日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「花見に行く」と言って出たのに、すぐ帰ったらしい。「見た」「きれい」「帰ろう」だけだったかも…花見って。

2018-03-30 09:12:02 | 日本語学校
晴れ。

柔らかな青空が広がっています。水色といった方がいいのかも。そこにうっすらと白雲がかかって、そして下には、雲かと見まごうばかりの「サクラ(桜)」、「サクラ」、「サクラ」。

もう盛りを過ぎ、「誘う風」を待っているだけのな姿で、一輪一輪がはっきりしていないのです。近くから見ても、ふわふわの塊があるように見えるだけです。「ソメイヨシノ(染井吉野)」の良さはそういうところにあるのかもしれません。「生」と「死」の過程が比較的はっきりと見えるのです、数日で。

今日は北風が吹いています、少々肌寒い。これで、かなりの花びらがヒラヒラと風に誘われて散っていくことでしょう。道を花びら一枚一枚が、駈けていきます。風にまろぶ時、「サクラ」の場合、花びらがペタリとなって転がるのでも、まっすぐに立って転がるのでもなく、横向きの姿で駈けていくのです。速い、速い。自転車の速度では追いつきません。

道の端には、「花溜まり」ができています。これが川や池であったなら、「花筏」となるのでしょうけれども、道ですからね。花びらは、「風にまろび、溜まる」しかないのでしょう。

さて、学校です。

(新入生たちの)迎えに行ってもらう学生が、一人、二人と交通費を取りに学校に来ます。昨日は二人一緒に来たと思ったら、続けてまた二人やって来ました。そのうちの一人は朝にも来ていた…。

「はい、こんにちは。今から花見に行きま~す」。交通費を受け取りに来た学生が、出るついでに皆を起こして、誘ったらしい。

この学生。また、アルバイトの給料の受け取りについて聞いてきます。既に何度もこちらから説明してあるのですが、なかなか判ってもらえない…。

「銀行からでなく、現金で、もらってもだめですか」。

「会社は源泉徴収の紙を、その人だけでなく、税務署と市役所にも出さなければならない。だいたい、各人に給料を払っていれば、その分、利益が少なくなるわけだから、税金は多く払わなくてもいいことになるでしょう。だから、会社が内緒にしておくはずがない。現金でもらっても、銀行振り込みでも、同じ。みんな、向こうに分かります」。

今年になってからも、何度も言ってきました。どうも、彼等は現金でもらっているから、だれにも判らないと思っているようで、安心しきっているのです。いくら言っても、「はい、わかりました」というだけ。でも、彼等の顔を見ると、判っていないのがありありとしています。とはいえ、一人ずつ、思い出したように、「現金でもらっているから大丈夫ですか」と聞いてくるので、はっきりとは判らないけれども、漠然と不安になっているのでしょう。

今回、厳しかったことはわかっているのです。ただ、だからといって、守っているかどうかは、わからない…。何人かは「一つを辞めました」とか、「今、一つだけです」と言いに来るので、判るのですが。ただ、今は長期休みで、1日8時間働いてもいいときなのです。そのたびに、今はいいのだと言っているのですが、どうもお互いに、話が噛み合わない。

前の話です。「現金でもらっているから大丈夫と思わないように。みんな、向こうに判るから」と言ってあるのですが、それでも「親から送ってもらいたくない」と言うのです。

この学校の学費くらいなら何とかなるでしょうが、専門学校や大学に入る場合、初期費用として、70万から80万円くらいかかります。この最初のまとまったお金に苦労するのです。

この学校では一年目は来日する前にもらっていますが、二年目は半年ごとに払ってもらっています。だから、借金なしで来ている学生の場合、普通に週28時間しているだけで間に合うのです。

けれども、アルバイトで、宅急便の工場などで働いている(夜間では、時給で1300円くらいになります)場合、「今月は休み」というのがあって、毎月同じように働けるわけではありません。それで、休みの間の事を考えると、どうしても「保険をかけておく」感じで他のアルバイトも探しておかねばならないのです。つまり、工場が休みの時はいいけれども、工場が休みでない月は、労働時間が超過してしまうのです。

彼等の置かれているところが、ある程度、判るだけに、週28時間というのは、私たちにとっても辛い。これが土日の分を入れて、週36時間くらいであったら、彼等もあまり困らないし、私たちに訴えに来ることもないでしょう。…だいたい、私たちに訴えに来られても、私たちには何の権限もないのです。私たちも困るだけ。

この時間、少しだけであったら目こぼしされるかもしれませんが、上述したような理由で(つまり、1ヶ月何もせずにいることはできません)、多くなりすぎると、今度はビザが下りなかったりしますから、怖い。

というわけで、学生には、「専門学校や大学に入りたかったら、その時だけ、送ってもらいなさい」とは言っているのですが。

これも、これまでは(入管が)そこまで厳しくなかったからでしょう。これまでの「成功談」というのが、彼等の国で語られていて、親も子もそれを聞いて日本に行くことを決めた…という経緯もあったのでしょう。それが、急に自分だけ(彼だけじゃないのですが、親はそれがわかりません。「今年は厳しい」というのが判らないのです)はそれができない、お金を送って欲しいとは言えない。自分は「能なし」のように映るのではないか、あの人達(前に日本に留学して、小金を貯めて帰った人たち)に比べて。親がそう思うのが辛い。

彼等の国では、それほどの現金がなくても比較的大らかに豊かに暮らしていけるのです、現金や銀行預金こそないけれども。それに、金を使う場所もそれほどあるわけではなし…。

日本に来て、急に何でも「お金、お金」と言われるような気分になってしまうのも無理はありません。水もも電気もガスも…、みんなお金、お金、お金。…いつもお金に追われているよう…、こんなの嫌だ…。

初めて日本に来て、最初の1、2年は、だいたい、みんな、そんな感じでいるのでしょう。それを口にするかしないかくらいの差で、違いはないのでしょう。

もちろん、使った分は払わなければなりません。日本にいる以上、日本国で決められていることは守らなければなりません。けれども、「お金、お金」と言われるのが嫌だという感覚は、もっともなことで、そう感じる方が「まともだ」と思うのです。日本人だって、なんでも「お金」で決められてしまうのは嫌だし、融通の利かない社会は嫌です。

でもね、融通を利かせることができるためには、相当頭がよくなければだめで、それだけでもだめ。その上、懐が深くて、世事に通じていなければなりません。そんな人はあまりいないのです。それで、みんな前例とか、法律で決められているからとかで、やってしまうのです。それが社会を痩せさせ、衰退させていくのは判っていてもです。

日本もそんな悪循環の中に放り込まれているのかもしれません。

日々是好日
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「羽田空港は、初めてだけれど、大丈夫」。そうか、スマホがあるもの。スマホはすごい!!

