日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

昨日、「木枯らし1号」が吹きました。みんな、風の音の激しさにびっくりしていました。

2017-10-31 08:48:12 | 日本語学校
曇り

昨日、「木枯らし1号」が吹きました。「吹きました」とは、軽すぎる言い方と思われるほどの強さで、吹き荒れました。例年、こうだったかしらんと思ってしまうのは、最近の天気が、もはや「異常気象」といっても、「異常」に聞こえないほど言い古されてしまっているのかもしれません。「想定外」というのもそうなのでしょう。最初のころは、「専門家がこれを使うなよ」と、皆、怒ったものでしたが、今では「言い逃れ」にちょうどいい言葉となっています。

とはいえ、今年も、無事に、「木枯らし」がやって来ましたし、各地から、「初冠雪」やら「初霜」やらの頼りが届いています。

そして、今日、「ハロウィン」の日だとか。

これは、日本では「仮装行列の日」、あるいは「運動会の項目の一つ」となり果てているようで、宗教臭さは全くなくなっています。「楽しければいい」、「きれいだったらいい」のか、と、目くじらを立てる必要もなく、それぞれが当時の社会の要求から取り込まれてきたものなのでしょう。

「クリスマス」も然り、「バレンタインデー」というのもまた然り。

世相が暗いときには、パッと華やかに行きたいと思うでしょうし、家族の絆がアワアワとなりそうであれば、皆が一所に集まり、一緒に飾り付けでもし、達成感を味わい、プレゼントを交換し、互いを確認し合いたいものなのでしょう。

とはいえ、こうグローバル化が進んできますと、これもまた「おかしな国」と言われてしまうことになるのかもしれません。だいたいキリスト教徒といわれる存在は、この国にはあまり見られませんし。

古くからある「仏教」にしても、「神道」にしても、普通の日本人は、だいたい両方のお世話になっています。…どっちを信じているかと言われても、困ってしまうし、では、信じていないのかと言われても、困ってしまう。だいたい、そういうものではないのです…。

近くにお寺がなければ、神社にお参りをし、神社がなければ、近くのお寺に参る。あるいは、旅行先で見物かたがたお参りをする。対象が何であってもいいのです。何かに「祈
る」という行動自体が宗教と言える…ことになるのかもしれません、ここ、日本では。

もっとも、かつては、日本でも、仏教の信徒同士、血で血を見るような争いもあった。それぞれの宗派で殺し合うようなこともありましたし、罵り合いなども日常茶飯事だったでしょう。だから、今のこの状況を私はとてもいいことだと思うのです。

「我こそは善なり」とか、「絶対の存在」「真理」とかを声高に叫びさえしなければ、この地はとても暮らしやすい…となるでしょう、どの宗教を信じる人たちにとっても。

で、異国から来た人たちのことです。話は、勉強に移ります。

一口に「非漢字圏」とは言いながら、漢字を覚えようとする人たちが比較的多く集まった時と、全く興味を示さない人が大半を占めた時とで、授業のやり方も異なってきます。とはいえ、漢字が読めなければ、文章題は全滅ですから、「N3」合格が、せいぜいなのでしょうが。

これは、本当に不思議だったことなのですが。もっとも、今では全く不思議とは思っていません。そういう人が何人も出たのです。授業中はいつも寝ている、漢字にも興味を示さない…にも関わらず、アルバイト先で重宝がられるほどには、日本語が聞き取れ、話せる…そういう人なのです。学校での勉強をほとんどしていなくて、「N3」に合格する人というのは。

おそらく、「N3」レベルの文章題であったら、平仮名を拾い読みし、テーマやキーワードを想像し、おそらくはこうであろうと推測して答えていけば(四択ですから)、全問正解とまでは至らずとも、合格点くらいには達せるものなのでしょう。

ヒアリング力だけでもどうにかなれるというのが「N3」試験の良さなのかもしれません。これは「非漢字圏」の人にとっては朗報です。

けれども、もし将来的に「N2」、「N1」を目指すのならば、漢字は必ず覚えなければなりません。また、日本の会社に入り、それなりに活躍したいと思うのであれば。

日々是好日
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金曜日に、「科学博物館」に行ってきました。

2017-10-30 08:57:34 | 日本語学校
快晴

二週続けて、土・日に台風がやって来ました。その台風も関東地方を既に去り、今は雲一つない青空が広がっています。

先週の金曜日は、皆と上野の「科学博物館」へ行って参りました。久しぶりの上野でしたが、丘に登るなり、「怖い絵展」前の行列にびっくり。帰りもやはり列は長く延びていましたから、これは中に入るまでが大変ですね。足の悪い者にとっては耐えられない状況です。

「博物館」の方はそれに比べれば、随分と楽でした。行って4列になり、待っていると、チケットを買った教員が戻って来て、それぞれに配布して、終わり。そのまま入るということで、なにも問題はなし。

少し前までは、並ばせるにも一汗かいたものでしたが、今は、「四人、四人」と言っていけば、そのまま並んでくれます。おそらく、こういうふうに並んだ経験があまりないというのも(以前の学生も最近の学生も)同じでしょうに、この違いは何でしょうね。

それは、約束の時間を守ると言うことについても同じです。夜勤のバイト学生もいるので、全員がその時間までに必ず来られるということは、おそらく無理なことなのですが、それでも、今はほとんどが揃います。こちらもイライラせずに済むので、着くまでそれほど厳しい態度をとらずに済みます。

声を厳しくせねばならぬときというのは、電車を降りてエスカレーターに乗るときと、地下から地上にあがるときくらいだったでしょうか、今回は。

エスカレーターに乗るときも、周りを見るという習慣がないので、小さい子連れの人や松葉杖をついた人、また道を横切ろうとする人に譲れないのです(つまり、…待てない)。それに、道を歩いているときも、ついつい広がってしまうのです。

公園の中などはいいのですが、地下鉄の駅構内で、これをやって歩かれてしまうと、周りの顰蹙をかってしまいます。

反対方向から来た人は通れない(退けとも言えないので、イラッとした表情を見せるのですが)。また、後ろから小走りで来た人も(追い抜けない)。(相手が)苛ついていても、それがわからない…見えないのでしょう。邪魔になっているということがわかると、大慌てで「済みません」と言って退くので、別に横着を決め込んでいるというわけではないのです。

言われるまで、平気で肩を組んで隣の人たちと話していたりします。その都度、「2列」とか、もっとこちらに寄るように言わなければならないので、大変です。近くならいいのですが、遠くにいる場合、大声で注意するのも憚られるので(私は走れない)、近くにいる二年生に「もっと左に寄るように言って」とか、「広がるなと言って」と頼んで走ってもらうのです。

こういうことは、彼らが慣れないせいで、1年くらい(もっとも、日本語ができればですが)で、周りを見ることが出来るようになりますから、大変なのは、来てからまだ一年経っていない人たちです。

とはいえ、新しい同国人が来ますと、彼らの言葉で話してしまいますから、二年生の行動も彼らの国のものと同じになってしまいます。

これは、不思議ですが、いえ、不思議でも何でも無いのでしょう。中国語で話していると、中国人的な行動をとり、日本語で話していると日本人的な行動をとる…というのも当たり前のことのようですから。

こう考えていきますと、日本人は道を歩くときも周りに気を遣っているのですね。

彼らが上野の杜に入るとホッとしまいました。ここなら道も広いし、広がって歩いていても、誰からも非難されずに済みますもの。

というわけで、博物館に着き、見て、解散。無事に一日は終わりました。

日々是好日
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昨日は雨、そして今日は晴れ。

2017-10-26 09:31:38 | 日本語学校
快晴

昨日は雨だったのに、もう晴れになっています。それも「秋晴れ」の空に。

「サクラ(桜)」樹は、黄葉が始まり、散り始めているところもあるようです。きっと自然にというよりは、雨にやられたのでしょうね、路上に落ちているのは。

今年は、晩夏と初秋が、なかった…、記憶に残らなかっただけかもしれませんが…。

例年ですと、この頃の「カ(蚊)」はとにかく根性が悪く、小さいくせに、噛まれるとピリッとして痒いこと痒いこと。まあ、向こうにも向こうの事情があり、一生懸命なのはわかるのですが。…それがほとんど無かった。根性悪の「カ」は居ませんでしたね。

