日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「雨」。「匂いも、それぞれの国の『文化』の一つ」。

2014-04-30 08:32:47 | 日本語の授業
 雨。

 今日は一日中、雨が続きそうです。今は、柔らかな春雨ですが、日本海側は突風が吹いたり、雷様がゴロゴロと来なすったりするそうで、それがこちらにも移ってくるかもしれず、まずは、くわばらくわばら…。

 雨が、朝から降っていれば、学生達も傘を持ってきているので、傘がない(持って来ていなかった。濡れてしまう)と騒ぐこともありません。この中でも、中国から来た学生ほど、急に雨が降り出した時に「傘がない」と騒ぐ学生はいません。これも最近のことですが。

 他の国から来た人達が(もちろん、私が行ったことのある国の、大気の具合しか判らないのですが)「大丈夫」と言い、少々の雨なら突破するほどの勢いで帰れるのも、もしかしたら、まだ、きれいな空気の下で暮らし、汚染された黒い雨に衣服を汚されたという経験がないからかもしれません。大気汚染など、都市なら世界中で見られる現象でしょうけれども。

 私が中国にいたのは、85年頃でしたから、随分前のこと。しかも、その頃はまだ大気汚染云々とか、あまり言われていませんでした。もっとも、星も見えず、40分ほども自転車を走らせれば(車は殆ど走っていませんでした。まさに自転車大国の頃のことです)、上着の袖ぐりをはじめ、どこもかしこも、黒い縞模様ができたりしていたのですが。

 休暇中、2、3週間ほども旅行して、日本に戻れば、家中のものから「臭い」と鼻つまみ者にされ、着て帰った服などは捨てられてしまい、お風呂に入っても、臭さがとれていないと非難されたものでした。

 その時は、もう、その臭さに(自分の)身体が慣れてしまっているものですから、何が臭いのかも判らず、またどうして自分の服が捨てられてしまうのかも判らず、ただ「新しく服を買ってやるからね」という言葉に素直に頷き、言われるままにしていたのですが。

 「街の匂い」というものも、「文化」の一つなのでしょう。中国の北京などは、ニンニク料理が多いおまけに、油も、当時はいいものがそれほどありませんでしたから(庶民が食べられるものとして)、普通の日本人から見ると、「臭い」となってしまったのでしょう。

 ところが、北京にいる時には、他の国の人から、「味噌の臭さ」を責められ、「アタリメ」などを作れば、「ここから、死体の匂いがする」なぞと鼻をクンクンされたものでした。

 日本人は、自分達(の身体)はそれほど匂わないと思っているのですが、それは一種の思い込みに過ぎず、他の国の人たちからすれば、やはり「匂う」のです。しかも、それは決していい匂いではない…。

 アフリカ出身の男性達は、みな「香水(と言っていいのかどうなのかは判りませんが、匂いのきついものです)」を、大量に使い、それから、登校していましたから、この匂いに負けて、日本人など、自分を無臭であると思い込んでいたのでしょう(一人でもひどいのに、彼等は一人では、あまり動かないのです。常に2、3人以上が一緒ですから、匂いも倍々ゲームのようでした)。

 ところが、日本人の匂いについて、言われてしまったのですよね。「味噌」と「烏賊」がだめみたい…。どうも、この二つが彼等には我慢のできない匂いであったようで、「味噌汁」を飲むと、「臭い」と言われ、「アタリメ」を作る(スルメを焼く)と、避けられ、最初は(こちらも)途惑ったものでした。

 私がいたのは、大学の留学生楼でしたから、多くの国の人たちが集まっていました。だから、「匂い」一つにしても、様々な物語が生まれていたのです。

 そして、今、日本にいる留学生達。

 インド系の人たちや、アフリカ系の人たちは、時々「香水(か、何かわかりませんが)」らしきものを使うことがあるようです。が、東アジア、東南アジアの人たちは使わないようです。これもきっと母国での習慣、親の躾なのでしょう。

 日本人は、自分の身体が匂わないことを願っている。けれども、もし、匂いがするとすれば、それは秘やかなもので、しかも、自然の木々の匂い、花々や草々の匂いであることを願っている。

 あくまでも、それは「微かな」ものであることが前提であると、思っていました、私は。

 けれども、昨今は変わってきたようで、街で、時々、ぷ~んと、通りすぎただけできつい匂いをさせる人もいるようです。

 昔は体臭を消すために、お香の匂いを移したり、薫り袋何ぞを胸もとに秘めたりしていたものですが、今時の香水は、一旦つけ始めると、だんだん限度がなくなるようです。つけていくうちに、自分で匂いに慣れてしまい、いくらつけても匂いがしていないような気になるのでしょう。

 やはり、度を超さない、「ほのか」というのがいいようで、特に、いろいろな土地から集まっている人たちが、一つ教室で学ぶとなりますと、何事であれ、少しでも「度を超す」と、途端に「摩擦」が起きてしまいます。

 もしかしたら、その「限度を知る」ことも、この(日本語学校にいる)2年間の「学び」の一つなのかもしれません。

日々是好日
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「浅草へ行ってきます」。

2014-04-25 08:24:31 | 日本語の授業
 晴れ。風もなく、いいお天気です。まさに「行楽日和」。

 今日、皆で「浅草」へ行って参ります。

 「行徳駅」から、「東西線」で「日本橋」へ行き、それから「銀座線」に乗りかえて「浅草駅」へ向かいます。ただ、人数が60名を超えるかも知れず、乗り換えで落とす人が出てしまうかもしれません。「みんな、しっかりついてくるんだよ」とは言っておきましたが、「初級クラス」は、やっと「ひらがな・カタカナ」が終わったくらいですから、ちと心許ない…。

 ということで、昨日、二年生のベトナム人学生とスリランカ人学生に頼んでおきました。二つの国から来た新人達の面倒をみてくれるように。多分、大丈夫でしょう。上のクラスは(私が頼りないので)、頼んで置きさえすれば、いつも彼等が見ていてくれるのです。

 そういえば、一昨日、午後の授業が終わった時のことです。教室に残って後片付けをしていると、スリランカ人学生が三名玄関外に残って何か話をしていました。そこに、卒業生が降りてきたので、聞くと、ビザの更新のための書類を取りに来たと言います。こりゃあ、幸いとばかりに、新入生への注意を通訳してくれるように頼みます。

 四月生はスリランカ人学生が四人もいるのに、他のクラスが午前(午後のクラスは彼等だけです。午後にもう一つあるのですが、そこにはスリランカ人学生はいません)と言うこともあって、伝えたいことが、なかなか伝えられないでいたのです。本当は叱りたくても、それがうまくいかないだけなのですが。

 早速、授業中、私語を慎むように伝えてもらおうとします。

 前に行ったことのある、スリランカの学校では、ある一学年だったと思うのですが(もしかしたら他の学年も含まれていたかも知れません)、長っ細い教室に、Aクラスは南向き、次のBクラスは北向き、その次のCクラスはまた南向き、その次は北向きというふうに、教室の仕切りがないまま、ずっと繋がっていたのです。

 教卓のそばとか、教師の近くに座っている子どもは勉強していたような気がしますが、少しでも離れてしまうと他のクラスの子とだべったり、隣とくちゃくちゃ話していたり、何をしていても、それほど教師は叱責しているようには見えませんでした。

 自由と言えば自由、大らかと言えば大らかなのですが、このノリで、この学校でもやろうとすると、ちょっとねえとなります。

 授業中は話さない。先生がホワイトボードを向いた途端にペチャクチャするのはだめだ。授業中、スマホで遊ばない。云々。

 彼は、最初、(私が言うことを)聞くだけで、なかなか通訳しようとはしませんでした。「言ってって言ったでしょ」と言うと、「先生、大丈夫です。判っています」と言います。「いいえ、判っていません。言って下さい」ともう一度強く言いますと、不承不承というか、言いにくそうに、残っていた三名に、一言二言、つまり、短く言ったのです。

 スリランカもそうですが、インドでも同じような光景を見たことがありました。

 新しく来た学生に注意をしていたのですが、なかなかわかりません。それで、インドの南部から来ていた二人の学生に通訳を頼んだのですが、これがおかしいのです。二年生で日本の事情を知って、彼に教えてやろうという学生の方が、怖ず怖ずとしている感じで、何にも判らないであろう新米の学生の方が偉そうにしているのです。

 「えっ。これって…。もしかしたら」と思いましたので、すぐに中断して、その時は、二年生を帰らせました。

 その他にも、ずっと前のことですが、この近くの公民館でボランティアの方が、食事会をしたときに、とんでもないことをするインド人女性がいたと、中国人から聞いたことがありました。

 インド人二人の隣に座っていたのが退職した老教授。彼はきっと親切な方だったのでしょう。だから日本語のわからない女性に英語で話しかけたり、親切なことをしてやったりしたのだと思います。それで、どうもその二人は、自分達が彼よりも「上だ」と思ったらしい。

