日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

ああ、もうオリンピック大会開会か

2008-08-08 19:15:15 | 学生から
 待てと暮らせとというようなものでは、けっしてなく、あのオリンピック大会は、やはり期日通りに始まりました。

 今朝、いつものように目をさめ、時計をのぞいてみたら、なんと7時を過ぎてしまいました。睡眠が軽い故、いつも6時ごろにもう窓外の散歩者のざわめきに目をさめています。

 ああ、よく寝たと思い、窓を開け、顔を洗い、おゆを一杯入れてPCの前に座りました。

 あへん、あへん、窓の下からはいつもの気管支炎の爺の咳声が聞こえてきました。ああ、あの爺、又朝早くアパートの入り口の手前に門番のようにじっと座っているな、と分かりました。

 あの爺とは、同じアパートの1階に住んでいるものであり、1年ほど前に他所から引っ越してきたのです。年が随分取っている上、気管支炎という持病も抱えているため、周りの爺や婆からは敬遠されているらしい。咳を絶えないその話し声は、いつもからからで余計に甲高くと聞こえています。朝の涼しいうちは、いつも外に座って近所の通行人と話を交わしています。

 「おっ、、お早う。。通勤だねえ。」
 「いや、今日は休みだ。」
 「ああ、そうか。それは、それは。」
 「オリンピック大会じゃないか、今日は。」
 「おっ、、そうね」
 「会社は休みだ。今日から3連休。」
 「いいねえ。。」
 「みんな休みだよ。北京市政府の命令だ。企業、事業体は3連休、役所は1日休みだよ...」

 そうか、爺の会話を聞いて、初めて分かりました。オリンピック大会開会のため、今日からは3連休です。道理で今朝簡単に7時まで寝すぎてしまいました。窓外の通行人は少なかったからです。

 でも、すごいですね。スポーツ大会のために3連休。最近、地方では、爆発や殺人事件等所謂テロが頻発しています。北京市政府も神経をぴりぴりさせながら警戒しています。地下鉄の入り口では、汽車ターミナルや空港ターミナルの中でしか見れない物々しい安全検査措置が取られています。ボディチェックこそないですが、ちょっとでも大きいカバンやバックでも持ち込むと、必ず機械に入れるように要求されています。尤も、地元に住む住民ならよほどのことがない限り、そんなでっかい荷物を車内に持ち込むわけはないですから、結局引っかかったのは大体地方からの上京者及び出稼ぎ労働者です。又、一ヶ月ほど前からは、プレートナンバーの尾数を日数の奇偶に合うのを条件に自動車の車出をその日その日に制限をしています。

 それでも、人口が多いから、車の数は減ったようにはなかなか見えないのです。3連休。市民が不意の事件に巻き込まれないように、又は所謂テロリストが騒乱を起こす機会を最小限に抑えるために、この措置を講じたのでしょう。

 でも、そうしただけで根本的な問題は解決することが出来るのでしょうか、はなはだ疑わしいです。別に大混乱の発生を期待しているわけではないですが、大会が始まっている以上、ゆっくり様子を見守っていくほかはないのです。何といっても、世界中の注目を集めていると、いうスポーツ大会ですから()。

 天山来客 
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馬鹿という言葉

2008-07-20 16:26:41 | 学生から
 「日々是好日」先生のブログを読んで、「馬鹿」という言葉についていろいろ考えました。その語源は、検証したことはありませんが、確か、漢字の故郷、中国の秦の時代の「鹿を指して馬と為す」という故事から来ているという説があるようです。

 でも、確かに仰るとおりです。日本語を勉強してこのかた、この「馬鹿」という言葉は、自分でも使ってきているようにもかかわらず、一体正しく使っているかどうか、或いは使うべきかどうかはよく分からないのです。

 日本人を見ても、大体「阿呆」とか、頭が悪いとかのような意味合として気分が相当悪い時に或いは誰かを蔑視して軽く使われているようですが、そうめったに聞こえるものでもないような気がします。

 こればかりではなく、日本語を勉強して不思議に思ったことがあります。人をののしる言葉として、「馬鹿」、「阿呆」、「畜生」、「糞」、「野郎」はどうも一番程度のひどいものであり、それ以上のものは、辞書を引いても、人に聞いても余り出てこないのです。

