日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「『万引き』は、『どろぼう』と同じで、いけないことなのです」。

2013-07-31 08:39:28 | 日本語の授業
 曇り。今日も蒸し暑い。

 「夏休み」を前にして、また「日光旅行」を前にして、慌ただしい時に、決まって忙しくする事件が起こります。その度に警察の手を煩わせてしまい、「ああ、こんにちは(久しぶりだね)」なんてことを言われてしまうのです。

 時々、自分の国では「可」なのだけれども、日本では「不可」であるということが、どうしてわからないのかと苛立たしい気持ちになることがあります。

 たとえば、その国で、その人が底辺を蠢かざるを得ない境遇に生まれたのであれば、まだ話はわかります。人知の限り、体力の限りを尽くして、生きんがための活動を行わざるを得ないのは当然です。もちろん、「許される」ことと、「許されない」ことはあるでしょうが、「情状酌量の余地あり」になるでしょう。

 「万引き」というのは、「どろぼう」です。「どろぼう」には反応して「違う」と言うくせに「『万引き』とは如何なるものか」を説明した後、「万引き」は「どろぼう」であると言うと、「違う」という反応を見せるのです。

 彼らの国では、「当たり前」の行為なのでしょう。だから、店に入る時には「荷物を預け」なければならないのだろうし、店の中には「客よりも多い店員が『サービス』のためではなく、『見張る』ために雇われている」のでしょう。

 そういうことを「不愉快」と感じるはずなのに、彼らの国ではそうしなければ、本当に店のものがなくなってしまう。だからやらざるを得ないのです。しかもそれが店主側だけでなく、客側にも当然とする風がある。多分、「当たり前」の防衛策。

 そういう店が、もし日本にあったなら(客を端から「どろぼう」とみる)、それは直ぐに倒産で、お引っ越しせねばならなくなるでしょう。

 もちろん、「どろぼう」とは、世界で最も古い職業の一つです。古来からどこの国でも「万引き」はあったし、今でもあります。その防衛を、「いかにするか。しかも、客に不愉快な思いをさせずに」が、日本の店の知恵の絞りどころ…なのです。

 つまり、日本でも、店側は、客に気づかれないように、ガードを固めているのです。鏡を備え付けたり、防犯カメラを死角の出ないように設置したり、「万引き」防止のための専門家に店内をそれとなく巡回してもらったり…。

 以前、別の、ある国から来ていた人も、一見、日本の店が無防備であるように見えたので、盗みを行ったのだと言います。けれども、一人捕まると、同じ学校にいた同国人はそれ以後、パタリと盗みで捕まる人がいなくなったそうです(だれもしなくなったのです)。「学習」できたのです、彼らは。情報を集め、こんなことで警察に捕まって人生を棒にふるのは愚かだということになったのでしょう。日本は表面的にはガードが甘そうだけれども、実はそうではないのだということが、スッと彼らには理解できたのでしょう。

 ところが、今、ある国(さっきのある国とは別の国です)から来た人達は、この「学習」ができないのです。一人が捕まって、ワアワア泣いて、「初犯だし、直ぐにごめんなさいと言ったから」と放たれると、直ぐにそのことを忘れてしまう…最初は、そんなわけで、彼だけの問題だと思ったのです。彼はそういう種の病気の持ち主じゃないかと思ったのです、こちらも。

 ところがそうではなかった。捕まったことのある一人がまた「万引き」をする。その時にはそばに友人がいた。それで、その友人も一緒に捕まった。その彼に聞くと、「自分はやっていない」。でも、後で聞くと、「彼が盗むと言った。できるから大丈夫と言った。だから自分はいいよと言った。だが、自分はやっていない」。手を汚していないということなのでしょう。けれども、それは共犯で、立派な犯罪です。

 ただ、それを言っても理解できないのです。「でも、私はやっていないのに捕まりました」を繰り返すだけです。「自分はやっていないのに捕まった。不条理だ」と今でも思っていると思います。彼らの国ではそうなのでしょう(そうとしか思われません)。教唆しても共犯、知っていて、実際に何もせずとも、獲物を待っていれば共犯。それはおそらく彼らの理解の外なのでしょう。

 悪いことでも何でもない…それが、冒頭に言ったようにその社会の底辺に生まれ、生きる術を持たない人であったなら、大金持ちから、ひったくろうが、かっぱらおうが(それは同時に殺されるという危険性があるのですが。そういう社会では「法」なんてないでしょうから)、それはわかる。教育も受けることができず、親からも捨てられ、友人もいない。だれも自分のことを親しんでくれる人はいない。それならば、わかります。

 「万引き」という「どろぼう行為」は、ゲームでもないし、「盗まれる方が悪い」と、うそぶけるようなことでもないのです。

 一人が捕まって、今度は二人が捕まった。その後にまた一人が捕まり、続けてまた一人。皆を集め、この「万引き」という「どろぼう行為」について話をし、誓約書を書かせ、一人ずつ対面式でサインをさせた。その他にも、折を見て指導している、それにもかかわらず、それでも、またやって捕まった。他の人に知られることは怖れていても、やったことが悪いことだとは思っていない…そうとしか見えないのです。

 日本では、罰せられなくとも、それは「許されざる行為」であると皆が思います(日本だけじゃないのです。普通の国では「どろぼう」はいけないことなのです。当然、「万引き」も)。他人様のものを、労せずに、また金も払わずに、手に入れる、つまり「盗む」と言うことは、だれが見ても悪いことなのです。それが道徳的にも悪いことだとなぜ思えないのか。

 その国の大使館から回覧が回ってきました。「(彼らの国から来た学生の)どろぼう行為が多いから、学校の方できちんと指導してくれ」と。本末転倒ではないのかと思います。彼らの国で、きちんと教育できていないから、彼らの国から来た学生だけがこんな馬鹿なことをして、日本国民の税金を使って、捕まえなければならないのに。これは本当に無駄金です。

 今、日本の日本語学校に留学生として来ているのは、既に成人に達している人達がほとんどです。それまでに受けてきた教育で、彼らの思想、それに基づく行動は決まっています。まず、自分の国で、「どろぼうはいけないことだと知らしめる教育」をしっかりとしてほしい。

 だいたい、「どろぼう」して手に入れた、ビールやうまいものを食べて、何がうれしかろう。また、そうやって手に入れたものを大盤振る舞いされたとしても、何が楽しかろう。その友人達も、その「おこぼれをいただいた」わけですから、同罪なのです。

 どうやって、この国の人に、「『万引き』は『どろぼう』と同じであり、してはいけないことなのだ。お前のためにしてやるよと言われて、頷いて待っていたら、それも共犯になるのだ」ということを理解させたらいいのか、本当にわからないのです。今までこの学校ができてから、こんなことで捕まった「他の国」の人は、だれもいないのですから。

日々是好日
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「『富士山旅行』の時には燃え上がったのに…『日光旅行』は、いまひとつ…」。

2013-07-30 08:40:16 | 日本語の授業
 曇り。時々薄日が差しています。

 昨日の雨は、結局は、朝の学生達が来る前に止み、それきりになったしまいました。けれども、一日中、今にも降り出しそうな、そんな様子のままでした

 今朝もそうです。いつ降りだしてもおかしくはない…。湿度もかなり高そうですし。

 さて、学校です。
 「日光旅行」に向けて、着々と(?)準備が整っていくような、いないような、そんな状態が続いています。

 「富士山旅行」に比べ、どうも、いまひとつ知名度が足りないような…。「富士山へ行く」の「ふ」の字を聞くや否や、学生達は興奮状態になり、「山の上まで行きますか」という問いかけが直ぐに出てきます(「日光」と「富士山」は隔年毎ですから、「富士山」へは、去年行きました)。ところが、「日光」となりますと、「何ですか、それは…」で終わり。

 というわけで、結局、「DVD」をかなりしつこく、執拗に見せ、それなりに気分を高めさせるようにしていかなければならないのですが、それでも、まだ「ピン」とは来ないようなのです。あの山の空気までは漂わせることは無理ですし…。

 日本人にとっては、お寺や神社は見ずとも、杉並木を歩くというだけで、なにやら昔に戻れるような、ホッとするような、ある種の解放感が得られるのですが、彼らはそうではないようなのです。

 彼らを連れて行く度に、説明してくれるガイドさんにお尻を向けて、あらぬ方を写真に撮ろうと必死になっています。それが、私たちにとっては、どこにでもあるとしか思われないような、大したものではないとしか感じられないような…そんなものであることもしばしばなのですが。

 というわけで、いつも先頭は一番日本語ができるクラスということになっています。これはバスの中でも同じことで、初級の学生が前に座った場合、ガイドさんが何を説明してくれようとも反応のしようがないので、バスガイドさんもやるせなくなってしまうようなのです。

 ところが、これが上級クラスの学生が前に座ると…、違うのです。私たちも、「楽勝」とホッとしてしまうほど。日本語がうまくなっているということは、日本人の気持ちをかなり汲み取れるようになっているということで、場の雰囲気が読めるのです。

 バスガイドさんが、一生懸命説明してくれているなと感じるや否や、自分達の楽しみはあとにして、「(彼女の話を)聞き、(彼女の話に)相づちを打ち、(彼女の)質問に答える」を繰り返してくれます。こうなりますと、バスガイドさんもガイドのしがいがあるというもの。何をいっても反応してくれる人がいるわけですから。

