まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

被災地を見る~気仙沼線・2

2013年09月10日 | 旅行記B・東北

国道45号線を気仙沼に向けて北上する。志津川を過ぎてからは右手に海、左手には気仙沼線の路盤、正面には「ここから(あるいは、ここまで)過去の津波浸水区間」の標識、そして降り立てば津波で流された集落・・・が繰り返される。BRTの専用道の工事が行われる光景も見られる。やはりそうなると気仙沼線の「鉄道としての復旧」は事実上放棄したのかな、と思わせる。

Dscn2258津波で流された清水浜(しずはま)駅。この区間は高架橋で結ばれているところで、清水浜駅も土手の上にある。少し離れた国道沿いにBRT停留所があり、そこで仮設建物でオープンしているコンビニに休憩がてらクルマを停めて様子を見るが、ホームなどに被害がある様子がわかる。

Dscn2260あれだけの高さを津波が襲い、右手に目を転じると田畑や家屋が流されて荒地となっている様子が伺える。駅の辺りも工事車両が入っており近づくことはできない。

Dscn2264歌津駅。ここは駅の下にBRTの待合室つきの停留所が設けられている。一旦ここにクルマを停めて坂道を上がる。

Dscn2273道路は鉄道の基盤のあったところにつながっており、その先は専用道用に舗装されてトンネルへと続いている。トンネルの手前には信号が新たに設けられているが、これは仮にバスが両方向からやってきた場合の交通整理用である。専用道路の幅は鉄道の単線分しかなく、バスでもどこかで離合をしなければならない。

Dscn2272一方で駅のほうに目を転じると、少し高い位置にあるため津波での壊滅は免れたがホームのひび割れもひどい状況である。こちらはやむを得ず放置しているということか。

Dscn2446なおこれは気仙沼からの帰りに寄ったところだが、この記事では気仙沼線のことを書いているので先に触れておくと、国道から少し入ったところにある小金沢という駅。ここは松林を通して海岸がすぐ下に見え、また駅のホームにひっつくような格好で一軒宿があり、「ホームの向こうに旅館があるという点で、日本一の駅」(松尾定行『ローカル線各駅下車の旅』)とされているところ。

Dscn2447ただここも線路の路盤がえぐられている。宿のほうは今は営業しているようだが、駅舎はなくなっている。ここは高いところなので津波というよりは地震の揺れで倒壊したのだろう。これまでどうしても「津波」に目が行きがちだったが、まずは地震の揺れがあったという根本のところを思い起こす必要があった。

Dscn2275Dscn2277_2大谷海岸駅。駅のすぐそばに砂浜が見え、オープンな感じの駅・・・のように見えるが、元々は駅と砂浜の間には松林があった。それも流されて後は土嚢が積まれている。ホーム脇には献花台も設けられている。ここはまだ道の駅が仮設建物で開かれており、自転車の旅行者も休憩していた。

Dscn2280ロープで仕切られておりホームには入れないが、ここも風光明媚な海岸で、この日のように穏やかな海が広がる景色は心癒されるものである。改めて「あの津波がなければ・・・」と思いを致すところ。

そろそろ気仙沼の市街に入る。最初は気仙沼の市街地を見ようかと思ったが、国道45号線は市街地を迂回する形でさらに北上している。ならば、先に陸前高田まで行き、その後で折り返しで気仙沼に戻ろうか。リアスアーク美術館には時間があれば立ち寄るということで・・・・。

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