2018-03-29 09:10:13 | 日本語学校
快晴。

今日も「お花見日和」になりました。

今年はどうしてでしょう、「開花宣言」のあと、雪が降って寒い日があったことはあったのですが、それ以降は、雨の心配も風の心配もなく…、そして、花の心に任せて散っていくのでしょう。

「オオシマザクラ(大島桜)」系の「サクラ」は、昨日、蕊が長くなっているなと思っていたら、今日はもう、緑の葉があちこちで覗いています。「シダレザクラ(枝垂れ桜)」は、早くから咲いていたので、散る準備はとうからできているといった風情。日毎に蕊が長くなり、花の形が朧になっていますもの。

今晩か、あるいは明日、明後日には「桜吹雪」となって、終いのサクラになりそうです。なんて、言っていますと、「サクラ」の木に文句を言われそうです。花だけじゃないぞって。まあ、それはそうですけれども。

今日、違う道を辿って学校に来てみると、途中で、「キンセンカ(金盞花)」の花を見つけました。「ニチニチソウ(日々草)」のそばに。子供のころは、いろいろな場所で、よく見かけていた花です。その時は目立っていたのに、もうこの花の上を行くような派手な花が増えたと言うことでしょうかしらん。

さて、学校です。

4月生の迎えに行く人たちが決まりました。ネパールから来る学生達の中には、成田空港でなく、羽田空港に「着」という人たちもいたので、迎えの学生も戸惑っているようです。「成田空港しか行ったことはありません」。

そう言えば、成田空港でも、第一と第二がありますから、以前、それで一悶着したことがありました。幾度も「『第一』ですよ」と言っておいたのに、学生は自分が到着したのが、そこだと信じて疑っていなかったので、話がなかなか噛み合いません。生真面目に新入生が着く前から、信じて疑っていなかったところに行って、じっと待っていた…。

連絡しても、「はい、待っています。まだ来ません」という返事。私たちは私たちで、「…おかしいな」。信じていますもの、見れど見えずというヤツ。最後にやっとわかって、慌てふためいて移動してくれたのですが、そもそもは、彼等の国の空港にそういう(第一とか、第二といった)区別がなかった…というところから来ていたらしい、この勘違いは。単に自分が日本に来たとき着いたのがそこではなかった…だけではなかったようでした。

今回は成田と羽田ですから、第一と第二のように走って行けるような距離ではありません。注意するように言い、ついでに「日本橋から乗り換えなしで行きたいです」と駅員さんに尋ねるように言っておきました。

でも、でもですね。スマホはすごいです。学生の方は、心配は心配だけれども、私たちが思うような心配ではないらしいのです。多分「(分からなくて)心配」というのではなくて、「(初めてのところだから)少し不安」くらいのものなのでしょう。口では「ちょっと心配です」と言うけれども。

「スマホで調べますから、大丈夫」と、却って私たちに安心するように言います。

とにかく、行徳から日本橋、日本橋から羽田空港国際線ターミナルへは、「日本橋駅」が要注意。そこで、乗る電車を間違えさえしなければ、そのまま、40分ほどぐっすり眠れる。今は春休みですから、留学生も日本人と同じように1日8時間働けます。それで、休みの間は夜のシフトにしてもらった学生もいて、早朝の便であれば、そのまま行ける。電車で少し眠ることができれば、向こうで新入生に会っても、元気に応対することができるでしょう。

もちろん、一番楽なのはリムジンですけれども、これはラッシュに当たると悲惨ですから、今回のような迎えには適さないかもしれません。40分ほどのところが、一時間半ほどになることもあり、よほど荷物が多くなければ乗らない方がいいし、時間に余裕がなければ避けた方がいいのです。それにリムジンは、ここからは本数が少ないのです。学生達は行きも帰りも同じものの方がいいのです。だって、羽田は初めてですから。それに、電車は、日本橋から20分に一本くらい出ているようですから、学生もその方が便利だと言います。

ネパールの学生のうち、二人ほど、今回、友人が来るそうです。スマホでの連絡もいいけれども、やはり実際に会って話すのはまた格別のことでしょう。一人は前回も友達に何か持って来てもらったようでしたから、今回も、ちゃっかりそうしてもらっているかもしれません。

まあ、それも含めて、新入生の世話をお願いすることにしましょう。

日々是好日
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もう、散ることを心配してしまう自分が困りもの。

2018-03-28 09:47:47 | 日本語学校
晴れ。

昨日はかなり霞がかかっていたのですが、今朝の太陽もオレンジ色に見えました。今日も何かモヤがかかっていたのかもしれません、それが悪いものだと嫌なのですけれども。

ベランダの「ハナカイドウ(花海棠)」が6分咲きくらいになっています。空き地には「ハナニラ(花韮)」や「シャガ(著莪)」が盛りを迎え、道行く人を楽しませています。公園の端っこに、だれが植えたか「ムスカリ」が群れになっていました。

今年は、「スノードロップ」や「ヒアシンス」が、ひっそりと咲いている所を見つけましたし、「ハクモクレン(白木蓮)」や「スイセン(水仙)」、「レンギョウ(連翹)」、「ユキヤナギ(雪柳)」、「モモ(桃)」などは相変わらず人気があるのでしょう、あちこちで見かけました。

でも、不思議ですね。私が子供のころ多くの庭に植えられていた「シモクレン(紫木蓮)」や「ガーベラ」、「アマリリス」、「マーガレット」などはめっきり数を減らしているようです。あの当時、人気があったのも、洋花人気の走りだったのかもしれません。一般家庭でもカタカナの花がよく植えられるようになっていましたから。それに、もしかしたら、これらの人気が衰えたと言うより、新しい洋物の花がどんどん輸入され、あるいは品種改良され、選択肢が増えたと言った方がいいのかもしれません。もっとも、伝統的な日本家屋に似合う洋花は少ないような気がしますけれども。

「サクラ」は本当に不思議な花です。「ウメ(梅)」や「ツバキ(椿)」、そして「モモ(桃)」の花も同じようにきれいで目立つ(ウメは、香りの方でしょうか)のに、目は木だけでなく、地上に咲くささやかな存在、「ホトケノザ(仏の座)」、「ツクシ(土筆)」、「オドリコソウ(踊り子草)」、「ナノハナ(菜の花)」、「ハコベ(繁縷)」などを見逃してはいません。ところが「ナノハナ(菜の花)」が咲き、次に「サクラ」が咲いてしまうと、もう目は「サクラ」に釘付けです。