 手を伸ばせば届く距離にある食べ物を、彼に(目で合図して)取らせたり(もちろん、皆で作って、あるいは持ち寄って、それを一緒に食べるという形を取っていたそうなのですが)、当然のことながら、一緒に作りもしなかったそうです。

 最後にこの老教授がたまりかねたと見えて、「手が届くんだから自分で取りなさい」と怒鳴ったと言います。

 こういう人は親切にしてやれば、すぐに自分が(階級か身分が)「上」だと思い、他者に傲慢な態度を取ってしまうのでしょう。

 気の毒なと言えば、確かに気の毒なのですが、それを日本でやるのですから、こちらはたまりません。

 インド圏には、時々そういう風が見られますので、スリランカの彼等もそうかと、ちょっと様子を見た後、ためらって止めたのです、注意させるのを。

 けれども、彼等はだいたい同じ階層出身のはずだから、そんなことはない…と思うのだがと、見るともなしに、また彼等の様子を見ていると、大丈夫でした。卒業生に、来日したばかりの学生がアルバイトのことを訪ねたようでした。聞かれた卒業生は彼の電話番号を教え、何かあったら連絡するように言っていた…と見えました。

 そして、昨日、スリランカの三人の男子学生、一人は一列目に、残りの二人も離れた席に座っていました。そして、当然のことながら、授業中、(昨日は)シンハラ語の私語は聞こえませんでした。

日々是好日
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「初級の授業」。「猫友」。

2014-04-24 08:25:23 | 日本語の授業
 晴れ。

 今は、少し雲が出ていますが、直に消えてしまうでしょう。晴天。

 今朝は、昨日の朝よりも少し寒いような気がしますが、お日様が上がるにつれて気温がグングン上がっていくだろうとか。この服では暑くなるかもしれません。

 先日も、朝が冷えたので、つい厚着をして出てしまいました。午後のクラスの授業の時に、汗を掻き掻き話していると、学生の一人が「先生」と呼びかけて、ティッシュを渡してくれました。しゃべっている方は、もう話すことに夢中になっていますから、自分が、手で汗を拭き拭き話していたなんてこと、覚えちゃいません。

 けれども、学生のこの反応に、はっと…したのもつかの間、また「おりゃ、おりゃ」とやってしまいました。

 授業が終わってから、先程の学生、「大丈夫?」。「はい、大丈夫です(いつものことです)」。

 日本語学校の学生というのは、学生とは言いながら、年齢も様々なのです。このクラスでも、40才を超えている人もいれば、まだ17才という人もいます。高校生くらいであれば、こういう留学生の中にいても問題ないのですが、これが小学生や中学一年生くらいですと、ちょっと、考えますね。

 実は、時々、そういう相談があるのです。子どもを母国から呼びたい。ついては、夏休みや春休みの期間、一度日本に呼んで、日本語を学ばせたい。そういうクラスはないかと。

 きっと、どこかに、あることはあるのでしょうが、それでクラスが作れるほどの人数が集まるかということ、それはちょっと、心許ない限りです。

 そういう小さい人の場合、殆どは、(入学してから)小中学校の学校内で対処しているので、「一ヶ月か二ヶ月だけ、そういうクラスに入れて」というのは、成立しないでしょう。しかも、子どもの言葉と大人の言葉は違いますし。

 そういう場合は、結局は知人に頼んで、マンツーマンでやってもらうしかないのでしょう。が、簡単な日本語なら、幾人かの子どもと遊ばせておいたらいい。遊んでいるうちに自然に身についていきます。そして、おそらくは、そういう日本語の方が子どもにとっては役に立つのでしょう。何事によらず、また年齢に関係なく、「勉強する」よりも、「遊ぶ」方が楽しいものですから。

 さて、学校です。

 「初級クラス」、二度目の授業です。まだ一ヶ月に足らぬというのに、ホコリが中を漂っているような感じで、三列目と四列目(なぜか、皆、男子学生。一列目、二列目は、一人を除いて、皆、女子学生。よくぞこれほどうまく分かれられたものだ!!!)の学生達、右を向いていたり、左を向いていたり、下を向いていたり、「おい、こら。授業だぞ。遠心力が働いて、心をあっちにやってしまったわけじゃあるまいし」と思わず心の中で罵ってしまいました。

 学生達がこちらを見ていないのです。この「私が指さす一点」に集中していないのです。私を見ていないのです。皆がこっちを見ていないと、授業の時は、腹が立つ。

 で、ギュウッと、一人ずつ、(あっちこっちを見ている学生を)潰しにかかります。こういう状態になっている場合は、少しでも、「空ける」「(こちらが)油断する」と、途端に母国語でザワザワやり出すものなのです。ホワイトボードに紙を貼ったりするために後ろを向いてもだめ。ものを書くためにホワイトボードを向いてもだめなのです。声が聞こえてくるのです、ザワザワザワッと。

 ところが、「初級」というのは、四六時中、何かを貼らねばならないものなのです。後ろを向けば、得たりとばかりに(学生は)しゃべり始める。かといって注意しようにも、まだ「初級」の4課に入ったばかりですから、日本語がわからない。で、「ガンをつける」くらいの、わる~い目つきで、グイと睨みつける。「話したのはいったいだれだ」とばかりに。それを繰り返すと(もちろん、それだけじゃありませんが)、10分ほどでベトナムの学生が私語を止め、こちらを向き始めた。まあ、一人怪しいのがいたのですが、それでも、初めよりはまし。

 最後まで聞こえていたのが、スリランカの学生たちの声。たった三人しかいないのに、往生際が悪い。さすがに、もう、ヘラヘラとした態度はとらなくなりましたが。

 というわけで、「遊び」を入れなかったために、気がついたら、「4課」の「B」が、最後の一つとミニ会話「C」の一つを余すだけとなっていました(単語だけは、入れてもらっていました)。それで、内心、しまった。しまったと思っても、今さらブレーキが利きません。しかも、リズムよく流れたので、授業をしている当方としては、非常に気持ちがよかった。疲れたけれども。

 それでも、ちょっとは明日の分に取っておかねばならない…と思ったこともあって、ちょっと「遊んで」しまいました。

 前に座っている一人のベトナム人男子学生。声が小さいのです。で、「声が小さい」と言い、その真似をしてみると、後ろから、ベトナム人男子学生が「先生。猫。猫。○○さんは猫です」と大喜び。

 折良く、そこに黒猫が通りかかりました。「○○さん、友達です」「違います」という声と「そうです」という声が入り交じり、さっきまで、ぴーんと張り詰めていた空気がホッと緩みました。そうですよね、あのまま終わると、互いに困る。猫が通りすぎたので、単語の復習をしていると、また猫が戻ってきました。そしてちょうど道の向こう側に腰を下ろしています。

 「○○さん、友達がまた来ました」。立ち上がってみる者あり。笑う者あり。まあ、それでも楽しく終わることができました。

 どちらにしても、昨日の勉強は今日はあらかた忘れているでしょうから、また復習をしていかねばならないのですが、特に「9」「4」「7」などの読み方は要注意ですし。

 まったく、語学というのは、繰り返しが何よりです。毎日、学校に遅れずに来られるというのも、これも能力の一つなのです。

 新入生のクラスに行くたびに、お腹の中で「いいか。休むなよ。休むなよ。初級の間だけはどんなことがあっても休むなよ」を繰り返しているのですが、私も。

日々是好日
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「新緑の候」。「山歩きはいかが」。

2014-04-23 18:31:17 | 日本語の授業
 晴れ。

 水の中にストローを入れ、息を吹き込むと、ブクブクと泡が立つ。そんなプクプクとした雲が青空の大半を占めています。けれども、(雲が)白いということは(黒雲じゃないわけだし…)、さすがに、もう、今日は雨にならないでしょう。

 昨日は、陽も出ていたのに、午後の学生達が帰る頃に、また雨が…ポツリとやってき、それが、6時頃にはすでにザアザア降りになっていました。

 とはいえ、雨の日の翌朝、空気の清々しいこと。多少寒くても、いい気持ちです。昨日、自転車を置いて帰ったので、今朝は徒歩での出勤でした。緑が爽やかで、五月の連休を利用して、山に行っていた頃のことを思い出します。

 「新緑」の頃の山は、「緑滴る」美しさ。今年もこれを見ることが叶わぬかとちょっと悲しいのですが。

 それで、というわけではないのですが、「Aクラス」で「奥多摩」の話を少ししてみました。
「青梅」から出ている「青梅線」に乗ると、乗っているだけで、緑の包まれたような気持ちになれるということ。
車窓から山の姿や渓谷の様子が見られるということ。
山に登らなくとも渓流沿いを散策するだけでいい気持ちになれるということ。
気が向いたら降りていって、山から転がり落ちてきた大岩小岩の上でのんびりするのもいいということ。

