日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「キキョウの花」。「授業中によくかかってくる『母国』からの電話」。

2013-06-28 08:46:10 | 日本語の授業
 曇り。また、お日様は、お顔を隠してしまいました。今日、一日中、列島は、大きな白い雲に覆われてしまいそうです。

 最近、朝、涼しげな「キキョウ(桔梗)」の花を見かけることが多くなったので、すでにそういう時期になったかと感じ入っていたところ、学校の鉢植えにも、一輪、咲いているのに気がつきました。

 日本は平野が少ないこともあり、山を崩して平らにし、その残土で、また、海や湖を埋めるということを繰り返してきました。こういう形でやると、100年単位で自然の姿は徐々に変わっていくのでしょうが、しかし、直ぐには変われない部分というのが残っています。

 「ほんの30年ほど前までは、この辺りは山だった」という所を、ぐるりと歩いてみると、空き地の奥に、小さな「ナンバンギセル(南蛮煙管)」を見かけたり、時には、春など、「ツクシ(土筆)」や、今は既に、伝説のようになってしまった濃い紫の「スミレ(菫)」などがワンサカ生えていたりするのですから。

 ただ、この辺り(行徳)は、海のそばで、それ故にか、大樹はないのです。それが何より寂しいことなのですが。けれども、もし大樹があったらあったで、渡りの鳥や水鳥などに占拠され、呼吸ができずに大変なことになっていたかもしれません。

 さて、学校です。
 最近、「Dクラス」で、学生が時々中座をするので、聞いてみると、母親からの℡だと言います。「授業のある時間には電話をかけてこないように頼みなさい」と言っておいたのですが、またその翌日の昨日も授業中に(教室から外へ)出たのだそうです。

 これは、難しいところです。学生達は、見たところ、それぞれ、「個」よりも、「家」を中心とする社会で育っているようですし。

 日本ならば、「外国で勉強したいと家を出た子に(同意して送り出したにもかかわらず)、未練がましく勉強している最中に℡までしてくるなんて」と非難されて終わりでしょうが、彼らの世界ではそうはいかないようです。まず、何よりも、「子」の方ができないのです。そういう「親」に、「それをやめてくれ」と頼める立場がないようなのです。

 それで、勉強中であろうが、直ぐに席を立って、毎日電話してくる「親」の相手をしてしまうのでしょう。大切な文法事項などを説明している時など、「それはないだろう。困るのは君だぜ。親は、いったい、何を考えているのだ」などと、私たちはムカッとくるのですが、そうすることが当然であると思っている国の人達にとっては、問題でも何でもないのです(そうしなければ、親不孝だと、反対に責められるのかもしれません。日本では、授業中に何かすると、他の人の迷惑になると、他者のことを先に考えるよう教育されるのですが、ほとんどの国ではそういうことは考えないようです、)。

 で、彼なのですが、彼は四月に来てから、随分痩せました。アルバイトが辛いのでしょう。(家で勉強する習慣がついているようには見えませんから、学校に来て座っているのが、せいぜいなのかもしれません。それなのに)やっと学校に来て、勉強しているのに、それが電話でしょっちゅう呼び出されるとしたら、勉強どころではなくなってしまいます。

 実は、学生達(特に来日後、まだ日本の習慣に慣れていない新入生)には、「辛かったら、学校で日本語を聞くだけでもいい。宿題ができなかったら、できる時にすればいいから」と言ってあるのです。学校で復習を繰り返していますから、毎日遅れずに来て、きちんと授業に参加してさえいれば、スリランカ人学生であれば、話せない、聞き取れないと言うことはないでしょう。もちろん、書く分野(漢字、ひらがな、カタカナ)は別ですが。

 「大学に入りたい、レベルの高い専門学校に行きたい」というのであれば、復習を兼ねての宿題はやった方がいいのです。毎日手を動かさなければ、「カタカナ」と「ひらがな」の区別が、まず、つかなくなってしまうでしょうし、せっかく覚えた「ひらがな」も、彼らの母語の文字と一体になって、何が何だかわからないような文字になってしまうのです。

 その上、既に、以前の「四級漢字」も終わろうとしているわけですから、漢字まで加わって、それこそ、「書ける云々どころか、読むことすらできない」になってしまいます。

 けれども、こういう心配をしているのは、教師連だけ。学生の方は至って暢気で、どうにかなると考えているのはまだましも、大したことはないと考えているのが半分くらいはいそうなので、「ちょっと」どころか、それが「大いに」気がかりなのです。

日々是好日
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「『スズメの巣』を「カラス」が狙っていた…」。

2013-06-27 09:09:48 | 日本語の授業
 晴れ。昨日は、朝から雨がザァーザァーと降り続き、久しぶりに本格的な「梅雨」になったような気分でした。もっとも、学生達は外を眺めては、「…まだ、降っている…」と呟いていましたけれども。

 ところで、昨日の「スズメ(雀)」のことです。朝のクラスで学生達にプリントを渡し、彼らがそれを呼んでいる間のこと。例の「スズメ」のお宿になっているパイプの真下に、小柄な「カラス(烏)」が止まっているのを見つけたのです。普通、「カラス」は高いところに止まります。あんな人の背丈ほどの所に止まったりはしません。しかも、あの巣のあるパイプを見ては小首を傾げているのです。

 そして、近くを見ると、これもまた、少し離れた電線に、親スズメが止まっているではありませんか。嘴に白いものが見えましたから、パンくずか何かを持って帰ってきたところだったのでしょう。そこでカラスを見つけ、近寄れず、様子を窺っていた…と見えます。

 こちらは、完全に「スズメ」の側についています。けれども、といって、べつに、「カラス」が憎いわけではありません。一回、飛んできたカラスに、ほっぺたをはったかれたことはありましたが、それ以外は実害を被っていないのです。しかもよく見ると、あの嘴はいけませんが、なかなかかわいい顔をしています。特につぶらな瞳など、捨てたものではありません。

 とはいえ、(学生達がプリントを読んでいるので)静かに窓を開け、「見ているよ」サインを出して、「カラス」にプレッシャーをかけてみます。利口なカラスは、チラチラッとこちらを見ています。けれども、人間なんて恐れていませんからね、多分、フンと鼻でせせら笑っていたかもしれません。カラスと何度か目があったのですが、カラスは依然として巣を伺っています。

 そのうちに、根負けしたのでしょう。バサバサと翼の音を盛大に立てながら、どこかへ飛んで行ってしまいました。

 で、「親スズメ」が直ぐに(巣に)入るかと思いきや、先程まで「カラス」がいたところには来たものの、入ろうとはしません。口に餌を咥えたまま、ジッとしています。「カラス」の狡猾であるのを知っているのでしょう。一旦は真下まで来たものの、巣に入る決心がつかないのでしょう。

 そうしているうちに(学生達が終わったので)、私の方でも授業に戻り、「スズメ」たちのことはそのままになってしまいました。けれども、今朝見ると、元気そうに、忙しく立ち働いていましたから、大丈夫だったのでしょう。しかし、よくこのお宿を見つけましたね。カラスの、なんと賢いこと。

 この学校のある、行徳というのは、海の近くで、古くより水鳥が多く生息している土地です。近くには、季節により飛来してくる「カモ(鴨)」や「サギ(鷺)」などを観察できる「野鳥観察舎」があります。そういうところでも、「スズメ」を見かけることはあまりなかったのです。本来ならば、群れを成して飛び交っているであろう「スズメ」は、ここでも希少動物の一つであるかのようになっていました。

 ところが、ほんの一ヶ月ほど前、朝、来て一度窓を開け廻し、それから順を追ってまた窓を閉めにかかった時のこと。開けていた窓から、バタバタバタ、バタンと何かが入ってきてしかも窓に当たって落ちたような音がしたのです。慌てて見ると、これもまた慌てふためいたスズメが逃げようと藻掻きながら、あちらこちらにぶつかっています。

 こちらも大慌てで、反対側の窓を開け(なぜか、開いていない窓にばかり向かっていくのです)、とにかく開けられる所はどこでも開け廻し、それでも後ろでバタン、バタンという音は続いています。ホントに、この時、焦りましたね。

 そういえば、数年前、上の階でのことでした。早く来た学生が「大変だ。大変だ」とグッタリとしたスズメを大事そうに抱えてきたことがありましたっけ。開いている窓から飛び込んだ「スズメ」が、驚き慌てて、逃げようとし、窓にぶつかって脳震とうでも起こしたのでしょう、固く目を閉じています。学生は死んでしまったと思い、青ざめていましたが、柔らかいタオルの上にティッシュを敷き、その上に寝かせておきますと、気がついたのでしょう、今度は玄関から飛んで出ていきました。

 こういうことは、あまりないような気もするのですが、まあ、少しばかり騒ぎになっても、かわいらしい訪問者は大歓迎です。もっとも、できれば、表門から、入ってきてくれれば、うれしいのですけれども。

日々是好日
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「スズメの巣」。「ヒアリングが苦手だと…」。

2013-06-26 11:46:31 | 日本語の授業
 曇り。昼頃から雨になるそうです。昨日も昼過ぎに、雨が少し降りました。が、今日は梅雨前線の影響ということで、本降りになるらしい…。

 そういえば、昨日雨が降り始める、ほんの少し前、雷様が遠くで鳴ったような…。その時、あれっと耳を欹てたのが、私をも含め3人ほど。他の人は問題に集中していたのか、あるいは、夢うつつの中にあったのか…は判りませんけれども。

 近頃、「スズメ(雀)」を、よく見かけるようになりました。「スズメ」が、お宿とできる軒などが少なくなり、それで数が減ったのだと言われていたので、もしかしたら、新たなお宿がさがせたのかしらんと、時には、あちこちを見ることもあったのですが、捜し出すことはできませんでした。