 今年は、スリランカ、モンゴル、中国、ベトナム、バングラデシュ、フィリピン、インド、ミャンマー、タイ、台湾と、国の数も少なく、10カ国程度ですが、多い時には15カ国近くになっていたこともあり、その時はいったい何語で話したらいいのか、ガイドさんも困ったでしょう。もちろん、日本語で話し続けるしかないのですが。

 で、日光へ行く時には、特に「歌の練習」にリキを入れなければなりません。ほっておけば、途端に、海辺の砂状態になり、てんでばらばらに、自国語で話し始めてしまいます。
ところが、いざ探してみると(もちろん、探すのは私ではありません。若い人です)若い人達が好みそうな歌、あるいは今年の忘年会で歌われそうな歌、全国的にヒットしている歌というのが…ないのです。それで、つまりは例年歌っている歌3曲と、それから2曲、若い人に好まれている歌というのを選び、それを練習することになったのですが。

 この歌たるや…速い…のです。一回目の練習の時、それでも歌詞の説明をしたのですが、曲が流れると同時に、ため息が学生達の間から洩れてきました…。しかも、「速い、速い、歌えません」と言いながら私を見る目は、「先生だって、歌えないでしょう」。

 もちろん、歌えません。

 とはいえ、「Dクラス」の、在日タイ人学生が、「知っている、この曲。妹が携帯に使っていた」と言って、一生懸命に歌詞をチェックしようとしているのを見て、「Dクラス」の学生達、「えっ、日本人の若い人は皆知っているのか」と、覚えようとする動機付けになったようです。

 そのことを「Bクラス」でも言いますと、やはり、「えっ」。そして、「皆が、大学や専門学校、あるいは企業に勤めた時、歌を通して、連帯感を味わうことになるだろう。『ああ、あの歌の流行った、あの時代を一緒に過ごしたのだ』という」とか、「大学ではコンパなどで何かの歌を歌わなければならない時がある。その時に皆で歌ってもよし、皆の前で歌ってもよし。何せ、今の若い人が皆知っているのだから」とか説明するなり、急に覚えようという気分になったかのような学生がチラホラ。

 何事も動機付けが肝心なようです。

日々是好日
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「大雨」。「日本のやり方。彼らの国でのやり方」。

2013-07-29 10:18:20 | 日本語の授業
 急に、雨が降り出しました。ザァーというより、ゴーッと言った方がいいような降り方です。そして、今、小降りになっています。けれども、…小降りになったかと思うと、また蘇ったように音を高めています。

 これは、まるで、梅雨末期の集中豪雨。今朝、空気が…どこやら、息苦しいなと思いながらも、自転車で学校に来、窓を開け回して、ヨイコラショッと席に着いた途端に、ドバァーッと来ましたからね。また慌てて窓を閉めに上に上がり、下に下りして、今、ホッと一息ついたところです。

 今日は、一応、(朝のうちは)曇りの予定でしたが、雨の降り方を見ていると、このまま行くんじゃないかなといった感じになっています。しかしながら、このまま降り続けてしまうとお空の雨庫がカラになってしまうのではないでしょうか、日本に降っているだけで。

 実は、土曜日、ちょうど隅田川の花火大会が途中で中止になった、あの日です。治療院の朝の予約が取れず、結局は5時半になってしまったのですが、その帰りのことです。

 噂に聞いていた「雷とはこのことか」という体験をしました。私が駅に着いてから、治療が終わって駅を出るまでの2時間、雷様は鳴りっぱなし。しかも、治療院にいた時の雷様は、こんなのは雷様じゃないと言われましたもの。

 帰りのこと。駅に着いた途端、バケツの底が抜けたような大雨に見舞われました。しかも風に舞うので、どこにいても水しぶきを浴びてしまいます。駅のアナウンスも雨の音にかき消されてブンブンと機械音が鳴っているよう。どうも大雨のために電車が止まっていると言っているらしいとわかったのは、かなり時間が経ってから、前の駅を出たというアナウンスがあっても、徐行しているという知らせです。
 
 真っ黒い雲の下では、もうドンドン、ピカピカと雷様がまるで真上で暴れ回っているかのよう。ここの人達は、いつも、こんな目に遭っているのかしらんと、同情しながら辺りを見回すと、お上りさんのように「あっちを見、こっちを見」しているのは私だけで、皆、落ち着きはらっています。

 私など、駅のプラットホームで雨のしぶきが当たらないところを求めてウロウロしていたのですが、皆は先に適当なところを捜し、そこに腰を下ろして、平然としています。

 やっと来た電車に乗れても、次の駅で急行を待たねばならない。降りて、急行を待っていたのですが、ここも地下ではないので、雨が吹き付けてきます。待つ時間は、どうしても長く感じられてしまいます。前のはきっと定時に出てしまい、次の急行を待たねばならなかったからかもしれませんが。シズシズと来た急行に乗っても、大雨のため、急行とは名ばかりの「亀さん歩み」で、ノロノロとした徐行運転。

 乗れたのは良かったのですが、運悪く、花火大会が中止になってからの若者達がドッと乗り込んできて、電車の中は「すし詰め」状態。彼らはまだ祭りの余韻が残っていますし、しかも途中で打ち切られたわけですから、どこか中途半端で、昂揚した気分を発散したくてたまらない。いつもは静かな電車の中が、これまた、うるさいこと、うるさいこと。家に着いたのはもう9時を廻っていました。

 まあ、これは土曜日のこと。
 今朝の雨は、学生が来る頃には止み、また湿度がグッと高くなってきました。きっと今日は降ったり止んだりを繰り返すことでしょう。

 もちろん、この学校に来る学生は、ごくごく普通の外国人です、多分。彼らの国では普通の人達であり、彼らの国の普通の人達がやるのと同じようなことをするのだと思います。それはいいのですが、彼らの国では認められても、日本では許されないことも少なくないのです。

 折に触れ、彼らの習慣で目に余ったことを注意しているのですが(抽象的に言っても結局は理解できないのです。具体的に言って、しかも何かと比較しながら注意していくしかないのです)、これはなかなか難しい。一つは日本語のレベルが低くて、日本語の段階で理解できないという理由で。

 毎日学校に来て勉強していれば、いくら下手と言ってもそこには最低線というのがあるのですが、それが、中には、一年半経っていても、何を言っているのかこちらには全くわからないという学生もいるのです。本人にはやる気がないとしか、こちらには思えない。ところが、そういう学生に限って、自分は日本語を上手になりたいと思っていると(私たちが聞いた時には)言うのです。だから、下のクラスに行きたいと。そのくせ、そこでも勉強しないのです、もう手に余る…しかも、彼らの国ではいい大学を出ているというのですから、確信犯でしょうね。

 こちらから見れば、「教科書代を払わないくせに、一週間で、45㍑のゴミ袋一杯になるほどビールを飲んでいるのは許されることか」なのですがね。

 国によっては、「学費は払わなければならないと思っているようだが、部屋代は別に何とも思っていない」とか、「ガス代、電気代、水道代などは、払う必要があるということがあまりよくわからない」とか、「光熱費が一ヶ月遅れくらいで請求が来るのがよくわからず、揉める」とか…。

 もともとは、日本語のレベルが、一年半居ようと2年居ようと、そこそこのレベルにまで至らないので、こちらが言っている意味が取れないということが関係しているのでしょうが。想像力、観察力が欠けている場合も少なくないのです。

 また、日本語がある程度身についていれば、それなりに日本で生活していけているというわけですから、日本のしきたりとかルールとかがわかるようになっているはずですが、それが全くない人がいるのです。

 それで、日本にいながら、母国のやり方でやろうとし、それが通用しないと言うことがわからない。おそらくそういう学生は、ここに、後二年いようが、多分、自分の国の理屈でもってやっていこうとするのでしょう。

 「日本では、そうなのですか」とか、「日本と、私の国では違います」とか言えるのは、こういう外国人の中でも、素質共に、ある程度のレベルがある人だと言うことになるのでしょう。もちろん、これは日本人が外国に行った時でも同じです。その国に馴染めるというのは、ある程度の想像力と観察力が必要になってきます。「あれっ、自分の国とは違うな」ということを、目にしたり、耳にしたりする機会も多くなるはずでしょうから。

 それなのに、それに気づかないで、自分の国でのやり方を通そうとすれば、それはいろいろな所で無理が生じます。そしてその時に日本を恨んだりするのですが、それは自分が悪いのです。

 日本語がある程度でき、日本に対する観察力も、想像力もあるという学生を通して(通訳)、説明は既にしてあるのです。けれども、そういう学生は、えてして、自分の国では大丈夫だから日本でも大したことにならないだろうと高を括ってしまうのでしょう。

 特に、何でこうなるのと思いたくなるのは、教科書代を払うように言った時、後から払ってやるから、それでいいだろう的な言い方をする学生。ベトナムというのは、勉強しに来ていて、自分が使う教科書を自分の金で払うというのはないのか。なんで私が「頼む」ような形にされなければならないのか。もちろん、違うだろうと怒りましたけれども。多分彼の頭の中には、「私がお願いしていて、彼が鷹揚に払ってやる」という図が描かれているのでしょうね。どうしょうもないことなのかもしれませんが。

