日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「補講の学生が三人になりました」。

2013-01-31 08:50:38 | 日本語の授業
 晴れ。

 昨日の朝、9時前、それも5分くらい前にです。「今日、子供を連れて行きたい。話によると、9時半から補講をしていて、それに参加してもいいとのこと。行ってもいいか」と電話がありました。

 授業の用意をして、教室に行こうとしていた私は、大慌てで、補講用のプリントをコピーします。もうベルが鳴ったと、慌ててはいけない。慌てる乞食は貰いが少ない、落ち着いて、落ち着いて。間違えてしまっては何にもなりません。クラスの学生達には少し待ってもらい、とにかくコピーをしてから職員室を出ました。

 前日に、連絡はあったけれども、来るかどうか分からないからという曖昧な感じだったので、昨日直ぐに連れてくるとは思っていなかったのです。

 そして、やって来た「補講」担当の教師に、この中国人学生のことを連絡しておきます。半、少し前、外を歩いてやって来る、それらしき二人の姿を見かけましたので、上へ上がっていき、お母さんから彼の状況を聞いておきます。

 私は出たり入ったりしていたのですが、さすが卒業生クラス、動じません。忙しいのだなという表情で私のことをチラリと横目で見ながら、指示されたことをしています。

 これが、授業が始まって一ヶ月にもなっていないクラスになりますと、そうはいかないのです。また、いつまで経っても日本語が上手にならないようなクラスでもそうなのです。直ぐに遊び始めます。携帯でゲームを始めたり、電話をしたり、あるいはそばの同国人とペチャクチャと囀り始めたり…。

 結局、日本語が上手になるということと、生活が安定するということ、そして日本で、その時々に、自分はどう対処していけばいいのかがわかるということは、一繋がりなのです。

 日本語が分からなければ、アルバイト先も外国人ばかりの(ほとんどは、同国人がかなりいるような)工場でしょうし(また、少しでも日本語が話せたりすると、全然話せないという人達の中では日本人から頼りにもされ、お山の大将でいられるでしょうし)、その中では日本人の動きがわかるはずもありません。

 それゆえに、生活は出来ても、結局は彼らの国にいるのと同じなのです。価値観も同じなら、言葉も同じ。違うのは彼らの国よりも給料がいいというくらいなものなのです。これでは、研修生として来日した方が良さそうなものなのになという気もしないではないのですが。

 中には、留学生として来日し、毎日言われたとおりにちゃんと授業には出てくるのですが、聞くと勉強は嫌いなんて言う学生もいます。ベトナムでも大して勉強なんてやってきていないのに、外国へ来てやれると思っているのかな、本人も、また親御さんもと、不思議な気持ちになることもあるのですが。まあ、別に悪いことをするような学生達ではありません。ただ、ちょっとわけがわからないところがある学生も…いないわけではないのです。

 この学校にいるベトナム人学生達は、なかなか工場から這い上がれません。もう少し努力したら、他の仕事を探せるのではないかと思われる学生達でも、仲間がいる、しかも住み慣れた(?)工場から離れようとしないのです。そして冬は仕事が少ないからお金がないと言います。他の国から来た学生は、それなりに探そうとし、それなりに探せているようですのに。

 外国にいても、国にいる時と同じような人達に囲まれ、今の仕事と同じようなことをやりたい…と言われても、そういう仕事は彼らの「輪」の連絡網の方がずっと見つけやすいはずです。私たちが見るのと言ったら、タウンワークや新聞の折り込み求人欄くらいなもの。なかなか彼らの希望には添えません。また、そういうところで見つけたものをコピーして、電話してみるように言っても、しないのです。

 こうなると、彼らには、私たちが力を貸しようがないということになってしまいます。

 多分、一頃の中国人のように、「福建省のある村から一人が留学した。なんでも、日本へ留学という形で来日し、アルバイトをすれば、小金が貯められるそうだ。そうか、では、その人と同じように金をかき集めてでも留学し、その人の伝手でアルバイトを探し(紹介してやる度に手数料を取っていたという話ですから、双方、損になる話では無かったようです。勿論、騙された人も少なからずいたようですが)、同じように自分も人を呼び、手数料を取れば元が取れる」とまではいかないのでしょうが、本当に嫌になるくらい団子になって生活しています。

 中には、そういう人達と同じようにするのが嫌だという学生もいますが、少数です。ベトナムの学生はご多分に漏れず、試験の時に「協力し合う」のです。それが彼らの社会の常識なのかもしれませんが。

 そういう学生は、特に試験の時など、彼らから離れて座ります。試験中、聞かれるのが面倒なのでしょう(教えなければ、「仲間」になれないのでしょうし)。また、彼にとっても、考えなければ解けない問題なのに、考えている最中に、答えを聞かれれば、思考が中断させられてしまいます。その上、試験中、話したりすれば、その都度、日本人教師から叱責されます。つまりそういう人間と思われてしまうと、日本では落ち葉のように軽く見られるのだということもわかるのでしょう。

 とはいえ、いくら言っても、この意味がわからない人もいるのです(ベトナム語でも通訳してもらいますから、日本語のレベルの問題ではありません)。こういうことは、自分の国ではこうだけれども、この国では違うのだなという感受性も、ある程度必要なのです。

日々是好日
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「作文書き」。「宿題をしてこなかった…」。

2013-01-30 08:36:06 | 日本語の授業
 今朝、自転車に乗って学校に向かっていると、学校の玄関先を緑の線がフッと走ったような気がしました。それで音がしないように静かに自転車を停めて見てみると、「メジロ(目白)」です。玄関先に置かれている椿の花に「メジロ」がやって来ていたのです。

 全身は落ち着いた緑に染め上げられ、10センチにも満たない大きさの小鳥です。大きな黒い眼の周りが白く縁取られ、そこから「目白」の名前がつけられたのでしょう。先日はギャングの「ヒヨドリ(鵯)」が蜜を吸いに来ていましたから、この花木はどうも近所の小鳥たちに人気があるようですね。花が大振りなのが気に入っているのかもしれません。

 さて、学校です。
 卒業生クラスでは、そろそろ「卒業文集」のための作文を書く頃となりました。なかなか書けないベトナム人学生に「ベトナムの学校では、作文を書く事なんてないのか」と聞いてみたところ、「高校では書いた」という返事。「では、小学校や中学校では」と重ねて聞くと、「書きません」と一言、きっぱりと言われてしまいました。

 以前、中国にいた頃には、「こんな作文、誰も書きたくなんて無いよな」と、中国式の所謂、作文なるものに、怖気を振わされたものでしたが、ベトナムではそんなことはなかったようですね、少なくとも彼らの時代には。