夏から秋へと徐々に変わっていくうちに、夏の木々の花が少しずつ姿を消し、じわりじわりと黄葉が始まっていた…てなことも、あまり感じられなかった。

「ハッとして見れば、もう秋」だった。しかも、12月並みの寒さの日があったりして…。どうも落ち着きません。しかも、先週の日・月は台風が来た、それが去ったと思いきや、また今週の土・日にやって来るのだそうです、新しいのが。あくまで、予想だそうですが。台風のシーズンはまだ終わっていないのかしらん。「もういい」みたいな気になっているんですけれども。

さて、学校です。

「Dクラス(4月生)」の難物さんたちの授業では、あれこれと対策を練らざるをえず、それが不発に終わったことも少なからずありました。それでも、皆、毎日来てくれると言うことは、どうにかなっていたのでしょう。とはいえ、日毎に重くなってきました。なにせ、いつの間にか、もう「44課」が終わろうとしている…のですから。

「テ形」を入れたころから、皆(担当教員3名)で、とにかく「『騙し、騙し』行こう」ということで、やって来ました。この、(ほとんどが、日本に来て初めて日本語を勉強するのだと感じさせるような)ネパールの人たちは、本当に「どぎつさ」や「嫌み」のない、素直な人たちで、変なプライドやひねくれた自負心などもなく、私たちにしても、どうにかして、日本語のテストでいい点をとらせて、彼らを喜ばせてやりたい…という気持ちにさせられる…のですが、いかんせん、テストに慣れていないのです。

単純なテストの「型」ならば、どうにかなるのですが、(私たちから見れば)ごく普通の型で問われるテストはだめなのです。問題用紙を見るなり、「固まって」しまうのです。きっと、暗記だけなら、生きていけるのでしょう…。でもねえ、そうはいかないのです。

3ヶ月、中には半年ほども(日本語を)勉強して来ているはずなのに、「テ形」のルールが、なかなか呑み込めない。繰り返し繰り返し、毎日練習しているうちに言えるようになっても、どこか、頭で理解したのではなく、繰り返しで慣れただけのような気がしてならないのです。まあ、それはそれでいいのですけれども、ただ応用がきかないのです、それでは。

その上、「わかった」気になる前に、当然のことながら、「ナイ形」が出てくる。「ナイ形」が終われば、「辞書形」、「タ形」、「意向形」「命令形」「禁止形」「条件形」と活用の形は増えていく。その上「可能」やら「受け身」やらも入ってくる。毎日毎日が繰り返しです、とにかく繰り返しで覚えていく…しかないのです。

大変だァと思っているのは、…彼らが口にしなくてもよく判っているのですが、一回目というのは、だいたい、そんなものなのでしょう。既習の、ベトナム人学生だって、二回目だからよく出来る(みんなの日本語レベルでです)だけ。それだって、国でそれほど真面目にやっていなかった者は、字だってだんだん乱れてくるくらいなんですから。

それで、「大丈夫だよ、大丈夫だよ。一回目だからね、これを二回やるとよく判るようになる。だから、今は我慢のとき。今(20課辺りのときには)だって、『14課のテ形』をみれば、簡単だと思うでしょう。『50課』をやるころには、今日勉強しているところだって、『ああ、簡単』と思えるようになるから」とあやし、あやし、騙し、騙し、抑えに抑えて、やって来たのです、当初から担当していた三人は…。

時々、担任が「(毎日のこととて、つらくて心が挫けそうになるようです)、可哀想だなあ、わからないって顔をして見られると、つらくなる」と言えば、後の二人が、「大丈夫、大丈夫」と誰を慰めているのかわからないような慰めを言って、そして学生にも、「褒めたり」「叱ったり」で、ごまかし、ごまかししてやって来たのです。

それが、「35課」あたりから、だんだんごまかせなくなり、学生の方で、わからないことが自覚できるようになり、そろそろごまかせなくなっているような状態です。それでも、毎日来てくれているので、授業の終わりには、わかるところをやり、「ああ、わかった」で放課するようにしているのですが、それもカなり重くなりました。

担任は(途中から変わったのですが)、毎日のことですから、力尽くでごまかして、一応2冊目が終わってから、整理する気でいますが、間、間で入る人は、そんなことも言っていられず、「重い、重い」を繰り返しています。

それは、もちろんそれは、重いでしょうねえ。私の方は、毎日のことですから、適当に目先を変えさせることもできますし、元気がなさそうな日には、復習を多めにして、また元気に言わせていくこともできるのですが、隔日であったり、1週間に一度であったりしますと、その(彼らに対する)勘が養われる遑がありませんから、余計に重くなる。

しかも、交代した二人(の教員)は余計辛いでしょうねえ。

とはいえ、担当する皆が、どうにかしてやりたいという気持ちを抱くということは、この人達の人徳かしらん。

日々是好日
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台風一過、今日は、秋らしい「秋の日」となりました。

2017-10-24 09:12:56 | 日本語学校
晴れ。

昨日の早朝、台風が関東地方にやって来たのですが、その前から雨風かなり強かったですね。この辺りはいつも、(台風が来ても)どこかのんびりとした感じなのですが、今回は、ちょっと違った。風が強かった。雨は降ったり止んだりで、雨雲に当たると辺りが霞むほどの雨が降ることは降るのですが、急についと止むのです。

雨は止んでも、風はブンブンと電線を音を立てて揺らすものですから、なかなか自転車で行こうという気にはなれなかった。行動が制限されるのは仕方のないことで、雨が小降りになってからも、風が止むのを待つという感じでした。

8時ごろには風も収まるだろうと思っていたのに、なかなか鎮まってくれません。10分を過ぎたころ、雨も止み、風も収まりで、その隙を突いて自転車でやって来たのですが、外は、慌ただしく駅へ急ぐ人が続いていました。

人間誰しも、考えることは同じようです。

早朝からの仕事の人で、都内ではホテルがいっぱいになっていたとか。

雨だ、台風だと、そうこうしている間に、学校の「キンモクセイ(金木犀)」はかなり花を散らしていたようですし、近所の「ハギ(萩)」の花も満開の姿を見せることなく、「しぼんで」いっています。

とはいえ、「月白く、風清き」秋。台風の前に居座っていた「秋雨前線」もなくなり、…もしかしたら、台風が引きずっていったのかもしれませんが…、秋晴れの日が続くであろう…と心の奥底では期待していました…。それなのに…明日はまた雨になりそうだとのこと。

今年の秋はまるで「雨に魅入られている」…。

さて、学校です。

昨日、定刻に、強風の中をやって来た3名。大学や専門学校の願書書きや面接の練習などの必要性がない人は、様子見(電車がかなり遅れていたり、不通になっていたようです)だということを知らずにやって来たのでしょう(本当は金曜日に、言っておいたのですが)…早速つかまって、勉強させられていました。

一人は願書の下書き、二人は入試のための作文練習です。

この「作文」。書けないと言っている者ほど、減らず口がたたけるときている。「今、言っていたことを書けばいい」というのがどうもだめなのです。

一人は、苦手意識が強すぎる、あるいはいいものを書きたいという気持ちが先走っている。だから、素直に書けない。

で、誘導尋問のように一つ一つ問いただしていき、一つ一つ「はい、それを箇条書きにする」とさせていく。すると、「こんなモンでいいのか」と私の顔を見る。

そんなモンでいいのです。素直に思ったままを書けばいい。よく書こうなんて思わないことです。それが一番。あれやこれやしているうちに、一人が「帰ります」と帰っていく、残りの二人も(それを見て)お尻がモゾモゾしはじめたのか「帰りたいです」と言う。で、12時頃に帰しました。勉強できてよかったね。…嫌そうでしたけれども…。

そして、午後です。午後の学生達は、風も雨も止んだことで、平常通りの勉強です。そして3時からは入学式です。入学式に参加する午後のクラスは二クラスとも、今年の4月、7月に来た学生達で、こういう状態は本当に珍しい。普通は、昨年に来た学生達が混じっているものなのですが。

今年の七月生は来日が遅れた人が多かったせいで、十月生と一緒に(入学式を)するような形になりました。彼らが卒業するときの写真を撮っているのだからと、カメラ担当の教員がハンサムになるように、きれいに見えるようにと注文を付けながら撮っていきます。

