小湊鉄道といすみ鉄道を乗り通して、外房に位置する大原に来た。とりあえず「サイコロの旅」の目的地の条件は果たしたのでここからはフリーである。ただ、昼食がまだでこれをどうしようかと思う。
13時16分発の安房鴨川行きに乗車する。東京近郊の車両とはいいながら、房総に来てからは一部車両がセミクロスシートに改造されており、ボックス席に座ることができる。遅い昼食をどうするか、魚市場でも有名な勝浦に行くか、あるいは「月の砂漠」で有名な御宿ではこの日「伊勢えび祭り」というのが行われているようで、そちらに行くか。でも待てよ、外房といえば行っておきたいところがあったのを思い出す。
それはこの列車で終点の安房鴨川まで行き、そこからさらに乗り継いでやってきた和田浦にある。すでに14時半を回っているがここで昼食とする。駅には一度降りたことがあり、その時もある店に入ったのだが今度は駅に近い別の店に行くことにする。
和田浦というのは房総での捕鯨の基地である。といっても南氷洋に大がかりな調査捕鯨団を出すというものではなく、地元の小規模な沿岸捕鯨ということで、毎年夏の時期にツチクジラ20頭あまりの割合での捕鯨を実施している。クジラが捕れれば地元の港で解体を行う。
以前東京にいた時に、何とかその解体風景を見学したいと思ったことがある。別に見学には特別な申し込みが必要なわけでなく、作業のじゃまにならないようにすればいいだけなのだが、如何せんクジラは毎日捕るものでもなく、解体の時間もその時によってまちまち(早朝のこともあれば昼からのこともある)で、こちらの関係者のブログで告知される情報が頼り。ただその時はクルマを持っておらず、解体があるならレンタカーで持って深夜に走らなければな・・・などと考えている間に捕鯨枠がいっぱいになって漁が終了したということもあった。
また、拙ブログの過去の記事を見ていくと、地元主催の「くじら学」ということで、クジラの解体を見学したり、クジラ料理をいただいたり学術的に学んだりというイベントに申し込んだこともある。ただこの時も台風が接近して行くのを断念した。
今回、サイコロの旅のさらなるオプションで行くわけだし、クジラの解体などは見られないというのはわかっているが、せめて本場でさまざまな料理を食べることができればと思う。ということで足を運んだのが、和田浦の駅から歩いて5分ほどの「ぴーまん」という店。名前は野菜だがクジラ料理の専門店ということで有名である。以前に和田浦に来た時には海岸べりを20分以上歩いて別の店に入ったのだが、今度は最初から「ぴーまん」に入る。昼の部が15時ラストオーダーということでギリギリで入ることができた。客は私一人。
「くじら御膳 花嫁街道」というのを注文する。赤身と皮の刺身、カツ、竜田揚げ、ステーキ、そぼろの佃煮、関西でいう「おばけ」のサラダなど。一つ一つが丁寧に調理されているし、それぞれに味わい深い。
いただいていると店主が顔をのぞかせる。「竜田揚げとステーキを少しサービスしておきました」という。おそらく昼の部の最後の客ということでおまけしてくれたのだろう。それをきっかけに店主とクジラ料理や捕鯨についてしばし談義。
関西から来たというと、「あちらのクジラ料理はすごいですね」という。捕鯨の町で専門店を開いているということで、関西や下関、高知など、クジラ料理のある町で開かれる研究会や料理人の集まりに結構行くそうである。はりはり鍋やおでんのコロというのも関西ならではだし、大衆酒場でも平気で赤身や尾の身の刺身が安価で出てくる。「関東の人はあんまり食べないですねえ」と。「この辺のツチクジラもだいたい10メートルで10トンはあるんですが、皮とか脂肪の割合が大きくて、赤身はあまり取れないんですよ」
「よく捕鯨の問題とか、シーシェパードとかいいますけど、この辺りの捕鯨は近場の、昔から細々とやっているもので、国際的にも認められてます。太地は大変らしいじゃないですか(イルカ捕りを撮影した映画が物議を醸すくらいだから)。だけどこの辺はシーシェバードなんて来やしません。解体?近所の小学校からも見学に来ますよ。クジラを解体した後で肉を食べてもらうけど(解体したばかりのものではなく、予め別に調理しておいたもの)、平気で食べてますよ。動物というよりは大きな魚という感じで、可哀そうというのはあまりないんじゃないですかね」
「もっと気軽にクジラを食べてほしいですね」という店主の言葉に送り出されて店を出る。
この後、和田浦の海岸に出る。雨の予報もここまでは一滴も降っていないが、海岸には湿った風が吹く。波乗りの姿も見える。そろそろ終わりゆく夏を楽しんでいるようである。和田浦を舞台にした映画『ハート・オブ・ザ・シー』というのがあるが、これもボディボードがストーリーのカギになっている。
国道沿いに道の駅ができている。日本では太地、下関、そして和田浦にしかないシロナガスクジラの骨格標本模型が飾られ、土産物コーナーではクジラ料理がさまざまに売られている。ここで地酒とクジラのたれ、缶詰を買い求める。
クジラと少しでも触れることになった途中下車の一時を楽しみ、これから外房線から内房線に直通する千葉行きの各駅停車に乗車・・・・。