 とはいえ、書けないというのには困らされました。書く気がないのか、書こうと思っても書けないのか、それは分かりませんけれども。しようがないので、「こういうふうに書きなさい、書けない人は」と、一応、書くことを指示したのですが、つきっきりで教えてやらないとだめみたいなのです。まだ時間があるので、そういう学生はちょっと放っておきます。

 そして、午後。「1月生」と去年の「10月生」が、一緒に勉強している「Fクラス」でのことです。

 まだ学校での勉強が始まって一ヶ月も経っていないのに、三名が宿題を提出していなかたのです。それで、ぷりぷりしながら、教室に入ったのですが、入って直ぐ「宿題」の「しゅ」と言うなり、ハッと顔を上げた学生がいましたから(10月生)、まずいとは思っていたのでしょう。けれども、こうやって叱られるとは思っていなかったのでしょう。「先生、明日、明日」と言います。ムッとした顔で、黙っていてやりましたが、少しは応えたようです。もっとも、これからも、こういうことはしつこく言いますからね。

 ところが、授業中、「どうですか」という練習のところで、そんな彼らの一人が、「昨日のパーティはどうでしたか」と、同じく宿題をやっていなかった一人に聞いたのです。聞かれた方は、ハッとして、パッと私の顔を見ました。同じく彼を見ていた私と眼があって、途端に、両手を左右に振りながら、「知りません。ありません。知りません。先生、ホントです」。

 いったい、何を知らなくて、何がなくて、何がホントなのか。まあ、分かりますけれども。宿題をして来なかった学生には、昨日の分と一昨日の文ときちんとノートに書いて提出するように言いましたけれど。全く、頭隠して何とやらですね。

日々是好日
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「途中から入ってきた学生のための『補講』」。

2013-01-29 08:33:48 | 日本語の授業
 晴れ。今朝は、少し寒さが緩んだような…そんな気がします。

 昨日、ここでも少し小雪が降ったのですが、千葉市から来た先生によると、向こうでは10センチ近くも積もったとか。それもあっという間に…なのだそうです。

 そう言えば、成田空港に積雪が云々というニュースも流れていましたっけ。これでは、夏の夕立が馬の背を分けると言われていたのと、同じよう。雪も、千葉市と行徳なんて、ほんの少ししか離れていないのにこれだけの差があったなんて。

 彼は、電車に乗っているうちに雪がだんだん少なくなって、着いた時には積もっていなかったので、あれれと思ったと言っていましたけれども。雪国であったら、そういうこともありうるなと思えるのですが。ただ、それも山が雪雲を遮ってという意味で。しかし、ここは雪が降らない年もあるような太平洋岸の小さな町です。こういうところでもそういうことがあるのですね。

 さて、学校です。
 先週の木曜日に一人、タイから来た少年が入ってきたのですが、昨日、今度はフィリピンからの学生が一人入ってきました。彼女の方は少し日本語を学んだことがあったようです。

 このタイから来た少年。「これはサービスですよ。いいですか。せっかく先生が来てくれるのだから遅刻してもだめ、休んでもだめ」と、嫌みなくらい念押しをしておかなかったからでしょうか、早めに来て彼のために準備をしていた若い先生が肩すかしを喰わされてしまいました。

 まあ、先生にはお気の毒だったのですが、昨日一人新たに加わったこともあり、今日からは二人で早朝の特訓に励むことになりました。

 この、彼。まさか来なかったことで、こんなに睨まれるなんて思ってもいなかったのでしょう。何度も繰り返して言いながら(彼に向けて)「ガンを飛ばしている」うちに、「トモロウ」が「あした」であることがわかったようです。恥ずかしげに、面目無さげに、俯いていましたから。勿論、最後の最後まで手は緩めません。帰る時、玄関でも、紙に書いて、「明日、わかりますか」と言って送り出してやりましたから。

日々是好日
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「富士山」。「食べたいけれども、…そうとは言えない、スリランカの男子学生」。

2013-01-28 08:31:30 | 日本語の授業
 土曜日曜と、富士山がきれいな姿を見せてくれました。風が強かったせいもあるでしょうが、冬の寒さとひきかえのように、くっきりと雪を抱いた白い姿を見せてくれていました。

 先日、東京で、見える星の数が増えたというニュースを聞いたばかりでしたから、やはりなという思いで見てしまったのですが、人にとって何よりも大切なのは、きれいな水と空気でしょう。

 この水や空気が汚され、生き続けることが危うくなってしまうと、人は他者を押しのけたり、踏み台にして生き残ろうとするしかなくなってしまうのかもしれません。我が身すら危ないのです、人のことなど構っていられるかとなってしまうのでしょう。

 それを一概に、心が卑しくなっているからと貶めるのも間違いなのかも知れません。そういう所では、人は忙しないのです、少しでもマシなところを捜して、自らをまた家族をも移さなければならないでしょうし、それができるだけの金も縁故もなければ、大声で泣き喚いて、人の注意を引いて同情を買うよりほかありませないのでしょうから。

 目つき悪く人を見ていなければならないのです。あざといと人に言われようと、のんびりと構えていたら、まず一番先に踏み潰されてしまうでしょうから。

 人が持って生まれた才能や好みを活かし、それなりに生存していくことが出来たら、どんなに素晴らしいことだろうと思うのですけれども。まず、きれいな水も空気も提供できないようなところではそんなこと、夢のまた夢でしょう(勿論、金持ちや有力者の知り合いがいる人は別です。外国へ行けばいいのですから)。

 才能を開花させて行くにも、どの土地で生まれたか、誰の子供として生まれたかなど、本人がどうしょうもできないところで差がついてしまっていれば、後は僥倖に期待するしかないのです。

 中国にいるときに、地道な努力などせずに、とにかく人と関係を持つことばかりに熱中している人を少なからず見ました。今にして思えば、それも、中国という社会ではそれ以外の方法がなかったからなのでしょう。それを親や親族などから耳にたこができるほど聞かされていたのかもしれません。まず偉い人と知り合いになれるところまでは、頑張る。それからは運。運も待っているだけではだめ、切り開かなければならない。切り開くといっても、それは、私たちが言うところの「与えられた仕事を必死になってやる。それが人生を切り開いていく」というのとは全く違います。

 「頑張って仕事をするって?頭がいいって?」そんなこと何になる。だれか「いい人」と知り合いになりさえすれば、その人の引きでどうにかなれる確率の方が、努力してどうにかなれる確率よりもずっと高いのだから。

