日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「『手は大丈夫なの?』『どうして知っているの』『フェイスブックを見た』『…』」

2013-08-30 08:31:18 | 日本語の授業
 暑い。
 今日は酷暑になるかもしれません。もちろん、まだ8月なのですから、暑くっても少しも不思議ではないのです。 けれども、2、3日涼しい日があったせいか、少し応えますね。学生達は大丈夫でしょうか。

 どの国から来た学生達も、一様に、日本の夏は、「暑い」と、言っていました。このジメジメムシムシにやられてしまうのでしょうかしらん。

 ところで、水曜日、教員が皆、集まって(一人用事があって来られませんでした)、職員会議をしたのですが、その時に、学生達に、「もうすぐ新学期ですよ。学校は9月2日の月曜日からですよ」と新学期を思い出させるために、会議が一区切りついた段階で、写真を撮り、フェイスブックに載せてもらいました。

 すると、時をほぼ同じくして、それを見たスリランカの学生から、「先生、手をどうしたの」という電話が入りました。その時には、私は、まだ、既にフェイスブックに載せてあるということを知りませんでしたので、驚いてしまいました。思わず、「なぜ知っているの」と言ってしまったくらいでしたから。それに、今週はずっとこういう状態でしたので、自分の気分では、もはやそれが当たり前となってしまっていたのです。

 学生は「フェイスブックを見た。大丈夫なの」と聞きます。それで慌てて、もう載せたのと聞きますと、今載せたという返事。フェイスブックの威力たるやすごいものです。

 学生は、腰が痛くて病院へ行ったと言いましたから、チェックする時間があったのでしょう。

 そして、昨日、インターネットのメールをチェックしていますと、卒業生からも同じようなメールが届いていました。彼女は大学院の方へ行きましたから、在学中、私とはよくメールで打ち合わせをしていたので、メールを使って連絡してきたのでしょう。

 まったく、フェイスブックたるや…。ただ、こういう写真ですべてわかってしまうとなると…、ちょっと怖くなってしまいます。学生と教師であれば、毎日顔をあわせているわけですから、ある程度は互いの気心が知れています。けれども、そういう関係にない、全く見ず知らずの人が見た場合、どうなのでしょうね。文字であれば、一瞬で見て取れるというわけではないので、「読む」という作業が必要になります。だれでも、すぐできるわけではないということが、ある意味では救いなのですが。それに、多少は関心を持ってくれる人くらいしか、読む気にならないでしょうし…。

 ところで、もちろんのことですが、先の男子学生には、手が痛くても、ゴッツンするのに何の不自由もないぞと言っておきました(彼は笑っていました。多分、「少しも痛くないぞ。どうぞ、どうぞ」くらいの気持ちだったのでしょう)。

 全く、学生には、そう言うと、「キャッキャッ」と言って逃げる(私が追いつけないくらいの所で待っているのですが)学生と、「どうぞ」と言って頭を差し出す学生と、二通りいるのです。共通しているのは、もはや、半年ほどを過ぎると、私の脅しでは「びびらなく」なっているということなのでしょうか。

 さて、昨日は、弁論大会に出る学生が、練習に来ました。この夏、2回目の練習です。昨日はだいたい覚えてきたと言っていましたが、まだ懸命に読み上げているような感じで、彼本来の面白さは出ていません。もっとも真面目な学生ですので、ふざけるということはできない話なのでしょうが。

 彼が来た時に、応援の紙を学校にも貼っておくということで、一人の教員が一生懸命に、折り紙を折って作ってくれたものを見せてもらいますと、ニヤリとしていましたから、内心うれしかったのでしょう。そう、発表はもうすぐです。

 日々是好日
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「クラスを換わるということ」。「アルバイト先で異なる日本人観」。

2013-08-29 09:34:49 | 日本語の授業
 夏に戻ってしまいました。「セミ(蝉)」が元気良く鳴いています。夏に戻ったから「セミ」が鳴くのか、「セミ」が鳴くから夏に戻ったのか、鶏と卵のことを考えてしまうと、暑さがますます募ってきます。暑い。久しぶりに大汗を掻きました。

 昨日、タイの中学生の勉強を見ている時にスリランカの女子学生が宿題をもってやって来ました。実は一週間前に持ってくる約束だったのですが、アルバイトで日曜日しか休みが取れなくて来られないという電話があったのです。それが、昨日休みになったから、持って来た…。

 彼女は、当初、「ない形」に入ったところで、「Eクラス」に行きたいという希望だったのですが、「中級」クラスにいる間に、「初級」部分が消えているのではないかと思われ、それで、彼女と相談して早めに移ることにしたのです。

 留学生達は「勉強」の他に、普通、「アルバイト」をしなければなりません。彼女の場合、本当は、4月の段階で、直ぐ下のクラスに入れれば良かったのですが、新しくできたクラスは午後のクラスです(彼女は午前のクラスです)。どうしてもアルバイトの時間を変えることができなくて、ズルズルとそのままになっていたのです。

 日本語が、ある程度上達していれば、インターネットや雑誌などを駆使して、いろいろなアルバイトに挑戦できるのですが、自由に電話できるレベルまで至っていないと、そういうわけにはいかないのです。下手をすると、アルバイト無しで、何か月も過ごさなければならないかもしれません。それは絶対に避けたい。そんなわけで、アルバイトとの折り合いがつかずに、今に至っていました。今度は今のクラスと同じ「午前のクラス」です。

 移るのは、簡単なのですが、私たちが心配したのは、「中級」と「初級」の習い方が違うということなのです。

 先程申しました、この「初級部分が消えている」というのは、「初級」と「中級」で、学生達がすべきことが違っているために起こることなのですが、「初級」では、とにかく声を出すということが一番大切になります。単語も、読んで読んで、言って言って、書いて書いて、絵カードに、自然に反応するようになるまで繰り返していきます。

 文法も、理屈でわかればそれに越したことはないのですが、大半の学生は考えているうちにわけがわからなくなるようで、それ故、「考えるより慣れろ」が、主なやり方になります。動詞や形容詞の活用変化も、ルールだけは説明しますが、なぜそうなるのかの方に心が陥ってしまうと、多分それだけで終わってしまうことにもなりかねません。ですから、考えさせない方がいいのです。考える遑を与えない方がいいのです。

 もちろん、母国語で詳しい説明書があり、それを十分に読むだけの時間と経済的な余裕があるのなら、じっくりやって一向に構わないのですが、多くの学生は、来日後、出来るだけ早く仕事を見つけなければならないのが実情ですから、そんなゆとりはないのです。経済的に拠って立てるところを一刻でも早く確立しなければ、ずっと不安なままで過ごさなければならないのです。そうなると勉強どころではなくなってしまいます。

 で、とにかく口慣らしをし、聞いて直ぐに反応できるようにしてやることが、まず学校として、一番望まれることなのです。

 ただ、これは「初級」の時のことです。それが「中級」になりますと、基礎的なことは頭に入っているはずですから、それを基に、ヒアリングであれば、いろいろな変形を理解して、聞き取れるようにならなければなりません。つまり、ただ反応すればいいと言うわけにはいかないのです。聞きながら考えていく部分が多くなるのです。

 読解(含文法)においては言わずもがなです。

 この「中級」式のやり方で三四ヶ月もやった人に、「さあ、これからは『初級』だ。大きな声を出せ、反復練習だ」とか言っても、直ぐには素直に反応できないのです。それで、少し早めにクラスを移し、彼女が本当に必要にしているところで、しっかり「初級」式練習ができるようにしておいた方がいいのです。

 彼女は、来てから2時間ほど「CD」を聞き、待ち合わせていた友達と一緒に帰っていきました。

 彼女らは、今、ホテルの仕事をしています。今は、夏休みなので、仕事は平日も普通にできるのですが、新学期が始まったら、土曜と日曜日だけになってしまいます。それでまた新しくアルバイトを探さなければならないのです。が、一度、工場で働くことから進んだ学生は、もう余程のことがない限り、工場で働くとは言わなくなります。

