日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

昨日は実習を前に、大学生と留学生との懇談会。今朝、偶然、卒業生に会いました。

2019-05-31 08:17:57 | 日本語学校

曇り。

そういえば、まだ、ギリギリの5月。これくらい涼しくても当然でしょうと、お天道様に言いたくもなる。

30度前後の日が続いたせいか、27度くらいでも、感謝したくなります。学生達が少し涼しいと、途端にダウンを羽織ってくるので、それだけは、ちょっと困りものなのですが。

見た目が暑苦しいのです。どうも、われわれにとっては…。涼しさを目でも感じさせて欲しいと思うのですが、これは無い物ねだりなのでしょうね。日本人は「見た目」を、それも季節毎のものを過大にとらえすぎてしまうようです。彼等にとっては、だいたいいつも同じ暑い…だけなのでしょうから。「季節感など知らん」でしょう。

これも、季節に振り回されてしまう日本人の感性(?)故なのかもしれません。もう春なのに、あんな服をまだ着ているとか、ちょっと秋らしくない色だねとか、思わず、そう見てしまうのです。その点、寒いと思ったからダウンを着る。暑いと思ったから、半袖で来る。好きな色だから着ている。季節は関係ないという方が正解なのかもしれません。

さて、学校です。

昨日、川村学園女子大学の学生さんが七人、先生に連れられてやってきました。6月の実習前に、留学生達と親睦を深めるためです。四つのグループに分かれてそれぞれ学生達と話してもらったのですが、話は弾んでいました。留学生達は皆、1年ほどもここで勉強している人達です。

最後にそれぞれのグループから話し合ったことを発表してもらいました。

留学生達から聞かれたのは、やはり大学での生活のことが多かったようです。学費やら、アルバイトのことやら、クラブ活動のことやら、学生さん達もそのまま話したとのこと。

このときに、前に卒業生達が持って来てくれたお菓子も出しました。日本人にとっては珍しい果物のお菓子もあったようで、それをきっかけに各国の食べ物のことが話題になり、それから、好きな食べ物や怖い動物の話などにも広がり、いつの間にか、かなり打ち解けていたようです。これなら、多分、次の実習の時も、和やかに展開して行けるでしょう。

そして、今朝のこと。

一昨年の一月生で、一旦帰国せざるをえなかった学生達。それが、なかなか次のビザが下りずに、5月になってからやっと戻ってこられたのですが、その三人のうちの一人と偶然出会いました。もう大学の方に移っている(引っ越しです)かと思っていたので、あれれ、でした。自転車で近づきながら、そうかな、変だな、そうかなと見ていたのですが、向こうが先に笑い出したので、思わず、やっぱりそうか…でした。

今日、大学は一時限目からある。月曜日と金曜日は六時頃まで授業なので、大変と言い、言いながらも忙しいと嬉しそうな表情。ゆっくりしたい?と訊くと、もうスリランカでゆっくりしたからいいという返事。忙しいのはいいことだと、スリランカ人らしからぬ感想、日本での暮らしに戻ってくると、すぐに日本人みたいになってくる。

彼女が入ったのは江戸川大学なのですが、1か月ほども遅れていたのに、先生が大変親切にしてくださり、履修届もうまくいき、勉強は難しいけれども充実した生活を送っているようです。

4か月ほども、日本語とは縁のない生活を送り、しかも許可が出るかどうかわからないといった宙ぶらりんのまま過ごしていたので、「(日本に戻ってくることを)諦めざるをえないのかとも思っていた」とそのころのことを話してくれました。だから、申請が通って戻ってこられたときは本当に嬉しかった…。

他の二人は専門学校だったのですが、先だってまた学校に来てくれ、その時の話。そこの先生方もとても親身になって面倒を見てくださっているようで、彼等も「戻ってこられて嬉しい。勉強を頑張る」と言っていました。

私たちとしては、戻ってきてからが少々心配だったのですが(もう、手を離れていますから)、杞憂に過ぎたようです。三人とも、幸せそうな顔をしていました。それが何よりです。

あとは、日本語に、そして専門分野に頑張るだけ。せっかく戻ってきたのだから、それを無にせぬようにね。

日々是好日
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「風が吹きます」を、うっかり「風邪を引きます」とやってしまった…。大きな声はよかったんですけれどもね。

2019-05-30 08:35:27 | 日本語学校

晴れ。

かいせ~い、快晴です。赤信号で停まったとき、空を見上げると、全く雲が見えない。青い空が広がっています。梅雨がもうすぐ始まれば、得がたい空とも思われ、「青空」と思わず叫びたくなってくる。しかも、心地よい風がちょうどいいくらいに吹いてくる。

そして、運動会の予行練習なのでしょうね、応援歌が聞こえてくる。「赤勝て、フレ、フレ」「白勝て、フレ、フレ」、そして歓声です。その後、どうも、私たちが子供のころとは違う歌詞(文句かしら)が聞こえてきた…ような。こういう場面でも進化は遂げられているのでしょう。変化よりも、当然のことながら、進化の方がよろしい。

さて、学校です。

「Cクラス(今年の四月生)」でのこと。火曜日に、新出単語を入れてから、絵カードで動詞練習をしている時のこと。「晴れます」「曇ります」と続き、「風が吹きます」…だったのですが、一人が大きな声で「かぜをひきます」とやらかした。なるほどね、「かぜ」だから、「ひく」ですか。
 
このクラスは、在日の方が半数ほどもいるので、こういう間違いにすぐ気づいて、大爆笑。言ってしまった本人は、真っ赤になって友だちの蔭に隠れてしまいましたけれども。ちょうどいい機会なので、「風」と「風邪」とホワイトボードに書き、漢字にはいろいろな読み方があり、読みは同じでも、漢字で書くと、すぐに違いに気づくと、触れておきます。

こういうことを、幾度でも、機会がある毎にやっておくと、先で問題になることが少なくなるのです。心の準備と言ったらいいのでしょうかしらん。やっておかないと、「どうして、漢字には、いろいろな読み方があるのか」とか、「やっと一つ漢字を覚えたと思ったのに、別の読み方があるなんて、わけがわからん」なんて不平が出てきます。以前は、それだけで、萎えてしまうような学生が、少なからず、いたのです。

文字なんて「書く」という習慣が、一旦失われてしまいますと、特に最初の頃など、一日で、全部が失われてしまいます。それまで毎日、何十回となく書いていたとしても、忘れてしまうのは簡単なのです。一日、手抜きをすれば、いい。それだけで、それまでの努力は水泡のように消えてしまいます。

最初の頃は、とにかく、理屈抜きで、「書け、書け」ですね。勉強しているうちに、「偏」や「旁」などの説明が入ってきますから、なんとなく構成の理屈も見えてくる。それまでは、手を慣らすだけでもいいから、書く。

日本人も中国人もそうやって漢字を覚えてきたのですから、クラスに中国人学生がいれば、そっちに振って、同意を求めるだけでいい。漢字がよく判らない人達は、そんなもんかと思ってしまいます。日本人にせよ、中国人にせよ、最初から、見ただけで書けるようになったなんて言う人はまずいないのですから。

