日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

天気もよし。11時頃から「野鳥観察舎」に散策に行ってきます。久しぶりの課外活動です。

2021-04-28 09:24:54 | 日本語学校

晴れ。

「ハナミズキ」や「ポピー」の花が咲いています。「フジ」の花房もだんだん長くなってきました。初夏ですねえ。

晩春といった方がいいような、気温がこのように不安定であると。とはいえ、晴れの日が続いています。

「毎日は最初の一日」と、よく言われているのですが、それを強く感じるのも、このような、ちょうど季節の境目の時。皐月になろうとしているのに、という気も無きにしも非ずではあるものの、暑くても暑いとは、どこか言えず(ちょっと違う…)、寒くても、寒いとは言えず(かなり違うなあ)、どこか中途半端。

どっちつかずの感覚は、まるで、コロナ禍の中にある私達のよう。気をつけている人たちは必死で気をつけているのに、何とも思っていない人たちはウロウロして周りに迷惑をかけている。

しかしながら、コロナが収まらないことには、将来的に一番困るのは、この「ウロウロしている」若者たちでしょう。第三波が収まった(本当は収まっていなかったのでしょうね、強引に終わりにしてしまっただけなのでしょう)と思ったら、すぐに第四波(それもなかなか責任ある人たちは認めがらない…で、だらだらと危険水域に…)。

長引くこの、コロナのせいで会社がつぶれたり、店がなくなったりしたら、数年後、いざ就職活動となったときに、店や会社は「…ない…。」という状態になるかもしれないのに。

自分のためにも、「コロナを抑えなきゃ」とh、ならないのでしょうかしら。

日本語学校というのは、外国人相手のもの。必要な情報をそれなりに準備して、ここに生日に来る人たちが慌てなくても済むようにするのも、仕事の一つ。

「正しく恐れましょう」というのがありました。3密を避け、換気をし、手洗いをし、クラスが変わる毎に消毒をする。もちろん、皆での食事というのはない。

これまでは、月一で、課外活動として、いろいろなところに連れて行っていたのに、去年の4月生(早く来られたのです)は、そういう恩恵にもあまり浴していない。思えば可哀想なこと。家と、学校(朝9時から、学校が退ける5時近くまで学校に残って勉強しています)と、最近始めたアルバイトと、その三点での移動で終わり。二年前の4月生は、少なくともコロナが拡がる前の一年間はいろいろなところへ連れて行けた…のに。

で、今年は一人きりになってしまった留学生。こちらから見れば、どこへも行けなくて気の毒な…なのですが、彼は彼なりに、今を楽しんでいるようです。語学の面では、あまりカンはよくないようですが、勉強は好きと見えて、地道にコツコツと頑張っています。

ただ、コロナが怖いからと、アルバイトがある日は40分ほどもかけて自転車でやってきています。最初の緊急事態宣言が出される前は電車で来ていたのですけれども。

他の人たちは、在日生で、しかもご近所の方達ですから、歩きの二名を除けば、みな自転車で来ています。

そして、この4月5月の連休。4月30日は休みにすると、明日の29日から5月5日まで休みということになります。で、その前にということで、今日、近くの「野鳥観察舎」に遊びに行ってきます。歩いても、おそらく20分とはかかりますまい。ということで、自転車組と徒歩組とに分かれ、1、2時限目が終わってからの出発ですから、多分11時には出られるでしょう。

天気もよし、風もなし。ちょっと羽を伸ばして、深呼吸して、そして来週の勉強に備えましょう。

日々是好日
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霊長類で、「猿人」や「旧人」…本当にいたのか?「恐竜」…これ、本当?…えっ。映画の世界の生き物だと思っていたのか

2021-04-23 08:25:49 | 日本語学校

晴れ。?

随分乾燥していたのが昨日。春は靄がかかることがあり、湿っぽい季節…だったような気がしていたのですが、それも思い込みだったのでしょうか。

札幌で「ソメイヨシノ」が開花したとか。早いですねえ。北海道は、5月の連休の頃に「サクラの開花」と思っていたのですけれども、これも思い込みでしょうかそれとも、温暖化のせい?

「フジ」の便りも、あちこちから聞こえてきます。九州でも、「山藤」も5月の連休の頃だったのですけれども、関東で4月の下旬に満開を迎えそうなんて、本当にびっくりです。季節は早まっているようです。コロナでアタフタしている人間を横目に、花は開くべき時に開き、種をつけ、拡がっていく。確かに「理」です。

さて、学校です。

「ラマダン」が始まってから、一週間くらい経ったのでしょうか。ちと疲れが見え始めています。初日は、「おなかが空いた」とか言っていても、まだ騒ぐだけの元気があったようでしたが、一週間くらい過ぎると、そうも言っていられないのでしょう。午前中は何とか保っても、午後も残って勉強するとなると、ああ、疲れた…けったるいとなるのでしょう。

それに、もともと、集中して勉強するという習慣がないので、どうしてもダラダラになってしまう。だいたい、ダラダラやっていると余計に時間がかかるものだし、余計に疲れてしまうものなのに。速くやってしまって、早く帰ったほうがいいでしょうにねえ。

