クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

<ハーリ・ヤーノシュ>全曲(1)

2008年06月16日 | 作品を語る
先頃語ったマスネの歌劇<ドン・キショット>の主人公は、若い女性デュルシネにプロポーズして、ふられた。求婚者が50歳代で相手がおそらく20歳代ぐらいであったと考えれば、仮にその年齢差を理由に断られたとしても無理のないような展開だった。しかし、「事実は小説より奇なり」とはよく言ったもので、現実のクラシック音楽界には、親子どころか、孫ぐらい歳の離れた相手と本当に結婚した人がいる。

ハンガリーの作曲家ゾルタン・コダーイである。彼は76歳の時に、長く連れ添った妻に先立たれた。しかしその翌年、コダーイ先生は教え子の女性と見事に再婚を果たす。夫は77歳で妻は何と19歳!という、トンデモ(?)年齢差のカップルが誕生したのである。で、その時のプロポーズの言葉というのが、なかなかふるっていた。「あんた、わしの未亡人になってもらえんかな?」

―という訳で、今回はゾルタン・コダーイの代表作<ハーリ・ヤーノシュ>全曲を採り上げてみることにしたい。参照演奏は、下記の2つ。

●イシュトヴァン・ケルテス指揮ロンドン交響楽団、他(1968年・デッカ)
【 英語のナレーションや各種効果音の付いた、ほぼ完全な全曲録音 】

●ヤーノシュ・フェレンチク指揮ハンガリー・フィル、他(1978年?・フンガロトン)
【 主要な音楽ナンバーのみを収録した準全曲盤で、珍しい『序曲』付き 】

―<ハーリ・ヤーノシュ>のあらすじと音楽

舞台は、ハンガリーのナジャボニィ村。ほら吹きとして知られる名物男ハーリ・ヤーノシュが、宿屋で自らの武勇伝を語り始める。すると、その場に居合わせた一人の若者が、ハーックション!とくしゃみをする。どうやら、これから始まるお話は、本当の事であるらしい。

〔 第1の冒険 〕・・・ハンガリーとロシアの国境

ハンガリーとロシアの兵士たちが、国境を警備している。温暖なハンガリー側とは対照的に、ロシア側は寒い。そして食べ物も粗末なため、明るいハンガリーの兵士たちとは対照的に、ロシア兵は暗くて陰険だ。そんな場所に勤めているハーリのもとへ恋人エルジェがやって来て、ハーリとの逢瀬を楽しむ。

やがて、マリー=ルイーズの一行が国境に差し掛かる。彼女はオーストリア皇帝の娘にしてナポレオンの妃でもあるという、いとやむごとなき女性だ。しかし、意地の悪いロシア兵が国境の通過を拒否するので、一行はすっかり往生してしまう。そのことを知ったハーリがそこへ駆けつけ、一肌脱ごうと腕まくり。彼は超人的な怪力を発揮し、詰め所を丸ごと引っ張ってハンガリーの領土側に入れてしまう。そしてハンガリーの兵士が皇女一行の国境通過を認め、問題は解決。感謝感激のマリー=ルイーズは、「お父様の衛兵として、ハーリ・ヤーノシュさんを雇いたいわ」と、彼を一緒に連れて行くことにする。そんな成り行きで、ハーリは恋人エルジェとともにオーストリアへ。

(※ケルテス盤は俳優ピーター・ユスティノフの英語による前口上に続き、組曲版・第1曲でおなじみの『くしゃみの音~前奏曲』が始まる。一方、フェレンチク盤では、最初に『序曲』なるものが演奏される。<ハーリ・ヤーノシュ>の序曲というのはちょっと耳慣れないが、全曲の内容を知っていると、まあそれなりに頷けるものではある。ただ、この曲、音楽劇の序曲としてはいささか冗長な感じだ。ちなみに演奏時間は、約16分。そして両盤とも共通して、『前奏曲』の後にハンガリー兵の一人が組曲版・第3曲の『歌』のメロディを美しい笛の音で吹く。)

(※ケルテス盤では〔第1の冒険〕の出来事として、様々な人々が国境を通る場面を、ユスティノフが巧みな一人芝居で演じる。老婦人やら、ユダヤ人の大家族らが次々とやって来て、詰め所の兵士とやり取りを交わす。それに続いて、ハンガリーの少女たちによる短い合唱。これは民謡風のリズミカルな名曲で、いかにもコダーイ先生らしい一曲である。以上のそれぞれに巧みな伴奏音楽が付いているのだが、フェレンチク盤ではこのあたりはすっぽりカット。その後、エルジェ登場の歌、ハーリの『赤いリンゴの歌』、ハーリとエルジェの短い二重唱と続き、マリー=ルイーズの一行が登場する場面へとつながっていく。)