中国人と日本人とで、「ね、そうでしょ」「そう、そう」とやれば、何かよく判らないながらも、そうせねばならぬかと思ってしまうようですし。別に騙しているわけではありませんが、「出来た、出来た」と言ってやれば、本当に出来ているのかと思い、そのまま勉強を続け、気がついたら、本当に出来るようになっていたというのが、一番いいのでしょう。

最初から、漢字の小難しい理屈など振りかざしてみても、碌なことはありません。最初は「よく書けた。上手」あるいは、「ここはもっと伸ばした方がいい」とか、「左が先」とか言うくらいで十分なのです。

特に、最近の学生は、母国で「N5」くらいまでは、やってきているからなのでしょう。

「やっと『ひらがな』『カタカナ』を、うろ覚えなりとも、やって来られるようになった段階」から、「『N5』まではやったけれども、これはあくまで試験対策で、『漢字』は全然やったことがないという段階」、そして、今は、「(母国の日本大使館で漢字の読みのテストがある。それ故に彼等の国の日本語学校でも)漢字を、『N5』から『N4』くらいまでは、教えてもらって来たという段階」へ。

留学生を見ると、来日時には、(高卒の学生であれば)「N5」から「N4」レベルの漢字は、既習と見做してよく、それがこちらの作業の労力をグンと下げてくれています。「書き順」や、「止め」、「跳ね」などの出来不出来はともかく、一応、読めるし、意味も判ってきているのです。これは大きい。

漢字の「読み」、「書き」もさることながら、「どうして動詞や形容詞は姿を変えるの」といったことで、パニックになるような学生もいなくなりました。あとは素直にこちらの言うとおりに勉強してくれるかどうかという、個人の性格にかかってきます。それと「どうして日本に留学したのか」という「どうして」の部分、目的意識の有無ですね。

何かを学ぶために来日したのであれば、それを学ぶための道具として日本語は必須のものです。アルバイトでしか通用しないような日本語で、十分学べるなどと思ってもらっては困る。

これが、なかなか判らない人がいるのです。特に母国で成績がよかった人に多い。母国で、「頭がよかったから、学校に行って座っているだけで十分いい成績が採れた」というのが、1番手に負えない。日本に来てからも、そのつもりでいると、いつの間にかクラスのみんなに置き去りにされている。いくら注意しても、過去の成功体験というのものが邪魔しているようで、自分は頭がいいという思い込みから抜け出せないのです。

人間の頭なんて、そんなに差はないのです。それぞれ偏りは多少あるでしょうが、あとは素直さと真面目さ、それに尽きる。それで差は広がっていくのです。1年以上もいれば、ほかの人はできるのに、自分は出来ないというのが見えているはず。自然、気づいているはず。とはいえ、それが改められないのは、自縄自縛に陥っているからなのでしょう。あの、変なプライドの壁をぶち破れば(捨て去れば)、新しい世界が広がってくると思われるのに。実際、プライドの「壁」ではなくて、本当は「障子紙」くらいの、弱っちいものなのでしょうけれども。(周りから)落ちれば落ちるほど、厚く、頑固になっていくのかもしれません。

日々是好日
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「インドネシアでは、もうすぐ冬の、オーストラリアから風が来るから…」…日本人曰く「シベリアから…」同じですね。

2019-05-29 08:17:06 | 日本語学校

雨。

今は、小糠雨状態になっていますが、早朝はかなり激しく降っていました。その、雨が止んだかに見えた時、窓を開け、ベランダに出てみたのですが、久しぶりのヒンヤリとした空気に、思わず、ここ数日来の暑さがふっ飛んだような気がしました。

来週か、再来週頃から、「梅雨」入りの知らせが各地から届くかもしれません。あちこちのお宅で「アジサイ」の花が満開になっていますもの。

さて、学校です。

昨日は風が強かったからでしょう、暑かったことは確かに暑かったのですが、窓を開ければ、朝のうちはそれほどでもなく、しのげました。で、午後のクラスのことです。「暑かったですねえ」から、授業は始まったのですが、ベトナムの学生、「こんな暑さ、何ほどのことやあらん」みたいな顔をして、「今、(ハノイは)42度です」。先々週、ベトナムに行ったときには、38度とかで、何と暑いのかとびっくりしたのですが、もう、それが、42度になっているとは…。

スリランカの学生に訊いてみると、「スリランカも暑い」。「でも、スリランカはそうでもないでしょ。過ごしやすいと言われているでしょ」と重ねて聞いてみると、「最近、変」と憮然としている。様々な国で温暖化の悪影響が出ているのを感じます。次にネパールの学生に振ってみると、「知りません」。そうか、「今日の気温は」なんて気にしないんだな。

「インドネシアも暑いでしょ」と、インドネシアの学生に聞いてみると、「オーストラリアから風が来るから…。オーストラリアは、もう、冬だから」。そうか、日本で言うところの、「シベリアから風が…」でしたね。

北半球でなく、南半球の国の人達と話すと、「夏至」だの「冬至」だの、樹の影が長くなるだの、短くなっただのが通じなかったりします。また、大陸の内陸部の人と話すと、満潮だの干潮だのが、ピンときてもらえなかったりします。

風土というのは、本当に人間の生活に大きな影響を与えているのですね。思想や、そこまで行かずとも、なにがしかの考え方にも影響を与えているのでしょうね。砂漠地方でも、いにしえには、多くの神々がいたであろうに、いつの間にか、一柱の神だけを信じるようになっている。

草花が生い茂り、木々が高い梢を作り、鬱蒼とした木々の葉が闇を作りなどしている、日本のような風土では、たとえ、現代であろうとも、神々は、古来から生まれたまま、そのまま存在し続けているまた、神という位に至っておらずとも、その眷属くらいにはなっている者たちも、あちこちにいたりする。神々にとっても暮らしやすいのかしらん。

日本には、たいていの山や川には神様が祀られていたり、妖怪が住んでいたりして、それが男神、女神のみならず、狐や狸、蛇、山犬、熊であることもあるような。その地で一番強いと見做された動物が神になっているのでしょう。それに、人はよく騙される…。人は本当に大したものではないのだなと思い知らされるのも、こういったとき。

昔は山に入る前、御神酒を供え、その地の神に祈ったそうな。

とはいえ、日本では、人は死ぬと皆、神になるともいう。だから、喧嘩してはならぬというわけではないのだろうけれども。死んで神になると、煩悩も消えるのかしら。ただ神様同士でも子供っぽい喧嘩はしているようですから、生きているときと同じようなことを死んでもしているのでしょうね。

こんなことを言うと、一神教の教徒達から、「だから、日本人はわけがわからん。信用ならん」と言われてしまいそう。

日本人は、多分、こんな、あやふやな、はっきりしていない状態が、それが心持ちであろうと、一番、落ち着くのかもしれません。なあなあで、一緒になり、なあなあで別れていく。ただ、グローバル化が進んでいる今日の社会がそれを許すかどうかというと、おそらくはだめでしょうね。けれども、常に黒白を決めなければならなくなった社会というのは、もう、日本ではないような、そんな気もしてきます。