日々是好日
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「カラスウリの花」。「タイ人の中学生」。

2013-07-26 08:42:05 | 日本語の授業
 曇り、時々晴れ。今朝も、梅雨時のように、ムシムシ、ジトジトしています。

 なぜかこの時期、つる草が目立つのです。その中でも頑張って見えるのが「ノウゼンカズラ(凌霄花)」。和の花には見えないところが、夏らしくていいのですが。ちょっと、暑苦しいと言えば、暑苦しい…。これも花の色がそう感じさせるのでしょう。

 「カラスウリ(烏瓜)」のレースのような白い花など、名前が可哀想になるくらい美しくて涼しげなのですが、ただ惜しむらくは、夕刻から明け方までしか花が開かないところ。

 陽射しが強い時間帯は、やはりカッとした花しか見られないようです。

 さて、学校です。

 昨日、「四月生」のクラスで、「~通りに」と「~あとで」を、やったのですが、まず単語の部で、「(しょうゆに)つける」がわからない。それで、「つける」と「(ソースを)かける」を比較しながら説明。一人スリランカの学生が、私が演技していた時に、あっちでも向いていたのでしょう、聡いはずなのに、聞くと、「はっ」と驚いて、わかりません」と一言。

 「よし、それならば」とばかりに、彼の頭、目がけて、「ソースをかけます」。それから頭を掴んで、「醤油につけます」。途中で、掴まれたまま、「わかった。わかった」。これは、意味が判ったというのとヘルプというのと、二つの意味で言ったのでしょう。

 集中力のない学生には、これ(実力行使)に限ると、もう一人にも、そんなことをしていますと、自転車で通りかかったご近所さんが、目を丸くして通りすぎていきました。学生は、これまた、それを見て大喜び。「わーい。わーい。(先生、見られたぞ)」。

 どうも、教師をからかっての、「囃し」言葉というのは万国共通のようです。

 ところで、昨日、このクラスに、一人のタイの少年を連れて行きました。このクラスには、タイ人が三名いるので、知っているかなと思って連れて行ったのですが、やはり知っていました。もとより、知っていたと言っても、知人の知人で、話を聞いたことがあるくらいのようなのですが。

 彼は今、14歳で、中学三年生、今年の五月に来たばかりだと言います。先日、お母さんと一緒に来た時に、一言、二言話したことがあり、その時の印象で、落ち着いた子だなと思っていたのですが、話してみると、思った通り、そうでした。

 こういう子は、えてして、親のことを考えて、ストレスがたまりやすいように感じられるのですが、さて、彼は、どうなのでしょう。数学は連立方程式が苦手で判らないと言っていましたので、ちょっと一緒にやってみると、直ぐコツを呑み込んでくれました。聞くと数学は好きだったと言います。それなら大丈夫でしょう。英語も大丈夫と言いますから(実際はまだわかりませんが)。

 問題は日本語だけです。結局は漢字の問題だけなのでしょう(外国人用の中級教科書の、5課と6課を読ませてみると、読めない漢字があったものの、読み方は理解できているということがわかるような読み方でした)。数学も文章題が出てくると途端に、ちょっと顔をしかめて、「わかりません」と言いますし。

 で、「四月生」のクラスにちょっと連れて行って、また直ぐに戻したのですが(数学の方を少しやりました。宿題もしたいというので、二枚ほどコピーを渡しました)、後からこのクラスにいる、17歳の少年に、授業をしていた教員が「彼を知っているか」と、聞いたところ、生意気にも、「14歳の子供のことはよくわからない」と答えたそうです。見たところでは、反対に見えるほどなのに。

 それで、彼が帰る時に捉まえて、少し話をしてもらいました。話をする前に、この少年が解いていた文字式を見て、ちょっと引けていましたから、もしかしたら、彼は数学が苦手だったのかもしれません。

 この少年もタイ人の留学生や在日の人達が、言葉をかけていってくれるので、ちょっと安心したようでした。

日々是好日
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「夏なのか、梅雨時なのか…なにがなんだかわからない…」。

2013-07-25 08:54:45 | 日本語の授業
 曇り。今日は暑くなるそうな。

 「キョウチクトウ(夾竹桃)」や、「サルスベリ(百日紅)」の花が満開になっています。近くにあるのは、濃い紅色のもの。曇った空に華やかな紅がどこか寂げに感じられてしまいます。こう、梅雨時のようなお天気が続くと、どうも人の方も参ってくるようです。暑いのは嫌だけれども、やはり夏は暑くなくっちゃ。

 なにも、線引をはっきりさせてほしいとまでは言いませんが、梅雨が終わって、「夏」になったと思ったら、「梅雨寒」のような日が来、そして、また「夏」になって、それから、今度は、ぐずついた天気が一週間ほども続きそうだと言う…。

 日本のお天気を知らない学生達は、皆、そんなものかと思っていますし、また、だいたいお天気を気にするような人達じゃないのです。季節のみならず、日々のお天気にも気ぜわしく追い立てられているような暮らしをしているのは、もしかしたら、日本人だけじゃないかしらん…というような気さえしてきます。

 何も言うことがなかったら、とにかくお天気を話題にして話を繋いでおけと言われて、生きてきたのが、私たち。つまり、日本人であるということですし…。

 「明日から暑くなりそうだ」とか、「夜、雨が降るそうだ」とか、「夕方、雷が鳴るそうだ」とか…。学生達からしてみれば、言われれば言われるほど、追い立てられるような気分になって、「どっちでもいいじゃん。降らないことだってあるし…」となるのでしょう。そんなこと、知らなくても、どうってないのです。また、その方が当たり前なのかもしれません。明日の天気を思い煩い、今日、どうしておこうとか考えるのも、もしかしたら、人生の半分を、やらでものことに費やしている、愚かさの証であるのかもしれません。

 とはいえ、…もう、習慣になっているのです。だいたい、ここ日本では、ずっと、ビルの中で生活している人達だって、お天気のことを気にしているのですから。もうこうなってしまったら、これは病気と言った方がいいのかもしれません。

 実際、明日のお天気を思い煩うことなく生活している彼らを見ていると、そんな気にもなってくるのですが、ここは日本。地震国であるニッポン、火山大国であるニッポンなのです。列島自体が火山によって成立しているかのようにも思われる、こういう島国で生活している私たちは、おまけに周りを海で囲まれているのです。自然の表情にも一喜一憂していかなければなりません。それが、この島で生きて行くものの宿命なのでしょう。

「自然を支配しよう」なんて、とんでもない。「自然と折り合いをつけながら」なんてのも、夢のまた夢。自然が許してくれるそのわずかな隙間で、こそこそと生きていくだけの存在でしかないのですから。

 しかしながら、とにかく、命を長らえるために、科学を発展させていくと、いつのまにか、その科学が一人歩きを始め、ヒトの身の丈を遙かに超えるようになってしまった…。人々は、もしかしたら、科学に、取り残されていきつつあるのかもしれません。人の分相応の発展、というと何のことなのかわか、りませんが。科学というのは、怖いですね、一人歩きができるのです。

 それに応じた「知性」というか、「智慧」を、人々が、まだ身に付けることができないでいるうちに。

日々是好日
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「月曜日、火曜日、木曜日、土曜日、日曜日…、あれれれ、一週間って、5日だったっけ…」。

2013-07-24 07:58:02 | 日本語の授業
 曇り。

 昨日、午後の学生達がちょうど帰る頃でした。「東京では大雨が降っているらしい、こちらでも降り出すよ。急いで、急いで」と言われ、大急ぎで学生寮に行き、「外部の人は入らないでください」という紙を学生達の部屋のドアに貼り、大急ぎで戻って…のつもりでしたけれども、そうはいきませんでした…。

 実は、寮に、来日して間もない「七月生」のうち、「なかなか、数が覚えられない、曜日が言えない」といった、できない尽くしの学生がいたので、つい相手をしてしまったのです。

 午後のクラスの学生達と帰ったので、通訳者には事欠きません。いつもは、言いたいことの四分の一、いえいえ、十分の一も言えていないので、「こいぁつは、でけぇた」とばかりに、一言言っては、彼らに訳してもらっていたのです。

 しかも、この学生、寿司を食べてお腹が痛くなったので、休むといって休んだその日、運悪く、近くのスーパーのそばを、元気よく自転車を飛ばしているのを(私に)発見された…、本当に悪意はないのです。「あっ、先生」とニコニコしながら近づいてきたのですから。

 これがもう少し場数を踏んでくると、私のそばに来る時に、「心準備をしているな」という顔つきになってくるのですが。もちろん、当然のことながら、「要注意マーク」です。何と言いましても、学校に来ないことには始まりません。ですから、休むことが習慣になっている学生には、最初から注意していかないと、ここでもそれをやろうとしてしまうのです。

 そうは言いましても、だからといって悪い学生というのではないのです。ただ「お勉強」が、多分、なんとなく…苦手…なのでしょう。

 で、寮の話です。私が下の階のドアに貼ってもらっていると、上から、「先生が来た」と下りてきました。本当に運の悪い学生。捕まったら、外でもどこでも「はい、『一』…とか、ハイ、『月曜日』…とか」やられてしまうのに(この学校では、学生の話は直ぐに教員の全員が知ることとなります。今の授業の時、「だれがどうした」とか、「こんなことがあった」とか、教員がみんな知っているのです。それゆえ、…だませませんね…すぐに対応されてしまいます。かく言う私も、彼らを教えているというわけではないのですが。