 そういう話しをすると、変に思われるかもしれませんが、実は中国語には、そのような罵言があまりにも多いからです。これについて、私の尊敬してきた台湾の学者・柏楊先生(今年4月末に亡くなった)が20数年前に既に「醜い中国人」という本の中で指摘しています。中国人は、不衛生で、口も汚いという。

 その本が出版されてから、柏楊先生は中国人社会から物凄い批判を受けました。大陸では、勿論本は発禁となっていました(海賊版は出回っています)。まあ、口が汚いと言えば、柏楊先生ご自身もその一人だと思われますが、中国人を批判する口調が余りにも激しいため、普通の中国人ならなかなかこれを受け入れにくいのでしょう。

 人は、生まれてから罵言が吐けるようなものではなく、育った環境の中で見よう見まねでこのような悪態をつくことを身に付けたものだと思われます。日本語の中にも、話を聞いて相手の素性が分かるというような言い方があるかと思われますが、言い換えれば、相手の育った環境がよく分かるということでしょう。

 では、なぜ中国語に罵言が多く、中国人が口が汚いと言われなければならないのでしょう。

 正直に言うと、柏楊先生の指摘を読んで、最初私も非常に不服でなりませんでした。でも、年が取り、段々人間らしくなってくるにつれて始めてその言葉の重みを感じられるようになりました。

 人様の欠点に目をつけるのは簡単でしょうが、自分の非を見直し、改めるのは、なかなか難しいことです。そういう意味で、80年代当時、「中華民族は龍の子孫だ」と誰も彼も酔いつぶれたように自惚れている最中に、中国人の悪口を言った柏楊先生は、非常に偉いと思います。今その本を読み返してみても、ぴりぴりする所があります。

 日本語と比較して、中国語に罵言が多い理由についていろいろ考えてみましたが、次のような点に辿り着きました(皆様にも一つ検討していただきましょう。)。

 つまり、中国及び中国文化は、余りにも旧いからである。

 「醜い中国人」の中で、柏楊先生は、中国は貧しいからだとか、歴史上戦乱が多すぎるからだとか、いろいろな理由を挙げていますが、結局、上のような一言に帰結することができるかと思われます。

 言葉というのは、民族文化そのものの象徴です。中国文化の場合、数千年の間に一番栄えた時期は、紀元前の春秋戦国時代(つまり「馬鹿」という故事が生まれた時代)と20世紀始めの植民地時代だと一般的に見られています。社会大混乱の中に百家争鳴した結果、中国の人文学は逆に大きな進展を見せたのです。儒教、道教、法教及び墨教はいずれも春秋戦国時代に生まれたものであり、民主主義及び共産主義は植民地時代に外国から取り入れたものです。どの教えが正しいか、或いはどっちが進んでいるかはここで議論するつもりはないですが、結局2千年もの間に、道教、法教、墨教の上に儒教が君臨し続け、所謂共産主義が栄えた昨今にもそれがこの国の底流をなしてきたところから見ると、どっちも中国文化の一側面に過ぎないことが分かります。2千年という古めかしさに更に56の民族という要素を無理矢理に取り入れると、中国文化の色合いは、本当に陳腐繚乱そのものです。

 2千年という長い歳月。戦乱、動乱、圧迫などが繰り返されてき、人々の鬱憤の溜まり具合も想像できるほどです。それを言葉に反映してしまうと、罵言が多いのも決しておかしくないことでしょう。

 「馬鹿」の語源は、本当に「鹿を指して馬と為す」という故事から来ているのならば、今の中国にもそのような馬鹿が少なくないと思われます。

天山来客 
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夕方の公園めぐり

2008-07-08 13:52:18 | 学生から
 東京にいた時、休みの日は、運動兼観光のためにしょっちゅう自転車に乗ってあちこちの公園を回っていました。景色が綺麗な上、殆ど無料なので、本当に楽しくてなりませんでした。

 北京に帰った後、暇のときに偶には公園等へも出かけますが、大体汚れているし、自転車で行けそうな所でもないので、本当に偶にしか行かないのです。

 昨日、旧友を訪ねる帰りに久しぶりに北京市内の玉淵潭公園を一回りしてまいりました。夏の夕方という時間帯のためでもあるのでしょうか、園内の人は意外に多かったのです。

 曇った茜色の西日にかざすようにCCTVのテレビタワーが緩やかに湖面の漣に灰色のシルエットを差し伸べ、湖の真ん中を曲がりくねる柳通りには、人々は三々五々座って話したり、団扇やカメラ等を手にして散歩したりしています。