 さて、学校です。今朝も寒い。寒気団が随分南に降りてきています。今日は昨日と違い、朝から、雪です。私がうちを出る時にはまだチラホラと降っていました。今では止んでいますが。とはいえ、空き地や公園、高低などにはうっすらと雪が積もっています。積もっていると言いましても、所謂「雪化粧」程度のもの。今年の学生達は、雪の当たり年に来たわけで、ある意味では恵まれていますね。

 というわけで、学校です。

 実は先日、ご近所の方から、「学生さん達に」といって、お菓子をいただきました。中国人学生は、とても甘いと言っていましたが、甘い物に眼がない「隠れ学生」もいたようで、うれしそうに食べていました。

 午前中は間に合いませんでしたので、午後の学生達だけに、試験の後に配りました。そこで面白かったのはスリランカの男子学生達です。皆、遠慮がちに少しずつつまんでいたのですが、半分ほど残った段階で、「みんな食べてしまいなさい。せっかくの気持ちなんだから」。そして、ついでに、「食べてしまわないと帰しませんよ」と一言付け加えると、スリランカの学生が「先生、ホントに食べてしまっていいの?」という反応を見せたので驚いてしまいました。

 いつも、一言言えば、三言か四言くらいは返してくる学生達でしたから、そんな遠慮をしているとは思ってもいませんでした。きっと、そう、家庭で躾けられてきたのでしょう。中国人男性もそうでした。国や社会はいざ知らず、家庭教育がしっかりと出来ているところでは、どこの国でも、他の人が欲しがっていたら、自分が欲しくても我慢するということが出来ているのです。特に女性に対してはそのようです。

 とはいえ、彼が手を伸ばそうとした時に、タイの女子学生が手を出して取ろうとしたので、また引っ込めて「大丈夫。大丈夫」(何が大丈夫なのだと思いましたが、彼は本当にこのお菓子をおいしいと思い、食べたかったのでしょう。だから自分で自分に言ったのかもしれません)。どうもスリランカから来た学生達は、このあま~いフィリピンのお菓子が気に入ったようで、それゆえでしょうか、持って帰ってもいいよと言っても、「いや、大丈夫、大丈夫(他の人に譲ります)」と言って手を出そうとはしません。

 それで、「何かに包んでもらいなさい」と言って、お皿を上に持って行かせたのですが、さてどうだったのでしょうね、そこでちゃんと言えたかしらん。また例の如く、「お皿を持って来ました」で、終わってしまい、あとの「残りを包んでください」までは、言えなかったかもしれません。いつも、遠慮したら君たちの分はありませんよと言って、生存競争の厳しさを分からせようとしているのですが、そう言うと決まって彼らはこう言うのです。「大丈夫です。どうぞ」。これも困ったものですね。

日々是好日

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「侍の世に戻せとは言わないけれども…」。

2013-01-25 08:32:44 | 日本語の授業
 晴れ。
お日様が柔らかい陽射しを注いでくれています。このまま春に突入…かなと思いきや、何事もうまくは参りません。今夜、また寒気団が南下してくるそうで、朝よりも寒くなるという予報が出ていました。

 一月に来た学生達は、もう寒さに慣れたようです。寒い、寒いと言わなくなりました。却って去年の七月や十月に来た学生の方が寒さを強く感じているようで、私の顔を見る度、寒い、寒いと連呼します。これもなかなか面白い。

 さて、「ABCクラス」では、今日、第二次世界大戦中、また後の空白期に活発になる脱植民地運動について、少し勉強します。ちょうど、中国とベトナムの学生がいるので、外から彼らの国の歴史の一端がどう見られているかを知る機会にもなるでしょう。

 どこの国でも、自分の国の、特に、現政権とつながりがある場合はそれが甚だしくなるようなのですが、自分たちに都合の悪いことは棚上げし、他国の失敗などを数倍にも誇張して、吹聴する傾向があるようなのです。

 (彼らが)何も言わなければ、また何らかの手段を講じなければ、現政権の政治家に対して、すぐに、不満を言い出します(実際、国民というものは、他国のことなんてどうでもいいのです、自分さえ幸せであれば。自分の生活が一番大切なのですから。自分さえ思い通りの生活が出来ていればそれで文句は言わないものです。ただそうではない人が多いのです、そういう国では)。政府にとっては、それが都合が悪いのです。

 自分たちや自分たちに繋がる人(多くは彼らの父親であったり、祖父であったりするのでしょう)の落ち度や不行跡には目を瞑り、また知っている者には目を瞑らせ、多くの国民に知らせしめないようにさせたいのです。そのために、だれかが必要なのです。代わりのだれかが、あるいは他国が。

 今、自分たちが不幸なのは、あいつらのせいだと言わせたいのでしょう。10年経っても、20年経っても、甚だしきは、50年経っても、60年経っても、まだそんなことを言っています。あたかも国民が不幸であるのは、自分達のせいではないかの如く。

 実際、国民が不幸なのは誰のせいなのでしょう。誰が無策であったせいなのでしょう。責任はどこにあるのか、誰にあるのか、そんなことは国民の方でも判りそうなものですが、多分、教育なのでしょうね。知らせず、考えさせずしておけば、愚民が育ちます。愚民は何でも政府のいいなりになるわけで、政府にとっては都合がいいのです。賢い人は政府の敵、そんな人は厄介者なのです。

 とは言いながら、日本のように、そういう国では考えられないほどマスコミが発達している国でも、どんな情報でも自由に見られる国であっても、人間というものは言葉巧みに騙されるもののようです。

 ただ、皆、この国の政治家が悪いのだとは言います。それは自由に言えますから。そして、そんな政治家を雇った国民が愚かだと言います。当選してから国費で勉強させてもらって、それを当然と思うような政治家を選んだ国民が悪いのだと。

 そして、日本人はまた責任を、失敗のツケを自分の方に回してしまうのです。つまり、堂々巡り。これはこれで、誰も責任を取らないのです。日本人は人を責めているうちに、結局はいつも、「自分も悪い、その人だけではなく自分も悪いのだ」となってしまうのです。

 だから言われている人も、それを感じ取って、直ぐに「そう、私が悪い」と言います。そう言われてしまうと、「100%、その人が悪いわけじゃない」と責めていた人も、そういう気持ちになって、今度は自分を責め始めます。本当は責められなくても、責められるようなことを言ったり、したりした人が、自分から「私が悪かった」と、潔く言い、責任を取ればいいことなのでしょう。けれども、いつもうやむやにされてしまうのです。侍の世には「潔さ」が、何よりも尊いものだったのに。