そうして、時間を潰してしまうのは「愚の骨頂」。云々と言っても、できないものはできない。仕方がないのでしょう。

昨日は、他の学生の勉強を見ていたので、教室にずっと私がいた…その所以でしょうね、早く数学の計算を仕上げたようです。これが、一昨日はそうではなかった。私が教員室へ上がってしまっていたので、これ幸いとおしゃべりが続いていたようです。一昨日は残っていたのはこの二人だけでしたから。

小学生ではあるまいし、ちゃんと勉強しているかどうかを、教員がみる必要なんて、だいたいないのです。

でも、二人からしてみれば、残ってダラダラしているのは、それなりに楽しかったのでしょう。で、約束の4時半(数学を指導している教員との約束で、4時半まで自分で一人作業…計算問題を解くことになっていた)に私が下りていくと、どうもそれからまじめにし始めたらしい…。

「あと4問で終わる。」と一人が言えば、「もう二枚仕上げたけど、あと少し残っている」ともう一人が言う。…知らない人が聞いたら、よくやっているとしか思えないのですが、翌日(つまり、昨日の朝)、担当者が宿題を提出させ、答えを見ていくと相当間違っていた。で、かなり真剣に叱られていた。それを横目に(…算数の計算までは面倒見きれない。地理と歴史だけで手一杯…というものです、こちらは)。で、知らん顔していた。

彼等の国では、この期間も休みになるそうで、その「つけ」が今こちらに回ってきている…ということなのでしょう。本人も確かに苦労するのだろうけれども、こちらはもっと苦労する…。何十分の一でもいいから、多少なりとも知識があれば、日本語と彼等の母語との置き換えで、なんとかやっていけるのですが、それが何も入っていないとなると、白紙から入れていくということになって…教える方は本当に大変です。

ずっと彼等が自分の国にいて、大学までいってくれたら、皆がそうなので、余分な知識は必要なくて、楽なんでしょうけれども。

日々是好日
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「N4」なら「N4」、「N3」なら「N3」。まずは足元を固めてから。

2021-04-22 14:03:33 | 日本語学校

晴れ。

昨日と同じような、晴れ、快晴です。

さて、学校です。

最近、ちょくちょく学校に見学に来る人がいるのですが、ほとんどが、○○さんに紹介されたというのではなく、いわゆる単発なのです。これが、不思議なのです(私達にとっては)。

以前は、保育園で一緒になった○○さんがここで勉強していたと紹介されて…とか、知り合いに紹介されて(たとえば、タイ人の「輪」みたいなもの)とか、そういう、どこか「輪」があったのですが、最近はそうではなく、何かで見つけたというのが、結構多いのです。かといって、実際に勉強しに来られるかというとそういうわけでもなく、なにせ、ここはボランティアで開いているのではなく、歴とした学校というわけで、学費が要るのです。

もちろん、いったん入学して勉強し始めれば、(こちらが認めれば)自分の授業が終わった後、他のクラスに入って授業を受けてもいいですし、学校が閉じるまで(だいたい4時半くらいまで)学校に残って自習していてもいいのです(実際、毎日のように四人残っています)。残っていれば、こちらが時々覗きに行くこともありますし、わからないことがあると、職員室まで学生の方が聞きに来ることもあります。

「こちらが認めれば」というのも、「N3」も満足にできていないのに、「N2」も受講しに行って、虻蜂取らずになる人が、いないわけでもないからです。漢字圏の学生の場合は、母国で受けた教育レベルによるので、受けようが受けまいが、かまわないのですが、非漢字圏の人は、まず、これが難しい。背伸びしても、結局どちらも身につかなくなるのが関の山です。

時々、「N3」クラスの学生が、「N2」も勉強したいからと上のクラスの授業に参加したいとやって来る場合もあるのですが、ただ聞いているだけならまだしも、わからない部分があると、質問し始め、他の学生の迷惑になる時もあり、そういう場合は、遠慮してもらうこともあります。

特別の人(言語の習得能力の優れている人)ならいざ知らず、普通の人であったら、段階的にやった方が効果的に学べるように思います。「N2」の読解文は、「N3」レベルの非漢字圏の学生にはやはり荷が勝ちすぎるのです。

まずは足元を固めてから、何事も挑戦していった方がいいのでしょう。

日々是好日

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昨日、一人、ネパールの女性が見学にやってきました。和気藹々とやっている「初級Ⅱ」のクラスが楽しかったようです。

2021-04-21 08:25:46 | 日本語学校

晴れ。

今日も快晴です。爽やかな風が吹いてきます。心地よい。この前まで、こういう風が吹いていても、「肌寒い」としか感じられなかったのに、もう「爽やか」と感じられるようになっているのですから、あっという間ですね。春から夏なんて。そういえば、5月の連休まであとわずか。つまりは、これも「5月の薫風」というところなのでしょう。

昨日、日本語を勉強したいというネパールの女性が見学にやってきました。一番下のクラスでも、もう『みんなの日本語Ⅱ』の第34課に入っています。…思えば、この「クラス」、よくぞここまで来たものだ…です。