 家内と雑談しながら、人の流れについてゆっくり行きますと、湖心の望月橋という古めかしそうな石造りのアーチ橋に来ました。岸辺に手足を和らげる水着姿の男達が目に映ったかと思うと、何とブルーの水着の小太りの婆さんらしい方も中に混じっていたことに気づきました。危ないな等の話を交わしながら、階段を伝って橋の上を上り、欄干越しに下のほうをのぞいたら、橋脚を抱えて浮いている人や、浮き輪の下を潜りながらおっかけごっこをする人等でたいそう賑わっていることが分かりました。

 市内最大の湖なので、夏には水泳好きの人々は必ずここに来るのです。そのため、溺死者も毎年のように出ています。公園管理側は疾うに水泳禁止令を出しているということですが、人々はやはり構わずに泳いでいます。やはり他人事ですからね。

 橋の上でカメラのシャッターを押していると、「それ、みてみて」と家内は興奮しそうな声を発しました。それについて目をそらすと、さっきの小太りの婆さんは、仰向けに静かに水面に浮いています。

 「ああ、浮き泳ぎだよ」と説明すると、家内は羨ましそうに訊いて来ました。
 「すごいわ。あなた、できないでしょ」。
 「いや、子供のごろはよくやっていたものだよ」と返すと、彼女は不服そうに言い始めました。
 「ふふん、嘘でしょう。だって、すごい技じゃない…ほら、上手に泳ぎ始めたよ。」

 こういうときは、譲る他ないのです。今朝工商局の帰りにブライダルフォトスタジオを通ったときに、家内から「中に入って一目見てこよう」と勧められました。いつものように拒んだら、彼女は、黙り込んでしまいました。又来たかと思って、昼食後家を出かける際にあれこれをして無理矢理に彼女を連れ出しました。友人の所にお邪魔する間、彼女を一人で近くの商店街に行かせ、夕方になって二人で公園で合流したのです。機嫌は大分よくなってきたようです。

 アーチ橋を過ぎると、築山の麓の広そうな所に差し掛かりました。こちらの湖の方にも人が泳いでいます。一番近い所は、どうも親子のようで、浮き輪を体にする子供の方を母親がゆっくり手を放しています。面白いことにその近くには、鴨かガチョウかのような二匹も湖心に向かって泳いでいます。このような風景を見るのは、本当に久しぶりです。

 道端の大きい石畳の上に婆ちゃん二人が風呂敷を敷いて座っています。湖面の微風に向かって胡坐をかくように静かに座っている所から見れば、どうも座禅(?)しているようです。

 築山を越えて、もう公園の南正門が見えてきます。散歩する人がどんどん出たり入ったりしています。こちらの方に、若者5、6人がチームをなしてダンスをしているかと思ったら、そちらの方に3、40代と見られる人々が、輪をなして「毽子」(羽子みたいのもの。ただし、足、太腿などで蹴って遊ぶ)を蹴っています。更にその間を子供さんがローラースケートを走らせながら潜り抜け、行ったりきたりしています。どれを見ても上手そのものです。

 一日中、誰も彼も勉強や、仕事、家庭などの雑事で疲れているものの、このひと時に限って皆楽しそうに過ごしているらしいです。

 天山来客 

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明日はどうなるでしょう

2008-07-06 11:52:15 | 学生から
 今年は、天候不順というか自然災害の多い一年となりそうです。夏に入った後、暑いと思ったら急に寒いというほど涼しくなったりしています。

 一昨日は、今夏初めての真夏日でした。天気予報では最高34度ということですが、家(北京の郊外にある)の温度計は、昼ごろに既に36度を回りました。そして夕方の大雨で、気温がいきなり下がり、お陰様で、その夜及び昨日1日中もう秋かと彷彿させるほど涼しかったのです。

 さて、自然災害というなら、致し方のないことと思いますが、最近、周りから聞いた所謂人のことは、それこそおかしいというか恐ろしいというか、この国の政治体制がもう終わりに近づいているのではないかと思われて仕方ありません。

 五月の四川省大地震、予報があったものの、当局の故意により罹災地の一般庶民に伝達されない上、地震発生後72時間内に罹災地への出入りは固く封じられたという。その背景には、綿陽市を中心とする罹災地一円は、軍の核兵器等の研究開発基地及び倉庫があるため、社会一般及び国際社会の目が憚られたからである。

