まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

イヨボヤの町・村上~羽越紀行・5

2006年07月05日 | 旅行記C・関東甲信越

6月下旬の羽越紀行の続き。

前日に桑川駅近くの海を臨む民宿「磯魚」で迎えた朝。1人で8畳の部屋を使うのだから気分的にもよく、久しぶりに朝までぐっすりと眠った。

P1010360 朝食を済ませ、ご夫婦に見送られ、駅までの海岸を歩く。ちょうど地元の人たちが砂浜に打ち上げられた木片やら海草やらゴミやらを片付けているところだった。なるほど、いつも「きれいな砂浜」と喜んでたたずむ浜辺はこうしてきれいにされているんだな。このあたりの人たちの海に対する思いの一端が伝わったような気がした。

本来ならば駅をはさんで北側にある遊覧船乗り場から「笹川流れ」を見物するのがルートなのだろうが、そのまま村上行きの列車に乗り込んだ。今や珍しい存在となったキハ47や48を連ねた編成。ガラガラなのをいいことに窓を開け、海からの風を受ける。昨夜泊まった「磯魚」の裏手も通る。P1010361

村上に着く。この駅も何回か通ったが一度も下車したことがなかったとあって、この旅で町めぐりの時間をつくることにした。笹川流れと天秤にかけて、村上の町見物をとったということもある。

この町も古くからの城下町なのだが、鉄道の駅が町の中心から離れている。ここで昨日の酒田に続いてレンタサイクルの世話になる。駅の窓口でレンタサイクルを扱っていたので、これで村上の町へと漕ぎ出す。

P1010362 まず向かったのが「イヨボヤ会館」。「イヨボヤ」とは村上でいうところの鮭。「イヨ」も「ボヤ」も土地では魚を指すそうで、村上では「キング・オブ・フィッシュ」「魚の中の魚」という意味で「イヨボヤ」という言葉を鮭に与えている。

P1010373 この鮭、江戸時代には村上藩の収入の重要な部分を担っていた。藩の産業として、町を流れる三面川に遡上する鮭を獲っては売り飛ばし、多額の収入を得ていた。ところが、乱獲が過ぎて一時鮭が獲れなくなった。そこで立ち上がったのが藩士・青砥武平治という人。三面川を二つに分け、片方では鮭を獲るものの、もう片方に遡上してきた鮭は獲ることを禁止し、安心して卵を生ませ、それがまた孵化して成長して、海に出てまた遡上してきて・・・という、「種川の制」という、現代の養殖漁業に通じる策を考えたという。長年の労力の結果、三面川には再び大量の鮭が遡上するようになり、村上藩の収入も安定した・・というもの。現代でも鮭をさまざまな漁法で獲る一方、人工的に孵化させて、毎年放流するという取り組みを行っており、「イヨボヤの町」らしい一面がある。

この「イヨボヤ会館」であるが、私はてっきり鮭の漁法などを紹介する程度の建物かと思っていたが、何の何の、想像以上に鮭の生態にも触れることのできる施設なのである。

P1010366 まずはミニ孵化場。鮭の受精卵が孵化し、自力で泳げるようになるまでの様子が見られる。また鮭以外にも鮎やニジマスや、他の水槽ではザリガニ、ナマズ、ウシガエルなんてのもいる。また水槽では鮭の稚魚が群れをなして泳いでいた。ナマで鮭の稚魚を見るということなどないので、これにはうなる。他にもキャビアの材料・チョウザメや、幻の魚・イトウなどの姿も。

P1010370 そして、この会館で一番感心したのが、三面川の「種川」に沿ってつくられた自然館。ちょうどガラス越しに自然の川の中が観察できるようになっているのだが。6月の今は鮭はどこかの海を回遊中であるが、遡上の時期になると大量の鮭がこの種川に集まり、卵を産み付けるという。そんなシーンがナマで見られるかもしれないとか。ウーン、夏ではなく、秋から冬にかけて来たほうが面白かったかな。

そんな自然の営みと、その自然や鮭とともに歩んできた人たちの資料や写真の数々が印象に残る。

P1010374 さて、「イヨボヤ会館」を後にし、ペダルを漕いで旧市街地に出る。黒塀の似合う通り、古い寺院の並ぶ一角を通り、村上市の歴史文化館に入る。村上の祭りで引かれる「おしゃぎり」を中心とした、村上の歴史を紹介したスポットである。

P1010377 ただここで目に付いたのが、「皇太子妃雅子様」の写真の数々。皇太子妃の実家・小和田家というのは村上にあるということで、特にご成婚の頃の写真や記念品などがこの歴史館の一角を占めていた。今や女性週刊誌の格好のネタとなっている皇太子妃であるが、こういうのを見ていると、当時の列島あげてのフィーバーぶりが思い起こされる。

引き続き旧市街地を走る。骨董市をやっており多くの掘り出し物が並ぶ中、雰囲気のありそうな商家に出会う。中を覗き込むと、鮭料理の老舗「きっかわ」という商家で、村上の伝統的な町屋造りを残す建物という。

P1010383 建物の見学も可能とのことで、表の商売スペースから奥に入ってびっくる。そこには「どこからこれだけ連れてきたんや」というくらい、天井からぶら下がる鮭・鮭・鮭・・・・。これが村上名物の「鮭の塩引き」というやつである。さらにこれをそぎ落とし、酒とみりんに浸したのを「酒びたし」という。鮭の町・村上での保存食であり、出荷時の保存方法である。かくまで「イヨボヤ」の町なのである。

そうこうするうちに昼。これだけ鮭・鮭・鮭とこられると、やはり鮭料理でしょう。ただこの「きっかわ」も鮭の加工品は扱っているが、食事処ではない。結局先ほど訪ねたイヨボヤ会館の横に「鮭料理」の大きな看板が出ていたのを思い出し、そちらで食事とする。塩引き鮭の焼いたもの、鮭のフライ、のっぺなどのある定食に、「酒びたし」と冷酒をつけるというやつで鮭三昧。酒にも合うし、もちろんごはんのおかずに合う。

P1010385 最近では冷凍技術が発達し、よく歳末に上野のアメ横などで塩を利かせた新巻鮭が大量に出回るが、村上の鮭料理は古典的である。どちらが美味いか。新鮮さを保った食材は確かに美味いが、こういう古典的な調理法も捨てたものではないだろう・・・。

この次は必ず秋から冬にかけて来よう。そうすれば今日見られなかったさまざまなものに出会えるかもしれないという楽しみと、ボリュームある食事でふくれたお腹をかかえつつ、駅に戻るのであった。

今日はこの後、新発田~新津間の羽越線、そして弥彦線の吉田~弥彦という未乗車区間を制覇。弥彦神社にお参りし、これで新潟県のJRは乗りつぶしとなった・・・・。(終わり)

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