なんと言いましても、このクラス、「在日生だけ」のクラスで、この学校に入った段階で皆のレベルはまちまち、その上、目的もまちまち。…これで続くかなというのがその時の気持ち…でした。なにしろ、「聞き取り」はかなりできる(でも、読むのはだめ)という、数年日本にいる人から、「ひらがな」どころか、日本語は聞いたこともないという人まで、さまざま。しかも、バラバラに入ってきているので(一斉に入ってきたのではない)、その都度、担任は補講という形でポロポロと抜けている部分やら、前の部分やらを繕っていました。それに、なかなか「ひらがな」が覚えられないという人もいましたし…。

でも、もう教科書も『第34課』が終わりますし、「N5」の漢字も70あまりを勉強しています。もっとも、これが留学生だったらもっと速くやれているのです。来日前に「N5」の試験に合格していますし、漢字も100や200は覚えているのが普通ですから、授業もポンポンポンと進めていけばいいだけなのです。

ところが、在日で「日本語なんて初めて」という人もいる雑居クラスです。なかなか、簡単にはいかない。下手に苦手意識を持たれたら大変です。せっかく日本に来ているのに、日本語は嫌いなんてことになったら元も子もありません。

でも、まあ順風満帆とまではいかなくとも、一応、週一の「漢字テスト」も始まっていますし…。ただ、一人だけ、中学を出たばかりの男の子が1回目あまりに(漢字テストが)できていなかったので、担任にこっぴどく叱られて、週二になったようですが。これがよほど応えたのでしょう、昨日も、「今週も、金曜日に漢字のテストですね。あっ。君だけ週二回だっけ。水曜日にあるんだっけ?」などとからかうと、本気にして、隣や前の人に、「えっ。これから週に二回あるの」とか聞いていました。周りは皆、大人ですから。「ええ、○○さんだけね。私達は週に一回だけだけど」などと平然と答えていました。

図体はでかくとも、まだ子供ですね。それまでは眠そうな顔をしていたのに、途端に目が覚めたようでした。すぐに慰められて、元の顔に戻っていましたけれども。

彼女が来るにせよ、来ないにせよ。しばらくは大変でしょう。『みんなの日本語Ⅰ』くらいしかやっていないようですから。しばらくは、授業を受けながら、足りない部分を残って補ってもらうという形をとらねばならないでしょうから。

日々是好日
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「自分は国で優秀だったのに」は、異国では通じません。気の毒だけれども、それなりの努力をせねば。

2021-04-20 08:52:08 | 日本語学校
晴れ。快晴。

今日は「穀雨」です。これから「立夏」まで、雨が降りやすくなるとのことですが、さて、今年はどうなりますことやら、今のところ、昨日、今日とかなり乾燥しているようなのですが。

朝は、さすがに、まだ肌寒く、エアコンをつけていないと、(エアコンを)じっと見つめてしまう学生も、お天道様が高くなりますと、もう大丈夫、もう暑くなったという顔つきになります。午後はいいとして、午前の学生は、登校時と下校時の気温の差に、参らないといいのですが。

さて、学校です。

学生が多いときも、またそうでなくても、同じような問題が生じることが間々あります。

それは、見えない壁。学生も私もそこで道を塞がれてしまうような壁。こちらの言っていることが相手の心に届かないというか、こちらの言わんとすることはわかっても、それを認めたくないと防御されてしまうような状態になってしまうのです。

一方的に言っているつもりはないのですが、多分、向こうから見ればそうでしょう。自分は優秀なのだ、それをわからずにもっと勉強しろと言う。自分のこと(優秀さ)を判ってくれる人、あるいは、大学を自分で探そうとなってしまうのでしょう。とはいえ、何年も日本にいるのに、まだ「N1(日本語能力試験)」にも合格していなければ、おそらく優秀な大学は、その人を「優秀」とは認めないでしょう。それに気づかない。いくら言っても。

何事にせよ、いったんそういう気持ちになられてしまうと、あとが面倒です。心は閉ざしてもいいけれども、目は閉ざすなと思うのですけれども、なかなかそうはならない。ほめてくれる人を捜し回す。あなたは頑張っているよとか、すごいねと言ってくれる人を求めてしまう。単なる気休めでも、それが欲しくなる。そういう人がいくらいても、自分の望むところのものは、おそらく手には入らない。本人の中でも葛藤はあるのでしょうが、気休めを捜して、時間を無駄にするくらいなら、一つでも単語を覚えろ、入試に必要な勉強をしろと思うのですが、それが難しい。

この学校にいる学生なら、毎日顔を合わせているわけですから、指導のしようがあります。しかし、中途半端でここを出た学生はそういうわけにはいかない。

二年ここにいて指導していれば、己の誇るべきところ(自尊心というか己を認めることはとても大切です。それが悪い方向にさえ行かなければ、辛い時でも自分を保てる力となりますから)、足らぬところを納得させることもできたでしょう、ある程度は。

異国で、異国の言葉を用いてやっていくというのは、自分の国でのことを、一度、ご破算にしなければならないと思うのです。これは日本人も同じです。「中学校の時は優秀だった」「あの会社では部長だった。みんなからすごいと思われていた」と言い募る人ほど、人から反対に見られる人はいないでしょう。それどころか、そこで能力は止まってしまっているのだなと思われることもないでしょう。

