宇部の宗麟寺のお参りを終えて、これでこの日訪ねる札所は回り終えた。今回残りの功山寺は翌25日に訪ねる予定である。
さて、夕方まで時間はある。16時までに新山口駅に戻ればよいので、せっかくなので宇部近辺を回ることにする。この辺りも宇部線、小野田線に乗りに来た時に通った程度で、先ほどの宗麟寺も含めて知らないところばかりである。
そこで思いついたのが、長門本山駅の先にある本山岬。小野田線の本山支線には何度か乗っているが、その先には行ったことがない。前日の夜に見たBS朝日の鉄道番組が偶然にも山口県がテーマだったのだが、その最初に、本山岬の「くぐり岩」というのが出ていた。これはどのようなものか見てみたい。ということで、宇部の市街地を抜けて、長門本山までクルマで目指すことにした。
海側に出ると、宇部興産の巨大な工場が見える。本社機能は東京にあるとはいうものの、主力工場は現在も宇部を中心に展開している。この先、お好きな方にはたまらない工場景色が続く。
厚東川を渡り、宇部市から山陽小野田市に入る。山口東京理科大学の横を過ぎると、右手には緑地帯、左手には西部石油の製油所のタンクが見える。この緑地帯の向こうに本山支線が走っている。
この道をそのまま走ったところに、長門本山駅がある。本山岬に行く前に、せっかくなので立ち寄ってみよう。朝2本、夕方1本しか列車は来ず、もちろんこの時間は駅の利用客などいない。
もっとも、小野田駅と本山岬を結ぶ船鉄バスの路線バスが1~2時間に1本のペースで走っており、地元の人の足がまったくないわけではない。そうなると、現在において本山支線が存在する意義はどのくらいあるのだろうか。
それどころか、宇部線、小野田線そのものをBRT化しようという動きもあるようだ。私は最初に記事を見た時、「LRT」と勘違いしていたが、そうではなく「BRT」である。BRTは、これまで気仙沼線、大船渡線、そしてこのたび決定した日田彦山線の一部のように、津波や豪雨といった災害に遭い、鉄道での復旧が難しいケースで導入されてきたが、利用客が少ないからBRTにするというのは実現すれば初めてのことになる。はたしてどうなるのだろうか。
しばらく駅を観察する。駅といってもホーム1本、簡単な待合スペースがあるだけで、知らなければ気づかずに通過してしまいそうだ。
ここから本山岬に向かう。住宅地の先に本山岬のバス停があり、その先にクルマが離合できるかどうかの細道がある。ここを抜けると駐車場がある。長門本山駅から歩いて来るとなると20分以上かかりそうだ。そのため、本山支線と本山岬の両方を体験しようと思うと、行きか帰りに路線バスを組み込まないと厳しいところである。
くぐり岩へは遊歩道を伝っていくが、その手前に金毘羅大権現がある。明治時代に土地の人たちが讃岐の金毘羅権現を勧請したとある。ちょうど岬の先端で、航海安全の神というところだ。
石段を下りる。製油所の敷地の端すれすれのところである。この日は波もそこそこ高く、海水も濁っている。
前方に洞窟の穴が見えるが、それはくぐり岩ではない。くぐり岩はさらにその先にあり、実際は干潮の時でないとたどり着くことができない。あらあら。
今は海岸にさまざまなものが打ち上げられていて、ハングルが書かれたペットボトルもある。関門海峡をすり抜けて周防灘まで流れてきたというのか。その岩場のわずかなスペースにはカニの棲み家もある。ここでまた雨が強くなったので、早々に引き上げる。
この後は来た道を引き返し、当初から行ければと思っていたときわ公園に向かうことに・・・。