 もう少し経てば、私が来たと聞いて、逃げたり隠れたりすることはあっても、自分から出てくるようなことはしなくなるのでしょう(ただ、スリランカの学生は、いくら「苛めても」ニコニコ笑って出てくるのです。こたえないのかしらん、もっと厳しくした方がいいのかなと思うくらいに。本当はかなり傷ついているのでしょうけれども)。

 で、また、「ハイ、数字、ハイ、曜日」とやって、それから「休んではいけません」と、「アルバイトをするにしても、最後は自分の力が肝心となる。そのためには日本語が話せたり聞き取れたりしないとならない」ということを訳してもらいます。

 私は強面で臨んだのですが、通訳してくれている学生の方が、私の話を聞いて、皆で笑ってしまい、叱られている方も、なぜかニコニコしてしまうという悪循環。「笑い事ではない」と言うと、本人は困ったような顔をして(助けを求めるような顔になって)、それからしおらしい様子になります。これも先輩連がこうしろと教えているのかなという気がして、後ろを振り返りますが、彼らは慣れていますから、さっと表情をあらため、私にわからないようにしてしまいます。

 だいたい、彼には、アルバイトを捜すにしても、どれほど日本語が必要になるかということがよくわからないのかもしれません。なにせ、スリランカは助け合いの国のようですから。お金がなくても、とにかく一緒に食べていれば、食いっぱぐれることはない…のです。

 それに、「ハイ、曜日」で「今日は何曜日ですか」と聞かれ、(彼が)答えられないと、右や左から、小さな声で、「ヵ…」とか「ヵョゥ…」とかが聞こえて来ます。「ん!」と睨まれて、直ぐに口を噤んでしまうのですが、あっちはあっちで遊んでいるようなつもりなのかもしれません。もっとも、「ハイ、月曜日、火曜日…」と言って後を続けさせようとすると、直ぐに馬脚が露れてしまいます。「月曜日、火曜日、木曜日、土曜日、日曜日」。あれれ、一週間って5日だったっけ…。後ろの彼らは爆笑です。そして、本人も、何だかスターにでもなったような誇らしげな顔…になっています…。

 「処置無し」で、「勉強するんですよ」と言いながら、そして上のクラスの学生達には、「アルバイトがない時には、ゆっくり休んでおくんですよ」と言いながら、道に迷わないようにして帰ってきたのですが、本当に、スリランカの彼らは、「勉強」のことさえなければ、困る事なんてないのですけれども…。

日々是好日
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「『留学試験』とは…」。「我流で勉強しようとする…、無理かなあ」。

2013-07-23 08:40:32 | 日本語の授業
 晴れ。晴れとはいえ、お天気は不安定だそうで、「お日様マーク」がついていても、俄雨が降ったり、雷様が鳴ったりすることもあるかもしれないとのこと。しかも「洗濯」のマークは、「△」でした…。

 一頃、よく見かけていた「スズメ(雀)」が、またいなくなっています。そういえば、あの頃は「雀の季節」だったようで、「ネコ(猫)」がよく雀を捕ってくるなんて話も聞いていましたっけ。

 さて、「スズメ」とも、「ネコ」とも関係のない、学校の話です。

 「留学試験」とは、そも、「如何なるものであるか」が、どうしても、よくわからないという学生がチラホラいます。これは自分達の国の制度から見て、「ああ、そうなんだ」と早とちりをしているのでしょうが、何度「そうではない、これは…」と説明しても、やはり直ぐに忘れてしまうのです。説明していない「以前」に、戻ってしまうのです、その時は一時わかったようであったも。この「留学試験」一本で、大学入学が決まるという考え方から抜けきらないのです。

 彼らの国では、高校卒業後、大学へ進学できるかどうかの試験があり、合格すれば、その時の成績によって振り分けられるというのが、普通のようで、どうも、それと同じという風にとらえてる学生が多いのです。

 「留学試験」の成績、つまり得点が条件となる場合もあれば、「受験しておくこと」が条件になる大学もある。その条件の、得点以下だったら、受験さえできないという大学もある。それは、一回目の試験(六月)の申し込みの時に、嫌になるくらい、繰り返し、繰り返し言っておいたつもりなんですけれども。

 もっとも、これは、私自身が嫌になるくらい言っただけのことで、彼らにしてみれば、「ああ、そうか。あれだな」と、自分の国でのことを考え、そこで思考がストップしていたのかもしれません。多分、何度説明しても、その試験(大学入学試験)が切迫してこなければ、他人事であり、今日「わかった」と言っても、2、3日もすれば、また「聞いていない」と言い出すのでしょう。、

 同じ国の人間であっても、自分の体験から逃れられないことがありますから、彼らがこうであることも、おそらく、「日本語のレベル云々」だからではないのでしょう。とにかく、自分が知らないこと、経験したことがないということは、入っていかないのです。「自分の国のあれと同じだ」と、一旦そう思われたら、何万言費やしたところで、変えていくのは、針の穴にラクダを通すようなもの。「ああ、また壁にぶち当たっちゃったよ」というのが正直な感想。

 これと同じようなことですが、「日本語なんて簡単だ。その気になったら直ぐできるようになれる」と言い切り、いくら私たちが、学校でやる通りにするのが一番の近道であると言っても、耳に入っていかない人もいます。

 これは「かつての成功体験が仇となっている」という見方もあって、大卒者に多いとも言われているのですが、そうとは、一概には、言えないようです。出来る人は案外に柔軟性がありますし、直ぐに「これはできないな」と、自分のやり方の欠点がわかるからです。もちろん、わかっても、それですぐにあらためられるかとなりますと、また別の次元の問題になりますが。しかしながら、ともかく、こういう人は、少なくとも、自分がうまくできないのは、先生のいう通りにしなかったからだということはわかっています。

 「母国での成績が良かった。だから自分のやり方でやれば、同じように直ぐにできるようになる」と、いつまでもその考え方から離れることができない人は、まず、失敗します。いつの間にか、他の人に追い越されていくのです。それで焦ってもどうしようもないことなのでしょうが、こちらから見れば、「素直であるのが一番」。

 だいたい、そういうやり方で成功できるのは、ある種の天才だけで、大半の人は天才でも秀才でもないのですから、やはり、私たちの言う通りにやった方が無難なのです。毎年、そういう学生が何人か出てきます。頭が悪いわけではない。言語を学ぶのに適していないわけでもない。ただこちらの意宇通りにはできない。

 私の方でも半年も同じことを、毎日のように繰り返していけば、いい加減、腹が立ってきます(手を変え品を変えで、やってみるのですが)。それでも変われない。どんどん、自分が見下げていた人達に追い越されていく。それでも、まだ、「えっ。どうしてなのか」などと言っている。「他の人は私たちの言う通りにやっている。勝手にやっているから落ちていっても当然だ」と言えば、(どうも、うすうす気づいているらしいのですが)わかっても、まだ同じやり方でやってしまう。堂々巡りです。

 中国人の場合は、それでも漢字がわかりますから、聞き取れなくても、話せなくても、どこか潜り込めるところはでてくるのですが、「非漢字圏」ともなりますと、そうはいきません。

 しかしながら、こればっかりはどうしようもありません。「頭が良いか悪いか」というのはこの場合、ほとんど関係がないのです。それよりも、「素直にできるかできないか」という方が大切なのです。

 時々、我流を押し通そうとする人を見ていて、「彼らの国(あるいは地方)の教育レベルは相当低いんじゃないかな」という気がしてくることがあります。これは知識の程度がどうであるというよりも先に、学ぶ時の態度ができていないのです。あのレベル(の頭)で、あんなやり方をしていても、あの国では通るんだ…という気持ち。

 本人が「自分が優秀である」と思い込んでいればいるほど、そうなのです。こういう思いは相手にも通じますから、相手はますます躍起になって、如何に自分が認められてきたかを力説します。高校までは、丸暗記で高得点をとることもできるでしょうが(できないこともあると思うんですけれども、たとえば)、大学でそれをやって、優秀であるなどと言われるなんて…よくわからない、本当だろうか???