国では優秀だった。頭がいいといわれていた。知識があると思われていた。これは皆、日本に来てから、それをだれにも認められないということから来る苛立ちなのです。

いくら、「ここは日本だから、日本語ができなければ、(いくら優秀だって)それがだれにもわからない。自分が思っているように、人は認めてくれない」と言いきかせても、学生の心の中では「そうじゃない。こんな自分をわからないヤツが馬鹿なのだ」となるのでしょう。

教育の格差というのは、どの地域でも、あります。日本でも、昨今、取り沙汰されるようになりましたが、以前でもありました。とはいえ、先進国は別にして(国土が広かったり、移民が多い国は別です。そこには別の理由がありますから)、大半の国では、(日本で言うレベルでの教育の)格差どころか文字を知っているかどうか、あるいは、最低限の知識の有無など、現代社会に生きている日本人からすれば、およそ信じられないような教育の格差が存在するのです。

そんな中から、一応、中程度の教育を受けることができた人たちは、彼等の国でいえば、いわゆるエリートです。

それが、おそらくは彼等の根っこにあるのでしょう。日本語ができないが故に、見下されるとか、本当は日本のレベルの高い大学にだって入れるほどの実力はあるのに、それができない…と、思い込んでしまっている。現実を直視するように言ってくれる人がいても、そういう人から遠ざかる(耳に逆らう言葉は聞きたくない)でしょうから、思い込みはますます強くなる。まして、日本人は言いにくいこと(相手が求めていないこと)を言いませんから。

で、目先の一歩が踏み出せない。本来なら、まずは「『N1(日本語能力試験)』を目指すべきなのに。(自分は大したものだと思っているのなら)」ができない。インターネットで、大学を捜したり、同国人からの情報を集めたりと、それで一日が終わってしまい、本来なら、少しでも勉強して知識を増やしておくべきなのに、それができない。人に聞き回ったり、今の境遇の不満を触れ回ったりで、一日が過ぎてしまう。

残念ですね。もう少し努力すれば、自分の勉強したいことができるかもしれないのに。

もちろん、これは他人事ではありません。どの人の心にも潜んでいる闇です。私の心にもしっかりある闇です。それだからこそ、人の心にそれを見つけたら、潰すべく言い募るのです。

日々是好日
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変な天気です。朝晩は随分と冷えるのに、昼は暑いときています。

2021-04-16 14:44:52 | 日本語学校
晴れ。

晴れた分、風が冷たい。「花冷え」の時期はもう過ぎたのでしょうが、まだ、何となく「花冷え」と言いたくなるような気分です。春は、お天気が変わりやすい。これは秋と同じようなもの。

というわけで、初夏のような暑さ(もはや暖かさを通り越していた)が続いたと思ったら、昨日、今日のこの朝の寒さです。

もとより、「寒い」と言いましても、真冬の頃のような寒さとは、全く違います。が、暑さが続いていたせいか、ぶり返した寒さに、ちと弱り気味です。

「冬物はもうしまいましたか」とか、「今、蒲団はどうしていますか」といったことをよく聞いたり、聞かれたりするのですが、まだまだ油断はできない…ということで、まだ閉まってはいないと言う人も多そうです。もうすぐ5月の連休がやって来るというのに。

こういう時期はちょっとした油断から大ごとになりがちです。最近特に「コロナ」がまた、じわっじわっと広がり始めている…ような様相を呈していますから。風邪でも引いて、熱でも出したら大変。病院にも行けず、うんうん唸っていなければならない…かもしれません。

一月に風邪を引いた時は、激しい咳が続いていた…くらいのもので、病院に行き、すぐに薬の処方箋を出してもらい、二、三日寝てそれで収まった…のですが、熱なんぞ出していたらどうなったかわかりません。実際、身近に熱を出してしまい、周り近所に気を遣いながら薬局に行ったという人もいましたもの。病気になるだけでも大変なのに、その後についてくるものまであるのですから、正に、何をか況んやです、全く。

さて、学校です。午後も授業を受けている学生達の「ラマダン」の話です。

なんでも、スーダンでは、「ラマダン」になると、学校は休みに入り、それから一週間ぐらいして、夏休み(?)になるらしいので、それほど大変ではなかったと言います。

ところが、日本では、いつも通りにやらなければならない。それが大変だと言います。この学校の学生もそのようで、昨日くらいから、授業中も、ゴロゴロしています。前にこの学校で勉強していた男子学生達はそんなことはなかったので、ちょっと不思議です。もちろん、一食抜くわけですから、おなかはすいていたのでしょうけれども。でも、彼等は、授業が終わると、そのままバイトにも行っていたのです。

彼等の国では、女子は学校でも体育がなかったようだし、それほど体力がないのかしらん。それとも、これは個体差のものなのかしらん。あるいは、「ラマダン」のやり方が、国や民族によって、多少異なっているからかしらん。どうも、外の人間には、よくわからないことばかりです。

で、結局、わからないのだから、いつも通りにするしかない。で、「慣れなさい」としか言えないのです。

なにせ、「ラマダン」期間中であろうとなかろうと、その人達のために「試験」は待ってくれませんし、その期間、けったるいからと、ズルをすれば、せっかく覚えた漢字もすぐに忘れてしまうでしょう。日本の生活に慣れるしかないですね。もっとも、リモートなどが増えていますから、そういう仕事についていれば、それほど矛盾なく過ごせるかもしれません。