 いったいどうしたらいいのでしょうね。侍の世に戻せとは言いませんけれども、日露戦争後に失ったものがあまりに多かったので、失ったものにも、またその価値にも、まだまだ気づけないでいるのかもしれません。それは政治家を選ぶ人にも、また政治を志す人にも、おそらくはとても必要なものなのでしょうに。皆が自分の与えられた仕事を、また選んだ仕事をきちんとやっていく、そして初めて国という大きな組織の歯車は正常に回り始めるのでしょうに。

 この「きちんと」というのが、今、私たちが思っている「きちんと」と、日露戦争前の侍達や一般庶民が思っていた「きちんと」とは、全く別物のような気がしてならないのです。

 だから、どうすればいいのかというのは、自分の中でもまだ分からないでいるのですが。

日々是好日
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「日本語の文字には、『ひらがな』だけでなく、『カタカナ』もある、『漢字』もある。…ああ」。

2013-01-24 11:27:14 | 日本語の授業
 曇り。昨夜か早朝、雨が降っていたようです。

 さて、昨日は、「朝日新聞社」へ見学へ行った「卒業生組」と、残ってテストを受けた、「あと一年間組」とに分かれました。

 「卒業生組」は、早くからの電話攻撃が功を奏したのか、きちんと早くに揃い、予定時間よりも早く出発することが出来たそうです。そうか、いつもよりも15分早めに電話をかけて起こせばよいのかと、いい勉強になりました。

 ほとんどの学生が寮暮らしなので、一人を起こせば他の三人か、あるいは、二人かの行動が知れるのです。然るに、中には、起きて電話に出たくせに、彼だけが来ていないという部屋もあったそうですから、それを以てよしとしてはならないのでしょうが。

 ところで、昨日の残留組のテストのことです。

 旧「三級」テストと馬鹿にする事勿れ。「N4」までの漢字が身についていない学生には、やはり難しいのです。話すことも出来るし、聞き取ることも出来る。しかし、テストはいつも悲惨な状態というのは、つまり、そういうことなのでしょう。

 そういう学生は、「先生、分からない。どうしてテストができないの」と言います。けれども私たちには、おそらく彼以外には、明々白々のことなのです。手を動かせばいいのです。手で書けばいいのです。そして覚えようと努力すればいいのです。一日に一つでも二つでもいいのですから。

 漢字は書けば覚えられます。「(漢字は)頭で覚えるのではない、手で覚えるのだ」と、よく言われます。日本では(特に職人さんに対する畏敬の念の強いところですから)、それを以て、すべてを推し量ろうとする向きもあるくらいなのです。

 「仕事は足で稼げ」とかいう言葉も、同じような意味合いで使われるのでしょう。どこかしら、愚直さを愛しているのです、日本人は。要領が良すぎる人を厭い、不器用でも懸命にやる人を愛する傾向が強いのです。頭が良いだけの軽薄な人間よりも、不器用であっても生真面目に何事にも取り組む人間を尊ぶと言ったら、言いすぎでしょうか。

 キラキラしく、目立つ人はメッキが剥げるのも速いのです。「毎日コツコツと漢字の練習をして、今日一つ覚えられたとか、明日は二つ覚えようとしている人」を、愚かしいと思う人や、「(漢字なんて覚えても覚えても、コツを掴むまでは、直ぐに忘れてしまうものですから)せっかく覚えた漢字を何度も忘れ、それでもまた繰り返して書いている人」を、馬鹿らしいことをする馬鹿な奴だと横目に見て、とにかく楽をして儲けようとする人を、嫌がるのです。

 とはいえ、書いて書いて書いて覚えていこうとしていけば、いつの間にか、それほど労せずとも覚えられるようになることも事実です。

 私はこんなフィリピン人の学生を見たことがあります。最初は他の学生達と同じように、一生懸命書いていました。しかし、そのうちに、鉛筆で三四回書いた後は、時々、宙で手を動かすだけで覚えられるようになったようでした。確かにテストをしてみると書けるのです。

 彼の場合は早くに漢字の仕組みが理解できたのでしょう。こうなると、漢字を覚えるといっても、外国人が覚えるように覚えるというのではなく、日本人の中学生や高校生が覚えるのと同じようにやればいいだけになっていました。彼が他の外国人学生と同じように何度も書かなくても、私たちも放っておけたのです。だって問題ないのですから。

 けれども、やはり、そうなるまでには、よく書いていました。理系だったからかもしれません、漢字の「部品」を理解しようとしていましたし、覚え方も彼なりのものだったのですから。自分なりの覚え方を早くに掴めたのでしょう。

 ただ、それができない学生は(ほとんどの学生がそうです。日本人だって手で書いて必死に覚えるのです)、手を働かせて覚えていくしかありません。漢字なんていうものは、「一度覚えればそれで終わり。もう忘れない」などというものではなく、最初の頃は二日書かないと、きれいさっぱりと忘れてしまうようなものなのです(毎日漢字だけ書いている中国人とは違います。ひらがなやカタカナと同時進行の形で書き分けていかなければならないのです)。だから、とにかく書く。書いて書いて書きまくる。頭で考えながら書いてもいいし、それができない人は手に考えさせながら書けばいいのです。

 つまり、「書いた者勝ち」ということです。漢字が覚えられることに頭の善し悪しはそれほど関係ありません。愚直に努力することが出来るかどうかだけが関係しているような気がします、多くの「非漢字圏」の学生にとって。

 勿論、こういう中にも漢字に興味を持ち、ゲームをするような感覚で覚えていける人もいます。(漢字が)好きで堪らないという人もいないわけではありませんから。

 ただ、日本語(の文字)には、漢字だけではなく、ひらがなもカタカナも(そして時にはヘボン式のローマ字まで)あります。ローマ字はともかく、三種の文字を駆使するということは多分、誰にとっても(日本人にとっても)、それほど簡単なことではありますまい。

 多くの留学生は、ひらがなを覚えて、ホッとし、カタカナを習って、ため息をつき、漢字に入ってバンザイ(お手上げ)をしてしまうのが実情なのです。

日々是好日
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「日本語学校は、小さくとも日本。たとえ住人は外国人でも、日本の習慣で動いていくところ」

2013-01-23 09:50:52 | 日本語の授業
 晴れ。きれいな朝焼けを見ました。

 今日、卒業生クラスは、「朝日新聞社」へ見学に出かけます。昨日、聞いてみたところ、皆、参加とのこと。昨日お休みだった学生は一名だけでしたし、彼女にはメールで連絡したそうですから、多分、大丈夫でしょう。とはいえ、皆、定刻に集まれるでしょうか。もっとも、彼らに電話をして、「覚えていますか」とするのは、留守番の私の仕事なのですが。

