日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「沈丁花のつぼみ…かなり膨らんできました。早く咲かないかなあ」

2015-02-27 08:34:18 | 日本語学校
 晴れ。

 今日はきれいな青空が広がっています。

 夜は白々と明け、そして少しオレンジ色に染まっていきました。ここ数日、曇り空か雨模様の空が続きましたので、なぜか、心も晴れやかになっています。やはりお天気がいいのが一番ですね。

 学校の「白梅」は、もはや盛りを過ぎたかのよう。下の地面には、一輪、二輪と落花の姿が…。そして、「ジンチョウゲ(沈丁花)」の蕾がいよいよ膨らみを増してきています。

 ちょっと郊外に出ると、春の花が、(まだ少し寒いので、遠慮がちにではありますが)出迎えてくれるのですが、このあたりでは、それも望み薄。せいぜい「ガーデニング」を楽しむ人たちの、園芸用の「花」を見て、春を知るくらいのことしかできません。

 時折、『野草図鑑』とか『樹木図鑑』などを見て、「ああ、これも見た、あれも見たことがある」と、思い出に浸ることもあるのですが、やはり、それではちょっと悲しいですね。なんといっても、一番いいのは、自分で彼の地に行くか、暮らすかして、季節を知ることでしょう…けれども、まだちょっと無理かな。

 さて、学校です。

 学校は、今、恐ろしく忙しい。

 これも、まだ行き先の見えていない人がいることが、大きな理由の一つなのですが、そうでなくとも、この頃は、「ひな祭り」やら、「卒業式」が控えていることもあって大、忙しなのです。というわけで、担当教員が、「ひな祭り」の準備をしながら、専門学校や短大などに連絡をいれています。

 そして、昨日、今年の四月生の発表がありました。

 この学校の卒業生、あるいは、在校生が申し込んできた学生も数人含まれているのですが、あわせて20名。昨年の学生達と合わせ、定員ぎりぎりの数です。七月生は既に予約のある人(四月に間に合わなかったとか、昨年から約束のあった人)、数人で終わり。電話で問い合わせがあっても、だれも入れることができません。

 そういえば、最近、「数名紹介したいんだけれども」という問い合わせはあっても、おかしな日本人から「100名くらいいるんですよね。紹介してあげたいけれども」という上から目線の電話はかかってこなくなりました。

 この学校は、頭数は…などということは考えていません。「教える」と決めれば、よほどのことがない限り、相手を理解しようとかかっていきますから、すぐに相手が「顔の見える存在」となるのです。もう、感情移入がかなり入ってしまいますから、どうにもなりません。勉強したくない、するつもりのない人たちとは、接点が見つからず、こちらとしても対処に困るので、「何人でも紹介してあげるよ」というのは、実際のところ、願い下げなのです。

 そこのところをわかってくれないかなあ…。

日々是好日
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今日も暖かい一日でした。

2015-02-25 18:32:31 | 日本語学校
 雲が重く垂れている、どんよりとした朝です。

 けれども、予報によると、雨は降らないとか。とはいえ、いつ降り出してもおかしくないようなお天気です。

 気温は、8度から12度くらい。昨日より少し低めです。ただ、朝、起きるのがずいぶん楽になりました。学生たちはどうかしらん。アルバイトの帰りが遅ければ、寒かろうが暖かろうが、関係ないでしょうね。眠いだけでしょうし。

 予報官が、今日一日、日差しはあっても木漏れ日程度、やはり冬のコートを着た方がいいでしょう…と、それで、私も冬のコートを着てきました。

 それにつけても、気になるのは「花粉状況」。一昨日から少しずつ増え始めているようで、昨日、帰宅して洗濯物を取り込んだと思ったら、もうクシャミ虫の連打を浴びてしまいました。クシャミが止まらないのです。きっと洗濯物に花粉がついていたのでしょう。うっかりして、はたくのを忘れていました。きっとそのせいです。