そして、「サクラ」が散ってしまうと、途端に、また、目は「タンポポ(蒲公英)」や「スミレ(菫)」「カタバミ(酢漿草)」などの地の花、春の花を探してしまうのです。

季節の移ろいと共に、あるいはそれを先取りするかのように花は咲き、葉は芽を出していく。「いいお天気ですね」、あるいは「いいお湿りでしたね」などというお天気の挨拶と共に、「サクラが咲きましたね」「あちらでは菜の花が見事ですよ」というのも挨拶としてきちんと成立しています。

こんなに不安定な世の中なのに、いえ、だからこそ、毎年、律儀に咲いてくれる花は尊いのでしょうし、木々の緑は心を休めてくれるのでしょう。

さて、学校です。

1月に来た学生達は、まだ日本のリズムに慣れていないようで、スリランカリズムで行動しています。一時間遅れ、二時間遅れはなんのその。二年目を迎える学生達とは、やはり少し違いますね。これもアルバイトを始めると、そんなにタラタラしていては、やっていけないことが分かって変わっていくのでしょうけれども。まあ、もっとも、卒業するころになっても、変われない人はいますけれども。

ところで、4月生が、そろそろ日本にやって来るのですが、連絡が来るとすぐに迎えに行く人を決めなければなりません。だいたい同じ学校から来ている人が多いので、先にその先輩に連絡します。そしてだめなら、同国人、そしてまだ迎えに行ったことがない人というふうにしているのですが。このときに、アルバイトがあっても、向こうの都合に合わせて店長や班長から休みを取ってくれる学生もいれば、それができないという人もいます。

休みが取れる人というのは、やはり日本語のレベルが高いとか、骨身惜しまず働くタイプですね。私たちもそう感じているくらいですから、アルバイト先でも重宝されているのでしょう、すぐに休みをもらえるようです。

「いえ…どうも…。アルバイトがあります」とか言うのは、(アルバイトを)始めて間もない人とか、新しい学生達。それになかなか日本語のレベルが上がらないとか、あまり勉強する習慣が培われていないような人たち。休むと首になると思っているのでしょう。

こういうことからでも、学生達のレベル(日本語だけでなく、相手に大切にされているかどうか)が分かっておもしろい。いえ、おもしろいというとナンですが、つまり、進路指導とかそういうのにも、参考になるのです。

本当に一時が万事です。

日々是好日
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「サクラ」は、もう満開になっています。

2018-03-27 11:00:36 | 日本語学校
晴れ。

また、今年も「春」が巡ってきました。「サクラ(桜)」の花が満開になると、「春」を強く意識してしまいます。しかしながら、今年は、時は「ゆっくりと進むものだ」という感じがしません。雪が降って、冬に逆戻りしたかと思っていると、急にポカポカ陽気を通り越して、夏日のような…これをなんと言ったらいいのでしょう。「暑さ」ではまだない、でも「暖かさ」ではない。「春雨じゃ、濡れていこう」なんて悠長な事は言っていられないような、追い立てられているような気分。なんだかセカセカしてきます。

もっとも、裸の木々が急に華やぎ、白や赤、黄がピンクなどの花を咲かせているのを見るのはいい。もっとも、浮ついたような気分になるのは、ちと困りものなのですが。

人生も下り坂になって来ると、草花を見ての「きれい」が、どこやら深みを帯びてくると言うか、裏側を見てしまうと言うか、一言では言い切れないような気分になってきます。退職後、「花(桜)追い人」になって、1、2月にかけての沖縄の「カンヒザクラ(寒緋桜)」から、5月中旬の北海道の桜並木まで移動し続ける人まで出てくる所以なのかもしれません。

私事ですが、木曜日に羽田を出発し、土曜日に戻ってくるという忙しなさながら、例年通りお彼岸の墓参りに行ってきました(以前は夏に行っていたのですが、もうあの暑さに耐えられなくなったのです)。あちらは、このあたりとは違い、「サクラ」は全くの裸木。「ツバキ(椿)」が、我が世の春とばかりに咲き誇っているような有り様でした。とはいえ、お天気もよく、霊園のある山からは海も望め、多分両親も今日は気分がいいかもなんて思ってしまいました。泊まったホテルも海に突き出したところにあったのですが、そこの海は、こちらの海とは比べものにならないくらい青く澄んでいました。

で、戻ってきてからのことです。こちらでは、「サクラ」が既に満開になっているのに驚き、早速、散る心配をしています。ネパールの学生の弁。「『サクラ』はネパールにもありますが(いえ、いえ、そちらが本家です)、こんなにきれいじゃありません。同じ花とは思えませんでした…」。

何せ、日本では、江戸時代に園芸ブームがあり、それも、それを品種改良ブームと言ってもいいくらい熱気を帯びていたと言います。私が知っているだけでも、「アサガオ(朝顔)」と「キク(菊)」の花は異常と言えるほど、奇形、あるいは、これまでにない色が歓迎され、そういうものは高額で取引されていたとか。そういえば、ヨーロッパでもそういう時期はありましたね。草花を愛でることができる時代というのは、やはり平和なのでしょう。それに、もちろん、庶民がある程度の暮らしができていなければなりません。

「サクラ」が満開になったこの2,3日。気分はフワフワしているのですが、この国も、世界もそういうわけにもいかず、おそらく何が起こっても不思議ではないような状況下にあります。「サクラ」に浮かれるのも、何だか、少し申し訳ないような気分です。

さて、学校です。

「お台場見学」が終わり、翌日から春休みに入っています。卒業生も、それぞれに進学先の宿題やら、オリエンテーション、クラス分けテストなどがあって、のんびりしていられないようです。

在学生も、アルバイト時間の調整が大変なようで、4月から午前クラスに移る学生、午後クラスになる学生、それぞれ、「(店長に頼んだら)大丈夫だった」とか、「(店長に)できないと言われたので、友達に別のアルバイトを紹介してもらった」とかいった報告が来ています。

今は、数年前と違い、外国人でも売り手市場、特に日本語が達者で、よく働く人は、どこのレストランでも、工場でも、コンビニでも喜んで入れてくれます。それで、日本語ができて、働き者という学生は、ついつい「超過勤務」をしてしまい(させられたということもあるでしょうが、お金がたくさんもらえるので、彼等の方でも喜んでしてしまっているのです)、あるいは、面接に行けば、「OK」をもらえるので、ついついそこでも働いてしまい、ビザの申請の時に困るということになってしまいます。