(※ハーリが詰め所の建物を力ずくで移動させる場面の前に、マリー=ルイーズに雇われているハンガリー人の御者マルチが、民族楽器ツィンバロン等の伴奏に乗ってユーモラスな『酒酔いの歌』を歌う。ここはケルテス盤、フェレンチク盤、ともに甲乙つけがたい出来栄えを示す。どちらのバス歌手もそれぞれに、表情豊かで豪快だ。で、それに続くのが、ハーリとエルジェの二重唱。これは全曲を見渡した中でも、白眉の名曲である。組曲版・第3曲『歌』の名旋律は、この歌に由来するものだ。ここで深い郷愁を感じるのはおそらくハンガリーの人たちに限られようが、日本人の聴き手にも十分そのノスタルジックな雰囲気は伝わってくる。なお、この美しいデュエットは全曲終了の間際にも出てくるので、歌詞の内容についてはその時に補足したい。)

(※〔第1の冒険〕を締めくくるのは、組曲版・第5曲でおなじみの『間奏曲』。ケルテス盤は、ツィンバロンを前面に押し出しての鮮烈演奏。録音がまた、いかにもデッカらしい派手な音作り。一方、全体にシックな演奏を聴かせるフェレンチク盤も、この『間奏曲』は結構個性的。ディナーミクやテンポの幅が大きく、大胆な表情づけを行なっている。)

〔 第2の冒険 〕・・・ウィーンの宮殿の庭

皇女マリー=ルイーズお抱えの騎士であるエベラスティンは、いきなり伍長に任ぜられたハーリに嫉妬している。そのハーリに恥をかかせてやろうと、彼は「この馬に乗ってみろ」と言って荒馬を押しつける。しかしハーリは、暴れ馬を見事に乗りこなしてみせる。そんな彼のかっこよさに、マリー=ルイーズはすっかりベタ惚れ。やがて皇后までが、「勇敢なハーリ・ヤーノシュさんとやらに、会ってみたいわ」とやって来る。

その後皇后がハーリを連れて立ち去ったので、エルジェは一人ぼっち。寂しそうに歌っている彼女をエベラスティンが誘惑しにかかるが、まったく相手にされない。怒った彼はナポレオンに手紙を書き、フランス対オーストリアの戦争をけしかける。で、いきなり戦争開始。ハーリは大尉に任ぜられ、戦地へ赴くこととなる。一方エベラスティンは、ハーリとの別れを嘆くマリー=ルイーズを馬車に乗せ、パリへと去っていく。

(※〔第2の冒険〕冒頭で聞かれる『カッコウの歌』は、どこかモーツァルト風な感じの楽しい曲だ。ケルテス盤は、指揮者の好演に比して歌手たちの出来があまりよろしくないが、ここでも低調。フェレンチク盤は逆に歌手陣に恵まれており、この歌も楽しく聞かせてもらえる。それに続いてケルテス盤では、エベラスティンがハーリに荒馬を持ちかける場面となる。ユスティノフが巧みな声色演技を駆使して、面白く演じる。さらに、デッカお得意のソニック・ステージで、そこに本当の馬がいるような効果音付き。一方のフェレンチク盤は、この場面をカット。)

(※その後に流れるのが思いっきり有名な『ウィーンの音楽時計』で、これは組曲版・第2曲ですっかりおなじみの名曲だ。正午を告げて鳴り出す鐘を聞きながら、「あれは、私の夫の祖父が作らせたものよ」と、皇后が得意げに語る。ケルテスの演奏も勿論良いが、フェレンチクは鮮やかさの上に繊細な美しさも加えて、さらなる名演を成し遂げている。)

(※次は、エルジェの『愛の歌』。「あなたのいない人生なんて・・」と、一人になった彼女が寂しい気持ちを歌う。こういうしっとりした情緒を歌いだすところは、フェレンチクの独擅場。歌手の巧さも、フェレンチク盤の勝ち。それに続いて、同じエルジェによる『ひな鳥の歌』。これは、ニワトリに餌をやろうとする彼女が歌うきびきびした曲で、ハンガリー情緒が溢れる名曲だ。木管楽器が「コケコッコー」の音型を吹くところもユーモラス。ケルテスはやはり、ダイナミックな演奏。一方のフェレンチクは、ぐっと洗練された演奏を行なっている。)

(※この〔第2の冒険〕を締めくくるのは、『兵士たちの合唱』。最初は、「俺は徴兵されてしまい、おふくろを世話してやれなくなった。鳩たちよ、小麦の穂を食うんじゃないぞ」と嘆き節を歌いだすのだが、やがてマーラーの<復活>に出てきそうなトランペットの間奏を挟み、曲は勇壮な行進曲へと盛り上がっていく。ケルテス盤はこのトランペットが鮮烈で、続く合唱も力強い。一方のフェレンチク盤は、しっとりした前半の合唱が大変味わい深い。勿論、その後も立派な演奏。)

―この続き、物語の後半部分については、次回・・・。
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