 まあ、一番気の毒なのはその人なのですけれども…。

 文化や習慣の違う外国の人を相手にしていると、この国では思いも寄らぬようなこと、また自分の知識や経験では想像もできないようなことが、よく出てきます。これも、その一つなのかもしれませんが、ちょっと困ることの一つです。

日々是好日
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「目的がなく来日し、目的がなく…まあ、大学にでも行ってみるか…。どうするのだろう、それで」。

2013-07-22 09:10:30 | 日本語の授業
 曇り。

 「文月」も、下旬に入りました。「文月」とは、「水無月」、「文月」、「葉月」へと繋がる、ちょうど真ん中の月…。まあ、だからといって、なんということもないのですけれども。

 今週は雨の日が多いそうで、季節感がどこへやら行ってしまったかのよう。「梅雨だからどうだというのだ。夏になったからどうだというのだ。梅雨だからと言って毎日が雨であるわけで無し、夏に入ったからと言って、入道雲が見られ、虹も時々出現するわけでも無し」。こんなことでむかついていてはなりません…、とはいえ、「セミ(蝉)」は力なく…泣いています。そう、最近の蝉の声は「啼く」でも、「鳴く」でもなく、まさに「泣く。むせび泣く」ように感じられることがあるのです。

 ただ、「セミ」の声は「夏」を表し、どのような声であれ、聞こえてくれば、「夏が来た」となります。私はまだ見ていませんが、近くの公園では「セミ」の抜け殻が、あちこちに落ちていたとか。
 
 「フヨウ(芙蓉)」の花も、「ムクゲ(木槿)」の花も咲いています。「ユウガオ(夕顔)」も「ツキミソウ(月見草)」も、「ツユクサ(露草)」も、花を咲かせています。

 「ユウガオ」は源氏物語の印象が強く、どうしてもそういう目で見てしまうのですが、「ヒョウタン(瓢箪)」と近縁種で、「カンピョウ(干瓢)」になると聞けば、「ユウガオ」には罪なきことながら、ちょっとはすかいに見てしまう自分に気がつきます。

 それに比して、「ツキミソウ」は「マツヨイグサ(待宵草)」、「ヨイマチグサ(宵待草)」とも呼ばれ、歌にも詠まれているほど、また「ツユクサ」も「月草」「青花」「蛍草」とも言われ、共に懐かしい花であります。

 クドクドと可憐な花のことばかり書いてきたのですが……実は、どうも、最近は、見知った花が少ないのです。特に、この、夏という季節には。街で見かけるものは、夏の暑さにも負けぬとばかりに、意気軒昂と咲き誇っている、華やかなものばかり。…まあ、それも、それはそれで、良いのですけれども。

 さて、学校です。

 最近の一番乗りは、七月に来たベトナムの女性。個表をとって、教室に上がっていく時に、必ず「勉強してきます」と言うのです。こう言うようにと言われてきたのでしょうか、当たり前と言えば当たり前のことながら、改めて、「勉強してきます」などと言われると、思わず「ハハッ」となってしまうのです、こちら側も。

 そして、次に来るのは、前後して、スリランカの二人か、中国から来た女子学生。学校の裏手にある寮からの学生は、いつも決まってギリギリ組。近いと、走れば間に合うさとなってしまうのでしょうか。そういえば、彼らはギリギリまで寝ていても間に合う…確かに。

 先週の金曜日に、「留学試験」の申し込みを、皆で書いたのですが、写真を規格通りに切るために職員室へ行った学生が、「もしかしたら、大学に合格できるかもしれないから」と言っていたという話を聞き、ガックリ。

「留学試験」を受けていないと、「大学」の「受験」が出来ない場合もあると、「六月」の申し込みの時にも諄く言っておいたのに、全く記憶の片隅にも置かれていなかったのです。これは「大学受験」の条件であって、それで何もかもが決まるというわけではないと、あれほど言っておいたのに…。

 そういえば、最近の中国人学生は、「大学受験」と言わなくなっているようです。以前は、まず、どのようなことがあっても、高卒であったなら、「大学受験」と言ったものでしたが。彼女も、ご多分に漏れず、専門学校へでも行くかと思っていたのでしょう。それが、クラスの仲間が、「大学、大学」と言い始めた…それで寂しく(?)なって、大学にでも行くことにするかと思い出した…のかもしれません。

 目的がなく、大学へ行っても、後が困ると思うのですけれども…。まあ、そもそも、日本へ来る時にも、日本へでも行ってみるかと思って来たのでしょう。昔に比べゆとりがある学生が増えた…ことが、その一因になっているのかもしれませんが。

日々是好日
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「留学生の本業は、『勉強である』ということ」。

2013-07-19 11:57:00 | 日本語の授業
 晴れ。早朝、涼しい風が吹いていましたが、暑くなりそうです。熱帯夜が、少し遠のいていたので、また急に暑くなられると、体調管理が難しくなるかもしれません。

 さて、学校です。

 昨日、午後の学生に通訳になってもらって、来たばかりの学生達に話をしました。

 日本にはいろいろな人達が住んでいるということ。
 同じ国から来ているからという理由だけで親しくなったり、休みの日などに部屋へ入れだりなどしないこと。
 寮の部屋は勉強のために準備してあるのであって、外部の人を入れて騒いだりするためではないということ。
 アルバイトが休みの時には十分に休憩を取ってほしいということ。

 それから、日本に今いる人達の中には考え方が、この学校とは合わない人達がいるのだということも伝えました。

 日本にもいろいろな日本語学校があります。(日本語学校)卒業後、留学生たちを、関係する専門学校に適当に入れてしまえば、それで事足れりというような学校も、ないわけではないのです。大半の日本語学校は、できれば大学に入れてやりたいと思ってやっているのですが。

 運悪く、そのような日本語学校を卒業して、そのような考え方に染まってしまっている場合、「勉強は馬鹿らしい、それよりも日本語学校に在籍している間に、とにかく稼いでおけ。そしてその金で遊んだり、家族に送ったりしてやれば、みんなにいい顔ができるし、気分もいい。それから専門学校に入って、また働いて、それからどこでもいいから、どこかの日本の会社に入ればいい」という考え方をする人達もいるのです。そして、それを、来日したばかりで、まだアルバイトも決まっておらず、ちょうどお金に困りはじめている学生達に吹き込んだりするのです。

 すると、何といっても日本に長くいる人達の言葉ですから、「そうか、日本ではそうやった方が得なんだ」と、初心をきれいさっぱりと忘れてしまうような学生も出てきたりするのです。あっちの方が憧れになってしまって。もともと、そんなに勉学に燃えてきているわけではないのでしょうから。

 それで、最後に、この学校では、できれば皆に大学に入ってもらいたいということ(経済的な事情などで、卒業後直ぐはだめでも、専門学校や短大を経由して、大学に入った人もいます)。そのためには、他の人からの変な話を聞いたりしないでほしいということ。皆は勉強するために来日したのであるから。

そんなことを、確認かたがた、二年生の学生に伝えてもらいました。

 本当のことをいいますと、学生達が、来日時に持って来ているお金は悲しいほど微々たるものです。そして助け合って生活しているです。来たばかりの学生がお金をあまり持っていないので、心配していると、二年生(同国人)が「大丈夫。一緒に食べるから」と言います。

それはそれで微笑ましいのですが、そうやっていくと、アルバイトが一番大切なことになり、本業の勉強の方は片隅に追いやられてしまいます。

 学生達には、「お金はできた。けれども、どこの大学にも合格できなかった」なんてこともあるんだよとは、言っているのですが。

日々是好日
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「クラスの勢力図…どこの国から来た学生が一番多いか」。

2013-07-18 12:20:55 | 日本語の授業
 曇り。早朝、雨がパラパラと、まだ降っていましたが、それも、すぐに止み、今朝も涼しげな風が吹いています。

 昨日、学生達が帰った後、雨が降り始めると、急にムシムシしてきました。それが、まるで、梅雨時のお天気に戻りでもしたかのようで、あれれ…梅雨は終わったはず…なのに。今年は梅雨が梅雨らしくなかった故にか、どこやら、梅雨を懐かしむかのような気分が残っています。

 それでいながら、家に戻った時には、公園から「セミ(蝉)」の声が聞こえてきて、ホッ。夏を実感できたからかもしれませんが。まず、暑いだけではだめで、それは、単に、暑いに過ぎぬのです。夏の風物がそれなりに揃っていなければ。

 とはいえ、「ホオズキ(酸漿)」は、もう盛りを過ぎたような気がしますし、「シソ(紫蘇)」の葉も、つい、この間まで、いじけて見えていたのが、今では、固く、しかも虫食い状態になっています。いったい誰が囓ったのでしょうね、あれは苦いと思いますけど。

 さて、学校です。
 今、学校では「ベトナム人学生」と「スリランカ人学生」の数が拮抗している…かな。今年度までは、ベトナム人学生の方が多いかもしれませんが、去年、来た学生達が卒業した後は、多分、スリランカ勢の方が増えるでしょう。

 しかしながら、こうやって同じ国から来た人達が増えてくると、(どの国から来た人が多いかによって)また雰囲気が変わってきます。その色に染まってしまうのです(何と言いましても、声が大きい方が勝つのです。これに抵抗できたのは、かつて、スリランカ勢が多数を占めていた頃、同じクラスにいた中国人男子学生だけでした。彼は強かったですね。スリランカ勢が馬鹿な冗談を言ってうるさいと、「うるさい」と一喝していましたから)。これは勢力図によって色分けされていくのと同じなのです。

 ただ、これは、その(多数を占める)国の人にとっては、あまり良いことではありません。他が見えなくなるのです。つまり、自分の国にいた時と同じことを、この日本でもやってしまうのです。

 他の国の人達が多いと、自分達のやり方が通じないということもわかりますし、時によっては、彼らのやり方を非難されるということもありますから、だんだん変わっていくのが常なのですが。

 この学校では、普通、一クラスに、5カ国か6カ国からの人がいます。ただそれが一国につき、一人とかだと、やはり主張できるまでには至れないのです。

 去年から今年にかけて、ベトナム人学生が大半を占めていた時にも、似たことがありました。同じ国の者同士であったら、言葉がわかりますから、多少大きな声で話していても、それを「騒音」とは感じにくいのです。ところが、他の国の学生達から見れば、「大声で何かやり合っている、うるさい」でしかないのです。