今年度の終わりに、そういう辛いことがあったので、「もう(あの辛さは)懲り懲り」というわけで、私たちも前にも増して、きつく学生達に注意を促しています。

対策として、つまり自覚を促すという意味でも、「『給与明細』袋」を配って彼等自身に管理させたり(みんな捨てていました)、それに、みんな通帳の記入などしませんし、銀行から通知が来ても見ませんから、給料が入ったときには、必ず通帳の記入をするように促したり、銀行やアルバイト先からの通知は捨てないで、何でも取っておくように言ったり、いやはや、本来、させておかねばならなかったのでしょうが、これはなかなか大変なことです。

彼等の所では、税を払わなくてもいい(いろいろな事情で)家があったり、あるいは、銀行に寝かせておかずに、人に貸して利子を稼ぐといった習慣があったりで、私たちが彼等の戸惑うのと同じように、彼等も日本の暮らしに戸惑っているのでしょう。

それが形になって表れた月でも月でもありました、3月は。

そして、この3月ももう終わろうとしています。3月が終われば、4月、4月が終われば5月、人々の気持ちに関係なく時間は過ぎていきます。これからこの人達はどうなるのでしょう。そして、天災人災の多い日本は。「サクラ」を見ながら、そんなことを考えてしまうのは、「サクラ」が、華やかすぎ、美しすぎ、儚すぎるからかもしれません。

日々是好日
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きのう「お台場」へ行ってきました。

2018-03-20 09:19:09 | 日本語学校
小雨。

止んでるかなと、思って出てきたのですが、自転車に乗って走ってみると、やはり雨は雨。雨粒が感じられます。角を曲がるとき、小道から出てきた自転車の人と道を譲り合うような形になったのですが、相手がなかなか行きません。それで譲ってもらって、走ってきたのですが、それも考えてみると、こちらが傘をさしていかなかったからかもしれません。「濡れるから急いで行け」ということだったのでしょう。

今朝は朝昼の気温がほとんど変わらないそうで、今はそれほど寒いとは感じられないのですが、昼になると、やはり「冬だ!」と思うようになるかもしれません。とはいえ、「サクラ(桜)」の蕾もかなり膨らんできています。だいたい「開花宣言」が出されてから(満開になるまで)が長いのです。

さて、学校です。

昨日、皆で「お台場」へ行ってきました。「ゆりかもめ」に乗って、「レインボーブリッジ」を渡って、そして最初に向かったのは「ソニー・エクスプローラサイエンス」なのですが。開館が11時と、少し早い。もちろん、写真が大好きな学生達は、いつから入れるかなんて気にしません。台場駅を出るや否や、あっちでパチリ、こっちでパチリと写真撮影に余念がありません。

特に、「自由の女神」のレプリカがお気に召したと見え、あのポーズを皆でして写真を撮ったり、一人で撮って悦に入ったり…。これは「日本におけるフランス年」を記念してパリからお台場にやって来ていた「自由の女神」のレプリカで、彼女の「帰国後」、日本人の願いで、フランス政府の許可のもと、作られたという謂われがありますから、正統の孫みたいなもの。学生達が夢中になって写真を撮るのも宜なるかな。

ただ、「サクラ」がまだでしたし、青空も姿を見せなかったので、寂しいと言えば寂しい…などと思うのは、欲張りなのでしょう。なにせ、学生達はソニーの体験型科学館で、本当に楽しんでいましたから。

以前、学生達を連れて行ったときには、これほど楽しんではくれなかった…ような気がするのです。最初、彼等と一緒に回っていたのですが、そのうちに、あっちでもこっちでも歓声を上げているのに気があついて、ホッとしました。自分たちだけで遊べるんだ…ということに気がついたのです。以前は、こちらがかなり手伝わなければ何もしようとしないような学生が多かったのです。いろいろなことに興味を持つ学生が増えたと言うことなのでしょうか。

で、疲れたので、こちらはシアターの方へ移ります。本当は学生達に「旭川動物園」の映像を見せたかったのですが、時間が合わず、学生達がやって来たときに流れていたのは、「沖縄美ら海水族館」の魚たちの姿。もっとも、海のないネパールの学生達が多かったので、これもよかったのですが。

実は、授業の時、「アザラシ」ということばが出てきたことがあったのです。が、学生達に、この「アザラシ」がなかなか分かってもらえなくて、説明が終わり、「分かりましたか」と一人の学生に訊いたとき、「はい、おもしろい魚ですね」と言われてがっくり。写真も見せたのに…。それで、あわてて映像も見せたのですが、それは流氷の上で寝転がっているアザラシの姿。それで、あの「円柱水槽」をスーイスーイと行き来する「アザラシ」を見せたかったのです。

あの映像を(私が)初めて見たとき、人が動物を見ているのではなく動物が人を見ているのだということがよく判って、それなりにショックを受けました。彼等の目がそれを物語っていましたから。それでそれを学生達にも見せたかったのです。

それから、皆で、お台場の海岸の方に降りていきました。スリランカの学生はすぐに裸足になって海に入ろうとするのですが、ネパールの学生は少し怖じているように見うけられました。これも今年の6月、鎌倉へ行くころには慣れて、きっとザブザブと鎌倉の海に入っていくことでしょう。内モンゴルの学生達がそうでしたから。波が寄せてくるのがおもしろいらしく、波が寄せるごとに、飽きずにジャンプしていたのです。

感想はと聞くと、「おもしろかった」。

いい一日でした。

日々是好日
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「漢字」、「漢字」、「漢字」。「書き」どころか、「読み」も…問題。

2018-03-16 08:21:37 | 日本語学校

小雨。

「雨」という漢字の読み、「『あめ・さめ・だれ』と、しぐるなり」。おもしろいですね。その他にも、「戀(恋)」には「いとし、いとしというこころ」など。別に読みを覚えるためと言うよりも、「俳諧」のノリでしょうか。

もう、雨がぱらつき始めています。「7時頃から」と言われたとおりに、パラパラパラと来ました。けれども、自転車で来られないほどではないのです。雨の匂いというのはいいものですね。久しぶりの雨なので、ぐっと湿度が高まり、耐えきれないかのようにパラパラと落ちて来る、その感じがいい。そんな感想を述べると、「ずっと雨が降らなければ大地も乾燥するだろう。埃っぽくもなるだろう。その埃っぽい大地を雨が打つ。雨の匂いと言うよりも、その埃の匂いでしょうが」などと言われたことがありました。まあ、そんなことはどちらでもいいのです。埃であろうが、雨であろうが、雨の降り始めはこんな匂いがする、それでいいのです。

さて、学校です。

「頑張る」ことができるのは、「頑張ればどうにかなる」という国でしか、成立しないことなのかもしれません。「アメリカンドリーム」のような言葉は日本にはありませんから、そういうことは日本では無縁であろうと思っていたのです。