 そうこうしているうちに、午前中の「Dクラス」の学生達がやってきました。この中には、何名か、午後のクラスに移った方がいいと思われる人達がいるのですが、アルバイトの都合でしょう、なかなか「うん」と言いません。彼らにとって、日本での生活が大変なことが分かるだけに、ごり押しも出来ず、少し、やるせないですね。

 昨日、午後の「Fクラス(一月生)」で、二月に見学予定の「スカイツリー」の話をし、チケット代の1800円のことを、再度確認したところ、途端に「お金ない」と叫び出すベトナム人学生がいて、ちょっと驚きました。

 彼ら二人には、日本に親族がいて、日本のことはすでにいろいろと耳に入っているはずです。それでも来たいということで来ているのですから、いまさら、何をか言わんや。来てまだ一ヶ月も経っていないのに(うちの一人は十日も経っていません。つまり日本語力は、基礎の基礎の基礎レベルです)、学校行事に対して喚き出すのですから、先が思いやられます。

 この学校では、教室内での日本語などの勉強の他に、課外活動として、年中行事を取り入れたり、東京都内や他所の名所旧跡などの見学も積極的に行っています。それには、交通費は勿論、たとえば、鎌倉へ行けば、神社や寺院を見学するための拝観料が必要になることもあるのです。それも、特にベトナムからの学生達には、ベトナムの方でしっかりとその旨を告げているはずなのに、これからも、その一つ一つに騒ぎを起こされては、私たちだけでなく、他の学生達も迷惑します。

 騒げば、それでどうにかなるとでも思っているのでしょうか(彼らの国ではそうなのかもしれませんね。私は中国でも、騒いだり、大声を出したりする人間が「勝っている」のをよく見ました。普通の人は、そういう人達と話したくないので、避けてしまうのです。それを、そういう人達は「自分の思い通りに出来た。勝った」と思っているようでしたが、本当は、「馬鹿」にされていたのです)。もしかしたら、ベトナムも中国と同じなのかもしれません。

 「日本での暮らしにはお金が必要になるということは、来日前からわかっていたはずだ。それが分かった上で、来たのだろう」ときつくたしなめれば、多分、私の語気のきつさに驚いたのでしょう。ピタリと黙ってしまいましたが。

 向こうに道理があったり、同情の余地があったりしたならば、私たちも彼らの言い分に理解を示したり、譲ることもあるでしょうが、しかしながら、大声で喚かれたからといって、決して、むやみやたらと、彼らに、譲歩するようなことはありません。

 日本での暮らしは、お金だけが大変なのではないのです。喚けば「道理が引っ込む」…のが普通と、彼らに思い込ませてしまえば、それこそ、この地で生まれ、この地で育ち、日本人のルールの中で平和に生きてきた私たちが困ることになるのです。それは、ひいては、混乱にも通じるのです。なぜなら、「日本も、彼らの社会と同じで、大声で喚くが勝ち」と思い込ませ、「何をするにしても、他者に道理を持って説明し、分かってもらうという手段を用いることなしにしても構わない」と誤解させてしまうことにも繋がるからです。

 「高校を出たばかりとか、大学を出たばかり」の人と、「年長けていたり、一度自分の国で働いた経験のある」人とは、こういうところが違うようです。後者は、何をするにしても、「自分たちの国では、こうやっていた」という考え方から抜けきれませんから、日本でもそうやろうとします(残念なことに、その多くは、「喚く」というのにまとめられてしまうのですが)。その度に、こちらも、厳しくしたり、時には無視したりして、対抗していかねばなりません。

 何と言いましても、ベトナム人が少数ならばいいのですが(また、あんなことやっていると他の国から来た学生が白い目で見れば、彼らも自分たちの習慣が「変だ」くらいは分かるでしょうから)、多いですからね。変だと思ったら、モグラ叩きならぬ、バンバンと潰していかなければ、学校が、日本人から見たら「おかしな」世界になってしまいます。

日々是好日
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「雪ではなかった…ホッ」。

2013-01-22 09:13:52 | 日本語の授業
 秋ではないのに、霧雨としか呼べないような雨が降っています。傘をささずとも大したことはなさそうですが、それでもそのまま自転車に乗って濡れながら、学校へ着いてみれば、コートはずっしりと重くなっています。

 都会では、雨になってよかったと思っている人が大部分ではないでしょうか。先日の雪では、けが人が続出し、交通機関も乱れていたことですし。

 今朝、起きてみると、なかなか解けてくれなかったベランダの雪が、半分以上も解かされていました。まったく、この雨のおかげです。あのまま凍り付いたらどうしょうと思っていたのです。

 さて、学校です。

 「一月生」は、今日で「発音・文字」も終わり、これからは応用に入ります。教科書の内容も五課ほどが終わったところで、基礎編の基礎は終わりになります。

 この「発音・文字」を学んでいる時に、休まず、きっちりと出来ていた人は、これから、少しずつ面白くなるはずです。毎日、聞き取れる言葉、使えるようになった文が増えていくわけですから。

 その反対に、「ひらがな」も読めず、「カタカナ」も書けないままである人は、それが出来て鉛筆を走らせている人を横目に、ため息をつかなければならなくなるわけで、ちょっとやるせなくなるかもしれません。

 ところで、「Eクラス(去年の四月生、一月生、十月生の混合クラス)」で、また「N5」の漢字テストをしてもらいました。

 やはり、「80点以上とっていなければ、『N5(旧4級)』の漢字ができるということにはならない」ということだけは、分かっておいてもらわなくては、これから「中級」に入った時に、大変です。もっとも、それが分かっているようであったら、「N5」の漢字くらいは書けるようになっているのでしょうが。

日々是好日
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「ベトナムから来た学生、スリランカから来た学生」。

2013-01-21 11:52:31 | 日本語の授業
 曇り。

 夜遅く、雪が降るかもしれないと出ていました。先週のような大雪(?)にはならないそうですが、先週の雪もまだ解けきっていないのに、また雪かと、おかしなもので二度目になると、もう雪に対する感動は薄れています。何事も「お初」ばかりが尊ばれということなのでしょう。

 さて、学校です。

 我が校に来るベトナム人学生は、そのほとんどが、哀しいほど日本語の勉強をしてきていないのです。「こんな状態で日本にやっても大丈夫だと思っているのかなあ」と、少々、怪しむような気持ちにもなっているのですが、もう、私たちの方でも、そこからやって来るベトナム人学生は、日本語ができないものと決めてかかっているような気がします。