 けれども、確実に、都市に適応すべく、「スズメ」はスズメで、知恵を絞っていたようです。

 学校のすぐそばに電信柱があるのですが、ここに、どうやら「スズメ」のお宿があるらしいのです。この上のほうにある、少し曲げられたパルプに、「スズメ」が頻繁に出入りしているのです。これに気づいたのも、ほんの二、三週間前のこと。

 ここはいい。よく見つけたものです。ちょうど「スズメ」が出入りするのに適した太さで、「ヒヨドリ(鵯)」や「カラス(烏)に苛められる心配もないし、折れ具合も適当ですから、雨風が入ってくる心配もない。もちろん、この辺りで蛇を見かけたことがありませんから、襲われる心配も、当然、ない。

 試験監督の時に見つけた、密かな楽しみ。もしかしたら、巣立ちも見ることができるかもしれません。

 さて、学校です。

 アルバイト時間の長短、あるいは工場かレストランかで疲れ具合というのは違うのでしょうが、それでも最後は、本人が、どれほど勉強する気で来ているかで決まるのでしょうね。勉強に対する態度というのは。

 「Aクラス」と「Bクラス」を教えていて、それを強く感じています。「Aクラス」は全員がベトナム人。「Bクラス」は、スリランカ人が5人で一番多く、あとは中国、インド、タイ、バングラデシュ、ミャンマーなどから来た学生がいて、いわば混合チーム。

 日本語を学ぶのは、多分、スリランカの学生達の方が、ベトナムの学生達よりも楽でしょう。

 ベトナムの学生達はヒアリングに難があり、それ故、耳からの情報に限りがあるのです。勿論、毎日、学校に来て、懸命に勉強していれば、半年くらいで、一度グッと伸びる時期があるのですが、それまでが、なかなか難しい、耐えられないのです。

 そこさえ、きちんと乗り越えることができれば、ある程度の、聞き取りができるようになっているわけですから、勉強が少し楽しくなります。学校での教師の言葉もアルバイト先での日本人の言葉も、また道で聞こえてくる言葉も、それなりに消化できるようになりますから。そうすれば、以前に語彙数が増えていきます。

 「読む」ために必要な「漢字」については、「非漢字圏」の学生であれば、皆同じ。書いて、読んで、覚えていくしかありません。問題は、それができるかどうかです。ただ、毎日、学校へ来て、教師が言うとおりに練習し、宿題も既習の漢字を少しずつ含めて書き、ディクテーションのための練習もするようにしていれば、『初級』の間は、何とかなるものです。

 それ以上は、確かに難しい。けれども、ミャンマー人にしても、フィリピン人にしても、スリランカ人にしても、インド人にしても、「N2」レベルの漢字を、日本語学校にいる間に習得できた学生がいるのですから、

 自分のできる範囲で、1週間に五字くらいでも、覚えていけば、たとえ直ぐに忘れたとしても、見えない財産になると思うのですが、なかなかこれもできないようです。そしていつの間にか、「漢字は難しい」で、諦めてしまうのでしょう。

 とはいえ、気が向いた時にだけでも、いいのですが、練習するのは。

日々是好日
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「この、梅雨時の、お天気は…」。

2013-06-25 09:27:38 | 日本語の授業
 曇り。曇っていると湿度が高いような気がしてしまいます。が、調べてみると、…それほどでもない。それほどではなくても、湿度が高いような気がしてくるのが、この「今は、梅雨である」からなのでしょう。時が区切られて、生じている…気分というのは不思議なものです。

 こういう、どっちつかずのお天気が続いているからでしょうか、午後の学生達は、授業中、どうも、心が散漫になってしまうようです。で、そういう彼らを見ていると、私までが、そんな気になってくるから、怖い。

 これも、上のクラスだから、そうもやっていられるわけで、これが、「四月生」のクラスだと、とてもこういう余裕はありません。既に、この学校で勉強し始めて1年くらいになっている人達は、学校に慣れたというよりも、日本での生活に慣れているのです。つまり、日本人の、その限度が判るのです。だから、上のクラスの授業に入った時、教師は「楽だ」と感じるのでしょう。

 「四月生」は、まだ、それが、ぼんやりとしか感じられていません。それで、時たま超えて羽目を外したりしてしまうと、ガツンとやられて、直ぐにグスンといじけてしまうのです。けれども、これはここで生活していくためには仕方のないこと。彼らは旅行者ではありません。「観光のために日本に来て、お客様扱いされて、1週間ほどで、ニコニコと去っていく」、そういう類の人達ではないのです。

 日本語学校へ来たということは、ここで、日本語を学ぶと共に、日本の習慣や日本人の感じ方なども覚えてもらわなければなりません。狭義では、言葉の使い方などを通してということになるでしょうが、教室の中での彼らの態度にしても、ものの言い方にしても、注意すべき所は、早めに注意し、気をつけるようにさせておかなければならないのです。もちろん、それが判った上で、自分のやり方を通したいと思えば、それでも構いませんが、それでは、多分、日本では、生きにくいことになるでしょうね。

 自分なりのやり方で通せるには、その人に、他者にはない特別な魅力か、あるいは能力があることが必要になります。もし、そういうものがないならば、そこはやはり、この地に生きている人の考え方を聞き、その通りにやってみた方がいいでしょう、一度は。それから、少しずつ自分を出して行けばいいのです、近くにいる人達の中で。

日々是好日
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「慌ただしい日本の生活」。

2013-06-24 08:47:39 | 日本語の授業
 梅雨空が続いています。かといって、そんなに蒸し暑くはないのです。却って朝晩は涼しく過ごしやすいくらい。「クチナシ(山梔子)」の花も、そろそろ終わりでしょうか。

 さて、学校です。

 四月に来日した学生達が、だんだん、草臥れてきました。きちんとアルバイトが入っている学生ほど、その草臥れ加減がひどくなっています。

 アルバイトが見つからなければ、見つからなかったで、それもまた困るのですが、早く見つかってしまうと(同国の先輩連の紹介)、勉強の面から言えば、これもまた困るのです。

 欲を言えば、三ヶ月は(だいたい、『初級Ⅰ』が終了し、「四級」レベルの漢字が学び終えるまで)学業に集中してほしいのですが、本当に、欲を言えば、なのですが。

 もっとも、早く見つかり、生活が安定するというのも、大切なことです。生活が安定していないと、何を始めるにしても、心ががさついてしまい、本来の自分が出せなくなってしまいます。

 ただ、無理はいけません。国でのんびりと、お茶でも飲みながら毎日を生きていた人達が、いくらココロは焦っても、急に「春・夏・秋・冬・梅雨」と、四季どころか五季まである国で、毎日を気ぜわしく動き回っているのが当たり前の国で、その国の人達と同じように、直ぐにできるようになれるわけもないのです。それは、多分、言う方が悪い…。

 日本人は、古来から「衣替え」などがあるように、「今は水無月も終わりごろであるから、文月の装いの準備をせねば」とか、「もうすぐ、何々だから」というのが口癖のようになっています。日々追われているのです。それが第一線を退くと、そういう世俗的なことに煩わされずに、心のおもむくままに過ごせるようになるのですが。それまでは、やはり現在でも、同じ。これは、形を変えて、日々の暮らしにも、生きているような気がします。

 「もうすぐ、何々だから」と、人を追い、また自分をも追い、どこかしら必死で生き急いでいる…。これも、一人が、個人として生きているのではなく、(何かしらの、社会構成の単位として、生きているので)だれかの迷惑になってはならぬという気持ちがあるからかもしれません。

 特に昨今では、10人分の仕事を7人か8人でやらねばならぬことも多く(これはアルバイトでも同じでしょう)、それ故、急に休まれると、いろいろな面で不都合が生じてしまうようです。日本人には、それが判っているので、我慢してしまうのですが、異国から来た、「ゆったりとした人達」にとっては、(突然「こう思え」と言われても)反応できかねるので、辛いということになってしまうのでしょう(ココロは頑張れても、身体がついていけないようなのです)。

 私たちが、まず、口を酸っぱくして言うのは、「休む時は、早めに先方に断りを入れる」ということ。これをしておかないと、「信用」という面から、マイナス点がついてしまいます。

 以前、これはスリランカの学生でしたが、発熱してアルバイト先に休みの電話を入れたところ、店長がそれを疑い(ずる休みと思ったそうです)「だめだ。忙しいから出て来い」と言ったらしく、彼は病を押して出て行ったのだそうです。ところが、出てきた彼の顔を見て(熱で顔が赤らんでいるのが判ったのでしょう)、店長が驚き「直ぐに帰れ。本当に病気だったのか。休んでいいから。身体の調子が良くなったら、また来い。悪かった」と言ってくれたのだそうです。

 一度こういうことがあると、店側も彼を完全に信用し、きちんと(普通の日本人と同じように)扱ってくれるようになったとのこと。やはり、(これは厳しいことですが)のんびりフンワカと生きてきて、日本の仕事でもそれで通用できると思ってやっている人が多いと、皆そうであるかのように思われてしまうのでしょう。

 最初は(そういう、彼らと同じように)厳しく扱われてしまっても、そうではないことが判ると、きちんと扱われるようになり、うまく歯車が回り始めるようです。結局は、何事も、「個人」なのです。ただ、これは、しようがないという面もあります。日本人が付き合える外国人の数はしれたもの。その中で考えてしまうので、こうなってしまうのです。

