日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「『紅葉狩』は、今年はどこ?」。

2010-11-30 09:47:24 | 日本語の授業
 快晴です。「渋谷」からも「富士山」が、くっきりと見えるとのこと。電車を使っている学生が、もしかしたら、「富士山を見たよ」と言ってやってくるかもしれません。

 まだ「日本語能力試験」も、終わっていないというのに、その翌日の「紅葉狩」の場所(明治神宮外苑)の様子に一喜一憂しています。11月の中旬頃に、「昭和記念公園」の「イチョウ」の様子が新聞に載っていましたのですが、それはまあ、見事な「金色」で、それを見るなり、きれいと思うよりも先に、「しまった…」。何が「しまった」のか、それはさておき、とにかく「しまった」だったのです。そして、鳩首会談。「明治神宮外苑」の代わりには、どこがいいのか…。

 とはいえ、電車一本で行ける、つまり乗り換えなし。230円で行ける、つまり往復500円以内。「黄葉」を見た後で「黄葉」を見に、近くの日本庭園へ行ける。つまり一回で「秋」を感じることができる。そういう場所を近場で探そうと思っても、見応えのある所は、まあ、滅多にありません。足を少し延ばせば、あることはあるのですが、学生達にはアルバイトがあるので、遠い所はだめなのです。

 「午前のクラス」の学生達はいいのですが、「午後のクラス」の学生達は、(午前のアルバイトを休んだり、あるいは遅れていけるように頼んだりと)大変なのです。けれども、イチョウ並木の「黄葉」が、輝くのは午前であり、午後に行っても光は失せていますから、「春より秋」と言われる日本の秋をそれほどは、感じられないでしょう。というわけで、「『明治神宮外苑』のイチョウは朝」なのです。

 この学校は、小さい学校(満員でも80人。大体は50人から60人前後)ですので、学生達が喜んでくれたとか、あまり面白そうではなかったとかいった反応が、嫌でも見えてきます。もちろん、そこには教育的配慮も必要(学生達が見たいものより、見せておかねばならないと私たちが判断したもの)なのですが、それ以外にも、学生達のレベル(素質)とか、出身地域とかも配慮せねばなりません。

 「ネパール」や「モンゴル地方」など、内陸部の国や地域から来ている学生達には、「海」を見、触るということも、「水族館」で、魚族と親しむことも大切です。今年、「鎌倉」に行った時も、これは「一日旅行」で、午前中だけとか午後だけというふうには参りません。それで、アルバイト先に事前に連絡するように言っておいたのですが、中には、「金曜日は忙しいからだめ」と断られた学生もいたのです。

 その学生は、内モンゴルから来ていましたので、「海が見たい。海を触りたい」。これは当然のことです。ネパールから来た学生も、「海に触れたことがない」。なぜかベトナムから来た学生が、「日本の海に触ったことがない」と言っていましたが。

 こういう時には、学校の方からの「お願い」とは別に、私の方からも、学生の状況、教育的必要性などを書き、それを学生に持たせます。よほどのことがない限り、彼らが留学生ということから、考えてくれるようです。そのたびに、「日本人は頑張っている人が好き。勉強でも仕事でも。だから日頃頑張っていると、こういう時に、誰かが代わってくれる。代わってくれる人がいない時には、店長がしてくれる」と、アルバイト先を持ち上げておきます。

 けれど、これは「冗談」でも、「(アルバイト先への)ごますり」でもないのです。きちんとした店は、相手が留学生であることを知って雇ってくれているわけですから、彼らの来日目的が「仕事」ではなく、「勉強」であることがわかっています。つまり、「勉強のため」で、便宜を図ってくれるものなのです。

 もし、学校が、学生達を学校でいろいろな所へ連れて行かない限り、彼らの生活は、アルバイト、学校、部屋という三角形の範囲で終わってしまいます。せっかく日本に来たのに、しかも一番いろいろなものが吸収できる時期に来ているのに、これでは、悲しいではありませんか。そんなわけで、勉強半分、気分転換半分で、「課外活動」というものはあるのです。

 ただ、この中でも、「日本」を感覚的に識らせることは難しいのです。季節は日々移ろっていますから。「常春」とか「常夏」とかいった概念は、日本のほとんどの地域では無縁なのです。この「移ろいゆく」という感覚も、定期的に行っていないと、身につきませんし。これは、街の空気というか、空の色というか、季節ごとの花や木々、草の匂い、鳥の鳴き声、虫たちの姿、そして、朝の木の鼓動といったものなのですが。

 日本について理解を深める。これは、机の上で勉強するだけでは不十分なのです。まず、歩く。公園へ連れて行き、季節を感じさせる。また、古い文化、伝統的な部分と、近代的な部分とを見せる。それから大切なのは、私たちの受けてきた教育の後追いでしょうか。都庁に行ったり、職人さんの手作業を見せてもらったり、新聞社を訪問したり…。それに、「春の遠足」やら、「秋の遠」やらもありましたっけ。これらを時間をやりくりしながら、体験させていくのです。

 今年のように四季の流れが多少乱れているときでも、秋の草花や木々、虫たちは、出番を待って、ちゃんと出現してくれます。冬もそうです。もう山茶花や椿がきれいな花を咲かせています。「食われ残りの柿」も絵のような姿で青い空にたたずんでいます。森に行けば、また違った日本の木々や花々が見られるでしょうが、時間が取れないのです。従って、春と秋の課外活動というのが、この二年で日本を、まず、風土から知らしめる大きな役割を担うということにあります。

日々是好日
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「落ち葉」。「大学院は『研究』のために行くのであって、『勉強』に行くのではないということ」。

2010-11-29 12:09:29 | 日本語の授業
 土曜日には町内会の掃除と消防訓練、そして日曜日にはマンションの消防訓練。まあ、
本格的な冬を前に、忙しいこと。消防の人達も大変です。

 土曜日の町内会の方は、これまで毎週土曜日に治療院に行っていたので参加が出来なかったのです。それで、その分までと落ち葉を掃き集め、袋に詰めます。クリーン作戦と銘は打っているのですが、公園の落ち葉を掃くのは本当に気持ちのいい事です。「掃く人を呼び返す」ほどの風もなく、陽も暖かく、猫なら日溜まりで昼寝と決め込むようなお天気で、すっかり、童心に戻ってしまいました。

 私が通っていた小学校は、もう創立140年か150年くらいにはなるでしょう、校庭に大きなオスの「イチョウ」の樹がありました。小学校と言えば、誰もがすぐに思い浮かぶはずの「サクラ」の樹は、なぜか印象になく、私にとっての「小学校」は、「イチョウ」の樹であり、黄金色に輝く、その、秋の葉なのです。高さが、三階の六年生の教室と同じほどもあり、幹周りも太く、それはそれは立派な樹でした。

 この木が、ちょうど今ごろ、葉を散らすのです。葉が散る頃になると、運動場の掃除当番になっているクラスは、俄然、張り切ります。いつもは、みんな嫌がるくせに、こういう時だけは楽しいのです。

 当時は、今よりももっと寒かったと思います。それでも、マフラーをして、コートを着て、竹箒を持って「いざ出陣」です。女子は箒でチャンバラをしている男子を見つけると、これまた「掃除しなさい」と言いながら箒を持って追いかけます。時々、風が渦を巻いて、木の葉を巻き上げます。その中に入り込もうとする者、箒をもって追いかけ、踏んづけて消してしまおうとする者。もう押し合いへし合いです。

 そんな時、誰かが、「先生だ」と言おうものなら、あっという間に、サササッと、サササッと変わり身早く、すまし顔で掃除を始めます。

 掃除時間が終わる頃には皆汗びっしょりでした。もっとも、その割りには掃除は捗っているようには見えませんでしたが。

 ちょうどそんな秋の終わりに、
「金色(こんじき)の ちひさき鳥のかたちして 銀杏(いてふ)散るなり 夕日の岡に」(与謝野晶子)
という歌を習ったのです。

 与謝野晶子と言えば、「我が歌の短ければ言葉を省くと人思へり。我が歌に省くべきもの無し。また何を附け足さん」といった強さの人というイメージがあるのですが、当時はただ美しい光景を読む人であると、それだけを感じていました。後に明星派などの文学史を学ぶ前の事です。

「街をゆき子供の傍を通るとき 蜜柑の香せり 冬がまた来る」(木下利玄)
この歌もそうです。

 晶子の歌を習った時には、ちょうどこの歌のように、教室の窓から銀杏がハラハラと散っていく時でしたし、利玄の歌を習った時にも、ちょうど蜜柑の季節で、朝の挨拶の時には、誰かの手からミカンの皮の香がしていたものでした。