 実は、後から来た学生の方は、ホテルのレストランでホールの仕事をしているのですが、彼女が、昨日言ったことは、「先生、とてもいいです。みんな言葉がとてもきれい。いつも挨拶をします」などいいこと尽くめなのでした。

 もちろん、工場などでは速さが決め手になりますから、仕事はいつも急がなければならなりません。それどころかのんびりしていると、危険なこともあります。ですから、命令形の言葉が自然に多くなるでしょうし、苛立った日本人が汚い言葉を投げかけることもあるでしょう。相手は外国人でわからないと思ってすることもあるでしょうけれども。

 それで、なかなか、落ち着いた丁寧な日本語で応対してもらえないことが多いのです。留学生たちは、こういう工場で知り合った日本人の日本語が、普通の日本人の日本語だと思ってしまい、私たちに「日本人は学校で習った言葉を使わない」と言ったりするのです。

 実は、以前に、こういう工場で働いている留学生があまりに汚い言葉を使うので、叱ったところ、「でも、先生、日本人はみんなこんな言葉を使っている。『てめえ、いい加減にしろよ』とか」と言うので、一瞬、絶句したことがありました。

 私たちが教える日本人の働き方や態度とあまりに違っている…多分、学生達はそう思ったことでしょう。彼らが知っている実社会は、工場で始まり、そこで終わっているわけですから。

 それが、ホテルやレストランなどで働くようになると、そこではまず客への応対の仕方や言葉遣いを習いますし、周りにいる日本人達も、(客商売ですから、言葉が一番大切になります)そういうきちんとした言葉を使えるようになっている人達ばかりなので、「おおっ!」となるのでしょう。

 こういう、工場でしかアルバイトをしたことのない学生達がそのまま、専門学校に行き、同じ所でしか働いていないと、結局は、日本の社会を知らぬまま卒業し、帰国するということになってしまいます。こういう学生が、「日本人は」とか「日本の会社は」とかいうのを、実体験に基づいて彼の地の人達に告げることを考えると、冷や汗が出るような気分になることがあります。

日々是好日
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「学生達の顔を見ないと、…ちょっと優しい気持ちになってしまいます」。

2013-08-28 08:43:34 | 日本語の授業
 爽やかな朝です。青空がどこまでも拡がっています。湿度も低く、今日は雨の恐れはないらしい。やっと秋かと、早呑み込みをしてしまうのは人も昆虫も同じようなものらしく、(ただ人は「残暑」を知っていますから、こんなもので夏が終わるはずがないということもわかっています)懸命に鳴く秋の虫たちの声が聞こえて来ます。

 と、如何にも「まだまだァ」といった態に、「ミンミン蟬」の声が、一際かん高く聞こえて来ました。いつもよりもずっと大きい声です。しかも一匹で。合唱ではありません。そう、まだ8月なのです。

 今日は、職員会議があります。新学期からの「クラス」(3か月毎に学生の移動があります)の話やら、教科担当の話やら、また、休み中の報告もあります。二年生クラスでは、そろそろ「日本語能力試験」や「留学試験」を目指したヒアリングを入れていかなければなりませんし。

 ただ、「試験」を目指すと言いましても、「非漢字圏」の学生達が多いので、単語の数を増やしていくというのが主な目的となります。彼らは一般に「聞き取る」力はあるのです。単語の意味さえ判れば、試験においてもまず問題はあまりないのです(だいたい皆、ヒアリングは簡単だったと言いますし。もちろんこれは、「日本語能力試験」に老いてのことですが)。

 ただ、漢字ですね。毎年、一人か二人は畏るべき学生がいて、既習の漢字はほぼ完璧に覚えているものなのですが、今年は、ごくごく普通の人が多く、そういうことで、感心するということはありません。つまり、そういう学生はいないのです。これを喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからないのですが、彼らは一昔前の学生達のように、勉強にアルバイトに明け暮れ、わずかな息抜きは学校の課外活動である…ではないようなのです。

 ある意味では、留学生活を楽しんでいる…と言えましょう。

 と言いましても、彼らの父兄が潤沢な生活費を送ってくるというのではありません。アルバイトで稼いだ金で、それでできる範囲で、友達と近場に行き、好きなことをし、楽しんでいるのです。もちろん、犠牲になるのは、勉強時間ですから、その分、「読む」「書く」ことが疎かになってしまいます。

 けれども、異国での生活を楽しめたら、それがいい思い出になり、帰国してからも「日本での生活は大変だったけれども、楽しかった」と言ってくれるようになったら、それはそれで、素晴らしいことなのではないかと、思うのです。

 以前の、中国人学生が多かった時のように、「ひたむきに」アルバイトや勉強をし、楽しむのは「大学に入れてから」と頑張るのも、素晴らしい留学生活を送ったことになるのでしょうが、もともと勉強が好きではない人達がそれを無理矢理にやらされ、崩れていくというのも、せつないことです。

 それよりも、(この日本語学校を卒業後は)行ける専門学校に入り、それなりに技術を習得し、そして、できれば日本で就職し、それから国に帰って家族と一緒に生活するという選択も、それなりに、素晴らしいことではないかと思うのです。

 ただ、教師というのは因果な商売で(どの職業でも同じでしょうが)、先へ先へと、上へ上へと、行かせたくなってしまうのです。「初級」が終わったら、お尻をひっぱたいてでも、「中級」を学ばせたくなるし、「中級」が終わったら終わったで、もうあと少しと、無理をさせてでも「上級」を習得させたくなる…。それが、彼らの望んでいることかどうかということを考えることができずに。

 一歩退いて、彼らを見ていると、暑い時はのんびりと昼寝をし、涼しくなってから起き出して活動するのが当然といった世界の人たちなのです、多くは。暑い時に頑張っても病気になるから、暑い時は頑張らない。それで世界が動いているわけですから、決して特別なことでも何でもないのです。何も漢字を一つくらい余計に覚えたからといって、彼らの楽しみや希望に通じるわけではないのですから。

 学ぶことが楽しみであるように、仕向けて行ければいいのでしょうが、それも、アルバイトに追われる生活をしていますと、できない相談でしかないのです。それを無理をさせているわけですから、気の毒と言えば気の毒。彼らとしても、教師にいい顔をしたいくらいの気持ちで、頑張って見せてくれているのかもしれません。

 「今」をそれなりに充実して過ごせれば、いいじゃないかという気が少しするのです。そして価値ある思い出に繋がってくれれば、少なくとも「反日」や「嫌日」には繋がらないはずです。

 …などと、休みが続いて学生達の顔を見ることができないと、こんな優しい気持ちになってしまいます。けれども、こんな気分でいられるのは、きっと、あと少しでしょうね。新学期が始まったら、勉強しろと追っかけ回す生活になるのでしょう。そんなことを考えていますと、私の顔を見ると、思わず逃げ腰になる学生も出てくるのも、宜なるかな。

日々是好日

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「『漢字』のことを聞いた途端、逃げていった『Bクラス』の学生」。

2013-08-27 08:39:39 | 日本語の授業
 4時頃まで降っていた雨が、カラリとやみ、そして、秋を連れてきたようです。窓を開けるとひんやりとした空気が、サッと流れ込んできました。8時近くになっている今も、まだ涼しいのです。

 街は秋の虫の声だけが聞こえています。この辺りでは、「ヒグラシ(蜩)」の声を聞いたことがなく、時々懐かしくなったりします。今朝は、その「ヒグラシ」の「カナカナカナ…」が、似つかわしいくらいの涼しさなのです。

 さて、学校です。
 昨日、朝、一人、8月分の寮費を持って来ました。その、スリランカ人学生、ルームメートの分を(自分の分は先に払いに来ています)、代わりに持って来たのですが、どうして自分(本人)で持って来ないのかと聞きますと、朝から、アルバイトに行っていると言います。

 スリランカ人学生というのは、用事が済んだら直ぐ帰るというのではなく、普通、雑談をしばらくして、それから徐に用事を言い出すというタイプが多いのですが、来日後1年ほども経っていますと、教師の「用事を先に言う。時間は大切」とかいう声が身に沁みていると見えて、一番最初に、用事から言う習慣がついてきています。

