何事かが起こりそうで、不吉な予感がしていたのですが、そのまま、予想とは違って、雨も降らず、朝、起きてみれば、青空に薄い白のベールが流れているような空模様、まずはいいお天気です。昨日のあの不気味な光は何だったのでしょう。

 昨日、例のミャンマーからの新入生が(来日後、紹介された同国人と同居していたのですが、トラブルがあり、寮に入りたいと言ってきていたのです。それが、先週の金曜日でした。それで、次の週の初めに、荷物を持って寮に移るように言っていたのですが)、言われたとおり、トランクを抱え、11時ごろには学校に来ていたようです。まさか一人でトランクを抱えてきているとは思わず、その時職員室にいた教員も「早く来たね」と言ってそれなりだったようですが、午前のクラスの授業が終わり、ミャンマーの在校生が下りてくると、彼女が事細かに事情を説明してくれて、初めて荷物を外に置いて入ってきていたことがわかり、びっくり。それで、直ぐに、一人の教員が、車で、彼と荷物を運んでいきました。午後からは授業もあることですし。

 寮に住み、彼もほっとしたのでしょう。教員が、荷物を運んだあと、細々としたことを他の学生達と話していたらしいのですが、ふと気づくと、寮の二段ベッドの上で本を開いて見ていたそうですから。

 これまで、ミャンマーからは、日本へ留学するにしても、来日までにいろいろな条件がつけられており、他の国の学生ほどには簡単に来る事ができませんでした。(親日家が多い国でもあると言われていますし、また、実際に来日した学生達からもそれはうかがえたのですが)それらの条件を一つ一つクリアーするにしても、彼らにとってはわからぬことも多く、そこで、事情通という人たちが暗躍する場ができていったのでしょう。親戚か知人がいなければ、彼らの言うことを信じるしかないのですから。

 こういうことは「彼で最後」となればいいのですが、多分、まだしばらくは続くことでしょう。彼の場合、すべて日本へ来てからのことは請け合うという約束で、日本語学校へ払う学費などとは別に、かなりの大金を、そういう人たちに渡したそうで、国のご両親も彼も、来日してからのことは、それほどお金がかからないであろうと、安心していたようなのです。ところが、それが、日本へ来てみると、「話が違う!」。これから自分はどうすればいいのだと呆然となってしまった…らしいのです。

 とはいえ、頼りになる先輩(ミャンマーでは、全く面識が無かったそうです)が、事情を私たちに通訳してくれたおかげで、大事に至らずにすみました。不信感を抱かされていた人と暮らし、またその人に金を貸してくれと言われ(言われれば、最初は、どうも拒否できないようなのです。自分の財布にほとんど金が入っていなくとも。断れるようになるには、ある程度の時間がかかります)、その上、学校から一時間以上も離れたところに住んでいたのですから、金を極力使わないようにしていても、毎日の交通費は羽が生えて飛んでいきます。減っていく財布の金を見つめて、ため息をついていたことでしょう。

 それに、(そんなに遠くに住んでいたのでは、日本人ならいざ知らず、彼らのような国から来た人達にとっては)アルバイトを探すにしても、勉強を続けて行くにしても不便この上なく、学校の裏や、遠くても自転車で十分程度の所に住んでいる他の学生達に比べれば、明らかに不利です。

 ミャンマーからの学生達の中には、そういう遠距離通学に耐えきれず、保っても一年くらいで、崩れていく学生が少なくなかったのです。特に女子学生がそうでした。通勤通学ラッシュに巻き込まれ、勉強が終わったら、今度はアルバイト。国では想像も出来なかったような生活です。学校の近くにさえ住んでいたら、アルバイト探しも比較的楽になりますし、何よりアルバイトを探し当ててからが楽なのです。

 「午前のクラス」であったら、裏の寮にいる学生など8時50分に起きても間に合うでしょうし、比較的遠くにいる学生の中には、8時半に起きて、しっかり朝ごはんを食べてきたという猛者もいたくらいでしたから。