日々是好日
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「四大文明」は、どれも大変ですねえ。特に中国文明の「王朝名」が。

2021-04-15 08:52:38 | 日本語学校
晴れ。

昨日は、一日中、雨…だったような気がします。午前中、止んだかなと思って見てみると、まだ降っている…しとしと、しとしとと、音もなく。しばらく経って、明るくなったなと思っていると、気づかぬうちにまた雨が降り出している。

もちろん、雨が一方的に悪いと言うわけでもなく、昨日は風も強かった。それで大変だったのです。特に通勤、通学は。

学生達も、いつもは自転車なのに、昨日ばかりは、バスや電車、あるいは歩きで来ていたようです。もっとも、中には自転車で来た者もいたようで、帰る頃になると、やはり、お空が気になると見え、窓越しに外の様子を見ていました。でも、帰る頃もまだ降っていましたね。

バスで来ていた学生も、いざ帰るだんになると、「荷物が重い、大変。自転車の人はいいなあ」等と言っていました。先日、先生にリュックの中身を総点検され、毎日持って帰らなくてもいいものとそうでないものとを分けてもらい、半分ほども減っていたのに、それを言うかというところ。もしそれがなかったら、もっと重くて大変だったでしょうに。

午後の授業が終わってから、昨日は、「世界史」の序くらいのところをやったのですが、中国文明のところはちょっと気の毒でしたね。四大文明の中でも、日本は中国とかかわりが深いので、どうしても「中国文明」の部分にページが多く割かれてしまっているようなのです。

王朝名は、当然のことながら「漢字」です。慣れない「カタカナ」を読むのも大変だけれども、まだ習っていない漢字で名前を記憶するというのも大変。日本人なら、なんとなく聞き慣れているからよいけれども、アフリカの人が中国の王朝名を知ってもねえ…という気もしないことはない…。とはいえ、如何せん、中学校の教科書に載っているのです。覚えるかどうかは、まあ、いいとして、一応、教科書にこんなのが載っていたくらいは知っておいてもらいたい。読みだけは覚えといてねと言いながら進めていきます。

最近は、というか、中国はアフリカに随分進出しているようですが、彼等にとって、日本も中国も、遠くてよく知らない国という点では同じようなものなのでしょう。もっとも、彼等は、今、日本にいるので、当然のことながら、日本に関することは、見聞きしている部分は多いにしても、若者間の流行くらいの知識でしかないでしょうし。

ただ救いは面白がって勉強してくれること。週に三回で、一日に半ページも進まないのですが。

日々是好日

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「ラマダン」が始まりました。でも、勉強はいつも通りですよ。

2021-04-14 08:46:36 | 日本語学校

雨。

土砂降りの中をやってきました。一時間遅く出ていればと、後悔すること頻り。今は…ほとんど…雨の姿がない…。

今日は30分は遅く出ようと、部屋の中で激しく降る雨を眺めながら思っていたのですが、こういう場合はどうも気短になるようです。限度は20分でした。結局、向かい風に刃向かうような形で自転車を漕いでいたものですから、ぐしょ濡れに。どうも風が強いと、雨具は役に立たないようです。でも、まあ、いいか。とにかく到着できたのだから…。

さて、学校です。

「ラマダン」が始まりました。この学校にはイスラム教徒の学生が四人いるのですが、私達は、あまり気にかけていません。「ラマダン」だからといって、休むとか、宿題を少なくするとか、そういうことは全く考えていません。普段通りに学校に来てもらい、宿題をしてもらっています。

昨日のことです。午前の授業が終わり、午後の教室に来ると、「先生、おなか空いた。昨日の晩ご飯、食べ損ねた。今日の朝ご飯も食べていない…」と一人がなぜか上機嫌で言うのです。それを人に言うのがうれしいのかな。もっとも日本のお菓子から離れられない彼女のことです、おなかが空いているのは本当ですし、お菓子が食べたいなあと思っているのも事実でしょう。

それを聞いて、「ラマダン」のことを知らない中国人学生が、「おなかが空いたの?はい、これ、どうぞ」とお菓子を差し出します。「食べられないのよ」と言うと、「えっ。どうして。遠慮しなくていいよ。どうぞ、どうぞ」と、尚も勧めますす。

食べることが禁じられている学生は、「う~ん」といかにも切なそうに、ちらっとこちらを見ています。「朝ご飯を食べられなかったのは、寝坊助だからでしょ。自分の責任。」「違う、違う、今度は違う」「じゃあ、どうして?」「…あとで話す」

お寝坊さんで、毎朝のように友達を待たせている彼女のことですから、食べる時間を逸していても、だれも不思議には思わない。そのせいで、「おなかが空いた、空いた」と言っても、だれも同情しない。

で、そりゃあ、しょうがないという顔つきの私に、「でも、大丈夫。帰ったら食べられるから」。そして声を大にして、「すぐ帰りた~い」。…すぐ帰ったって、食べられるわけでなし…何を言うか。

しかしながら、午前の授業が終わったあと、3名は「N2」の授業が残っていて、だいた75分ほどですけれども、それにこの二人は、一人が高校受験を目指しているので、受験用に簡単な数学(数学に毛の生えたもの、まだまだ算数と言うべきでしょう)や漢字、社会科などを習わなければならないのです。