 学生の中にも、来日後、早くも花粉症に悩まされる人がいて、驚かされます。彼らの国には日本のように花粉を飛ばす杉があったっけなんて考えてしまいましたけれども、確かに、あれは花粉によるクシャミのよう。思わず、花粉症には、杉だけではなくて檜のもあるし、ブタクサや他の草による物もあるから、注意してねと言ってしまいました。彼ら、きょとんとしていましたけれども。

 さて、学校です。

 中国人が多かったころは、中国と日本の違いばかりに目が行っていましたが、それが東南アジアの人たちが来るようになると、中国と日本の共通点の方に目が行くようになってしまいます。比べると、違いはあっても、勉強に対する態度とか考え方などに共通点が多いのです。

 そして、その後、南アジアの人たちが増えてくると、今度は、東アジア、東南アジアの、(日本の)文化や習慣を共にする部分に感じ入るようになってくる…今は、そうなっています。

 やはり、地理的な近さというのは、無視できませんね。

 中国人とスリランカ人とが、同じくらいの人数で、ある程度いた場合。スリランカ人はヒアリングがいいので、「話す・聞く」はすぐできるようになるのですが、中国人は日本人と同じくらいこれが弱い。ところが、漢字が入ってきますと、それまで、「ふん、楽勝」と高をくくっていたスリランカ人が「できない、覚えられない」とさじを投げかけ、中国人の方が「ルンルン」になるのです。つまり、このとき、それまで、「こんなことも聞き取れないのか、愚かな奴らだ」と見下げていた中国人たちに一目置かざるを得なくなってくるのです。

 ただ、中国人の方は、文章の読み取りが難しいのが分かりますから、スリランカ人のようにすぐに御山の大将になるということはないのです。もちろん、どの国にもそれが分からない人たちはいますが。

 それで、ある程度のバランスはとれていたのですが、今は、中国人の代わりにベトナム人が多いのです。ベトナム人は「話す・聞く」は中国人よりももっと苦手で、その上、漢字にも苦労してしまいますから、大変です。

 ベトナムではフランスが来る前に使っていた漢字を、今は、聞くところによりますと、学校教育でも教えていないとのこと。それでは、漢字で書かれているはずの古文書をだれが読むのだ。自国の歴史は人伝でなければ知り得ないのかと不安になりそうなものですが、それがないところがすごい。もっとも、これは、政府が自分に都合の悪い歴史を書き換えたり、人民に知らしめないようにしたりしている国もあることですから、彼らだけがそうだというわけではないのですが(日本では政府がそう思ったとしても無理です。情報はよい物も悪い物も怒濤のように押し寄せてきます。選択するのは個人の問題ということになってしまいます。知らないというのは、あるのにその本を見ようとしなかっただけということ。知る権利も与えられていない国の人たちとは違います)。

 ただ、相対的に、去年の四月からの学生たちは、スリランカ人にせよ、ベトナム人にせよ、またフィリピンやタイ人によせ、コツコツ型が多く、ちょっと救われています。「聞く・話す」は時間が解決してくれるので、どうにかなるところが多いのですが、「漢字」だけは、覚えなければ、10年日本にいようが、20年日本にいようができず、結局は本が読めずに終わってしまうのです。

 まあ、どちらにしても、がんばるしかないですね。

日々是好日
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春はいつから?…さあ、もう、春かしらん…。

2015-02-23 09:35:02 | 日本語学校
 雨。今は、やんでいます。

 今日は暖かいと聞いたけれども、まあ、寒くはないけれども四月並みと言うほどではありません。天気予報を見ると13度くらいとか書いてありますし。

 西日本や北陸では、すでに「春一番」が吹いたと言うけれども、生ぬるい例の風はこちらでは吹きませんでしたから、「春になった」という実感はありません。

 とはいえ、来てみると、学校の鉢植えの「白梅」に花が咲いていました。一輪、二輪、三輪…まあ少なくとも花の数は10は超えていましたね。

 やはり、春なのかな。感覚的には、二月の下旬から、四月の中、下旬くらいまで、春のような気がするのですが。困るのは、「日本は、四季がはっきりしていると言いますが、いつからいつまでが春ですが」という問い。