その人が信じている宗教が、その人個人のものである限り、日本は住みやすい国なのでしょう。人が心に何を抱いていようが、何を信じていようが、構わないのです。だいたい、神というのは人が幸せになるべくつくりあげた存在なのでしょうから。

日々是好日
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先週の金曜日の「横浜散策」は、楽しかったようです。遅く戻ってきた学生もいたようです。

2019-05-28 08:12:45 | 日本語学校

曇り。

薄日は射してくるものの、夕方から雨になるであろうという予報が出ていましたから、多分、だんだん雲が厚くなってくるでしょうね。

今日も、近くの小学校から、元気のいい子供たちの声が響いています。今週末には「運動会」かな。練習も佳境に入ってきているようですし、ブラスバンドの音が鳴り響くようになると、そろそろという感じがしてきます。

今朝、20度を超えていたというのは本当でしょう。けれども、窓を開けると、昨日とはうって変わって、雲が多いお天気で(昨日までは、カッカと太陽が照っていました)、しかも涼しい風がびゅーっと入ってきました。学校に来るときも、向かい風に立ち向かって自転車を漕いでいる…という感じで、少々リキがいったほどです。まるで、セルバンテスの「ドン・キホーテ」ですね。

さて、先週の金曜日、皆で「横浜」へ行ったのですが、昨日、数人の学生達に「あれから」を聞いてみると、一番遅かった学生は夜の10時に戻ったようで、スマホで撮った「横浜の夜景」を見せてくれました。やはり、一番遅かったのは中国人チームでしたね。その中に、中学校を卒業したばかりのタイ人少年が入っていたのは、きっと同じクラスの中国人学生が誘ってくれたからでしょう。

他にもスリランカ、バングラデシュ、ネパールチームは、例の大観覧車に乗ったそうで、高いところが苦手な私をびっくりさせました。

もちろん、(氷川丸の中で)別れてから、中華街に寄ってすぐに帰った組みもありました。中華街で食べたのかと聞くと、戻って行徳駅前のサイゼリアで食べた…。

どうも、中華街では、どうやって食べたらいいのかわからなかったようです。戻って、いつものところで食べて、ホッとしたのでしょうか。クラスは違っても、同じ学校。「友だちの友だちは友だちだ」という感じで、あれ?あの人達が一緒に?と驚かされることもあり、まずは、よかった、よかった。

今度は、進学してから、日本人の友だちと一緒に行けるといいですね。横浜は買い物にもいいところのようですよ。

日々是好日
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「ヤギ」は「メエ、メエ」。「ヒツジ」も「メエ、メエ」。でも、聞いただけでどっちがわかる。本当????

2019-05-23 08:33:07 | 日本語学校

晴れ。

さて、不思議なもので、今日は、小学生達の、「応援の練習の声」が聞こえてこない…と、耳を澄ましてみると、途端に、「わあっ」という歓声の声が響いてきました。どうも、実際にやっているらしい…徒競走かな。

応援の練習の時には、「それ、大声でやれ」だの、「それ、○年生の声が小さい」だの、叱咤激励の声が飛んでいるのでしょうが、実際に走らせ、並ばせ、座らせなどをしているときには、それどころではない面も多々出てきます。…だからかな。

そうしているうちに、「応援の歌合戦」らしきものが始まったようです。これもどちらに軍配が上がるかという見せ所の一つです。元気でいいですね、ちょうどいいくらい、離れて聞いている分には。近すぎると、子供の声とはいえ、かなりの迫力で迫ってきますもの。時には、耳をつんざくやに思えることもあり、心の準備が必要となってきます。

と、聞き耳を立てているうちに、例のごとく、太鼓の音をドンドンと響かせ始め、「そ~れ」だの、「わあ」だのが聞こえてきました。

面白いことに、真向かいの小学校入学前の子供が、多分、保育園か幼稚園にでも行くのでしょうね、親に手を引かれて歩きながら。この声を、まねして、「そ~れ」などとやっています。

そう、保育園でも幼稚園でも、やりますからね。その練習もかねて頑張りましょう。

ところで、学校です。

昨日、何がきっかけだったのか、定かではないのですが、動物の話になりました。それも「ヒツジ(羊)」と「ヤギ(山羊)」の話です。「『ヤギ』は『メエ、メエ』と鳴く」まではよかったのですが、「『ヒツジ』は…」と来たところで、ハタと困ってしまった。「あれれ、『ヒツジ』も確か、『メエ、メエ』だった…っけ」。

こういうとき、「沈黙は金」とはならないので、行きがかり上、「『ヒツジ』も『メエ、メエ』です」とやってしまった。すると、ネパールの学生が、「『ヒツジ』は違います」と来た。「『ヒツジ』は、『メエ、メエ』です(私の耳には、こう聞こえました)」と、「ヒツジ」をまねして言うのです。

「同じでしょ」。「いや、同じじゃない、『ヒツジ』は『メエ、メエ』、『ヤギ』は『メエ、メエ』」。「同じ『メエ』『メエ』でしょ(いったい、どこが違うのか、全く判りません)」。

すると、便利なものですね。バングラデシュの学生が、スマホでササッと調べ、「先生、こっちが『ヒツジ』。で、こっちが『ヤギ』」と聞かせてくれました。…でも、同じ「メエ」、「メエ」にしか聞こえません。

「どこが違いますか?????」。そのうちに、一人が「こっちが、「赤ちゃんヤギ」の声で、次のが「お母さんヤギ」の声」などとやり出した。スリランカの学生も、ネパールの学生も、バングラデシュの学生も、みんな「ヤギ」と「ヒツジ」の声を聞き分けるという。つまり「判る」のです。

「低いトーンと高いトーンということかな」くらいしか私にはわかりません。急に聞かされたら、いったいどっちなのか、まったく見当がつきません。「ウシ」と「ウマ」は判るんだけれどもなあ…。学生達は「コマッタナ」顔で、でも、ちょっと得意げに(嬉しそうにかなァ)、私を見ている。いつもやられているので、「へへへへへ…、せんせ~い、わかんな~い」くらいのものなんでしょうねえ。でも、本当に判らん…。で、話を勉強の方にもどしたのですが。これで眠たげだった学生も、いっぺんで目が覚めたようです。メエメエ。

前に、「ヘビの話」の時もそうでした。

私は普段、山などへ行ったときに見かける、「ヘビ」の大きさを念頭に置いて話していたのですが、学生達は、大人の腕ほどもある大蛇のことを想像していたのです。「私の、ヘビは苦手。怖くて足が竦んでしまう」を、「当然だな、人も呑み込んでしまうもの」と理解していたようなのです。ふとしたきっかけで、私が、「こんな大きな『ヘビ』もいるよ」と両手で示したことで、学生たちはショックを受け、「日本の『ヘビ』って、そんなに小さいの…。それを日本人は苦手だの、怖いだの言っていたんだ…」。私は私で、私が、いとも簡単に口にしていた「ヘビ」という動物が、彼等の中では、彼等の知っている途方もなく大きなものに変化して受け取られていたことに、ショックを受けていました。