ただ、集中力も午後の一時間ほどで切れるのが常。それを宥めたり、叱ったりしてやっていっても、限界点を超えた…という彼等。どうもそれほど勉強を続けるのに、慣れていない…としか思えない…。

昨日は「天の助け」か、数学が終わる頃に、雨が降り出した…。私は別の学生を教えていたので、雨に気づきませんでしたが。

下の教室から上がってきて、いかにもうれしそうに「先生、帰る」。二人とは別に、自習していたベトナム人学生が、「先生、雨が降りました。今は止んでいます。自転車ですから、帰ります」

昨日は「断食」は六時過ぎには終わり、食事ができるそうで、「あと少し」、で、笑いが絶えない…という表情。

始まったばかりというのは大変ですね。体も慣れていないでしょうし、特に食べるのが大好きな彼女にとっては。もう一人は、大丈夫と平然としていましたが。

日々是好日  
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先週の金曜日、入れられなかったので、その分です。恐竜は映画の世界でしかいないものと思っていたようです。

2021-04-12 13:05:29 | 日本語学校
晴れ(先週の金曜日です)。

晴れてはいるものの、お空の雲は重く黒っぽい。昨夜の雨の余燼が…まだ燻ぼっているような感じです、今のところ。

さて、学校です。

今度は「恐竜」です。

「ホモサピエンス」が「マンモス」などの動物を狩っている「絵」を見せたところ、「これは本当か」と聞くので、「そうですね。下のところに人が描かれているでしょ」と、そこを指差すと、「そこじゃなくて、その隣」と言うのです。

で、見ると、「ティラノサウルス」がいました、しっかり口を開けていましたね。最初は「え?」だったのですが、どうも彼等は、「恐竜」が、いたのは事実ではないと思っていたようなのです。確かに映画化されていますから、それで初めて知ったのであれば、それは、物語の世界での出来事であって、絵空事であると思っていたとしても、なんら不思議ではない…、でも…。

そこで、つまらないことに、思わず「化石」のことを話してしまったのです。「日本でも出てくるけれども、当時の動物の骨の一部とかがね、掘ると土の中から…」。

初めて聞いたのでしょ、そういう動物が実際に生きていたということを。真剣な表情で聞いていたので、「もし、宗教と関係があるとしたら、ちょっとまずいかな」とか余計なことを考えたりしてしまったのですが。

あれほど科学が進み、その恩恵を受けているように見えるアメリカでも、「『アダム』と『イブ』は神が作りたもうた。あらゆるヒトの祖先である」は、事実であり、「『進化論』などは馬鹿げている。人とサルは違う(もちろん、今は違います)」と教えて、信じている人がかなりいる…ということを聞いたことがありますし(実際、この学校に来たフィリピンの学生が、そう信じていました)。だからそういう宗教の下で育った人はそれを事実としてみるであろうということはわかっていたのですが。

ただ、フィリピンの学生の時は、問題集の中の、一つの文章に過ぎず、それが事実かどうかを考えるのが目的ではなかったので、「それは筆者の意見である」で、やり過ごせたのですが、今回は、ちょっと違います。

中学校の教科書に載っているもので、日本では、おそらく「恐竜が、かつてこの地球上に存在していなかった」と信じる人は、まず、いないでしょう。知識の一つとして学ぶのが目的ですから、「適当にお茶を濁して、さらりと」というわけにはいかないのです。

一応、日本で暮らすことを考えているのであれば、日本人はこのように学んできているのだから、皆もそれなりのことは知っておいた方がいいとしか言えないのです。

「世界史」を続けて見ていくとしたら、多分、これからも、面倒な内容が、幾つも出てくることでしょう。「初っ端から、こうだもんな」と、少し早めに始めたことを後悔しています。

実は、中学校の教科書は4月の中旬過ぎ頃からしか売ってもらえないそうなのです。「先に各学校へ配り終わらないことには、販売はできない」と買いに行った教員に本屋さんが言ったそうなのです。で、いくら今、地理の教科書(地理から始めるのがよかろうと言う話だったのですが。もちろん、先に「算数」は始めています。で、一人が「歴史の教科書は(知り合いから)もらった」と言うので、先にこちらから始めようと始めてしまったのですが、始めた途端に、「しまった(困った)」ですもの。…初めは「人類」、そして「恐竜」。

だいたい、最近の教科書は写真が多い。初めて最近の教科書を手にしたとき、「え!これ、教科書????」とびっくりしました。きれいで、まるで資料集のようでしたもの。だから、却って見えてしまうのです。確かに写真があった方がいいのはいいのですけれども、理解を促す上では。いろいろな国の教科書には言葉だけで、絵や写真がないのは、「知らしめぬようにしているからかもしれぬな」などとちょっと勘ぐってしまいました。

日々是好日
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数年過ごしているうちに、見えてくる「日本の風景」が、変わってくるかもしれません。

2021-04-07 09:42:26 | 日本語学校
晴れ。

昨日は、一日中、重苦しい雲が垂れ下がっているような感じがしていましたが、今日は一転、青一色です。

「サツキ」の花が咲くと、辺りは急に華やかになって来ます。「サクラ」の頃は、皆、上を、見上げてウロウロしているばかりであったのに、最近は目の向きが変わり、街も皆、穏やかに落ち着いてきたような気がします。例の「いずれ、アヤメかカキツバタ」の、これらが咲き始める時期とも重なっているからでしょう。