 そして、それから、「先生、お元気ですか」とか、「夏休みはどうでしたか」などといった、ちょっと世故に長けたおじさんめいたことを聞いたりするのが普通なのですが、昨日はちょっと違いました…。運悪く彼の顔を見た私が「あっ。漢字」と、漢字のことを思い出してしまったのです。

 そこで、つい、「そういえば、休み中、勉強しましたか。例えば、漢字とか」と言った途端、(彼は)飛ぶようにして玄関へ。そして、私の手の届かないところで、「先生、大丈夫」。…いったい、何が大丈夫なのだと、追いかけていくと、「本当に大丈夫。さようなら」。こういう若い、身軽な人を相手に、エッチラオッチラと追いかけていっても、なかなか捕まるものではありません。いつもなら、ほんの少し前を逃げているのですが、話が勉強に至るやいなや、グンとこの距離は延びていきます。きっと心理的な距離感を表しているのでしょう。

 スリランカの、この、「Bクラス」の学生達は、学校も休まないし、皆の世話も焼いてくれるし(特に同国人の新入生達のアルバイトなどはよく面倒をみてくれるのです。近場の人に聞いても探し出せなかったら、友達の友達、あるいは、そのまた友達の友達に連絡してもらったりして)、本当に、勉強さえもっと真面目にしてくれたら、言うことなしなんですけれども…。

 まあ、二兎を追う者は一兎をも得ずと言いますから、これは贅沢、いえ、もしかしたら無い物ねだりかも…しれません。

 そして、交代して、朝に来たタイ人中学生に国語を教えていると、今度はベトナム人学生が来たようです。これは、帰る時に彼を見かけてわかったのですが。ベトナム人学生は、ちょっと大変ですね。まだアルバイトが工場だけで終わっているのです。もちろん、工場で2年間働いてそれが悪いというわけではないのですが。

 中には、とても留学生達に良くしてくれるところもあるそうですから。けれども、その反対に、学生達が、「とっても、嫌。言葉は汚いし(この意味は罵ると言うことでしょう)、乱暴だ」という所もあるのです。とはいえ、日本語ができない間は、アルバイトがあるだけでも、まだましなのです(生活が安定していないと、勉強どころではないのです)。

 スリランカ人学生の方は、アルバイトが直ぐに見つかって、しかもレストランとかですから、1年もすれば、かなり経済的にも楽になります。そうすると、休みの時に、一泊くらいの旅行をすることができたりします。

 もとより、他の国の学生達が遊んでいないかというと、そういうものでもなく、彼らは彼らなりに近場の秋葉原へ行ったり、お台場に行ったりしているのですが、やはり泊まりで行くのとはちょっと違います。

 夏休みの間に、(まだ見つかっていない人は)ちゃんとアルバイトが見つかって、新学期は一生懸命に勉強できるようになっているといいのですけれども。

日々是好日
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「『まつりごと(政)』に関わるということ」。

2013-08-26 09:42:22 | 日本語の授業
 青空が拡がっています。空気は涼やかで、まるで秋になったかのようです。最高気温が30度と出ていましたし、昨夜も熱帯夜ではなかった、しかも、昨日は朝、雨が降っていましたし…。このまま、涼しくなるといいのですが…。とはいえ、きっと、これからも、残暑らしい残暑が続いたり、そしてまた秋らしい日が来たりして、そして、静かに季節は移っていく…、そんな、当たり前の季節の移ろいを示してくれるといいのですが。最近はゲリラ豪雨が来て、「季節の移ろい」なんて、そんな生やさしい言葉では表せなくなっているのです。

 最近、福島の原発の、汚染水の問題が喧しくなっていますが、それにドキッとしなくなっている自分が怖いのです。本当は大ごとなのに、大ごとになれてしまって、それを大ごととさえ思わなくなって…感覚が麻痺してみたいです。本当に一番怖いのは、きっとこういうことなのでしょうけれども。

 人々が去った町や村では、「猪(イノシシ)」が増え、「イノブタ(猪豚)」が増え、「ネズミ(鼠)」が増え、穏やかな里山どころか、まるで、原始時代にでも戻ったかのようになっているとか。秋になって、エサが足りなくなったら、「クマ(熊)」や「サル(猿)」まで里に下りてくるかもしれません。

 人を知らない、人を恐れない野生の動物が増えてきたら、人と動物たちとの闘いは、また一からやり直さねばならなくなるのでしょう。そして、ジワリ、ジワリと、野生の動物たちの数は増えていき、縄張りも拡がっていき、人は追い詰められていく…まるでSF映画のようです。

 何でも、そうかもしれませんが、先を読み、最悪を準備しておくことの大切さを、改めて感じています。特に、政治や行政に携わると人というのは、自分や身内、知り合いだけでなく、多くの人達の「その後」まで握っているわけですから、なによりも勝って、そういう能力が必要なはずです。

 そういう意味でも、優秀な、活力のある人達が、こういうことから志を立て、政治の世界や公務員の世界に、積極的に飛び込んでいってもらいたいもの。そうすれば、一般大衆の気持ちや願いもわかる(身を以て知る)でしょうし、人々に期待され、感謝されるということに心を動かされることもあるでしょう。

 もちろん、時には、人々が望まないこともしなければならないでしょうが、それでも「夢を語って、人々に協力してもらう」という形を自然に取れるようになるでしょう。上からの押し付け式、つまり「俺の言うことは正しいのだから、言うことを聞け」ではなく。なぜなら、経験から、人に信頼されなければ何事もなせないということがわかっているでしょうから。

 何事も、そう、現場を知ることが大切です。立脚点はどこか、拠って立つところがどこかで、その人の、それからの生き様が決まってくるのです。

 「高みから人々を支配することに慣れているからやる」のか、それとも、「現場で問題を知り、解決策を考えていくうちにやりたいことが見えてきた」のか。

 さて、学生達が来ないと、どうも学校は態をなしてきません。本当は、やらねばならないことが山ほどあるはずなのに、学生の顔を見ないと、イメージが膨らんでこないのです。だれか来ないかなあ、教師というものはみんな、休みになるとこんなことを考えてしまうようです。

日々是好日
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「夏休みも後半」。「『メモを取る』、『毎日、手を動かす(漢字や仮名を書く)』ことの必要性」。

2013-08-23 10:34:23 | 日本語の授業
 現金なものです。「今日は、少し暑いな」と思ったら、蝉の声が聞こえてきました。もちろん、秋の虫達の声の、その隙間から、チロリチロリといった感じなのですけれども。昨日はいったいどこに潜んでいたのでしょう。あれ(昨日の涼しさ)で力尽きて、ポトリと落ちたというのでは、困ります。だって、暑さはまだまだ続いているのですもの。まだまだ、秋の蟬というには早すぎる…。

 とはいえ、「ノウゼンカズラ(凌霄花)」の花の数が随分減ってきました。もうそろそろお仕舞いかなといったところ。今年の残暑は、ズリズリと少しずつ後ずさりしながらも、それでもずっと続いていくような気配がします。

 さて、夏休みです。

 学生達も「休む」ということに、そろそろ疲れてきているのではないでしょうか。

 最初の頃は、「ああ、学校に行かなくてもいいんだ、楽ちん、楽ちん。宿題もないんだ、楽ちん、楽ちん。ゆっくり寝られるんだ、ごろごろ」と、のんびり構えていた学生達(アルバイトは続けています)も、それが3週間も過ぎてしまいますと、「これは、ちょっと、まずいかな」と、思いはじめている…のではないかしらん。

 まあ、希望的観測かもしれないんですけれども。

 昨日、学校へ来たのは、2名。1名は宿題を持って。もう一面は8月分の寮費を持って。

 宿題を少しでもやって来たのはいいとして、とは言いながら、もうノートの文字が崩れていましたから、きっと、「今日、提出だったんだ」と、朝、気がついて、慌てて、書いてきたのでしょう。

