クラシック音楽オデュッセイア

2009年の大病以来、月1回程度の更新ペース。クラシックに限らず、身の回りの事なども、気の向くままに書いております。

歌劇<イワン・スサーニン>(1)

2006年09月22日 | 作品を語る
大歌手の訃報という臨時ニュースでちょっと中断したが、先頃扱ったスメタナの作品を皮切りに、しばらく「国民歌劇」路線(及び、その周辺)のお話を続けてみようかと思う。ちょうどヴァルナイさんのイをしりとりする形で、ロシア国民歌劇の嚆矢となった作品に話をつなぐことが出来る。グリンカの<イワン・スサーニン>(1836年)である。リハーサルの一つに立ち会った皇帝ニコライⅠ世が、「オペラの題名を、<皇帝に捧げし命>にせよ」と命じたエピソードがよく知られた作品だが、今回と次回はこの<イワン・スサーニン>について語ってみたい。

「ロシア国民楽派の父」と称揚される作曲家ミハイル・グリンカが書いた記念碑的な当オペラの全曲については、随分前にNHKが放送してくれた映像で初めて触れた。主演は、当時全盛期にあったエフゲニ・ネステレンコ。その頃はこの種のクラシック番組を随分熱心に録画したものだが、当時のビデオ・テープはどれも老朽化したため、何年か前にまとめて処分してしまった。今私の手元にあるのは、古い音源の全曲CDが一組だけ。これはアレクサンドル・メリク=パシャイエフの指揮によるボリショイ劇場での録音で、主演はマクシム・ミハイロフだ。1947年の記録なので当然モノラル録音だが、鑑賞には全く差し支えのない音質である。演奏も優秀。以下、かつてNHKで観たライヴ映像での記憶と、このメリク=パシャイエフのCD、そして作品解説の本を材料にして、オペラの内容をざっと見ていくことにしたい。

―歌劇<イワン・スサーニン>のあらすじと、音楽的特徴

〔 第1幕 〕

ロシアの国民軍が、ドムニノ村にやって来る。村娘アントニーダ(S)が婚礼を間近にした喜びを歌っている。やがて、彼女の父親であるイワン・スサーニン(B)が帰ってきて、「我らの新しい皇帝が、国民会議で決まった。今の混乱が収まるまで、お前の結婚式もちょっと延期しよう」と彼女に告げる。そこへ、アントニーダの許婚であるソビーニン(T)が、意気揚々とした様子でやって来る。「我らのロシア軍がにっくきポーランド軍を破って、モスクワを奪還したぞ」。彼がもたらした吉報に、一同盛り上がって喜ぶ。

(※序曲に続いて、ポーランド軍に対する戦いの合唱「我が祖国ロシア」が力強く響く。これはテノール独唱の音頭取りに続いて全員が歌うというロシア民謡によるもので、曲自体にもロシア色が濃厚に漂っている。さらに、ソビーニンが歌うアリア「許婚のもとへ、手ぶらで来る花婿はおらぬ」も、ロシアの軍歌調で書かれているという。このように、いかにもロシア・オペラですね、と思わせる音楽がこのオペラのあちこちで使われているのは事実である。しかし、実はこれらはグリンカ・オペラを特徴づける最大の要素となっているものではない。第1幕の例で言うなら、コロラトゥーラの技巧が散りばめられたアントニーダのカバレッタとロンド、そしてソビーニンの吉報に喜ぶ一同がやがて始める重唱などにこそ、「良くも悪くも、これがグリンカなんだよな」と言える特徴が出て来るのだ。それ即ち、イタリア色である。)

〔 第2幕 〕

ポーランド軍の陣営で、舞踏会が催されている。「新しいロシア皇帝がいるのは、ドムニノ村近くの修道院である」という情報を手にした彼らは、そこを襲撃しようという計画を立てる。

(※第2幕は、全体にアトラクション的な性格を強く備えたものになっているようだ。ポロネーズと合唱、クラコヴィアーク、あるいはマズルカといった民族色豊かな舞曲が次々と披露される。ポーランド兵たちの会話のやり取りなどはごく軽く処理され、もっぱら各種のポーランド系舞曲を聴かせることに重点が置かれているように感じられる。)

〔 第3幕 〕 ~前半部分

スサーニンの家。彼が養女として育ててきた孤児のワーニャ(Ms)が、母親を失った悲しみを歌っている。スサーニンが彼女を慰め、やがて始まるであろうロシア国民軍の反撃について語りだす。やがて、村人たちがアントニーダの婚礼を祝いに集まり、楽しいお祝いムードになる。しかし突然、ポーランド軍の兵士達がそこへ押し入ってきて、「修道院まで案内しろ」と、主(あるじ)のスサーニンに詰め寄る。

(※第3幕では、近づく悲劇を予感させる前奏曲もなかなかに印象的なものだが、それよりも孤児ワーニャの歌の方が注目される。弦楽による伴奏音型がベッリーニ風で、さらに彼女を慰めるスサーニンが加わって始まる二重唱もまた、イタリア・ベルカント流。さらに、後半盛り上がってくるこの二重唱は、だんだんとカバレッタ風の楽曲に発展していく。実はこれが、グリンカ・オペラの最たる特徴と言えるものなのである。色々なオペラ作品を聴きこんだ人が、「<イワン・スサーニン>って、ドニゼッティのオペラみたいだな」と感じるのは、理由のないことではない。)

(※村人たちがスサーニンの家へお祝いに来る場面でもやはり、ドニゼッティ・オペラのような重唱シーンが展開される。ソビーニン、ワーニャ、イワン、そしてアントニーダの4人によるアンサンブルが中心なのだが、これが結構長い。一旦区切りがつくや、短い間奏をはさんでまた始まる。え、まだやるの?みたいな感じで、延々と続くのだ。)

(※さて、このオペラで「憎むべき敵」に設定されているのはポーランド軍の兵士たちだが、私にはこの人たち、どうしても悪い連中には見えない。何故かと言うと、ロシアの農家に踏み入って人々を脅し、そこの主人に道案内を強要するという暴力行為を行なっているこんな場面でも、彼らは舞踏会の時みたいに軽やかなポーランド舞曲で歌うからである。いくら男声合唱で悪者らしく怖く歌おうとしても、この楽しげなリズムでは無理だろうって。w )

―この続きから幕切れまでの展開については、次回・・。
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