 布団はどうするのかと尋ねたら(無いようでしたら、近くのホームセンターへ連れて行くつもりだったようです)、例のミャンマー人学生が、「私のところに使わないのがあるから、それをあげる」と言ってくれましたので、彼女のアルバイトが終わってから持っていくことになっているとのこと。

 彼の表情もすっきりしていましたから、一人でグズグズと悩まずに済み、ホッとしたのでしょう。「このままだったら、日本に持ってきた、なけなしの金も、貸してと言われれば(相手に)なし崩し的に無くなってしまうだろう。かといって、まだ日本語がわからないから一人では何も出来ない。どうしよう」。

 私たちにしても、来日した学生が(仲間内での些細な言い合いなどは別にしても)勉強に集中できるような環境にいられることに、ホッとしています。

 まあ、彼のような「素朴な田舎の人(これは在校生である、ミャンマー人学生の弁です)」は、同じ部屋になった人たちと喧嘩もしないでしょうし、昨日も、下の階の学生達と仲良く帰っていったのをみても、誰とも仲良くできる人のようですし。それに、彼の同室者は、中国、モンゴル、ベトナムと、四人とも国が違うので、それがプラスに働くかもしれません。みな大卒者ですし、高校を出て直ぐに来たばかりの学生達に比べれば、ずっと大人でしょうから。

日々是好日
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「七月生の入学式」。

2012-07-17 08:51:04 | 日本語の授業
 先週の金曜日が、「七月生」の「入学式」でした。式も、その後のパーティも、無事につつがなく終了しました。

 まず、新入生です。「起立、礼、着席」で、何が何だかわからず、顔を見合わせて戸惑い顔。お互いの、その顔を見て、面白がって笑いが起こり、そして笑いが起こると、リラックスできたのでしょう、あとは自然体で、わからないことは、わからない、間違っても笑ってごまかせでいられたようです。とはいえ、この「起立、礼、着席」というのは、大切な日本の習慣の一つ。日本社会で生きて行くためには、こういうことも、覚えておいたほうがいいのです、単純なことなのですが。

 私たちは幼稚園から、人によっては保育園時代からでしょうが、こういうことをやってきました。勿論、子供時代は、ずんと緩やかで、いつも二、三人はいましたね、他の子供達より早く立って「しまった」という顔をしている子とか、名前を呼ばれても、まだぼんやりしていて、いつも注意される子とかが。これもご愛嬌です。すぐに理解できるから偉いとか偉くないとか、そんなことはないのです。

 この学校では、一年に四回、学生を募集しているので、その都度、一月、四月、七月、十月と「入学式」をすることになっています。そして、その度に、この起立、礼…、そして返事が大変なのです、つまり「反応」が。

 さすがに「卒業式」の時には、事前に練習をバッチリしていますので(その日の朝ですけれども)、事無きを得ているのですが、「入学式」ばかりはそうは参りません。何と言いましても、全く日本語がわからない人たちがかなりいて、しかも最前列に座っているわけですから、他の人の様子を見て真似るということもできません。まあ、彼らにとっては「受難」なのかもしれませんが、在校生にとっては、「ああ、やっている」と優越感に浸れる一瞬なのでしょう、毎度繰り返されることなのですから。

 とはいえ、「式」が終わって直ぐに、椅子を片付けて、空間を作り、そこで皆で記念写真を撮り、それからまた、パーティの用意をしてと(同じ教室でしますので)、在学生達がよく動いてくれました。中には勧め上手もいて、「さあ、どうぞ、どうぞ」とお菓子やらジュースやらを勧めていきます。

 勿論、お尻の重い人もいましたし、こういう「雑用」なんか、私の仕事じゃないと、全く手伝おうとしない人もいました。ただ、こういう、人が立ち働いているのに、平気な顔をして動こうともしない人は、日本では、苦労するでしょうね、それはアルバイトをしてみて初めてわかることかもしれませんが。

 日本では、将来、大会社の社長になるような人でも、新米の時は、こういう雑用をして育てられているのです。特に能力のある人ほど、厳しく躾けられますから。そういう人は皆が注目しているわけで、叱られる割合だって、他の人たちに比べて高いのです。叱られ方も激しいでしょうし。将来的に上に行かせなければならないと思われていれば、なおさらです。他の人のことを考えない人、お金をもらわない限り何もしようとしない人というのは、日本では生きにくいと思います。まあ、どこの国でもそうでしょうけれども。