とにかく、山の気を吸って、気分転換ができるということなど。そんなことを話してみました。

もちろん、いくら二年生とはいえ、まだまだアルバイトに追われている学生達です。行けるのは彼等が大学生になってからでしょうが、近場でも自然の中にいるようなそんな気分になれるところが、東京近郊にも随分あるということを知ってもらいたかったのです。

東京には、「タヌキ(狸)」もいますし、「クマ(熊)」もいます。ほんの少し足を伸ばしただけで、森林浴もできるのです。

同じ場所に通うというのがお勧め。春よし、夏よし、秋よし、冬よし。一月から十二月まで、いつでもいいのです。もちろん、街暮らしが好きな人はこういうところが苦手なのかも知れません。日本の小都市で育ってみれば、ちょうど中間ですから(田舎でも大都会でもない)、こういう居心地の良さを知るのも、ある程度年を取ってからのことでしょう。

大都市はいざ知らず、中小都市では、こういうところへ行くのは(交通が)不便なのです。車を持っていない限り、ちょっと遠出をするというわけにはいきません(だから、田舎の人はみんな車を持つのです)。

その点、大都市は便利です。一日中、ビルの中で、コンピューターに向かって作業をしている人たち、あるいはリタイヤした人たちが、自家用車ではなしに、電車に乗って、歩いて、行けることを望んでいるのですから。希望者が多ければ、需要と供給の関係で、提供する機関や人が出てきます。で、ますます便利になるのですよね。

高尾山も、最初ならいいかなと思ったのですが、なにせ、最近は人が多くて、ゆっくりできはしません。本当に街を歩いている恰好で若者が来ているのですから。

この学校を卒業して、大学に入った学生が時々、沖縄に行ったとか、長野に行ったとか言って訪ねてきてくれます。ただこれはちょっと大変な旅行。朝行って、夕方には帰って来られる、こういう近場のハイキングのほうが、彼等(日本語学校の学生や進学した学生)にとっていいような気がするのですが、それでも、今、一歩は踏み出せないようですね。

行ってみれば、日本には一人で山を散策している人がたくさんいることがわかって、安心するのでしょうけれども。

日々是好日。
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「集中力…いくらなんでも、30分で、お、わ、り…なの」。

2014-04-22 14:36:00 | 日本語の授業
 晴れ。

 きれいな青空が広がっています。雲一つない…かなと、雲を探してみると、ビルの上にさっと刷かれたような雲が一片、そしてこれもまた、薄い薄い欠けた月が…。

 「菜種梅雨」とでも言いたくなるようなシトシト雨が続き、しかも桜は散ってしまったというのに、「花冷え」までが続きました。今日は久しぶりで春らしい暖かな日になるとのことですから、楽しみです。

 さて、雨のことです。

 日本人は、天気予報を見るのを日課にしている人も多く、「昼頃、ザッと来るってよ」とか、「夕方に雨が降るかもしれないって言っていたから、折りたたみを持って行った方がいい」とか、朝の「おはよう」の挨拶の次に来るのが、こんなお天気の話なのです。

 もちろん、この頃でも、1、2週間、晴れの日が続くことはあります。けれども、やはり雨の日も多いのです。だから油断大敵。少しでも遠出をするつもりならば、折りたたみ傘は必需品。

 細長い島の中央に山が背骨の方に連なり、それに沿って尾根あり、谷あり、渓谷あり、流れの速い川有りですから、あっという間にお天気が変わってしまうのです。しかも昨今は海風の流れをビルなんぞが遮っているところもあり、いよいよ風の流れ、水気を含んだ風の流れの予測が難しくなってきています。

 とはいえ、古来にも「馬の背を分ける」と言われていた夕立。これも、ほんの少ししか離れていないのに、濡れているところとそうではないところがはっきりと分かれているのですから、大変です。

 だから、毎日、天気予報を見て、それから傘を持っていくかどうかを決めるというのがとても大切なのです。

 昨日はそんな感じの日でした。午後の学生達の中には、「(出てくる時)雨が降っていなかったから傘を持って来なかった」という人も少なくなく、ちょうど雨粒が大きくなったところに、授業の終わりが重なったものですから、玄関先で、みんな、団子になってしまいました。

 南からきている、ベトナムやスリランカの学生達は、少々雨が降っていても、平気で出ていきます。ところが、北から来ている中国人の学生は途惑ってしまうようです。やはりこれも生い立った風土が関係しているのでしょう。

 それに、日本人と結婚している外国人は傘を持っているのに、そうではない外国人は傘を持ってきていないというのも興味深い。彼等(彼女)の配偶者は、たとえ外国人でも、結構、日本語が使える人たちです。それなのに…天気のことを相手に注意しないとは…、ちょっと面白い…。

 さて、学校です。

 学校では、少しずつ、ベトナム人の学生達が落ち着いてきました。が、そうなりますと(これまでは、ベトナム人学生がらみの問題が多かったのです)、スリランカ人学生の集中力のなさが目立ってきます。授業中、30分と持たないのです。かといって彼らに合わせて細切れに授業をするわけにも行きません。ザワザワザワと常に私語をさせておいて、授業と称するわけにも行きません。で、結局、普通の授業をしてしまうのですが、…これが、持たない。ボウッとして外を見てしまったり、(携帯を使っていれば取り上げるので、授業中携帯を見るわけにはいきません)、…あまり、母国で、きちんと勉強したことがないのでしょう。

 それに、相手をしてやっている(話を一方的に聞いてやったり、おだててやったりしている)間はいいのですが、それを止めてちょっとでも注意すると途端にプイとなってしまう人もいるのですから。

 なかなか長時間(90分で一コマです)勉強させるということが難しい。こういう状態で二十年以上も母国で育って来ているのですから、日本に来たからといって、急に変えさせることは、当然のことながら、至難のワザ。結局は、母国でやって来た通りに、日本でもやっていくしかないのでしょう。

 しかしながら、せめて、1時間でもいいから、ちゃんと勉強してくれないかなと思ってしまいます。宿題をせよとまでは、もう言いませんから。もちろん、それが出来る人もいるのですが、大半はできない。すぐ飽きてしまいます。

 飽きたらどうするか、とにかく面白いことを言ってみんなに笑ってもらおうとする。私たちからすると、面白くも何ともないのですが。スリランカ人が多いクラスだと、シンハラ語で言って、それで周りがワッと笑って、それから、ザワザワザワと私語が広がる。多分、スリランカでは授業もソンナンでしょう。暑い国だから大半の人がダラッとして、そうしなかったら、もしかして、生きていけないのかも知れません。それを日本でもやろうとすると、これは顰蹙ものなのです。みんな気分はいい人達ですから、このギャップがすごいのです。

 でも、留学生ですからね。勉強しに来ているんですからね。それを忘れないように。

日々是好日
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「日本語を介して、日本を知る…ということは、日本語のレベルが上がらなければ、知識も殖やせない…」

2014-04-21 14:49:06 | 日本語の授業
 小雨。戻り冬のような寒さです。ダウンをしまうのが…早すぎた…。

 土曜、日曜と、寒い日が続いたのに、(しかも、今朝も寒い)街では「フジ(藤)」の花が真っ盛り。街路樹の下では、「ツツジ(躑躅)」の花も真っ盛り。

 今年は、ちょっと早いような気がします。「桜前線」が、関東から東北地方に移り、多分5月の連休の頃、北海道に達するでしょうが、関東地方を出たと思ったら、あっという間に、「ハナミズキ(花水木)」やら、「フジ」やら、「ツツジ」やら、道を彩る花が満開になっています。

 本当に、ちと、はやすぎるような…。この分で行くと、駆け足で夏に至り…、夏がグッと長くなるのかも知れません。寒いのも嫌だけれども、「酷暑」も困るなあ…。

 さて、学校です。

 今年は、日本語を勉強したいという在日の方が多く、(大半の方は「日本語一年生」ですから)、初級の教室がもうパンパンになっています。

 中には、こういう学校と、市井の、週一の「日本語教室」との区別がつかずに、「えっ、ここには留学生もいるのか」と驚く人までいます。

 「…だからァ、ここはおしゃべりを楽しむのではなくてェ」とか、「おしゃべりをしながら、日本人と交流するというところではなくてェ」とか、言いたくなってしまうのですが、そこはグッと堪えて、にこやかに応対しています…(ホントかな)。

 留学生を入れると言うことは、責任も生じますから、日本語を教えていくと共に、日本の習慣や文化にも触れ(もちろん、日本語を介してですが)ていかねばならないということです。そうでなければ、「日本にいた」だけ、日本語学校の学生であれば、ただ「二年、日本にいただけ」になってしまいます。

