クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

ゴンサロ・ソリアーノ

2005年04月01日 | 演奏(家)を語る
先頃話題に挙げたレブエルタスの<マヤの夜>から、ファリャの傑作<スペインの庭の夜>を思いついた。ピアノ協奏曲のような形で書かれたこの名曲は、ラローチャをはじめ、アルゲリッチやルビンシュタインといった人たちもそれぞれのスタイルで優れた演奏を記録しているし、他にも多数の録音があるので、どれを好んで聴いているかについては人それぞれにあると思う。

私の場合、この曲の原イメージを得るきっかけとなった演奏は、知る人ぞ知るスペインの伝説的名ピアニスト、ゴンサロ・ソリアーノが遺した二つのスタジオ録音であった。ただ一般的には、同郷の優れた後輩であるアリシア・デ・ラローチャのピアノ独奏による二種類(コミッシオーナ盤、フリューベック・デ・ブルゴス盤)のうち、特に後者がこの作品の代表的名演とされているようだ。

確かに、ラローチャのピアノは優秀である。音もきれいだし、強弱のニュアンスも豊かで、曲が自家薬籠中のものとなっている。私がこの曲の中でとりわけ好きな第3楽章の中で聴かれる、あのパキンパキンと来るピアノの鮮烈な音は、録音の良さも手伝ってラローチャの本領発揮といった感じの演奏が聴かれる。伴奏指揮がフリューベック・デ・ブルゴスなので、サポート面での安心感も高い。しかし、何だろう、その割には胸にジーンと来る要素はむしろ希薄な感じなのだ。それは行き着くところ、聴く人間の感性の問題ということになるのだろうが、私の心はラローチャの見事なピアノを堪能している最中でも、往年のソリアーノをふと懐かしんでしまうのである。

しかし、ソリアーノが遺した二つのスタジオ録音は、私の感じるところ、「あちらが立てば、こちらが立たず」で、どちらも決定盤とは呼び難いというのが悩ましいところである。まずアルヘンタの指揮で入れたデッカ盤は、録音がおかしい。マイクがピアノに近すぎるのか、あるいは装置の不調なのか、何だか変な音、化けてしまったようなピアノの音なのである。これは聴きづらい。デッカにしては、珍しいことじゃないかと思う。しかし逆に、この録音で聴かれるアルヘンタの伴奏指揮は、非常に味がある。出だしの弦のざわつきからして、「ちょっと普通でない演奏が始まったぞ」と聴く者の耳をそば立たせる。この指揮者ならではの熱気と野性味、と言ってよいだろうか。一方、フリューベック・デ・ブルゴスと共演したEMI録音はピアノの定位もよく、ソリアーノ自身の演奏もこちらの方が安定して出来が良いように感じられる。しかし、この録音では、管弦楽伴奏にいささか遜色がある。若きフリューベック・デ・ブルゴスならもっと良いものが出来たはずじゃないかと思うのは、私の買いかぶりだろうか?勿論、凡百の演奏に比べたら、ずっとましではあるけれども・・。

ピアノの音が聴きやすいということで、ここではフリューベック・デ・ブルゴスとのEMI盤を、比較の材料にしてみたいと思う。ソリアーノのピアノはラローチャほど鮮烈なものではないが、細やかなニュアンスを生かした表情の豊かさでは全く引けを取らないものである。管弦楽の響きによく溶け合って、繊細な光のきらめきを見せる。第2楽章あたりは、ややオーケストラに溶け込みすぎて埋没気味な感がないでもないが、逆に終楽章、特にラスト3分間はもう最高である。ラローチャからは得られない“胸にジーン”の瞬間を、私は特にこのラストに感じる。ソリアーノが奏でるピアノのしんみりした情緒と、パリ音楽院管の管楽器のメロウな響きが呼応しあって、短いながらもかけがえのない時間が生み出されている。濱田滋郎氏はソリアーノとアルヘンタの共演盤を高く評価し、そこでのピアノについて、「まろやかな哀愁」という表現を使っておられたが、それも一つの至言かも知れない。ただ、先述の通りデッカ盤は音がおかしいので、私はどちらかと言えばフリューベック・デ・ブルゴスとのEMI盤の方を選びたいが、いずれにしてもラローチャの鮮烈な音とは違った“まろやかさ”みたいなものを、彼のピアノから感じ取ることが出来る。