「仕事がなかったら、自分で仕事を探せ。仕事を探せるのも能力だ(当然のことながら、これは職探しではありません)」。

何事によらず、そうなのです。それに、自分の立場がしっかりと掴めていないと、何にも動けないものなのです。全体が見えて初めて、今、自分はどうしたらいいのかがわかるのでしょうから。その人の見える範囲によって(視野の浅くて広い人もいれば、狭いけれども深い人もいます。集団の中にはいろいろな人がいていいのです)動き方も違ってきます。

 ただ、手伝えることは手伝おうという気持ちや、指示されて直ぐに動けるという態度は大切です。多分、これは平等な社会で育っていれば、直ぐにわかることだろうと思いますけれども。

日々是好日
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「ヒヨドリの子供、ツユクサ、そして『七月生の入学式』」。

2012-07-13 08:21:18 | 日本語の授業
 晴れ。

 未明に行徳でも雨が降りました。雨の音が窓を通して聞こえたのを夢うつつに覚えています。その雨も日の昇る頃には止み、今は青空が拡がっています。風が吹けばどうにか過ごせるのですが、少しでも動くと、もう滝のような汗が吹き出してきます。今日も一日、蒸し暑さが続くのでしょう。

 今朝、「ささ啼き」のような啼き声が、どこからか聞こえてきました。外を見ますと、例のギャングの「ヒヨドリ(鵯)」が二羽、ベランダの柵に留まっていました。全く同じ大きさ、同じような顔つきに見えたのですが、そのうちの一羽が、かすかに羽を震わして、エサをねだっていたのです。あの声は、その時の啼き声だったのです。本来ならば可愛いとでも思うべきなのでしょうが、そこは個人的な恨みがありますから、子供でもああいう険しい顔つきをしているのかなんて思ってしまいました。

以心伝心、それが相手にも伝わったと見えて、直ぐに飛んで行ってしまいましたけれども。

それから、まだ雨滴が葉や幹のそこここに付いている木々や草花を見ながら学校に来たのですけれども、その途中、空色と黄の、「ツユクサ(露草)」が路地の深くに咲いているのを見つけました。雨に濡れて、本当に鮮やかな黄と青でした。

 私にとって、何よりも、梅雨の終わり、夏の始まりを告げてくれるのは、「マツヨイグサ(待宵草)」と「アサガオ(朝顔)」と「ツユクサ」です。

 「ホオヅキ(酸漿)」市を夏の風物詩に挙げる人も少なくはないのですが、そして私にとっても、それは、懐かしい草の一つではあるのですが(祖母がよくこの実で、姉様人形を作ってくれました)、どうも今ひとつ馴染めません。やはり人にはそれぞれ好みというものがあり、それが時には記憶にも勝って、感性を支配していくもののようです。そして、それに人生も引かれていくのでしょう。

 さて、学校です。

 今日は、「七月生」の入学式です。午後に勉強している七月生達も、午前にやってきます。中には、彼らに初めて会うという在学生もいることでしょう。勿論、同じ国の人たちには、初めに会わせて説明をしてもらっているのですが。

 けれども、まず、入学式の前に、入学後の注意事項や手続きなどについて説明をします。この学校では、その時の通訳も在学生にやってもらっています。「ベトナム人学生には…、バングラデシュ人学生には…、スリランカ人学生には…、そして台湾人学生には、(まあどうにかなるでしょう)」と、それぞれ、私が言うことぐらいは通訳してもらえる学生がいます。しかも、彼らは、この学校で、既に半年ないし一年ほどを学んでいるわけですから、私たちのやり方もある程度わかっています。それがいいですね。ただ単に通訳するだけであったら、伝わらないであろう部分まで、言ってもらえることになるわけですから。