最後は国毎に分かれて、お菓子とジュースで茶話会です。私たちは二人で、ネパール担当となっていたのですが、ネパールからの学生は皆、寮住まい、しかも三つの学校からしか来ていませんから、新入生も在学生の誰かしらを知っていると言います。

で、諸注意を始めにしたのですが、今年の4月生は四六時中言われていることですから、私が彼らにする諸注意をスラスラと彼らの言葉にして説明してくれます。これも楽。ネパール人がほとんどいなかった昨年など、大変でした。

ただ、数は増えたと言いましても、ネパールからの学生は、まだ大學を目指すという人があまりいません。だいたい、来日前に日本語の教育をきちんと受けられないようで、もし、大学に入りたいなどと言われたら、却って困ってしまうかもしれません。始めはどうしても、日本語のレベルで決まってしまいますから。

日々是好日
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また、雨です。日曜日もきっと雨でしょうね、月曜日も…台風まで来そうですし。

2017-10-20 09:37:29 | 日本語学校
雨。

早朝は止んでいたのです。それで大急ぎで朝食を済ませ、早く出ようと思っていたのですが、気がつくとまた雨が降っています。少し雨の様子を見てからと思っていたのですが、どうもだんだん強くなっていくかのよう。

ということで、今朝も「歩き」です。

日曜日には台風の影響がかなり強く出てきそうで、こうなったら、期日前投票をするしかありません。もう既に済ませている人もいるようですし…。しかしながら、雨の日は続きそう。昨日も帰りはかなり小降りになっていたのですが、朝、歩きで来た故、行こうにも自転車がない。往復歩いたせいか、家に戻ってしまうと、もう出る気にはなれませんでした。天気予報を見てみると、土曜日の午前中は曇りで、雨は降らない様子。土曜日しかないのかな、行けるのは。

さて、学校です。

10月に来たネパールの学生達、なかなかこちらが要求していた「『25課』までやって来てくれ」というのが、徹底できていなかったようで、「9課」までしかやっていないという人もいました。

ネパールへは、そう、しょっちゅう行けるわけではなく、年に二回がせいぜい。学生達を実際に教えている我々が行くのですから、行くにしても、その間、他の教員に学生を託するわけで、その都度、進度は遅れてしまいます。しかしながら、実際に教えてみれば、それぞれの国、それぞれの現地の日本語学校の問題も出てくるわけで(学生だけではありません)、行った折りに、それらの点の注意を促し、来日前に直してもらうように頼んでいるのですが、これがどうもなかなか難しい(ベトナムではうまくいったのですが)。

ネパールの教師の、日本語力の限界というものもあるでしょうし、志の違いというのもあるのでしょう。

特に、現地の学校に留学生(同国人ばかりが行っていたような専門学校)上がりの人がいて、その人が、「適当にやっても出席率さえよければ、専門学校に入れる」などと教えていれば、これはもう、「なにをか況んや」です。だいたいそういうことができる時代ではないのです。そういうことは、我々が行った折りに諄く言っているのですが、甘い汁を吸ったことがある人は、簡単には変われないようです。

そういう人は、カタカナが適当(「イ」と「ト」が同じであったり、「か」と「や」が区別がつかなかったりします。「シ」と「ツ」、「ソ」と「ン」どころの騒ぎではないのです)日本人が読めないような仮名を書いたりしていることもあり、当然のことながら、留学したいという学生に、文字を教えるには適さない。

今年7月に来た学生の一人に、カトマンズで会ったとき、(「N5」には合格していたのですが)名前を書かせようとすると、ためらってなかなか筆が下ろせない。「では」と「カタカナ」を「あいうえお順」に書いてみるように言ったのですが、それが、どうもスラスラとは書けない。

それで、かなりきつく文句を言ったのです(すでに申請は済ませていました。申請前なら断っていたと思います。「ひらがな、カタカナがきちんと書けるようになってから来てね」とか言って)。

「そんなことでどうするか。4月生と伍してやっていけるのか」と、半ば、ハッパをかけるような気持ちで言ったのです。実際、きちんとこちらを見てものを言っていたので、出来ない学生ではないと思われました(ヘナヘナと崩れてしまうような人には言えません、厳しいことは。「ご縁がなかったのね」で、終わりです)。そのとき、通訳をしていた人が、「先生の問題で、私のせいじゃない」と言っていると笑っていたのです。

その、彼が来日してから、ある日、二年生のネパール人学生が彼と一緒にやって来ました。「彼が先生に言いたいことがある」と言って。「彼は先生をとても怖がっている。今でも、(先生の)前では緊張して何も言えない(だから通訳かたがた、自分が一緒に来た)」。
「でも、どうしても一つ先生に言っておきたいと言う」。で、訊いてみると、
「ひらがなとカタカナは、ネパールの先生は、一日しか教えてくれなかった(ここでは、ひらがなとカタカナに2週間はかけます)。だから、自分で、本を見ながら一生懸命覚えた。先生が教えてくれたんじゃない。自分一人で一生懸命勉強したんだ」。

「そいつは怒って申し訳なかった。しかしながら、日本に来て大変さがわかったろう。頑張るしかないね」で、謝りも慰めもしませんでした。だって、進学となりますと、結果しか問われませんもの。私たちは、学生達に大学へ行ってもらいたいのです。少なくとも、それくらいは、頑張ってもらいたいのです。

そのためにも、ある程度の基礎的な文法は、現地の人間が現地の言葉で教えておいてほしいのです。だって、来日後、文法の説明をしようにも、私たちの日本語がわかりません。それに、参考書は英語しかありません、彼らには(ベトナム語は出ていますが、当校の学生達は意味が判らないと言います)。単語はネパール語もでていますから、どうにかなっても、文法の意味がわからないまま、飛ばせるならいざ知らず、だいたいは、それで挫けてしまうケースが少なくないのです。

中国人だって、普通の高卒の学生は、「N1」合格までに、一年半から二年ほどはかかります。それが「非漢字圏」の人であれば、尚更のこと。まず、勉強で、それほど頑張った経験がないことも関係しているのでしょうが、たいていは、スリランカ人同様、「話せる」「聞ける」で終わってしまい、「読める」まで至れないのです。

今年も、12月に行くことを予定しています。今回は前に持っていかなかった「7月生」と「10月生」の書いた「ひらがな」と「カタカナ」。それから「4月生」も含めた「プレスメントテスト」、来日後実施したテストの成績なども持っていくつもりです。他の国の学生達と比較したら少しは頑張ってくれるかしら。少なくとも、当方の言っている意味はわかってくれるでしょう…かしら。

日々是好日
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何事も、だんだん、だんだんです。急いては事をし損じる…ゆっくりと進んだ方がいいのかもしれません。

2017-10-19 10:00:40 | 日本語学校
雨。

さっきまではそぼ降る雨程度だったのが、いつの間にか本格的な雨になっています。

近所のお庭の「ハギ(萩)」の花がいくつかはワンサカと垂れた葉の間から除いているものの、大半は花開くことなくそのまま枯れてしまいそうな様子です。寒さが続いていますし、その上、この長雨では堪らないでしょうね。

「ハギ」だけではなく、あちこちの晩夏の花、初秋の花も同じようにおかしなことになっています。

ところが、ふと道端に目をやると、野草と呼ばれる小さな草は、お天気が多少変わろうがどこ吹く風。いつも通りに可憐な花を咲かせ、雨に揺れています。

今、喜ばれている「観賞用の草花」というのも、ずっと前にはこのようであったのかもしれません。そのうちに、このいずれかの花を愛でる人が出てきて、品種改良を重ね、大振りの花、あるいは色変わりの花を作るかもしれません。とはいえ、これはこれなりに、小さきは小さきままに、そのままの状態が美しい、好ましいと思う人もいたりして…。確かに、蓼喰う虫も好き好きですものね。

この学校には、いくつかの異なった国から来ている学生がいます。そのどれにも、私たちがある程度の知識を(彼らを入れる前に)持っていたかと言いますと、そういうことはなく、いくら本を事前に読んでいても、気づかないこと、知らなかったことというのが、時間が経つにつれ、山のように出てきます。