インド圏の人たちが多く来るようになってくると、「頑張ればどうにかなる」世界の人たちではないのだなという気持ちが強くします。「暑いから頑張れないのだ」などと冗談で言っていたのですが、闇はもっと深いのかもしれません。彼等は、そんな国からの人でも、少なくとも日本に来るだけの財はあるし、それを可能にするだけの地縁者はいる。

だから、頑張らない。頑張らなくても「そこそこの人」でいられるのです。彼等は「頑張っている」と言うけれども、多分、日本人が思うところの「頑張る」ではない。

もちろん、アルバイトは別です。お金をもらえばうれしいから頑張る。私が言っているのは勉強の面です。日本は手作業の技術者を尊ぶ国であり、特に「手」を重んじる。ところが、国によっては手作業をする者を軽視する向きもある。

「漢字」はもとより書かなければ覚えられない。「漢字」どころか、「ひらがな」「カタカナ」もそう。ところが、書かないのです。

レベルに関係なく、「ディクテーション」を毎日行っているのですが、いくら訂正しても、そして翌日に訂正した箇所を書き直させても、その箇所を幾度か書かせても、改めない人は改めない。何ヶ月もその繰り返しです。ある意味、「根性があるなあ]と思ったりしたこともあったのですが、何のことはない、彼等はただ面倒だからやらなかっただけ。諄く言われても柳に風と聞き流してしまえば済むこと。だから気にならない。

今でこそ、比較的素直な人が増えてきたので、楽になったのですが、以前など、「よくここまで無視するよなあ」というスリランカ人が山ほどいました。きっと無視しているつもりはなかったのでしょう。けれども、彼等にとって「文字」など大したことはなかったのです。適当にしゃべれますから。

「わたしは、ここにいました」が、「わたしわ、ここにいまつすた」と、何度言ってもそう書くのです。そのうちに、『初級』から『中級』にレベルも上がっていきます。三回も四回も同じ『初級』の教科書では、いくら何でも飽きてしまいます。

すると、単語にしても、漢字にしても手が出なくなる。白紙で出されるよりもと「見てもいいから書け」と言うことにすると、周りもそう強い人たちではないので、いつの間にか見て書く者が増えていく。この「見てもいいから書け」というのは禁句だなと思わざるを得なくなりました。ある時期から。

日本にもいろいろな問題があります。よりよい社会を造るために、日本の足らざるを非難する、それは当然のことです。けれども、彼等を見ていると、日本の先人の苦労を思います。やはり基盤は機会の平等であり、意識の平等なのです。「頑張って勉強すれば」が通じる社会というのは、私たちが思っているよりもずっと少ないのかも知れません。

日々是好日
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桜は、まだかいな…。彼等が帰国する前に咲いてくれないかなあ…。

2018-03-15 09:29:07 | 日本語学校

晴れ。

昨日も晴れ、今日も晴れ。でも、桜はまだ…。

今日は、またグッと暖かくなるそうです。朝からポカポカ陽気です。もう「ジンチョウゲ(沈丁花)」の花も終わりそうです。「ユキヤナギ(雪柳)」の花が綻び始めてはいるものの、「タンポポ(蒲公英)」の花はまだ、「スミレ(菫)」の花もまだまだ。

山に行けば、「ウグイス(鶯)」が鳴いているかもしれません。この辺りは「ヒヨドリ(鵯)」の鋭い鳴き声が時折聞こえてくるばかり。「カラス(鴉)」の悪声が響いていた時期もありましたが、最近は聞こえてきませんね。

さて、学校です。

卒業式も無事終了いたしました。働き過ぎて、ビザが下りなかった学生も、卒業式に参加して、きちんと挨拶し、彼等の日本での留学生活を締めくくってくれました。

思えば、適当に勉強していた人たちには、ビザが下りているのです。確かに法は法です。それを守ってさえいれば、「適当に」勉強するかしないかなんて、関係ないのです。彼等のように日本語がうまいわけでもなく、それ故に、アルバイトの面接に行っても落ちていた人たちでも、アルバイト先で、それほど重宝がられなかった人たちでも、守った理由はなんであれ、関係ないのです。まあ、全部がそうというわけではありませんが、勉強でも、アルバイトでも頑張れた人というのは、日本にいることができなかったのです。

以前、中国人学生が多かったころは、「勉強したい、けれども、親に金がなかったから、国では勉強できなかった。でも日本でなら、自分の力で何とかなる。金はアルバイトで稼ぎ、あと、日本語さえ頑張れば何とかなる」という人がよくいました。アルバイトもよくしていましたが、学校もほとんど休みませんでした。目的は勉強でしたから。

そういう学生が、かなり学力を必要とする大学に合格して(留学生の場合、日本語力だけで合格出来るのです)いましたが、もうそういうことはなくなるのでしょう。

どこの国でも、大学進学には、学力のみならず、ある程度のお金が必要となってきます。日本では、それを自分の力でどうにかすることができていました。学力は、高校を出ていることは必須の条件ですが、日本語力以外は問われませんもの。それゆえ、無理して大学に入っても、ポロポロと落ちていく人は、確かにいました。「大学」に憧れていても、努力の習慣がない人には、やはり無理だったのです。

これから、日本は、「日本でなら、学費を自分の力で稼げ、親の迷惑にならずに済む」と思える国ではなくなっていくのでしょうか。

もちろん、留学生皆が両立を目指して頑張っているというわけではありません。アルバイトをしながら、適当に学校に行き(ビザがとれなくなりますから、出席率は気にします)、それから適当な専門学校に入り、どこか、適当な日本の会社を探す。こういう会社は確かに存在していますもの。それに、そういうところでは、日本語がそれほど上手でなくてもいいのです。

そうでなければ、スリランカやネパール、ベトナムの人だって日本に来たりはしないでしょう。ベトナム人を除けば、彼等にとって英語の方がずっと親しめる言葉であり、そちらの方へ行けば、日本の文字に苦しめられることもないのですから。

書き始めると、やはり愚痴が出てきます。

やはり、どこかで、いくら判っていても諦めきれないところがあるのでしょう。彼等が来てからずっとその努力を見ていましたから。

日々是好日
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「漢字で決まるよ。日本での生活は」というのがなかなか判ってもらえません…。

2018-03-09 10:51:43 | 日本語学校
曇り。

午前中は大雨で強風とのことでしたが、6時前から雨は小降りに、風はまだ強いけれども、心配したほどの降りではなかったので、まずはホッとしました。もうやんでいます。

しかしながら、風の生暖かかったこと。ムワッとしたこの空気は何とも言えません。「花寒」という言葉があるのも、「サクラ(桜)」のころには、こういうムワッが普通になっているからかもしれません。