そういえば、「ラクダの話」でも、そうでした。これは日本ではなく、中国でのことでしたが。

『駱駝祥子』で、「ラクダ」の話になったのですが、日本人は、実物と言われても、せいぜい旅行で見かけるくらいのものですから、それは、もちろん、童謡の「月の沙漠を、はるばると…」の「ラクダ」をイメージしてしまいます。で、「そうだな、金の鞍には云々」と、ちょっと幸せな表情になっていたときに、北アフリカから来た女子学生が、一言。「『ラクダ』はおいしい」。もうこれは「魂消た」顔の日本人を作り出すのに、一秒とかかりませんでした。

話を進めていく上で、身振り手振りで最初に「形」を見せておくこともさることながら、相手がそのものに対してどういうイメージを持って、こちらの話に臨んでいるかということの確認の大切さも、改めて知らされた一日でありました。

身近に、「ヒツジ」や「ヤギ」、「ウシ」などが存在している生活、それらのみならず、「リス(栗鼠)」や「サル(猿)」、「ゾウ(象)」などとも共に暮らしている人達と、動物とはいえ、ペットとしてのものしか知らない日本人との、差。これも異文化体験だったのでしょうね。

でも、面白かった。皆、パッと目を見開いて、話に参加していましたもの。どうも、彼等、教師が判らないというのが面白かったらしい。

日々是好日
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今日は五月晴れ。体調もだいぶ戻ってきました。

2019-05-22 08:50:40 | 日本語学校

晴れ。

昨日は、大変でした。

雨、風も、午後の学生達が帰る頃には収まるかと思っていたのに、なかなか、そうは問屋が卸さな…かった。

午後の学生達が帰る頃にも、風は強く、自転車置き場から(学校の教室の横なのですけれども)、わあ、わあ、キャー、キャーという叫び声が。覗いてみると、途端に「先生、テストは悪くなかったね」などと、全く関係のないことを、さっきまでの表情とはうって変わった表情で神妙に言ったりする者も出てきますから、下手に心配すると、却って面倒なことになる。

「さっさとお帰り。(テスト)よくは、なかったでしょう」などと言おうものなら、また言葉を畳みかけてきますから(日本人と話したくてたまらないのでしょう。おしゃべりな分だけ、書いたり読んだりを嫌がってしないのです)、クワバラクワバラ…。別に彼等は雷様じゃないのですけれども。

さて、学校の近くの小学校から、子供たちの元気な声が聞こえています。もうすぐ「運動会」が始まるのでしょうね。彼等が大人になった時、運動会と聞いて何を思い出すのかしらん。

私などは、秋の果物ですけれども。「ブドウ」「ミカン」それから「クリ」…。10月10日に、「ミカン」かあと、大人になった今なら思うのでしょうけれども、「ミカン」のあの酸っぱい香りがフッと浮かぶのです。ご馳走を作ってもらっていたでしょうに、それよりも、「ミカン」の香の方が残っているというのは、少々申し訳ないような気もしてしまいますけれども。

子供たちの声は、午前8時でピタリと止みました(始業前の1時間だったのでしょうね)。着替えてから、授業かな、それともそのままの格好でいるのかしらん。「運動会」が近づいてくると、学校の先生方は大変です。そうでなくとも学校の雑務が多いというのに、それプラスの「体育行事関係作業」が続くとなると、本当に大変。

日本の学校では、その準備に、児童生徒の指導も兼ねているので、自分たちで、手軽にサッサとやってしまうわけにもいきません。体育委員会のメンバーにさせていくわけなのですが、初めての子供の中には、本当に子供子供した人もいるのですもの。

高校は別にしても、だいたい中学校でもそうでした。小学生と言ってもよさそうな、ちっこいのが上級生に言われたとおりに、必死になってラインを引いている。そんな姿を時々学校に覗きに来た父兄が、感動して、こっそりと写真に撮ったりしている。これも、今は、初夏の風物詩になっているのかもしれません。

さて、学校です。

ハノイから、土曜日の夜遅く戻ってきて、翌日というかその夜中、急に体調を崩し、大変でした。それでも、這うようにして治療院にだけは行き、また這うようにして戻ってきて、バタンキュウ。

翌日の月曜日、まだ、体調は戻らない。とはいえ、(授業を休んで)戻ってくると学生達期待しているはずの「お土産」が気にかかります。で、重いお土産を持って(自転車が頑張ってくれました)、学校へ。せっかく来たのだからと最初の一コマだけは出、その後はうちに戻らせてもらうことに。食べていないと(本来なら蓄えがあるから大丈夫なようですが)、腹に力が入りません。その上、ハノイに行っていた間にやるべきことが溜まっています。普段の生活をしていれば、授業のない時間帯がありますから、準備やチェックなどができるのですが、いなかったとなりますと、そこも空白になっていて、戻ってくると埋めるのに、時間がかかってしまいます。いくつかを持ち帰ります。雨でなかったのが助かりました。

そして、昨日。午前は出ていたので変わりなく、ただ、午後は前日休んだので、それなりに学生達が気を遣ってくれます。もっとも、最初のうちだけで、少し経つと、「こいつぁ、同じだわ」とでも思ったのでしょう、彼等のペースが戻ってきました。まあ、いいのです、いつもと同じで。

というわけで、昨日、三コマ、とにかく無事に乗り切り、今日は8割方復活を遂げています。まだ片付けていないことがいくつかあるので、空いた時にボチボチやっていくつもりです。金曜日までに、体調も戻しておかなければ、「横浜散策」が悲劇となってしまいます。まあ、遠出とは言いましても、同じ国内のこと、電車で1時間半ほどの距離のところ、どうにかなるでしょう。

学生達も、口には出して言いませんが、楽しみにしているようです。進学のための作文指導や面接指導の時に、こうした課外活動のことを「楽しかった」と思い出してくれる学生が多いので、それは判ります。

今度も、そうして楽しんでくれ、また、将来進学した時に日本人の学友と共に行ったり、また会社に就職した時に役立ってくれるといいのですが。

でも、まずは、今、楽しんでくれること。いつもは口うるさい私も静かになることですし…。

日々是好日
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明日、ハノイに発ち、土曜日の夜、戻ってきます。

2019-05-15 12:50:52 | 日本語学校

曇り。

時々、陽が射しているようですが、今のところ、まだ雲の方が力が勝っているようです。

どうも、今朝は、鳥たちがうるさくてうるさくて…。なぜにあんなにけたたましく鳴き騒いでいるのでしょう。窓を開けて見てやっても、平気。ぷいと飛んで行ったかと思ったら、またあっちこっちで騒いでいる。キーッ、キーッと鋭い声で鳴き合っているので、あまり親密な関係であるようには見えない。もとより、鳥の気持ちはわからないので、勝手なことを言ってやがると(鳥たちに)思われているかもしれませんが。

先日、学校からの帰り、十字路で信号待ちをしていると、道の向こう側に白い紙(のようなもの)が散らばっているのに気がつきました。あれ。どうしたのだろうと見ていたのですが、渡ってからよく見てみると、なんと言うことはない、白い「ツツジ(躑躅)」の花が、風に飛ばされて散らばっていたのです。赤やピンクの花であったら、それと気づいたかもしれませんが、白ですものねえ。何となく申し訳ないような気になってしまいました。