 「文字」というのは、おもしろいもので、「初級」段階であったら、「ひらがな」と「カタカナ」なのですけれども、それでも、ちょっと書いていないと、「ひらがな」が「ひらがな」の態を為していない、「カタカナ」が「カタカナ」の態を為していないようなものになってしまうのです。

 それが、「中級」も後半になっていますと、「漢字」も「カタカナ」も「ひらがな」も、おかしな(字)形になり、しかも、三者が皆、適当に散らばりながらも、自己主張していますから、それが不調和になって、読んでいくのにも苦労するのです。字が下手だからというわけでなく、日本の「文字」らしくなくなってしまい、それで、見にくいのです。

 休み前は、(彼らの字でも)自然に、読んでいけたのが、(休み中、手を動かしていないと)休みが明けた頃には、もう、見るだけで疲れてしまうような代物になってしまう。

 「手を動かす(字を書く)」習慣のない人たちに、書かせることの如何に難しいことか。

 これは、いつも授業の時は「教師の顔だけ見るように」躾けられて育ってきた人達が、「非漢字圏」の学生達に多いからなのでしょう。その人達に「メモを取れ」とか、「ノートに写せ」とか言っても、言われたからするくらいの感じで、覚えるためにするようにはならないのです。

 メモを取らないのも、どうも「覚えられるからいい」くらいに考えているようで、(これも彼らのこれまでの世界が如何に狭かったかを物語っているのでしょうが)それだけでは対処できないよと言っても、なかなかわかってくれません。それで、「初級」のうちから、「メモを取れ。聞いてわかっても、簡単でも、とにかくメモを取れ」を、繰り返しているのですが、これが難しい。もちろん、こんなことを言わなくてもできる学生はいます。けれども、そういう習慣がついていない人の方が多いのです。

 「人は、一度にたくさんのことは覚えられない。だから、こういう習慣は、学校の勉強の時だけではなく、アルバイトの時にも役に立つ」という言い方も、半年くらい経てば少しはわかってくるのでしょうが、それでも、メモを取ろうとしない人がいます。

 ヒアリングのテストなのに、教師の顔をじっと見ているだけという学生の何と多いことか。鉛筆を持ちなさいと言っても、持つだけで何も書かない。多分、何をメモしたらいいのかよくわからないのでしょう。「いつ、だれが、どうした」めいたことを黒板に書いておき、何をメモすればいいかを自然に覚えされるしか手はないと思うのですが、これもまた難しい。

 「メモ」についても、「手を動かす(書く)」ことについても、彼我の差の何と大きいことか。

 中国に留学していた時、アフリカから来ていた学生が(この人は外務省派遣で、大人でしたから、それがわかり、努力していたのでしょうけれども)、熱を出し、二日休んだことがあったのです。それなのに、翌日、赤い顔をして学校に来たので、「病気なんだろう。どうして休んでいないのだ」と、クラスメートの日本人が聞いたのですが、頭に来たという顔になって「お前達は日本人だから書かなくてもいいのだろう。でも、自分は一日でも書かないと、直ぐに漢字を忘れてしまうのだ」。

 その時は、へえ、そうなんだと思っただけだったのですが、いざ、日本語を教えるようになると、それが本当だということがよくわかるようになりました。

 学生達は、一日でも書かないと、本当に、直ぐに書けなくなってしまうのです。特に、まだ二年くらいしか勉強していない学生は、その必要大です。もっとも、既習の漢字を全部書かなければならないというわけではありません。書いて、手に忘れさせないようにする必要があるのです。古人は「漢字は手で覚える。頭で覚えるのではない」と言いました。

 日本でも、以前、「漢字を一つ一つ覚えるのは愚かしいことだ。全部アルファベットにしてしまえば、漢字を覚えるための時間と労力を別の方面に向けることができる」と提唱した人がいました。もちろん、それに賛同する多くの人達がいました。けれども、日本には、今、「ひらがな」も「カタカナ」も「漢字」も残っています。もとより「漢字」の数も、「ひらがな」や「カタカナ」の数も少なくなりましたが、「漢字」がただの伝達の道具としてだけではなく、他の「脳」の発達にも関係していることがわかってから、日本では「漢字を使うのはやめよう」という人達は少なくなってきているようです。

 何でもかんでも「合理化」というのは、もう流行らなくなったのです。

 外国人学生が、日本語は「面倒だ」というのはわかりますけれども、日本人が「面倒だ」と思ってはいけないのです。もちろん、数万の漢字を覚えなければならないというわけではなく、ある程度の漢字がわかり、新聞が読める程度であったら十分です。それ以上を求める人は、趣味でそれをやり(自由にすることができます。いくらでもそういう本が出ていますし、インターネットで調べることもできますから)、人に強制すべきではないのでしょう。

日々是好日
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「日本人が『オープンキャンバスは面白くない』って言っていた…」。

2013-08-22 10:15:55 | 日本語の授業
 今朝は、どうしたことでしょうね、夜の雨のおかげでしょうか、空気が久しぶりに爽やかで、スッと外に出ることができました。

 聞こえてくるのは虫の声だけ、蝉の声は、今に至るも全然聞こえません。日中は35度近くまで上がるそうですけれどが、早朝のこの涼しさはうれしい。ホッとします。

 とはいえ、学校に着いて窓を開けたりしていますと、やはり汗が滴ってきます。夏ですからしょうがないと言えばしようがないことですけれども。

 ところで、来る途中、学生に会いました。近くのスーパーに行くところと言っていましたが、挨拶の後、「先生、どこへ行きますか」。「…学校です」。「えっ。今は休みです。学校には先生がいません」。「(休み前の説明の時、寝てたのか)。いいえ、お盆休みの時以外は、ずっと先生はいます」。

 どうも、学生が休みの時は教師も休んでいると思っていたようです。

 すると、「明日はアルバイトが休みです。学校のお金を持っていってもいいですか。いつ先生はいますか」と、つっかえながら聞いてきました。「9時から、5時まではいます」。「じゃあ、明日行きます。さようなら」

 まあ、元気そうで良かった。けれども、学校の直ぐ裏に住んでいるのに、学校に人がいるのに気がつかなかったのか…。では他のアパートに住んでいる学生もそうだろうなと、変な納得をしてしまいました。

 さて、昨日のことです。学校に来たのは二人。二人ともスリランカ人です。

 一人は宿題を提出後の説明を聞くために。一人は寮費を払うために。

 朝、来たのは、今年の七月生で、赤く訂正されたノートを見て、「あ~あ」。けれども、まあこれはいいとして、アルバイト先の高校生から、日本の大学のことをいろいろと聞いたようで、「オープンキャンバスは面白くないと言っていた」と言うのです。

 オープンキャンバスに参加する意味というのも、日本人と外国人では違ってきます。日本人は、たとえ高校生であろうと、少なくとも、大学というもののイメージを持っているものなのですが、高卒で来た外国人の場合、まず、大学というもののイメージがあるかというと、ない人も結構いるのです。

 この学校では、毎年、ある女子大学の日本語科の授業に参加させてもらっているのですが、それに参加した女子学生(男子禁制)は、皆、一様に、この大学に行きたいと言い始めました。「きれい、とても、きれい」というのが理由のようですが、それだけでも勉強するきっかけとなるようです。ただ、その女子大学は留学生を認めていませんので、それは無理な相談と言うよりほかないのですが。

 それとは別に、実際に、オープンキャンバスに参加してみると、いろいろと気がつくことも多いようで、(大学の)外観に驚く学生もいれば、大学の先生方と話して、自分が勉強したいことができると興奮して戻ってくる学生もいます。

 以前、中国人学生が、オープンキャンバスに行くと、大学のロゴの入ったシャープペンシルやファイルなどがもらえるのがうれしいと言っていましたっけ。それでもいいのだと思います。別の世界を知るということになりますから。