 多分、こういうことは、その民族や、その地に住む人達が、共有する文化と言ってもいいのでしょう。それが、ひいては、伝統に繋がっていくのかもしれませんが。言葉を必要とせぬ部分で、味わっており、それを身体が覚えているのです。「雨」にまつわる言葉を、砂漠地帯にいる人に話しても、おそらくは感じてはもらえますまい。それと同じなのです。

 同じ日本であっても、北海道や新潟の人が、「雪」や「寒さ」に関わることを、九州の人間に話しても、どこかピンと来ないのと同じです。「知識」として習得することはできても、なかなか「わかる」までには至れないのです。特に言葉で勝負しなければならない世界の人は、辛いですね。結局は、「違うのだ」で終わることになってしまうのかもしれません。

 学生達を見ていても思うのです。同じ自然を見ていても、それぞれ感じ方が違います。それを話し合い、なぜそう感じられるのかを話し合い、そして、書くことによって頭の中を整理してみれば、(日本についても、他国についても)面白いことがわかるでしょうに、それをする時間がないのです。

 しかしながら、日本語学校では、基礎的な日本語力を身につけさせなければ何事も始まりません。その基礎的な日本語力を、一応「N1」程度と考えて、そのレベルに至ってから、やっと、少しずつ「もの」を読んだり見せたりという作業が始められるのです。

 もちろん、それ以前にも映像を使って、知識は入れていますが、深めることができないのです。「見た、知った」で、それについて考えさせるまでは至れないのです。言わずもがなですが、見てすぐに考えられる学生もいます。けれども、それは少数です。

 この学校は、エリートだけを入れるようなところではありません。頭のいい学生もいれば、ごく普通の学生もいます。この「頭がいい」というのも、言語や学校での勉強が得手と言うだけで、しっかりした尺度があるわけではないのです。

 ここには、いろいろな学生がいます。だいたいからして、世界は秀才だけで成り立っているのでも、愚かな人だけで成立しているのでもありません。それに、「秀才」というのはわかりますが、「聡明さ」というのは、なにを以て言うのでしょう。エリート校を出ていながら、いえ、出てしまったからでしょうが、分不相応な望みを抱き、できもしないことをやりたがり、人様に迷惑をかけるばかり。それでいながら、そのことすら気づかずに、人々から罵られ続けている人もいます。

 その反対に、己の分を知り、静かに誠実に生きている人もいます。幸不幸、満足度というのは、ある意味では、「本人の勝手」ですから、他人が差し出がましいことは言えないのですが、その持って生まれた能力で、精一杯、この日本という異国で頑張って勉強しようという人達なら、私たちも、彼らが、彼らの母国で、どの程度の教育を受けていようと、関係ありません。勉強したいときが、一番勉強するにふさわしい時なのです。

 とはいえ、「留学生試験」や「大学入試」に必要なものをやりながらの、「一般常識」です。「慣れたかな」で、卒業なのですから、まったく。いつもいつも、こちらの方では不完全燃焼。もっとも、彼らの方ではそうは思っていないでしょうが。

 それに、日本へ来て、同じように、日本語を勉強し始めたと言っても、もともと出発点が違うのです。ある者はすぐに一㍍ほども先に行けるのに、ある者はどんどん遅れていくばかり。これは「漢字圏」だからとか、「非漢字圏」だからというわけではないのです。「漢字圏」の学生であっても、「非漢字圏」の学生に後れを取る者はいます。勉強する習慣がついているかどうか、本を読む習慣があるかどうか、体力があるかどうか、精神的な体力もあるかどうか。それに、「目的」がはっきりしているかどうか。

「漢字圏」の学生で、大学を出ているくせに、「先生、何を専攻していいかわからない。とにかく大学で専攻したもの以外だったら、なんでもいい。でも、大学院よ」という訳のわからない「目的」を持ってやってくる学生もいます。

 こういう人は、本当にわかりません。大学で専攻したもの以外を学びたいのなら、「大学に行き直せ」です。学ぶのは「大学」であり、研究するのが「大学院」なのですから。学んでもいないのに、「『研究』に行くなんて、よく言えるよ」というのが、日本人の常識なのですが、いくら言ってもわからないのです。そして最後は、「とにかく大学院に入りたいから、何でもいい。先生、決めて」と泣き落としにかかるのです。

 けれども、私たちとて、人の一生を勝手に決めるほど増上慢のはずもないのです。いったい、こういう人達は、どういう教育を受けてきたのでしょうね。「自分の一生くらい自分で決めろ」。とは言うものの、こういう人達は自分で決めることの出来ない世界で暮らし慣れていたのかもしれません。そう考えると、むげに突き放すことも出来ず、相手をしてやるのですが、こういう人に限って、あとで、本当にやりたいことじゃないのに、ここに入らされたなどと言うのです。

 既に大学を出ているのだから、何にも知らない高校生とは違う。まず、こういうことは自分で決める、それが出来ないのなら、自分の能力に合った所へ行く。情報は提供するけれども、こういうことは日本では自分で決めるのが当たり前です。何のために大学に四年も行っていたのか、と日本人に思われないようにしてもらいたいものです。

日々是好日
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「小さな教室ではうまくいっているのに…国際交流」。

2010-11-26 11:24:10 | 日本語の授業
 昨夜からの雨も上がり、空気は、湿り気を帯びて清々しく、今朝は、昨日より、少しばかり暖かいような気がします。ほんの少し海峡を渡った隣の国で、砲弾による死者が出た事など、遠い夢の国の出来事のようです。

 「20世紀は国と国との戦争だった。21世紀は宗教や民族による戦争になる」と聞いたのは「ミレニアム」云々が言われていた頃のことでした。しかし、まだ国とか、主義とかの理由で戦争を仕掛けようとしている国がこの近くにもあるとは。しかしながら、考えてみれば、頑迷な何々主義者も、教条主義的な宗教家もよく似たところがあります。

 一般人が宗教に求めるのは心の平安。そして宗教家に期待するのは、包容力や大らかさ…のはずなのですが、それと反対に、心の一番大切な部分を他者に預け、その人の命令に従いたいと望んでいる人も宗教に救いを求める人々の中に存在することは事実です。

 それが、抽象的な「神」であり、具体的な目に見える「モノ」であったりしたら、その「神」は、その人自身の投影であるとも言えるでしょうが、「生身の人間」が、そのような「存在」の代わりをなし、人の運命を簡単に決めてしまうようなことなど、少し考えてみれば「おかしい」とわかるはずですのに、人というものは、どうも、相変わらず「困ったモノ」のようです。

 だから、「科学は進歩した。知識は増した。しかし、人類は数百年、数千年どころか、数十万年前と変わらず、愚かなことをしている」と言われるのでしょう。もっとも、文学や音楽など、いわゆる芸術の世界では、このどこかしら括れない人間の心、感情がその生み出す「根っこ」になっているわけで、愚かしいことが、即、悪いことであるというわけではないのですが。

 人を深く憎める人は、一面、人を深く愛せる人であるはずですから。

 とはいえ、国と国との争いにせよ、宗教や民族の問題にせよ、そこに己一人、あるいは己の家族の「保身」というものが関わってくると、もうこれは、ゴリラからも呆れられるということになってきます。「森の哲人」は、弱者の言うことにも、子供の言うことにも正しいと思ったら従うのですから。おそらくゴリラが国のトップに立っていたら、判断力などの能力には劣っても、人を殺そうとか、多くの人を虐げようとか、自分だけバナナをたくさん食べようとか、そんなことは考えないでしょう。そんなことをしたら、すぐに「人望」ならぬ「猿望」を失い、トップの座を追われてしまうでしょうから。

 国と国との争いごとも、多くは、実際には、個人的な感情が絡んでいるのでしょう、その国のトップの。個人的な「欲」の方が絡んでいるのかもしれませんが。「あいつは嫌いだから」という、そういう理由で、クラスメート同士、けんかし合うことも、避けなければと「小学校の時から、指導を受けているはずなの、」と、平和呆けした一日本人は考えてしまいます。

 国民を指導しなければならない立場にある人達が、どう見ても小学校の学級会のレベルにも劣るような遣り取りを、国の最高機関の一つでしていてはいけません。大人なんですから。しかもちゃんと「お手当」を、国民からもらっているんですから。みんな見ているし、聞いているし、読んでいるんですから。もうちょっと大人になって、振りでもいいですから、紳士淑女的になり、相手の立場に立ちながら言葉を慎んで、シャンとしてもらいたいものです。