さて、学校です。

今週の月曜日に、最後の四月生がやって来て、翌日の昨日から授業に参加しています。「卒業生のいとこ」ということで、大学生の彼女と同居。それ故に、通学にはかなり時間がかかってしまいます。来日してすぐの、朝のラッシュは辛かったでしょうね。他の留学生達が、学校まで歩いて通えるようなところに住んでいるのに、かわいそうかなとも思ったのですが、キリリとして大丈夫そう。どうもかなりしっかりしているようにも見えます。それとも、緊張しているだけなのかな。

ベトナム人学生の中には、時々、私は一人で大丈夫というタイプの人がいて、同国人と仲良くするというよりも、他の国の人と親しくなったりするのですが、彼女もそちらの方かもしれません。どうも先に来ていた学生達とはちょっと違うタイプのような…。

もっとも、時間が経てば、同国人同士、親しく話し始めることでしょう。そのきっかけをこちらが意識的に作らなくても、頭のいい学生なら、自然とそういうこともできるでしょう。別に斜に構えているわけではなさそうですから。

ところで、明日から、ハノイに行ってきます。申し込みのあった学生との面接が主なのですが、二つほど、現地の日本語学校見学もスケジュールに入れています。それから、不本意ながら、帰国せざるを得なかった学生の様子見もするつもりです。もちろん、いろいろと手伝ってもらうつもりです。帰国してしまえば、(戻った場所によっては)それほど日本人と接触する機会もないでしょうから。

帰国せざるを得なかったという学生のうち、その中の一人は、アルバイトが規定時間を超過していて、更新が通らなかったのです。これも、もちろん、本人が悪かったというのは確かなことなのですが。しかしながら、ベトナム人で、2年にも満たない間に、「日本語能力試験」の「N2」に合格できましたし、希望通り大学にも合格していました。決して勉強をいい加減にしていたのではないことは、「N2」の試験前、2ヶ月ほどはアルバイトを休み勉強に集中していたことからもわかります。でも、…後の祭りですね。更新出来なかったので、帰らざるを得ませんでした。

夢は日本の大学でコンピューターを学び、ソフトエンジニアになることでした。夢は断たれたけれども、日本に対する思いは変わっていません(前回ベトナムに行った時にも会って、それを感じました)。

それもこれも、日本語が上手なので、アルバイトの面接に行った時に、すぐに合格してしまうのです(来日してからの、最初の3、4ヶ月ほどはだめでした。よく「また、面接に行って断られました」と言っていましたもの)。彼等、留学生の場合、よほどのことがない限り、前のところを辞めてから受けるということは、しません。しないと言うよりも出来ないのです。もし面接に落ちてしまったら、アルバイトなしの生活をせねばなりませんから。合格してから、前のところに「辞めます」といいに言っても、辞めないでくれとか、もう少しいてくれとか言われれば、ついズルズルとなってしまいます。そんなこんなを重ねてしまったのでしょう。彼にしても、慣れた仕事であれば、そう面倒でも、したくないことでもない…。それに、お金は入ってくるし。

その結果が、ああなってしまって…けれども、彼は、まだ、何とかして、日本語を活かして日本で働きたいと思っています。私たちもそのルートがあるなら、彼に知らせたいと思っています。アルバイトは飲食店でした。達者な日本語と仕事熱心さを活かして、日本で働けるチャンスがあればいいのですけれども…。

日々是好日
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「一昨年の一月生」が、戻ってきました。挫けずに頑張ってね。

2019-05-14 08:32:24 | 日本語学校

曇り。

今日は、いつ、泣き出してもおかしくないようなお天気。今はまだ怺えているようですが。

今日にも、沖縄地方は「梅雨入り」をするとか。あれっ?「梅雨」って6月だったっけ?なんだか不思議な気がしてしまうのが、また不思議。子供の頃の感覚で言いますと、夏休みの前が「梅雨」。「梅雨」が明けると休みが始まる…そんな気がしていたのですが。

夏休みのお天気とは、カンカン照りの毎日で、時々夕方に、ザーッと夕立が降る。そして、雨が上がると、虹が立つ。虹を見つけると、なぜか、水たまりを、バシャバシャとやりたくなる。バシャバシャとやりながら、傘を振る。誰のバシャバシャが一番音が大きかったのか、跳ねが一番高く上がったのか、不思議ですね、なぜあれがあんなに面白かったのか。

実際、子供のころは、何でも遊びになりました。土管が三つほどもあれば、だれかがいろいろな遊びを考え出す。「おままごと」一つにしても、材料は山ほどありました。だいたい、公園に飛び跳ねている子供がいましたもの。大人の姿は稀で、ほとんどが子供でした。

今のように、スポーツをするなら、なになにクラブとか、なになにチームに入らなければ遊べないとかいったものではありませんでしたし。

それが、いつの間にか、公園は幼児連れの母親か、老人の姿ばかりが目につくようになり、走り回る子供の姿は、消えてしまっています。ヨチヨチの子がいると、さすがに、ドッヂボールなどは出来ませんね。自粛せざるを得ません。

さて、学校です。

昨日、今年の1月に、一時帰国せざるを得なかった「一昨年の一月生」たち三人が、「戻ってきたよ」と顔を見せに来てくれました。三人とも、先週の土曜日、夕方に成田に着き、そして昨日の月曜日に学校に来てくれたというわけです。皆、進学先が決まっていたので、これからすぐに進学先にあいさつに行くと言っていました。…日本語忘れていないかな…、あいさつ大丈夫かな…。

母国に一旦帰ったのは、今年の1月に入ってからすぐのこと。そして、入管から、申請が通ったという連絡が入ったのは、4月の終わり。連休もありましたからね。それからすぐに、担当が書類を送ったのですが、ちょうど、スリランカでテロ事件があった時と重なり、なかなか届かない。「まだ」という連絡が入れば、こちらでは、「もう届いてもいいはず」と焦り、もしかして、どこかで紛失したのでは(行方不明になっているのかしらん)と不安になり、調べたり…。いやはや、書類を作った教員から、送った教員から、その他の教員も話を聞けば、自然に、皆、不安になってくる…。

無事三人の顔を見て、まずは、一安心。

…来られたのに、不満を言うわけではありません。もちろん、2017年の1月に来ていましたから、2年間の留学ビザだから、1月には切れると言われれば、確かにそう。2年目の1月で期限は切れます。しかしながら、その前に進学先も決まっていたのです。来られたのは5月の連休明けで、もう中旬に入っています。

進学先で、オリエンテーションにも、健康診断にも、その他いろいろなことに参加していません。また履修届も出せていません。授業は受けられるのでしょうか。まだまだ不安は続きます。

私たちとしても、彼等は別に法を犯して帰国させられたわけでもなく、きちんと言われるままに一時帰国したのですから、大学や専門学校が始まるまでには、許可が下り、日本に来られると思っていました。それが1ヶ月以上も延びたわけですから、これから半年ほどは、大変になると思います。こういうことに、挫けずに、前を向いて頑張ってほしいものです。