4月末からの連休の頃ともなれば、「フジ」が房を垂らしはじめるでしょうし、「ヤマブキ」もその頃かな…。

子供の頃はずっと、「ヤマブキ」という花は八重であると思い込んでいました。それが関東の山に行って、はじめて一重のものを見たときに、「きれいだけれども、これは何という花か」と、そばにいた友人に尋ねたことがありました。

うちの庭や友達の家にあったのは、みな八重だったのです。八重もきれいだけれども、一重もまた捨てがたい。それから注意してみていると、白のものもありました。昔からあったのか、あるいは交配させて増やされてきたのかはわかりませんが。

足が丈夫だった頃、よく友達と電車に乗って近郊の山里へ行き、テクテクとそこら辺を歩き回っていました。もちろん日帰りで、時々は500から800㍍程度の、山好きの人たちから見れば、「山とは言えない」ようなところへも行き、草花、いわゆる山野草ですか、それを楽しみました。草木の名に通じている友人が、「あれは何」、「これは何」と教えてくれたものでしたが、初めて見る花の名は、なかなか覚えられず、結局は自分が子供の頃から見知っていたものの名しか覚えられませんでした。

これも、子供の頃見たことがあるから覚えられたというよりも、もしかしたら、数十年の間に面影が消えずにあったものだから覚えられたということなのでしょう。ただ、木の名はだめでしたね。花をつけていれば、「ああ、これは」と言えても、花がなくなると途端にだめになる。「木の幹の様子がこうだから」とか、「葉はこちらはこうで、あちらはこう」とか言われても、当方としては「フムフム」で終わり。なかなか冴えないつまらない生徒でしたね。

四季を通して、同じところに何度も通っていますと、土地の様子も何となく判ってきますし、季節毎の違いも見えてきます。つまりは人と同じ。よく「一年はいないと(何もわからない)」と言われますが、一年どころか、数年そこで暮らしてみないと見えてこない風景と言うものがあります。

日本語学校で勉強している人たちもそう。旅行者というのは、あくまで通り過ぎる人、通行人なのです。もちろん、通行人といえど、「通ってみる」ことは大切。ただ「暮らさねば見えてこない風景」というのがある。それを、日本語を学びながら、彼等は見ているはず。今はそれと気づかずとも、数年経って、何事かに出くわしたとき、「ああ、あれはそうだったのか」とか、あるいは「ああ、日本人がああしていたのは、こういう意味があったのか」と思うはず。

人とは「それぞれの土地の風景や生き物と切り離せない生き物なのだ」と、つくづく思います。それが書物なども面倒がらずに読むようになりますと、簡単な読み物やひいては小説・歴史物などからも、知らず知らずのうちに学んでいくものが増えてきます。あの頃、違和感を覚えていたのだが、「それは彼等にこういう考え方があったからなのか」と気づくようになるのです。

それで、どうだというわけでもありませんが、寛容になれる部分が増えてくるような気がするのです。そういうふうに、どこかしら、ストンと落ちてくる部分がないと、日本にいても、違和感だけで過ごしてしまうかもしれません。が、納得できる部分が増えてくると、それをわかったような気分になれる自分にも気づくようになるでしょう。

結局は自分の中の無意識の部分の、その一つに気づくからなのかもしれませんが。

日々是好日
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「N3」から「N2」くらいを教えるようになってはじめて、相手の国が見えてくることもある。

2021-04-05 08:50:26 | 日本語学校
曇り。

「サクラ」の季節は終わりを迎えようとしているのに、今日はかなり冷えるとのこと。…「花冷え」という言葉を使ってもいいのかな。今年は花の時期、ずっと暖かかった…暑いと言えるような日もありましたし…、と言うわけで、今年はこれまで一度もこれを使っていなかった。

それが「八重桜」の時期になって、寒さが戻ろうとは。

先日、近所の小学校の角を曲がろうとしたとき、そこにあった「八重桜」に気がつきました(その時は、晴れ)。とはいえ、ずっしりとした花の固まりを抱えて、見た目でもちょっと気の毒になるくらい、ゆっさゆっさと揺れていました。

それが、今日の(昨晩からの)未明の雨です。濡れそぼち、重そうに垂れていることでしょうね。しかしながら、草木は雨に打たれると、いっそう鮮やかさ、美しさを増してきます。人間ではそうは行きませんけれども。

最近見かけるのが、「サツキ」か「ツツジ」、そして「ドウダンツツジ」か「アセビ」。まだ咲いてはいないようですが、蕾があっちでもこっちでも顔を覗かせています。

この、「ツバキ」と「サザンカ」、そして「フヨウ」と「ムクゲ」。これらと同じで、何回聞いてもすぐに忘れ、見かける度に、「あれ、どっちだったっけ」と思ってしまいます。子供の頃は、場所で覚えていたからよかったようなものの、それを教えてくれる人がいなくなった今は、その都度、首を傾げています。まあ、はっきりさせずともいいのでしょうけれども。