 日本人の間では(おそらくどの国でもそうでしょうが)、「今年の春は遅かったね」という挨拶がよく交わされるほどで、春はいつからと決まっているわけではありません。もちろん、古来から、24節気(これは、中国伝来のもの)に基づいた行事があり、それに則れば、いつからと言えないこともない。けれども、その度に、「春になっても、こんなに寒いのですか」と言われたりするのです。

 季節も生き物…というと、おかしな気がしますが、時間だって意思を持つという考え方だってあるくらいですから、地球が意思を持っていたり、季節が意思を持っていても少しも不思議ではありません。

 けれども、今日の感じからは、「春近し」ですね、やはり。

 ところで、昨日、「東京マラソン」がありました。

 テレビを見ていると、「ランニングポリス」という人たちの様子が映し出されていました。あたりを注意して走りながらも、参加者や応援の人たちに緊張を強いない姿に、なぜかほっとしてしまいました。

 日本は、いわゆるテロ活動からはずいぶん遠く離れていたような気がしていたのですが、それもこういう人たちの活動があったればこそ(ほかにも、たくさんの人たちの支えがあることはもちろんですが)。そのおかげで一般大衆は高枕で眠ることができていたのです。

 安全には、お金がかかります。守ってくれる人も必要ですし、装備も、施設も必要です。ただ、それが私たちには、あまり見えないのです。だから、単純に日本は安全な国だと思ってしまうのです。そうしてくれる人たちがいなければ、どこかの国のように、安心して町を歩くことも、自転車でスーパーへ買い物に行くこともできないでしょう。

 それに、町でよく見かけるお巡りさんも親切です。だから、普通の人には「お巡りさんとは、落とし物を届けたり、落とし物を届け出たりする所にいる人」くらいの認識しかないのです。

 以前、サリン事件があって、日本中が緊張していたときに、ちょうど東京駅をつかったことがあったのですが、日本全国から集められた警察官がウロウロしていました。本当は警備をしていたのでしょうが、そうは見えなかったのです。見ていると、地方から出てきた人に、道を聞かれて、困ってしまって(東京の人ではありませんから、道はわかりません)、その人を、駅員さんの所まで連れて行ってやったり、道を聞かれたおばあさんが重い荷物を抱えていると、その荷物を持ってついて行ってやったりしていました。いろいろなことがあっても、やはり日本のお巡りさんはとても親切であると思いました。

 基本的に、人を泥棒とか、テロリストであるとか思っていないのです。そう思えば、人を捕まえる対象としか見はしないはずです。それに、普通の人だって、もしお巡りさんがそんな鋭い目で、自分たちを見ていると感じたら、落とし物を届けに行ったりはしないでしょう。できるだけ避けて歩こうとするはずです。

 日本人が、いつまでも生ぬるいお湯の中にいるような気分でいられるというのも、お巡りさんや警察の人だけでなく、皆が、自分の仕事をきちんとしようとしているからかもしれません。そんなことを思ってしまいました。

日々是好日
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「雨水」が過ぎると…。

2015-02-20 09:16:45 | 日本語学校
 晴れ。

 昨日も暖かく、そして今日も暖かく…。「雨水」が過ぎると、急に「雪」が遠のいていくような気がしてきます。これからの雪は、もし降ったとしても、もう「忘れ雪」と感じられてしまうことでしょう。

 今日も富士山はくっきりと見えているらしく、朝のニュースでは、都心からくっきりと浮かび上がっている富士山の姿が流されていました。

 変な気がするというと、おかしいのですが、日本語が上達できていない人は、いつまでたっても日本人の気持ちというか、習慣から来る気持ちですね、それが理解できないようなのです。

 この、私たちが言うところの「日本語が上達できない」という言葉には、一見、いかにも上手そうにペラペラ話している人をも含めることがあります。あくまで「生活日本語」のレベルで止まっている人という意味なのです。

 もちろん、日本語がそれほど流暢に話せなくとも、感性の鋭い人は彼我の違いを敏感に嗅ぎとって、話すことができるので、問題はなく、ここでいっているのは、普通の人のことです。