 6月の貴州省役所集団攻撃事件、発生した背景には、当局が少女暴行殺人事件を少女自殺事件として処理したからである。

 7月の上海公安警察殺害事件、背景には、容疑者が以前当該公安局に暴力を振るわれた際不治の性機能障害をもたらされた上、賠償を断れたからである。

 まだいろいろありますが、どれも人をぞっとさせるものばかりなので、一々列挙するのを止しましょう。自然災害が怖い。しかし、人の仕業はもっと恐ろしいものです。今日の北京はまだ涼しいです。が、明日はどうなるのでしょう。

  天山来客 
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珍しい涼しさ

2008-07-02 00:05:29 | 学生から
 蝉の鳴き声が聴けてもうこれから一気に真夏に突入するかと思ったら、ここ連日北京は夏には珍しい涼しさが続いています。台風がないため激しい暴雨こそ降らないですが、殆ど毎日のように雷雨が通過しています。

 日本にいた時期、この季節はちょうど東京のど真ん中に住んでいました。雨が降れば涼しくなりますが、そうでない時は、やはりむんむんと暑いのです。通勤に利用していた地下鉄は日比谷線ですが、トンネルの中は余り風が通っていないため、プラットフォームに降りたとたん、熱風が顔に煽ってきたような感じでした。

 その時、非常に感心したのは、こんな暑い中でもサラリーマンの方々がやはりスーツをまとっているということです。

 油濃いものや味のきついものは、日本人は大体好きではありませんので、多分体質的に冷たさに弱い方が多いのではないかと思われます。かといっても、こんな暑い箱の中にスーツを片手に抱えながら絶えず手拭いで顔を拭く人もいますので、暑くないと思われる方は先ず少ないでしょう。それでも、やはり毎日ちゃんとスーツ姿で通勤しています…

 それは、単に一種社会的企業文化と言えば、それまでですが、中国人の私としては、やはり何か不思議なものを感じています。それは、つまり日本人の無類の同調性というものです。

 今年2月頃、中国製餃子中毒事件が発覚したときにもそれを強く感じました。毒餃子事件発覚後、マスコミというマスコミは毎日これを大々的に取り上げ、made in chinaに対する嫌悪が嵐のように日本全土に広がっていきました。

 当時、東京のど真ん中から浦安に移ってきてちょうど1ヶ月ほど経ち、日本にも食住の価格に関してこんなに大きな違いがあることを知っていて一人で喜んでいた所です。

 浦安の一番大きいと見られるデパート「西友」の一階のスーパーでは、普段400円近くで売っていた横浜製中国餃子は、中毒事件報道開始後間もなく104円の値段で販売されるようになりました。日本製の餃子だけはいつもの四百数十円のままでした。

 そこで不思議に思ったのです。横浜製中国餃子は、果たしてmade in chinaなのか。もしそうでなければ、なぜ飛び火を受けて値下げされなければならないのだろう。勿論、値下げは、消費者の私にとっては非常に嬉しいことですが。けど、どこか間違ってはいないでしょうか。決して、made in chinaがいいと思わないのですが、マスコミの矛先は、的に外れているのでは、と思ったのです。

 事件では、だれかが故意に毒物を混入したのは火を見るよりも明らかです。だったら、なぜその「誰か」の摘発に目を向けないのでしょう。

 結局、中国当局側が予想通りの反応を見せてしまいました。中国国内での毒物混入の形跡が「見つからない」ため、事件の解決は、JTフーズだけが背負わされてしまったのです。真相も判明せぬまま。

 それは、本当に期待したくない結果ですが...

     天山来客 
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つきが回ってきた

2008-06-27 19:18:03 | 学生から
 昨日は久しぶりの清涼日でした。本来なら残っていた仕事をゆっくり丹精をかけて片付けたかったのですが、裁判所に出かけなければなりませんでした。例の労働紛争に決着をつけるためでした。

 今からちょうど2年ほど前、北京のある法律事務所を辞めるときに散々難癖を付けられ、労働関係を切ろうとしても切れなくなったため、やむを得ず労働仲裁を提起しました。法定の60日の審理期間が明けた後、案の定こちらの完勝を認める裁決が出ました。