 これは税金を払っている一国民としてみて、分不相応な願いでしょうか。

 だって、だいたいからして、「やりたい」って言って、なったんでしょう。だれも嫌がるのを無理にさせたわけではないのです。これも、小学校の時から、先生に言われてきたことです。「やりたくて、しているのだから、ちゃんと責任を持ちなさい」って。

 さて、日本語学校の方です。

 学校では、様々な国から来た人達が、ちゃんと「お行儀良く」勉強をしています。喧嘩も、最初のうちは、時々していたようですが、まず、相手を傷つけようなんてことは考えていません。喧嘩したら、話し合います。「どうして、そんなことをしてしまったのか」、あるいは「言ってしまったのか」と。

 そして、理由がわかれば、喧嘩をふっかけられた方も黙ってしまいます。明日は我が身と引き下がるのです。武士は相身互い、もう非難をしようって気にもならないようです。「自分だって同じ」と、相手の気持ちがわかるからなのでしょう。これは、国籍も民族も宗教も、関係ありません。皆、同じなのです。

 19歳か20歳くらいで、日本へ来て、ホームシックにかかったり、アルバイトが見つからなくてイライラしたり…。そして、そんな状態の時に、他の人の些細な言葉にカッとなったり、(言葉がわからない者同士ですから)おかしな誤解をしてしまったりと、最初の頃はテンヤワンヤでした。

 それも、半年ほどで収まり、今は、互いに助け合い、もちろん、当然のことながら、時々は、拗ねたりごねたりを、やってはいるようですが、「互いを労る」という基本姿勢は変わらないようです。

 こうして、小さな国際交流は始まっていくのでしょう。彼ら自身は気づいてはいないようですが。

日々是好日
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「怒り、罵り、泣き喚き、悔むのも、『生』あればこそ」

2010-11-25 08:30:02 | 日本語の授業
 今朝、打ち間違えて、2010年を2100年としてしまいました。これは偶然だったのですが、思わずドキリとして、次に考え込んでしまいました。

 昨日、今日、明日と、年月は人の慮りをよそに進んでいきます。昔、「『時』が意志を持つ」という小説を読んだことがありましたが、幸運にも、まだそうなってはいないようです。もっとも、私たちは「時」という流れに乗っていくしか術のない生き物(生まれ、そして死へと向かうだけの存在)ですから、もし、「時」に悪意があっても、こういう行き方しかできないのです。「時」が意志を持つということは、私たち、人間が進化を図ったように、ある日ある時に、異常に速度を速めるかもしれません。その上に乗っているヒトがどういう運命になるかは、言わずともしれたことです。ただ、それとても、私たちが気づかねば、「幸福な阿呆」でいられるわけですから、これ以上の幸せはありません。

 今は、砂時計の砂が落ちていくように、静かに時の流れを感じていればいいのです。滅びに向かって進んでいこうと、与えられた「生」は、断ち切らぬ限り、定められた時まで続いていくわけですから。

 とはいえ、こういう、雲の上から見れば虫けらに過ぎぬ存在のヒトであろうと、喜びもあれば悲しみもあります。愚痴もこぼせば、怒りに身を震わせることもあります。

 限りある存在だと、自他共に知り、その中で生きていかねばならぬからこそ、こういう瑣末なことの一つ一つが、うれしくもあり、心を温めるよすがとなるともあるのです。怒ることができるということ自体が、ある意味では、僥倖であるのかもしれないのですから。

 というわけで、今日も学生達と共に、懸命に生きていきます。

日々是好日
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「『読解力』。問題の根には『知識不足』があるのでは?」

2010-11-23 11:33:18 | 日本語の授業
 昨日の夕方から降り始めた雨でしょうか、今朝までずっと降っていたようです。久しぶりの、重い本格的な雨でした。それも二三時間前に上がり、雨が上がれば、次は北風が吹いてきて寒くなるそうですから、外へ出るときも、それなりに厚着をしなければならないでしょう。とはいえ、寒くとも、まだ16度くらいのものです。

 昨日、ロシアから来た学生が、自分のところでは、今、雨じゃなくて雪が降っていると言っていましたっけ。

 アフリカからの学生を、初めて迎えたときには、「ああ…アフリカか」と、南米の学生を入れたときよりももっと感慨が深かったのですが、今度は「経度」ではなく、「緯度」の世界に対する感慨です。

「ロシアは大きい」。「緯度」も「経度」も広範囲にわたり、とにかく「だだっ広い」という印象しかありません。狭い国土の中央に屋台骨めいた山脈が延々と連なり、その裾野に、わずかばかりの平野があるような日本とは違うのです。

 日本でも、北海道で大雪が降っているときに、沖縄ではセミが鳴いていたり、サクラが咲いていたりしますから、国内でも違うということは、わかっているのですが、ロシアは緯度の高い方で東西に広がっているのです。そういう国にいて、そういう国なりの情報の中で育ってきた人たちの心持ちというのは、周りを海で囲まれた日本とは、どこか違うような気がします。

 ただ、彼女はよく勉強します。「勉強し」、そして「教える」という、この両者の関係においては、西も東も北も南も、アフリカからであろうが、ロシアからであろうが、変わりはないのです。もちろん、まじめに勉強している人という前提の下で。

 さて、話は変わります。
 実は、私たちが要求する事を、最初は出来なくとも、できるだけその線に沿ってやり、そして成果が上がらなければ、それは学生の問題ではなく、教師の問題だと、長い事そう思っていたのです。

 なんとなれば、今までは、はっきりと、「まじめにやらないからできない人」と、「一生懸命にするからできる人」の二種類しかいなかったのです。

 ところが、最近は違います。ほとんどの学生がよく勉強するのです(もちろん、勉強しない人で、迂闊にも、この学校に迷い込んできた人も、いないわけではありません)。
 
 『初級』までは、「文レベル」の勉強ですから、一生懸命勉強すれば、それなりに成果はでます。けれども、問題は『中級』以降の「文単位」ならぬ、単位が「文章」になってからなのです。

「読解力」が大きな壁になるのです。ここで挙げた「読解力」に関する問題には、思考力云々だけではなく、単なる知識の欠如も原因となっていると思われます。

 これまでは、休まず、まじめにできる学生というのは、母国においても、そうであり、従って、本も、「教科書」以外にかなり読んできていたのです。母国において、家庭なり学校なりにより、ある程度の読解力は、すでに養成され、備わっていたのです。ですから、「国語力」を基礎から養成しなければならないという羽目には陥っていませんでした(今から考えれば、あの学生もそうだったのかと思われる事もあるのですが、あの時には、それが大きな問題であるとは思っていなかったのです)。つまり、これまでは、「(日本語の)文法を教え、単語を覚えさせ」といった、「枝葉」の知識を入れるだけで済んでいたのです。

 ところが、まじめな学生が増えると同時に、まじめに一生懸命にやっているのに、「中級」以降、なかなか伸びないという学生が出てきたのです。

 彼らの大半は、皆、ごく普通の学生達です。だから、彼らの方で戸惑っているのです。「こんなにまじめに勉強した事は、これまでなかった。漢字もみんな覚えた。単語もすぐに言える。それなのに、自分が答えた答えはみんな間違っている。どこが違うのだろう。どうしてだろう」と。

 こういう人たちに話を聞いてみました。すると、子供の頃から書物に親しんでいなかったという共通点がありました。国や民族を問わず、身近に書物がなかったし、それを不自由と感じた事もなかった。つまり、書物に親しんだ経験がなかったようなのです。読んできた本というのも、せいぜい「教科書」と「聖書」くらい。日本のように、どの家庭でも新聞をとり、学校でも「図書館の時間」が毎週あり、小学校でも、とにかく本を読ませようとしますし(まず、どの小学校でも図書室があり、本はたくさんあります)、大人になっても、電車に乗れば本を読んでいるというような国は、世界を見ても、そう多くはないのです(まず、ぼうっと本を読んでいても、安全ですし)。

 漢字や単語は、まじめにやれば、ある程度は覚えらます。彼らは、漢族が読めない漢字も読めますし、書けない漢字も書けます。それくらい、一生懸命に勉強しているのですが、文章を読むとなると、途端に目が泳いでしまうのです。「文意」がとれないのです。キーワードも見つけられませんし、指示語が指示しているものも探し出せないのです。

 例えば、私たちがあまり外国語が習熟していない頃には、話していても、話題がわからなければ、もう全部の意味が掴めなくなるのと同じようなものです。その文章に関する知識が無い故に、それに関する意見、主張がわからないのです。そもそも何に関するものなのかさえわからないのです。

 いわゆる「常識」、ここでいうところの「常識」というのは、日本なら日本人の間における「常識」です。日本では情報が溢れ、それが問題となるほどですのに、他の国では情報が、十分に与えられていない事が問題になっているのです。また不十分であるにも拘わらず、国民の大半がそのことに気づいていないということが問題となっているのです。