お国ぶりというか、「頑張れない人」というのは、私たちは否定的に捉えていたりするのですが、それが、ある国では豊かな人と見做され、肯定的なものであったりすることさえあるのです。私たちは、いわば「文句を言っていた」のですが、彼らにはそれがピンときていなかったのも頷けます。もちろん、後になってわかったことですが。

「私は肉を食べません」と誇らかに言っている女子もいました。こちらとしては、「ああ、そうか。そういう人もいるしな」くらいの理解の仕方だったのですが、今になって思えば、「だから、私の階層は上である。肉を食べる人たちとは身分が違う」くらいのことを言っていたのかもしれません。そう思い返せば、だから私の反応に不満そうだったのだなと、今はわかるのですが。

何事も「だんだん、だんだん」です。早くやろうと思ってもそう簡単にはまいりません。彼らにわかりやすい例文を作るにも、端っから理解のしようが違っていれば、反対の結果になることだってありますし…。

日々是好日
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挨拶は本当に大切です。

2017-10-18 08:28:24 | 日本語学校
晴れ。

本当に、何日かぶりに、いや十数日ぶりに、ゆっくりとお日様のお顔を拝んでいるような気がします。お日様はいいかな。ありがたきかな。…洗濯物も乾くことでしょうし…。

ずっと雨が続くと、どこかしら、辛気くさくなってきます。皆の気持ちが、これで少しでも晴れやかになるといいですね。

とはいえ、またすぐに明日から雨になるとか。本当に、今年の秋もおかしい…。でも、夏もおかしかったし、春も変だった…。

地球の磁場の関係か、はたまた太陽の黒点のなせるワザか。温暖化くらいの問題ではないような気さえしてきます。

まあ、もっとも、私たち人類はここから飛び出せるわけでなし。あるものを崩さぬように少しずつ息をひそめながら暮らしていくしかないのでしょう。おおっぴらにやっている人もいるようですが。

さて、学校です。

先日、ある二年生が、日本に来てうれしかったことの一つに、初めてのアルバイト先で、他の人たちから、挨拶をされたことというのがありました。

挨拶?どういう状況で?と訊くと、慣れないアルバイトで、なかなか馴染めなかったらしいのですが、そこで働いている人たちが、彼女に会うたびに、いつも挨拶や会釈をしてくれたらしいのです。それが孤独感や癒やしになったらしく、たまに失敗して叱られても、恥ずかしくて居たたまれないような気にならずに済んだと言うのです。

彼女らの国でも、もちろん、挨拶はありますし、彼らの国なりの習慣でしていたと言うのですが、異国で、しかも初めてのアルバイトで、「自分は『異』ではないのだ」みたいな感覚を持ったのでしょう。

本当に、このような簡単なことが人の緊張を緩めるのだとすれば、やるべきですね。

学校でも、寮の学生達にいつも言っていることの一つに、「お隣さんや近くの人に会ったら、挨拶をすること」というのがあります。当たり前のことなのですが、これがなかなかに難しい。まず、来たばかりの学生は、日本語が下手と言うより、できない。「あ」という音ですら、見ず知らずの人に言うのは恥ずかしい。しかも相手が外国人(学生から見たら、日本人も外国人です)。

だいたい、一度言ってしまえば、「言ってよかった」と思えるものなのですが、一人きりのときには、かなり難しい。そこで、先に住んでいた先輩が、先に「おはようございます」とでも言ってみせると、一緒に言えますから、楽なのですが。

普通、その地に住んでいる人たちからすれば、来日したばかりの外国人というのは、すぐにわかるものなのです。日本人とは異なった雰囲気を持っていますから。その人達が、簡単な日本語、「おはようございます」なりを、言ってみせれば、まず、ホッとするでしょう。それから後の会話はなくてもいいのです。日本人が何か言っても、ニコニコしてみせればいいのです。緊張して「おはようございます」が出なければ、にこっとしてみせるだけでもいいのです。

つまり、「私は異国から来たけれども、別にあなたたちに敵愾心を持っているわけではありませんよ。これからここに住むことになりました。以後、よろしく」くらいの意味で、別に一人一人に挨拶をせずとも、会ったときにこれをすれば、それで十分。仁義を切っていることになると思うのです。

多分、こういうのは、万国共通でしょうね。緊張して、声が出ないというのも、また何か一言、あるいはニコッとした笑顔で対してもらうと、ホッとするというのも。

本当に「愛想がいいのは、万難隠す」です。

日々是好日
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昨日は風邪を引いて休んだのかな、それとも、布団から出られなくて…かな。

2017-10-17 08:07:23 | 日本語学校
小雨。

「秋の長雨」とは言うけれど、こんなに続くとは思わなかった…。「物思う秋」で、シトシト雨の音を聞きながら、何やら物思いに耽るの図は、もうイライラ化しています。

しかも、寒い。おでん屋さんや焼き芋屋さんはホクホクでしょうけれども、「秋なしの冬直入」みたいなのは、不意打ちを喰らったようで、いけ好かない。

昨日、上のクラス(午前)で、初めて「暖房」を使いました(ついこの間まで冷房だったのに…)。朝はやはり寒く、それなのに、「暖房を入れましょうか」と問いかけると、学生達は「大丈夫です」と答えるのです(周りを見渡しながらでしたから、きっとそれなりに気を遣っていたのでしょうね)。しかしながら、彼らの格好はといえば、ダウンを着込み、スカーフではもうありませんね、毛糸のマフラーを巻き付け、エリマキトカゲとなっている学生もいて、とても、とても、大丈夫とは思われない。

最初は、「25度」に設定し、ダウンを脱ぎ始めたのをみて、少しずつ下げていきます。とはいえ、体調の優れぬ学生もいて、グスングスンしていました

日本人だって、アタフタと秋物ならぬ冬物を出したくらいですもの、二年生はまだましと思っていた私が甘かった。きっと、土日は薄着だったのでしょうね、もっときつく「冬が来る」とでも言っておけばよかったと後悔すること頻り。

その上、6人ほど土曜日に入試があった。もしかして、前に準備しておいた薄手の秋物の服を着て行ったのではないかしらん…。 こりゃあ、風邪を引かぬ方がおかしい。

思わず、知り人に、「日本の秋ってこんなだったかしら」と訊いてみた。皆、きっぱりと「違う」と言う。

そうですよね。私もそう思います。だって、10月は運動会の季節で、雨が降っていたら、運動会なんてできっこないもの。それくらい10月というのは晴天が続いて然るべきである。まあ、ここで私ごときが力んでもどうなるものでもないのでしょうが。

同僚に、小さい子のいる人がいて、そこの幼稚園(保育園?)で、運動会が、三度目の延期を決めたという。「四度目はなしよ」ということで、次は体育館を借りてあるので、大丈夫だとのことですが、親も子も、園側も大変ですね。本当なら、地面の上で転がって遊べるのがいいのでしょうけれども。こう、雨が続いては何も出来ません。

昨日は風邪引きさんか、あるいは布団から出られなかった(?)…人が多かったらしく、お休みさんが、二年生には少なからず見られました(なぜか、一年生で、休んだのは一人だけです。冬物がなくて困ったであろうに)。

今日はどうかしらん。布団から出られなかっただけの人は、こちらに目を合わせぬようにして、職員室に入ってくるのですぐにわかります。本当にみんな正直で、それがありがたいのですが、そこはやはり「喝」はいれておきませんとね。腕まくりして待っています。

日々是好日
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日本は「文字の国」のグループの方なのでしょう。

2017-10-16 08:45:55 | 日本語学校
小雨。

寒い日が続いています。昨日11月並みと聞いて驚いていたら、今日は12月…えっ。まだ10月で、この辺りでは紅葉も始まっていないというのに、まるで北海道…みたい。

アメリカの山火事にしても、そういうニュースをよく聞くようになりましたが。乾燥が激しくなっているのではないかしらん。これでも、「地球規模の温暖化は始まっているし、もうその気温の上昇は深海にまで至っている」というのを、うそだと言うのかしらん。

当地の気候にしても「穏やかな」という言葉が似つかわしくないのです、この頃。ここは、確か、温帯に属し、あまり強烈な暑さ、寒さはやって来ないはず…。まあ、プレートの関係から地震や火山は、いたしかたがないとしても。