 この「日本語を介して」ということがミソで、日本語ができなければ、結局は日本のことが何もわからぬまま「いた」ということになってしまいます。もとより、日本語ができてから後は、各自の感受性や適応力、また日本文化との相性などが、関係してくるのでしょうが。

 まあ、こう言いましても、進駐軍は(日本語ができなくても)大丈夫でしたけれどもね。また大金持ちは大丈夫でしょうけれどもね。進駐軍は「力」と「権力」で。大金持ちは、「日本語ができる者を雇う」という方法で。

 それでも、不思議なことに、異郷で暮らしていると、「どうして」とか、「なぜ」とかいう疑問を持つようになるのです、その地で生きている人々を見て。これはどこでも同じでしょう、生まれ育った地でなければ。

 「どうして、こうするのだろう」と思ったり、「なぜ、あんな顔をしたのだろう」と思ったり、そして、それが重なれば、知りたくなるのです。また判りたくなるのです。それが人間という動物なのでしょう。そう思い、またその手段を求めると言うところが。

 学校では、彼等がそう思う前に、つまり、初めて学校へ来た時に、幾つかのことを知らせておくのですが。これは「危険なこと」とか、「知っておかなければ、不愉快な思いをするであろう」とかいった類のことなのですが。

 それから、日本語のレベル、理解力に応じて、(そういうことを)増やしていきます。ただ留学生の殆どは、アルバイトをせねば生活できないので、アルバイト先でのことを聞きに来る者もいます。

 もちろん、日本語がある程度できる者であれば、説明もしてやれるのですが、そうでなければ、皆がやっているようにやれとしか言えません。

 およそ日本語学校と名のつくところでは、皆、そうやっていると思います。日本語の勉強だけをすればいいというのではないのです。

 「『初級レベル』が終わって、『中級レベル』に入ったから、こういうモノ(日本文化の一つ)を見せても大丈夫(わかる)だろう」とか、「まだ『初級レベル』だから、こういうものは、見せても判るまい。それよりも先に文法を一つでも多く勉強させておいた方が良いだろう」とか。日本語のレベルに応じて、知らせられること、見せられるモノも違ってきます。

 そうは言いましても、在日の方は違います。テレビを見たりして、その人なりの知識は留学生とは違った形で増えていきます。同じように「日本語ができるようになりたい」と言っても、目的が違うのですから、それも当然なのですが。留学生達は、「学ぶ」ためにきているのです。日本語を学び、専門学校や大学、大学院で専門的な知識、技術・技能を学び、それから、日本の会社に入るというのが目的なのです。

 まあ、学生達の国が一つではない方がいいように、目的も一つではない方が、勉強に膨らみが出ていいのかも知れません。

日々是好日
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「サツキの季節」。「少しずつ話を進めていく…」。

2014-04-18 08:45:00 | 日本語の授業
 雨。

 もう小雨が降り始めました。今日は一日中雨になるとのこと。乾燥でバリバリになっていたあちこちの人間達の心も、少し潤いが戻るでしょうか。

 街路樹の下の灌木、「サツキ(杜鵑花)」が蕾を開き始めました。真っ白な大振りの花が、シトシト雨に濡れているのを見るのは、とても気持ちのいいものです。

 そういえば、「ハナミズキ(花水木)」の花も咲いていました。今年は「サクラ(桜)」が満開になるのとほぼ時期を同じくしていたせいでしょうか、全くと言っていいほど気がつきませんでした。可憐な蝶のような花びらが空中に舞っているような具合ですのに。

 郊外へ行くと、「ナシ(梨)」の花が真っ盛り。知人によると、「サクラ(桜)」が終わった頃、「ヤエザクラ(八重桜)」の頃に咲くのだとか。花は白くて、どこか「オオシマザクラ(大島桜)」に似ているような気がするのですが。

 古人は「なし(無し)」を忌み、「ありのみ(有りの実)」と言っていたとか。験を担ぐのは「いにしえ人」も、現代人も同じ。「茶柱が立った」と言って喜んでいた子どもの頃のことを時々思い出したりします。

 こういうことも、些細なことでありながら、人を元気づけてくれるものであることは間違いないのです。

 ずっと若い頃、買ったばかりのTシャツをきている時、「カラス(烏)」の糞の直撃を受けて、青ざめたことがありました。その時、きっと私の顔は、ショックで石のようになっていたことでしょう。

 すると、そばを通りかかっていた見知らぬ人が、「うん、うん。いいことがある。いいな、いいな。運がついたね」とさりげなく言って、通りすぎていきました。救われましたね。だって、全くの人中でしたから。

 こういう「迷信」はいいものです。マイナス転じてプラスとなる。禍福はあざなえる縄のごとし。本当にそうなのです。

 さて、学生達です。

 少しずつ日本語が上達し、それが、こちらの気持ちがわかる程度にまでなってきますと、私たちの方でも、話が長くなっていきます。それ以前でも、簡単なことは徐々に話を進めてはいたのですが、お国柄と言いますか、国民性、あるいは民族性ともいえるでしょうが、それぞれ、自分達の理屈があり、なかなか私たちの話が腹に落ちていかなかったのです。

 百万言費やそうとも、相手が得心してくれねば、それは無駄骨。で、結局、学生達の日本語の能力などを推し量りながら、機会を見て、いつも少しずつ話を進めていくと言うことになるのですが(つまり、いつまで経っても「初級レベル」の人には、そういう話をせぬまま、この学校を出さざるを得なくなってしまうのです)

 「日本(母国を離れての異郷)へ来たら、自立がまず第一」「お金の計算をきちんとせよ」「他の人にいつも金銭的な迷惑をかけるな」

 真面目に勉強していて、アルバイトも懸命にしている人がいるかと思うと、蟻とキリギリスのキリギリスのような留学生もいて、こちらがお金を大切に使えとか、働く(アルバイトをする)のは、進学するためだからとか言っても、馬耳東風、暖簾に腕押しなのです。

 アルバイトをした金は、いつの間にか、スマホ代や、服代、靴代、食事代(友達との大騒ぎや酒代)などに消えてしまい(我慢ができないのでしょう)、「学費」や「部屋代」を払わねばならない時には、いつも「お金はない。高い。高い」と言うのです。「教科書代」も払おうとしない学生さえいるのです。これも、(日本に来て)急にこうなったと言うより、彼らの国の親の躾(か、あるいは国の教育)の問題と思うのですが、不思議ですね。

 お金の計算が苦手な「スリランカ人学生」には、アルバイトが決まってから、最初に、アルバイトのお金を聞き、部屋代など、お金がなくて払えていなかった分を少しずつ足しながら払い終えるようにしていきますし、「3月分」は「2月に払う」と言うことがどうしても理解できなくて、いつも一ヶ月か二ヶ月遅れになっていて、最後に2月分を3月に払ってから、「みんな払った。終わった」と言い、最後の月の分が払い終わっていないということも理解できない学生もいて(ちゃんと月謝袋があって、判るようにできているのですが。こういう人は、証拠のモノよりも、自分の思い込みの方を信じているのです)学生もいて、お金の問題だけには頭を悩まされます。

 けれども、これも、日本語の能力が、日本語学校に、一年乃至、1年半ほどもいる間に、「N3」から「N2」の間ほどになれた学生には、殆ど必要ないのです。問題はそこまで行けない学生達なのです。そして、そういう人がかなり多い…。困ったことだ。

日々是好日
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「四月生の『入学式』」

2014-04-17 18:24:46 | 日本語の授業
 晴れ。

 明るい陽が射しこんでいます。昨日に比べ、空気が、少し冷たいのですが、けれども、部屋の中に入ってしまえば、暖かな陽射しの下、猫にでもなって、日向ぼっこがしたくなってきます。そういう、春の「のたりのたり」としたいい日。

 「サクラ」の頃は、なんだか、いつも雨に見舞われていたような気がしますのに、今日も、昨日に引き続き、乾燥しているとのこと。だんだん紫外線が気になる季節になってきました(この地でのサクラが終わりますと、天気予報のおまけとして、桜前線や開花予報などに変わりまして、「紫外線」予報が出ているのです)。

 「四月生」のクラスなど、声を張り上げて、練習また練習させなければならないので、すぐに喉が水分を欲してしまいます。その水を飲んでいるのを見ている学生も、きっと口がカラカラになっているだろうと思うと、ちょっと…飲みづらい。…けれども、背に腹は代えられぬ…で、飲む。

 昨日、初めて、四月生のクラスに入りました。ちょうど二十名。90分ほど教えて、いつものことながら、来日したばかりの人たち(在日の人も含まれていますが)は、それぞれ、既習の日本語の量と質が違っていこそすれ、「聞く力」不足は共通事項であることに納得。