早咲きの「サクラ」は別として、東京の(「サクラ」の)開花予想日は3月24日ごろとのことですから、もうちょっとかかりそうです。「ウメ(梅)」や「モモ(桃)」の花が終わってからということなのでしょう。

さて、学校です。

来日後3か月くらいで、各学生の「漢字」能力の有無が、比較的はっきりと出てきます。これは、「あ・い・う・え・お」から始めて、ちょうど『みんなの日本語(Ⅰ)』が終わったころになります。

だいたい、『Ⅰ』の終了時に、「N5」の漢字が終わり、『Ⅱ』終了時には、「N4漢字」が終わっているというのが一応の計画なのですが、「N5」の漢字の導入の時に、「書き順」や「跳ね」、「止め」などをきちんと覚えられたかどうかが一つの目安。それがしっかりと身についていなければ、「N5」の漢字は言うに及ばず、「N4」の漢字なんて、どだい無理な話。

それどころか、「ひらがな」「カタカナ」で、力尽きたという人もいるのです。中には、一年経っても、「カタカナ」まじりの「ひらがな」で五十音図を書く人もいますし、ある音が空欄になるという人もいます。まずは「ひらがな」は「ひらがな」として覚えておいて欲しいところなのですが。

インド圏の学生には「書く」という習慣が、元々「ない」という人が少なくありません。時々、「日本では漢字が書けなければ何も出来ない」ということを「聞き知っている」人も出現するのですが、そうではない人の方が圧倒的に多いようです。

ネパールやスリランカから来た人たちは、彼等よりも先に来ていた同国人が、「(日本の)文字」を適当に知っているだけで、専門学校を出た後、日本で働けた…という先例があることから、「日本は甘い。ちょろい、ちょろい」と考えて、やって来ているのかもしれません。

それで、漢字の時間も特別に設け(この学校では)、とにかく「(漢字一字の意味が分かったら)書け、書け。書いて覚えろ」と励ます教師とその時間を、適当にやり過ごせばいいと考えているのでしょう、多分。

こういう人に来られたら、こちらの叱咤激励も、教えるために費やす時間も徒労ということになりますから、「文字」を覚える気のない人には、実を言うと、ここに来てほしくはないのです。

しかしながら、選別しようにも、現地で会ったときには、ほとんど日本語が話せません。その上、皆、一様に、頑張ると言うし、今頑張っていると言うのです。そう言うように習っているのでしょう。それで、こちらも手を替え品を替え、いろいろとやってみるのですが、時々、鼬ごっこのような気がしないでもない…。人を見るというのは、日本人同士であっても難しい。その上、「人が人を見るなんて増上慢である、僭越である」てなことも、ちらっと頭を掠めてしまう。やらねばならぬことなので、しようがないから、面の皮を厚くして当たっているのですが。

(見るために)試験をするというのも下の策。数字に頼ってしまうと人をじっくりと見ることができなくなってしまうのです。しかも、日本語の勉強を始める時期が違うので、その時には大したことはなくても、来日後、こちらの言うことを聞いて、しっかり勉強してくれれば、どんどん伸びる人は伸びていく。

それに「話せたから」という理由でOKを出すのも考えもの。スリランカやネパールの人は、だいたい、すぐに「聞く」「話す」はできるのです。学校へ来なくてもアルバイトだけでもすぐにペラペラ話せるようになります。「みんなの日本語」レベルでしかないのですが。つまり、生活日本語です。アルバイト用の日本語といった方がいいかもしれません。

私たちが見たいのは、それ以上、いけるかどうかなのです。「N2」クラスまで行ける人が欲しいのです。このクラスには入れる人が多ければ多いほどいい。低空飛行ばかりしていると、伸びしろがある人まで、そこで満足してしまいます。これはまずい。せっかく日本に来てもっといろいろな知識や技能を身につけることができるというのに。

スリランカや行ったり、ネパールへ行ったり、ベトナムへ行ったりして、いくつかの学校を訪問しているのですが、本当に難しいですね。向こうにいるときは真面目であっても、日本に来ると彼等の親の給料よりも多くの金が手に入る。あるいは、面白いことが山ほどある。しかも簡単に…。すると、フワフワとしてやらねばならないことが見えなくなる。地に足を付けてというのが一番難しいことなのかもしれません、彼等にとって。

日々是好日
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「人生、いろいろなことがある。道は一本だけじゃない」…とは、言うものの…。

2018-03-08 11:56:03 | 日本語学校
雨。

まだ本降りにはなっていません。微かに感じられるほどの雨ですが、今日は昼頃から本降りになるそうです。その上、春の嵐になるかもしれないとのことでしたから、強い風に電車は遅れがちになるかもしれません。学生達の中でも、アルバイトでよく電車を使う人は、もうコツを呑み込んでいるようです。何々線は、強い風が吹くとすぐ遅れるとかいうふうに言ってましたもの。

最近は、五月ごろの暖かさになったかと思うと、今日のような真冬並みの気温になったりしていますから、もう三月だからと安心してはいられません。それなのに、気の早い学生の中には、もう春だとばかりに、半袖のシャツにダウンという出で立ちで登校してきたりして来る者がいるのです。一度暖かい日があったら、もう大丈夫と思っているのでしょうね。なかなか思っているようには参りませんよ。

一雨毎に寒さが増すとか、その反対に、一雨毎に暖かくなるとか、そういうふうであったら、楽なのでしょうけれども。今日の雨は、春の足音がとっくに聞こえ、河津桜が既に満開を迎えたというのに、霙になっているところもある…ということですから、大変です。

さて、学校です。

ビザが下りなかった学生は、やっと心の落ち着きを取り戻したようです。ベトナムの学生は、さすが努力して「N2」をとっただけのことはあります。泣くこともなく、落ち着いていて「どうしたらいいか、まずできることは何か、それができなかったら、どうすればいいか」などを考えたようです。それを見て、スリランカの学生も、一人だけメソメソしているわけにいかなくなったのでしょう。泣きながら、卒業式には出ないと言っていたのに、昨日は出ると言い出しましたもの。

ベトナムの学生、ビザが下りなかった日はお兄さんには伝えたが、ご両親には言えなかったと言います。しかし、次の日、伝えることができたようです。親の期待を一身に背負ってとまではいかなくても、それに近いような感じで来日したのでしょうし、「N2」合格、大学合格と立て続けにめでたいことが続いただけに、言い出しにくかったであろうことは想像できます。