…いったい、この寒さはいつごろまで続くのでしょうかしら。北にさっと引き揚げてくれないものかしら。慌てて冬物(秋物ではありません)を引き出したり、また引き出したとしても雨が続いているので、洗濯が思うようには出来ません。お日様のお顔を拝んだのはいつだったか知らん。そういえば、「お月見」なんて、ほんの少し前にやったような気がするのですが。

さて、学校です。

お決まりの「靴下戦争」が始まっています。金曜日もかなり寒かったのですが、穿いていた人は二人だけでした。一クラスに二人は、やはりまだまだ少ないのです。「日本の寒さは、下から来るのです。だから足元を固めておかねばだめ」などと言っても、皆、にこにこしているだけです。「先生が怒るから、翌日穿いてくる」という人も、たまにいるのですが、運悪く、確かめたのが金曜日。先週のことなんて、彼らにしてみれば10年前のことにでも聞こえているのでしょう。また、入り口で、チェックを始めねば。

一年生クラスでは、「とにかく基礎を固めねば」ということで、口頭練習に力を注ぎながらも、「ひらがな・カタカナ」を忘れぬようにと、頑張っているのですが、母国で「ひらがな・カタカナ」をやったはいいけれども、形式だけ、つまり1日だけ説明して終わりと言うようなところから来ている人達は、大変ですね。こちらにしても困る…。

まず、母国の彼らの教師からして、「文字の大切さ」が理解できていないのです。そこから問題は発生しているわけですから、こちらとしては、もう、この人達は専門学校へ流れていくしかないかなどと考えてしまう。あまり家庭学習をするという習慣はないでしょうし、しても、覚える気で書かねば覚えられないものであるということが、それほど納得できるようには感じられないのです。

彼らの国の勉強のしかたってどういうのだろうと、時々考えることがあります。なにも母国のクラスの下から5人ほどだけが来日していると言うわけではあるまいし。それどころか、自分は頭がいいと思い込んでいるようなフシのある学生の方が多いくらいなのですから。だから、自分ができないということを認めたがらないのでしょう。まず、自覚せねば一歩も進めないのに、適当に誤魔化してやり過ごそうとする。それをこちらは、最初のうちは見逃しません。それをけったるく感じるのでしょうね。もっとも、既に二十歳をいくつも過ぎていれば、日本に来て変われるかというと、そんなことはまず、ないのです。彼らの国でしていたようにしかできないものなのです。。

濁点があるかないか、長音に、あるいは促音、発音になっているかどうか。彼らにしてみれば、それで日本人に通じているのだから、構わないではないかというところなのでしょうけれども、進学するためにも、試験に合格しなければならないのですから、そうは行きません。

日本は、やはり「文字の国」なのです。

明治期、欧米列強に「追いつき追い越せ」のころ、「漢字はまどろっこしい。いっそのこと、漢字を廃止して、アルファベットにしてしまえ」という動きが政府の中央からも起こりました。多くがそれに反対し、それで日本の文字は生き残ったのですが、日本人から見れば、「よくぞ漢字を残しておいてくれた」。

けれども、これが、東南アジア、南アジアなどから、日本語学校に留学に来ている、ごく普通の人達にしてみれば、「耐えられないこと」なのです。でも、仕方ありませんね。ここは日本ですから。

もっとも、ベトナムからの学生達を見るにつけ、よくぞ漢字を残しておいてくれた…と思うこと頻りなのです。

彼らは自国の歴史を、自分で読み、理解することができません。おそらくベトナム戦争のころは、まだ漢字が残っており(日本の新聞記者がサイゴンに行ったとき、僧達と筆談していたと言いますから)、読めたでしょうに、それが出来ないのです。ということは、他の人たちの言うがままになるしかない。これは、別の意味での言論統制になるのかもしれません。

日本では、日本人はその気になってわずかばかり勉強すれば、1000年前の古典であろうと読むことはできる。もちろん、当時の世相がわからなければ、意味を、ある程度、正確に掴むことは無理でしょうが。それでも読んで、様々なことを感じることはできる。文学作品を読んでもいい。時折、博物館などに展示される古書を見て、感じることも出来る。

日本では、ローマ字はさておいて、「ひらがな、カタカナ、漢字」がわからなければ、何も出来ないのです。

「日本にいた、日本に留学生として勉強していた」という人が母国に戻り、日本語教師として、その土地の人に日本語を教える。先生からして「カタカナ」をしかと掴めておらぬ、また漢字などいくつ知っているかおぼつかぬ。そうであれば、学生達は、あれでも日本で暮らしていたのだ。留学生であったのだ。「文字など適当でいい」と簡単に考えてしまうでしょうね。

ところが、日本に来てみれば、2週間で「ひらがな・カタカナ」の導入は終わり、続いてすぐに「漢字」の導入が始まる。「漢字の導入」とほぼ時を同じくして、ディクテーションが始まる。しかと文字を覚えていない学生は、その速さについていけませんから(ゆっくり読んでも、五十音表をいちいち見ねば書けぬレベルであれば)、四六時中、「待ってください」と言わねばならない。

その人たち以外は書けているので、勢い、待てなくなる。すると、やる気が失せていく。これが普通のパターン。

それでも、踏ん張りがきくのは、本当に強い人たちなのでしょう。時々そういう人たちがやって来るので、驚くことがあります。

日々是好日
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「おまえ」、「おれ」って…使いたい…。

2017-10-13 09:03:03 | 日本語学校
小雨

霧雨と言ってもいいのでしょう、秋ですから。家を出るときには、ほとんど感じられなかった雨粒が、角を曲がるころには感じられるようになり、そのうちに、「しまった」と思われるほどに大きくなっていました。…今は、止んでいるようですが。

おそらく今日いっぱい、こんな感じで過ごすことになるのかもしれません。まだ薄明の中にいるようです。

さて、学校です。

「Aクラス(昨年の4月生が主)」の学生たちが、アルバイト先で覚えた言葉を使い始めています。そこで聞いた単語の意味を聞かれるのはいいのですが、時々、何を聞いているのかわからないような「音」で訊いてくる学生もいて、そのたびに、「もう一度その言葉を聞いたときに訊いて」と言ってしまうこともあります。

アルバイト先で聞き、「あれ?(何?)」と思ったはいいけれど、忙しく立ち働いている間に忘れてしまい、授業中、似た音か、あるいはそのとき(アルバイトのとき)こうではあるまいかと思った意味に似ていたのか、そんなときに突然聞いてくるようなのです。

日本語学校の学生というのは、来日直後などは、アルバイト先が工場などの場合が多く、しかも、同国人が多いということで、日本語を使う機会が少ないものなのです。ところが、だんだんに日本語力がついてきますと、レストランやスーパー、コンビニなどで働けるようになり、それと同時に、学校では教えないような言葉を覚えてきます。

先日、一人が「『あほ』ってなあに?」と聞いてきました。皆、「ばか」というのは知っています。それで、普通の意味だけでなく、関西と関東の微妙な意味のとり方の違いを含め、親しいものに使うときと、そうではないときとの違いなどを説明したのですが、各国共に、同じような意味のとり方ができる単語があるので、それほどの面倒はありませんでした。

それから、最近流行っているのが「おれ」「おまえ」。一人が、仲間に「お前じゃない」と言ったので、注意すると、「でも、みんな(アルバイト先の人たち)で言い合っていて、悪い言葉じゃないです。みんな親切で、いい人(日本人)たちです」と言う。

「それはそうであっても(仲間内のやり取りでは)、こういう場所(教室)で使うものではない(…癖になりますから)。君の希望は大学進学。もし、面接のとき、大学の先生にそんな言葉を使ったら、それは相手がびっくりする。日本人は場所や相手によって、きちんと使い分けができるけれども、皆はまだそれが出来ない。だから、平生から、そういう言葉は慎んだ方がいい。」

本人は、何やらモゾモゾとしていましたが、賢い学生ですので、私の言わんとするところはすぐにわかったのでしょう。けれども、…使いたい、使ってはだめと言われると余計に使いたくなる…使いたい、使いたい。そういうのが嫌になるくらい伝わってきました。

もとより、こういう言葉は、どの国へ行ってもあり、その上、記憶に残りやすく、使うと急に、その国の言語が達者になったような気分になるものでもあります。そんなことを考えながら、彼の顔を見ていますと、脇から、「『こいつ』もあります」と言った者がいる。