 だが、流石に法律事務所というもので、このような激しい市場競争の中におかれているだけ、ただでさえ血眼になって獲物を追い求めているのに、逆に目にもとまらぬ雑魚に噛み付かれてしまっては、なかなかこれを許すわけには行きますまい。仲裁判断の定める執行期間が疾うに来ましたが、それでも履行しない。法定の提訴期間も過ぎてしまいましたが、やはり何の反応も見せない。

 しぶといなと歯を食いしばって裁判所に強制執行を申し立てました。受理した裁判官は、一通り申立書に目を通した後、事務的に受理証憑を発行してくれ、「よし、待っていればいい」と机越しに一言をよこすと、又今までやってきた習字の練習に取り掛かった。すっきりした気分で帰宅した私ですが、3日後思いもかけずに裁判所から「強制執行棄却の裁定が出たので取りに来なさい」という電話通知をもらいました。理由は、負けた法律事務所が既に提訴したというのです。

 「ちきしょう!それならば、なぜ法定期間内に被告の俺に通知しないのか。」

 裁判所に罰則がないからといって、こんな不法行為を勝手気ままにしていいというわけではないだろう。あんまりに憤慨した私が、もう裁判所に出かけるのが嫌になった。それ以後、当該裁判所からの電話に一切出ないことにしました。文書による送達はやつらの法定義務だからです。

 裁判所による一審は、北京市東城区基礎人民法院で行うことになっていた。

 まあ、いいでしょう。どうせ無責任なやつらですから、法定の手続だけ踏んでいけばいいと思いました。

 あれから約2週間後、電話による連絡に失敗した裁判官は、書留で訴状及び法的根拠のない「談話」手続に出頭しろという呼出状を送ってきました。本当は、それをも無視したかったのですが、周りの関心者から行ってみたほうがいいという助言を受けて少々躊躇った。

 結局、仕事が忙しいため、法律がある程度分かっている気性の優しい弟を代理人に立てて答弁書を持って行かせました。委託書にはわざと和解する権利を留保したから、これで大丈夫だろうと考えていました。

だが、それはとんでもない大失敗でした。

 夜、仕事が終わった後、電話で弟に裁判所の様子を聞いてみた。
 
 「和解した...」

 その話を聞いたとたん、私は気が動転し、怒りを抑え切れなかった。

 「貴様!…」

 和解とは、例の法律事務所との労働関係の維持を認めたということです。あれ以来、弟に対して私は二度といい気で受け入れたことはなく、ずっとにらみ続けてきました。

 勝つべき訴訟は、こうした中途半端の形で挫折してしまったのです。裁判官は、授権もないのに和解を促した上、更に正式な調停書をもくれませんでした。弟のやつは実に頭が悪い。けど、それより、裁判所のやつらは一体何をしたがっているのだろう。やくざかそれともボン引きか。結局、発効した調停書が見れないため、執行申立もできなければ、再審申立手続も処理できなかったのです。散々知人に頼んで、案件に関する裁判所内の保存ファイルを閲覧・コピーしてもらったものの、ないないという不埒の結果ばかりでした。これまでにずっと支えてきてくれた友人たちの顔にも、あきれた色が現れた…

 あれから1年4ヶ月ほど過ぎた今年4月1日、中国では新しい改定民事訴訟法が施行されました。

 お陰様で、民事再審手続について詳しく訴因を定め、具体的な審査期間を設けるなど制度化しました。

 エープリルフールの悪夢から目を覚めるやいなや、私は例の労働訴訟の再審申立手続の処理に動き出した。つきもまわってきたというか、今度自ら例の裁判所に行ったら、もらうべきもののもらえなかったあの和解に関する調停書を含め、案件に関する裁判所内の保存ファイルを全て見れたうえ、コピーも取れました。再審申立書を提出したら、すぐ受理されました。

 それから待てと暮らせど更に3ヶ月近く経った一昨日の午後、ようやく例のボン引き裁判所の上級裁判所にあたる北京第二中級人民法院から再審受理意思確認の通知電話が来ました。

 しめた!今度こそ慎重に処理しましょう。馬鹿であっても、それに公正なる裁判を出してもらうように努力するほかありません。長引いてきたあのくだらない紛争に終止符を打つために…

 天山来客 
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输入中文的结果

2008-06-26 12:59:03 | 学生から
老师们好!