そして、昨日、聞くと、ベトナムでの就職先をネットで調べたようで、ハノイまで出て行かなくても、自分の家の近辺でも募集はかなりあるとのこと。日系企業のものも、ベトナムの会社のものもあると言っていました。もちろん、「日本語能力試験(N3)」とか「N2」合格が条件であるとのことでしたが。

ベトナム人にとって、それほど「日本語」というのは厄介なものなのでしょう。 中国語はすぐに話せるようになるというのに。ベトナム人で中国の工場で働いたことがあるという人と話したことがあるのですが、文法上はほとんど問題なしという感じ。日本人が学ぶのとは全く違います。発音も簡単だし、聞き取りもすぐにできるようになるらしい。そうですね、広東人が北京語を学ぶようなものなのでしょう。

2人が「卒業式」に出てくれるというのでホッとしました。当初、ベトナムの学生に「答辞」を頼んでいたのですが、あのあと、「ごめんなさい、先生。卒業式には出ますが、『答辞』は読めません」と言われ、そうだろうなと確かにそう思われはしたのですが、彼等の中で一番頑張ったのは彼でしたから、ほかの人というわけには……と少々困ってしまいました。

それが、昨日、「先生、大丈夫。『答辞』を読みます」と言われ、やはり強い学生なのだと改めて思いました。「多少、書き直さねばならないだろうけれども」と思ったのですが、それほど改めることもなさそうで、あとは読みの練習だけです。

人生、いろいろなことがあるでしょうが、それを糧として頑張っていくしかありません。道は一本だけじゃない。もっとも、いくらそう言っても、まだ、なかなか中に入っていきはしないのでしょうけれども。

日々是好日
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ビザが出なかった…。

2018-03-07 11:56:47 | 日本語学校
日本には、留学生は、一週間に28時間だけ就労してもいいが、それ以上は許されないという「法」があります。日本に来たら、当然のことながら、この「法」を守らねばなりません。この「法」があることを彼等も知っています。その上で、この学校に来ているのは確かなのですが。

来日後も、学生達には、それを、口を酸っぱくして言ってきました。ただ、来日までの金は親が準備できても(借金等々で)、日本に来てからの生活費、学費、進学のための金まで面倒を見ることができるという親は、なかなかいないのも事実。

それに、そういう親がいる学生は往々にして、勉強しません。働くのも、遊ぶ金ほしさからのようで、自分の国では、なかなか見つけられないような面白いこと、楽しいことを日本で探し出し、遊んでしまうのです。ですから、一年目はいいにしても、二年目には休みがちになってしまいます。もちろん、ビザの関係がありますから、出席率をチラチラ確認しながらですが。

ベトナムも確かに発展してきました。豊かな層も増えています。日本との関係も良好で、親日家も少なくありません。とはいえ、置き去りにされているような地区、人もいるのです。昔と同じような農業をして生計を立てている村が多いのです、聞けば。「日本に行くまでは手伝うけれども、日本に行ってからは自分の力で道を切り開け」と背中を押されるようにしてやって来た学生も少なくありません。貧しかった時代の日本人が、そうやってアメリカに潜り込み、昼、働きながら夜間の学校でがんばってきたように…。

とはいえ、同じように時間を超過して働いていても、ただ「稼ぐのが目的」という人たちと、「学ぶために働いている」人たちとを、一律に同じものとして見ていいかどうか。「法」は「法」だけれども、それに、血を通わせるのが「人」であるのではないか…というような気もするのですが。

後者は学ぶことに手を抜きません。働いていても、今回、ビザが下りなかった学生のように、出席率も97%を維持していますし、授業中、ウトウトしたことはあっても、必死なのは見て取れました。それに12月の「日本語能力試験(N2)」の前には、1か月ほどアルバイトをぐっと減らし、あるいは休み、勉強に集中していましたし。

特にベトナム人学生は、中国人のように「漢字」に問題がないとか、スリランカ人のように「文法」や「ヒアリング」に問題がない(母国語の関係です。アルバイトをしているうちに適当に覚えられるのです。母国語の文法が日本語に近いのでしょう)とかいうような、「得」な部分はありません。

それがわかった上で、日本語を学んでいるのです。

日本語の「音」もなかなかとれない…だから、ヒアリングも悪く、単語も覚えられない。せっかく、日本に来て、周りは日本語の音で洪水のようになっているというのに、その利点が生かせない。しかも、文法の、特に語順が違うので、これまた必死になって一文を理解せねばならない、すっと簡単に入っていかないのです。

この学生は、その典型のような人でした。来日してすぐのころ、新しい単語を言いながら覚えさせていると、彼だけが数回繰り返すうちに違う音になってしまうのです。練習すればするほど違っていきますから、オットットという感じになってしまいました。

けれども、根性ですね。間違っても間違っても、ほかの人に笑われても、からかわれても、臆せず、意に介せず、必死に練習し続けたのが、いつの間にか結果になって表れてきました。それが12月の「N2」合格でしたし、大学合格でした。

それでも、他の「働くためだけに来た人」と同じと見做されて、ビザは更新されませんでした。

もちろん、時間を超過して働いたのは、約束事を破ったわけですから、彼が悪い。本人も私が悪かったと言っていますが、けれども、本当に残念なのです。

合格した大学に相談に行くと、やはりビザがなければという話になりました。一縷の望みを繋いでいたわけですが、だめと言うことで、結局、日本にいることを諦めねばならなくなりました。

彼を力づけようにも、この二日ほどは、こちらが空回りしているのがわかるのです。「ごめんなさい。今は何も考えられません」と下を向いてしまわれました。向こうでも私たちの気持ちが分かるだけに、辛いのでしょう。卒業式だけは出るようにと言い、出ると答えてくれたのですが。

ただ、同時に不許可になったスリランカの男子学生は泣きじゃくっているのに対し、「可能性があることは、全部、やってみたいです」と言っていたので、その糸がプツンと切れたわけですから、大丈夫かと、却って心配になります。

このスリランカの学生も、来日後、病気がわかり、数ヶ月入院しなければならなかったのです。入院費用は公的に保障されましたが、アルバイトができなかった期間が長かったので、焦って多く働いたのでしょう。彼も望み通りの専門学校に合格し、7月に「N3」に合格していましたのに。

2人の帰国のための航空券は準備しました。私たちも、見送りに行くつもりですが、その途中、どうやって力づけていけばいいのかと、今から少し辛いのです。

日々是好日
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「ひな祭り」の写真。

2018-03-05 10:16:42 | 日本語学校

曇り。

昼過ぎから雨とのことでしたが、昨夜、少しばかり降っていたようです。ベランダが濡れていました。一昨日、昨日とまるで春のような暖かさで、町には半袖姿の人も多くいたようです。