さて、学校です。

初めてこの学校に見に来た時に「いつまでに『N3』に合格できるか」とか、中国人であったら「『N1』ないし『N2』に、いつ合格できるか」と、聞く人がいるのです。その時に耳にするのは、「○○さんはどうだった」というセリフ。

だいたい、私は、その、○○さんを知りませんし、初めて会った人の様子(努力するタイプ、適当にするタイプかなど)もわかりません。「これは個人差がある」としか言いようがないのですが、それでも引き下がらずに、迫ってきます、こういう人は。

まず、こちらとしては、こういうことすら、わからない人であるということから判断するしかないのですが、中国人の場合でしたら、「中高のころ、『国語』の成績はどうだった?とか、『英語』の成績はどうだった?」と聞けば、だいたいはすぐに納得してくれます。聞くだけ愚かであるということがわかるのでしょう。

もとより、授業の進度は話せます。ただそれに追いつけるかどうかはその人次第。レベルがクラスの授業の進度よりも先に行くようであれば、個別に対策を立てます。追いつかないようでしたら(途中から入った場合は、別に残して未習の部分を教えますが)、下のクラスに移った方がいいということも話します(これは嫌がりますね)。

非漢字圏のクラスに、漢字圏の人がいるとした場合、「初級」の頃はともかく、「N3」より上の授業であれば、それは、飽きてしまうのが普通でしょう、特に「読解」においては。ただ彼等は(既に他の外国語に長けている学生は別です)日本人と同じく、ヒアリングに弱いので、他の学生と比べて、成績はどっこいどっこと言ったところなので、残るかどうかは本人に任せる場合が多い。

学生数が多ければ、そして留学生でなければ、科目毎にクラスを変えた方がいいのかもしれませんが、留学生という立場から見ると、学ぶことよりも(切羽詰まれば別です)友達が増えることの方がいいようです。3か月ほども同じクラスにいると、あ互いのことがわかってきますし、仲もよくなってくる。同じ釜の飯を食っている仲間という感じになるのでしょう。

で、レベルが他の学生よりもズンと上になって来ると、午前のクラスの学生は午後に、午後のクラスの学生は午前にというふうに取り出して教えていくことになります(アルバイトの時間は、その時を外してもらいます)。

上の学生は、だいたい大学を目指すので、その時に、いわゆる『留学試験対策(社会)(日本語)』を教えていくことになります。もちろん「数学(Ⅰ・Ⅱ)」や「理科(化学・物理・生物)」の試験もあるのですが、母国で苦手だったという人は、無理をしない方がいいのです。将来、そういう分野に進みたいと思っている人にとっては、外国人用の試験ですから、それほど、難しくはないようですし。

ただ今はコロナ禍で、留学生は、この学校では1名だけで、あとは在日の人です。

この在日生というのは、それぞれ皆、目的が違い、「日本に長くいるが、きちんとした仕事をしたいので、専門学校に進みたい」、「高校を出たばかりで、日本で大学に進みたい」、あるいは「中学校を出たばかりで、日本で高校を受験したい」という進学を考えている人もいれば、ただ単に「日本で生活できるようになりたい」、「子供が学校に入ったときに、先生と話せないと困るから日本語を身につけたい」、「『N2』に合格して正社員になりたい」などさまざまです。

コロナ禍がなければ気づかなかったこと。「留学生相手は、楽だったなあ」ということ(会議に時に、教員が皆、言っていましたから、考えることは皆同じですね)。だいたいは、皆、進学目的ですし、しかも、高校か大学を出てきていますから、それほど年の差はない。そういう相手に教えるというだけのこと。それに、対象国も多少変わることはあっても、先に私達に調べる時間があるということで、心の準備はできています。

勉強したいと来校してから、アタフタと調べるというのとは違います。今、教え始めてみなければわからない世界にいるようなもの。

以前でしたら。タイの学生は○○の発音が苦手。ベトナム人は文法と発音に難のある人が多い。中国は地域によって発音の差がかなりある。インドは、パキスタンは、バングラデシュは、スリランカは、ネパールは、ミャンマーは、フィリピンは、ペルーは…。

こう考えてみると、この学校の守備範囲は相当広いようですね。小さい学校なのに。

ただアフリカや中近東は、ニュースで見るくらいですし、彼等の初等・中等教育がどのようなものであるかなどもわからない。慌てて調べたり、学生が日本語がある程度出来るようになってから聞いたりするくらいで、今でも、時々、ハッとするようなことがあります。ああ、こうだったのかと。

私達が気づくのは、1,2年勉強してくれてから。「N3」から「N2」くらいのところまで来ないと、こちらも困らないのです。困ってはじめて考えるようになる。

たいていの在日生は、「初級」レベルが、終わるか終わらぬくらいで、帰国したり、やめたりします。かつても確かにアフリカ勢や中近東圏からの人もいましたけれども、たいていは長続きしなかった。だから、私達が、ああこうなんだと気づく機会も少なかったのです。

ところが、今はいますからね。彼等を通して見えてくるものがある。それを確認しながら、授業を変えていかなければならない部分も出てきます。見せてやらねばならぬことも出てきます。

本当に世界は広い。教えて行くには、まず相手を知らねばなりません。これも、相手を知ると言うよりも、彼等がこれまで育ってきた環境を知る必要があると言った方がいいのかもしれませんが。

日々是好日
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