 そういう人に限って、「こうだ、こうだ」と、日本や日本人、または知り合った外国人やその国についての解釈を垂れがちになるのですが、その基軸には、自分の国や民族、宗教の習慣があるのものですから、それに基づいた好悪により、その判断が少々傾いてしまうのです。中には、かなり傾いてしまう人もいます。

 もっとも、これは、日本だけのことではありません。自国の外で生活しているだれしもが、多かれ少なかれ、そういう病にかかってしまうのです(私もそうでした)。「少し離れて見ることさえできれば、多少なりとも、客観的に見ることができそうなものを」と、以前は考えていました。つまり、その彼と我との距離感が、相互理解の邪魔をしていると思っていたのです。

 けれども、それだけでは解決できないことが少なくないのです。

 何年、異国に住んでいようと、お世話になっていようと(当然のことながら、「先住民」がいますから、その人たちとの折り合いをつけねばなりません)、それが、できない人はずっとできないし、できる人は時間がかかろうとも、ついにはできるのです。

 ここで、私が言っているのは二世ではありません。一世のことです。自分で選んでその国に住むことにした人たちのことです。

 日本語学校に毎日来て、しっかりと目を開けて授業を聞いてさえいれば、その間に、文化的な違い、習慣上の違いなどは、自然に意識していけるものです。アルバイトで、「日本語が話せなくて損をした。馬鹿にされた。だから日本はいやだ」とかいうのは含みません。日本語を勉強するという目的で来日しているのですから、半年、一年もたって日本語が全然話せなければ、それは、馬鹿にされるでしょうし、損もすることでしょう。これは他の国であっても同じことです。

 学校で勉強している人は、何せ、土日祝祭日を除けば、毎日嫌になるくらい日本語を浴びせられているわけですから。嫌でも聞き取れるようになってきますし、漢字も少しはわかるようになっています。

 非漢字圏の学生の場合、基礎的な勉強が、半年ないし一年ほどで終わると、「日本人は、こういうとき、こうしますね、どうして?」とか、「こんなことがありました。どうして?」、または「日本人にこうしたい、あるいはこう言いたい、いいかどうか?」など、既習の言葉、その時々の説明の上に則った質問が出せるようになっています。

 それに、課外活動や、ちょっとした茶話会、また伝統行事などの時、彼らの態度や物言いに問題があれば、その都度、教員が「そういう言い方をしてはいけない」とか、「そういうことをしてはいけない」などと注意していきますから、注意深い学生であったら、「あれ?」という意識くらいは持てるはずです。

 ところが、「学校に来ない、来ても学校で寝ている。起きていても、ぼんやりとほかのことを考えている、あるいはとにかく何か叫んで邪魔をする」といった学生は、悪いけれども、母国での考え方、習慣がそのままで異国で押し通そうとしてしまうのです。「日本ではこうだ」が素直に入っていかないのです。

 下手をすると、「自分の国ではこうしていたから、日本でも、こうする」となり、甚だしい場合は、「日本でも」という意識すら抜けている場合があります。

 もとより、こういう学生は本当に少数なのですが。

 そして、この「少数の学生」のうち、彼らの国の人たちからも、「ちょっと相手にされていないし、相手にしたくない」人も、彼らの国から送り込まれている場合があるのです。多分、向こうの学校では、「これくらいなら問題はないだろう」という意識なのかもしれませんが。

 その時は、「へええ、そうか。日本人が不快感をいだいてしまうだけじゃないんだ。同国人からも不快感を持たれているんだ」と変な納得の仕方をしたのですが、そんな人を送りたいと言ってきてはいけませんよね。(彼の国で)面接をしても、言葉が通じない間は、なかなか見分けられないのです。きわどい線の人もいるので。

 以前、いくら何でもひどいと思って断ったことがあるのですが、それでも、その学校を出るまで、しつこくしつこく、「なんとか、お願いしますよ」と言い続けられて、閉口したことがありました。

 ちょっと、それも、日本人の感じ方とはちがいますよね。この人も日本にずいぶん長くいたということでしたが。

日々是好日
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災い転じて福となれば…いいのだけれども。

2015-02-18 08:39:35 | 進路指導
 しっとりとしています。今日も小雨の予報が出ていましたが、それが昨日のように粉雪になるかどうか…多分、なるだろうと期待も込めて思われるのですが、けれども、積もると大変カナ。