 日本であれば、たとえば、一人、「物理学」のノーベル賞をとれば、町の熊さん、八つあんでも、この学者の専門に関する知識を一言か二言くらいは言えるようになります。それくらい、テレビや新聞、そしてネットなどで、これでもかこれでもかと、その専門分野に関する説明が流されてくるからです。

 しかも、私たちは、子供の時から、小学校で机に着いての勉強だけでなく、植物の栽培やら、動物や昆虫の飼育などをさせられていますから、ワシントン条約が出ても、温暖化やヒートアイランドの問題がでても、基礎的な知識の上にそれを置き並べておけばそれだけで済みます。自分達の方へ、引き寄せて、十分とは言えなくとも、それなりに理解しようとするし、ある程度は出来るのです。

 新しいエアコンや、携帯電話が出て来れば、その性能が街のあちこちで謳われます。わかる判らないはともかく、知らぬうちに日本人の間で一種の共有財産のようなものになってしまっているという「知識」も少なくないのです。

 こういう話を聞いた事があります。ある研究者の話です。
 彼は非常に優れた研究をし、素晴らしい成果も上げる事が出来た。専門家の間では識られているけれども、トンと賞とは無縁である。どうして認められないのかと、ある先輩に聞いたところ、「君は、三流誌やゴシップ誌といわれるものを読むか」と聞かれたそうです。「実験や論文の作成に忙しく、読んだ事がない」と答えると、「ああいう雑誌を読んで、人を惹き付けるにはどういう文章を書いたらいいのかを勉強しろ」と言われたそうです。

 これは極端な例でしょうが、一般人に読んでもらえる、つまり一般の人が理解できるような文章を書かねば、認められないのです。これは明治の啓蒙家達から綿々と引き継がれてきた麗しき日本の伝統です。英語が出来なければ、フランス語が出来なければ、知識を習得する事が出来ないという、つまり、言語の習得、が即、知識の獲得に結びつき(逆は、如何に優れた人材であろうと、母語だけしかできなければ、それらの知識を得る事はできませんから、それを基にしての才能の開花は期待できないということです)、そして国によっては、それがまた「富」にも結びつくのです。

 この差は大きい。如何に国が大きかろうと、富んでいようが、一握りの人たちしか享受できないような知識の存在を放っておくというのは、教育の根幹に関わる一大事です。教育こそが人をヒトたらしめているものであるという考え方からすれば、こういう国はすでに国としての責任を果たしていないのです。

 そういう多くの国に比べれば、日本人はこれらの知識・概念を学ぶ気になれば学べるのです、誰でも。何となれば日本人でありますから、生まれたときから日本語を話していますし、普通教育を受けていれば、字も書けます。日本語さえできるなら、その知識に関する書物を買えばいいし、お金がないというならば、図書館で本を借りればいい。本を借りても、狭い家では読む場所がないというのであれば、普通の人が勉強できる図書館がいくつもありますから、そこで心ゆくまで本を読み、書き物をすればいい。

 また、日本語も、それらの概念や知識を吸収しながら、どんどん太ってきたのですから、そういう豊かな日本語を作ってきてくれた先達たちに感謝しなければならないでしょう、後世の我々としては。そのおかげで、一般大衆も、他の国であれば、一握りの人々しか得る事のできない多くの知識を、欲すれば我がものにすることができるのですから。

 こういう訓練が出来ていない人に、「日本語力」をつけさせようと思ったら、「枝葉」だけやっても何にもなりません。「幹」や「根」のほうまで考えなければならないのです。単純に、「日本語」を教えるというのだけでは、すまないのです。

 もしかしたら、「日本語を教えていく」という現場では、ある意味では、限りなく「小学校や中学校の『国語』」の授業に近い教え方をしなければならないのかもしれません。そして、一応「一級」レベルの力が備わったら、今度は、高校以上の本を読ませていくという準備です。

 ただ、日本語学校に、いつまでもいて、勉強することができると言うわけではありません。留学生として、この学校が受け入れた学生達の最長の期間は二年間ですから、その間に「イロハ」から始めて、そこまで行くというのは、「漢字圏」の学生はともかく、「非漢字圏」の学生にとっては、難しいことなのです。もちろん、頭がよく、要領のいい学生で、それができた人もいます。けれども、大半の学生にそれが出来るというわけではないのです。それは、彼が頭がよかったから出来たと言うだけのこと。つまり、個人的な理由によります。私たちの教育力とはあまり関係がないのです。「教育力がある」というのは、大半の人をできるようにして、初めて言える事なのです。

 まったく、一つが片付くと、また一つ問題が見えてくる。何事によらず、道には終わりがありません。

日々是好日
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「『群青色の空』と物語」。

2010-11-19 08:15:03 | 日本語の授業
 今日は、一日、晴れそうです。群青色の空が、東の地平線から少しずつ裂けていきます。その裂口がどんどん広がり、その中から薄いオレンジ色の光が色を濃くしていきます。そして光に満ちあふれた時が、「朝」なのでしょう。

 天の星々を眺めながら、神々の物語を紡いだ人々も、空の変化、空気の移ろいを敏感に感じ取って、天を落としてみたり、裂けさせてみたりしたのでしょう。日本のように、災害列島でありながらも、温暖で多湿で、肥沃な土地では、人々が日常に満ち足りていて、天をどうのこうのという、スケールの大きな物語など想像できなかったのかもしれません。

目の前に拡がる山々の色、四季折々の木々の変化、草花の色合いなどを見つめ、それを人間社会の色として取り込んでいくだけで、物語ができあがりそうですから。

それでも、
「天地を 袋に縫いて 幸せを入れて 持たれば 思ふことなし」
などという、「欲張りさん」がいたようですが。

とは言いながら、
「ひだるさ(飢え)と 寒さと恋と 比ぶれば 恥ずかしながら ひだるさぞます」
くらいが、普通の生活人の心でありましょう。
そして、その先は
「世の中は 食うて はこ(糞)して 寝て起きて さてその後は 死ぬるなりけり」

そうは言いましても、命のある限りは生きていなければなりませんから、
「世に合ふは 左様で御座る ご尤も これは格別 大事無い事」とか
「世の中は 諸事 お前様 有り難い 恐れ入るとは ご尤もなり」
でやり過ごしていかねばなりません。

 ヒトとは、もし社会的動物であるという定義が、正しければ(もちろん、ある一面から見れば、真実ですが)、多少という幅はあれども、「世間」の色に染まらざるを得ません。日本においても、数百年前であったなら、「隠れ里」とか、人間を避けて暮らせる場所を、どこかしらに見つけることができたでしょう。

 けれども、今は、難しい。とても難しい。まず「税金」を払えと追っかけられます。どこに隠れ住もうと、人工衛星や様々な機械が、日本中どころか、地球上を飛び回っていますから、どこかのデーターバンクに、その存在が確認されています。穴を掘って住もうと、上をある機械を積み込んだローラーで押していけば、そこが空洞であるか、それとも土が詰まっているか、また、その土はどういう種類のものであるかまで、わかってしまうそうですから、逃げ場はありません。つまり、捕まってしまうのです。

 その上、もし、その人が、日本の国土に生活しているならば、そこは必ず誰かの土地でありますから、地代を払えと追っかけられてしまうかもしれません。

 昔は、大らかなものでありました。まず、「変人奇人」をそれなりに認めていましたし、その人達が生きて行くに「あれは奇人であるから」という言葉で、何事も「お構いなし」になっていました。それには、当然のことながら、普通の「奇人」くらいではだめです。常識を越える「奇人変人」のみに許された「特権」というべきものでしょう。

 とはいえ、それによって救われた者も少なくはなかったはずです。そういう曖昧さを許さない社会というのは、辛いものがあります。もちろん、通常の生活が送れる者であれば、それは社会的責任でありますから、嫌でも、担わねばならぬものは、担わねばなりませんが。

日々是好日
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「『漢字圏』の学生と『非漢字圏』の学生、そしてその『中間層』の学生。それぞれの対策」。

2010-11-18 08:34:13 | 日本語の授業
 今朝も小雨です。雨が少しでも降ると、そして、それが明け方からであったりすると、新聞の配達が10分ほど遅れてしまうようです。

 雨が降っていない時には、朝の五時前には届けられていますから、五時頃取りに行っても楽勝です。けれども、昨日や、今朝のように、降っているとも言えないけれども、傘を差す人もいるというような天気であると、五時に取りに行っても、まだ来ていないこともあるのです。今日も(五時)10分ごろでしたか、オートバイの音がしたのは。雨が降っているのに気づいて、届いた新聞を大慌てで、ビニールでラッピングするから、少しばかり遅れてしまうのであろうと私は思っているのですが…。

