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クラシック音楽オデュッセイア

2025年正月、ついに年賀状が1通も来なくなった“世捨て人”のブログ。クラシック音楽の他、日々のよしなし事をつれづれに。

歌劇<イワン・スサーニン>(2)

2006年09月27日 | 作品を語る
前回の続きで、グリンカの歌劇<イワン・スサーニン>の残り部分のお話。具体的には、第3幕の後半から第4幕、そして最後のエピローグの内容についてである。

〔 第3幕 〕 ~後半部分

突然押し入ってきたポーランド軍の兵士たちが、「修道院まで案内しろ」とイワン・スサーニンに詰め寄る。イワンは一計を案じて、彼らの要求に応じることにする。彼は養女のワーニャに、「皇帝に急を告げよ」とひそかに指示し、ポーランド兵たちとともに家を出て行く。父親を敵軍に連れて行かれたアントニーダは、深い悲しみにくれる。

(※嘆くアントニーダを友人達が励ますシーンでは、「春の水は牧場に溢れ」と歌う女声合唱が聴かれるが、これは素朴なロシア民謡調。やがて気を取り直すアントニーダが、「幼友達よ、私は嘆きません」と歌うロマンスに続いて、ソビーニンと農民たちが敵軍への怒りを歌う力強い合唱へと進む。ちなみに、この合唱のテーマが序曲主部の第1主題になっている。)

〔 第4幕 〕

ワーニャは、養父イワン・スサーニンの身に起こったことを皇帝に通報する。一方イワンは、皇帝のいる修道院ではなく、全くでたらめな方向へとポーランド軍を導いていく。彼は敵軍を深い森の中で迷わせてやろうとしているのだ。激しい風雪の中、ポーランド兵たちはこのロシア農民に自分たちがまんまと騙されてしまったことに気付く。夜明けとともに彼らはイワンを殺害するが、その彼らもまた、雪の中で次々と凍え死んでいく。

(※修道院に馬を乗り付けて皇帝に事件を通報する場面は、ワーニャ役の歌手が最も力を発揮するところである。最初はイタリア式カヴァティーナ風の美しい歌を朗々と披露し、やがて合唱団の合いの手を受けながら力強いカバレッタに進む。このあたりいかにも、「イタリアで、学んできました」というグリンカらしいものだ。手元に歌詞対訳がないのが残念だが、この場面の音楽にはちょっとニンマリさせられる。)

(※続いて、このオペラで最も有名な場面に入る。第4幕第3場、森の中である。イワンの考えが見事図に当たって、ポーランド兵たちは雪の中で難渋する。しかし、ついに彼らはイワンの計略に気付き、彼を殺すことにする。「彼らは感づいた」というレチタティーヴォに続いて、イワンが有名なアリアを歌い始める。この「さし昇る太陽よ」は、数あるロシア・オペラのアリアの中にあっても群を抜く名曲の一つである。実際、全曲を聴いていても、この場面こそまさに全編のクライマックスだと、つくづく実感する。)

(※M=パシャイエフ盤でイワンを歌っているのは、マクシム・ミハイロフ。この人の声は非常に泥臭くて、野性的な響きを持ったものだ。しかし、ロシア農民を演じる歌手の声としては、こういう方が断然良い。ミハイロフは、ヴォルガ中流域の貧しい農村で生まれ育った幼少時の体験から、何よりもイワン・スサーニンという農民の役に深い共感を持っていたそうだ。実際、この役については、何と400回以上も歌った実績があるらしい。今回扱っているCDでも、名演が聴かれる。有名なアリアも勿論立派だが、そこから死に至る場面までの演技歌唱も非常に素晴らしい。ちなみに、かつて映像で鑑賞したネステレンコの歌唱はこれよりずっと洗練度の高いものだったが、残念ながら、私の心にはあまり響いてこなかった。)

〔 エピローグ 〕

モスクワ。クレムリン宮殿前の広場。皇帝を迎える群衆の歓喜の声で、全曲の終了。

(※最後のエピローグは、2つの場面から構成されている。まず第1場は、新しい皇帝を迎える群衆が集まっているところでアントニーダ、ソビーニン、そしてワーニャの3人が、スサーニンの死を悼む三重唱を歌う。そして人々が、「皇帝を守るために命を投げ出したイワン・スサーニンのエピソード」を確認するのである。かつてNHKで紹介されたネステレンコ主演の映像では、この第1場がしっかり演奏されていたと記憶する。しかし、この第1場は実演では省略されることも多いらしく、今私の手元にあるM=パシャイエフ盤ではカットされている。)

(※続く第2場が、全曲を締めくくる最後のシーンとなる。「我がロシアに栄光あれ」と歌う力強い合唱で幕が閉じられる。これは凄い終曲である。轟然たる合唱に、鐘の音がガランガランガランガラン・・・。しかし、ドラマの展開としてはやはり、上記の第1場をちゃんとやってからこの第2場へ進める形の方が良いだろうと思う。いきなりこの第2場では、ちょっと唐突な感じがする。)