 とはいえ、1年ほども同じ店で頑張れると、そこは同じ人同士、互いのことがわかるので、真面目にやっている学生はそれなりに評価されるようです。

日々是好日

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「台風4号の影響」。「『ハンコ』と『ハナマル』」。「男の先生は?」。

2013-06-21 08:21:54 | 日本語の授業
 曇り。台風4号の影響が、今日、昼過ぎ頃から出るそうです。午後のクラスの学生達は、学校が終わってからアルバイトに出かける者が多く、その帰宅時間にどうやら台風の影響を強く受けてしまいそうです。電車というのは、思いの外、風に弱く、特に海岸よりは直ぐに速度を落としたり、時には間引き運転になることもあるようで、ちょっと心配です(ちゃんと帰れるかしらん)。

 それに、自転車で、40分ほどもかけて、隣の浦安のレストランまで行く者もいますから、雨風が強いと、いくら身体が丈夫な若者であっても、帰ってきた時にはぐったりとなっていることでしょう。

 土日で休めるといいのですが、中には、まだ日本語がそれほど上手ではない学生がいますから(四月生)、他の人達が休む土日がアルバイトのし時というわけで、休もうにも休むわけにはいきません。

そういえば、昨日、朝のクラスで、20分ほども、遅れてきた学生がいました。聞くと、雨が強かったので、アルバイト先の近くにいる友人宅に泊めてもらい、今、帰ってきたとのこと。二度目の夏を過ごそうというわけですから、日本の交通事情にも慣れたのでしょう。

 というわけで、おかげさまで「四月生」には皆アルバイトが見つかっています。友人の友人、またその友達などに、先輩達が連絡して、捜してもらったり、先に来ている者のアルバイト先を紹介してもらったりしています。とはいえ、日本語がそれほど上手ではない、その上、日本の流儀にも慣れていない者であってみれば、楽な仕事というものはありません。

 アルバイトが見つからなくても「大変」。アルバイトが見つかっても「大変」なのです。これが(アルバイトにも勉強にも)慣れて、日常のこととして定着するには、やはり1年は必要でしょう。

 つまり、「四月生」や「七月生」はぎりぎりで間に合うけれども、「十月生」というのは、「辛い」ということなのです。もちろん、母国で、かなり日本語の経験があったり、語学が得意である者であれば話は別です。それに、家から、かなり潤沢なお金を送ってくることができる者なら、それほど悩まなくてもいいでしょう。が、大半の学生はそうではありませんから(彼らの国では、ごくごく普通の家庭の若者たちですから)、勉学の面でも生活の面でも、大いに苦労するということになるのです。

 皆、それが判って来ているのでしょうかしらん。

 さて、昨日のことです。

 午後の受業が終了後、「Bクラス」に残って学生と話をしていますと、下の階から「Dクラス」の学生が一人やって来ました。私と話をしているU君と一緒に帰ろうとやってきたのです。U君が下りてくるのが遅いと、よく迎えに来るのです、このG君。

G君を見ると、U君、「今日は先に帰って。遅くなるかもしれないから」と言います。けれども、このG君、「待っている」と言って、帰ろうとしません。

 それで、「ただ待っているというのもつまらないから(本人はゲームで遊んだりして、決して暇つぶしに事欠くようなことはないでしょうけれども)、勉強しなさい。宿題をしてもいいし、漢字の練習をしてもいい」と言いまと、「Bクラス」のU君もそれがいいと脇から口を挟みます。さすが、先輩ですね。

 言われて、G君。おとなしく漢字のノートに字を書いています。まだ、覚えるために書くのではなく、写すように書いているのだということは判りますが、それでも、「漢字を勉強するのが怖い」と言っていた一時期に比べれば、それほど抵抗なく書いているのがわかります。それで、ホッとして、またU君との話に戻ります。途中、G君がちょっといなくなったのですが、気に留めずに、U君と話を続けています。話が終わった頃にG君が戻ってきたのですが、うれしそうにしているので、「あれ?」と思ったのですが、そのままにして、二人と別れました。

 そして、私も教室の掃除を終えてから、職員室に戻っていきます。すると、漢字担当の先生が、「今、G君が来て、ハンコをもらって喜んで帰っていった」と言うのです。「そうか、あのニコニコは、ハンコのニコニコだったのか」と思うと同時に、「なるほど、よくしたものだ。ただ、言われて、書いたのではなく、ちゃんと、褒めて貰いに行っていたのだから」と思うと、なぜかおかしくなってしまいました。学生達は、皆、ハンコが大好きで、忘れると「捺して」といいに来る学生までいるくらいです。おっと、それから、ハナマルも(大好きです。中には丸の数を数えている人もいました「あの人は四つなのに、私は三つというふうに」)。

 そういえば、このG君、漢字を書いている時、ふと、私の顔を見て、「先生、男の先生、あの眼鏡をかけた先生、いない。どうして」と聞いたのです。他の学生達が聞いた時には、「今、ちょっと、用事があってね、来られない」と、曖昧に答えていたのですが、ちょうど、昨日、八月が終わった頃からまた来られそうという知らせがあったようなので、そのことを話しました。すると、U君もジッと私を見ているのに気がつきました。みんな気にしていたのでしょう。が、上のクラスの学生達は既に1年ほどを日本で過ごしていますから、日本人が曖昧に言っている時には、根掘り葉掘り聞いてはいけないということがわかっています。

 中国人が多い時には、根掘り葉掘り聞かれるのが煩わしいと言うより、詮索的な雰囲気を漂わせる人もいたので、ちょっと困った時もあったのですが、これもお国振りで、悪気はないのです。ただ、皆、こういうふうに物わかりが良くなってくれていると、ちょっと(こちらの)心持ちも楽になりますし、戻ってきた時に先生の気持ちも楽になるでしょう。普通に、ごく自然に、いつもの仕事に戻れるというわけですから。

日々是好日
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「ビワ(枇杷)の実」。「自分達がうるさいことに気がついていない…」。

2013-06-20 08:20:06 | 日本語の授業
 小雨。台風の影響か、やっと「梅雨前線」が活発化し始め、梅雨らしいお天気が続いています。とはいえ、今朝も小雨。自転車で来ることができるほどの小雨…でした。

 それで、なのですが、今朝、来る時に、あるマンションの一階の庭に、「ビワ(枇杷)」の実がついているのに、気がついたのです。まだ、「実っている」ほどではありませんが、それでも山のようについていました。これを、数が多いからきっと粒も小さくて、それほど甘くないだろうとみるか、それとも、数が多くて華やかであるのを喜ぶべきか(これは観賞用です)、あまりにも、たくさんの実に、ふとこんな気持ちを抱いてしまいました。「ビワ」からみれば、「オイラの勝手だろう」なのでしょうけれども。

 「イチジク(無花果)」と「カキ(柿)」、それに「ビワ」。この三種の果物は、子供の時、外で買ったという覚えはありません。「イチジク」と「カキ」は、庭にたくさん生っているものでしたし、「ビワ」は、その時期になると、祖父が、黙っていても持って来てくれるものだったからです。

 だからでしょうか、なぜか、この三つの果物を買う気になれないのです。買うとこの三種の果物に対する、あれやこれやの思い出が崩れてしまうような、そんな気がするからなのかもしれません。特に「イチジク」と「ビワ」は。

 さて、学校です。
 新しいクラスの学生達からだんだんメッキが剥げてきています。日本に来てから初めて始めたアルバイトにも少し慣れ、疲れを覚えるようになり、それほどの余裕もなくなってきているのでしょう。かなり地が出てきて、私語が多くなってきました。それと比例するかのように私の仏頂面の日も増えています。

 昨日、授業が終わってから「Dクラス」のスリランカ人男子学生が、「先生、どうしていつも怒っていますか」と聞きに来ました。「私語が多いでしょう」めいたことを言いますと、「いえ、何も話していないです」とさも驚いたように真面目な顔で答えます。彼は心からそう思っているのです。

 本当に、彼らの母国での教室というのは、ワイワイガヤガヤ(それ以外言えません)していて、学生にとってみれば、学校に行って友達とワイワイガヤガヤやるのが、楽しかったのでしょうね。

 ベトナム人学生も、うるさかったけれども、スリランカ人学生もうるさい。結局は数が増えると、うるさくなる…だけのことなのでしょう。ベトナム人学生は、試験の時も、堂々と、公然とカンニングしますし、隣にいる人に、甚だしき時は、前々列にいても、後々々列にいても答えを聞いたりするのです。勿論、そこまではないとしても、「試験」の時、教え合うというのが習慣になっているのでしょう。それを別に悪いこととも、(試験とは)自分の力でやるべきことだとも思っていないようです。

 ベトナム人学生達が大勢入ってきた時も、当時、そのことに気がつきませんでしたので、かなり「唖然呆然」としていた時期がありました。窘めても判らないし、態度も改めない。(学生のうち、答えを)教える方は(私たちの言っている意味は)判ったと思います(こちらの言動や態度などから、ある程度察知する力はあると思います)が、(答えを)聞いている方は、全くそういうことを考えようともしないのです。もしかしたら、そういう力がないのかもしれないと勘ぐってしまうほどです。これは、多分、そういう力が養成されていない、つまり母国では必要とされなかったという意味で。

 そんな中に、1人、「雑音は邪魔だ」と、試験になると、一人用の机を引き出し、そこに斜めに座り、他のベトナム人の声をシャットアウトしてしまった、ベトナム人男子学生がいたので、そうか、ベトナム人でもこういう学生もいるのだと驚いたこともありました。

 勿論、答えを見ようと見まいと、私たちの彼らに対する評価は変わりませんし、態度も変えません。それで満点を取ろうが、零点であろうが、授業中の様々な態度や様子、また宿題のノートなどから見えてくる彼らのレベルで、私たちも考えますので、彼らのこの意味での、「努力」は空しいものなのです。

