まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第19番「鞍馬寺」~新西国三十三所めぐり・9(何がパワースポットやねん)

2016年05月11日 | 新西国三十三所
白龍園見学の後、叡山電車に乗り込む。次の貴船口で下車する客が多かったが、終点鞍馬もけっこうな数である。昼近くなり、観光客の数も増えている。

寺の玄関口にふさわしい木造駅舎。駅舎の横には、かつてこの線を走っていた車両の先頭部分が切り取られた形で残されている。また、鞍馬といえば天狗のイメージが強いためか、巨大な天狗のお面もある。

門前の土産物屋街を過ぎると鞍馬寺の仁王門が見える。青もみじと朱塗りの門がよく映えている。門柱には「鞍馬弘教総本山鞍馬寺」の額が掲げられている。

受付で愛山料300円を納めて中に入る。まずは石段を上り、普明殿に出る。ここから、鞍馬寺が運営するケーブルカーが出ているのだが、現在はメンテナンスのため運休中。まあ、元々はどうしても歩くのが難しい方向けの乗り物で、普通に歩ける人は参道を歩くよう呼び掛けられているが。

その参道は、「近うて遠きもの、くらまのつづらおりといふ参道」と、清少納言が枕草子で綴ったことで知られている九十九折の参道。この九十九とは、1を足すと100になるという意味ではなく、非常に多くのという意味だという。ただ、この記事を書くにあたり鞍馬寺のサイトを見ると、「遠きて近きもの」となっていた。これは単なる書き間違いか、それとも前後の文脈から、「遠いようで近いのだから、ケーブルカーに乗らずに歩きましょう」という呼び掛けにわざと変えているのか。

参道を歩くと、途中には魔王の滝や、鞍馬の火祭りで知られる由岐神社がある。神木の大杉が立派である。

また、参道は確かにジグザグしているが、道幅も広く、砂利道も石段もよく整備されている。これまで西国めぐりで、これでもかと上らされた山道や石段の数々を思うと、快適な道である。昔から多くの参拝者、観光客を集めてきただけのことはある。

駅から30分ほどで本殿金堂に着く。遠くには比叡の山々を望むことができる。さてお参りというところで、行列ができている。金堂の前に図形が描かれた金剛床というのがあり、この中心に立つのである。この金剛床は、鞍馬寺のサイトでは・・・「宇宙のエネルギーである尊天の波動が果てしなく広がる星曼荼羅を模し、内奥に宇宙の力を蔵する人間が宇宙そのものである尊天と一体化する修行の場となっています」とある。一読しただけでは「??」だが、これが要は鞍馬寺がパワースポットと言われている所以である。私は「パワースポット」という言い方はあまり好きではないし、こういうところでピースサインやポーズをとって記念撮影しているのもどうかと思うのだが、鞍馬寺が古くからある寺とは思えないくらい、パワースポットを推しているのも気になる。

金堂に入る。新西国の札所ということでお勤めをしようとするのだが、どこか雰囲気が違う。有名寺院だから観光色が強いとか、そういうのとは何か違った雰囲気である。

鞍馬寺の信仰は「尊天」という。水、太陽、大地から放たれる「氣」を宇宙のエネルギーによるものとして、「月輪(水)の精霊・愛」を千手観音、「太陽の精霊・光」を毘沙門天、「大地の霊王・力」を護法魔王の姿で現したもので、この三身を一体として「尊天」と称している。新西国の札所というのは観音霊場なのだが、ここ鞍馬寺はその視点からすればちょっと違うような気がする。宇宙のエネルギーというが、大日如来とも違う(そもそも、ここまで上ってきた中で大日如来というのはなかった)。先の金剛床とも合わせて、これまで訪ねた仏教寺院とはどこか違うというのか。だいたい、仏教で「パワースポット」というのはあまりないことだと思う。むしろ神道に近いものではないだろうか。

・・・ここで思い出すのが、仁王門にあった「鞍馬弘教総本山」の額。鞍馬寺は平安の頃は真言宗に属し、その後天台宗の寺としての歴史が続いていたのだが、戦後1947年に鞍馬弘教として新たに独立した。一応天台宗系とは言っているが、昔からの神道や陰陽道も混ぜつつ、独特の信仰が育まれたところと言えるだろう。新西国が選定されたのは昭和の初めのことだが、もし同様の試みが戦後に行われていたとすれば、果たして鞍馬寺は新三十三観音霊場の札所に選ばれただろうか。

少し違和感を覚えながらお勤めを行い、新西国の朱印帳に揮毫をいただく。合わせて、一文字写経というのを納める。納経所の前に机があり、用紙と筆ペンがある。般若心経の一文字を書き写す(なぞる)もので、納経料100円で誰でもできる。もっとも、般若心経の一文字は「その席に座った順番」ということで、1枚めくると「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時・・・」から始まるどこかの文字に当たる。私は「即」だったが、この「即」という文字、般若心経には何ヶ所か使われていて、果たしてどの「即」なのだろうか・・・?

金堂で参拝を終了して、次にどこに行くかである。洛北から南を窺いたかったところだが、そこはサイコロ次第である。

1.西宮(神呪寺)

2.長岡京(楊谷寺)

3.高野山(宝亀院)

4.福崎(金剛城寺)

5.龍野(斑鳩寺)

6.須磨(須磨寺、太山寺、須磨寺)

・・・ということで次の行き先だが、何が出るか。出たのは・・・「1」。今回は兵庫県の引きが強いなと思っていたが、次は西宮である。こちらも地元のウォーキングロードが整備されていたと思うのだが・・・・。
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