 受験して(もちろん、受験料はかかりますが)、だめだったらその時のこと。大学にしても、(現在の日本語のレベルだけで判断するのではなく)、その学生の(専門分野における)可能性をみることができるかどうかとで、(大学自体の)生き残りがかかっていると言ってもいいと思うのです。

 留学生というのは、平均的な日本の受験生よりも、二歳か三歳は上で、しかも異国で苦労している(つまり経験がある。その上、希望を叶えようと努力している)ので、大学側にそれを見る目さえあれば、(選んで)育てることができると思うのですが。どうでしょう。虫のいいお願いでしょうか。

 非漢字圏の学生たちは、漢字がネックになって、一年半ではなかなか本人の望むような結果を出すことができません。けれども、中には本当に、いいものを持っている学生や、真面目で勤勉な学生もいるのです。そこを考慮していただければと思うのですが、とはいえ、これも、もしかしたら、ご縁ということになるのかもしれません。

 縁を引き寄せることができるのも、多分、本人の実力なのでしょう。

日々是好日
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「タイ人の中学生さん」。

2013-08-21 09:27:46 | 日本語の授業
 久しぶりの曇天…です。しかも、ムシムシしています。このムシムシが、雨に繋がってくれるとうれしいのですが。

 今朝は蝉の声も、ひときわ小さく聞こえています。そして、学校も静まりかえっています。

 今日の予定は、三人ほど来なくてはならない学生がいますし(宿題の提出です)、それから、一人、水曜日がアルバイトが休みなので、学校で勉強したいと言っていた学生がいたのですが…さて、どうでしょう。

 昨日、だれも来なかった(留学生です)だけに、ちょっと気になるところですが…。

 昨日は、高校受験を控えたタイの中学生さんだけが、3時近くにやって来ました。朝は「レインボー」で勉強し、午後はこの学校に来るという、タイの人にしては大変な生活を強いられています。

 もっとも、4時頃になると、少々疲れが目立つので、ちょっと可哀想になってきます。「大丈夫ですか。疲れましたか」と聞くと、決まって「大丈夫です」という言葉が返ってくるので、よけい可哀想になってくるのですが。

 思えば、前に来ていた(在日の)中学生たちも、皆そうでした。ペルーやタイなどから来ていた彼ら、中には小学生の子もいましたっけ。

 私としても、外国人で、しかも中学生ということになりますと、単語や文法の理解を助けるための、例文の出し方に、ちょっと自信がもてないのです。

 留学生の場合、皆、高校は卒業していますので、国により知識量の多寡はあっても、ある程度は共通した文で理解を促せます。もちろん、そのクラスに、中国人が多かった場合、彼らに適した文を作れば、事足りますし、それは、他の国の学生が多い時も同じです。また、大学へ行きたいという学生が多かった場合はそれに適した文、また観光を専攻したいという学生が多かった時には、観光に関する文を作ればいいのです…が。

 ところが、今度は中学生です。彼は全く日本語がわからないわけではない…。けれども、文章を理解できるかというと、それほどの日本語力はない。で、今は漢字の読みと単語の説明に大部分の時間をとられ、時々、その文章に関する説明を加えるくらいしかできないのです。

 これも忸怩たる思いです。ちょうど中学生の頃というのは、かなりの知識が入っていく頃にあたります。それも知っているだけではなく、その知ってから考えていくまでが一つの行程として必要になっていく時期なのです。ところが、それを入れることができないのです。おそらく彼の母語であるタイ語であったら、理解し、考える力を養うことができるでしょうに。

 それが、「(漢字が)読めた」、「単語の意味がわかった(これは、本当にわかったかというと、ちょっと、そうは言えないでしょうね。表面的に、ある程度はわかったか、あるいは、わかったような気がする程度なのでしょう。多分、ちょっと深く説明したらわからなくなってしまうだろうなと思われるくらいの、壊れやすい、わかったなのでしょう)」で終わりにしてしまっているのです。これも、まあ、しょうがないといえばしょうがないことなのでしょうが。

 とはいえ、中学生に、小学校の読み物を与え、理解の有無を聞くというのは考えもの。きっと彼は面白くないと思います。内容は、中学生から見れば明らかに幼稚ですから。

 前に、発音の問題を抱えている中学生を教えた時には、小学一年生の教科書を用いたことがあります。ただ、これは、発音を矯正させるためにです。発音がある程度、聞いてわかるようになった段階で、この教科書とはおさらばし、わかってもわからなくても、中学生の教科書を読むようにさせました。やはり、その方がいいのです。発達段階に即していますから。

 もとより、それは理想でしかないのでしょう。その時、困ったのが「文法」でした。「単語」はかなりあやふやな理解でも、子供ですし、日本人の中学生の中で生活しているわけですから、時間が経てばどうにかなる部分もあるでしょうが、文法はなかなかそうはいかないようです。

 本当は、来日してすぐ、中学校に入れるまで(普通、4月入学として、半年ほどを)、日本語学校で文法の勉強をしておいた方がいいのでしょう。それから、中学校へいけば、基礎的な文法は入っていますから、後は、日本人との生活を通してどうにかなる部分も多いと思われるのです。もっとも、お金がかかることですから、なかなか、そうはいかないようですが。

日々是好日
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「休み中の昨日、会った学生、七人」。

2013-08-20 09:49:30 | 日本語の授業
 暑い…確かに暑いことは暑い…けれども、朝夕には虫の声が聞かれるようになりました。早朝も、以前なら、「朝早くから、蝉の声かよ…」とため息をついていたものでしたが、今は、虫の声ですからね…秋は、ノロノロと…けれども、確実に(そう願いたい)近づいている…のかもしれません。

 ところで、私事ですが、先週は、父の初盆に故郷に帰っていました。金曜日に戻ってきたのですが、その時、不思議なことに(不思議でも何でもないのですが、人間の体感では)…こりゃあ、駅から歩ける…でした。変は変ですけれども…。

 九州では、昼に歩くなんて…ことをした場合、もう直ぐに、「真夏の犬さん」状態になってしまいます。向こうでも雨は全然降らなかったのですが、水は地下水からのもので、渇水になるということはありえない…で、ふんだんに庭に水を撒くこともできました。でも、ただ、ただ、ひたすら暑い。

 九州へ帰るまでは、ここ(行徳)が暑い、暑い、暑くてどうにかなりそうと思っていました。けれども、(故郷から)戻ってくると、同じように35度でありながら、陽射しの強さが違うのでしょう、楽勝でした。ありゃ、これならいける…、(九州では、駅からタクシーで帰るかと考えていましたのに)で、歩いてしまいました。

 狭い日本、なれど広い日本。暑さでもかなり違いがあります。

 さて、というわけで、昨日から学校に戻っては来たものの、そして昨日もブログを書き始めてはみたものの、ネタが浮かばない…。夏休みというのは、学校に学生がいないということなのです。学生がいない学校で事務的なことはできても、それ以外のことは…浮かびません。現場が消えているのですから…。

 で、昨日したのは、学生が夏休みの宿題として持って来たノート一冊あまりの宿題を見たこと…だけ。

 もっとも、もちろんそれだけではありませんでしたけれども。

 朝、9時に、約束通り、今年の七月生が、言われた宿題をすべてノートに書いてもってきました。うん、うん、いい子です。そして、見た後(必ず、問題があるはずですから)のこととして、水曜日にもう一度来るように言ってから帰しました。

 大学に行くことが目的で来ている人は、そうではない人と、アルバイトにしても、勉強にしても、考え方が違っていて当然です。それが、往々にして同じクラスにいるものですから、同じようにやってしまい、1年経った頃には、目的を失わずに頑張って勉強してきた人との間にはかなりの差が出てしまう…ものなのです。

 「漢字圏」の学生の場合、それでも大学に入れる(選ばなければ)のですが、「非漢字圏」の学生達は、そうはいきません。いくらペラペラ話せていても(つまり、生活日本語です)、いざ、時事問題に絡んだことや、中学レベルの教科書の内容に関する問題に対しては、真っ白けということにもなりかねないのです。「英語でなら、答えられます」と言われても、質問は日本語でされますからね(その点、「漢字圏」の学生は、漢字を見ればわかりますから、強いですね)。