 都心は雪に弱いから。滑って転んでは当然としても、電車がすぐに動かなくなる…だいたい、地下鉄のくせして、雪で動けないとは何事だと、すぐに罵られてしまうのが、こういうとき。もっとも、地下鉄とはいえ、ずっと地下を這いずり回っているわけではなく、地上部分も多いので、だから、しょうがない。

 一昨日から昨日、今日と寒さは続いていますが、「ウメ(梅)」の蕾がかなり膨らんできました。「サクラ(桜)」の前に「ウメ」や「スイセン(水仙)」、「ツバキ(椿)」が来ます。そう聞くと、なかなか華やかに見えて、いいのですが、こういう受験時期はそうとばかりも言っていられません。

 昨日は、指定校の指定を受けており、出席率に問題がなければ、推薦入学できるとされていた学校から、不合格の通知が来て、ショックを受けさせられました。出席率もかなり高く、もちろん、日本語力は十分とは言えませんが、まじめで好感度もある学生なのに…。思わず、それはないだろうと絶句。先に「定員オーバーになったから、今回はちょっと」という一言でもあれば、(その学生は)既にほかの学校に合格していたので、そこに行かせたものを。どうも仁義を切るのが苦手な学校のようです。

 うちの学校でも、たとえ日本語力はそれほどのことはなくとも、二年間、とにかく学校に通ってきた学生には、それなりの情愛が生じていますから、そんな仕打ちを受けてしまうと、「う~ん。それはないぜよ」と、かなりムカッときてしまいます。人間のそんな感情というのは、馬鹿にならないものです。時がたち、忘れているように思われても、伏流水のように流れていますから、いざとなると、立ち上がってくるのです。そこら辺の機微がわからないのでしょうかしらん。

 今年度の進学は、留学生が溢れかえっていて、専門学校等が困るほどの賑わいであったそうですから、強気に出ることができても、栄枯盛衰、これからも、いろいろなことがあるでしょうしね。来年は、というか、今年の終盤からは、こちらも手を打ちますから、今年度のようなことはできないでしょうし…。人ごとながら、ちょっと考えさせられてしまいます。

 とはいえ、当方としても、大騒ぎしながら、彼らの嫁ぎ先を探しています。そして、それと同時に、毎日来させて、日本語の勉強の続きやら、願書書きやらに精を出させ、災い転じて福とすることができるようにがんばらせるつもりでいます。

日々是好日
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「雪が降っています」。

2015-02-17 09:36:06 | 日本語学校
 粉雪が舞い始めました。雨との予報でしたが、雪になったのですね。これくらいの雪でしたら、学生達は喜んで学校へ来るかも。午前の学生達は去年の10月、今年の1月に来た学生達が殆どですから。

 卒業を控えた学生達は、最後の追い込みに入っています。今年はまだ3名ほど決まっていませんから、大変です。受験するところが決まっている学生は二人。一人はまだどこを受験するかも決めていない…。本当にのんびりも度が過ぎる。

 自分の友達もまだだったから…で、ぼんやりしているうちに、その友達は大卒であったから、専門学校へ行かずに、会社を見つけた…。えっ!じゃあ、自分もそう(専門学校へ行かずに、会社員になる)する…でも、できません。彼は、高卒ですから…。

 いつも学校の言うことよりも友達の言う通りにしていると、こういうところでいろいろな問題が生じてくるのです。もっとも、今頃まだ募集をかけていてくれるような専門学校は、なかなか探せるものではありませんから、そこは蛇の道は蛇で、彼等の友達にさがしてもらった方がいいのかもしれません。多分、それでも遠い所になるかもしれません…が。

 粉雪がだんだん膨れあがって、牡丹雪になっています。けれども、これも、南の人間がいうところの牡丹雪であって、北の人達がいうような牡丹雪ではないらしい。彼等のいうところの牡丹雪たるや、かなりの大きさで、しかも重さもあるそうなのです。