 そういうことをして、目先のことをごまかそうと努力するくらいだったら、他の国から来た学生のように「勉強できませんでしたから、今、練習してもいいですか」と言って、プリントを返し、漢字なり、文法なりを(その時間)勉強した方がいいような気がするのですが、なかなかそうはいかないようです。

日々是好日
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「鉄は熱いうちに…」。「『授業中は楽しく、おしゃべりをするもの』。『…へ?』」

2013-06-19 08:41:46 | 日本語の授業
 早朝は、雨が少しぱらついていましたが、急に陽が射し始め、晴れになるかと思っていると、また急に空が暗くなり…。今日は、おそらく一日中、こんなお天気なのでしょう。

 さて、学校です。

 少々騒いで先生の授業を中断させていた「Dクラス」の学生達のことです。

 私の授業の時には、普通、目で叱るとそれなりに収まってしまいますので、それほどのことはないと高を括っていたのですが、どうもそれは猫を被っていたらしいのです。後半の授業を受け持っている先生方の話を聞いて、ちょいと、こちらの心持ちが変わってきました。

 「鉄は熱いうちに打て」は、実際にその通りで、彼らのやり方はここでは通用しないということを早めに知らせておかなければなりません。これは、抽象的に言ってもわかりませんから(よく知らないのに、その国のことを想像せよと言っても、当然、無理です)、その時々、ことが起きた時に注意していくしかないのです。そうしないと、たとえ、何年日本にいようと、日本に馴染めぬまま、異邦人として日本にいるしかなくなってしまうのです。

 おそらく、どこの国に行っても同じでしょうが、個々の国にはそれぞれ、その国のやり方というものがあります。それには、一つ一つ出会ったときに対処していくしかないのです。今のこのことに対して「こうする」としていくしか方法はないのです。そしてそれを積み重ねていく、おそらく、それが最善の方法なのでしょう。

 これは学校の授業の時だけのことではなく、アルバイトの時でも同じです。日本人の考え方の根本にあるものは同じなのですから。

 上の人が、皆に注意を与えている時に、隣の人と話していれば、その人に対する評価は低くなります。悪くすると、切られるかもしれません。また、他の人の時給が上がった時に、その人だけは据え置かれるということにもなりかねません。私語をして注意を聞いていなければ、それだけミスも増えるでしょうから。

「言っただろう、何を聞いていたんだ」。「いくら言っても判らないな」。この二つを叱責ととるか、既に無視されているととるかは、微妙なところですが。

 学校は学生達がお金を払って勉強に来ているわけで、いわば学生は客の立場に当たります。私たちは彼らが早く日本に慣れ、日本語だけでなく、日本人との付き合いにも問題が生じないようにと、気がつく限り、日本の習慣、日本人的な考え方、仕事のやり方などを説明しておかなければなりません。その義務があるのです。

 しかし、アルバイト先はそうではないのです。学背達はそこで働かせてもらって、お金をもらっているわけですから、それに見合った働き方をしなければ、「どうぞ、お引き取りを」ということになってしまいます。どんな会社だって、不必要な人を雇う余裕はないのです。

 と言うわけで、話は、学校に戻ります。

 実は、一昨日、若い先生が、「…だから、予定していた部分ができなかった…」と悔やんでいたのです。それで、昨日、その部分を私が先にやってしまった後、「一昨日、授業が終わってから」と、若い先生の話をしたのです。

 「若い先生は、皆の授業のために二時間も三時間もかけて準備をしている。そして、皆に判ってもらおうとしている。授業が終わってから、一時間以上かけて家に帰る途中も、その日の授業の反省をしている。こうした方が判ってくれたのではないだろうか、ああした方が良かったのではないかと」。

 「しかし、皆が騒いだり、私語をしたりしていると、せっかく皆によかれと思ってしているのに、若い先生の努力が烏有に帰してしまう。皆はそのことがわかっているのか」。

 勿論、まだ『初級Ⅰ』の「22課」程度の日本語力ですから、どれくらい判ったかというと、疑問符がついてしまうのでしょうけれども、皆が静かになって、しおらしくなったところをみると、だいたいは判ったのでしょう。それに昨日の後半の授業の時もおとなしかったそうですから。

 とはいえ、多分、保つのは一日か二日。すぐに元に戻ってしまうことでしょう。然はありながら、こういうことを繰り返していくうちに少しずつ慣れていくはずです。

 昨日も、そういうわけで、話をしていたところ、1人が、ポツンと「スリランカの学校は楽しかった…」と言ったのです。

 私も一度スリランカの中高を見学したことがありましたから、それは、わかります(勿論、それがすべてであるとは思いませんが。一つの例として)。

 ワイワイガヤガヤ。長っ細い教室にいくつものクラスが同居して授業をしているわけですから、真面目に勉強している子もいたけれども、隣のクラスの子と、勝手な話をしている子もたくさんいる。またそれを先生は気にしている様子もない。私には、この教室における授業のルールというのが見えませんでした。日本的に言うと、こういうところでの授業は、「大変だな」です。日本では先生に「注目」させるために、どの教師も努力して技を磨いているのですから。それをあまり関係ないというふうにはできないのです。

 もし、あのような中で育っていたとすれば、それは、日本の学校は楽しくないでしょう。私語は慎まなければなりませんし、(試験の時)隣の人の答えを写すのも御法度ですし。

 日本に来て、突然、「教師が話している間はちゃんと話を聞け」とか、「静かに勉強しろ」とか言われても、それは無理なこと。「授業中に自由におしゃべりできないなんて、なんて日本の学校は楽しくないのだ」となるのでしょう。

 そういえば、ベトナムの学生もそうでした。授業中、私語の多かったこと。これはスリランカの学生と差はありません。ただ、スリランカの学生よりひどかったのは、遅れてくる学生が必ず、入ってくるなり、一言か二言ベトナム語で、何か既に来ている学生に言うのです。そして、教室にいる学生もガヤガヤと問いかけに答えるのです、授業中であるにもかかわらず。

 もし、彼が何も言わなければ、教室にいる学生の方から先に何か言う、そして大笑い、ガヤガヤガヤ。それが、遅れてくる学生が3人でも4人でも5人でも6人でも、繰り返されるのです。授業をしている身としては、いい加減にしろと叫びたくなってしまいます。ところが、彼らにはこちらの気持ちはわからない。なんてひどい人だみたいな目つきでシラッとこちらを見るばかり。…価値観が違うな。対処のしようがない…でした。

 とはいえ、スリランカの学生達も同じです。おしゃべりはおしゃべり。来日して三ヶ月も経っていないのですから、まだスリランカを尾っぽに引いています(しかも、アルバイトが始まったばかりですから疲れている。学校で皆とおしゃべりすることだけが楽しみなのです)。「Bクラス」の、一年以上もいるスリランカの学生達も、ややもすれば、チョコチョコッとしゃべってしまうくらいですから。ただコツが判っていますから(限度が判っていますから)、こちらもイラッとすることは少ないのです。だいたいあのように、垂れ流しで話していれば、まともな会社は雇わないでしょう、たとえアルバイトであっても。

 しかしながら、スリランカで、学校はいくら楽しかったとはいっても、日本でそれをやられては困ります。日本の学校の授業では、彼らが私語をしてこちらの話を聞いていないからといって、彼らのために授業を中断して待ってやることなんてしませんし、他の国の人達もそれではたまりません。

 他の国の人の視線が気になっていないところも大らかといえば大らか。これは空気が読めないというのとは違って、ある意味では傍若無人。そこに存在しているのは、自分達でしかないのです。明らかに彼らの国の人以外の迷惑になっているのですから。

 まあ、これも一つ一つ気がついた時に注意をしていくしかないでしょう。彼らが1年くらいで帰国するなら、そこまで「しつこく」しなくてもいいのでしょうが、大半の学生は日本に、(この学校)卒業後も数年はいたい、あるいは日本で働きたいと思っているようですから。

日々是好日
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「若い女性に、『あなたは何歳?』とか、『恋人はいるの?』とか聞くと言うこと」。

2013-06-18 08:34:36 | 日本語の授業
 曇り。次第に晴れ。

 今朝はいつもより一時間ほど早く起きました。それでウロウロしていますと、早起きには三文の得って本当ですね。かわいらしいお客さんが来ていることに気がつきました。雀さんです。これが宵の口であったならば、
「すずめどの ちょちょっとござれ ささの相手に」(誰の句だったのか、忘れてしまいました。一茶かなとも思うのですが)
絶滅危惧種であるなんて、脅されていたのは、ついこの間のことのような気がするのですが(確かに少なくなっているのは事実です)、電信柱や植木の上などで、5,6羽ほど、遊んでいるのです。小さくとも樹は樹、小鳥が似合います。しばらく見とれていました。

 これがもう少し明るくなると、もっと大きな鳥、「ヒヨドリ(鵯)」とか「カラス(烏)」とかがやって来て、脅しをかけるのでしょうけれども。何か、お米かパンくずでも撒いてやりたくなるのですが、でも、それをやると、ギャング鳥がくるのですよね、自分は食べないくせに。地面すれすれまで飛んできて、小鳥たちを追い払うのです。食べていた小さな鳥たちは、慌てふためいて逃げ惑います。きっとそれが面白いのでしょうねえ。どこの世界にも、意地悪な者はいるようです。

