越前武生駅に現れる。これから乗車するのは福井鉄道である。武生と福井の間をJRと並走する形で走るが、昼間は20分間隔での運転、また駅の数を増やしたり自転車置場や駐車場も整備したりして利用客の誘致を図っている。
この福井鉄道には一度だけ乗ったことがある。2007年の9月までさかのぼるのだが、福井鉄道貸切の旅というのに参加したのである。ある旅行サークルの設立20周年(当時)を記念したイベントで、福井鉄道を走る元名鉄車両を借り切っての全線乗車というものがあった。私は別のサークルつながりである方から誘われ、当日はゲストという形で参加。結局その後にそのサークルに入り、私の旅行記にもよく出ていただく鈍な支障さんと知り合い、また今は亡き大和人さんとは新たな共通項ができたというきっかけになったものである。
当時の記事を読み返すと、現在の越前武生はまだ武生新と名乗っていたことがわかる。
ということもあり、自分の旅で普通の乗客として乗るのは初めて。JRは全て乗ったというものの、私鉄や第三セクターとなると未体験ゾーンはまだまだ多い。均一化が進むJRとは異なり、地方ごとのカラーがまだまだ残るのが私鉄の面白いところである。田原町まで片道390円であるが、1日フリー切符が500円で発売とある。よし、今日は武生まで福井鉄道で往復することにして、こちらを購入する。
ホームに出る。前回の貸切列車で乗った元名鉄の車両もあるが、次に出るのはそれよりもごつい、塗装こそ白地に青と緑という福井鉄道カラーであるが、昔ながらの大型電車200形。ホームが低いため、ドアが開くとその下にステップが展開され、乗客はそれを上って車内にたどり着く。昭和35年製造で、どこかの私鉄のお古ではなく福井鉄道の自前というのが見る者をうならせる。
昭和35年といえば、三原監督率いる大洋ホエールズが「三原魔術」により前年まで6年連続最下位からリーグ優勝を果たし、最後は西本監督率いる大毎オリオンズとの日本シリーズを4連勝で制し日本一になったという年。後は安保闘争が最も激しかったり、社会党の浅沼委員長が刺殺されるとか、岸内閣から池田内閣に変わったりという、政治的にも激動の年だった。三原魔術とか安保闘争と言われればかなり昔の出来事のような気がするが、そんな年に製造され、まだ現役で走っているのだからすごい。3ドアセミクロスシートというのも当時としては画期的な構造ではなかったか。
ただ、駅内のポスターにもあったが、この3月以降に新型の低床車両がデビューするという。将来的には田原町で接続するえちぜん鉄道へ線路を伸ばして乗り入れも計画されているとかで、福井市街とその周辺を結ぶ公共交通の充実に役立てようというつもりだ。そうなると、この200形も引退ということになるのだろう。事前に何の情報も持っていなかったが、200形に乗るのは最初で最後ということになりそう。また濃い鉄分の補給である。
時間となり、昔ながらのウイーンというエンジン音を上げて発車。線路の衝撃もよく伝わってくる。ただスピードを出したかと思えばもう減速して次の駅に停車する。次は北府(きたご)。木造の駅舎に見覚えがあると思ったら、ここはかつての西武生駅で車両基地もある。前回は貸切列車終了後、構内のミニ撮影会のようなものもあった。カメラ片手にここで降りる人、また乗ってくる人がいる。
この後は専用軌道を走っていくが、駅間の距離が短いので走っては停まりを繰り返す感じである。なかなか大きい車両では持て余すのではないかと思うが、昭和35年生まれの車両が残り少ない車両人生を黙々と地元客に奉仕して過ごす様子というのが昔の武骨な侍をイメージさせる。昼間だからガラガラだが、朝夕の通勤通学の時間帯となるとこのくらいの大型車両が効力を発揮するかもしれないし。
多くの駅でパークアンドライドの設備が設けられ、また各駅の駅名標も名所の写真やイラストの入ったデザインのものになったり、新しく設置したと思われる多目的トイレがあったり、ローカル私鉄にあっても地元客に親しんでもらう、利用しやすい輸送サービスを提供しようという様子がうかがえる。そんな中で「サンドーム西」という駅に着く。サンドーム・・・ああ、鯖江ドームのことか。ただ現在はサンドーム福井と呼ぶそうな。
若い時の会話で、アーティストの「東京、大阪、ナゴヤ、福岡、札幌」の5大ドーム制覇ツアーというのが出た時に、「それならさしずめ、出雲、長浜、鯖江、前橋、大館あたりが『裏』5大ドームツアーですかな」と言ったことがあったが、裏5大ドームを回るツアーというのも結構コアな気がしたりして。
サンドームの先には古代の建物をイメージさせるシンフォニーホールの駅があったり、ベル前とは何ぞやと思うと大型ショッピングセンターの名称だったり、駅の配置もきめ細かい。そして市街地に入り、専用軌道から道路上を走る。乗っている分にしても、大型車両が道路の上を走るというのも複雑な感じだし、外から見れば何かの間違いで電車が道路に乱入してきたようにも見えるのではないだろうか。
そしてこの電車は複雑な動きをする。市役所前電停に停車して客を降ろすと運転手が後部車両に移り、逆方向に動き出す。電停の渡り線を通り、反対のホームに到着して信号待ち停車。信号が青になると、ここまで走ってきた線路を右手に見て左に分かれ、今度は商店ビル群と西武百貨店に挟まれた中を走り、繁華街に突っ込む感じで停車。ここが行き止まり式の福井駅前である。ここでも下車客が多く車内がガラガラとなったところで運転手が再び運転台を替わり、再び市役所前に出る。終点の田原町を目指すのに、盲腸線である福井駅前まで一度立ち寄るというところ。田原町を目指す客にはかったるいかもしれないが、それよりも福井駅前に乗り換えなしで着けるというのが多くの客に受け入れられるサービスということだろう。
ならば、市役所前の電停を少しずらして、武生方面から福井駅前に直接入れる新しい渡り線を造ればよさそうに思うのだが(ちょうど、広島電鉄の紙屋町みたいに)、スイッチバックによるロス時間も2~3分くらいのものであるし、今の状況で線路をもう1本引くのも費用対効果の面で「そこまでしなくても」というものだろう。地元の人たちはどう思っているかだが。
仕切り直しの形で市役所前から再び走り出し、終点田原町に到着。福井駅前への往復も含めて1時間の乗車であったが、なかなか面白いものだった。貸切のような特別なものでなく、一般の客として乗ったから感じた面白さもあっただろう。これは帰りも乗らなければ。
・・・とその前に、目の前にえちぜん鉄道のホームがある。福井まで鉄分補給に来たのだから、こちらにも乗ることにしよう・・・・。