日々是好日
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梅雨が始まりそうな、お天気です。

2019-05-13 08:43:13 | 日本語学校

曇り。

どんよりと重そうな雲が空を覆っています。数日前、駅に行く途中、「ショウブ(菖蒲)」と「アザミ(薊)」の花を見かけました。そろそろ雨の季節が始まるかなと思いながら自転車を走らせていると、あるお宅で「アジサイ(紫陽花)」の花が満開になっていました。

これは、ちと早すぎるにしても、街では、「アジサイ」も、すでに緑の葉を大きくし、蕾が膨らみ始めているのが普通。「梅雨」の始まりを感じさせるような花々の様子です。

「梅雨」一つにしても、どんどん季節が早まっているような、そんな気がするのですが、これも、迷いかな。

若い頃、「時間の経つのが速い」と言うと、年長者から「年をとればゆっくりになる。今だけだよと言われたものでしたが、いまだに時間はあっという間に過ぎています。忙しない毎日が続くのに、そろそろ疲れ、ゆっくりとした生活を望みはじめるのも、ある意味、当然のことなのかもしれません。

さて、学校です。

午前の授業が終わってから、すぐに残した学生にあれやこれやと指導を付け加えなければと思うのですが、なかなか時間がとれません。あのクラスでも、このクラスでもと、気ばかり焦り、それが常態化できないのです。一クラスだけであれば、それなりに計画を立てやることもできるのですが、あちらも残さねばならぬけれども、こちらが先だから…などと考えていると、鉄は熱いうちに打たねばならぬはずが、その時機を失い、ダラダラが身について、気がついた時には、既に変えられなくなっています。

それが重なると、こちらはイライラが募るだけです。体によくない…。

学校という名を返上して、事務だけで終わってしまえば、それはそうで、「書かせたよ。採点したよ。注意したよ。でも、やれないんだから、どうしょうもないね」で、定時に来て、定時に帰れば済むこと。責任は大人である向こうにある、で終わりなのでしょうけれども。

もちろん、「(目的が違うので)変わるつもりはない」と言わなくとも、そういうつもりの人もいます。 「国にいた時にはこれで十分だった。なぜ文句を言われなければならない」と思っている人もいるでしょう。「話せればいいのだから、漢字なんて面倒なことは覚えるつもりはない。『N3』くらいなら簡単だ」と言う人もいます(実際、そういう国の人もいます)。

「書く文化圏」でない国から来た者は、「N3」どころか「N2」でも取れるのです、漢字を大して覚えていなくとも。小回りが利くのです。日本人はそういう人を聡明とは言いませんけれども、彼等の国では「賢い」で通ってきているのです。確かにある意味、「さとい」のでしょうね。中には、学校で、『みんなの日本語Ⅰ・Ⅱ』レベルの言葉と文法を習い、後は適当にアルバイトをしていれば、ヒアリング力はあっという間に、「N1」レベルに達してしまう者も出てきます。

けれども、文章が読めないのです。書くという習慣がないので、書くのを本当に嫌がります。直に「カタカナ」は言うに及ばず、「ひらがな」すら、適当になってしまうのですが。

これだったら、「半年くらい日本語を勉強して、あとは4,5年働いてから国に帰ればいいね」なのですが、卒業後、専門学校へ行き、日本の会社で社員として、働いているうちに、文法や漢字がわからぬが故の待遇の差など(書類が読めなければ、指示されるだけです)に気づき、少々慌てるのでしょう。また、学校で勉強したいなどと言うのですが、戻ってもやらないでしょうね、「三つ子の魂、百まで」です。コツコツやるができないのです。これも文化かな。

漢字が判らなければ、当然のことながら、上の級で習う単語の意味も判りません。簡単な既習の言葉に置き換えて、「この新出語のBは既出のAと同じ」でやり過ごすしかないのです。実際、「もう一度やり直す」か、「ゆっくりやる」クラスでは、そうせざるを得ず、そうなりますと、「同じ意味なら、覚えなくてもいいや。Aでやっとこう」と言うことになってしまいます。ただ、会社で働くとなりますと、だれも「A」なんて簡単な単語は遣いませんし、単語のみならず、普通の(日本人が使う)文法を用いますから、結局のところ、意味があまりよくわからないまま、適当にお茶を濁すだけの仕事ということになってしまいます。

この文法、一応社会に出るまでに「N1」文法くらいはやっておかないと、後が大変だと思うのですが、アルバイト先で「N3」文法も遣っていなければ、その必要性がわからないのです。

好奇心や向学心に富んでいれば、何も言わなくとも、新しいことを学んでいけるでしょう。が、いわゆる勉強しなくても、いい点数が採れていた人達は、手を抜くことが上手で、それでも試験には合格しますから、きちんと言語を身につけるという気持ちにはなれないのでしょう。

難しいですね。向学心はあるけれども、母国での成績はそれほどよくはなかった人と、向学心はないけれども、母国での成績はかなりよかった人と。どちらをとるかと聞かれると、少々辛い。

いろいろなことが勉強したいと言い、実際そうだろうなと思える人の中には、なかなか点がとれない場合があります。頑張っているけれども、文法の暗記文一つ覚えるのも、人の5倍くらい時間がかかる人もいる。もちろん、神は努力する人を見捨てたりはしませんから、時間が解決してくれることでしょう。が、日本語学校で学べる時間は限られています。

頑張らないけれども、暗記はすぐ出来る。ヒアリングがいいので、応用もすぐにできる。混ぜっ返すこともできる。とはいえ、継続が利きませんから、場当たり的。とはいえ、試験には合格出来ます。不思議なのですが。見たことがあるで、どうにかなるのでしょうかしら。この学校の学生は、ほとんどが95%以上の出席率で、学校に来て、勉強しているだけで、うちで努力しなくとも、そこまで行けるのかなあと不思議な気もしてきます。

その一方、努力がなかなか報われない人もいる。

足して二で割るとちょうどいい…とは言いますが、片方に何も残っていないと、これもまた大変ですね。

日々是好日

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初めての「漢字テスト」

2019-05-10 08:25:35 | 日本語学校

晴れ。

「いいお天気です」と素直には喜べない、その理由は、最高気温が、27度とか28度とかいう予想が出ていたから…。

すぐに、去年の夏が蘇ってきます。…酷暑がもうすぐ来る。…人間というのは、本当に文句の多い生き物です。暑さ寒さの不平不満には、お天道様も参っていることでしょう。だいたい、気温の予想を聞いただけで、愚痴が始まるのですから、本当に困った生き物です。他の生き物たちのように、お天気をそのまま受け入れることができず、その出来ないことから科学が発達したのだと、嘯いてしまうくらいなのですから。まことに厄介な生き物。

もとより、今は(朝)、ちょうどいいくらい。乾燥しているからでしょう、爽やかでいかにも初夏といった感じ。とはいえ、もうすぐ、酷暑がやって来るのでしょうね。そしてその前に梅雨がある。どんよりとした雲に、毎日、覆われ、雨が続き…、暑い。寒い時は厚着をすればどうにかなるけれども、暑さだけはどうにもならない…なんていう、今から、不満が次から次に出てきます。この!贅沢者という、天からの声が聞こえてきそう…。