 さて、昨日、若い先生が、「Dクラス」で、年を聞かれて困ったと言いに来ました。

 外で「日本人の若い女性に『あなたの年は?』とか、『電話番号は?』などと聞くようになると困るので、『失礼です』と切り捨てておいてくれ」と頼んでおいたのですが。

 こう書くと、「何と嫌な奴だ、外国人にもっと親切にできないのか」と、日頃、こういう人たちと付き合いのない人達は一様に思うらしく、「あなたのようなやり方はねえ」と直接非難されたこともあります。中には、「年くらいいいじゃないの、言えば」とか、「もっと失礼のないように断れば」とか言ったりする人もいます。

 これも、大学で習った「教育」を金科玉条のごとく信じ込み、それを、現場で実行しようとして、当の相手に馬鹿にされる…の二の舞になるしかないのですが、こういう人たちは一過性の付き合いしか(したことがあっても)したことがないので、平気なのです。もちろん、それが判って、「だから、外国人は嫌い」になる人もいるようですが。。

 彼らに、「あなた方の国の若い女性に、『年は何歳か』、『恋人はいるのか』、『電話番号を教えてくれ』などと、聞くことはあるかと聞くと、皆、「ない」と言います。「それでは、なぜ日本でそれをやるのか」と聞くと、彼らは黙ってしまいます。もちろん、中には、意味の判らない笑いを浮かべて、日本人の女の人は優しいからなどと言う者もいます(これを聞くと、日本人を馬鹿にするなと腹が立つのですが。確かに、嫌でも嫌だと言えない女性は多い)

 日本人は、普通、相手の身になって考えますから、(相手に悪いからと)嫌だなと思っても答えることが、確かにあります。それを、相手は、(この人は嫌がっているということが判らず)誤解してしまうのでしょう。こういうことが度重なると、さすがの日本人女性もいい加減にしろよと腹を立て、「大ッ嫌い。気持ち悪い」となり、完全に彼らの周りの日本人からシカトされることになるのです。何事も限度を知らない行為は、どこの国であっても、人に嫌われます。

 日本人女性には、何を言ってもいい(あるいは怒らない)と思っている、そう感じるときは多々あります。これは、彼らの国の習慣から言えば、およそ、女性はしないものと思われていることをしている(日本だけではなく、タイ、中国、フィリピンなどの)女性に対してのようにも思われます。明らかに誤解なのですが。ただ中国人女性は強いので、直ぐに喧嘩になります、それで、彼らは首を引っ込めて聞いたり、言ったりしないのでしょう。

 日本では、街を歩けば、夜遅く女性が闊歩している。自由な恰好をして、一人で、あるいは女同士で歩き回っている。酒も飲む。こういう姿を見て、ああ、日本では、(自分の国の女性には決してしないことでも、言わないことでも)言ってもいいのだ、してもいいのだと思うようになるのでしょう。

 こういうことは些細なことですが、「日本人にあいつはいやらしい奴だ」と思われる前に、言っておいた方がいいのです。日本には見えないルールがたくさんある。普通、得体の知れない(年を聞いたり、恋人の有無を聞いたりされるような関係ではない)外国人と必要も無いのに親しくなろうとする日本人の若い女性は、まず、いないのですから。

これは、また中国に留学していた頃の話ですが、最初、私たち日本人に近づいてくる人達は、一時帰国した時にカメラを買ってきてくれとか、あるいは日本円やドルと人民元を交換してくれと言いに来る人達が大半でした(外国人と結婚して国外へ行きたいという人達は別として)。

 それで、たまたまバレーボールをしている時に知り合った大学生に、そのことを話しますと、「日本でもそうでしょ。普通のきちんとした家の人は、知らない外国人に話しかけたりしない」…。そうか。そうだな。

 これは、どこの国でもそうなのでしょう。

 日本でも、一見、自由に見えるかもしれませんが、実は皆、見えないルールを守って生活しているのです。これは本人の自由に任されて、守っているだけに、却って強いのです(彼らは「お坊さんが言っている」とか、「親が言っている」で守っているだけですから、外国へ行けば、直ぐに地が出てしまいます)。それゆえ、彼らの国から見れば、安全で心地よく生活できているのです。そのルールを知らなくて、何でも言いたい放題、自分の国とは違うと思い込んで行動してしまうと、とんでもないしっぺ返しがやってきます。

 まだ、彼らは日本語もできないので、そういうルールには気づけないのです。しかし、目に見えないルールはある、しかもほとんどの人達は自然にそれを守っている、それを守らない人間は日本ではやっていけないということを、知るだけは知っておいてほしいのです。

 普通、毎日学校に来て勉強さえしていれば、2年ほどでそのことに少しずつ気づくものです。折に触れ、私たちが注意していきますから。勿論、どうしても、それが守れず、日本人に嫌われる人も、出ては来ます(もう、大人ですから、守る守らないというのは、本人の問題です。どうでもいい、そんなことはと思えば、それで終わりでもあるのです。その場合は、知っていて守らなかったということになるだけです)。

日々是好日
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「スリランカ人、バングラデシュ人、インド人は、『首を横に振って』頷く」。

2013-06-17 10:14:39 | 日本語の授業
 曇り。お空が安定していなかった土曜、日曜。そして、今日は、曇り、昼過ぎには、晴れ間もあるとのことです。

 さて、学校です。

 今年のスリランカの学生達は、何を聞かれても、一様に「判ります。先生」と言います、首を横に振りながら(まあ、前もそうでしたが)。

 この、「首を横に振る」というのは、スリランカやバングラデシュ、インドから来ている学生にも見られることで、もしかしたら(日本人などが考えている)、「『首を縦に振る』ということは、『判る』とか、『はい』の意味である」ということ自体、怪しいのかもしれません。

 とはいえ、ここは日本ですから、こうされますと、思わず「どちらですか」と問いたくなってしまいます。

 すると、また首を横に振りながら、一段と声を高めて「判ります」と言います。きっと、彼の方では、「聞き取れなかったのかな」とか、「判る」と言っているのに、それを信じていないのだろうとか思っての、この、「一段と声を高めて」のことだったのでしょう。

 首をどう振るかはさておき、「わかる」とか「判らない」とかを言えることほど、何かを学ぶ上で難しいことはないのでしょう。また、それこそが、教師にとって、学生を理解する上での、大切なことなのです。

 今、「わからない」と言えるということは、これまで「判っていた」からで、「これまで「判っていなかった」ら、今も、相変わらず「判っているのか判っていないのか判らない」といった茫漠とした表情をするしかないのでしょう。

 どちらにせよ、ぼんやりしたとらえどころのない表情ではなく、「判らない」と言い始められたことが、「判る道」への一歩なのです。

 自分の経験からも、「学問を致すに、知ると合点との異なる処、ござ候」(横井小楠)は本当のことだと思います。   

 ただ、学生達に言って、それが那辺に落ち着くかは、彼らの、相手(この場合は日本)の文化や歴史習慣への理解や、あるいは想像力によることも関係してきます。教師などというのは、そのお手伝いをチョコッとできるに過ぎぬのです。私たちは、彼らの質問などを聞きながら、この学生はここまで理解できているなあとか、この学生はいまだに五里霧中であろうななどと考えているのです(これは『中級』以上です)。

 これは、何も意地悪でしているのではありません。こういうことが判る、あるいは感じ取れるようになるには、人それぞれに異なった時間が必要なのです。もしかしたら、自分には不要であると、そういうことを考えずに終わってしまう人もいるのです。またこれはその人にとって何が大切かということとも絡んできますから、他人の口出しできることではないのかもしれません。

 実際、不必要のことかもしれませんが、(実務の上からは一見不必要と見えることも、ここは「日本語学校」ですから、)判る可能性のある人がいたり、この人には判らせねばならぬと思われる人がいる限り、教師という者は、言い続けておかねばならぬと思うのです。
 
 勿論、これは何を以て必要とするかも、すぐれて個人的なことですから、他の教師はこういうことは、彼らに告げぬかもしれぬし、告げるかもしれぬ、また、(それではなく)他のことを大事と思い、そのことについて言うかもしれません。

 とはいえ、学生達を見ていると、(彼らにとって、日本語の)文章を理解するのが難しいというのは、読解力の問題ではなく、(日本に対する)知識不足からきているにすぎぬ場合が多いのです。その時には、その知識を多少なりとも注入しておけばすむことで、読解力を必要とする部分の説明を諄くする必要はないのです(知識さえ入れれば、事足りるのです)。

 これは、もし、私が彼らの国の言葉を学ぶとして、「ある文章を理解できないから、この人は読解力がないなどと思われたら、たまらんなあ」という気持ちからも来ていることなのですが(これは私だけのことではありません。友人もアメリカでそういわれて腹が立ったと言っていました)。

 こんなことは、数年、教師をし、またある程度の教師としてのセンスがあれば、ほっておいても理解できることなのですが、これがないと、これがなかなか難しい。定年退職まで公教育で働いてきた人でも、外国人に教える時に(『初級』の授業でです、20分も30分も導入に手間取っている人がいました。しかも戻ってきた時に、「どうして、こんな簡単なことが判らないのでしょうね」と言っていました)。

 一般的に、日本語教師というのは、言語学から入っている人が多いようで、教育学方面の知識や技能が足りない人が、思いの外、多いのです。言語学の知識は豊富ですから、それを学生に「言いたい」という思いが強すぎ、時にはそれが邪魔をして学生の理解が理解できなくなっているということもあるようですし。

どういう相手にどういう風に教えていったらいいのかも問題ですし、時には、それを削った方がいい(教える必要はない)という時もある。それに、また、ある時には余分なことと思われる方に手間をかけた方がいいこともあるのです。