北京的焦在这里输入中文看看是否能正确显示,祝学校一帆风顺!
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鳥のさえずり

2008-06-26 12:38:40 | 学生から
かわいい鳥のさえずりを聞きたいんですね。
五輪大会のお陰で、北京では工事の音が聞えたり、工事の風景を見かけたり毎日を送っています。一日も早く、いや、一時間も早く、大会の開催を願っています。申し訳ないですが、別にオリンピック好きではなく、なんでもかんでもオリンピックって、嫌ですね。私は土木出身だから、常に建設ラッシの中にそびえ立ち上がった、新しい建物にやや不信感を感じています。今回の四川地震を振り返って見ると、怖くてたまりません。現地に入った建築専門家の話によると、沢山の手抜き工事があっても不思議ではなく、建物自体の構造的な問題なら解決易いかも、社会的なシステムなんかすぐに変えるものではないという。それがともかく、オリンピックの大慌ての波は、私たち日々の仕事にも及んでくるとは全く思いかけませんでした。進行中のプロジェクトへの検査も、新しいプロジェクトの申請も、オリンピックの前に殺到してきました。オリンピック後にすべき仕事は一気に前倒しています。仕方が無く頑張ろうと思ったら、暗に何のために頑張っているかと思ってしまいました。だれが私の仕事とオリンピック大会に関係付けましたか。けれど、せっかくの大会だから、やはりその成功も願っています。
笑口常開
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お願い

2008-06-25 15:02:14 | 学生から
 外国語はやはり難しい。
 普段喋っているだけではごまかしというか下手くそな説明を交えていくらでもその場を乗り越えることが出来ますが、こうして文章を書いてしまいますと、そのような「裏技」が利かなくなるので、一生懸命脳みそを振り絞って伝えようとすることを表現してみたところで、結局やはりどこかで微妙に間違えたり考えたことを伝えきれなったりしています。
 これは文章能力が足りないと言えば、正に正論だと思います。だって中国語で文章をするのにも私は同じく苦しいと思うところがありますから。
 大抵、小さいときから私は作文が嫌っていました。国を愛するとか、社会に奉仕するとかのようなテーマで自由作文をしさないという風にばかり書かされてきましたので、本当に身に体験もないこのようなことをどういう風に書いたらいいか苦しくてなりませんでした。それでも、上手に書かなければ単位が得られず進学に影響を及ぼしますので、この手あの手を使って何とか「作文」を完成させてきています。
 今思えば、その惨めさといったら、二度と体験したくありません。そのように勉強させられてきたせいか、大学に入った後でも、作文は大嫌いです。でも、中国語でごまかしの文章を書くのは、既に慣れてきたというか、何とかやり越すことができるのです。
 そのうちに、日本語が外国語として少し出来るようになった所で、今度は又日本語で作文することを要求されるようになりました。これこそ大変なことである。
 もともと文章能力が足りないから、それに加えて稚拙極まりない考え方しか内容に盛り込むことが出来ないので、お笑いばかりを買うのは想像できるほどです。
 幸い、皆が似たり寄ったりしているのか、それとも中国人の私に対して先生が特に甘かったのか知らないのですが、無事大学、更に大学院まで卒業することが出来ました。
 振り返ってみれば、自分の大学は本当に高校の延長線上のようなもので、そこで一応の日本語しか習得することが出来ませんでした(人のことはよく分からないですが、私の場合ですね)。
 人生は戦場である、ということは大学卒業時の就職活動で少し理解できました。旨い仕事に付き損ねた私が、半ば就職に諦め、半ば人生に迷い込み、大学院に入りました。
 でも、本当は大学院に入ったお陰で、学習の意味又はその面白さが少し分かってきたようもので、散々本を読みまくり、生きることの意味を求め、自分の思考力を養い始めたのです。言ってみれば、自分はそのような晩熟なものです。
 無論、その時から読んだもののの殆どは日本語の本です。日本語で読めることにより、私は改めて自分を見直し、自分が生きている国を見直し、更にこれまで自分が認識してきた世界を繰り返し繰り返し見直してきたのです。
 そのようなことは、結局どれほど自分の日本語能力の向上につながったのか、又どれだけ自分の仕事に役立ったのか考えたことはありませんが、自分としては特に不満・悔いも持っておりません。というのは、それにより自分は少なくとも人間として成長したからです。勿論、日本語を勉強してそろそろ20年にもなるのにもかかわらず、文章能力が未だに培われていないことは非常に悔しいですが・・・
 勉強が足りないのだ、それも承知しております。けど、所詮外国語なので、外国人並みの言語能力は先ず期待できないという考えは常に自己慰めとして負けに備えております。
 結局、やはり外国語ですからね。勉強しても勉強しても、勉強しつくせないものがあり、しかも、勉強したものにしたって、旨く習得できなかったり忘れたりしているため旨く使えないものも多い。加えて、年も人生半ばに近づき、ぼけといおうか強張りといおうか、外国語の更なる上達が難しくなってきているのでは、とも考えております・・・
 尊敬する先生及び友人の皆様、私の書いた稚拙なブログをご覧になった場合、不適切なところにお気づきのときは、どうか悪しからずにぜひ一言ご指摘のほどよろしくお願いいたします。
  天山来客  
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2008-06-23 10:50:23 | 学生から
 夏至が過ぎてしまいますと、さすがに夏本番が来たような気がいたします。梅雨というものこそないですが、北京ではここ数日雷雨が毎夜のように続いています。雨が上がった後は一旦涼しくなりますが、翌日、日差しが強くなるにつれて、気温が又ぐんと盛り上がってきます。やはり夏ですからね。一雨ごとに暑さも増します。
 昼間、小鳥の囀りの中に蝉のざわめきがいつの間にか混じりこんできています。蝉というと、声が「岩に染み入る」日本の蝉の様子が又目に浮かびます。北京の蝉より体格が少しほっそりしていて白っぽく見えますが、鳴き声にかけては並大抵のものではありません。うだるような暑さの中で、こやつだけが元気に熱唱しているのはいとも悔しいです。
 昼間は蝉の声、夜はやはりヤンコ踊り。十数年もの間に、北京は、町の様子や人の生活振りがめまぐるしく変わってきたものの、変わらないのは、この夏の風物詩です。愛好者として、婆ちゃんや爺ちゃん達が殆どですが、偶には若者の姿も見かけられます。尤も、ヤンコ踊りのほかに、現代風らしい様々な踊りもあちこちで勝手に踊られています。何といっても、暑いですからね。夕食後、健康のために散歩がてらにその場の隊列に加わり、リズミカルに体を動かして一汗をかくのは確かに良いことです。
     天山来客 
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良師との出会い