さて、学校です。

4月に、「初めて日本語を学ぶ」とやって来た四人、その中の、タイからの少年は入学式で、まだ15才であることを言ったが故に、突如、彼等の寵児となった観あり。

フィリピンの同級生からは、「うちの息子と同じ年だ」とか、「うちはもう大学生よ」とか言われて、何を間違えても許されてしまいそう。6,7才上のベトナム青年からは、まるで弟のように猫かわいがりされています。学校での毎日が楽しくなったようですね。最初の頃は、教室で、緊張して下を向いてばかりいたのに、今は真っ直ぐこちらを見るようになっています。でも、書いたり、覚えたりは、ちょっと苦手かな。

彼等にとっては、勉強し始めてから2週間ほどで、連休が始まり、10日間も学校で勉強出来なかったということが、どうでしょう。プラスに働いたかな、マイナスに働いたかな…。

日本にいるのですから、少しでも取っ掛かりができれば、それを元に学ぶことも出来るでしょう。街を歩いていた時、駅やスーパーで人を待っていた時、聞こえてきた人達の声から、学んだ何かが聞き取れたということもあったかもしれません。若ければ若いほど、適応能力はあるものです。無から有を生じるのは難しいでしょうけれども、少しでも何かがあれば、それを基に、できることは確かにあります。

ただ、「毎日学校に来てなんぼのもん」というタイプの人には、この連休は苦しかったでしょうね。やっと少しわかりかけた、聞き取れかけたと思ったら、また長期の闇が始まったというようなもの。

とはいえ、昨日の補講の限りでは、皆、明るく帰っていったようですから、プラスに働いていたのかな。

で、今日、この四人は、他の新入生達とは別に、「N5」漢字プリントの第一回目をやります。(昨日の)帰りに聞くと、「大丈夫」と、明るく口を揃えて言っていたのですが、「何も見ないで、書く」となると、そうそう簡単にはいかないでしょうね。まあ、これも経験。失敗すればわかることです。

「非漢字圏」の学生は、漢字の練習の時も、「見て書く」から、なかなか抜け出せません。今、「Aクラス」や「Bクラス」の学生達は、漢字テスト用の一覧の、「漢字の部分」を隠して練習するというのが、だいたい出来ているのですが、それでも「『見て書いて』、『覚えた』」から大丈夫なんている者も、いることはいる。こんな練習の仕方をしていては、実際のテストの時など、書けない字が続出し、「覚えていたのに」と叫ばなければならなくなってしまうのに。

挙げ句は「失敗が生かせないタイプ」などと、毎回言われるということになってしまいます。

漢字圏の人からすると、「見ないで書く」というのは当然すぎるくらい当然のことなのですが、「非漢字圏」の人にとっては、そうはいかないようですね。その基本的な練習の仕方さえ、身につけるには時間がかかるようです。

日々是好日
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連休明け、7月の「日本語能力試験」のために、少しずつ準備しています。

2019-05-09 09:43:33 | 日本語学校

曇り

連休疲れでしょうかしら、何となく、シャキッとしません。足も痛くなる一方です。ダラダラ過ごしていた報いですね。

それにひきかえ、二年生達は、全く心配なく、「連休明け」、初めての授業にも、皆、やって来て、しっかり勉強してくれていました。まあ、休みの間は、のんびりしていたようですけれども。

(二年生の)「Aクラス」と「Bクラス」では、「休み明け」から、7月の「日本語能力試験『N3』と『N2』」のための準備 を少しずつ入れていくつもりで、それを火曜日に告げ、昨日からやり始めたのですが、勉強も久しぶりで、新鮮だったのでしょうね。ちょっといつもより「活き」がよかったような…。

「Aクラス」では、「N2」を受ける人と、「N3」を受ける人が混在しているので、これまでは、「N2」の文法だけを毎日読み合わせしていたのですが、昨日から「N3」文法も入れ(全3枚のうち、一枚ずつ)、やってみると、なんとなく覚えているものですね。声もよく揃っていました。やはり、「N2」文法をやってから(まだ全部は終わっていませんが)、「N3」文法をやると、気づくこともあるようで、まずは、よかった、よかった。

それから、「N3」を受ける人には、「N3」漢字をまとめたもの(全8ページ、うち一ページ)の読みを、「N2」を受ける人には、「N2」漢字の読みを、毎日60字ずつ、やるようにしてみました。

書くよりも、まずは「読め、意味が判ること」が先で、この間(10分)、読みの練習を皆がしている間に、意味を忘れた者は、こちらに聞いたり、自分で調べたりし、最後に皆で読みの部分を隠しての読み合わせ。そして、それらが終わってから本時の勉強に移ります。

「Bクラス」は、全員が「N3」を受けるので、その点、一直線に進め、まずは楽。もっとも、これが二枚目、三枚目となりますと、あっちでつかえ、こっちでつかえして、大変でしょうけれども。とはいえ、試験まで、あと8週ほどもあります。手でなく、「目が覚えてくれる」という期待もあります。

書くのは個人作業です。もう1年ほども、毎週、漢字テストをし、それに合格しなくては、次のテストに進めないというのを繰り返してきています。その時は出来た、でも次の週には忘れているというのを何度も経験しているわけで、なかなか漢字は覚えられないと言うことを実感しているでしょう。これからは、毎日漢字を見、読みを繰り返して覚え、習慣にしていけば、意味と読みがセットで記憶にとどまってくれることでしょう。

これも、言われたとおりにやってくれるという前提の下にしているわけで、この素直さがなければ、こちらがいくら準備しても、賽の河原の石積みみたいなもので、全くの徒労。本当に、留学生に関して言えば、選ばなくてはと思います。

この流れが切れてしまうのが悲しい。実際に、こういう流れを作っていくのは難しいのです。以前、中国人が多かった時も、数年かかってやっとこういう流れが出来た。でも、例の「東日本大震災」に遭い、中国人の流れが切れた…。そして、次に来たのが、ベトナム人留学生たち。これは流れがなかなか作れず、去年やっと少し作れた…かに見えたのですが、でも今年はどうもうまく行きそうにない。で、3年くらい前からの、ネパール人留学生です。この人達は、3年目で流れが出来た。素直なのです。これが一番大きい。けれども、去年から、来られなくなった。

伝統というと、わずか十数年の学校が何を言うかと言われそうなのですが、現地に出向き、面接をし、相手校の人に、ここまで教えてくれと頼んだり、こういう人はこの学校には向かないと説明したりの繰り返しで、その通りに(その通りとまでは行かなくても、それなりに努力)してくれる学校とつきあうというのを築いてきたのに、急に、一律、この国からはだめとなると、こちらの心もぽっきりと折れてしまいそうになります。

早く、元に戻らないか知らん。今はそれだけを祈っています。

日々是好日
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30日に、留学生が、一人やって来ました。昨日は「補講」がありました。

2019-05-03 09:28:07 | 日本語学校

晴れ。

正に「五月晴れ」です。

初めての「10連休」ということで、楽しみにしていた者も確かにいたようですが、反対に困っている者あり、鬱陶しがっている者あり…、というわけで、連休前半のお天気同様、どうも気分もはっきりしなかったような…。