 さて、学生達が来はじめました。最近の一番乗りは、タイの学生で、四十分くらい前に来て、ちょこなんと座っています。「さむいですか」、「いいえ、さむくないです」。

 それが自然に言えるようになっただけでも御の字です。きっとそうして、だんだん日本語による反応ができるようになっていくのでしょう。

日々是好日
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「いつの間にか、如月に…」

2015-02-16 08:53:57 | 日本語学校
 いつの間にか如月に…なっていました。一月の末にインフルエンザに罹り、なにやらかにやらとぐずぐずしているうちに、ハノイへ(ハノイ行きと重ならずに、ほっとしました)。

 インフルエンザとは、こんなものか(この程度の辛さか)と、思っていたほどは辛くはなかったのですが、外に出てはならぬということで、職場の皆に迷惑をかけ、来年こそ(今年?)は必ずワクチンを打たねばと決意を新たに.。

 ハノイでは…、やはり二度会うというのはいいことですね。先に会っていた人(四月生申請委)で、今回も会った学生、二名は、二名とも、きちんと勉強できていました。一名は前回会ったときの脅しがきいていたのでしょう、前に比べると、かなりシャキッとして見えました。やはり、できる子は(こちらが)言わんとしていた意味がわかるのでしょう、だからそれから後の三ヶ月を無駄にいなかったのです。

 ところが、もう一名はその脅しが全然きいていませんでした(オタクっぽい感じ)。それでも勉強は続けていたと言いますから、たいしたもの。日本語の勉強が好きだからやっているという感じでした。

 大半の学生は私たちと会うのが気ぶっせいで、終わるとほっとして帰ると言ったふうでしたが、この学生は、却って、私たちと話すのが楽しいと言ったふうでした。それどころか、わからない言葉があると、やおらスマホを取り出し、辞書代わりに引くのです。そして、確かめてから、うんうんとうなずき、また話を続けるのです。もう帰っていいよという段になっても、またスマホを取り出し、今度は学校のホームページの写真を見せるのです。「日本へ行けたら、一緒に富士山に行こうね。紅葉も見ようね」と言っても、なかなか去りがたい様子で、とにかく日本人と日本語を話したいというオーラがムンムンに出ていました。

 一方、前回会わずに、出した学生は…やはり、(日本語が)できていなかった。つまり考え方が甘いまま、…だったのでしょう。日本へ来てから大変でしょうね。けれども、それも本人の問題です。ベトナムで、きちんとした日本語学校に行っていれば、『初級Ⅰ』くらいはできているはずですから(だいたい三ヶ月で『初級Ⅰ』は終わると言っていました)。また、そういう所の教師だったら、「このレベルでは日本に行っても大変だよ」くらい言えるはずですから。

 七月生は、先に約束していて四月に間に合わなかったという事情もあったのですが、女子学生はよくできていました。この分で行くと、ベトナム人四月生の半分くらいは、10月くらいの段階で、クラスが入れ替わるということになるかもしれません。

 ところで、前回、ベトナムで日本人の方、お二人と、別々にお会いしたのですが、やはり彼らが紹介してくれたベトナム人学生は、好かったですね。定員オーバーで入れることができないのが悲しいくらい。入れたい…どうしょうと悩みましたもの。

 こちらの考え方がスムーズに伝わり、前回も、「この人はちょっと無理」といえば、「そうでしょうね。私も無理だと思う」と、すぐに取り下げてくれましたし、もう一人の方は勉強したいという人を選んで連れてきてくれましたから。

 勉強する気のない人が、留学生として日本に来ても、苦労するだけです。アルバイトも、日本語がいつまでたっても上手になりませんから見つかりませんし、それに何よりも、そういう人のそばに寄り集まってくるのが、同じたぐいの人たちばかりですから、学校としても困るのです。面接の時に、日本には知り合いがいないと言いながら、来てみると有象無象の友達がワンサカいたりするのです。学校側も苦労します。

 教師としての意識があまりない人たちが、とにかく一人送り込めばいくらになると勘定して送り込んでも、日本にとっても不幸ですし、ベトナムにとってもそれほど幸せにはならないと思うのですが 。

日々是好日
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