ところで、ゴンサロ・ソリアーノのピアノ録音というと、学生時代にちょっと悔やまれる思い出がある。と言っても、別にどうという程の話ではない。私が当時、廉価盤やら中古LPやらを渉猟していたというのはアンセルメの項ですでに語ったとおりだが、一度だけ、このソリアーノのピアノ独奏によるグラナドスの<スペイン舞曲集>(EMI)を中古LPで見つけたことがあったのだ。手にとっては戻し、財布をのぞき、さんざん迷ったあげくに、「まあ、いいや。またいつか」と、結局買わずに見送ったのだが、以来今日に至るまでついにこの演奏は聴けずにいるのである。そんな昔の事をいつまでも悔やんでいたって仕方ないのだが、これのCDが今になっても見つからない(と言うより、そもそもこれは一度でもCD化されたのだろうか?)という状況であるため、妙にその学生時代の出来事が忘れられないのである。有名な「第5番」ともども、私は「第2番」がたいそう好きなのだが、ラローチャの全曲演奏を聴きつつ、「これをソリアーノは、どんな風にやっていたのかなあ」などと考えたりしてしまうのである。そう言えば、ソリアーノにはこの<スペイン舞曲集>の他にも、≪スペイン・ピアノ名曲集≫みたいな録音もあったと思う。上記のグラナドスともども、是非CD復活させてほしいものだ。

モノラル時代のこの人の録音で私が聴けたCDとしては、HispaVoxから出ていたフェデリコ・モンポウの<8つの歌と踊り>がある。これは永らく入手困難だったものだが、ネット通販のサイトを見ると、最近コピー・コントロールCDで復活したようだ。モンポウと言えば、ちょっとした曲名の付け方やその内省的な語法がセヴラックを思わせるようなところもある人だが、生涯にわたってこつこつと書き足していった<歌と踊り>は、そのライフ・ワークみたいなものである。(※ピアノのために13曲、ギターのために1曲書かれているらしい。)その中の「第9番」は、他ならぬこのソリアーノに献呈されているらしいのだが、残念なことに、この録音当時はレコードのサイズ的な制限があって「第8番」までしか入れられなかったと、当時の解説書にあった。

<歌と踊り>も後輩のラローチャが13曲を録音していて、そこでもやはり、鮮やかな演奏を聴かせてくれている。しかし、例えば「第6番」あたりを聴き比べてみるとよくわかるが、ソリアーノの演奏の方が表現の陰影が濃く、また後半の中南米風リズムによる舞曲部分にも重い土俗の響きがある。いささか贔屓っぽい言い方になるかもしれないが、胸に響く手応えがちょっと違うのだ。ラローチャのは、地方色に偏らないようにバランスよく洗練味を加えて、より国際的なマーケット向きに仕上げた演奏という感じかも知れない。それやこれや考えてみると、やはりソリアーノさんにはもう少し長生きしてもらって、もっといろいろな録音を遺しておいてほしかったなあと思う。

次回は、この名ピアニストと因縁浅からぬスペインの天才指揮者アタウルフォ・アルヘンタについて、少し語ってみたい。

(PS)

去る日曜日(3月20日)、NHK-FMの朝の番組『20世紀の名演奏』で、先頃亡くなったヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレスの特集が放送された。最初に流れたスペイン歌曲は、残念ながらソリアーノとの共演盤ではなくジェラルド・ムーアとの録音だったが、ピアノともども演奏はさすがのものであった。オペラからもいくつかのアリアや名場面が選ばれていた。この放送で初めて聴けたトゥリオ・セラフィンの指揮による1952年の<セヴィリアの理髪師>全曲盤からの2曲、そしてトマス・ビーチャムの指揮による1958年の<カルメン>全曲からの3曲が、私にはとりわけ感銘深いものだった。

<セヴィリア>のロジーナ役に関しては、「アバド盤のベルガンサを聴いていれば、他はいらないや」ぐらいに思っていたのだが、今回聴けた若きロス・アンヘレスもまた絶品であった。声も歌唱も美しいが、何よりキャラクターがチャーミングである。他の歌手たちのことまではわからないので全体としての評価については何も言えないが、彼女のロジーナは非常に良い。<カルメン>も素晴らしかった。「ハバネラ」も「セギディーリャ」も、実に音楽性豊かな歌唱。気品のあるお色気みたいなものが漂っている。「カルメンというのは、もっと下品で、はすっぱな女だろう?」という疑問をお感じになる方もおられるかも知れないが、これはこれで大変魅力的なカルメン像だと思う。いや、良いものが聴けたなあと、花粉症のぐずつく鼻をすすりながら、素敵な日曜日の朝のひと時を過ごしたのであった。

【2019年3月30日 追記】

この記事を投稿してから、早や14年。時代は変わり、CDでは入手困難な音源も、YouTubeで見つかることが多くなってきた。ソリアーノのピアノ録音もその例に漏れず、少しずつ復活してきているようだ。以下、当ブログ主にとって、“長く尾を引くことになった、小さな後悔”を、ここらで(部分的にではあるけれども)解消しておこうと思う。そういう事が可能になったという点では、良い時代になった。

●ゴンサロ・ソリアーノのピアノによるグラナドスのスペイン舞曲集~第2番「オリエンタル」



●ゴンサロ・ソリアーノのピアノによるグラナドスのスペイン舞曲集~第5番「アンダルーサ」


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