 どうも、その轍を、今度はスリランカ人が踏みそうです。「Dクラス」では、一人が「七月生」のクラスに下りて、それが減りました。ところが、彼らは「無実の罪」で叱られているとしか感じていなかったようなのです。授業中、話し合っていると、当然のことから教師から非難の矢が飛びます。わからないことを教えてやっているのだと言うのですが、同時に笑いあったり、さんざめいたりしていますから、顔の表情を見ればそれだけではないということが伺えます。

 自分達が中心ですから、他が見えないのです。そのくせ、タイの学生達が話すと、うるさいと言います。公平な立場から見れば、当然のことながら、声を潜めず大きな声(彼らにとっては普通の声です。道で友達と話しているときの声と言うことです)で話している彼らの方が、余程授業妨害にあたると思われますのに。

 そして、人が減り、それができなくなると、途端に生気を失ってしまうのです。自分も「七月生」のクラスに行きたいと言い始めます。そうすれば、あのクラスにはスリランカからの学生がもっといますから、スリランカの学校で賑やかにやっていた通り、授業中、人をからかったり、つまらない駄洒落を言ったりして楽しめるというのでしょう。私たちから見れば、面白くも何ともないのですが、そんな話は。

 総じて、インド系の人達は、面白いことを言って、人に笑われたい(これは楽しませたいという意味で)という願いを持っている人達が多いようです。ただ、そこには「芸」がない…。だれかが他の国の女子学生と話していると、「AさんはBさんが好きだから」とか、そういうことを言って喜んでいるだけ。それは幼稚園の園児の会話だろうと言いたくなるのですが。日本では男であれ女であれ、必要であれば、普通に話しますし、仲良く話しているからといって、即、恋人というわけでもないのです。

 日本人には、何となく彼らの言っている意味が判りますから、「鬱陶しいな」くらいで終わるのですが、そういうデリカシーがあまりない中国人学生から見ると「馬鹿みたい」で終わり。それなのに、どうもそれが彼らにはわからないらしい。そんなことを言っていれば、みんなが「わあっ」と囃し立て、一躍自分が主人公にでもなれるとでも思っているようで、それもまた悲しいことなのですが。

 ただ、(彼らから見れば)残念なことに、教師の話をキチンを聞かない学生は、この学校では歓迎されないのです。

日々是好日
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「引っ越したい…。どうして…。あんな奴が大学に行きたいなんて言っているって言われる…。」。

2013-07-17 08:44:39 | 日本語の授業
 小雨。昨日に引き続き、涼しい風が吹いています。つい2、3日前の酷暑がうそのよう。ずっとこうであってくれと思いたい反面、もしそうであったら、不作、凶作ということにもなりかねませんから、やはり、夏は暑くあるがよろしく、冬は寒くして然るべきなのでしょう。

 さて、学校です。

 昨日、一人の学生が、「寮を出たい」と言いに来ました。「スリランカ人が嫌いだ。とても嫌だ」と言うのです。彼のクラスには五人のスリランカ人学生がいます。最初は、「ルームメートと喧嘩したのかな」とか、「クラスで何か諍いがあったのかな」などと思ったのですが、どうも違っていたようです。

 ちょうどその時(授業が始まる10分ほど前です)、一人のスリランカの男子学生が個表を取りに来ていたのですが、彼がいることを気にしている風もなく、必死に私に訴えようとします。却って彼に助けを求めるようなふうさえありました。そこで、まず、彼とは関係がなさそうだと、可能性がありそうな人を一人ずつ消していきます。少しホッとしたのですが、それでも、どうして嫌なのか、どうして寮を出たいのかと問い詰めていきます。

「同室のS①さんと喧嘩したのか」「違う、違う、先生違う」。「じゃあ、同じ部屋のS②さんと?」「先生、違う、違う。二人はいい人。大丈夫、大丈夫。二人じゃない」。「じゃあ、いったい誰」。

 スリランカ人というのは、「告げ口」とか、「陰口」とかいうのを極端に嫌います。「誰が言った?」というのが、彼らの口癖であると言ってもいいくらいです。日本人と同じように島国根性の持ち主であり、日本と同じように農耕民族、村社会で生きているからなのでしょう、もちろん、インド文化の影響を色濃く受けているようではありますが。仏教の面から見れば、タイやちょっと毛色は違いますが、ネパールの影響もあるのかもしれません。

 何でも、平穏無事に、誰とも喧嘩せずに、いい人に見えることが必要なのでしょう。ですから、たいていの場合、嫌でも口にしないのです。無理に無理を重ねて、仲良しに見せようと我慢に我慢を重ねて、それでも耐えきれない時に、バアッと噴き出してしまうことがあるのです。耐えた分だけ、それは重くなってしまうようですが。

 ただ、彼がその話を始めた時、私の頭にあったのは、彼のクラスの学生、あるいは、この学校の学生のことでした。嫌がらせをするような学生がこの学校にいるとしたら、それこそ早く見つけて、どうにかしなければなりません。

 特に、ドキッとしたのは、その後に、彼が言った、「『あんな奴が大学に行きたいなんて言っている』とか言われた。それがとても嫌。先生、部屋を出たい。引っ越ししたい」という言葉だったのです。そういうことを言う人が彼の身近にいて、それが原因で(スリランカ人というのは、誰も何も言わないといいのですが、だれかからそういうことを言われると、直ぐに腰が引けてしまうのです。言われまいと、自分の夢を殺してしまうことさえあるのです)彼が夢を諦めるとしたら、…それこそ、私たちが一番に怖れていることです。そんなことをさせてはなりません。

 もちろん、彼(スリランカ人)らが、日本に、留学生として来る理由は様々です。

 働きながら(稼いで)、日本語も話せるようになるし、その上、専門学校へ行けば、技術も適当に習得できる、だから日本に来たという人も、もちろん、この学校にはいます。それでも、彼らが日本語がある程度できるようになり、卒業後専門学校へ行って、それなりの技術を身に付けられれば、将来、生きていけるというのであれば、人の「志」は様々でありますから、私たちがとやかく言うことではありません。

 けれども、私たちが何より守らなければならない人というのは、学びたいことがあって、それ故に日本に来て頑張っている学生達なのです。日本語の能力なんて、どうにかなります。やりたいことがあって、その方面に進んでいくことさえできたなら、周りはそれが好きで好きでたまらない人達が集まっているわけですし、本人も、彼らとはまた違った感性、経歴を持っているわけですから、日本人の若い人達から見れば、「面白い」となるのは必定です。

 日本語学校に在籍する一年半、ないし二年というのは、そういう人達にとって、決して楽な期間ではないのです。望みのものを手に入れるためには、まずお金が必要です。生活費は切り詰められても、学費がいります。そのためには、「真面目に」アルバイトもせねばなりません。

 日本語は、彼らの目的を達するための道具として大切でありますから、学校には休まず通って、大学の先生方と話すにしても、困らないようにしておかなければなりません。

 とはいえ、「非漢字圏」の学生達が、漢字も読め、書けるようになり、しかも日本語の文章を読みこなせるようになるためには、時間が必要です。日本に慣れてからというのが相場なのですが、この「日本に慣れてから」という期間には、残念ながら、日本語学校での一年半、ないし二年は、ほんの少ししか引っかかっていないのです(つまり、大学入試には、間に合わないのです。正確に言いますと、これは「非漢字圏」の学生であって、中国人学生は含まれていません、念のため)

 ですから、私たちは大学に期待するのです。そういう学生を抱えている私たちにとっての「いい大学」というのは、最初はたとえ「日本語力が、多少劣っていても、専門に対する情熱だけはある」という学生を見極め、選別し、大切に育ててくださる大学のことなのです。

 私たちは「志」のある学生は、どのように日本語力が劣っていようとも、決して「捨てる」ことはしません。「無理だよ」と切り捨てることもしません。それどころか、「夢があるなら、頑張れるはずだ」と力づけてさえいるのです。

 国でできなかったこと、学べなかったことを日本で学んでほしい、夢を叶えてほしいと願っているのです。

 それゆえに、彼らのこういう気持ちに水を差すように人を私たちは許すことができないのです。しかしながら、彼らの国では、もともと、こういう風潮があるような気もするのです。

 皆、同じ。何でもかんでも、皆、同じ。横一列に並び、恩恵を受けるなら、皆、同じように受け、不幸なことがあるなら、これもまた、皆、同じように被る。抜け駆けは許さぬ、時には足の引っ張り合いも辞さないといったような、どうにもこうにも、ドヨヨ~ンと淀んだような雰囲気です。

 その中にあって、「やりたいことがある。好きで好きでたまらないことがある。そのために日本へ来た」という学生は、私たちにとって、ある意味では「鴨が葱をしょってきた」なのです、変な言い方なのかもしれませんが。

 だって、私たちはそういう学生が大好きで、そういう学生の夢を叶えたくて、そのために努力しているわけなのですから。そういう学生が私たちの学校に来たら、それこそ逃がさないように、バシバシッと周りを囲んでしまいます。彼らの夢が破れないように、しぼんでしまわないように。邪魔する奴は一人ずつ(もしこの学校の学生であるならば)話し合って、そのすばらしさを納得させていきます。