 特に、ベトナムの学生達はそうなのです。そしていつものように、ベトナムの大卒者は一緒にやるということが苦手なのです。

 毎年、少数ですが、大卒のベトナム人学生が来ます。これがどういうものか、授業のとき、教師の話を聞かずに、自分で調べよう、考えようとするのです。

 これは一見良さそうにも思われるのですが、語学を学ぶ上で、大きな欠点でもあるのです。だいたい、まだ「初級」なのです。調べるほどのものなど、ないのです。それに、日本の学校では、調べたいなら、家でやれと言われるのが決まりのようなものでした。学校では、まず先生の話を聞けと言われて育ってきたような気がします。

 せっかく学校に来ているのに、日本人が日本語で話をしているというのに、ヒアリングが悪い学生に限って、勝手に自分で調べて教師の話をきかないのです。こんなことじゃ上手にならないよと思ってしまいます。

 ベトナム人の一つの短所は、総じて、「聞き取り」ができないということ。「初級」段階であれば、考えるとか調べるとか言うことよりも先に、「初級」レベルに応じた単語や文法を使って日本人教師が説明する、「言葉を聞く」のが、一番大切であると思われますのに、そうしないのです。

 その度に、こちらは「まず、聞け。調べるのはあとだ」と叫ぶのですが。

 だいたい「初級Ⅰ」の新出語なんて知れたもの。教科書についている「単語・文法の説明書」で、事足ります。だいたい、前回や前々回の課の単語を忘れて、思い出せないからと言って、いちいち調べる必要など、どこにもないのです。教師の説明を聞いていれば、「ああ、あれか」と思い出せないはずはない。一応、勉強し、その時に覚えているはずですから。

 学校にいて、授業に出ているくせに、(聞かずに)自分で調べようとするのです、いきなり。

 これは、彼等の国で、そういう習慣がついているからなのでしょう。こんなことを、「初級」であるにもかかわらず、やっているようでは、ますます、「聞く力」が、他の国の学生達に比べ、、劣ってしまいます。

 「『まず、聞こう』という態度」があるかどうか、そして、「『聞いたこと』を、自分の既習事項と絡めながら考えるという習慣」があるかないかが、外国で、生きていくための語学を習得していく上で、必須のことだと思われるのですが。

 そして、この学校で、ベトナム人学生に僅かに数の上では劣りますが、同じく30%程を占めている、スリランカ人。

 かれらは、ベトナム人学生とは反対に「耳」だけで生きているような人たちです。しかも、「書く」という習慣がないとしか思われないほど、「書かない」のです。

 中には、「読解」の授業であるにもかかわらず、(文章を目で追わず)最初に一緒に読んだ本文の記憶を頼りに答えていくような猛者までいるのです。その上、「読解」の授業なのに、ずっと教師の顔を見ているのです。その度に、「本を見ろ。私の顔には何も書いていない」と言うのですが。

 普通、私たちは鉛筆を片手に読んでいき、わからない点は線を引いたり、時には、人間関係などを図に描いたりして、理解しようとするのですが、それもなし。ウサギのようにただ耳だけを突っ立てているのです。

 ベトナム人学生は、スリランカ人学生に比べれば、読めると言えるかもしれません。もちろん、五十歩百歩と言われればそうなのですが。漢字も、百数十年くらい前までは、中国文化の影響下にありましたし、日本と違って(中国の)科挙に参加していたくらいなのですから。街を歩けば、漢字をよく見かけますし、漢字の名前が書かれた寺も少なくありません。もちろん、フランスの植民地時代に、普通の人が漢字を書けるなんてことはなくなってしまったのでしょうが。

 そして、現在のところ、この、スリランカ人学生とベトナム人学生が、この学校の70%ほどを占めているのです。「聞く力に難あり」グループと、「聞く力だけは強者」のグループと。なかなか一緒に勉強させていくのは難しい…。いえ、難しいと思っていたのです。ところが、それがそうではなかったのです。

 最初は、本当に、この二つの国の人たちを一つ教室で教えていくのは難しいと思っていました。

 今、「Aクラス」では、ベトナム人学生もスリランカ人学生も同じように勉強しています。一つクラスにいて、少しも問題ないように感じられるのです。それはきっと、このクラスのベトナム人女子学生たちの「聞く力」が、これまでのベトナム人学生達に比べて、勝っているからなのでしょう。

 やはり、真面目に勉強していれば、民族的な差というのはそれほど大きな問題ではなくなるのでしょう。要は、頑張れるかどうかなのです。

 今日、「四月生の『入学式』」をしたのですが、彼等もそうであることを祈っています。ただ、男子学生が多いので、ちょっと、その点では、望み薄かもしれませんが。

日々是好日
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「暖かく、本当に気持ちのいい一日です。こんな日が続くといいのですけれども…」

2014-04-16 14:35:36 | 日本語の授業
 晴れ。

 清々しい朝です。

 「タンポポ(蒲公英)」の「黄」が、道端を彩っています。「ナノハナ(菜の花)」、「ナノハナ、ナノハナ、一面のナノハナ」と詩に謳われていたように、なぜか「春」は、「桜色」というよりも、「ナノハナ」や、「タンポポ」の「黄」で代表されているような気がするのです。もちろん、野山は、いつも、たくさんの(自然の)色に溢れているのですけれども。

 ただ、寂しいのは、最近、街で、「スミレ」の「紫」を見る機会が少なくなったこと。時折見つけても、かなり白っぽかったりして、私の知っていた、「茄子色の紫」ではないのです。

 「タンポポ」の綿毛が飛ばない限り、春が終わったような気がしないのと同じように、「スミレ」を見ないと、どうも困ってしまうのです。なにせ、春は、「サクラ」「ナノハナ」「タンポポ」「ツクシ(土筆)」、そして「スミレ」がなくてはならないのですもの。

 「春は終わった?」「まだまだ。だって、まだ『ツクシ』を見ていないから」。

 この「ツクシ」のところに、先に述べた、「ナノハナ」を入れてよし、「スミレ」をいれてよし…。というわけで、「サクラ」の季節は終わっても、「スミレ」の「紫」を見ていない私にとって、「春」は、まだ終わっていないのです。

 とはいえ、街では、「ツバメ(燕)」が飛び交い、小鳥たちの囀りが喧しくなってきました。知人の家でも、毎年来ている「ツバメ」夫婦が、今年も数度、様子を見に来たとか。今日のように寒さを殆ど感じなくなってしまうと、「更衣」の季節が来たような錯覚に陥ってしまいます。

 さて、学校です。

 春休みが終わったばかりだというのに、「ゴールデンウィークですね。休みは?」という声が二年生から聞こえて来ます。それで、知らん顔して、
「赤い日だけ」と言うと、
「ええっ(そんなはずがない)」
「本当は、4月28日は特別に休みにしますが、あとは変わりなし」と言うと、
「おかしいです。他の学校はみんな、ずっと休みです」
「(ふむ、ふむ、そんなはずがあるものか。その手は桑名の焼蛤)へえ、そうですか」

それでも、学生達はしばらく、しつこく、頑張って、「先生、休み、休み」と言い続けていましたが。

 (春)休み明けとあって、中には、かなり「口が動かなくなった」学生も、チラホラ。これで休みがこれ以上続くと、どうなることやら。正直なことを言いますと、私の方がずっとこわいのです。

日々是好日 
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「新学期。『初級Ⅰ』のクラスでは、席取りが熾烈になりそうな…」。

2014-04-15 08:34:02 | 日本語の授業
 晴れ。
 5月並みの気温という話を真に受け、そのまま朝、うちを出て…失敗。風は、まだまだ「卯月の風」。冷たい…。

 とはいえ、若葉が風に光って、美しい。

 つい、この間まで、「桜、桜」と騒いでいたのが嘘のよう。もちろん、「桜好きさん」は、5月の連休頃まで桜を求めてさまよっているようですが。「桜前線」が津軽海峡を越え、北海道に渡り、そして彼の地の桜が散りはてるまで…。多分、こういう人は、桜が、列島から散り果てれば…、今年も、もう、することがない…となるのでしょう。翌年の桜の蕾が膨らむまでが、いわゆる「充電期間」なのです。

 こういう生活は、まるで「リオのカーニバル」。日本式に言っても、それこそ「在所の祭り」とおんなじ。正に桜はそれ一つで日本中を祭りの坩堝の中へと追いやることのできる、そういう希有な存在なのです。

 さて、学校です。

 昨日は「始業式」ということもあって、新入生のクラスでは、テンヤワンヤ。以前に一度しか電話がなく、来るか来ないか、はっきりしていなかった在日の方が、「あれれ」という間に続々とやってきて(「続々」と言いましても、10人ほどですが、初級クラスでは留学生が15人ほどもいますから、ちょっと大変なのです)…「教科書がない」(申し込んでいないので、当然、こちらも書店には頼んでいない)となる。