 一軒でも配達し忘れたら、(まず、「届いていません」と連絡が来るでしょうから、それから、新聞を持って)「ごめんなさい」と詫びにやってきます。定時に遅れてもクレームがつきます。一見、新聞は、まだまだ、しっかりと人々の心に(というか、一種の習慣として)根が張っているかのように思われるのですが、それなのに、人は活字の世界からだんだん遠ざかろうとしています。紙の世界に固執するのは、もう古いと言われる時代がすぐそこまで来ているのでしょうが。

 CDがいかに「優れもの」になろうとも、傷の入ったレコードを聴きたがる、もしかしたら新聞を読みたがる人はそういう存在になるのかもしれません。なんと言いましても、全国に定時に配達できるように時間差やら地方版やらを考えながら作り上げていくのには、大規模な設備も、そしてそれを動かし指令を出せるという、多くのハードの面での人材をも必要としていますから。

 鉄道や飛行機の発達により、距離感が失われていったようなことが、起こるのかもしれません。現在「紙に書かれている」ものには、どういう変化が起こるのでしょう。何度でも書き換えや書き直しができ、本来の姿が失われていくかもしれません。推敲の痕跡などとしゃれたことがいえないようになるのかもしれません。まあ、そうやって、人の頭の中を覗くという、後世の人間の愉しみがなくなることは確かでしょうけれども。

 さて、学校では「風邪引きさん」が続出しています。「風邪です。頭が痛いです。休みたいです」やら、「◯★さんは風邪で休みます」という連絡が、午前中だけでなく、午後になっても届けられています。やれやれ、大変ですね。今日、「願書書き」をする予定だった学生も風邪でお休みです。「では、君は」と、連絡に来た学生を見やると、だるそうな様子です。「先生、頭が痛い…」。

 今は、『日本語能力試験』を前にして、よほどのことがない限り、休むわけにはいかないことがわかっているので、無理をして来ているのでしょう。この学生も今日できません。

 私たちのように、日本の気候に慣れている人間でさえ、適応できずに、グスングスンやっているくらいですから、異国の気候に慣れ親しんだ人たちが、たとえ、若者であろうと、不都合を来たすのは致し方のないことなのでしょう。しかも、『留学生試験』が終わったばかり。本来なら、多少、気が弛んでも、文句の言えないところです。それが、ホッとする間もなく、『日本語能力試験』ですからね。気張れない学生は気張れない。そんなに一ヶ月という長い期間は続かないのです、気張りも。

 平生の勉強でも、宿題をする時間が取れないと嘆いていたのに、この期間はいつもより、「少々」から「かなり」という幅で勉強量を多くしていかなければなりませんし。

 とはいえ、同じ中国人とはいいながら、漢族の学生を教えていた頃には感じていなかった難しさを、今、内モンゴルから来た学生達に感じています。たとえば、1ヶ月間、(日本の)漢字の練習を同じようにしなかったとして、忘れる量とその度合いが、大きく違うのです。言語に関する能力は同じであるとしても、来日するまでの教育の差というか、まあ、今のところ、そうとしか括れないのですが、これほど差があろうとは、考えていませんでした。

 自分なりに少しずつ対策を変えていっているのですが、これは、今、変えて、今すぐ、効果が出るというものでもなく、受け入れた時点からのやり方にもうすこし工夫を凝らさねばならぬという意味で、言っているのです。まずは、教えながら、対策の練り直し。そして、目下の対策と、二重三重の意味で、変えて行かざるを得ないというところでしょうか。

 前までは「漢字圏」対策と「非漢字圏」対策の二本柱。現在はこの二つに加えて、その「中間層」対策が必要になってきているのです。

日々是好日
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「公園のカラス」。「『んもう、まあったくう』が、そんなにも面白いか!?」。

2010-11-17 08:28:35 | 日本語の授業
 今朝は小雨です。気温も8度ちょっと。寒いですね。昼になっても13度くらいとか。今日も、昨日同様、12月上旬の気温くらいにしか上がらないと言います。雨も降り、お日様も見えないことですし、体感温度は、昨日よりずっと下ですね。

 今朝、公園のそばを通った時、カラスが一頭、公園の真ん中を歩いていました。テレビでカラスが公園の滑り台で遊んでいる姿を見てからというもの、公園でカラスを見かけるたびに、滑り台のところへ行かないかなあと、ついつい思ってしまうのです。

 で、今日はぐるりと公園の周りを歩き、少々遠回りをしてきたというわけなのですが、だめでしたね。もしかしたら、一人遊びが出来るようなカラスではなく、ただの「ぼんやり君」だったのかもしれません。

 それとも、お日様が照っていないお天気が気に入らなかったのか、あるいは、この公園の滑り台は螺旋状になっていて、テレビで見たような古典的な滑り台ではないのが気に入らなかったのか、いろいろ考えながら見ていたのですが、もしかしたら、このカラスの勘太郎さんからしてみれば、「何をほざいとる。カラスの勝手じゃ」だったのかもしれません。

 熱い視線を、一人送っていた私のことなど、どこ吹く風で、エッチラオッチラと歩き回っていましたから。しかし、見ているうちに、「カラス風情」ならぬ、「カラスの風情」というものは、なかなか乙なものです。人間と同じように、どこやら喜怒哀楽の表情やら、思考している姿めいたものまでが感じられてくるような気がするのです。

 さて、昨日の「Aクラス」。『日本語能力試験の模擬』が、6月から7月のころの成績と比べても、全く目も当てられぬ惨憺たるものだというのに、もう「明るい」のです、底が抜けたように「明るい」のです。「せんせえい、忘れたあ」。「ほんと。わる~い。なにい、この点数」

 「明るい」のを、救いと見るべきなのか、それとも、教師としての立場から嘆くべきなのか…。

 これは、「Dクラス」においても同じ。それどころか、何かにつけて、「んもう、まあったくう」。どうも、これ(「んもう、まあったくう」)は私の口癖らしく、一人が言い出すと、途端にあっちからもこっちからも、「んもう、まあったくう」と、ピチクパアチク囀り始めます。

 『中級から学ぶ日本語』で、「口癖」という単語が出た途端、「んもう、まあったくう」と一人がこそりと言うと、もうみんなはそれを聞きつけて、大喜び。「んもう、まあったくう。先生、先生」とチラチラと私を見ながら、うれしくてたまらない様子。

 私一人憮然として「これが、何でそんなに面白いのか。ふん」だったのですが。

 とはいえ、確かに、19歳から20、21歳の学生達にとっては、12月の『能力試験』よりも、目先のこんなつまらないことの方が面白くって、面白くって、楽しくって仕方がないことのようです。

日々是好日
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「初めての『N2』模擬試験後…」

2010-11-16 10:23:33 | 日本語の授業
 昨日の雨が嘘のように晴れ渡っています。昨日は予報通り、昼過ぎから雲が厚くなり、午後の学生達が帰る頃から、ポツリポツリと降り始めました。それでも、学生達が、傘はいらないと言っていましたから、そのときは、大した降りではなかったのでしょう。

 けれども、その雨を境に、ぐっと寒くなりました。今朝など12月の寒さだそうで、昼になっても15度前後という話ですから、やはり晩秋といった方がいいのかもしれません。近所の紅葉やら黄葉やらを見るたびに、「頑張れ、頑張れ、12月6日まで頑張れ」と腹の中で叫んでいるのですが(なんとなれば、この日は学校で「紅葉狩」に行くのです)。

 昨日は、『留学生試験』が終わったばかりなのに、かわいそうに、もう『日本語能力試験』の模擬試験でした。来年の三月に卒業予定の学生達は、もう後がありませんし、試験慣れもしているからでしょう、普通の顔つきで試験を受けていました。が、今年の4月に来日した中国人学生などは、もうこれ以上はできないといったような緊張しきった面持ちで、下の階へ行き、去年の学生達に混じって、「二級」の試験を受けていました。

 そして、終わってから、いつもの教室に戻って来て、ドアを開けるや否や、「できなかった…。難しい…」。それを聞いた、「非漢字圏」の学生達は「……」と、声もなく顔を見合わせています。

 彼ら(4月生のうち、「非漢字圏」の学生)は、今年、「N4」を受ける予定なのです。やはり漢字という「関」は、なかなか手強く、越えたがたく、「イロハ」から始めていれば、「漢字圏」の学生達と同じように、今年、「N2」を受験するというわけにはいかないのです(彼らは、少しでも多く「中級教材」をやっておいた方がいいので、こういう模擬試験は来週からです)。