 それで、最近のように「非漢字圏」の学生が増えてき、しかも大学に行きたいということになりますと、こちらでも、今までのようにのんびりと構えているわけにはいかなくなってきました。今までは、とにかく、1年で「N1」レベルまでして、あとは、新聞やニュースなどを教材としてやっていけばいいと、それほど「教材の吟味」や、「教授法」などについて考えなくてもよかったのです。もちろん、漢字に関しては教材も作り、単語でも彼らの国の言葉に訳してみたりと、目に見える形ではしていたのですが。

 いうまでもないことですが、これまでにも「非漢字圏」の学生でも優秀な人はいました。けれども、彼らにしても、漢字に時間をとられてしまうのです、どうしても。ですから、1年ほどで「N1」レベルというのは、まったくもって、無理な話…でした。これは、来日後、「イロハ」からやった場合ですけれども。

 というわけで、「非漢字圏」の学生で、大学を目指し、しかも勉強の習慣がついている人には、(必要以上に)厳しく対していかなければならないのです。「漢字圏」の場合、かなりアルバイトをしている学生でも、「学校を休まない。言われたことは無理をしてでもやって来」れば、ある程度の大学に入ることができました。けれども、「非漢字圏」の学生の場合、それは無理なのです。「うちにいる時も、漢字を書く」という作業が必要になるのです。それができるかどうかで、明暗を分けてしまいます。

 おかしいとお思いになるかもしれませんが、学生の大半がそれができない。断定はできませんが、十人中八人か九人はできないでしょう。アルバイトで疲れるということもあるでしょうが、これまで、うちでそんなに勉強なんてしたことがないんじゃないかなと思われる人の方が圧倒的に多かったのです。それでいて、そういう人は、自分はできると思い込んでいて、それを公言するのです。こちらは、自分ができていないということをわからせるように努力してみるのですが、徒労に終わることも少なくないのです。


 「(休まない、宿題をする…だけでなく)漢字を覚える、そして忘れない」ということができる学生(漢字は見ているだけでは覚えられません。書かなければなりません。しかも、200字や300字ほどになりますと、覚える片端から忘れてしまいますから、常に手を動かしておかなければなりません。読み方も読まなければ直ぐに忘れてしまいますから、毎日何かを読んでおかなければなりません)は、私たちの方でも、すぐに「大学だな」ということになります。

 学生の方も漫然と学校に来ていないように、教師の方でも、ことある毎に、対象を(しつこく)見ているものなのです。小さな学校ですから、「(誰それさんの)様子が、最近、変わってきた」というのは、直ぐに教師の間の話題になります。それが「学ぶ方」へ変わってきたのなら、直ぐにそれ向けのやり方に変えます。そうでなければ、原因を確かめます。

 とはいいましても、最初から、そう(大学が目的)ではない学生もいることですから、彼らには、少なくとも「生活日本語」は、マスターできるようにさせておかなければなりません。つまり、「わからないクラス」にいるのではなく、「わかるクラス」にクラス替えするということなのです。もちろん、本人の同意を得た上でですが。

 さて、昨日来た、彼以外の学生のことです。

 昨日は、午前中にもう一人、スリランカの学生が、8月分の寮費を持ってやってきました。それから寮でお世話になっている動産屋さんからの電話がありました。ガスを直しに業者さんが来るということでしたので、直ぐにその部屋の学生に連絡をします。

 気の毒に、たたき起こされたのでしょう、寝ぼけ眼の声が響いてきます。ともかく一人はその部屋にいるとのこと(彼はアルバイトで出てしまう)。ただいるのは七月生で、彼は「ひらがな」も、まだ満足に書けないのですよね…本人は、ひらがなは大丈夫、でもカタカナは…と言うのですけれども。

 というわけで、午後、ガス屋さんから連絡があった時に走って行きます(自転車です)。部屋にいてくれた学生は銀行からカードが送られてきた時にいなかったということで、カードをまだ手に入れていません。休み前に銀行の方に連絡して、銀行で保管してもらうようにして置いたので、ガスの修理が終わった後で、一緒に銀行へ行くということを何とか伝えようとしますが、「在留カード」と言うと、ニコニコしながら「パスポート」を出してきます。うーむ、でも、大丈夫。全部持って行けばいいから…。

 焦っていたのですが、ガスの修理はなかなか終わりません。結局、不動産屋さんと相談してから決めるということで、その場は終わりました。その途中、七月生にいろいろなことを話しかけても、通じません。ニコニコして「はい」と言うだけです。

 その時、隣の部屋から、一人、ベトナムの学生が出てきました。これからアルバイトへ行くと言います。良かった、早速、通訳してもらいます。そして「行ってらっしゃい」と送り出し、しばらくするとまた一人、その部屋からベトナム人学生が、出てきました。同じように、アルバイトへ行くと言います。そこで、また、送り出し、さてガスの話が終わって、銀行へ行こうという時に、また一人、今日はアルバイトがないというベトナム人学生が洗濯をすると出てきました。

 七月生は自転車を持っていません。そこで彼に自転車を借りて、銀行へ行きます。銀行の方も何とかうまくいき、帰ってから食事です。

 そして3時15分ほどに、タイの中学生がやって来ました。高校入試のために頑張って(夏休みは無しで)勉強しようという男の子です。私が国語を担当し、後の数学は別の教師が教えます。

 終わったのは5時過ぎです。彼も頑張りましたが、私たちも頑張った…かな。…暑いのは応えます。何だか疲れたね…で、一日は終わりました。

 でも、学生が来てくれたので、その時だけ、元気になれました。やっぱり学校は学生がいませんと…、辛いですね。

日々是好日
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「個人面談(二日目)」。「アルバイトで得たお金をどうするか」。

2013-08-08 12:07:35 | 日本語の授業
 晴れ。暑い…。言っても言っても、涼しくなぞなりはしません。けれども、暑い、暑い、暑いのです…。それで、「セミ(蝉)」になったつもりで、「ミンミン」言ってみます。でも、だめ。ますます暑くなってしまいます。

 とはいえ、今日は、「アカトンボ(赤蜻蛉)」に導かれるようにして学校へ参りました。山(日光)や田などでは随分前から見かけていたのですが、街中でも数を増やしてきているようです。

 「ミンミンゼミ(ミンミン蟬)」の声にも、だんだん力強さが感じられるようになっています。その声が大きくなる(数が増える)のと時を同じくして、落ちて転がっている「セミ」の数も増えてきます。地中から出て、本当に、ほんの短い間に、羽化し、命の限り鳴き、そしてポトリと落ちて死を迎える…。羽化してからポトリと落ちるまで、1週間ほどと思っていましたが、一ヶ月ほどのもいるとか。

 それでも、太く短い一生といえるのでしょうが、地中での数年を入れてみれば、まあ、それほど太く短い一生でもないか…などとも思ってしまいます。日本人は、どうも、自分のことを考えながら生き物やものを見てしまうようですので、こんな気持ちにもなるのでしょう。

 もっとも、休み前に、「セミ」の説明をしておきましたから、「大きな虫が部屋に入ってきて、大きな声で鳴いています。怖いです」と駆け込んでくる学生もいないでしょう。

 さて、昨日の「個人面談」のことです。

 こうやって実際に時間をとって、一人一人じっくりと話を聞いていきますと、普段、如何に彼らの姿が見えていなかったかというのがわかってきます。彼らの変化というか、成長が見えてくるのです。

 こちらの方では、無意識のうちに、最初の印象(来日当時)で捉えていたり、偶然に授業に行った時の姿で考えていたり、数ヶ月前の様子のままであると思い込んでそれで判断をしていたりしている…。

 ところが、全然話せないでいると思っていた学生が、それでも、自分の言いたいことを(相手に)わかってもらおうと、努力したりしているのを見ますと、驚きを通り越して、何となくうれしくなってしまいます。