 夢を見ることは素晴らしいことなのだと。やりたいことがあるのは、本当に素晴らしいことなのだと、その人一人ではなく、他の人にも感じてもらいたいのです。たとえ、皆が同じ夢を見ることはできなくても、少なくともそういう人を応援できるような気持ちにはさせていきたいのです。そして、もし、できるなら、その人にも、かつてはあった夢を思い起こさせたり、好きなことを捜したりさせていきたいのです。

 (引っ越しは)だめだと言っておいたのに、授業が終わってから、また言いに来ました。彼のそばには、ルームメートがついています。そして、訴えかける彼を見ています。何かあったら、助けたいとでもいうように。結局最初、私が思っていたことは杞憂にすぎたようです。

 とはいえ、自分の夢を叶えたいと強く願っているならば、周りがどういうことを言ってきたとしても、それに負けないだけの根性が必要になります。それがなければ、夢は叶えられないでしょう。日本人が日本で、何かを勉強するというのとは違うのです。彼らにはビザが必要ですし、期間も限られているのです。ちょっと厳しいかなとは思いましたが、「これからもいろいろなことがあるだろう、その度に逃げるのか。引っ越しはだめ」

 彼は、我慢できるでしょうか。私たちもいろいろな情報を集め(この学校の学生ではないようですから)、彼の援護射撃を、できることから始めていくつもりです。もちろん、彼が強くなることが一番大切なことなのですが。

日々是好日
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「…儲けたい…。それは、そうでしょうけれど、かつて『日本』では…」。

2013-07-16 08:36:13 | 日本語の授業
 晴れ。
今日は窓を開けた時、ひんやりとした風が吹き込んできました。南風でも西風でもなく、東よりの風、海からの風がうまく入ってきていたのでしょうか。海風には救われる時があります。

 古来から日本人は、海から大きな恵みを受けてきました。その恩恵に浴し、感謝の心を忘れず、それがとこしえに続くことを祈り、海を汚さぬよう生きてきたはずでしたのに。そして、山の民も山を汚さぬよう、入山する時には山の神に祈りを捧げるほどでありまし
たのに。

 己の欲望に従わせるのではなく、今日の糧を、今日得ることで満足していた人々は、いつの間にか、海を、山を汚すことによって、生きるための糧を得、山を海を、もやは生き物が存在できないような「不毛の地」、「不毛の海」へと変えていきました。


 その地に生まれ、生きてきた人が、一番その地を知り、そしてその地を守らねばならないはずであるにもかかわらず、それなのに…。

 かつては、その地に生まれた人々がその地で生き、その地を守っていました。海からどれほどのものを奪えば、海が傷つくか、そして、山からどれほどのものを強奪すれば、明くる年に、自分達が飢えねばならぬのか…。それを知っていたのが山の民、海の民だったのです。

 大地に根付いて、海にしっかりと足を絡めて生きている人間が少なくなってしまった時代には、もはや、空想のような話ですけれども。

 いったい、いつから、人は、こうも増上慢になってしまったのでしょう。

 以前は、たとえ、血気にはやる若者がそうしたいと願ったとしても、村や町の年寄株が、分相応を語り、それを諫め、若者連も己の欲を抑えざるを得なかったのでしょう。「儲かる」というのは、確かに魅力的な言葉ではありましたが。

 けれども、グローバル化が進んだ現代社会では、先人の「智慧」というのは通用しません。まだるっこしいのです。「今日、なんぼ儲けられるか」が、一番重要なことに「へんげ」しているのです。

 経済はどんどん増幅し、もやは一ヶ月前、一週間前の常識は通用しなくなっています。しかも、「富」は世界規模で集積し、分散していきます。「今日の長者」は、「明日の一文無し」かもしれないのです。

 蠅取紙にかかった「ハエ(蝿)」のように、蟻地獄に迷い込んだ「アリ(蟻)」のように、一度この罠にはまってしまったら、きっと「甘い夢よ、もう一度」ということになるのでしょう。面白いのでしょうね、きっと、「成功体験」というのは。

 人なんて、失敗したことは直ぐ忘れてしまえるようにできていますし、成功したことはたとえ「一万分の一」の確率であったとしても、しつこく覚えているものなのですから。経済学の秀才達は、炎に群がる「ガ(蛾)」のように、己を焼き尽くす真っ赤な火の中に、喜んで飛び込んでいきます。これを制する者はいるのでしょうか。あるいは、「理を解き、社会のために経済を活かす」よう、勧められる人はいるのでしょうか、経済界という世界には。

 確かに、昔から、「時分の華」というのは、言われてきました。それは、先が見ゆるが故にこその「花」であり、そして、彼らの目に見えていた「先」というのは、決して「幸福な自分の姿」ではなかったはず。

 経済界における「成功者」というのは、いったいどんな意味で使われている言葉なのでしょうか。

 経済というのは、結局はどのようにして「金を儲けるか」なのでしょう。本来ならば、「人々を幸福にするための『配分』を如何にすべきか」が、経済人の心になければならないはずなのに。そして、そうすれば、どのような形であれ、「人々の心に届く」はずですのに。

 そうでなければ、「智慧」よりも、金を儲けるための「技術」、一週間後にはもはや古びて使い物にならないような技術の獲得に血眼にならざるを得ず、社会的な視野、あるいは敗者への思いやりという視点が霞んでいってしまいます。

 もっとも、そういうものは、どんなに歯車を早く廻そうと、息切れるまで駆け続けようとも、いずれは朽ちていくものなのでしょうけれども。

 ただ、そういう、「一時の華」であろうとも、人々の心を惑わすには十分なのです。

 さて、東京では、「お盆」が始まっています。
 
 一般的日本人の常として、宗教にはさほど縁のない自分ながら、「盆」のしきたりを守り、自分と縁近き人を「迎え」、そして「送り」している人の姿を見ると、守ることの難しさ、その得難さを感じてしまいます。

 一見、「守旧」と言われ、時勢に乗り遅れているかに見える人々の中にこそ、本来の、つまり危機に陥った時に初めて見える解決策のようなものが潜んでいるような気がしてならないこともあるのです。

日々是好日
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「スリランカ人のネットワーク…『アルバイト』」。

2013-07-12 08:35:24 | 日本語の授業
 暑い。全く茹だるような暑さが続いています。学生たちは、皆、茹で蛸のような顔でやってきます。アルバイトで忙しいだろうに、よく時間通りにやってこれるなと思うことも、これまた度々あり。

 さて、学校です。
 実は、先日、スリランカ人学生が二人、休んだのです。この二人は、休むことはほとんどないので、あれっと思ったのですが。もちろん、眠くてたまらない時は、学校で船を漕いでいたりすることはあるのですが…。

 それで、そのうちの一人に、その翌日、聞いたのです、「どうして、休んだのか」と。ちょっと強面の顔をして。「…だって、先生。Sさんを、私のレストランへ連れて行ったんです。面接です…」。「なぬ。それで学校を休んだのか」と、私が言うや否や、飛ぶようにして階段を上がり、安全地帯に至って、こちらを振り向き、「だって、面接です。アルバイトを捜していたし…」。

 本当に叱って良いのか悪いのか…。七月生は来たばかりですから、当然のこと、アルバイトはありません。いくらスリランカ人は耳が聡いと言っても、まだ日本語もほとんど聞き取れませんし、話せません。

 「でも…私の所は大丈夫です。私たちがいますから」。
 そう言えば、「Bクラス」のスリランカ人学生は、五人のうち、四人までがアルバイト先が同じです。

 去年の一月生が、来日後3か月ほどしてから、友達の紹介で、舞浜の今のレストランで働き始めたのが始めで、それから、四月生も、七月生も同じようにして、紹介されてやっているようです。

 面接に連れて行って成功したら、その時からそこで働き始め、だめだと言われたら、他を当たり、日本語の聞き取りがある程度できるようになってから再度挑戦させ、成功したら、そこで働く…。

 スリランカ人は、こういうネットワークがすごいのです。同じ学校に新しい学生が入ってきたら、直ぐに伝手を辿って、アルバイトに困らないようにしてやります。もちろん、日本語の能力や相性などはあるでしょうが、それでも、どこかを捜してやっているようです。

 ただ、これは男子学生だけ。女子学生はどうもこれが苦手のようで(なぜか男子学生は女子学生に紹介するのを厭っているように見えるのですが。これも彼らの習慣で、そんなことをしたら直ぐに噂になったり、まずいことが生じたりするのでしょうか)、なかなかいいアルバイトが見つからないようなのですが。

 そして、女子学生にアルバイトを紹介するのも、彼女らの知り合いか身内の、先に来ていた女性達。男子学生のように友達の友達に連絡をし、なかったら、そのまた友達の友達に頼んでいくというふうにはならないようです。

日々是好日
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「先生の『しごきに耐える』かなあ…。『しごき』じゃないんだけれども」。

2013-07-10 08:34:12 | 日本語の授業
 晴れ。
 昨日は雨が降りませんでした。一雨来ると少し凌ぎやすくなる…はずなのですが、昨今はそうはいかないようです。「いいお湿りでしたね」なんて言葉は、もう死語になっているのでしょうか。