 勿論、その中には、彼ら自身の経験からの注意事項というのも含まれるでしょうが。

日々是好日
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「新鮮な感覚とは…」。

2012-07-12 14:10:20 | 日本語の授業
 強い風が吹いています。この風が雨を呼んでくるのでしょうか。そういえば、竜巻が筑波で発生した頃もそうでした。竜巻なんて遠い国の出来事だと思っていたのに、そうではなかったのです。

 九州では、観測史上、例を見ないほどの大雨が降るとの予報も出されています。先日の大雨で呆然としていた人たちは、やはり避難するしかないのでしょうか。

 「時により 過ぐれば民の なげきなり 八大竜王 雨やめたまえ 」と、実朝のように祈るしかないのでしょうか。

 例年、梅雨末期はどこかが集中豪雨に苛まれ、どこかで人が泣いています。

 多分、これは「日本が」というよりも、もしかしたら、地球がと言った方がいいのかもしれません。それでも、人というのは浅はかで弱いもの。目に見えぬところでの出来事にはどうしても感覚が鈍ってしまうのです。

 これは、近年、ものすごい勢いで、通信技術が発達してきたからでしょうか。発達すればするほど、人にとって貴重なはずの能力の一つ、想像力が希薄になってくるように思われるのです。

 驚きがなくなる…。何を見ても、既視感というのがあって、「見たことがある…聞いたことがある」という気がしてしまうのです。

 百年前であったら、異国での習慣を聞けば、皆「ほう!」と魂消たことでありましょうし、それが新たな力を生み出したかもしれません。いえ、今でもそういう人はいるでしょう。自分が体験したことと、見た聞いたこととをはっきりと区別でき、そのどれもに新鮮な感覚で望める人です。

 けれども、悲しいかな、99.9%以上を占める、我々凡人はそうはならないのです。それ故に、人の話を聞くことにも集中力が途切れてしまうのでしょう。人の悲しみを聞くことにも…。人の苦しみを思いやることにも…。

 自分がそれを経験していなくとも、「そういう人は大勢いる」と、「そういうことはよくあることだ」と、言ってしまえるのです。

 特に年が長けてきますとそうです。どこかで聞いたなとか、見たなとかいった気がしてならず、新鮮な驚きが味わえないのです。かといって、実感できるほどの経験があるわけでなく、すべては表面的に流れ、消えていく。ちょうどガラスの上を雨滴がすうっと流れていくような感じなのです。そうして、いろいろなものが失われていく…。

 そつなく生きているように思われても、きっと、生き物として、一番大切なものが鈍化しているのでしょう。

 どこかで、自分を取り戻さねばという気がしてなりません。

日々是好日
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「本当は皆に大学に行ってもらいたいのだけれど…」

2012-07-11 16:41:02 | 日本語の授業
 快晴。そして、蒸し暑く、昨日は、さすがにどのクラスで、冷房に走ったようです。

 そうは言いましても、早朝の空気は涼やかで、梅雨時のものとは感じられません。そこはかとなく秋の気配さえ漂わせているようで…。結局、こういうことも直ぐに終わってしまうのでしょう。季節の移ろいの順序からいっても、梅雨の後は、夏と決まっています。「土用の丑の日」のある夏が来なくてはなりませんもの。このような風も、陽が高くなるにつれて消えていき、きっと昨日と同じように暑くなることでしょう。

 さて、学校です。

 今日は「平成24年度 日本留学試験」の受験願書を皆で書きます。皆と言いましても、数は少なく、一教室で事足りてしまいます。これは、このところ、非漢字圏の学生が多くなったからでしょうか。いえいえ、決して、そういうわけではありますまい。

 以前なら、アフリカから来た学生でも、頑張って、「二級(旧日本語能力試験)」くらいまでの漢字が読めるようになっていましたし、書けもしました。スリランカから来た学生でも「中級」程度の文章でしたら、一人でなんなく読みこなしていました。勿論、数が多かったので、そうではない(「初級」で終わりというような)学生も、いはしたのですが。

 学校としては、できれば、学生達に大学に行って欲しい。また、それができるように、教材を揃え、カリキュラムも作っています。けれども、学生自身がそれができるような状況(経済的にも、資質的にも、習慣的にも、やる気云々でも)にないと、却って、罪作りのようなものになってしまいます。