 これは、ベトナムにある、他の日本語学校の学生を見て、(日本語が)できるのに驚いたということも関係しているのですが。もしかしたら、ベトナムからは、ただ一つの機関からしか、入れていないので、比較が出来ないことにより、来日した学生達も、のんびりと、「私たち(ベトナム人)はできないのよ」で、すんでいるのかもしれません。

 大半が、今の「居心地のいい」環境に満足しているのでしょう。本当はそれでは困るのですが。それに他国から来た学生達も、ベトナム人学生が日本語ができなくてもあまり不思議に思わなくなっています。却って出来たりすると、「えっ?あなたはベトナム人なのに、日本語が上手ね」なんて言う人までいるくらいですから。

 もっとも、一人だけ、そう言われるのが嫌そうなベトナム人学生がいることはいるのですが。彼の場合は、ベトナムで、キチンと勉強する習慣だけはあるようで、またそうでなくては大学を卒業できないのでしょうが。

 普通ですと、日本語が出来なければ、勉強もおいていかれますから(他の国から来た人は出来るので、ベトナムクラスなるものを作らなければならなくなってしまいます)、自分たちでも自分たちがそれほどに勉強することに長けていないということがわかるはずです。が、あまりそういうを抱いているようには見えません。それどころか、そちらの方がいい、居心地がいいと思っているようなのです(先生が親切に教えざるを得ないということもあるようですが)。

 とはいえ、「中級」が進んでいけば、次は(どうしても漢字を覚えようとしない)スリランカ人学生がポロポロと落ちていくことになるでしょう。「初級」の間は、耳だけに頼って、どうにか受け答えが出来ていても、「中級」では、それをやるのが、かなり難しくなってきます。読んだり、聞いたりするのが、「文」から「文章」へと移っていくからです。それに、「読解」だけではなく、「ヒアリング」の中にも、文法的な要素がかなり入ってきていますから、倦まず弛まず、勉強していなければ、手に負えなくなってきます。

 「書くしかない」と、早く覚悟を決めた者が勝つというのは思うのですが、それが出来ないというのも、もしかしたら、限界なのかもしれません。それに、スリランカの学生の場合、ヒアリングだけは、直ぐに上手になるので、それが邪魔して、コツコツとやることが馬鹿らしくなってしまうのかもしれませんが。もっとも、このような彼らを「標的」にして、覚えさせるべく、策を練っているところなのですが。

日々是好日
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「最後に来た『一月生』」。

2013-01-18 08:43:34 | 日本語の授業
 晴れ。

 北風はまだ吹いていません(昨夜は吹くと聞いていたのですが)。穏やかな朝です。しかしながら、まだまだ雪は残っています。人が歩かないところ、あるいは車が走らない道の端などには、人を寄せ付けないかのように塊で残っています。来週にもまた降るかもしれないとの予報。今年も暖冬…のはずじゃなかったのか知らんなどと考えてしまいますが、温暖化が進み北極海の氷が溶けてくれば、冷風がうねりながら日本を襲う…。いやなんともはや、風が吹けば桶屋が儲かるどころの騒ぎではありません。

 さて、学校です。
 最後に入国したベトナム人学生が一昨日、昨日と学校で勉強を始めています。わずか十日足らずにしかすぎないのに、この、最初の一歩に遅れたというのは大きいようです。国できちんとやってきていれば、まあ、後はヒアリングだけ、みたいな気分にもなれるのでしょうが、ひらがなを読むところで躓いていれば、それは追いつくのに時間がかかることでしょう。最初に来ていた学生には、こちらが既にガツンと言わせていますから、あやふやな気分でいた学生も、こりゃあ、おいてかれると(相対的な部分で)頑張りはじめていることですし。

 何と言いましても、日本に対して思い入れがあるとか、何でもいいから勉強したいとか言う学生がこういう日本語学校へ来るというのを、こちら側もあまり期待してはならないのです。

 勉強する習慣がついている学生がいれば、それこそ、めっけ物。大切に育てていくだけなのですが、そういう学生は本当に少ないのです。それにひきかえ、勉強する習慣があまりついていない学生は、彼らの国ではそれでも何とかなっていたものですから、勉強しなさいと言われることがよくわからないのです。「毎日学校に来ているのに、何が問題なの」という表情で私たちを見るのです。学校に来ても、直ぐ飽きてしまって、ぼんやりしてしまったり、ペチャクチャ話し始めたり(但し、アルバイトでは頼りにされていたりしていますから、学校での勉強と生活力とは必ずしも正比例するものではありませんし、私たちもそれはよくわかっているのですが)。

 ただ、日本語の勉強という一点から見ますと、それではどうにもなりませんから(当たり前のことなのですが、なぜか、そういうことさえ、理解できないという学生が少なくないのです。こちらから見れば、どんなところでお山の大将がやってこられていたのだろうと怪しむだけなのですが)。

 卒業するまでに、教えておかなければならないことは、文法だの漢字だのだけではないのです。その人が、もし、日本の大学に入って勉強したいと言うのであれば、また直接日本の企業で働きたいというのであれば。

 最近は、例えば中国人であれば、留学生が、日本語学校卒業後、中国人が経営している会社で働くということも少なくはありません。経営者も帰化している場合もあれば、そうでない場合もあるようです。ただその人が、日本で教育を受けていなければ(いくら日本人を名乗っていても)、中国でのそのままのやり方でやっているでしょうから、別に、日本人が持っていなければならないような知識がなくても構わないのでしょう。が、もし、日本企業で働きたいと思っていたり、日本の、ある程度レベルの高い大学に入りたいと思っていたりする場合、ある程度の知識は必要になってきます。

 特に、世界史や時事問題に対する知識が欠けている学生が多いというのが、第三世界から来た人達に対する私たちの感触なので、わかるわからないはともかく、一応、下地くらいはつけておいてやりたいのです、卒業する前に。

 学生の中には誤解している人達も少なくないのですが、「N1」に合格するというのは「あがり」ではないのです。これでやっと普通の本を、辞書を使いながら、少しずつ読むことが出来るようになった、くらいのレベルでしかないのです。

 日本語学校にいるときに、「N1」くらいのレベルに早くなってくれていれば、それだけ早く、多く、「日本の小説」やら、「時事問題」やら、「映画」やらを、学べるのですが、「非漢字圏」の学生達には、なかなかそれは望めません。「N2」レベルくらいで、(その中から)少しずつ彼等に理解できるものを与えていくという場合もあるのです。特に卒業する前の二、三ヶ月には。