 彼らの希望は日本語学ではありません。学生は別に日本語学をやりたいというわけではないのです。大学受験に必要だから、「日本語で話せるようになりたい、読めるようになりたい、書けるようになりたい、聞き取れるようになりたい」でしかないのです。いわば日本語は道具でしかないのです。彼らの中において、日本語とは、それほどの「地位」でしかないのです。

 ところが、教える方では、「日本語、日本語」というわけで、いつの間にか日本語が目的になってしまい、「本末転倒」で空回り、ということにもなりかねないのです。

 特に『初級』などでは、教師の導入は、2、3の文(あるいは、一つか二つのミニ会話)で終わりにすべきで、それで学生が理解できなければ、教師の負けで、次に移った方がいいのです(練習しているうちに判るくらいの心のゆとりで)。「判らない」と言われ、例文を出せば出すほど学生の頭は混乱してしまいます。だいたい4カ国か5カ国の人達に彼らの母語で、彼らが理解できるように教えていくなんて不可能です。まして、それを日本語でやるなんて無理です。それに何より、「今現在」わからなくとも、「二週間後」あるいは「一ヶ月後」くらいには判るようになっています。それが日本に暮らしている者の強みなのです。気にする必要はないのです。何と言いましても、彼らは日本語の聖地、日本にいるのですから。その時点で、何より必要なのは、口慣らし、口頭練習なのです。

 瑣末なことに拘り、この練習が疎かになってしまいますと、日をおかずして、『初級』の学生は「言えない」「聞き取れない」で、直ぐにやる気を失ってしまいます。『初級』段階では、そちらの方が問題なのです。口頭練習は、特に『初級』の間は、「10回よりも11回、11回よりも12回、一回でも多く」が鉄則なのです。

日々是好日
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「『渇水』で、『停電』を連想するベトナム人学生」。

2013-06-13 09:57:13 | 日本語の授業
 シトシトと、雨が途切れることなく降り続いています。台風は既に夜間に熱帯低気圧に変わったそうで、「今日、明日はもしかしたら大雨になって、ダイヤ(電車)が乱れるかもしれない」などと言っていたのが嘘のようです。 

 ここ(学校)にいて、静かにそぼ降る雨の音を聴いていますと、この雨の音に相応しいのは、うたた寝の姿ではなかろうかなどと思われてきます。そう、こういう日は皆、眠くなるのですよね。アルバイトで草臥れていても、ちゃんと学校に来ている学生達が、雨音を聞いているうちに、だんだん、頭(こうべ)が垂れてくるのも…わかります。 

 ところで、この「台風3号」が、まだ遙か彼方の海上にあった時のことです。「日照り」が「Aクラス」で、話題になった時、ベトナム人学生が、一様に、「停電」、「停電」と言い始めたのです。「(雨が降らなくて)……停電??」と、キョトンとしていますと、「ベトナムでは雨が降らないと、停電になります」。日本では、(ダムのある山間部に)雨が降らなくて、取水制限が取り沙汰されることはありますが…、そうか、ベトナム人は、「日照り」で「停電」を連想するのかァ…。 

 「日照り」一つでも、それから連想されるのが、彼我の間では違うのです。特に、講義や単純作業だけではなく、相手から何事かを導き出さねばならぬ「会話」の授業では、大変なことであると、思わず、考え込んでしまいました。勿論、外国人を相手にしての授業にも年ふっていれば、(そういうことが重なりますので)知っていることは、他の方よりも、少しはあるのですが。

 とは言いましても、毎年のように、ハッとさせられることが、幾度もあります。中国一つを例にとっても、国が大きければ、地方毎に違うということもありますし、政治体制が異なっていれば、一つ一つのことに対する連想も違ってきます。

 学校などであれば、その国からの学生が一人や二人だけであれば、目立たないことも、10人を超して来るようになりますと、彼らの「連想」を無視して授業を進めていくことはできなくなってきます。それよりずっと小さい国から来ているベトナム人学生であっても、(北部ベトナムから来ている人に)彼らの国の南部地方のことを聞いても、南の人とは文化も考え方も違うと言うくらいですし。

 それが、この学校では(小さいにもかかわらず)、多い時で15カ国ほど、少ない今でも9カ国からの留学生がいるのですから、文化や生活習慣での話を、少しでも、し始めると、途端に、あっという間に話が弾んで、時には話がどこかへ飛んで行ってしまうことさえあります。

 「私の国は違う」、あるいは「あなたの国でもそうなのか」というのが、彼らの話の進め方。それで話は、ドンドン、ドンドンと進んでいくのです。同じクラスに、たいてい、4カ国か5カ国、あるいは6カ国くらいの学生が同居しているのですから、話題は尽きません。特に、『初級』の間は言いたくても、「(日本語ができないので)話せない、話せない、話したいのに話せない」で、我慢していた分、中級くらいからは、(それが)ドドッと出てくるのでしょう。それはもう、「(自分の国に関することを)しゃべれるものなら、何でもしゃべりたい」になってくるようです。

 その上、国を出てから半年ほども経っていますと、「故郷恋し」が堰によって溜められていますから、故郷に関することなら何でもかんでも出したくなっているのです。

 これも、「日本にいたい」というのと、「国が恋しい」というのとは別物のようで、(1年ほども日本で頑張れた学生は)皆、「まだ、日本にいたい」と言います。

 「来たばかりのころは帰りたくてたまらなかった。けれども、今では(ここの生活が)楽しくなった」という学生もいれば、「(この学校にいる間に日本に関する知識も増したのでしょう)日本語を勉強している間はどこへも行けなかったけれども、(この学校では、課外活動で、毎年、4月には『千鳥ヶ淵』で花見、6月には『横浜』か『鎌倉』、8月には『富士山』か『日光』、11月には『明治神宮外苑』と『六義園』か『小石川公園』、12月には『ディズニーランド」か「ディズニーシー」へ連れて行っています。その他にも、一ヶ月か二ヶ月毎に、「東京」の庭園や博物館、動物園や水族館、神社や寺、それにコンピューターをやりたいという学生が多かった時には「メディア祭」にも行ったことがあるのですが)大学に入ったら、沖縄や北海道、京都へも行きたい」という学生もいます。

 結局、自分の国から離れて、(旅行ではなく)留学を選んだ若い人達は、その地での楽しみ方を見つけなければ続かないのです。大学や大学院へ行った学生も、そして専門学校へ行った学生も、皆そうでした。そうでなかったら、「日本と合わなかった」で、帰るしかないのですから。

 また日本人にとっても、これはいいことで、この日本を大切に思い、いいと言ってくれる人なら、誰がいてもいいのです。これはまた、どの国であっても同じでしょうけれども。

日々是好日

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「アルバイトが見つからない…」。「公(おおやけ)」。「異文化}。

2013-06-12 08:45:10 | 日本語の授業
 雨。久しぶりに、シトシトと降り続いています。これは台風ではなくて、全く梅雨時の雨。「カエル(蛙)」がゲロゲロと鳴き、田畑にきれいな雨の筋が引かれていく、あの、梅雨時に似つかわしい雨です。

 昨日、午後の学生達が帰る頃から降り始めた雨。と言うわけで、私も、自転車を置いて帰ったのですが、雨に濡れた自転車というのは、どこやら侘びしげな感じがいたします。ふとそれに気をとられていると、突然声をかけられてしまいました。実は、遠くから見えていたのです。が、向こうから来ているのは小学生とばかり思っていたのです(ごめん)。

 声をかけられて、見ると、ベトナムからの女子学生が二人。肩を寄せ合うようにして立っています。このうちの一人は、いつも「アルバイトがない、アルバイトがない」と、教師の顔を見れば言うのですが、その度にいつも「日本語が下手だからしょうがない」。そして、今日もまた、「ベトナムの学生はアルバイトがない」と言います。

 けれども、彼女の他に、アルバイトを見つけられていないのは、四月生の一人だけです。ベトナム人学生は総じてヒアリングが悪いので、聞き取りで撥ねられることが多いのですが、彼女の場合は、彼女が言っていることが、毎日顔を合わせている教師にも判らないのです(ある時は、単語の間違い。ある時は、およそ、その場で成立しないような文をいうので、意図が汲めないのです、文としては文法的に合っていても)。しかも、自分は聞き取れている、正しいと、譲りませんから、これまた大変。

 聞き取れていないおまけに、勝手な解釈をして、何か言うわけですから、ほとんどの話は、思い込みに基づいていることとなります。それを告げ、訂正しようにも、自分は正しいと譲りませんから、話は一ヶ月経っても二ヶ月経っても、進まないことになります。判らないなら判らないと言い、他の人に聞けばいいものを。そうすれば、どうせ、その工場はベトナム人が多いのだから、ベトナム語ですむでしょうに。

 これじゃあ、(会社の人で)面接する方が大変だなと、反対に同情してしまいます。相手側としても、面倒は避けたいというのが人情でしょうから、人が足らないならともかく、そうでなければ「来てくれ」とは言わないでしょう。雇ったとしても、仕事中に「言った」、「言わなかった」と常にどこかで揉めれば、時間のロスです。しかも人に譲りませんから、相手になる方が疲れてしまいます。まず、「自分は聞き取れないし、話せない。判らないことは人に聞く」ということから、すべてを始めていかなければならないよと思うのですが。

 さて、学校です。
 昨日「Aクラス」で、作文の続きをしていた時のことです。ある学生の話の内容がちょっとわかりかねたので、「『高校や大学を出て、仕事がない時、何もしないで、うちで遊んでいる』と書いているけれども、それは本当か」と尋ねると、「本当だ」と言うのです。