 しかも、タイあり、インドあり、フィリピンあり、中国あり、シリアありと、いろいろな国から来ているのです。当然、言葉も違います。共通語は日本語しかないとはいえそれでも、最初の最初は、母語による「単語、文法の翻訳本」が必要になってきます。もっとも、そう言いましても、彼等の国の言葉があるとは限らないのです。また、それが出版されているとも限らないのです。

 はっきり(来ると)判っていれば、いいのですけれどもね。毎度のことですが、蓋を開けてみるまでは(当日になるまでは)、判らない。しかも、在日の人は様々な理由があり、1か月で来なくなったりするものですから、どこか予測が立てられないところがある。

 まあ、それはそうなのですが、今度の在日の方はどうも、皆、真面目そうで、どこか今までとは違っているような。…それだけに、席取りが、ここ1、2週間は熾烈になりそうです。

日々是好日
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「今日から、新学期。さて、二年生は、みんな、やって来るかな…」

2014-04-14 08:21:26 | 日本語の授業
 曇り。少し、寒い。来る時に、雨がパラパラと降っていました。

 4月も中旬に入ったというのに、「涼しい」と言うよりも、寒いのです。そういえば、かなり暖かいなと思っていても、来たばかりのベトナムの学生が、寒いと言って厚着をしていたことがありましたっけ。日本人の若者が長袖のシャッツ一枚で、フラフラ歩いていそうな真昼に。

 ちょうど、そんな感じなのです。もう4月ですから、もう少し暖かくてもよさそうなものなのに、今日はちと寒い。花冷え…は、過ぎたのでしょうね。桜も、「ソメイヨシノ」は、「蕊桜」姿も終わって、今は若葉を楽しんでも良さそうな具合なんですもの。

 今年は、桜が、パッと咲いて、パッと散ってしまいました。…しかしながら、それも、もしかしたら、桜に対する思いが、自分の中で、だんだんと重くなり、それが「心残り」という形になっているだけなのかもしれませんが。

 さて、学校です。

 今日から新学期。

 日曜日に、スリランカからの最後の二人が成田に到着し、あとはパキスタンの一人を待つばかりとなりました。

 「インド」にしても、「バングラデシュ」にしても、日本でビザが下りているというのに、向こうの国の方で揉めて、許可が下りない、あるいは、なかなか下ろしてくれないということが少なくないのです。

 「パキスタン」も、そうなのかもしれません。在日の兄弟もいて、しっかりとした後ろ盾があるというのに。私たちの方(日本人)からすれば、何が何だかわからないのですが、とはいえ、向こうの人たちからすると、「きっとこうだ。こうにちがいない」と思えるところもあるようなのです。

 こうなりますと、日本人の手には負えません。日本のビザが下りないというのであれば、(入管に)聞きに行ったり、それなりの手段を講ずる(説明の文書を出す。必要な書類を出す等)こともできるそうなのですが…、あちらではね。何が常識なのかもわかりませんし、何が問題になっているのかも判りませんし…。こちらでは手の打ちようもないのです、お気の毒なのですが。

 で、昨日着いた学生のことなのですが。

 ぎりぎりに間に合ったスリランカの学生は、今日、学校に手続きのために来る事になっています…。でも、来るでしょうかね、定刻に。どうも、スリランカの学生も、「あっ。あれしなくちゃ」とか、「急がなくちゃ、間に合わない」とかいった、いわゆる「焦る習慣」が、ない人たちが多いようですから。ましてや、来日したばかりです。どうしようかなと、のんびりしている間に、日が暮れて、今日が終わったなんてことにもなりかねません。

 とはいえ、この学校の学生が、迎えに行き、きっと「日本は、こうなんだよ」と話してくれているでしょうから、最初の頃のスリランカの学生に比べれば、もう少し早く、時間の観念が身につくかもしれません。

 さて、3月の末から、4月の新学期が始まるまで、新しい学生のことばかり書いてきたような気がするのですが、二年生は、どうでしょう。新しい人たちは、一時と言えば、一時に来る人が大半でしょうが、二年生は、まだ安見の習慣が抜けきっていない人も少なくないでしょう。それどころか、休みの間に、以前学んだ頃がきれいに消えてしまっている人だっているでしょう。

 今日から2週間ほどが大変です。きっと教室で厭になるくらい「…だって、忘れました」という言葉を聞くことになるでしょうから…。

日々是好日
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「春。また、もう一組のベトナム人学生が来ました」。

2014-04-11 12:16:12 | 日本語の授業
 晴れ。

 昨夜から強い風が寒気を運んできたようで、今朝はちょっと寒い。風はないのですけれども…。

 水色の空に、綿菓子のような薄フワフワした雲と、刷毛でサッと引いたような白い雲が浮かんでいます。今日もいい天気…かな。

 今日、ベトナムから学生が三人、着く予定です。きっと(空港に)着いてから出てくるのが遅いのだろうな。まだ出てこないという連絡がありましたから。

 ベトナムからは、主に、三つの学校から来ています。ただ、今年の四月生には、去年、ベトナムのフェアで知り合った人が、個人的に寄越した、彼の友人の子どもという人も含まれています。最初は、(一人だけでしたから)馴染むかなと思っていたのですけれども、先に来ていた二人と、至極普通に話しているのを見て、ホッとしました。

 男子学生は、却って、一人の方がいいのかもしれません。女性はなかなかそうは行かないようですけれども。

 今年、2月から3月、そして4月に入ってからも、よく在日の方から「ここで勉強したい」という連絡が来ています。住所を聞いて、(ここは)そこからは遠いので、近場の日本語学校に行った方がいいと勧める場合もありますし、レベルが合わない時も、そう言っています。

 実際、連絡があった方はみんな入れて差し上げたいのですけれども、ここは小さな学校ですから、そう、たくさんはクラスを作れないのです。今、いる留学生達に合わせたカリキュラムで進めていっているものですから。無理に入っても、合わなければ、意味がなくなってしまいます。本人に力量があり、どのような教室にいても、自分に必要なものを酌み取っていけるというのでなければ。

 そういうわけで、現在、授業の進め方も、補助教材も、時には主教材もその時々に応じたものにしつつあります。もちろん、その時だけ、という場合もありましたが、それでも、今いる学生達にとってどういうものがいいのかを常に試行錯誤しながらやっていっています。

 1年ほどで「N1」レベルになる中国人が多かった時には、そういう(彼等に適した)進度では、「非漢字圏」の人たちがついて行けないであろうと断ったこともありましたが、今は中国人学生がほとんどいないので(いても、まだ始めたばかり、『初級』です)、既に、「N2」に合格しており、7月に「N1」を目指すという中国人には、そういうクラスが作れないからといって断るしかないのです、残念なことですが。

 「非漢字圏」の人たちは、「初級」教材から「中級」教材へ行く途中、すぐに中短編を読ませるのではなく、ワンクッション入れた方が良いと思われ、実際、そうしているのですが。とは言いましても、短期間で、とにかく「N1」に合格したいという人にとっては、そういうやり方も、まどろっこしく感じられることでしょう。

 中国人の場合は、漢字、文法、読解と三つを一つの教材にまとめてそのまま進めていけばよかったし、「非漢字圏」の学生でも、能力の高い人たちには、同じようなやり方でも大丈夫でした。

 けれども、普通の(アルバイトもせねばならないし、うちで勉強する習慣というものもほとんどない。つまり、宿題をする習慣もあまりない)学生には、それでは、ちと、酷なのです。

 と、書いているうちに、迎えに行かねばならない時間になりました。

 で、迎えに行こうと、手伝いをしてくれるはずの、水曜日に来たばかりの学生を呼びに言ったのですが、いない…、三人とも…いない(昨日、ちゃんと今日の10時頃か11頃に駅に行くから待っていてと言っておいたのに…)。困って、先週の金曜日に来た学生と、月曜日に来た学生の部屋へ行ってみると、これもまた…いない。

 イライラして待っていてもしようがないので、一人、駅へ行ってみます。すると、そこに一人、先週の金曜日に来た学生がいて、声を掛けてくれました。「三人で出たけれども、残りの二人はどこかへ行ってしまった」。早速覚えたての「迷子」をつかって、「迷子ちゃんになった」。そして、水曜日に来たばかり(本来なら、駅に迎えに行くはず)の学生達は、二年生の女子学生が、ハンコと郵貯を作りに連れていったと言います。

 まあ、彼は水曜日も抜群の働きをしてくれたし、一人で三人力だからいいか、と駅のベンチに腰かけて、二人で話していますと、迷子の二人がのんびりとやって来ました。そこで、(新しい学生が着いたら、彼等の)荷物を運んでくれるように頼んで、三人で日向ぼっこをしながら待っています。

 高校を出たばかりの学生に、時間になったら駅の改札口の所へ行って手を振るのだと言いますと、一人で恥ずかしがっています。そのうちに、例の女子学生がやって来て、(水曜日に来た)三人はまだ郵貯の通帳ができるのを待っていると言います。