 そういえば、彼も来日してから1、2ヶ月しか経っていなかった頃は、不安でたまらなく勉強どころではなかったのでしょう。まだアルバイトもだれかの代わりに行くだけであったり、1週間一度も呼ばれなかったりしていると、電話が鳴ると、もう勉強どころではなくなってしまう。

 そしてその度に(授業の先生に)叱られる…。

 それが、「今は夏休みだからこうだけれども、九月からは2時からのアルバイトにかえてもらえから、ちゃんと勉強できる」などと、言えるようになっているのですから。彼らは彼らなりに考え、少しずつ成長しているのだと言うこともわかります。

 もちろん、これも半年ほどはかかっているのですが。

 経済的に問題がなければ、勉強に集中できるでしょうが、後発国から来ている学生達には、それはほとんど望めないと言ってもいいのかもしれません。それどころか、最初の学費は親が準備するが、後は自分でどうにかしろと出されている学生も少なくないのです。もっと大変な学生は、そういう親が借りて準備した金を、日本語学校にいるうちに返さなければならなかったりするのですから。

 学生達にお金のことを聞きました。アルバイトのこと、そして借金の有無も。半年が経っていれば、それぞれ心にゆとりがあります。そういう彼らには、貯金のことを話します。稼げば稼ぐだけ使ってしまい、貯金ゼロという学生が、中国人を除けばすべてと言ってもいいくらいなのですから。

 最初は「来日するためにした借金を返しているのかな」とか、「親に送ってやっているのかな」などと考えていましたが、さにあらず。彼らの国では大卒の初任給の数倍を一ヶ月のアルバイトで稼いでしまうということから、「お金をたくさん持っている。無尽蔵に持っている」と考えてしまい、靴を買ったり、服を買ったりして、あれよあれよという間に、(何に使ったかわからないうちに)なくなっているのです。

 男子学生には、ビールを飲んでいるのでしょうと聞いても、口を固く閉ざして「飲みません」なんぞ言います。寮の下の「缶、瓶」捨ての所には山のように捨てられているというのに。

 もしかしたら、彼らにとって一番難しいのは、お金の使い方なのかもしれません(貯めるのももちろんですが)。そして私たちにとっても、それを教えていくのは本当に難しいのです。

日々是好日
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「夏の到来」。「個人面接、二日目」。

2013-08-07 11:56:48 | 日本語の授業
 暑い。暑い。暑いと叫んでいます。本当に暑くなりました。やっと夏が来た…という感じです。

 とはいえ、先週のことです。鷲宮(埼玉県)では、「ミンミンゼミ」が鳴き出す前に、「ヒグラシ」が鳴いていたとか、夕方には、もう「コオロギ」が鳴き出しているとか、そういう話を聞いていたのですが…、早く目覚めてしまった虫たちは大丈夫でしょうかしらん。いくら暑い暑いと思っていても、虫たちは犬のように舌を出してやり過ごすこともできないでしょうし…。

 さて、昨日から、夏休みを利用して、学生達の「個人面接」をしています。夏休みの前に日にちと時間の希望を聞き、調節して、それから始めたのですが、当日になると、またチョイチョイ、予定外のことが出てきます。

 すっかり忘れていた者、(時間を)適当に考えていた者、(電話した時)熟睡していた者…、これも夏休みの間は、一日、アルバイトが8時間できるようになったせいでしょう。私たちとしても、休みの間に、しっかりアルバイトをして、夏休みが明けたら、勉強の方に精を出してもらいたい(休むことや遅刻などなしに)のですが。

 面接「第2日目」の今日。順番が、朝9時半になっている学生から、とても疲れて起きられそうにないから、金曜日に変えてもらいたいとメールが入っていたとのこと。遅刻するとかいう連絡を入れることができる学生は、ある意味では、安心なのですが。

 これまでも、何か事件がある度に、そして進学を控えた学生達には、オープンキャンバスの前後などに、個別に、このような機会を設けていたのですが、長期の休み前に日時を決めて、皆でやるというのは初めてのことなのです。

 けれども、昨日、そして今日の午前までやった感じでは…、やってよかったと思います。
来た学生達とは、ゆっくり話せましたし、学生達も素直に聞かれたことを話してくれましたし。いかに彼らがお金のことを知らないか(貯金という概念自体ないような気がします)がわかりましたし…。

 それに、何人かには、休み中の課題も出すことができました。これは、日頃、真面目にやっている学生にとっては大したことではないのですが、普段、書こうとしない、宿題を出そうとしない学生にとっては、少々厄介なことなのかもしれません。

 休みが終わってしまえば、日常に振り回されてしまい、時間がなかなか取れないので、これも、休み中に持ってくるように言ってあります。

日々是好日
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「昨日の『日光一日バス旅行』」。

2013-08-06 17:00:07 | 日本語の授業
 「暑い」と思っていましたら、急に曇ってきました。今日は関東地方は雨との予報でしたから、早朝のカンカン照りはおかしいと思っていたのです。

 テレビの天気予報では、雨となっていて、少なくとも、出てくる映像はどこも曇り空。それなのに、ここ(行徳)はカンカン照り。雨が降ると無駄になるかと思いながら、朝、一階の教室の前だけは水遣りをしたのですが…。

 さて、昨日は、皆で一緒に『日光一日バス旅行』をしてきました。うれしいことに、お天気にも恵まれ、出発も10分ほど遅れただけで、後も、ほぼ予定通りに進んでいきました。出発予定時間の6時45分には、皆、座席にゆったりと腰を下ろしていたのですから(一人を少し待ちました)、進化したものです、もし、これを進化と言うならば。

 学生達の集合時間は6時半だったのですが、私が6時前に来てみますと、集合場所の直ぐ近くの交差点で、手を振っている者がいました。しかも、二名。一人は集合場所がわからなかったので、かなり前に学校に行ったとのこと。そこで自転車を置きに来たフィリピン人学生と出会い、一緒に来たのでしょう。この、スリランカの学生は身長が2㍍近くあるので、どこからでも直ぐにわかります。彼は彼で私のことが直ぐにわかったと言いますから、チビでデブは、もしかしたら、私と思い込んでいたのかもしれません。

 6時を過ぎた頃から、次々に学生達がやってきました。これも、(集合場所に)来た順に好きな席に座ってもいいというのが効いたのでしょう。

 そういうわけで、ほぼ定刻に出発できたのですが、車内では、朝ごはんを食べるやら、直ぐに夢の国へ入るやら、注意事項とドライバーさんとガイドさんの紹介が終わった後は、静かなもの。

 そんなこんなで、車中では、それほど歌を歌って楽しむとかもできませんでしたが、「日光東照宮」に着いた時には、皆、元気になっていました。駐車場からかなり歩いたのですが、だれも文句は言いません。工事中の「日暮門」を見、『初級』の教科書に出てくる「三猿(見ざる聞かざる言わざる)」、「眠り猫」などを見、「鳴き龍」の声を聞き、帰りはもっと長い坂をダラダラと駐車場へ向けて歩いて行きます。

 坂の途中には杉の大木があったり、また立派な苔が生えたりしていたのですが、学生達は、大木の方にばかり目を向けて、苔にはあまり関心を示そうとはしません。「苔の」などというのは、教えて気づかせていくべきもので、自然に気づくようなものではないからなのでしょう。けれども、彼らにはそこまでの知識を入れることができるかどうか…まずは、「上級」の教科書が終わるレベル、つまり「N1」の文法まで入れることができるかどうかも「クエスチョンマーク」というところでしょうし。

 中国人学生が多かった時には、一年ほどで(四月に入学した者を、2年目の七月に「N1」に合格させる)、次の段階に入れたものでしたが(もちろん、学校に来ないとか、来ても寝てばかりいるような学生には、無理です)、昨今のように「非漢字圏」の学生が大半を占めるようになっていますと、「N2」であっても、かなりきついのです。