 さて、一昨日、怪我をした学生のことです。数年前には、「家を出る時に転びました」と(怪我もしていません。転んだのがショックだったからというのです)、二時間も遅れたスリランカの学生の言い訳がこれでしたから、今回も、「あれだけ身体を打っていたからなあ。自転車に乗ってくるのはちょっと無理かもしれないな」などと思っていたのですが、豈図らんや、きちんと来ていました。

 変わりましたね。これは、以前の学生達の大半が工場などでしか働けなかったのに比して、彼らはレストランできちんと働けいている。つまり職場でも厳しく訓練されているからかもしれません。とはいえ、肩にも、足にも、腰にも、サロンパスを貼り回しているようでしたが。

 おまけに、授業の時、笑うと、塞がりかけた人中の傷がまた開いて血が出たりするのです。だから、「笑うな、抵抗するな(だれかがからかうと、直ぐに言い返そうとするのです)」と言っているのに、やはり、言い返さずにはいられないようで、その度に「痛いです」と顔をしかめます。

 中国人の女性は手加減しませんからね、「痛いのォ」と言いながら、肩を叩こうとしたりします。その度に「先生、Kさんは、本当に悪いです」と訴えられてしまいます。そのくせ、どうして転んだのという問いかけには答えようとしません。だいたい、あのとき驚いてそばに集まっていた連中からして、笑うのですから。本人はばつが悪そうな顔をしているだけ。というわけで、どうして自転車で走っている最中に倒れてしまったのかは判らずじまいです。

 さて、学校です。
 今、一番肩の力が抜けない「Dクラス」です。
 昨日も、一人のスリランカの学生が来た時に、「どうして、先生は怒っているのかわかりますか」と聞いてみると、彼は困った顔をして、「わかりません。…先生、私たち、騒いでしません。静かです」。

 ムッ。そんな私を見て、「先生、本当です」。たたみかけるように言い募ります。そこで、「ムッ」と言ってみました。「…ええ。…私たち。そう、うるさいね。…うるさいの」だんだん声が小さくなります。そこで、解放。

 そして、授業が始まりました。(スリランカ人の学生のうち)一人が、何か言おうとすると、私の顔にサッと目を走らせて、「静かに」と言います。うん、うん。よし、よし。けれども、一人はどうしても、黙っていることができません。とはいえ、一人ではおしゃべりができませんから、自然、言おうとして相手がいないのに気づき、目を泳がせて仕舞いになるを繰り返してしまいます。

 その結果です。授業が終わった時に、「下のクラスに移りたい…」。「今のクラスの授業は、判らなくなりましたから…」。それはそうでしょう。騒いでいるうちに、教師の説明が終わっていることもあります。それに、復習ができていないので、前の単語も忘れていれば、置き換え練習もままならなくなります。単語レベルで「わからない」が始まっているのですから。ただ「初級Ⅰ」の「第一課」からであれば、単語がわからないと騒いで聞く必要もなくなるでしょう。「勉強しなければ、どのクラスに行っても同じです」とは、言ったものの、それが判るくらいなら、こうはなりません。暖簾に腕押しでした。

 とはいえ、どうして、私たちがこんなに怒るかというと、「日本語を早く上達させたい」、「アルバイト先で嫌な思いをさせたくない」、「早く日本に馴染ませたい」などという思いがあるからなのです。その意を汲み取れずに、楽な方、楽な方へと流れていけば、それで終わり。来た時と同じ状態のままで、卒業することになってしまいます。

 以前、中国人の学生が多くいた頃には、早く「上級」の教科書をやり上げてしまい(一級の合格させてしまい)、DVDを使ったり、中学や高校の教科書や参考書を利用したりして、少しでも多く一般知識を身に付けさせようと懸命になっていました(中国人の学生は社会学系の知識が乏しい場合が少なくなかったのです。これは政治体制の問題で、「寄らしめず、知らしめず」が徹底していたからかもしれません)。とはいえ、私たちから見れば、ごくごく普通の知識です。日本人なら、おそらく、小学生でも、興味があれば知っているようなことなのですが。

 本来なら、スリランカやインド、バングラデシュなどの国から来ている学生達も同じように、早くからそう言う知識を入れてやっておいた方が良いのでしょう。けれども、漢字がネックになって、なかなか早く「上級」まで至れません。もちろん、だんだん、ヒヤリング力が増しているので、ついには、漢字よりも知識だということになってしまうのですが。

日々是好日
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2013-07-09 09:13:23 | 日本語の授業
 晴れ。昨日、(梅雨が明けた途端に)真夏のギンギラギンの太陽が照り付け、皆、炙られて、顔も真っ赤っか。学校に来るだけでも一苦労のようです。けれども、昨日は「七月生の入学式」。これはつつがなく執り行われ、最後はシュークリームなどで、簡単な茶話会をして終わり。今日から、彼らの授業が始まります。学校は相変わらず、熱波の仲にありますけれども。

 さて、昨日の午後4時頃、急に空が曇り始め、遠くで雷様が太鼓を打ち鳴らしている…ような音がかすかに響き始めた…(これも異論あり。雷じゃないという学生もいたくらいでしたから)、都心では、4時ごろから、雷様が暴れ回り、土砂降りになっていたそうですから。

 そして、ここでも、突如、ピカッと大仰に光ったかと思うと、バァーンと落ちるような音がして…、最初はポツポツだった雨粒も、突然ザァーと滝のようになり…。
 学生達は不安そうに外を見ています。

 上のクラスでは、学校が終わってから、寮に戻り、そそくさと食事を済ませると、自転車で40分ほどのレストランへアルバイトに出かけるという学生が、5、6人いるのです。ですから、強い雨風が何より困るのです。

 学生達が帰る4時45分を過ぎても、雨は止みません。「これは夕立だから、少し待ってごらん」というと、何人かは雨宿りよろしく教室に残っていたのですが、少し雨の勢いが緩んだ頃でしょうか、急いで帰らないとアルバイトの時間に遅れると大急ぎで自転車を漕ぎ出した学生がいました。大半の学生達はまだ、玄関で団子状になって空を見ていたのですが。

 その時、一人の教員が「(自転車で飛び出していた)Rが(自転車ごと)倒れた…学生達が集まっている…どうも怪我をしたらしい…」と言って外に出て行きました。そして直ぐに戻ってきて、怪我をしているから薬箱をと言います。

 倒れていた学生はなかなか戻って来ません。少し経って、そばにいた学生達が周りを取り囲むようにして連れてきました。目のところが赤く腫れています。小鼻のところが切れています。人中(鼻溝)の下の所からも血が出ています。手の甲の部分も何カ所か切れています。腕にも擦りむいた跡が残っています。「先生、足も痛い」と言っても、Jパンの厚い生地ですから、おそらくは打撲したのでしょう。その時点では気がついていなくても、あちこちを強く打ち付けていたと思います。少し経ってから、きっと、「ああ、ここも」と気づくのでしょうが。

 一応、出血した所などを消毒し、カットバンを渡すと、クラスメートが貼ってやります。鏡を渡すと、初めて判ったように、「おお」と声を出しています。それから「先生、アルバイトの所に電話して。今日は行けない」と言います。

 直ぐに彼の電話を借りて「断りの電話」を入れたのですが、責任者が留守だとのことで、改めて戻り次第向こうから電話をすると言います。学生が帰ると言いますので、「途中、薬局に寄り、事情を話して、必要な薬を買うように」と言っておいたのですが、ちゃんと言えたかしらん。

 帰るのを上から見送っていると、同じ寮の仲間が三人、クラスメートが一人、それから、仲が良いのでしょう、下のクラスの学生も一緒に、ゆっくりと帰っていきます。彼は自転車に(痛くて)乗れませんから、他の人達も歩いています。

 彼らを帰したあと、「10分ほどで戻るから。それから電話をするから」と言っていたのに、彼のアルバイト先から電話がありません。それで、慌てて、彼の方に電話をかけましたが、通じません。同じアルバイトをしている学生にも電話をかけたのですが、これもまた通じません。やっと彼を送っていた一人に通じたので、電話番号を聞き、もう一度、「今日休みをもらいたいということは大丈夫か」と確認をとっておきます。

 それから、程なく、責任者の方がもどられたのでしょう、電話がありました。「今日のことは大丈夫。木曜日も入っているのだけれども、その日の都合を聞いておきたいので、本人からも電話をしてもらいたいのだが」とのこと。それで、また、彼の友人に電話をします。してから5分ほどして、「そうだ、彼らにはきちんと言っておかなければ。後で後でと先送りしてしまう…んだっけ」ということに気づき、再度電話。

 「電話しましたか」(思っていた通り)。「いいえ、まだです」(だめですよ)。「直ぐしなさい。こういうことは(こちらの事情で、急に休ませてもらうことになったわけだから)早くしたほうがいい。直ぐに電話しなさい。それからまた学校に電話して下さい。もし何かあったら、学校から(あちらに)電話しますから」と言って、切ったのです。

 素直ですからね、彼らは。言われた通りにしてくれます。折り返し電話があり、「電話をした」とのこと。「大丈夫だった」とのこと。まずは、安心しました。

 しかし、全身を強く打ってたようですから、自転車に乗れるようになるには少し時間がかかるかもしれません。それくらい勢いよく自転車を走らせていたのでしょう。どういういきさつで倒れてしまったのか、それを聞くのはまた後のことになりそうですが。

日々是好日
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