「先生、アイツ、コイツ、ソイツ、ドイツ、面白いねえ」などと言う。すると、「俺、お前」の学生、「それ何?何?」と身を乗り出してくる。

すぐに話を打ち切って、授業に戻ったのですが、彼らは、単語力に欠けているので、もし、アルバイト先や何かで聞いてきた言葉があった場合、できうる限り対応しているのです。一人が一つ聞いてきても、20人いれば、20単語になります。彼らが日本で生きていく上で、必須ではないにしろ、意味がわかっていた方がいいのです。

もっとも、彼らの言葉は、まだ、はっきりしないときも少なからず、時々、「いったい、何を訊かんとしているのか」わからず、対応できないこともあります。とはいえ、授業が終われば、アルバイトにと、アタフタと帰っていく彼ら。課外活動のときでない限り、自由な対話の時間というのは存外、とれないものなのです。ですから、こういう時間はある意味で大切、それに、こういう話が出来るようになったというのも、一つ何かを乗り越えた証なのです。

それに、一言付け加えれば、授業が終わってから、「残りなさい」などとこちらが言うときには、向こうだって「叱られるな」と思っているらしく、いつもに似ぬしおらしい顔でやって来ますから、自由に話すとはなりません。

もとより、授業中ですから、時間がふんだんにあるというわけではありません。こういう質問に対処できる時間というのも限られているのです。

日々是好日
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「だんだん、難しくなった…って。でも、大丈夫。20課前を見てごらん。今は簡単でしょう」というのがいつまでもつか…。

2017-10-12 09:34:45 | 日本語学校
晴れ。

今日が「夏と秋の分かれ目になる」と、天気予報のおじさんやお姉さんは言っていました。確かに今日は、午前中は昨日よりももっと暑くなりそう。下手をすると、10月なのに、28度くらいになるかもしれない。そして昼を過ぎるとグッと気温は下がり始め、夜には21度まで下がり、明日は最高気温も10度台になるかもしれないそうな。もっとも、10度台と言いましても、17度か18度くらいのもの…だそうですが。

まあ、秋のお天気は気まぐれですから、予報は、あくまで予報です。現代人は、明治の人のように、「フグ(河豚)」を食べて、「天気予報、天気予報(ココロは、当たらない)」などと言ったりはしません。

(予報の)精度は増したと言いながらも、相手は自然。人間の知恵など、裏をかかれると言うよりも、相手にされてもいないでしょう。

とはいえ、寒くなり、気温が冬に近づくと、心配になるのは、暑さが続いていたが故に、秋の初めの花が、凍えはしないかということ。ベトナムで「キンモクセイ(金木犀)」の話をしていたのに、帰ってみると、既に散り始めていた…。「コスモス(秋桜)」も「ミズヒキ(水引)」ももう終わっているかもしれない…。

山里へ行くことがなくなると、途端に目にする草花が洋風のものになってきます。「万葉の花」を植えている、雅な、お庭なんて、そうザラにはないでしょうし。植物園へ行っても、日陰者扱いされて、角っこに植わっているのがせいぜいのこと。

と言うわけで、聞き慣れた名前の草花は、路地の一角、あるいは更地、空き地でしか見られなくなっています。これらは、きっと風や鳥によって運ばれてきたのでしょう。小さな草花があれば、虫も寄ってきます。虫が寄ってくれば、鳥も飛んできます。そしてまた草花が増えていくのです。でも、ささやかなものです。すぐに人によって、他の用途に使われてしまいますから。

とはいえ、山里へ行けば、今でもそういう草花がワンサカ生えていて、目を楽しませてくれます。また、そのまた上へ登っていけば、日陰には日陰を好む草花、水のそばには湿地を好む草花、日当たりのいいところにはまたそういう草花が生えていて、季節毎の旬を競っていることでしょう。

人間なんて、やるせないものですね。

さて、学校です。

今年の4月生クラス「Dクラス」では、最初大きかった声がだんだん小さくなり始めています。『みんなの日本語Ⅱ」に入ると、そうでしょうね。初めての人には、しかも非漢字圏の人たちにはこの進度は少しきついかもしれません。家庭学習というのも大してする習慣がないようですし。

口頭練習の1文が長くなったり、その文の中での変化が一つから二つ、三つなどに増えていったりしますと、途端にどこかが忘れられてしまいます。

もちろん、これも、あまり文句を言うべきことではなく、ひたすら練習していくしかありません。私だって、「熊さん」などと言われていますもの。一つことをやらねばと思いながら、別の一つを思いつくと、前のことをすっかり忘れてしまって、「あれっ。今、何していたっけ」となるのですから。二つのことを同時にするには、別の才能が必要などと、いつも言い訳しているくらいですもの。

原因・理由の「て」と「ので」を学ぶときだって、そう。

「テ形」を使って、「わかりません」と続けるまではいい。ところが「テ形」と「ので」を一文の中に別々に組み込ませねばならぬとなると、後が続かない。「て形」にするまではいいが、次の「ので」のときは「普通形」で考えねばならぬのです。これを一文の中で、考えていかねばならぬから、大変です。「ので」を考えすぎてしまうと「テ形」が疎かになる。「テ形」がうまくいったとホッとしていると、「普通形」が消えている。まあ、練習のときには、「て」の前は名詞だけですから、楽なはずなのですが。

もちろん、こういうことが出来るまでは、とにかく例文を暗記していくしかないのです。

ルールから入っていける人と、とにかく「聞いた、覚えた」から入っていった方がいい人といるようです。

ルールから入っていける人は、教師にしてみれば、楽な人。こちらは説明すればいいだけですから。ところが、これができない人がいる。ルールを説明しても、(他の人は、それなりに納得できていても、)なかなか納得できない。言葉を費やせば費やすほど、霧は深まっていくようで、だんだん思考停止状態といった表情になっていく。「こりゃあ、困った」と、こちらはなる。

で、そういう人に対しては、「大丈夫、あと10課ほども進んだら、『なんだ、こんなに簡単だったんだと思えるから」と、慰めるしかないのです。実際、『みんなの日本語Ⅰ』でも中盤を過ぎた辺りから、数課ごとにこれを繰り返してきたのですから。ただ、2冊目に入ると、1冊目がないので、これができない。「26課を見てごらん。簡単だったでしょう」も言えないし、「27課を見てごらん。簡単だったでしょう」なんてのも言えないのです。

既に、「受け身」を勉強していますから、この「(27課の)可能形」と「受け身」の形がごっちゃになっている人がいるのです。「受け身」だけの練習はできる。「可能」だけの練習もできる。しかし一緒に練習すると、途端に崩れてしまうのです。それで、「簡単だったでしょう」なんて言ってしまうと、「いいえ」とその人達が暗くなるのです。一生懸命覚えたこともよくわかるのですが、単語レベルの練習でも既に大変なのです。それが文になってしまうと、余計大変になる。

けれども、「騙し、騙し」させていくしかありません。初めての人は、もし、25課で再度(1冊目を)やり直させたとしても、2冊目に入ったとき、また比較的早い段階で再度やり直しということになってしまうでしょうから。それよりも、50課が終わってから、下のクラスと合併という形で、再度、20課辺りからやった方がいい。二度目ということで、きっと、余裕も生じるでしょう。

下のクラスだって、国で30課までやったとか、50課までやったという人たちと、ゼロの人たちがいるのですから。ただ、7月生や10月生には、4月生ほどの時間はありません。
やり直すにしても、余裕がないのです。

それを考えると、やはり早く日本に来ていた方が「勝ち」ですね。

日々是好日
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ハノイに面接に行ってきました。

2017-10-11 09:03:38 | 日本語学校
晴れ。

土曜日にハノイへ行き、月曜日の夜、戻ってきました。

提携してる学校の学生や関係者は、こちらのやり方がある程度わかっていますから、私たちとしても学生の日本語のレベルを調べ、それから、高校時代の成績などを見、4月で入れられる学生と、無理な学生を分け、それで話は終わります。

あとは、4月に申請することにした学生に関して、手続きの話をし、最後は、もし、申請が通って来日する場合の注意などをしたに過ぎませんでしたが、初めてのところはそうはいきません。