数十年前のことになりますが、「どうして日本には(公の)休みが、こんなに多いんだ」と、中国人に聞かれたことがありました。「普段は休めないから」という答えに、わけがわからんという顔をされ、ちょっと困ったことがありました。日本ではなかなか休めないということをうまく説明出来なかったのです。出来たとしても、おそらくわかってはくれなかったでしょう。

当時、中国では、「親がふるさとから来るから、駅に迎えに行く」と言っては休み、「親が病気だから」と言っては休み、「ちょいと風邪気味だから」と言っては休む…ような人が、多かった…(病気だと言って休んだのに、街で買い物をしているのを見かけて、えっ?でも、だれもそれを言ったりしません。自分だってするからでしょう)。そんな中国人からすれば、普段休めないというのが、どうして???だったのでしょう。

今は、中国も変わっているでしょうけれども…。とはいえ、なにせ、大きな国です。パッと皆が一時に変わるようにはならないでしょう。

この、日本人の「普段休めない」という「当たり前のこと」が、この「10連休」を機に、今、問題にされています。

非正規労働者が増えたこともあるでしょう。しかも正規と非正規とでは待遇が格段に違うと言う現実があります。これでは、国を挙げての「祝祭日」が問題になって当然です。あくまで、皆、同じような環境の下にあるというのが前提での、「公の休み」なのですから。

しかしながら、これが問題になることは決して悪いことじゃない。ここまで休みが続いてしまうと、それは誰だって「あれっ」と思いますもの。日々の生活に支障をきたすという面だって出てきますもの。だって、国を挙げての「公の休み」なんですから。休んでも何の障害もないとなれば「休まにゃ、損、損」となってしまいます。もう少し、個人の都合で休めるといいのですけれどもね。国が休みを作らなきゃ休めないなんて、変といえば確かにヘン。

もちろん、多分、友だちがふるさとから来たから休むと、しょっちゅう休むというのは論外ですが。

さて、学校です。

いつの間にか、皐月になっていた…ような気がします。代替わりということで、テレビはその報道で大騒ぎ。静かに見守るということも大切であるような気がするのですが、民放もNHKも同じような騒ぎ方でした。で、気がついたら、初夏。

学校までの道も、かなりの変化が起きています。「タンポポ」の綿毛なんて、もう疎らになっていて、今にも坊主頭になってしまいそう。この前まで裸ん坊だった「ヤナギ」の樹も、もう見事な新緑に姿を変え、ユッサユッサと長い枝を揺らしていました。花の季節が終わって、緑の季節になったのだなあ。

昨日は、私が「補講」の当番にあたっていたので、学校に来て、新入生に「10課」の復習と、「11課」の授業をしたのです。学校に来てからすぐ、三階に行き、板書などの準備をしておいたのですが、一番最初に来たタイの学生が、一階に下りていこうとします。いつも三階でしょと言うと、いえ、一階。彼の場合は、「ひらがな」から始めて三ヶ月なので、それほど話が進みません。で、留学生を待っていると、やはり一階という。それで慌てて、三階から下の運んでいきます。

で、一列目が揃ったところで、30日のこと(前回の補講です)を聞くと、声を揃えて、「『10課』は終わりました」と言う。変だな、10課の残りと書いてあったのだけれども…と思いながら(そこは新入生ですから、はっきりと問いただすことは無理…であろうと思い)、そのまま、「では、11課の単語から読んでいきます」。

すると、4月30日に来たばかりのベトナムの学生が、「単語????なんですか」。すぐに3週間ほど前に来ていた新入生の先輩が「ことば」と教えてやります。

読んでいると、一人が、「先生」と言う。見ると、「10課」の問題を指し、「ここ、ここ」。それを見て、だれかが「まだです」。んんん…。でも、問題だけやるわけにはいきません。それで、「10課」の単語を一通り読み、B問題を簡単に繰り返し、問題を片付けていきます。それから、「11課」に進み、最後に「漢字」を少々やり、12時半を過ぎたところで、5月7日にやるところを告げて終わりにしました。

30日に来た学生は、ベトナムで「50課」を終えたそうで、「10課」とか「11課」なんて、ヘン!!!という顔をして臨んでいたのですが、あっちこっちで変な癖がついていましたから、その都度、注意していきます。だんだん、普通の顔になってきたので、元は素直なのだということがよくわかります。

まず、全部を読もうとしない(読まなくても判るというところなのでしょう)。問題も答えだけ言えればいいと思っている。つまり「過程」が消えているのです。「答え」だけでなく、全部読むように言い、読ませてみると、助詞が消えた読み方をしている。これでは、きちんとした受け答えも出来ませんし、まずは以後の読解問題でも解くのが難しくなるでしょう。

「初級」のうちは単語を一つでもきちんと覚えている者がえらく見える。本当は文法の方が大切なのですが、それは見えない。だいたい、「初級」なんて、単語を覚えていれば、それとなく「理解出来る」程度のものなので、それほど気にはならないのです。ところが、「N3」の内容に入ってくると、「初級」の頃の簡単な文法の大切さが身に沁みてわかってきて、そういう人に限って、焦り出す。
 
日本で日本語で学ぶというのは、単に学ぶのが「日本語」というわけではありません。日本人が普段話す言葉に慣れるということも含まれていますし、彼我の思考回路の違いなどに気がつくこともあるのです。

「初級」のうちは、互いに「共通語」がありませんから、どこでそれに気がつくか、あるいは気がつかずとも、どこまで教師の言うことを素直に聞けるかで、それから先の進度が異なってきます。

何を学ぶにせよ、素直が一番と言うことになって来ます。

その点、彼の場合、すぐにわかって、こちらの言うとおりにするようになりましたし、「わかりません」を何度も言うようになりましたから、多分、もう大丈夫でしょう。帰りには、少々肩を落としていたのですが(天狗の鼻が少し折れたかな)、そこは3週間前に来た先輩がいます。肩を叩き、「大丈夫。来たばかりだから。すぐにわかります」と言って慰めていました。

もちろん、私たちだって、「コイツ」と思って、苛めているわけじゃありません。御山の大将は伸びないから困ると思っているだけです。彼等の国の小さなクラスで「出来ていた」から、「出来る」と思って日本でやっていると、とんでもないことになってしまいます。漢字も、まだ「補講のクラス」では「N5」の最初でしたが、「止め」も「跳ね」もできていないし、「辶」も一本線で終わっている。注意するとだんだん焦ってきて、「どうしたらいいですか。できません」などと言い出す。筆ペンのことを話し、(100円ショップに行ったことがないと言ったので、安いからそこで)買ってくるように言うと、早速、もう一人の3週間の先輩がすぐに手渡して、練習するように言っていました。

もちろん、一発で出来るようになるわけでもなく、こちらが手を添えてやっても、なかなかうまくいきません。どんどん壁にぶち当たるといいですね。かなり素直になっていましたから、7日の授業(23課から)の時には、いい顔になっているでしょう。学ぼうという顔になっていないと、何も身につきません。

日々是好日

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