北部関東でも、「ウメ(梅)」、「モモ(桃)」、「サクラ(桜)」、中には「コブシ(辛夷)」らしきものまで満開になっていました。きっと里山でも華やかになっていることでしょうね。思いも寄らぬ所に咲いているから、いいのです。

と思ううちに、陽が射してきました。今日は束の間のお日様なのかもしれませんが。

さて、学校です。

先週の金曜日、学校のドアを開けた学生達はそこに自分たちを発見して、うれしそうに歓声を上げていました。何せ、写されたものが気に入らず、「もう一回」と、中には三度も写し直させた猛者だっていたくらいですから。

もちろん、こちらの腕の悪さ、から来たものかもしれませんが、「今のは横を向いていたから」とか、意味もなく、「もう一回(おそらく、前の人がそうしたからでしょうね)」。「同じでしょうが」と言っても、「う~ん、先生」と甘えられれば、仕方なく…再度写し直しをしてしまいました。

だいたい、彼等が見ているのは自分であって、「お内裏様」ではないのです。「主役は、お内裏様とお雛様であって、君たちではないのだ」と言っても、まあ、しょうがないこと、

しかしながら、彼等には「作業」の経験がない…人がほとんどでしたから、こちらとしては、いくつかの点をチェックしておかねばなりませんでした。次にグループを作るときの参考にです。七月には、同じように折り紙で作るお祭り、「七夕」もあることですし…。

この人たち(最後にはほかの人に手伝ってもらうというか、やってもらわねばどうにもならなかった)は同じグループに入れないようにしておこう(そういう人が、1グループ、六人のうち、四人もいてはどうにもなりません)とか、器用な人を少なくとも3、4人は見つけておかねばなりませんし…。

以前いたインド人学生は、本当に器用な人たちばかりで、普通の折り紙作品というよりも、建築学でも専攻していたのではないかと思われるほど立体的なものを作っていました(七夕の飾りなどで)。ところが、今回は違いました。したことがないで、じっとしているだけ。担当の教員も困っていました。

思いがけず器用さを発揮したのは、グアテマラからの学生。途中で入ってきて、日本語はまだあまり分からないはずなのに、向こうでも折ったことがあるとかで、スイスイと折っていました。

ところで、こういう作業の時の準備(机や椅子の並べ替えなど)なのですが、言われたとおりに手順よくできる学生や自分で何をしたらいいかを判った上で、サッサとやってのける学生もいれば、ボウッと突っ立っているだけの学生、あるいはこういうことは私のような人間がすることではないとばかりに、働いている人を尻目におしゃべりを始める学生もいます。

それぞれ文化的な背景、宗教的な背景があるのはわかりますが、日本に来たら、皆同じという考え方だけはもってもらわなければなりません。お金があれば、全ては思いのままになるとか、階層が上だから、そんなことはできないとか、そういう考え方の人を、日本の社会は受け入れることはできないと思います。

(社会でも)上に行く人は、こういうことに手順よく立ち働ける人、労を厭わない人であると、常日頃から学生達には言っているのですが、とはいえ、なかなか身についた習慣は変われませんね。もっとも、2年近くの時間があります。変われる人もいますし、母国でそういう習慣があった人は、水を得た魚のように生き生きとなります。何せ働けば働くほど、手順よくできればできるほど褒められるわけですから。

日々是好日

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「ひな祭り」

2018-03-02 09:46:02 | 日本語学校
晴れ。

昨日の早朝、急に突風が吹いたかと思うと、ピカッ、ゴロゴロ、ドカーン…、そして、ザァー。何だか、こういうのに、懐かしいような気になってしまったのはどうしてかなと不思議な気がしましたが、しかしながら、それも、あっけないくらいの短さで過ぎ去り、学生達が来るころには、初夏のように、陽射しが照り付けていました。

さて、学校です。

昨日は、午前も午後も、授業の後半に「ひな祭り」をいたしました。午前は小クラスでこじんまりと、午後は一教室に入りきらなかったため、三階と一階に分かれて、「内裏雛作り」をいたしました。

午前のクラスは人数が少なかったので、一テーブルを皆で囲んで、それから午後は、ギュウギュウ詰めになりながら…、最初に「ひな祭り」の紹介をいたしました。もちろん、前で説明しながら、学生達を見ているのと、後ろでそれを見ているのとでは、印象は違ったものになるでしょう。が、久しぶりにというか、数年ぶりに、気持ちよく話をすることができたのに、途中で、戸惑ってしまいました…。

ベトナムの学生が多かったときには、すぐにスマホをいじったり、本人はそれほどの大きい声を出しているつもりはないのでしょうが、(席の)隣近所と話を始めたりしていましたから、こちら話をサッサと切り上げて、すぐ作業という形になっていました。

ところが、気分よく話ができるものですから(…と、言いましても、中国人学生が多かった時のように漢字で書いてそれの補足説明をしていくといった詳しいものはできませんでしたが)、ついつい、軽い紹介のあと、DVDも二つ(一つが五分くらいのもの)見せ、それから歌の説明と練習…それだけで、持ち時間の15分をかなり超過してしまいました。

聞く気がないのであれば、手を動かす作業しかありません。ところが、こちらを向いている人が多ければ、また表情にそれが感じられれば、いきおい、こちらも「もっと、もっと」という欲が出てきます。

「ひな祭り」の紹介の後、上下に分かれての作業時に、「端折ればよかった…(なにせ、時間が足りなくなってしまいましたから)」などと思っても、「遅かりし由良之助」です。

ところで、作業の時は、私が上の階の写真係だったのですが、ネパールの学生の手つきのおぼつかないこと、おぼつかないこと…。思わず、「こうするのだ」と、不器用な私にしてからが、手を出さねばならなくなるという始末。だって、二枚を重ねて三角に折るだけなのに、それがうまくできない。

ぎごちないのです。特に昨年からネパールの学生が団体さんという状態でで来ていますから、あっちにもこっちにもそういうのが出てくる。こういうのをした(ものを作ったりする)経験がない…のでしょう。

そういえば、(卒業式や入学式の)準備とか片付けとかも、最初の時は、説明しても、その流れが掴めなくて、突っ立っていましたっけ。椅子はこういうふうにしてと具体的にして見せても、棒状態。

一事が万事なのかもしれませんが、少なくともなにがしかのものは、この学校にいるときに、身につけて欲しい。そうしないと、実際に日本で働くときに困ったことになるでしょうから。

とはいえ、手早く作り上げた人に手伝ってもらいながらも、完成した面々、「上がり」の写真を撮ってもらって、それなりに満足したようでした。次は「七夕」です。大丈夫かな…。

日々是好日
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