 で、戻って来た学生達のことです。「難しい。難しい」といっていた学生にも二通りあって、一生懸命勉強していて、「(だから出来なくて)口惜しい」と言っていた学生と、遅刻したり、大して勉強はしていなかったけれども、「(難しかったから、ただ)難しい」と言っているだけという学生。

 前者が「出来なかった」と言えば、「大丈夫。これまで通り、毎日頑張れば大丈夫。」と言えます、が、後者が「出来なかった」と言っても、私など、「身から出た錆じゃ~あ」と、ついつい軽口が出てしまいます。というふうに、毎日をともに過ごしている学生なら、私と同じような感じで笑ってしまうはず…と思うのですが、そこはそれ、相身互いの学生が若干名いますから、「大変だねえ」と芯から同情している様子。

 私が、「明日から、遅刻しないようにしましょう。いつも遅刻してくる学生に、先生は『大丈夫だよ』なんて言わないもん」と言っても、どうしてこの先生はこんなに冷たいのでしょうとばかりに、応援軍が援護射撃してきます。「先生、だめでしょ。かわいそうでしょ。泣きそうな顔をしているでしょ」と、心優しきフィリピン男子学生が彼女に加勢します。

 「だめ、だめ。だまされては、だめ。学校を出るとすぐに、全部忘れてケラケラと大笑いするに決まっているんだから」

 それを聞くと、途端に彼女は大笑い。「先生、よく知っていますね。本当です。私はいつもそう」。 まったく…。天真爛漫で、罪はないのですのですがね、まあ、なんと言えばいいのやら…。

 とはいえ、12月6日は、嫌でもやってきます。

日々是好日

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「雑木で作られた秋山の『美』」。

2010-11-15 12:12:59 | 日本語の授業
 公園が、ずいぶん賑やかになりました。赤や黄色に彩られて。また、その赤や黄色とて、同じ色は全くないのですから。自然は偉大な芸術家であるとは、偉大な人間の芸術家たちが好んで言うところの言葉ですが、日々の生活に追われている普通の人族である私にとっても、心からこの言葉を叫びたくなる時は、案外多いのです。

 一番早く染まり始めたのは、近くの小学校の校庭からだったでしょうか。そして今は、公園の桜の葉も真っ赤に染まって街路を飾っています。

 半年以上も前になりますが、日本に来たばかりの「4月生」に、「よくぞ桜の国、日本へやって来た。桜は春は花、秋は葉を楽しめる」と言っておいたのですが、彼らは毎日通っているこの木が、かつて桜色の花に覆われていた桜の木であることに気がついたでしょうか。

 「モミジ」の緑の美しさに気づかないように、「桜」の紅葉にも気がつかないもののようです、人というものは。どうしても「桜は春。モミジは秋」と思い込んでしまうのです。

 そう言えば、「モミジ」は、桜よりももっともっと楽しめます。特に「イロハモミジ」は葉も薄く、陽が当たれば、光が透けて、その緑が人の手や顔を染めそうに見えるのですから、きれいなものです。それに、花が咲いた頃も、また種が散る頃も、そして言うまでもなく紅に染まる頃も。

 日本の秋が美しいのは、山に様々な種類の木があるからだと聞いたことがあります。普通のところでは、樹の種類はそれほど多くはないのだそうです。日本にも、杉山とか檜の山とか、経済的な理由から作られた山も確かにありますが、それでも人々が好きでよく訪れるというのは、いわゆる「雑木」で作られた山なのです。

 子供の頃に、小学校の遠足で、よく山に行きました。湖に行くためにも、山を通っていかねばならぬのですから、日本というのは、ほとほと山に囲まれた国だと思います。当時、山道というのには、舗装はなされていませんでしたから、雨が降った後は、歩きにくかったし、時々、その水たまりに蛙の卵などが生み付けれらているのが発見されたりすると、もう大騒ぎ。全く、山道を歩けば、「無聊」という言葉と無縁になれます。

 ところが、昨今は、舗装されていない道を探す方が難しいのです。「舗装しない」というのは、大変なことのようです。

 近くの住民に、土地の伝統文化に根ざした「美意識」と、それを守ろうという強い「意志」があり、しかも、その住民の意思を汲み取り、それを基に、地域をどのような有様にして後世に伝えるかという「ヴィジョン」が、国や地方のリーダー側にない限り、無理な相談なのでしょうか。

 一般的に、だれでも、「経済効果を考えれば、舗装せざるを得ない」と言います。けれども、これとても、車でなく鉄道をという、この国の姿を考えてからの指導があれば、日本人はそれほど愚かでも、忍耐心がないわけでもありませんから、多少の不便は我慢できるでしょうか。もちろん、リーダー側に何もなければ、だれでも目先の便利に走ってしまうでしょうが。

 だいたい政治家の役割とは、その意味の半分以上が「夢を語る」ことであるような気がするのです。どうやってそれを実現化するかは、役人の仕事でしょうし。実務能力に長けた人は、どの官庁にも大勢いるでしょうから。但し、人に夢を語り、それが実現可能であると信じさせ、不自由を耐えさせるに至るというのは、だれにでも出来ることではありません。

 戦国時代、名将たちは、味方の兵士をして「この人のためならば、死をも厭わぬ」という気にさせるのが半分、もう半分は「この人について行けば、栄耀栄華は思いのまま」と「運を見せてやる」のが半分だったと言います。

 それは今時の政治家にしても同じでしょう。ただこういう時代ですから、始めの10年か20年くらいは、耐えねばならぬということを言わなければならないのが辛いところです。一発勝負というのは、それほど大変なことではないのです。大変なのは、限りのある期間を耐えるよりも、その苦しみに出口が見えないことなのです。

 ややもすれば、壊れそうになる人の心をその都度、つなぎ止めておかねばならぬのですから。

日日是好日

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「『黄葉』と『紅葉』」。「落ち葉の『カサコソ』」。

2010-11-11 08:16:40 | 日本語の授業
 今朝も「秋晴れ」です。爽やかな風がカーテンを揺らしています。

 夏が、なかなか去りやらず、「秋が来ぬ、秋が来ぬ」と嘆いていたのが嘘のように、いつの間にか秋になってしまいました。しかも、もう既に黄葉やら紅葉やらが街を染め、散り始めているのです。

 朝のニュースで、どこのお寺でしょうか、見事な「イチョウ(銀杏)」の黄葉が映し出されていました。それを見ながら、「どきっ」としてしまったのですが、まさか、あれは明治神宮外苑ではないでしょうね。


 早すぎるのです。困るのです。まだ「留学試験」も終わっていませんし、「日本語能力試験」も終わっていないのです。いくら黄葉が盛りであろうと、今頃見に行くわけにはいかないのです。計画では「日本語能力試験」の翌日、12月6日が、「紅葉狩」の日なのですから。

 三週間以上も早いのです。計画通りに行ってみたら、みんな散ってしまった後で、「先生、『黄葉』はどこ?」なんて言われかねません。

 あれは、去年でしたかしらん、それとも一昨年のことだったのでしょうか。さんざん「落ち葉が散り敷いた中を歩くと、カサコソ、カサコソという音がするのです」と授業の時に吹聴してしまったので、どうもまじめな学生達は、それを心待ちにしていたらしく、黄葉が散り敷かれたイチョウ並木の下を歩きながら、駆け寄ってきて、「先生、音がしません」「……」

 イチョウはどうも油分が多いらしく、踏むとネットリとしてしまうのです。しかも雨の後だったのか、湿り気を帯びていましたから、音がするどころではありません。私は内心「しまった。覚えていた…」くらいの気持ちだったのですが、「カサコソ」に気を取られている学生達は、私の「しまった」顔に気づかないようで、一生懸命あちこちを踏んでいます。

 「カサコソ」と音をさせるためには、ある程度、乾燥していなければならないのです。しかも、かなりの量の落ち葉も必要となります。いくつかの条件があるのです。

 ただ、明治神宮外苑の後に行った六義園や後楽園の見事な木々を見て、そのときだけは「カサコソ」を忘れてくれていたようですけれども。しかしながら、覚えていたのです。あれから一二ヶ月くらい経った頃でしょうか、「そういえば、あのとき『カサコソ』はなかったよね、先生」なんて言われてしまいましたから、「まじめな学生、畏るべし」です。

日日是好日
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「秋の七草」。

2010-11-09 09:04:06 | 日本語の授業
「萩の花 尾花葛花 撫子が花 をみなへし また藤袴 朝顔の花」 山上憶良

 「秋の七草」の歌です。「『万葉集』の後世に及ぼしたる影響たるや」と、大上段に、髭をしごきながら、言いたいところですが、これとても、いつの時代からそうなったのかわかりません。かすかに記憶にある限りでは、明治の子規によるものであるとか。