 笛吹けど踊らずどころではないのです。彼らには彼らなりの計画があり、例えば、日本語学校で二年、専門学校で二年。四年も勉強しながら働けば十分だろうというような。それなのに、毎日勉強しろとせつかれる。休めば休んだで、「なぜ来ない。休めば、直ぐに遅れてしまう」と電話が入る。向こうは向こうでため息でしょうね。適当にしながら日本での生活を楽しもうと思っていただけでしょうから。

 おかしな話ですが、『初級』の教科書とセットになっている文法書の内容が、全員に判るわけでもないようなのです、まだ『初級』というのに。勿論、日本語ではなく彼らの母語で書いてあるのですが。こういうのでも、彼らの母語での読解力がそれほどない学生には辛いのでしょう。そういう場合には、教師の方でも、導入の仕方を考え、出来るだけ簡単に理解できるようにしているのですが。それに母語の説明だけでなく、教師のゼスチャーやら言葉などを連結させて理解させるようにしているのですが、そうするにしても、やはり、それなりの能力が必要なのでしょう。

 まあ、考えてみれば、不思議でも何ともないことなのかもしれませんが。

 そういえば、中国人の留学生の中にも、『旧三級』後の文法や単語が、どうしても理解できないという人がいました。見かねた他の中国人学生が、彼らの方言で一生懸命に説明してくれたのですが、結局、その学生も匙を投げ、「先生、だめ。この人中国語で言ってもわからない」。

 ただ、『初級Ⅱ』は難しいにしても、『初級Ⅰ』のレベルというのは、日常的に必要な物の名であり、文法にしても、ごく普通に使われている文ばかりです。それがうまく覚えられないのですから、結局、彼らにあった別の教え方を考えねばならぬことになります。

 というわけで、あるクラスでは、今は、教科書をやり直すというよりも、ミニ会話を主体にした授業に徹しています。

日々是好日
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「実習生がやってきます」。

2012-07-10 16:52:37 | 日本語の授業
 晴れ。今朝も快晴です。梅雨の中休みとはいいながら、晴れは晴れ。助かります。

 ただ、昨日に比べ、湿度がズンと増しているようで、明日からまた梅雨空に戻りそうだというのも頷けます。

 雨が増え、気温が上がってきますと、アスファルト道路のあちこちから、「根性ナニナニ」君がニョキニョキと這い出てきます。ひび割れているところから伸びてきたものが大半なのでしょうが、なかにはこんなところからと驚かれるような「根性君」までいるのです。そんな中で、慎ましく道の端っこに咲いているのが「マツヨイグサ(待宵草)」なのです。

 最近は帰り道に見かけることが多くなってきたのですが、春の花、「ナノハナ(菜の花)」の「黄」とは違い、透きとおったような「黄」が、そこだけ光を灯したように見えるのです。この花が明治期になって初めて帰化したなど、今ではすっかり忘れられています。本当にこの花が咲いているのを見るとホッとします。忙しかったり、辛いことがあったと悄げている人たちも、この花を見た時の気分は同じなのではないでしょうか。

 さて、学校です。

 昨日、やっと「七月生」全員が揃いました。皆、「イロハ」から、始めた方が良さそうですので、先週から開いているクラスに入ります(実は、「七月生」を待っていたのです。基本というか、日本語の音に慣れさせながら。ここでは、夏休み中に日本語を学びたいとやって来た台湾からの学生二名と、「四月生」ではありますが、もう一度やりたいというベトナム人学生一名、それから国でなかなか許可を出してもらえず、やっと6月に来日することができたというバングラデシュからの学生一名が学んでいました)。で、結局、総勢、10名が「Eクラス」のクラスメートとなっています。

 そして、今日、川村女子学園大学から、実習生が数名、やってきます。先月、うちの女子学生達が学園の方にお邪魔して、楽しいひとときを過ごさせてもらったのですが、今度は、その大学生達が先生となって、模擬授業をします。さて、どうなりますことか。学生さん達が楽しく、有意義な時間を過ごしてくれればいいのですが。

日々是好日
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