 定刻に、新しい学生三人と、教師一人、迎えの学生二人が降りてきました。早速、前に来ていた学生達が重い荷物を自転車に載せると言って持っていきます。ふと気がついて見ると私の自転車の荷台に置いています。そして私にあっちの荷台がない方の自転車に乗れと言います。そう言って、サドルを下げてくれるのですが、「あの自転車は難しいから嫌だ」と言いますと、「大丈夫、大丈夫」と言います。それやこれやで、ああだこうだと他の学生達に出遅れてしまいました。

 遅れてしまいましたけれども、やはり、いいですね。たった、1週間ほどであっても、どんどん(私の話す日本語が)聞き取れるようになっていくのがわかります。授業が始まる前に来るというのはいいですね。やはり、先に来ていた順で、聞き取りができているような気がしますもの。

 それから、やはりベトナムは女子力がすごい。重いトランクを自転車の後ろに載っけて、スイスイと運んでいった、もう一人は、女子でした。夜眠らずにいても、朝には、新しい学生達を郵便局やはんこ屋さんへ連れていったのも女子でした。本当に、その行動力に、敬服。

日々是好日
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「小学校の新入生達」。「新しく来た学生達…六人」。

2014-04-10 08:44:52 | 日本語の授業
 晴れ。

 近所の小学校では、入学式が終わったようで、今朝も真新しいランドセルを背負っている小さな人を見かけました。

 ただ、今日見かけた小さな人は、どうも私立に通う小学生のようで、もしこの近所であったなら、まだ寝ていられた時間です。

 大きなランドセルを背負って、お母さんの後ろから、小走りでついていきます。手にはもう一つ、少し大きめの手提げを持っています。さて、この中には何が入っているのかな。

 金曜日であったなら、洗うために持って帰らされる上履きでありましょうし、もしかしたら、給食の時に使うエプロンかもしれません。けれども、今日は木曜日…ということは、クレヨンかそんな図画工作用のものかもしれません。

 後ろから見ていると、大きなランドセルが歩いているようにさえ見えてしまいます(頭がランドセルに隠れて見えないのです)。

 そして、あと三十分か四十分ほどもすれば、この界隈に、上級生達と一緒に集団登校していく、近所の小学生さん達が現れるはずです。毎年、この時期だけに現れる風物詩の一つ。

 さて、日本語学校の四月生達です。

 2年目を迎えた学生達は、春休みこそ稼ぎ時というわけで、アルバイトに精を出しています。ということは、なかなかこちらが手伝ってほしい時に手伝ってくれる学生が見当たらない…のです。

 ただ一人、寮に住んでいるベトナムの女子学生が、大丈夫といって(本当は夜、全然寝ていないので、大丈夫ではないのでしょうが)よく手伝ってくれています。それから成田へ行く時には、他の(同室になる予定の)学生達に連絡をつけて、行ってもらっています。

 そして、昨日のこと。三人、また来るということで、寮に住んでいる男女一名ずつを迎えに出したのですが、「成田に着いた。それから会えた」という電話連絡の後、遅々として、なかなか戻ってこないのです。

 それで、「もしかしたら…」ということで、先週の金曜日に来た新入生一人と、今週の月曜日に来た一人を連れて、駅まで教員が迎えに行くと、これまた行徳駅に着いたはいいのですが、なかなか(駅から)出てこないのです。電話で聞くと、「荷物が全部で九つある。とても大変…(エレベーターに一度で載せきれない)」とのこと。

 私も後から(三人を)自転車で追っかけていったのですが、出てきた彼等を見るなり「はあ?」。多いし、重いし…「はあ…」

 先週来た新入生と二年生男子学生が二人で、手際よく、一番重い荷物を自転車の後ろに載せていきます。前の籠には女子学生が担いでいた荷物を、背には重いリュックを背負い、先に寮の方に運んでいきます。他の荷物は、残りの学生達が引っぱったり、背負ったりして…学校の方向へ。

 ちょうど「サクラ(桜)」の散り際に間に合うだろうと、公園の横を通っていったのですが、荷物を持っている彼等はそれどころではありませんし、他の学生も「サクラ」が、もうただの風景になり果てていましたし、「何を、今さら」といった感じ。そのうちに、先に行っていた自転車の学生が戻って来て、残りの荷物のいくらかを運んでいきます。

 先週の金曜日に来た学生の時には、「本で重かった」ようなのですが、今度の彼等は「そう(本を持ってくるように)は見えない…」。いったい何で重いんだ!何でこんなに荷物が多いんだ!

 もっとも、先に来ていた三人とも、昨日来た三人とも、会うのは今度で三度目ですから、向こうもそれほど緊張していません。「やあ」という感じなのです。昨日来た三人のうちの二人に(一人は、日本で観光関係の学校に入りたいとかで、日本語の勉強が好きそうなのですが)、「こら。全然勉強していなかったな」と言っても、ニコニコしています。語気からは、怒っているなということがわかったようですが、つまり「へへへへへへ」なのでしょう。

 寮に着いてから、部屋割りをし、1時間半後(二時)に(前に来ていた三人と、昨日来た三人と)学校へ来るように言い、教員達は学校へ戻ります。

 ところが、二時になっても…来ないのです、六人とも…。一人くらいは気がついても良さそうなものですのに…。

 折良く、同じく寮に住んでいる女子学生から電話があったので、彼女に(彼等に)来るように言ってもらい、待っていると、すこしも詫びれる様子もなく、(六人が)ニコニコしながらやって来ました。

 で、新しく来た三人と教員とで、住所登録と、保険証の申し込みに支所へ…ただ、教員はそれからも用事があり、終わると別行動を取らねばならぬということで、彼等、新入生三人を学校に連れ戻すためには、一人、道が判っているものがついていかねばならない…どうするか。

 結局、朝、駅まで迎えに行かずに、皆の料理を作っていた一人が行くことになったのですが、彼、かなり抵抗をしていました(その理由がわかったのは、後からです)。

 さて、すべてが終わり、今から帰らせるという連絡が教員からあって、かなり時間が過ぎました。でも、戻ってこない…。

 はは~ん。道に迷ったな…。しばらく待っていると、汗びっしょりで、四人が戻ってきました。聞くと、やはり道に迷ったらしい。

 この学生、荷物は持てない(力がない)は、何をするのも遅い(「はい、帰ります」とか「はい、出ます」で、一番グズグズしているのが彼なのです)は、それに方向音痴まで加わって、どうも芳しからぬあだ名がつきそうな様子。もっとも、私たちがどう考えているかは、まだわからないでしょうね。「語学留学」というのは、勉強だけじゃ、だめなんだぞ。留学を通して、少しは強くなって下さい。とは言いましても、はて、さて、どうなることやら。

 彼にとっては大変な一日だったのでしょう、それだけで。

日々是好日
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「寮の大掃除」。「『喧嘩したと聞いたけれども…』『いえいえ、そんなことはない』『本当?』」

2014-04-09 10:17:47 | 日本語の授業
 晴れ、時々曇り。

 風もなく、穏やかないい日です。

 今日、ベトナムから三人が成田に着く予定です。迎えに行った学生に聞くと、「まだ」という返事。月曜日は一人だけだったので、心配だったのですが(しかも、高校を出たばかりの学生です)、今回は三人だし、年も少し上だし…多分大丈夫でしょう。後は彼からの「無事に着いた。会えた。今から戻る」という連絡を待つばかりです。

 昨日は、今日来る学生のための大掃除、そしてゴミ捨てなどで明け暮れました。これは先週から、いえ、もしかしたら先々週から続いていたのですが…(引っ越しする学生がいましたし、卒業生もいましたから)。何が難しいと言って、「立つ鳥跡を濁さず」という習慣のない国の人たちに、「(寮を出る時に)出る時にはきれいにする。つまり、自分のものは自分で片付ける、持って行けないものは捨てる」を徹底させることほど難しいことはないのです。

 「学校の寮」と言いましても、学校近くのアパートを借りて、「四人住めるところは四人で、三人しか住めないところは三人で」というところなのですが。彼等の考えは、今まで住んでいたし、まだ一年生が残っているから、ゆっくり運べばいい(つまり、まだ後でいいだろう)なのです。

 こわいのは、その「また後で」が、ずっと続くところなのです。いつまでという期限を切るという考え方がないのです。ダラダラとそれが続き、こちらが気がつくと、数年分の垢(置いていった荷物の山)で、身動きが取れなくなってしまっている…。