2008-06-22 12:55:06 | 学生から
 先日、11年ぶりに大学院時代を同じ共同宿舎で一緒に過ごしてきたある同級生に会いました。
 当時英米文学を専攻していた所謂美男子流エリートだった彼は卒業後、銀行、外資系企業を点々と経て、今金融コンサルティング会社を経営しています。
 ギャンブル、カラオケが好きなのは、今も変わっていないようですが、当時クラスメート及び同級生のみんなをうならせる侃々諤々とした話し振りは、今はうかがえません。わざと韜晦しているのでしょうか、それとも…
 まあ、好きなタイプではありませんので、詮索する必要はないと思いますが、その中で、周りの女性クラスメートのお世辞の下で、一度だけ、彼はふんと鼻を鳴らすと、半ば吹聴らしく自慢話をしたことがあります。
 「日本語って、実をいうと、俺は高校の時にもう少し知っていたよ。当時の俺の担任は、元は日本から帰国した華僑だった。文革の中、俺の高校に物理の先生として下放されたのさ。尤も、高校時代、俺の先生の中にはすごい人は結構居たよ。国語の先生は、朱自清(亡き中国の有名な学者)の弟子だったし…」
 そうか、国語の先生は、有名な学者の弟子だったのか、うふふ、クラスメート及び同級生の皆をうならせるほどの識見を持っていたわけがよく理解できたような気がしました。
 まあ、事実はともあれ、同級生の言ったことには、少なくとも一つだけ本当だと思われるものがあります。つまり、立派な先生との出会いが人の一生の恵みとなること。古い言葉で言い換えますと、「朱に交われば赤くなる」。そういうわけです。
 振り返ってみれば、自分のこれまでの人生は、実に平凡極まりないものです。けど、それに対して自分は大変満足もしています。時間・空間的に考える場合、人の存在は短く、世界も小さい。苦楽半々というのは、世の中の常です。それより、今の平凡を自由に送らせることができるようになったのは、正にかつて数々の立派な先生に出会ったお陰だと思います。
 