 「では、生活するお金はどこから来るのか。両親は、子供がブラブラしてアルバイトもしないのに平気なのか」と聞くと、「4年か5年くらいなら、大丈夫。みんなそうだ」

 ベトナムの現状を見れば、それは、ちょっとおかしいような気がするので、首を傾げていると、他の、ベトナム人学生達が、「違う」とか、「働く」、「アルバイトをする」などと口を出してきました。

 すると、彼女は途端にベトナム語で捲し立て始めます。聞いているこちらはベトナム語がわかりませんから、「舌戦」としか感じられません。チャチャを入れようにも、入れられないのです。で、音を捕らえて、口を挟もうとするのですが、苦笑いをされて、完全無視。

 結局、彼女の住んでいる地方では「そう」であり、他の学生達の住んでいる地方では、「そうではなく、皆、仕事を探して働く」ということになったらしく、その報告だけはしてくれました。

 ベトナムというのは、国は大して大きくないくせに、どうも他の地方のことを(すぐそばのように見えるのですが、地図の上では)ほとんどよくわかっていないようなのです。

 以前も、小学校のことを尋ねた時、「自分達のところはこうだが、都会(ハノイ)は判らない」(彼らの住んでいるところは、日本的に言えば、「村」としか言いようがないのです)という返事が返ってきて、驚いたことがありました。

 勿論、日本でも互いの地方のことが判らないということはあります。けれども、大まかなところで共通理解ができていることも少なくないのです。国内なら、どこへ引っ越しても、同じような教育が受けられるといった、「公(おおやけ)」の部分で差がつけられないように努力されている部分が多いのです。

 これは、中国に留学していた時に、日本の「公」のすばらしさを実感できたから言えることなのですが。

 勿論、日本にいた時には、不満ばかり言っていました。私心なく手続きをしてもらうことに慣れきっていたからなのでしょう。だから少しでも遅くなったりすると、文句の一つも言いたくなっていたのです。もっとも、これは「公」というのが、国民一人一人の税金で成り立っているということを、国民すべてが判っているというすばらしさから来ているのです。

 当時、中国と同じようであった北朝鮮(中国人は、彼らのことを「文革の頃」と同じレベルと言って、似ていると言われることを極端に嫌うのですが)の留学生が、「これは主席にもらったもの」と言って、靴などを見せてくれたことがありました。「私たちにこういうものをプレゼントしてくれる、ありがたい人」だというわけです。

 思わず、「その、プレゼントのお金はどこから来たのか」と聞いてしまい、相手をあんぐりさせてしまったのですが(つい、言ってしまったのです。なにも彼女を困らせるつもりでも、悪意をもって言ったわけでもなかったのですが)、彼女にとってはあり得ない「問い」だったのでしょう。

 彼らの国の言い方をすれば、「あれは人民の金である。そんなプレゼントなどという姑息な手段を弄せず、給料を上げてやればいいのに。皆、国営企業なのだから」というのが、日本人の普通の気持ちであっても、そういうことを「考えない」ように、そういうことは「見えない」ように教育されていれば、ブラックホールにでも落ち込んだような気分になったのでしょう。

 ただ、異国に、若いうちに行くということは、この意味からでも価値があるのです。同じ人間でも住む場所により、受けた教育も違えば、価値観も違う。その多様性を知ることは、年を取ってからではなかなかにできかねることなのです(こちらが変われないのです)。

 もちろん、どこへ行っても、自分の「正義」を振りかざす人はいるでしょう。が、普通は、まず「驚き、止まり、考える」でしょう。この「考える」作業を通じて、少しずつ自分が変わり、もしかしたら「周りも変える力」も授かるかもしれません。

日々是好日
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「朝、起きて、いつの間にか、時間が過ぎて、お昼になって、学校へ行く時間になってしまった…」。

2013-06-11 08:34:24 | 日本語の授業
 曇り。湿度はまだ50%くらいというところでしょうか。まだ、全然、梅雨時といわれる頃の湿度ではありません。しかしながら、徐々に台風3号の影響は出てきているようで、アジサイの花色が心なしか、色めいてきたような…。

 とはいえ、梅雨時に、やっと台風のおかげで、こんなお天気になるとは…。それに、確か先週の予報では、今週はもっと気温が高かったような気がするのですが。梅雨時の暑さを「ムシムシする」と言うなんて教えていましたから、学生は、こんな涼しさを「そうか。これが、ムシムシかあ」なんて思っているかもしれません。誤解だあ。

 こんなブツブツも、ことお天気に関する限り許してもらえるような…。こう言ってしまうと、「そんなことはない、できれば、ブツブツ文句なんて言わないでほしい。そうでなくても外れて、気に病んでいるんだから」と反論されそうな気もするのですが、まあ、何と言っても、お天気おじさんおばさんお姉さんお兄さんは優しい人達ですから、人々のこんな愚痴にもにこやかに耐えてくれることでしょう。

 さて、学校です。

 四月生も、来日後、既に二ヶ月が過ぎ、だんだん彼らの母国での日常が、顔を覗かせてくるようになりました。「朝、何時に起きますか。それから、何をしますか」「授業が始まるのは、1時15分からですね。それまで何をしていますか」みたいなことを、適当に聞いていくと、朝起きてからが、モヤモヤと靄の中に閉じこめられているのです。

 つまり、時間は5時間くらいはあるけれども、シャワーを浴びたり、御飯を作ったり、適当に何かをして、結局何をしたかと聞かれれば、何もない…のです。いえいえ、いろいろなことをしてはいます。けれども、きっと、母国でもそうだったのでしょう。朝起きたのはいいけれど、いつの間にか時間が過ぎてしまい、あっという間に学校へ行く時間になってしまう。それでも、メリハリがつくことはいいことで、「さあ、学校へ行こう」で、元気になり(つまり、やることができた)、そして学校へ行き、学校では言われたように口を動かし、友達と話し、終わってから家に帰る。そして、アルバイトがなければ、そのまま、いつの間にか時間が過ぎて、一日が終わり…結局、宿題をする時間は、「ありませんでした」と、そこだけはきっぱりと言える…ような生活が終わってしまうのです。

 これが、半年ほども経つと、レストランなどのアルバイトができますから、本当に時間がなくなってきますが。今の「Bクラス」の学生(来日後1年ほどです)も、最初は日本語が下手ですから、友人に紹介されても、面接で落ちてしまうような状態だったのですが、それが、友人が働いている所でも働けるようになりますと、途端に忙しくなってくるのです。それまでのタラタラが嘘のように。

 若いから、あまり何とも思っていないようですが、自転車で40分くらいはザラで、1時間ほどもかかるところなんてのもありました。この辺りは山を切り崩したような所ではありませんから、比較的平らなのですが、それでも途中にはかなりの坂があったりします。それを週に四回ほども往復したりするのですから、それだけでも疲れてしまいそうです。

 こうなってきますと、時間がいつの間にか過ぎてしまったというのも頷けるのです。だって本当にそうであろうと思われますもの。寮に帰って御飯を食べて、ホッとして、寝て、あっという間に時間が経って、また学校へ行って、それから、寮に帰って、アルバイトに行って…。時間がないというのもわかります。彼らは日本に来て初めて時間に限界があるということに気がついたのではないでしょうか。

 ただ、働くことは辛くとも、その結果として、それに見合った給料が入ってくれば、達成感があるでしょうね。働いたら、働いただけのものを得ることができる、これがいいのです。
 
 そうは言いましても、これも日本語力が関係してきます。まず「聞く」「話す」ができなければ、レストランなどの飲食業は無理ですもの。コンビニなどでは「読む」力も必要になってきます。経済や経営をやりたいという学生には、できれば、日本語学校にいる間から、こういうところでアルバイトをして経験を積んでもらいたいのですが、スリランカの学生達にはそれができても、ベトナムからの学生達には、これができないようなのです。

 たいてい、工場の方に流れてしまいます。それもベトナム人が多くいる工場の方にです。さすれば、日本語を使う必要はありませんから、学校で学んだ日本語を使う機会がなくなってしまいます。ということは、何のために日本へ来て日本語の勉強をしているのかわからないということになる。勉強をするために来たのなら、やはり最初の半年は無理でも、三ヶ月ほどは、頑張って勉強に専念してほしいものです。この最初の半年ほどが、後のアルバイトなどにも影響していくのですから。

日々是好日
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「日本の強み」。

2013-06-10 09:24:45 | 日本語の授業
 曇り、時々晴れ。

 梅雨らしいお天気になかなかならないと思っていたら、「台風3号」が、列島を窺っているようです。台風かあ…ちょっと早いような気がするのですけれども…。

 外を(自転車で)走っていても、「アジサイ(紫陽花)」にも、「ギボウシ(擬宝珠)」にも、「サツキ(杜鵑花)」にも、花色に力がみられません。「ホタルブクロ(蛍袋)」なんて、何日目にすることができたんでしたっけ。みんな雨の日の花なので、雨が降らないと、元気がなくなってしまうのです。とはいえ、「やはり、野におけ、山野草?」ですから、きっと雨が降ると、また蘇るのでしょうけれども。

 さて、学校です。
 4月に入ってからずっと、「男子トイレの使い方が汚くなっている」という報告が続いています。この「トイレの使い方」なんですけれども、これがなかなか難しい…。

 以前も、いくつかの国からきた女子に「女子トイレ」の使い方を説明しなければなりませんでした。それに、もともと、「流す」という習慣がない国の人もいましたし。

 これは、「習慣」から来る事なので、直ぐに改めろと言われても…という部分があるかもしれませんが。

 以前、中国にいた時、「トイレットペーパーは流してはならない」と言われ、慣れるのにちょっと苦労したことがありませいた。できるできないの問題ではなく、気持ちの持ちようが、なかなか、その一線を越えられないのです。