 あれやこれや考えているうちに、「いろは坂」を過ぎ、「中禅寺湖」へ。ここでお昼ご飯を食べ、そのまま「華厳の滝」まで歩いて行きます。着いてからエレベーターで、100㍍ほども下へ行き、そこから緩いスロープを滝の方へと下っていきます。突然目の前に100㍍ほども落差のある滝が、右手に現れるのですから、これは感動もの…であるはずだったのです…が、なぜか、学生達は、出てすぐ左手にある、すぐそばの滝の方に夢中になっています。

 「おい、おい、おい。『華厳の滝』は、こっち、こっち」と大きな滝に気づかせますと、一様に「おお!」。

 ここで、水しぶきを浴びながら(これが心地よいのです)、写真を撮ったり、見とれたり…。

 水というのはいいものです。たとえどのようなものであろうと、水辺というのは人を和ませ、清々しい気分にしてくれるもの。おまけに空には「ツバメ(燕)」が、スイスイと飛んでいるのから。緑と水と鳥と、気温も半袖では寒いくらい。

 しばらくして雨が降り始めました。が、これもあっという間に止み、心地よさは相変わらず。止むと、そのままバスに戻り、あとは一路行徳へ。

 途中、トイレへ行きたいとか、気分が悪くなった学生が出はしましたが、ほとんど問題もなく、スムーズにバスは高速を飛ばしていきます。

 学生達は、「良かった」とか、「きれいだった」とか、中には「次はどこへ行きますか」なんて聞きに来た者もいたくらいでしたから、余程楽しかったのでしょう。一緒に行けなかった学生達も、次は是非一緒に行きたいものです。

 皆さん、お疲れ様でした。

日々是好日
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「日本は安全?…地球は安全?」。

2013-08-02 08:33:48 | 日本語の授業
 「セミ(蝉)」たちの鳴き声が弱々しく聞こえて来ます。耳をつんざくようなとか、「蟬時雨」とかいった言葉がもう死語になりつつあるような、そんな予感さえしてきます。

 いつでしたか、数年前、夏に「蝉の声が聞こえない…」という年がありました。こうやって、真夏の風物詩が消えていくのでしょうか。毎年のように、異常気象という言葉を耳にします。今年は、豪雨の所と少雨の所がはっきりと分かれ、雨の少ないところでは給水制限が為されるのではないかと心配し、反対に、豪雨の所では、川から水が溢れ、家を呑み込み、呆然と立ちつくしている人達の様子が映し出されていました。

 全く、予期せぬことが突然に起こり、あっという間に、大切なものが失われていく…。日本が「パンドラの箱」を開けてしまったことへの、神の怒りなのでしょうか。

 おそらく、それよりも何よりも、人間が「神の『怒り』」という言葉を失おうとしていることの方を畏れるべきであるのかもしれません。「あれは自然現象だ」と、まるで解説でもしているかのように語る人も多く、そこからは、知らぬこと、おそらくは知ることが許されていないであろうことへの畏れを感じることができないのです。これを、現象の一つ…と言い切っていいものなのかどうか。

 思えば、自然の猛威に畏れ戦き、祈るしか術を持たなかった人達の方が、ものを感じる心が深かったと言えるのかもしれません。もう私たちはそういう心を失ってしまったのでしょうか。街から「真っ暗闇」というものがなくなったように。

 あの「原発事故(事故と言っていいのかどうなのかはわかりませんが)」の時、計画停電で、一時的に、街から光が消えたことがありました。あのとき、多くの人は「暗い」と、初めて体験するような恐怖を味わったのではないでしょうか(ここには、先行きにたいする不安もありました。これから日本はどうなるのだろうと)。その前の、阪神淡路大震災の時もそうでした。「灯を消した」から暗かったのではなく、暗かったのは「灯が失われた」からだったのです。

 あのとき、多くの外国人が日本を去っていきました。留学生もそうでした。そして、留学生の大半は戻ってき、今また、数を増しています。この留学生や新たに来た外国人のほとんどは、「原発事故」のことを考えていません。遠い遠い国の出来事のようにとらえているような気がします。日本人が、記憶に蓋をしようにも蓋ができずに、どこかしら薄氷を踏むような思いで、日々を送っているのとは違います。

 日本の「安全神話」というものが、日本人の心の中から、先に消えていこうとしているのかもしれません。しかしながら、考えてみれば、いつ火山が噴火し、地震が起こり、津波がやって来るかもかもしれない国なのです、日本は。安全なんて端っからなかったのです。

 そういう「ナマズ(鯰)」の背に乗っている私たちは、こうやって外国の人を迎えてもいいのだろうかと思うことがあります。けれども、地球という星自体が、もしかしたら、そうなのかもしれません。安全な場所なんてどこにもないのです。

 つまり、生き物たる私たちは、毎日の、この一刻一刻を、とにかく生きていくしかないのです。それがどのような人生になるかは別として。

日々是好日
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「『セミ』と日本人」。

2013-08-01 11:41:39 | 日本語の授業
 曇り。暗くなったかと思ったら、ポツポツと雨が降り出しました。そして、そのまま、パラパラと降り続いています。…まるで梅雨。今年は本格的な梅雨が来なかった…ような気がしていましたのに、八月になって、やっと梅雨になったのかしらん。

 外階段や道の端っこなどには、地上での短い命を終えた「セミ(蝉)」たちが、ほろほろと落ちて転がっています。鳴けるだけ鳴いて、そして命が燃え尽きたのでしょう。

「恋いに焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす」

 「ホタル(蛍)」もそう。潔い哉。彼らの、死に際の良さに心惹かれるのは、私だけではないでしょう。死ぬ時に、己を汚すものなど何一つなく、カラカラと乾くような音を立てる身となって、果てる。

 どうも、人は煩悩も強欲もありすぎて、彼らのように美しく死を迎えることができそうにありません。だから、美しい最期を迎えることが出来た人を羨むのでしょう。もちろん、人にとっての「美しく」というのは、「肉体」だけの問題ではないのですが。

 さて、セミで思い出しました。
 「セミ」の声が、初めて学校で聞かれた日のこと、「Bクラス」のスリランカ人学生が、「セミ」の声がする方を指さして「あれは何ですか」と。それで、俄然、教室の中は活気づいてきました。中国から来た学生も、新疆地区あり、内モンゴル地区ありですから、必ずしも知っているわけではないようで、互いに顔を見合わせています(もちろん、一人が「あれは…」と言い出したので、わかったようでしたが)。インド人学生も、バングラデシュ人学生も、ミャンマーやタイから来ている学生も、私の顔を見ています。

 「あれはセミです」と言って、絵を描いてみました。すると、「ああ」と、皆言ったのですが、言い出しっぺの学生、「自分の国の『セミ』とは声が違う」と言います。それはそうでしょうねえ。

 日本でも、東と西ではセミの種類が違っています。
 ただ、日本人の子供にとっては、「セミ」は、友だちと言ってもいいような存在で、大人はだれでも、子供の時には蝉取りに興じたことがあると思います。

 だれかが、どこかから、ネバネバの鳥もちと竹とを手に入れてきて、蝉を捕るための道具を作るのです。これは覿面で、セミはすばしこいので、なかなか普通の虫取り網では取れないのですが、これを使うと、直ぐに虫取り籠はいっぱいになります。公園や空き地の木の下には、必ずと言っていいほど、上を見上げている子供達の姿があったものでした。

 だからでしょう、この年になっても、直ぐに、「ミンミンゼミ」、「ツクツクホウシ」、「ニイニイゼミ」、「アブラゼミ」、「クマゼミ」、「ヒグラシ」などの名前が出てきます。蝉取りだけではなく、「セミ」の脱殻も、戦利品の一つでした。小さい子供や不器用な子供は、飛んでいたり、木に止まって鳴いている蝉なんぞは取れませんから、ひたすら、近くの灌木や草むらを探し、くっついたり、落ちたりしている脱殻を集めたものでした。私の机の引き出しも、夏になると、蟬の脱殻で一杯になり、夏の終わりには、いつも「捨ててきなさい」と言われたものでしたっけ。日本人と虫たちとの関係は、外国人の彼らが思っているよりも、もっともっと深いのかもしれません。

日々是好日
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