日本語学校の現地での面接というのは、たいていの場合、事務局の仕事のようで、初めて会った学校は、こちらのやり方に戸惑ってしまったかもしれません。

こちらは、「(日本の学校に)入れてしまえば終わり」というのではなく、2年間教えていかなければなりません。もし、「勉強する気もないし、つもりもない」という人を入れてしまったら、苦しむのはこちらです。かなり言いにくいことも言いました、学生にも、引率の人にも。もちろん、きちんとしてる人には、そんなことは言いませんでしたが。

初めての学校2校と、一度前に二人入れたことのある1校からの学生さんたちは、申し訳ないことながら、皆、断りました。まず一つ目の学校の学生さんは「N5」合格という条件を満たしていたのですが、私の聞くことが全くわからない。「おかしいな」で、聞いていくと、『みんなの日本語』を「3課」か「5課」かは忘れましたが、そんなところまでしかやっていない。「これで受かったの?」です。

ベトナムの学生は、日本人が他国へ留学するのとは違い、勉強だけすればいいということは、まず、ありませんから、日本に着くとすぐに、アルバイトを探します。

いくらアルバイト探しが楽になったとはいえ、『みんなの日本語Ⅰ』が終わったくらいで来日しても、(「いいアルバイトを」などと)選ぶことは出来ません。「どこでもいいから」となります。それなのに「(日本語が)全くわからない」人が来てしまうと、(生活が成り立ちませんから)勢い勉強はどっかへ吹っ飛んでしまいます。だいたい勉強する気で来ているのなら、ベトナムで出来ることはベトナムでやって来るべきです。勉強とアルバイトの両立はかなり意志の強い人でも大変なことなのです。

彼ら二人を連れてきたベトナム人の方は澄ましたもので、「運がよかったから、合格できた」とにこにこ顔。(カンニングの癖のある外国人は困ると渋い顔をしていたのは私ですが、気がつかなかったようですね)

こちらとしては、「運がよかった」では済まされません。ベトナムの留学生は(高卒で日本に来ている学生のことですが)、私たちがベトナムで買ってきた『日越辞典』もよく読みこなせませんし、「N5」~「N2」レベルの文法書などを見せても、理解できないのです。

こういう本を読み慣れていないということもあるのでしょうが、多くは、こういう本が読んでくれる人に対して親切ではないということが大きいと思われます。

だから、『みんなの日本語Ⅰ・Ⅱ』は終えてきてほしいというのが、私たちの「言い分」だったのです(ベトナム人の先生にベトナム語で説明してもらわねば、無理だと思われるからです)。

もちろん、「50課」まで終えているから、すぐ「中級」に行けるかというとそんなものではなく、「50課」まで終わっていても、もう一度「20課」からやり直しというのがほとんどです。それが、「30課」くらいまでしかやっていませんと、もう一度「1課」からとなります。

どうも、彼らは、学生のみならず、そういう学校の人たちも、「N5」さえ、合格していればいいと思っているようなのです。もう数度(学生を我が校に)入れている学校は、そんなことは言わないのですが。

まだまだ、ベトナムでは、初めての学校から、面接なしに入れるのは難しいようです。もちろん、慣れている学校でも、面接は必要でしょうが。

日々是好日
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『涼」を通り越して、「寒」になったかのような。昨日は「夏日」だったんですけれども。

2017-10-04 08:42:06 | 日本語学校
曇り。晴れるはずが雨になるかも…。

空を見上げると、あの雲はどうも雨雲に見える…としか見えないような雲が、浮かんでいますし。それに、風も強くなったし…。北海道の各地では雪の知らせ。そして、初霜なんてのも関東北部ではあったとか。北海道や東北地方では、紅葉の季節を飛び越して初雪の候となった観もあり。

もちろん、思い起こせば、春、「サクラ(桜)」の候に忘れ雪が降り、咲いた「サクラ」の上にうっすらと積もったこともありました。あれはあれで、とてもきれいでしたけれども、「サクラ」としては、(焦って)咲くのではなかった…と、後悔していたことでしょう。

「イロハモミジ」などの楓類の木が色づいた上に、真っ白な雪が綿のように積もるのも、きっときれいでしょうね。まだ見たことはありませんけれども。

冬から春は、わりとわかりやすいような気がするのですが、紅葉の始まる晩秋と雪の知らせのある初冬、これがどうもわからない。ここにいると、昨日は30度近くあったのに(これは夏日です)、もう雪?紅葉はどこ?などと思ってしまう。

それもこれも、情報が多すぎるせい。情報としては、映像で北海道や東北地方の雪やモミジを映し出しているので、そちらの方に気持ちが移ってしまうのです。自分がいるところが、時には、まだ「夏日」を記録するような場所であることを、ついつい忘れてしまう。

そういう錯綜した世界に住んでいるということなのでしょう。でも、これは私だけかしらん。

さて、学校です。

よく「異文化を知ろうとか、異文化を尊重しよう。それが他者と共存することに繋がる」と思い込んで譲らない人を見かけます。異文化という限りは、二つ、あるいはそれ以上の文化があるわけで、何にしても、相手のある話なのです。それに様々な状況に対応していなければ、結局は相手を害することにもなる。何が何でも相手ばかりを立てていると、にっちもさっちもいかなくなります。そして、最後には、あの国の人は嫌だになってしまう。

日本にいる外国人の大半は、望めばすぐにでも帰国できる人であり(仕事できていたり、勉強のために来ていたりする人が多いのです)、難民、あるいはそれに該当する人たちはあまりいません。本当に帰国すれば、命の危険があるとか、暮らしていけないという人は、少ないでしょう、在日の外国人の数からすれば。

ネパールで先週、一番大切なお祭りがあったそうで、前日に、「(明日は)休みたい」と言いに来た学生がいました。「授業は続いています。休んではいけません」と言っておいたのですが、Dクラスで四人の学生が休みました。

七月生からは、私たちがネパールに行って様々な要求を出した甲斐もあり、他のベトナム、スリランカ(三分の二ほどがこれらの国から来ています)の学生等と、どうにか同じスピードで授業を進めていけるようになったのですが、この「Dクラス」は四月生がほとんどなのです。彼らが来たときには、私たちはまだこの国の学生達の様子がよく判っておらず、授業をしてから初めて驚いたという始末でした。

例えば、東アジアの国からの学生であると、ほとんどが勉強の仕方がわかっていますし、テスト形式にも慣れています。引き出しが多いのです。けれども彼らはそうではなく、しかもほとんどが既修者とは見做されないような状態でした。

同じクラスのベトナムやスリランカの学生がおっとりしていて、何もクレームをつけなかったからよかったようなものの、「+α」ができない授業をせざるを得ませんでした。自ずと「復習に重点を置き、基本を繰り返す」という授業になっていました。

一人か二人がこういう状態であったら、取り出すとか、午前に来させて(午後のクラスですので)勉強させるとか出来るのですが、ネパールからの五人、そして「ひらがな」だけは覚えたというインド人、中国人が、これに加わりますから、もうクラスとして対処するより仕方がなかったのです。

中国人は勉強の仕方もある程度わかりますし、テストの形もわかる。何より漢字の国であることから、書くことを厭いません。ですから、初めてであってもそれほどの問題はないのです。

インドの学生は、1か月遅れで入ってきましたが、よく勉強しますし、勘がいい。勉強が好きなのでしょう、今はこのクラスでは上の方に入っています。

ですから、ネパールの学生だけは学校を休むとワヤになると、私たちとしても必死でした(彼らはその意味がわからない)。毎日来ていても、大変なのですから。何よりも、文法のルールというのが掴めないのです。多分、勉強の引き出しが少ないからでしょう。

まあ、真面目で素直、それが何よりの取り柄。勉強以外でしたら、私たちにも不満はありません。それ故に、勉強で引っかかってしまうともう取り返しが付かなくなってしまいます。それほど強い人たちではなさそうですし。

それに、面白いことに、数ヶ月もぼんやりしていても、「今日、真面目になった、やる気になった。すると、突然に全部わかるはず」と思い込んでいるらしいところ。この数ヶ月分、他の人たちが一生懸命に勉強していたのが見えなかったのか、あるいは自分が頭がいいと思っているのか、あるいは、ネパールではそれで対応出来るような勉強しか受けてこなかったのか…。