 しかしながら、それから既に100年余り。「明治は遠くなりにけり」ではありますけれども、「万葉の歌の心」は、またしっかりと日本人の心に蘇ってきているようです。もしかしたら、グローバル化により、縮んでいた日本人の心が大らかになったせいかもしれませんが。

 子規は嫌ったけれども、『古今集』にも、また『新古今集』にも、心惹かれる歌は少なくはないのです、現代人の心に響く歌は。

 多分この「秋の七草」といわれるものも、いつとはなしに、人々の口の端に上るようになり、それが口調のよい歌にまとめられ、人口に膾炙するようになっただけのことかもしれません。今のように、洋物の花が幅をきかし、こういう花を目にすれば、却ってゆかしささえおぼえるくらいなのですから。

 こういうのを、おそらくは、「文化」というのでしょう。人々の思いが時間をかけ、ある時代を漉し、残していったものなのです。春になれば、血が騒ぐくらいに待ち焦がれるという「桜」も、そうなのでしょう。一人西行が「あくがれた」からといって、それを後世の皆までが踊り騒ぐというはずもないのです。何か心浮き立たせるようなものがあったとはいえ、戦後、日本各地で焼け跡に、桜を植え続けてきた先人達の思いは、そのような一行か二行で束して終わりというものでもないのです。

 かつての「朝顔」は、今の「キキョウ(桔梗)」となり、そのほかにも「新『秋の七草』」と言われるものが数々あれど、もちろん、個々の、「心の『秋の七草』」は別にしても、日本の社会では、これが「秋の七草」なのです。身近な存在ではなくなっても、秋の野山へ行けば、すぐに万葉の昔に戻れるというのも、こういう花々が古人と現代人とを結びつけているからなのです。

 ススキにしても、もう立派なものは、都会では見られなくなりました。時折、郊外の土手や池のそばで見たりしますと、もう、「立派やな」と見とれてしまうくらいなのです。

 私が子供の頃には、それこそ、掃いて捨てるほどありました。荒れ地にあるような類のものだと思っていましたし。それに、このススキに「みやび」などという冠をつけたことなんてありませんでした。

 「お十五夜様」の頃になると、「お団子もできた。飾り付けも終わった。さて、そろそろ、ススキでも取りに行こうか」と、親に手を引かれ、近所の土手に取りに行ったものです。ススキを取っても、誰からも文句なんて言われたことなんてありませんでした。その日には、道を歩いているどの子の手にも、しっかりとススキが握られていたものでしたから。

 もっとも、このススキというものも、盛りの頃は穂が銀色に輝き、見事なのですが、ひとたび盛りが過ぎると、耄けだった穂がフワフワと飛び散り、掃除をせねばならぬ者泣かせの代物となってしまいます。

 それに比べ、ハギや撫子、女郎花、キキョウといったものは、どこかしら、乙女といった感じで得ですね。ただ葛はいけません。山の崖や太い木の上から垂れ下がっているのを見ると、野性という二字をかぶせたくなってしまいます。「秋の七草」は、どの花も野の草花であるのは同じなのですが、この花は、特に「ヒトの手を避けている」ような感じがするのです。

 この「秋の七草」も、時期をずらしてしまうと、何やら、寂しげな存在となり果ててしまいます。今年は、10月の初めの頃に、ハギを見ましたし、葛も見ました。ところがススキだけは10月の末になっても、まだカタイ穂のまま川辺に立っているのを目撃していましたもの。何だかねじれが起きているような具合です。落ち着きません。

 日本人は「変だ。変だ」と騒いでいるのですが、他国から来た人々は、日本の四季というものに先入観はありませんから、日本人のように、厄介なことは申しません。「私の国は一年中、夏です」であったり、自分の国には冬があると言った学生に話を聞いてみると、とても冬とは言えない気温であったり…。また、そんなことを言っているうちに、北国から来た学生が「日本(東京)の冬は冬じゃない」と言ったり…。

 国が違うと「冬の概念」自体も変わってくるようで、そういう話題になると皆、話したくて話したくて、ウズウズしてしまうようです。授業中に、時々、こういう話をして、脱線させたりしているのですが、これもガス抜きなのです。授業の進度にそれほど大きな影響がないときには、したほうがいいのです。「勉強も辛い、アルバイトも辛い」では、二年間をどうやってやり抜けることができるでしょう。

 互いに、時には冗談を言い、時には庇い合い、力づけ合わなくては、せっかく外国に来て、異国の友達と席を並べている意味がありません。こうして、互いにお互いを確かめ合うというのも、彼らが、これから後、数年を日本で生きていくためには必要なことなのです。

 日本語学校だから、文法やら単語を覚えたり、会話の練習に終始しているわけではありません。そこは、厳しく叱責しなければならぬこともありますし、反対に力づけなければならぬ時もあります。これも、タイミングを見ておかねばならぬので、毎日学生の顔を見ていなければできることではないのです。

 これは、ある意味では、義務教育の仕事と同じようなものなのです。専門学校のように、授業時間だけは彼らと一緒に居るけれども、「後は知らない」では済まないのです。

 時々、注意をするために、授業時間が犠牲になったりすることがあります。そのあとは、進度を戻すために、やりくりをしなければならなくなるので、きついのですが、これも、注意をするなら、「今だ」というタイミングがあるのです。それを逃したら、もしかしたら、それから後には、このようなチャンスは来ないかもしれません。

 つくづく、授業は生き物だと思います。同じ内容を教えるにしても、学生が変われば、去年のやり方ではもう通じません。同じ学生でも一人か二人が入れ替わっただけで、クラス全体の雰囲気がガラリと変わってしまうこともあります。その時々で、こちらの顔つきまで換えなければならないときもあるのです。

 それが、大学や大学院へ行くための予備校のようなことをしながらも、それだけでは終われないという日本語学校なのかもしれません。(もちろん、ちゃんと学生達をフォローしてくれている良心的な専門学校があることは知っています)

日々是好日
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「『玄関団子』、『入り口団子』、そして『毎日団子』」。

2010-11-08 08:07:35 | 日本語の授業
 秋は深まりつつあります。
先日、テレビで、今年の紅葉について、気がかりなことを言っていました。樹々の染まりがあまりよくないというのです。それどころか、今年の暑さに危機を感じた樹々が、色を染める力を使って、実を多くつけているらしいというのです。危機意識のなせるワザでしょう。「こりゃあ、やばいぜ」と、人間のみならず植物も感じているのでしょうか。

 もしかしたら、人間が遺伝子工学で、なまいきなことをやっているその上を、植物たちの危機意識から生まれた突然変異が行くかもしれません

 なんと言いましても、自然という輪っかでくるめば、人間なんて、自然の中のその中の中の、そのまた一部分でしかないのですから。弱さという点では、植物と同じなのです。現在のヒトが、長い年月をかけて、ホモサピエンスになってきたということを、彼らだってできないはずはないのです。

 音楽を感じる心だって、ヒトだけのものではないそうですから。

 簡単に「人間なんかのせいで滅びるわけにはいかん」と思っている植物が生まれてもおかしくはありません。そして、ヒトを攻撃し始めるかもしれません。害獣除去という名目で。

 さて、今日はいいお天気です。
陽が射してくると、早朝の肌寒さが、途端に消えていきました。

 朝の学生達、大体が跳び込み状態で駆け込んでくるのですから、玄関で「団子」になってしまうのです。おまけに個表といって、個人で管理する出席簿のようなものを職員室で取らねばなりませんから、「玄関団子」と「入り口団子」と、二つ団子が出来てしまうのです。

 もうちょっと早く出てくれば良さそうなものを、「毎日団子」が「おはようございます。先生は早いですね」とか、「私が遅れたんじゃありません。学校の時計が速い」とか、なにやらわからぬことをホザキながら、敵(私たち、教師のことです)の手を、かいくぐろうと努力しています。その努力には敬服するものの、二三分でも早く出ていれば、こんな無駄なことをせずともすむものをと思わないでもないのですが、案外この遣り取りが生き甲斐になっているかのように見える輩もいないでもない…のです。

 好きで遅れ気味に来ている学生もいるようなので、この朝の「団子」も彼らにとっては、平凡な日常に活を入れてもらえる、面白い日課となっているのかもしれません。

日日是好日
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「『所変われば品変わる』、自分達の道理で…はだめ」。

2010-11-04 08:53:51 | 日本語の授業
 今朝は曇りです。気温も10度を割っているようです。「だんだん寒くなりました」と、本来なら書くべきなのでしょうが、それほど寒いとは思えないのです。湿気があまり感じられないからでしょうか。なんとなく北京を思い出して笑ってしまいます。