日々是好日
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「あの雪は、モンゴル国の雪と違う」。

2013-01-17 08:45:47 | 日本語の授業
 晴れ。まだ寒さは続いています。とはいえ、雪掻きもなされ、人や車が通りなどして、人が通るには、それほど困ることはなくなりました。

 雪が積もるなどということが、ここ数年なかったものですから、また、あったとしても、雪掻きをした経験のない人が大多数でしょうから、北国の人達のように、雪が降ったとみれば翌朝は早めに起き出し、雪掻きをしてから出勤するという習慣もなく、解けていない雪を見て大慌てで、昼過ぎにスコップを取り出すというような家がほとんどだったようです。店や会社の前では、それこそ出勤するや否や皆で大慌てで雪を掻き出してしまっていたでしょうが(何と言っても客商売ですから、お客さんがけがをしたら大変です)。この学校でも二人の教員がスコップや箒で必死に雪掻きをしてくれました。その時、ついでに奥のお年寄り夫婦の入り口まで雪掻きをしてくれていたようで、終わってから奥さんから、お礼にと、蜜柑の差し入れがありました。

 さて、学校です。今日は久しぶりに自転車で参りました。この学校の学生達は北国出身と南国出身とに、はっきり分かれているので、南の学生達は雪を見て大喜びするのは当然としても、きっと北の学生達は澄ましているだろうと思って聞いてみたら、「モンゴル国ではこんな雪は降らない」とおかしな感動をしていました。

 そういえば、水気を多く含んだ、猫がじゃれて喜びいそうな、大きな雪の一片一片でした。向こうはどんな雪なのでしょうかしら。パウダーのようなものなのかもしれませんね。ただモンゴル国は、砂漠が広がっているとか、草原がどこまでも広がっているとか、生き物がいない荒れ地であろうとか、私たちが考えているのとは、かなり違った様子のようです。

 いつか、カナダの自然を紹介した番組を見せた時に、「いる、いる。モンゴルにもこの動物がいる。あれ、あの動物もいる」と、まるでこれはモンゴルの自然の紹介ではないのかといった反応を見せていましたから。まだまだ大地は人間だけのためにあるのではなく、そこに太古から暮らしてきた生き物すべてのために存在しているのかもしれません。

 そんなことを考えていると、ベトナムから来た学生が、「タウンワーク」を持ってやって来ました。なんでも、最近はアルバイトが少なくなって困っているのだそうです。冬休みは大いに働いていることであろうと思っていたのに、豈図らんや、不況は彼らのところまできているようです。

 とはいえ、日本語が、聞いてわかる、見てわかる、しかも話せるといった学生の所には、しっかりとアルバイトの口があるのですから、結局は日本語のレベルの問題なのでしょう。

 行徳近辺のアルバイト先に印をつけ、電話で聞いてみるように言って帰しましたが、日本語が不自由だと、なかなか見つからないというのも、ある意味では、当然のことなのです。

日々是好日
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「雪が降ってから、二日目の朝」

2013-01-16 18:06:26 | 日本語の授業
 今朝の千葉県の最低気温は0度、最高気温は6度と、予報が出ていました。行徳は東京寄りで、しかも海に近いということもあり、これよりも1度か2度高いのでしょうが、それでも寒い。一昨日の雪はまだ解けていません。この半分凍った雪が解けるのには、四日ほどはかかるであろうとテレビの天気予報のおじさんが言っていました。それまでは注意しながら歩くとしましょう。

 きっと今日もバスが混み、地下鉄が混みしていることでしょう。道路情報によると、いろいろな所で「雪のため、云々」と出ていましたから、車は却って不便なのです。自転車も、今朝は出会ったのが一人か二人くらいでしたし。。

 昨日は入学式だったのですが、私はお休みさせてもらって、足の治療に埼玉県まで行ってきました。地下鉄もJRと繋がっているところや、地上に出ている部分で不都合があったらしく、遅延状態。いつもよりも二、三十分ほど長くかかってしまいました。しかも、彼の地の雪は行徳と違って根性がありますから、降りてからが一苦労でした。雪の嵩が高いだけでなく、固いのです。車などが走っているところでは少しはマシなのですが、歩道は大変。高さがあるのです。

 本当に行徳とは違います、ほんの少ししか離れていないのに(まあ、少しでもないか…。)行徳でも、すでに氷になっていたところは、確かにあったのですが、それでも捜せばシャーベット状のところが見つかりました。

 ところで、昨日も、これから、専門学校に学費を払いに行くという学生から電話があったのですが、「雪、大変だったでしょう」と言うと、「雪、きれい、きれい」と、大変ということよりも、まず「街が白一色に染め上げられている」という所に感動してしまって、こちらが予期していたような「困った」という言葉が出てきません。

 登校してきた学生に聞いてみると、アルバイトが休みになった所もあったそうですから、彼女も、もしかしたらそうだったのかもしれません。そうでなければ、「きれい」しか出てこないはずがありませんもの。

 そんなことを思っているうちに、ふと、最近の北京の空気汚染のことを思い出しました。私がまだ北京にいた時も、そんな話が囁かれてはいたのですが、それでも、これほど騒がれるということはありませんでした。当時でも、東京は空がきれいだったなどと、来日したことがある中国人が驚いていたくらいでしたのに。

 ただ、当時、北京も、雪が降った後は、街が白一色になり、清々しく、きれいに見えたものです。さて、今はどうなのでしょうかしらん。

日々是好日
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「大雪の朝」。

2013-01-15 08:45:55 | 日本語の授業
 昨日の成人式は、あいにくなことに大雪でした。ここでも6,7センチほどは積もったでしょうか。

 晴れ着を着た新成人達には気の毒なことでしたが、「雪、雪、雪。日本は雪が降ると思っていたのに」と恨めしげな顔で天を見つめていた、南国から来た学生達にとっては、あこがれの雪で、しかも、まとまって降ってくれたというわけで、まさに「おおっ!」というところでしたろう。

 今朝は転ばないようにと、用心しいしい、ゆっくりと痛む足を引きずりながら来たのですが、小さい子供さんがいる住宅の入り口や公園などに、子供の背丈ほどもありそうな雪だるまがあちらでもこちらでも、番兵よろしく立たされていました。

 これは、もしかしたらと思い、道路から、ベトナム人学生達の寮を覗き込んでみると、同じように入り口の所に、少し溶けかかった雪だるまが立っています。

 アルバイトから戻って来てから、あるいはアルバイトに行く前に、皆で作ったのかもしれません。ただ目鼻はなく、ただの大きな○○だけだったのですが。

 昨日の雪は、水分を多く含み、最初の頃は、ふわっとした感じでしたから、あれを綿雪と言うのでしょうか、それでも牡丹雪というのでしょうか。もっとも、それは最初のうちだけでした。始めのうちは、屋根にも積もり、道にも積もり、白一色になった街を楽しんで見ていたのですが、そのうちに、この雪は、なかなか止みそうにないということが感じられてきました。そして午後からは風も強くなり、雪は風に吹き飛ばされ、地面と平行して降ってでもいるかのようでしたから、もう、こうなると、吹雪です。