  天山来客  
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生者努力

2008-06-15 20:05:21 | 学生から
 こちら中国ではやっと地震の騒ぎが落ち着いてきたかと思うと、はるかかなたの北日本でも地震が起きました。

 世界有名な地震国だから、さぞ問題がないだろうと何気なく報道を聞き流してきましたが、今朝ヤフー中国のホームページを覘いたら、なんとこの地震で死者、負傷者合わせて既に200人を超えたと。

 中国でなら、自然災害でこれぐらいの被害を出したら別に驚くことはないですが、地震対策があれほど整っている日本では、これは、かなりの大災害となると思います。マスコミもここ数日間、災害状況の報道で忙しんでいるでしょう。日本にいないから、詳しい状況はよく分からず、ただ被害者に対して哀悼の意を表すほかはありません。。。。

 ところで、その中で、一つヤフー中国の報道で気になったこともあります。日本の地震予防システムが地震発生の10秒前に既に緊急予報を出したということです。素晴らしい。実に素晴らしい。

 これについて、ヤフー中国は某中国系新聞社の駐日特派員の言葉を引用して「緊急予報は、何の役にも立たなかったと民衆は言っている。」と二次報道をしていますが、その無神経な強引ぶりに腹を立てました。

 十秒前に予報を出したというのにそれでも全然役には立たないという言葉は、一民衆の口から出たものなら仕方がないと思いますが、大の新聞社及び中国指折りのネット会社の報道に現れたことに憤りしか感じられませんでした。

 一月前の四川省大地震のとき、マスコミが災害報道というより募金活動を大々的に行っていた最中に、世間ではあんな大地震なのに何故何の予報もなかったのかという不満の声も聞こえました。が、被害のあんまりの悲惨さに圧倒されたか、完全に無視されてきました。。。

 でも、もし、そのときに日本の予報システムみたいに10秒前、いや、5秒前にでも地震の緊急予報が出されたら、亡くなった人の数は今の8万人ではなくなるのではありませんか。

 地震について予報することは確かに難しいでしょう。だけど、人の命が尊いと本当に考えているのなら、10秒いや1秒でも前にそれを告知することも余計に重要となるでしょう。それを、今更、先進国の一国民がこぼした「緊急予報は、何の役にも立たなかった」という愚痴を報道に書き込んだり、更にそれを引用したりして、震災後の中国国民に何を伝えようと目論んでいるのでしょう。考えているだけで馬鹿馬鹿しくてなりません。

 「幸せとはなあに。即ち、元日にウルムチ入りしなかったこと、2月に障ー州に行かなかったこと、3月にラサをぶらつかなかったこと及び4月に山東省に出かけなかったことだ。生きている幸せな皆よ、今を大事にしようぜ!」

 四川大地震の後、上記のような面白い流行語が世間に出ています。まあ、10秒前の予報も全然役には立たなかったから、命を諦めて運に任せろという馬鹿げた考え方が世間を支配する限り、私たちは自分の幸せを運に任せるほかないでしょう。そのうち、又どれだけの命が空しくこの世から去っていくのでしょう。いや、現実には既に又なくなっています。つい2日ほど前の山西省石炭炭鉱爆発事件で、27人が死亡。。。

 10秒前という事前予報、それはどれほど貴重なものなのか、その実現にどれほどの努力が重ねられてきたか、日本を知らない中国人ならいざ知らず、日本語を勉強してきた生きている私たちにとってそれが分からなければ、無知というよりまことに許せない恥です。

     天山来客 
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2月14日リンの一言。。。

2008-02-14 14:57:53 | 学生から
今日2月14日です。いい天気です。国にいる友だちはなにをしていますか?私たちは歌を歌っいました。ちょっと寂しい気分です。。but 今日友だちは合格しました。。。これは楽しいことです。。
                            
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頑張ります

2008-02-14 14:55:27 | 学生から
happy velentine

私は水野外語学院に入学して良かったと思います。2月いっぱい、先生たちは私だけに朝8:30から夕方5:00ぐらいまで教えてくれました。私の勉強に関係ある日本史と日本語を2月いっぱいで私に教えてくれました。私のために先生たちも頑張ってくださるのはほんとにありがたい。

先生、どうもありがとございます。

イシカ・アマニ
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ありがとうございます。

2008-02-14 14:48:37 | 学生から

  今日はバレンタインです。
みんなにチョコレートを食べてもらいました。
大学に合格したから、新しい道にむかって頑張らなければ
先生と、みんなのおかげです。ありがとうございます
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