(PS) ソビーニンのアリアについて

今回は枠に少し余裕が出来たので、ちょっと補足話。<イワン・スサーニン>に登場する若者ソビーニンはテノールの役だが、彼が歌うアリアはハイCにシャープが付くという超高音が要求される難曲のため、普段の上演ではカットしてしまうのだそうだ。これは本で読んだ知識の受け売りに過ぎないが、録音上でこの「幻のアリア」を見事に歌って復活させたのは、若き日のニコライ・ゲッダだそうである。マルケヴィッチが1957年に指揮した演奏とのこと。さて、その後はどうなのだろう。

―以上で、歌劇<イワン・スサーニン>は終了。これまで見てきた通り、イタリアに学ぶ、つまり「真似ぶ」ことから、グリンカのオペラ創作は始まったのであった。次回のトピックは、そんな彼が書いたもう一つの歌劇。これは序曲ばかりがやたら有名な作品だが、当ブログではしっかりとその全曲の内容を見ていく予定である。

【2019年3月7日 おまけ】

マクシム・ミハイロフが歌うイワン・スサーニンのアリア

極めつけの名演を、貴重なカラー映像で。


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9 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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グリンカ 冨田勲 宮沢賢治 (Shino)
2013-05-29 22:59:29
初めまして。
「美術手帳」という雑誌のインタビューで、冨田勲氏は「イーハトーヴ交響曲」の第6章「雨にもまけず」の旋律をオペラ映画「皇帝に捧げし命」の農民たちのコーラスから出てきた(インスピレーションを得たということ)と言っています。その農民たちのコーラスは賢治の描いた農民の姿と一致すると感じたようです。
「イワン・スサーニン」には農民たちのコーラスはどれくらいあるのでしょうか?もし無い場合は、冨田氏のいう農民とはスサーニンを指すのではないかとも思っています。
YOUTUBEには農民たちのコーラスらしいものは見当たりません。
賢治の「雨ニモマケズ」は旋律を付けにくい詩文だと思いますが、もし農民たちのコーラスがあれば、それを聴いて賢治に繋がる何かがありそうだと思われますか?

私は、賢治の描く農民がどんなものか知りませんし、イワン・スサーニンは聴いたことがありません。ただ、「イーハトーヴ交響曲」を聴いて、何度聞いても涙が出てきます。冨田さんが創作の際に、心がどう動いていたか知りたいと思っています。
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農民の合唱 (当ブログ主)
2013-05-31 22:14:08
コメントを有り難うございます。

<イワン・スサーニン>の全曲CDはもう、私の手元にはありません。だいぶ前に中古売却しちゃいました。

今思い出せる範囲での回答になりますが、このオペラで印象に残るのは、まず死を覚悟した主人公のイワンが歌うアリア。それと、随所に出てくる重唱です。この声のアンサンブルが思いっきり、ドニゼッティ風なんです。もう愚直なまでに、「イタリアで学んできました」って感じが出てる。

農民の合唱っていうと、第3幕の婚礼の場面にあったかな・・。むしろ敵役に扱われているポーランド兵たちの方が、いつもポーランド舞曲のリズムに乗って合唱するので、そっちの方が印象に残ってますね。

cf: イーハトーヴ交響曲@ようつべ

http://www.youtube.com/watch?v=c-45_Rm_br8

「雨ニモマケズ」は9:24からですね。
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トーキング ウィズ 松尾堂 (Shino)
2013-06-01 12:23:52
お返事、ありがとうございます。
「イワン・スサーニン」はロシアでは裏読みの諧謔的な、シニカルな楽しみもあるようですね。
調子の悪いカーナビをイワン・スサーニンと呼ぶとか・・・。

ロシアがポーランドに攻められるというのが全くの意外でした。

6月16日のNHKFM「トーキング ウィズ 松尾堂」に冨田さんがゲスト出演されるので、番組へのメッセージ欄からこのあたりのことを訊いてみました。収録がまだ行われていない場合は何らかのお話があるかもしれないので期待しています。
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スラーフィサ (大坂)
2016-03-27 01:28:46
初めまして
イワンスサーニンで検索してここに参りました。在京オケ、日フィル公演で今年の5月に終章の合唱が予定され練習中ですが音譜一つ一つに言葉をテンコ盛り、日本人には大変です。歌いこなす母国語とはいえロシア人て凄いです^^;
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こんばんは。 (当ブログ主)
2016-03-30 20:06:40
コメント、どうもです。

だいぶ前になりますが、スサーニンのアリアのサビの部分だけでもロシア語で口ずさめたらいいなあと思い、ネットで原語の歌詞を見つけたのですが、
各単語をちゃんと発音して歌っていこうとすると全然音符に収まらない!
あんなゆったりしたテンポの歌なのに・・・。で、結局あきらめました。orz