 今から思えば、最初の北京の冬は、日本の九州から行った人間からしてみれば、とてつもなく寒く感じられたはずです。毎日が零下で、北京の人が「5度」と言ったら、それは即ち「マイナス五度」という意味なのですから。

 最初の頃など、そんな「常識」がありませんから、「へえ、そうか。5度か。あんまり低くないんだな」くらいにしか思っていなかったのですが、ある日、「いくら何でも『寒い』。これは5度とか8度とかいう世界じゃない」ということに気づき、「からかったでしょう。5度なんかじゃなかったでしょう」となじると、「なんだ。当たり前のことでしょう。プラスのことなんてあり得ないんだから」と言われてしまいました。

「所変われば品変わる」とはよく言ったものです。まあ、こんなことは笑い話ですみますが、人間、感性が違ってくると、なんでも笑い話で済ませるかというと、そういうわけにもいきません。

 これは日本人同士でさえそうなのですから、国民性という言葉で、自分と違うものを一括りにしてしまうのには無理があるかもしれません。けれども、職業柄いろいろな国の人達とつきあってきましたし、また中国でも多くの人と友達づきあい(当時、中国と国交があった国の人達と、あるときはクラスメート、あるときはバレーボールや太極拳などをともにしていました)をしてきたので、そこからも、確かに国民性というものはあると思われるのです。

 それが、日本やスリランカのように島国で、いつの間にか長い時間をかけて自然に作り出された国民性というものと、政府が強引に(学校・社会)教育や宣伝などで推し進めて作っていった部分(もちろん、社会が長い伝統の中で作り上げたものは一朝一夕では壊せません。複雑に絡み合ったものになるようですが)が色濃い国民性?とは、もしかしたら同じように論じるには、無理があるのかもしれません。

 とはいえ、同じものを見ても、涙を流したくなるくらい、つらいと感じる人間と、それを見ても、思わず笑ってしまう人間とは、何事かを一緒にする場合、必ずといっていいほど壁を感じあってしまうものです。もちろん、そういう時でも、互いに相手を理解しようという強い意志があれば別ですが。そうではない場合、同じものを見ても、ある国では、百人中九十九人が嫌悪感を感じるのに対し、もう一方の国では何とも感じない(つまり、無神経に映るのです)、そして、その感じていないと言うことが、これまた相手国に不信感を抱かせる、そういうことだってありうるのです。

 特に中国に長くいたから言うのですが(中国にいた外国人を見るよりも、もっと多くの中国人がいたので、当たり前ですが)、同じものを見ても、日本人が「何、これ。気色悪い」と思うのに、中国人は当たり前とばかりに涼しい顔をしているのです。また反対に、日本人が「当たり前。それは礼儀だ」と思うことを、中国人は「虚飾に満ちている。信じられない」と怒るのです。

 相互理解というのは難しい。まずこちらを理解する気がない人間には、自分たちだって、理解してやろうなどとは思わないでしょう。これはあくまで「相互」に、なのです。片方だけが「してやって」いいことではないのです。

 まあ、学校では、二年間は、嫌でも何でも、共に学んでいかねばなりませんから、最後には互いに心が通じ合えるものなのですが。

 ただ、最初は違います。出会いの始めは、教師の方は相手を理解しようとしていても、学生の方では、自分の国の道理が通じるはずだと思い込んでいますから、普通は平行線をたどります。それを少しずつ互いに理解していくことによって、その開きを狭めさせ、同じ線上を歩むとまではいかなくとも、まあ、互いに妥協できるとこまでは、行けるようになります。そうなれば、上の学校へ行ってもそれほど困ることはないでしょう。日本人と折れ合えるまでに日本人理解が進んでいるわけですから。

 少しでも早く、自分達の道理が、日本人には通じないことに気づかせ、日本人がどう感じ、何を考えているのかを思いやれるようにさせようと、私たちも努力しているのですが、これは感性もかなり関係ありますから、皆が皆同じようにできるわけでもないのです。

 いくら言っても気づかない人は気づかないですね。それどころか、反対に、プライドが傷つけられたと、ひねくれる場合だってあるくらいなのですから、やりにくいのです。こういうことは、本来なら、少しずつ時間をかけてやっていって、しかるべきなのでしょうが、それをタラタラやっていると、日本語が勉強できる時間がなくなってしまいますから、大変なのです。

 なんと言っても、言語というのは、文化・風土の上に花開いたものであり、それ以外の何物でもないのですから。「日本人はそんなときにそんな言い方はしない」としか、言えないような、変な日本語だって出てくるのです。本人は「してやったり」とばかりの得意げな表情で言うのですが。

 大国から来た学生ほど、自分がこれまで育てられてきた環境から抜け出せませんから、苦しいでしょうね。けれども、変なだけではなく、嫌な感じを与えると言うことがわかりきっているのに、「それでもいい」とは言えないじゃないですか。せいぜい、「文法的には正しいが、それは一目で中国人とわかる言い方だ」としか言えません。逆もまたありでしょうが(日本人が中国語を学ぶ場合だってそうです)。

 ただ、感性がある人はすぐにそれと気づき、「日本語の時はこう、中国語の時はこう」とつかいわけているようですから、大したものですが。

日日是好日

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「ボスニアの普通の人にある『偉大さ』」。

2010-11-02 08:26:05 | 日本語の授業
 秋晴れです。やっと「お天道様」が戻って来ました。朝は湿度が50%を超えていたようですが、昼にはぐっと下がり、今日は正に「洗濯日和」だとか。今週一週間は「お日様」とお友達でいられそうです。

 「ハナミズキ」の葉が臙脂色に変わっています。先日、科学技術館へ皆で行ったときに、何の樹だったのでしょうか、葉が、ちょうど「ハナミズキ」と、同じような色の具合に染まった樹の林がありました。内モンゴルから来た学生達は、一様に「きれい」と叫び、写真を撮っていましたが、木の葉の下の赤いかわいらしい実を見つけたら、なんと言うでしょうね。本当にクリスマスの頃に見つめていたい樹です。

 さて、日本の周りは海も島も喧しく、こんな中にいると、どうしても被害妄想気味になってしまいそうです。しかし、考えてみれば、日本を取り囲んで騒いでいる国は、二つとも、国土も人口も日本の数倍もある大きな国なのです。そう思いますと、どうも日本は大した国のようです。あんなでかい国が、人民を挙げて騒がねば対処できないというわけですから。

 ということで、日本人というのを考えてみました。日本人はそんなに悪いのか。それとも彼らが幼稚なのか。そんなことです。

 ちょうどNHKでボスニアの世界遺産の放送をやっていました。クロアチア人とセルビア人、イスラム系住民とキリスト系住民が、つい数年前まで互いに殺し合っていた国です。そのときに、弟を殺された男性が、「憎み続けるつもりはない。けれども、いっしょに何かをやろうという気にはなれない」と悲しみを堪えながら呟くところがありました。それでも、憎しみの連鎖を断とうと、国民も、そして、おそらくは国の教育でも、それを目指しているのでしょう。

 これは、キリスト者やイスラム者だからできることなのでしょうか、それとも、彼らはずんと(精神的に)成熟している人達だからできることなのでしょうか。

 どう見ても、(この番組に出てきた人達は)知識が、特別にあるようにも、特別な人格者であるようにも見えません。普通の市井の人達です。平凡に暮らしている人達にしか見えないのです。こういう人達は、普通、戦争が起こったりすれば、一番先に兵隊に採られるか、あるいは殺されるかする境遇にあるのです。けれども、自分の目で見、自分で考えて、そして、どうすべきかを自分の言葉で語っているのです。

 最後にこういう場面がありました。「彼らと一緒に何もしたくないと思っていたが…、彼(その中の一人です)はまだ若い。戦争で人を殺してはいないだろう。彼となら、一緒にいても…いいかな…」

 おそらくは、そう簡単には割り切れないでしょう、心というものは。けれども、共に数時間を過ごしてみれば、しかも、かつての自分がそうであったように、同じように悩み、恐れ、それでも、勇気を振り絞って一歩を踏み出している姿を、目の当たりにすれば、人の心はそれなりの感動をおぼえざるを得ないのです。

 自分達で、自分達の世代で、こういう苦しみや悲しみはやめにしなければならない。そのためにはどうすればいいのか。世界中で、どれだけたくさんの、「普通の人達」がこう考え、そして、それを行動に移してきたことでしょう。

 もし、「偉大」という言葉があるならば、こうした、自分の頭で考え、心で見、そして判断を下し、行動できる人達ではないでしょうか。

日日是好日
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