 それより、もっと大変だったのは、あるイスラムの国から来た人による大騒動でした。彼らの習慣として紙を使わず、水を使うのだそうですが、私たちにはそれがわからない。それで、トイレに置いてあった水の入った瓶を片付けた人がいたそうなのです。その人はよかれと思ってやったのでしょうが、さあ、それからが大変、大騒ぎになりました。

 彼女は、すごい剣幕で「誰がやった」と、寮の同じ階の部屋を、片っ端から廻って、犯人捜しを始める。その中に、運悪く、来たばかりの人がいて、(中国語がわかりませんから、何を言われても、全然判りません。変な顔をしている。それで)「こいつか」とあらぬ疑いをかけられ、当然、彼女は身に覚えがありませんから、一悶着が起きる。

 それ以来、「トイレには各国の文化がある」と、皆「君子危うきに近寄らず」とばかりに、トイレに関する限り、「我関せず」を貫くということになってしまいました。

 日本には、昔から、他国へ渡り、他国の文化を取り入れた時期と、それを吸収し、己のものとして発展させていった時期とがありました。その他国というのも、航海術がそれほど発展していなかった時には近場の国だけでしたが、時代が進んで、船を自由に操れるようになりますと、自分が優れたと思える国へ行き、さまざまな事を学ぶようになりました。自分達の「至らざるを学ぶ」ということが素直にできていたのです。

 それと反対に、古代栄えた国の人達というのは、このような「自らの不備を補う」という行為が、どうもたやすくはできないもののようです。

 中国にいる時も思ったのですが、「我が国は4000年も前からの素晴らしい文明大国である」という意識です。あの頃、近くの部屋に住んでいたエジプト人も自分達のことを「我が国は5000年もの歴史を誇る素晴らしい文明大国である」と言っていました。あの頃、お近づきにはなれませんでしたが、イラン人も、おそらくインド人もそう言っていたことでしょう。けれども、日本のような「郊外に住んでいる民」から見ると、「それが何なんじゃ」なのです、正直に言いますと。

 確かに、その地に古代住んでいた人達は素晴らしい文明を築いた。けれども、それが今その地に住んでいる人達と何の関係があるのだろう。勿論、関係があることもあるでしょう。イスラエルが建国した時に、今はイスラム教になっているけれども、もしかしたら、かつてのユダヤの民というのは、今、パレスチナに住んでいる人達かもしれないと言われたように。

 ただ、「お父さんが偉いから子供も偉いのか」と、普通の日本人は思ってしまうのです。もちろん、その地の古代の様子を知るためには、その地の言葉を知っていた方がいいでしょうし、その地に行ってみる必要もあるでしょう。けれども、その地に行った人達は、その地に、かつて生きた人達に対する敬意はもっていても、現在、その地にいる人に対する敬意を持っているかというと、そうとは限らないのです。どうしてそれがわからずに、その文化もそれほど伝えておらずに、ただ「空威張り」してしまうのだろうと思ってしまうだけなのです。

 かつての人達と現在その地にいる人達の「差」が大きければ大きいほど、彼らの「誇り」は虚ろに響きます。却って、今、その地を訪れている、外国人の方が、かつてその地に住んで偉大な文明を築き上げた人達に近いのではないかと。

 これは日本のような小さな国においてもそうなのです。欧米の人が多いようのですが、「日本が好きである」と、「日本の文化、日本の自然が好きである」と、そう言って、日本人でさえ、それほど守ろうとはしていない「日本の文化や自然」を守ろう、掘り起こそうとする人達がいるのです。

 彼らを見ていると、古代日本人との共通点を多く見出すことがあるのです。あらゆるものに、なにかしら神秘的な力を感じる力があるような気がしてしまうのです。

 もしかしたら、それが、「だれかに知ってもらおうと努力するのは間違っている。努力していれば、真面目にコツコツしていれば、きっとだれか見ている人がいる」という、何かを信じる力に繋がっているのかもしれません。そして、それが、日本の、一番の強みなのかもしれません。

日々是好日
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「留学試験模試」。「一年か、一年半くらいで、結果を出す…かあ」。

2013-06-07 08:33:30 | 日本語の授業
 雨が、時折、パラッ…パラッと降ってきます。パラッパラッだけです。数日前の天気予報では、今日は雨が降る…らしかったので、それなりに期待していたのですが。

 これでは、「空梅雨」とお別れ…なんてことにはなれません。しかも、天気図を見ていると、この辺りだけは五角形になったり、三角形になったりと、雨の区域から外れているのです。で、ずっと曇り空色。 この分では「空梅雨」どころか、「日照り」になったりして…。

 さて、学校です。

 「A・Bクラス」で、昨日、第二回目の「留学試験」模試を行いました。皆、頑張れるのは、(説明を加えた)作文くらい。あとは、「う~ん、う~ん」と唸るだけであったり、困ったような笑顔を私たちに向けたりと、それでも、最後まで「日本語」と、格闘してくれたようです。

 見ている方が、大変なようで、監督の先生が「見ている方が辛いわ」と言っていました。
 
 その彼ら、来日時、ある程度きちんと書けたのは「ひらがな」くらいで、「カタカナ」は「ひらがな」と同居していましたっけ。そういう「非漢字圏」の人達が、学校に通いながら、アルバイトをし、そして、一年か一年半ほどで、あの文章を読み、意味を摑めなければならないのです。これは、なかなかに難しい…。

 それでも、以前の「非漢字圏」の学生達に比べれば、一応「作文」は300字以上は書けている(勿論、文法的なミスや漢字や単語の誤りなどは考えずに)。だからというわけでもありませんが、彼らが一様に、「難しい」というのも判るのです。

 あとは、大学にお任せですね。今では日本の企業で働いている旧留学生達も、この学校にいた時には、今の彼らとドッコイドッコイだったのですから。それが大学の二年、三年生ともなりますと、普通に日本の文章が読め、判断を下すことができるようになっている。この可能性の有無、程度を大学側に考えてほしいのです。勿論、最後は本人の「やる気度」が決めるのでしょうけれども。

 今は、この程度でも、大学に入ってからの四年間でどれほど育てることができるかを見、それから入学の是非を考えていただきたいのです。特に「非漢字圏」の学生にたいしては。

 これは中国人留学生のことですが、かつて、なんとなく、割り切れないなという思いを抱いたことがありました。当事者である学生は、もっとその思いを深くしたはずなのですけれども、ただ、中国人学生は、諦めるのが早いのです。そういうことは「権力を握っている者」とか、「財力のある者」とかの子供が勝ち。自分は普通の親しか持って生まれてきていないから、どうしょうもないのだと、直ぐに諦めてしまうのです。日本人のように、それはおかしいとはならないのです。共産圏で生まれ、育っているのにと、可哀想に思ってしまうのは、多分、日本人のほうなのでしょうけれども。

 その話というのは、こんなことです。国立大や有名私大を受験しに行った中国人学生が、「絶対に落ちる」と言って帰ってきたのです。聞くと、一緒に受験した外国人は「漢字圏」の学生ばかりで、まあ、それはいいとしても、その中の中国人に、中国の東北部で、高校の時から、日本の高校の課程と同じものを日本語で学んで来た者がいたというのです。彼らは、日本人と同じ教育内容を学んできたわけで、その人達が自分達と一緒の「外国人枠」で、受験している…「こりゃあ、勝てっこないな」。

 日本の日本語学校で学んでいる留学生は、大半が、日本に来てから日本語をきちんと習い始めた人達。当然のことながら、高校でのカリキュラムは中国のものであり、数学や物理、化学などは学んだ領域が、日本とは異なっていますから、未習のものもあります。日本での留学試験はかなり不利になります。

 これじゃ、勝てない…。だって、あの人達は、全く日本人だもの。あの人達は日本人と同じテストを受けたらいいのに…。とはいっても、まあ、しようがないですね。彼らはお金があるから、そういう私立高校に入ることができるのでしょう。そして端っから中国ではなく日本の大学を目指して勉強していたのでしょう。日本人と闘うのは無理でも、来日後、日本語を学ぶにしても一年か一年半ほどの外国人と成績を争うなら、そりゃあ、楽勝でしょうから。

 それと同じような気分に、この「非漢字圏」の学生達を見ていて思う時があるのです。

 10月入学であったら、一年。4月入学でも、一年半で、結果を出さなければならないのです。アルバイトに逐われれば、学校以外の場所で勉強できる時間は限られてきます。以前、スリランカの学生が、あまりに漢字の書き順がでたらめなので、わけを聞いたことがありました。すると、学校が終わってから、家に帰るまでとか、アルバイトに行くまでの電車の中で覚えたから、形をとるのに必死で、書き順までは気が回らなかったというのです。

 書き順は、手を動かさなければなかなか身につくものではありません。書き順云々よりも先に、「形を覚える、読み方を覚える、意味を覚える」に忙殺されれば、書き順なんて、四の次、五の次くらいのものでしかないのです。

 しかし、その彼も、文章をある程度読めるようになる…までは、この学校にいた時には、させてやることができませんでした。

 勿論、このように必死に漢字を完璧に覚えようとした学生もいるにはいましたが、本当に少数派で、大半の「非漢字圏」の学生達は、それなりに覚える(つまり、ある程度判別できるくらい)、それからは実用の中で学んでいくようです。

 その「実用」というのが「メール」なのです。アルバイト先の日本人の友達や、知り合いになった日本人とメールのやりとりをして、それで覚えていくようなのです。同国人の友人が多いと、却って他国の人との付き合いが浅くなったり、少なくなったりしますから、不利のようですが。

日々是好日
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