なので、お書きいただいたことがよくわかります。御苦労をお察しします。本番での御成功を祈っております。

I'll cross my fingers.
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ロシア人も歌うのは嫌がるグリンカ (大坂)
2016-04-02 20:31:23
ご機嫌よう

ご返事多謝です。昨晩の練習でボロディンとグリンカの事で興味深い話を聴きましたのでご参考まで。

ボロデインのイーゴリ公、韃靼人の踊り はポロヴェッツ人に捕まったルーシの歓迎の宴の場面ゆえ、ソ連崩壊後のイェリツィン政権の頃あたりから、人種を問わない一つのロシアて象徴で歌われるようになり今に至るそうです。

グリンカはボロディンより歌いにくい。作曲後に他の人が音楽を考えずに歌詞を当てたので歌いにくく、ロシア人も歌うのを嫌がる。

スラーフィサの歌詞付youtubeご参考
https://www.youtube.com/watch?v=MlatwB4YQCc

ボロディン、グリンカの話は発音指導お願いしてるロシア音楽での発音専門家の一柳冨美子先生のお話でした。
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ロシア語 (当ブログ主)
2016-04-30 18:53:52
再びコメントを有り難うございます。

一柳先生と言えば、当ブログでムソルグスキーの歌劇<ホヴァンシチナ>を語った時に、参照DVDの解説文でお世話になりました。遠い世界の人みたいに思っていたのですが、直接音声的な指導を受けておられる方が当ブログにお越しいただいたとなると、急に“It’s a small world.”な気分になります。^^
当ブログ主から感謝の気持ちを込めて先生によろしくとお伝えください。

そういえば、西ヨーロッパの歌手たちの中には、「ああたもロシア・オペラを歌うなら、一柳先生みたいな専門家に発音指導を先に仰ぎなしゃあ」と言ってやりたくなる人がいますね。誰とは言わないけど、ベルント・ヴァイクルとか。w

では、また何かのトピックでご縁がありましたら、宜しくどうぞ。
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一柳先生はソプラノとか (大坂)
2016-05-01 21:49:32
ご機嫌よう

ちょっと自己宣伝めいて恐縮なんですが、その一柳先生が今回公演では合唱の一人、ソプラノで出演するのです。200余人の一人なんで判別難しいと思いますが^^;

【日本フィル創立60周年記念】第217回サンデーコンサート

5月 8日(日)午後2時開演 東京芸術劇場コンサートホール
首席指揮者ラザレフとの総決算!ロシア音楽の祭典
出典
http://www.japanphil.or.jp/concert/detail_305.html#infoBox01

指揮のラザレフさんは故国ではロシア音楽をロシアらしく演奏すると定評あって、対照的にゲルギエフさんは西側に染まった人と見られてるそうです…これも一柳先生のお話。

ちなみに5/8てのは欧州で第二次大戦が終わった日、ヨーロッパ戦勝記念日でして、この日にスラーフィサを歌うてのは身が引き締まる思いです。
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イワンスサーニンの最新的解説 (大坂)
2016-07-12 17:38:12
ご機嫌よう
5月にありました公演のプログラムに、一柳先生による曲の解説が出てました。この曲のちゃんと解説した文章は日本ではこれが唯一、最後だと思いますので紹介します。

●グリンカ:オペラ《皇帝に捧げし命》(イワン・スサーニン)より「栄光/終幕の合唱」

ソ連時代、この合唱曲は国歌同様に扱われ、チャイコフスキー序曲《1812年》の中では実際にロシア帝国国家の代替旋律として流用されていた。また毎年9月のオペラシーズン開幕も必ず《イワン・スサーニン》だった。しかし、グリンカの出自がウクライナ系であることやその音楽趣味が西欧的に過ぎることから、現在では滅多に演奏されなくなった。
オペラの原曲の時代はロマノフ王朝成立期の17世紀初頭。ロシア国内の混乱に乗じて侵略してきた当時の強国ポーランドの兵を、一農夫イワン・スサーニンが森の奥深く迷い込ませて、結果的に国を救うという伝説に基づいている。ソ連時代になってからタイトルを《イワン・スサーニン》と変えられ、ロマーノフ王朝や神を賛美する歌詞にも変更が加えられたが、ペレストロイカ以降はすべての検閲が解除され1989年秋からオリジナルの《皇帝に捧げし命》が復活した。歌詞は1836年当時のもの、その後の改訂版、そしてソ連時代の修正版と3種類在るが、音楽的に最も優れているのが最後の修正版であることから、本日の上演でも、古きロシアとロシアの大地とスサーニンの勇気が讃えられるゴロデーツキイ作詞のソ連版が使用される。

一柳富美子(音楽学者)

出典 日本フィルハーモニー交響楽団 第217回サンデーコンサート 2016年5月8日 での配布プログラムノートより
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