カンニングをしない、この半年ほど真面目に勉強してきた、そういう人と同じに見られるはずと思っているらしいところも不思議。

もちろん、スリランカ人でも、自分のことを特別だと、皆が思っているはずと信じていた人がいました。「誰もそんなふうに思っていないよ」ということが、最後に言われて、初めてわかり、固まっていましたが。彼らが認識できる社会というものは本当に狭いのでしょう。それが全てだと思い、その地域で頭がいいと言われていた、あるいは思われていたと本人が信じていた。それをそのまま異郷である日本でも通じると思っていた…。

初めてわかったときはショックでしょうね。けれども、そういうことの積み重ねが異郷で暮らすと言うことなのです。

勉強目的で来たからには、休まないということ、それからそれはなぜかを昨日、きつく言っておきましたが、こういうことは何度も繰り返さねばならぬことなのでしょう。

日々是好日
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「虫」たち。「虫」は「虫」でも「毒虫」かも…。

2017-10-03 08:22:59 | 日本語学校
曇り。

昨夜の雨の置き土産の「霧」が、街にうっすらとかかっています。それでも昼には陽射しが戻るとか…もっとも、夕方にはまた雨マークがついていました。それに、今晩、寒気がこの辺りまで下ってきて、かなり冷えると言います。

秋になると、朝、晴れているので、「傘」を持たずに家を出たりしますと、帰りには悲惨なことになる…こともありますし(秋の天気はどう「転ぶ」かわかりません)、昼は汗ばむほどでも、朝夕はグッと冷え込むというのが普通ですし…。

とはいえ、秋は一年で一番過ごしやすい季節かもしれません。涼しくなりますと、眠りも深くなるようですし、虫たちの音色に送られ迎えられして、行き帰りが出来ますし。

さて、学校です。

虫の話をすると、途端に、皆、いや~な顔をするのですが、彼らの祖国での家というのは、大半は一軒家で、庭からも、開け放たれた窓からも、虫たちが自由に出入りできるような所なのです。スリランカなどは、そういう虫を見ても殺したりしませんから、私たちから見れば「共存」しているかに思われるのですけれども…。

ところが、一般的に皆、「虫は嫌い」と言います。「カブトムシ(甲虫)」や「クワガタ(鍬形)」の話をしても誰ものってきません…。「チョウ(蝶)」だけは「好き」と言うけれども、幼虫を見せれば…、嫌と言うかもしれません。

私だとて、極彩色の幼虫を触ろうなどとは思いませんが。でも、ごく普通の青虫などは、別に「いや~」などとは思いませんね。ぷくぷくと太っていて、まるまるとした姿は、漫画の主人公にでもなりそうでかわいい。

けれども、そこで、またハタと気がつきました。彼らの言う「虫」とは、いわゆる「毒虫」と称されるものではないのかと。

日本では「虫」と言えば、秋の夜長を楽しませてくれる「カネタタキ(鉦叩き)」や「コオロギ(蟋蟀)」「ウマオイ(馬追)」「マツムシ(松虫)」「クツワムシ(轡虫)」みたいなものが多く、他の虫では…「セミ(蝉)」とか「トンボ(蜻蛉)」くらいのものでしょうか、

もちろん、虫の中には「ゴキブリ」もいますし、最近は「蚊」や「蟻」の外来種が人に害をなすことで注目されたりしています。

もしかしたら、彼らが言う「虫」というのは、そちらの方の事で、私たちが普通言うところの「虫」ではないのかもしれません。

日本では刺されると痛い「ハチ(蜂)」もかわいいアニメにされていますし、お化けだっていつの間にか、かわいい漫画の主人公に化けています。本の中では、いつの間にか「共生」が進んでおり、それが無意識のうちに、お友達のような存在になっているのかもしれません。

小学校の教室で、みんなで「カブトムシ」を育てたり、「キリギリス」を育てたりしていましたもの、もともとは「育てたりするもの」でもあるのです。

でも、ある意味では、「虫」達が抽象化され、現実のものではなくなり、ある種のものはかなり危険だという意識が育たなくなっているのかもしれません。

私たちよりも南国に住む彼らの方が現実の虫たちをよりよく知っており、それ故に「嫌だ」という言葉が出たのかもしれません。

日々是好日
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随分涼しくなりました。

2017-10-02 08:14:13 | 日本語学校
曇り。

直に晴れてきそうな、曇り空ですが、夕方には雨になるそうな。

先週の金曜日、朝、日陰を捜していない自分に気がついて、秋を感じました。「ハギ(萩)」にも、もう花がつき始めています。

お日様の光を「暖かさ」とか「温い」とか感じ始めたときが、一つの「小さい秋」の発見なのでしょう。「セミ(蝉)」の声が消え、秋の虫たちの合奏が始まったときとかもそう。

学生達が、「暑いです」と言わなくなりましたし。もっとも、授業中はこっちの方は暑いのですけれどもね。私一人が「暑いです。暑くないですか?」と騒いでいると、「エアコンをつけてもいいです」という人が出てきます。つけると、寒そうにするのがわかっていますので、まあ、いくら私でも、…つけられません。ほんのわずかな気温の差でも低いと、「冬」と感じてしまうようです、少なからぬ学生が。

さて、学校です。

日本では、比較的長く降る雨のことを、「何々梅雨」と言ったりします。よく聞くのは「菜種梅雨」と本格的な「梅雨(五月雨)」でしょうけれども、秋も「秋の長雨」とよく言います。季節の変わり目にやはり多いのでしょうか。

この「長雨」を学生達はどう捉えているのだろうかと、気になったことがありました。おそらく日本人からすると、彼らの国は「雨季」と「乾季」と二つであって、冬季はない(春も秋もちと怪しいという国もあるようですが)。しかしながら、彼らはそうは言わないのです。やはり四季があると言い、それに付け加えて、この月からあの月まで、ずっと雨が続く。そしてそれ以外は雨が降らないなどと彼らの国の気候の概要を説明してくれるのです。

確かに日本も、冬はあまり雨が降りません。乾燥していて、電車の窓から富士山のきれいな姿が拝める日がよくありますもの。あれは乾季になるのかしらん。

面白いですね。日本は梅雨の時期も入れて五季あるなどと、日本人は誇っていますが、雨を主に見るか、あるいはわずかでも差のある気温を主に見るかで、とらえ方は異なってきますから。

異国から来た人たちとの付き合いがだんだん多くなってきますと、始めの頃は気にもとめてもいなかったような些細なことが気になったり、気になっていたことが、いつの間にか(彼らに関しては)常識になっていたりしています。
 
「ヘビ(蛇)」や「ネズミ(鼠)」「アルパカ」などの動物にしてもそうですもの。

「月の沙漠を、王子様とお姫様を乗せて、ゆっくり歩む」という概念しか捉えていなかった「ラクダ(駱駝)」を、アフリカ北部から来ていたイスラムの友人は、「ああ、ラクダ?あれはおいしい」と一言で片付けてしまいましたし(私たち日本人は、ぎょっとしてしまいましたが)、「アルパカ」にしても、テレビのコマーシャルに出演?しているイメージが先にあったので、「かわいいね」と言おうと思っていたのに、ペルーから来た学生は「ペッ」と唾を遠くに吐くまねをして、「あれは危ない。こうやって唾を吐きかけます」。

もちろん、いつも、こんな「とりとめのない話」ばかりしているわけではありません。けれども、時々こういう話をしますと、お互いに、いろいろなことの捉え方が違っていることが気がつきます。

何も、交通機関や建物、食べ物など、都会で目にするものだけが異なっているのではありません。それがわかった上で、「では、日本人はどう考えるか」とならないと、文章の読解は難しいのです。「文法がわかれば」とか、「単語や漢字を知っていれば」というだけではありません。それだけでは、どうにもならないこともあるのです。

日本人の書いた文章を読むということ。また、文章のように長いものなら、違いに気づくことがあっても、例えば、一文だけであったら、意味がとれないことも少なくありません。

文法説明の例文など、特にそうです。『初級』段階でも、時折そういうことがあります。何が彼らの理解を妨げているか、それすら掴めないこともあります。もっとも、そのときには大概の意味を言って、やり過ごすだけなのですが、あとになって、「ああ、そうであったか」と気づくときもあるのです。とはいえ、ずっと霧の中ということだってあるのです。

日々是好日
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