 大雪を想定していない街に住んでいる都会の人間は悲惨なものです。雪国の人達は数㍍の積雪の中でも闊歩しているというのに、こちらは、数㌢の雪に、恐れをなしてズリズリと歩き、それでも、コロリンと転んでしまいます。

 雪が積もると、街の景色が変わってしまい、道を間違えてあらぬ方へ行ってしまったと、一人、教員がやって来ました。そして、あっという間に、階段に水をかけ、ほうきを持ち出し、学生達が滑らぬように氷を払いのけてくれます。そしてまた一人、「早めに出たのに、バスに乗れずに遅れた」とやってきて、今度は道の雪を掻き出してくれています。

 とはいえ、今日、学生達は定時に来られるでしょうか。皆、学校の近くに住んでいるから、来ようと思えば来られるはずなのですが、寒いとなにやかやと理由を見つけて、休んでしまおうとか、遅れてしまおうとかいう輩もなきにしもあらず。さて、どうなることですかしらん。

 日々是好日
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「漢字を覚えるには…書いて、書いて、書いて…しかありません」。

2013-01-11 08:45:10 | 日本語の授業
 晴れ。

 時々、卒業生がフラリと訪ねてきてくれます。二、三日前にも、スリランカ人卒業生が一人、恋人と一緒にやって来ました。彼はアメリカでご家族と生活しているのだそうですが、恋人のいる日本を懐かしんで休みを取ってやって来たと見えます。

 私たちの顔を見るなり、写真が欲しいと言います。お父さんに見せるのだと言うのです。ふむふむ、「確かにこの学校にいたのだ。そして、日本語を勉強していたのだ」ということを知らしめたいのでしょう。ということで、一緒に写真を撮りました。ただ残念なことに、主になって彼等の面倒をみていた男性教員は故郷に戻ってしまって、ここにはいません。ちょっと気の毒でした。

 写真を撮ると、「実は、明日にはもうアメリカへ戻らなければならない。仕事が待っているから」と言います。まったく慌ただしい限りでした。けれども、そういう慌ただしさの中で、顔だけでも見せに来てくれた(本当は写真を撮るためだったのでしょうが)のは、ありがたいことでした。卒業生達が元気に生活しているのを知ることは私たちにとって、とてもうれしいことなのです。特にスリランカ人学生は、一時期交通事故を起こしたりと大変なことが続いていましたから。

 それから、また一人。これは卒業生ではありませんが、友人(この学校のスリランカ人卒業生です)に聞いたからと、ドイツ企業に勤めているスリランカ人男性がやってきました。甥御さんをこの学校に入れたいと言うのです。甥御さんというのは、昨年の四月に来日し、今、ある日本語学校で勉強しているそうで、ただ漢字はほとんど書けないし、その学校は一年で終わりであって、これではどこも受験出来ないというのです。話したり聞いたりは当たり前に出来るそうなのですが…。

 スリランカ人は、普通、余程のことがない限り、「聞く・話す」は学校に行かなくても直ぐに出来るようになります。問題は漢字なのです。それが全然出来ないというのは…と言葉を濁していたのですが…、うちの学校にもいるのですよねえ。いくら漢字の勉強をしろと言っても、抵抗して、やろうとしないのが…しかも、三人も。勿論、皆、スリランカ人です。

 この三人は、非常に気分のいい人達なのですが、話が「漢字」になった途端、逃げ腰になるのです。中の一人はもっとひどく、「カタカナ」で逃げ出してしまいます。「いえいえ、先生」と言いながら、ズリズリ、ズリズリと後ずさりを始めるのです。

 とはいえ、日本で大学に入り、日本で、きちんとした企業に勤めることが出来た、非漢字圏の学生というのは、まず、みんな漢字は必死になって覚えていました。このスリランカ人男性も、「漢字はとにかく書いた。書くしかなかったから」と言います。みんな、やはり書いて覚えているんですよ。三人さん。

日々是好日
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「穏やかな冬の朝」。

2013-01-10 08:52:34 | 日本語の授業
 穏やかな冬の朝です。

 気温はかなり下がっているはずなのに、あまり寒さを感じないのは、きっと、風がなく、その上、陽が出ているからなのでしょう(天気予報によると、今日の最高気温は7度、最低気温は2度だそうです)。

 さて、学校です。

 卒業生クラスでは、半数ほどが眠たげな様子でやって来ています。授業中、眠たげであっても、学校に定刻にやって来ているというところに、やはり頑張っているんだということを感じてしまいます。甘いのかもしれませんが、多分、毎日会って話をしているから、彼等の気持ちに即した感想を抱けるのでしょう。寒いからとか、眠いから、あるいはアルバイトで疲れているからとかいった理由で、学校をサボっている学生には、私たちとしてもこういう感情は抱けないのですが。

 留学生という資格で来日している人達は(もちろん、いろいろな目的はあるでしょうが)、できれば大学に行きたいと言います。

 それが、経済的な理由から、あるいは学力がそこまで到らないからとかいった理由で、この日本語学校での、一年半から二年の間では、希望通りに大学へいくことができない。それなら、卒業後は、まず専門学校に入り、それから二年後ないし、三年後に、大学受験を考えるという学生も、ベトナム人の間では当たり前のようです。

 私たちとしては、できれば、この学校にいる間に、受けるのなら一度は大学受験をしてもらいたい。だめだったらその時に考えればいいではないかと、思うのですが、彼等の事情はそれを許さないようです。日本人的な考えでは、大変な日本での生活に、これから二年後、三年後まで、頑張れるかなという気もしないではないのですが、実際に、頑張って大学に入った学生もいることですから、それがどうだとも言えないのです。何もこの学校にいる間に成果を出さなくても、いいのではないかという気持ちになったりもするのです。

 ただ、同じ専門学校と言いましても、大学受験を考えてくれているところと、そうではないところがありますから、大学受験を視野に入れている学生には、それなりに進路を考えてやらなくてはなりません。昨日もそれで、進路指導の教員が学生に注意していたのですが、学生というのは、どうしても友達がいるからとかいった理由で進路を決めがちで、教員の気持ちがなかなか通じず、ため息をついていました。本当にこの期は大変です。

日々是好日
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