 けれども、そんなことをされたら、新しく来た人達は、どこに自分達の荷物を置けばいいのでしょう。今までいたから、その延長線上で、すべてのことを運ぼうとするのです。勝手に入って(鍵を閉めるという習慣はありません。こちらが口を酸っぱくして言っても、なかなか徹底できないのです。ですから、気がつくと、鍵は閉まっていない…)、かつての自分のベッドで寝ていたりする…もちろん、布団は新しい学生の新しい布団なのですが…。それもお構いなし。まあ、同国人ですから、彼らの国ではそうなのでしょう。けれども、それは日本の習慣にはない…。日本に居る間は、日本の習慣でやる。

 相変わらず、寮に(自分の)荷物を置きっぱなしにし、なかなか持って行こうとはしない(何と言いましても、学校が借りているアパートは学校に近いのです。だから、何をするにしても便利なのです)。ですから、教員が行って、バッサバッサと切り捨てるしかないのです。

 「えっ、これも(引っ越しを疾うにしている)彼の?」「えっ、卒業したでしょう、まだ荷物があるの?」押し入れを開けてみれば、ざっくざっくと出てきます。特にベトナムの学生は、本棚にするという約束で入れたカラーボックスの数がいつの間にか増えていて、しかもその一つ一つにしっかりと靴が入れてあったりするのです。「…いったい全体、どうしてこんなに靴がいるんだ…」これは、男女関係なしにです。

 で、新しい学生には、もうカラーボックススを配らないことに…。すると、昨日、先週の金曜日に来た学生が一人、「先生…。私も本棚がほしい」「へっ?」

 そうか、彼のいる部屋には、一つ、使っていないカラーボックスが置かれたままになっていたんだっけ…。目ざとい一人が素早くそれを見つけ、我がものにし、本を入れたのでしょう。それで彼も、「箱」とか、「棚」とか言わずに、「本棚」と言ったのでしょう。

 「本を入れるなら…。他のは、靴とかを入れてはだめですよ」と言って、学校に残っていた新品を渡したのですが…。「本棚」と言ってくれるところがいいですね。あの二人は、ちゃんと本を入れるでしょう。

 学校では、大掃除で、私たちがテンヤワンヤしている間にも、タイの学生が上の部屋で自習をしていました。まだ来たばかりです。「(私が)ちょっと出てきますね。ここで勉強していてください」と言うと、(多分、何も聞き取れなかったのでしょうが)にっこり。

 午後になって、四時半は過ぎていたでしょうか、スリランカの学生が二人、一人は国からお金を送ってもらうための手続きに、もう一人は寮費を払いに、やって来ました。

 そこで、他の学生達のことを聞くと、仲が良かったはずの友達の一人と喧嘩していると言うのです。そこで、ひとしきり、そんなこんなの話を聞き、まあ、世間話です。だって、2週間ほども会っていなければ、いろいろな話がありますよ。

 その後、ちょうど話に出てきた学生から電話がありましたので、「今、○○と喧嘩しているでしょう」と言うと、すぐに「していない」と言う。「そんなはずがない。喧嘩しているでしょう」「いいえ、いいえ。違う。ホント、喧嘩していない」「へへへへへへ…。しているでしょう」

 本当にちょっとのやり取りなのですが、3月20日の課外活動で行った「水族館」で会ったのが、最後でしたから、何となく、(学生達と)無駄話でもしたくなってしまうのです。

 さて、そうは言いましても、来週から新学期が始まります。新学期が始まってしまうと、彼等と雑談したくても、なかなかそういう時間は取れなくなってしまいます。でも、でも、早く始まれ、新学期なのです。

日々是好日

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「夜中に、お誕生日で会を催し、大騒ぎ」。

2014-04-08 08:36:09 | 日本語の授業
 晴れ。青空。

 「ああ、暖かい」と言いたいところなのですが、放射冷却とやらで、朝夕はまだまだ寒さが続いています。続いていますが、これを「花冷え」と言うには、昼が暖かくなりすぎるようで、なんとも(我が身の)言葉の貧弱さが情けない。

 古人や、古人とまではまだ行かなくとも、祖父母の時代には、まだ方言が確固とした位置を占めていました。それ故、先祖伝来の、または、その地域特有の「言い回し」や「言葉」が豊富に残されていました。

 けれども、この「口承」という、極めて儚い存在は、「近代化」とか、「普及」とかに隠れて、いつの間にかその存在すら疑われるほどに薄れていき、そして今では探すことすら困難になっています。

 「日本語が消えていく」というのも、おそらくはこのように「豊饒であった存在」から「貧弱な存在」になり果てていくことから始まるのでしょう。それを如実に感じさせられている、ちょうど過渡期の私たちのような者達は、書き言葉としての日本語しか、もはや知らぬのではないかと思われるほどなのです。

 時折、こういう「古代からの記憶を持った」人を父母に持った、あるいは知人として持っている文筆家の文章などを読むと、「こりゃあ、文筆家と称されていても、そのほとんどは、この『先人』の力によるのではないか」と思わされ、「歴史を知らぬ者は滅びる」を地でいっているのが、現代日本人ではないかと思ったりもするのです。

 しかしながら、まだそう思うことのできる我々は、言葉の面であれ、歴史の事実の面であれ、幸せなのかもしれません。それすら、いろいろな思惑からの操作によって知らされていない民がいるくらいなのですから。

 ともあれ、学校です。

 「一昨日、夜中に誕生会を開き、その後、大騒ぎになった」という理由で、何人かに聞き取り調査(これは注意を促すどころか二度どしないとさせる意の叱責も含まれています)、並びに、その後片付けをさせることで、昨日は一日が暮れていったような気がします。

 本来ならば、ある人の誕生会を口実に、普段はなかなか会えない人たちが一堂に会し、楽しむという、悪くはない話なのですが、そこが限度がない(これは日本人の考え方であって、彼等には、こういうものは存在しないようなのです)故に、騒ぎとなるのです。

 学校の寮は、住宅地にあり、夜ともなれば、近隣は静まりかえっている。そこで、集まって鍋料理をする。ビールを飲んで、気も大きくなれば声も大きくなる。最初は単なる話し合い、それがいつしか言い争いとなり、若者達が20名ほども揃っていれば、「おい」「何を」「やるか」と胸ぐらを掴む事態ともなりうる。

 そして、学校の方に通報が来、教員が大急ぎで行ってみれば、皆は蜘蛛の子を散らすようにいなくなって、影も形もない。残っているのは、前後不覚に酔っぱらって置き去りにされた、見知らぬ者、数名。学校の学生ではないと言うことで、外に出せば、「知っている人だから」と他の寮生が担ぎ上げ、うちまで送っていく。

 皆、別に悪そうに見えないのです。

 けれども、「この一線を越えてはならぬ」という自制する心に欠けるのです。もっとも、これはある意味、常に緊張状態を強いられているような日本などの国に於いてのみ、成立するような考え方なのかもしれませんが。

 場所も悪いし、人数も多すぎる。酒を入れたせいで声が大きくなったということもある(酒を入れなくても、声の大きい人はいるのです)。時間も問題です。

 しかしながら、これが大学の運動部で、学食で開かれた「新入生コンパ」などであったら、…あり得るなと思います。ただ、そういうところでは、時間になれば、学食の人が、「もう、終わりなさい」と声を掛けますし、(コンパを)始めると決めた段階から、酔っぱらいそうな人には、酒に強いか、素面の一人がつき、(その人がグデングデンになっても)最後まで世話をするという打ち合わせができているものなのです。こういう、ダラダラとした感じにはならないものなのです、日本では。

 だいたい、一度でも、迷惑をかけたら、次の年度には、開かせてもらえません。きちんと後片付けまでできて初めて、次の年に繋いでいけるのです。

 もちろん、当方にもミスはあった。迂闊であった。春休みの前、卒業式などでごたごたし、「休みの心得」を言い聞かせ、「約束」させるのを怠っていた…。

 日本的な習慣上の常識が、やはり通用しないのです。それを、つい、つい、また忘れていた。特に今回は、言えば判る相手が起こしたことであっただけに、当方としても反省しきり。

 (これは、教員の方。)ところが、そんな私たちを尻目に、新しい人たちは、のんびりとしたもの。

 先々週に来日したタイ人学生、そして先週来日したスリランカ学生が、学校に自習しにやって来ています。自習のやり方を説明すれば、おとなしく一人で(あるいは二人で)コツコツと勉強しています。

 その前までは、ベトナムの「N2」を受けたいという女子学生一人が、アルバイトの前後に来ているだけであった故にか、なんだか、学校が賑やかになったような気がしてうれしくてたまりません。もとより、初級の「あいうえお」からやろうという人達であってみれば、別に賑やかになると言うわけでもないのですが。

 ただ、学生がいないと、教室が死んでいるように感じられて、なんとも可哀想でならないのです。学校に来て勉強していれば、普段は小憎らしいと思っていてもだんだんに情も移るものですし…。

 学生達は、もしかしたら、こういう教師の心の機微を「知らない」のかもしれません…残念なのですけれども。

日々是好日
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